・モバマス・北条加蓮ちゃんのSS
・超短い
・加蓮誕生日おめでとう!
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『大丈夫、貴方が育てたアイドルだよ』
あの時、私は確かにそう言った。
はじめてのライブ、はじめてのステージ、プロデューサーがあまりに私を心配するから。
今にも泣きそうな、そんな顔をされたからつい。
すんなりと、言葉になったの。
あの時から、始まった。
そしてその気持ちは今も、続いてる。
生意気なアイドル候補に、過保護なプロデューサー。
きっとありがちなその組み合わせも、私たちには必然だった気がする。
そう、お似合いなんだと思う。
あきらめることからスタートした私には、そのくらい暑苦しくて過保護なプロデューサーしかいない、って。
きっとアイドルの神様が決めてくれたんじゃないかなあ。今ならそう、思える。
体が弱いのはハンディキャップ。そう自分に言い聞かせて、私は最初からあきらめていた。
できっこない。
そういう私の気持ちを融かしてくれたのは、プロデューサー。
「そういうハンデがあるほうが、燃えてくるだろう?」
「バカじゃないの?」
彼は決して、あきらめてくれなかった。でも、それを私に強要したりしなかった。
あくまでも、自分のやりがいに思って。
そんなプロデューサーを見て私は、あきらめる意味がだんだん分からなくなってきた。
なにから? どうして?
答えなんか見つからない。でもプロデューサーは、ああでもないこうでもないと、頭も体もフル回転。
なにをしてるの? 私なんかの、ために。
「なあ加蓮」
「え?」
「その『なんか』ってつけるの、やめてくれないか」
「……ごめん……なさい」
プロデューサーは静かに怒っていた。でも怒られたのは、それだけ。
私の、ために……か。
私の、ために……ふふっ。
そんな彼と一緒にいるから、私は。
事務所の中でもトップレベルの『あきらめの悪い女』に、なっちゃった。
もう、プロデューサーのせいだからね?
はじめてのステージ。プロデューサーがここまで育ててくれた。でもね、それなのに。
顔を見てびっくりした。
プロデューサーったら、泣きそうなんだもん。
だから、そう口にした。
そして、プロデューサーの手を握って、こう言った。
「行ってくるね」
プロデューサーは泣き笑いのような、困ったような、そんな顔をしながら応えてくれた。
「行っておいで」
ああ、よかった。私には帰ってくるところがあるんだ、って。
その言葉一つで、私はステージに飛び出せた。
もちろん、怖い……怖いよ。
はじめてのライブ、はじめてのステージ。そうなにもかもが、はじめてだもん。
でもね、プロデューサーのたった一言が、いつまでも私の心にリフレインして。
すっと。
客席を見つめることができた。みんな、期待のまなざしを向けてくれていた。
ああ、なんだろうこれ。この気持ち。
これが、うれしいってことなのかな?
ふと私の中に、灯りがともって。それで。
いつもの気持ちで、私なりに歌いだせた。
拍手と。喝采と。
はじめてを乗り切った実感はなかったけど、私はファンのみんなに、せいいっぱいの感謝を捧げた。
舞台を降りる。そしたらプロデューサーが。
「おかえり」
って。
やっと実感が込み上げてきた。大きく襲ってくる疲れと、それよりずっとずっと大きい、充足感。
ぺたんって、今にもしゃがみこんでしまいそう。でも、うれしさのほうがずっとずっと勝っていたから。
だから私は、こう言えたの。
「ただいま」
って。
一歩一歩、一日一日。
レッスンのたび、お仕事のたび、違う私がいた。
昨日の私と違う、今日の私。自分でも前に進めているのが実感できるようになったのは、アイドルをはじめて、1年くらいかな。
その傍らにはいつだって、プロデューサー。
私たちは、二人三脚で歩いてきた。
スタートのハンデがあるから、他の誰より歩みは遅い。分かっているの、それは。
それをひとつずつこなして、ひとつずつ解決して。ひとつの喜びを見つけることができるようにしてくれたのは、彼のおかげ。
でもプロデューサーは、決まってこう言う。
「それは誰でもない、加蓮の力だよ。加蓮が自分でつかみ取った、力だ」
ううん、そんなことはない。私はあきらめてたんだよ?
こうして、ただの憧れに過ぎなかったアイドルになれて。しかも、それだけじゃ物足りなくなって。
もっと。もっと、って。
プロデューサーがいてくれるから、私も安心して歩いていける。
一歩ずつ、前に進めていける。
体が弱くて、何事もあきらめていた私は、もうとっくに過去。
今はただ、こうして煌いている世界に身を投じている自分が、たまらなく誇らしい。
そういえば。
前に体調を崩して、お休みしたことがあったね。
あの時のプロデューサー、そりゃあもう大慌てで駆けつけてくれて。私が大丈夫って言っても泣きそうな顔で。
うれしかったけど、ホントはね、ちょっと笑いそうだった。
結局プロデューサーは、なんだかんだとしばらくそばにいてくれて、私に気を遣ってくれた。
でもね、プロデューサーが帰ってから。
私は、悔しくなった。あんな泣きそうな顔をするプロデューサーを見るなんて、初めてのライブの時以来で。
足りない。私はまだまだ、だって。ベッドで泣いた。
そして、決めたの。もうあんな顔はさせない、って。
あの時から私は、無理はしても無茶をすることをやめた。
プロデューサーにあんな顔をさせたくない。
私は、あきらめの悪い女だから。それが叶うまで何とかする。そして、そうしてきた。
あきらめの悪い女はまた、わがままな女にもなったの。それはたぶん、いい意味で。
「ただいま」
事務所に出てきて、プロデューサーにあいさつした。そしたら、プロデューサーはにっこり笑って。
「おかえり」
って、応えた。
それはあまりに自然で、私もプロデューサーもうれしくなって。
飾る言葉も、おどけた仕草もいらない。たった一言、「ただいま」「おかえり」って。これで十分。
やがてそれは、私たちの儀礼になっていった。
ステージが始まる前。言葉を交わす。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ステージが終わって、言葉を交わす。
「ただいま」
「おかえり」
私とプロデューサーのふたりの暗号。それは、あの時から変わっていない。
たぶん、アイドルである限り、ずっと。だってね?
誰よりもアイドルとして、矜持をもって。
プロデューサーとふたりなら、叶わないなんてことなかった。
今、私は。待っている多くのファンの前で、こんなにも輝ける。
あきらめないことは、苦しいことなんかじゃないって。私は教えてもらった。ファンのみんなと、プロデューサーに。
だから「ただいま」って、「おかえり」って。その一言に意味を込めて。
すべてを忘れずに、そして明日には一歩前にいられるように。
お互いが、お互いの居場所を確認していたの。そうだよね?
半年が過ぎ、1年が過ぎ、2年、3年、5年、さらに季節を重ねて。
9月5日。
今日もまた、ステージが始まる。
私の特別な日に特別なステージ、っていうほどのものじゃない。いつだってステージは特別。
それが私の矜持。昨日の自分じゃないもん。
今日は、今日の自分。
それでもファンのみんなも、スタッフさんも、今日がとびきり特別だって知ってる。
もちろん、プロデューサーだって。
「じゃあ、いってきます」
私は、言葉を紡ぐ。
「ああ、いってらっしゃい」
プロデューサーは、言う。
でも今日はそれだけじゃ、なかった。
「加蓮。楽しんで来い」
はっと、した。
私はプロデューサーの顔を見つめる。そこにはあの時の、泣きそうな顔はなかった。
だからね、うれしくなったの。
「うん!」
握った手に、力がこもる。
「いっぱい……いっぱい楽しんでくるね!」
私は、手を放す。いつも以上に熱い、ぬくもり。
そして、はじけるようにステージへ駆け出すの。
ねえプロデューサー。
私ね、この煌きが大好き!
『大丈夫、貴方が育てたアイドルだよ』
だから、安心して見ててね、プロデューサー。
そして、舞台はいつものように進んでいく。
長かったような、短かったような。そんな時間。
ライトが落ち、幕が降りる。
拍手と。喝采と。
でもそれは初めてのライブとは違う、もっと大きくてもっと深い、アプローズ。
ああ、楽しかったなあ。うん、楽しかった。
今日もまた名残を置いて、私はステージから引き上げる。
「ただいま」
私はプロデューサーに、そう言った。そしてプロデューサーも。
「おかえり」
そう言ってくれた。
わたしたちふたりの暗号。それはステージ袖で今日も交わされる。
でも。
それも、終わり。
もう、暗号を交わすことは、ない。
私には、煌く時が、あった。
でもそれは過去なんかじゃなくて、今でもそこにあり続ける。
どんな場所であってもどんな時であっても、失われることのない、もの。
9月5日。
私の特別な日に、決して特別じゃないありふれた光景が。
でも私にとっては、やっぱり特別、かな。
「ただいま」
ほら。
ケーキの箱を持ったプロデューサーが、玄関で靴を脱ぎながら、暗号を交わす。
今は違う意味となった、その暗号。
私は駆け寄って、こう返すの。
「おかえりなさい、あなた」
(おわり)
終わりです、お疲れさまでした。
誕生日に間に合いました。おめでとう加蓮。
加蓮は芯の強い女の子、そういうイメージです。
皆さんの琴線に触れれば幸いです。
では ノシ
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