北条加蓮「Departure and Arrival」 (20)

・モバマス・北条加蓮ちゃんのSS
・超短い
・加蓮誕生日おめでとう!

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『大丈夫、貴方が育てたアイドルだよ』

 あの時、私は確かにそう言った。
 はじめてのライブ、はじめてのステージ、プロデューサーがあまりに私を心配するから。
 今にも泣きそうな、そんな顔をされたからつい。
 すんなりと、言葉になったの。

 あの時から、始まった。
 そしてその気持ちは今も、続いてる。






 生意気なアイドル候補に、過保護なプロデューサー。
 きっとありがちなその組み合わせも、私たちには必然だった気がする。

 そう、お似合いなんだと思う。
 あきらめることからスタートした私には、そのくらい暑苦しくて過保護なプロデューサーしかいない、って。
 きっとアイドルの神様が決めてくれたんじゃないかなあ。今ならそう、思える。

 体が弱いのはハンディキャップ。そう自分に言い聞かせて、私は最初からあきらめていた。
 できっこない。
 そういう私の気持ちを融かしてくれたのは、プロデューサー。

「そういうハンデがあるほうが、燃えてくるだろう?」
「バカじゃないの?」


 彼は決して、あきらめてくれなかった。でも、それを私に強要したりしなかった。
 あくまでも、自分のやりがいに思って。
 そんなプロデューサーを見て私は、あきらめる意味がだんだん分からなくなってきた。
 なにから? どうして?
 答えなんか見つからない。でもプロデューサーは、ああでもないこうでもないと、頭も体もフル回転。
 なにをしてるの? 私なんかの、ために。

「なあ加蓮」
「え?」
「その『なんか』ってつけるの、やめてくれないか」
「……ごめん……なさい」

 プロデューサーは静かに怒っていた。でも怒られたのは、それだけ。
 私の、ために……か。
 私の、ために……ふふっ。

 そんな彼と一緒にいるから、私は。
 事務所の中でもトップレベルの『あきらめの悪い女』に、なっちゃった。
 もう、プロデューサーのせいだからね?






 はじめてのステージ。プロデューサーがここまで育ててくれた。でもね、それなのに。
 顔を見てびっくりした。
 プロデューサーったら、泣きそうなんだもん。
 だから、そう口にした。
 そして、プロデューサーの手を握って、こう言った。

「行ってくるね」

 プロデューサーは泣き笑いのような、困ったような、そんな顔をしながら応えてくれた。

「行っておいで」

 ああ、よかった。私には帰ってくるところがあるんだ、って。
 その言葉一つで、私はステージに飛び出せた。
 もちろん、怖い……怖いよ。
 はじめてのライブ、はじめてのステージ。そうなにもかもが、はじめてだもん。
 でもね、プロデューサーのたった一言が、いつまでも私の心にリフレインして。

 すっと。
 客席を見つめることができた。みんな、期待のまなざしを向けてくれていた。
 ああ、なんだろうこれ。この気持ち。
 これが、うれしいってことなのかな?
 ふと私の中に、灯りがともって。それで。

 いつもの気持ちで、私なりに歌いだせた。


 拍手と。喝采と。
 はじめてを乗り切った実感はなかったけど、私はファンのみんなに、せいいっぱいの感謝を捧げた。
 舞台を降りる。そしたらプロデューサーが。

「おかえり」

 って。
 やっと実感が込み上げてきた。大きく襲ってくる疲れと、それよりずっとずっと大きい、充足感。
 ぺたんって、今にもしゃがみこんでしまいそう。でも、うれしさのほうがずっとずっと勝っていたから。
 だから私は、こう言えたの。

「ただいま」

 って。






 一歩一歩、一日一日。
 レッスンのたび、お仕事のたび、違う私がいた。
 昨日の私と違う、今日の私。自分でも前に進めているのが実感できるようになったのは、アイドルをはじめて、1年くらいかな。
 その傍らにはいつだって、プロデューサー。
 私たちは、二人三脚で歩いてきた。

 スタートのハンデがあるから、他の誰より歩みは遅い。分かっているの、それは。
 それをひとつずつこなして、ひとつずつ解決して。ひとつの喜びを見つけることができるようにしてくれたのは、彼のおかげ。
 でもプロデューサーは、決まってこう言う。

「それは誰でもない、加蓮の力だよ。加蓮が自分でつかみ取った、力だ」

 ううん、そんなことはない。私はあきらめてたんだよ?
 こうして、ただの憧れに過ぎなかったアイドルになれて。しかも、それだけじゃ物足りなくなって。
 もっと。もっと、って。

 プロデューサーがいてくれるから、私も安心して歩いていける。
 一歩ずつ、前に進めていける。
 体が弱くて、何事もあきらめていた私は、もうとっくに過去。
 今はただ、こうして煌いている世界に身を投じている自分が、たまらなく誇らしい。


 そういえば。
 前に体調を崩して、お休みしたことがあったね。
 あの時のプロデューサー、そりゃあもう大慌てで駆けつけてくれて。私が大丈夫って言っても泣きそうな顔で。
 うれしかったけど、ホントはね、ちょっと笑いそうだった。
 結局プロデューサーは、なんだかんだとしばらくそばにいてくれて、私に気を遣ってくれた。

 でもね、プロデューサーが帰ってから。
 私は、悔しくなった。あんな泣きそうな顔をするプロデューサーを見るなんて、初めてのライブの時以来で。
 足りない。私はまだまだ、だって。ベッドで泣いた。
 そして、決めたの。もうあんな顔はさせない、って。

 あの時から私は、無理はしても無茶をすることをやめた。
 プロデューサーにあんな顔をさせたくない。
 私は、あきらめの悪い女だから。それが叶うまで何とかする。そして、そうしてきた。
 あきらめの悪い女はまた、わがままな女にもなったの。それはたぶん、いい意味で。


「ただいま」

 事務所に出てきて、プロデューサーにあいさつした。そしたら、プロデューサーはにっこり笑って。

「おかえり」

 って、応えた。
 それはあまりに自然で、私もプロデューサーもうれしくなって。
 飾る言葉も、おどけた仕草もいらない。たった一言、「ただいま」「おかえり」って。これで十分。
 やがてそれは、私たちの儀礼になっていった。


 ステージが始まる前。言葉を交わす。

「行ってきます」
「行ってらっしゃい」

 ステージが終わって、言葉を交わす。

「ただいま」
「おかえり」

 私とプロデューサーのふたりの暗号。それは、あの時から変わっていない。
 たぶん、アイドルである限り、ずっと。だってね?

 誰よりもアイドルとして、矜持をもって。
 プロデューサーとふたりなら、叶わないなんてことなかった。
 今、私は。待っている多くのファンの前で、こんなにも輝ける。
 あきらめないことは、苦しいことなんかじゃないって。私は教えてもらった。ファンのみんなと、プロデューサーに。

 だから「ただいま」って、「おかえり」って。その一言に意味を込めて。
 すべてを忘れずに、そして明日には一歩前にいられるように。
 お互いが、お互いの居場所を確認していたの。そうだよね?

 半年が過ぎ、1年が過ぎ、2年、3年、5年、さらに季節を重ねて。






 9月5日。
 今日もまた、ステージが始まる。
 私の特別な日に特別なステージ、っていうほどのものじゃない。いつだってステージは特別。
 それが私の矜持。昨日の自分じゃないもん。
 今日は、今日の自分。

 それでもファンのみんなも、スタッフさんも、今日がとびきり特別だって知ってる。
 もちろん、プロデューサーだって。

「じゃあ、いってきます」

 私は、言葉を紡ぐ。

「ああ、いってらっしゃい」

 プロデューサーは、言う。
 でも今日はそれだけじゃ、なかった。

「加蓮。楽しんで来い」


 はっと、した。
 私はプロデューサーの顔を見つめる。そこにはあの時の、泣きそうな顔はなかった。
 だからね、うれしくなったの。

「うん!」

 握った手に、力がこもる。

「いっぱい……いっぱい楽しんでくるね!」

 私は、手を放す。いつも以上に熱い、ぬくもり。
 そして、はじけるようにステージへ駆け出すの。

 ねえプロデューサー。
 私ね、この煌きが大好き!

『大丈夫、貴方が育てたアイドルだよ』

 だから、安心して見ててね、プロデューサー。
 そして、舞台はいつものように進んでいく。


 長かったような、短かったような。そんな時間。
 ライトが落ち、幕が降りる。
 拍手と。喝采と。
 でもそれは初めてのライブとは違う、もっと大きくてもっと深い、アプローズ。

 ああ、楽しかったなあ。うん、楽しかった。
 今日もまた名残を置いて、私はステージから引き上げる。

「ただいま」

 私はプロデューサーに、そう言った。そしてプロデューサーも。

「おかえり」

 そう言ってくれた。
 わたしたちふたりの暗号。それはステージ袖で今日も交わされる。
 でも。

 それも、終わり。
 もう、暗号を交わすことは、ない。






 私には、煌く時が、あった。
 でもそれは過去なんかじゃなくて、今でもそこにあり続ける。
 どんな場所であってもどんな時であっても、失われることのない、もの。

 9月5日。
 私の特別な日に、決して特別じゃないありふれた光景が。
 でも私にとっては、やっぱり特別、かな。

「ただいま」

 ほら。
 ケーキの箱を持ったプロデューサーが、玄関で靴を脱ぎながら、暗号を交わす。
 今は違う意味となった、その暗号。
 私は駆け寄って、こう返すの。

「おかえりなさい、あなた」




(おわり)


終わりです、お疲れさまでした。

誕生日に間に合いました。おめでとう加蓮。
加蓮は芯の強い女の子、そういうイメージです。

皆さんの琴線に触れれば幸いです。
では ノシ

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