北上「あれ?私の右手は?」 大井「食っちまったよ」 (338)

北上「ん……ふあぁぁ……もう朝ぁ?」ムクッ

北上「んー、何か変な夢見た気がするなあ……」ノビー

大井「どんな夢見たんです?」

北上「……うーん、なんかね」

大井「はい」

北上「何か……痛い感じの……」

大井「どこが痛かったんです?」

北上「どこ……だったかなあ?」

大井「まあ、夢ですし、気にしなくてもいいと思いますよ」

北上「だねえ……っていうか、あれ?大井っち?」

大井「はい?」

北上「……どこにいるの?」

大井「ここにいますよ?」

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北上「どこって……ここ、私の部屋だけど、私一人だよ?」

大井「ここですって」

北上「……大井っち、かくれんぼしてるの?ひょっとしてタンスの中とか?」

大井「もう、違いますよ」

北上「んー、ベッドの下とか?」

大井「あ、おしい」

北上「けど、他には隠れる場所なんて……」

大井「ふふふ、正解は、布団の中でしたっ!」

北上「あー、そっかあ、それは盲点だったねえ……」

大井「ふふふふふ」

北上「あはははは」




北上「……どう見てもこの布団に大井っちが隠れてるようなふくらみはないんだけど」

北上「大井っち?どこかにスピーカーでも仕込んでるの?」

大井「違いますよ、ここですここ!」


モゾモゾ


北上「うわぁっ」ビクッ



モゾモゾ


北上「……何か布団が少し動いてる……え、なんなのさこれ」

大井「まだちょっと身体がうまく動かせなくて……北上さん、ちょっと布団どかしてくれます?」

北上「……もう、大井っち、私こういうドッキリとか苦手なんだけどなあ」

大井「北上さん、はやくはやく」モゾモゾ

北上「うう、やだなあ……」ソーッ

大井「ふう、ありがとうございます北上さん、やっと布団から出られました」

北上「……」

大井「これ、ちょっと動くための練習が必要ですね」

北上「……」

大井「あ、けど別にこの状況に不満があるわけじゃないんですよ?寧ろ嬉しいです」

北上「……」

大井「それにしても北上さん、暖かいですね……ふふふ、今は文字通り肌でそれを感じられます」

北上「……」

大井「これからも、ずっと一緒にいられますね♪」

北上「……」

大井「あれ?北上さん?」

北上「……」

大井「北上さん?寝ちゃいました?」

北上「……わ」

大井「あ、起きてた」

 





北上「わあああ!あたしの右手が大井っちになってる!!」





 

北上「あ、あはは、私、疲れてるのかなあ……」ドキドキ

大井「あっ、北上さんの心臓の鼓動が、さっきと比べて激しく///」

北上「そ、そうだよ、きっと昨日の出撃の疲れが残ってるんだよ……」ドキドキ

大井「北上さんから私に、いっぱい、いっぱい流れ込んでくるんですっ、あっ、あっ///」

北上「それでこんな幻覚見ちゃってるんだよね、うん、そうにきまってる」ドキドキ

大井「北上さんの血液が、いっぱい、いっぱい、んんぅっ///」

北上「その証拠に昨日の出撃ん時の記憶もなんか曖昧だし……」ドキドキ

大井「北上さん、激しすぎます、きたかみさぁぁぁんっ///」

北上「……」

大井「はぁ……はぁ……」グッタリ




北上「よし、医療室へ行こう」

~廊下~


大井「北上さん?」

北上「……」スタスタ

大井「北上さん?何処へ行くんです?」

北上「……幻覚でも大井っちを無視するのは気が引けるから答えるけど」

大井「幻覚じゃないですよ?」

北上「医療室へ行くんだよ、大井っち」

大井「え?北上さん怪我とかしたんですか?」

北上「うん、多分怪我したんだと思う」

大井「ど、何処を怪我したんです?」

北上「心」

大井「こころ?」

北上「うん、こればっかりはドックに入っても治らないだろうからね」

大井「北上さん……」

大井「だ、大丈夫です北上さん!」

北上「何が大丈夫なの、大井っち」

大井「私が……私が付いてますから!」

北上「……」

大井「私がずっと付いてますから!そ、それで、北上さんの心の傷を治してあげます!」

北上「……」

大井「私、こう見えても心のケアとか得意ですし!」

北上「……」

大井「ほら、前に提督が『北上さんを見てると胸がドキドキする』とか言ってた時も」

北上「……」

大井「ちゃんとケアして『もう二度と北上さんを見ても胸がドキドキしないですだからたすけて』って言ってもらったことが」

北上「……いやいやいや」

大井「え?」

北上「大井っちが見える事が問題なんだよ、大井っち」

大井「私が……見える事が?え?」

北上「あのね大井っち」

大井「はい」

北上「普通の人は、自分の右手と会話とかしないの」

大井「え、けど私たちは艦娘ですし……」

北上「艦娘でも同じ」

大井「……」

北上「普通の精神状態なら、自分の右手がミニサイズの友達の姿に見えるとかありえないから」

大井「……」

北上「大井っちの姿をしてるけど、本当はただの右手なんだよ」

大井「……」

北上「私が心を病んでるから、大井っちの姿に見えるだけなんだよ」

大井「……」

北上「……幻覚にこんなこと言うのもあれだけど……ごめんね、大井っち」

大井「……あい」

北上「ん?」

大井「愛の力ですきっと」

北上「え?」

大井「愛の力ってことですべて説明がつきます!」

北上「愛って……」

大井「私!普段から思ってましたから!北上さんとひとつになりたいって!」

北上「ひとつに……」

大井「はい!その愛の力が、こう、凄い効果を発揮してこうなったんですきっと!」

北上「ああ……私ってば大井っちの幻覚になに変なことしゃべらせてるんだろ」

大井「現実です!北上さんこれは現実なんです信じて!」

北上「あー、はいはい、ゲンジツねゲンジツ……はい、医療室付いたよ~」

大井「……北上さん、医療室はやめたほうがいいですよ」

北上「ん?なんで?」

大井「……だって考えても見てください、艦娘の右手から小さな艦娘が生えてる状態なんですよ?」

北上「幻覚だけどね」

大井「もし幻覚じゃなかったら?」

北上「……幻覚だってば」

大井「もしも、です……もしも幻覚じゃなかったらどうなると思います?」

北上「どうって、それは……」

大井「まず服を脱がされます」

大井「だって右手に私が生えてるんですから」

大井「他の部分にだって私が生えてるかもしれませんし」

大井「身体の隅から隅まで見られて触られて確認されます」

大井「その後は身体の中です」

大井「北上さんの、北上さんのお口の中にも私がいる可能性ありますし」

大井「いっぱい、いっぱい、確かめられます」

大井「穴という穴も調べられます、えろく、しかも執拗に」

大井「1回だけでは済まないはずです」

大井「明日も、明後日も、その次も調べられます」

大井「そう監禁されるんです」

大井「まるで動物みたいに鎖に繋がれて檻の中に入れられるんです」

大井「しかも裸で」

大井「北上さんがいくら助けを求めても誰も助けてくれません」

大井「そうやって弱っていく北上さん……」

大井「そこに颯爽と現れる私……」

大井「北上さん!助けに来たわ!」

大井「大井っち!ごめん……やっぱり大井っちの言うこと聞いておけばよかった……」

大井「北上さん……」

大井「私、私汚れちゃった……もう、大井っちに助けてもらう資格なんて……」

大井「馬鹿!」

大井「お、大井っち?泣いてるの?」

大井「北上さんは汚れてなんていないです……ずっと、ずっと私の天使で……」

大井「そのあと、私たちは愛の逃避行に」



北上「うん、判った黙ろうか大井っち」

北上(うーん、けど確かに不安は残るんだよねえ)

北上(監禁とかはされないだろうけど……何か変な注目は浴びるだろうし)

北上(のんびり出来なくなる可能性も……)

北上(……けどこのままっていうわけにも)


大井「提督から放たれた追手を千切っては投げ千切っては投げ孤軍奮闘の私」

大井「大井っち!凄い!結婚してほしい!」

大井「もう!北上さんったら!戦闘中なのに♪」

大井「うふふふ……」


北上(あ、そっか)

大井「ふへ、ふへへ……あ、あれ?北上さん?」

北上「ん~?なに?」

大井「良かった、医療室に行くのはやめてくれたんですね?」

北上「うん、まあ」

大井「けど、何処へ向かってるんです?北上さんの部屋はあっちですよ?」

北上「うん、提督に相談しようかなーって」

大井「……」

北上「よく考えると、まっさきに提督に相談行くべきだよね」

大井「……」

北上「提督なら、変な騒ぎにせず穏便に対応してくれそうだし」

大井「……」

北上「と、言ってる間に到着~」

大井「……」

北上「おーい、提督~」コンコンッ

提督「北上さん?」カチャッ

北上「やっほ~、北上だよ~」

提督「良かった、目を覚ましたんだ……」

北上「え?そりゃ朝になったら目を覚ますけど……」

提督「……ん、そうだね、ごめん当たり前のこと言って」

北上「もう、変な提督~」

提督「あはは、ごめんね……部屋の中入る?」

北上「うん」

提督「じゃ、お茶入れるね」

北上「ありがとね」

提督「えーと、お湯はまだ二人分残ってたかな」

北上(うーん、来てみたのはいいけど……どうやって切り出そう)

提督「よし、まだある」カチャカチャ

北上(……まあ、右手見てもらったほうが早いか)

提督「はい、北上さんお茶いれたよ」

北上「あー……ありがと、提督」

提督「どういたしまして」ズズズーッ

北上「……えっと、提督さ」

提督「うん、どうかした?」

北上「驚かないで聞いてほしいんだけど」

提督「……うん」

北上「……この右手見て、どう思う?」スッ

提督「……」

北上「……」

提督「……」

北上「……提督?」

提督「あ、うん、ごめん、ちょっとボーっとしてた」

北上「この右手の事で、ちょっと相談が……」

提督「右手の事で」

北上「うん、右手……あ、あれ?」

提督「……」

北上「……あれ?私の右手、右手に戻ってる」

提督「……」

北上「あ、あれ?」

北上「あ、あははは……右手だ、やっぱり右手は右手じゃん、あははは……」

提督「北上さん……」

北上(ああ、私、完全にダメになってる)

北上(ネタでも冗談でもなく、さっきまでの大井っちは幻覚だったんだ)

北上(そんなの判り切ってたのに……なんかショックだ……)

提督「北上さん?」

北上「あ、ごめん提督……実はさ、相談があって……」

提督「……一つだけ」

北上「え?」

提督「一つだけ、言訳させてほしいの」

北上「いいわけ?」

提督「うん」

提督「他に方法はなかったの、これだけは信じてほしい」

北上「え?」

提督「当然、二人とも助けようとした、けどね、大井さんはもう駄目だったし北上さんも危なかった」

提督「ちゃんとね、修理は完了したの」

提督「けど、北上さんは艦娘の核となる艦霊の一部……右腕部分が完全に欠損してたの」

提督「だから、艤装だけ修理してもドンドン北上さんは弱っていった」

提督「弱って死んじゃうところだった」

提督「問題は北上さんが失った部位」

提督「艦霊としてのその部位を、どうしても補う必要があった」

提督「けど、けどね、艦霊の部位ストックなんて存在しないの」

提督「当たり前だよね、魂のストックなんて留めておけるはずないんだし」

提督「……良く似た艦霊が近くにあったなら別だけど」


北上「よく似た……艦霊?」


提督「……例えば、姉妹艦とか」

提督「……」

北上「……」

提督「……」

北上「……」

提督「……」

北上「……つまり」

提督「うん、今の北上さんの右手は艤装も艦霊としての霊核も全部」





提督「轟沈した大井さんの物だよ」




 

「あの日、北上さんと大井さんは、他の三人の艦娘と一緒に威力偵察に出かけてた」

「敵の戦力を図って、即座に撤退する……そう難しくない任務だった」

「任務は無事終了して、撤退指令を出した直後」

「何かから奇襲を受けた」

「まず北上さんが意識を失って」

「他の三人も海に呑まれて」

「大井さんだけが北上さんを引きずって鎮守府にたどり着けた」

「その時にはもう、大井さんは助からない状態だったの」

「許されるとは思ってないけど……」

「唯一の助かる見込みのある北上さんの命を繋ぐには、それ以外に方法はなかったの」

提督「……北上さん、大丈夫?」

北上「……うん」

提督「……顔色、悪いよ?」

北上「あはは、そうかな……」

提督「……仕方ないよね、あんな経験したんだし」

北上「いや、それは……何というか、全然記憶にないんだよね……」

提督「……そっか」

北上「だから、実感は全然わかない……大井っちが轟沈したとか、全然思えないけど」

提督「……」

北上「けど……納得はできたかな」

提督「納得?」

北上「……うん、実はさ」

提督「自分の右手が、大井さんに見えた……と」

北上「うん」

提督「……そっか」

北上「自分でもなんでそう見えたのか今まで分んなかったけど……」

北上「提督の説明を聞いて……なんか納得しちゃってさ」

提督「北上さん……」

北上「きっと……きっと、意識はなくても、魂が理解してたんだよ」

北上「大井っちと、一緒になったって」

提督「……ごめんね」

北上「提督が謝ること、ないじゃん?」

提督「けど、大井さんの艦霊を使うって判断を下したのは私だから……」

北上「……」

提督「あはは、北上さんが起きたら怒られるだろうなーってずーっとビクビクしてた」

北上「……怒ったりなんてしないって」

提督「……怒ってもいいんだよ?」

北上「怒んないって……」

大井「いや、北上さん怒りましょう、ぶちのめすんです」

提督「もう、大井さんってばまた厳し……い?」

北上「あー、また見え始めた……」

大井「私は正直、提督と会って話したいとは思わないので今まで黙ってましたがもう限界です」

大井「何か提督って、北上さんに慰めてもらおうとしてません?」

大井「あの時は仕方なかったの、自分も辛かったの、だから北上さんと辛さを共有してます……みたいな方向に持っていこうとしてません?」

大井「いやいやいや、駄目ですねそれは見逃せません」

大井「右手に擬態していた私が元の姿に戻るレベルの愚行です」

大井「そりゃあ?私と北上さんを繋げてくれた事には感謝してますけど?」

大井「だから多少は二人っきりでいても許してあげようかなと思ってましたけど?」

大井「けど物には限度というものがあるのです」

大井「あまり私を怒らせないほうがいい」

北上「大井っち、お願いちょっと静かにして」

提督「……」

北上「あはは、ごめんね提督、私また幻覚を……」

提督「お……」

北上「提督?」

 



提督「大井っちおるやんけ!」





 

大井「誰が大井っちだコラ」

提督「え、あ、ごめんなさい……」

大井「私前にも言いましたよね?北上さんに過剰に近づくのは止めてくださいって言いましたよね?」

提督「は、はい……すみません……もう二度と北上さんを見ても胸がドキドキしないですだからたすけて……」ガクガク

大井「よし」

北上「……え、あれ?」

大井「どうかしましたか?北上さん」

北上「……提督、もしかして大井っち見えてる?」

提督「はい、見えてます、お化け見えてます、ごめんなさい、ゆるしてください」ガクガク

大井「誰がお化けだコルァ」

提督「ひぃ……」

北上「提督にも……見えてるって……じゃあこれって幻覚じゃ……」

大井「はい、前にも言いましたが……私は幻覚じゃないですよ」

大井「リアル大井っちです」

北上「……」

大井「北上さん?」

北上「あ、あはは……そっか」

「その日、私は大切な友達と右手を失った」

「本当なら、悲しくて辛くて、胸が潰れそうになってるんだと思う」

「けど彼女が遺してくれた右手は」

「私がそんな事にならないよう」

「いっぱい励ましてくれた」

「いっぱい慰めてくれた」

「だからこそ私は、こうして立ってられる」

「こうして歩いて行ける」

「ありがとうね、大井っち」

「ありがとう……」

北上「……いや、ありがたいんだけどさ、大井っち」

大井「はい?」

北上「寝るときに私の身体を撫でまわすのは止めてほしいんだけど……」

大井「え?どうしてです?」

北上「どうしてって……」

大井「私は今、北上さんの右手なんですよ?」

北上「う、うん」

大井「自分の右手が!自分の身体の疼きを!慰めるのは!当然だと思いませんか!?」ハァハァ

北上「いや……そういう慰め方はいらないから……」

大井「え、待ってください北上さん」

北上「何さ」

大井「北上さんって、その……一人のときに、したりしないんですか?」

北上「え?」

大井「その……あれをです、さっきも言った、自分を慰める行為を、です」

北上「……」

大井「北上さん?」

北上「……もう寝ようか大井っち」

大井「ふごっ、北上さん、布団被せないで、息が苦しいですっ」モゾモゾ

北上「……はあ」

 



北上(大井っちがいてくれるのはうれしいけど……こういう時、不便だよねえ……)




 

~翌日~


提督「いい?北上さん」

北上「なに?提督」

提督「あの事は、絶対に皆には秘密にしといてね?」

北上「あの事?」

提督「……あの人の事です」

北上「ああ、大井っち?」

提督「……うん」

北上「うーん、別にかまわないけど……大井っちはどう思う?」

大井「私も別にいいですよ、私は北上さんとだけ話せれば満足ですから」

北上「だってさ~、けど、なんで秘密にするの?」

提督「……正直、どうしてこんな現象が起こってるのは判らないし」

提督「今、非常時だからあんまり艦隊の子達を不安にさせたくないの」

北上「非常時?」

提督「あー……うん、まあその事は追々説明するよ」

北上「んー?」

大井「北上さん、そろそろお腹すいてますよね」

北上「あ、そういえば……って、どうして判ったの大井っち」

大井「一つの身体ですからね、北上さんの血圧から体温から栄養状態から生理周期まですべてわかります」

北上「……うわあ、それいやかも」

大井「もう、北上さんったら照れ屋さんですねっ///」

提督「まあ、北上さんは病み上がりだし、確かにちゃんと栄養取らないとだめだよ?」

北上「はあーい」

大井「私は右手に擬態しておきますから、食堂行きましょうか、北上さん」

北上「うん……提督は?」

提督「私はまだ書類の整理があるから……」

北上「そっか、じゃあ行ってくるね~」

提督「いってらっしゃい」

~食堂~


ガヤガヤ


雷「あ、北上さんよ、北上さんだわ!」トテトテ

電「北上さん、怪我はもう大丈夫なのです?」トテトテ

北上「あー、もうワラワラ来なくていいって」

暁「何よ、心配してあげてるのにそんな言い方ないんじゃない?」トテトテ

響「私達の席に来るかい?一緒に食べよう」トテトテ

北上「駆逐艦うざい……えーと、他の子達は……」


「「北上さん北上さん」」ワラワラ


北上「ちょ、なんで駆逐艦ばっかりこんなに……」

北上「……あれ」

北上「ねえ、響~」

響「ん?なんだい?私達の席に来る気になった?」

北上「いや、それは遠慮しとくけど……何で食堂にいるの駆逐艦ばっかなの?」

響「……」

北上「戦艦や、空母の子達は?」

響「それは……」

北上「球磨姉達や重巡……潜水艦の子達もいないね、何処行ったの?」

響「……北上さん、提督から何も聞いてないのかい?」

北上「ん~、特には何も聞いてないけど」

響「そうか……」

響「年長の子達は、全員任務に出てるよ」

北上「任務?全員で?」

響「ああ」

北上「ふ~ん、全員で出るなんて、余程大きな作戦が動いてるんだろうね」

響「……」

北上「で、何の作戦なの?」

響「……うーん」

北上「響?」

響「提督が黙ってたなら、私の口からは言えないかな」

北上「……」

響「ごめんね?北上さん……ところでその手は何かな?」

北上「ふっふっふー……」

響「き、北上さん?」

北上「ほら、言え、言うんだっ」コチョコチョ

響「ちょ、北上さん、や、やめっ」ジタバタ

北上「響がちゃんと言ってくれればすぐに止めるよ~」コチョコチョ

響「だ、だから言えないって言ってるじゃないか……ひゃっ」ジタバタ

北上「じゃあ、止めてあげられないなあ」コチョコチョ

響「んんんっ」ジタバタ

暁「あ!響が北上さんに遊んでもらってる!」

雷「ずるい!私達も行くわよ電!」

電「はわわ、待ってほしいのです」

北上「は?四対一でも負ける気しないんだけど」コチョコチョ

響「やっ、やめっ///」ジタバタ

雷「突貫ー!」


キャーキャー


 

響「わ、わかった、判ったから、北上さん言うから……」グッタリ

北上「え?なにを?」

響「さ、さっき北上さんが質問してきた事について、だよ」グッタリ

北上「ああー、そう言えばそんな話してたねえ……」

響「忘れてたのか……」グッタリ

北上「いや、まあ……」

暁「あら?もう終わり?」

北上「そ、もう終わりだよ解散解散」シッシッ

雷「えー、もっと北上さんと遊びたい~」

北上「こっちは駆逐艦ほど暇じゃないんでね~」

雷「ぶーぶー!」

北上「ほら、散った散った~」

北上「で、提督が私に隠してる作戦ってなに?」

響「……」

北上「……もう一回行っとく?」

響「い、いやいらないかな……」

北上「じゃ、観念して話そうか?」

響「……うーん、その前に北上さん」

北上「ん?」

響「怪我する前の事、覚えてる?」

北上「……んー、実は殆ど覚えてないんだよね」

響「そうか」

北上「初っ端の攻撃で私は意識失ったらしいから」

響「……」

北上「その事と、何か関係があるの?」

響「……うん」

「北上さんと大井さんが敵と遭遇した海域でね、奇妙な現象が発生してるんだ」

「偵察機の調査で判ったんだけど、あの海域の一部に濃い霧が発生している」

「当然、偵察機が霧の中に飛ぶのは危険だから軽巡何隻かで直接霧の中を調査に行ったんだけど……」

「戻ってこないんだよ、その子達」

「……霧に入る前は電波による通信も出来たんだけどね」

「けど、霧に入ってからはそれも途絶えた」

「それっきり、音沙汰なし」

「轟沈したのか、それとも霧の中を彷徨ってるのか、それすらも判らないんだ」

「それでね、一番の問題は……その霧が少しずつ移動してる事なんだ」

「そんな大した速度じゃないんだけどね」

「少しずつ、向ってきてる」

「この鎮守府に」

~霧の海域~


長門「それでは作戦を再確認する」

長門「第一艦隊は本隊として霧の正面に布陣、第二艦隊、第三艦隊はそれぞれ左右に陣取り本隊を補佐する」

長門「金剛率いる高速戦艦で構成された第四艦隊は……本隊から離れ、霧の中を進行してもらう」

金剛「了解デース!敵と遭遇したら、やっちゃっても構わないデスよね?」

長門「いや、今は内部の情報を持ち帰る事が最優先だ、交戦は避けて即座に撤退してほしい」

金剛「えー、つまらないデス……」

長門「もし第四艦隊を追って敵が霧の外に出てきたら、第一から第三までの艦隊で迎撃する予定だ」

金剛「はーい」

長門「霧の内部は電波が通らない、だから今回は有線ワイヤーを引き延ばし通信するものとする」

金剛「んー、けどこのワイヤー邪魔デスねえ……こんなの結んでたら、大して進めないデスよ?」

長門「ああ、ワイヤの長さは100メートル程度だからな、余裕を見て50メートルまで進んで何もなければ撤退してもらいたい」

金剛「……慎重すぎないデスか?」

長門「中の情報が何もないんだ、仕方ないだろう」

長門「では作戦を開始する!第四艦隊!前進!」

金剛「了解デース、まあこんなつまんない任務さっさと終わらせちゃいまショウか~」

比叡「私は金剛お姉さまと一緒ならどんな任務でも嬉しいです!」

霧島「先頭はあの二人に任せて、私達は後方を警戒しましょうか、榛名」

榛名「了解です」


ゴー


金剛「……本当に変な霧デスねえ、まるで壁みたいデース」

霧島「第四艦隊、5秒後に霧に侵入します、以降の通信は有線に変更」

霧島「5」

霧島「4」

霧島「3」

霧島「2」









霧島「1」


ボシュッ

ザッザザザザ


「こちら金剛、本隊聞こえますカー?」

「第四艦隊、無事霧の内部に侵入したデース」

「けど……本当に何も見えないデスねこれ」

「こ、こちら比叡!金剛姉さま、ど、何処ですか!?」

「ここにいますよ~、うっすらデスけど、比叡の艦影が見えるデス」

「よ、良かった……あ、私の後ろにも榛名と霧島の影が見えます」

「二人とも、異常は無いデスかー?」

「こちら榛名、異常ありません」

「こちら霧島、異常なしです、進みましょう、金剛姉さん」

「よーし、ワイヤーを切らないようにゆっくり進みまショー!」

「了解です!」

長門「ふう……何とか侵入はできたか」

長門「しかし、向こうの音声は聞こえるが、こちらの音声は向こうに届いてないようだな……」

長門「阿武隈、ケーブルに異常はないか?」

阿武隈「は、はい、別段異常はありません!順調に引っ張られてます!」

長門「了解した、そのままワイヤー保持を頼む」

阿武隈「了解ですー!」

長門「ワイヤに異常がないとすると通信機器の異常か、それとも……これも霧の影響なのか」


ザザザッ


「こちら第四艦隊金剛デース、今、20メートル程進んだデスね」

「こちら比叡、特に異常はないようですね、金剛姉さま」

「……」

「……」

「榛名、霧島、現状報告遅れてるデスよ?」

「……こちら榛名、異常ありません」

「……こちら霧島、異常ありません」

「了解デース、ではこのまま微速前進デスね~」

「了解です!」

ザザザザザザッ


「こちら金剛、霧の境界から40メートル程進んだ位置に来てマース」

「こ、金剛姉さま」

「どうしまシタか?比叡」

「榛名と霧島の艦影が確認できません!」

「ホワッツ?榛名!霧島!応答するデス!」

「……こちら榛名、異常ありません」

「……こちら霧島、異常ありません」

「いるじゃないデスか比叡」

「あ、あれ?さっきまで確かに姿が見えなかったのに……」

「もー、比叡はちょっとおっちょこちょいな所がありますネ~」

「うう、すみません、金剛姉さま……」

「もうすぐ折り返し地点デスし、気を抜かずにいきまショウ~」

「りょ、了解です!」

ザッ


「こちら金剛、50メートルの位置に到達したデス」

「ここまでに確認できた敵影は無しデスね」

「比叡、榛名、霧島、状況報告お願いしマース」

「……」

「……」

「……」

「比叡?」

「……こちら比叡、異常ありません」

「……榛名?」

「……こちら榛名、異常ありません」

「…………霧島?」

「……こちら霧島、異常ありません」

「……そうデスか、異常ありませんか」

「……」

「……」

「……」

「そう言えば比叡、前に頼んでたコーヒーは仕入れてくれてマスか?」

「何時もワタシが飲んでるあれデス」

「……」

「……」

「……」

「この任務が終わったら、ゆっくりあのコーヒー飲んでみたいデスね、一緒にどうデスか?」

「……」

「……」


「こちら比叡、了解です」

~第一艦隊~


「ザッザザザザ」


「こちら金剛!敵の通信妨害を受けてマス!」


「他の艦の生死は不明!旗艦のみで撤退を試みるデス!」



長門「来たか……よし、第一から第三までの艦隊は戦闘準備!」

長門「但し、金剛が霧から脱出するまで攻撃は控えろ!」

長門「比叡、榛名、霧島が脱出してくる可能性もある!対象は良く判断して攻撃しろ!」



「ザザザザザッ」


「霧の境界まであと30メートルデス!」


「ワイヤーさえ気にしなければ、こんな距離一瞬で駆け抜けてやれるデス!」

「ザザッザザザザザッ」


「あと20メートル!」


「周囲に敵影は確認できないデスが、何かが追ってきてるデス!」


「ザザザザッ」


「残り10メートル!」



長門「来るぞ!」



「5メートル!」


「3メートル!」


「1メートル!」

長門「総員!良く狙え!金剛には当てるな!」


「ザッ」


「ザザザザザッ」


長門「……?」



「ザザザッ」

「き、霧の境界まで-5メートル!」



長門「……え?」



「霧の領域まで-10メートルデス!ど、どうして……」

「ザザッザザザザザッ」

長門「マイナス5メートル……だと?」

長門「誰も霧からは、出てきていないぞ……」

長門「……阿武隈、ワイヤーの様子はどうだ?」

阿武隈「そ、それが……」

長門「どうした?」

阿武隈「それが、さっきからドンドン引っ張られて……」

長門「……なんだと」



「こちら金剛!霧の境界から-20メートルデス!どうして!どうして霧から出られないデス!?どうして……」

「……あ」


長門「こ、金剛!こちら長門だ、応答しろ、金剛!」

「ああ、やっと出られたデス、良かった……あのままずっと霧の中かと……」



長門「出られたのか!?どう言う事だ……気づかずに他の方角から出てしまったのか……?」



「こちら金剛、第一艦隊と合流するデス、誤射とかで撃つのは止めてくださいネ」

「そ、それに早く比叡達を助けに戻ってあげないと……」



長門「何処だ?金剛、何処にいる?」



「……長門?」



長門「金剛?どうした?」



「もう、どうして何も言ってくれないんデスか、長門」

「他の子達も、どうしたデス?なんで黙ってるんデス?」



長門「……金剛?」



「比叡達がまだあの霧の中にいるんデス!一刻も早く救援を!」

「……長門?」

「何か怒ってるデスか?ちょっと顔が変デスけど……」

「そ、それにどうして……」

「どうして……」



長門「……金剛、誰と話している」

「それに、どうして比叡達がいるデス……」

「何時の間に、霧から抜け出せたんデスか……?」

「長門たちが助けてくれたのデスか?」



長門「……金剛、そいつは私じゃない」



「な、長門、何とか言って……」



長門「逃げろ!金剛!そいつは、そいつらは……!」



「ひっ、な、なにを、や、止めるです、止め……」



長門「金剛!撤退しろ!金剛!」



「ザッザザザザザザザザザザザッ」




長門「……金剛?」




「……こちら金剛」



長門「こ、金剛、良かった、逃げられたんだな……よし、すぐ私達も霧の中に……」



「こちら金剛、異常ありません」

「霧の中は何も異常ありません」


「全艦隊での侵入を提案します」


「繰り返します」


「こちら金剛」


「霧の中は何も異常はありません」



「こちらこちら金剛」

「金剛こちら金剛」

「異常異常異常異常異常」

「ありません侵入」

「侵入すべきです貴方達は」

「すべて」

「すべてすべてすべての艦隊で」

「こちら金剛」

「金剛」

「金剛金剛金剛金剛」

「ありません異常異常ありません」

~翌日~

~鎮守府~


提督「……正直、信じられないんだけど」

長門「だが真実だ……第四艦隊は壊滅して、我々は何もできないまま撤退した」

長門「あの声に導かれて霧の中に入っていたらどうなっていた事か……予想はつくだろう?」

提督「……」

長門「敵の正体すら不明なままであの霧の中に進行するのは……危険すぎる」

提督「……二回」

長門「提督?」

提督「……二回よ、これで二回、北上さん達も含めれば三回」

提督「それだけの回数……私の大切な艦娘達を犠牲にして……正体すらつかめないって、何なのそれ」

長門「……北上は目を覚ましたんだろう?何か情報は無いのか」

提督「北上さんは何も覚えてないって」

長門「そうか……」

提督「……」

長門「では、もう一度偵察を送るしかないな」

提督「……もう一度?もう一度ですって?あの海域に?」

長門「ああ、今は部隊を犠牲にしてでも少しずつ情報を集めるしかないだろう」

提督「……もう一度、誰かに犠牲になるよう命令を出せというの?」

長門「現状ではそれしか方法は無いからな」

提督「……」

長門「辛いだろうが、敵が侵攻してきている以上……」

提督「……他に方法がない事も、ないんだけど」

長門「なに?」

提督「はぁ……けど、気が進まないなあ……大井さんに聞くのは」

長門「……提督、大井はもう」

提督「あ、うん、そうなんだけどね……」

長門「??」

提督「……兎に角、情報収集についてはちょっと心当たりがあるから、しばらくは霧の領域を外部から監視するに留めておいて」

長門「……了解した」

~食堂~


阿武隈「ふぅ……こないだの任務は疲れたなあ……

~食堂~


阿武隈「ふぅ……こないだの任務は疲れたなあ……」

阿武隈「結局、ずっとワイヤー保持してただけだったし……」

阿武隈「金剛さんたちは戻ってこないし……長門さんは何だか怖い顔してたし……」

阿武隈「作戦の結果も、妙にあいまいだったし……」

阿武隈「はぁ……」

阿武隈「まあ、今日は午後から休暇だし、ゆっくり食事して羽を伸ばして……」


「そうそう、そうなんだよ~」

「あはは、もう冗談ばっかり~」


阿武隈「……げ、北上さんも食事してる……」

阿武隈「ううう、またからかわれるかも……」

阿武隈「仕事明けだから髪のセットが乱れてるのにぃ……」

阿武隈「見つからないように、隅のほうで食事しよっと……」コソコソ

阿武隈「……けど、何だか北上さん楽しそう」

阿武隈「大井さんが轟沈しちゃって、もしかしたら落ち込んでるかも……って心配してた私がばかみたい……」

阿武隈「いや、言うほど心配してたわけじゃないんだけど……ちょっとだけ、ちょっとだけね?」


「いやいやいや、そんな事ないって」

「もー、止めてよね~」


阿武隈「……食べよっと」

阿武隈「……」モグモグ

阿武隈「……」モグモグ


「あ、じゃあ一口だけ食べてみる~?」

「うん、私はもうお腹いっぱいだし」


阿武隈「……誰かと話してる?」

阿武隈「けど、北上さんの席には他にだれも……」

阿武隈「なんか、気になる……」


「も~、止めてよね大井っち」


阿武隈「……!」

阿武隈「え、今……北上さん、大井っちって……」

阿武隈「けど、大井さんは確かにこないだの戦闘で……」


「そうそう、大井っちはそうでなくちゃ~」

「あはははは」


阿武隈「……」

阿武隈「……」

阿武隈「……」グスン

阿武隈「き、北上さん……一人で、一人で大井さんと話すフリしてる……」グスン

阿武隈「あんなに、あんなに楽しそうに……一人なのに……」グスッ

阿武隈「そんなに、そんなに追い詰められてたなんて……私……私……」グスン

阿武隈「こんなの、あんまりだよ……」グスッ

大井「はい、本日も十分な栄養価をゲットしましたし、そろそろ私達の部屋に戻りましょうか?」

北上「いやいやいや、さっき提督に呼ばれてたじゃん、忘れちゃだめだよ大井っち」

大井「あんなの無視しておけばいいんですよ、そもそも私はもうあの人の指揮下にありませんから」

北上「大井っち、駄目だよ?提督とも仲良くしないと」

大井「け、けど……」


阿武隈「き、北上さん!」


北上「……!」

大井「……!」

北上「わわわ、阿武隈じゃん何時の間にっ……大井っち隠れて!」

大井「は、はい!擬態します!」


阿武隈「北上さん……?」


北上「あ、あははは、どったの阿武隈、と言うか久しぶりだねえ」

阿武隈「……はい、お久しぶりです」

北上「阿武隈も食事に来たのかな?私達はもう食べ終わったから……」

阿武隈「私……たち?」

北上「い、いや……私はもう食べ終わったから?」

阿武隈「……」

北上「あははは……」

阿武隈「……」

北上「……阿武隈、ひょっとして、さっきの見てた?」

阿武隈「……はい」

北上「あー……そっかあ、見られてたのかあ……」

阿武隈「……」

北上「えーとね、阿武隈」

阿武隈「……なんですか、北上さん」

北上「今見たことね、出来ればその……皆には黙っててもらえるとうれしいんだけど……」

阿武隈「……言いませんよ」

北上「ほ、ほんと!?」

阿武隈「……はい、言いません……絶対です」

北上「あははは、そ、そっかあ、ありがとね、阿武隈」

阿武隈「……」

北上「いやあ、阿武隈が聞き分け良くて、お姉さん助かっちゃうなあ~」ナデナデ

阿武隈「……」

北上「ん~」ナデナデ

阿武隈「……」

北上「ありゃ、阿武隈、何時もみたいに髪の毛触らないでって言わないの?」

阿武隈「……今日は、言いません」

北上「お、おおう、それは珍しい」

阿武隈「……他に、したい事は無いですか?」

北上「え、いや、別に……」

阿武隈「そうですか」

北上「うん」

阿武隈「……」

北上「……あの、阿武隈?どうかした?」

阿武隈「……北上さんっ!」グッ

北上「な、なに?顔が近いんだけど」

阿武隈「私……私、北上さんの事、誤解してました……」

北上「誤解?」

阿武隈「はい……北上さんは、もっとドライで、クールで、強い人だとばかり……」

北上「えー、ちょっとどうしたのさ阿武隈、照れるんだけど」

阿武隈「けど……けど、実際は違ったんですね……」ウルッ

北上「あれ?阿武隈?どったの?え?」

阿武隈「う、ううっ……」グスッ

北上「ちょ、阿武隈泣かないでよ」

阿武隈「ふえ、ふえええん……」グスングスン

北上「あ、あわわわ……ごめん、私が悪かったから、良く判んないけどごめんね?阿武隈ごめんね?」

阿武隈「ふえええん……き、北上さんは、本当の北上さんは……」グスッ

北上「あーもー……ほら、鼻拭いて」ゴシゴシ

阿武隈「ほんとの北上さんは、もっと脆くて、と、友達が死んで耐えられなくなるくらい、繊細な人で、うぐっ」ヒック

北上「はいはい、私が悪かったね、ごめんね、泣かないで」ナデナデ

阿武隈「私そんなことにも気づいてなくて、今までずっと北上さんを邪険に……」グスッ

阿武隈「いっぱい、いっぱい傷つけてましたよね、ごめんなさい、ううっ」ヒック

北上「涙声で何言ってるか全然わかんないけど、ほんとマジごめん許して……」ナデナデ

~10分後~

北上「落ち着いた?」

阿武隈「……はい」

北上「も~、びっくりしたよいきなり泣き出すんだもん」ハァ

阿武隈「……ずびばぜん」

北上「まあ、いいけどね~……阿武隈も、きっと疲れがたまってたんだろうし」

阿武隈「……」

北上「じゃ、私は提督に呼ばれてるから、もう行くね?」

阿武隈「あ、ま、まってください、北上さん」

北上「ん?」

阿武隈「……私、北上さんの力になりたいです」

北上「は?」

阿武隈「力になりたいんです」グッ

北上「そ、そっか、じゃあまた今度、ご飯でもおごってよ」

阿武隈「そんなのでいいんですか?」

北上「いや、それ以上の事なんてしてもらう理由が……」

阿武隈「……じゃあ、今度ご飯作って持って行ってあげますね」

北上「え、いや、いらないけど……」

阿武隈「大丈夫です、私では大井さんの代わりになれないかもしれませんが……北上さんが少しでも寂しくないようにしますから」

北上「阿武隈?話聞いてる?」

阿武隈「大丈夫なんです!」

北上「は、はい……」

阿武隈「じゃあ、じゃあまた今度!北上さん!またね!」

北上「あ、うん、また今度ね~」

北上「……」

北上「……」

北上「……なんだったんだろ」



グググク



北上「え……あれ、私いつの間にか右手で椅子をつかんで……」



バキッ



北上「う、うわあ!椅子の鉄枠が曲がった!?」

北上「お、大井っち?大井っちがやったの?怖いからやめてよそう言うの……」

大井「すみません……あまりの怒りに……」ピキピキ

大井「あの子がツンデレだと言うのは理解してましたが……デレるまでが早すぎです……」ピキピキ

北上「あー、はいはい、訳の判んないこと言ってないで、提督のトコ行くよ~」

~提督の部屋~


コンコンッ


北上「おーい、提督や~い、北上さんが来たよ~」

提督「……いらっしゃい」

北上「どったの?何か深刻そうな顔してるけど」

提督「ええ、ちょっと問題が発生していてね……」

北上「その問題って、私に隠してた作戦の事?」

提督「……知ってたんだ」

北上「ふふふ、私の情報網を甘く見たいほうがいいよ~」

提督「そっか……」

北上「まあ、作戦が最終的にどうなったかは知らないんだけどね」

提督「……」

北上「提督?」

提督「……作戦は、失敗したの」

北上「……金剛達まで全滅?」

提督「そう、更に言うとそんだけ損失を出しても敵の情報が無い状態」

提督「現状で、完全に手詰まりなんだ」

北上「……そっか、そんな事になってたのか」

提督「ごめんね、今まで黙ってて……北上さんが目が覚めた時に言おうとしたんだけど……」

北上「あー、大井っちの事があったからタイミング逃したんだねえ」

提督「……」

北上「うーん、その状況で私を呼び出したってことは……私が覚えてる情報を当てにしてるってことなんだよね?」

北上「けど、前にも言ったけど、私は殆ど何も覚えてないよ?」

提督「些細なことでいいの、例えば霧を見たとか、誰かの声を聞いたとか」

北上「霧は知らないなあ……けど、声……声かあ……」

提督「北上さん?」

北上「……声は、聞いた気がする」

提督「……詳しく教えてくれる?」

「あれは、敵との交戦を中断して撤退を開始した直後だったかなあ」

「後ろからヲ級とかがガンガン追いかけてきてたから、猛スピードで逃げてたんだけど……」

「……そう、その時に、何か声が聞こえたんだよね」

「どんな声って?いや、それがさ……」




『おぎゃあ』




「いや、変な顔しないでよ提督、私も妙に事いってる自覚はあるんだから」

「戦闘中に赤ん坊の泣き声なんて聞こえるはずないってのは判ってる」

「けどね、私だけじゃなくて他の三人も聞いたって言ってたんだよ」

「だから周囲を警戒しながら進んでたんだけど……」

「うーん、それ以降は……記憶がないや」

「何でだろうね?敵からどんな攻撃受けたのかも覚えてない」

提督「そっか……ありがと、北上さん」

北上「ごめんねぇ、あんまり役に立つ情報出せなくて」

提督「いいの……じゃあ続いて」

北上「ありゃ?まだあるの?」

提督「ええ、北上さんの話の続きを聞きたいと思うの」

北上「え、いや、だから私は覚えてないって……」

提督「北上さんは覚えてなくても、大井さんは覚えてるんじゃない?」

北上「あ……そっか」

北上「そうだよね、大井っちもあの現場にいたんだし覚えてるはず」

北上「そうだよ、何で私そんな簡単な事、思い浮かばなかったんだろ」

提督「うん、覚えてるはずだよね」


北上本当にその大井さんが本物なら、覚えてるはずだよね」

北上「……本物ならって、何言ってんの提督」

北上「よし、じゃあ大井っち、その時の様子を……」

提督「本当にその大井さんが本物なら、覚えてるはずだよね」

北上「……本物ならって、何言ってんの提督」

提督「……」

北上「本物に決まってるじゃん、提督、大井っちの声とか姿忘れちゃったの?」

提督「……覚えてるよ、北上さん」

北上「じゃあ……」

提督「けどね、それは大井さんが本物である証拠にはならないの」

提督「大井さんの姿を模した何か別の存在である可能性は、否定できないの」

北上「提督……」

提督「だからこそ、私は今回の作戦を北上さんに隠してた」

提督「大井さんがもし、敵の密偵だったら……北上さんを介して作戦がすべて漏れてしまうからね」

北上「……」


北上「……じゃあ、大井っちの証言なんて必要ないじゃん」プクー

提督「作戦が上手く行ってれば大井さんは厳重監視のまま作戦を次の段階に進めるつもりだったんだけど……」

提督「今は手詰まりの状態だから……大井さんの証言も検証の対象にすべきと考えたの」

提督「勿論、あくまで判断材料の一つにする程度の話だけどね」

北上「……」

提督「き、北上さん、怒ってる?」

北上「……わりと」

提督「ああ、やっぱり、そうなっちゃうよねぇ……」

北上「……」

提督「うう、だから気が進まなかったんだけど……」

北上「……はぁ」

提督「北上さん?」

北上「……私も提督って職がどんな物かは知ってるつもりだからさ」

北上「確かに今の大井っちを提督が疑うのは理解はできるよ」

北上「大井っちと繋がってる私を作戦から遠ざけるのも判る」

提督「北上さん……」

北上「その辺、理解はしてるけど……納得はしてないから」

提督「……うん」

北上「ま、その辺は大井っち本人がどう思うかにもよるけどね」

北上「その辺、どう思う?大井っち」

大井「いや、別に提督が私をどう思ってようがどうでもいいですけど……」

北上「けど?」

大井「……北上さんは、私の事を、どう思ってるんです?」

北上「どうって?」

大井「……私の事を、本物の大井だって……思ってます?」

北上「え、当たり前じゃん」

大井「あ……」

北上「何年一緒にいると思ってんの?何年その声聞いてると思ってるの?」

北上「そんな私が間違えるはずないじゃん」

北上「大井っちは、本物の……大井っちだよ」

大井「き、北上さん……」

大井「やったぜ」ドヤ

提督「……ドヤ顔でこっち見るのやめてください」

大井「やったぜ?」ドヤ

提督「……」

大井「ん?提督?私、北上さんに信じてもらえてますよ?ん?あれ?提督は信じてないの?あれえ?」

大井「北上さんは信じてるのに提督は信じてないんだその時点でもう二人の心は別れてますよね?」

大井「はい、フラグ折れた!完全に折れた!はい残念!ざまあ!ざまあ!」

提督「……」

大井「はあ、気が楽になりました、これで提督を警戒する必要無くなりましたからね」

大井「今凄く気分がいいのであの時の事を全部教えてあげますね?感謝して?」

提督「……泣きそう」

「赤ん坊の声、ですね、私も確かに聞きました」

「けど、私が気になってたのはその声じゃなかったんです」

「私が気にしていたのは」

「先頭を走る北上さんのお尻だったんです」

「いやいやいや、真面目な話をしてるんですよ私は」

「高速で走る北上さんのお尻はですね、何時もより躍動的でとても美しいんです」

「その時も私はジッとお尻を眺めてました」

「北上さんとかは周りを警戒してましたから、気づかれなかったんです」

「……」

「そんな私だからこそ、あれを目撃できたんですけど」

「えっと、北上さんの右足にですね……」

「白くて小さい、赤ん坊がしがみついてたんです」

「はじめは見間違いかなと思ってたんですけど……確かにそれは居ました」

「そして私が北上さんに注意を促そうとした直後……」

「……北上さんの右脚エンジンが爆発して……」

「北上さんは、高速状態のまま海面に叩きつけられましたんです」

「勿論、私は即座に北上さんに追いついて助け起こしました」

「けど、その時すでに北上さんは意識が無くて……右手は千切られていたんです」

「近くに、あいつがいました」

「あの赤ん坊です」

「血まみれの北上さんの手をギュッと握り締めたあいつは」

「あいつは、北上さんを、私を見てこう声をあげました」



『おぎゃあ』



「……」

「あ、大丈夫です、私はタフですから」

「怖くてしゃべれないとかありません」

「ちゃんと喋れます、本当ですから」

「えーと、赤ん坊の泣き声、ですよね」

「不思議な話ですが、私にはその声が何を言ってるのか、理解できました」

「あいつは、あいつは」

「あいつは仲間を呼んでたんです」

「あの鳴き声は、そういう質の物でした」

「……ここに、美味しいものがあるぞって」

「そう言って、仲間を呼んでたんです」

「それからどうしたって?」

「そりゃあ……」

「……」

「……」

「……そりゃあ」

「海面から……いっぱい……」

「出てきたんです、あついらが……」

「ぞろぞろと、白い、小さなあいつらが……」

「あいつらって誰ですかって?」

「赤ん坊ですさっきも言ったでしょう」

「何度も同じことを言わせないで」

「小さな、小さな牙がたくさん」

「沢山ついてました、あいつら」

「ふふふ、けど、口は小さいんです」

「ですから少ししか齧れない」

「だから小さな傷しか残らない」

「けど、凄くたくさんいて、払いきれないほどの数が」

「身体にしがみついて」

「いっぱい、いっぱい」

「いっぱいかみつかれて」

「仲間は押し倒されてました」

「痛い痛いって、言ってました」

「彼女は叫んでた」

「たすけてって」

「けど、けど私は無視しました」

「数が普通じゃなかったんです、何度払っても何度払っても」

「登ってくるんです、助けようがない」

「ごめんなさい、嘘です本当は」

「本当は怖かった、あの子達を助けようとして自分が集られるんじゃないかって」

「怖かったんです、だから意識を失った北上さんだけを抱いて逃げました」

「逃げたんです」

「まあ」

「逃げられるはずはなかったんですけど」

「直ぐに私は追いつかれて」

「噛まれました、沢山」

「あいつら噛みながら鳴くんです」



『おぎゃあ』



「あいつらは、感謝していました」

「私達に感謝していました」

「ありがとう、こんな美味しいものをくれて」

「そんな意味の」

「鳴き声を」

「何度も何度も聞きました、齧られるたびに」

「ああ、それでも北上さんだけは」

「逃げてほしいって」

「願ったんです」

「祈ったんです」

「その祈りは届きました」

「航空支援爆撃があったんです」

「まあ、彼女に私たちを支援する意図があったかは不明ですが」

「誰が爆撃したのかって?」

「ヲ級ですよ」

「彼女達も赤ん坊に襲われていましたから」

「きっと、周囲にいる赤ん坊を焼き払うつもりで爆撃したんでしょうね」

「そのお陰で、私に集まっていた赤ん坊は振り払えました」

「まあ、私も致命傷を受けましたけど」

「その後、私が何とか海域から離脱できたのは……」

「きっと赤ん坊達の注意がヲ級達に集中したからでしょうね」

「私が最後に見た時」

「最後に残ったヲ級は赤ん坊達に集られて」

「彼女の目は」

「私を見ていました」

「食べられたくないと訴えていました」

「私はそれを無視して」

「北上さんを引きずって」

「撤退したんです」

「……撤退したんです」

「海域から離れた時」

「やつらが追って来ていないか心配で」

「私はもう一度、後ろを振り返りました」

「……」

「……白かったです」

「……一瞬、海が、やつらで埋め尽くされてるかと思いました」

「それくらい、白かった……」

「……」

「けど……けど、そうですね……」

「提督がさっき言ってた事を考えると、あれは霧だったのかもしれません……」

「まるで誕生日の時に使うドライアイスみたいに」

「滑るみたいに広がっていく霧が……海面を覆って……」

「……その時」

「声が聞こえたんです」

「ああ、けど、その子はもういない」

「いないはずなんです」

「だって、あの子は食べられていた」

「集られていた」

「だから、だから聞こえるはずがないのに……」

「聞こえるはずがないのに……」



『大井さん』



「けど、確かにあのとき……私には聞こえたんです……」



『たすけて』

~提督の部屋~


北上「お、大井っち、大丈夫?」

大井「あ、は、はい……大丈夫です……」

提督「……」

大井「これが、私が知ってることのすべてです……」

提督「……ありがとう、大井さん」

大井「……ハァ」

北上「大井っち、あんまり無理しないほうが……」

大井「だ、大丈夫です、私は……私はタフですから……」

提督「赤ん坊と、霧……それに金剛が遭遇した、何者か……」

提督「情報は増えたけど……うーん、これは……」

大井「……」

北上「大井っち?」

大井「……提督が私の事を警戒しているな、と言うのは判ってました」

提督「……うん」

大井「だって、私が提督なら同じ判断をしますから」

大井「だから、だから利用しようと思ったんです」

北上「利用?」

大井「はい、私と言う不確定要素がある限り……北上さんは前線に出せませんよね、提督」

提督「……そうだね、今の段階ではちょっと出せない」

北上「あー、やっぱりそうなるのね……」ガク

大井「……」

大井「……あれには、近づくべきじゃないんです」

大井「いえ、もっと言うと……北上さんをあの海域に近づけたくない……」

大井「近づけたく、ないんです……」

北上「大井っち……」

~作戦会議室~


長門「では作戦会議を開始する」

長門「霧の領域の移動は継続中だ……約1週間で鎮守府に到着すると予想される」

長門「監視を継続していた第二、第三艦隊、報告を頼む」

球磨「了解クマ」

球磨「監視してるだけでは暇だったので、第三艦隊と協力して色々と試してみたクマ」

球磨「まず霧の外から砲撃を試してみたクマ」

長門「効果は?」

球磨「まるでコンニャクに釘打ってるみたいな物だったクマ」

長門「……そうか」

球磨「海上や海中から雷撃も試してみたけど……霧の中が確認できないし、そもそも爆発したかすら不明だクマ」

球磨「集音器による音響探索でも爆音は確認されなかったクマ」

球磨「そんな中でも、僅かに効果があったものがあるクマ」

長門「ほう?」

球磨「丁度霧の境界線付近に岩礁があったから、第三艦隊の空母達に油脂焼夷弾を落としてもらったクマ」

長門「また珍しい物を」

球磨「倉庫に狙ってたぷんを、再利用したクマ~」

球磨「岩礁に命中して炎上した時、霧が少し割れたクマ」

長門「割れた?

球磨「岩礁に命中して炎上した時、霧が少し割れたクマ」

長門「割れた?」

球磨「そう、まるで嫌がってるみたいに、ふわっと」

長門「……」

球磨「まあ、火が消えたらすぐ元に戻ったクマけどね」

長門「……火か」

球磨「あー、長門が考えてる事は予想できるクマ」

長門「そうか?」

球磨「大量の火を使えば霧を排除できるかも……って思ってるクマ?」

球磨「まあ、鎮守府にある燃料と弾薬全てを使えば出るかもしれないけど……」

球磨「輸送船10隻分くらいになるし、それを霧に打ち込む手段がないクマ」

球磨「仮に超大きな魚雷か焼夷弾かを作ったとしても、あの霧のど真ん中くらいに撃ちこまないと意味ないクマ」

長門「……」

球磨「報告は以上クマ~、長門達の方は何か進展あったクマか?」

長門「……ああ、『北上から』新しい情報が手に入った」

球磨「北上から?あの子、何も覚えてないんじゃなかったクマ?」

長門「提督が、催眠療法か何かで聞き出したらしい」

球磨「あの人、芸が多彩クマね」

長門「資料にまとめてあるから、各自確認してくれ」

球磨「了解くま」

球磨「んー、白い赤ん坊クマか……これ、もう心霊現象クマよね、お坊さん呼んだ方がいいクマ」

長門「心霊現象なぞ存在しない」

球磨「けどこれ」

長門「お化けなんていない、いいな?」

球磨「わ、判ったクマ」

球磨(長門、お化け苦手だったクマか)

長門「それに……北上の情報によれば、連中も無敵という訳ではないからな」

球磨「何か作戦があるクマか?」

長門「ああ、提督と幾つかの作戦は考えてある」


長門「北上の証言によると、ヲ級が爆撃で赤ん坊を吹き飛ばした……とある」

長門「また、球磨の証言でも焼夷弾の炎を霧が避ける事が確認されている」

長門「つまり、火だ」

長門「大量の火があれば、あの霧と赤ん坊達を打開できる可能性は高い」

球磨「んー、けどさっきも言ったけど、そんな大きな焼夷弾どうやって霧の中に打ち込むクマ?」

長門「撃ちこむ必要はないさ……何故ならば」


ドンッ


長門「何故ならば、霧の領域の進行経路に……この島があるからだ」

球磨「島クマか?」

長門「ああ、人の住まない小さな無人島だ」

長門「現在、ここに鎮守府の燃料や爆薬を運び込む準備を進めている」

球磨「……あー、ひょっとして」

長門「そう、この島を……機雷として使用する」

長門「作戦は単純だ」

長門「我々は霧の領域を監視しながら島まで後退する」

長門「そして島を霧が飲みこんだあと……」

長門「有線ワイヤーを使い、遠隔で島を起爆させる」

長門「……金剛の件で有線の有用性は確認されているからな」

長門「計算では島は跡形もなく吹き飛ぶだろう」

長門「同時に飛び散った燃料により大きな炎が発生する」

長門「連中の弱点が炎ならば……これで大打撃を与えることが可能だ」

球磨「随分派手な作戦クマねえ」

長門「相手は未知の存在だからな、やり過ぎぐらいで丁度いい」

長門「仮に生き残った敵がいた場合、第一から第三までの艦隊でそれを殲滅する」

長門「赤ん坊だろうが、偽の私だろうが……霧さえなければ何とでもやりようがあるからな」

球磨「作戦は了解したクマ~」

長門「では作戦の準備を始める前に……阿武隈」

阿武隈「……」ボー

長門「阿武隈?」

阿武隈「え、あ、は、はいっ!」ガタンッ

長門「ボーっとするな、作戦会議中だぞ」

阿武隈「うう、すみませぇん……」

長門「昨日、頼んでいた調査の結果は出たか?」

阿武隈「は、はい!」

阿武隈「依頼を受けていた有線ケーブルを使っての機雷起爆実験ですが……」

阿武隈「えっと……機雷が霧に呑まれた後、爆破信号を送りました」

阿武隈「爆音や閃光は聞こえませんでしたが……ワイヤーを引き戻した時に、焦げ跡が残っていました」

阿武隈「ですから、機雷が爆発したのは、確かだと思います」

長門「了解した」

長門(金剛の時、有線ワイヤーを使用したがこちらの音声は向こうに届いていなかった……)

長門(それだけが不安だったが……問題はないようだな)

長門「よし、では作戦の再確認だ」

長門「第二から第三艦隊は、引き続き霧の領域の監視を続行」

長門「第一、第四艦隊は島の機雷化を進める」

長門「作戦決行は4日後だ」

長門「総員、準備にかかれ!」


「「「「了解!」」」



 

阿武隈「えっと、えっと、私達の仕事は有線ワイヤーの設置と保持……」

阿武隈「こ、これってミスると作戦自体が失敗しかねない仕事だよね……」

阿武隈「島から安全区域までの距離に配置するから……」

阿武隈「今あるケーブルでは全然足りないよね、新しく仕入れないと……」

阿武隈「それに、そう、予備としてもう一本くらい敷いとくべきだよね……」

阿武隈「ううう、地味なのに責任重大だよぉ……」

阿武隈「けど……」

阿武隈「……」

阿武隈「けど、頑張らなくちゃ」

阿武隈「北上さんの為にも、頑張らなくちゃ……」

電「阿武隈さん?」

阿武隈「は、はいぃ!……って、何だ電か」

電「作戦会議は終わったのですか?」

阿武隈「うん、なんとかね」

雷「私たちにも何か仕事あるのよね?何やればいいの?」

暁「そりゃあ、レディーとして相応しい仕事よ、きっと」

響「前線に出るのかな?」

阿武隈「……いや、わたしたち第四艦隊は、超裏方……」


「「「「えええーーーー」」」」


阿武隈「はいはい、文句言わないの、北上さんに笑われるわよ?」

雷「うーん、それは嫌だわ」

響「付け入る隙を見せると、北上さんくすぐってくるからね」

暁「レディーの身体をまさぐるなんて、失礼しちゃう!」

電「あれはきついのです……」

阿武隈「でしょ?」

雷「もう、仕方ないわね、誰かがやんなきゃならない仕事なんだろうし」

雷「うーんと頑張って、北上さん達をびっくりさせるくらいの結果を出しましょ!」


「「「はーーーい」」」

 

~提督の部屋~


提督「……作戦の準備は順調?」

長門「ああ、燃料や弾薬、火薬は8割方島に運び込んだ」

提督「そう、ありがとうね」

長門「……今回の件について、大本営は何か言って来てるのか?」

提督「ええ、さっき電文が来たわ……見る?」

長門「……そんな怪談話の為に増援は送れない、か」

提督「そ、今、鎮守府にある物資と戦力で何とかするしかないってこと」

長門「……」

提督「……」


雷「しれーー!」バンッ

雷「しれー!しれーしれー!」ドタバタ

提督「雷?入る前にノックしなさいって言ったでしょ?」

雷「あ、忘れてた、ごめんなさーい!」

提督「もう……それで、どうかしたの?」ナデナデ

雷「あのね、あのね、第四艦隊で使うワイヤーが足りないのよ!」

提督「そう」

雷「何とかならない?釣り糸とかで代用できないかしら?」

提督「んー……今、球磨達が防爆隔壁の解体してるから、あそこでなら余ってるワイヤーがあるかも」

雷「球磨ね?判った!」

提督「……」

雷「……提督?」

提督「……あ、うん、なに?どうかした?」

雷「疲れてない?」

提督「……そう見える?」

雷「うん」

提督「あはは、最近ちょっと寝不足でね」

雷「もう、無理しちゃだめよ?」

提督「……だね、このあと、ちょっと休憩取る事にする」

雷「そうそう、あとは私達に任せて……いっぱい、いっぱい頑張るから!」

提督「……うん、ありがとうね、雷」

雷「じゃあ、球磨達の所に行ってくるわね!」タッタッタッ

提督「……行ってらっしゃい」

提督「……」

長門「……」

提督「……長門」

長門「なんだ」

提督「もし作戦が失敗して……あの霧が鎮守府まで来たら、どうなると思う?」

長門「それは……」

提督「……ここは、霧で包まれるわ」

提督「私達がいるこの部屋も」

提督「あの子達が寝起きしてる部屋も」

提督「皆でご飯を食べていたあの食堂も」

提督「喧騒も、笑い声も、歌声も、口喧嘩も」

提督「駆逐艦の子達が遺した落書きも、演習の時に誤射して出来た壁の穴も」

提督「すべて、白く塗りつぶされて……」

長門「……」

提督「……あの子達の代わりに、奴等が這いまわる事になる」

提督「そんなのは我慢出来ない」

提督「だから、だからね、長門」

長門「……」

提督「今回の作戦を成功させるためには、どんな命令でも下すわ」

長門「……判ってる」

提督「例え誰かに恨まれるような事になったとしても」

長門「……ああ」

提督「例え提督でいられなくなるとしても」

長門「……」

提督「……ごめんね」

長門「……心配するな、きっと作戦は成功するさ」

提督「……うん」

長門「さあ、もう休め、雷に怒られてしまうぞ?」

提督「……はぁい」

~4日後~

~北上の部屋~


北上「あー……暇なんだけど……」グデン

北上「みんな何かバタバタやってるのに、蚊帳の外だしねえ……」グデン

大井「いいじゃないですか、北上さん、のんびりするの好きでしょ?」

北上「そうだけどさあ……」


コンコンッ


球磨「北上、いるクマか~」

北上「もう、球磨姉、返事待たずに入ってくるのやめてよ」ゴソゴソ

大井「……」コソコソ

球磨「ノックしたからそれで十分クマ」

北上「ま、いいけどねえ」

球磨「ほら、今日の分のお見舞い持ってきたクマ」

北上「うわ……そんな毎日毎日林檎持ってこなくていいって……」

球磨「なに言ってるクマ、病人は林檎を食べて養生するのが当然クマ」

北上「病人じゃないんだけど……」

球磨「まあ、元気そうで良かったクマ」

北上「……それより、球磨姉達の方はどーなのよ、何か油だらけじゃん」

球磨「ああ、これはちょっと隔壁の解体やってて汚れたクマ」ゴシゴシ

北上「隔壁?あんなの解体してどーすんの?」

球磨「色々使うクマ……駆逐艦達が使うワイヤーとか」

北上「ふーん……」

球磨「……ま、大井のカタキを自分の手で取りたいって北上の気持ちは判るクマ」

球磨「けど、北上は病み上がりなんだし、今回は姉ちゃん達に花を持たせとくクマ?」

北上「……はーい」


コンコンッ



「あ、あの、北上さんいますかっ」

北上「ありゃ、阿武隈だ」

球磨「あー、最近わりと良く北上の部屋で見かけるクマよね」

北上「うん、良く見舞いに来てくれるね」

球磨「うんうん、北上は駆逐艦以外の友達が少なかったから心配だったけど」

球磨「これで姉ちゃん安心できるクマ!」

北上「い、いや、駆逐艦は友達じゃないから」

球磨「じゃ、仲良くするクマよ~」トテトテ


カチャ


阿武隈「あ、球磨さん……北上さんのお見舞いですか?」

球磨「私はもう帰るところだクマ、あとは若い二人で仲良くやるクマ」キシシ

阿武隈「え、も、もう、何言ってるんですかっ///」

北上「阿武隈おっす~」

阿武隈「あ、き、北上さん……あの、違いますから、球磨さんが言ってたのは、その///」

北上「あー、球磨姉の言う事は話半分くらいで聞いといた方がいいよ~」

阿武隈「……で、ですか」

北上「そうそう」

阿武隈「……」

北上「……」

阿武隈「……」

北上「えーと、林檎食べる?」

阿武隈「……北上さん」

北上「ん?」

阿武隈「……今日、これから出撃します」

北上「……そっか」

阿武隈「皆で、頑張って準備した作戦です……」

北上「……うん」

阿武隈「絶対、絶対、成功すると思います……」

北上「……」

阿武隈「大井さんの……それに、北上さんの右手のカタキを、とってきますから……」

北上「……うん」

阿武隈「だから、その……無事に帰ってきた時に……えっと……」

北上「ん?」

阿武隈「えっと、そのぉ……」

北上「阿武隈?どったの?顔真っ赤だけど」

阿武隈「……」

北上「阿武隈?」

阿武隈「も……」

北上「も?」

 




阿武隈「もういっかい、頭なでてもらいたい、ですっ!」





 

北上「……」

阿武隈「……」プルプル

北上「……」

阿武隈「……」プルプル

北上「……あ、うん、いいけど」

阿武隈「ほ、ほんとですかっ!?」

北上「う、うん」

阿武隈「やったっ」グッ

北上「いや、阿武隈そんな事は別に何時でも……」

阿武隈「私!頑張ります!北上さん!今ので一杯勇気もらえました!」グッ

北上「え、あ、うん、そ、それは良かったね……」

阿武隈「じゃ!北上さん!行ってきます!頑張ってきますから!」

北上「え、早いねもう行くの」

阿武隈「約束!忘れないでくださいね!絶対ですよ!」タッタッタッ

北上「う、うん、忘れないよ……って、もう行っちゃった」

北上「相変わらず、元気な子だなあ……」

大井「……」

北上「ありゃ、大井っち?」

大井「はい」

北上「何時も阿武隈が来た後は何か機嫌が悪いけど……今日は別にそうでもない?」

大井「……そうですね、何か肩透かしを食らったというか……」

北上「肩透かし?」

大井「……てっきり、キスして下さいとか愛の告白をしてくださいとか約束すると思ってたのに」ブツブツ

大井「頭なでてくださいって……」ブツブツ

大井「そんなんじゃ、怒るに怒れないじゃないですか……」ブツブツ

北上「大井っち?何ブツブツいってるの?」

大井「別に何でもないです……そうだ、林檎食べましょう林檎、私剥いてあげますから」

北上「お~、ありがとねえ」

~機雷の島 沖合 ~


阿武隈「有線ワイヤーの敷設状況、異常ありません!」

球磨「霧の領域の進路も特に変更ないクマ、この調子でいけば数分後には島の端に上陸するクマ」

長門「よし……あとは待つだけだな」

雷「ねえねえ、長門」

長門「何だ」

雷「この探照灯って何に使うの?」

長門「それは……まあ、作戦を成功させる為のお守りみたいなものだ」

雷「へえー……じゃ、大事に取っておくわね?」

長門「ああ、頼む」

球磨「長門、霧の領域が島に上陸したクマ」

長門「よし……起爆はもう暫く待て……」

長門「あの霧が島をすっぽり覆ってからが勝負だ」


「「「了解!」」」

阿武隈「ああ、緊張するなあ……何かミスしてないよね……」ブツブツ

阿武隈「爆薬へのテスト信号を送った時も正常だったし……」ブツブツ

阿武隈「予備のワイヤーも異常なし……」ブツブツ

暁「もう、阿武隈心配し過ぎよ?」

雷「そうよ、皆で何度も見直したから、大丈夫よ!」

阿武隈「そ、そうかな……そうだよね……」

響「ほら、お茶を持ってきてるから、皆で飲もう」

電「そうなのです、身体を温めれば、きっと落ち着くのです」

阿武隈「うう、ありがとね、みんな……」

長門「……よし、霧が島を抱え込んだ」

長門「阿武隈!」

阿武隈「は、はい!」

長門「5秒後に起爆信号を送れ!」

阿武隈「了解です!カ、カウント開始します!」

長門「他の者は衝撃に備えろ!」



「「「了解!」」」




阿武隈「5」

阿武隈「4」

阿武隈「3」

阿武隈「2」

阿武隈「1」

阿武隈「き、起爆します!」

「……」

「…………」

「………………」


球磨「……反応ないクマ」

阿武隈「え、け、けど私はちゃんと……」

長門「阿武隈、予備に切り替えて再度試せ、カウントは必要ない」

阿武隈「りょ、了解!」


「……」

「…………」

「………………」


球磨「……同じく、反応ないクマね」

阿武隈「そ、そんな……」

雷「そんなはずないわ!私達きちんと……!」

暁「そうよ、何度も確かめたし……」

響「……」カラカラ

電「響?何をやってるのです?」

響「……ワイヤーを引き寄せてる」



カラカラカラカラ


カラッ


響「……切れてる、ね」

阿武隈「け、けどさっきまではちゃんと……」

長門「……ケーブルの端は鋭利な何かで切られたような痕跡を残している」

長門「これは……」

球磨「例の、赤ん坊クマか、牙が生えた」

阿武隈「け、けど、金剛さんの時はケーブル、最後まで繋がってましたよね!?」

阿武隈「どうして今回だけ切断されてるんですか……」

長門「……利口になったのかもな」

阿武隈「そんな……」

球磨「……作戦は、失敗クマか」

長門「ああ、作戦は失敗した」

阿武隈「そんな……そんな……せっかく、皆でがんばったのに……」

阿武隈「き、北上さんにも、絶対カタキを取るって、約束したのに……」

長門「雷、探照灯は使えるようになってるな?」

雷「え、ええ、ちゃんと使えるはずだけど……」

長門「……よし、では作戦プランBを実行する」

阿武隈「ぷらん……びー?」

球磨「了解クマ~」

阿武隈「ま、待って下さい、プランBって……?」

長門「……金剛との通信が一方通行だった事を踏まえ、提督から予備の作戦を受け取っている」

長門「それがプランBだ」

阿武隈「え、けどそんなの聞いてないですけど……」

長門「作戦が失敗するまで一部の者以外には伏せておくよう、命令を受けていたからな」

阿武隈「そ、そうだったんだ……」

阿武隈「良かった……まだ、負けたわけじゃないんだ……」

長門「時間が無いので端的に説明する」

長門「阿武隈、金剛からの通信内容は覚えているな?」

阿武隈「は、はい……えっと、敵の通信妨害を受けて……金剛さんだけが撤退しようとして……」

阿武隈「けど、けど出来なかったんです、霧の領域から出られなくて……」

阿武隈「何とか霧を抜けた時には、偽物の長門さん達に囲まれていて……」

長門「そう、金剛は霧を抜けたと言っていた」

長門「だが、霧の領域の周囲を偵察していた艦載機は、金剛の姿を確認していないんだ」

阿武隈「あれ?けど金剛さんは確かに……」



『ああ、やっと出られたデス、良かった……あのままずっと霧の中かと……』


阿武隈「……あ、もしかして」

長門「そう、恐らくこの霧はリング状をしていると思われる」

雷「リング……状?」

長門「ドーナツ型……と言う事だ」

雷「あ、判りやすい」

長門「恐らく、この霧には、電波や音波を遮断するだけではなく、方向感覚を狂わせる何かが含まれてるのだろう」

長門「だから金剛は撤退しようとして……逆に霧の中央に向かってしまった」

長門「そして霧を抜け……敵に遭遇してしまった」

阿武隈「な、なるほど……」

長門「逆に言うと、だ」

長門「この霧を真っすぐ進み、通り抜けてさえしまえば……正常な電波を島に送れると言う事だ」

阿武隈「あ、そうか、電波さえ通れば起爆はできますしね」

阿武隈「その作戦なら確かに……」

阿武隈「……」

阿武隈「……あれ?」

雷「長門、その作戦だと、危なすぎない?」

電「そうなのです、霧の中に入るのは危険なのです」

阿武隈「そ、そうですよ、それに仮に霧を通り抜けることが可能だとして……」

阿武隈「その位置から爆破信号を送ったりしたら、その人も爆発に巻き込まれて……」

球磨「大丈夫クマ、その為に鎮守府の防爆隔壁をくすねてきたクマ」

阿武隈「く、球磨さん……」

長門「ああ、この隔壁は艦に搭載する艤装として改良してある」

長門「これさえあれば、爆破に巻き込まれても比較的マシな確率で生き残る事が出来るはずだ」

阿武隈「比較的マシな確率って……どれくらいなんですか?」

長門「10%程度か」

阿武隈「10%って……」

長門「安心しろ、この任務に参加するのは5隻だけだ」

長門「その5隻にも、既に話は通してある」

阿武隈「そんな……」

長門「阿武隈」

阿武隈「……」

長門「今は、これが一番成功率の高い作戦だ」

長門「他の方法はない」

長門「ここでアレを食い止められなければ……鎮守府は確実に霧に覆われる」

長門「既にあそこには殆ど物資が遺されていないからな」

長門「そして……」

長門「そして、鎮守府が落ちれば……本土までは目と鼻の先だ」

長門「霧が本土に上陸すれば何が起こるか……想像できるだろう」

長門「だから、我々はここで踏みとどまらなければならない」

長門「どんな手段を使ってでも、だ」

阿武隈「……は、はい」

長門「よし……阿武隈は霧の外で探照灯の保持を頼む」

阿武隈「探照灯……」

長門「そう、あの光さえあれば、我々は進むべき道を見失わない」

長門「仮に方向感覚を乱されたとしても」

長門「あの光を背にしておけば、霧の中央に向かう事が出来る」

長門「重要な任務だ……出来るな?」

阿武隈「……はい」

長門「……よし」

長門「では最後の任務を開始する!」

長門「霧の中では通信は使えない!」

長門「中に入ればあとは各自で判断し前進しろ!」

長門「何者かの声が聞こえたとしても、決して惑わされるな!」

長門「助けを求める声を聞いても、耳を貸すな!」

長門「いいな!」


「「「「了解!!」」」」


長門「侵攻開始!」

球磨「よーし、馬鹿な妹のカタキを取ってくるクマかねえ」

長門「霧の中から大井の声が聞こえるやもしれんぞ」

球磨「ああ、大丈夫クマ、私はスパルタだし、泣き言ぬかす妹の声を無視するのには慣れてるクマ」

長門「……それは頼もしいな」クスッ

球磨「お、珍しいクマねえ、長門が笑うなんて」

長門「……からかうな」

球磨「ふっふっふー……おっと、もう霧の境界クマ……」

球磨「それじゃあ、長門」

長門「ああ」

球磨「死ぬなよ」

長門「……お前もな」


ボシュッ


長門「これが……霧の中か……報告通り、殆ど何も見えんな」

長門「……だが」



ピカッピカッ



長門「……よし、探照灯の光は見えている」

長門「あれを背後にしていれば、迷う事はないだろう」

長門「他の連中は……」

長門「……いや、気にする必要はないか」

長門「連中は百戦錬磨の猛者だ」

長門「きっと霧を抜けた先で会えるはずだ……」

長門「今は黙って進もう」

「長門さん」


長門「……」


「おい、長門、返事しろよ」


長門「……」


「長門、ごめんクマ、ちょっと手を貸してほしいクマ」


長門「……」



 「長門」     「たすけて」

     「長門さん」

「たべられる」
           「いたい」
     「ねえ」

            「異常ありません」
「返事して」
        「手が」
             「仲間に」
    「ちくしょう」

 「足が」       「全部嘘」
     「こんな事なら」

        「にげるクマ」

「そうこれは夢よ」  「長門」

            「どうしてこんな事に」

     「長門さん」
「ねえ」


「ねえ」


「ねえ長門」

長門(……どうしてだ)

長門(どうして……あいつの声が聞こえる)

長門(何故姉妹艦であるあいつの声が聞こえる)

長門(あいつは、この鎮守府にはいないはずだ)

長門(どうして……)



「ねえ、長門、焦り過ぎるのは貴女の悪い癖よ」

         「ねえ、長門」

「長門」

                 「聞いているの?」

   「仲間に」

             「きっと楽しいわ」
「なりましょう」



長門(……そうか、この霧は……)

長門(この霧が……)

長門(私の心を……)




ドシュンッ



長門「くっ……」

長門「……流石に自分の聴覚ユニットを潰すのは抵抗があったが……」

長門「……お陰で意識ははっきりした……」


  「……」
           「……」

      「……」

 「……」



長門「何も聞こえんぞ……」

長門「さあ、先に進ませてもらおうか……」

長門(身体が重い)

長門(まるで霧が身体にまとわりついてるかのようだ)

長門(だが)

長門(だがもうじきだ)

長門(光はまだ後ろに見える)

長門(信じろ、信じて前に……)

長門(……前に……)



ポシュッ



長門「……!」

 


長門(霧が……)


長門(晴れた……)


長門(そうか、抜けられたんだな……)


長門(……道理で身体が重いわけだ)


長門(こんなにも、赤ん坊がまとわりついてたんだからな)


長門(他の連中は……)


長門(……)


長門(私……一人か……)


長門(……いや、あそこに艦影が……)


長門(あの見覚えがある艦影は……)


 
 

金剛「ああ、良かったデス」

金剛「長門、助けに来てくれたデスね」

金剛「ここから出られなくて困ってたデス」

金剛「さあ、一緒に帰りまショウ」

金剛「そして」

金剛「比叡が買って来てくれたコーヒーを」

金剛「一緒に呑みまショウ」

金剛「長門?」



長門「……」



金剛「長門」

長門「不思議と、お前が何を言ってるのか理解できる」


金剛「長門、一緒に帰りましょう」


長門「そうだな」



金剛「一緒に一緒に一緒に」

金剛「鎮守府へ一緒に」

金剛「行きましょう行きましょう長門」

金剛「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫」

金剛「姉妹もみんな一緒に全部全部全部」

金剛「行きましょう」



長門「一緒に行くか」




ピッ

阿武隈「雷!電圧はまだ大丈夫!?」

雷「駄目!あと5分くらいで切れそう!」

阿武隈「……長門さん、い、急がないと……」

電「あれ……」

阿武隈「ど、どうかした?」

電「……何か、霧の奥が光ったような気がするのです」

阿武隈「え……?」

暁「ほ、ほんとね、何か光って……」

阿武隈「……」

響「阿武隈?どうかしたのかい?」

阿武隈「……総員!耐衝撃態勢を取って!」

雷「え……ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」




ズウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!

雷「あ、い、タタタタ……」

阿武隈「み、皆!大丈夫!?」

電「だ、大丈夫なのです……」

暁「何だったの、今の風……」

響「あ、探照灯が壊れてる……」

雷「え、ええ!大変じゃない!」

阿武隈「……」

雷「あ、阿武隈!どうしよう!ライトが!ライトが!」

阿武隈「……」

電「……雷、た、大変なのです……」

雷「え、なに?」

響「……霧が、なくなってる」

雷「え……あああ!ほ、ほんとだ……けど、変わりに……」

雷「……変わりに何か……すっごい大きな黒い雲が上がってるわよ」

阿武隈「……長門さん、成功したんだ」

阿武隈「す、凄い……長門さん達、凄い!成功したんだ!凄い!」

阿武隈「やった!やったぁ!」ブンブン

電「い、痛いのです、手をひっぱらないでほしいのですっ!」

阿武隈「あ、ご、ごめん」

雷「けど……けど、これって長門達、大丈夫なの?」

阿武隈「あ……そ、そうだ、助けに行かないと!」

阿武隈「幾ら長門さん達でも、大怪我負ってるかもしれないし!」

阿武隈「よ、よし、総員!長門さん達を助けに行くわよ!」


「「「「了解!」」」」

雷「うわあ……何か白くてブヨブヨした物が海面に浮いてるわ……」ツンツン

電「雷、あんまり触っては危ないのです」

雷「大丈夫よ、こいつら死んでるっぽいし」

暁「こっちにもあるわね、こっちにも、あそこにも」

響「……これが、例の赤ん坊なのかな」

阿武隈「……多分、そうだと思う」

阿武隈「これだけの量の赤ん坊が、霧の中にいたのね……」

雷「けど、それも退治出来たのよね?」

阿武隈「そう信じたいけど……まだ生き残りがいるかもしれないし、みんな気をつけてっ!」

電「了解なのです!」

響「……長門達、いないね」

阿武隈「もっと奥なのかな……」

暁「阿武隈!居た!長門さん居たわ!」

阿武隈「ほ、ほんと!?」タッ



長門「……」



阿武隈「な、長門さん!大丈夫ですか!?」

電「うう、、凄い怪我なのです……」

阿武隈「け、けど何とか無事みたい……」

阿武隈「良かった……防爆隔壁のおかげね」




長門「……阿武隈、か」

阿武隈「は、はい!阿武隈です!長門さん直ぐに撤退して治療を……」



長門「……逃げろ、阿武隈、作戦は、失敗した」



阿武隈「え……」

阿武隈「な、長門さん、何言ってるんですか、作戦は成功です……よ?」

阿武隈「ほら、見てください、周りには白い死骸が一杯です!」

阿武隈「私達、勝ったの!長門さん!」



長門「……爆発で、大半の奴らは吹き飛んだ……」

長門「炎は……確かに、連中の弱点だったんだ……」

長門「あいつらは……逃げようとした……」

長門「炎から、逃げようとした……だが……」

長門「逃げられなかった……ここは島の近くで、浅瀬ばかりだ……」

長門「海中に……逃げる事は……出来なかった……」



阿武隈「じゃ、じゃあ、そのまま焼け死んだんですよね?」


長門「……あいつらは」

長門「ああ、なんて事だ……信じられない……あいつらは……」

 





「あいつらは、わたしの中に、はいってきたんだ」





 

阿武隈「な、長門さん?何を言って……」

長門「阿武隈、逃げろ……」

阿武隈「だ、だって……長門さんを放っては……」

長門「阿武隈!」

阿武隈「ひゃ、ひゃいっ!」

長門「逃げろ!これは命令だ!」

阿武隈「め、めいれい……」

雷「あ、阿武隈、どうするの?」

阿武隈「ど、どうしよう……そ、そうだ、提督に、提督に通信いれて指示を……」

長門「……」

電「わ、判ったのです!霧が晴れた今なら電波も……」



長門「……あぶくま」

阿武隈「は、はい、長門さん待って下さい、今提督に……」



長門「……命令は撤回する」



阿武隈「へ?」



長門「私には……治療が必要だ……」

長門「だから……一緒に行こう」

長門「……鎮守府に」



阿武隈「な、長門さん……」

阿武隈「そ、そうですよね、判りました!」

阿武隈「じゃあ、今手を貸して……」



ズルリ



阿武隈「……え」

長門「どうした、阿武隈」

長門「手を貸して」

長門「くれはやく」

長門「私は行かねば」

長門「ならない鎮守府」

長門「にいかねば」

長門「ならないはやく」


ズルリッ


阿武隈「……」

阿武隈「……」

阿武隈「……」




阿武隈「……うそでしょ」

~鎮守府~

~阿武隈の部屋~


阿武隈「ひゃあああああああ!」ガバッ

阿武隈「はぁ……はぁ……はぁ……」

北上「……どうしたの、阿武隈、随分うなされてたみたいだけど」

阿武隈「ああ、北上さん……何だかすごい嫌な夢を見ちゃって……」

北上「そう」

阿武隈「はぁ……心臓が止まるかと思っちゃった……」

北上「……」

阿武隈「あ、あれ……私、確か任務で……」

阿武隈「……そ、そうだ、任務の途中でした」

阿武隈「北上さん、私、第四艦隊を任されたんですよ」

北上「……そっか、凄いね」

阿武隈「え、えへへ……あ、そういえば、雷達は」

阿武隈「電や暁や響は……何処へ……」

北上「……みんな、無事だよ、阿武隈のお陰」

阿武隈「……私のお陰……」

北上「うん、阿武隈、えらいえらい」ナデナデ

阿武隈「あ……」

阿武隈「えへへ、嬉しいなあ、北上さん、約束覚えててくれたんですね……」

北上「うん……」

阿武隈「そ、そうだ、任務のお話してあげますね!」

北上「……うん、聞かせてほしいな」

阿武隈「は、はい!」

阿武隈「自分で言うのもなんですけど、中々活躍できたと思うんです」

阿武隈「けど、ちょっと、恥ずかしいなあ……」

「霧を吹き飛ばした後、私達は長門さん達を助けに行きました」

「周囲は赤ん坊の残骸だらけで……これは勝ったと喜んでたんです」

「長門さんも無事でした」

「これって大勝利ですよね?」

「けど、長門さん、変な事を言い出したんです」

「多分、怪我のせいで錯乱してるんだろうなって思ってたんですけど……」

「ですけど……」

「……」

「北上さん、ここ、ちょっと冷房効き過ぎてますよね……」

「肌寒いなあ……」

「あ、長門さんの事ですよね……」

「長門さんと話してる時に……えっと、笑わないでくださいね?」

「長門さんの胸部装甲の傷口から、こう」

「……腕が生えてきたんです」

「変ですよね、長門さんの腕はちゃんとついてるのに……傷から……」

「……腕が生えてきました」

「……」

「一本だけじゃないんです」

「肩の傷からも、口からも、次々と」

「まるで競い合って出てこようとするみたいに」

「にゅるにゅるって……」

「あ、あはは……」

「北上さん、私、その腕に見覚えがあったんです」

「……あれは、あれは……金剛さんの腕でした」

「比叡さんの腕も」

「球磨さんの腕も、ありました」

「いっぱい、いっぱい、腕が生えて……」

「もう長門さんの身体が見えないくらいの腕が……」

「……その中に」

「不思議ですね、その中に、私はある物を見つけたんです……」

「顔です」

「赤ん坊の顔で、腕の中に……抱かれるみたいに……」

「そして、私を見て、あいつはこう言いました」



『おぎゃあ』




 

「私、その姿を見て……ああ、もう駄目だって思ったんです……」

「私では勝てないって……」

「けど、雷達だけは逃がしたかったから……」

「だから、こう言ったんです……」



『わ、私は抵抗しません!私から食べてください!』



「……あ、あははは」

「あはははははははははははははははははははははははははは!!!」

「ねえ、北上さん、ここからが傑作なんです!」

「聞いてください!あいつ、あいつ……」

「あいつ、それを信じたんです……」

「私が武器を下して、棒立ちになってたら……」

「あいつ、ゆっくり私に近づいてきて……」

「……左手を伸ばしてきました」

「だから、ふ、ふふふ……あははははは……」

「だから、吹き飛ばしてやった、左手を……」

「ドキュンッて、砲撃を打ち込んでやったんです!」

「そうしたら……」

「そうしたら、あいつ!」

「ふふふふふふふ、あいつ、凄く痛がってた……!」

「北上さん、傑作でしょ?」

「あいつ……あいつ、馬鹿です……」

「バカバカバカバカバカバカです、ふふふ、ざまあみろ……」

「騙してやった……出し抜いてやった……ふふふ……」

「……北上さん?聞いてます?」

「私ね、思ったんです」

「あいつから生えてた腕は、きっと他の艦娘から奪ったものなんです」

「けど、けど私が吹き飛ばした左腕は……」

「あの痛がりぶりからみると……きっと、本物の左腕なんです」

「あいつ自身の、左腕なんです……」

「あははは……あれは爽快だったなあ……」

「もう、北上さん、寝ちゃったの?ちゃんと聞いてほしいなあ……」

「あ、ところで、北上さんって猫派ですか?犬派ですか?」

「私は断然、猫派です」

「猫って可愛いですよね」

「あ、猫で思い出しました、私の今回の功績って」

「窮鼠猫を噛むって言葉が当てはまると思いませんか?」

「絶対的危機をチャンスに変えたんですし」

「ちょっと格好いいですよね」

「所で北上さん、噛まれた猫が鼠をどうするか知ってます?」

「最初は右足でした」

「凄く痛かったなあ……」

「涙が止まらなくて、気を失いそうになったけど、痛くてそれも出来なかったんです」

「次は左足でした」

「あははは……恥ずかしい話ですけど、この段階で私、折れちゃいました」

「命乞いしたんです……」

「もう抵抗しませんって」

「だから楽に殺して下さいって」

「……けど、無視されました」

「まあ、最初にうそついてだましたのは私ですから」

「仕方ないですよね……」

「次は右手でした」

「その時、気づいたんですけど……あいつ、私からもぎ取った右手を捨てたんです」

「ゴミみたいに、興味ないぞみたいな感じで、ポイって」

「きっと、よっぽと私が憎かったんだろうなあ……」

「……」

「それでね、北上さん、ここからが話の山場なんです」

「私、それ以上痛い目にあうのが嫌だったんです」

「だから、ふ、ふふふ……」

「だから、古典的な手段ですが……」

「死んだふりを、してみたんです……」

「それまで泣き叫んでたのを止めて」

「痛いのを我慢して、じっとしてたんです……」

「そうしたら……そうしたらね!北上さん!」

「あいつ、本当に馬鹿です!馬鹿ですきっと赤ん坊の顔してるから脳も赤ん坊並みなんですよ!」

「また!」

「また騙されたんです!」

「あははははははははははははははははははははははははははははははははは!」

「あいつ、私に興味なくして、さっきの右手みたいに……」

「ぽいって……」

「私を投げ捨てたんです……」

「ふ、ふふふふ……また、また出し抜いてやった……」

「北上さん、私、二回もあいつを……」

「出し抜きました……」

「北上さん……の右手の、カタキも……」

「うてました……あいつの左手は、今、使い物に……」

「ならな……あれ、北上さん……聞いてますか……」

「もう、寝ちゃったのかな……」

「北上さんに、もっと褒めてほしかったのに……」

「けど、けど、仕方ないよね……」

「北上さんも疲れてるんだろうし……」

「だから……明日、また……」

「めがさめたら……」

「いっしょ……に……」

「おはなし……しま……」

「きた……さ……ん」

「また……ね……」

「……」

「……」

「……」

提督「北上さん」

北上「……」

提督「阿武隈は?」

北上「……うん、今、行っちゃった」

提督「……そう」

北上「……」

提督「……アイツはもう、鎮守府の近くまで来てる」

提督「あと半日くらいで、ここは霧に呑まれるわ」

北上「……そっか」

提督「大本営がね、やっと重い腰を上げてくれて……」

提督「複数の鎮守府の戦力をまとめて、討伐部隊を出してくれるって……」

北上「……それって、間に合うの?」

提督「……10日くらいかかるらしいわ」

北上「だめじゃん……」

提督「そうね、討伐部隊が来る頃には、もう鎮守府は落ちていて……」

提督「本土の幾つかの街も……あいつに呑みこまれてるでしょうね」

北上「……」

提督「私達にも、指令所が届いてるわ……鎮守府を捨てて、本土の港で最終防衛線を張れって……」

北上「……」

提督「北上さんは、どうする?今なら、他の鎮守府に、転属させることもできるけど」

北上「……私は、最後まで提督につきあうよ」

提督「そっか……」

提督「じゃあ、名残惜しいけど……撤退の準備、しましょうか……」

北上「……提督」

提督「ん?」

北上「撤退の前にさ、1つだけ、お願いしたい事があるんだけど」

提督「……なに?」

北上「時間的にちょっとギリギリかもしれないけど……試したい事があるんだ」

提督「試したい事……?」

北上「うん」

~半日後~

~鎮守府後方の海域~


電「……提督、霧が……霧が……来たのです……」

暁「鎮守府が……飲み込まれて行っちゃった……」

提督「……うん」

電「提督、提督、私達のお家が……お家が、なくなっちゃったのです……」グスッ

雷「電、泣かないで、ほら、だっこしてあげるから……だから……」ヒック

提督「……ごめんね、ごめんね皆……」

電「ていとく……ううっ、うあああんっ」ギュッ

暁「駄目よ、こんな所で泣いたら、レディー失格じゃない……だ、だめ、なんだから……」グスンッ


北上「……」


響「……提督」

提督「……ん?」

響「……北上さんは、大丈夫なのかな」

提督「……」

響「……あんまりこんな事は言いたくないけど……あんな事をするなんて、正気とは思えないんだ」

提督「……そうかもね」

北上「……」

北上「……」

北上「……」



提督「北上さん、そろそろ本土に向かいましょう」

提督「ここは霧から近すぎるわ」



北上「……」



提督「北上さん?」



北上「……うーん、やっぱりここからじゃ、遠すぎるかな」

北上「もっと、もっと近くに行けば……」

北上「そうすれば……もしかしたら……」



提督「北上さん、行くよ」



北上「……うん、今行くよ、提督」

~本土最終防衛線~

~北上 個室~


大井「……北上さん?」

北上「んー?」

大井「ご飯、食べないとだめですよ……」

北上「うん、そだね」

大井「もう、そう言って朝も殆ど食べてなかったじゃないですか」

北上「んー……」

大井「……傷口、ちゃんとくっついて良かったですね」

北上「だねえ……」

大井「……けど、もう動かないかもしれませんよ」

北上「……」

大井「その左手」

北上「……うん」

大井「……北上さん、どうしてあんな事をしたんですか?」

北上「……」

大井「……どうして、自分の左手を切り取ったりしたんですか?」

北上「……」

大井「どうして……どうして……」

大井「……どうして、阿武隈さんの左手を自分に移植なんてしたんですか」

北上「……言わなくても判るよね、大井っち」

大井「……」

北上「私はね、あの時、阿武隈と約束したの」

北上「目が覚めたら、またお話しましょうねって」

北上「またねって」

大井「けど、けど阿武隈さんはもう……もう、死んでしまったじゃないですか……」

北上「……それは、大井っちも同じだよね」

大井「わ、私は……!」

北上「姉妹艦だから?魂が似ていたから?」

大井「……はい」

北上「けど似た艦って意味では、阿武隈にも重雷装艦の素質があったと思うよ」

大井「それは……」

北上「それにね、阿武隈の話を聞いてて、私ちょっと思ったんだ」

大井「な、何をです?」

北上「敵の特性について、だよ」

大井「特性……?」

北上「うん……敵は艦娘から奪った手を生やしていたって、阿武隈は言ってた」

大井「……はい」

北上「ねえ、それってさ」

大井「……」

北上「……似てると思わない?」

北上「大井っちを右手から生やしてる、私と、似てると思わない?」

大井「……北上さん、何が言いたいんですか」

北上「大井っちさ、聞きたいんだけど」

大井「……はい」

北上「……私を助けたあの時」

北上「あの海域で、右手を失っちゃったあの時……」

北上「私」

北上「ほんとうに」

北上「生きてた?」

大井「……」

北上「あの赤ん坊、艦娘の中に入ってくるんだって」

北上「それで、意思を乗っ取ってくるみたい」

北上「だとしたら」

北上「もしかしたら」

北上「もしかしたら、私は」

北上「私は本当は、もう」

北上「もう本当の自分じゃ……」



パシッ



北上「……!」

北上「……あれ、いま、私、大井っちにたたかれた?」

大井「……」

北上「全然痛くなかったけど……」

大井「……」

北上「大井っち?」

大井「今の北上さんが偽物だって言うなら……」

北上「う、うん」

大井「あの時、私の事を信じてるって言ってくれたのも、嘘だって言うんですか……」

北上「……!」

大井「あの時、私の顔や声を間違えるはずがないって言ってくれたのも……嘘だったんですか……」

北上「あ、あれは……本音だったけど……」

大井「あの時、優しくキスしてくれたのも……嘘だったんですか……」

北上「それは嘘だね、そんなことした覚えないから」

大井「ほ、ほら、そんな軽快なツッコミしてくれるの、北上さん以外考えられないじゃ、ないですか……」ウルッ

北上「お、大井っち?」

大井「だ、だから、自分が偽物だなんて……思わないでください……」グスン

北上「ご、ごめんよ、大井っち、ごめん、泣かないでよ」

大井「な、泣いてません、だって私は確信してますし、北上さんが本物だって……」ゴシゴシ

北上「……うん」

大井「絶対、絶対そうなんです……」

北上「……大井っちが、そう言うなら……うん、そうだね、それが正しいんだと思う」

大井「はい……」

阿武隈「……」

北上「ごめんね、大井っち……」

大井「いいです、判ってくれれば……」

北上「けどさ、私の特性が敵と似てるってのは、事実なんだ……だから、割と確信を持って……」

大井「北上さん……」

北上「え、大井っち何か顔が近いんだけど」

大井「私達、お互いを信じあえる関係になった事ですし……さっきの嘘を、現実にしちゃいませんか……」

北上「さっきの嘘って?」

大井「……もうっ、キスしたって嘘をですよ///」

北上「えええ、いらないけど……」

大井「照れてるんですね、北上さん、判ります、だってこんなに心臓がドキドキしてるんですもん……」グググ

北上「うわあ、大井っち力強い……私の右手って、こんなにパワーあったんだ……」

大井「ふふふ……愛の、愛の力です……」


ガシッ


大井「もう、北上さん駄目ですよ、怪我した左手で抵抗なんかしちゃ、傷口が開いちゃいます」

北上「え、私動かしてないけど」

大井「……え?」

北上「え?」

阿武隈「大井さん、北上さん嫌がってるじゃないですか……本人の同意なしにそんな事するの、信じられません」

阿武隈「やっぱりそう言うのは当事者同士の同意がないと、意味ないと思うんです」

阿武隈「前から思ってました、ちょっと大井さんは露骨すぎます」

阿武隈「同じ艦娘としてかなり引きます」

阿武隈「やっぱり段階を踏んで進めていかないと……そう、最初は手を繋ぐところからかな」

阿武隈「こう、恋人繋ぎって繋ぎ方あるじゃないですか、あれにはかなり憧れますし」

大井「何を知ったかぶりを……」

大井「北上さんはちょっと鈍感な所があるんです、そんなアプローチでは全く何も進展はしません」

阿武隈「だからって、無理やりキスを迫るって凄く恥ずかしいですよ」

大井「恥ずかしい事を分かち合ってこそ、恋人同士が成立するのよ、それが判らないなんて、まだまだ子供ね?」

阿武隈「子供じゃないもん!成長期だもん!」

大井「成長なんてしないでしょう私達は艦娘なんだから」

阿武隈「ぐっ」

大井「小さい人はずっと小さいままですよ、ね?北上さんは大きい大人の子が好きですよね?」

阿武隈「き、北上さん?北上さんは小さい子の方が好きですよね!?何時も駆逐艦の子達と楽しそうにしてますもんね!?」


北上「……あ、あははは」


大井「北上さん?」


北上「ホントに、左手が阿武隈に、なっちゃった……」

阿武隈「北上さん、泣いてるんですか?」

大井「北上さん、ご、ごめんなさい、確かに北上さんも小さいけど、私はそれでも全然……」

北上「良かった、ほんとう……よかったよぉ……」グスッ

阿武隈「北上さん、泣かないで……」

大井「北上さん、どこか痛いの?北上さん……」

北上「う、うえええええんっ」ヒック


「北上さん」

「北上さん」

「ずっと一緒にいてあげますから」

「どうか泣かないで」

~臨時作戦会議室~


雷「北上さんが復帰したので、作戦会議始めるわよ~!みんな集まれ~!」


電・暁・響「「「はーーーい」」」


北上「ありゃ、こんだけしか居ないの?」

暁「ええ、他の子達は別の鎮守府に転属させられちゃったわ」

響「討伐部隊が編成されてるらしいからね、大本営から戦力召集の指令書が来たらしいよ」

北上「はー、つまりその召集からあぶれた者がここに残ってるってわけね」

電「私達だけで、本土防衛ができるか心配なのです……」

北上「提督は?」

雷「無線室で何かやってるみたいよ」

雷「けど、提督から敵の情報はちゃんと受け取ってあるわよ」

北上「ふむ、報告を頼むよ、雷君」

雷「了解!」

「敵は、現在、私達の家……違った、鎮守府で足を止めてるわ」

「それで、例の霧についてなんだけど……」

「どうも、前に比べて形が変なのよね」

「前の作戦で受けたダメージのせいで、霧をちゃんと維持できなくなってるみたいなの」

「具体的に言うと、霧に裂け目とか穴とかが開いてるわ」

「けど……その穴も、少しずつ小さくなってる」

「きっと、鎮守府で傷をいやしてるのね」

「あの霧の裂け目とか穴とかが完全にふさがったら、本土へ向けて進行を開始するんじゃないかしら」

「そうなったら、また作戦は一からやり直し」

「逆に言うと……今が攻撃のチャンスではあるのよね」

「以上よ」

「どう?ちゃんと状況説明できたわよ?」

「これからも作戦会議の進行は私に任せてもらって構わないんだから!」

北上「はいはい、偉いねえ、ご褒美に飴ちゃんをあげよう」

雷「やったぁ♪」

電「う、羨ましいのです」

響「……しかし、攻撃のチャンスではあるけど、私達には戦力が足りないのだよね」

暁「大本営からの討伐部隊、もっと早くこれるようにできないの?」

雷「ええ、無理らしいわ、他の地域ではまだ深海棲艦達との交戦が続いてるし」

暁「うーん……」

電「……えっと、意見いいのです?」

雷「なあに?」

電「敵は、いま、私達の家にいるのです」

電「あの家の事は、私達の方が、いっぱいいっぱい、知ってるのです」

暁「……そうね」

電「任務の合間に、よくかくれんぼしたのです」

北上「ああ、私の日向ぼっこスポットを勝手に隠れ場所にしてたよね」

響「鬼ごっこもしたね」

北上「今さらだけど、私が通り抜けられないダクトとか通って逃げるの反則だからね、あれ」

暁「床下から北上さんの部屋まで行って、ガタガタ音鳴らして驚かせたりもしてたわ」

北上「あれアンタらの仕業か」

雷「屋上にプール作ろうとして水漏れさせまくったりもしたわね」

北上「あー、提督怒ってたなあ、あのときは……」

電「電は、あのお家が大好きでした」

電「いっぱい、いっぱい、思い出がこもったあの家が、大好きでした」

電「きっと、あの家も、電達の事を、好きでいてくれると思うのです」

電「えっと、上手く言えないのですが……」

電「……」

電「きっと……」

電「きっと、あのお家は、電達を助けてくれると思うのです」

電「だから……」

北上「……うん」

北上「そうだね、敵が私達の家に居座ってる間に……」

北上「カタをつけよっか」

北上「電が言ってたように、地の利は私達にある」

北上「普通に見ただけでは判らないような抜け道や経路を、私達は知っている」

北上「しかも、敵は自分の身体を治療してる最中だ」

北上「これなら付け入る隙はある……」

北上「何より……」

響「何より?」

北上「……ふふふ、実は私には、奥の手があるんだ」

雷「なにそれかっこいい!」

北上「霧の隙間を抜けて行って、こっそり忍び込んで……」

北上「そして敵をかき回して……あとはスーパー北上様が一撃食らわせる」

北上「この方針で、作戦を考えよっか」

電「は、はいなのです!」

雷「判ったわ、色々敵をかき回す方法考えてみるわね!」

暁「あれを使ってみたらどう?前に肝試しやった時に使ってた……」

響「……」

北上「ん?どったの、響」

響「……いや、北上さん、何だか以前の感じに戻ったなって思ってたんだ」

北上「以前の感じ?」

響「うん、最近の北上さんは……何か少し心配だったから」

北上「おー、言うねえ、駆逐艦に心配されるほど落ちぶれではいないんだけど」

響「……そうだね、私達が北上さんを心配するのは、百年早いか」クスッ

北上「そういう事」

~半日後~


北上「……よし、準備はできた?」

電「ばっちりなのです!」

北上「霧の状態は?」

響「穴や霧目はずいぶん小さくなったけど……私達が通れるだけのスペースはまだあるね」

北上「耳栓は?」

暁「一応用意したけど……居るのかしらこれ」

北上「ちゃんと部屋の照明は消した?」

雷「ええ、戸締りもばっちりよ」

北上「よし……」

北上「では、作戦開始しましょうかねえ」

雷「んー、何かしっくりこないわね」

北上「そう?」

暁「もっと長門さんみたいにキリっと号令かけられないの?」

北上「いやあ、あれは無理だから……」

響「私は好きだよ、そういう号令も」

北上「はいはい……じゃ、行くよ~」


「「「了解!」」」

「……」

「…………」

「………………」


響「霧の穴、思ったより簡単に抜けられたね」コソコソ

暁「そりゃああの時に沢山、赤ん坊を退治したんだもの、殆ど残ってないんじゃない?」

雷「鎮守府の様子も、以前のままね……敵はどこにいるのかしら……」

電「こっそり探してみるのです……」

雷「そーっとね?」

電「はい、なのです」

北上「阿武隈、阿武隈やーい」ボソボソ

阿武隈「なんでしょう?」

北上「阿武隈はあの時、長門以外の艦影は見てないんだよね?」

阿武隈「……はい、あの時、長門さんだけでした」

阿武隈「長門さんは、言ってました」



「あいつらは、わたしの中に、はいってきたんだ」



北上「……もし、生き残った敵が全員長門の中にはいったんだとしたら」

阿武隈「そうですね、敵は当面は……1体だという事です」

阿武隈「けど……」

北上「けど?」

阿武隈「アレを1体と数えないほうが……いいですよ……あれは、多分」

阿武隈「あれは、多分、群体です……」

北上「群体、か」

阿武隈「はい……原生生物みたいに、仲間同士で繋がりあい情報や命を共有できる……」

阿武隈「群体なんです……」

そういえば赤ん坊に取り込まれた艦娘はとにかく鎮守府に帰りたがっていたんだよな…
映画館でホラー映画見てるみたいでドキドキする

 


『おぎゃあ』



北上「……今、何か聞こえた?」

響「声?私には何も聞こえなかったけど……」

雷「私も特には聞こえなかったわね」

北上「……こっちだ」

電「あ、き、北上さん、待ってほしいのです」

暁「単独行動は危険よっ」

北上「……」

雷「も、もう、北上さんいきなり走り出さないでよ……」

電「はぁ……はぁ……びっくりしたのです……」

響「……北上さん?」

北上「……見つけた」

暁「え?」

北上「……あのドックの中だ」

雷「……!」

電「……!」

響「……!」

暁「……!」

雷「ほんとにいたわ……」

暁「動かないわね……寝てるのかしら?」

電「北上さん、どうして判ったのです?」

北上「うん……声がね」

響「声?」

北上「……その話はあと」

北上「いい?接近は避けて、牽制だけを考えてね?」

北上「あとは作戦通り」

北上「もし私がやられたら……即座に撤退する事」

雷「北上さんには奥の手があるんでしょ?なら大丈夫よ」

北上「響」

響「なんだい」

北上「いざという時は……引きずってでもこの子達を連れて逃げてね」

響「……わかったよ」



    「誰かの声が聞こえた」


                「誰」

         「仲間か」
「だれ」

     「ちがう」

                「おぎゃあ」
          「みんな」       
               「あの炎で」

 「あつかった」
        「しんだ」

    「たべたい」 

    「おぎゃあ」   「おなかがへったね」

      「うん」

              「もうすぐ」
 「すごく」 
       「おなかがすいた」

                「もうじき」

「おいしいものをたべに行こう」

       「まちどおしい」
                「みんなで」

      「みんなで」   「おぎゃあ」

  「みんなで」
               「みんなで」


 「異常」

            「異常」

「みんなで」

                 「異常」



    「異常」

       「おぎゃあ」

雷「あいつ!目を覚ましたわよ!スモーク弾もっとドンドン撃ちこんで!」

電「は、はいなのです!」

暁「はい、これ、響きの分ね、ちゃんとかぶるのよ?」

響「これって……テーブルクロスだよね」

暁「そ、去年の肝試しの時に使ったでしょ?レディに二回もこんなものを着せるだなんて、失礼しちゃうわ」

雷「けど、スモークの色と同じだから、迷彩になるでしょ?」

雷「北上さんの話では、あいつ、そういうのに弱いらしいから、きっと効果あるわよ」

電「は、はわわ、敵が動き始めたのです!」

雷「うわっ、こっち来た……こ、後退!」

「電達は、精一杯走りました」

「けど、けど、敵さんは凄く速かったのです」

「すぐに敵さんは、スモークの幕を抜けて、私達に迫りました」

「その姿は、凄く怖かったのです」

「腕が」

「腕がたくさん生えていて」

「それをまるで、足みたいにつかっって」

「ガサガサガサって」

「電、凄く怖くて」

「いっぱい頑張って走ろうとして」

「足が絡まったのです」

「何とかバランス取ろうとしたのですが」

「そのままこけてしまって……」

「追いつかれました」

「手が」

「いっぱいの手が、電を捕まえて」

「その時、敵さんのすぐ後ろで、声が聞こえたのです」

「良く知っている人の声でした」



『重雷装艦、北上』

『片舷20門、全40門』

『93式酸素魚雷』

『プラス』



「次に聞こえたのは、もう既にいないはずの人の声でした」



『重雷装艦、大井』

『片舷20門、全40門』

『93式酸素魚雷』

『プラス』



「最後に聞こえて来たのは、私達の旗艦を務めてくれていた人の声でした」



『軽巡、阿武隈』

『魚雷発射管4門」

『61cm三連装魚雷』

『イコール』

 




北上「合計92発分の魚雷……受けてみろ!」




 


ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!



阿武隈「ぶはっ、す、凄い爆風が……」

阿武隈「合計100発近い魚雷、流石にこれを受ければ……」

北上「いやあ、駄目っぽいねえ」

阿武隈「え……」

北上「あいつの身体から生えてる手さぁ、あれって戦艦の子達の手なんだよね」

北上「つまり、戦艦並みの耐久力もってるんだと思う」

北上「100発で幾らか削れたかもしれないけど、本体までダメージ行ってないんじゃないかな」

阿武隈「な、なら次弾を装填して……」

北上「ごめん、もう魚雷ないわ」

阿武隈「……え」

北上「もう鎮守府に資材なんて残ってないからねえ、あははは」

阿武隈「な、ないって、どうするんですか!?」

             「いたい」

       「あつい」          「いたい」

    「いたい」

       「いたい」     「いたい」

    「いたい」

               「あつい」

    「どうして」

              「いたい」

       「異常なし」

                  「損害は軽微」
   「あつい」     
             「いたい」


   「反撃を」
                「あつい」


        「やりかえせ」


      「破損した腕を回収」
  
   「いたい」
             「再選出」      



      「あつい」
       
                     「いたい」
    「特に攻撃に秀でた腕を選択」

                   「7本」
       「おぎゃあ」
「いたい」

             「あつい」

   「こわい」

                「傷は浅い」

        「いたい」

     「選択」
                 

               「反撃を」
   「ねむい」

      「7本で」

                 「おなかすいた」
    「いたい」

                 「こわい」

           「この7本の腕で」


   「反撃を」

             「反撃を」



      「おぎゃあ」

ズルリ、と新たな手が右側から生えた。


体内に留めてある部品の中から、特に威力が高い腕を選んだ。


その数、7本。


1本でさえ、眼前の敵を排除するに足る威力を秘めている。


それが7本だ。


1本は動きが鈍いが、残り6本でも対応は可能だろう。


敵に照準を合わせ。


そいつはこう鳴いた。



  「おぎゃあ」


 

北上「大井っち」

大井「はい」

北上「大井っちは、私の右手だよね」

大井「そうですね、私は北上さんの右手です」

阿武隈「ちょ、北上さん呑気にお話してる場合じゃ!」

北上「けどさ、大井っちって時々、私の意志に反して動くよね?」

大井「そうですね」

北上「それって、どうして?」

大井「それはですね、北上さんの右手が、もともと私の右手だったからです」

北上「うん、けどそれだけかな?」

大井「……もうひとつありますね」

北上「うん」

大井「……それは、この右手に私の意志が残っているからです」

大井「だからこそ、北上さんの意志に反して動かす事が出来る」

阿武隈「き、北上さん?大井さん?何が言いたいんですか?」

北上「いやあ、所有権の話だよ、阿武隈」

北上「大井っちの腕には、魂が宿ってた」

北上「それは、阿武隈の左手も同じ事だよ」

北上「魂が残ってれば、動かす事が出来る」

阿武隈「は、はい」

北上「さて、そこで問題です!」

北上「私の元々の右手は」

北上「あいつが大事そうに抱いていたって言う、私の右手は」




北上「今、何処にあるでしょうか?」




敵の右側から7本の腕が生まれ。

赤ん坊が泣き声を上げた。


「おぎゃあ」


 

6本の腕で照準を合わせ。


そいつはこう言った。



「おぎゃあ」



その時、ピクリと、7本目の腕が動いた。


だが、そいつは気にもしなかった。


気にもせずに、敵だけを見ていた。


7本目の腕が、ゆっくりとそいつの頭に照準を合わせ。


魚雷を発射した時にも。


そいつは状況を理解してはいなかった。










……魚雷の爆発は、そいつの頭を半分吹き飛ばした。

   「いたい」


 「いたい」        「いたい」
        「いたい」

    「いたい」
             「いたいよお」

   「こわい」

          「意識を」

   「いたい」

         「大丈夫」

  「大丈夫」
               「大丈夫」

          「いたい」

     「大丈夫」
              「意識を統一」

    「こわい」
          「自分の腕なのに」

            「頭部半壊」

「いたい」

       「意識を再構築、反撃を」

 「撃ってきた」
        「反撃」

  「大丈夫」
                「反撃を」

      「右手は危険」

  「危険」           「大丈夫」

           「危険」
    「右手は危険」

            「脅威を排除」

   「左手を使い」

          「左手だ」



      「おぎゃあ」

魚雷の爆発で頭部を半壊させても、まだそいつの意志は途絶えていなかった。


大丈夫、自分は死なない。


決して死なない。


体内にいる同胞全てが。


数百体の同胞が死に絶えない限り。


自分は生き続ける。


例え頭部が全壊したとしても、数十秒後には代用の頭部を生み出す事が出来る。


大丈夫。


大丈夫。


さあ、右手は危険だから。


左手で敵を始末しよう。


そうしよう。


そいつは、左手を持ちあげ、敵に照準を合わせ。


こう言った。



「おぎゃあ」

北上「所でさ、阿武隈」

阿武隈「は、はい」

北上「阿武隈は確かに、あいつの左手を吹き飛ばしたんだよね?」

阿武隈「そ、そうです、吹き飛ばししまた」

北上「ん~、けど、あいつ左手あるんだよねえ」

阿武隈「そ、そんなはずは……」

北上「あの左手、どうしたんだろうね」

北上「どっかで、拾ってきたのかな」

北上「例えばさ」

北上「鎮守府に落ちてた左手を」

北上「凄く性能のよい左手を」

北上「私が阿武隈の左手をくっつける為に捨てちゃった左手を」

北上「拾ってつけちゃったんじゃないだろうね?」




そいつは、左手の照準をこちらに向けて。


こう言った。



「おぎゃあ」

「おぎゃあ」


そう鳴いた直後、左手はそいつの頭部に照準を変更し……。


魚雷を発射した。


今度こそ、そいつの頭部は完全に吹き飛ばされた。

    「こわい」
          「いたい」
  「頭が」

          「吹き飛んだ」

「いたい」
         「再生を」

    「新しい頭部を」

              「こわい」

 「生やせ」    「早く」

                  「あれ、私何でこんな所にいるデスか」
  「頭部を」  
         「いたいいたい」
                  「ね、姉さま、姉さま?」
  「再生」 
           「いたい」
                  「はあ、なんだか良く寝た気がするクマ」
 「こわいこわいこわい」

                  「私は……確か、あいつらに身体を……」
        「頭部の再生を」

「再生」              「あれ、めがねめがね……」

     「意思の統一を」
                  「霧に入ってからの記憶がありません……」

  「最優先」

 「あつい」   「いたい」

  「頭部を」

     「再生」
 「早く」    「意識が」

  「分散する」
           「こわい」

 「再生まであと10秒」

            「こわい」
  「こわい」
                   「ああ、思い出してきたクマ」
    「頭部がない」
                   「そうデス、私達は」
          「考えを」
                   「ああ、奪われたんだ、全て」
    「まとめて」
                   「私達、死んでしまったのですか」
 「おなかすいたよ」
                   「はぁ……私達負けちゃったんですね、姉さま」
          「たべよっか」
                   「いや、多分、外ではだれかが戦ってるクマ」
     「だめ」
                   「そうだな、だからこそ私達は意識を取り戻せた」
   「先に再生を」
                   「なら」
           「にげよう」
                   「そうですネタダで死ぬのは癪デスし」
    「こわい」
                   「……はい、判りました、姉さま」
 「再生する」

              「もうじき」


    「再生まであと0秒」


    「意識を再起動」

頭部全壊から10秒後。

そいつには代用の頭部が生まれていた。

そう、自分は決して死ぬ事はない。

決して。

決して。

そして目を開いたそいつは見た。







自分の身体から生えた全ての腕が。


数十数百の全ての砲門、魚雷管が。


自分自身に向けられているのを。









その瞬間、そいつの精神は恐怖に染められた。



「おぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


  

読んでる奴が突入した事を知ってる奴らしか意識がないけど、北上達と居た奴らと金剛の前に入った奴らの意識はどうしたんだろうな

>>267
右の「」じゃなくて左の「」にいるんじゃないか?
「こわい」「あつい」と言ってる方に混じって…

 

鳴き声を上げるそいつの身体に。


数百の砲雷撃が。


内包した同胞の数を上回る量の攻撃が殺到し。


そいつは、爆発四散した。



 

阿武隈「や、やった……やりましたよ北上さん!あいつ!バラバラに!」

北上「お、おう、頭を吹き飛ばせば何とかなるかなーと思ってはいたけどさ」

北上「まさかバラバラになっちゃうとはねえ……」

大井「……北上さん、あいつ、いま」

北上「うん、自分で自分を撃ってた」

大井「何でそんな事になったんでしょう……頭を撃たれて、錯乱したんでしょうか」

北上「んー……ま、あれじゃない?」

北上「あいつは沢山の艦娘を取りこんでたわけだけどさ」

大井「はい」

北上「……そんだけの数の艦娘を、海千山千の艦娘達を」

北上「ちゃーんと統べるのなんて、提督くらいにしか、できないんじゃない?」

大井「……そうかも、しれませんね」クスッ

阿武隈「き、北上さん!あいつまだ……!」

     「こわい」
                  「こわい」
    「いたい」  「おそろしい」

   「なんで」           「いたい」

        「どうして」
                「あつい」
 「いたいよ」 

     「にげないと」
「あつい」          「たべたはずなのに」

       「こわい」   「にげろ」

  「どうして」     「こわい」

    「こんな事になるなら」

    「こわい」     「こんな目にあうなら」

   「にげろにげろにげろ」
                 「どうして」
 「こんな所に来なければ」
                     「いたい」
    「あいつらは」
               「にげよう」
  「ばけものだ」
           「ばけものばけもの」

       「たべたのに」
「にげろ」            「どうしてうごくの」

     「にげよう」
              「ここはこわい」

 「そうだ」         「元いた場所に帰ろう」
        「ばけもの」

   「こわい」
             「にげよう」


      「おぎゃあ」

大井「あいつら、まだあんなに……」

北上「うわあ、30体はいるねえ……」

阿武隈「き、北上さん!あいつら逃げますよ!?追わないと!」

北上「いやいやいや、だから私らもう弾無いって」

阿武隈「あ、じゃ、じゃあ……雷!電!響!暁!集合!しゅうごー!」


電「りょ、了解!集合するのです……って、あれ?」

暁「え、阿武隈の声したけど、え?」

雷「あ、阿武隈、北上さんの手から生えてるわよ!?何これ!?」

響「手品なのかな、それとも人形かな」ツンツン


阿武隈「あ、ああもう!つつかないで!後で説明するから!それより今からあいつらの追撃を……!」



「ザッ……」

「ザザザザッ……」


「その必要はないわ」

北上「ありゃ?提督から通信?」



「ザザザザザッ……」


「追わなくても大丈夫」


「あいつらは、もう逃げられないから」


「むしろ、邪魔をしたら貴方達の方が危ない」



阿武隈「逃げられないって……け、けど、もうあいつらは沖に……」

大井「き、北上さん!か、海面に!」

北上「え?う、うわっ」



ザザザザザザザァァァァァァ



北上「……な、なにあれ、海面から何か」

北上「何か大きなものが浮上して……」

まるで鯨のような巨体が海面から浮上した。


けれど、それは決して鯨ではなかった。


巨大な偽装を纏うその存在を、北上達は知っていた。



「戦艦棲姫……」



浮上した棲姫は、表情の読めない目で北上を見下ろす。


一瞬、視線が北上と交差する。


が、すぐに棲姫は興味を失ったかのように別の方角を見る。


鎮守府の沖合を。


逃げ去っていく、30体の赤ん坊を。


棲姫はそれを発見すると、強い憎悪の表情を浮かべ、それを追い始めた。

阿武隈「き、北上さん、あ、あれって……」

北上「う、うん、戦艦棲姫だね……まさか鎮守府の間近くで遭遇することになるとか予想してなかったわ……」

大井「……ああ、そうなんですね」

北上「大井っち?」

大井「……深海棲艦達も、あの赤ん坊に襲われてましたし」

大井「……きっと、あの人は、仲間のカタキを撃ちに、きたんですよ」

北上「ああ、なるほど……」

大井「はい」

北上「あんな大物に追いかけられるなんて……あの赤ん坊達も、可哀想だなあ」

北上「けど、提督?」



「ん?」



北上「何で提督は棲姫が来るって判ったのさ」

北上「しかもこんなタイミング良く」



「えーとね、深海棲艦達って、私達の通信とかを傍受してくるのよ」



北上「うん、知ってるよ、それを防ぐために通信は暗号化処理がしてあるよね」



「実はさっき、ミスっちゃって」

「暗号化せずに広範囲通信しちゃったの」

「今回の敵が何処にいるのかって情報を、えへへ」



北上「えへへって……」



「彼女達が沖合で何かを必死で探してたのは知ってたのよ」

「例の島に送ってた輸送部隊を無視するくらいの必死ぶりだったから、気になってたんだ」

「だから、ひょっとしたら……ってね」

北上「いや、けど、それっちめちゃくちゃ怒られるんじゃない?」


「うん、もう既に色んな所から通信が届いてる……あ、これ大本営の爺からだ、こんな時だけ対応早いのね」

「あー、はいはい、今出ますよ……と言う訳で、こっちは切るよ」


北上「はいはい、頑張ってね、提督」


「今度会う時は提督じゃないかもしれないけどね……まあ、その時は清掃員か何かで着任するから」

「……それまで、待っててよ、その鎮守府で」


北上「……はいはい、今度は奪われないようにしますよ~」

雷「阿武隈、小さい!ちいさーい!」ポチポチ

阿武隈「ちょ、髪触らないで!駄目だってば!」

暁「こっちは大井さん?……何か不思議な感じね」ツンツン

大井「やめなさい、私に触っていいのは北上さんだけなのよ?」

北上「あー、もう、うるさい……せっかく、任務が終わったのに、騒ぎすぎ」

電「北上さん!」

北上「ん~?」

電「お家、取り返せてよかったのです!」

北上「……だねえ」

響「北上さん、じゃあ言うべき事を言わないとね」

北上「言うべき事?」

北上「あー……まあ、一応、言っておくかねえ……」



北上は、鎮守府を見渡し、こう言った。

 



「……ただいま」




 

「………………」

「…………」

「……」


北上「あれ、ここ何処だろ」

大井「北上さん?」

北上「ああ、大井っち?」

阿武隈「北上さん」

北上「ありゃ、阿武隈も」

北上「おっはよー……って」

北上「あれ、二人とも、何か……普通の身体に戻ってる?」

大井「……」

阿武隈「……」

北上「おっかしいなあ……確か、二人とも、私の右手と左手に……」

北上「……」

北上「……」

北上「ああ、そっか、これは夢か」

北上「私、鎮守府の復興手伝ってて……疲れて寝ちゃったんだねえ」

大井「……」

北上「早く目を覚まさないとね、残ってるの駆逐艦ばっかだし、あいつら私がいないと……」

阿武隈「北上さん」

北上「ん?」

大井「……今日は、お別れを言いに来たんです」

北上「……え?」

大井「北上さん、前に言ってましたよね……自分と、あの赤ん坊達が似てるって」

北上「う、うん」

大井「それは……ある意味で正しかったんです」

北上「……どう言う意味?」

大井「本来、あの赤ん坊は乗っ取った肉体を魂ごと支配するんです……」

大井「けど、北上さんの魂は、乗っ取れなかった」

大井「腕は赤ん坊達に奪われましたが、北上さんの魂が完全に奪われる前に……私が連れ出してしまいましたから」

大井「けど……腕だけであっても、北上さんには影響を及ぼしたんです」

北上「影響……」

大井「腕と本体に別れたとしても……魂は、本来一つなんです」

大井「切っても切り離せない」

大井「だから、北上さんには……腕を支配した赤ん坊達に特性が、少しだけ混ざってしまったんです」

北上「……」

大井「だから、北上さんは私や阿武隈さんの腕を受け入れる事が出来た」

大井「だから、二人の魂を実体化させる事が出来た」

大井「だから、あの時に、赤ん坊達の支配から、腕を奪還する事が出来た」

大井「けど、けど今回の作戦で……北上さんの腕は、奴等から解放されました……」

大井「奴らの特性とは、切り離されましたんです……」

北上「……」

大井「だから、北上さんの腕に寄生していた私達も……もう……」

大井「実態が保てなくなるんです……」

北上「……」

阿武隈「……私と大井さんで相談して、決めました」

阿武隈「私は、北上さんにさよならも言えずに、突然消えちゃうなんて嫌です……」

阿武隈「だから、今夜……今夜、ちゃんとさよならを言って……」

阿武隈「消えちゃおうって」

北上「……何言ってるの二人とも」

大井「北上さん……」

北上「何勝手な事、言ってるの」

阿武隈「……北上さん」

北上「嫌だよ、そんなの、嫌にきまってるじゃん」

北上「絶対、やだ、そんなの嫌だ」

大井「聞いて、北上さん……」

北上「……いやだってば!」

阿武隈「……!」

大井「……!」

北上「な、なんで二人とも、勝手に決めちゃうのさ!」

北上「ずっと、ずっとそうだよ!私の言う事聞かずに!」

北上「どうして変なふうに決めちゃうの!?」

北上「ど、どうして……どうして……」グスッ

大井「……北上さん」

阿武隈「……ごめんね、北上さん」

北上「やだって、言ってんじゃん……」ヒック

北上「お願いだから、言う事聞いてよ……」グスン

大井「ごめんなさい、北上さん……」

大井「私も、嫌です、北上さんと離れたくはありません……けど……」

阿武隈「……けど、仕方ないの、こうしないと……いけないんです……」

北上「お、大井っち……阿武隈……」

大井「……ああ、そろそろ、時間ですね、阿武隈さん」

北上「お、大井っち?か、身体が透けてるよ……?」

阿武隈「……はい、大井さん、名残惜しいですけど……」

北上「阿武隈も……身体が……」

大井「北上さん……楽しかったです……」

阿武隈「ありがとね、北上さん……」

北上「そ、そんな……そんな……」





大井「さようなら……」

阿武隈「ばいばい……」

大井「……」

阿武隈「……」

大井「……」

阿武隈「……」

大井「……」

阿武隈「……」

大井「……」

阿武隈「……大井さん?」

大井「阿武隈さん?」

阿武隈「消えないんですか、大井さん」

大井「阿武隈さんが消えてから消えようかなって」

阿武隈「私も、大井さんが消えたら消えますよ」

大井「判りました、じゃあ、せーので消えましょうか」

阿武隈「はい」

大井「声、合わせますよ」

阿武隈「いいですけど」



「「せーの!」」

大井「……」

阿武隈「……」

大井「え、阿武隈さん何で消えないの?信じられない」

阿武隈「大井さんの方こそ、どうして消えないんですかぁ!?」

大井「私はもう少し、北上さんの傍にいようかなって、ほら一度に二人消えたら北上さん寂しがると思いますし」

阿武隈「北上さんの負担になる前に二人でもう消えちゃおうって言ったのは大井さんですよね!?」

大井「いや、それは例え話をしただけですよ、そういう可能性もあるんじゃないかなって」

阿武隈「例え話の流れで私に消えるように促したんですか!?」

大井「……それなら逆に聞きますけど、阿武隈さんはどうして消えないんです」

阿武隈「私は……その……もう少し北上さんと思い出を作ろうかなって」

大井「ほらね、私と一緒じゃないですか」

大井「北上さんもあきれてますよ!ほら!」

阿武隈「……北上さん?」

北上「……」

大井「あれ、北上さん?」

北上「……」

阿武隈「北上さーん?」

~朝~

~北上の部屋~


北上「……んー」ゴシゴシ

北上「んあー、何か、変な夢見た気がするなあ……」

大井「どんな夢ですか?」

北上「うーん、良く覚えてないけど……」

阿武隈「けど?」

北上「……何だか、嬉しいような、笑えるような……変な夢だったなあ」

大井「……そうですか」

阿武隈「まあ、夢ってそんなもんですよね」

北上「……うん、そうかも」

北上「提督~、遊びに来たよ~」

提督「あー、いらっしゃい……」グデン

北上「疲れてるねえ、仕事キツイの?」

提督「ええ、例の情報漏洩の件で司令部のレベルを1まで降格されちゃったしね……」

北上「良くそれで済んだよねぇ」

提督「一応……赤ん坊撃退の功績で……チャラってことになったらしいわ……」ウツラウツラ

北上「ふふふ~、じゃあ私達には感謝しないとね?」

提督「……ふごー」

北上「ありゃりゃ、寝ちゃったか……」

北上「もう、仕方ない提督だなあ……えっと、タオルケットは、と……」


パサッ


 

雷「阿武隈!阿武隈ちょっと聞いて!ここのやり方が判んないの!」

北上「阿武隈ー、呼んでるよ~」

阿武隈「はいはい……えっと、これはね」

雷「ふんふん」

北上「……」

大井「北上さん?」

北上「ん?どうかした?」

大井「楽しそうですね」

北上「……まあね」

「提督がいて」

「大井っちがいて」

「阿武隈がいて」

「ちょっとウザいけど、駆逐艦達がいる」

「失ったものは大きいけど」

「それでも」

「それでも」

「残ったこの暖かい人たちを」

「大切にしていきたいと思う」





                     おわり

…………………………


………………


………















オギャア

~何処かの海岸~


「お、おい、これ見てみろよ」

「酷い……赤ん坊の死体が、こんなに沢山、海岸に流れ着いてるわ……」

「誰がこんなひどい事を……全員、頭が、頭が潰されてるじゃないか」

「けど、さっき声がしたわ、あっちの方……」

「お、おい」

「見て、この子はまだ息があるわ」

「ああ、ほんとだ……けど、酷い怪我だ」

「病院に連れて行きましょう?」

「そうだな……」

「ねえ、あなた?」

「ん?」

「この子は、きっと可哀想な子よ……こんな酷い事をされて、もしかしたら両親も見つからないかも」

「そうかもな」

「だから……もし、この子が生き残ったら、私達で育てない?」

「けど……」

「ね?お願い、私達は遺伝的にもう子供を残せないから……」

「……判ったよ、助かったら、俺達で引き取ろう」

「良かった……ほら、この子も嬉しそうよ」

「本当だ、判るのかな、私達が助けてあげるってことが」

「ほら、一緒に行きましょう……大丈夫だからね……」


赤ん坊は二人を見つめると、こう言った。

『おぎゃあ』












          完

元ネタ:艦これ 寄生獣

スレタイトル:寄生獣 第一話から抜粋改変

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年05月21日 (土) 05:54:52   ID: 6u4Nbt91

夜中に読むんじゃなかったぜ

2 :  SS好きの774さん   2016年05月21日 (土) 14:32:55   ID: ZHZRBu0C

ラストが怖いヨォォォォ
敵の生き残りエンドなんて...

3 :  SS好きの774さん   2016年05月22日 (日) 00:02:06   ID: 2wba3tUM

面白かった

4 :  SS好きの774さん   2016年05月23日 (月) 03:35:53   ID: _eN4VFZR

ちょっと怖すぎだろ!眠気が完全に飛んじまった。でも、すごく面白かったです。

5 :  SS好きの774さん   2016年05月23日 (月) 20:46:09   ID: RuaAcEU1

寄生獣ベースとはいえ、すごいなコレ。抜群に面白い。

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