まほ「戦車を嫌った彼女」 (29)
黒森峰が10連覇を逃してから数年が経つ。
戦車道にはプロリーグが作られ、私もそのチームに所属している。
そのおかげで、私はメディアでの露出が増え、所謂「人気のスポーツ選手」となった。
今日も、スポーツ関連の番組に出演し、それが終わり、楽屋で休憩してから帰ろうとするところであった。
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そのとき、コンコンとドアが鳴る。どうぞ、と言うと、失礼しますと言いながら女の子が入って来た。さっき番組で共演したアイドルだった。
智香「こんにちは…若林智香です。」
彼女は挨拶に来たのかと思ったが、様子が違う。
まほ「どうしたんですか?」
智香「ちょっと…聞きたいことがありまして…」
聞きたいこと、とは何だろうか?私は何ですかと聞く。
智香「戦車道をしている人は命を軽視してるって本当なんですか?」
その問いに、私は驚き、動揺した。
確かに、戦車道は他のスポーツと比べて遥かに怪我人が出やすい。だからといって、命を軽視しているわけじゃない。でも、西住流のやり方だったら、そう思われても仕方ないのかもしれない。
まほ「…そんなことはないですよ…?」
智香「そうですか…すいません…実は、私のプロデューサーさんがそう言ってまして…」
なるほど、そういうことか。彼女がそう思ってたんじゃなくて、プロデューサーが思っていたのか。
その後、もう一度彼女に命を軽視しているわけではないと話し、誤解を解いた。
数日後…
カチューシャ「命を軽視してる!?ひどい偏見ね!」
同じチームのカチューシャはそう言った。戦車道の練習の休憩中にこの間のことを話したら、皆驚いていた。
私が所属し、隊長をやっているチームには、何故か高校の時に戦った強豪のエースや隊長がいる。
ノンナ「落ち着いてくださいカチューシャ」
そう言って、ノンナはカチューシャを落ち着かせる。
ダージリン「でも、そういう人がいるのはショックですわね…」
ケイ「確かに…」
同じチームのダージリンもケイもテンションが下がっているようだ。
アンチョビ「でも若林智香って今人気のアイドルだよな…そのプロデューサーってどんなやつなんだろ…」
アンチョビはアンチョビであのアイドルのプロデューサーが気になったようだ。
そう話しているうちに休憩が終わり、みんな練習を始めた。
練習が終わり、帰路へつく。
その途中、ふと、10連覇を逃した時のことを思い出した。
あの時は川に戦車が落ちて、フラッグ車に乗っていた妹のみほが助けに行った結果、負けてしまったんだった。
みほはあの後、戦犯扱いされて酷く責められ、私も守ってやれず、結局みほは他の学校に転校していった。
みほは今どうしているだろう。
そう思っているとほんの一瞬だけ、私の眼前にみほが映ったような気がした。
まほ「…!」
慌ててその方向を見るが、誰もいない。気のせいだったのか、それとも見るのが遅かったのか、私は彼女がいた方向を向いて固まっていた。
それから一カ月、この日は休みで、やることもなかった私は街を歩いていた。
ただ、何となく、外に出たくなったのだった。
そして、大きな建物の前に来た時だった。
「西住さん!」
後ろから声が聞こえたので後ろを振り向くと、あのアイドルがいた。
智香「お久しぶりです」
プロデューサーに偏見を吹き込まれたアイドル、若林智香だった。
まほ「ああ…でも、何でここに…?」
智香「ここ、私が所属しているプロダクションなんです。」
と、彼女は大きな建物を指差す。346プロダクションというらしい。彼女は手を下ろすと、申し訳なさそうにこう言った。
智香「この間は…変な事を言ってすいませんでした…」
彼女が謝ったあと、私は、全然気にしていないと答えた。その後、彼女はそのことについて弁明する。
智香「実は…あの収録の前日にプロデューサーさんが小さい声で「戦車道をやってる人は命を軽視するから」って呟いていたんで、凄く気になっちゃって…」
私は彼女のプロデューサーがどんな人間が気になった。
まほ「ところで、あなたのプロデューサーって…」
そう聞こうとした時、彼女を呼ぶ声が聞こえる。何か聞き覚えのある、懐かしい声だ。
智香「あっ、私この後仕事だったんだ…すいません、失礼します。」
彼女はそう言って、声をするほうへ向かって言った。私もそれにつられるように、声のするほうを見たら、あることに気づいた。
まほ「…みほ?」
少し遠くにいる女性が、私にはみほに見えた。
みほと思われる女性は、こちらに一礼したあと、智香と一緒に車に乗り去っていった。
私はそれをただ何もせず、見つめているだけだった。
この日は試合だった。
相手は強かったが、何とか勝つことができた。
控室で着替えをしていると、隊長、と声をかけられた。
逸見エリカ、高校時代からの戦車道の仲間だ。
まほ「どうした。」
エリカ「いえ…今日は隊長の調子が悪そうに見えたので…」
エリカはみほのことを知っている。あの時のことも、ただエリカはみほのことを責めなかった。
私はみほを見たことを言おうとしたが、口が動かない。結局私は何でもないとごまかしてしまった。
帰り道。
あのプロデューサーは本当にみほ何だろうか、もしみほであれば、話をしたい。
しかし、あの時守れなかった私の話なんか聞いてくれるのだろうか。そう考えながら道を歩く。
歩いていると、いつも通る道が通行止めになっている。工事をしているようだ。仕方なく、回り道をすることになった。
慣れない道を歩いていると、聞いたことのある音色が聞こえる。目の前にある楽器店からだった。
どうしても気になった私はその店に入る。すると、目の前に知っている女性がいた。
ミカ「やあ、久しぶりだね」
継続高校にいた、ミカだった。
まほ「な、何でここに…」
私は思わずそう口に出してしまった。大学を出てから、彼女はプロにならずにそのまま去ってしまっていた。
ミカ「驚くのも無理はないよね。」
彼女はカンテレを弾きながらそう言った。
話を聞けば、彼女は大学を出たあと、戦車道を辞め、大学のときに知り合ったこの楽器店の店長の手伝いを始め、その店長の勧めで、音楽関係の仕事をしているそうだ。
今は、この楽器店の手伝いをしながら、演奏会をしているらしい。私はそれを聞いて、そうなんだとしか言えなかった。
ミカ「でも珍しいね、あなたみたいな人がここに来るなんて。」
まほ「音色が気になって仕方なかったんだ…」
ミカ「そうなんだ、でも、それだけじゃないよね」
まほ「えっ…」
ミカ「あなたの顔は言いたくても言えないという顔をしているよ。」
見抜かれた、と思った。
ミカ「大丈夫だよ。誰にも言わないから…」
私は、彼女にみほのことを話した。
ミカ「そう…妹さんがねぇ…」
まほ「私は…どうしたらいいのかわからないんだ…」
ミカ「怖いのかい?」
まほ「ああ…」
私は彼女に打ち明けた。みほにあって話したとしても、拒絶されてしまいそうな恐怖を。
ミカ「そう…でも、大丈夫なんじゃないかな。」
まほ「大丈夫って…」
ミカ「案外、相手のほうもそう思ってるかもしれないよ。」
彼女はそう言った。本当にそうなんだろうか。
ミカ「勇気を出して、一歩踏み出してみるのもいいよ。」
一歩踏み出したみるか…参考にしよう。
私は彼女にお礼を言って、別れ、自宅に帰った。
今までの重苦しい気分が、少し、軽くなった気がした。
訂正
×踏み出したみるか…
○踏み出してみるか…
でも、話をするとして、どうコンタクトを取ろうか。
数年前に電話やメールをしたのだが、どちらも返事はなく、こっちも忙しかったせいでまともに連絡をとっていなかった。
それでも、私はやるしかない。ここでやめたら後悔する、そう思った私はみほの携帯にメールを送った。アドレスが変わってないことを祈りながら。
次の日の朝、携帯を見ると、メールの受信を示す数字を見つける。
履歴を見ると、そこにはみほのものと思われるメールを見つけた。
そして約束した日、この日は私は休みの日だった。
ここは346プロダクションの噴水の前だ。みほは、自分の知っている領域なら、何かあっても対応できると思ってのことなんだろうか。
そう考えていると、一人の女性が歩いてくる。
みほだ。
私の心臓がドンドンと激しく動いている。恐怖と緊張が私を包んでいるのだ。
それをよそに、みほは私の前に歩み寄ってくる。そして、
みほ「久しぶりだね、お姉ちゃん。」
みほが声をかけた。私も、引きつりながら、
まほ「あ、ああ、久しぶりだな…」
目の前のみほは、明らかに雰囲気が変わっていた。
私とみほは近くのベンチに座った。すると、遠くに人の頭が見える。女の子が数人、あれで隠れているつもりなのだろうか。
みほも、それに気づいているようで、申し訳なさそうに、
みほ「ごめんね…どうしても気になったようで…」
まほ「ああ…大丈夫だ…」
私は、悪者に見えているようだ。そう思ったあと、みほに聞く。
まほ「みほ…おまえは今…アイドルのプロデューサーをやってるのか?」
みほ「うん、こう見えても、私が担当したアイドルはみんな有名になってるんだよ。」
みほは嬉しそうに言う。みほはみほでしっかりやっているようだ。だが、聞きたいのはそれじゃない。あの事だった。
まほ「そうだ…この間、アイドルの子から聞かれたんだ…戦車道をやっている人は命を軽視してるって…」
みほの表情が変わる。それは、悲しそうなものだった。
みほ「そう…でも私はそう思ってるよ…」
そう言った後、みほは黒森峰を去った後の事を話した。
みほは、戦車道のない大洗に転校して、友達もできた。
しかしある日、大洗の生徒会長に戦車道をやるように言われ、半ば強引にやる事になったそうだ。
そして訓練を始めた初日に、事故が起こった。
その事故で、一年生のメンバーが死亡したそうだ。
そのときに、みほは戦車道をやるべきではないと抗議したのだが、生徒会のメンバーは死んだのは仕方ないと聞かずに、戦車道を続けようとしたらしい。
結局、警察や文科省が割って入り、大洗は戦車道を辞めさせられ、戦車は没収、大洗は廃校になった。ちなみに、廃校は前から決まっていたそうだ。
その結果、みほはそういう考えに至ったそうだ。
みほ「そんなことがあったら、そう思っちゃうよ…」
まほ「そうか…」
黒森峰でのこと、そして大洗のこと、みほがそう考えても仕方ないのかもしれない。
空気が重苦しくなっている。私はその空気を変えようとする。
まほ「あっ、で、でも、みほがしっかりやっていて良かったよ。」
みほ「う、うん、ごめんね、こんな話して。」
謝りたいのは私のほうだ。
みほ「お姉ちゃんの活躍も、私見てるよ。すごいね。」
まほ「うん、ありがとう。」
みほも、この重苦しい空気をなんとかしようとするが、中々会話が続かない。
その後、みほは一息ついてこう言った。
みほ「お姉ちゃん、これから先のことは、本当に誰にも言わないって約束できる?」
私は少し固まるが、もともとそういうつもりだ。
私はわかった、と言った。
そしてみほは、付いてきてと言って、ベンチから立ち上がり、歩いて行った。
私も、それについて行った。
ついて行った先には、保育園があった。
みほ「ここ、ウチの事務所が経営してる保育園なんだよ。」
みほが、保育園の方向に手を振る。手を振った先には、男性と、抱き抱えられている女の子がいた。
みほが、その男性に近寄る。すると、女の子がみほに向かって手を伸ばす。みほはそれに答えるように、女の子を抱き寄せる。
みほ「紹介するね。この人は私の旦那さんで、この子は、私の娘だよ。」
最初に感じた違和感がわかった。
みほは、母親になっていたのだ。
私は戸惑った。
今まで、弱く、頼りないと思っていたあのみほが、プロデューサーとなっただけではなく、目の前の、優しくも芯が強そうな男性と結婚して、娘を産んでいたことが、信じられなかったのだ。
女の子は、私を一度見た後、みほにしがみついた。
みほ「大丈夫だよ、このお姉ちゃんは怖くないよ」
みほは、自分の胸にしがみついている我が子に優しく言う。女の子がこっちに視線を向ける。
私は、女の子のことを聞いた。それしか言えなかった。
まほ「その子は…いくつなんだ…?」
みほ「もうちょっとで二つなんだよね。」
みほは、娘に言うように答えた。女の子はほんの少し頷いた。
少しの沈黙のあと、私はハッとなる。
固まっていた思考がようやく我に帰る。そして、一つ、質問をした。
まほ「なんで…このことを言わないんだ…誰にも…」
それが聞きたい。誰にも言わないと約束させてまで隠す必要があるのかと。
みほは、ほんの少し表情を曇らせながら答えた。
みほ「私は…お母さんと同じ立場になったけど、お母さんの気持ちがわからない。なんで自分の娘が人を助けたのにそれを責めるのかって…」
みほは、黒森峰での件で母にも責められていた。仲間を助けたのに、みほにはそれが理解出来なかった。
みほは、続けて言う。
みほ「お母さんは、このことを知ったらこの子に戦車道をやらせると思うから、教えられないよ。」
みほは自分の娘に戦車道をやらせたくないようだ。
そしてみほはこう言った
みほ「それに私はもう、西住の人間じゃない。」
私はもう、聞くしかなかった。みほの答えを。
そしてみほは最後に、
みほ「もし誰かに言ったら…私はお姉ちゃんを許さない。」
と、怖い目をして言った。
私は、そうか、としか答えられなかった。
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