【ガルパン】優花里「これは恋ではない」 (60)



ザアアアアア…


優花里「西住殿」

みほ「何?」

優花里「雨が…」

みほ「うん」

優花里「ひどくなって、きましたね」

みほ「うん。こんなに降るなんて思わなかった」

優花里「西住殿」

みほ「何?」

優花里「ずっと操縦してて、疲れませんか?」

みほ「大丈夫だよ」

優花里「でも、こんな悪天候だし…」

みほ「これくらいで疲れちゃったら、いつもの麻子さんに申し訳ないよ」

優花里「私、考えたんですが。今っていい機会だと思うんです」

みほ「いい機会?」

優花里「私に操縦を教えてください」

みほ「今は天気が悪いし、暗くなってきたから危ないよ。私がやる」

優花里「ですが、私もこのⅣ号を動かせるようになった方が…」

みほ「確かに私、操縦は苦手だけど。今は試合中じゃないし」

優花里「……」

みほ「道の上をただ進むだけだから大丈夫。……それより、優花里さん」

優花里「はい」

みほ「何だか……寂しいね」


ザアアアアア…




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優花里「寂しい?」

みほ「天気が、どんどん悪くなっていって。どんどん辺りが、暗くなっていって…」

優花里「……」

みほ「もう日が沈んだのかどうかも、分からないくらい」

優花里「……」

みほ「ほかの3人は、Ⅳ号から降車しちゃった」

優花里「私たち二人だけになっちゃいましたね」

みほ「僚車も……ほかの車両のみんなも、先に戦車倉庫へ向かっちゃった」

優花里「……」

みほ「こんなに暗くて雨の降ってる中を、私たち二人だけが…」

優花里「ただ、道の上を進んでる…」

みほ「何だか……寂しいね」

優花里「……西住殿」

みほ「うん」

優花里「さすが、と言うべきなのかどうか、分かりませんが…」

みほ「何?」

優花里「西住殿はどうして、そんなに落ち着いてるんですか?」

みほ「落ち着いてる?」

優花里「あんなことが、あった後なのに」

みほ「だって、今の私たちが心配しても、できることなんて何もないから」

優花里「それはそうですが……」

みほ「1年生の子たちはちょっと動揺してたね」

優花里「ちょっとどころじゃ、ないですよ」

みほ「気を失ってグッタリしてる人を見るのなんて、初めてなのかな」

優花里「しかも、自分の知ってる人ですし」

みほ「それに一人だけじゃなく、二人も」

優花里「半泣きで名前を呼んでる子もいました」

みほ「人が搬送されてくのも、見たことないんだろうね」

優花里「西住殿はやっぱり、これまでの試合や練習の時に?」

みほ「うん。本当に珍しいことなんだけど、何回かあった」

優花里「安全は、完璧に保証されてるわけじゃないんですね」

みほ「ほかの競技と同じ。アクシデントで失神しちゃう人は、いる」

優花里「怪我人だって、出ることがある…」

みほ「どうしても避けられない。滅多にないんだけど」

♪~ ♪~

優花里「あ。携帯」

みほ「うん。鳴ってる」

優花里「西住殿のですね」

みほ「出てくれる? 優花里さん」

優花里「え? 私が?」

みほ「今、そっちへ渡すから」

優花里「いいんですか?」

みほ「だって操縦中、携帯の操作はできないもの。はい、これ」

優花里「…分かりました」パカ

みほ「誰から?」

優花里「“会長”って表示されてますが…」

みほ「あ、会長かぁ。生徒会の角谷会長」

優花里「え!? 私なんかが出ても…?」

みほ「うん。お願い」

優花里「は、はい……」ピッ

会長『もしもーし。西住ちゃん? 角谷だ』

優花里「はいッ。あんこうチーム装填手、秋山優花里です!」

会長『あれ? 秋山ちゃんか。こんちは』

優花里「こんにちはッ。西住殿は今、操縦中で…」

会長『操縦? 西住ちゃんが? やっぱり何かあったんだね。じゃあ携帯には出られないか』

優花里「はい。私、秋山が代わりに…」

会長『分かった。それならⅣ号の無線につなぎ直すね。西住ちゃんと話したいから』

優花里「は……?」

会長『この電話はこれで切るよ。そんじゃ』

優花里「は、はい。失礼します」

みほ「会長、何だって?」

優花里「よく分かりません。西住殿と話したいから無線につなぐ、と言ってました」

みほ「無線? どういうことだろ。じゃあ通信の準備をしておこう」

優花里「はい。……あ、早速来ました。西住殿、お願いします」

みほ「西住です」

会長『やぁ西住ちゃん。久しぶりだねえ』

みほ「会長、お元気でした?」

会長『いやー戦車道を引退してから、ヒマでヒマで』

みほ「出席日数が足りてるのは知ってますけど、たまには顔を出してください」

会長『まあ世間話はいいとして』

みほ「でも会長。今、どうやって話してるんですか?」

会長『あー、まずそれを言おうか』

みほ「はい。戦車に搭乗中じゃない会長が、どうしてⅣ号と通信できてるのか」

会長『生徒会室の電話を艦橋にある無線の設備へつないで、そっちと交信してるんだよ』

みほ「そんなこと、できるんですか」

会長『滅多にやらないけどね。今は、そうする場合だから』

みほ「……」

会長『何があったんだい? 艦載ヘリが出動して、戦車道の練習場所へ向かったなんて』

みほ「今日の練習は紅白戦だったんです」

会長『どこでやってたの?』

みほ「180Y地区です」

会長『艦尾に一番近い所かあ。戦車道の練習で使える区域のうち』

みほ「もうみんな、大抵の練習場所に慣れちゃって」

会長『それで、戦車倉庫からそんなに離れた所にしたんだね。で、何かトラブルがあったの?』

みほ「試合中、私たちのⅣ号がⅢ突の待ち伏せを受けました」

会長『うん』

みほ「左側面を接射の距離で撃たれて、砲手と操縦手が気を失っちゃったんです」

会長『五十鈴ちゃんと冷泉ちゃんか。今、二人は?』

みほ「この後、容態を確認します」

会長『じゃあ当然、その時点で練習は中止?』

みほ「はい。一人ならまだしも二人ですから。それで、保健室へ送ることにしたんですけど…」

会長『その場所だと救急車が行くのは大変だね。だからヘリが出動したのか』

みほ「二人には沙織さん、いえ、武部さんが付き添っていきました」

会長『それでⅣ号に乗ってるのは今、西住ちゃんと秋山ちゃんだけになっちゃった』

みほ「はい」

会長『でも何か変じゃない? 西住ちゃんが操縦して、今のⅣ号は自走できてるんだよね?』

みほ「はい。移動に問題はありません」

会長『Ⅲ突の徹甲榴弾を至近距離でまともに食らったんでしょ?』

みほ「すごい衝撃でした。車体が歪んじゃったかもと思いました」

会長『で、もちろん撃破の判定が下された』

みほ「はい。車両は停止です」

会長『ますます分からない。どゆこと?』

みほ「砲弾は車両の左側面、やや前方に当たりました。エンジンとかは無事だったんです」

会長『撃破されても、回収車が必要なほどじゃなかったのか』

みほ「念のために、倉庫へゆっくり戻ることにしましたけど」

会長『どこにどんな影響が出てるか、分からないね』

みほ「でもこれまで異常無しです。多分問題ないでしょう」

会長『ほかの撃破された車両は…』

みほ「ありません」

会長『へ?』

みほ「私たちが一番最初にやられちゃったんです」

会長『ほー。西住ちゃんを真っ先に討ち取るなんて、エルヴィンたちも大したもんだ』

みほ「はい。白組の指揮車は私たちで、それを最初に撃破したんですから」

会長『そういう意味じゃないけど……まあいいや』

みほ「はぃ? 何か変でした?」

会長『じゃあほかの車両は全部、もう倉庫へ帰ってるんだね』

みほ「これも状況を確認してませんけど、そのはずです」

会長『西住ちゃん』

みほ「はい」

会長『急かす気なんて別にないけどさ、できるだけ早く戦車を倉庫へ戻して、うちへ帰ってね』

みほ「はい。そのつもりですけど…」

会長『今、学園内に残ってる全生徒へ下校命令、艦にいる人々全員へ異常気象警戒警報を出した』

みほ「え? 下校命令? 異常気象、って…」

会長『我が艦の進路上に、発達中の低気圧がある』

みほ「……」

会長『私らはこれから、その中へ突っ込んでいく』

みほ「……」

会長『最悪の場合、この艦が揺れるくらいの荒天になる可能性があるんだ』

優花里「ええっ!? 艦が揺れる!?」

会長『あ、聞いてた? 秋山ちゃん』

優花里「うっ。す、すみません。決して盗み聞きしてたわけでは…」

会長『分かってるよー。今は通信手の代理をやってるんでしょ? 無線の内容は聞こえて当然』

優花里「はい……。装填手は、今の状況で必要ありませんから」

会長『秋山ちゃん。ここにずっと住んでる秋山ちゃんなら、それがどういうことか分かると思う』

優花里「はい。艦が揺れるなんて、台風並みってことです。私、小さい頃に経験しました」

会長『こういう極端な天候は、通常なら回避するんだけどね。被害が出るかもしれないから』

優花里「前の台風は急に進行方向が変わって、どうしても避けきれなかったと聞いてます」

会長『不可抗力だね。でも今の私らは、あえて低気圧の中へ突っ込んでいく』

みほ「あえて? どういうことですか?」

会長『今回はまたしても、廃校の件が原因なんだ』

みほ「廃校……?」

会長『西住ちゃんたちには後日改めて、詳しいことをゆっくり話すけどさ』

みほ「……」

会長『廃校の危機は去ったわけじゃないんだよ』

みほ「だって……私たちが優勝して成果を上げた、それだけじゃ駄目なんですか?」

会長『成果はね、上げ続けて、積み重ねていかなくちゃならないんだよ』

みほ「……」

会長『今、艦がどこへ向かってるか知ってるよね?』

みほ「はい。陸上競技の大会が開かれる県です」

会長『で、今の陸上部のことも知ってるよね?』

みほ「学園の陸上部史上、最強らしいですね。その大会での活躍をみんながすごく期待してます」

会長『ところが、我が校より陸上へ力を入れてる学校なんて無数にある。総合優勝は難しいと思う』

みほ「そうなんですか」

会長『でもさ、種目別で個人優勝を狙える生徒が何人かいるんだよ』

みほ「その選手たちに、どうしても優勝してもらう…」

会長『そーゆーこと。戦車道以外でも、成果を上げる必要があるんだ』

みほ「……」

会長『西住ちゃんのお陰で戦車道は優勝した。で、廃校の対象にすることは取り下げてもらえた』

みほ「……」

会長『でも学園艦の統廃合計画そのものが、なくなったわけじゃない』

みほ「だから、いろいろな面で、成果を上げ続ける必要がある…」

会長『そのとーり。低気圧を回避してたら現地到着が遅れて、選手たちの調整日程に影響が出る』

みほ「……」

会長『突っ込んでいくしかない。これが生徒会や船舶科とかの、関係各所が協議して出した結論』

みほ「私たちの時も、北緯50度を越える所まで行ってもらいましたし…」

優花里「準決勝、対プラウダ高の試合でしたね」

会長『まぁそれはさて措き、西住ちゃん。今回の件で私に何かできることってある?』

みほ「……いいえ。心配なのは二人の具合ですけど、それは…」

会長『校医の先生へ任せるしかないね。今の私たちがヤキモキしたって何の価値もない』

みほ「そのとおりだと思います」

会長『じゃあ、ヘリのスタッフへお礼でも言っとこうか』

みほ「ヘリを使わせてもらって、ありがとうございました」

会長『それは私へ言うことじゃないよ。第一、こんな場合のためにも艦載ヘリがあるんだし』

みほ「はい」

会長『救急搬送は久しぶりだったはずだから、スタッフたちも張り切ったんじゃないかな』

みほ「会長にまで気を遣わせて、ごめんなさい」

会長『どーして謝ったりすんのさ。それから私は、倉庫にいるみんなへも連絡しておこう』

みほ「会長たちが引退した後、カエサルさんが副隊長、澤さんが副隊長補佐になりました」

会長『あー、そーらしいね』

みほ「二人がそっちにいるはずです」

会長『了解。じゃあ西住ちゃん、操縦はあんまり得意じゃないらしいから、安全運転で帰ってね』

みほ「はい。秋山さんと二人っきりの、夜のドライブのつもりで気楽にやります」

優花里「……」

会長『何を呑気なこと言ってんのさ。これから風も強くなってくるし、気を付けるんだよ?』

みほ「了解しました」

会長『秋山ちゃんも気を付けてね』

優花里「は、はいッ。ありがとうございます!」

会長『そんじゃ』


ザアアアアア…


優花里「あー緊張しました。会長と話す機会なんて滅多にないですし」

みほ「生徒会の3人はみんな、すごくいい人だよ。……それより、優花里さん」

優花里「はい」

みほ「艦が揺れる、って…どんな感じ?」

優花里「あ。そんな状況、西住殿は知りませんか」

みほ「前にいた所では全然、そういうことはなかったから」

優花里「黒森峰やグロリアーナくらいの規模の学園艦なら、全てが陸と変わらないでしょうね」

みほ「すごく揺れるの?」

優花里「普通に“揺れる”って言う場合の感覚とは、違うと思います」

みほ「どんな感覚?」

優花里「一度船体が傾いたら、なかなか元に戻らないんです」

みほ「……想像がつかない」

優花里「もちろん、そんなに大きく傾くわけじゃありません」

みほ「よく分からないけど、何だか微妙に斜めになってる、みたいな感じかな」

優花里「はい。何かのボールを、床に置いたら…」

みほ「自然に、転がっちゃっていく…」

優花里「そのとおりです。気持ち悪いですよ、自分の体が傾いてるみたいで」

みほ「……」

優花里「で、その状態が何十分も続いて、今度は…」

みほ「元に戻って、反対方向に揺れるんだね」

優花里「その繰り返しです。しかも、傾くのも元に戻るのも、すごくゆっくりです」

みほ「ここは黒森峰より小さい学園艦だけど、やっぱり巨大な船だものね」

優花里「だから、そういう揺れ方になるんでしょう」

みほ「できれば経験したくないなぁ。私、酔っちゃうかも」

優花里「会長は“最悪の場合”って言ってました。多分、大丈夫ですよ」

みほ「……その会長の、さっきの話なんだけど」

優花里「はい」

みほ「何だか、プレッシャーをかけられちゃったね」

優花里「プレッシャー、と言いますと?」

みほ「成果を上げ続けなくちゃならない、っていう」

優花里「あ……。話は、陸上部のことでしたけど…」

みほ「うん。暗に私たちのことも言ってたような気がする」

優花里「来年も絶対に優勝しろ、という意味ですか」

みほ「“後日改めて話をする”って言ってたのは…」

優花里「そういう内容の話かもしれませんね」

みほ「連覇なんて、すごく難しいのに」

優花里「でも西住殿。黒森峰は9連覇もしました」

みほ「……」

優花里「同じ高校生なんです。可能性は、ほんの少しでもあるんじゃないですか?」

みほ「あれは“全てがうまくいっていた結果だ”って、お姉ちゃんから聞いたことがある」

優花里「……」

みほ「いい戦績を収めれば収めるほど、戦車道への注目度、期待度が上がる」

優花里「……」

みほ「予算が、たくさん取れるようになる」

優花里「装備や設備、練習環境がどんどん改善されていったんですね」

みほ「それに、戦車道へ興味を持つ人が増えた。参加者が年々、増えていったの」

優花里「じゃあ、新入生も…」

みほ「戦車に乗りたいから黒森峰に入学する、っていう人が多くなっていった」

優花里「名門になって選手層が厚くなる。ますます、いい戦績を収められるようになる」

みほ「そういうのが全ていい方向に行ってた、ということだと思う」

優花里「シナジー効果ってやつですね」

みほ「うん」

優花里「我が校もそうなるといいですね。西住殿、そのために…」

みほ「何?」

優花里「今、必要なのは何でしょうか」

みほ「えーと……やっぱり、人かな。大事なのは」

優花里「いくら装備や設備が良くても、使う人に問題があったら無駄ですね」

みほ「逆に貧弱な装備でも、うまく運用すれば…」

優花里「私たちみたいに、優勝だってできるんです」

みほ「だから、会長たち…今の3年生が引退しちゃったのは、正直言って痛手」

優花里「必修選択の授業には、出てきてくれる先輩もいますが…」

みほ「対外試合にまで参加してもらうのは、無理だから」

優花里「じゃあ、来年度の新入生に期待ですね」

みほ「才能のある子が入ってくれればいいんだけど……」

優花里「戦車道をやるためにこの学園へ入学する子が、きっといますよ」

みほ「……私たちが、優勝したから?」

優花里「はい。無名校が並みいる強豪を倒して頂点に立ったんです。注目度は全国一です」

みほ「才能のある子が、黒森峰やプラウダじゃなくて、ここを選んでくれるといいけど……」

優花里「あ…ちょっと待ってください西住殿。また通信です」

みほ「……」

優花里「こちらあんこうチーム」

カエサル『グデーリアンか? カエサルだ』

優花里「あ、お疲れ様です」

カエサル『隊長に代わってくれ』

優花里「了解。西住殿、カエサル殿です」

みほ「ありがとう。…西住です」

カエサル『隊長。カエサルだ』

みほ「お疲れ様です、副隊長」

カエサル『少し前に全車が帰還した。隊長は角谷会長と無線で話をしたそうだな』

みほ「はい」

カエサル『私たちへも連絡が来た。活動を中止して帰宅するよう、命令を受けた』

みほ「天気はこれから、もっと悪くなるそうですね」

カエサル『車長たちと相談したが、すぐ命令に従おうと意見が一致した』

みほ「はい、もう練習を終了しましょう。速やかに全員、下校してください」

カエサル『今日の練習に関するミーティングは後日でいいな?』

みほ「もちろんです」

カエサル『了解した。少し待ってくれ。――おい澤、隊長の許可が下りた』

澤『――皆さん、練習終了の指示が出ました。ミーティングはありません。すぐ帰宅してください』

カエサル『隊長。だが、Ⅳ号が帰ってくるまで倉庫を無人にはできない』

みほ「それは……どうしようかな」

カエサル『アリクイチームの猫田が残ってくれることになった』

みほ「猫田さん……。助かります」

カエサル『車長の中で、あいつが最も学園の近くに住んでいるからな。今、隊長たちは?』

みほ「順調にそちらへ向かっています。エンジンや足回りに異常はないみたいだから」

カエサル『試合中とはいえ、すまなかった』

みほ「何言ってるんですか。お見事でした」

カエサル『褒めるなら車長のエルヴィンを褒めてやってくれ。あの待ち伏せはあいつの発案だ』

みほ「他校との試合でも是非、やってもらいましょう」

カエサル『それから、私が会長と話している間に、澤の携帯へ武部から連絡があった』

みほ「華さんと麻子さん、具合は?」

カエサル『二人とも、搬送中に意識が戻ったそうだ』

みほ「あ、良かったぁ…!」

カエサル『様子を詳しく聞きたければ、澤と代わる』

みほ「お願いします」

澤『…西住隊長、お疲れ様です。澤です』

みほ「お疲れ様、副隊長補佐」

澤『ヘリの中で、まず五十鈴先輩が目を覚ましたってことでした』

みほ「うん」

澤『付き添ってた武部先輩が、状況の説明をしました』

みほ「うん」

澤『そしたら五十鈴先輩は、怒り出したそうです』

みほ「え? 怒り出した?」

澤『“保健室送りなんて大袈裟です。傷病兵扱いしないでください”って言った、と』

みほ「……何だろ、それ? 自分の立場を分かってるのかな」

澤『次に冷泉先輩が起き上がりました』

みほ「麻子さんの様子は?」

澤『周りを見回して、すぐに自分へ何が起こったかを理解した、ってことでした』

みほ「さすが麻子さん」

澤『で、こう言ったそうです。“大義であった。皆の者”』

みほ「前言撤回。麻子さんも何だかなぁ……。カバさんチームの人たちの真似でもしてるのかな」

澤『最近読んだのが時代小説だったんでしょうか。ヘリの乗務員さんたちは呆れてたらしいです』

みほ「会長はスタッフの人にお礼を言っといてくれるけど、私も行って謝っとかなくちゃ」

澤『地上に降りても先輩たち二人は、保健室なんか行く必要ない、って駄々をこねて…』

みほ「そのくらい元気なら逆に、心配する必要なんてないのかも」

澤『武部先輩が“校医の先生に一応診てもらうんだよ!”と叱りつけて、強制連行したそうです』

みほ「やっぱり沙織さんは頼りになるなぁ」

澤『一方で先輩たちは、練習が中止になったのは自分たちのせい、と落ち込んでたってことでした』

みほ「そんなの気にしなくていいのに。後で私が二人にそう言っておこう」

澤『私からは以上です』

みほ「分かりました。ありがとう澤さん」

澤『とんでもないです。西住隊長、気を付けて帰ってきてくださいね』

みほ「うん、心配してくれてありがとう。もう一回カエサルさんに代わって?」

カエサル『…隊長。では申し訳ないが、猫田を除く全員は先に引きあげる』

みほ「はい、お疲れ様でした。気を付けて」

カエサル『隊長たちも気を付けて』

みほ「ね、カエサルさん」

カエサル『何だ』

みほ「さっき私へ訊いてくれたことなんて、事後連絡でいいのに」

カエサル『……』

みほ「カエサルさんと澤さん、車長のみんな。私以外の全員で勝手に決めて?」

カエサル『そういうわけにはいかない。やはり隊長の許可を得なくては』

みほ「だって今みたいなことは、絶対に私の指示が必要って内容じゃないから」

カエサル『……』

みほ「作戦行動だったら話は別だけど。こういうのは、私がいなくても勝手に決めて?」

カエサル『……』

みほ「私はみんなを信頼してるの。だから今度からは、そうして?」

カエサル『分かった。次の機会にはそうさせてもらおう』

みほ「うん」

カエサル『隊長』

みほ「何?」

カエサル『やっと、敬語を使わず普通に喋ってくれたな』

みほ「……ふふふ。変? 聞き慣れない?」

カエサル『隊長も次からは、そうしてくれ』

みほ「うん。分かった」

カエサル『交信を終了する』


ザアアアアア…


みほ「ふう。これで一安心かぁ」

優花里「五十鈴殿も冷泉殿も無事みたいで、良かったですね」

みほ「それに、全車がこの天気の悪い中、遠い練習場所から問題なく帰還できた」

優花里「全員が早めにうちへ帰ることができます」

みほ「あとは私たちが、この二人っきりのドライブを、無事に終わらせるだけだね」

優花里「……」

みほ「……あれ?」

優花里「……」

みほ「……優花里さん? どうしたの?」

優花里「……西住殿」

みほ「うん」

優花里「それ……さっきも、言ってましたよね……」

みほ「それ?」

優花里「……二人っきり、って……」

みほ「あ、そうだね。それが何?」

優花里「……どういう、意味ですか……?」

みほ「え? どういう、って……」

優花里「……」

みほ「別に……」

優花里「……」

みほ「言葉どおりの、意味だけど……」

優花里「……私は……」

みほ「何?」

優花里「……意識しないように、してたのに……」

みほ「意識?」

優花里「私は、カエサル殿たちが羨ましいです」

みほ「羨ましい?」

優花里「副隊長のカエサル殿、澤副隊長補佐、車長のみんな……」

みほ「……」

優花里「西住殿と、戦車隊幹部のみんな。すごく仲が、良くて……」

みほ「それは……だって、もし仲が悪かったら困るよ」

優花里「……」

みほ「……それとも、優花里さん」

優花里「何ですか?」

みほ「優花里さんもその中に入りたかった?」

優花里「……」

みほ「優花里さんってさっきの話みたいに、この戦車隊のことをすごく真剣に考えてくれてるし…」

優花里「西住殿。何ですか、それ?」

みほ「……」

優花里「どうしてそんなこと、訊くんですか?」

みほ「……」

優花里「私がそんなこと、できるわけないじゃないですか」

みほ「……ごめんなさい。意地悪だったかもしれないね」

優花里「私は車長じゃないし、副隊長にもなれません」

みほ「うん……。隊長と同じ車両のメンバーは、副隊長になれないから」

優花里「もし隊長車が撃破されたら、隊長と副隊長が共倒れになってしまいます」

みほ「……」

優花里「分かってるのに。大体こんなこと、戦車道で当たり前のことなのに…」

みほ「……」

優花里「どうしてそんなこと、訊くんですか?」

みほ「……」

優花里「西住殿は、やっぱりすごいって思います」

みほ「すごいって……何が?」

優花里「西住殿はどうして、誰からも好かれるんですか?」

みほ「誰からも、好かれる?」

優花里「今の我が戦車隊は、西住殿を中心にすごくまとまってます」

みほ「……」

優花里「みんな、西住殿を大好きなんです」

みほ「自分じゃそんなこと、分からないけど…」

優花里「しかも会長と、あんなに普通に話せて」

みほ「生徒会の人たちとは、いろいろなことを打ち合わせる機会が多かったから」

優花里「我が校の仲間だけじゃありません。他校の人たちだって…」

みほ「……」

優花里「あんなにすごい強豪校の人たちにだって、西住殿は好かれてるじゃないですか」

みほ「好かれてるっていうか……私たちが無名校だから、皆さん、気を遣ってくれてるんだよ」

優花里「唯一、黒森峰の副隊長殿だけは、ずっと感じが良くなかったです」

みほ「あ…エリカさんのことだね」

優花里「でもあの人だって、最後は笑顔だったじゃないですか。笑顔で、爽やかに…」

みほ「……」

優花里「再戦と、自分たちの勝利を誓ってました。最後は笑顔だったじゃないですか」

みほ「……」

優花里「西住殿はどうしてそんなに、誰からも好かれるんですか?」

みほ「優花里さん」

優花里「何ですか?」

みほ「優花里さん、一体どうしたの? 何だかおかしいよ?」

優花里「……」

みほ「いきなり、カエサルさんたちが羨ましいって言ったり」

優花里「……」

みほ「急に違う話になって、私が誰からも好かれる、なんて言い出したり」

優花里「……」

みほ「それに、何だか……突っかかるみたいな、話し方したり」

優花里「申し訳ありません……」

みほ「別に、謝るほどのことじゃないけど……」

優花里「……」

みほ「もしかして、低気圧が来てるから、優花里さんも低気圧?」

優花里「……」

みほ「あ。こんなのもう、古い言い方なのかな。機嫌が悪いのを“低気圧”って言うなんて」

優花里「……そうかも、しれません……」

みほ「え?」

優花里「そういう映画が昔あったのを、知ってます……」

みほ「映画?」

優花里「台風が近づいて来てる時に、何人かの生徒が、学校に閉じ込められちゃって…」

みほ「……」

優花里「その生徒たちが、どんどんおかしくなっていくんです。台風が接近するにつれて」

みほ「ちょっと……怖いこと、言わないで……」

優花里「でも、私がおかしいのは、そんなことのせいじゃなく…」

みほ「ね、優花里さん! 違う話しようよ、違う話!」

優花里「……」

みほ「えーと、何かないかな……あ、そうだ!」

優花里「……」

みほ「みんな、会長の命令どおりに急いで先に帰っちゃうけど、猫田さんが残っててくれるって」

優花里「……はい。私も、聞いてました」

みほ「猫田さんって、すっごく美人だと思わない?」

優花里「そうですね……。猫田殿は多分、我が戦車隊で一番の美人でしょう」

みほ「もちろん、あのグリグリ眼鏡を取ったらの話だけど」

優花里「あの眼鏡を外した途端に、姿勢まで変わるんですよね……」

みほ「うん。いつもの猫背が、シャン!ってなるの」

優花里「どうして、なんでしょうね……」

みほ「私、本人に訊いてみたことがある」

優花里「……」

みほ「“眼鏡を取ったら何も見えないから、緊張してるだけなんだけどぉ”って言ってた」

優花里「周囲を警戒してる、だけなんですね……」

みほ「いつも眼鏡を外してれば、ずっと、スラッとしたすごい美人なのに」

優花里「それは無理な話、なんですね……」

みほ「あのグリグリ眼鏡がなかったら、『銀河鉄道999』に出てくるメーテルみたいな美人だよね」

優花里「……お言葉ですが、西住殿」

みほ「何?」

優花里「私は、猫田殿がそっくりなのは『宇宙戦艦ヤマト』のスターシャだと思います」

みほ「え、そうかな? 『ヤマト』だったら、森雪っていう可能性もあるけど」

優花里「髪の長さが違います。それを言えば、クイーン・エメラルダスだって候補ですが」

みほ「猫田さんは顔に傷跡なんかないし。……分かりました。私が結論を言います」

優花里「……」

みほ「猫田さんが似てるのは、この人。異論は認めません」

優花里「その人、とは……?」

みほ「それは『男おいどん』に出てくる、ヒロイン役の全ての女性」

優花里「……」

みほ「どうかな? これで文句ないよね?」

優花里「……西住殿」

みほ「何?」

優花里「何だか……まずいんじゃないでしょうか……」

みほ「まずい? 何が?」

優花里「私たちの、今の話……」

みほ「……」

優花里「絶対に、猫田殿の前で喋っては、いけません……」

みほ「……うん……。そうだね……」

優花里「もし、本人が聞いてしまったら…」

みほ「とんでもないことに、なっちゃうね……」

優花里「三式中戦車の、中を…」

みほ「松本メーターだらけに…」

優花里「改造されて、しまいます……」

みほ「何だか、変な話題を選んじゃったかな……」

優花里「西住殿」

みほ「うん」

優花里「私……好きな人が、いるんです」

みほ「……今度は、恋の相談?」

優花里「……」

みほ「そういう話なら、沙織さんにした方がいいと思うなぁ」

優花里「……」

みほ「私、恋愛なんて疎いから」

優花里「……西住殿は、人を好きになったこと、ないんですか……?」

みほ「恋人なんて今まで、いたことない」

優花里「……」

みほ「だから私に相談しても、全然役に立たないよ」

優花里「……いえ、いいんです」

みほ「……」

優花里「西住殿に……聞いて、ほしいんです」

みほ「……」

優花里「その人は、とてもすごい人なんです」

みほ「……」

優花里「才能があって、実力があって。その力を発揮して、実績も持ってます」

みほ「……」

優花里「それに、性格が良くて。だから、誰からも好かれます」

みほ「何だかその人、完全無欠って感じだね」

優花里「はい。でも本人は、自分のことを全然すごいと思ってない」

みほ「……」

優花里「自分に実績があるのは、周りが助けてくれるからと思ってるようです」

みほ「……」

優花里「もちろん、周りの人たちはその人を支えてます」

みほ「周りの人たちがその人を好きで、協力してるってことだね」

優花里「はい。その人に実力があって、しかも、周りが支えてるんです」

みほ「ふーん……いいなぁ」

優花里「いい?」

みほ「優花里さんは、すごい人と知り合いなんだね」

優花里「……」

みほ「私も隊長をやってるんだから、そういう人にならなくちゃいけないんだけど」

優花里「……」

みほ「私なんか全然……あれ? 優花里さん?」

優花里「……」

みほ「急に黙っちゃって、どうしたの?」

優花里「いえ……。何でも、ありません……」

みほ「私、そういう人が身近にいたら尊敬しちゃうなぁ」

優花里「私もその人を尊敬してます」

みほ「うん」

優花里「でも…それだけじゃ、ない……」

みほ「え?」

優花里「私、気付いたんです」

みほ「……」

優花里「この気持ちは、尊敬だけじゃない」

みほ「……」

優花里「これは、“好き”ってこと……そう、気付いたんです」

みほ「えーと、優花里さんは…」

優花里「はい」

みほ「その人へもう告白したり、付き合ったりしてるの?」

優花里「……」

みほ「……あれ? また黙っちゃった」

優花里「……そんな、こと……」

みほ「……」

優花里「そんなこと、できるわけありません」

みほ「……」

優花里「これは、多分……永遠に、片思いです」

みほ「“そんなことできない”って……どういう意味?」

優花里「私は、駄目なんです」

みほ「駄目? 何が?」

優花里「私は、その人を好きになっちゃいけないんです」

みほ「……」

優花里「好きになったって、どうしようもないんです」

みほ「……優花里さんが、どんな意味でそう言ってるのか、私にはよく分からないけど…」

優花里「……」

みほ「好きになっちゃいけない、とか…どうしようもない、とか…」

優花里「……」

みほ「そんなこと、ないんじゃないかな」

優花里「どうしてですか?」

みほ「そういうのって、自然なことだと思う」

優花里「……」

みほ「すごい人、尊敬しちゃう人。そういう人のそばに、いつもいたい…」

優花里「……」

みほ「そう思うのって、自然で、当たり前のことなんじゃないかな」

優花里「……」

みほ「何だか、いいなぁ」

優花里「今度は、何ですか? その“いい”って……」

みほ「私にもいつか、そういう人が現れないかなぁ」

優花里「……」

みほ「私も、優花里さんと同じ気持ちになると思う」

優花里「……」

みほ「その人のことを、好きになっちゃうと思う」

優花里「……」

みほ「ね、優花里さん」

優花里「はい」

みほ「その人、何ていうか…見た目は、どんな感じなのかな」

優花里「見た目?」

みほ「才能があって、実績があって…」

優花里「……」

みほ「しかも謙虚で、性格が良くて、誰からも好かれる」

優花里「……」

みほ「これで外見も素敵だったら、もう完璧だと思う」

優花里「……」

みほ「もちろん私、人間は見た目じゃないって分かってるけど」

優花里「はい。その人はまさに、その“完璧”です」

みほ「やっぱり……。本当にいるんだね、そういう人」

優花里「すごく、可愛い人なんです」

みほ「……え?」

優花里「私なんか、比べものにならないくらい…」

みほ「“可愛い”? “カッコいい”じゃなくて?」

優花里「もう本当に、可愛いくて…」

みほ「年下の人なのかな。でも、どうして自分と比べたりするの?」

優花里「スタイルだっていいんです」

みほ「スタイル? 何? どういうこと?」

優花里「私みたいな胸の小さい女とは、全然違う…」

みほ「……優花里さん……まさか……」

優花里「……」

みほ「その人って……男の人じゃ、なくて……」

優花里「……」

みほ「女の人、なの……?」

優花里「……はい。そう、です……」

みほ「……」

優花里「やっぱり、変ですよね……」

みほ「……」

優花里「やっぱり、おかしいですよね……? 普通じゃ、ないですよね?」

みほ「……え、えーと……」

優花里「多分、私、変なんです。私は、ほかの人と違うんです……!」

みほ「……」

優花里「まともな人間じゃないんです……! 女なのに、女を好きになるなんて!」

みほ「……」

優花里「こんなの、異常ですよね? 気持ち悪いですよね!?」

みほ「優花里さん……」

優花里「西住殿も今、気持ち悪いって思ってるでしょう!?」

みほ「そ、それは…」

優花里「私、異常な人間なんです! きっと私、変態なんです!」

みほ「優花里さん、落ち着いて……!」

優花里「女のくせに、女へ興味を持っちゃう、変態なんです!!」

みほ「お願い、落ち着いて!」

優花里「私みたいな、こんな気持ち悪い奴、いなくなっちゃった方がいいんです!!」

みほ「優花里さん! もう黙って!!」

優花里「…!!」ビクッ

みほ「お願いだから、落ち着いて!」

優花里「……は…はい……」

みほ「とにかく車両を一旦、止めるね」ガクン

優花里「……」

みほ「……」

優花里「……ごめん、なさい……」

みほ「……」

優花里「……こんな、話をして……」

みほ「……」

優花里「……大きな声を、出して……」

みほ「……ううん……」

優花里「迷惑だった、ですよね……」

みほ「……」

優花里「びっくり、しましたよね……」

みほ「……それは……」

優花里「……」

みほ「少し……驚いた、けど……」


ザアアアアア…


みほ「優花里さん」

優花里「はい……」

みほ「私、こんなときに…」

優花里「……」

みほ「どんなことを言ったらいいのか、分からないけど……」

優花里「……」

みほ「優花里さんの、勘違いかもしれない……って可能性も、あるんじゃないかな」

優花里「……勘違い?」

みほ「うん。優花里さんはその人を、すごく尊敬してるんだよね」

優花里「はい」

みほ「その気持ちが、強過ぎて……尊敬を、好きっていう気持ちと、勘違いしてる」

優花里「……」

みほ「そういう可能性、あるんじゃないかな」

優花里「……」

みほ「きっと、そうだよ」

優花里「……違う……」

みほ「え?」

優花里「違い、ます……」

みほ「……」

優花里「私、女なのに……その人に対して、こう、思っちゃうんです」

みほ「……」

優花里「手を握りたい、とか…」

みほ「……」

優花里「抱き締めたら、どんな感じなんだろう、とか…」

みほ「……」

優花里「それで、分かったんです」

みほ「その気持ちは、尊敬だけじゃ、ない…」

優花里「はい。これが、“好き”ってこと、なのか…」

みほ「……」

優花里「これが、恋、なのか…」

みほ「……」

優花里「そう、分かったんです」

みほ「……」

優花里「それに…」

みほ「それに?」

優花里「私……嫉妬、してしまうんです」

みほ「嫉妬……」

優花里「その人は、誰からも好かれます」

みほ「……」

優花里「だからその人は、誰とでも仲良くなれる。仲良くする」

みほ「……」

優花里「どんな人とでも、普通に話せる」

みほ「じゃあ……優花里さんは、そういうのを見ると…」

優花里「はい。嫉妬して、しまうんです」

みほ「……」

優花里「そんなに、誰とでも…仲良くしないで、ほしい」

みほ「……」

優花里「もちろん、無理な話だって分かってます。でも、せめて……」

みほ「……」

優花里「せめて、一番仲良くするのは、私にしてほしい……そう思って、しまうんです」

みほ「優花里さんのお話は、分かったけど…」

優花里「……」

みほ「すごく……難しい話だね」

優花里「……」

みほ「私なんか、何も言えない。どう思ったらいいのか、分からない」

優花里「……」

みほ「でも私、これだけは言える」

優花里「何ですか?」

みほ「それは、さっきみたいな言葉なんて、口にしちゃ駄目ってこと」

優花里「私が、言ったことですか……?」

みほ「うん。“自分みたいな人は、いなくなった方がいい”なんて、言っちゃ駄目」

優花里「……」

みほ「だって優花里さんっていう人は、この世に一人しかいないから」

優花里「……」

みほ「誰も、優花里さんっていう人間の代わりなんてできない」

優花里「……はい」

みほ「操縦手は、代わりがいる。今みたいに麻子さんがいなかったら、私や、華さんも操縦できる」

優花里「……」

みほ「砲手も、華さんがいなかったら、優花里さんが代わりをできる」

優花里「……」

みほ「でも優花里さんっていう一人の人間は、そんなのとは違う」

優花里「はい……」

みほ「誰も、秋山優花里さんっていう人の代わりなんて、できないの」

優花里「……」

みほ「だから絶対に、いなくなった方がいいなんて、言っちゃ駄目」

優花里「分かりました……」

みほ「じゃあ、前進しよう。猫田さんが待ってるから」

優花里「西住殿」

みほ「何?」

優花里「西住殿は、どう思いますか……?」

みほ「……今の、話を?」

優花里「はい」

みほ「それは……さっき言った、とおりだよ」

優花里「……」

みほ「すごく、難しくて……私なんか、全然分からない」

優花里「……」

みほ「優花里さんのお話は、分かるけど……それについて、どう思えばいいかなんて…」

優花里「……」

みほ「私には難し過ぎる。そんなの、分からないよ」

優花里「そう……ですか……」

みほ「でも、何となく……私はこう感じるの」

優花里「はい。どういうふうに、感じますか?」

みほ「好きになっちゃいけないとか、どうしようもない、なんて…」

優花里「……」

みほ「そんなこと考えなくてもいい、って」

優花里「え…? そう、ですか……?」

みほ「だって、その人を好きって思うのは、優花里さんの正直な気持ちだよね」

優花里「はい」

みほ「それなら、自分の気持ちに正直でいて、いいと思う。自分に嘘をつく必要なんてないと思う」

優花里「それは……その人を好きでいて構わない、ってことですか……?」

みほ「だって、好きになっちゃ駄目って思ったら、好きな気持ちが止められるの?」

優花里「それは…確かに、不可能です……」

みほ「それなら自分の気持ちに対して、そのまま正直でいていいと思う」

優花里「はい……。ありがとう、ございます……」

みほ「別に、お礼を言われるようなことじゃないけど」

優花里「私は、今の私でいて、いいんですね…?」

みほ「誰も、駄目なんて言わないよ」

優花里「ありがとう、ございます……」

みほ「どうしてお礼なんて言うのかな。そんな必要ないのに」

優花里「いえ……西住殿にそう言ってもらえて、すごく…」

みほ「……」

優花里「すごく……嬉しいです……」

みほ「恋愛経験のない私が、恋の相談の相手になって、お礼を言われるなんて変な感じ」

優花里「西住殿」

みほ「何?」

優花里「今、私は西住殿に力をもらいました」

みほ「大袈裟だなぁ。私なんて何もしてないのに」

優花里「だから、思い切って訊いてしまいます」

みほ「何を?」

優花里「西住殿だったら、どうしますか?」

みほ「私だったら?」

優花里「自分と同じ、女から…」

みほ「……」

優花里「女から好かれて、女から告白されたら…」

みほ「……」

優花里「どうしますか? 受け入れて、くれますか?」

みほ「私は、無理だよ」

優花里「………無理………」

みほ「私は、無理。ちょっと考えられないなぁ」

優花里「……」

みほ「だって私は、今の優花里さんのお話を聞いて…」

優花里「……」

みほ「ずっと、どんな男の人なんだろうって思ってたの」

優花里「……」

みほ「私はそういう、普通の女の子だから」

優花里「……」

みほ「その人はすごい男の人なんだから、カッコよければもっと素敵だなぁ、って考えてた」

優花里「……」

みほ「だから、実は女の人って聞いて、ものすごくびっくりした」

優花里「……」

みほ「私は、どこにでもいる普通の女の子だから」

優花里「……」

みほ「いつか自分にも、素敵な男の人が現れたらいいなぁ、って…」

優花里「……」

みほ「いつか私にも、素敵な彼氏ができたらいいなぁ、って…」

優花里「……」

みほ「そう思っちゃう、女の子だから」

優花里「……」

みほ「もし同じ女から、そんなことを言われても、ごめんなさいって言って…」

優花里「……」

みほ「今話したみたいな理由を、説明するだけだと思う」

優花里「……う……」

みほ「……」

優花里「う。ううっ……ううう」

みほ「……優花里さん?」

優花里「ううっ。……うう。ううう」

みほ「優花里さん? どうしたの? 泣いてるの?」

優花里「うう……す、すみま……せん……ううっ」

みほ「どうしたの? なぜ泣いてるの?」

優花里「ううう。ううっ。すみま……せん……ううっ」

みほ「謝らなくていいから。泣かないで」

優花里「うううう。ううう。すみ、ませ……ううううっ」

みほ「だから、謝ったりしないで。急にどうしたの?」

優花里「ううう。うううう。ううううう」

みほ「困ったなぁ……。私だったら断っちゃう、って言われてショックだったのかな」

優花里「うううう。ううううう。うううう」

みほ「でもその女の人は、とってもすごい人なんだよね」

優花里「ううう。そ……そう、です……ううっ」

みほ「ひょっとしたら、私みたいな反応なんて、しないかもしれないよ?」

優花里「ううう。うううう。ううううう」

みほ「すごく心の広い人で、優花里さんのことを受け入れてくれるかもしれないよ?」

優花里「うううう。わ、私……うううう」

みほ「何?」

優花里「私、は……さ、さっき…ううっ。西住殿が、言った、みたいに…」

みほ「……」

優花里「思えれば……よかった、のに……」

みほ「さっき言ったみたい、って?」

優花里「尊敬、してるって……うううっ。き、気持ちを…」

みほ「……」

優花里「好き、って勘違い、してる…」

みほ「……」

優花里「そ、そう考え……られれば、よかったのに……」

みほ「……」

優花里「これは、好きっていう…気持ちじゃ、ない……」

みほ「……」

優花里「これは、恋では、ない……」

みほ「……そう思えれば、よかった……?」

優花里「はい……ううっ」

みほ「……」

優花里「私は……男の子に、産まれたかった……」

みほ「……」

優花里「うううっ……女なんかに、産まれなければ、良かった……」

みほ「……そんな……」

優花里「もし……もし、神様が、本当にいて…」

みほ「……」

優花里「この世は、全て……神様の決めたこと、なら…」

みほ「……」

優花里「その、神様は……残酷な、神様です……」

みほ「……」

優花里「ううう。うううう」

みほ「……優花里さん」

優花里「ううう。うううう。うううううう」

みほ「優花里さん、お願い。もう泣かないで」

優花里「うううううう。ううううう。うううううう」

みほ「……」

優花里「ううっ。うううう。ううううう」

みほ「……優花里さん」

優花里「うううう。ううう。うううううう」

みほ「優花里さん。車長として、命令します」

優花里「ううう。う……な、何ですか……?」

みほ「操縦を代わってください」

優花里「え……?」

みほ「今すぐ、泣き止んでください」

優花里「……」

みほ「そして、こっちへ来てください。このⅣ号を操縦してください」

優花里「……」

みほ「私と、代わってください」

優花里「……そ……それは……」

みほ「何?」

優花里「だ、だって……さっき……」

みほ「さっきが何?」

優花里「今は……危ないって…」

みほ「いいから、こっちへ来てください。操縦を代わってください」

優花里「は、はい……」ガタ

みほ「……あーあ。もう、涙で顔がベトベトだね」

優花里「すみません……」

みほ「だから、謝る必要なんてないから。さ、座って」

優花里「はい……」

みほ「私は後ろで見てるね」

優花里「……」

みほ「優花里さん。実はもう、操縦の仕方を知ってると思う」

優花里「はい。知識だけは…」

みほ「だから、実際に動かしたことがない、ってだけだね」

優花里「……」

みほ「じゃあやってみて」

優花里「い、いきなりですか?」

みほ「だって優花里さん。今、すごくワクワクしてる感じ」

優花里「……」

みほ「あんなに泣いてたのに、もう普段どおりへ戻ってる」

優花里「……」

みほ「本当は、早く動かしたくて仕方ないんだと思うけど」

優花里「……はい。そのとおり、です……」

みほ「じゃあ始めて。まず…」

優花里「はい。クラッチペダルを踏んで、ギアを1速に入れて…」

みほ「うん。その調子」

優花里「クラッチをつないで、アクセルを踏んで…」

みほ「まずは、微速前進」

優花里「了解です」

みほ「……おっと」ガクン

優花里「え? と、止まっちゃいました!?」

みほ「やっぱり、やったね。クラッチはもっと静かにつないで」

優花里「はい……申し訳ありません。エンストさせちゃいました」

みほ「でもこれで、イグニッションから始められて良かったかな」

優花里「はい。エンジン、始動します」カチ


ドルルルルル


優花里「今度は、うまく発進してみせます」


グオォォオン


みほ「うん。いい感じ」

優花里「そういえば五十鈴殿も最初、エンストさせてましたね」

みほ「ほとんどの人が、初めて操縦する時にやるの」

優花里「冷泉殿は…」

みほ「麻子さんは例外中の例外。あんなに才能ある人、見たことない」

優花里「あ…前方にカーブです」

みほ「じゃあ私は砲手の席に座って、照準器から前を見るね。優花里さん、うまく曲がれる?」

優花里「や、やってみます……」

みほ「操縦桿で動かす戦車は、直感的に操作できるハンドルの戦車より、慣れるのが少し大変かも」

優花里「はい……」

みほ「……すごい! 優花里さん、すんなり曲がれたよ?」

優花里「ほ、褒めてもらって、嬉しいですけど…」

みほ「どうしたの?」

優花里「今は、それどころじゃ、ないっていうか…」

みほ「初めてなんだから、当たり前だよ」

優花里「……」

みほ「しかも夜で、こんなに天気が悪いんだし」

優花里「でも…」

みほ「何?」

優花里「前照灯って、こんなに明るいんですね」

みほ「うん。それは私も今回、初めて知った」

優花里「試合の時は絶対に点灯しませんから。相手に見付かっちゃいます」

みほ「それに、今はカバーも外してる」

み・優「……あ……!」

優花里「……」

みほ「……」

優花里「私たち、今、声が合ってしまいました」

みほ「優花里さんも見た?」

優花里「はい。前照灯で明るくなった道を…」

みほ「何かが横切っていった。道の真ん中で一瞬立ち止まって…」

優花里「こっちを見ました。猫でした」

みほ「うん。猫の目ってあんなに光るんだね。野良猫かな」

優花里「多分そうです。もう少しで街区ですから」

みほ「それって関係あるの?」

優花里「あの子たちは、山野区より街区にいた方が、簡単にエサへありつけると知ってるんです」

みほ「なるほど」

優花里「もしかして…」

みほ「何?」

優花里「猫田殿からの使者でしょうか。“早く戻って来い”って伝えるための」

みほ「あれ? そんなこと言うなんて、余裕が出てきたみたいだね」

優花里「ほんの、少し……落ち着いたかもしれません」

みほ「じゃあスピードを上げよう。中速で前進。ギアを上に入れて」

優花里「はい」グコン


ゴガガガガガ


みほ「前方にまたカーブ。この速さのまま曲がれる?」

優花里「多分、大丈夫です」

みほ「……また、うまく曲がれた。優花里さん、私なんかより上手いかもしれない」

優花里「そんな……何を言ってるんでしょう」

みほ「もちろん、初めて操縦した時を比べての話だけど」

優花里「それにしたって、そんなことはないと思います」

みほ「もっとスピード出せる?」

優花里「了解。……3速に入れました。時速25キロで巡航……初めてなのに、いいんでしょうか」

みほ「構わないと思う。今は天気が悪いから、周りに車も歩行者も全然いないし」

優花里「警戒警報が出されて、みんな外出を控えてるんですね」

みほ「今の私たち、すごく順調に前進してるよ」

優花里「はい」

みほ「ね、優花里さん」

優花里「はい」

みほ「女の子に産まれて、良かった……って思わない?」

優花里「……」

みほ「もし、男の子に産まれてたら…」

優花里「戦車道を、できない……」

みほ「うん。今みたいに戦車を操縦なんて、できなかったかもしれない」

優花里「……」

みほ「戦車道は、乙女が嗜む武芸」

優花里「……」

みほ「その戦車道なんて、できなかったんだよ?」

優花里「……はい」

みほ「戦車道をできない。戦車に乗れない。試合なんてできない」

優花里「……」

みほ「全国大会優勝なんて、できなかったんだよ?」

優花里「……」

みほ「それに、何よりも…」

優花里「はい」

みほ「沙織さん、華さん、麻子さん。それから、ほかのチームのみんな…」

優花里「……」

みほ「こんな素敵な仲間たちに、出会えなかったんだよ?」

優花里「はい……」

みほ「女の子に産まれたから戦車道をできて、素敵な友達、仲間たちに出会えた」

優花里「……」

みほ「だから優花里さん。女の子に産まれて良かった、って思わない?」

優花里「……」

みほ「それでもやっぱり、男の子に産まれたかった、って思う?」

優花里「……」

みほ「あ、そこを左折だね」

優花里「はい」

みほ「この速度くらいになってたら、ギアを…」

優花里「はい。シフトダウンですね」グコン

みほ「……分かってて、ちゃんとできてる。やっぱり私より上手だよ」

優花里「だから、そんなことありませんって」

みほ「街に入ったから気を付けて」

優花里「了解」

みほ「ますます余裕が出てきたね、優花里さん」

優花里「少し慣れてきました」

みほ「もしかして倉庫までの道、知ってる?」

優花里「西住殿。私は小さい頃からずっと、ここに住んでるんですよ?」

みほ「そうだね。余計なこと言ってごめんなさい」

優花里「これも、そんなことありませんよ。……それより、西住殿」

みほ「うん」

優花里「大事な人が一人、欠けてます」

みほ「何のこと?」

優花里「さっき西住殿が挙げた、仲間の名前…」

みほ「……」

優花里「大事な人が一人、いないと思います」

みほ「……私、って言いたいのかな」

優花里「そうです。分かってるじゃないですか」

みほ「私なんて……」

優花里「西住殿は、どうしてそんなに控えめなんですか?」

みほ「控えめなんて、そんな…」

優花里「誰がどう考えたって、西住殿はすごい人じゃないですか」

みほ「……」

優花里「ただの素人集団だったこの戦車隊を、超短期間で全国トップレベルへ引っ張り上げた」

みほ「……」

優花里「そして、優勝してしまった。全国の頂点に立った」

みほ「それは……そうできたのは、みんなが…」

優花里「もちろん、西住殿一人でやったことじゃありません。戦車道は個人競技じゃありません」

みほ「うん」

優花里「でも西住殿がいなかったら、私たちにこんなこと、可能だったと思いますか?」

みほ「……」

優花里「西住殿がいてくださったお陰で、できたんじゃないですか」

みほ「……」

優花里「私、こう思いました」

みほ「何?」

優花里「私は今まで、自分の好きなその人が…」

みほ「うん」

優花里「自分を、受け入れてくれるかどうか。そんなことばかり考えてました」

みほ「……」

優花里「でも、そんなのを考える前に、やることがあるって分かりました」

みほ「どんなこと?」

優花里「それは今の自分を、自分自身が受け入れてあげることです」

みほ「自分自身を、受け入れる……」

優花里「はい。女に産まれた自分」

みほ「……」

優花里「女なのに、女を好きになってしまった自分」

みほ「……」

優花里「でも女だから、こうして戦車道をできている自分」

みほ「そういうのを全部、受け入れる……」

優花里「はい。人に受け入れてもらえるかどうかなんて、その後の話だって分かりました」

みほ「……」

優花里「まず私自身が、こういうのを全部、受け入れてあげないと」

みほ「……」

優花里「私が、私自身から目をそらしちゃいけない。そう思いました」

みほ「うん」

優花里「だから西住殿。西住殿だって、自分を受け入れてあげてください」

みほ「……私は……」

優花里「西住殿は、こんなにすごい人なんです」

みほ「……」

優花里「そのすごい自分を、自分で認めてあげてください」

みほ「……」

優花里「自分が自分を認めてあげなくて、どうするんですか?」

みほ「……」

優花里「自分自身が自分を受け入れてあげなくて、どうするんですか?」

みほ「うん……。そうだね、優花里さん」

優花里「学園の敷地内に入ります」

みほ「倉庫の前にあるグラウンドへ出たね」

優花里「やっと着きました」

みほ「昼間なら、向こうに倉庫が見えるんだけど…」

優花里「今は夜だし、こんな天気ですから」

みほ「照準器でも雨で視界が悪くて……」

優花里「倉庫の明かりでも見えるといいんですが」

みほ「雨が吹き込まないように、窓や扉を全部閉めてるだろうね」

優花里「とにかく、その方向へ前進します」

みほ「あれ? 倉庫の方で何か光ってる?」

優花里「光? ……あ、本当です。光が左右に揺れてる……」

みほ「……猫田さんだ」

優花里「えっ。照準器なら姿が見えますか?」

みほ「ううん、雨が激しいからそれは不可能。でも光のある位置が、地面から…」

優花里「そうか。猫田殿が立って、手を上へ伸ばしてる位置なんですね」

みほ「あの人の高い背と、スラッと長い腕。多分、間違いない」

優花里「整備の時に使うライトでも振ってるんでしょうか」

みほ「猫田さんはⅣ号の前照灯が見えたから、私たちが到着したことに気付いて…」

優花里「夜だし、雨で見通しが悪いと思ったから…」

みほ「倉庫の前でライトを振って、進む方向を指示してくれてるんだよ」

優花里「有難いですね」

みほ「優花里さん。停車」

優花里「は? は、はい。停止します」ガクン

みほ「倉庫まで約300メートル」

優花里「はい」

みほ「グラウンドだから、前方に何も障害物がない」

優花里「そうですね」

みほ「優花里さん。倉庫まで全速前進」

優花里「えっ!?」

みほ「どうしたの? 発車して? そして、最高速度を出して?」

優花里「そんな、全速なんて……」

みほ「大丈夫だよ。一直線だから、ただスピードを出すだけ」

優花里「……」

みほ「速度を落とすタイミングは、残りの距離を見て私が指示するから」

優花里「はい……」

みほ「じゃあ発車して? 猫田さんが振ってる光を目指して、前進」

優花里「……西住殿。失礼なのを承知で、言いますが…」

みほ「何?」

優花里「低気圧のせいで、おかしいのは…」

みほ「……」

優花里「西住殿の方、なのでは」

みほ「……」

優花里「未経験の私に、いきなり操縦しろって言ったり…」

みほ「……」

優花里「初めて操縦するのに、最高速度を出せって言ったり…」

みほ「ふふふ。優花里さんが話してた映画みたいだね」

優花里「……」

みほ「台風が、近づくにつれて…」

優花里「おかしくなってるのは私じゃなくて、西住殿の方なんじゃないですか?」

みほ「でも優花里さん。今の様子、私が操縦をお願いした時と同じだよ?」

優花里「……」

みほ「本当は、最高速度を出してみたい」

優花里「……」

みほ「全速で飛ばすのがどんな感じなのか、知ってみたい。ウズウズしてるんだと思うけど」

優花里「……図星です」

みほ「試合では最高速度を出す局面が何度もある。これも経験のうちだよ?」

優花里「そうですね……。分かりました。じゃあ発進します!」

みほ「よし! Panzer vor!」


グオォォォオン


みほ「アクセルをもっと踏み込んで。スピードに乗ったらギアを、どんどん上へ」

優花里「了解」グコンゴッ


ゴガガガガガガ


みほ「もっとスピード出して。短距離、短時間で、速度を一気に上げるの!」

優花里「了解!」


ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


優花里「すごいエンジン音です…!」

みほ「うん…! 私たちもう、大きい声を出さないと話ができない!」

優花里「……あれ? 猫田殿の光が…!?」

みほ「何だか、揺れ方がおかしくなった……!?」

優花里「フラフラして……まるで、慌てたりしてるみたいに見えます!」

みほ「うん…! 多分、Ⅳ号が急に速度を上げて…」

優花里「猛スピードで向かってくるから、驚いてるんでしょうか!?」

みほ「きっと、何が起こったのか分からないんだよ、猫田さん!」

優花里「猫田殿、ビビってるんですね!?」

みほ「じゃあもっとビビらせてあげよう! 最高速度で、あの光に向かって突撃!」

優花里「了解であります!」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


優花里「何だか私まで、おかしくなってきちゃったかもしれません…!」

みほ「え、何!? 聞こえない!」

優花里「もう、叫ばないと会話できませんね!」

みほ「うん! エンジン音がすごいし、雨も風も強くなってきて…!」

優花里「私、自分までおかしくなった、って言ったんです!」

みほ「パンツァー・ハイだね、優花里さん!?」

優花里「私、西住殿の作戦にうまく、のせられちゃいました!」

みほ「何のこと!?」

優花里「私がメソメソしてたから、元気を出すようにしてくださったんですね!?」

みほ「だって優花里さん、あんなに操縦をやりたそうだったから…!」

優花里「私はまた、西住殿から力をもらいました!」

みほ「とにかく、優花里さんが元気になってくれて良かった!」

優花里「やっぱり西住殿はすごいです!」

みほ「泣いてる顔なんて、優花里さんに全然似合わないよ!」

優花里「私、これからもずっと、西住殿に付いていきます!!」

みほ「元気になったなら、優花里さん!」

優花里「何ですか!?」

みほ「アレを叫んでくれなくちゃ!」

優花里「え…!? アレって、何ですか!?」

みほ「こういうときに優花里さんが叫んでくれる、アレだよ!」

優花里「あ、アレですか…! でも、そう言われても…!」

みほ「今こそ、アレを叫んでくれないと!」

優花里「…分かりました! じゃあ西住殿も一緒に叫んでください!」

みほ「私も!?」

優花里「はい! 西住殿が一緒なら叫んであげます!」

みほ「私は…いいよぉ…!」

優花里「西住殿と一緒なら、私、もっと元気になります!」

みほ「…うん、分かった! 私も叫ぶ!」

優花里「ありがとうございます!」

みほ「それじゃあ、いくよっ!?」

優花里「はい!!」

み・優「せーの」

み・優「ヒヤッホォォォウ! 最高だぜぇぇぇぇ!!」



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