高垣楓「想い」 (23)
※モバマスSSです。
※高垣楓「白い地にて」の続きになります。ローカルネタ注意。
※今回から地の文あり。モブが出ます。
※書き溜めもしてますが、前回から間が空きすぎてしまったので途中で投下します。
あらすじ
プロデューサーの地元で仕事をすることになった楓さん。
趣味の温泉巡りを活かしたリポートの仕事は大成功。
そのままロケをした宿に泊まった二人はささやかな祝杯を挙げた。
次の朝、窓の外は一面の白。
吹雪で帰れなくなったプロデューサーは観念して有給を取ることに。
急なオフをアイドルと二人どのように過ごすのか。
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折角早くに目が覚めたのだからと朝風呂に行くことにした。
「いやぁ、朝風呂なんて久しぶりです」
スリッパをパタパタと鳴らしながら静まり返った廊下を歩いていると、隣のプロデューサーがしみじみと言った様子で口を開いた。
「あら意外ですね、お仕事で遠くに行くことも多いですし、機会はいくらでもありそうですけど」
「最近は大体朝早い便で帰ってきてしまいますからね。ありがたいことに、楓さんをはじめ皆の仕事が増えてきましたし、やれることをやれるうちにやっておきたいですから」
「そう、ですか」
この人にプロデュースされるようになって一年が経とうとしている。その間、プロデューサーのことはそれなりに分かってきているつもりだったが、どんなに時が経ってもこの真面目さは変わらない。
そして......。
「楓さん、楓さん」
「え?」
気が付くとそこは既に大浴場の入り口前だった。それも男湯の。
「流石にこれ以上はご一緒出来ませんよ」
「そ、そうですね」
慌てて女湯の方へ向かうと、後ろから少し残念そうな声で「混浴だったら良かったんですけどね」という彼にしては珍しい軽口が聴こえてきた。
そう、真面目で勤勉なプロデューサーはこういう時に不意打ちをしてくる。
「ずるいです、プロデューサーは」
あの人のことだから深い意味は無いと思いつつも、顔がにやけてしまう。久しぶりのまとまったオフだからなのか、気持ちもいつもより軽い気がする。
「今なら二升はいけちゃうかも」
そんな事を一人ごちて貸し切り状態の大浴場で湯船につかる。ぼんやりと天井を見上げ、なんとなく昨日のロケを思い出していた。茶褐色のお湯は確か『美人の湯』と呼ばれているって言ってたっけ。......少し長めに入っておこうかな。
「随分と長く入っていたんですね」
支度をして出ると、プロデューサーが近くの休憩所で待ってくれていた。
「はい、ここのお湯、気に入りました」
「それは地元の人間として嬉しいですね」
「折角の美人の湯ですから、勿体無くてついつい長湯しちゃいました」
元々温泉は好きだし、やはり遠出をしたのであればゆっくりしたい。
「ふむ、楓さんと美人の湯ですか......」
何やら考え込むプロデューサー。この感じは仕事のことを考えているに違いない。
「えいっ」
難しい顔の頬を突っつく。
「んあ?」
驚いた表情でこちらを見るプロデューサーの前で人差し指を立てて見せる。
「今日はオフなんですから、難しいことを考えるのは無しです」
「うっ、しかしどこにチャンスが落ちているか......」
「お仕事の話はめっ、ですよ」
いつもより強めに主張してみると、少し戸惑った後に渋々といった様子で「はい、分かりました」と了承してくれた。
今日一日、一緒にいる間は出来るだけ余計なことを考えずに過ごして欲しかった。
でもそれは私だけの自己満足、というより我儘でしかないと思う。
最近はお仕事を多く頂けるようになり、うちのプロダクションも忙しくなってきた。所属するアイドルも増えてきて、プロデューサーは特に経験の浅い子達を中心に同行することが多いため、比較的年長者である私や古参のアイドルは自分たちで現場に向かい、お仕事をこなす機会が増えてきた。
頼られる人が多くなりながらも、分け隔て無くそれに応えるプロデューサーはどこまでも真面目でひたむきであり、そして、一定の距離を保ったまま、踏み込む隙をなかなか見せてくれない。
それでいて毎晩当たり前のように遅くまで残業をし、ドリンク剤が友達のような生活は誰が見たって心配するだろう。
少し寂しいと思う反面、仕方がないという諦めもある。けど今は、少なくとも今日一日はチャンスを貰えたので、いつもは恨めしく思う悪天候も、今日だけは特別だった。
「それじゃあ朝食に行く時にまた声をかけますから......楓さん?」
「えっ?あっ、は、はい」
またしてもいつの間にか部屋の前に着いていた。今日はいつもより考えることが多いので、またこんなことがあるかも知れない。
「大丈夫ですか?チェックアウトまでまだ時間はあるので、もう少し寝ていても......」
また、気を使わせてしまった。
「大丈夫です!ちょっと考え事をしてただけですから」
「そうですか、ではまた後ほど」
自分の部屋に戻る彼の背中を見やってから部屋に入る。着替えてテレビをつけると丁度天気のコーナーをやっていた。気象予報士曰く、吹雪は夜には収まるようだ。
「明日には帰れそうね」
ほっとすると同時に、少し惜しくもなる。どう足掻いても彼と二人でいられる時間はそう長くない。
朝食会場にも早めに入ったため、それほど人は多くなかった。沢山食べる方ではないので、適当に見繕って近くの席に着いて彼を待っていると、後ろから声を掛けられた。
「あ、高垣さん、おはようございます」
「あ、おはようございます」
見れば昨日のロケに同行していたスタッフの女性だった。周りに気を使って必要最低限の音量で話してくれるのがありがたい。
「こちらでお泊りだったんですね。いやあ、まさかこんな天気に当たるなんて」
「ええ、こんな凄い雪は初めてなので驚きました」
「私は地元なんですけど、それでもここまで酷いのはなかなか無いですよ」
苦笑しながら肩をすくめる彼女は何かを見つけると、途端に悪戯っぽい顔になり、より声のトーンを落として顔を近づけてきた。
「ところで、今日は帰れないんですよね?」
「はい、テレビでも今日の飛行機は全便欠航が決まったと言ってましたし」
「ということは......プロデューサーさんと一日一緒な訳ですね」
「え、そ......うですけど......」
突然彼の名前が出てきて驚いたが、彼女が考えている事が手に取るように分かる。まあ、年頃の男女が二人でいるのだから、何かを期待してしまうのは自然の摂理だろう。
「安心して下さい!私、口は堅いですから」
「は、はぁ」
私が生返事をしていると、その女性は満足そうに一つ頷いて去っていった。それと入れ替えるようにプロデューサーが席に来た。
「久し振りにゆっくり朝食をとれると思うとついつい取り過ぎちゃいますね」
向かいに置かれたトレーの上を見ると、およそ朝食に似つかわしくない量の料理が乗っている。
「プロデューサー、それ、全部食べるんですか?」
「勿論、『ご飯は感謝しつつ全て頂きましょう』が我が家の家訓でしたから!さ、食べましょう」
「い、頂きます」
どんな家庭なのか凄く気になったが、嬉しそうに料理を食べる彼を遮るのも悪い気がしたので、私も自分の料理に集中することにした。
とりあえずここまでです
短くて申し訳ない
副業忙しい
かゆ......うま......
想いは重い
>>10
あ、楓さんだ
身支度を整えて出発する頃になっても外は相変わらず真っ白で、玄関先に停まっているタクシーがやっと見える程度だった。
プロデューサーがチェックアウトに行っている間、何の気なしに壁に貼られた観光情報のポスターを見ていると、丁度今時期に開催しているものがあった。
「これは綺麗ね」
雪原にイルミネーションを配置して、ショータイム中には音楽に合わせて光るという。北海道の冬のイベントと言えば雪まつりくらいしか知らない私にとっては、興味を引かれるものだった。
「お待たせしました」
詳しい内容を確認する前にプロデューサーが戻ってきたので、それ以上の情報は得られないまま、玄関前のタクシーに向かう。
「O市の西○条○丁目に......」
行先を告げるとタクシーは動き出したものの、外は相変わらずの吹雪で、まるで白い空間に投げ込まれたような感覚になった。そのせいでつい不安が口をついて出る。
「プロデューサー、無事に辿り着けるんでしょうか」
「確かに雪は凄いですけど、大丈夫ですよ。慣れてますから」
運転席に目をやると運転手さんもこちらをチラリと見た後、深く頷いた。
「私はかれこれ30年間無事故無違反です。お任せください」
微笑みながら宣言され、不思議と安心感を覚えた。運転手さんはさらに続ける。
「お嬢さんはどちらの方なんですか?」
「和歌山です」
「ほお、それはまた遠いですな。お仕事ですか」
「そうですね、あの温泉でちょっと......」
詳しく話して良いものか判断がつかず、隣を見るとプロデューサーがすかさず話し出した。
「ほら、最近このあたりもたまにテレビで紹介されるようなってきたでしょう?今回はあそこの温泉の特集があったんですよ」
「と、いうことはお二人はマスコミ関係のお仕事をされてるのですね」
「まあテレビ出演するのは彼女だけですけどね。私は裏方です」
そこまで話すと運転手さんは再びミラー越しに私の方を見た。
「ああ、どこかで見た顔だとは思いました。ええと......」
「高垣楓です」
プロデューサーが話したので、私も名乗ってみる。ファンになってくれる人はどこにいるか分からないし、何となくこのまま黙っているのも気まずい感じがした。
「アイドルの方を乗せたのは初めてですよ。そういう仕事もあるんですね」
「こうして色々なところに行けるのは楽しいですよ」
「そう言って頂けると地元の人間としてはうれしいですね」
柔和な笑みを浮かべる運転手さんは、最初の宣言通り危なげなく私たちを運んでくれた。
到着したのは閑静な住宅街。運転手さんにお礼を言いつつタクシーを降りると、いたって普通の一軒家の前だった。プロデューサーに促されで玄関先に移動すると、中から賑やかな声が聞こえてきた。ガチャリ、と開いたドアから愛嬌のある顔が覗く。
「いらっしゃい!初めまして、Pの母です。息子がお世話になってます」
「は、はい。よろしくお願いします......?」
勢いよく捲し立てられて私がよく分からない返事をしていると、後ろから声が上がった。
「母さん、挨拶は中に入ってからにしよう。家の中だと分からないかも知れないけど、吹雪なんだ」
「あらごめんなさい。さ、入って」
お母さんに促されてお邪魔すると、荷物を置くのもそこそこに早速お茶をすることになった。
「本当、遠いところよく来てくれました」
「高垣楓です。お世話になります」
少し緊張しつつ改めて挨拶すると、そこからは怒涛のトークタイムが始まった。
「まさかこんなタイミングに当たるなんて、災難だったわね」
「ええ、初めての経験なのでビックリしました」
「高垣さんはどちらのご出身?」
「和歌山です」
昨日今日と自分の事を話す機会が多いなぁと思いながらも、不思議と悪い気はしなかった。単なる慣れなのか、はたまたプロデューサーの実家にいるという事実がそうさせるのかはよく分からないけど。ちなみにプロデューサーは隣で黙ってお茶を啜っている。
「まあでも大丈夫。2~3年もすればきっと冬でもやっていけると思う」
「......はい?」
「雪かきは少しコツがいるけど、この辺の雪は軽いからね」
「ええと......?」
突如話の流れが見えなくなった。それでもなおお母さんの話は止まらない。
「よくよく考えたらPの仕事場は東京だったわね。残念」
「残念......ですか?」
「そりゃあもう。こんなに可愛い娘の顔ならいつだって見たいわよ」
「ブフォッ!!」
突如噴き出すプロデューサー。その勢いのまま慌てて話に加わった。
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