【ミリオン】P「今日、桃子が結婚します」 (26)

「桃子みたいな子ども相手に、ウェディングドレスが似合うとか……お兄ちゃん、本気で言ってるの? ……ふ、ふん、当然でしょ。……でも、ありがと……」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1460732282

ここで桃子がそう言っていたのも思い返してみると15年前である。
我ながら気持ち悪いが覚えてしまっていたものは仕方がない。
俺の目の前にはあの時徳川さんや真壁さんの撮影に使ったあの教会があった。少々古ぼけてはみたものの、その分培われた愛と祝福の数のおかげかあの頃より立派に見えた。
なんでここに俺がいると結婚式に参加するからだ。
新郎ではなく、花嫁をエスコートする父親の立場でだが。
そう本日は俺の担当アイドルの周防桃子の結婚式なのだ。

桃子は今年26歳である。
晩婚化と言われて久しい現在なのでそこそこ早い部類に入るのではなかろうか。
そういえば横山さんが、「桃子に先越されるなんて~!」と言っていたっけ。
肝心の相手は、少し前にブレイクして最近では司会業に活動を移しているお笑い芸人だ。
そんなに悪い噂は聞いたことはない。
しかし、お笑い芸人という人種は遊び人であるというのはこの世界では常となっている。
不安が無いと言えば嘘になってしまうが、桃子が選んだ相手だ。
きっと、桃子を幸せにしてくれるだろう。

新婦の控え室の椅子に座り、俺はゆっくりとしていた。
花嫁の支度にはまだ時間がかかるらしい。
本来いるべきはずの桃子の実の父親と母親の姿は見えない。
結局ここに至るまで桃子と桃子の両親の関係は改善されてはいなかった。
決定的だったのが桃子が14歳の時の両親の離婚。
そしてそこからの2人とも親権を放棄したことだ。
一応桃子の母方の祖母の養子に入るといった形で落ち着いてはみたものの、あの時の桃子の心の傷は普通の家庭で育った俺では想像することさえできないだろう。

そしてその時に俺は思ったんだ。
「お兄ちゃん」じゃない、俺はあの子の親になろうと。
結局最後まで俺は「お兄ちゃん」と呼ばれ続けたが。
あの子が与えられなかった愛を、注げるだけ注いであげようって。
幸いなことにこの劇場にはあの子のお姉さんになってくれる人たちがたくさんだった。
そして今日桃子を新郎までエスコートする役目も貰った。
あの時に目指したあの子の親に、父親に俺はなれたんだ。
なんて光栄なことだろうか。
そういえばいつだったか、桃子が俺のことを「お兄ちゃん」と呼ばなくなったのは。
あれは確か桃子が高校に入った時の……。

「おーっす」
との言葉とドアの音によって、俺の記憶の旅は仕舞いになった。
立っていたのは、これまた俺の担当アイドルだった。

「下で酒飲んでるんじゃなかったのか」

「いやそれがさ、いつもの面子が宴会始めちゃってさ。 あそこにいたら式の前に酔い潰されると思って逃げてきたんだよね」

「よくやるよなぁ、あいつら。 もう40近いってのに」

「それこのみさんと莉緒さんの前では言わないほうがいいよ。 っていうか百合子もあんなに飲んべえになってたんだね、ビックリしたよ」

「ケロってジョッキのビール飲むからな、あいつも」

「で、何してんのさ?」

「桃子の支度待ち。 もうちょっと時間かかるんだとさ」

「へぇー。 アタシもここで待ってていい?」

「どうぞお好きに」

福田のり子、現在33歳。
アイドルを卒業し、現在ではバラエティの司会などを主としたタレントして活躍している。
もともと担当だったということもあるが、バイクだったりプロレスだったり趣味が合ったこともあってか、仕事を離れてプライベートでも付き合うことが多くなった。
もちろん俺も良い年だし、のり子だってそうだ。
そういう勘繰りをされることは多々あるが、そんなことは無い。
俺とのり子はいたって健全な、沈黙を悪しとしない、気の置けない友人だ。

「桃子が結婚だってね」

椅子に座りながら、のり子はそう言う。
この15年はこいつに自分のドレスの裾を気にさせるようになるほどには長かったらしい。

「だな……」

「ショック?」
おかしなことを聞くやつだ。どんな心持ちだと聞くのは分かるが、なぜそんなにネガティヴな方向に限定されているのだろうか。

「何で、俺が」

「……桃子のこと、思い返すとさ、ずっとプロデューサーが近くにいたような気がしてさ」

「そうだったか?」

「そう。 だからかな。 私さ、実はすっごく驚いてるよ」

「先を越されたからか」

「そうじゃないよ。 そうじゃなくて……、ううん、何でもないや」

「何だよ、それ」

「女の子には秘密の一つや二つくらいあるもんなんだよ」

「女の子って歳じゃねぇだろ、もう」

「まぁねー。 もう33歳だし。 あーっ、あたしも結婚したいー。 で、どうよっ?」

「何がだ」

「娘を嫁に出す父親の気分は」

「……さぁな」

そっか、とだけ言い、のり子は黙ってしまった。
気まずい沈黙が流れる。

「お父さんってさ、報われないよね」

「えっ?」

「どんなにさ、大切に大事にしてあげて守ってあげても、娘はどこかに行っちゃうんだもん。 自分と同じくらい大切に大事にしてくれるかなんて分からない、そんな男の人のとこへさ」

「……それでも娘が愛した人ならそれで良いんじゃないか」

「うん、そうなの。 そうやってお父さんはさ、信じて祈ることしか出来ないの。 それを一生続けるの。 ねっ、報われないでしょ」

「……なんじゃ、そりゃ」

「だから言ったでしょ? お父さんって報われないって話」

「そんなことは無い。 俺はそんなこと、」

「本当に?」

まっすぐのり子が俺の目を見つめる。その視線にはからかうだとかそんな悪意なんて微塵も込められてなくて。
ただ俺の心と言葉だけを見つめていた。

「……本当だとも」

「そっか」

それっきり俺たちの間には会話が生まれなかった。
のり子のやつ、何を言ってるんだ。
そりゃそういう風に見ればそうなのかもしれない。けれども俺は、……違う。違うんだ。俺はあのお笑い芸人の彼に、彼なら桃子を幸せにしてあげられるってそう思ったんだ。
何が父親が報われないだ。娘が幸せになれば報われるさ。
大事に大切に育ててきた娘が選んだ相手なんだ。その相手に間違えなんてあるわけ、ない。

「花嫁さんの準備できましたー! すいません、遅れちゃって~」

「いえいえ、どうも。 のり子も行くか?」

「アタシは……、いいや。 また後でで。それにこういう時は父親と娘、水入らずでしょ?」

俺は、背中から聞こえるのり子の言葉を鼻息一つで聞き流し、ウェディングドレスを纏った桃子を見に行くために待合室を出た。

幕間

アタシの言葉に何も答えてはくれないプロデューサーの背中を見送り、アタシはまた椅子に身体を埋めた。
外から見てたアタシには分かる。
あの2人はお互いに好きあっていた、初めて出会った頃からずっと。
そんなの世界中の誰もが知ってた。
だってのに、こうなった。
こじれて、もつれて、複雑になったその糸を、アタシはどうするべきだったんだろう。
外から見えてたならほどいてやるべきだったんだろうか。
……違うでしょ。
心の中でそう声がする。
だってアンタは喜んでるんだもん。ずっと邪魔だったもんね、桃子のこと。
アタシの嫌なとこがそう言う。
いつもプロデューサーのこと見てたから分かるもんね、プロデューサーが本当は誰のことを熱心に見てたか。
だからあんたは見てみぬふりをしたんでしょ。
そうすればあんたはプロデューサーと一緒になれるから。
そうだよ。
アタシはアタシにそう言う。
認める。
だからアタシは今、笑ってるんだ。

だけどそれと同じくらい後悔だってしてる。
だからアタシは今、泣いてもいるんだ。
ごめんね、桃子。

先ほどののり子の言葉がまるで呪いのように耳に張り付いて離れない。
なんとか心の中だけでも反論しようとするが、すればするほどできなかった。
お父さんが報われるのはどんな時だ。
娘が自分以外の男の横で幸せになった、その時か。
のり子は言った。「祈り続けるしかないんだよ、だから報われない」と。
「結婚とは勘違いを一生涯し続けること」といった言葉があるが、勘違いし続けなければいけないのは、結婚する当人だけではない。その親も、友人も、彼らを幸せだと、幸福だと勘違いし続けなければならない。
桃子の部屋に着いてしまった。

扉を開けると、そこには世界中のどこを探したって見つからないほど美しい花嫁がいた。
俺の担当アイドル、俺のパートナーだった桃子だ。
頭が麻痺し、なんて声をかけたら良いものか悩んだ。
そして出てきたのは、

「綺麗だな」

といったありきたりな言葉だった。

その言葉を聞いて、桃子は薄く笑った。

「当たり前でしょ。 私を誰だと思ってるの? 周防桃子だよ、これくらいの衣装着こなして当然だよ」

あの時「子供になんか似合うわけないじゃん」、そう言った桃子が、「似合うに決まってるじゃん」、そう言うのだ。

「もう周防じゃ無くなるだろ?」

「……そうだね。 にしてもこのベールって邪魔だね、喋るたびにヒラヒラ揺れてさ」

そう言うと桃子はベール上にあげた。
年を重ね、立派な女性へと成長した桃子。その薔薇色の唇を、見てしまった。
そして俺は自分が自分にした勘違いの罰を思い知った。
頭のてっぺんから足の先まで震えが走る。
その後にした桃子との会話は正直覚えていない。
俺はちゃんと答えられてただろうか。笑えていただろうか。

親族控え室に戻ると、のり子の姿は無かった。好都合であった。
気づかなければ良かったのに。いやずっと心の奥底では気づいていた。
見ないふりをしたのは、目をそらし続けていたのは誰だ。
先ほどの桃子の唇を見て、そしてその後の誓いの口づけまでを想像し、俺が抱いものは何だ!
どこまでも深く、暗いドロドロっとした嫉妬心だけだ。
何が達成感だ、何が父親になろうだ。
結局俺は桃子のことが好きだったんじゃないか。
大切に思っていたのは本当だ。
担当アイドルに惚れるなんて、しかも自分より10も下なのに。
だから誤魔化した、偽った、嘘をついた。
その結果が、罰がこれだ。

そのことを自覚したって、認めたってもう遅い。
だって今日は結婚式なのだから。
あの時と違って本物のウェディングドレスを着た、本物の花嫁がいる本物の結婚式だからだ。
俺は目の前にはバージンロードがある。
俺は今からここを歩いて、桃子をあの男の元に連れていかねばならない。
死刑台の階段を上るほうが、こんなのより簡単だろう。
時間が来た。
今日、桃子が結婚します。

最後までお読みいただきありがとうございます。

桃子、俺と結婚しよう。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom