俺「ぼっちじゃねーし」(30)
地の分、名前あり。
投稿ペース遅め。低クオリティ。
それでもよろしければ、お読みください。
いつもいつも、電車で、二人分の席を探してしまう。
いつもいつも、君を目で追ってしまう。
もう隣に居るわけではないのに。傍に居てくれるわけではないのに。
笑いかけてくれるわけでも、メールをするわけでも、会話をするわけでも。
手を繋ぎ、抱きしめあい「好きだ」と伝え、キスをし、愛を確かめ合う。
たったそれだけの事が、何も特別ではない事が、今では夢のよう。
手が悴み、ひび割れ、暖かい物にありがたみを感じる、この季節。
幸せだった俺は、リア充だった俺は、愚かだった俺は。
俺は、一人になった。
コートのポケットに手を突っ込み、イヤホンを耳に差し込む。
電波ソングや、流行りの曲、懐かしの名曲。色々な曲がランダムで流れてくる。
趣味、音楽鑑賞。教室でもこの趣味は止められない。
話す友達も、居ないし。
「ぼっちじゃねーし」
思わず口に出ていた。隣に座っていた、知らない女の子が怪訝な目で俺を見てきた。無視してください、お願いします。
俺の声に反応したのか、反対側に居た女の子も昼食から俺に目線をずらした。
モテる男は辛い、等と冗談も浮かばない。
目が合う。すぐに離される。
その子は、滑らかにスムーズに、友達との談笑に戻っていった。
ついこの間まで俺の彼女だった。今では、クラスメイトだ。
嫌われている訳では、無いようで。本人からもそう言われた。「君が悪いんじゃないよ」と。
じゃあ何故別れたのだろう。
ふと、疑問が浮かぶ。それに合わせて、涙も浮かぶ。女々しすぎるだろう。こういう所が嫌いだったのだろう。付き合っている時に、本人に言われたことがある。
今思えば、すぐに自分が大人になって彼女に謝るべきだった、と思う。
覆水盆に返らず、と言う言葉がある。
いや別に注ぎ直せばよくね? と中学時代に思った。
今でも彼女の事が好きである。最近彼氏が出来たらしいが。早すぎじゃね。二週間位しか経ってないよ。
また付き合うために、必死に頑張ったんだけどなぁ。盆からまた水がこぼれそうになる。空気を読んだのか読めていないのか、音楽プレイヤーから切ない曲が流れ始める。
小さな声で、口ずさむ。
「……タイムマシンに乗って、君に会いに行くよ」
曲名を見ると、タイムマシン。
寄越せよ。
彼女がお気に入りだった、黒縁メガネを外し机に突っ伏す。ぼっちじゃねーし。
この時間が、割と好きだった。前からずっとやってるし。
音楽に耳を傾け、自分勝手に妄想する。
最近は、ずっと彼女と復縁する妄想だ。彼女が俺の家まで押しかけてきて、泣いて謝る。もう一度付き合ってくれ。私が悪かった、と。それを俺は、いいよ、と一言だけ言って抱きしめる。 かっこいい。
そこまで妄想して、現実に戻って、心臓を傷める。
ビニール袋で心臓を包まれて、口を縛られている感じ。塩釜焼にも似ているかもしれない。
総じて、酸欠だった。
ぐへへ。
あー。息したくねぇ。
学校が終わり、すぐさま教室から飛び出る。イヤホンを装着し、大音量で電波ソング。
電車に乗り込み席を探す。端っこの席に座り込み、脚を組んだ。
隣のおっさんが太った身体をもぞもぞと動かし、少しスペースを開ける。
当然ながら甘い匂いはしない。眠い、と言って膝に頭を乗せてくることもない。
「……うへ」
心臓が、酸欠になる。おかしいけれど、それが一番合っている表現に思えた。
手を繋いだり腕を組んで来たり腰に手を回したり一つのイヤホンで音楽を共有したりお互い携帯電話をいじったり下らない話をしたり喧嘩をしたり笑いあったり漫画を読んだりココアを飲んだりこっそりセクハラしたりされたりバイトでごめんねと謝ったりやきもちを焼いたり噛みついてきたりあばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば。
原付で家に帰り、心配そうに声をかけてくる母親をかわし、バイトの用意をする。
この黄色のワイシャツは半年経った今でも慣れない。黒いズボンも履きなれない。
初心者マークが恥ずかしい車に乗って、バイトに向かう。
仕事の割には時給が良く、他のバイトさんも凄く優しくて、素晴らしい仕事場である。
「……彼女になってくれたりしません?」
「彼氏いるからごめん」
同じシフトの山寺さんは、そう笑ってタイムカードを押した。
俺の相談に乗ってくれたり、代わりに愚痴を聞いてあげたり。
四歳程年上だとは思えなかった。正確な歳は、知らない。
「酸欠なんですよ最近」
「ほんと? 大丈夫?」
「ああいえ比喩です。何か、心臓が酸欠って言うか」
自分内での、自分だけの表現を口に出すのは恥ずかしい。
それが、あまり親しくない人に対してだと尚更だった。
「あー。苦しいんだ?」
「はい」
「より戻したいの?」
「はい」
「ふーん」
それだけ言って、山寺さんは髪を結び始めた。
少し、ドキっとする。
全然似ていないのに、何故か彼女と姿がダブって見えた。
抱き着いて、泣きたい衝動に駆られる。やっても、許してくれるかな。
それとも、突き飛ばされるかな。
「……あの」
「うん?」
「……何でも、ないです」
結局そのまま夕礼を行い、レジに入り、淡々と仕事をこなした。声が全く出なかった。
良くしてくれる、おばさんのパートさんに「大丈夫? 具合悪い?」
と心配されてしまった。
ここ最近いつもこんな感じだったので、心配してくれたんだろう。
それに何でもない、少し疲れているだけ、と返事してふらふらと事務室に戻った。
支度が早く終わってしまい、手持無沙汰だった俺と山寺さん。
断って、みんなより少し早く帰らせてもらう事にした。
駐車場までの短い帰り道、山寺さんが口を開いた。
「あのさ」
「ん?」
「無理だとは思うけど、もうちょっと頑張ろうよ。みんなに申し訳なくないじゃん」
その通りだった。正論過ぎて、俺は俯いたまま床を蹴った。
すぐいじけてしまう所も、すぐ泣きそうになるのも、年上相手に敬語を使えないのも。
回りまわって、全てが自分が子供だと、突きつけられている気がした。
「……すいません」
「私に言う事じゃないよ」
「はい」
「……付き合ってあげようか」
「すいません、心に決めた人が居るんで」
即答してしまった。失礼だったか、と山寺さんの背中を見つめた。
何も動じずに、裏口のドアを開けていた。
夜の冷たい空気が顔全体を包み込み、バリバリと皮膚を剥がしにかかっている様に思えた。
足音だけが響く、暗くて狭い裏道で、ぼそっと山寺さんが呟く。
「彼氏が出来たのに、まだ好きで」
酸欠が、酷くなる。
「諦めきれなくて、辛くて」
目の前にうっすらと靄がかかり始めて。
「……それで、良いの?」
喉元から、何かが存在をアピールしてくる。ここから出せと喉を内側から叩く。
すっかりお馴染みになった、吐き気ちゃんだった。
「……ぁ」
何とか吐き気ちゃんを胃の中に押し込めて、声を絞り出す。
つい一分前に話したはずなのに、声を出すのが酷く久しぶりに感じた。
山寺さんが、恐かった。
俺の、負のオーラを感じ取ったのか山寺さんが慌てて振り返る。
「ご、ごめん! 追い詰める様な事言うつもりじゃなかったんだけど」
「……うひ」
優しいなぁ。年上のはずの山寺さんが、凄く幼く見えた。
唐突に、事務室での髪結いを思い出す。
似てるんだ。
確かに見た目は微塵も似てないけれど、性格が、内面が似ているんだ。
「彼氏さん、大事にしてくださいね」
「え? あ、うん。大事にする……」
俺は、お疲れ様ですと言う言葉を残して、階段を走って登った。
車に乗り込んで、スピーカーに繋いであったプレイヤーから電波ソングを流す。
キーを回して思い切りアクセルを踏んで、帰り道とは逆方向に車を走らせた。
電波ソングが気に入らず、何度か曲を変える。
五回程変えて、助手席にプレイヤーを置いた。
スピーカーから「貴方の事をずっと忘れない。愛しているよ」と流れてきた。
空気読めないなぁ、とプレイヤーを後部座席に放り投げた。
書きためはここまでです。
テスト勉強しながらゆっくり書きます。
で、うちに来たと」
「泊めてくれ」
渡邉は、高校からの友達だった。実は幼稚園も一緒だったが、小中学校は違った。
波長が合うと言うか、ウマが合うと言うか。
卒業した後でもたまに会っては馬鹿騒ぎをしている。
「……それは山寺さんに謝れよ」
話を聞いた渡邉はそう言った。
渡邉とは、バイト先も一緒なのでこいつも山寺さんとは知り合いだ。
「……ですよねー」
「確かに、山寺さんも酷いかもしれない。けど、まともな事言ってるぞ」
「……です、よねー」
「お前も辛いかもしれないけど、金貰ってる限りはちゃんと仕事しねーと」
「……で、すっ、よねー」
吐き気ちゃんと再び出会う。最近よく会うね。靄ちゃんも。彼女になってくれないかな。
渡邉は凄く大人だった。俺の知る限りではまだ童貞で、彼女すら出来た事のない。
そんな友人が、大きく見える。
「さて、どこ行く? ゲーセン? エロい店?」
「……お酒飲みたい気分」
「よっし、じゃあ買い出しだな」
当然、俺らは未成年だ。お酒を嗜める歳じゃない。
それでも、アルコールの力を借りなきゃ、駄目だと思った。
元旦に彼女、いや元カノと引いたおみくじに
「酒や女に溺れるな」と書いてあったのを思い出して、渡邉に言う。
「あー……大丈夫だろ。溺れる女もいねぇし。キモオタ万歳だな」
と笑った。それもそうだと、俺も笑って、渡邉の運転する車に乗り込んだ。
「家に帰るとさ」
「おー」
「彼女の持ち物とか、思い出とかが、すげぇの」
「……おー」
「正直、辛い」
スルメを噛みながら、渡邉が励ましてくる。
こいつはいつでも優しい。俺が女だったら、ほっとかないだろう。
あの後、お酒やらおつまみやらを買って、渡邉の家に戻った。
俺は既に五缶開けており、良い感じにフラフラだった。
「だってさー彼氏がいるって事はさー」
「うん」
「セックスだのキスだの、俺じゃない奴とするわけだろー?」
「……だろうなぁ」
「想像したら、ヤバい」
寝取り属性がない上に、純愛主義な俺だった。エロ本もそういう物ばかり。
「より戻したとしてぇー他の男を受け止めた身体をー愛せるかなー」
「……童貞で、悪いな」
「お前にゃ良い人が出来るよー」
そう言って、六本目を開けた。
記憶は、そこまでだった。
ベクトル違うよね……地文の方も好きだからいいけど
読んで下さってる方、いらっしゃるのかな?
もし居たら申し訳ないのですが、勉強しなければならないので
続きは明日になりそうです。申し訳ございません。
よんでますよがんばれ
し
え
ん
>>14
読んでるし期待してるけどそういう臭いレスはやめてくれ
>>13
たまにはこういうのもありかな、と思いまして……
>>15
ありがとうございます! 頑張りたいと思います!
>>16
申し訳ございません。次から気を付けます……
次の日。土曜日だったのでそのままバイトまで渡邉の家でゲームをすることにした。
ハンバーガーを胃に押し込めながら、雑談をする。
最近胃が弱ってきたのか小さくなったのか、一日一食で十分になってしまった。
これで、今日の食事は終わりだろう。
「そういえばさ」
「うん?」
渡邉が話を変えて、俺の方へと向きあう。
人懐っこそうで優しさが体から滲み出ている。それが渡邉だった。
「今日。山寺さんにちゃんと謝れよ?」
「あー……うん。謝るよ」
「あの人、こういうの気にしなさそうだけど、ぎくしゃくしたら僕が困るし」
渡邉は、自分の事を僕と呼ぶ。言葉遣いは同年代の男子同様だけれど。
そのせいで時折、こいつのキャラがわからなくなる。
「山寺さん、可愛いよなー。胸もでかいし」
「でも渡邉、お前年下好きだろ?」
「まあね。そういうお前はまだ年上好きなん?」
中学三年の頃から、俺の好みは変わっていない。
年上のお姉さん。
あの包み込んでくれそうなオーラと、豊かな胸。あとは髪の毛が長ければ最高だ。
「キモオタってか、童貞丸出しの好みだよなぁ。童貞じゃないのに」
と笑われる。自覚はしていた。
「けどさぁ……あ、またちょっと暗い話するな?」
「わかってんなら止めろって言いたいが我慢する。ばっちこい」
「好みとか理想とか、そういうのに掠りもしてないのに、彼女が好きなんだよねぇ俺」
いつも不思議がられていた。
アニメや漫画、ゲームのキャラで好きになるキャラ。
それに、彼女はあまりにもかけ離れていたから。
自分でも不思議だった。
何故好きなのか。何故こんなにも固執するのか。
「よくわかんねぇんだよなー」
「ま、恋愛なんてそんなものだろ? ままならないって言うかさ」
その言葉に大いに頷く。ままならないし、上手く行かない。
それがゲームとリアルの境目なんだと思う。
ゲームでも、上手く行かない事があるだろうけれど。
リアルはセーブもロードも出来ない。終了も、自由ではない所が。
あればいいのにって、何度願っても、無理ゲーなんだよね。
その後、バイトぎりぎりの時間まで渡邉と過ごした。
何も考えず、何も思わず。
気楽に過ごせるのは今はありがたかった。
少し、後ろめたい気持ちもあったけれど。
「……でも、結局週明けにはまた辛くなるってか」
同じ教室に居るのが辛い。
楽しそうに話しているのが辛い。
笑っているのが、辛い。
「悲劇のヒロイン、それか被害者って所か」
どっちも似合わないなぁ、と一人で笑った。
悪いのは俺だ。繋ぎとめておけなかった、俺が悪い。
散々悪い所を直せと言われていた。女々しい所とか、考え方が固いとか。
好かれているのを良い事に、告白されたのを良い事に。
甘えていたのだ。
甘い生活に甘い匂いに甘い蜜に。
どろどろに、溺れていた。
「……ぐうううう」
弱いなぁ、とまた一人で笑った。
「ごめんなさい」
「……別にいいよ。私もごめんね」
バイト先の事務所で、山寺さんに謝った。
向こうも何故か悪いと思っていたらしく、お互いに謝ってしまった。
何となく笑い合って、俺は渡邉が出勤してくるのを待った。
携帯で、誘われて登録したsnsを見る。
渡邉や俺の数少ない他の友人も登録していて、割と頻繁に覗いている。
「つぶやき」と呼ばれる一言メッセージを流し読みしていく。
渡邉が昨日の酒盛りをつぶやいていて、何故か和んだ。
一番下に、あるつぶやきを見つける。
何でもない、ただのデート報告。俺もつぶやいた事がある。
「……ぐへへ」
発言者は彼女。今からデートなう、だそうだ。
酸欠。
俺とは、違う人とのデート。
俺と言った場所に行くのだろうか。それとも、他の場所に。
俺のほかには誰も上げてほしくなかった、あの子の部屋でまったり?
それとも彼氏の部屋?
「……セックスって気持ちいいですよね」
完全にセクハラだった。無意識だった。
「私、あんまり好きじゃないんだよね、そういうの」
「え? なんで?」
「気持ちいいし、喜んでくれるのは良いんだけどねー。
でも、自分がどんどん、汚れていく気がするんだ」
やっぱり似ている、と俺は笑った。
汚れていてごめんね、初めてじゃなくてごめんね、と言われたことがある。
そんな事は全然気にしなかったし、何より好きだった。
昨日の、渡邉との会話を思い出す。
受け止められるかな、って。
「上から目線だよなぁ……」
そういう所も、駄目だったんだろう。
考えれば考える程、自分の悪い所が浮かんでくる。
山寺さんや渡辺、他の友達に良い所を教えてもらっても、納得できず。
自分の事が嫌いになっていくだけだった。
「思い詰めてんなぁ」
「あ、なべくんおはよう」
「おはようございます、山寺さん」
いつの間にか、渡邉が出勤していた。
夕礼まであと十五分。
それまで、膝を抱えて、蹲って。
イヤホンで閉じ込めておこうと、思った。
「……ねえ」
「何も言わないでおきましょう。あいつの判断です」
「優しいのか厳しいのか。わからないね、君も」
「あいつの友達として、これが一番いいと思っただけです」
イヤホンをすり抜けて、山寺さんと渡邉の声が聞こえてくる。
大音量なのに。うるさいロックなのに、なぁ。
何でこいつに彼女が出来ないのに、俺に彼女が出来たんだろう。
こいつの方が、俺の友達の方が、全然良い奴なのに。
「……渡邉ぇ」
「おう? 何だ?」
「……幸せになろうぜ」
「ん? 当たり前じゃん、そうじゃないと生きてる意味ないぜ」
青春だねえ、と山寺さんがからかう様に言う。
三人で笑いあう。ちゃんと笑えたのは、久しぶりに思えた。
「今日はどうする?」
バイトが終わった後、渡邉が訊いてくる。
今日は土曜日なので、無理すればまた泊まる事も出来る。
部屋に帰るのも辛いし、一人でいるのも辛い。
逃げだとは思うけれど、今日も出来れば泊まっていきたい。
「……今日はお酒なしな」
「お、じゃあゲーセンでも行くか?」
「あ、ねえねえ。私も行きたいな」
驚いて振り返る。山寺さんが荷物を持って、俺らの後ろに立っていた。
渡邉と顔を見合わせて「ちょっと待ってください」と言う。
「え、どうすんの? これフラグなの?」
「俺らにフラグ何てあるわけないだろ。ただ遊びたいだけじゃね?」
「つか山寺さんどこに住んでんの? 泊まっていくの? 薬局行く?」
童貞丸出しだった。
まあ、俺も少し思ったけど。
何故か元カノの顔がよぎって何も言えなかった。
「……うぇ?」
今、普通に「元カノ」って言ったな、俺。
割り切れた、のか?
「で、どうする? 僕の車で行く?」
「……とりあえず、山寺さんと話しよう」
自分の変化にも環境の変化にも。
着いていける気が、しなかった。
「へー。このゲーセンにいつも来てるの?」
「ええ、まあ。取れそうな奴取って帰るだけですけど」
渡邉は基本、コミュ力が高い。
どんな人でも大体仲良くなって、あまり親しくなり過ぎずに離れる。
渡邉は広く、浅く。
俺は狭く、深く。
だからしつこいんだろう。離れ、られないんだろう。
「あ。ねぇねぇ、これ取ってよ」
山寺さんがぬいぐるみを指さしてくる。
元カノも大好きなクマで、俺も好きなクマだった。
誕生日に大きな奴を買ってあげた事を思い出す。
何故か山寺さんと元カノがダブる。
触れたい。
抱きしめたい。
「……お金は?」
「一発で取れたらあげよう」
「……了解」
酸欠にはならず、ただただ苦しかった。
楽しいのに、なぁ。
「辛い、っす」
「だろうね。まだ一カ月も経ってないもんね」
「……うす」
「付き合って、あげようか?」
筐体の中のクマを見つめながら、バイト中の表情そのままで告白された。
渡邉は遠くのフィギュアを眺めている。
そういえば、とふと思い出す。
山寺さんはバイト中、ずっと緊張しているんだとか。
だから強張った顔になっている、とか。
「……彼氏はどうするんですか?」
つまり、今。
緊張してる、のかな?
「もう別れてる様な物だし。君の方が大人だし」
山寺さんの彼氏は俺や渡辺と同い年だと、聞いた事がある。
それなのに、また同い年のガキと付き合って楽しいんだろうか。
この人も良く、わからない人だ。
「……保留で、お願いします」
「はいはい。とりあえず今日は私も泊まるから。お酒買ってこ?」
「渡邉、呼んできます」
頬が熱い。
何とも思って無かった人の、同情入りまくりの告白で。
こんなにも意識してしまうなんて。
俺も簡単な奴だな、と思った。
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