塩見周子「小日向美穂の嫁入り狂想曲」 (43)
※ このssにはオリジナル設定やキャラ崩壊が含まれます。
※ 長いよ。
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「わたし、お嫁に行きます」
その一言で、わたしの周りの空気が変わりました。それはそうですよね。だって、結婚ですよ結婚。その辺でお散歩してきますと言うのとは、ワケが違います。
「これはこれは……良い返事が聞けて、旦那様もさぞ喜びましょう。では式の日取りが決まり次第、こちらから使いをやりますので」
正面に座っていた男の人がそう言って、ほっとしたようにため息をつきます。けれど、嬉しそうな男の人とは対照的に、部屋の空気は重く沈んで。
隣に座るお父さんの顔も、酷く辛そうです。でも、これも仕方がありません。
「美穂……お前はそれで良いのか?」
「心配しないで下さいお父様。これも家のため……覚悟は出来てます」
そういって微笑みかけるのが、今のわたしの精一杯。あぁでも、わたしにだって不安が無いわけじゃありません。だって、肝心の私の結婚相手は――。
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「……狐、ですか?」
事務所の応接室。ソファーに座ったわたしが、間の抜けた声で聞き返します。
「そう! 今度の映画の題材は、ズバリ! 『狐の嫁入り』だ!」
そう言って対面のソファーに座った監督さんが、手に持った書類をポンとはたきました。
わたしの隣に座るプロデューサーさんも監督の言葉に頷きます。
「小日向さんにはこの映画の主演の一人……花嫁役を演じて頂けないかと言う話なんです」
「わ、わたしが主演で……お、お嫁さんの役……!?」
余りに突然の出来事で理解の追いついていないわたしに、監督が説明を始めます。
「筋書きとしてはね、昔々、ある大地主の家に狐の使いだと言う男がやって来る」
「何の用かとたずねれば、この家の一人娘を狐の旦那の嫁に貰いたいと答えるじゃないか!」
「当然地主は断ろうとするが、娘を差し出せば見返りにこの家の繁栄を確約するとその使いが言うんだ」
「娘をとるか家をとるか……悩む父親に、話を聞いていた娘が気丈に答えるんだよね『私、お嫁に行きます』って」
そこで言葉を切ると、監督さんがニヤリと笑います。
「でも、そう簡単に話は進まない。実は、娘には愛し合っている村の若者がいたんだな。
娘の嫁入り話を聞いた若者が、どうにか娘を連れ出そうとあれやこれやと繰り広げるんだが――」
「どうだい? この話の娘役を、是非ともキミに引き受けて欲しいんだ!」
話し終わった監督さんが、わたしの返事を聞くために身を乗り出します。隣に座るプロデューサーも、期待の表情。でも……。
「す、少し……考えさせてくださいぃ……」
消え入るような声でそう返す。あぁ、なんて意気地の無いわたし――。
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「で、結局断っちゃったのーん?」
「まだですけど……でも、このままだとそうなっちゃいそうです」
監督さんが帰った後。事務所の休憩室にいたいつものメンバーに、わたしは先ほどのやりとりの内容を聞いてもらっていました。
「でもその監督ってさー。映画界でもかなり有名な人だよねー? ヒット作とかばんばん出してて!」
「お、フレちゃんあの監督さん知ってるの?」
「いんや。テレビである事無い事言ってた気がするだけ、まいったかー!」
話を聞いていた周子さんとフレデリカさんが、机の上に置いてあるお煎餅をつまみながら好き勝手に話を続けていきます。
「美穂殿の花嫁姿……一度、見てみたいものですー」
「そ、そうかなぁ? 絶対変だよ……」
「そんな事は無いのでしてー。それに、話によると婿殿は狐だとかー」
「確かに、美穂殿の無垢なる魅力はー。かような物の怪が好む物と見事に合致しますゆえー」
「その監督とやらが美穂殿を花嫁役にという気持ちもー。わたくしには理解できまするー」
わたしの隣に座る芳乃ちゃんが、そう言って持っていたお茶をすすります。
塩見周子、宮本フレデリカ、依田芳乃――三人ともわたしの所属するアイドル事務所のメンバーで、性格も年齢もばらばらなのに、なぜかここに入った時から意気投合。今ではすっかり一緒にいるのが当たり前になっている、仲良し四人組。
周りから見ると、なぜこの四人が上手く行っているのか分からないと時々言われますが……。
「あー、その気持ちなんとなく分かるかも。美穂ちゃんてさぁ、なんかこう、美味しそうだもんね」
「つまりミホちゃんは、食用の、食べられるミホちゃんだった!?」
「えぇっ!? 今の流れでどうしてそうなるんですかっ!?」
「美穂殿はー、二人に食べられてしまうのでしてー?」
「でもシューコはそんな残酷な事出来ないので、代わりにこのお煎餅をパクつきます」
「これ美味しいよね~。さっきからアタシのつまみ食いの手がダンサンブル♪ このつまみ食いは世界レベルだね」
そんな調子でお喋りをしていると、休憩室の扉を開けて、プロデューサーさんがやって来ました。
「周子さん、宮本さん。車の準備が出来たので、降りてきて下さい。そろそろ時間です」
「あ~! まったプロデューサーが『宮本さん』呼び!」
「うっ……」
「なんでなんでー? シューコちゃんの事は『周子』呼びなのにさ」
「周子さんとは、その、以前から顔見知りでしたから」
「ふっふっふ。悪いねフレちゃん。こう見えてあたしとPさんは長い付き合いでね~」
「幼馴染っていうの? ともかくそんな感じなんだなー」
そう言ってプロデューサーさんの腕を、周子さんが取ります。その行動に、困った様子で顔をしかめるプロデューサーさん。
「二人ともその辺で止めてあげましょうよ。ほら、プロデューサーさんも困ってますよ」
私が止めると、周子さんがいたずらっぽくウィンクをして部屋の外へ。その後に、フレデリカさんも続きます。
「すみません小日向さん……助かりました」
そう言って、大きな体を小さくするようにお辞儀するプロデューサーさん。
「べ、別にお礼を言われるような事は……!」
慌てて返すわたしに、失礼しますと丁寧に断りを入れてから部屋を出て行く彼を見送りながら、芳乃ちゃんが呟きます。
「それにしてもー、いつ見ても大きな御仁でしてー」
「そうですね……初めて会った時は、わたしもびっくりしちゃいました」
私達の担当をするプロデューサーさんは、実はまだこの事務所にやって来たばかりの新人さん。年も、二十台の半ばくらいでしょうか?
ちょうど三ヶ月前。京都でのロケを終えてこちらに戻った後、しばらくしてから前任のプロデューサーさんと入れ替わる形で担当になった人なんです。
「今日からこちらでお世話になる、Pと申します。至らぬ点も多々あるとは思いますが、なにとぞよろしくお願いします」
自己紹介の挨拶の時、余りの威圧感にその場にいた年少組の子が泣き出してしまった光景を、三ヶ月経った今でもまざまざと思い出す事ができちゃいます。
かくいうわたしも、その気迫に圧倒されて震えていた一人ではありましたが……。
でも、そんな第一印象とは裏腹に、新しいプロデューサーさんは優しい人でした。熊さんのような大柄な体に鋭い目つきで誤解されがちでしたが、その実直で素直な性格は程なくして皆の知るとこととなり、今では子供達からも遊び相手になってくれるからと大人気。
とはいえ、少しは慣れてきた今でも、急に後ろに立たれたりしたらびっくりしてしまうのも事実なんですけど。
書き溜め分が終わったので、ここで一旦区切ります。
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