真姫「少し遅れたバレンタイン・デイ」 (20)
意気地なしと、頭のなかの私は私を罵った。
2月14日午後10時。普段勉強道具が広げられている机には、16の包みが広がっている。
半分の8個はリボンの色が違うだけの同じもの。もう8個は、それぞれ個性的な包みに入ったもの。
最初の8個は、わたしが作ったものだった。
バレンタインに、友情の証としてチョコレートを贈る。柄じゃないってわかってるけれど、どうしても贈りたかった。
ネットで調べて、ママに相談して。そうして出来上がったチョコレートを今日の練習に持っていった。
だけど、渡せなかった。
みんなが手作りのチョコレートを持ってきていた。それも、とっても上手な。
生チョコレート、パウンドケーキにクッキー。あの凛や穂乃果でさえ、ちゃんとしたものを作っていたのだ。
それに比べて自分はどうだ。不慣れなのを言い訳に、市販のチョコを溶かして、固めただけ。
ママは初めてなんだからそれでいいといったけれど、駄目だ。それでは駄目なのだ。
だって私には時間があった。練習するだけの時間が、確かに存在していたのだ。
自身の作ったものが酷く無様に見えた。作るのを忘れていたなんて薄っぺらな嘘をついて、みんなに仕方ないと慰められて。
なんて、惨めなんだろうか。
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2月15日。
どんなに暗澹たる気分であっても、いつもどおりに太陽は昇る。
未だ冬の最中といえど春の気配を感じられるほどには暖かい。
カバンのなかには、先日作ったチョコが入っている。もしかしたら渡せるんじゃないか、なんて。
「都合がよすぎかしら……」
渡せば、きっと喜んでくれるのだろうと思う。私が作ったというのが大事なのだと皆はいうだろう。
それを許容することが、私にはできない。
こんなちんけなプライドを、捨てることができたらどんなに楽だったか。
「まーきちゃん」
「っ!?」
不意に襲い来る衝撃に手に提げていた鞄を取り落とす。
心拍数が上がるのを感じながら、背中に飛びついてきた人物を確認する。
「ほ、穂乃果!?」
「うん、穂乃果だよっ。おはよう、真姫ちゃん」
にへらと緩む棘のない顔。
いつでも楽しそうな先輩。過剰なスキンシップは、控えて欲しいのだけど。
「どうして穂乃果がこっちにいるのよ」
引っ付いた穂乃果を引き剥がし、気になったことを尋ねる。
穂乃果の通学路と私の通学路が合流するのはもう少し先だ。穂乃果は態々、こちらのほうまでやってきたことになる。
「んー……。昨日、真姫ちゃんの様子が変だったから、気になっちゃって」
「そんなことないわ」
「なら、いいんだけどね。……と、カバン」
穂乃果が地面に転がった私のカバンに手を伸ばす。
「……ってダメっ!」
穂乃果よりも先にカバンと、落ちた衝撃でカバンから飛び出たチョコの包みを回収する。
見られた、だろう。あまりにも行動が遅かった。
「真姫ちゃん、それ」
「なんでもないわ!」
「……真姫ちゃん」
「なんでもないの!」
何度もなんでもないと繰り返す。そうでもしていないと惨めさでどうにかなってしまいそうだった。
「真姫ちゃん」
「……なによ」
「話だけでも、聞かせてくれないかな。真姫ちゃんの力になれるのならなりたいし、話すだけでもすっきりすると思うから」
「……私は」
ぽつぽつと少しずつ事情を話す。
チョコを作ったこと。渡せなかったこと。でも、やっぱりチョコを渡したいこと。
「んー、チョコがそんなに上手くできてないから、渡しづらいってこと?」
「そう、ね。そういうことになるかした」
「じゃあ、練習しようよ! どうせバレンタインは過ぎてるんだから、2、3日遅れたって大丈夫!」
「……できるかしら。私に」
「大丈夫大丈夫! なんなら少しだけ教えようか?」
「そう、ね。お願いするわ」
思い立ったが吉日ということでその日の練習は休んだ。もちろん、理由は伏せて。穂乃果も同じように休んだ。
一度家に戻り、スーパーでチョコの材料を買ってから穂むらへ向かう。バレンタインが終わり、投売りされていたお陰で非常に安く買うことができた。
「いらっしゃい」
「お邪魔するわ」
挨拶もそこそこに早速チョコ作りに入る。
「生チョコつくろっか。割かし簡単だし」
「そうなの?」
「うん。テンパリングさえなんとかできれば」
テンパリング……。チョコを固める際、全体の温度を均一にしてキレイに固まるようにするための工程だったか。
なかなかに難しいという話だが……。
「私にできるかしら」
「練習あるのみ、だよ。一回やって見せるから」
そういって穂乃果は作業を開始する。
手早くチョコを細かく切り刻み、生クリームを火にかける。沸騰しない程度に暖まったものをチョコと一緒にボウルへ入れる。
「室温が低かったら湯煎もしたほうがいいかな。今日はあったかいからいらないけど」
ヘラでかき混ぜると熱で溶けたチョコが生クリームと混じり合っていく。ある程度したらテンパリングへ移行する。
「テンパリングはー、慣れないうちは温度計使ったほうがいいかな。私は勘でやっちゃうけど」
ところどころ為にならないアドバイスを受けつつ、工程を記憶していく。
それほど作業が多いというわけではない。穂乃果のいうとおりに簡単なのだろう。
……わたしは、そんな簡単なことすらできていなかったわけだが。
「後は容器に移して、ある程度固まったらココアパウダーをかけるだけ。じゃ、真姫ちゃんもやってみよっか」
「……やってみるわ」
パチンと両頬を叩き、気合を入れる。まだまだ、始まったばかりだ。
「正直、意外だったわ」
チョコ作りの練習は日が暮れるまで続いた。
十分な練習ができたとはいいがたい。が、明日明後日中に渡さなければならないというわけではない。さすがに、何度も部活を休むことはできないけれど。
「なにがー?」
「穂乃果が、チョコ作れるの」
夜道は危ないということで、帰り道には穂乃果がついてきた。穂乃果が帰るときはどうするつもりなのだろう。
ゆっくりと歩きながらそんなことを言う。
「曲がりなりにも菓子屋の娘だからねぇ。簡単なことならできるよ」
「それもそうね」
私だってそれなりの医療知識は持っている。家業の影響というのは大きいものだ。
もっとも、私のそれは現時点ではあまり役に立たないものだけれど。
「今日は、ありがとう」
「どういたしまして。……真姫ちゃん、ファイトだよっ」
「うん、頑張る」
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