遠征番長・天龍 (187)
弱弱しい姿の子どもたち
どう見ても戦闘するためではない装備の数々
品定めするように、或いは怯えるようにこちらを見てくる駆逐艦たち
天龍はその駆逐艦たちを軽蔑の視線で見た
天龍「っち……なんで俺がこんなことを……」
自分の冷ややかな態度に、駆逐艦たちが一歩下がる
だが大きな目を丸くしてこちらを覗きこんでくるあたり、様子を見られているらしい
自分がなぜこんな状況になっているのかというと、単純に命令だからでしかない
こんなガキどもと過ごさなければならないと考えると反吐が出る
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そう考えていると気の強そうな奴がこっちに歩いてきた
「誰よアンタ」
天龍「ああ?」
いきなり”アンタ”呼ばわりされたことが癇に障り、その駆逐艦を睨んだ
「っ……!」
髪を結わえているヘアゴムに付いている鈴がチリンと鳴る
人睨みされただけで萎縮したが、その眼は逃げずにまっすぐこちらに向いている
度胸はあるなと考えながら聞く
天龍「人に名前を聞くときは、まずはそっちから言うべきなんじゃねえか?」
「……そ、そうね」
そいつが深呼吸をする
そして睨みつけるように言った
曙「特型駆逐艦・曙よ。覚えておきなさい」
天龍「ああそうかい」
軽く聞き流す
尋ねただけで、コイツのことなんざ至極どうでもいい
覚える価値もない
曙「ちょっと、何よその態度!」
天龍「んだよ、ったく……」
肩透かしを食らったという風に怒りだす曙
しかしすぐ徒労と気づいたのか、別の話題を出してきた
曙「あーもう!ほら、名乗ったんだからそっちもやりなさいよ!」
天龍「……はっ、だったらそこにいるもう二人の名前も教えな。それからだ」
「ふえ?私?」
舌足らずな声で返事が返ってくる
赤みがかった髪と小さな体が前に出た
睦月「睦月です。はりきってまいりましょー!」
天龍「ふーん。そっちは?」
先程と同じく聞き流しながら、最後の一人にも促す
五月雨「わ、私はさみられ……五月雨と言います!」
天龍「噛んだな今……」
床まで届くような青い長髪を揺らしながら言われた
要領の悪そうなやつ、と思った
そして全員の紹介が終わり、曙が言う
曙「ほら、全員名乗ったわ。今度はアンタの番よ」
天龍「…………」
とてつもなく面倒くさい
が、自分が提示した条件のため守らないのもアレだ
天龍「俺の名は天龍。まぁ、どうせすぐにお互い忘れるだろうがな」
嫌々とした態度を隠しもせずに自分の名前を名乗るのだった
こうして始まった
今後鎮守府に名前を刻まれる一隻の軽巡洋艦と、それを支えた三隻の駆逐艦の物語が
自己紹介が済んだところで、次は自分が何をすればいいのかを聞くことにした
実際には答えなど知っているのだが、再確認のためだ
しばらくはここでやっていかなければならないという自覚を持つためでもある
天龍「で?お前たちは何をする部隊なんだ?」
曙「はぁ?知らないの?バッカじゃないの」
天龍「んだとクソガキ!」
五月雨「け、喧嘩は駄目ですよぉ!」
睦月「ふえ?」
やたらと気の強い奴
オドオドしているやつ
すっとぼけている奴
一緒にいるだけで頭が痛い
天龍「クソ、時間の無駄だ。いいからさっさと言いやがれ」
曙「…………」
五月雨「曙さん……」
曙「はぁ、分かったわよ……」
何か言い足りない様子の曙だったが、五月雨に諭されてぐっとこらえた
曙「私達は所謂『遠征部隊』よ。戦闘は極力避けて物資を手に入れては持ち帰るのが仕事なの」
五月雨「今は鎮守府近海の偵察及び資源の回収が主流です。この遠征は効率がいいので最優先なんです」
睦月「いっぱい持ち帰って提督に褒めてもらうんだ!」
天龍「知ってるさ。確認のためだ」
曙「人に聞いといてまたその態度……本当に腹立つわね」
苛立ちすぎて呆れに変わったのか、逆に口調は穏やかになっていた
棘は隠しきれていないが
天龍「で、その遠征はいつ行くんだ?」
五月雨「もうすぐ出発です。装備は出来るだけ少なく、素早く動けるようにして下さい」
睦月「重いの辛いもんねぇ」
天龍「ふぅん……なら行くとすっか」
曙「旗艦はアンタよ。一応軽巡洋艦なんだから全体の指揮をしてもらいたいし」
天龍「まぁ当然だな」
軽巡洋艦と駆逐艦が同じ部隊にいるならば軽巡洋艦に旗艦を任せるのは基本だ
適任かどうかはまた別の話ではあるが
五月雨「元第一艦隊で戦闘が得意なんですよね?だからそのあたりもお任せしたいなと……」
天龍「……ああ」
睦月「第一艦隊の人なの?なんでこんな遠征部隊に来ちゃったんですか?」
曙「ちょっと睦月!そういうことは聞かない方が……」
所属部隊の違いは大きい
裏方が基本の遠征部隊は、戦闘が主の第一艦隊と面識がかなり薄い
噂話くらいなら聞くかもしれないが個人を把握するのは難しいだろう
150以上の艦が犇めく巨大な鎮守府であるため無理もない
天龍「ふん。じゃあ逆にお前らはどうして遠征部隊にいるんだ?見たところ姉妹で固まってるわけでもないみたいだしな」
答え辛い話題に質問で返す
こちらから身の上話をする気はない
曙「別に。私たちはローテーションで一定期間この部隊に所属してるだけだし」
睦月「3か月に一回くらいでお休みを貰ったり、他の部隊の仕事についたりするのです」
天龍「それじゃお前らは寄せ集めみたいなものなのか?遠征は主に駆逐艦の仕事ってのはさすがに知ってるし」
五月雨「まぁ、メンバーに法則性はありませんね。そこで会った人たちと暫く一緒にやって、交代の時期が来たらまた新しい人と……っていう感じなんです」
睦月「でも、睦月の妹は弾薬の燃費がいいみたいだから奥の方の海域の編成に行くことが多いみたい」
天龍「じゃあなんでここにいるんだ」
睦月「わかんないです!」
天龍「はぁ?」
満面の笑みで言われてしまう
効率を考えるならば、近海のあまり燃費の良さが生かされない遠征に睦月型を投入する意味は薄いはずだ
睦月「でも提督の言うことだから多分このままでいいと思うのです!」
天龍「ずいぶん信頼してるんだな、提督のこと」
曙「あんなクソ提督でも私達の頭だからね」
五月雨「良い評判ならともかく悪い評判は聞きませんし……実際優しい方ですし」
天龍「俺をこんなところにぶち込んだ奴がねぇ……」
確かに指揮官としては優秀なのだろう
そうでなければこの巨大な鎮守府をほぼ一人で統括出来ているわけがない
天龍「まぁいい。行こうぜ」
五月雨「はい!」
思考を切り、取り敢えず目の前の仕事にあやかることにした
考えていても仕方がない
睦月「睦月の艦隊、いざ参りますよー!」
曙「睦月の艦隊って……」
五月雨「あはは……あっ!まだ装備つけてない!待ってください~!」
天龍「…………」
駆逐艦がどうこう言うより、こいつら自身が不安だ
そう考えながらも海へ出ていくのだった
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提督「天龍、お前はまた一人で勝手に戦っていたらしいな」
椅子に座った提督が書類を整理しながら言う
司令室のシンプルさと相まってこちらが竦む様な威厳がある
天龍「何か悪いのかよ。一体でも多く沈めた方がいいだろ?」
しかし、そんな程度では怯まない
自分は正しいことをしたと言いのけた
提督「お前が指示に従っていればもっと多くを倒せたはずなんだが?」
天龍「チンタラやってっからだよ。俺一人で十分だ」
提督「それで大破していては何の意味もないとは思わんのか?」
天龍「俺は死ぬまで戦い続けるだけだ。傷はむしろ勲章みたいなもんさ」
提督「…………」
質問に対して飄々と答える
進まない話題に、提督は顔を天龍の方に上げた
こちらを品定めするような目だ
天龍「言いたいことはそれだけか?なら俺は戻るぜ」
提督「……天龍」
天龍「あ?」
視線も言葉も受け流して戻ろうとする
しかし名前を呼ばれ、立ち止まる
提督はまっすぐとこちらを見ながら口を開いた
提督「お前に、護る者はあるか?」
天龍「護る者?なんだそりゃ」
提督「お前は足りていない。自分のことも、相手のことも」
天龍「意味わかんねぇこと言ってんなよ!」ガッ
提督「…………」
曖昧な風にしか言わないのに苛立ち、提督の胸倉をつかんだ
しかし提督は一切動じず変わらない眼差しを向けてくる
天龍「どうした、怖くて声も出ねぇか?」
提督「…………」
天龍「……ちっ」バッ
変わらない状況に根負けし、提督を離した
掴んだ部分が皺になっていたが、提督は直さずにそのまま続けた
そしてその口から衝撃の言葉が発せられた
提督「天龍、お前は明日から第二艦隊……遠征部隊へと転属してもらう」
天龍「はぁ!?」
提督「決定事項だ。大人しく従え」
静かな声で命令される
遠征部隊は戦闘は出来るだけ避ける軟弱な部隊だ
そんなところに行くだなんて納得できるわけがなかった
天龍「ふざけんな!俺を第一線から下げるだと!?」
提督「その通りだ。お前を第一艦隊から外す」
天龍「俺は戦ってなくちゃ意味ねえんだよ!」
提督「今のお前は危険すぎる。味方艦隊だけではなく、お前自身も」
天龍「そんなこと知るか!俺についてこれないのが悪いんだよ!」
提督「ついてこれていないのはお前の方だ!!」
天龍「……!!」
嫌だ嫌だと捲し立てるが提督の一喝で言葉を失った
何かを言おうとして、声が出ない
10秒程度か、お互いに黙った状態が続く
目線だけがぶつかる緊張状態
それを破ったのは提督の方だった
提督は目を伏せながら言った
提督「……何もずっと遠征部隊にいさせるわけじゃない。お前が答えを見つけ、成長したら再び復帰させてやる」
天龍「……なんなんだよ、答えって」
提督「お前が行く先にある。それを見つけ、必ず戻って来い」
天龍「……分かったよ」
取り敢えずその”答え”とやらを見つければ帰ってこれる
そう考え、自分を納得させた
提督「よし、ではこれを渡しておく」
天龍「なんだこれ」
何かを差し出される
妙な布に包まれており、中は見えない
ポケットに入る程度のサイズのそれを受け取りながら聞いた
提督「お守りみたいなものだ。お前が自分と向き合うことが出来た時に力を発揮するだろう」
天龍「ふぅん……」
提督「要件は以上だ。明日からの仕事も期待しているぞ」
天龍「ッチ……忘れんなよ。俺は絶対に強くなってここに戻る」
提督「ああ、期待している」
必ず戻ると宣誓し、退室する
提督は出る直前までこちらを見ていた
期待されているのは嘘ではないようだが、複雑な気持ちだった
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五月雨「…………さん、天龍さん!」
天龍「……あ、な、なんだよ」
資源の採取場所に着いて1時間程度か
周辺の警戒をしていたが、どうやらぼうっとしていたらしい
五月雨「もうすぐ物資の採取が終わりますから点呼と周辺警戒をお願いします」
曙「何よ、しっかりしてよね」
天龍「うっせーな。駆逐艦の分際でよ」
曙「私達はアンタに命を預けてんの。アンタが少しでも気を緩めて敵を見逃したら全滅なのよ」
睦月「旗艦だもんね。睦月もそこだけはちゃんとしてほしいな」
嫌味を吐いたが、曙たちは冷静に返してきた
睦月でさえふわふわした笑みを消して真面目な顔つきになっている
命を預けるという言葉が耳に残った
天龍「ハッ、自分のことは自分で守れっての」
曙「この大量に背負った物資を見ても同じこと言えるの?」
天龍「それは俺だって同じだ。情けないこと言ってんなよ」
五月雨「皆さん頑張りましょ、ってわひゃぁ!」
睦月「ああ、五月雨ちゃんが転んじゃった!」
曙「ちょっと、何やってんのよ……」
五月雨「ま、待ってください~!」
見ていられない
そんなに無理して持とうとするから焦るのだ
何もないところで転ぶのは流石に謎だが
天龍「はぁ……」
仕方がない
溜息をつきながら五月雨に手を伸ばした
天龍「ったくよぉ、オラ、持ってやるから少し分けな」
五月雨「えっ……でも天龍さんもいっぱい持って……」
天龍「これくらい荷物の内にも入んねぇよ。いいから早くしろよ」
五月雨「じゃ、じゃあ……」
おずおずと差し出してきた
なんやかんや渡すということはやはり無理をしていたのかもしれない
天龍「……行くぞ」
足に力を入れ、水上を歩き出す
曙「……なによ、意外といいところもあるじゃない」
睦月「ツンデレってやつなのかな」
曙「なにそれ」
睦月「如月ちゃんが言ってたにゃしぃ」
後ろが何やら五月蠅いが無視した
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睦月「作戦完了のお知らせなのです!」
五月雨「無事に帰ってこれました!」
曙「ふぅ……」
天龍「……退屈だな。よくこんなことやってるもんだ」
遠征から帰投した
時間こそかかるものの、単純すぎる作業に満足感は全くない
第一艦隊で戦っていたころの高揚感となると尚更だ
睦月「天龍さんは疲れてないんですか?」
天龍「こんなんじゃ全然足りねーよ」
五月雨「さすが軽巡洋艦ですね!凄いです!」
捲し立てられるが、こちらからすればこれくらい当然だ
逆に暇過ぎて倦怠感が出る程かもしれない
曙「まぁ無事に終わったからいいわ。さて、クソ提督に報告しに行かなくっちゃ」
睦月「じゃあみんなで行きましょー!」
そういえば遠征結果は報告しなければならないのだった
面倒だがここでパスすればもっと面倒なことをこいつらから言われるかもしれない
ここは大人しく従っておくことにした
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曙「入るわよ、クソ提督」
提督「ノックくらいせんか」
曙「してもしなくても変わんないでしょ?返事する手間が省けてるくらいだわ」
提督「全く……」
扉をいきなり開いた曙に提督がぼやく
あの堅物そうな提督でも駆逐艦の無邪気さには勝てないのかもしれない
睦月「はい、報告書です!」
五月雨「天龍さんもいましたし特に問題もなく終わらせることが出来ました」
提督「そうか、ご苦労だった。今日はもう休んでくれて構わない」
天龍「まだ一回しかやってないのにか?」
提督「そんなに資材に困窮しているわけでもないからな。ゆっくりとでいい」
遠征は同じ海域を日に何度も反復するものだと聞いていたため、一回で休んでいいというのは予想外だった
だが確かにこの鎮守府は資材に困っている様子はないし大丈夫なのだろう
睦月「提督~睦月を褒めて欲しいにゃしぃ。頑張ったんだよ?」
提督「いつまでたっても甘えん棒だな……」ナデナデ
猫なで声で睦月がねだる
以外にも提督は言われた通り頭を撫でてやっていた
睦月「むふふ~」
提督に抱き着きながら感触を楽しんでいるようだ
五月雨「…………」
曙「…………」
他の二人が、横目でその光景を見つめていた
そっけない風に取り繕っているつもりだろうが、その目は期待感に溢れている
そしてそれに気が付かない提督ではない
提督「ほら、お前たちも撫でてやるからこっちに来るといい」
五月雨「本当ですか!?ならお言葉に甘えて……」
ぱたぱたと五月雨が提督に駆け寄った
提督はその青く長い髪を、梳くように撫でた
五月雨「えへへへ」
満面の笑みである
提督「曙も恥ずかしがらなくていいんだぞ?」
曙「誰が恥ずかしがってなんか……!」
提督「やれやれ。素直じゃない奴だ」
強がる曙
しかし提督は五月雨と睦月を一旦離し、曙に歩み寄り、同じく撫で出した
曙「こ、こら!触んないでよ……もぅ……」
抗議をしていたが、段々と声が小さくなっていく
最終的には恥ずかしがりながらも嬉しそうな様子だった
提督「よし、では解散だ。また明日頑張ってくれ」
睦月「了解にゃしぃ!」
五月雨「はい!」
曙「仕方ないわね」
三人が満足するまで続いた後、解散の宣言がなされた
全員戦意高揚しているのかキラキラと輝いているように見える
確かにこれだけ皆に信頼されていれば、優秀な提督と言わざるを得ないだろう
提督「天龍」
天龍「何だよ」
三人が出て行ったあと、提督に声を掛けられた
先程の出来事のせいか提督の雰囲気は昨日より柔らかい
提督「何か掴めたか?」
天龍「……何も。あんなくだらない仕事、俺には向いてないことが分かったくらいだ」
提督「だが随分懐かれたみたいだな」
天龍「何処がだよ」
提督「あの子たちが警戒心を持っていなかった。つまりお前を信頼できる者だと認識しているんだよ」
天龍「……あんな連中に好かれても嬉しくもねえな」
提督「ふっ、そうか」
天龍「何笑ってやがる。そんなことより早く俺を復帰させやがれ」
提督「駄目だ。お前はまだ答えを見つけていない」
天龍「答えって何なんだよ……!」
提督「それを探すのが目的だ。さぁ、お前も今日は休め」
天龍「っち……」
また曖昧にされたまま追い出された
答えとは本当に何なのか
まだ分からないつもりでいた
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天龍ちゃん?
なんだよ
私のことわかる?
当たり前だろ
そっかぁ
それよりも早くどっかの艦隊に合流しないとな
そうねぇ
何だか余裕そうだな
生まれたばかりでよく分かんないのよ~
お互い様だろ
天龍ちゃん、私のこと護ってくれる?
当たり前だろ、姉妹なんだから
そっか……私も天龍ちゃんのこと、護ってあげるね?
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天龍「っぁ!!」
跳び起きる
ぐっしょりと汗をかいており、気持ちが悪い
天龍「夢……か」
あの日からずっと見続けている夢
自分が戦いに身を投じる理由だった
天龍「護る者……」
提督に言われた言葉をつぶやく
一瞬意味を模索するが、すぐに放棄した
天龍「そんなもん、必要ない」
今日もつまらない一日が始まる
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曙「おはよう」
五月雨「おはようございます」
睦月「おはようなのです!」
天龍「…………」
遠征の出撃場所に行くと、既に集まっていた三人が挨拶をしてきた
しかしそれを無視して装備の点検を始めた
曙「アンタもなんか言いなさいよ!」
天龍「知るか。そんなことより今日の任務はなんだ」
時間の無駄だという風に事務的な話に移る
曙「本っ当にもう……!」
睦月「ま、まぁまぁ……」
五月雨「あはは……今日の任務もいつもと同じく資源回収です」
怒りの収まらない曙を睦月が抑える
五月雨は困り顔ながら質問に答えた
天龍「またかよ」
曙「こういう細かい任務が大事なんだってば」
天龍「面倒だなぁ……もっと派手に戦えるようなのは無いのかよ」
言われることは理解できる
しかし納得できるかは別だ
曙「だからぁ、遠征は敵との接触を極力避けるのが一番大事なの!」
五月雨「遠征用の装備じゃ戦えるとは言い難いですからね……」
睦月「天龍さんはちょっと多めの武装だけど、偵察が主ですもんね」
天龍「俺は偵察は大の苦手なんだがな……取り回しが出来ん」
実際偵察機などこの部隊に入って始めて使った
本来ならばこれを利用した弾着観測射撃という技術があるが、最初から使えない天龍からすると完全に無駄なものだった
今もただ飛ばして周りを警戒するためだけに使用していた
五月雨「積めるだけでもいいんです。私たちは積むこともできませんから……」
曙「アンタにしかできない仕事なのよ」
自分にしかできないことと言われても、他の軽巡洋艦にやらせればいいのではと思う
提督にそれを言ったところで無駄なのは既に試しているため、今更何も言う気はないが
天龍「あーあ、まぁ早いところ今日も取り掛かろうぜ」
どうでもいい思考を切り捨て、せめて集中して紛らわすことにした
睦月「はーい!」
睦月の気の抜けた返事が響いた
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見渡す限り海しかねえなぁ
そうねぇ、意外と味方の艦隊って見つけられないものねぇ
まぁ襲われても俺が全部倒してやるけどな!
頼もしいわぁ~
……馬鹿にしてんのか?
うふふふふふ
やっぱりだ!はっ、どうせ俺はいつもお前の背中に隠れてるだけだよ!
でもねぇ、天龍ちゃんを護らなきゃって思うと、いつもの何倍も力が出せるんだ~
俺だってお前を護らなきゃって思うと力が湧いてくるぞ
うふふふふふ
その笑いをやめろォ!
うふふふふふ
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提督「報告ご苦労。だいぶ慣れたみたいだな」
五月雨「はい、体も慣れてきました!」
睦月「もう一週間にゃしい!」
曙「誰かさんは相変わらずだけどね」
天龍「……ふん」
遠征部隊に配属されて一週間
全員が作業に慣れ始め、部隊としての動きも良くなった
最初こそ駆逐艦だからと侮っていたが、こいつらの成長性は大きなものがあるとわかった
提督「そうか、一週間か……ならばこれをやろう」
天龍「なんだ、そりゃ」
提督が机の中から紙束を取り出し、数枚もぎった
そしてそれに四人の名前を書いた後こちらに手渡した
睦月「んー……はっ!?これは!?」
五月雨「間宮さんのアイス無料券!?」
曙「伊良湖さんの最中も!」
提督「ああ、頑張っているようだしな。皆で楽しむといい」
微笑みながら提督が言った
アイス一つでこのはしゃぎ様
やはり根は子供か
五月雨「ありがとうございます!」
睦月「ありがとにゃしい!」
曙「あ、ありがとう……」
提督「いいさ。さあ、早く行きなさい」
睦月「うん!」
曙「味は何にしようかしら……」
五月雨「天龍さんも早く!」
天龍「何だ、俺の分もあるのか」
提督「当たり前だろう。この四人で第二艦隊なのだからな」
四人で、か
思えばいつも一人で行動していたため、誰かと長い間行動を共にしたのは久々かもしれない
天龍「……感謝はしておくぜ」
駆逐艦たちに急かされながらそうつぶやいた
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間宮「はい、お待ちどうさま!」
睦月「わぁい!」
五月雨「とってもおいしそうです!」
曙「早く食べましょ!」
所変わって食堂
早速受け取った食券を使い、アイスを注文していた
あの普段ははしゃがない曙でさえ高揚を隠せないでいた
天龍「なるほどな……確かにこれは人気があるわけだ」
シンプルな器にアイスが中央に盛ってある
その周りにはバナナ、キウイ、みかん、白桃など様々な果物も添えてある
甘いものは疲労回復にいいと言うが、これを食べればそんなものは吹っ飛ぶだろう
五月雨「皆さん~!こっちの席で食べましょ~!」
五月雨は何時の間にか空席を確保していた
曙「五月雨ってこういう時だけは素早いわよね……」
睦月「あ、待ってぇ!」
曙が五月雨の方に向かっていく
あわてて睦月もそれに続こうとした
しかし
睦月「ぁれ……?あっ!!」
はしゃぎ過ぎて気が付かなかったのか
ツルッと
落ちていた空き缶を踏み、見事なまでに綺麗な軌道を描いて転んでしまった
アイスが載っている盆が空を舞い、散った
睦月「あいたたた……ああ!?」
曙「あちゃー……やっちゃたわね」
天龍「……折角のアイスがおじゃんだな」
転んだ睦月から手放されたアイスは、無残にも地面にぶちまけられていた
あれではもう食べられまい
睦月「そ、そんなぁ……うぅ……」
泣き崩れる睦月
さっきまでその手にあった物が目の前で台無しになってしまったのだから無理もない
睦月は中でも一番楽しみにしていたであろうはずなのに
睦月「ぐすっ……」
俯き啜り泣いたまま動かない
見かねた曙が声をかける
曙「あぁもう泣かない!私のを……」
分けてあげるから
そう言おうとした瞬間、睦月の横から手が伸びた
睦月「ふえ……?」
その手を見ると、先ほどまで持っていたアイスがあった
だが自分の分は目の前で潰れている
では誰のものか?
天龍「ほら、俺の分を食いな」
そこにはそっぽを向きながらアイスを差し出す天龍の姿があった
睦月「いい、んですか……?」
天龍「ああ。溶けないうちに早くしな」
曙「……ここは好意に甘えましょう?」
睦月は恐る恐る盆を受け取った
そして曙と共に天龍の様子を見ながら五月雨の元へと向かっていった
天龍「……はぁ」
思わずため息が出る
別に親切でやったわけではない
しかし気が付けば手が動いていた
どうにもああいうのは放っておけない
天龍「……片付けないとな」
三人がアイスを食べている間にぶちまけたアイスを掃除する
アイスが惜しかったわけではないが、モヤモヤしたまま食べるくらいならいっそあげた方がいい
そう思いながら間宮に掃除道具を借りに行くのだった
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天龍「……何だこりゃ」
掃除が終わり三人の元へ行くと、何故かアイスがあった
睦月「えぇっと……皆のを分けたんです」
五月雨「天龍さんだけ食べられないなんてやっぱり納得できなかったって、睦月さんが言ったのです」
曙「ほら、アンタも溶けないうちに食べてよね」
天龍「…………」
予想外の待遇に言葉を失う
ほんの気まぐれでやっただけなのに
睦月が上目遣いでこちらを伺っている
睦月「ごめんなさい。それと、ありがとうございました。みんなも睦月の失態なのに、ありがとね?」
曙「これくらいなんでも無いわ」
五月雨「食事は美味しく頂きたいですもんね」
天龍「……じゃあ、もらうぜ」
色々な部位を剥ぎ取って盛ったのだろう
最初より不格好なアイスにスプーンをいれる
そして溶けかけのものを口に含んだ
天龍「……美味いな」
睦月「!!」
五月雨「良かったです!」
天龍「…………」
周りの果物も食べていく
甘酸っぱさが口に広がる
不思議な味だ
この味は恐らく、アイスの味だけじゃない
睦月「一杯食べて下さい!」
曙「本当に美味しかったんだからね、それ」
五月雨「良かったですね、睦月さん!」
睦月「うん!」
三人のくすぐったい視線を浴びながらアイスを食べていく
満たされていく感じがする
だがそれでも
心の底にある渇きは潤わなかった
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おい、なんだあの深海棲艦の群れは!?
ちょっと多すぎるわねぇ
クソ!あとちょっとで何処かの鎮守府に着くかもしれないのによ!
仕方ないわぁ。だって変なところを動く燃料も無いし、それこそ下手に陸地に上がっても困るだけだもの
いいから逃げようぜ!
無理よ~。もう囲まれちゃってる
やるしかないのか……
天龍ちゃんは後ろに隠れててね?ここから先は、一発も攻撃を向けさせないから
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遠征部隊に配属されてから既に一月が経とうとしていた
未だに答えとやらも分からない
睦月「今日も疲れたね」
曙「でも大分この部隊にも慣れたわ」
五月雨「はい!作業もスムーズにできるようになりました!」
天龍「…………」
はしゃぐ声、五月蠅い
こんな連中と、何故俺が
五月雨「天龍さん?」
曙「何よ、黙り込んで」
睦月「お腹空いたんですか?」
天龍「……つまらねえ」
五月雨「つまらないって……遠征ですか?」
天龍「いつまでこんなことやってればいいんだよ!!」
我慢の限界だった
暇だ
暇過ぎる
天龍「俺は戦いがしてえ、戦っていなきゃダメなんだ!!」
曙「ど、どうしたのよいきなり」
天龍「俺は、戦って、戦って、戦って……」
そして死ぬために
天龍「……俺はもう、抜けるぜ」
睦月「抜けるって……この部隊を!?」
曙「抜けてどうするっていうの?」
天龍「一人で彷徨う。こんな生活よりはマシなはずだ」
五月雨「だ、駄目ですよ!危ないです!」
曙「そうよ、意味のないことはやめておきなさい」
睦月「と、とにかくご飯食べて考えなおそう?ね?」
しつこく止めてくる三人に嫌気がさす
どうしてこいつらはこんなにも慕ってくるのだ
寄り付けないように突っぱねた態度を取ってきたはずなのに
天龍「うるせえ!止めるなら、まずはお前たちを黙らせてやる!」
手を振り上げる
自分は今、とても醜いのだろうなとどこか冷静な部分が告げる
だが怒りは収まらない
「「「……っ!」」」
三人がキュッと目を瞑る
一瞬ためらうが、感情のままに手を振り下ろし────────
「やめろ」
天龍「ああ!?」
背後から声が響いた
三人の頭の少し上で止まった手をもとに戻す
声のした方を見ると、見知った人物が立っていた
天龍「木曾か……」
木曾「そんな子供に手をあげるだなんて、随分落ちたもんだな」
皮肉たっぷりに、しかし表情は険しくしながら言う
五月雨「誰……?」
睦月「木曾さん……どこかで聞いたことあるような……」
三人は瞑った目を恐る恐る空けながら様子を見ていた
目にはうっすらと涙が浮かんでいる
胸がチクリと痛んだ
曙「……確か、あの球磨型姉妹の末女ね」
五月雨「球磨型って、あの北上さんや大井さんの!?」
睦月「確か、鎮守府の最古参で最強戦力の一角の二人だ……」
曙「うん。しかも第一艦隊ってことはアイツと元同じ所属だから面識があるはず」
興味津々に木曾を見つめていた
大井や北上の存在はあまりに有名だ
その姉妹の一人となれば、そういう気分になるのも無理はない
天龍「第一艦隊様が何の用だよ」
睨みつける
隠れていない右目と左目がぶつかり合った
木曾「たまたま通りかかっただけだ。そうしたらこの場面に会った」
天龍「お前には関係ない」
木曾「いいや、ある。その子たちを放ってお前は何処へ行こうとしていたんだ」
天龍「……こんなくだらない鎮守府から出ていくんだよ」
木曾「…………」
天龍「……じゃあな」
どうせ言葉にしても意味はない
無駄な時間を過ごす前に早く行こうと決めた
木曾「待て」
天龍「…………」
木曾「勝手な真似は規則違反だ」
しかし木曾はそれを許さない
天龍「うるせえんだよ!止めるなら、お前もぶっ倒す!」
木曾「……それがいい」
木曾「訓練所へ行こう。そこで勝負だ」
天龍「……上等だぜ」
イライラする
叫んでも木曾は軽く流してしまう
だったら力で黙らせる
それだけだ
木曾「お前たちは食事にでも行くといい。もう夕飯の時間だ」
睦月「あ……はい」
曙「……行くわよ」
五月雨「天龍さん……」
木曾「俺たちも行くぞ」
天龍「ふん……」
何度も後ろを振り返りながら、三人は廊下を歩いて行った
木曾たちもその反対側へ歩き出す
振り返りは、しなかった
────────────────────────
───────────
木曾「さて、どっからでも来るといい」
訓練所へ到着した
屋外の港の一角にあるため、いつもなら夕日が見える
しかし今は曇天で辺りは薄暗い
それなりに広い空間に多少荒い波がうねっている
早速始めようとするがあることに気が付いた
天龍「おい、お前の艤装はどうした」
木曾「いらないね、そんなもんは。これ一本で十分だ」
木曾は腰に差している剣を抜く
天龍「……舐めてんのか?油断したら一瞬だぞ」
あの剣も艤装の一つではあるが、主砲も魚雷も無いのは大きすぎるハンデだ
だが木曾は表情を崩さない
木曾「油断?何のことだ。これは余裕というもんだ」
天龍「……ああ、そうかよ!」
叫ぶと同時に突撃する
速攻でカタを付けるつもりでいた
木曾「……遅いな」
両手を振りかぶり、天龍も剣型の艤装を振り下ろす
しかし木曾はゆったりとした動きで背後に跳び、それを躱した
同時に体勢を崩した天龍に額を狙った一突きを繰り出す
天龍「っ!」
天龍は体を捻ってそれを無理矢理躱した
その捻りを利用し、横薙ぎに剣をはらう
木曾「…………」
今度は避けずに剣で受け止めた
鋼と鋼がかち合い、火花が散る
鍔競り合いの状態が続く
天龍「おいおい、その程度かよ!」
力任せに剣を押し込もうとする
だがいくら力をこめてもビクともしない
木曾「どうした、その程度か?」
同じ言葉で返される
天龍「ンの野郎!」
ならばと更なる力をこめる
木曾「単調だな……」
天龍「なっ!?」
木曾は天龍が力をこめた瞬間、逆に力を抜いた
結果、木曾の方へと天龍が倒れる
完全にバランスを失った天龍に木曾は蹴りを入れた
天龍「が、ふぅ!?」
相当な勢いがぶつかった為その威力も尋常ではない
天龍は数メートル吹き飛ばされ、水の上を跳ねた
天龍「ぐっ……そ……!」
木曾「…………」
天龍「てめぇ……さっきからどうして黙ってやがる!」
木曾「…………」
天龍「畜生が……余裕ブッこいてんじゃねーよおおおおおおお!!」
距離が離れたため、手持ちの主砲を放った
ズドン、とけたましい音が響き、木曾を正確に捕えた砲弾が迫る
木曾「……ふん」
それでも木曾は動じていなかった
木曾は砲弾に向かって手を伸ばした
一瞬後、砲弾は木曾の手の中に着弾する
爆発が起こり、木曾の姿が見えなくなる
天龍「……へへ」
やったか?
そう思った時、強い風が吹き煙を吹き飛ばした
木曾の姿が映される
かなりのダメージを与えたはず
そう思いながら目を凝らして観察した
しかし
天龍「……嘘だろ……素手で……」
木曾は全くダメージを受けていなかった
砲弾が完全に受け止められたのだ
それも素手で
避けるのでもなく、剣を使うのでもなく
木曾「はぁ……駄目だな」
天龍「どういう意味だ……!」
つまらなさそうに木曾が呟いた
木曾「お前の攻撃には恐怖しかない」
天龍「恐怖……?」
木曾「攻撃してくる時は反撃されるのが怖い。受け止めるときも傷つくのが怖い」
木曾「俺たちの攻撃は想いによって強さが変わる。そんな恐怖ばかりの攻撃では何も倒せない」
艦娘の砲撃と一般的な兵器の砲撃の違いは、想いが込められているかどうかだ
艦娘の砲撃を深海棲艦に当てるというのは一種の除霊に近い
負の感情の塊に艦娘の正の感情の篭った砲撃を当てることでダメージを与える
どれだけの想いを背負い、覚悟を決めているか
同じ性能の艦娘でもこの部分の違いで大きく強さが変わるのだ
木曾は続ける
木曾「何を恐れているんだ?自分が傷つくことか?相手を傷つけることか?それとも……失うことか?」
天龍「っ!!」
木曾がそう言った瞬間、天龍は最初の時のように再び突撃した
だが速さが段違いだ
目を見開き歯を剥き出しにして木曾に迫る
天龍「ああああああああああああああああああああああ!!!!」
木曾「今度は怒りか。だがそれも違う。お前に必要なものはもっと他にある」
しかし、ただの単調な突撃などいなすのは容易い
木曾は目を細め、振り下ろされた天龍の剣を逆袈裟に打ち払った
あまりの衝撃に天龍の剣が大きく跳ねあげられた
天龍「くあっ……!!」
木曾「終わりだ」
右足を重心に身を捻り、半回転しながら剣を振る
剣の重力も利用した斬撃は、天龍の手から剣を吹き飛ばした
跳ねあげられた剣に注意を持って行かれ過ぎた天龍ではその動きに対応の仕様がなかった
吹き飛ばされた剣が、離れた水面にバシャリと落ちた
木曾「出直して来い。今のお前が一人で行動してもすぐに死ぬだけだ」
天龍「……っ」
木曾「お前はまだ足りていない。一人きりの力では、それ以上は強くなれない」
天龍が剣を持っていた腕を抑えながら崩れ落ちる
震えながら俯いており、表情は分からない
顔に水滴が落ちる
気が付けば雨が降っていた
木曾「天龍……お前ならきっと見つけ出せる。俺に姉さんたちがいるみたいに」
木曾は一息吐くと、剣を鞘に戻した
濡れた髪をかきあげながら踵を返す
木曾「じゃあな……お前がこっちに戻ってくるのを、待ってるぞ」
そのまま陸へ上がり、鎮守府の中へと消えて行った
天龍「……クソ……」
結局、俺は弱い
どれだけ取り繕っても変わらない
何も出来ない
何も分からない
天龍「ちく……しょう……」
徐々に激しくなる雨に体が叩きつけられる
その刺激が唯一気を保つ手段だった
ただただその場で打ちひしがれた
どれくらいそうしていただろうか
「天龍さん……」
天龍「…………」
すぐそばで声がした
同時に雨が何かに遮られる
無言で顔をあげると、そこにはあの三人が傘をさして立っていた
天龍「お前ら……」
五月雨「ごめんなさい、どうしても気になってしまって……」
睦月「実はずっと様子を見てました」
曙「……風邪、引くわよ」
曙が自分の傘の中に天龍を入れつつ言う
五月雨「お腹、空きませんか?間宮さんにご飯を作り置きしてもらっているので食べに行きましょう?」
五月雨が微笑む
睦月「お風呂にも入らなきゃいけないにゃしい!」
睦月が笑顔で引っ張る
本当に、どうしてこいつらは
天龍「……ああ」
情けない姿だ
だが今は、その優しさに甘えることにした
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───────────
大丈夫か!?
ええ、大丈夫よ~
そんなわけないだろ!傷が……血が……!
ううん、心配しないで?
やっぱり俺も戦う!逃げるなんてできるか!
だ~め。天龍ちゃんは今すぐここから離脱して
だけどよ……
私を護ってくれるんだったら、助けを呼んできて欲しいの
お前が行けよ!俺の方が時間を稼げる!
この足じゃもう早くは動けないの。だから、お願いします
っ……分かった!必ずだ!必ずすぐに助けを呼んで戻る!
うん
絶対に死ぬなよ!
……ごめんね、天龍ちゃん
───────────
────────────────────────
天龍「…………」
意識が覚醒する
天龍「また、か」
こうも毎夜毎夜あの夢を見るのは初めてだ
生活が変わったのが原因なのだろうか
痛む体を無視して起きる
天龍「……護る資格なんて、俺には無い」
あの日、アイツを見捨てた自分
護るなどと言ったのに、それも出来なかった
天龍「俺は、逃げたんだ」
自分の背中は広くなんてない
結局、護ることが出来るのは自分の命だけだった
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───────────
提督「今日はいつもと違う海域に行ってもらう」
天龍「何処だよ」
木曾との戦いから数日
天龍は鎮守府に残っていた
駆逐艦どもが行くな行くなとうるさかったというのもある
だが何よりも、木曾と提督、二人が言う足りないものを探し出すまではやめておくべきだと思った
提督「南西諸島海域だ。ここには昔、輸送船団が運んでいた資源が大量に放置されている」
五月雨「それを回収するのが目的ですか?」
提督「それだけじゃない。なにやら特殊なドラム缶があるらしい」
曙「ドラム缶?」
睦月「睦月たちが輸送に使ってるのとは違うんですか?」
提督は深く頷くと書類を机に広げた
その中の一枚を指し、説明を続ける
提督「妖精の話によると、そのドラム缶には不思議な力があるらしくてな。一部の海域の海流を制御できるらしい」
五月雨「制御って……羅針盤みたいにですか?」
提督「ああそうだ」
曙「それって凄んじゃないの!?」
睦月「革新ですよ革新!」
興奮する三人
確かに海域を自由に動けるようになれば最大効率で作戦が進められる
戦闘が一つ減るだけでも弾丸、燃料消費による戦力減衰が避けられるのだ
提督「だから今回の作戦は必ず成功させて貰いたい。頼めるか?」
天龍「ふん、頼めるかだって?やるしかないんだろ」
提督「嫌というなら他の者にも頼んでみるつもりだ。嫌々行ってはお前たちの命が危ない」
五月雨「や、やります!やらせて下さい!」
睦月「成功したらたくさんご褒美欲しいにゃしぃ!」
曙「クソ提督の言うことなんて誰も断らないわよ。やれと言われたらやるのが私達」
一切の迷いなく全員が言い切る
期待されて任された仕事だ、提督大好きなこいつらが断るわけがない
提督「ありがとう。異論はないか、天龍」
天龍「……ああ」
提督「では昼に出発してくれ。装備は用意させておく」
「「「了解」」」
三人は少し緊張した面持ちで退出していった
提督「……天龍」
天龍「…………」
自分も、と退出する直前、声を掛けられる
提督「あの子たちを、任せたぞ」
天龍「……知ったことか」
俺はまだ、答えが出ない
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───────────
時刻、一四○○
南西諸島海域海上を遠征部隊が移動していた
睦月「天龍さん、なんだか今日は調子悪いのかなぁ」
曙「そう、ね」
前方を走る天龍をチラリと見る
俯き気味に何かを考えている風で、心ここに非ずといった様子だ
五月雨「普段もあまりお話はしませんけど、今日は落ち込んでるように見えます……」
睦月「この前の木曾さんのこと、まだ引きずってるのかなぁ」
曙「もう……」
睦月「あれ?曙ちゃんどこ行くの?」
コソコソと三人で話していると、曙が速度を上げ、天龍の横についた
そして大きく息を吸い、叫ぶ
曙「ちょっと!何辛気臭い顔してんのよ!」
天龍「……うるせえ」
五月雨「あ、曙さん、やめた方が……」
曙「旗艦がそんな調子じゃこっちまで気が沈むじゃないの!悩みなら聞いてあげるから言いなさいよね!」
天龍「…………」
睦月「あわわわわ……!」
五月雨「怒られる……!」
無言で曙を睨む
その様子を見てあわてる睦月と五月雨
だが曙は目線を逸らさずに天龍に向き合う
曙の姿が、提督と重なる
この目は自分を否定したり、厄介者にする目じゃない
理解しようとする目だ
天龍「……俺には、妹がいた」
五月雨「……あれ?」
天龍が口を開いた
それは、誰にも話したことのないものだった
曙「……続けて」
天龍「そいつと俺は同時に艦娘として生まれたんだ」
生まれたとき、分かっていたのは自分が艦娘であること
自分がやらねばならないこと
そして、唯一の妹のこと
天龍「お互いが護り護られながら力を出し切り、鎮守府を探してひたすら動いた」
海のど真ん中で暴れればそれだけ会敵する機会も増える
だが諦めずに動き回った
天龍「妹を護る。それだけできれば俺は満足だった」
天龍「ある日、と言っても生まれてから一週間くらいだが、深海棲艦の群れに襲われた」
青い海を埋め尽くす黒と白の化物
天龍「俺はそれに足がすくんで動けなかった。だが妹は俺を護るために必死で戦った」
せめて妹だけでも
そう考えながら敵を撃ち砕き、斬り刻み、爆発させた
天龍「だが数が多すぎた。妹は足をやられ、苦肉の策として俺に救難を呼ぶように頼んだ」
仕方のないことだった
天龍「その時に会ったのが今の鎮守府の連中だ。俺はすぐに助けを求め、提督も本来の行先を変えて俺の願いを聞いてくれた」
全速力で走る
一刻も早く助けに行くために
天龍「でも、遅かった。残されたのは無数の深海棲艦の死骸と、妹の壊れた艤装だけだった」
天龍「今でも夢を見る。俺が護れなかった妹の夢を」
天龍「そして俺は決めた。もう護る者なんて作らない、一人で戦って一人で散るってな」
曙「…………」
五月雨「…………」
睦月「…………」
天龍「以上だ。下らん話に付き合わせたな」
三人は黙り込んでしまった
どうせ俺を可哀そうな奴とでも思っているのだろう
しかし、予想外の言葉が返ってくる
曙「話してくれて、ありがとう」
五月雨「ええ。やっと天龍さんの気持ちが聞けました」
睦月「初めて自分から話してくれたにゃしい」
感謝の言葉だった
憐れむでも、笑うでもなく
天龍「こんな俺といて不安じゃないのか?大切な者も捨てて逃げ出した俺と」
自重気味に言う
曙は首をゆっくりと横に振りながら言い放った
曙「少なくとも、アンタは私たちを護ってくれてるじゃない」
五月雨「この一か月と少し、天龍さんはずっと私たちに親切にしてくれました」
睦月「荷物を持ってもらったり、失敗を自分のせいって言ってくれたり、睦月にアイスをくれたり……他にもいっぱい」
天龍「…………」
曙「だから、自分一人だけだなんて思わないで」
五月雨「私達がいます」
睦月「戦力にはならないかもしれないけど、せめてこうやってお話なら聞けるのです」
天龍「……ははっ」
俺が護ってる?
違う
いつの間にか、俺の方がこいつらに護られていたんだ
やっぱり何も変わってない
今も昔も
俺はずっと隠れたままだ
────────────────────────
──────────
五月雨「あそこじゃないですか?」
一五○○、資源回収地点へと到着した
霧がかった周囲に、ボロボロになった輸送船だったものが所狭しと浮いている
さながら船の墓場とでも言うべきか
曙「船の残骸だらけで不気味ね……」
睦月「でもいっぱい燃料とかあるね!」
天龍「各自回収しろ。俺はいつも通り警戒しておく」
「「「了解」」」
指示を出し、警戒体制へと入った
────────────────────────
──────────
数十分後、全員が十分な量の資源を持って帰ってきた
だが五月雨が資源以外の何かを抱えてきた
五月雨「例のドラム缶ってこれでしょうか?」
曙「それっぽいわね。なんだか力を感じる」
睦月「およ?そうかなぁ」
五月雨が持って来たドラム缶からは普通の者と違い青いオーラが纏っていた
睦月は鈍感だからかもしれないが、確かにただならぬものを感じた
天龍「なんでもいい。持ち帰る……!!」
睦月「どうしましたぁ?」
電探に反応があった
その反応は、ここ一か月感じていないものだった
息が荒くなるのを感じる
天龍「敵だ……」
五月雨「えっ……」
曙「ちょっと、それ本当?」
天龍「ああ、俺の電探がそう言ってる」
三人の顔が驚きに染まった
しかし天龍は、
笑っていた
睦月「ど、どうしよう……!」
曙「落ち着きなさい。敵影が見えないってことはそう近くではないはずよ」
五月雨「そ、そうです。やり過ごしましょう」
天龍「…………」
心臓の鼓動がどんどん激しくなる
体中の血液が沸騰しそうなほど熱く激しく流れていく
曙「じゃあ敵の様子を報告して……って、聞いてるの?」
天龍「敵……敵だ!!」
五月雨「天龍さん!?」
睦月「何処へ行くんですか!?」
天龍「回りくどい!俺が全部倒してきてやらぁ!」
「「「…………っ!!」」」
走り出す
敵のいる場所へ、一直線に
取り残された三人が叫んでいるが、聞こえない
天龍「クク……フ、ハハハハ……」
笑いが漏れる
こんな気分は久々だ
天龍「オラアアアアアアアアア!!天龍様のお通りだああああああああああ!!」
あっという間に敵のいる場所へたどり着く
数は4
全て駆逐艦級
イ、ロ、ハ、ニ級のノーマル
手に持った剣を固く握りしめた
天龍「遅え!!」
声に反応し、こちらに向こうとしたロ級を素早く斬りつける
硬い装甲を紙のように真っ二つにする感触にゾクゾクする
天龍「ひゃははははは!!」
右、あと左に一体ずつ
斬ったロ級の右にいたハ級を主砲で撃ち抜く
その反対側から三体目、二級が接近してくるのが見えたため、魚雷を放って撃沈させた
天龍「お前で最後だ!!」
最初に斬ったロ級から血のような黒い液体が飛び散るよりも前に走り出す
4体目にしてようやく臨戦態勢に入ったイ級を、正面から撃ち貫いた
内臓の主砲を放とうしていた大きな口に弾が吸い込まれていく
ドゴォ、とすさまじい煙が上がる
「……ァ…………ァアア…!?」
一撃では沈まなかったが、苦しみの声を出すイ級
その脳天を剣で串刺しにしてやる
天龍「終わりだ」
イ級を思いっきり蹴り砕く
剣がイ級の頭から抜け、空中に吹き飛んだ
そして剣に付いた黒い汚れを振り払った瞬間、イ級が爆散した
天龍「……ふぅ……クハハ……」
戦える
それだけでこんなにも体が軽くなる
やっぱり自分にはこれしかない
天龍「ハハハハハハハハ!!!!」
深海棲艦の死骸と爆発で炎に包まれた海の真ん中で、狂ったように笑った
五月雨「……龍さ……」
遠くからあいつらが近寄りながら叫んでいるのが聞こえた
天龍「……ふん」
高揚した気分をひとまず抑える
そのまま合流しようと歩き出し
天龍「……あ?」
背中を撃ち抜かれた
天龍「か……は……」
どこからだ?
電探には反応がない
とてつもない距離からの砲撃ということか?
「天……ん!しっかり……て!」
「大丈……!?」
「……!……!」
声が遠くなる
まだ、まだ倒れるわけには
何処かに敵がいるというのに
しかしどれだけ願っても体は付いてこない
そのまま水面に倒れ伏し、目の前が真っ暗になった
────────────────────────
───────────
助けてくれ!
何だコイツは……艦娘のようだな
妹が、妹が!
落ち着くんだ、ゆっくりと話せ。提督、聞こえるか?
あっちの海域で妹が襲われてるんだ!
……なるほどな。提督、どうする?
頼む……っ!!
……了解。航路変更だコイツの妹を助けに行くぞ
ありがとう……
…………生きているといいがな
───────────
────────────────────────
天龍「…………」
知らない天井だ
医薬品の鼻を突く匂いが充満している
木曾「起きたか」
顔を横に向けると、見知った顔がベッドの隣に座っていた
天龍「木曾か……お前が助けたのか?」
木曾「ああ、救難信号を受けてな。あの船の残骸の中でじっとあの三人がお前を抱えて隠れていたのを発見した」
天龍「ということはここは鎮守府か……そうだ、アイツらは!?」
木曾「駆逐艦の三人なら無事だ。今は自室で休んでいるだろう」
天龍「そう、か。」
ひとまず胸をなで下ろす
よかった
そう思った瞬間、木曾が強い口調で責めてきた
木曾「”よかった”ってか?よくねえだろ馬鹿が!!」
天龍「何だと……!!」
木曾「誰のせいで危険になったと思っている!!お前が余計なことをしなければこんなことにはならなかったはずだ!!」
天龍「……!!」
木曾「作戦は失敗だ……駆逐艦たちは例のドラム缶も、資源も、何もかもほっぽり出してお前を匿っていたんだ」
天龍「…………」
木曾「あんなに信頼されていたのに、なぜあの子たちを裏切った……!どうしてだよ……!」
背中の傷が痛む
超長距離からの砲撃で一撃だった
背後への警戒が足りなかったのか
木曾「その背中の傷はお前が何も背負っていないから受けたんだ。背中を託せる奴がいないから……」
天龍「……悪い」
木曾「俺に謝ってどうする。そんな暇があるならあの三人に会って来い」
天龍「……ああ」
ゆっくりと体を起こす
動けないわけではない
コツコツと足音を響かせながら駆逐艦寮へ歩き出した
木曾「……天龍、過ちはやり直せばいい。お前にはそれが出来る」
木曾は病室から出て行った天龍を眺めながら一人呟いていた
────────────────────────
───────────
外に出ると、日が真上で輝いていた
やられたのは昨日のようだし、帰投してから半日寝続けていたということか
そう考えながら歩いていると駆逐艦寮へたどり着いた
が、あの三人がどの部屋なのかは知らないことに気が付いた
困るが、すぐに誰かに聞けばいいと判断する
そのまま少し誰かいないか探し回り、その辺を走っていた駆逐艦を捕まえて尋ねた
天龍「悪い、ちょっといいか?」
島風「島風に何かご用ですかー?」
天龍「あー……曙、五月雨、睦月の部屋に行きたいんだが場所知ってるか?」
島風「えーっと、もしかしてあなた天龍?」
天龍「俺を知ってるのか?」
島風「うん。その三人に『もしここに来たら、天龍って人にこれを渡して』って頼まれたの」
天龍「そいつを渡してくれ」
島風「はーい!じゃあ私もう行くね!ここ来たばっかりだから色々見たいし!」
島風と名乗った駆逐艦から一枚の紙を渡された
彼女はそのまま何処かへ走り去っていった
紙を見ると、どうやら書置きのようだった
早速読んでみることにした
天龍さんへ
私達でもう一回あそこへ行ってみます
必ずドラム缶を持って帰って、天龍さんの名誉を挽回させて見せます!
待っていてください
お大事に
曙、五月雨、睦月
天龍「あいつら……!」
たった三人であの海域へ行ったというのか
それも遠征用の装備で
まだ敵が残っているかもしれないのに、危険すぎる
天龍「…………」
アイツらは俺を責めるどころか、護ろうとしている
自分は今から何をすべきか
ボロボロの身体に鞭をうち、港へ向かう
提督から貰った御守りを握りしめる
天龍「あそこで俺を撃った奴を倒しに行く、それだけだ」
目の前にぶら下がった答えを無視し、太陽が照りつける空の下、鎮守府を飛び去った
────────────────────────
──────────
曙「確かこの辺だったような……」
大海原に人影があった
曙、五月雨、睦月だ
三人はドラム缶を探すために動き回っていた
五月雨「あっ、それじゃないですか!?」
五月雨が残骸の上に転がる物体を見つけた
それは淡く青いオーラを纏った、まぎれもなく昨日と同じドラム缶だった
睦月「それだよそれ!やった!」
目的のものが見つかり喜ぶ睦月
他の二人も安心した様子だ
曙「よし……見つかる前に早く離脱を……」
曙がドラム缶を背負い、動き出そうとした時だった
「見ツカル前ニ、何処ヘ行クンダ?」
禍々しい声が、響いた
白く長い髪
背中に翻した外套
顔に張り付いた薄い笑み
曙「……っ!?」
五月雨「こ、この姿は……!」
睦月「あわわわわ……」
曙「戦艦、タ級……!!」
絶望の象徴が、目の前に立ちふさがった
タ級「昨日ココニイタ奴等カ……私ガ撃チ抜イタノハイナイヨウダガ……死ンダカ?」
タ級は楽しそうに語りかけてくる
昨日撃ち抜いたという言葉に曙が反応する
曙「ということは、アンタは昨日からここにずっといたわけね……」
タ級「アア。ダガ遠スギテ見逃シマッタノヨネェ……自ラココニ戻ッテ来ルトハ馬鹿ナ奴ラダ」
睦月「どうしよう……!」
五月雨「た、戦うしか!」
曙「やめなさい!」
睦月「ええーい!」
睦月と五月雨は完全に威圧に負けていた
その焦りからか、勝てるはずのない相手に挑んでしまう
唯一最低限の護身に持っていた小さな主砲を撃つ
が、
タ級「何ダ?ソノ豆鉄砲ハ。ソレデ攻撃ノツモリカ?」
曙「全然、効いてない……」
避けることさえしない
体に当たり小爆発こそするものの、ダメージを与えているという感覚は全くない
タ級「サテ、遊ビハ終ワリダ」
タ級はゆっくりと手を3人の方に伸ばした
するとその手に砲塔が顕現された
ゴシャ、と重々しい音が鳴る
タ級「沈メ」
恐怖のあまり目を瞑ることも逃げることも考えられない
足が震えたまま目の前の力に屈するしかない
冷たい目のままタ級は主砲を放とうと力をこめ─────────
瞬間、横から砲撃が飛来し、駆逐艦たちとタ級の間に大きく水柱が立った
タ級「ン……?」
弾が飛んできた方向をタ級が睨む
天龍「ふー……間に合ったか」
曙「ア、アンタ……」
五月雨「天龍さん……」
睦月「助けに来てくれたの……?」
そこには病室で寝ていたはずの天龍が立っていた
装備こそ戦闘用だが、ボロボロの身体で
天龍は睦月の質問に目を伏せながら答える
天龍「……違う。俺はコイツを倒しに来ただけだ」
タ級「倒ス?タッタ一撃デヤラレタ奴ガカ?笑ワセテクレル……」
天龍「うるせえ!」
叫ぶと同時、タ級に突っ込む
前回は遠距離からの砲撃で一撃でやられた
アレを喰らうのは不味い
だが接近戦ならその心配はない
タ級「ッチ……!」
予想通り、タ級は剣による攻撃を避けることしか出来ていない
行ける
ひたすらに攻め続けた
装甲が固く、一見細く見える体からは想像もつかないような感触が伝わってくる
だが何度も斬りつけていればその内消耗する
奴らの体力だって無限じゃない
タ級「コイツ……軽巡洋艦ノ分際デ私ノ耐久ヲ……!」
タ級が腕で受け止めるたびにガキン、と固い音が響く
タ級「クソ、ガッ!」
大振りに薙ぎ払われた手を、屈んで避ける
そのままがら空きの胴体を横薙ぎに斬りつけた
バリン、と何かが割れた音がする
天龍「ハッ!ご自慢の装甲も限界みたいだな!」
タ級「コンナ奴ニ……!」
ひび割れた胴体を庇うように天龍に向かって手を振り払うが、それを剣で受け止めいなす
大きく弾くとタ級が体勢を崩した
最後の一撃を叩き込むべく、振りかぶる
五月雨が叫んだ
五月雨「っ!天龍さん、後ろ!!」
天龍「終わり……が、は……!?」
背後に大きな痛みが走る
どういうことだ
何が起こった
ゆっくりと振り返る
そこには数隻のイ級が並んでいた
天龍「ば、かな……一体いつから……」
タ級「クカカカカ!最初カラダ!」
先ほどまで余裕がなかったタ級が、楽しくて仕方ないという風に顔を歪ませた
タ級「オ前ガ来ルズット前カラ海中ニ待機サセテオイタダケダ……マサカ私ガ一人デ行動シテイルトデモ思ッテイタノカ?」
天龍「ち、くしょう……!」
タ級「マァ、軽巡洋艦ニシテハ頑張ッタ方カ」
天龍「ぐはぁ!?」
すさまじい衝撃が体を襲う
天高く蹴り上げられたと気が付いたのは、タ級が主砲をこちらに向けているのを見下ろした時だった
このままでは狙い撃ちされる
その予想通り、巨大な砲から爆音が響いた
天龍「ッ!!」
空中で体を回転させ、紙一重で避ける
しかし一発だけでは終わらない
二、三、次々と一撃で天龍を打ち砕くだけの威力を持った砲弾が迫る
それを刀で受け流し、身を縮め、掠めながら落下していく
天龍「うらあ!!」
全身が焼けつくような痛みを耐えつつ水面に着水、そのままタ級に斬りかかる
タ級「馬鹿ガ……ソンナ体デ本気デ勝テルト思ッテイルノカ!」
タ級は天龍の剣を今度は白刃取りし、顔面を掌で掴んだ
そのまま持ち上げる
天龍はじたばたと足や手を動かすが、力が入っていない
タ級「甘インダヨ!ドレダケヤッテモ私ニハ勝テナイ!」
タ級は持ち上げた天龍を勢いよく水面に叩き付けた
天龍「ぐあっ、はっ……」
声にならない悲鳴が漏れる
痛い
それだけではなく、主要な機関でもやられたのか体がほとんど動かせない
動け、動け……!
そう念じても、体は全く言うことを聞かない
タ級「大丈夫、アッチノ奴ラモスグニ一緒ニナレル」
タ級の砲が頭上に押し当てられた
冷たい感触を振り払うことは、もはやできない
タ級「サヨウナラ……」
最後に映ったのは、タ級の顔
ではなく
駆逐艦たちの怯えた顔
ズドンという篭った音と共に、視界が闇へと溶けた
────────────────────────
────────────────
───────
昏い
何も見えない
ごぼごぼと水に落ちる音が耳に入る
天龍(……ああ、俺、死んだのか)
重苦しい水の感触が体を包んでいる
天龍(このまま闇に溶けて……深海棲艦みたいになっちまうのかな……)
ぼうっとした頭でなんとなく思考を繋ぐ
天龍(これじゃあ前にも後ろにも進めねぇな……)
四肢も動かせないため、働かせることが出来るのは脳味噌だけだ
天龍(まぁ、いっか……これで、もう悩むこともなくなる)
頭に浮かぶのは、かつて共に過ごした姉妹
天龍(龍田……俺もそっちへ行くよ。これで、やっと……)
最後に残った脳の働きを放棄しようと、目を閉じて眠りに入る
天龍(…………)
とても安らかな気持ちだ
今まで何に悩んでいたかも消えていく
天龍(…………?)
だがその眠りを妨げるものがあった
目蓋が赤く、或いは白く染まっていく
眩しい
天龍(……あの、御守り……?)
御守りから光が出ていた
そしてその光はどんどんと大きくなり、気が付けば何かの形を作っていた
天龍(何だよ……寝かせてくれよ……っ!?)
堕ちかけていた意識が一気に覚める
閉じられていた目蓋が開く
天龍(どうして……何でお前が……!?)
その光の形には覚えがあった
いや、忘れるはずがなかった
毎日のように夢で見ていたはずなのだから
頭にはよくわからないユニット
手には槍のような近接武器
そして顔に張り付いた柔らかな笑み
『天龍ちゃん。久しぶりだね~』
天龍(龍田……!)
あの時自分が見捨てたはずの妹が、そこにいた
何も変わらない姿で
天龍(……なんだ、これが走馬灯ってやつなのか?)
龍田『違うよ~。大体走馬灯は死んでからじゃ見れないでしょう?』
錯乱のあまり、自分でもよくわからないことを口走っていた
しかしそんな発言も軽く返される
天龍(だったらお前はなんなんだ?まさかもうここが死後の世界ってやつなのか?)
龍田『う~ん、合ってるようで違うかなぁ』
天龍(どういうことだよ……)
龍田『これはね、その御守りと天龍ちゃんの艤装に籠められた想いなんだ~』
天龍(想い……?)
龍田『艦娘は想いが強さにつながる。使う艤装にそれが蓄積されていくのは当たり前よ~?』
天龍(なら、御守りは?)
龍田『これで溜まった想いを顕現させるの。それだけじゃないけれどね』
天龍(……だけど今更こんなもんを見せられてどうしようってんだよ)
体は動かず、仮に動いたとしても強大過ぎる敵には勝ちようがない
もう終わってしまったのだ
龍田『終わってないわ』
龍田がきっぱりと言う
龍田『この状態になってるっていうことは、天龍ちゃんはもう答えに気が付いているはずよ?』
天龍(答え……)
龍田『あとは認めるだけなのよ?』
何度も逃げ続けてきた”答え”
そうだ、気が付いてはいたんだ
だけど
天龍(無理だよ……)
龍田『何でよ~』
天龍(……怖いんだ。もう、お前みたいに失うのが……)
龍田『…………』
怖かった
何かを背負って、消えていくことが
護るだなんて出来ないと、恐怖していた
天龍(俺の攻撃には恐怖しかない……その通りだ)
木曾に言われたことを思い出す
当たり前だ
自分のことさえ定まらない奴が、勝てるわけがないのだから
天龍(……もういいんだ。もう、休ませてくれ)
龍田『…………』
龍田は顔を伏せた
妹にさえ失望されてしまったか
そう思い、自嘲する
龍田『天龍ちゃん……』
天龍(……何だよ。そんな顔しても俺は……)
龍田『えいっ』
天龍(ぶべらっ!?)
顔を伏せながら近づいて来た龍田は、天龍にビンタを食らわせた
軽快な掛け声に反してすさまじい威力を持ったそれは、薄らいだ天龍の意識を再び引き戻す
天龍(何すんだよ!!)
龍田『天龍ちゃん、どうして嘘つくの?』
天龍(嘘……?)
龍田『本当に護りたいと思ってないんだったら、どうしてここに来たの?』
天龍(……!!)
真実を突いた言葉が、襲ってくる
龍田『あの子たちを、どうして見捨てなかったの?』
天龍(それは……)
龍田『天龍ちゃんはいつでも逃げれたんだよ?第二艦隊に配属されてからずっとね』
気が付かない振りをしていた真実が、心に突き刺さる
龍田『それでもあの子たちとずっと一緒にいたのは、護ろうとしていたからじゃないの?』
天龍(俺……は……)
龍田『いい加減に決めようよ。天龍ちゃんが、本当は何がしたいのかをね』
自分が、何をしたいか
龍田『今の天龍ちゃんになら、見えるはずだよ?』
天龍(何が……!?)
目を動かし、周りをよく見る
提督『天龍……』
睦月『天龍さん!』
五月雨『天龍さん』
曙『天龍!』
木曾『天龍』
龍田『天龍ちゃん』
そこには、自分と関わってきた人たちがいた
龍田『これはね?天龍ちゃんが意識の底で護ろうとしていた人たちだよ~』
第一艦隊の元仲間
第二艦隊の三人
提督
間宮、伊良湖
それ以外にも、何人も、何人も
龍田『どれだけ理性で否定しても、天龍ちゃんの心の底は、護りたいっていう優しい気持ちでいっぱいなの』
天龍(…………そうか、そうだったのか)
自分の張っていた見栄は、結局何の意味もなかった
気が付かない振りをしていただけで、やろうとしていたことはただ一つだったのだ
龍田『私も天龍ちゃんがいてくれたから、あの時頑張れた。誰かを護るっていうのはすごいことなんだから』
天龍(……俺、またやり直せるかな)
龍田『勿論よ~。だから早く起きて?体、もう動くはずだよ?』
天龍(…………)
ゆっくりと体を動かす
頭、足、腕
五体満足だ
龍田『覚悟は決まった?』
天龍(……ああ)
龍田『そっか……よかった。天龍ちゃんは不器用だから全然気が付いてくれないんだもん』
天龍(……悪かったな)
龍田『ふふっ……』
天龍(ははっ……)
天龍(お別れ、かな)
龍田『んーん。私は、いつでも、天龍ちゃんの中にいるよ』
天龍(……そうだよな)
龍田『だから、早く行ってあげて。今度はしっかりと護って見せてね?』
天龍(任せろ!)
龍田の手に触れると、周りの皆と一緒に元の光となって艤装に吸い込まれるようにして消えた
同時に傷ついた艤装が治っていく
そうだ、俺と龍田はいつでも一緒にいたんだ
水面を見上げる
今度こそ間違えない
護る
あの日の誓いを貫き通してみせる
天龍「第二遠征部隊旗艦、天龍!!出撃するぜ!!」
────────────────────────
─────────
天龍が沈んだ後、残された三人は絶望した
睦月「天龍さあああああああん!!」
五月雨「嫌ああああああああああああああ!!」
曙「っ!!!!」
タ級「サァテ、オ前達モスグニ水底デ会ワセテアゲル」
天龍を撃ったイ級たちが三人を囲む
逃げ場は無い
そもそも逃げるだけの余裕もない
タ級「痛クナイワ……一瞬ヨ」
タ級が手を前に付き出す
三人は、せめてもと抱き合う様に固まった
そして、死の宣告が放たれた
タ級「撃テ!!」
「「「っっ!!!!」」」
目を瞑った
イ級「「「…………」」」
しかしイ級達は、どうしてか砲撃をして来ない
不審に思ったタ級が声をかける
タ級「ドウシタ、早ク……!?」
そこで気が付いた
イ級全員の目に光が灯っていないことに
同時にその巨躯が真っ二つに崩れ落ちた
タ級「ナンダト……!?ドウイウコトダ!!」
急に起きた出来事に、タ級は気が付けなかった
自分に向かう一閃の太刀筋に
タ級「ッ!?」
腕が落ちた
その痛みを感じる前に、もう一閃、今度は首を狙った一撃を察知した
とっさに後退し避ける
「ちっ。一気に終わらせようと思ったのによ」
タ級「馬鹿ナ……何故生キテイル!!何故無傷デソコニ立ッテイル!!」
そこには、先ほど自分が撃沈したばかりの軽巡洋艦がいた
どうしてか自分が付けたはずの傷、そればかりではなくあらゆる装備の弾薬や摩耗も戻っているようだった
五月雨「天龍さん……」
曙「ぁ…………」
睦月「て、天龍さん……!!」
天龍「おう、ただいま。心配かけて悪かったな」
タ級「ドウイウコトダ!?確カニオ前ハ……」
動揺するタ級
しかし、天龍は無視して駆逐艦たちに語りかけた
天龍「ここから先、お前たちには一切攻撃を向けさせない。俺の背中に隠れてろ」
堂々とタ級と一直線に立ち、言いのけた
その風体に、今まで感じられていた迷いや弱弱しさは欠片も無い
タ級「……舐メラレタモノダナ。先程無様ニ負ケタ軽巡洋艦風情ガ」
タ級は無視されたことによる苛立ちを隠せずに言った
それでも天龍は返事をせずに、じっとタ級のことを見ていた
タ級「フン、ダッタラモウ一回……沈メテアゲルワ!!」
重々しい艤装を構える
片腕を失くしたとはいえ、それだけで無力化できるほど甘くはない
タ級「後ロノ奴ラモロトモ消エルガイイ!!」
邪悪な笑みを浮かべながら、タ級の凶弾が放たれた
天龍「…………」
ゆっくりと刀を上段に構える
刹那、音を置き去った一刀が振り下ろされた
砲弾はその後まっすぐではなく、天龍を避けるように二手に分かれた
タ級「馬鹿ナ……!?ソンナ物デ、私ノ砲撃ヲ……!?」
天龍は砲弾を真っ二つに斬ったのだ
天龍「遅いぜ!!」
驚きで固まったタ級に主砲を撃ち返す
戦艦相手ではかすり傷程度にもなりにくいその一撃は、布石でしかない
撃つと同時に接近した天龍は、以前と同じく超至近距離での戦闘を仕掛けた
天龍「オラオラオラオラァ!!」
タ級「何ダ、コノ重サハ……!?」
先程とは比較にならないほど重い一撃の数々
装甲がひび割れ、耐久がみるみる内に減っていくのを感じる
タ級(ダッタラ、モウ一回……!)
水中に忍ばせておいたもう一部隊分のイ級たちを呼び寄せる
タ級(学習シナイ馬鹿メ!背後ガガラ空キ!)
夢中になって切り込む天龍を見て嗤う
狙いはこの軽巡洋艦
あっちの駆逐艦どもでもいいが、このまま斬撃を受け続けるのは不味いと思ったのだ
音を立てずに天龍と曙たちの間に浮上してきたイ級たちに指示を出した
タ級(何度デモ沈メテヤル!ヤレ!!)
天龍「同じ手が何度も通じるかよ!!」
タ級「ナッ!?」
天龍はタ級が指示を出したと同時に背後に主砲を数発放った
イ級「「「!!!!」」」
その砲撃は吸い込まれる様に浮上したイ級達に当たった
黒煙を上げて沈んでいき、見えなくなる
天龍「分かってんだよ!!位置も数もな!!」
タ級「アリエナイ!完全に隠れていたはずだ!」
天龍「全力の俺の電探を舐めんじゃねぇ!!」
勝ちを確信し、慢心したタ級に振りかぶる
その一太刀は、タ級の上半身を上から深く傷つけた
傷口からドス黒い血のようなものが出る
タ級「ガ、アアアアアアア!!!!」
天龍「これで終わりだああああああああああああああああああああ!!!!」
苦しむタ級に、逆袈裟に斬りかかる
ここまで傷を付ければさすがの戦艦でも耐えられまい
だが
タ級「コノ……!!舐メルナアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ガキン!!
天龍「……!!」
手に感じていた重さが急に少なくなる
頬に何かが掠って血が噴出した
それは、さっきまで振り回していた物の破片
刀が、折れた
タ級は咄嗟に、残った手で砲の鋼部分を盾にするように構えたのだ
何度も斬りつけてガタが来ていたのか
タ級の装甲ならともかく、それを上回る頑強さを誇る鋼の固さのせいか
天龍の刀は、耐えられなかった
タ級「クカハハハハ!!終ワリダ!!」
タ級が砲をこちらに向ける
この至近距離で撃たれては跡形もなく吹き飛ぶだろう
景色がゆっくりと流れている
タ級「……沈メ!」
ここで、終わりなのか……?
『お前に、護る者はあるか』
提督の声が響く
曙「負けんじゃないわよおおおおおおおおおお!!」
五月雨「勝ってええええええええええええ!!天龍さああああああああんんんんん!!」
睦月「頑張ってええええええええええええええ!!」
アイツらの声が聞こえる
…………護る
俺が、俺がアイツらを護る!!
天龍「っ、あああああああああああああああ!!!!」
目を見開く
折られ、空中を舞う刀の破片を、背後に手を伸ばして掴む
そしてそのままタ級の目に向かって振り下ろした
タ級「ガッ……!?」
怯む
その隙を見逃さない
天龍「やらせはしねえ!!負けるわけには、いかねえんだよおおおおおお!!!!」
ドンッ……
小口径の砲から煙が出る
主砲を構え、タ級のこめかみをついに撃ち抜いた
頭が吹き飛んだタ級はゆっくりと崩れ落ちる
そしてそのまま、深い海の底へと沈んでいった
五月雨「連撃……」
五月雨が呟く
刀と砲を使った隙の無い二連攻撃
気が付けば辺りは夜になっていた
曙「……勝った……」
睦月「わぁ……」
独り言のように小さく声を上げる
未だ収まらない緊張感で、終わったという事実が認識できないでいた
天龍「……終わったぜ。さぁ、帰ろう」
天龍が三人に近づく
その瞬間感情が爆発した
五月雨「天龍さあああああん!!うわああああああああああん!!」
曙「無茶して!!もう!!」
睦月「怖かったよおおおおおおおおおおお!!」
同時に駆け出し、天龍にしがみつく
困り顔になりながらも天龍はそれを拒まなかった
天龍「ははっ……俺が負ける訳ないだろ?」
五月雨「うん、うん……!!」
安心させるべく、頭を撫でようとする
しかし腕が上がらない
天龍「でも、ちょっとばかし……疲れ……」
体が言うことを聞かない
そのまま水面に倒れ伏した
べちゃ、と言う音が響いた
睦月「天龍さん!?」
曙「ちょっと!!しっかりして!!」
大丈夫、大丈夫だから
そう言おうとしているはずだが、声も出ない
意思に反して目蓋も重くなっていく
天龍(ああ、あったけえなぁ……)
三人の温もりと、叫び声に包まれながら
意識を落とした
────────────────────────
───────────
天龍「……ぅ……」
目を薄く開く
知らない天井……ではない
ほんの少し前に同じ光景を見た
天龍「……鎮守府の治療室か……」
段々と意識が覚醒していく
自分が何をしていたのか
何を掴んだのかを思い出す
天龍「俺、やり遂げたんだよな……ん?」
ふと体を起こそうとすると下半身に重さを感じる
痛む体に喝を入れつつ上半身を起こした
五月雨「……すぅ……」
曙「…………」
睦月「にゃしぃ……にゃしぃ……」
いつもの三人が仲良く並んでいた
ベッドの上でうつ伏せで寝ている
外は明るい
時計を見ると、今は一○○○になったばかりくらいだった
徹夜で自分の傍に居続けていたのかもしれない
天龍「全く……」
五月雨「んぅ……ふふ……」
一番近くにいた五月雨の頭を撫でる
何の夢を見ているのか、それとも自分の手に反応したのか、笑っていた
その姿を見ているだけで穏やかな気持ちになった
提督「起きたか」
部屋の隅から声がした
そこを見てみると、提督が何か本を片手にこちらをうかがっていた
天龍「提督か……」
提督「その様子だと、たどり着けたみたいだな」
天龍「……ああ、多分な」
何のことを言っているかくらいは流石にわかる
提督にずっと言われていた”答え”、護るべきものが漸くわかったのだ
天龍「答えは……ずっと傍にあったんだな」
提督「そうだな。そうなる様に、お前に一番適した人員を割り振った。あの御守りもだ」
天龍「御守り……あれは結局なんだったんだ?」
一度、確かに自分は沈められたはずだ
それなのにあの光のおかげで体の傷が治った
提督「応急修理女神……要するにダメコンだ」
天龍「ダメコン……」
提督「アレは発動には手間が必要でな。何か強い想いを持った者でないと発動せんのだ。中でもお前に渡したのはとびきりに条件がきつい」
天龍「なるほどな、迷いの強い俺にはピッタリだったってことか」
だがそれだと自分が沈みかけるのが前提のようではないだろうか
その事実に気が付くも、すぐに提督が補足を入れる
提督「勿論最終手段としてだ。使わないに越したことはないが、お前のことだからきっとこうなるだろうと予測していた」
天龍「俺だから、ね……最初から手の上かよ」
提督「これくらいできなくて何がトップか」
天龍「ふっ、それもそうか」
妙に納得してしまった
いい様に動かされていたと思うと少し腹が立つ
だが今はそれも気にならないくらい穏やかな気持ちだった
提督「さてと、本題に入るか」
提督が佇まいを正した
先程までのリラックスしたものではなく、緊張感が辺りに広がっていく
天龍「何だよ、独断の出撃に対するお叱りか?責任なら俺が取るからコイツらは……」
提督「それはまた別の機会だ。他にもっと重要な話がある」
言葉を遮って言い放つ提督
提督は自分をじっと見つめてくる
その眼は品定めをするようで、しかし何か決まったことを確認するようでもあった
そして言い放った
提督「第二艦隊、遠征部隊所属、天龍。明日から第一艦隊への復帰を命ずる」
天龍「……!!」
提督「約束を果たす時だ。お前は答えを見つけたのだからな」
それは、ずっと待ち望んでいたことだった
戦いの中に身を投じ、己の身が塵になるまで敵を倒す
漸くあの退屈な生活から解放されるのだ
天龍「……マジかよ」
提督「嘘だと思っていたのか?」
天龍「そうじゃねえけど……」
提督「まぁいい、これは既に決定事項だ。これからの働きにも期待しているぞ」
体が震える
それは嬉しさだけではない
色んな感情がごちゃ混ぜになっていた
だが、その感情の波の中に一際大きなものがあった
決してこぼさないように、それを掴み取る
提督「どうした、返事をせんか」
天龍「……そうだな。頑張らねえとな」
気持ちに区切りをつける
一息つき、提督を見る
そして提督の期待通りの返事を返してやった
────────────────────────
──────────
曙「ぐぅ……んぁ?」
頭の上に、暖かいものが乗っている
何処か安心できるその感触を感じつつ、目を開く
天龍「よぉ、おはよう」
曙「おはよ……って、アンタ!!」
目の前に映ったのは天龍の爽やかな笑みだった
寝る前はピクリとも動かなかったのに、もう回復したのか、大丈夫なのか
脳が色々と処理できていない状態に陥った
五月雨「ふぇ……?」
睦月「むぅ……」
天龍「二人ともおはようだ」
五月雨「おはようございますぅ……てててて天龍さん!?」
睦月「おはようございますです……ええええ!?」
曙が大声を出したからか、他の二人も目覚めた
そしてそのまま同じ反応を繰り返していた
天龍「おいおい、人の顔を見て絶叫だなんてひどい奴らだな」
心底楽しそうにその様子を眺める
まるでスロットのように顔を三人並んで変化させているのだ
曙「大丈夫なの!?」
天龍「当たり前だろ?」
五月雨「もう……急に倒れるから心配で心配で……」
睦月「あのまま目を覚まさなかったらどうしようって……」
天龍「俺を誰だと思ってんだよ」
涙目になる五月雨と睦月
まぁ正直体はまだ痛いし動かすのは少し辛いのだが、悟られないように努めた
暫くそんなやり取りが続き、皆が落ち着いてきた
その頃合いを見て覚悟を決める
こいつらには言わなければならないことがある
天龍「なぁ、これから大事な話をするからよく聞け」
睦月「なんですかなんですか?」
曙「食事でも買ってきて欲しいの?しょうがないわね」
天龍「違うっての」
五月雨「じゃあ一体……」
天龍「今日限りで俺は第一艦隊へ戻る。お前らとはお別れだ」
出来るだけ声を震わせないように言った
三人はぽかんとしている
その間、何も言わずに黙っていた
そして最初に声を出したのは曙だった
曙「嘘……でしょ?」
天龍「本当だよ」
続けて五月雨が言う
五月雨「どうして、ですか?」
天龍「元からそういう約束だったんだよ。俺が遠征で活躍をしたら元の艦隊に戻すってな」
睦月が信じたくないという顔で聞いてくる
睦月「折角、仲良くなれたのに……」
天龍「悪いな。俺はやっぱり戦う方が合ってるらしい」
無慈悲に放たれる言葉全てを否定していく
どう質問されてももうここにはいなくなると認識させるために
睦月「やだぁ、嫌だよぉ……」
五月雨「別れたくないですよぉ……」
曙「っ……ぐすっ……」
天龍「…………」
三人の様子を見ながら最後の言葉を投げかけることにした
これを言えば、みんな納得してくれるはずだ
天龍「……でもな、戦いよりもっと大事なものが出来ちまったんだ」
曙「……え?」
天龍「お前らだよ。俺がいなくちゃ何にもできないお前らを、このまま放っていくわけにはいかない」
泣き続ける三人に、とびっきりの笑顔を向けた
天龍「俺はここに残る。お前たちを護り続けてやる」
そう、あの時提督に言った返事は、拒絶だった
天龍「一人っきりじゃどうにも調子が出ねえ。お前らの顔がチラついてしょうがないんだ。それを提督に言ったら好きにしろってさ」
睦月「え……え……?」
五月雨「じゃ、じゃあ……」
天龍「何回も言わせんなよ。五月雨、曙、睦月。これからもよろしく頼むぜ」
決まった
このシュチュエーションが作りたくて何となく嘘を言ってみたのだ
案の定全員雰囲気に飲まれて騙されていた
満足気な気分に浸る
だがすぐに壊れた
曙「……バ、バカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
天龍「ごふぅっ!?」
腹を殴られた
治りきっていない体にこの一撃は相当堪えた
天龍「テメ、何すんだ……いってえええええええええええ!!!!」
睦月「馬鹿!!馬鹿!!」
五月雨「うわああああああああああああああああん!!!!」
他の二人も参戦
三対一では勝てるものも勝てない
天龍「や、やめ、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
睦月「ずっと一緒にゃしいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
曙「絶対離さないからね!!!!」
五月雨「これからもよろしくお願いしますうわああああああああああああん!!!!」
天龍「分かったから!!!!ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!!」
早朝の病室に、三人の幼い罵倒が混じった泣き声と、一人の悲鳴が響き渡った
それから暫くして
ある通り名が鎮守府に刻まれることとなった
小さな駆逐艦からいつも囲まれ
大きなの信頼を受け
決して味方を見捨てず
絶対に護り抜く
其の名は
『遠征番長・天龍』
終わり
今回は長いです。60kb、大体3万文字です
でもちまちま投下してたらエタるって前世で言われたから一気に書いて投下しました
では読んでくれた方はありがとうございました
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