ボクサー「……くっ!」ザッ
男「おいおい、この程度か? プロボクサーさんよ」
男「俺みたいな素人、30秒でK.Oするんじゃなかったのかよ?」
ボクサー「この野郎!」ザッ
スパパァンッ!
男「たしかにパンチは上手いが、二、三発喰らう覚悟がありゃ──」ダッ
男「組みつくのはラクショーだ」ガシィッ…
ボクサー「し、しまっ──」
ボクサー(なんて力だ……外せない!)グイッ…
男「さあて、このコンクリの上に人間叩きつけたらどうなるかなァ……?」ニヤッ
ボクサー「!」
ボクサー「ま、待ってくれ! やめてくれ! ギブだ、ギブ!」
男「おいおい……ここはリングの上じゃねェんだぜ?」
男「ギブアップなんざあるワケねェだろう!」グイッ
ボクサー「わ、わわわっ!」ブウンッ
ドキャッ!!!
ボクサー「あ、がが……」ピクピク…
男「もうマウスピースつけなくてもいいようにしてやるよ。サービスだ」
ドゴッ! ドゴッ! ドゴォッ!
ボクサー「…………」ボロッ…
男「ハハ……歯がほとんどなくなっちまった。歯医者が喜ぶだろーな」
男「ケッ、プロボクサーっつっても、この程度か……」
男「リングの上でルールに守られてなきゃ満足に戦えねぇゴミどもが……」
男「プロ格闘家? 笑わせんな。お前らこそが素人なんだよ」ザッ…
男(柔道家、キックボクサー、空手家、プロレスラー、ムエタイ、力士……)
男(どいつもこいつも話になりゃしねェ)
男(路上でケンカを仕掛けられたらビビりあがって、戦力は半減し)
男(てめぇのジャンルにない技を繰り出されたら、もうなにもできない)
男(ルールに守られた世界でなきゃ爪も牙も繰り出せねえ弱者ども……)
男(あんなゴミどもをいくら相手しても、ハラハラすることすらできやしねェ)
男(あ~あ、刺激が欲しいぜ……)
ある日のこと──
男(あ~……刺激が欲しい。まただれか格闘家気取りをツブすか……)
男(ボクサーはこないだやっちまったし、今日は組み技の使い手とでも──)
ドンッ!
紳士「も、申し訳ありませんっ!」
男「ちっ、気をつけ──」
男「!」ピクッ
男「待ちな……おっさん」
紳士「な、なんでしょう!?」
男「人にぶつかって……謝っただけで済むワケねぇだろ?」
紳士「えええええ!?」
男「おっ」キョロキョロ
男「ちょうどいいところに路地裏がある……ついてきな」
紳士「ですが、わたくし急いで──」
男「来ないってんなら、殺すぞ」ギロッ
紳士「ひっ! わ、分かりました……」
男「よ~し、ここならジャマは入らない」
紳士「あのう……」
男「おっさん……アンタ、それなりに鍛え込んでるんだろ?」
男「その肩の筋肉……ただもんじゃない」
男「俺と勝負してくれや」
紳士「えええええ!?」
紳士「た、たしかに……体は鍛えてますが、あくまで趣味のためで……」
男「つべこべうるせェよ。もう諦めろ」
紳士「とんでもないことになってしまいました……。ところで、ルールは?」
男「んなもんねェよ。好きなようにかかってきな」
紳士「はぁ……分かりました」
紳士「では、こんなのもアリですよね?」チャッ
男(ハァ!? ──じゅ、銃ゥ!?)
男「ちょ、ちょっと待て! なんだそれ!?」
紳士「ベレッタM92、という拳銃です」
男「いやいやいや、そうじゃなくって!」
紳士「あ、もちろん、ホンモノですよ」
パァンッ!
男「うおおおっ!?」ビクッ
紳士「ただの威嚇射撃です。そんなにビックリなさらないで下さい」
男「いくらなんでも……銃はナシだろ! 銃は!」
紳士「なぜです? ルールなどないといったのは、あなたではありませんか」
紳士「だから当然、こんなのもアリですよね?」サッ
ゾロゾロ……
兵士A「…………」
兵士B「…………」
兵士C「…………」
兵士D「…………」
兵士E「…………」
男「うぇ!?」
男(どこに隠れてやがった、こいつら!? まったく気配を感じなかったぞ!)
男「ふ、ふざけんな! なんだこりゃあ!?」
紳士「ふざけてなどいませんよ。これが私のやり方なのです」
紳士「勝つために、銃と仲間に頼る。実に合理的な手段ではありませんか」
男「お、おかしいだろ!」
男「いくらルールがないったって……武器はせいぜい刃物までとか、一対一とか……」
男「そういう最低限の暗黙の了解ってもんはあんだろうが!」
紳士「なにをおっしゃる。そんな俺ルールを押しつけられても困りますよ」
男「ぐっ……!」
紳士「ですが、まぁいいでしょう。あなたのルールで相手をしましょう」
紳士「それでも勝てる自信はありますしね。素手の一対一でやりましょう」スッ…
男(よしっ、銃をしまったッ! ──今だッ!)ダッ
ズボッ!!!
男「うわぁぁぁっ!」
男「な、なんだこりゃ……落とし穴……!?」
紳士「みごと下半身がハマりましたねえ。ハッハッハ」
男「なにしやがる! いつの間にこんな罠を……! ──ま、まさか!?」
紳士「そう、そのまさかですよ」
紳士「私はね、最初からこの場所にあなたを誘い込むつもりでいたのです」
紳士「あなたは私をここに連れてきたつもりだったのでしょうが──」
紳士「実は逆だったというワケですねぇ」
紳士「あの場所であなたを待ち伏せて、肩をぶつければ」
紳士「私の肉体を見抜いたあなたが私とファイトするために、この場所を選ぶ」
紳士「──というのは分かり切っていましたから」
男「てめえ、ぶっ殺して──」グッ…
紳士「おっと、動かないで下さい。撃ちますよ」チャッ
男「ぐっ!」
男「き、きたねェぞ……こんなやり方!」
紳士「なにが汚いのです?」
紳士「ルール無用とはこういうことでしょう?」
紳士「もっといってしまえば、私のやり方などまだまだ生ぬるいですよ」
紳士「あなたが気づかぬうちに、狙撃銃で射殺してしまえばよかったんですから」
紳士「あるいはもっとスマートに、毒殺だとかそういう手もありますねえ」
紳士「家族や恋人を人質に取るのもよいでしょう。あなたには通じないでしょうが」
男「…………!」
紳士「さてと、勘違いしているようなので、教えときましょうか」
紳士「ルールのない世界で強いなど、別に自慢するようなことではないのですよ」
男「なんだとぉ……!?」
紳士「だってそうでしょう?」
紳士「サッカーでキーパーでもないのに堂々と手でボールを扱う輩」
紳士「バスケットボールでボールを手に持ったまま何歩も歩く輩」
紳士「野球でバットを用いて相手選手に殴りかかる輩」
紳士「彼らが褒められると思いますか? すごいと思いますか?」
紳士「また、これらがルールで認められたところで、競技として面白いと思いますか?」
紳士「きちんとしたルールがあるからこそ──」
紳士「これらの競技は面白く、美しく、エキサイティングなのです」
男「サッカーや野球と、格闘技はちげえだろうが……!」
紳士「同じですよ」
紳士「いわゆるプロ格闘家……彼らはあらかじめ定められた基準やルールに乗っ取り」
紳士「その中で己の肉体や技術を競い合うのです」
紳士「その大前提がある以上──」
紳士「もしルールがなかったら、なんて議論が入る余地はありません」
紳士「少なくとも、彼らをルールの外に引きずり出して、戦わせて」
紳士「あいつらはルールがなければ無力、などと貶す権利はだれにもありません」
男「くっ……!」
男「そ、そうか……!」
男「てめぇ……俺が今までにツブした格闘家の関係者に雇われたんだな!?」
男「復讐しろ、と! カタキを取ってくれ、と!」
紳士「そんなことはどうでもよろしい」
紳士「さてと……認めますか? あなたの負けを」
男「お、俺は……負けてねえっ! 負けてねェんだっ!」
男「こんなやり方ありかよっ! ち、ちくしょうっ!」
紳士「おやおや、なかなかイキがいいですね。ウワサ通りですよ」
紳士「まぁいいでしょう」
紳士「あなたがルール無用の世界では強い、ということは認めましょう」
男「分かりゃいいんだよ……」
紳士「だったらなぜ──」
紳士「いつまでも、こんな平和な日本にいるのです?」
男「!」
紳士「たとえば、中南米は警察よりマフィアの力が強い、なんていわれています」
紳士「日本より、よっぽど腕試しのしがいがあるじゃないですか」
紳士「あるいはアフリカのサバンナを裸一貫で歩くなんてのもいいかもしれませんね」
紳士「ライオンやハイエナとのスリリングなファイトが楽しめますよ、きっと」
紳士「あと……ホットな地域といえば、中東もそうでしょうねえ」
紳士「米軍やテロリストとの熱い死闘が、あなたを待っていることでしょう」
男「ぐ、ぐぐ……!」
男「りょ、旅費がねえんだよ! だから日本で──」
紳士「だったら私が出してあげましょう」
紳士「ほら、100万円」ポンッ
紳士「なんなら、もっと欲しいですか?」ドササッ
男「!」
紳士「ただし、受け取ったからには持ち逃げは許しませんよ」
紳士「絶対にどこかしらの危険地帯には向かってもらいます」
紳士「絶対にね」
男「…………」ゴクッ…
紳士「おやおや、黙ってしまいましたか」
紳士「しょせん、あなたは……この程度でしたか」
紳士「ま、せいぜい、この平和な日本で俺ルールを掲げながらファイトを楽しんで下さい」
紳士「それじゃ……皆さん引き上げますよ」クルッ
男(背を向けやがった……!)ニヤ…
男(このおっさん、只者じゃねえ。只者じゃねえけど──)
男(このままで終われるか! このままでっ……!)
男(今、ヤツは背を向けている……。銃も懐にしまった……)
男(一瞬で穴からはい出て、ブッ殺してやる!)グッ…
ガバッ!
男(死ねぇぇぇっ!)ビュオッ
紳士「おっと」ヒュッ
男(な……!? 俺のパンチも見ずにかわし──)
紳士「よっと」
ベチィッ!
男「ぐああああっ……!」
男(な、なんて重いローキックだっ……!)ヨロッ…
紳士「さっき申し上げたでしょう? “あなたのルール”でも勝てる自信がある、と」
ガッ! ゴッ! ドゴォッ!
ドザッ……!
男「げ、ぼっ……」ピク…ピク…
紳士「いかがでしたか?」
紳士「ルール無用の恐ろしさと野蛮さ、よく分かりましたか?」
男「わ、わが、り……まじ……だ……」
男「ご、ごべん、なざ、い……」ジョロロロ…
紳士「分かっていただけましたか」
紳士「それじゃ、私たちと一緒に紛争地域へ飛びましょう!」ガシッ…
男「!?」
男「な、なんで……!? なんでぇっ!?」
紳士「だって……分かったんでしょう? ルール無用の恐ろしさと野蛮さが」
紳士「つまり、理解したということでしょう」
紳士「理解したなら──次は実践といかなければ、ね?」グイッ…
男「い、いやだっ!」ズルズル…
男「いやだぁぁぁぁぁっ!」ズルズル…
──────
────
──
三ヶ月後──
男「あ、あの人……もう武器を持ってませんし、命乞いしてるんですが……?」
紳士「殺りなさい。殺らねば、私があなたを殺します」
男「わっ、分かりましたぁ~! うわぁぁぁっ!」ガガガガガッ
敵兵「ぎゃあああっ……!」ドチャッ…
兵士A「小便をもらしながら、敵に銃弾を浴びせてますね」
紳士「なあに、もう一ヶ月もすれば、鼻歌交じりで女子供も殺せるようになりますよ」
紳士「久々に帰国したら、なかなかイキのいい若者を見つけることができました」
紳士「同じような経緯で部下にした、あなたたちのようにね」
兵士A「……昔の話です。あの頃は自分も未熟でした」
紳士「私の趣味──最強の傭兵集団作成がいよいよ完成に近づきつつあります」
紳士「実に楽しみなことですね」ニコッ
─ END ─
>>19
一ヶ所気づいたので訂正
男(な……!? 俺のパンチも見ずにかわし──)
↓
男(な……!? 俺のパンチを見ずにかわし──)
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