「ドラえもん 大人なのび太と最後の時間戦争!」 (31)

最近よく考えることがある。
僕は何のために生まれてきたのだということ。
僕は誰のために生きるのかということ。
僕はなんで死なないのかということ。
体つきは大人になっていても心はあの頃の子供のまま。
未熟で未発達な子供のままだ。
科学という力を後ろ盾に今まで好き勝手したことは言うまでもない。
そして、その科学は僕をダメにしたということも、言うまでもない。
いや、きっと、僕は最初からダメだだったのかも。
それでもあの頃は。
臆病で、世間知らずで。
そして少しだけ善悪の区別がつく僕は。
今と比べてほんの少しだけ、輝いていたのかもしれない。

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「君の面倒は見切れない」

僕の親友はそう言った。
そう言ってどこかへ。
僕の手が絶対に届かないどこかへと消えていった。
なんでそんなこと言うんだろう。
僕らは親友だったのに。
いや、そう思っていたのは僕だった。

ほかのロボットに比べて。
少し抜けてて。
優しくて。
猫型とは到底思えない。
僕の親友。

のび太「…ドラえもん」

その名前を僕はつぶやく。
限りなく小さな声でつぶやく。
暗くて湿っていて、誰も近寄らないこんな部屋で。
誰に聞かれるわけでもないのに。
僕は誰かに聞かれないよう、小さく小さくつぶやく。

人類が産んだ科学の結晶。
未来が生んだ英知の極み。
完全な自立、自律、そして完璧な人口知能を搭載した人間らしいロボット。
それがドラえもん。

僕なんかには勿体なくて。
だけれどいつだってそばにいてくれた。
今はもういない存在。

奇跡でも起こらない限り。
きっと彼はもう、ここへは来ない。

科学。
それは人間にとって真理を解く術であり。
すべての現象を机上の数列だけで片付けられるような完璧な理論。
彼ほどの科学の極みが存在するのならば。
こうも言い換えられるかもしれない。
科学の存在は、奇跡の否定。

屁理屈をこねてしまった。
まぁ。
つまり。
彼と僕は二度と、出会うことはないんだろう。

たま子「何時までそこにいるの!!のび太!!」

のびちゃん、と言われることのなくなった僕はうんざりとした顔でドア越しに彼女の声を聞く。

たま子「もうあなた21なのよ!」

21歳。
僕はドラえもんが居なくなってから。
いや。
高校生くらいから不登校になった。
特に挙げるような理由なんてない。
ただ世界のすべてが嫌で。
才能のない自分が嫌いで。
こんな世の中認めたくなくて。
自分だけの居心地いい世界へと閉じこもったのだ。

21歳?
だからなんだ?
僕だって運動が苦手といえど、まだ若いんだ。
やる気になれたら僕だって。
僕だって。

のび太「…はは」

よくいうよ。
やる気がないからここまで堕ちたくせに。 

明日から明日から明日から。
そうやって過ぎていく今日を僕は何度無視しただろう。

あの頃の心躍る冒険も。
あの時の光り輝く勇敢も。

今の僕はもう、覚えちゃいない。

口うるさい母がリビングへ向かった隙に僕は家を出た。
ほら、外にだって出れるんだ。
僕はまだまだ大丈夫さ。 

まだ僕は一番下まで堕ちてはいない。
だったら這い上がる余地もあるというものだ。

前を見よう。
ポジティブに。

そう思って顔を上げるとそこには懐かしい顔があった。

今思えばくだらないことだけれど。
昔の僕にとってはとっても残酷で。 
会う度に胃が痛む思いをさせられた。

ジャイアン「…よう、のび太」

剛田武。

僕の。

僕の、何だったかな。

のび太「…武…」

昔みたいにジャイアンとは呼ばない。
いい歳してあだ名で呼び合うのは恥ずかしいし、何より彼はもう「ジャイアン」じゃない。

ジャイアン「…仕事、見つけたか?」

ただの、武だ。
あの頃の、ジャイアンじゃない。

のび太「…うるさいな、武」

ジャイアン「…もう、ジャイアンとは呼んでくれないんだな」

僕の気持ちを知ってか知らずかそんな事を彼は口にした。

そんな顔をするな。
お前はいつだって強い立場だったから。
僕の気持ちなんて。

ジャイアン「ごめんな」

またこれだ。

彼は会う度にこの単語を口にする。
昔の彼からは到底出ないような言葉を。 

彼が高校生の時、彼の妹は壮絶なイジメにあった。
それは僕なんかと比べ物にならない程で。
彼の妹は今でも男を見ると顔色が悪くなる。

女に対して男が行う最低最悪の侮辱行為。

昔の彼女とは比べ物にならないくらい可愛く可憐になった彼女は。
彼女は、複数のクラスメイトの慰み物になったのだ。

それを知ったジャイアンはそのクラスメイトを半殺しにして。
そして悔いた。

自分は同じことを僕に対してもやっていたのだと。

笑ってしまう。
あれ程横暴の限りを尽くした彼は今、本気で謝っているのだ。

あんな些細で、大人になってしまえば思い出の一ページにさえ成り得ない事に対して。

誠心誠意本気で謝っているのだ。

のび太「…ろよ」

ジャイアン「…すまん」

のび太「やめろよ!!」

あらん限りの声を出す。
そんなこと聞きたくない。
君の妹は今立派に成長して高校へ通っている。
あれ程の事をされて、心に傷を負いながらそれでも立ち上がっている。
  
なのに。
僕は。  

のび太「…謝るな、謝るなよ」

のび太「僕がこうなったのは!お前が原因でもあるんだぞ!!!」

ジャイアン「…!!」

クズ。
人間として。
一人の男として。
言うまでもない、クズ。
それが僕だ。

立ち上がろうともしない原因を他者に押し付けて。
自分の行動を正当化する、そのためだけに。
今はもう反省している数少ない友達を責め立てる。
それが僕だ。

ドラえもんが見限るのも頷ける。 

言いたくもない言葉がどんどん出てくる。
考えるより先に目の前の友達を傷つける。

のび太「今更そんな言葉欲しくないんだよ!」

のび太「僕をこんなにしておいて!」

のび太「謝るなら金をよこせ!」

あぁ、もう。
心の中で乾いた笑いが生まれる。
腐りきっていた。
僕は既に腐りきっていたんだ。

ジャイアン「…すまねぇ」

何を言っても謝ることしかしない。
駄目だ。
君といると僕は死にたくなってくる。
いつまで経っても向かい合えない僕を。
殺したくなってくる。 

のび太「…もう、二度と話しかけないでくれ」

そう言って背中を向けた。 
繋がりを作るのは簡単だけれど。

繋がりを断つのは実に容易いね。 
 
ここで奇跡くらい起こってくれれば。

またあの頃のように、二人して笑い会えるんだけどさ。

のび太「…」

後ろを振り向くと、もう彼はいなかった。   

のび太「…うぅ…畜生…!」


あはは。 
ほぅら。 
やっぱり、奇跡なんて存在しないんだ。

それにしても。
あまり外に出ていないせいか、この街の変わったところにばかり目が行く。 
ジャイアンにあってしまった事は失策だったけれど。
だけど、彼にあってしまった以上。
何故か僕は、後二人、合うべき人達がいるような気がしてならなかった。 

嘘のような冒険。
夢のような体験を共にしてきた仲間たち。

そんな彼らの存在をこの目で確かめて。
そして。
そして?
そしてまた僕は失意に飲まれながら。
あの僕だけの世界に再び居座るのだけれど。

まぁ、それはそれだ。

とにかく僕は。
もう一人のいじめっ子。
骨川スネ夫に会いにいくことにした。

のび太「…」

いざ家の前に来てみると緊張してしまう。
昔はなんだかんだ抵抗なく押せたものだけど。
今となってはその行為が人を殺すことのように思えてならない。

のび太「…はぁ…はぁ」

ほかの人が見たらきっと僕は変質者だろう。
そんなくだらないことを考えていると、不意に後ろから。
男にしては少し高い声が聞こえてきた。

「おい、そこは僕の家だぞ」

だけれどあの頃のねっとりと絡みつくような声色ではなく。
むしろさわやかさを感じさせるような透き通った声。

振り向いた僕はその声の主が。
探し求めていた人物のものだと気付くのに自分でも驚くほどの時間がかかったのであった。

スネ夫「…のび太…?」

気付いてくれる…もんなんだね。 

スネ夫「久しぶりだなぁ」

目の前に置かれた小奇麗なティーカップは、僕という小汚い存在も手伝ってか、より一層高級そうに見えた。

スネ夫「どうだ?調子は」

どうもこうもあるか。
至って最悪だよ。

のび太「…」

黙りこくっている僕を気遣ってか彼はペラペラと喋り出す。
そういうところはあまり変わっていないようだった。

スネ夫「お前が引きこもっている間に色々あったんだぞ」

スネ夫「ジャイアンは家を継ぐし、僕だって教師になったんだ」

教師か。
確かに屁理屈をこねくり回す彼は思った以上に教師という職業に向いているのかもしれない。

スネ夫「…早く仕事、見つけろよ」

こいつもこれか。
またイライラしてくる。

のび太「…うるさいな」

のび太「昔僕にしたこと、忘れたとは言わせないぞ」 

僕はここぞとばかりに、その事を口にする。

だが。

スネ夫「おいおい」

だが彼は少しもひるむ様子なく淡々と僕の言葉に応じた。

スネ夫「…確かにあの頃は僕が悪かったよ」

スネ夫「お前のことずっといじめてたな」

これも心からの言葉。
そんなこと分かってる。

スネ夫「だけどさ、それとお前がニートなこと、どう関係あるんだよ?」

のび太「…!!」

痛いところを突かれる。

スネ夫「それでお前が対人恐怖症になったとかなら仕方ないさ」

スネ夫「それは僕が悪い」

スネ夫「だけどさ」

やめろ。
やめてくれ。
どうしてそんなこというんだよ。
少しくらい。
いい気持ちでいさせてくれよ。



スネ夫「今のお前の状況って努力してないお前が招いた結果だろ?」

スネ夫「自分で分かってて、それでも僕らに原因を擦り付けるほどお前は追い込まれてるのか?」

のび太「…っ!!!」

正論すぎるほどの正論。 
これ以上ない正論。
スネ夫とジャイアンは高校生の頃。
つまり僕が不登校になった時期に。
二人で僕の家に来た。
あの頃の僕は、彼らのいじめなんてとうに忘れ去っていたのに。
二人して、謝りに来た。

スネ夫『おばさん!ごめんなさい!』

ジャイアン『すまねぇ!おばさん!』

たま子『…あらあら、どうしたの?二人とも』

ジャイアン『最近のび太のやつ、学校行ってないんだろ!?』

たま子『…えぇ、まぁ』

ジャイアン『実は俺たち、小学校の頃、あいつを虐めてたんです!』

スネ夫『…それが原因かもしれなくて…』

たま子『…』

ジャイアン『…本当に…ごめんなさい…』

スネ夫『…ごめんなさい…!』

たま子『…いじめ、ねぇ』

たま子『…確かにいじめは最低の行為よ』

たま子『子供にとって残酷で、下手すれば一生の傷になりかねないわね』

たま子『…うちの子がそうなったとしたら、許せない』

ジャイアン『…』

スネ夫『…』

たま子『だけれどね、少ないわよ』

たま子『自分の悪さを反省出来る子って』

ジャイアン『…え?』  

たま子『貴方達はそのことが苦しくて、ここへ来たんでしょう?』

たま子『のび太にした残酷な仕打ちが苦しくてここへ来たんでしょう?』 

ジャイアン『…』

たま子『大丈夫、あの子は何も気にかけちゃいないわ』

たま子『…少し、怠けているだけよ』

たま子『…ありがとう』 
 
たま子『…これからも、のび太の友達でいてね?』

こんな事があったらしい。
まぁそれを聞かされたのはそれから三週間ほど後のことだったけれど。
 
スネ夫「…あの頃のことが今でも許せないなら、僕はどんな罪でも償うよ」

スネ夫「君の気の済むまで殴ってもらっても構わない」

殴れるわけが無い。
だって、僕はただ八つ当たりしているだけなんだから。

スネ夫「…だけどさ、お前それでいいのか?」

スネ夫「…努力しないまま、これからもそうやって生きていくのかよ」

彼の言葉が鋭く胸に突き刺さる。

スネ夫「もがける状態でもがこうともしないで」

スネ夫「たった一人の親友にさえ見放されて」

スネ夫「それでもそうやってなぁなぁに過ごすつもりかよ」

のび太「…っ!!」

勢い良く僕は彼の家を出た。
もう聞いていられない。

僕がクズであるという証明を。 
他人の口から聞くのは、辛すぎる。  
何より。

哀れすぎる。

のび太「…くそぉっ!!」

そうして僕は結局、彼に会いに行った意味もなく。
最後の仲間のところへ、向かうのだった。

とりあえずここまで
ニートなのび太の行く末やいかに

僕の好きだった人。
ドラえもんがこの世界へ来たのも、僕と彼女を結ぶという目的があったから。
源しずか。
いつだって誰にだって優しい彼女は、いつからか僕の憧れとなっていた。

のび太「…はは」

だけど。
誰にだって優しいってことは。
誰にだって平等だってこと。
そして。
真に平等で究極に公平な人間なんて。
存在しない。

のび太「…引っ越しちゃったんだ」

僕からすると女神と言っても過言でない彼女は。
僕が家に引きこもっている間に。
遠くの地へ行ってしまった。

いつだって五人で冒険に出ていた。
ドラえもんもジャイアンもスネ夫もしずかちゃんも。
誰一人欠けることなく心躍る冒険をしていた。 
あの時の輝きはもうない。
いつまでも子供じゃいられないことくらい僕だって知っている筈なのに。
知っている筈なのに僕は前に進めない。
大人になるより。
子供のままの方が楽だから。

のび太「…ドラえもん…!」

僕が呼んだら答えてくれた。
彼はもういない。

奇跡は起こらない。
科学が存在する限り。
奇跡はこの世に存在しない。    

奇跡は…。




「だったらこの世界を壊そうじゃないか」



おどろおどろしい声。
振り向くとそこには不気味な鉄仮面をした男がいた。

のび太「…誰!?」

「僕か?僕はアイボン、世界が嫌いで、奇跡を願う男さ」

唐突すぎる。
どうして僕が外に出た時に限ってこういう目に遭うのだろう。
アイボンと名乗った彼はどうみても普通じゃない。
時代遅れのマント、仰々しい喋り方。
そして。
仮面に隠しきれていない憎しみのこもった声。

アイボン「もう一度言う」

アイボン「奇跡を否定した世界なら、共に怖そうじゃないか」

アイボン「ロボットの時代は終わりだ」

子供の頃の冒険前の武者震いとは違う。
明らかな恐怖。
僕の中に恐怖が生まれつつあった。



アイボン「これからは、奇跡が世界の中心だよ」


その不気味な声は。
甘みのある毒みたいに。
僕の心に染み込んでいくようだった。

アイボンと名乗る男についていってから数日。
僕は彼についてあれこれ聞いた。
アイボンの目的。
奇跡を否定した世界。
そして。
壊すとは、どういう事か。

アイボン「そうだな、まず僕の目的は言った通り」

アイボン「この世界を壊すこと」

アイボン「科学が存在する限り、この世に奇跡は訪れない」

奇跡。
それは科学と対極に位置する現象。

アイボン「まずは世界を作り変えるために」

そこでアイボンはにやりと笑って。
その姿はどことなく子供のようで。

アイボン「いずれ未来に訪れるロボット社会の可能性を」

だけれど憎しみの炎が宿る目で。

アイボン「叩き潰す!」

それはつまり。
彼と出会うチャンスを二度と失うということ。
アイボンに加担するということは。
僕の親友を。
殺すという事に他ならない。

のび太「少し…考えさせて」

アイボン「いいだろう」

アイボンは対して感慨もなくそういった。

世界を壊す。
口にするのは簡単なことだけれど。
それはしてはならない、事。
昔、子供だった僕は善悪の区別がつく輝いた少年時代を送っていた。
その僕が世界を壊す。
バカバカしい。
できる訳が無い。

それに。
世界を壊すためにいずれ来るであろうロボット社会の可能性を根絶するということは。
僕はもう二度と彼と会えなくなってしまう。
これから先。
たとえどんな奇跡が起ころうとも。

のび太「…あぁ、そっか」

のび太「奇跡は、起こらないんだった」

奇跡は起こらない。
科学が存在する限り。
彼ともう一度出会う、その為に。
彼が生まれる未来を否定するというのか。

のび太「…そんなの、分かんないよ」

こういう時、彼ならどんな答えを出すのだろう。
僕の親友は、一体何と言うのだろうか。

のび太「…ドラえもん…」

僕は一度だけそう呟いて。
そして、取り敢えず自分の家へと足を運んだのだった。

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