P「侵略者」 (60)


久しぶりにまったりと投下していきます。



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ここは俺の城だった。

正確に言えば夜間。それも九時十時と言った律子や音無さんが帰ったあとからである。

誰もいない独りの事務所。

俺の指元から発せられるキーボードの音だけが唯一のBGMである孤独な戦場だ。

しかしそれは会社でありながら、まるで自分の部屋にいるがごとく人の目を気にする必要が無いということでもある。

携帯を弄りながら足でパソコンを操作する。逆立ちしながら熱唱するなんて日常茶飯事。

伊織のオレンジジュースを薄めておく。もう半分以上は水のはずだが、まだ気づいた様子はない。

亜美のゲームを微妙に進めておく。リオファネス城内でセーブしたのは不味かったかもしれん。

あずささん用のお菓子をカントリーマアムや源氏パイと言った高カロリー系のみにしておく。罪悪感が激しい。

律子の予備眼鏡をピンホール眼鏡にしておく。まあこれは視力を良くしてもらいたいと言う願いも入っている。

そんな些細な悪戯も許される環境。

多くの自由が認められた夜の事務所は、帰る時間すら惜しむ俺にとっては第二の我が家であった。


そんな天国は突如として襲来した侵略者たちにより崩壊した。

安眠をもたらしてくれたソファは彼女らに占拠され、床はもぐら叩きを再現したかのように穴だらけ。

電話や目覚まし時計などは意味もなく涎まみれになっている。

サービス残業であるにも関わらず、不真面目に仕事をしようとすると途端に説教が始まったりもする。

それどころか、小さな物音一つ立てるだけで一人の侵略者はどこぞへとワープするから気が気でない。

しかし緊張しすぎて汗を流すと、別の侵略者はその一滴の汗で深刻な事態を招いてしまう。

まともに足を着けれず、物音も立てれず、汗をかかないようにできるだけ体温を上げないようにする。

「まるでミッションインポッシブルだな」

安息の地は一転し、ラングレーの大金庫室になってしまった。


侵略者を追い出そうとするのは簡単だ。

全員が異様な能力を持っているとは言え、所詮は二頭身である。大の大人である俺の敵ではない。

つままれストラップのごとく、ちょいと摘み上げるだけで彼女達は何もできなくなる。

あとはそのままぽいっと外に放り出せば終わりである。なんとも簡単な解決策だ。

ただ……もしこの侵略者たちをそうやって追い出してしまった場合、俺の命はまず無いだろう。

世の中に存在する正義の一つに『かわいいは正義』というものがある。

侵略者達はかわいい。あの貴音が骨抜きにされるくらいかわいい。

もしこのかわいい侵略者たちを迫害してしまえば、俺はこの事務所の女性陣全員を敵に回すこととなる。


……きっと普通には死なせてくれないんだろうな。

伊織と言うスポンサーがいる以上、事務所ごとA-10で蜂の巣にされてもおかしくない。

いや、アイドルたちの侵略者に対する愛情の深さを考慮すると、燃料気化爆弾による絨毯爆撃もあり得る。

加えて、ついこの間軍事関連の仕事が来たせいで、全員が銃の扱いに長けてしまったところも問題である。

雪歩なんてライフルで500メートル先の的を正確に射抜いてたんだから、もうこれは脅威である。

恐ろしいのは侵略者ではない。己がプロデュースしているアイドルたちである。

そういうわけで、今日も物音一つ立てないように黙々と目の前の書類の山を片付けていたのであった。


「ふぅ……」

企画書を一通りまとめ上げたところで視線を時計に向ける。

すでに音無さんが帰ってから二時間以上が経過していた。

誰からの介入が無い時間というのは異様なまでに過ぎるのが早い。

やれやれ。ここまで集中して作業をしても書類の山が半分程度残っているとは、どうしようもない量だ。

終わらない仕事に溜息が出るものの、みんなが順調に売れている証でもあるだけに嫌気は一切ない。

あるとすれば、少しくらい俺の給料が上がってもいいんじゃないかという愚痴くらいなものだ。

ともあれ、一旦途切れてしまった集中力を取り戻すにはしばしの休憩が必要だ。

お茶でも淹れようかと思い立ったところ、タイミングよく一杯の湯呑みが机に置かれた。

「ぽえ~」

視線を向けた先には第一の侵略者、ゆきぽがいた。


「お、ちょうど飲みたいと思ってたところなんだ。ありがとな」

そっと頭を撫でる。毛並み……と言っていいかどうかは不明だが……はいつもどおり極上である。

「ぽえぽえ」

喜んでくれているのか、ゆきぽはご機嫌だ。

彼女は侵略者の中ではおとなしめであり、よく気が利く。

ゆきぽはいつものように背もたれへと移動すると、ぽんぽんと俺の肩を叩き始めた。

頑張って叩いてくれてはいるが、俺のような慢性的な肩こりに対しては無力に近い。

それも片方の肩でしかできないのだから、科学的に見るとしてもしなくても大して変わらないのだろう。

だが、ゆきぽがこうして頑張ってくれるだけで身体中の疲れが癒されるのもまた事実だ。


張り詰めていた緊張が小さな肩たたきで解される。

手を止めてパソコンから焦点を外す。

時間を忘れて仕事ができると言うのは非常に効率的ではあるが、やはり長時間ともなると目が痒い。

んー目薬はどこやったかな?

机の中を探しても中々見つからない。

「ああ、そういや切れてたから薬局で買ったんだっけ」

ゆきぽの手が離れないよう、やや無理な体勢で鞄を開けた。

「あらー」

隙間から、一体どうしてそこに入ったのかまったくわからないが、みうらさんがひょっこりと顔を出した。

決して誘拐しようとしたわけではない。


まさかもう俺の鞄にまで侵略の手が及んでいるとは。

そう思いながらみうらさんをかばんから引っ張り出す。

「あらあら~。あらあらら~」

ふむふむ、なるほど。さっぱりわからん。

彼女は一つの箱を携えていた。そこには目薬の成分が事細かに書かれてある。

「なんだ、俺の目薬を探してくれてたのか?」

「あら~」

意思疎通ができたのか、みうらさんは嬉しそうに首を揺らす。

すると彼女は器用に箱を開けると、そこから目薬を取り出した。

もしかしたら目薬を差してくれるのだろうか?


他人に目薬をさして貰った経験なんてあるはずがない。

のんびり屋のみうらさんにお願いしても大丈夫だろうか?

しかし元来能天気な俺は

「ま、いっか」

と即座に自己完結。

みうらさんを抱え、いざ点眼。

こたぷ~ん。

「あら~」

こたぷ~ん。

「あらあら~」

よし、目に潤いが戻った。


そんな人間失格ぶりを発揮していると、後ろからチンッとレンジの音が鳴った。

「ん?」

ゆきぽを振り落とさないようゆっくりと振り返る。

お盆が一つ、ふよふよ宙に浮いているのが視認できた。

UFOのようなお盆はそのまま机の上へ綺麗に着地。

ほかほかの湯気と炒め物の香りが思考の外にあった空腹感を刺激する。

「ぴっ!」

どの一流レストランでも用意できない、世界一可愛いウェイトレスぴよぴよがぴしっと右手を挙げた。


用意された食事は筍の炊き込みご飯にもやし中心の野菜炒め。それと冷奴だ。

過剰に効いたスパイスが食欲を猛烈に刺激。準備万端と言わんばかりに腹が鳴る。

いつもながら、彼女たちのタイミングは完璧だ。

まるで俺の腹が管理されているみたいじゃないか。

「うし。じゃあいただくとしようか」

まずはゆきぽの日本茶を飲む。熱めが好きな俺にとってはこのくらいが良い。

じゃあまずはこの色鮮やかな筍ご飯から。

そう思って箸を着けたときだ。

「ナノ……」

ふっくらとした米の匂いに誘われたのか、侵略者の中でも問題児に分類されるあふぅが起きてしまった。


床に置かれたダンボールの中からじーっと俺の様子を伺っている。

どうやら俺が今おにぎりを持っているかを見定めているようだ。

あふぅはご飯は食べないがおにぎりだと食べる。そのこだわりはある意味尊敬に値する。

仕方なくご飯の一部を手に取ると、小さめのおにぎりを形作る。もちろん筍は混ぜた。

「ナノッ!!」

まるで突風のように俺の手から奪っていくと、あふぅは一目散に食べきった。

が。

「ナノッ!?」

こてん。

まるで稲妻を受けたようにあふぅは倒れこんだ。

疾風迅雷。やられてどうする。

なるほどなるほど。やはりこの筍はやよから取ったものだったか。

まだ仕事が残っている俺はそそくさと筍とご飯を選り分けた。


気絶したあふぅだったが、しばらくすると寝息が聞こえてきた。

どうやらそのまま眠ったらしい。

ぴよぴよとゆきぽがダンボールに戻してくれている間に箸を進める。

この野菜炒めは……首を傾げてしまう。

もやしなのでてっきりやよいが作ってくれたと思ったが、どうやらそうではないようだ。

味付けは良いんだが、もやしのシャキシャキ感が無くなってしまっている。

食材はほぼ均等に切り分けられているが、味付けも濃い。

もしかしたら帰り際に妙に照れ笑いをしていた伊織だろうか。

今日も何故か三百発程ビンタを受けたが、この様子だとそれ程怒ってはいないようだ。

あとでメールでお礼をしとこう。


暖かい家庭料理に舌鼓を打っていると、あっという間に平らげてしまった。

「ふぅ……旨かった」

箸を置いて腹をさする。

最高の料理はもちろんだが、たまには不器用な味付けもいけるもんだ。

そう思いながらテーブルを見渡すと……あー筍残ってるわ。

だが俺からしたら毒そのものなので食べることはできない。

せっかく作ってくれたものを捨てるわけにもいかず、少々対応に困る。


こんな時にはやはり765プロが誇る最強の侵略者の出番だろう。

汎環境愛玩型自由塑形兵器。

亜美が名づけたにしては中々中二感が溢れて素敵。

百合子や杏奈に教えたら良い具合に暴走してくれそうだ。

そんな人類の滅亡すら容易に叶えてしまいかねない彼女は、春香が休みなせいか朝からずっと俺の頭をもにゅもにゅしている。

頭に手を遣り三度撫でてから引き剥がす。

「かっか」

「よーしよし。ちょっと降りてきてくれ」


相変わらず……何と言うか、ふよふよ?している。

「はるかっか」

「はるかさん、お腹は空いてるか?」

「ヴぁい!」

ピンっと両手で前倣えをする。

良い返事だ。食べ物に関してはたかにゃと双璧を成すだけのことはある。

俺はそのまま筍をはるかさんの口元へ……持って行くことはしない。

当然である。もう時間も時間。深夜と言っても差し支えない時間帯だ。

今はるかさんに何かを食べさせれば、途端に暗黒はるかさんが誕生してしまう。

あれはあれで可愛いが、その後の処理が残酷なのでできる限り避けたい。

だから俺は毎日のようにこの作戦を採っている。

「ぴよぴよ、ちょっとそこの時計取ってくれるか?」


俺の声を聴いたぴよぴよはふわふわ浮き上がり壁時計を取ってきてくれた。

「ぴっ!」

それを受け取り、ぐるりと三週ほど長針を動かした。

「はるかさん、今何時かわかるか?」

「か?」

俺は時計を前面に押し出し、首を傾げるはるかさんに印象付ける。

「今は八時だ。丁度夕食の時間だな。ほい、ご飯」

「はーるかっか!」

喜びの声をあげるはるかさん。

もあーと大きな口を開いて丸ごと一口。

もにゅもにゅ。もにゅもにゅ。

「かっかー」

「ご馳走様でした」

さすがはるかさん。暗黒化も気分次第だ。


腹もそこそこ満たされたところで先ほどできたばかりの企画書に目を通す。

「ぽえ」

「ぴっぴっぴー!」

「ぽえぽえ~」

ぴよぴよとゆきぽはこの企画書に使った資料などを丁寧に片付けてくれている。

「あら~」

「かっか、かっか、はるかっか。かっか、かっか、はるかっかー!」

はるかさんは相変わらず頭をメトロノームのように動かし、みうらさんは毛繕いのようにはるかさんの頭を撫でる。

はぁ……幸せじゃ。


パラパラと捲っていくつかの修正点と誤字脱字をマークしていく。

何箇所かそれをしていく内にその数の多さに欠伸が出た。

何かを創る仕事に関しては問題ないのだが、こんな間違い探しのような作業になると途端に眠気が襲ってくる。

「ふぁ~」

いっそのこと、今日はもうここで終わりにしてしまうのも手だ。

俺がチェックしたところでその精度は音無さんがドン引きする程低い。

いやあ、俺の書類を見たあの音無さんの困った顔。たまらんね。

もう三十間近なのにあの可愛さは反則だ。


それはさておき、最近は響も事務業務を手伝ってくれているせいか、俺の無能さが際立って仕方が無い。

お馬鹿な挙動が多い響だが、やはり才女ではあるようで、持ち前の機敏さと習熟の早さであっという間に戦力となった。

以前は765プロの三番機だった俺だが、今では侵略者も入れると六番機。

俺はいつだってブービーさ。

どこぞの世界ではブービーと言えばエースを指すらしいが、

「一般企業のブービーはリストラ候補だよな」


だが俺だって頑張っていないわけじゃない。できないにはできないなりの理由がある。

響め。普段は軽快な服装なのに、手伝ってくれてるときは制服で俺の周囲をうろちょろするのが非常によろしくない。

なんでうちの制服はあんなにも体型がモロに出る作りなんだろうか。

ただでさえ巨に分類される音無さんや律子で平常心を保つのがやっとなのに、響まで加わると視線の置き場所がない。

「胸、胸、胸!Pとして恥ずかしくないのか!」

もちろん誰からも応答はない。悲しい。

ちくしょう、明日千早に着せてやる。

「あーあーあー……」

まったくやる気が出ない自分に諸手を挙げる。

よし。どうせ今頑張ったって明日ダメだしをくらうに決まっている。

それも律子とちっちゃん、765の鬼軍曹がダブルで、だ。

そういうわけで、俺は書類をぽーんと律子のデスクの上に置いて今日の営業を終了した。


みんなの協力もあり、スムーズに洗い物が終わった。

腕時計を確認する。今から走ればギリギリ終電には間に合うか。

だが走ってまで帰るくらいならここでさっさと寝る方を選ぶ。

いざとなればみうらさんにお願いしてワープ帰宅すればいいだけだし。

それに。

「ぽえ……」

「ぴ……」

もう眠気が限界なのだろう。

二人はうつらうつらと大きな頭を前後に動かしていた。


「あらあら~」

みうらさんは昼によく眠っていたからか、まだ元気だ。

二人の顔を見渡してぽんぽんと優しく撫でる。

それが終わったところで夢の中に入りかけの二人をそっと抱き上げた。

するとちょっとだけ目が覚めたのか、じーっと俺の顔を伺ってくる。

「今日も一日ありがとな。みんなのおかげで良い仕事ができたよ」

「ぴ!」

「ぽえぽえ~!」


「ゆきぽ。おやすみ」

ダンボールの中の毛布を被せてその上からよしよしと撫でてやる。

「ぽえ~」

おやすみと言ってくれたんだろうか。

最後の力でにっこりと笑ったゆきぽは、そのまま白旗を上げて目を閉じた。

「ぴよぴよ。明日もよろしくな」

「ぴー!」

ぴよぴよは俺に二度ほど頬ずりをしたあと、格付けチェックで使うようなアイマスクを被り布団に潜りこむ。

よりにもよって、どうしてこのアイマスクなんだろうな。

ま、こういうおっさんくさいところもぴよぴよの可愛いところだ。


毎日のように俺の残業に付き合ってくれてるが、やっぱり二人とも夜は早い方がいいよなぁ。

まだまだ仕事は山積みではあるが、明日からはもう少し早めに寝よう。

俺が家に帰れば迷惑にはならないんだが、独りで家に帰ってもね……。

そんな自問自答に苦笑いをしながら応接間にある二台のソファを見渡す。

どちらのソファも空席だ。今日は気兼ねなく横になることができそうだ。

普段ならはるかさん2~3人くらいが占拠しているからな。

そのはるかさんは、一足先に床で涎を流して眠っている。

冷たい床ではあるが、はるかさんの下にはペット用のカーペットを敷いてあるのでそれなりに暖かいのだろう。

このカーペット、実ははるかさんを大の苦手としている雪歩からの贈り物だ。

雪歩はこれで親愛度が上がって仲良くなれると思っていたそうだが、はるかさんは相変わらず雪歩を追いかけ続けている。

宿命なのだろう。はるかさんにとって雪歩は鬼ごっこするのに最高の人材なのだ。

だがそれは決して嫌っているわけではない。むしろ大好きだからこその行動と個人的に思っている。


足元のあふぅのダンボールを回避してソファに毛布を運び込む。

「あら~あら~」

みうらさんはと言うと、ソファの上で待機中だ。

どうやら今日の寝床として俺の頭上を選択したようだ。

まあこれも仕方がないこと。

もはやここは植民地。俺はそこでせっせと働く労働者。

そして彼女たちは俺の給料を搾取してのんびりと暮らす侵略者なのだ。

反抗しようにも、俺単騎とアイドルフォース。勝ち目なんてミジンコの複眼より小さい。


カーテンも完璧に締め切って光が入ってこないようにする。

少しでも明かりがあると全然眠れないんだよね。

テーブルの上に充電器をセットし、携帯を乗せる。

さてと、これで寝る準備も完了だ。

「みうらさん、ちょっと耳塞いでてくれるか?」

「あらあら」

みうらさんが小さな手を耳に当てたところで俺はリモコンを操作。

ピっとエアコンのタイマーをセット。

ポチっと目覚ましをセット。

最後にカチっと電気を消して今日の俺、終了。


今日も楽しい一日だったな。

毛布に包まりながらぼんやりと呟いた。

あとはこのまま夢の中へ。

「……」

何か忘れてるような気がする。

仕事で残ってるもの……山ほどあるが、とりあえず明日期限のものは終わってる。

ご飯は……食べたよな。さすがにそこまでボケてはいない。

皿も洗ったし、コップもしまった。

風呂は……明日でいいか。どうせ今日は引き篭ってたし。

ぴよぴよは布団の中。あふぅとゆきぽはダンボール。はるかさんはカーペットでみうらさんは頭の上。

なんだ、何も忘れてることなんてないじゃないか。

きっと伊織に殴られまくったから記憶が飛んだと勘違い……あ。

伊織にメール送ってないじゃん!


忘れ物に気がつくと、急に眠気が襲ってきた。

いかんいかん。明日になれば忘れる可能性のほうが大きい。寝坊でメールをする時間すらないかもしれない。

お礼は早い内が一番だ。

携帯を取ろうと手を伸ばしたが、真っ暗なせいかなかなか見つからない。

「あれ、この辺……いやこっちだったか?」

そうこうしているうちに、指先にコツンっと充電器らしきものが当たった。

「あったあった」

携帯を充電器から外そうと引っ張ったところ、予想外にすぽっと外れてしまった。

充電器はその反動でカタンっと甲高い音を立てて床に落ちた。

「あーらっ!?」

……やってしまった。


「まずいなぁ。明日はみうらさん探しが最初かぁ」

頭を抱えながら行き先を考えてみるが、眠気で頭が動かない。

まあきっとみうらさんのことだから、きっとアイドルの誰かのところだろう。

そう高をくくり、みうらさんの安否を願いつつ液晶を光らせる。

ぽちぽちと伊織にメールを打って送信っと。

ふぅ、これでやっと眠れる。

明日の仕事が一つ増えてしまったものの、もう俺も限界である。

充電器を探すのも億劫だ。

俺はぽいっと携帯をテーブルの方へ投げると同時に、大の字になるように身体を休めた。


「もっ!?」

ん?

「キー!」

「んん……こんな時間にどうしたのいお?」

「キー!キー!」

「何よ一体。いきなりおでこ叩かないでって……私は叩いてないわよ」

「キー!」

「もう、ほら見せて……ほんとに赤くなってるじゃない。大丈夫?」

なん……だと……?


息を呑んで姿勢を保ったまま首を横に向ける。

ぼんやりとしたやわらかい光がベッドの上に灯っていた。

そこには涙目になって怒るいおと、怪訝な顔をした伊織がいる。

ど、ど、どどうなってる。一体全体何がどうなってる。

なぜ伊織といおがここにいる。

ぶつぶつと額に大粒の汗が滲み出るのが実感できる。

そ、そうか。みうらさんのワープでここに来てしまったのか。

だがどうしてよりにもよって伊織の家に……ああ、伊織へのメール考えながらワープしたんだったか。

まさかの連鎖に心が折れそうになる。

そんな俺とは正反対に、みうらさんの暢気な声が聞こえる。

「あらあら~」

くそう、本当にあらあらだよ!


だがまだ生きる道はある。

伊織もいおもまだ俺の存在には気がついていない。

今のうちにみうらさんを捕まえてワープすれば俺の勝ちだ。

だが、そんな俺の計画もみうらさんのふらふらとした行動にあっけなく潰された。

彼女はおでこを痛がるいおの傍に近寄り、優しく赤くなった箇所を撫で始めたのだ。

「あら~」

「え!?みうらさん、なんでここに!?」

伊織の驚きの声とともに部屋全体の明かりが点いた。

「……オハヨウゴザイマスイオリサン。キョウモオウツクシイデスネ」


深夜。ぱじゃま姿の二人の女の子がいる部屋に突如現れた男一人。

女の子の一人は日本有数の知名度を誇るトップアイドル。

もう一人はそんな彼女を一回り小さくした可愛らしい女の子。

その一方。華やかな二人のベッドに闖入した、よれよれのワイシャツを着たおっさん。

まして俺は今巨大なベッドの上で大の字になって寝ているのだ。

どこからどうみても逮捕案件。

脳裏に不法侵入やらストーカーなどと言った不吉な単語が浮かび上がる。

悲壮感溢れる俺に対し、伊織は蔑みながら言い放った。

「へぇ……良い度胸じゃない。この完全無敵の美少女の伊織ちゃんのベッドにまで侵略してくるなんて」

なるほど。侵略者侵略者と怯えていたはずが、気がつけば俺自身が侵略者と成り果ててしまったわけか。


みょんみょんみょんみょんみょん。

その傍らではいおがこんな音を鳴らして俺を睨み付けている。

いおの能力である戦術レーザーシステム、通称TLSの直撃を受ければ死は免れない。

そしてそれは、まさしく俺の目と鼻の先でチャージが完了した状態だ。

なんでいおなのにギラ系なんだよ……。

「そうか……もう年貢の納め時だな」

俺はゆっくりとした動作で天井を仰いだ。


しかし、俺の頭は寝る直前だった状態にも関わらず、身体の動きとは正反対に恐ろしい速度で打開策を模索していた。

言い訳をしてどうにかなる状況ではない。ここは実力行使に限られているだろう。

目の前の戦術兵器を無効化する。したところで伊織にあとで物理的にも社会的にも殺される。

ならば伊織を説得する。どう考えたって無理だ。

回避はどうだ。いおのビームは最大出力なのに連射が利くので却下。ビームで薙ぎ払われたらかわしようがない。

嘘でもいいからやよいが来ているとでも言っておくか。少しくらいはびくっとしてくれそうだ。

結局のところ、俺の頭では最善の打開策がルパンダイブという、情けない結果に終わるだけだった。


折角伊織の部屋にお邪魔したんだ。天井のシミを数えるくらいは待ってもらおう。

そんなどうでも良いことをお願いしようとしたが、そこは邸宅と呼ばれるだけの家。天井にはシミ一つなかった。

ところが不思議なことに、俺の真上には真四角に縁取られた黒い空間が存在した。

「なあ伊織」

「なによ?」

言葉の節々に日本刀のような鋭さがあるが、それでも伊織は耳を傾けてくれる。

「なんで天井に穴開いてるんだ?」

俺が指で示す先を見ると、伊織も首をかしげた。

「あんたの進入路じゃないの?」

「いやいや、俺はみうらさんに巻き込まれてここに来たし」

俺が素直に応えると、伊織は天井にぽっかりと開いた穴を不思議そうに見上げる。

「あら?」

「も?」

四人全員の視点が天井に集まった時だった。

バサっと言う音を立てて、伊織の上に何かが落ちてきた。


「い、伊織!」

何かも分からない状態で慌てて伊織から落ちてきたもの引っぺがす。

「なんだこりゃ?」

被さったものを広げてみると、それはどこかで見たことがあるような麻袋だった。

その麻袋には、お世辞でも綺麗とは言えない字でこう書かれてあった。

『いおり在中』

伊織の動きが止まった。


どうやら悟ってしまったのだろう。自分がこれからどんな目に合うのかを。

伊織のことを想うと胸が痛む。だが、現実は残酷である。

俺はそんな現実を外野席から悲観しながら再度天井の穴を見る。

ひょっこりと一輪の花がそこから顔を出した。

「あれ、どうしてプロデューサーもいるんですかー?」

それは俺からも訊きたいよ、やよい。

「あ、あはは……」

「とう!」

やよいは見事にベッドに着地をすると、虚空を見つめて笑う伊織にばさっと麻袋を被せた。

「うっうー!伊織ちゃん、とったどー!」


やよいはテキパキとした動きで麻袋の縁を締め、屈託の無い笑顔でそれを掲げた。

なんでやよいはこうも手馴れているんだろうな。

まあ訊いたところで教えてくれないし、包丁向けられたくないし。

あの最終兵器はるかさんですら即座に両手を挙げて無抵抗表明してしまうのがやよいだ。

伊織が恐怖で放心するように、俺だって怖いものは怖い。

とは言え、俺の晩飯まで用意してくれた伊織をこのまま見捨てるのも癪だ。

「やよい、無理して前乗りしなくても別に構わないんだぞ。こんな時間から移動するくらいなら、朝ゆっくり行ったらどうだ?」

「えへへ、ありがとうございまーす!でも私、伊織ちゃんと少しでも一緒にお仕事したいなーって思うと、いてもたってもいられないんです!」

さすがにこう言われると俺も引き下がらざるしかない。

すまん伊織。不甲斐ないプロデューサーとあっちの世界で罵ってくれ。


「あっ」

と、やよいが声をあげた。

「プロデューサー、一つ我侭言ってもいいですか?」

「ん、なんだ?」

「みうらさんと一緒に行ってもいいですか?それなら移動する時間も気にしなくていいかなーって」

一瞬で到着するみうらさんのワープなら移動による疲労は無い。

あとは掘っ建て小屋に常置している寝袋などで眠れば良い。

「ああ、全然構わないよ。あっちはまだ暖かいと思うけど風邪には気をつけるんだぞ」

「はーい!」

そう言ってやよいはみうらさんを頭に載せてスタンバーイ。

ぱんっ!

こうしてやよいと伊織は、平和から最も遠い無人島と言う名の戦場へと繰り出して行った。


一瞬にして彼女たちの姿は消え、再び部屋に静けさが戻った。

同時に先ほどまで張り詰めていた空気が無くなっていた。

どうやらみうらさんが二人と一緒に持って行ってくれたようだ。

「はあ……疲れた」

急に気だるい脱力感に襲われた。

そりゃそうだろう。まさに死ぬ直前だったんだ。

早めに寝よう寝ようとしていたのに、どたばたしているうちに普段の就寝時刻よりも遅くなっている。

それに二度も寝る直前から無理矢理覚醒しているせいか、疲労感はいつもの比ではなかった。

伊織の部屋ではあるが、もう今日はここに泊まるしかない。

よくよく考えれば、やよいは俺の危機を救ってくれたが、代わりに帰る手段も奪っていった。

大胆不敵、電光石火。

もしかするとあれが真の侵略者と言うべき姿なのかもしれない。


「いお」

俺はベッドの上でおろおろとしている女の子に声をかける。

「もっ?」

彼女は用心深く周囲を見渡した後、てとてとと歩いてきた。

「寝てるところ騒がしくしてごめんな。明日はいおの好きなもの奢るから、今日のところは許してくれないか?」

そっと手を伸ばして頭に乗せてみる。

すぐに振り払われるかと思ったが、いおはぷいっと横を向いただけだった。

やれやれ、嫌われちゃったかな。

俺は肩を竦めながらごろりと横になった。


久しぶりのベッド。大の字になれる開放感。管理されきった室内環境。

もうすぐにでも夢の中へ落ちる用意はできていた。

だが俺は少しだけ我慢をする。

ほんの数分だ。それだけ待てばいい。

三十秒も待たずしてその時は来た。

「もっ」

いおがその小さな手で、裾をくいくいと引っ張ってきたのだ。


「もっもっ」

「はいはい、おいで」

いおは嬉しそうに胸の上によじ登り、そのままぽてんっと被さってきた。

そんな彼女に対して、そっと腕をそえる強さで抱きしめる。

「にひひっ」

幸せそうな声出しちゃって。

うっかり抱きしめたから、いおのおでこからはほんのりと淡い光が溢れていた。

まったく。ちょっとの明かりでもダメなのに、こんな胸元で照らされたら眠れないじゃないか。

文句を言いながらも、満開の笑顔を見ているとすぐに諦めもついた。


……ま、仕方ないか。

彼女たちの存在はアイドルみんなが精神的に大きく成長するきっかけとなった。

それに比例してトラブルも増えたが、突発的な出来事にも対処できる力も身に着いた。

そして何より……

「やっぱ誰かが傍にいるってだけで幸せなもんだ」

独り残っての仕事は何だかんだで寂しいもんだった。朝と昼の騒がしさをよく知っているから尚更。

でも今は、夜は夜で彼女たちの笑顔がすぐ傍にある。

何てことはない。侵略されて一番喜んでるのは俺自身なんだからな。

明日もきっと、俺には大きな災難が待っているだろう。

もしかすると第一波はいおからの一撃かもしれない。

寝不足確定の俺はそれだけで沈んでしまう可能性だってある。

でも俺は明日が楽しみで仕方がない。

「死ななきゃ平気だ」

そう自分に言い聞かせ、待ち受ける新たな騒動に期待を膨らませた。



おわり

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