インデックス「お腹が空いたんだよ」ほむら「へ?」 (132)

人気のない寂れた路地裏。
夏だと言うのに身を切り裂くような冷たい風が吹きあれ、そこに一人佇む少女の黒髪を揺らす。


「安心して、大丈夫よ」


答える声はない。
黒髪の少女の腕の中、また別の少女が虚ろな瞳を虚空に投げかけていた。

首は僅かに傾げられ、黒髪の少女の胸に当てられている。その上から腕に支えられるように優しく抱き締められていた。
繰り返し、語りかけるように同じ言葉を呟き続ける黒髪少女の胸の中、彼女はぴくりとも動きもせずその身を任せていた。

瞳に意思の色はない。簡単に折れてしまいそうなほど細い手足をまるで壊れた人形のように放り出している。


「大丈夫……大丈夫だから」


そして黒髪の少女もまた、壊れたラジオのように何度も同じ言葉を繰り返していた。



「大丈夫」


少女は何度も何度も性懲りも無く……繰り返す。

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これはとある少女が闇に堕ち壊れていく物語


よって幻想殺しの少年は登場しない

魔法少女。


学園都市でまことしやかに面白おかしく囁かれている都市伝説の一つ。

曰く、妖精が少女の前に現れて願いを叶えてくれるとか

曰く、その代償に魔法少女として魔女と戦い続ける羽目になるとか

噂話に疎いほむらも何度か耳にする機会があったくらい流行った話だ。

が、所詮噂話。

科学の最先端を行く学園都市でオカルトめいた話が流行るなんて皮肉ね、と鼻で笑って見下してすらいた。

そもそも噂を流している者も面白半分、ふざけ半分で信じる気など毛頭ない……そんな者が大半を占めているのではないだろうか。

都市伝説なんてその程度のものだ。
会話を盛り上げるツールに過ぎない。

……そう、ほむらは信じていた。


一ヶ月前までは

7月19日 午後11時 学園都市 第七学区


少女「はぁっ……はぁ!」タタタタッ


電車やバスといった主要な交通機関がとっくに運行を終えたこの街で、少女が一人息を切らしながら走っていた。


少女「な、なんで!?何でついてくるの?!」


少女は走りながらも、器用に横目で後ろを見やり情けない叫び声をあげる。

どうやら何かに追われているようだった。


「おい!大丈夫か!!」ダダダダッ


「ったく。どこのグループの奴等だ!」ダダダダ


即座に少女の悲鳴を聞きつけた数名の男達が駆け寄って来る



学園都市の治安は非常に悪い。
この街に住んでいるのは基本的に学生だけだ。
血気盛んな思春期の少年少女達を大人から切り離した空間で共同生活を強いているのだから、仕方のないことなのかもしれない。

とにかく、真夜中にそんな物騒な場所で女子の悲鳴が響き渡れば当然、人目を引く。

だが


「……帰ろうぜ。浜面」


「最近暑いもんなぁ」


少女の身を案じて駆けつけた男達の目から数秒で心配の色が消え失せ、代わりに何か哀れなモノを見るような……憐憫の色が浮かび上がる。

何故なら少女は誰に追われている訳でもなく、走りながら何もない空間に向かって叫んでいただけだからだ

少女(うぅっ……このっ!)


チクショウ! と絶叫したい衝動を歯ぎしりしながらもどうにか押さえ込み、少女は真夜中の学園都市をひたすら駆け抜ける

少女の名前は暁美ほむら。
外見はいかにも古い漫画やアニメに出てきそうな時代錯誤な真面目委員長風の三つ編み眼鏡。

普段は内気で大人しそうな雰囲気をまとっている彼女が珍しく鬼のような形相を浮かべていた。

ほむらはやはり耐え切れなくなったように背後に向かって再び叫ぶ。


ほむら「や、やめてください! ついて来ないでください!」タタタタッ


QB「「「「「「「「「「何故だい?ちょっと話を聞いて貰うだけでもいいんだよ?」」」」」」」」」」」タタタタッ


ほむら「あなたたち、前もそういって五時間くらい解放してくれなかったじゃない!」


QB「「「「「「「「「「キュップイ!!」」」」」」」」」」」タタタタッ


ほむら「わ、訳が分からないこと言わないでください!」


ほむらの絶叫に言葉を返したのは

キュウべぇ。
一見猫のような可愛いらしい外見。それに白く触り心地がよさそうな毛並みを持っていて、一部の人間にしか視認出来ない謎の生物。
何故かことあるごとにほむらを執拗に付け狙ってくる。


ほむら(何でこんなことに……!)

ことの発端は一ヶ月程前。
6月20日。

一人暮らしにも学校生活にもすっかり慣れたほむらはたまには遠くに出向いてみよう、と自身が住んでいる第七学区から第六学区の学園都市有数の大規模デパートへ足を運んだ。

そこで偶然出くわした鹿目まどかと共に魔女の結界に捕らわれ、巴マミ、美樹さやか、佐倉杏子の三名に救われたのだ。

……ここまでは良かった

むしろ以前から中々声をかけられなかったクラスメートの鹿目まどかと接点を持てたのは、ほむらにとって僥倖だったと言えるだろう。

しかしマミ達に同伴していたQBに目を付けられたのが運の尽き。

その日以来、ほむらとQBは顔を突き合わせる度に不毛な鬼ごっこを繰り広げている。

ほむら(今日は巴さんの家で美味しいお茶を飲んで、まどかとたくさんお話して、一杯笑って……)


ほむら(コイツにさえ会わなければ最高に幸せな一日だったのにっ!)


QB「「「「「「「「「「僕と契約して魔法少女になってよ!!」」」」」」」」」」」タタタタッ


ほむら「これじゃ不幸過ぎるよ!」

ヒュンッ!


ほむら「!!」


目の前を影が横切った……とほむらが認識した次の瞬間にはQB達の首が宙を飛んでいた


ザンッ!!


QB「「「「「「「「「「キュウ!?」」」」」」」」」」」


さやか「おーす! 転校生。さっきぶりー。今日は何かと元気いいねぇ」


ほむら「美樹さん!」



颯爽と現れほむらを窮地から救ったのは美樹さやか。

ほむらのクラスメートでまどかの友人だ。


さやか「ったく、一応女の子なんだから夜道は気を付けなよー?偶然私が近くに居たからいいものを」


ほむら「あ、あの助けてくれてありがとうございます」


さやか「……なーに今更猫被ってんのよ。ほれ!さっきみたいに氷川きよしのモノマネしてみろ」


ほむら「あ、あれは罰ゲームだからノーカンです! 忘れて下さい! 」


さやか「あんなはっちゃけてた転校生見たの初めてだよ」プププ


ほむら「全力でブレイクダンス踊ってた人に笑われたくない! 」


どうやらお茶会という名目で、彼女たちはマミの家で相当ドンチャン騒ぎを繰り広げていたようだ。


さやか「……前から言おうと思ってたんだけどさあ?私達同い年なんだから敬語は無しにしようよ」


ほむら「え?……うん。分かった」


ほむら「で、でも私も前から言いたかったことがあるの」


さやか「なになに?」


ほむら「私、転校生でも何でも無いんですけ……だけど」


ちなみに彼女たちは現在中学二年生。
ほむらもちゃんと一年前の入学式から同じ学校に通い続けている。
もっと言うと、一年次の時もさやかとほむらは同じクラスだった。


さやか「あ〜、ごめん。アンタって何か影が薄いじゃん?だからつい」


ほむら「一年半近くクラスメートやって来た知り合いに向ける言葉じゃないでしょう!」


さやか「へ?何言ってんの?多めに見積もっても半年くらいでしょ」


ほむら「……」

ほむら(真顔だ)



さやか「それはともかくさぁ」


ほむら(地味に傷付いた……)


さやか「あんた。いつまで見学に来る気なの?」


ほむら「えっ……」


さやか「ぶっちゃけ契約するつもりはさらさらないんでしょ?」


ほむら「…………うん」


さやか「いや、アンタが武器なり爆弾なり工夫して私達の負担にならないように色々努力してるのは知ってるよ?」


さやか「でも魔法少女になる気もないのにいつまでも首突っ込むってのはあまり関心しないなぁ。やっぱ危険だし」


ほむら「それは……」


QBと契約して魔法少女になれば願いを叶えることが出来る。


これは一ヶ月前にマミから聞いた話だ。
いつの日かほむらが耳にした都市伝説とほとんど差異はない。

しかしほむらは命を賭けてまで叶えたい願いなど持ち合わせていなかったし、QBに対してどこか不信感を拭えなかった。

そのため彼女には鼻っからQBと契約する意思が微塵もないのだ。

では何故ほむらが魔法少女に関して深入りしているのかというと……


さやか「まどかが心配だから?」


ほむら「……!!」


そう。
契約に消極的なほむらとは対照的に、まどかは明らかに魔法少女に憧れを抱いていた。

恐らく彼女も特に叶えたい願いがある訳でもないのだろう。
ただ純粋に、他人の役に立ちたいと考えているのではないだろうか。
少なくともほむらの目にはそう映った。

マミ達もそれを察して「魔法少女はそんな甘いものではない」と遠回しに説いたが、それで己を曲げるまどかではない。

結局、まどかの熱意に負けたマミ達は仕方なしに「魔法少女見学」という形で魔女退治に彼女を同伴することになり、そのままズルズルと今に至ってしまったのだ。

ほむら「えと……その……」


さやか「いや、今更隠さなくていいから。まどかも多分気付いてるだろうし」


ほむら「うぅ……」


さやか「問題はそこじゃないんだよ」

さやか「まどかが心配なのは分かるけどさ、だからってアンタが来ても何の足しにもならないのは分かるよね?」

さやか「私達からすると護る対象が増えるだけだし、逆にまどかの危険が増えるだけだと思うんだけど?」


ほむら「っ…………」


ほむらは何も言い返せない。
言い方はキツイが、ぐうの音が出ないほどの正論だった





さやか「……くっ」ニヤニヤ


ほむら「……?」


さやか「アハハ!!な〜にマジになって考えこんじゃってるの!?いくら私でもいきなりアンタをハブるような真似はしないって!!」プププ


ほむら「か、からかったんですね!」


さやか「うん!」キリッ


さやかはドヤ顔でそう言い放った。
その顔が余計にほむらの神経を逆撫でする。
うんじゃねぇよ、と内心毒づきながら更に言葉を紡ごうと口を開くと同時に


ピカッ


ゴロゴロゴロッ!!!!



さやか「ひぃぃぃぃぃぃ!!」ダキッ


ほむら「えっ?!」


凄まじい閃光と耳をつんざくような轟音がほとばしった



さやか「……」


ほむら「……」


さやか「……」バッ


ほむら「……」ニヤニヤ


さやか「な、何ニヤけてんのよ!こっち見んな!!」


ほむら「ひぃぃ」ボソッ


さやか「ちょ……おまっ…この!!」


ほむら「佐倉さんが知ったら大爆笑確実だろうなぁ」


さやか「やめて!お願いだからやめて!!」


ほむら「ふふ。雷、苦手なんだ?中学生にもなって?」


さやか「……いい性格してるね、アンタ」ハァ


からかわれた報復に成功し、満足したほむらはすみませんとにこやかに謝った



さやか「くそぅ……覚えてろよ」トコトコ


ほむら「だからすみません、って言ってるじゃないですか」クスッ


しばらく歩いていると別れ道にぶつかる。
ほむらとさやかの家の場所はそれぞれ別方向だ。


さやか「……ねぇ、さっき言ったこと覚えてる?」


ほむら「……うん」


さやか「そう。ならいいんだ。よし!また明日!」

さやか「じゃあね!ほむら」


ほむら「ええまた明日。み……さやか」フリフリ




深夜。
しんと静まり返った第七学区の一角。


一人ポツンと取り残されたほむらは立ち竦みまどかについて考える。


ほむら(さっき美樹さんは茶化していたけれど……)

ほむら(……確かに、私は巴さん達の足手まといでしかない。これは事実)

ほむら「でも、だからってどうすればいいのよ」ボソッ


それでも何故か……理由は分からないが、ほむらにはどうしてもまどかを放って置くことが出来ないのだ。


かといってまどかに契約しないよう説得することも出来ない。
まどかは自分で決めたことは意地でも貫き通すだろうし、そもそも他人が横から口を出して許される問題ではないとほむらはちゃんと理解していたからだ。


泥沼。
考えれば考えるほど、染み渡る様に無力感が全身に広がって行く。


ほむら(下手に考えても気分が沈むだけだね……やめよう)

ほむら(美樹さんも言ってたじゃない。"今すぐどうにかする必要は無い"って)

ほむら(……そういえば、美樹さんとあんなに長く二人きりで話したの始めてだなぁ)


美樹さやか。

ほむらは先刻まで一緒に歩いていたクラスメートの顔を思い浮かべる。

愚直で感情豊かで、内気なほむらとは真逆の人間。
気に入らないことがあれば、先程のように容赦無くグイグイ突っ込んで来る。
正直苦手なタイプではあるが嫌いではない。


何だかんだほむらは彼女と上手くやっていけそうな気がしていた。


ズキッ


ほむら(またっ…………!)

ほむら(何なのこの違和感っ……)


ここ一ヶ月、時折ほむらは自分が創り物の世界に住んでいるような……そんな奇妙な感覚に苛まれていた


ほむら「うぅ……これじゃ頭の中がイタイ人みたいじゃない……」


ほむらは尊敬するドリルヘアーの先輩を思い出しながら呟き、家路についた




学園都市。


総面積は東京の三分の一を占め、総人口は約230万人。


学生が人口の8割を占める学生の街。


また超能力開発を授業の一環として取り入れ、学生全員に超能力開発を実施している。


反面、学園都市は研究機関としての側面も強く、文明レベルが外部より2,30年進んでいる


医療技術も"外"とは比較にならないほど進んでおり、幼い頃から病弱体質で入退院を繰り返していたほむらは、両親の強い勧めもあって昨年の四月からこの街で一人、暮らしていた。

7月20日 午前6時 ほむホーム


ほむら「まどかっ……!?」バッ


夏休み初日。
惰眠を貪る予定だったほむらは悪夢にうなされ早朝に目を覚ました。


ほむら「淫獣風情がまどかにあれこれするなんてっ……」ハァハァ


どうやら夢の内容は昨日のショックと自身の欲望が織り交ぜになったものらしい。


ほむら「……とにかくアノ白いのにはしばらく会いたくないな」


そう呟き、ほむらは熱気の篭った部屋の換気をしようと身体を起こす。


昨日の落雷で電化製品の8割が故障してしまったらしく、クーラーが使えなくなったため暑くて堪らないのだ。
熱中症になりかねない。


昨日は散々追い回された疲れで家についた途端死んだように眠ってしまったようだが。



ほむら(まあお金には困ってないし、電化製品は買えばどうにかなるけど、面倒ね)ググッ


ほむら(さてとっ)


立ち上がり……伸びをする。

全身に血液が行き渡り、寝ぼけた頭がやや覚醒する。

そしてほむらは窓辺まで歩いていきカーテンに手を掛け一気に開いた。


のだが


ほむら「…………」


禁書「…………」


ベランダに何やら白いモノが引っ掛かっていた。


ほむらは自分の部屋の窓から見える風景を気に入っていた。

とりわけ絶景が見える訳でも南向きな訳でもなく、一般的な団地から見える平凡でありふれた景色が広がっているだけなのだが

それでも高層ビルが立ち並ぶ近未来的な学園都市において、その景色は郷愁を誘うのだった


しかし


禁書「…………」


目の前の光景は明らかに凡俗なんて言葉で言い表して良いものではない。
異常だ。


ほむら「……」


ほむらは無表情のままカーテンを閉めた。


ほむら(何あの白いの……)


——夢の中で会ったような


ほむら(……QBに追い回されたのが相当効いたみたいだね。幻覚にまで出て来るなんて)


ほむら(うん、もう一度寝ましょう。寝て疲れを取ろう)


ほむら(その前に窓を開かないと暑くてやってられないよ。……流石に同じ幻覚を二度見ることはないよね?)


――そのはずだ


意を決し、再びカーテンを開く。


サッ


すると



禁書「お腹がへったんだよ」ニコッ


ほむら「…………へっ?」


相変わらずベランダにボロ雑巾のように引っ掛かっていた銀髪碧眼のシスターがほむらに向かって微笑んだ。



ほむら(外国人みたいだけど日本語を話せるの?……というより、白いけど着てるのは修道服だよね?何で学園都市に……いやそれ以前に)


ほむら「な、何をやってるんですか!?」


インデックス「?」キョトン


ほむら「キョトンじゃないですよ!危ないでしょう!」

ほむらは慌ててベランダに引っ掛かっているインデックスを持ち上げ部屋の中に連れ込む。


インデックス「ねぇねぇ」


ほむら「何ですか?」


インデックス「お腹が空いたんだよ?」


ほむら「明らかに今それ所じゃないでしょ!」


シスターの割に随分と欲望に忠実な少女だった。


インデックス「むむむ、でもこの国のことわざには腹が減っては戦が出来ぬって便利な言葉があるって聞いたんだよ!」

インデックス「それとも何かな?君には飢え死にしそうな哀れな子羊を救う慈悲の心すらないのかな?」


ほむら「子羊を救うのはあなたの仕事じゃないんですか!?」


最早シスターと呼んで良いのかも危うい。

ほむら「いやご飯なら後でいくらでもあげるけど、それより何でベランダに……」


グギュ~グルルグルルルリル


ほむら「…………」


インデックス「……えへへ」グゥ~キュルル~キュプッキュパーギュゴロロロ~

ほむら「はぁ……」ジュー


結局、ほむらは冷蔵庫に入っていた残りものを適当に炒めてインデックスにご馳走することにした。


ほむら(あ……そういえばこの冷蔵庫一晩中止まってたんだっけ? 大丈夫かな?)チラッ


インデックス「ごはん、 ごはん、まっだかな♪」


ほむら(……まあいっか)


ほむら(それにしても、あの子はどうやってここまで登って来たんだろう?)

ほむら(この部屋は7階にあるし、そう簡単に登って来れる高さじゃないと思うんだけど……)

ほむら(じゃあ逆に上から降りて来たとか?)

ほむら(いやでも仮にそうだとしても何でわざわざ家のベランダに? あの高さから落ちたら……)


——ほぼ間違いなく死んでしまうのに

インデックス「あれ、これは何かな?」


ほむら「!!」


インデックスの呟きがほむらを思考の淵から引き戻した。


砕けた一円玉、業務用サンポール、うがい薬……その他諸々が乱雑に置かれているほむらの机。


インデックスはそんなほむらの机に置いてある"何か"に興味を示し、手を伸ばしかけている。


ほむら「待って!それに触っては駄目!!」



ズゴォオン!!


直後、学生寮に爆音が響き渡った。


ほむら「あ……あぁ…」


机の上に置いてあったのは


三ヨウ化窒素。
通称ヨウ素爆弾。


ヨウ素とアンモニアの反応で出来る大変不安定な物質。
衝撃に敏感で軽く触れただけでも爆発してしまう。

取り扱いが難しい反面
キンカンやうがい薬等の日用品で簡単に作れる上に比較的威力が高い爆弾。


インデックス「」


ほむら「だ、大丈夫!?」


日頃から彼女の家に訪問者が極端に少なかったことも災いしたのだろう。

ほむらはその日に限ってうっかり作り立ての爆弾を机の上に放置していた。


ほむら(駄目っ……動かない!)


ほむら(け、警察を呼ばないと!……いやそれより先に救急車をっ……!?)


しかもほむらは対使い魔用に殺傷力を高める工夫を施している。


至近距離から生身で爆発を受けた人間が無事でいられる程生易しい破壊力ではない。


インデックス「び……びっくりしたんだよ」


……はずだった


ほむら「なっ……!?」

ムシャムシャムシャムシャムシャ


ほむら「どうなってるの……」


ゴックン


インデックス「ごちそう様! 美味しかったんだよ!」ニコッ


ほむら(何でこんなに元気なの?)


インデックス「?……どうしたの?」キョトン


不思議そうに首をかしげる彼女に無理をして怪我を隠している気配はない。
そもそも"あの爆発"は痩せ我慢でどうにか出来るレベルを超えていた。


ほむら(……ありえない)


そう。
本来なら腕の一本や二本で済めば不幸中の幸い……と言っても過言ではないくらいの大惨事なのだ。
インデックスに何の外傷も見当たらないのは絶対におかしい。


だがほむらはこれを説明出来るオカルトめいた力に一つだけ心当たりがあった。


ほむら「えと…あなたもしかして……魔法少女なの?」

インデックス「魔法……少女? う〜ん、女性魔術師のことを君達はそう呼ぶのかな? だとしたら正解かも」


ほむら「そ、そうなんだ……つまりさっき無事だったのはあなたが魔法少女だったからなのね?」


ほむら(魔術師?)


インデックス「それは半分正解だけど半分外れだね」

インデックス「私自身は魔力を持ってないんだよ。正確にはこの"歩く教会"の防御結界が上手く作用しただけなんだよね」


ほむら(魔力がないってどういうこと?それに歩く教会って何なの……)


時折インデックスの口から理解出来ない単語が飛び出してくるがほむらはあえて突っ込まず、スルーを決め込む。


ほむら(これで謎が一つ解けた)


ほむら(この子が魔法少女ならマンションの7階……大体20mくらいかな?その程度の高さものともしないはず)


ほむら(だけどそうなると気になるのは……)


ほむら「じゃあ何でベランダに引っ掛かっていたの?」

インデックス「布団ごっこ」


ほむら「何故今そんなしょうもない嘘を……」


本当にしょうもない


インデックス「何で嘘って分かったのかな?」キョトン


ほむら「馬鹿にしないで」


本気でシラを切れると思っていたのだろうか。
インデックスは真顔だ。


インデックス「うぅ……黒髪の口調がだんだん厳しくなっていくんだよ」


ほむら「黒髪ってそれもうただの髪じゃない。それにあなたの態度じゃ厳しくしたくもなるよ」


インデックス「三つ編み眼鏡が名前を教えくれないのがいけないんだよ!人にものを尋ねる前にまずは自分の名を明かせって習わなかったのかな!?」


ほむら「そんなの聞いたことないよ……でも確かに自己紹介がまだだったね。 私の名前は暁美ほむら」


インデックス「暁美ほむら?いい名前だね」


ほむら「あなたは?」


インデックス「私の名前はね。インデックスって言うんだよ」


ほむら「それで、本名は?」


インデックス「これは本当なんだよ!!」

ほむら(インデックス……目次って絶対に偽名だよね?)


インデックス「むむ! そこはかとなく疑ってるね」


ほむら「……そこはかとなく信じてるよ」


インデックス「むっきー! それほぼ信じてないってことじゃない!」


インデックス「私の名前は本当にインデックスなんだよ!正式名はIndex-Librorum-Prohibitorum。魔法名はDedicatus545(献身的な子羊は強者の知識を守る)で……かくかくしかじか」


ほむら(……うん。これで確信した)

ほむら(やっぱり巴さんの犠牲者か)

巴マミ。
恐らく、現在学園都市にいる魔法少女の中で一番魔法少女歴が長い人物であると同時に一番の実力者。
そしてまどか達にとっては物腰の柔らかい落ち着いた優しく頼りになるお姉さん的存在。

……なのだが語感のいい造語を戦闘中に叫んだり、それを人に強要する節もあり、彼女の弟子達は何人か煮え湯を飲まされたという。


インデックス「うんぬんかんぬん……って聞いてるの!?」


ほむら「ええ。聞いてるよ」


ほむら(かわいそうに)


インデックス「可哀想なものを見るような目は辞めて欲しいんだよ!」


ほむら「……それで?さっきから必死に誤魔化そうとしていたみたいだけれど、結局なんでベランダに引っ掛かっていたの?」


インデックス「ぐぬぬ……バレちゃ仕方ないんだよ」

インデックス「本当は屋上から屋上に飛び移るのに失敗しちゃったんだよね」

ほむら「また嘘を吐いて」


インデックス「……」


ほむら「……る訳じゃなさそうだね」


ほむら(でもこの学生寮の屋上から隣のマンションの屋上に飛び移る、なんてやろうと思えば私でも出来そうだし......魔法少女の彼女が失敗するとは思えない)

ほむら(そういえば「自分には魔力がない」って言っていたけど、何か関係あるのかな?)

ほむら(いやそれより)


ほむら「どうしてそんなことを?」


インデックス「追われていたからね」


ほむら「追われていた?」


だとしたらインデックスは相当必死になって逃げ回っていたのだろう。
そうでなければ、他人の家のベランダに引っ掛かったりはしない。

卓越した力を持つ魔法少女。
そんな彼女をそこまで追い詰められる存在がいるとすれば……


ほむら「魔女に……?」

インデックス「これも半分正解……かな?」

インデックス「魔女という単語が成人した女性魔術師を指すなら、だけど」

インデックス「それにしても君は結構魔術に詳しいのかな? ちょっと驚いたかも。この国の人は比較的信仰心が薄いって聞いたんだけど」


ほむら「半分正解って……つまりどういうこと?」


インデックス「正確に言うと、私は男女ペアの二人の魔術師に追われていたんだよ」


ほむら(二体の魔女に同時に襲われて命からがら結界から逃げ出したってことかな?)


だがほむらは同じ場所に二体同時に魔女が出現する、なんて事態見たことも聞いたこともなかった。


ほむら(それに"魔術師"って……)


ほむらは先程のインデックスの言葉を思い出す。


ほむら(インデックスはさっき自分を"魔術師"と呼んだ。つまり彼女は"魔法少女"に追われていたの?)


ありえない話ではない。
魔法少女の世界はその名に見合わずシビアだ。
魔法少女同士の縄張り争いで命を落とす……なんてことも日常茶飯事
らしい。


ほむら(けど"男女ペア"の魔術師ってどういうことだろう……実は男の子も魔法少女になれたりするのかな?)


何かが噛み合わない、とほむらが頭を抱えていたその時。


インデックス「じゃ、私はそろそろ行くね?」

ほむら「ちょ、ちょっと待ってよ!」


インデックス「何かな?」


ほむら「お、追われてるんでしょ?だったらこの家にまだいた方がいいんじゃないの?」


インデックス「……え?」


ほむら(私何言って……)


インデックスを追っている者が魔女なのか魔法少女なのかそれ以外の何かなのかは分からない。

いずれにせよ、インデックスが何か厄介事に巻き込まれているのはほぼ確実だ。

そして恐らくそれは彼女一人では対処し切れない程の難題なのだろう。

だがそれと同時に


ほむら(何にせよ、私じゃ足手まといになるのが関の山なのに……)


インデックス「遠慮しとくんだよ」


ほむら「な、なんで?遠慮なんかしなくても…」


ほむらの思考とは裏腹に、彼女の口が勝手に動いて言葉を紡ぐ。


インデックス「巻き込みたくないんだよ。もう自分のせいで誰かが傷付く所なんてみたくない」


インデックス「君がそう言い出しかねないから、追われてることを話したくなかったんだよ?」


ほむら「いやでも」


ほむらはさらに食い下がろうとしたが


インデックス「じゃあ……」



――私と一緒に地獄の底までついて来てくれる?


ほむら「……っ!?」


凍りつくような笑顔と共にインデックスが放った一言に、ほむらは思わず何も言えなくなる。

インデックスは言外にこう言っているのだ。



邪魔だ。

こっち来んな。



インデックス「……じゃあね」トトト

インデックスが玄関に向かって歩いていく


インデックス「ご飯、美味しかったんだよ。ありがとね……ほむら」


ほむら「え……あっ…」


バタンッ


と扉が閉じると共に、たった今繰り広げられていた奇妙な非日常が終わりを告げた。

ほむら(……何も言えなかった)


誰もいなくなった部屋でほむらは一人考える。

ーー何故自分はあの時インデックスを引き止めようとしたのだろうか?


ほむら(そっか、あの子根っこが似てるんだ……まどかに)

ほむら(自分より他人の都合を平気で優先してしまう辺り、特に)


要するにほむらはインデックスとまどかを重ねていたのだ。

重ねて……ただ確信を得たかった。

自分でもまどかを護れる、と


ほむら(その結果がこれ、か)

ほむら(結局、私なんかじゃ誰も助けられないってことないってことだよね)


ほむらを突き動かしたのは善意とは似て非なるもの。

インデックスに気圧されて声を発することすら出来なかったのが、いい証拠だった。

自分勝手で打算的な自身の本心に気付き、ほむらは激しく自己嫌悪する。


ほむら(でも……)


インデックス『私と一緒に地獄の底までついて来てくれる?』


ほむら(でも、もしあの時あの子の手を取っていたら……何かが変わったのかな?)


ほむらは昨夜と同じように何も出来ない自分に無力感を抱きながら、ただぼんやりとインデックスが平らげて空になった皿を見つめていた。

まだそれなりに書き溜めはあるんですが、今現在携帯が速度規制中で、一回一回の投下に時間が掛かるので切りのいいここで一旦休みます

7月20日 午前11時 ファミレス


ほむら「ーーってことがあったんですよ」


杏子「……」


さやか「……」ポカーン


まどか「……」ポカーン


まどか達の間で待ち合わせ場所としてお馴染みになっている第七学区のとあるファミレス。
そこでほむらは彼女達に今朝の出来事を"要点だけ"かいつまんで打ち明けたのだが


ほむら「えと……その、皆さん?」



杏子「……いやなんつーか、ツッコミ所が多過ぎてどこから切りこめばいいのか分からないんだけど」


さやか「えー、もしかして昨日地味とか言っちゃったの気にしてるの?  だからって今更サイコで電波さんのフリされても対応に困るっていうか……」


まどか「さやかちゃん! ほむらちゃんは真剣に悩んでるんだから茶化したらかわいそうだよ! それにほむらちゃんは陰キャラなんかじゃないよ!!」バンッ



さやか「私そこまで酷い言い方してないよ?」


返って来た反応はイマイチだった。
誰も信じていないようだ。

だが朝起きたらベランダに女の子が引っ掛かっていた。なんて、あまりにも突飛で現実味がない話だ。無理もない。

ほむら「ちょ、ちょっと待ってください! 別に冗談を言ったつもりはありませんよ!? さっきの話は本当に……」


マミ「ありえないわね」


今まで思案顔で黙りこくってただほむらの話を聞いていたマミが呟く。


ほむら「だからさっきの話は本当のことだと言って「いえ暁美さんの話を疑ってる訳ではないの」」


マミ「誤解を招く言い方をしてごめんなさい」


ほむら「なら、ありえないって一体何が……」


マミ「魔女が同じ時間、同じ場所に結果を張るなんてーーありえないの」


杏子「あたしもそれなりに長いこと魔法少女やってるけど、んな場面出くわしたことないね」


ほむら「じゃあ、あの子は魔法少女に追われて?」


マミ「恐らくそれもないわ。第七学区は私たちの縄張りなのよ? 縄張り目当ての争いなら、私たちの誰かを襲うはずじゃない」


さやか「そもそもここら辺で他所の魔法少女同士がドンパチやってたら、流石の私でも気付くって」


まどか「それにいくらなんでも男の子は魔法少女にはなれないと思うな」

ほむら「で、でも! インデックスは確かに爆弾の爆発を無傷で耐えたんですよ!? あの子が魔法少女なのはほぼ間違いありません! 」


さやか「幻覚でも見たんじゃないの〜? ほらここの所暑いし」

さやか「んん? 幻覚と言えば杏子のイタズラって線もありうる……かも??」


杏子「あたしはさやかと違って、んな馬鹿みたいな魔法の使い方しないっての」


まどか「まあでもほむらちゃん、ここ最近魔法少女見学に風紀委員(ジャッジメント)のお仕事で大変そうだったし、少し肩の力を抜いた方がいいんじゃないかな?」


ほむら「まどかまで……」


マミ「私は信じるわよ? 暁美さんの話」


杏子「ちょっとちょっと。今さっきありえないって言ってたのは何だったのさ」


マミ「暁美さんの言葉を疑ってる訳ではない、とも言ったでしょ?」

マミ「それに暁美さんが嘘を吐いているようには見えないもの」


さやか「まあ確かに転校生が冗談を言うとは思えないけど……」


マミ「それに、あなたはその子を助けたいんでしょ?」


ほむら「え?」


マミ「だからわざわざ私達に打ち明けた。それってつまり私達を信用してくれたってことよね? なら私達も全力で応えるしかないじゃない」


ほむら「マ、マミさん!」

まどか「でも、そのベランダに引っ掛かってた子を追い詰めたのは魔女でも魔法少女でもないんですよね?」


マミ「ええ。恐らくね」


まどか「じゃあ一体誰が?」


マミ「魔術師よ」


まどか「へ?」


マミ「魔術師とはその名の通り魔術を扱う者のことよ。タロットカードの一種としても有名ね。魔術師のタロットカードが示す意味は色々あるけど……そうね。強いてあげるなら『物事の始まり・起源』って意味が一番メジャーかしら?」


ほむら「マミ……さん?」

マミ「そもそも魔術というのは英語でマジック、フランス語ではマギカ、ドイツ語ではマジーと呼ぶの。 ただ今は呼び方なんてどうでもよくて、魔術とは何かについて説明しないとね。ごめんなさい、つい話が逸れてしまったわ。魔術とは大きく分けて二種類。白魔術と黒魔術の二つに区別されるの。これはRPGとかのゲームでもよく使われる分類だから皆知ってると思うけど。ただこれは便宜的に二種類に差別化が図られてるだけで厳密にはーーーー」


さやか「また始まったよ……」ヒソヒソ


杏子「お前のせいだぞ!どうにかしろよ」ヒソヒソ


ほむら「わ、私のせいですか!?」ヒソヒソ


まどか「マミさん魔女と戦ってる時はあんなにカッコいいのに……」ヒソヒソ


マミは時折こうして暴走して、まどか達4人を困惑させる。
ちなみに本人に自覚はない。

マミ「かくかくしかじか……つまり私が言いたいのは本当に魔術師が存在するならとても心躍ることだと思うの」キラキラ


さやか「なるほどなるほど。 あ! そういえば、私今日とびっきりの都市伝説仕入れて来たんですよ! 心躍るような! 」


まどか「聞きかせて聞かせて! どんな話なの! 丁度心躍せたかったんだ!」


ほむら「わ、私も心踊らせたいです」


マミ「え? 話はまだ終わってないんだけど……」


マミの話が一区切りつくと、すかさずさやかが話題を切り替えようと横槍を入れ、まどかとほむらもそれに便乗する。
ただ……


杏子「さやかの話す都市伝説もマミと同じくらい面倒くせぇんだよなぁ」ボソッ

さやか「ふふん。よくぞ聞いてくれました! なんとね……」


さやか「ついにレベル6が誕生したらしいんだよ!」


学園都市では能力者を能力の強さに応じてレベル0〜レベル5に分類されている。
中でも最高位であるレベル5は人口約230万人を誇る学園都市の中でも7人しかおらず、一人で軍隊に匹敵する程の力を発揮するという。

だがそれでもレベル6に到達した人間は未だかつて一人も存在しない。


まどか「……」


ほむら「……」


杏子「……」


マミ「そ、そんなーー"あの計画"が実行されたというの!? いくらなんでも早過ぎるわ!」

さやか「あ、あれ?マミさん以外皆反応薄くない?」


まどか「流石にそれはガセネタだと思うな。本当だったらニュースになると思うし」


さやか「ニュースにならないのは学園都市が秘密裏に開発したから公表してないの! 本当なんだってば! 現に証拠だってたくさん見つかってるし」


ほむら「証拠って?」


さやか「お! 転校生にしてはいい所突くねぇ。それがね? 学園都市中の至る所で多重能力者(デュアルスキル)が残したとしか思えない痕跡が見つかってるんだよ」


多重能力者。
二つ以上の能力を持つ能力者の呼称。
脳の負担が大き過ぎるため実現不可能と既に証明されている。

実際に存在するならば、確かにその人物はレベル6と言えるかもしれない。


杏子「多重能力者が残したとしか思えない痕跡ってなんだよ。 つーか、この前も『学園都市はレベル6を創るための実験をしてる〜最近研究所が軒並み潰れてるのはその証拠だ〜』とかなんとか言ってたな」


さやか「私そんなウザい話し方してないでしょうが!」

さやか「前話したのは『レベル6を創る実験』じゃなくて『第一位をレベル6に進化させる実験』、ね。その話と今回の話はどうやら無関係みたいだけど」


マミ「"あの計画"が完遂された訳ではないってこと? つまり"あの計画"はブラフ。本命はこっちだったって訳?  くっ……してやられたわ」

まどか「えと、そもそもレベル6の定義ってなんだっけ?」


マミ「『神ならぬものにて天上に辿り着く者』への第一歩、って言われてるわね」


まどか「そうそうそれです。つまり神様みたいなものなんでしょ?そんなのが実在するとは思えないよ」

まどか「学者さんが理屈をこねくり回して遊ぶための思考ゲームみたいなものなんじゃないかな」


ほむら「私もちょっと信じられないかな……」



さやか「ぐぬぬ」

さやか「なんなのさ!? 皆して私の話頭ごなしに否定して!」


まどか「そんなこと言われても……」


杏子「なあ?」


バンッ!!


ムキになったさやかがファミレスの机を思い切り叩き付けて勢いよく立ち上がり



「「本当にレベル6は存在するんだって!!」」


二つの怒声がファミレス内に響き渡った

さやか「え?」


声を発した人物は二人いる
一人はもちろん美樹さやか
そしてもう一人は


佐天「へ?」


佐天涙子。
まどか達としきりで分けられた隣のテーブルで、彼女は頬を紅潮させ何やら興奮した様子で立ち上がっていた


御坂「は、ハロー……」


黒子「はぁ……よりによってこんな恥ずべき場面を同僚に見られてしまうとは、黒子一生の不覚ですの」


初春「……」ズズズ


ほむら「し、白井さん達じゃないですか! 隣にいたんですか!? 今日は二人とも当番じゃ……」


ほむらは風紀委員(ジャッジメント)という学生グループに属している。
風紀委員とは名ばかりで、主な目的は学園都市の治安維持。
つまり、学生によって形成された警察のようなものだ。

その繋がりでほむら達と御坂達は面識があり、何度か一緒に談笑しながら食事に共にしたこともある。

ただ


御坂(この場では出くわしたくなかった)

白井「あ〜……確か暁美さんは今日非番でしたわよね? わたくしと初春は午後からですの。だからそれまで時間を潰そうとーー」


と白井が言い掛けた時。


佐天「やっぱり美樹先輩なら分かってくれると思ってました!  さすがです!」


さやか「佐天さんはもの分かりがよくて助かるよ。というか佐天さん。 美樹先輩だとむず痒いから美樹さんって呼んでくれていいよ?」


佐天「いえ、敬意を表して美樹先輩と呼ばせて下さい! 是非!!」


さやか「あはは、いやぁ〜何というか照れますなぁ。……ん、せっかくだから他のネタも大公開しちゃおっかな!」


佐天「本当ですか!? 」


傍で馬鹿二人が馬鹿騒ぎを始めた。


御坂「私佐天さんに先輩って呼ばれたことないんだけど」


初春「御坂さんは御坂さんですからね」ズズズ

杏子「つーかさぁ」


退屈そうに二人のやりとりを眺めていた杏子が口を開く


杏子「はやくここ出ちゃわない?」


さやか「いきなり何言って……あっ」


佐天「え?……っ!」


気が付くと店内にいる客の視線が佐天とさやか達に注がれていた。
あれだけ騒げば注目を浴びるのも当然だろう。

まどか達はすぐさま逃げるようにファミレスを後にした。


7月20日 午後4時 第七学区 とある大通り


太陽は傾き、あと何時間かしたら夜が訪れるであろう、そんな時間。
   やけに人通りが少ない学園都市の大通りをほむらと御坂はとぼとぼと歩いていた


御坂「ふぅ。結構盛り上がったわね」


ほむら「はい、あまりああいう所に行く機会なかったんで楽しかったです」


ファミレスを出たすぐ後、白井と初春が風紀委員の仕事の為離脱し、残されたまどか達がどうしようかと相談し合った結果ゲームセンターで遊ぶことに決まったのだ


御坂「それにしても佐倉さん、ゲーム上手いのね。驚いたわ」


御坂「まさか私がダンスゲーで負けるとは思わなかったなぁ」


ほむら「佐倉さんも御坂さんもお上手でしたよ?」


ほむら(私はそれより美樹さんのバカでかい声援を聞いて、あの佐倉さんが嬉しそうに顔真っ赤にしてたことに驚いたかな)

夏休み初日だというのにやはり御坂とほむら以外人影が見当たらない。
他の者は皆、思い思いの場所で友人や恋人と休日を満喫しているのだろうか。


ミンミンと鳴く煩わしいセミの声だけが大通りに響く。


御坂「……もうちょっと遊んでいたかったんだけどなぁ」


そもそも何故二人で寂しく帰宅しているのか、順を追って説明すると。

まず佐天が今日発売の予約していたCDを取りに行くと言って抜け。

まどか、さやか、マミ、杏子の四名も、それに続くようにマミの家で集まってお茶会をするーーと御坂たちに別れを告げてゲームセンターを去り。

そしてほむらと御坂だけ取り残されて今に至る。


ほむら「ま、また一緒に来ましょうよ」ニコッ

御坂「ありがと。でも無理に私に付き合わなくても良かったのよ?」


ほむら「……え?」


御坂「ほら、あの子たち。また集まってお茶会するって言ってたじゃない。もしかして気を遣わせちゃった?」


ほむら「あ、あぁ。そういう……いえ、違うんです。私もちょっと用事があって」


御坂「そっか。なら良かった」


嘘だった。
別段ほむらにこれといった用事はない。


そもそもまどかたちがゲームセンターから抜け出したのはお茶会を開く為ではない。


本当の理由は近くに魔女が現れたからだ。


ほむら(まどかたち……大丈夫かなぁ)


ほむら(出来たらついて行きたかったけど……)


ほむらは今朝の出来事を思い起こす。
我が身可愛いさでインデックスに手を差し伸べることが出来なかったあの瞬間を


ほむら(……ダメだ。今日の一件ではっきりしたじゃない)

ほむら(生半可な覚悟しか持ってない私が首を突っ込んでも足手まといになるだけだ、って)


だからほむらはまどか達に今日の"見学"は休むと伝えた。

その際さやかは何か言いたげなーー非難するような視線をほむらに向けていた気がするが、恐らくそれはほむらの気のせいだろう。

だって"見学"に来ないよう勧めたのは他ならぬさやかなのだから。

ほむら(そうだよ。今までがむしろ異常。心配し過ぎだったんだ)

ほむら(マミさん達と一緒なら、まどかに危険が及ぶ事態にはまず陥らないはず)

ほむら(それにあの子……インデックスのことだってマミさん達に伝えたし、何とかするとも言ってもらえた。きっとマミさん達なら本当にどうにかしてくれる)

ほむら(どの道私に出来ることなんてもうない)

ほむら(だから……これでいい。これがーー)


――正解だ

御坂「暁美さん?どうしたの?」


ほむら「!」


考えに耽っていたほむらは御坂の声で一気に現実に引き戻される。
相変わらず大合唱を繰り広げているセミの声がほむらの耳に飛び込んで来た。


ほむら「あ……えと、その…大丈夫です」


御坂「……」


御坂「ねぇ、何か悩みがあるなら聞くよ?」


ほむら「え、いやそんな……」


御坂「変な遠慮は無しでいいのよ?暁美さん何か思い悩んでるみたいだしさ」


ほむら「遠慮とかそういうんじゃなくて…」


御坂「あ〜……それとも私みたいにあんま仲良くない人には悩みなんて打ち明けたくないの?」


ほむら「い、いえ!そんなつもりはっ……」


御坂「うわあ、ショックだな〜。暁美さん腹の中では私に距離置いてたんだ〜。凹むな〜」


ほむら「そ、その言い方はちょっと卑怯ですよ!」


御坂「でもさ、下手に仲良かったり近しい人には逆に相談しにくいことってあるじゃない? 特に暁美さんタメ込みやすそうなタイプだしさ。たまには腹に抱えてるものぶちまけてすっきりしちゃいなさいよ」


ほむら「うぅ……」


何がなんでも引く気はないようだ。

御坂美琴。
学園都市で七人しかいないレベル5の一人。


男勝りで、さばさばとしていて、面倒みも良く、さやかと同じく真っ直ぐな性格。


やはりほむらとは真逆ともいえる人間。


しかしほむらは彼女にどこかシンパシーを感じていた。


恐らくそれは御坂が孤立しがちなイメージから来ているのだろう。


勘違いしてはいけないのは、御坂は特に友達が少ない訳でも敬遠されている訳でもない。
むしろ秀才なレベル5の人格者として慕われている。


だが彼女は輪の中心に立つことは出来ても輪に混じることが苦手なのだ。
苦手ーーというよりは御坂の周囲の者が勝手に彼女の力に萎縮し、無意識の内に距離を置いている、と言うべきかもしれない。


本当の意味の友人なんて白井達数人程度しかいないだろう。


あまりに強すぎる力を持った為人と距離を縮められなくなった御坂と、病弱で他人と関わる機会が少なかった為対人関係を築くのが苦手なほむら。

根本の原因は真逆でも、ほむらも御坂も互いに親しみを感じていたのだ。


だからだろう。
ほむらが本来なら絶対に口にしない自分の弱さーーコンプレックスの一角を語ってしまったのは


ほむら「悩みってほどでもないんです。どうしようもないことですから」


ほむら「……例えば友達とか大切な人が目の前で困ってたとしたら、当然助けてあげたいって思うじゃないですか」


ほむら「でもその友達を救う為には自分は全然力不足でーー絶対に倒せない壁が邪魔して、多少は足掻くけど結局は諦める」


ほむら「仕方ないことなんですけど……それでも仕方ないって諦めて友達を見捨ててる自分にどうしても自己嫌悪しちゃうんですよね」


その言葉がどれだけ御坂の心を抉るかも知らずに

御坂「……関係、ないでしょ」


ほむら「え?」


御坂「ねぇ、暁美さんは本当にその友達のこと助けたいの?」


ほむら「も、勿論です!」


御坂「結局自分の身が可愛いだけなんじゃないの?」


ほむら「そんなことは……」


御坂「壁が越えられない、敵が強過ぎるーーだから仕方がないなんて本気で思ってるの?」


ほむら「ッ……」


御坂「そんなの関係ないでしょうがっ……自分が助けたいと思ったんでしょう!? 」


御坂「だったら……本当に大切なら、何がなんでも助けてあげなさいよっ」


ほむら「御坂……さん?」


御坂「私はっ、絶対に諦めない。どんな手使ってでもあの子達を……!」


まるで自分に言って聞かせるように激昂する御坂にほむらは困惑する。

ほむらは分からない。
一体何が彼女をここまで憤らせているのか。
自分がいつの間に地雷を踏み抜いてしまったのか。

御坂「…………!」

御坂「な〜んてね」

御坂「ちょっと熱が入り過ぎちゃった。ごめん」


ほむら「い、いえ。気にしないで下さい」


それだけ真剣に話を聞いてくれたんだろう。
と、ほむらは前向きに受け取ることにする。


御坂「いや相談するよう仕向けといて本当ごめんなさい」

御坂「ーーでもさ、それはそれとして、やっぱり諦めちゃダメよ」


ほむら「友達を助けるのを……ですか?」


御坂「こうやって悩んでる時点で、諦め切れてないのが透け透けよ? なら絶対諦めちゃダメ」


ほむら「そう……ですね」


ほむらは頷きつつも、その実御坂の言葉を聞いてはいなかった。
それだけ今朝の出来事が重い足枷になっていたのだ。

ほむら「……それにしても、昨日の落雷は凄かったですね」

ほむら「あの雷のおかげで家の電化製品のほとんどが壊れちゃいました」


ほむらはつい耐え切れず話題を切り替える。
今度は絶対に地雷を踏まないように、誰にでも話しやすい定番の話ネタである天気の話題を持ち出した。


のだが


御坂「ご、ごめんなさい」


ほむら「え?」


御坂「あ、あ〜……今日は佐天さんが迷惑掛けちゃってごめんなさいね」


ほむら「?  ええ。お互い様ですし」


御坂「根はいい子なのよ? ただ都市伝説が絡むとちょっとね」


ほむら「はは、美樹さんも似たようなものだから分かります」


御坂「そこだけは困りものよねぇ」


もっとも、美樹さやかも佐天涙子も学園都市で流れている都市伝説の中に本物が紛れているとその身でもって知ってしまったのだ。

彼女達が都市伝説に興味を覚えるのも無理もない。


御坂「ホント、懲りてないんだから」ボソッ

その後は御坂とほむらも特に気まずい思いをすることもなく、仲良く談笑しながら歩いた。


御坂「でねでね! 私ついにブチ切れちゃって。そいつを砂鉄で作った剣でぶった切りに行ってやったんだけどね」


ほむら「あはは、随分と楽しそうじゃないですか」


ほむら(御坂さんは面白い作り話を考えるのがうまいなぁ)


話の内容のほとんどが、最近知り合った男がウザイ、キモい、死ね、といった御坂の愚痴ーーもとい罵倒だったのだが


御坂「あ! そうだそうだ。砂鉄といえば……この前頼まれてた分。持って来たわよ」


そういうと御坂はポケットから掌に収まるくらいの袋を取り出した。


ほむら「ありがとうございます」


御坂「いいのいいの。私の能力使えば一瞬だからね」


御坂「それにしても、砂鉄を使った実験って……いつも何をしてるの?」


ほむら「ひ、秘密です」


御坂(砂鉄を使った人に言えない実験ってまさか……)


御坂は先日のセブンスミストでの爆破事件を思い出す。

事件の正式名称はグラビトン事件。
あれは確かアルミニウムを爆弾に変える能力者によるものだったはずだがーー

と、ここまで考えた御坂は


御坂(ま、よりによって暁美さんが爆弾なんて作るわけないか)


ほむら(う、疑われてないかな?)


ほむら(…………)


ほむら(いや、どのみち私はもう爆弾を作ることも使うこともないだろうし、疑われても問題ないか)


ほむら(対魔女用の爆弾作っちゃったばっかなのになぁ。どうやって処理しよう)

御坂「じゃ、私こっちだから」


ほむら「はい。また今度遊びましょう」フリフリ


御坂「ええそうね。今日は楽しかったわ。話聞いてくれてありがとねー」タタタ


そう言って遠ざかって行く御坂の姿は徐々に小さくなっていき、ついにほむらの視界から消えた


…………
………
……


ほむら(ふぅ、御坂さん。やっぱりいい人だったなぁ。話してて楽しかった)


ほむら(けど、あれはなんだったんだろう)


御坂『私はっ、絶対に諦めない。どんな手使ってでもあの子達を……!』



御坂の言葉は真に迫るものがあり、
その一言一言がほむらの脳裏にこびりついて離れない。
心の奥底で芽生えかけていた疑念を増幅させる。


ほむら(本当に私がやったことは正解だったのかな……?)


そう思い悩むほむらの背後で、『筋ジストロフィーの開発 ・ 資金援助に新たに三つの研究機関が進出した。今後医療関係の市場の活性化が見込まれる』、というニュースが夕空に浮かぶ飛行船から流れていた。

今日は一旦ここで休みます。
見てくれた方ありがとうございました。

7月20日 午後4時30分 第七学区 木の葉通り裏沿いの廃ビル


いつもより早い段階でまどかたちと別れ、手持ち無沙汰だったほむらは、人気もなく比較的涼しい廃墟へ足を運んでいた。

廃ビルの中は空っぽで、ほとんど何もない。

あるものといえば、ポツンと一つだけ置かれたダンボールと
誰のいたずらだろうか、辺り一面にペタペタと意味不明な文字が書かれた紙が張ってあるだけだ。


ほむら「はい、どうぞ」


エイミー「にゃー♪」モグモグ


雨風しのげる廃ビルの中に置いてあるダンボール。
その中で小さく丸まっている子猫へほむらは道中コンビニで購入したむさしの牛乳とパンを分け与える。


猫の名前はエイミー。

この猫に餌を持って来てやるのがほむらの日課の一つだった。

わざわざこんな寂れた場所に猫を放置している理由は保健所職員の目から逃れるためだ。


ほむら(本当は家で飼ってあげたいんだけど。私の学生寮ペット禁止だからなぁ)


エイミー「にゃ〜」


ほむら「よしよし」ナデナデ


ほむらに向かって甘えた声を出す猫を見て彼女はふとエイミーに始めて出会った日を思い出す
ちょうど一週間前の7月13日のことを


ほむら(あの時、エイミー衰弱してて今にも倒れそうだったんだよね)ナデナデ


エイミー「にゃ〜お」スリスリ


ほむら(随分と元気になったなぁ)

ほむら(そういえばダンボールの周りに牛乳ビンがいくつか転がっていたけど、私以外にも餌をあげてた人がいたのかな?)


だとしたらその人はなんでエイミーをあんなになるまで放っておいたんだろう、とほむらが考えていた時



ゴォォォオオオオン!!!


爆音が響き渡った。

エイミー「二“ャ!?」


ほむら「な、何!?」


どうやら音の発生源はここから近い場所のようだ。


ほむら「……行かないと。ちょっとここで待っててね」


エイミー「ニャー……」


エイミーが不安気で、か細い声をあげるが、ほむらは構わず走りだす。


彼女は学園都市の治安を維持する風紀委員だ。
非番といえど異常事態に遭遇した場合はすぐに状況を確認して本部に連絡を入れなければならない。


ほむらが建物から飛び出すと、二軒先の廃墟から黒い煙が出ていた。


ほむら「あそこか」


ほむら(多分、スキルアウトが何かやらかしたか不良能力者が能力を使ったのね)タタタタ


そう当たりをつけるが


ほむら(いや、それにしては音が大きすぎる。一体何が……)タタタタ


爆発物を扱う彼女はすぐに自身の考えを否定する。
ほむらは湧き上がる不吉な予感を必死に抑えながら、現場へ向かって路地裏を駆け抜けた。

ほむらが辿り着いた建物は二階建ての工場のようだ。
しかし、中で人間が作業を行っている気配はない。
今日はたまたま休みなのか、もしくは既に潰れて廃工場と化しているのかもしれない。


ほむら(機械が誤作動を起こしたか放置された薬品が化学反応を起こしたのかな?)



ビルの扉を開けて中を見てみると、フロア一面にほむらより背が少し高い植物が植えてあった。


ほむら(トウモロコシ?)


足元に目をやると光合成を促す紫外線ライトが取り付けられてある。


ほむら(なるほど。植物性エタノール燃料の自動精製工場か……)


ガソリンの代替燃料として開発が進められているものだ。

風力発電を筆頭として、学園都市はこういった代替エネルギーの開発や教育に力を注いでいる。

特にアルコール精製率の高いトウモロコシやさとうきびはガソリンの原料として定番で、中学生のほむらでもすぐにこの工場が何を作っているのか理解出来た。


ほむら(……となると、やっぱり機械が誤作動を起こしてガソリンに引火した線が濃厚かな?)

ほむら(とりあえず……一階は異常なし、と)トコトコ

ほむら(じゃあ爆発があったのは二階かーー)トコトコ






「灰は灰に 塵は塵に 吸血殺しの紅十字!」



ゴォォォオオオオン!!


男の声が聞こえた直後、工場の二階から爆音が響いた。

ほむら「な、何が起こったの!?」


ほむらは階段を一気に駆け上がる。
すると彼女の目に二つの人影が飛び込んで来た。


ほむら「インデックス!?」


インデックス「っ……なんでいるの!? 来ちゃダメ!」


そしてもう一人は


ステイル「やれやれ……この時間この辺りに人は来ないと一応事前に調査してあったんだけどね」

人払いの魔術を怠ったのは不味かったかな、と呟きながらもインデックスと対峙している男。
ステイル=マグヌス。

彼を中心に炎が広がっており、このフロアの一部は既に火の海と化している。

恐らく彼が能力を用いて展開したのであろう業火というべきその炎は、目算でも学園都市の基準でレベル5の発火能力者に匹敵する勢いで燃え盛っている。

まともにぶつかってほむらがどうこう出来る相手ではないのは一目瞭然だった。


ほむら「なん……なの」


だがほむらの視線は炎よりも男の姿に釘付けになり、逸らすことが出来ないでいた。
彼を見た瞬間から足も地面に縫い付けられたように動かせない。
ほむらの本能的な部分が「あの男は危険だ」と警鐘を鳴らしていた。


一方男は漆黒の修道服を身にまとい、口の端で火のついた煙草を揺らし、苛立ったように耳についた毒々しいピアスを弄っている。


神父と呼ぶにも、不良と呼ぶにもあまりに奇妙な姿をしていた。


これではまるでーー


ほむら「……魔術師」


ステイル「うん? そうだよ。僕は『魔術師』だけど? 」

ステイル「そこまで知っているなら話は早いね」

ステイル「消し炭になりたくなかったらさっさとここから消え失せてくれないかな」ギロッ


ほむら「ひっ……」ガクガク


――逃げないと本当に殺される


ほむらは直感的にそれを理解した。
……が、動けない。
動かないのではなく動けないのだ。
風紀委員だからとかインデックスを助けないととか、それ以前の問題。

恐怖で足がすくんでしまっている。


だが


インデックス「待って! その人は関係ないんだよ!! 」


そんなほむらを護るようにインデックスが立ちはだかった


ほむら「なっ……!」

ステイル「そうかい?君の様子を見る限りとても関係ないようには見えないな」


インデックス「そんなことないんだよ!」


ステイル「たださっきも言ったが、彼女が大人しくこの場を去ってくれるなら、僕は特に危害を加える気はないよ。僕の目的はあくまで君だからね」

ステイル「……いや、そうだな。やっぱりこういうのはどうだい? 君が大人しく捕まってくれるなら彼女は見逃そう」


インデックス「っ……」

インデックス「分かったんだよ」


ほむら(そんな!)

ほむら(私のっ……私のせいでインデックスが……!)

ほむら(こうなるのが嫌だったから……私はっ)

ほむら(どうにかしないと!)


ほむら「ま、待って!!」


ほむらは恐怖で掠れてほとんど声になっていない叫びを絞り出す


インデックス「ほむら!?」


ステイル「ほう」

ほむら「な、何でインデックスを付け狙うの?」


ステイル「おや?魔術師の存在を知っているぐらいだから、てっきり全部筒抜けだと思ってたんだけどね」

ステイル「……で、僕がソレを追い回す理由だったっけ? 何故わざわざ君に「何をしてるのかな!?」」


インデックス「言ったよね? 誰も巻き込みたくないって! だから早く逃げ……」


ステイル「おい」


インデックスが言葉を言い切る前に、ステイルがドスの効いた声を発して遮る


ステイル「僕が彼女に話をしていたんだ。余計な口を挟むな」

ステイル「僕の機嫌を損ねると、その女がどうなるか……よく考えてから行動した方がいい」ギロッ


インデックス「っ……」

ステイル「とはいえ、ソレの言っていることにも一理ある。すぐこの場から立ちさらないと殺す、と忠告したはずだが?」


ほむら「わ、私はジャッジメントです! あなたのような不審者を放って置く訳には行きません! 」


ほむら「それに私はこれでもレベル3の強能力者ですっ……そう簡単に遅れを取るつとりもない!」


ほむらはなけなしの勇気を振り絞ってステイルに啖呵を切る。


だが


ステイル「ふっ……そう簡単には負けない、ね」


ほむら「な、何がおかしいの!」


ステイル「おや、気分を悪くさせてしまったかな。済まないね。さっきまで震えて声も出せなかった人間の口から出た言葉とは思えなくって、つい鼻で笑ってしまったよ」


ほむら「うっ……」ガクガク

ステイル「まあ、それだけアレのことを心配している証なのかな? 嫌いじゃないよ、そういうの」

ステイル「君に敬意を表して特別に僕の目的を話してあげるよ」


インデックス「待って! ほむらは巻き込まないで欲しいんだよ!」


ステイル「黙れと言っている」

ステイル「僕の目的はソレの持ってる10万3000冊の魔道書さ」


ほむら「10万冊……って、そんな大量の本どこに」


ステイル「彼女は完全記憶能力という体質でね。10万3000冊の魔道書を一字一句違わず完全に暗記しているのさ」


ほむら「……嘘だよね?」


インデックス「っ……」


ほむらの問いに、インデックスはただ辛そうに唇を噛んでうつむく。

つまりステイルの言葉は全て真実なのだろう。


ステイル「しかもその一冊一冊が君たちの言う所の核兵器以上の戦略的価値があるものだ……ここまで言えば、君もことの重大さが理解出来るんじゃないかい?」

ステイル「少なくとも、君が首を突っ込んでどうにかなるレベルの問題ではないってことぐらいはさ」


ほむら(魔道書に、10万3000冊!? 何なのっ、どうしてそんな馬鹿げたことが)

ステイル「でだ、本来ならここまで知られてしまったからには問答無用で君を殺さなくてはならない決まりなんだが……」ギロリ


ほむら「ひっ」


インデックス「待っ……」


ほむらの肩がビクンと跳ね、インデックスが再び口を開き掛けるが……


ステイル「今回は特例として、今すぐ逃げ出せば見逃してあげてもいいけど」


ステイル「どうする?」


ステイル(平和ボケした学生一人に魔術の存在を知られた所でどうにもなるまい。それより、彼女を人質にしてインデックスを確実に保護した方が利口だ

スケールがあまりに大き過ぎる。

やっぱり自分には手が負えない。

……ほむらが抱いた正直な感想だった。


ほむら(怖い怖い怖い嫌だよ死にたくないっ……何でもいいから今すぐここから抜け出して日常に戻りたいっ)


本来気が弱いほむらが今までこの状況に耐えられたのは

風紀委員として多少の荒事に慣れていたことや

魔法少女という魔術師と同じく科学のものさしでは測れない未知の存在に耐性があったからだろう。


だがもう彼女の心は限界だった。
先程から震えが止まらない。
足がズルズルと一階へ続く階段がある方向へ後退していく。


ほむら(そうだよ。どうせ残ったって私には何も出来ない)


ほむら(仮にこの状況を切り抜けたって、10万3000冊の魔道書を狙いにきっと同じような敵が何度もやってくる)


ほむら(私はどうしたってインデックスを救えない。だから……)


ほむら(戻りたい)


ほむら(いつものように皆でマミさんの家に集まって、いつものように騒いで、いつものように笑って、いつものように……)


御坂『本当に大切なら、何がなんでも助けてあげなさいよっ』


ほむら(……周りに引け目を感じながら過ごす)


ほむら(そんな日常に、戻りたいの?)


ほむら(こんな最低の私を、手を差し伸べることすら出来なかった私を、身を呈してまで守ろうとしてくれたインデックスを見殺しにして? 本当にそれがーー)


――正解?

インデックス「ねぇ」


インデックス「私のことなら、気にしなくていいんだよ?」ギュッ


ほむら「え?」


気が付くとガタガタと震えるほむらの体をインデックスが優しく抱きしめていた。


インデックス「怖い思いをさせてごめんなさい」

インデックス「助けてくれようとしてありがとう」

インデックス「でも……もういいんだよ」


きっとインデックスは気丈に振舞っている訳でも、ましてや自分を見捨てて逃げだそうとしていたほむらを恨んでなどいないのだろう。


心から誰も巻き込みたくないと願っているに違いない。


自己犠牲をものともしないその姿はほむらの知る人物にとてもよく似ていて……


スッ、とインデックスがほむらの身体から離れた。


インデックス「じゃあね。本当にありがとね……ほむら」


そう呟き魔術師の元へと駆け寄ろうとするインデックスの手をほむらは









掴んだ


ほむら「捕まえた」


この瞬間から、ほむらの内側を構成する何かが変わり始めた。
ズレていた歯車は元へと逆回転していく。

インデックス「ちょ……な、何かな!? 放してほしいかも」


ほむら「いやだよ」


インデックス「え?」


ほむら「絶対に放さない……だって私はずっとこの時を待ってたんだもん」


ほむら(誰かに守られる私じゃなくて誰かを守れる自分に生まれ変わる、この瞬間を)


インデックス「わ、訳が分からないんだよ!」

ステイル「……それが君の答えか」


インデックス「ま、待って! 大人しくつかまるから! 逃げたりしないから! だから!」


ステイル「炎よ――――」


ステイルがそう呟くと同時に、彼の右手から真赤なラインが爆音を立てて伸び始め、炎の剣が生み出される。


インデックス「マズイんだよ! ほむらっ……逃げ!?」


ほむらは、インデックスが言葉を言い切る前に彼女を脇に抱えてしまう。


ほむら「大丈夫」


ほむら(あなたのおかけで震えは消えた。だから)


ほむら(足は……)



ステイル「――――巨人に苦痛の贈り物を!!」


ほむら(……動く!)


轟!!


ほむらが横へ飛ぶのとほぼ同時。
ほんの一瞬遅れて、つい先程まで彼女達がいた場所に炎剣が叩きつけられた。

炎剣が炸裂した瞬間熱波と閃光が吹き荒れ、ほむらを襲った


ほむら「っ……」ググッ


ほむらはそれを足に力を入れてやり過ごす。
直撃した訳でもないのに、近くにいるだけで肌を刺すような熱が伝わってくる。


近くの床は飴細工のようにドロドロと溶け、巨大な穴が出来ていた。

ステイル「へぇ。今のを避ける、ね」


ステイル「怯えながらもあれだけ大見得を切ったくらいだ。なるほどそれにみあうくらいの実力は伴っていた訳か」


ステイル「……で? 君はどうするつもりだい? まさか本気でこの僕。ステイル=マグヌスを倒す気じゃないよね」


ステイルは遠回しに警告しているのだ。

ーーこれ以上刃向かうなら容赦しない


ほむら「ヒッ」


ほむらの全身に嫌な汗が流れる。

間違いなくこの男は自分を殺すのに躊躇なんてしない。
ただ効率的にインデックスを回収するためだけに自分へ問いかけている。
アレこそが根本的に考え方が違う生き物ーー魔術師。

と、ほむらは瞬時に理解した。


ほむら(でもっ……それでもっ)

ほむら「お断りしますっ!」

ステイル「……念のため、もう一度言おう」


ステイル「ソレから離れろ」


ほむらが敵対の意思表示を見せてもなおステイルの余裕の表情は揺らがない。

彼は完全にほむらを舐めている。

さっきからろくに身構えもせず口を開いているのが良い証拠だ。


事実、それだけステイルとほむらの実力は離れていた。


だが


ほむら「嫌です!」


それらを全て理解した上でほむらは彼の提案を突っぱねる


ほむら(確かに……あの魔術師と私じゃあまりにもかけ離れてる)


ほむら(それでもっ、やれる所までやってやる!)


ほむら「私は絶対にあなたの言うことなんかに耳を……」


インデックス「ほむら!」


ほむらは最後まで言葉を紡ぐことが出来なかった。
その前に炎剣がほむら目掛けて飛んで来たからだ。


ほむら「くっ……!?」サッ


ゴオオォォォォォォォォ!!

インデックス「んぐっ!?」


ほむらは抱えていたインデックスを後方に投げ飛ばしつつ、炎剣を再び横っ飛びに躱すが


炎の塊は矢継ぎ早に次々と飛んで来た。


ゴオオオォォォォォォォ!!!


ほむら「っ………」スッ


一発でも直撃すれば、この世から細胞レベルで焼失させられるであろうそれらを、ほむらは爆風に翻弄されながらほとんど地面を這いずり回るように避けていく


ゴオオォォォォォォォォ!!!


ほむら「うあっ……」ジュゥツ


だが炎の塊は徐々にほむらを捉え

灼熱がほむらの腹に、顔に、腕に、脚に掠り少しずつ全身を焼いていく


ゴオオォォォォォォォォ!!


ほむら「ハァ……ハァ…」


気が付くとほむらは全身に軽度の火傷を負い、満身創痍。
意識も朦朧としてきたようで、足取りも若干危うい

ステイル「驚いたな。ここまで粘るか」


対してステイルの顔には疲労の色は無く、まだまだ余力を残しているようだ。


どちらが優勢かなんて、それこそ火を見るよりも明らかだった。


ステイル「力の差は歴然だ」


ステイル「一介の学生がここまで食らい付けるなんて大したものだ。ここで諦めても誰も君を責めはしないだろうね。むしろ誇ってもいいくらいの大挙だよ」


ほむら(誇ってもいい……か)


劣等感に苛まれていた頃の彼女だったら、

インデックスに手を差し伸べる前のほむらだったら、

その言葉は響いたかもしれない。

だが今は


ステイル「どうだい? 降伏する気になったかい?」


ほむら「馬鹿にしないで下さいっ!」


ゴオオォォォォォォォォ!!




インデックス「何……で」

ほむら「くっ……」



目の前から飛んでくる炎の塊に対し、ほむらがもう何度目か分からない回避行動をとろうとした時。


ほむら「しまっ……!?」


ほむらの右脚と左脚がもつれ身体がぐらりと傾く。

何度も何度も炎に炙られた彼女の身体がついに限界を迎えたのだ。


ステイル「終わりだ」


摂氏3000度の灼熱は容赦なくほむらに近付いていく


インデックス「TTTL(左方へ歪曲せよ)」


インデックスの言葉に従うように炎剣の軌道がそれ、ほむらが射線上か外れる。



ほむら「なっ!?」



ステイル「くっ……」


インデックス「ほむら早く!こっちに逃げるんだよ!」タタタタ


ほむら「え?ちょっと待って何が……」


インデックスはほむらを引きづりながら扉を蹴破り、奥のフロアへ引っ込んでしまった

インデックスはほむらを引きづりながら扉を蹴破り、奥のフロアへ引っ込んでしまった


ステイル「スペルインターセプト、か」


ステイル(あれは同じ敵に何度も干渉出来るものではないから、あの子も土壇場でしか使わないだろうと踏んでいたんだが……)


ステイル(……予想以上に能力者の女を助けたがっているようだね。あの子は)


ステイル「僕としたことが、よりによってあの子の性格を測り損ねていたとはね」


ステイル「それにまずいな。確かむこうの大部屋には非常階段があったはず。そこから逃げられるとちょっと厄介だな」


そう呟きながらも彼はポケットから新しい煙草を取り出し口に咥え、ゆっくりと歩を進める。
その雰囲気からは焦りは微塵も感じられない。


ステイル(ま、どの道あの怪我じゃそう遠くまで動けまい)


ステイル(あっちのフロアにはアレがあったはずだしね)

インデックスとほむらがいるフロアには彼女達の背丈の二倍以上ある機材が所狭しと並べられており、それらを縦横に金属製のパイプが結んでいる。


ほむらはその機械群を見て、時折CMなどで見かけるビールの製造工場を連想した。


いずれにせよ、さきほどに比べて死角は格段に多い。


インデックス「……この位置に隠れていればしばらく時間は稼げるはずなんだよ」


インデックス「ほむらはその間に少しでも体力を回復させておいて」


ほむら「う、うん……」ハァハァ


ほむら「……でも、本当に大丈夫なの?」


インデックス「むむ。ちょっとは信頼して欲しいかも」


ほむらは知る由もなかったが、インデックスは自他共に認める逃亡潜伏の天才だ。

こうも入り組んだ場所に逃げ込めさえすれば、あとは彼女の独壇場だった


インデックス「……ねぇ。何で君は私のためにここまでしてくれるの?」


自分の得意な状況に持ち込めたことで肩の荷が降りたのか、インデックスはポツリとそんな疑問をもらした


ほむら「え?」


インデックス「だってほむらからしたら私は今朝にちょっと会って話しただけの赤の他人でしょ?」


インデックス「それにあの魔術師は多分暗殺や密偵といった汚れ仕事の専門家。とても一般の人が太刀打ち出来る相手じゃないんだよ」


そこら辺ちゃんと理解してたのかな?、とインデックスはどこかバツの悪そうな顔で続ける


ほむら「確かに、私じゃあの魔術師には敵わない……それは事前に分かってたよ」


インデックス「じゃあ何で……」


今朝のほむらなら、確実にそこで思考が止まっていた。
自分には無理だと見切りをつけてインデックスを見捨てていた。

でも、今は違う。


御坂『強いとか弱いとか関係ないでしょうがっ……自分が助けたいと思ったんでしょう!? 』


ほむら「でもね。そんなの関係ないんだよ。私が助けたいから助けた。単純にそれだけなの」


ほむら(いや……それに自分を変えるきっかけが欲しかった、かな)


これじゃ尚更まどかにどうこう説教出来ないな、とほむらは心の中だけで自嘲する。

インデックス「そんな理由で?!」


インデックス「ほ、ほむらはひょっとしなくても馬鹿なんじゃないかな!? 」


ほむら「あなたは一体何を言っているの?」


ほむら「……先にあの魔術師から危害が及ばないように、赤の他人の私を助けようとしてくれたのはあなたでしょ、インデックス」


インデックス「それはっ……」


ほむら「馬鹿だね」クスッ


インデックス「本当に……本当に一緒に戦ってくれるの?」


ほむら「何度も言わせないで、私が助けたいと思ったから助けるの。当然だよ」



その言葉を聞いた途端インデックスの目にはうっすらと涙が浮かび、表情がグニャリと崩れた。


インデックス「う……うぅ」

ほむらはそっと落ち着かせるようにインデックスの頭に手を置きこう続けた


ほむら「そういえば……あの時の返事してなかったね」


インデックス「ふぇ?」


ーー私と一緒に地獄の底まで付いてきてくれる?


ほむら「約束する。どんな手段を使ってでも私はあなたを地獄の底から引きあげる」


ほむら「でもあなたの言うとおり、私一人じゃあの魔術師を倒せない」


ほむら「だから……あなたの力を貸して。インデックス」


インデックス「……ありがとう」


「盛り上がってる所悪いけれど、残念ながら君たちでは僕を倒すのは無理だ」

ほむら「しまったっ……」スッ

ほむら(居場所がバレたっ…)


インデックス「待って」ボソッ


立ち上がろうとするほむらの腕をインデックスが掴んだ。


ほむら「なっ……早くしないとあいつが!」


インデックス「声は聞こえたとしても現在地までは、はっきり特定されてないはずだよ。そういう場所を選んだから」ヒソヒソ


インデックス「それに扉を開く音が聞こえなかった」ヒソヒソ


ほむら「つまり……あいつは私達に扉越しから声をかけたってことかな?」ヒソヒソ


インデックス「うん。声の方向から考えても恐らくね」ヒソヒソ


ほむら「でも何でわざわざそんな面倒なことを……罠を仕掛けるにしても、アイツなら直接私達に襲いかかった方が早いよね」ヒソヒソ


インデックス「分からない」ヒソヒソ


インデックス「けどきっと何か意図があるんだよ。それが分かるまでは動くのは危険かも」ヒソヒソ


「Index=Librorum=Prohibitorum。君に伝えたいことがある」


インデックス「!」

「今から僕は君たちに攻撃を仕掛ける。絶対に避けられない程の広範囲の奴をね」


インデックス「……ありえないんだよ。そんな強力な魔術が扱えるなら、私を追い詰める時に使う場面はいくらでもあったはず」ヒソヒソ

インデックス「でも私はそこまで大規模な攻撃を受けた記憶はないんだよ」ボソッ


「その際君は『歩く教会』の防御結界によって護られるだろうが、君の隣にいる少女は確実に死ぬだろう」


「それが嫌なら、大人しくこっちに来てくれないか?」


ほむら「またそれ……?」ボソッ


インデックス「私たちを動揺させて位置を特定しようという、魂胆が見え見えかも」ヒソヒソ


「言っておくがこれはせめてもの慈悲で忠告してるんだぞ?……流石に目の前で大切な人間に死なれるのは辛いだろうからね」


インデックス「散々人のこと踏んだり蹴ったり追い回したりしといて今更何を言ってるのかな!」


ほむら「………………おかしい」ボソッ


インデックス「え?」

ほむら(何かが引っ掛かる……)


「1分だけ待ってやる。それまでに出てこなかった場合は君もろとも彼女を焼き殺す」


違和感。
何かがおかしい。
しかしその正体が分からない。


ほむら(何なの……この致命的な何かを見落としてるような嫌な予感は)


ほむら(思い出して……)


さっき、自分は何と言った?
何を考えた?


『それが嫌なら、大人しくこっちに来てくれないか?』

ほむら『またそれ……?』


ほむら(そうだ……あの魔術師は戦闘中に不自然なほど何度も降参するよう説得してきた。 私の身を案じるような性格では絶対にないのに)


ほむら(私をダシにしてインデックスを楽に捕まえようとしているだけだと思っていたけど)


ほむら『罠を仕掛けるにしても、アイツなら直接私達に襲いかかった方が早いよね』


ほむら(この後に及んで降伏を促すなんておかしい)


『言っておくがこれはせめてもの慈悲で忠告してるんだぞ?……流石に目の前で大切な人間に死なれるのは辛いだろうからね』


ほむら(もしかして、あの魔術師は本当にインデックスを傷付けないためにこんな提案をしているの?)


ほむら(……何を考えてるんだろ、私は。 アイツはインデックスを兵器としてしか見てない屑なのに)


ほむら(それに万が一その仮説が成り立つのだとしたら……)


ステイルは本当に広範囲攻撃手段を有していることになる。
確実にほむらを死に追いやれるほどの。


ほむら(けどそれはインデックスが否定している)


インデックスは魔道書10万3000冊の魔術知識を有している
その彼女が魔術に関して判断を間違えるとはほむらには思えなかった


ほむら(……ん?)


ほむら(魔術に関しては……?)チラッ


インデックス「ほむら?」


ほむらは見ていた。
この工場の一階で飼育されているトウモロコシの群生を。
何故そんなものを育てていたのだろうか?


ほむらは聞いていた。
炎の魔術師があらかじめこの場所に人が寄り付かないと調べていたことを。
最初からインデックスをここに追い込む算段だったことを。
何故この場所を選んだのだろうか?

ほむら「あ……あぁっ……!」

徐々に思考が繋がっていき。ほむらは違和感の正体を掴んだ。

それと同時に


「残り5秒だ」


ほむら「っっ……!!」


インデックス「ひゃい!?」


ほむらは弾かれたようにその場から飛び出した。

「4」


インデックス「ほ、ほむら!?あそこから動いちゃダメなんだよ?!」


ほむらはインデックスを抱えてただがむしゃらに走る


「3」


ほむら「くっ………」ダダダダッ


一歩進む度に全身の火傷跡から激痛が走るが、それでも彼女は止まらない。


「2」


ほむら(ない)


ほむら(ないッ)


ほむら(ないッ!!)


いくら探してもこの状況を突破出来るとっかかりが見つからない。


「1」


ほむら(っ……見つけた!!)


やっとのことでほむらが何かを見つけるがーー


「0」


「ガソリンに火を点けたらどうなるか、いくら科学に疎い君でも分かるよね?」


ゴオオオオオォォォォォォォォオオオオオオ!!!!


直後、フロア入り口の扉が炎の塊によって吹き飛ばされ


一瞬にしてフロア全体が炎に包まれた。

今日はここまで
見てくれた方ありがとうございました

ステイル「結局こうなったか」


ステイルの眼前のドア枠からは黒煙と火炎が立ち込め、あらゆる者の侵入を拒んでいた。

ドアの向こう側ーーインデックスとほむらが居た部屋は文字通り灼熱地獄になっているはずだ。


ステイル「……それにしても、予想以上の破壊力だね」


ここはトウモロコシを原料にガソリンを作り出す無人施設だ。

そしてほむらたちが居たフロアはアルコール成分を摘出、高濃縮して自動車用の燃料に変換する部屋。

つまり実際にガソリンを精製していた部屋だった。

ステイルはそこに3000度の熱の塊を放りこんだのだ。


ステイル(元々あの子の足止めに使う予定だったんだが……まさか一般人を排除するためにこの手を使うハメになるとはね)


ステイル(ま、嬉しい誤算と喜ぶべき所かな)


実際、これだけ大掛かりな仕掛けを用意してもインデックスが一人だった場合は大した足止めにはならない。

それだけ彼女が着用している"歩く教会"の防御力は絶大なのだ。

だから本来の作戦通りに動くならステイルは急いでインデックスの回収作業に移らなくてはならない。

しかし……


ステイル「今頃あの子はこの中で泣いているのかなぁ」

ステイルに動く素振りはなく、ただ辛そうに顔をしかめ、燃え狂う炎をじっと見つめている。


ステイル(あの子の性格上、最も近しい人間が死んだ今。僕から逃げ回る気力なんて残ってないはずだ)


ステイル(ほぼ間違いなく、焼け炭になった女の死骸に泣きついてるに違いない)


ステイル(あの時みたいに)


ステイルは、目の前で大切な人間を失ったインデックスがどれだけ悲しむか、どんな行動をとるか、"知っている"。


それ故の余裕だった。


ステイル「とはいえ、あまりじっとしてもいられないな」

あらかじめ警報装置は切ってある。
そのためこれだけ派手に炎を撒き散らしてもスプリンクラーは作動しない。


ステイル(優しいあの子のことだ。下手したら酸欠で死ぬまで死体の側に寄り添い続けるだろうね)


ステイル(そんなのはごめんだ。さっさとスプリンクラーを作動しに……)クルッ


ステイルは来た道を戻ろうと振り返った


すると


三つのピンポン球くらいの黒い影がステイル目掛けて飛んで来るのが視界に映った


ステイル「なっ!?」


ボォォォォオオオ!!


だがステイルはとっさに炎の壁を展開し、それらを防ぐ


ボンッ! ボンッ! ボンッ!


ステイル(爆弾だと!?)


ステイル(一体誰がっ……!)


そして前方の敵を確認するために炎を消したステイルの視線の先には


ほむら「えい!」


全身煤だらけの暁美ほむらが、こちらに両手で抱えた消化器を向けて立っていた。

プシュゥゥゥウウウ


ほむらがノズルを引くと同時に消火器から粉末が勢い良く噴出し、ステイルへと降りかかる


ステイル「んなっ!?……ゴホッガハッ」


予想外の攻撃にステイルはたまらず咳き込みながら一歩二歩と引き下がるが……


ジュゥゥ


ステイル「っ……!」


そこはステイル自身が爆破したガソリン製造フロアの入り口。

彼の背後に立ちはだかる地獄の業火が口を開け、彼の背中を舐めるように軽く焼く。


ステイル(このっ…………なに!?)


だが彼女たちの追撃はそれだけでは終わらない


インデックス「はぁぁぁあああ」タタタタ


ステイルが再び前を見やると
ステイルを灼熱地獄に突き落とそうとインデックスが捨て身で突進を仕掛ける姿が飛び込んで来た

ステイル「っ……巨人に苦痛の贈り物をォォォォォォォォ!!」


ゴオオオオオォォォォ!!


インデックス「きゃあ!?」


ほむら「インデックス!」


しかしステイルはそれにも対応し、一瞬にして片手に炎の鞭を形成してインデックスの足元に叩きつけて床を溶解させ、彼女を一階へ落下させた。

ステイル「貴様っ……部屋が炎に包まれる直前に非常階段へ避難したのか!」


ほむら「……ええそうですよ。本当にギリギリでしたけど」


つまり彼女たちは非常階段から一階に避難した後、通常の階段から二階へ移動しステイルに背後から奇襲を仕掛けたのだろう。


全身ボロボロのほむらはもう立っているだけでも辛いはずのに、全身全霊の力を振り絞ってステイルと対峙する。


ステイル「解せないな。何故戻ってきた!? その間に僕の目を欺き逃走することも出来たはずだ! 」



ほむら「それじゃインデックスを救い出したことにならないからです」


ステイル「なに?」


ほむら「今ここでインデックスと一緒になって逃げても、あなたは私たちを延々と追ってくるだけでしょう?」


ほむら「約束したんですよ……あの子を地獄から引きあげる、って。一緒に地獄について行くのではなく救い出すって」


ほむら「だからあなたを倒しに戻ってきたんです」


ステイル「……無茶だ」


ステイル「何度でも言うが君たちに僕は倒せない。本当はもう分かってるんだろう?」


ステイル「一体何が君をそこまで駆り立てるんだ」


ほむら「あなたに理解出来るはずもない」


ステイル「何だと?」


ほむら「インデックスは優しい……本当に優しい子なんです」


ほむら「あなただってそれは分かってたはずっ……分かった上で彼女の善意を利用し乏しめ傷付けた!」


ほむら「そんなあなたに理解出来る訳がないって言ってるんです!」


ステイル「それはっ……」


ほむら「あなたにどんな事情があるかなんて知りません。知りたくもない」


ほむら「だけど、どんな理由があるにせよ……インデックスは渡せない。彼女にあなたみたいな屑は相応しくない!」

それは……
ほむらのその一言は……
かつてほむらの位置に居たステイルにはあまりにも重すぎて……


ステイル「何が分かる」


あまりにも妬ましいものだった。


ステイル「たった半日時間を共にしただけの貴様に何が分かるっ」


憎悪と嫉妬はステイルの身を焼くように膨れあがり


ステイル「……いいだろう」


ついにステイルの中で弾け飛んだ


ステイル「そんなに死にたいのなら殺してやる」



ステイル「Fortis931」



ステイル「ーーーーその名は炎 その役は剣 」


ステイルの服の中から数十枚のカードが飛び出し床に張り付く


ステイル「ーーーー顕現せよ 我が身を喰らいて力となせ 」


轟!!
という爆音と共に、重油のように赤黒くドロドロとした炎が展開し、次第にそれは人の形を成していく




ステイル「イノケンティウス!!!」



魔女狩りの王ーーイノケンティウス
その名に込められた意味は『必ず殺す』


ステイル「遊びは終わりだ、能力者」


人の形を成した炎……イノケンティウス。

ただ佇んでいるだけで壁がグニャリと溶け始め、熱気がほむらの肌に突き刺さる。


ほむら「っ…………」


規格外。
ほむらは自分が相対している相手が化け物だと再認識させられる。


ふと、ほむらはステイルの足元を見た


ほむら(カード……)


ほむら(そういえば巴さん、タロットカードの一種に魔術師が含まれてるとか言ってたっけ)


こんな非常時だからだろうか、ほむらはつい場違いな……日常での出来事ことを思い出してしまう。


ーー確か意味は


イノケンティウスが、ほむらの様子を伺うように一瞥した。


ほむら(……来る!)


ほむら(正直やっぱりまだ怖い……怖いけど)


ほむら(私が自分で決意して、インデックスと約束をしたんだもの……引く訳には行かないっ)


ほむらは覚悟を決めた。
自身の片隅に残っている僅かな臆病さや甘さをかなぐり捨てながら


ほむら(絶対にインデックスと一緒にここから抜けだす。 そして誰も守れなかった昔の自分を捨てて、誰かを守れる新しい自分に変わってみせるっ始めてみせるっ)


ほむら「ええそうね……」


ほむらは自身の眼鏡も投げ捨て、三つ編みを解き、こう言い放った


ほむら「……いい加減始めましょうか、魔術師」

ステイル「殺せ」


ステイルが呟くと
魔女狩りの王……イノケンティウスが動き出す

と、同時に


ほむら「っ……」ブンッ


ほむらは手にしていた消火器をイノケンティウス目掛けて投げつけた。


ジュゥ……プシュウウウ!!


消火器がイノケンティウスに触れた瞬間、外装が溶け中身の粉塵がぶちまけられる。

当然、イノケンティウスは消火器の粉をもろに被ることになるのだが……


ステイル「フハハハハハ!! 見苦しいぞ能力者! そんなもので3000度の温度を誇るイノケンティウスをどうにか出来るとでも思ったか」


炎の巨神は何事も無かったかのように両手を広げ、前方からほむらに迫ってきた。


ほむら「くっ……!」バッ


それに対し、ほむらは躊躇することなく地面を蹴りイノケンティウスの両脇をすり抜け


ほむら「くらいないさい」ブンッ


ステイル「馬鹿なっ!?」


"両手に持っていた"ピンポン球くらいの大きさの黒色火薬爆弾を5つ、ステイルの足元に投げつけた


ステイル(消火器を投げてから、この女はずっと手ぶらだったはずっ……! 細心の注意を払って動きを警戒していたのに何故!?)


ステイル「くそっ……!」バッ


不意を突かれたステイルは炎の壁による防御が間に合わず、前方に転がるように飛んで爆発の圏内から逃れる。


バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!


爆発音が鳴り響くと同時に、ステイルの足元に張り付いていたカードが吹き飛ばされた。

ほむら(これで炎の巨人は潰した)ダッダッダッ


そして、ほむらは地面に這いつくばっている魔術師に向かって一気に距離を詰める。

彼女はステイルがイノケンティウスを召喚する前にわざわざカードを張り付けていたことから、ステイルのカードーールーンがステイルの魔術の要だと見破ったのだ。

ステイル「……」


ほむら(終わりよ。ここまで距離を詰めれば敵が炎を展開するより早く爆弾を投げつけることが出来る)スッ


ステイル「ねぇ知ってるかい?」


だがこんな状況に陥ってもなおステイルの顔に焦りは無い。
それどころか僅かではあるが口角を吊り上げ楽しげに笑っていた。


ステイル「3000度の炎に人がつつままれると、肉が『焼ける』というより『溶ける』んだ」


インデックス「ほ、ほむら! 後ろ!」

ほむらの後方から、階段をかけ上がり息を切らしたインデックスの悲鳴が突き刺さる


ほむら「なっ」


ほむらが振り向くと
そこにはルーンの効力を失ったはずのイノケンティウスが、背後からほむらを焼き殺そうと右腕を振り下ろそうとしている姿があった。


ステイル「それが君の末路さ。覚えておいて損はない」


ジュウウウウゥゥゥゥウウ!!!

短いですが、きりがいいので今日はここまで
見てくれた方ありがとうございます

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