男(金曜日の夜11時、築15年のちょいボロアパートの101号室の目の前)
男(今日の戦利品を肩に提げて、意気揚々に我が家へ入ろうとした時だった)
女「ひっひっひ、こんな夜遅くにどこへ行ってたんだい?」
男友「ひっひっひ、重そうな荷物を持っているねぇ…よし、僕が持ってあげるからこっちに渡しなさいな」
男(2人の夜盗もどきに絡まれた)
男(2人の内、片方は普段はコンタクトレンズなのに眼鏡を掛けて、上下はだぼだぼのスウェット)
男(薄っぺらい胸部装甲が更に目立たない、完全オフモードの服装だ)
男(もう片方は片手にビニール袋をぶら下げて、たかる気満々である事を隠そうともしていない)
男(所謂、貼り付けたような薄っぺらい笑顔で『分かってるよね?』とこちらを見ている)
男友「…君が悪いんだからね?」
男友「僕が課題ちゃんと居残りデートをしている時に、あんな画像を見せて来るものだからねぇ」
男「……」
男(相変わらず良い性格してんなこんちくしょう)
男友「露骨に嫌な顔したって駄目だよ?」
女「ネタはアガってんだぞー」
男「…」
男「…はぁ、分かったよ」
女「ふむふむ、それで良いんだよ男君」
男(…150cmも身長の無いあんたがそんな口調使っても違和感しか無いぞ、と思った事は内緒だ)
男「どーせこいつらは一人じゃ食い切れないからな」
男(ま、3人で分けても週末分の飯に支障は無いだろ、この『サイズ』なら)
男友「ほうほう、それじゃあ早速中身を拝見しましょうかねぇ」
女「ひっひっひ、何が出るやら…」
男(乱暴に肩に提げていたクーラーボックスを二人にぶん取られる)
男(…たからせてやってる身として、いささかどころか大いに不満な扱いだ)
男友「どれどれ…おほー、こりゃ良いねぇ」
女「…?この魚はー…アジだよね?」
男「おう」
女「でも、こっちの大っきな切り身はなんなのー?」
男「あー、そっか、女は分からないわな」
男友「ほっほっほ、それはねぇ女ちゃん」
男 男友「「エイヒレってやつだ(ぜ)」」
男友「この男はねぇ、こんな釣りたて新鮮で最高な酒の肴を独り占めしながら、ゆっくり週末を過ごすつもりだったんだ」
男友「許せないだろう?」
女「美味しいのー?」
男友「美味いし、多分コラーゲン凄いから美肌効果もあるんじゃない?」
女「うん、最低だね男」
女「早く玄関の鍵開けなさいよ」
男友「ほら、お酒なら沢山あるから」
男「てめーら偉そうだな畜生め」
男友「…それにしても、君はキッチンが本当に似合わないよねぇ」
男「うっせ」
女「…うわぁ、うわぁ」
男友「ほら、やっぱりキッチンには女の子が手料理をさ」
女「ひゃー、…うぉー」
男「キッチンは女の領域って認識がもう古いわ」
男友「あれ、まさか料理男子的なの目指しちゃってるの?」
男「アホぬかせ」
女「ぬゃー、私、魚捌くのは無理かもしれぬー」
男「お前は魚捌く前にまず目玉焼き作れるようなれや」
女「……」
男「…んー、このアジはそのまま素揚げにしてポン酢で良いかな」
女「良いよー」
男友「良いんじゃない?」
男「一応、大きめのが3匹釣れたから1匹素揚げ、1匹は刺身だな」
男友「あと1匹は?」
男「とっとく」
男友「え、でも後で女友ちゃんも来るよ?」
男「……へ?」
女「後30分くらいでこっち着くってさー」
男「…せめて家主の許可は取ろうぜ、なぁ?」
女「んじゃ、女友来るけど良いよね?」
男「今更だ畜生…」
男友「ほらほら、もう一匹捌くだけだから」
男「…女はまぁしょうがないとして、お前は多少料理できるだろ?」
男友「面倒だし、うーん…あ、酒代おごりって事でチャラにしてよ」
男「…だってよ、女」
女「おー、男友さん太っ腹ー」
男友「…え、あれ?」
男「口は災いの元ってな」
女「食器出しとくねー」
男「お、さんきゅ」
男友「や、やっぱり料理を手伝おうかな?」
男「もう遅いわ」
男友「まったく、無駄に家庭的だね、早くどっかお嫁にでも行けば良いさ」
男「言ってる事無茶苦茶だな」
女「お、お嫁さんかぁ…」
男「食器持ったまま妄想とか危ないから止めて、な?」
女「お、男…子供は何人欲しいかな?」
男「お皿が3枚割れるかもだな」
女友「おーう、やってるー?」
男「鍵掛けなかった俺も悪いけど、せめてチャイム鳴らすか一声かけてからにしてくれ、な?」
女「あ、女友ちゃん、いらっしゃい」
女友「おぅ、お邪魔するよ」
男「…ヤケに服装決まってんな、また合コン帰りか?」
男友「ここに来てるって事は収穫は無かった、と」
女友「おぉ、二人とも大当たりよ」
女友「男友がちゃんと告白にOKしてくれれば良いのにさぁ」
女友「してくれなければ、そりゃ合コンにも行くさー」
男「何、まだ男友狙ってるワケ?」
女友「そりゃあね、初めてこっちから告白した男だしさ」
男「…だってよ、男友」
男友「こ、光栄だよ、本当に」
男「こーゆー奴を罪な男って言うんだな」
女「女友ちゃん、可愛いのにね」
男「男友も一応、美形に分類されるんだろ?」
女「確かに、女子の間では人気かなぁ」
男「ほーん、こいつのどこが良いのやら」
男「…あ、女」
女「何ー?」
男「アジの素揚げ、やってみる?」
女「…爆発しない?」
男「お前の腕前次第だ」
女友「おーい、男ー!」
男「んー?」
女友「こっちは先に始めてるかんなー」
男友「お、お手柔らかに…」
女友「おう、胸の柔らかさなら自信あるぞ」
男友「うん、やっぱり酔ってるよね女友!?」
男友「ちょ、こっち来…いやーッ!」
男「…元気だなぁ」
女「…そうだねぇ」
男「んじゃ、早速素揚げの準備をしよか」
女「おー」
男「油出してー」
女「おー」
男「てんぷら鍋出してー」
女「おー」
男「アジに最後のお別れしてー」
女「ばいばーい」
男「鍋に油入れてー」
女「どぱぱー」
男「ちょっと入れ過ぎでー」
女「うぁー」
男「まぁ気にせず火付けてー」
女「おー」
男「油が温まるまでちょっと放置してー」
女「おー」
男「アジに覚悟を決めさせてー」
アジ「………」
女「………」
男「はい、菜箸これな」
女「おー、後はこれでアジ掴んで入れるだけ?」
男「尾っぽの方を箸で掴んでゆっくりね」
男「水気をキッチンペーパーでしっかり取ってな」
女「りょかーい」
女友「男ー、男友に勝てなーい!」
男「なにやってんの?」
女友「ぽけもーん」
男友「はっはー!脳筋に負けてたまるかってんだー!」
女友「なんだとーぅ!?」
男「…お似合いだな」
女「…お酒飲むと変わるよね、男友」
男「あいつ酒にあまり強くも無いしなぁ」
男「お、そろそろアジひっくり返しても良いんじゃないか?」
女「そうかな?」
男「うん、出来るか?」
女「やってみるー」
男「難しいなら、菜箸もう一つ使えば良いよ」
女「とりあえずやってみるよ」
男「おぅ、分かった」
男「んじゃ、俺はエイヒレの調理に取り掛かろうかな」
女「おー、改めて見ても大っきいねぇ」
男「1m近くあるエイだったからなぁ」
女「へぇー、…こ、今度私も行っても良いかな?」
男「釣りに、か?」
女「うん」
男「あー…じゃ、今度一緒に行くかー」
女「…うん!」
女(…こ、これ、…デート、だよね?)
男(そんなにエイが気になるのか)
男「鍋の水はー…よし、煮立ってるな」
男「こいつは4人いても、片っぽのヒレで大丈夫だろ」
女「何を作るのー?」
男「シンプルに煮付けかな」
男「揚げ物と刺身はあるから、飽きないようにって」
女「気がきくねぇ」
男「まー、後は個人的に煮付けは楽だしさ」
女「へぇ、楽なの?」
男「うん、とりあえず沸騰した水の半分をこっちの鍋に移して、そこにエイヒレをブチ込んでと」
男「まずは灰汁を取らなきゃな」
女「あ、私がやっても良いー?」
男「やるとしても、まずはアジをそろそろ油から救ってやれ」
女「おー、そかそか」
男「アジはキッチンペーパー敷いた皿に置いといてくれ」
女「りょかーい」
男「置いたらこっちで灰汁取りなー」
男「その間に、俺はアジの身開いて食べやすくしとくわ」
女「おー」
男「いやー、色々助かるよ、女」
女「いやいや、こーやって手伝っておけば料理の上達も早くなるでしょ?」
男「まぁなー」
女「最低限の料理は出来るようなっておきたいしさ」
男「ほーん、女はきっと良い嫁さんになるだろうねぇ」
女「…!ま、まぁねー」
女(.……)
男『最低限の料理は出来る娘が良いかなぁ、付き合うにしても』
女(.……うっし!)
女「…顔を洗って待ってろよ!」
男「ん、どしたの急に」
女「なんでも無いよっ!」
男「…とりあえず、洗うのは顔じゃなくて首な、女さんよ」
女「……」
男「顔洗うのは普通だろ」
女「…う、うっさい!」
女「ほら、灰汁結構取ったよ、これで良いの!?」
男「お、うん良い感じだな」
男「んじゃ、今エイヒレ入ってる鍋の水は捨てちゃって良いよ」
男「エイはもいっこの方に移すからさ」
女「うー………」
男「…拗ねんなって」
女「拗ねてないもん」
男「はぁ…、悪かったよ」
女「………奢り」
男「あ?」
女「…ご飯一回奢り」
男「…えぇ……」
女「………」
男「…はぁ、分かったよ」
女「…ため息つくと、幸せ逃げるよ?」
男「誰のせいだろうな」
女「しーらないっ」
男「…はぁ」
女「…ま、まぁ、ため息ついた分は私が幸せにしたげるよ」
男「…ありがとさん」
男友「…そろそろできたかい?」
女友「男友ー…」
男「おう」
男「アジはもう全部食える状態よ」
男友「おー、そうかそうか」
女友「観念しろってんだー…」
女「…重くないの?」
男友「何が?」
女「え、その腰についてる女友」
男「きびだんごにしちゃでっけぇな」
女友「お腰につけた女友、お一ついかが?」
男友「このまま鬼ヶ島にでも行ってみようか」
男「間違いなく男友のが先に死ぬだろ」
女友「柔道やってたからねー」
女友「守ってやんぜー」
男友「…何も言えないや」
男「剣はペンよりも強しってか」
男「…男友をペンに見立てるのはちと違和感あるな」
女「ペンというより三角定規辺りじゃない?」
男「なるほど」
男友「なるほどじゃねぇ」
男「だってお前、巷で噂の理科系の男だろ?」
女「あー、あのひょろくてガリガリの眼鏡のやつ」
女友「…あー、ポケモンのやつか」
男友「好きなポケモンはコイルです…とでも言うと思うかい?」
女友「コイル好きだったらコイル使えー!」
男「どしたのさ、女友」
女友「こいつのレアコイルに勝てないー…」
男「や、泣くなよそんくらいで」
女友「男友程度に負ける私が許せないの…」
男友「一体僕はヒエラルキーのどの辺りに位置してるんだ…」
男「ヒエラルキーなんて、いかにも文系な台詞言いやがってこんにゃろ」
男友「別にいいだろう?」
男友「それより煮込み、そろそろじゃないのかい?」
男「お、そうだな」
男「女、そっちの棚に大きめの皿があるから出してくれ」
女「はいさー」
女友「…息は合ってるのよねぇ」
男「なんか言ったかー?」
女友「なんでもない」
男「油断すると男友が逃げるぞー」
女友「もう逃すつもりは無いけど?」
男友「捕食される寸前の草食動物の気持ちが少し分かった気がするよ」
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません