女「ひっひっひ、さっさとブツを見せてみなさい?」(42)

男(金曜日の夜11時、築15年のちょいボロアパートの101号室の目の前)

男(今日の戦利品を肩に提げて、意気揚々に我が家へ入ろうとした時だった)

女「ひっひっひ、こんな夜遅くにどこへ行ってたんだい?」

男友「ひっひっひ、重そうな荷物を持っているねぇ…よし、僕が持ってあげるからこっちに渡しなさいな」

男(2人の夜盗もどきに絡まれた)

男(2人の内、片方は普段はコンタクトレンズなのに眼鏡を掛けて、上下はだぼだぼのスウェット)

男(薄っぺらい胸部装甲が更に目立たない、完全オフモードの服装だ)

男(もう片方は片手にビニール袋をぶら下げて、たかる気満々である事を隠そうともしていない)

男(所謂、貼り付けたような薄っぺらい笑顔で『分かってるよね?』とこちらを見ている)

男友「…君が悪いんだからね?」

男友「僕が課題ちゃんと居残りデートをしている時に、あんな画像を見せて来るものだからねぇ」

男「……」

男(相変わらず良い性格してんなこんちくしょう)

男友「露骨に嫌な顔したって駄目だよ?」

女「ネタはアガってんだぞー」

男「…」

男「…はぁ、分かったよ」

女「ふむふむ、それで良いんだよ男君」

男(…150cmも身長の無いあんたがそんな口調使っても違和感しか無いぞ、と思った事は内緒だ)

男「どーせこいつらは一人じゃ食い切れないからな」

男(ま、3人で分けても週末分の飯に支障は無いだろ、この『サイズ』なら)

男友「ほうほう、それじゃあ早速中身を拝見しましょうかねぇ」

女「ひっひっひ、何が出るやら…」

男(乱暴に肩に提げていたクーラーボックスを二人にぶん取られる)

男(…たからせてやってる身として、いささかどころか大いに不満な扱いだ)

男友「どれどれ…おほー、こりゃ良いねぇ」

女「…?この魚はー…アジだよね?」

男「おう」

女「でも、こっちの大っきな切り身はなんなのー?」

男「あー、そっか、女は分からないわな」

男友「ほっほっほ、それはねぇ女ちゃん」




男 男友「「エイヒレってやつだ(ぜ)」」

男友「この男はねぇ、こんな釣りたて新鮮で最高な酒の肴を独り占めしながら、ゆっくり週末を過ごすつもりだったんだ」

男友「許せないだろう?」

女「美味しいのー?」

男友「美味いし、多分コラーゲン凄いから美肌効果もあるんじゃない?」

女「うん、最低だね男」

女「早く玄関の鍵開けなさいよ」

男友「ほら、お酒なら沢山あるから」

男「てめーら偉そうだな畜生め」

男友「…それにしても、君はキッチンが本当に似合わないよねぇ」

男「うっせ」

女「…うわぁ、うわぁ」

男友「ほら、やっぱりキッチンには女の子が手料理をさ」

女「ひゃー、…うぉー」

男「キッチンは女の領域って認識がもう古いわ」

男友「あれ、まさか料理男子的なの目指しちゃってるの?」

男「アホぬかせ」

女「ぬゃー、私、魚捌くのは無理かもしれぬー」

男「お前は魚捌く前にまず目玉焼き作れるようなれや」

女「……」

男「…んー、このアジはそのまま素揚げにしてポン酢で良いかな」

女「良いよー」

男友「良いんじゃない?」

男「一応、大きめのが3匹釣れたから1匹素揚げ、1匹は刺身だな」

男友「あと1匹は?」

男「とっとく」

男友「え、でも後で女友ちゃんも来るよ?」

男「……へ?」

女「後30分くらいでこっち着くってさー」

男「…せめて家主の許可は取ろうぜ、なぁ?」

女「んじゃ、女友来るけど良いよね?」

男「今更だ畜生…」


男友「ほらほら、もう一匹捌くだけだから」

男「…女はまぁしょうがないとして、お前は多少料理できるだろ?」

男友「面倒だし、うーん…あ、酒代おごりって事でチャラにしてよ」

男「…だってよ、女」

女「おー、男友さん太っ腹ー」

男友「…え、あれ?」

男「口は災いの元ってな」

女「食器出しとくねー」

男「お、さんきゅ」

男友「や、やっぱり料理を手伝おうかな?」

男「もう遅いわ」

男友「まったく、無駄に家庭的だね、早くどっかお嫁にでも行けば良いさ」

男「言ってる事無茶苦茶だな」

女「お、お嫁さんかぁ…」

男「食器持ったまま妄想とか危ないから止めて、な?」

女「お、男…子供は何人欲しいかな?」

男「お皿が3枚割れるかもだな」

女友「おーう、やってるー?」

男「鍵掛けなかった俺も悪いけど、せめてチャイム鳴らすか一声かけてからにしてくれ、な?」

女「あ、女友ちゃん、いらっしゃい」

女友「おぅ、お邪魔するよ」

男「…ヤケに服装決まってんな、また合コン帰りか?」

男友「ここに来てるって事は収穫は無かった、と」

女友「おぉ、二人とも大当たりよ」

女友「男友がちゃんと告白にOKしてくれれば良いのにさぁ」

女友「してくれなければ、そりゃ合コンにも行くさー」

男「何、まだ男友狙ってるワケ?」

女友「そりゃあね、初めてこっちから告白した男だしさ」

男「…だってよ、男友」

男友「こ、光栄だよ、本当に」


男「こーゆー奴を罪な男って言うんだな」

女「女友ちゃん、可愛いのにね」

男「男友も一応、美形に分類されるんだろ?」

女「確かに、女子の間では人気かなぁ」

男「ほーん、こいつのどこが良いのやら」

男「…あ、女」

女「何ー?」

男「アジの素揚げ、やってみる?」

女「…爆発しない?」

男「お前の腕前次第だ」

女友「おーい、男ー!」

男「んー?」

女友「こっちは先に始めてるかんなー」

男友「お、お手柔らかに…」

女友「おう、胸の柔らかさなら自信あるぞ」

男友「うん、やっぱり酔ってるよね女友!?」

男友「ちょ、こっち来…いやーッ!」

男「…元気だなぁ」

女「…そうだねぇ」

男「んじゃ、早速素揚げの準備をしよか」

女「おー」

男「油出してー」

女「おー」

男「てんぷら鍋出してー」

女「おー」

男「アジに最後のお別れしてー」

女「ばいばーい」

男「鍋に油入れてー」

女「どぱぱー」

男「ちょっと入れ過ぎでー」

女「うぁー」

男「まぁ気にせず火付けてー」

女「おー」

男「油が温まるまでちょっと放置してー」

女「おー」

男「アジに覚悟を決めさせてー」

アジ「………」

女「………」

男「はい、菜箸これな」

女「おー、後はこれでアジ掴んで入れるだけ?」

男「尾っぽの方を箸で掴んでゆっくりね」

男「水気をキッチンペーパーでしっかり取ってな」

女「りょかーい」

女友「男ー、男友に勝てなーい!」

男「なにやってんの?」

女友「ぽけもーん」

男友「はっはー!脳筋に負けてたまるかってんだー!」

女友「なんだとーぅ!?」

男「…お似合いだな」

女「…お酒飲むと変わるよね、男友」

男「あいつ酒にあまり強くも無いしなぁ」

男「お、そろそろアジひっくり返しても良いんじゃないか?」

女「そうかな?」

男「うん、出来るか?」

女「やってみるー」

男「難しいなら、菜箸もう一つ使えば良いよ」

女「とりあえずやってみるよ」

男「おぅ、分かった」

男「んじゃ、俺はエイヒレの調理に取り掛かろうかな」

女「おー、改めて見ても大っきいねぇ」

男「1m近くあるエイだったからなぁ」

女「へぇー、…こ、今度私も行っても良いかな?」

男「釣りに、か?」

女「うん」

男「あー…じゃ、今度一緒に行くかー」

女「…うん!」

女(…こ、これ、…デート、だよね?)

男(そんなにエイが気になるのか)

男「鍋の水はー…よし、煮立ってるな」

男「こいつは4人いても、片っぽのヒレで大丈夫だろ」

女「何を作るのー?」

男「シンプルに煮付けかな」

男「揚げ物と刺身はあるから、飽きないようにって」

女「気がきくねぇ」

男「まー、後は個人的に煮付けは楽だしさ」

女「へぇ、楽なの?」

男「うん、とりあえず沸騰した水の半分をこっちの鍋に移して、そこにエイヒレをブチ込んでと」

男「まずは灰汁を取らなきゃな」

女「あ、私がやっても良いー?」

男「やるとしても、まずはアジをそろそろ油から救ってやれ」

女「おー、そかそか」

男「アジはキッチンペーパー敷いた皿に置いといてくれ」

女「りょかーい」

男「置いたらこっちで灰汁取りなー」

男「その間に、俺はアジの身開いて食べやすくしとくわ」

女「おー」

男「いやー、色々助かるよ、女」

女「いやいや、こーやって手伝っておけば料理の上達も早くなるでしょ?」

男「まぁなー」

女「最低限の料理は出来るようなっておきたいしさ」

男「ほーん、女はきっと良い嫁さんになるだろうねぇ」

女「…!ま、まぁねー」

女(.……)


男『最低限の料理は出来る娘が良いかなぁ、付き合うにしても』


女(.……うっし!)

女「…顔を洗って待ってろよ!」

男「ん、どしたの急に」

女「なんでも無いよっ!」

男「…とりあえず、洗うのは顔じゃなくて首な、女さんよ」

女「……」

男「顔洗うのは普通だろ」

女「…う、うっさい!」

女「ほら、灰汁結構取ったよ、これで良いの!?」

男「お、うん良い感じだな」

男「んじゃ、今エイヒレ入ってる鍋の水は捨てちゃって良いよ」

男「エイはもいっこの方に移すからさ」

女「うー………」

男「…拗ねんなって」

女「拗ねてないもん」

男「はぁ…、悪かったよ」

女「………奢り」

男「あ?」

女「…ご飯一回奢り」

男「…えぇ……」

女「………」

男「…はぁ、分かったよ」

女「…ため息つくと、幸せ逃げるよ?」

男「誰のせいだろうな」

女「しーらないっ」

男「…はぁ」

女「…ま、まぁ、ため息ついた分は私が幸せにしたげるよ」

男「…ありがとさん」

男友「…そろそろできたかい?」

女友「男友ー…」

男「おう」

男「アジはもう全部食える状態よ」

男友「おー、そうかそうか」

女友「観念しろってんだー…」

女「…重くないの?」

男友「何が?」

女「え、その腰についてる女友」

男「きびだんごにしちゃでっけぇな」

女友「お腰につけた女友、お一ついかが?」

男友「このまま鬼ヶ島にでも行ってみようか」

男「間違いなく男友のが先に死ぬだろ」

女友「柔道やってたからねー」

女友「守ってやんぜー」

男友「…何も言えないや」

男「剣はペンよりも強しってか」

男「…男友をペンに見立てるのはちと違和感あるな」

女「ペンというより三角定規辺りじゃない?」

男「なるほど」

男友「なるほどじゃねぇ」

男「だってお前、巷で噂の理科系の男だろ?」

女「あー、あのひょろくてガリガリの眼鏡のやつ」

女友「…あー、ポケモンのやつか」

男友「好きなポケモンはコイルです…とでも言うと思うかい?」

女友「コイル好きだったらコイル使えー!」

男「どしたのさ、女友」

女友「こいつのレアコイルに勝てないー…」

男「や、泣くなよそんくらいで」

女友「男友程度に負ける私が許せないの…」

男友「一体僕はヒエラルキーのどの辺りに位置してるんだ…」

男「ヒエラルキーなんて、いかにも文系な台詞言いやがってこんにゃろ」

男友「別にいいだろう?」

男友「それより煮込み、そろそろじゃないのかい?」

男「お、そうだな」

男「女、そっちの棚に大きめの皿があるから出してくれ」

女「はいさー」

女友「…息は合ってるのよねぇ」

男「なんか言ったかー?」

女友「なんでもない」

男「油断すると男友が逃げるぞー」

女友「もう逃すつもりは無いけど?」

男友「捕食される寸前の草食動物の気持ちが少し分かった気がするよ」

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