阿良々木暦「しょうこトータス」 (36)
・化物語×アイドルマスターシンデレラガールズのクロスです
・化物語の設定は続終物語まで
・ネタバレ含まれます。気になる方はご注意を
・続終物語より約五年後、という設定です
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ID変わりまして、六時くらいに書き始めます。
001
アイドルのプロデューサーとしてはや幾月が過ぎ、僕は出勤すると、机の下を覗くのが習慣となっていた。
理由は明確だ。
担当アイドルの何人かはどんな理由からか僕の机の下が気に入ったらしく、出勤するとかなりの確率で誰かしらいるのだ。
僕の机の下にどんな魅力があるのかは目下不明だが、アイドルたちが心地よいと思ってくれていると思えば悪くはない。
プロデューサーの机なんて触りたくもない、なんて言われたら泣いてしまう自信があるので、それよりは何倍もマシというものだろう。
「おはよう、星」
「お、おはよう……プロデューサー……フヒっ」
今日は星がいた。
体育座りの膝の上にキノコ栽培セットを抱え、いつもの胡乱な瞳で僕を見上げながら、口の端を吊り上げる彼女独特の笑顔を見せる。
最後のしゃっくりのような声は笑い声だ。
ちなみにここにいる確率が高いのは星、森久保がタイで多く、次点で早坂、遊佐、白坂だ。
星輝子、十五歳。
僕の担当するアイドルの一人であり、個性豊かなシンデレラプロダクションの中でも群を抜いてキャラが濃厚なのが彼女だ。
色素の薄い髪におっとりとした垂れ目、全体的に線の細い星は、外見だけをひと目見るととてもおしとやかなお嬢様、もしくは深窓の令嬢のように見えるが、実際はまるで違う。
まず彼女を語る上で欠かせないのが、キノコの存在だ。
彼女はキノコを友達と称し育てることを趣味としており、常にキノコを手放さない。
友達と言っている割には美味しくいただいているようなので、その辺りの線引きは本人にしか預かり知らないところなのだが。
ともかく、素で非常に個性的な子である。
付き合う上において癖は強いが、慣れると会話も楽しくなってくるから不思議だ。
なお、余談ではあるが僕はキノコ類は好きな方である。
「ん……?星、なんだそれは」
ふと、星の抱えるキノコの中に、動くものがあった。
無論、菌類たるキノコが動く筈もない。
こちらがやきもきする程ゆっくりと動くその物体は、僕の知る限り亀だった。
「亀?」
「ぺ、ペット……昨日、拾った……」
「へえ、拾い亀とは珍しいな。名前は?」
「べ、ベニテング」
「…………そ、そうか」
個性的すぎると突っ込みも冴えないな……。
この僕が突っ込み出来ないなんて、末恐ろしいやつだ。
「な、なあプロデューサー……ちょ、ちょっと提案なんだが……」
「提案?なんだ?」
「フヒ……き、今日はプロデューサーをディナアにご招待……したい」
ディナア?
ああ、ディナーね。
「ディナーって夕飯のことか?」
「ぷ、プロデューサーのために……そ、育てた」
「星……!」
なんてことだ。
あの星が、初めに会った時からキノコ一辺倒だった星が!
僕に食べさせてくれるためにキノコを育ててくれていたなんて!
感無量だ!
思わず涙腺からプロデューサー汁が漏れる。
プロデューサーやってて本当に良かった……。
「フクロツルタケにタマゴテングダケ……クリイロカラカサダケにカエンタケなんてレア物もあるぞ……」
「ってそれ全部食ったら死ぬ系のキノコだろうが!」
「フヒ…………フヒヒフハフヒヒ……!」
まさに魔女のように裂けるんじゃないかと心配するほど口の端を吊り上げて笑う星。
星とコミュニケーションを取るために覚えたキノコの数々をこんな形で披露することになるなんて!
「じょ、冗談だプロデューサー……ディナアはちゃんとある」
「そ、そうか……」
良かった、担当アイドルを毒劇法で通報するなんて事態にならなくて……。
「め、メインディッシュはキノコ鍋……く、く、加えてエリンギのステーキにシイタケの煮物、え、エノキとシメジのサラダにデザートの冷やしナメコのフルコースだ……」
「何その菌類インフレ!!」
「長い間……そ、育ててきたキノコたちが収穫時だからな……フヒヒ」
なんてヘルシーさだ。
血液がサラサラになってしまうじゃないか。
それに星が手ずから育てたキノコともなれば是非ともご馳走になりたいところなのだが、
「でもごめんな星、今日は残業確定なんだ」
「そ、そうか……残念だ……」
しおらしくしゅんとなる星。
普段こそ変わっている星だが、こういうところは年相応なんだよな……。
担当アイドルの作ってくれたディナーなんて身を分裂させてでも行きたいところなのだが、さすがに仕事を放り出して行く訳には行かない。
ううん、悪いことはしていないんだけれど罪悪感。
「そ、そうだ。明日はどうだ?明日なら――」
「あ……お、おはようございます……」
と、意気消沈する星を立ち直らせるべく提案するも、その声は語尾に行くにつれ音量が小さくなっていく挨拶にかき消された。
振り返ると、森久保がいた。
向けられた僕の視線から逃げようとしているのか、半身を後ろに引く。
「おはよう森久保」
「か、帰ってもいいですか?」
「駄目に決まってるだろ、今日は森久保の大好きな撮影だぞ」
「好きでもないし帰りたいんですけど……」
相変わらず後ろ向きな奴だ。
アイドルをやめたい、とは言わなくなったし、前よりも現場で逃げる確率は減ってきているのはいい傾向だけれど。
ああそうだ、星へフォローしなければ。
「明日はどうだ星、明日なら夜空いているぞ」
「ほ、本当かプロデューサー……」
「ああ、本当だ。僕は生まれてこのかた嘘をついたことがないんだ」
それこそ嘘だが、約束は守るというアピールは出来ているはずだ。
「もし、う、嘘だったら?」
「男が一度した約束だ。何があっても行くよ」
「そ、そうだな……トモダチ、だからな……と、トモダチはトモダチに嘘をつかない……フヒ」
「プロデューサーさんはよくもりくぼに嘘をつくんですけど……」
「そんな馬鹿なことがあるか。そうだ森久保、お前もどうだ?」
「え……?」
星と森久保は生息領域(机の下)が近いから気も合うだろう。
「の、乃々ちゃんも……来る?」
「星が育てたキノコを振舞ってくれるんだってさ」
「こ、これくらいのき、巨大エリンギもある……き、キノコパーリィだ……」
「何だと」
星がとんとん前の要領でキノコの大きさを表す。
縦も横も細くて小さな星だが、その幅は二十センチはありそうだ。
腕を組んで目を閉じる。
脳内において高解像度、読み込み時間ゼロの動画ソフトを立ち上げる。
停止、再生、早送り巻戻し、チャプタースキップから音声切り替えまで一瞬でこなす超優秀なソフトだ。
ちなみにオーディオコメンタリーは全作僕が担当している。
巨大エリンギを食べる星と森久保……。
即座に脳内HDDにある『仕事資料』フォルダに保存した。
この『仕事資料』フォルダには他にもスク水の羽川やマイクロビキニの及川や貝殻ビキニの八九寺などの画像も保存されている、非常に有用であると同時に危険なフォルダだ。
忍と扇ちゃんの物質化能力で現実のものとなったら僕は確実に羽川とひたぎによって殺される自信がある。
「うむ……素晴らしいな」
「その顔はいやらしいことを考えてますね……」
「杉下右京レベルの紳士な僕がそんな事を考える訳ないだろう」
「ど、どうする乃々ちゃん……キノコはいっぱいある……よ。キノコはかわいい……おいしくて、かわいくなる……」
「そ、そうですね……プロデューサーさんは危険ですが、輝子さんのおうちには、遊びに行きたいかも……」
「ふ、二人なら安心……二人なら、倒せる……」
「僕を危険人物という前提で話を進めないでもらえるかな、フロイライン共」
何だか僕の評価が絶賛低下中なのは悲しいが、元々他人とのコミュニケーションが少ない二人だ。
いい機会になるだろう。
とはいえ、僕も食卓の主役として活躍し辛い菌類であるところのキノコ尽くしの食事を、少なからず楽しみにしていたのだ。
その上、星が手ずから手間隙かけて育てたものだ。不味くなる訳がない。
星のペットであるベニテングが欠伸をするかのように、緩慢な動きで鎌首をもたげた。
002
「お帰りなさい、阿良々木先輩」
千川さんのスタドリ押し売りを弱腰で跳ね除けつつ残業を済ませて家に帰ると、いきなり扇ちゃんがいつもの袖が余っただぼだぼの学生服にエプロン姿、というとてつもないマニアックな姿で台所にいた。
同時にカレーの匂いが嗅覚と共に空腹感を刺激する。
扇ちゃんが鍋の前に立って中身をかき混ぜているのを見るに、カレーを作っているらしい。
なぜここにいるのか、どうやって中に這入ったのか、なんで料理をしているんだ、と疑問は尽きないが、唐突すぎて何から突っ込んでいいのかわからない。
彼女が神出鬼没なのはいつものことだが、今回はあまりにも度が過ぎている。
僕がなんとも言えない表情で玄関に立ち尽くしていると、扇ちゃんはエプロンで手を拭きながらこちらにやって来る。
関係ないけれど、鍋の前に立つ扇ちゃんってすげえ魔女っぽいな……。
「ご飯にします?お風呂にします?それとも私ですか?」
「少なくとも最後のはないな」
「おやおや?反応が薄い上に酷ですね。もしかして裸エプロンをご所望でしたか?」
顔を覗き込むようにそんなことを言う扇ちゃん。
裸エプロンは間違いなく好きだが、扇ちゃんにやってくれと言ったらすんなりやってしまいそうな辺り、軽々には口に出来ない。
だからあえて言おう。
「いや、学生服にエプロンの方が萌える。そのままでいてくれ」
「流石は愚か者の頂点たる阿良々木先輩。フェティシズムの何たるかをわかっていますねえ」
「扇ちゃんこそ中々やるじゃないか」
単なる裸よりも裸エプロンの方がエロいように、裸エプロンよりも学生服エプロンの方がエロチシズムが減少する分萌えるのだ!
そう、あたかもたった一人の兄のために甲斐甲斐しく家事をする妹や女子高生の通い妻を連想させてくれる。
そういう細かいバックグラウンドまで想像してこそ真の萌道だ。
「阿良々木先輩、なんでもいいので思い付いた言葉を言ってみてください」
「奥様はアイドル女子高生!」
「はっはー、吐き気がする程素敵ですね」
うーん、中々に楽しいじゃないか。
こんなパーソナリティまで発揮するとはやるな、扇ちゃん。
まるで八九寺と遊んでいる時のような躍動感を感じる。
さて、楽しいからと言っていつまでも遊んではいられないな。
僕ももう大人だからね。
「で、なんでいるの、扇ちゃん」
「まぁまぁそれは後にして、とりあえず」
鍋を指差してにこりと生気の皆無な笑顔を見せる。
常に笑っているような表情の扇ちゃんだが、笑顔になると少しだけ眼が細くなるのだ。
「カレー、食べませんか?」
僕はその無色の笑顔に、ふと星と何処か共通点を見出したのだった。
003
断る理由もなく食卓につく。
正直、家に帰ったら食事があるという状況は地味に嬉しいのだ。
時々、気まぐれにひたぎや妹たちが来たりもするが、食事を作ってくれることはほとんどない。
そんな微かな幸福感の中食べた扇ちゃんの作ったカレーは普通に美味しかった。
というか、レトルトカレーを鍋にあけて煮ていたらしい。
しかも僕の保存食の中からだ。
一体何の為に……と扇ちゃん相手に問うのは問うだけ労力の無駄だろう。
BJ先生も言っていたように、レトルトカレーなんてどう作ったって美味いのだ。
レトルトカレーを不味く調理出来る人間がいたとしたら、それは一種の才能だろう。
それに、男やもめの身としては、形だけでも女の子が作ってくれた、という事実だけで一ランクは味が増す気がするしね。
「ご馳走様、美味しかったよ」
「それは重畳です、お粗末様でした。さてさて、お腹も膨れて万難を排し万全を期したところで本題に入りましょうか」
僕がカレーを食べ終えて牛乳を飲んでいると、正座のまま対面でずっと待っていた扇ちゃんが口を開く。
扇ちゃんは僕が食事をしている間、何も口にはしなかった。
元々食べないのか、たまたま食べてきたのかは分からないが、今まで扇ちゃんが何かを食べているのを見た覚えはない。
「用件というのは他でもありません。私が現れたからには聡明な阿良々木先輩のこと、大方の予想はついているとは思いますが」
「怪異関連、だろ?扇ちゃんが来た時点で覚悟はしているよ」
扇ちゃんは現在、忍野の下で色々と暗躍しているらしい。
らしい、というのは僕は忍野と連絡は取れないし、扇ちゃんも自分から話そうとはしない。
扇ちゃんが何も言わないのなら僕に言うべきことはないし、お互いに過度の干渉はしないのがいつしか僕と扇ちゃんとの間での暗黙の了解となっていた。
まあ、時折LINEで送られてくる会話では普通の女の子としての生活を満喫しているような様子は汲み取れるし、実際は何もしていないのかも知れないのだけれど、それならばそれでいい。
「私と似た怪異が現れます」
「扇ちゃんに似た?」
扇ちゃんは、怪異だ。
詳細は省くが、阿良々木暦という人間を鏡写しにした怪異、とでも表現しようか。
彼女は僕に準じており、僕も彼女に依存している。
今でこそ忍野の気まぐれでこの世に存在を縫い止められたが、本来は阿良々木暦の汚穢、心裏、闇を写し取って現界した影法師だ。
僕にとって彼女は家族であり、最後の敵でもある。
お互い全てを理解し合っている存在というのは、何処まで行ったところでそれだけでしかない。
それ以上にもならなければそれ以下にもなり得ない。
「ああいえ、在り方が似ているという訳ではないんです。ただ、阿良々木先輩と私がそうであるように、対となることを根源とする怪異というだけで」
「ちょっと待て、さっき現れます、って言ったよな」
ということはまだ現れてはおらず、扇ちゃんないしは忍野には大体の見当がついている、ということだ。
「ええ、言いましたよ。本当は愚か者の阿良々木先輩に言う予定は無かったんですが、叔父さんがどうしても、と仰るので」
訳がわからない。
怪異が現れるから気を付けろ、ということなのか?
それとも僕に解決しろ、と忍野は扇ちゃんを通して暗に言っているのか?
こういう時に連絡が取れないのはもどかしい。
忍野のやつ苦手とはいえ、携帯くらい持てばいいのに。
「それで、どんな怪異なんだ?」
「それはあなたがその身を以って知るべきです」
まあ、扇ちゃんが教えてくれるとは最初から期待していないけれど。
「……ちなみに、いつ現れるんだ?」
「三秒後です」
「……え?」
ちょっとおい、三秒って、
瞬間、ぐるん、と半回転、
文字通り、『視界が回った。』
「うっ、うわあああぁぁぁっ!?」
ジェットコースターで上下が逆になるときの、あの違和感が全身を襲う。
そのまま重力の法則に従って天井に落ちるのかと思いきや、それも一瞬のこと。
何事もなかったかのように正常な視界へと戻る。
「な、なんだったんだ、今の……」
見ると、対面にいた扇ちゃんはいつの間にか忽然と姿を消していた。
004
意識の覚醒と同時に、見たとこもない街中へと放り出されました。
時刻は通勤ラッシュの真っ只中。
周囲には、それぞれ目的があるのでしょう、四方八方へと行き交う人々の姿が。
しばらくその様子を逐一観察していて気付きましたが、彼等は一貫して同じ表情をしているように見えますねえ。
なんと言いますか、見えない何かに突き動かされているような、そんな印象を受けます。
きっと行きたくもないところに習慣的に向かうことによって、こんな顔になってしまったんでしょうね。
と、見ると私もいつの間にかスーツを着ていました。
しかもネクタイまで締めています。
本格的なネクタイなんて初めてですが、なんですかこの息苦しい装飾品は。
こんなものを毎日着けているなんて、自分の首を絞めて何が楽しいんでしょうねえ。
ははあ、今回はそういう趣向のようですね。
いやはや、なるほどなるほど、滑稽ですねえ。
まったくあの愚か者は、誰にでもいい顔をしようとするからこんな事態に巻き込まれるんですよ。
あなた一人が勝手に巻き込まれて勝手に死ぬのは結構ですが、私まで巻き込まないでくださいよ。
「と、愚痴っていても仕様がありませんね」
ここにいない存在を非難したところで、居酒屋で仕事の愚痴を言うサラリーマンと一緒です。
事を進行するには行動を起こすべし、です。
それに、こうなることは半ば予想はしていましたしね。
自然と進む足に行き先を任せていると、とあるビルにたどり着きました。
そうであることが当然のように、エレベーターのボタンを押し目的の階層へ。
入口の扉には、『シンデレラプロダクション』と会社のロゴと共に印字されています。
私はここに来るのは初めてなのですが、不思議と既視感を感じるのは、気のせいではないのでしょう。
「おはようございます」
「あら、おはようございますプロデューサーさん。スタドリいかがですか?」
「ええ、いただきます」
元気のいい挨拶と共に出社です。
疲れたサラリーマンに溢れる現代社会、社会人たるもの、元気が一番ですよね。
迎えてくれたのは、大きな三つ編みを一本結わえた千川さんと、数人のアイドルたち。
千川さんから栄養ドリンクをいただきました。
美人な上に気前がいいですねえ、千川さんは。
「おはようございます、プロデューサー」
「やあ、今日もおしとやかで美人ですね、向井さん」
「あ、おっはよー扇!」
「おはよう、相変わらず元気だなぁ佐城ちゃんは」
「うう……頭いたい……」
「おはようございます三船さん。また二日酔いですか?オールは結構ですが服くらい替えましょうよ」
ううん、阿良々木先輩はこんな女の子だらけの環境で働いているのですか。
これはもう戦場ヶ原先輩にチクらなければいけないじゃないですか。
ええ、是非とも。
ええと、そんな事よりも目的の子は……と。
いたいた、いましたよー。
机の下でキノコ栽培セットと一緒に膝を抱える少女です。
私の姿を認識するなり、目を見開いて警戒しているようでした。
いえ、警戒しているのは私に対してだけじゃなく、この状況そのものに対して、でしょうね。
「やあ。はじめまして、星輝子ちゃん」
「だ、誰……?」
「私は愚か者の阿良々木先輩の代理で、忍野扇というんだよ」
「プロデューサーの……」
「いきなりこんな事になって、びっくりしてるよね?」
ここは有り体に言うならば、鏡写しの世界。
明確には違いますけどね。
私は元々アイドルの皆さんを知らないので……いや、正確には知っていますが付き合いは深くない、の間違いですね。
なので驚きはしませんが、そのアイドルの一員、当事者である星ちゃんにとっては驚天動地の極みでしょう。
なんせ、周りの人間全員が全員、全くの別人格となっているのですから。
「お、おかしい……み、みんな変……」
「はっはー、そうだね。何かいいことでもあったのかな?」
彼女は元々あまり動じることも少なそうなマイペースな雰囲気を持っていますが、この状況じゃ仕方ないですよね。
これで平然としていたら人であることを疑ってもいいレベルでしょう。
「うーん、でもそれはちょっと間違えているね、星ちゃん」
「……?」
「私にしてはとても珍しいことだけど、いきなり結論から言おう。『おかしいのは君ひとりだ』。ある日突然周囲の様子が変わったからと言って、それをまず誰かのせいと思うのは愚か者のすることだよ。自分がおかしくなったから、自分の見る目が変わったからおかしく見える、という可能性も追求すべきだと私は思うな」
「な、なに……」
「『ここ』は間違いなく、君がいた世界だ。それだけは保証しよう」
やれやれ、なんで私がこんな役割を与えられなければいけないんですか。
怨みますよ、阿良々木先輩?
「星輝子ちゃん。君は亀に覆されたんだよ」
005
昨夜の珍妙な出来事を頭の片隅に留めながら、僕は今日も出勤することにした。
怪異が現れたからと言ってその度に休んでいたら僕の会社からの評価がもたない。
扇ちゃんが忍野の使いとは言えわざわざ来たということは、必ず、僕の行動範囲の範疇で何かある。
それ相応の事態に対応出来るだけの覚悟と心構えを胸に事務所に来た……のだが。
「フヒ……っ、フヒヒヒハハハヒ!!良い朝だぜェプロデューサァァァ!!」
「お……おはよう、星。今日はどうしたんだ?」
いつものように、机の下で星がキノコ栽培セットを抱えて……いなかった。
僕の椅子をお立ち台に見立ててライブ用のメイクをし、衣装まで着替えて覚醒モードに入っている。
幸か不幸か、出社しているのは千川さんだけだった。
……まあ、星はたまにああなるのでそこまで珍しいことではない。
今日はライブの仕事なんてなかった筈だが。
「フヒぃ……朝起きたら何だかハイな気分でさ……」
「ふうん?」
「アッハハハハハハっ!デストロォォォォォイィ!!」
ポーズを決めて高らかにシャウトをする星。
アイドルモードに入ると普段の鬱憤を晴らすがごとく大暴れする星ではあるが、今日は一段と凄いな……。
話は少々逸れるが、星はその普段の言動と、自分の素質を今ひとつ理解していないのかお洒落にも気を遣わないため誤解されがちではあるが、その実かなりの美少女である。
アイドルモードにしてもご覧の通りデスメタルな衣装に身を包むので、僕としては少々勿体無いと思うこともあるのだけれど。
まぁ、本人がああしたいと言っているし、似合うから問題はない。
美形は何をやっても似合うのだ。
「そういえば星、亀はどうしたんだ?」
「カメェ……?あ、ああ、ベニテング……ここに……」
ごそごそと膝をついて机の下を漁る星。
「ちょっ、星!お尻見えてる!」
四つん這いで僕の机の下に潜るものだから、ミニスカニーソの際どい衣装から下着がこんにちはしていた。
白。
純白だ。
素晴らしい。
少女の下着はかくあるべきではなかろうか。
「フヒ……ぷ、プロデューサーのえっち……」
「今のは完全に不可抗力だ!」
とは言いつつも星の下着を皺の一本まで心に深く刻みつける。
当の星は大して気にもしていないのか、いつも通りの様子でお尻を片手で隠しただけだった。
「い、いた」
亀を両手に妖しく微笑む星。
今ふと気付いたが、星って両生類や爬虫類と絵面的に相性が良さそうだな……。
今度古賀と組ませてみようか。
「お、おはようベニテング……」
「昨日聞きそびれたけど、亀が好きなのか?」
「き、キノコに似ているから……それに、面白い」
「面白い?」
「こう……ひっくり返して遊ぶんだ」
甲羅ごと逆さまになり、四肢を蠢かせながら抵抗するも、どうにもならないベニテング。
亀は種類にもよるが、自然界においてはひっくり返ると大抵の亀はそのまま絶命する確率が高いそうだ。
起き上がれる確率も低く、外敵から身を守る術もない。
亀にとっては死活問題だ。
だがまあ、亀というものは元々水中にいることの方が多い水棲生物だ。
甲羅も外敵の攻撃から身を守るためのものと考えれば、リスク管理としては悪くはないのかも知れない。
人間で言ったら、常に甲冑を着けているようなイメージだろうか。
しかし、亀をひっくり返して遊ぶのは子供の時分に通る道だと思う。
現代では亀自体、日常生活で目にすることも少ないだろうけれど。
「フヒヒ……か、かわいい」
「そ、そうか……」
恍惚の表情で亀を弄ぶ星はなんというか、ある意味似合っていた。
と、
「おはようございまーす」
事務所に男性の声が響く。
おかしいな、この時間帯、僕以外に男の社員が来ることはない筈なんだけれど。
宅配便か何かか?
「はーい」
急いで玄関へと向かう。
すると、そこには、
「……え?」
男にしては長い髪。
ぴんと天を突くアホ毛。
やる気のない顔つきに目。
なんだこのイケメンは。
こんなイケメンがこの世にいていいのか?
「……あれ?」
そして、うなじに微かに見える、吸血の跡。
「「僕……!?」」
声が見事に調和する。
目の前にいたのは、他でもない。
阿良々木暦、僕その人だった。
006
さて、ところ変わって忍野扇ですよ。
このままアイドルのプロデューサーを楽しむのも悪くはないのですが、事態も煮詰まってきたところでしょう。
さっきから只事ではない嫌な予感が溢れ出ていますしね。
さっさと解決編と参りましょうか。
「星ちゃん、この現状は君が作り出したものだ。君のせいだし、君にしか解決出来ない」
「そ、そんなこと言われても……」
まあ、確かにそうでしょうね。
いくら異色のアイドルと言えど星輝子は一般人に他なりません。
そんな彼女に怪異を理解しろという方が酷です。
だからという訳ではありませんが、今回は残念ながら阿良々木先輩の力になってあげましょう。
このままでは、私の存在自体が危うくなる可能性もありますしね。
阿良々木先輩のためじゃありませんからね、私のためなんですから。
今流行りのツンデレですよ。
いや、もうブームは過ぎたのかな?
「ここは言ってしまえば裏側の世界……いや、世界の裏側だね。誰もがいつもと違う性格をしているのは、その為だ」
例えば、いつもは突っ張っていても女の子女の子してみたい向井さんとか。
子供相応にはしゃいでみたい佐城ちゃんとか。
例え本人が望んでいなくとも、表があれば裏もあるように、それは必ず存在するものだ。
それは、世界にも例外は適用されない。
「いいかい星ちゃん。人に限らず、あらゆるものには裏表があって然るべきなんだ。どんな聖人君子だろうが誰もが二面性の顔を持つし、人を殺す道具が人の命を救うこともある」
二律背反、というやつです。
例えばピストルは人を殺しますが、誰かを殺そうとしている人を撃つことで人の命も助けます。
でも撃たれた人は死んでしまいますから、どちらが表層なのかはわかりません。
矛盾とはまた違う、感情で言うところのジレンマのようなものでしょうか。
典型的なのは、核兵器ですよね。
破壊力はご存知の通り人類を滅ぼせるだけの大量殺戮兵器ですが、持っているだけで軒並み平和になるという素敵アイテムです。
実際の在り様が常にそのまま機能しているものなんて、在っていい訳がない。
それが情緒豊かな人間なら尚更です。
いたとしたらそれは、私のような裏しかない存在。
身体を構成するのが人間のそれであろうと、怪異でしかありません。
「だが君にはそれがない。とても稀有な存在だ。表裏一体、星輝子という人間には裏と表が同居しているのさ」
二面性がないのではなく、二面がひとつの人格として作用している。
だからですね、こうやって裏返ってもいつもと変わらないのは。
「君を軸にしてこの世界は裏返っている。けれど阿良々木先輩は例外でね、彼の裏側はこの私なんだ。なぜそうなったかは、機会があったら阿良々木先輩に聞くといい」
まあ、聞いたところで教えてはくれないでしょうけれどね。
私にとってもそうですが、黒歴史に違いありませんから。
「だから彼だけがこの世界から弾き出され、代わりに裏側である私がここにいるという訳だよ。弾き出されたと言っても、阿良々木先輩は普段通りの生活をしているだろうけれどね」
つまり、この私や星ちゃんから見たらおかしな世界は、いつも通りに回っている。おかしいのは星輝子ひとりだ。
昨日とは違いあらゆる事象が裏返っているけれど、それは星ちゃんからの視点であり、この世界では単なる常識でしかない。
そりゃあ、何かが一つだけおかしければ違和感も産まれますが、全てが逆ならば何事も問題なく進むものです。
「…………」
「どうしたんだい?そんな難しい顔をして」
いきなりこんな頓珍漢なことを言われたらそれも当然かもですね。
しかし私にこれ以上のことは出来ませんよ?
「よ、よくわからない……」
「あらら」
中学生には難しい話だったのでしょうか。
それとも私の説明の仕方が悪い?
とはいえ、私は羽川先輩のように饒舌でもなければ、叔父さんのように説明上手でもないんですよねえ。
「うーん、どうしようかなあ」
「ぷ、プロデューサーは……どこに?」
あ、そうでした。
こんな困った状況はあの人に押し付けてしまいましょう。そうしましょう。
「はっはー。それじゃあ、阿良々木先輩に会いに行こうか。あの愚か者なら、なんとかするでしょう」
私は他人に干渉して事態を促すのは得意ですが、個人的な問題を解くのは苦手なんですよね。
阿良々木先輩ならその点、どんな事態もなんやかんやで収束させてくれちゃうでしょう。
まあ、それが毎回ハッピーエンドとは限らないのが阿良々木先輩であり、彼の魅力なんですが。
さてさて、今回は上手く収まりますかね?
「ところで星ちゃん」
「な、なに?」
「あの亀、何回ひっくり返したんだい?」
007
場面転換に入る前に、ちょっと説明をしましょう。
星ちゃんが行き遭った怪異は、述懐した通り要約すると裏面を表にする怪異です。
あの亀ですね。
あの亀をひっくり返すことで発動条件が満たされ、裏と表をひっくり返す訳です。
こちら側からしたら異世界である裏の世界を、無理やり表にひっくり返す、ということです。
例外として表裏のない星ちゃんや、表裏どころか裏しかない私は影響を受けません。
しかし、怪異といえどそう簡単に表や裏をひっくり返せる訳ではありません。
そんな、亀がひっくり返る度に逆になっていたら怪異も身が持ちませんよ。
ですが、例外があります。
阿良々木先輩です。
怪異もそう簡単には力の発動が出来ない。
けれど、人ひとりくらいなら何とかなる。
私という裏面がおらず、裏の世界の居住権を持たない阿良々木先輩は、亀がひっくり返る度に疑似的に『裏返り』を体験していた筈です。
でも『裏返り』の先にある世界は構築されないから、阿良々木先輩の行き場がない。
となると、阿良々木先輩ひとりが何度も疑似的な世界を行き来していた訳でして。
「な、な、なに、これ……」
「……はっはー」
そうするとどうなるかと言いますと、その疑似世界に阿良々木先輩が何人も弾き出されてしまう訳なんですよ。
星ちゃんも顔を引きつらせています。
そりゃそうでしょう。
優しい優しい私が、阿良々木先輩が『裏返り』で変な世界に落っこちちゃわないように、と作った結界を張った阿良々木先輩のアパートに。
阿良々木先輩が、わらわらと何人もいるんですから。
「扇ちゃん!」
「どうなってるんだこれは!」
「また君の仕業か!?」
「何とかしてくれよ!」
「このままだと僕がゲシュタルト崩壊しちゃうよ!」
「……わあ、これはこれは」
壮観ですね。
阿良々木先輩が、ひい、ふう、みい……ううん、数えたくありませんよこんなもの。
「まったく……こんなにも阿良々木君が沢山いたら八九寺にどうセクハラすればいいんだ」
「部位ごとに手分けしてセクハラする、というのはどうだろう」
「それはいい、さすがは僕だ」
「じゃあ僕は頬を」
「じゃあ僕は臀部だな」
「じゃあ僕は胸をいただこう」
「何を言う、八九寺の胸は僕のだぞ!」
「僕のだ!」
「僕のだ!」
「僕のだ!」
「僕のだって言ってるだろ!」
「そこ、みっともないのでやめて下さい……はあ」
どうしましょう、これ。
手榴弾でも放り込んだらさぞや爽快でしょうねえ。
阿良々木先輩でなくとも、全く同じ人間が何人もいるのは気分が悪いので、とっとと片付けてしまいましょう。
全員鏖殺してもいいんですが、残念ながら私はメメ叔父さんの縛りで阿良々木先輩に手が出せませんので。
並み居る阿良々木先輩をかき分けて、件の亀を探し出します。
なんとテレビの裏側にいました。
「いたいた」
ひっくり返っている亀。
今回の犯人はこいつです。
亀を拾って、阿良々木先輩のひとりに渡します。
「転り亀。くだりかめ。亀を触媒に取り憑く怪異で、取り憑いた人間を中心に全てを裏返します。詳細は面倒なので省きますよ」
「扇ちゃん……ひょっとして、僕を助けてくれたのか?」
「はっはー、そんな馬鹿な。私があなたを助ける訳ないでしょう」
「そうか……そうだよな」
「後始末は任せますよ。私は帰ってやる事があるんです」
「後始末って、何を――」
言いかけて、頭を振りながら微笑む阿良々木先輩。
世話のかかる先輩ですね、まったく。
「それは、僕が知っているんだったな」
ええ、ええ。
そうですとも。
これっきりにして下さいね?
008
「う……」
気付くと、自室のせんべい布団に横たわっていた。
今までの出来事が全て夢……ってことは無さそうだな。
あんなリアルで滅茶苦茶な夢があっていい筈ない。
しかし、自分が何人もいるというのは最悪の気分だ。
扇ちゃんがいなかったらあの後、どうなっていたんだろう……。
想像もしたくないな。
目を開けると、星の顔。
後頭部に柔らかい感触があると思ったら、星が膝枕をしていてくれたらしい。
「お、起きたか、プロデューサー」
「星……」
「フヒ……ひ、膝枕だ。現役アイドルの膝枕だぞ」
「最高だ。素晴らしいぞ星」
「なに、き、気にするな」
神経は後頭部に集中させたまま現状を整理する。
扇ちゃんが言うところによれば、いつぞやの鏡の世界のような現象が起こっていたらしい。
僕は過程で何度も『裏返り』の星に出会った。
「なあ星、無理してないか?」
けれど、星はいつだって本質的には何も変わらなかった。
裏表のない人間は、そう簡単にはいない。
人には、誰もが人に知られたくない側面が存在するからだ。
時にはその側面にストレスや醜い感情を預けて、なんとか情緒をやり繰りしている。
それがない星は、常時自分というものを曝け出していることになる。
その顕現があの覚醒モードということだろうが、彼女はそれすらも隠そうとはしていない。
見られたくない自分を持たない人間。
それは、あまりにも純粋で綺麗なものじゃあないのか。
「そ、そ、そんなことはない……み、みんなもいるしな……」
星は基本、独りだった。
他のアイドルたちと仲が悪い訳ではないが、いつも僕の机の下で膝を抱えて、自問自答を繰り返していたのではないか。
彼女は、ずっと独りで孤独と戦って来たのだ。
「フヒ……そ、それに、ぷ、プロデューサーとわ、私は……し、し、親友……だから」
「お、ランクアップしたじゃないか」
友達から親友に格上げだ。
これは素直に嬉しい。
星のように何を考えているのか今いち把握し辛い子は、ストレートに想いを教えてもらうに限る。
「だ、だから……名前で呼んでも、いいか……?」
「星……」
ああ、なんだ。
この程度で良かったんだ。
何も特別なことは必要ない。
異なる面を併せ持つ少女は。
星は、信頼出来る友人が欲しかっただけなのだ。
「勿論だ、星。これから二人で伝説を作ろうぜ」
「フヒ……キノコ伝説……」
……キノコ伝説?
「あ、明日はディナアに来るのか……こ、暦?」
「勿論だ、楽しみにさせて貰う」
現役アイドルの手料理だ。
楽しみじゃない訳がない。
「ふふ…………」
その時、僕の髪を梳きながら笑う星の顔は年相応に無邪気で、可憐なものだったのだ。
009
後日談というか、今回のオチ。
星にディナーへと招待された僕は、食卓に正座し震えていた。
比喩ではない。
冗談抜きに震えが止まらない。
キッチンに立つ星と森久保が魔女の鍋の如き雰囲気を醸し出していたら、それは命の危機を感じて当然だろう。
「フヒ……キーノコキノコーボッチノコー♪ フフ、エリンギィ……マイタケェ……ブナシメジィィィ……」
「あ、あの……星?」
「スタドリにエナドリ……エナドリチャージ10にLPドリンク、APドリンクも混ぜましょう」
「森久保……さん……?」
ミキサーに得体の知れないキノコと千川印の謎ドリンクをこれでもかと投入していく二人。
僕は甘かった。
僕は二人がこれ以上ないいい子であることは知っている。
二人はこれを機に、普段の過剰なスキンシップやからかっていることを恨み僕に復讐しよう、なんて考えないことも知っている。
だが。
「えい……ぽちっと」
「レェッツレヴォリューショォォォン!!ヒィィィヤッハアアアァァァ!!」
星のシャウトと共に高速回転を始めるミキサー。
色が……なんか紫色してるんですが……。
ミキサーによりドロドロになった液体をジョッキに注ぐ二人。
熱を加えていないのに沸騰しているが如くゴボゴボ音を立てているのは何故なんですか?
悪意のない暴虐ほど恐ろしいものはない。
どんな被害や災害も、誰かの悪意の元に行われた凶行ならばまだいい。
いや、良くはないが、怒りの遣り場があるからだ。
だが全く悪意のない意思の元、行われた凶行はどうしようもない。
天災や運命と同じものになってしまう。
「こ、これで……暦も元気イッパイだ……フヒ」
「そ、そうですね……これで、もりくぼをいぢめなくなるかも……」
それは僕が死ぬと言うことか、森久保よ。
僕は死ぬまで森久保を弄るのをやめるつもりはないぞ。
「じゃ、じゃあディナアタイムだ……」
妖しい笑みも浮かべたままに、料理の数々を運んでくる星。
そのメニューは、一転して昨日星が得意げに説明していたものだった。
キノコのステーキやキノコの炒め物、キノコのサラダといった料理が芳醇な香りと共に運ばれてくる。
「あれ……さっきのドリンクは?」
「あ、あ、あれは暦が倒れた時の用だ……こ、効果はテキメンだぞ……死人も生き返る……フヒ」
……体調管理には気を付けるとしよう、うん。
あんなもの飲んだ日には一ヶ月は眠れない気がする。
ただでさえ成分すらはっきりしない千川印のドリンクに加えて、星が丹精込めて育てたキノコをあれだけ混ぜたのだ。
確かに死人も生き返りそうだが、恐ろしいにも程がある。
「いただきます……」
「旨そうじゃないか。いただきます」
「フフ……おあがりなさい」
「あ、おいしい……」
「本当だ、美味いぞ星」
森久保の言う通り、星の作った手料理は、失礼だが予想以上に美味だった。
美少女が作った手料理を食べられる日が来るとは、プロデューサーになって一番嬉しいことかも知れない。
「ほら星、口元汚れてるぞ」
ソースで汚れた星の口元を拭ってあげる。
隣の森久保もお子様だし、レディに囲まれてハーレム、というよりは姪を連れて食事に来た保護者の気分である。
ううむ、今度高垣さんと和久井さんあたりランチに誘ってみようか……。
「…………」
「どうした、森久保が豆鉄砲喰らったような顔をして」
「なんですかその喩え……」
星謹製エリンギのステーキにかぶりつきながら問う。
星と森久保は行儀良くナイフで切り分けて食べてやがる、ちくしょう。
「……フヒ」
「フヒ?」
「フフフ……そうだな、親友だもんな……親友でなければあんなことしないよな……フヒ……暦と私は親友……」
「?」
口を拭ったことを言っているのだろうか。
相手が中学生とはいえ、女の子相手に少々デリカシーに欠けたのかも知れない。
「乃々ちゃんも親友……はい、アーン……」
「え、ええっ」
「受けてやれよ、森久保。星なりの友情表現だ」
「う、うう……あ、あーん……」
写メでも撮りたいところだったが、さすがにこのいい雰囲気を邪魔するのは躊躇われたので、全力で欲を押しとどめる。
「お、おいしい?」
「お、おいしいれふ……むぐ」
「星、僕も僕も」
口を開けて待ち構えるも、星は不敵な笑みを浮かべるばかりで行動に移さない。
「こ、暦はダメだ……なんか、いやらしい」
「いやらしい!?」
「自業自得だと思いますけど……」
「フヒっ、フフフフヒ……」
ちなみに転り亀が祓われたベニテングは星の家の正式なペットとなった。
時たまひっくり返して、遊んだりしているらしい。
しょうこトータス END
拙文失礼いたしました。
実はかなり前にほぼ完成していたきの子。
先日出た続終物語と話が被ってしまい、修正に時間がかかった次第です。
あと、同人で執筆の仕事が入りまして、投稿はかなり不定期になるかと思います。
が、このシリーズもお題から話を作る、という点でかなり勉強になるので僭越ながら続けさせていただきます。
また、偶然見かけたら見てやってください。
次はたぶん夕美か紗南ちゃんです。
見てくれた方々、ありがとうございました。
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