春香「スタンド・バイ・ミー」 (25)


 プロデューサーさんの評判は、正直に言うと良くはない。

 真なんかは、あの人は喋らないし不気味だーなんて私に言ってくる。
 確かに、自己紹介、プロデュース方針、仕事終わりの挨拶――それぐらいしか、喋らない。
 私とプロデューサーさんの間に、いわゆる『世間話』はほとんど無かった。


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 でも――それでも良いと、私は思っている。

 前に千早ちゃんのプロデュースを担当していたことがあるらしい。
 結局プロデューサーさんと千早ちゃんは意思疎通が出来なくて、離れてしまった……と聞いた。
 千早ちゃんには未だに、別の人にプロデュースしてもらった方が春香のためになる、と言われる。
 その度に「本当は良い人なんだよ」と返すのも、お決まりになってきた。

「お疲れ様でした」


「お疲れ様、春香」

 楽屋を出ると、壁にプロデューサーさんが寄りかかっていた。いつも通り、何も変わっていない。
 プロデューサーさんとの間に会話が少ないのは寂しいけれど、人には得意不得意があるのだ。
 きっと、この人は不器用なんだろう。――と、勝手に考えている。失礼なことだけれど。

「今日はもうおしまいですか?」


「事務所に帰るだけだ。どこかに寄っていく?」

「いえ、良いですよ。帰りましょう、プロデューサーさん」

「分かった」

 そこにある短い会話。充分意思疎通もとれるし、気味が悪くなんかはない。
 みんな、プロデューサーさんの優しさを知らないだけなんだ。


 といっても、喋らないというのは事実であって、こればかりは「違うよ」と否定もできない。

「今日の私のステージ、どうでしたか?」

「……少しダンスが雑だったな。サビ前、指が伸びきってなかった」

「分かりました、気をつけます」

 私はもっとプロデューサーさんとの距離を縮めたくて、仕事のことだったり、それ以外だったり、
 とにかく会話をしようと試みる。ちゃんと答えてくれるから、話も続いていく。
 ただ、プロデューサーさんから会話が始まったことは、片手で数えられるほどしか無かった。


 車は地下駐車場から地上へと出て、そのまま首都高速の入口へと向かっていく。
 スピードを出して走る乗用車から見る東京の夜景は綺麗だった。

「綺麗ですね」

「……ん」

 不器用なりに、プロデューサーさんは答えてくれた。
 車中にはまた、静かな空気が流れ始めていた。


「……春香は」

「はい?」

 高速道路の出口からの赤信号で車が止まった時、不意にプロデューサーさんが口を開いた。
 珍しい。私が不要にも夜景を褒めたりしたから、気を遣わせてしまったのかな。

「春香は、どうしてアイドルを目指そうと思ったんだ」


 普通のアイドルとプロデューサーの関係なら、知り合って最初にするような質問だった。
 それにしても――アイドルになりたいと思った理由を聞かれるなんて、思いをしなかった。

「えっと」

 プロデューサーさんは急かさずに、私が喋り出すのを待ってくれている。
 赤信号が青信号に変わり、車が上を通る首都高沿いに走りだしたのを合図に、私は声を発した。

「私、結構田舎に住んでるんです」


 プロデューサーさんの横顔を覗いてみると、あいも変わらずといった感じだった。
 言ったことは無かったけれど、流石に知っていたか。

「だから、あんまり娯楽がなくて。友達と遊ぶのが、一番の楽しみだったんですよね」

 喋りながら、自分の言葉をパズルのピースにして昔のことを思い返していく。


「近所の公園で、友達と一緒に歌うことが一番の趣味、だったかなぁ」

 街の小さな公園で、大声で歌っていたこと。
 風に乗った歌が、遠くの知らない誰かの耳に届くような、そんな感覚が好きだった。

「その公園に、歌の好きなお姉さんがよく来ていて。私たち……友達と、いろんなことを教えてもらったんです」

「お姉さん?」

「はいっ」


「そのお姉さんと一緒に歌うのが、とっても楽しくて。私たちの歌声に、足を止めてくれる人も居たんですよ」

「すごいじゃないか」

「でしょう! その時に、もっと大勢の人の前で楽しく歌いたい、って思ったんです」

 勢いづいて声が大きくなったところで、ハッとなった。
 喋り過ぎちゃったかな、と思って一度深呼吸をすると、プロデューサーさんはハンドルから左手を離して、
 私の頭をポンポンと2回撫でた。


 プロデューサーさんは黙って、何か考え込んでいるようだった。
 赤信号で再び車が止まった時に、質問された。

「春香にとって”アイドル”は、歌? 踊り? それとも見た目?」

 いつも通りの平坦な声ながら、この質問は結構大切だな、と感じた。

「……えっと」


「全部です」

「全部」

 少し考えて答えると、プロデューサーさんは私の言葉をそのまま反復した。

「はい。歌が上手いなら歌手、踊りならダンサー、見た目が良いならモデル……。
 それぞれ、ちゃんと専門分野に分かれてますよね。でも、アイドルってそれが全部出来るじゃないですか」


「ダンスも歌も、お芝居も……全部こなすアイドルって、格好良くて。
 レッスンを受けて、一緒に歌ったお姉さんに気づかれるぐらいのアイドルになりたいな、って思ってるんです」

 熱中すると喋り過ぎてしまう、そんな悪い癖が出た。
 プロデューサーさんはまた何か考えているのか、黙っている。青信号になったのに、アクセルを踏んでいない。

「あのっ」


 私が信号のことを伝えようとすると、後ろの車から控えめにクラクションが鳴らされた。
 車はゆっくりと発進し始めて、月明かりに照らされた歩道橋の下を通過した。。

「悪い」

「大丈夫、ですか?」

「ああ。……ずっと聞けていなかったけど、春香の気持ちが伝わったよ」


「えっ?」

 プロデューサーさんは珍しく――というか見る限りでは初めて――微笑んでいた。
 相変わらずあまり喋らないけれど、その表情は多分、プロデューサーさんなりのエールなんだと思う。

「プロデューサーさんには、まだまだご迷惑をかけると思います。でも、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


「そういえば」

 しばらく経って私が口を開いたのは、駐車場と事務所のある大通りに車が入ったからだった。
 滅多に無い、プロデューサーさんと会話できるチャンスなのだ。もう降りてしまうのは、勿体無い。

「どうして、聞いてくれたんですか? 私がアイドルを目指すようになった理由」

「……俺、口下手でさ。会話とか苦手で」


 知ってます、と言いかけた。そんなに失礼なことは言えない。
 多分、喋らないことを一番本人が気にしている。営業先で無愛想と言われているのを、見てしまったこともあった。

「みんなに迷惑かけすぎてて。でも、担当する娘のことくらい、ちゃんと聞かないとって思ったんだ」

 その時私は、この会話に至るまでプロデューサーさんが考えていたことを想像してみた。
 私も人見知りがちだったから、何かを伝えたいのに伝えられないもどかしい気持ちが分かる。


「プロデューサーさん」

「え?」

「私、もっとプロデューサーさんと話したいと思ってます。
 ご迷惑じゃなかったら、もっと話しかけていいですか」

 そのかわり、プロデューサーさんからも話しかけてきてくださいね。
 なんて恥ずかしいことは言えなかったけれど、私の言葉に頷いた彼との距離は、確実に縮まっていた。

終わり。さっぱり系目指したけど技量不足。出直してきます

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