阿良々木暦「きらりホッパー」 (39)
・化物語×アイドルマスターシンデレラガールズのクロスです
・化物語の設定は終物語(下)まで
・ネタバレ含まれます。気になる方はご注意を
・終物語(下)より約五年後、という設定です
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ID変わりますが後程書き込みます。
001
冒頭から突然かつ唐突な展開なのだが、僕は絶望に打ちひしがれていた。
森久保との一件でノノウイルスが感染したのか、最近、自然と物事を後ろ向きに考えることが多くなったのだ。
絶望、というその言葉自体を明らかにするのは簡単だ。
表記通り、望みの絶たれた状態。
絶望に冒された者は世の中に存在意義を失くし、自殺すら考えるという。
僕は流石に自殺を考えることはないが、それでも酷い鬱と倦怠感に襲われ、眠れない夜もあったことは確かだ。
「ク……クククククク……ハハハハハハハハハハ!!」
身に余る負の感情に身体が拒絶反応を起こし、自らを嘲るかのように笑いが堰を切って溢れ出す。
傍から見たら、自棄になって気が触れてしまった人間に見えることだろう。
僕の絶望の根源は、あまりにも理不尽な事実からだ。
何故、こんな理不尽な事がこの世に起こり得るのだろうか。
神がいるとしたら、あまりにも非情じゃあないか。
僕は、何のために今まで人として生を受け生きてきたというんだ。
「ク、クククク……終わりだ……もう何もかもおしまいだ……ッ!」
事務所において、額に手首を当て、部屋の隅に崩れ落ちるようにもたれかかり、ずるずると腰を降ろし耽美系堕落を表現してみる。
厨二病丸出しな僕の行動を渋谷が物凄く可哀想なものを見る目で見ているが、こういうのは気にしたら負けだ。
更に涙を流して完璧な装い。
これなら神崎にも五分で勝てる。
「暦ちゃん大丈夫? ぽんぽん痛いの?」
そんな僕を膝折りしゃがみ込み、顔を覗き込んでくる一人の少女がいた。
しゃがみ込んでなお通常の女の子とは思えないタッパを持った彼女の名前は諸星きらり。
その身長、なんと約186cm。
僕としては一寸法師になった気分だ。
「諸星……」
「うゅ?」
というか、僕がこんなにも絶望しているのは、元を正せば諸星のせいなのだ。
僕の身長は実に中途半端だ。
高すぎでもなく低すぎでもない。
軒並み上昇傾向にある最近の平均身長を考えたら、男としては小さい方にカテゴライズされるだろう。
何しろひたぎに微差で負けている。
僕が今いちひたぎに逆らえないのには身長差という要素も少なからずあるのだ。
そんなことを考えていたら、事務所内を初期OPのガハラさんのように歩く諸星を見て絶望の谷に突き落とされた、という経緯だ。
なんだよ女の子なのに185cm越えって。
エアマスターより高いって君。
僕は立ち位置的に屋敷俊あたりだろうか。
いや……ルチャマスターだな。
「諸星……お前(の身長)が欲しい」
「にょわ!?」
「あー、プロデューサーが担当アイドルナンパしてるー」
双葉がお気に入りのウサギ人形を引きずってだるそうにやって来た。
この二人は同い年で入った時期も近いためか仲が良いのだ。
まぁ、傍から見たら嫌がっている双葉に諸星が懐いているようにしか見えないが。
「いっけないんだー、ちひろさんにチクってやろ」
チクられたくなければ飴を寄越せ、と脅迫してくる双葉。
脅迫内容はともかく、双葉の口に御用達のフルーツ飴を放り込む。餌付け餌付け。
「んー♪」
「何を馬鹿な。僕はただ諸星に身長を分けて欲しいだけだ」
「ああ……確かにプロデューサー、男の人にしたら小さいもんね」
「小さいって言うな! 小さいって言うな! あと世界中の誰よりもお前だけには言われたくないよ!」
双葉は怠惰のあまり成長期をどこかに置いてきてしまった哀れな少女だ。
初対面の時なんか小学生かと思ったが、実年齢十七と聞いてビックリしすぎて鳩胸になるかと思った位だ。
「プロデューサー、なんか失礼なこと考えてない?」
「んー、あげられたらあげたいんだけどにぃ……」
「是非ともくれ。10cmくらいいいだろう」
10cm。素晴らしい響きだ。
ひたぎも見下ろせるようになるじゃないか。
「っていうか何食ったらそんなにでかくなるんだよ」
「ごはんだよ!」
「むう……成長期にあまり食べなかったのが失策だったのか……?」
成長期をとっくに終えた僕にはもうこれ以上の成長は望めない。
いや、望めないも何も、半吸血鬼化した時点で成長は止まっているわけだから望むべくもないと言った方が正しいが。
なお、諸星は今も現在進行形で成長期らしく、出会った時には182cmだったのが遠い昔の出来事のようだ。
これからもまだ土筆のように伸びるのかと思うと恐ろしいことこの上ない。
「身長はあげられないけど、代わりにきらりん☆ぱわーあげちゃうにぃ!」
「きらりん☆ぱわー……?」
疑問符を浮かべる僕に対し、諸星は胸元でハートマークを作って溜めを作る。
何をするのかと身構えていると、その手を僕の胸辺りに突き出してきた。
「ほわあああぁぁぁ……にょっこいしょー!」
「ふぐうっ!?」
予想以上かつ予想外の衝撃に、思わず神経毒持ちの魚類を連想させる変な声が出てしまった。
諸星は軽く押したつもりだったのだろうが、その身長差と僕が壁を背にしていたことから思いの外ダメージを受ける。
イメージとしては肺を握られて空気が飛び出した感じだ。
「暦ちゃん元気でた?」
「あ、あぁ……バッチリだ諸星」
「うきゃー☆ 暦ちゃんも元気でハピハピだね!」
諸星きらりはアイドルだ。
ただ、出ている杭を打つよりも先に没個性が沈んでいく芸能界において、アイドルに必要不可欠な『キャラ作り』を素で完成させている、ある意味アイドルをやるために生まれてきたとも言える少女である。
初見では確実について行けないミラクルハイテンションに、その性格にそぐわない男性だとしても高すぎる身長。
加えて周囲の環境にまるで揺れないダイヤモンドの心を持った、非常に稀有なアイドルだ。
個性的な面子が多いシンデレラプロの中でも一際異彩を放っている。
ともかく、諸星と対等に付き合うにはそれ相応の精神力を要する。
諸星について行けるテンションと体力が必要なのだ。
そしてそれは僕の得意分野だ! 任せろ!
「ようし諸星、きらりん☆ぱわーも注入したことだし、仕事へ行こう! 今日は双葉とデュオライブだ! 気合入れて行くぞ!」
「いぇーい☆ きらり、最近バリ絶好調だからがんばるゆー☆」
「えぇー……めんどいよ……休む」
「諸星! 双葉と合体だ!」
「にょわっ! 了解であります!」
ビシッと敬礼をして常時倦怠期の双葉を持ち上げる諸星。
ガチョーン☆、と間の抜けた効果音と共に双葉を抱っこする。
「やめろ! 杏は働きたくないんだ!」
「さぁ出撃だ諸星!」
「れっつらごー☆」
「おろせえええぇぇぇ!」
双葉の叫び声が残響となり谺する中、僕を含めた三人は事務所を後にするのであった。
002
「にょわー♪ にょーにょわー♪」
仕事帰り。
本日の予定を消化し切った僕と諸星は、散歩も兼ねて夕暮れの中を歩いていた。
本来ならばアイドルに歩かせることはあまりしないのだが、諸星がどうしても、と言うので現在の状況に至る。
にょんにょわソング(命名・僕)を口ずさみながら両手両足を大きく振って歩く諸星の後方を、少し離れた場所から追う。
ちなみに双葉はライブの最中にダンスで力尽きて寝転びながら歌っていた。
それが許される辺りが彼女のキャラの恩恵と言うべきだが。
その後は一歩も動きたくない、との事だったので置いてきた。
双葉は星になったのだ。
犠牲になった彼女のためにも僕はプロデュースを続けなければならない。
……いや、ちゃんとタクシー呼んだよ。
「あっ、見て見て暦ちゃん! あの子とってもかわうぃー!」
「……ん?」
青空に双葉の幻影を見ていると、諸星が片腕を風車の如くぶんぶん回しながら遥か前方を指差している。
かなりの距離を空けて、小さな人影が見える。
視力いいな諸星……。
眼を細めて人影を注視する。
吸血鬼の視力により、豆粒大の人影が望遠鏡のように鮮明に見えてゆく。
「あれは……」
歩く度に上下に揺れるツインテール。
小さな身体にそぐわない大きなリュックサック。
「八九寺じゃないか」
僕が八九寺を見間違える訳がない。
「かわゆいよね! 暦ちゃんスカウトすゅ?」
「いや、あの子供は危険だ。下がっていろ諸星」
諸星を制して足を止める。
はぁ。
うーん、どうしようかな。
正直なところ、八九寺を見つけたらダッシュで近付いて色々する、というのが僕の恒例みたいになっちゃっているからなぁ。
お笑いの世界で天丼は必要だが、やり過ぎても鬱陶しいだけなんだよね。
それに僕ももう二十歳を過ぎた大人だ。
そりゃあ高校生の頃は若気の至りもあって法に触れるギリギリのこともしたさ。
ああ、しましたよ。認めましょう。
けれど人間は否が応でも成長する生物だ。
確かに何割かは人間ではない僕だけれど、万物の霊長を名乗る程の種族の枝先である僕が五年間、一切成長していないだなんてことがあってはならない。
ただでさえ八九寺はもう身体的にも成長できない、人に非ぬ神という存在だ。
そこに時間の経過と共に差が出来てしまうのは残酷に思えるが致し方ないことだろう。
それに今だからこそ言うけど、八九寺との絡みは半ば義務みたいなところがあったからね。
例えどんなに嫌いな相手でも、カメラや他人の前では仲良く。
それが社会人でありプロの心得。
芸能界に限らず、人間社会ではよくあることだ。
そういう意味では僕はニーズに応えていただけであり、別に八九寺のことなんて好きでも何でもないんだよね。
そりゃあ嫌いじゃないよ?
年齢の割には口が達者で会話の内容も飽きないし、友人としては好きな部類に入るさ。
けれども、そんな毎回抱き付いてキスをして、ってお前どれだけ八九寺が好きなんだよ、って話になるだろう?
あり得ないあり得ない。
働き者の双葉、ボランティアに行く貝木くらいあり得ない。
ここは常識人溢れる大人の対応として、軽く肩を叩いて『よう八九寺、久し振りだな』とでも声を掛けよう。
さて、と。
「はちくじいいいいいいいい!」
「暦ちゃんまってー!」
腹の底から叫ぶと共に、全力で駆け出した。
100メートル走で十秒を切るんじゃないかと思われる速度で八九寺に向かう。
なぜか諸星も一緒だ。
近づくにつれ流石に八九寺も気付いたらしく、こちらを見て驚愕の表情を浮かべ僕の進行と同方向に走り出した。
「待て八九寺! なんで逃げるんだ!」
「ご自分の胸に聞いてくださいよ!」
八九寺の胸に直接耳を当てて聞いてみたいところだったが、走りながら思索を走らせる。
なるほど、これはあれだ。
お花畑とかでよくやる『捕まえてごらんなさい』的な追いかけっこだな。
「このやろう、そんなに僕に会えたことが嬉しいのか! ういやつめ!」
「どこをどう考えればそんなに前向きになれるんですか!」
「あはは、あはははは、まてまてぇー、こいつぅー」
「いやぁ――――――っ!!」
八九寺は八九寺で必死だ。
トレードマークのひとつであるリュックサックを放り出してまで逃走に全力を傾けている。
だが所詮は成人男性と女子小学生。
歩幅の違いだけはどうしようもない。
その距離は目に見える形で徐々に近付いていた。
「ほらほら、捕まえちゃうぞー」
「だれかっ、たっ、たすけっ、たすけてくださーい! 変なお兄さんが追いかけてきますー!」
「おいやめろ八九寺! 誤解を招くだろうが!」
誤解も何も見たままなのだが、このご時世にそんな事を街中で叫ばれては両手が後ろに回ってしまう。
ならば僕が捕まらない為にも早々に口を塞ぐしかない!
「キャッチアンドノーリリース!」
総合格闘技のタックルを思わせる動きで八九寺の下半身を捉える。後は攻略するだけだ!
「しまりましたっ!!」
「ああもう可愛いなあ柔らかいなあいい匂いだなあ!」
「ぎにゃ――――――――――――――――――――っ!!」
八九寺を地面に押し倒す。
マウントポジションを取り、頬ずりをし匂いを嗅いで胸を揉んで脇をくすぐりお腹をつまんでスカートに顔を埋めてお尻を撫でて髪をくんかくんかしてキスをする。
どこからどう見ても変質者と襲われる少女の図だった。
当然のごとく殴る蹴る噛むと身体全体を駆使して逃れようとする八九寺だが、どれだけスピリットとハートが強かろうと体格差だけは変えようがない。
範馬勇次郎も超銀河グレンラガンには勝てないのだ。
「ぎゃ――――っ! ふんぎゃ――――――っ!」
「うおっ!?」
が、そこは流石八九寺というべきか、僕の身体が拳を突き入れることで一瞬浮いたのを見逃さず、するりとマウントから抜け出す。
「おっ、お姉さん助けてください! この変態さんがわたしを!」
リュックサックを回収し追い付いて来た諸星に泣きつく八九寺だった。
いつものように余裕がないところを見ると、余程堪えたのだろうか。
「大丈夫だよ! 悪い人はきらりおねーちゃんがこてんぱんにやっつけてあげるからにぃ!」
「えっ?」
「えーい☆」
諸星のげんこつが僕の脳天に落ちる。
全くもって痛くはなかったが、思わず呆気に取られてしまった。
「もー、めっ、だよ暦ちゃん! 女の子には優しくしないとめっ、なんだから!」
「そーです! 女の子は綿菓子的なやわらかーくてあまーい何かで出来ているから優しくするべきなんですよ! 阿良々木さんの変態凡人!」
諸星の影に隠れて避難轟々、好き勝手に僕を罵る八九寺。
後で覚えてろ。
「阿良々木さんの魔手から助けていただいてありがとうございます、私は八九寺真宵と言います。えーと……」
「きらりは諸星きらりっていうんだにぃ☆ うっきゃー☆ 真宵ちゃん超きゃわわー! 激きゅんきゅんすゆぅー☆」
「ひいっ!?」
僕の猛攻から逃れたのも束の間、今度は諸星に捕まって頬ずりされていた。
双葉と初めて会った時もあんな感じだったし、諸星は小さくて可愛いものが好きなようだ。
「ちっちゃーい☆ かわゆーい☆ ヤバーい☆」
「のぁ――――――っ!?」
一通り諸星に愛でられた後、ようやく解放された八九寺は見るからに憔悴していた。
「こ、こんなところにも裏々木さんの弊害が……」
「僕を日本の教育形態問題の原因みたいに表現するな。あとそんな暗黒面の僕みたいな名前で呼ぶな、何度も言うが僕の名前は阿良々木だ!」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ……」
「噛みまみた」
「わざとじゃないっ!?」
「我は得た――――」
「闇の力を!?」
そんなダッシュなんか使うとやたら格好良く見えるから表記って不思議だよね。
「そうなんですよね、文章の最後にダッシュを使うと何でも深刻に見えたり、奥が深く感じますよね」
「そうだよな、こればかりは日本語に限らないな。あと僕の心を読むんじゃない」
こいつ、次元越えすぎじゃないのか。
神様だからって何でも許されるわけじゃないぞ……って神様になる前から八九寺はこんなんだっけ。
話を戻すが、ダッシュを使用すると台詞が格好良く見える、そう思うのは日本人特有の感性なのかも知れない。
英語でも使われることはたまに見るけれど、外国の人が同じように感じるとは限らない。
実際はどうなのだろうか。
今度鷺沢に聞いてみよう。
「でもなぁ、さすがに限度ってものがあるだろう」
「そうですか? では試してみましょうか?」
「ああ、やってみろ八九寺。もし僕が負けたらアイスを奢ってやろう。五年前の勇気戦争では僕が負けたが、言葉の深さを舐めるんじゃない。毎回上手くは行かないぞ」
「あれ戦争だったんですね……ではザギンでピエールマルコリーニでもいただきましょうか!」
「ザギンって言い方はどうかと思うが、望むところだ!」
こほん、と咳払いをする八九寺。
さあ、お前の語彙力を見せてみろ!
「話し掛けないでください。貴方のことが嫌いです――――」
「ぐおっ!?」
い、いきなりボディブローで内臓をえぐられた気分だ……。
八九寺のあの名台詞の、言いたくて言っているわけじゃない悲壮感がアップしている!
語尾にダッシュをつけただけなのに、だ。
「阿良々木さん、ちょっとそこにある醤油を取って下さい――――」
「ま、まだまだ……!」
言っていることは単純に手の届かない場所にある醤油を取って欲しいだけ、という日常的な会話なのに、まるで今から何か痛ましい悲劇が起こりそうな予感を湧き出させている。
教えてくれ八九寺、その後お前の身に何が起こるんだ!
「阿良々木さん、お小遣いをくださいよ――――」
「な、中々やるじゃないか八九寺……!」
言っていることは小遣いをねだっているだけなのに、もし金を渡さなければどうなるかわかっているのだろうな、的な脅迫に近い迫力を、女子小学生である八九寺からでさえ感じる。
単に語尾にダッシュをつけただけなのに。
「スクール水着って、萌えるよな――――」
「ば、馬鹿な……!?」
あまりの衝撃に歯の根が合わなくなってくる。
ただ単にスクール水着が好きなだけの変わった性的嗜好を持つ男の言葉が、あたかも今からたった一人で強大な敵との戦いに向かう時に、友人に心配を掛けないためにふざけているように聞こえる!
語尾にダッシュをつけただけで!
「失礼、噛みました――――」
「や、やめてくれ八九寺……!」
それが、彼女の最後の言葉だった。
そんな一節が頭に浮かぶ。
毎回のように繰り返される僕と八九寺のやり取りが、もうこの先二度と行われなくなるかのような錯覚を覚える。
ダッシュを使用しただけで――――。
「勘違いしないでよね、別に貴方の為なんかじゃないんだから――――」
「くそっ、もう限界だ……!」
本当は好きなんだけど素直になれないツンデレの魅力がダッシュをつけただけで全面的に増幅している!
しかも言われる方もそれをわかっていて敢えて何も言わない、もしくは叶わない恋だと知った上で言っている、そんな奥ゆかしさ、健気さをそこはかとなく演出しているなんて!
「きらりん☆ぱわー――――だょ」
「卑怯だぞ諸星!! 僕の負けだ!!」
二人がかりの猛攻に、遂に膝が折れた。
まるで諸星のきらりん☆ぱわーが核兵器と同等の威力を持つ超能力のようじゃないか!
「ふふん、私たちの勝ちですね。ではアイスを奢ってもらいましょうか」
「やったー☆」
いつの間に諸星が八九寺サイドについたのか不明だが、まあアイスクリームくらいいいだろう。
「では行きましょう。この辺りは変質者が出るらしいですからね!」
「何だと、それは許せんな」
いたいけな少女を襲うとは男の風上にも置けない輩だ。
見付けたら僕が退治してやる。
「いいだろう。アイスを奢る程度、幾らでもしてやろう――――」
勝負に負けてアイスクリームを奢るだけの言葉が、その時だけは裏で莫大な金を動かし、さも今から八九寺と諸星にアイスを奢り油断させ利用しようとしている巨悪になった気分になれたのであった。
003
「むむ、さすがは高級です。素晴らしい風味ですね! 」
「おいしいー!」
「…………」
確かにそのチョコレートアイスの味は未だかつて味わったことのない、筆舌に尽くし難いものではあった。
が、アイスクリームひとつ七百円。
飲み物も含め三人で四千円。
コンビニやスーパーで売っている百円アイスの七倍美味かと問われると首を傾げざるを得ない。
まあ、ワインとかも天文学的な値段がついたりするし、こういうものってブランドとか雰囲気で高くなるのは仕方ないとは思うのだけれど……。
ああ、貧乏舌が恨めしい。
「ところで滅星さん、でしたっけ?」
「にょわ!?」
「そんな世界征服出来そうな悪意のある間違え方をするな! 彼女の名前は諸星だ!」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ……」
「噛みまみた」
「わざとじゃないっ!?」
「I have made the mistake in saying(噛みました)」
「絶対わざとだ!」
「真宵ちゃんはかしこいねー」
しかも滑舌いいから二倍憎らしい!
「阿良々木さんと同行しているということはアイドルのお方ですよね?」
「そうだよ!」
「いやあ、さすがはアイドルの方は纏うオーラが違うと申しますか、まさに貫禄を感じますね。阿良々木さんとは違って」
「うぇへへー、ありがにょわー☆」
「当たり前だ、諸星は僕の自慢のアイドルだからな」
諸星は身内であることを差し引いてもとてもいい子だ。
初対面ではその体格と規格外のテンションに気圧されがちだが、慣れてくると色々なことが分かってくる。
意外と他人を気遣っていたり、その持ち前の明るさでその場の暗い雰囲気を強制的に塗り替えるなどの力業もやってのける。
アイドルをやっている理由も、みんなに笑っていて欲しい、とただそれだけ。
要するに、誰よりも純粋なのだ。
純粋であること以上に強いものはない。
だがその反面、純粋ほど脆いものもない。
一度崩れてしまえばそれまで、という危うさも持ち合わせている。
その辺りも考慮に入れて管理するのが僕の仕事なのだが。
「しかし本当に大きな方ですね、諸星さん……諸星さんに比べたら阿良々木さんなんて月とミジンコくらいですね」
「さっきからその比較に悪意を感じるのは僕の気のせいじゃなくていいんだな?」
「真宵ちゃんも大きくなったらきらりくらい大きくなるよ!」
八九寺が諸星レベルで大きくなったらそれこそ恐怖どころの話じゃない。
でも未来の八九寺を見る限り僕より大きかったんだよな……。
「…………」
「どうした諸星?」
如何にして今からどうにかして背を伸ばす方法はないものかと思案に耽っていると、ふと視線を伏せる諸星が視界に入った。
「う、ううん、なんでもないょ!」
話し掛けられて引き戻されたのか、はっとしたように手をぶんぶんと振って否定する諸星。
「暦ちゃん、きらりおトイレ行ってくるね」
「あ、ああ」
席を立ち軽快なステップで手洗いに向かう姿はいつもの諸星なのだが……。
なんだろう、どこか諸星らしくない。
「阿良々木さん、阿良々木さん」
「ん?」
「わたくしずっとスルーしており
ましたが、阿良々木さんはおかしいと思わないんですか?」
「おかしい……って、何が?」
「彼女……諸星さんはアイドルなんですよね?」
「そうだってさっき言っただろ」
「それならば何故諸星さんは私のことが見えているのですか?」
「…………!」
戦慄が全身を駆け巡る。
そう言われてみればそうだ。
なんで諸星は八九寺が見えているんだ?
八九寺は人に非ざる存在、怪異だ。
僕も吸血鬼の末端であるがゆえに常時八九寺が見えている。
神であり怪異である八九寺が見えるということは、諸星が怪異そのものか、諸星に怪異関連の何かが起こっていることに他ならない。
「まったく、自分の身長ばかり気にして担当アイドルも気遣えないとは最低ですね阿良々木さん」
「ぐぅ……」
ぐうの音は出たが八九寺の言う通りだ。
でも身長のことしか考えていないようなその物言いはやめてくれ。
僕だって流石に他のことも考えてるよ。
「にょわ――――――――っ!?」
「!?」
突然店内に響いた諸星の悲鳴(?)に身体が反応する。
急いで手洗いに向かうと、幸運にも諸星は女子トイレの入口の洗面所で顔を真っ青にしていた。
「諸星!!」
「こ、暦ちゃん……」
こんな表情の諸星は初めて見る。
いつもが常時天真爛漫な彼女だけあって、その深刻さも容易に読み取れた。
「あ、あれ……?」
何か、違和感がある。
いや、いつも感じているものが、更に増幅されているような……。
そう、『いつも見上げている諸星の目線が、更に上にある気がする』。
馬鹿な、数分の間に目に見える程背が伸びたとでも言うのか。
いや、いくら成長期の諸星であってもそれこそあり得ない。
「暦ちゃん、こ、これ……」
諸星が足元を指す。
「……!!」
諸星は、浮いていた。
足の裏から地面まで、目算で凡そ5cm程だろうか、比喩でも揶揄でもなく、重力法則を無視し中空に浮かんでいたのだ。
諸星きらり、十七歳。
彼女は、螽?に浮かされた。
004
「砌螽斯。みぎりぎす、と読む。キリギリスの怪異だ。蟻とキリギリスは知っているだろう?」
蟻とキリギリス。
日本ではかなりメジャーな物語のひとつだ。
働き者の蟻と怠け者のキリギリス。
夏にせっせと働き貯蓄をした蟻は無事冬を越すことができ、何もせず遊んでいたキリギリスは冬になり餓えと寒さに耐え切れず死んでしまう。
労働の大切さを説き刹那的な生き方を良しとしない、日本人らしい童話と言えよう。
「砌螽斯は言ってしまえば常夏の蟻とキリギリスだ。砌とは軒下を指す。自分の身長の数百倍も跳躍すると言われているキリギリスだが、砌螽斯は軒下に住み跳ばずに浮くキリギリスと言われている。砌螽斯に取り憑かれた者は、文字通り常時熱に浮かされたようにテンションが上がる。それは次第に本当に宙へ浮くようになり、羽化と浮く、が掛かっていて、完全に取り憑かれる、すなわち羽化すると、それこそ本当に何処までも浮き続け、空に呑まれ人ではない存在にまで昇華されてしまう」
最近、諸星が妙に調子がいいと言っていたのはそのせいだろう。
「人ではない存在に、ですか……」
「うー…………」
あの後、急いで会計を済ませタクシーで飛ぶように近くのカラオケボックスまで移動した。
何故カラオケなのかと言うと、まず人気がないことと、天井のある場所でないと諸星が浮いて空へ呑み込まれてしまうからである。
一度浮き始めると早いと聞く。
その証拠に先程までは5cm程度だった高さも、十分ほどで数10cmにまで浮いている。
元々の諸星の身長もあいまって、今にも天井に頭が付きそうだ。
「諸星……いきなりこんなことになってしまったけれど……僕を信じて、任せてくれるか」
「う、うん……」
流石の諸星も恐怖を感じているのか、中空に浮きながら不安を隠し切れない様子でスカートを押さえていた。
ひょっとしたらこの事態より僕にスカートを覗かれる事を危惧しているんじゃあないだろうな。
「阿良々木さんは、諸星さんを助ける術をご存知なんですか?」
「……ああ」
助ける術はある。
あることにはあるが、それは難しいと言わざるを得ない。
砌螽斯は、距離感が掴めない人間に取り憑くと言われている。
距離感が掴めないが故に、やがて上空へと昇るのだ、と古い手記にはあった。
砌螽斯の縛りを解くには、その距離を外部から明確にする。
すなわち距離感が掴めない他人に、自分との関係を明言されることが条件となる。
人と人との距離感。
それは誰もが持ち得る感覚だろう。
家族の中ですらそれは存在する。
僕が両親に対しての対応と火憐ちゃん月火ちゃんに対しての対応が違うのと同じだ。
恋人、友人、同僚、上司、赤の他人……友人を取ってみても親しさに差分があるように、それこそ関係の数だけ距離は産まれる。
誰に対しても対等な距離で接することの出来る人間など居はしまい。
諸星は例え誰が相手でもそのスタンスを崩すことは僕の見る限りなかったが、やはり何処かで線を引いていたということになる。
諸星……お前は誰と、何を測りかねているんだ?
「諸星、僕の質問に答えてくれ。最近気になる人とか出来たか?」
「歯に衣着せぬにも程がありますよ阿良々木さん……」
八九寺の言う通りあまりにもストレートすぎるが仕方あるまい。
諸星の年齢で複雑な人間関係を疑うのなら、真っ先に挙がるのが色恋沙汰だ。
諸星だってあんな性格ではあるが正真正銘、箸が転げても面白い年頃の女の子だしな。
「気になる……? きらりはみんな好きだよ?」
「いや、そういうことじゃなくて」
「うーん……じゃあ、暦ちゃんかな?」
「僕!?」
衝撃の事実!
諸星が僕のことをそんな風に思っていたなんて!
アイドルとプロデューサー禁断の恋!
「いやあ、もてる男は辛いなあ、なあ八九寺?」
「うわ、うざっ……」
「よく会う男の人、暦ちゃんだけだしねー」
喜色満面で八九寺に同意を求めるも、ものすごい表情で一刀のもと両断された。
わかってるよそんなこと。
ちょっとくらい夢を見せてくれたっていいじゃないか。
と、
「きゃ……!」
「諸星!」
突然、先程まで天井近くを浮いていた諸星が、天井に倒れ伏す、という奇異極まりない挙動を見せる。
かなり辛そうなところを見ると、上方に向かう力が急激に強くなってきているのか……!
「こ、暦ちゃん……!!」
くそ、どうすればいい……!?
「そんなのだから阿々々々さんは異性と交流する機会があってももてないんですよ」
「……僕をファミコン時代のRPGの主人公につけたような感情移入のできない適当な名前で呼ぶな。僕の名前は阿良々木だ」
当然だがいつもの返しにも力が入らない。
が、八九寺は構わず続ける。
「阿良々木さん、諸星さんは、ああ見えましても十代の女の子ですよ?」
「…………」
「ここまで言ってわからないのなら、情けない阿良々木さんに代わりまして、私が超絶ゴイスーな神様の権限を駆使して不逞のキリギリスを退治いたします」
「そんなこと出来るの!?」
「いや、できませんけどね」
「じゃあ何故言った!?」
「明確には斧乃木さんを召喚して退治してもらいます」
仲良いんですよ私たち、と付け足す八九寺。
そんな召喚獣みたいな言い方ないだろう。
しかし斧乃木ちゃんか……物理攻撃至上主義の斧乃木ちゃんならこのカラオケボックスごと粉微塵にしそうだし、それは避けたいところだ。
「……ありがとう八九寺。後でキスしてやるよ」
「謹んでお断りします!」
人と人との関係を因とする怪異。
それは何も本人だけに起因するものではない。
委細を掘り起こすのであれば、必ず周囲の人間にも因子が存在するのだ。
そう。
ある意味取り憑かれていたのは、僕でもあるということ。
「諸星」
いつだって笑顔で、周りの雰囲気を強制的に、と表現していい程に変えてしまう底抜けの明るさ。
誰の影響も受けず、誰の言葉にも躓かずひたすら我が道を行く強い少女。
それが諸星きらりだと――勝手に、思っていた。
「そんな訳、ないよな」
八九寺の言葉はあまりにも正鵠を射ている。
十七歳の少女が、そんなに強い訳がない。
諸星は、あの限界突破の性格と笑顔の裏で、いつだって誰かに助けを求めていたのだ。
「ごめん、諸星。僕はお前に謝らなくちゃいけない。僕は実際のところ、お前の何も見ちゃいなかった」
「暦……ちゃん……」
「聞かせてくれ、お前の言葉を」
天井にうつ伏せになっていた諸星は、身を起こし身体を反転させる。
天井に磔になったかのような格好で、諸星は口を開いた。
「……きらりね、みんなに笑ってほしくてアイドルになったの。きらりがアイドルやって、みんなハピハピできたらいいな、って」
それは出会って間もない頃に聞かされたのを覚えている。
自分よりも何よりも先に他人が優先されているその思想に、多少なりとも苦笑いが漏れたことも今では懐かしい。
「でもね、その代わりにきらりはおっきくて、元気なアイドル……みんな、そういう風にしか見てくれなくなったの」
人間の歴史において数百、数千の人間ために一人の人間が犠牲になることは度々あった。
それを一般的に尊い犠牲、または正義と呼ぶ。
諸星の純粋な想いの集大成を犠牲と呼ぶのには抵抗があるが、強引にまとめてしまえばそういうことになってしまう。
諸星はアイドルとして成功した瞬間、諸星きらりという人間は、個人ではなく公の人となってしまった。
その結果が、これだ。
「誰も、諸星きらりっていう私を見てくれなくなった……!」
万人に知られるということは、裏を返せば人間関係の希釈をしていることに他ならない。
多くの人に知られれば知られるほど、その人間の色付けは大衆の手に委ねられる。
いくら個人の意志が強かろうと、それは有名になる上で逃れ得ない関門だ。
どんな強者だろうと、風聞や噂というカテゴリにおいて大多数には絶対に勝てない。
ただでさえ正否も曖昧な情報で溢れ返る電子の時代だ。
そしてそれは、遠からず近しい人間にも波及することだろう。
自分は本当にこんな性格だったのか?
ひょっとしたら、作られたものなのではないのか?
諸星のような強烈と表しても違和感がないアイドルにとってみたら、本当の自分と世論の自分、『どっちが本来の自分なのかわからなくなる』。
それこそ数百万を越す、無意識も含む他人の評価を受けてなお自我を保っていられるほど、諸星は歳を食っちゃいない。
恐らくはそれが、諸星の掴み兼ねている距離だ。
人の一方的な評価ほど恐ろしいものはない。
それこそ、一人の人間を潰してしまえるほどに、だ。
過去の偉人が良い例だ。
ろくに資料が残っていないこと、本人が既に死亡しているのをいいことに風の噂や憶測が偽りの人格を形成し、あたかも化物や超人のような扱いを受ける偉人は少なくない。
そしてそれは、情報過多とまで言われる現世においても例外ではないのだ。
有名は、人を殺す。
勿論、僕だって偉そうに人のことは言えない。
縁あってアイドルのプロデューサーなんて仕事に就いていなければ、一生こんな考えにも至らなかった筈だ。
だけれど。
「諸星、お前は凄いやつだ。輝きを放つアイドルの中でも、一際眩しい光を纏っている」
「う……ぅ……っ!!」
「けれど、その分だけ孤独だ。お前自身は違うと感じているだろうが、心の何処かで自分の異質に疑問を持っている……それが、砌螽斯に取り憑かれた原因だ」
みしりと天井が悲鳴を上げる。
自分だけ他の人間とは違う。
そんなことを自慢したがるのは中学生だけでいい。
「だけどな、諸星。お前は他の女の子と何ら変わりのない、普通の女の子でしかないんだ。波乱万丈なんて言葉じゃ語りきれない程の高校三年生の一年間を過ごした僕が保証してやる。もしそれでも納得いかないって言うのなら……!」
テーブルに乗り、天井に仰向けに倒れる諸星に手を伸ばす。
が、身長が足りない。
ちくしょう、格好つかねえ!
「八九寺!」
「はい!」
「肩車してくれ!」
「物理的にもムリですし精神的にも嫌です!」
「ええい、役に立たんやつめ!」
「手のひら返すの早すぎです!」
さすがは阿良々木さんです! と八九寺から訳の分からない誉れを受けた僕は両脚に力を込め、目標を視界へ。
力の限り諸星に向かって垂直跳びをする。
「こ……暦……ちゃん!」
「僕だけはお前という人間を、等身大の諸星きらりを、見続けると約束してやる!」
精一杯伸ばされた諸星の両腕を引っ張り、身体ごと抱き締める。
「捕まえたぞ、諸星」
それは、異様な光景に映っただろう。
何せ何も支えのない天井に張り付く二人だ。
監視カメラを見た店員が来たら、手品の練習だと言い張ろう。
「え……うぇへへへ……」
諸星も緊張の糸が切れたのか、いつもよりは弱々しかったが、ようやくその顔に笑顔を浮かべてくれた。
瞬間、
「うわああああ!?」
「にょわ――――――!?」
従来の重力方式に従い、僕と諸星は落下した。
無論、僕が下だ。
とてつもない鈍痛と共に視界に星が飛ぶ。
「いってえええええ!?」
「うわ、すっごい音……」
二メートル半近い中空からガラス製のテーブルへ真っ逆さまだ。
死にはしないとは言え、痛い。痛すぎる。
文字通り頭が割れそうだ。
ガラスが割れなかっただけが不幸中の幸いと言えよう。
僕の上に覆いかぶさるように共に落ちた諸星が、ゆっくりと身を起こす。
「ごめんね、暦ちゃん……ありがとう」
違うんだ、諸星。
僕の方こそ、ごめん。
いつか羽川と交わした言葉を思い出した。
特別であることは、違うという事。
けれどそれは、決して人より優れている、という事にはならない。
僕の存在のように、いつかの羽川のように、普通よりも劣る『特別』がある。
けれど、それでも、僕らは可哀想なんかじゃない――そう、虚勢に近い想いを持ち続けていたけれど。
「結局僕は、どこかでお前に嫉妬していたんだな、諸星……」
誰よりも純粋で、眩しくて、その名前に負けない程に綺麗に光る諸星きらりに。
……それに、身長にも。
ああ、でも。
今はとても気持ちがいい。
いつまでもお前に照らされていたいと思える。
僕だけじゃない。僕だけなんかじゃ勿体無い。
世界中の人間を照らしてしまえ、諸星きらり。
それだけの光を、お前は持っているんだから。
「ね、暦ちゃん」
「なんだ?」
「ぎゅーしていい?」
「へ?」
「ぎゅ――――――――――☆」
「んぐぅっ!?」
突然抱き起こされたかと思うと、僕の返事も待たずに物凄い力で抱き締められた。
女の子とは言えご存知の通り諸星はあの体格だ。
ボクシングになぜ階級が存在するかというと、体格差はそれこそ勝負を大きく左右するからである。
実際はそんなことないのだろうが、骨が軋んでいる気さえする。
折角の諸星の感触もこれでは半減だ。
「ギブ! ギブギブ!」
「ギブアップの略なんでしょうけど、阿良々木さんが言うともっとやってくれ、って言ってるみたいですね」
確かにアイドルに抱擁されるなんて一生に一回あるかどうかも怪しいレベルの幸福だけれど!
ああ、柔らかいしいい匂いがする!
女の子って不思議!
もっとやってくれ!
このまま死んでもいいと僕が思い始めた頃、諸星はようやくその拘束を解いてくれた。
「うぇへへ……もいっかいありがと、暦ちゃん!」
005
後日談というか、今回のオチ。
歌い疲れて眠ってしまった八九寺をおんぶしながら、僕と諸星は帰途に就いていた。
あと一刻もすれば沈むであろう橙の太陽光を受けて、影が長く伸びていた。
あの後、カラオケ大会に発展した僕らはライブ中の星もかくやというテンションではしゃぎまくり今に至る。
「楽しかったね!」
「ああ、カラオケなんてまともに行ったのがいつかも思い出せないくらいだったからな、新鮮だったよ」
僕にカラオケに行く友達がいないとか言ってはいけない。
現役アイドルの諸星の歌声の素晴らしさはもちろんだが、しかし意外なのは八九寺だった。
小学生らしく、流行りのポップスでも歌うのかと思ったら演歌だった。
しかもかなりの美声。
「あ、阿良々木さん……パンツをそんなところに仕舞わないでください……!」
「どんな寝言だよ!」
そんなところってどこなんだよ。
僕の背中で八九寺がむずがるように身をよじる。
時折、体勢を立て直すと見せかけてお尻を触るのも忘れない。
僕の前で無防備にも寝てしまう八九寺が悪いのだ。
今回のことは、僕も考えを改めなければならない。
諸星だけに限らず、人には人の数だけの距離があって然るべしだ。
それに、時々忘れてしまうことではあるが、彼女たちはアイドルであると同時に、何処にでもいる女の子であること。
それだけは、僕だけでも必ず心に留めておくべき事項だ。
と、伸びきった影から忍が現れた。
そろそろ目覚める時間なのだろうが、なんか不機嫌そうだ。
「よ、よう忍……どうしたんだ?」
「のうお前様よ……何故か頭が痛いのじゃが」
ああ、カラオケボックスで打った時のか。
「悪かったな、ちょっと一悶着あって……」
「うっきゃ――――――――――☆」
「!?」
間髪入れずに忍に飛びつく諸星。
忍もあまりに早い諸星の行動に反応し切れず硬直していた。
「この子すっっっっっごいかわゆーい! 髪さらさらー!」
忍の頭ごと抱えて思う存分頬ずりをする。僕が口を挟む余地すらない。
「何じゃこの特大のおなごは! ええい離さんか暑苦しい!」
「ね、ね! この子暦ちゃんの子供!?」
「なんで僕の子供なんだよ……その子は忍、僕の家族みたいなものだ」
「にゃっほーい☆ よろしくね忍ちゃん、きらりはきらりっていうんだよ!」
「な、なんなのじゃこやつは……側におるだけで体力を奪われて行く気がするぞ……」
まあ、諸星と忍じゃ性格も有り様もそのまんま太陽と影のようなものだしな。
忍としては常時太陽の側にいる気分だろう。
「いい加減離さんか! ぬしとおると安らかに成仏してしまう気がするわ!」
「んもー、しょーがないにょわー」
「お、おおお!?」
にょっこいしょー、と忍を肩車する諸星。
対して忍は多少戸惑ってはいたものの高い場所が気に入ったらしく、
「かかっ、中々良い眺めだぞ特大のおなごよ。主様を見下ろす景色も絶景じゃ。苦しゅうないぞ!」
しかし、今の僕らは他人の目には果たしてどんな集団に映っているのだろうか……。
なんだか保父さんになった気分だ。
「ね、暦ちゃん、こっちこっち!」
「ん?」
と、忍を乗せたままこいこいと手招きをする諸星。
見たところ何もない場所だが、招かれては行かざるを得まい。
「ここ、乗って!」
川沿いの段差を指す諸星。
エスカレーターの一段ぶん程の高さである段差に、言われるがままに登る。
諸星と視線が平行に交差した。
「えへへ、これでおんなじだね☆」
とびっきりの笑顔で僕の手を握る諸星。
なるほど、諸星と同じ目線というのも新鮮な気分だ。
否が応にも周囲から浮いてしまう個性を持った少女は、同性の友人とは別で、同じ目線で接してくれる人間を何処かで求めていたのだ。
僕がそれになれるというのなら、これほど名誉なことはない。
「行こうか、諸星」
「うんっ!」
僕は諸星の手を握り返す。
きらりホッパー END
拙文失礼いたしました。
さやかと言う名の納期に追われておりました。
今はルパンに追われております。
次は恐らくかな子の予定です。
ありがとうございました。
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