モバマスSS
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これを為すと 魔法使いは彼女に世界で最も美しいガラスの靴を与えた
これを着飾り彼女は馬車に乗り込んだ
しかし 魔法使いは彼女に念を推して命じた
― 0時を廻ってその場にとどまってはいけない ―
そしてこう続けます
― もしも少しでもそこにとどまってしまったら魔法は解けて 馬車は南瓜に 馬は鼠に 召使は蜥蜴に そしてそのドレスはかつてのものに戻ってしまうのです ―
cast a spell ~恋の魔法~
―
―――
―――――
気がつくと、私は夜道を歩いていた。
見上げると壮大な星空が広がり、星たちはこの闇夜をも照らさんと輝いている。
頬を撫でる夜風が心地いい。あたりは静寂に包まれていて、しかし木々の葉を風が揺らしている。
独りで夜道を歩く私は、不思議とこの状況に疑問や不安を覚えない。
私が何者であるか、ここは何処であるか、何故ここにいるのか。
それを求めることに意味は無いような気がする。
――しかし同時に、既にすべてを知っている気もする。
暗闇に包まれた夜の道を往く。歩く理由もないのに。
だけど、私の中の何かが、この先を往くことで何かが待っていると囁いているようなのだ。
暗い夜道を、私は独り歩いて往く――
細く、荒れた土の道を歩く。道は木々に挟まれ、ただ一本の道として真っ直ぐ続いている。
聴こえるのは、私の足音だけ――しかし、耳を澄ますと水のせせらぎが聴こえてくる。
近くに川が流れている気配を感じつつ、私は夜道を往く。
歩き続けると、段々とせせららぎの音が近づいてくるのが分かる。
そして、長く続いた道が途切れると、目前を横切るように美しい川があらわれた。
清い水が穏やかに流れているのがはっきりと分かるほどに、星空は輝いてる。
まるで昼のようにこの場を照らす光と、穏やかな川のせせらぎと、風に揺れる木々。
あまりにも現実離れした美しい空間。
まるで魔法にかけられたのかと思えるようなこの場所で、私は彼女達と出逢った。
彼女達は皆みすぼらしい格好をしていた。
ボロボロの布切れのような服、汚れきった靴。
そんな格好で、川の傍で水の流れゆく様子を眺めていました。
私が近寄ると、皆が振り返った。
美しい、可愛らしい、愛らしい―――
ボロボロを服を身に纏うには相応しくないような、そんな女の子達でした。
彼女達は私に驚いたようですが、すぐにまた水の流れに眼を向けます。
こんな女の子たちが、ここで何をしているのかしら・・・
そう思った私は、彼女達に話しかけます。
――なにをしているの?
彼女達は答えます。
――お城の舞踏会に行きたかったのですけど、もう行けないのです
聞くと彼女たちは、この街に住む女性なら誰でも参加できるという、数年に一度お城で催される舞踏会に行く予定だったのだという。
しかし、それを良く思わない継母にこっそり用意しておいたドレスを隠されてしまったのだ。
そう何度も参加できるものではない舞踏会。彼女達はきっと、美しいドレスを着飾ってお城へ向かうはずだった。
私はそれを嘆いた。こんなに美しい彼女達が、きっと星よりも美しく輝けるであろうお城の舞踏会に立つことすら許されないなんて――
彼女達の俯く様を見つめたとき、私は、自然と声が出てしまいました。
―――私が、お城へ連れていきましょう
何故、自分でもこのような言葉が出たのかは分からない。
私にはそれを為す手段がない。なのに何故?
彼女達は不思議そうな表情で私を見つめます。
しかしこんなに無責任なことを言ってのけても、私には理由のない自信が満ちていました。
私は胸のポケットに手を伸ばし、小さなステッキを取り出しました。
何故このような物があるのかは分かりません。これがポケットに入っていたことすら知らなかったはずなのに、まるで最初から分かっていたかのような手つきで私はそれを取り出しました。
本当に、説明はつきません。何故、と聞かれても、まるで最初から『それ』を理解していたかのように身体が動いてしまうのです。
周囲を見渡すと、用意されていたかのように木の根元に佇む一つの大きな南瓜を見つけます。
そして、『それ』を為すのです。
ステッキを一振り。南瓜は、まるで『魔法』にかけられたかのようにみるみると大きくなり、やがて白く美しい馬車となりました。
彼女達は目を丸く見開いて驚き、その様子を眺めていました。
まるで魔法―――いや、これは私の魔法そのものだったのです。
理由なんてない。私は自分が『魔法』を使えることを理解していました。
そうして、南瓜の横で眠る鼠に一振り。鼠は馬に変わります。
さらには、川の水を飲む蜥蜴に一振り。蜥蜴は馬を引く使いへと変わるのです。
私の『魔法』で、舞踏会行きの馬車の完成です。
さぁ、これで準備は出来ました。
思えば、何故私は見ず知らずのこの子達にこんなことができたのでしょう。
彼女達がかわいそうだったから?
継母が憎いと思ったから?
――きっと、彼女達の美しさを、舞踏会にきた人々に見せてやりたかったのです。
こんなに美しい彼女達が、この世にはいるんだよって。
なのに、スタートに立つことすら出来ないのが許せなかったのです。
・・・お城へ、行ってみませんか?
私が言うと、彼女達は気付いて答えます。
・・・でも私達、こんな汚いぼろではお城にいけません
そうでした、彼女たちが行くのは舞踏会。彼女達の美貌に負けないくらいのドレスが必要です。
私はステッキで、彼女達の服をポン、と叩きました。
するとどうでしょう、ぼろの服はみるみるうちに美しい宝石を散りばめた、立派なドレスに変わっていきました。
そうして私は、最後に人数分の美しく輝くガラスの靴を与えました。
それは、世界のどんなものよりも美しい、彼女達にしか似合いそうにない素敵な靴でした。
彼女達はとても喜んで、私にお礼を言います。
私は彼女達を馬車に促し、しかし最後に言いつけをしました。
夜中の0時を過ぎてもお城にとどまってはいけませんよ。
もし少しでも過ぎてしまうと、馬車は南瓜に、馬は鼠に、召使は蜥蜴に、そしてそのドレスはもとのぼろに戻ってしまうのです――
そして、私が用意できるのはここまでです。
私は、あなたたちをお城へ導くことはできますが、お城で美しく踊れるかどうかはあなたたち次第。
どうか自信をもって、美しく振舞ってください。
自分を信じて。きっと、この星空のように輝けますよ――
彼女達は強く頷き、必ず0時までに戻ってくると約束しました。
そして使いは馬車を出し、遠くに見えるお城へ向かって走りだしました。
彼女達を見送ると、私は川辺に腰をおろします。
私は、あくまでも"準備"をしてあげることしかできません。ここからは、彼女達の問題。
でも、彼女達のあの笑顔を見たらきっと楽しんできてくれると思うのです。
私の『魔法』は、きっと『人を幸せにするための魔法』なのだと思います。
どうか彼女達が、幸せになりますように―――
―――――
―――
―
私が目を開けると同時に、馬車は戻ってきました。どうやら、眠ってしまっていたようです。
言いつけどおり0時になる前に戻ってきてくれた彼女達の笑顔はとても輝いていて、ここで見つけたときのものとは大違いです。
やっぱり、可愛い女の子には笑顔が似合う――彼女達は、灰を被ったような表情は似合わないのです。
馬車から降りてきた彼女達はひっきりなしにお城の様子を語ってくれました。
その時、何度も何度も、この言葉を繰り返したのです。
とても素敵な王子様だった、と――
私は最初、彼女達が言うなら、とても素敵な方だったんだろうな、という程度にしか思っていませんでした。
しかし、彼女達はあんまりにも楽しげに王子様の話を終始繰り返します。
彼女達の笑顔をみると、段々と私も王子様のことが気になり始めてしまいました――
私は彼女達に別れを告げ、夜道を戻りました。
聞いたところ、彼女達はお城に集まった街の人々に大層気にいられたようで、明日もお城で踊って欲しいと頼まれたそうです。
ドレスも靴も、お城の人が用意してくれるようで問題なさそうです。
彼女達がまた美しく踊れるように祈って、彼女達を見送りました。
・・・素敵な王子様、か。
一度渦巻いた気持ちを中々抑えきれずにいた私は、どうしても王子様を一目みたくなってしまいました。
舞踏会は私には縁のないものだと知りつつも、少しくらいなら・・・という気持ちが芽生えてしまいます。
ほんの少しだけ――
そう思って、私は再びステッキを握ったのです。
―――――
―――
―
お城では、舞踏会の後片付けがなされていました。
お城の大きな窓からこっそりと中を覗くと、中では数人の使用人が残っているだけ・・・
残念に思いながらも、その場を離れる。
私の手には、魔法であしらった薄い黄緑色のシンプルなドレス。
まるで何かを期待していたかのようで、それを見つめて急に恥ずかしくなる。
・・・ちょっと覗いてみようと思っただけだから・・・
そう自分に言い聞かせて、お城をあとにしようとしたときのことでした。
舞踏場の広間とは違う造りの建物の窓から靡いているカーテン。それが、何故か気になってしまった。
誰にも見られないように周囲を気にしながら、その建物に近づいてみる。
大きな窓ガラスは開放されていて、カーテンが夜風で外に靡く。
そのカーテンを捕まえて、私の身体を覆ってこっそり顔だけで中を覗いてみると・・・
1人の男性が、椅子に座って眠っていたのです。
遠めに見ても分かるその端整な顔立ちに、私は時間が止まるのを感じた。
尋ねなくても分かる、この人があの子達の言っていた王子様――
椅子に座って寝ている、という可愛らしいシーンに遭遇したといえばそうなのだが、ただ眠っているだけなのに月明かりに照らされている姿がとても絵になる。
ずっと眺めていることになってもいいようなそんな姿を見つめていましたが、不意に彼は目を覚ましたのです。
あっ、という間もなく目が合ってしまう。
私はさっきまでとは違う意味で動きが止まってしまい、どう言い訳をするか、それよりどう逃げ出せばいいのかと考えを巡らせていた。
その間、彼は寝ぼけ眼で私を見つめていたが、しばらくしてパッチリと目を開き、こう言った。
『――素敵なドレスですね、舞踏会にきてくれたんですか?』
咄嗟に腕に抱えていたドレスを背中に隠す。
あ、あの・・・これは・・・違うんです!
質問の答えになっていない。混乱した私の頭はこの状況を打破することだけを考えていたため、とんちんかんな返答になってしまった。
だが、彼は続ける。
『申し訳ないのですが、舞踏会は終わってしまいました』
それは分かっていることだ。というより、なにも私はドレスを着て踊りに来たわけではない。
ただ一目、あの子達が言っていた素敵な王子様とやらを見てみたかっただけなのだ。
しかし、それに反した言葉が出てしまうのは何故だろう――
えっと・・・そうだったんですけど・・・もう終わっちゃったんですよね、それなら――
帰ります――そう言おうとしたのに
『――よかったら、ここで踊りませんか?』
またもや、私の動きは止まってしまった。
『そんな素敵なドレスを用意してくださったんです。着てあげないと、ドレスがかわいそうじゃないですか。・・・それに、あなたのような美しい女性と踊れなかったら、男が廃るというものです』
小説やドラマの中でしか聞かないようなくさい口説き文句。
なのに、実際に言われてしまうと、顔を真っ赤にして口をぽかんとあけることしかできない。
私が、こんな台詞を言われたことがないっていうのもあるかもしれないけど・・・
言われるがままに部屋に通されると、彼は部屋を出て着替えを待ってくれた。
部屋に1人残された状況で戸惑いながらもドレスに着替えつつ、周囲を見渡す。
天蓋つきのベッド、テーブルに紅茶、高級そうなアンティーク・・・
ここは、彼の寝室なのかな?
そんなことを思っていると、ドアの外から彼の声が聞こえてきた。
『そろそろいいですか?』
慌ててドレスを着て、彼を部屋に迎え入れた。
『思ったとおりです、この星空に負けないほどに美しい』
もう、本当に止めてほしい・・・ そんなことを言われてもどう返せばいいのか分からないのです。
私が彼のお世辞に戸惑っていると、慣れているようで、でも少し震えながら私の手をとります。
『緊張していますか? 大丈夫です、僕もですから』
『では、僭越ながら・・・お手をどうぞ』
舞踏会らしい音楽も、観衆の目もない。
月明かりの下で2人きりの秘密の舞踏会が始まりました。
動作も作法も分からない私は、彼に合わせて左右に動くだけしかできません。
あたふたとした動きで彼に付いていく私の耳元で、彼は囁きました。
『今夜の舞踏会で、あなたのような美しい女性を他にも見ました』
『彼女達は、とても美しいドレスと、ガラスの靴を履いていて、その美貌で観衆を釘付けにしていました』
あの子たちのことだ、とすぐに理解する。
『ダンスも一流、というわけではなかったのですが、舞踏会に来た人々は皆彼女達の存在に心を奪われていたようです』
『ダンスでは量ることの出来ない"魅力"のようなものがあったのでしょうね』
そう。ドレスを着飾った彼女達はとても魅力的だった。
同じ女性の私も目が眩むくらい、彼女達はドレスやガラスの靴に負けない"何か"があったのだ。
私なんて、せいぜい魔法の力を借りて取り繕うことしかできない。
彼女達はもう、こんなちっぽけな『魔法』に頼らなくても美しく輝けるんです。
・・・きっと、素敵な女性達だったんですね
彼はにっこりと笑う。
『あなたも、とても魅力的ですよ』
『この美しい星空の夜に、あなたのような星にも負けない美しい女性と出逢えたこと』
『あなたと時間を共有できるこの幸せに敵うものなどありましょうか』
『あなたとの出逢いが魔法の時間だったとしても、僕は信じましょう』
『どうか僕にかけられた恋の魔法が、決して解けませんように――』
あの時、ちょっとした気持ちからこのお城にやってきてよかった、と思う。
ここへこなければ、この満たされる気持ちを味わうことができなかったから。
私の『魔法』は、誰かを幸せにすることができるもの。
私が王子様やあの子達を幸せにすることができたのなら、『魔法』もいいものだなと思うのです。
魔法使いといえども私も普通の女の子。ロマンチックなことに憧れたって、罰はあたらないはずです。
王子様に想いに応えるために、私は軽やかにステップを踏みます。
彼の目をまっすぐ見つめながら動く私は、不思議とダンスが上手になったような気がしました。
・・・きっと、彼と私の気持ちが一緒だから。
私も彼と同じように、魔法にかけられたのです。
・・・そう。魔法使いの私が、他の誰かから魔法をかけられてしまうなんて思ってもみなかった。
それも、私が扱うことなんてできないようなとても強大な魔法。
私の心を満たしてくれる、不思議で、暖かい魔法。
この暖かい気持ち――
きっと私、千川ちひろは――
この不思議な一夜に――
決して解けない恋の魔法を、かけられたのかもしれません
終わり
おまけ
ちひろ「・・・っていう夢を見たんですよ!」
P「はぁ、そうですか」
P「まぁ夢の中って大体自分がヒーローですからね」
ちひろ「それはそうなんですけど・・・なんかこう、ロマンチックですよね!」
P「ちひろさんって意外と純情なんですね」
ちひろ「なんで意外なんですか・・・」
P「たまたま会った王子様に一目惚れって、ベタすぎてなんか・・・ねぇ?」
ちひろ「・・・・・」
ちひろ(・・・言えない)
P「よっぽどカッコいい男だったんですね。っていうか後半はシンデレラより『ロミオとジュリエット』っぽいと思ったんですが」
ちひろ(・・・お城の王子様が)
ちひろ(プロデューサーさんだったなんて)
P「でもいいなー、俺のシンデレラはいつ現れるんだろうなー」
ちひろ「・・・意外と近くにいるかもしれませんよ?」
P「そうですか?」
ちひろ「そうですよ」
ちひろ「あなたのすぐ傍に、ね!」
おまけ終わり
ちひろもアイドルを支えてくれる大切な存在だよね、って話。
pixivに投稿してある1枚のちひろの絵をヒントにさせていただきました。
ありがとうございました。
シンデレラは0時を過ぎたのに
ガラスの靴が消えてないじゃないかっていう矛盾をよく指摘されますけど
みなさんはどう思いますか。
これをロマンチックに考えるのもシンデレラの楽しみですよね。
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