皇帝「このクソブスが!」皇后「お、勝負すっか!?」(110)

~ 宮殿前広場 ~

市民A「おお、皇帝陛下がお出でになったぞ!」

市民B「皇后様もご一緒だ!」

ワァァ…… ワァァ……



皇帝「本日は帝国式典に集まってくれて、本当にありがとう」

皇后「こんなに盛大な式典となったのは、皆さまのおかげですわ……」



市民A「うひゃ~! 見ろよ、あの皇帝陛下の凛々しいお姿!」

市民B「皇后様もなんて美しいんだ……!」

市民A「若くして、早くも帝国始まって以来の名君になるともいわれる皇帝陛下と!」

市民B「かなりの大国である友好国から帝国に嫁いでこられた皇后様……」

市民A「まさに全てを兼ね備えたベストカップルだな!」

市民B「まったくだね!」

皇帝の演説が終わり──

皇帝「──と、このように、余はこの帝国をさらに豊かな国にしていく所存である」

皇帝「どうか、見守っていてほしい」

皇后「わたくしはかげながら陛下を支えて参ります……」



ワアァァァァァ……!

「ブラボー、皇帝陛下!」 「皇后様ァ~!」 「帝国に栄光あれ!」



大臣「陛下、ありがとうございました」

大臣「それでは、陛下と皇后様にはご退席いただきましょう」

皇帝「分かった。では行こうか、妃よ」

皇后「はい、名残惜しいですが……」

ワァァ…… ワァァ……

熱狂する市民たちの歓声を背に、皇帝夫妻は退場した。

~ 皇帝夫妻の寝室 ~

皇帝「ふぅ……疲れた」

皇后「疲れた……じゃねえよ。ちょっとキレイごとをくっちゃべっただけだろーが」

皇帝「あ? テメェなんざ、俺の横でアホ面浮かべて突っ立ってただけだろうが!」

皇后「なんだそりゃ!? だれがアホだ、コラァ!」

皇后「アンタの毒にも薬にもならねークソ話を、間近で聞かされる身にもなれや!」

皇后「ったく、耳が腐るかと思っちまった」ホジホジ…

皇帝「うっせーよ、ボケ! だったら耳に石でも詰めてやがれ!」

皇帝「なんなら俺が詰めてやろうか!? 三半規管までよォ!」

皇后「その前にアンタの鼻の穴に拳ぶち込んでやるよ! もちろん右でな!」

皇后「つか、なんなんだあの一人称、“余”って! なにかっこつけてんだ!」

皇后「余ってツラか!?」

皇帝「一人称はツラでいうもんじゃねーだろ!」

皇帝「それに俺だって、好きで余って自称してるわけじゃねーんだ!」

皇帝「やっぱ皇帝たる者、一人称も皇帝っぽくしなきゃならねーだろが!」

皇帝「仮にも女房ならそんくらい理解しろや! 俺だって苦労してんだよ!」

皇后「なぁ~にが、皇帝っぽくだ。笑かすなボケ」

皇后「余じゃなく『Yo! Yo!』とかやってろや、ラッパーっぽくよ!」

皇后「あぁ、アンタはパッパラパーか! ギャハハハハッ!」

皇帝「笑ってんじゃねえぞ、ぶっ殺すぞ!」

皇帝「このクソブスが!」

皇后「お、勝負すっか!?」

皇帝「死ねやァ! うおおおおおっ!」

皇后「きえええええっ!」

ドタン! バタン! ドタン! バタン!

皇帝「ハァ、ハァ……」

皇后「ゼェ、ゼェ……」

皇帝「あ~……もういいわ。だりぃ、ケンカ飽きた」

皇后「飽きたのはこっちの方だ、ボケ」

~ 宮殿内 ~

皇帝「さて、政務を行うぞ。大臣、重臣たちを執務室に集めよ」

大臣「はっ」

皇后「わたくしは兵士の方々にお会いしてきますわ」

大臣「ありがとうございます」

大臣「彼らは辛い訓練をしてるゆえ、皇后様のお声掛けが大変励みになるとか……」

大臣(お二人ともご多忙なのに、なんと生き生きしておられるのだ……)

大臣(疲れやストレスといったものをまるで感じない)

大臣(お二人の寝室は完全な防音ゆえ、中で何をされているのかは分からないが)

大臣(きっと寝室で仲睦まじくされているおかげで)

大臣(お二人はストレスを溜めずに済んでいるのだろうな……)

大臣(おっと、こんなことは私が立ち入ることではない、か)

~ 皇帝夫妻の寝室 ~

皇帝「ようやく一日が終わったし、寝るか」

皇后「いちいち宣言すんな。寝るなら黙って寝ろ」

皇帝「あ!? 就寝どころか失神させっぞ、コラ!」

皇后「やってみろや! 逆に永眠させてやっからよ!」

皇帝「俺をマジ切れさせたこと、後悔すんじゃねーぞォ! クソアマがァ!」

皇帝「うおおおおおっ!」

皇后「きえええええっ!」

ドタン! バタン! ドタン! バタン!

皇帝「ハァ、ハァ……」

皇后「ゼェ、ゼェ……」

皇帝「もういいや……マジで寝る」

皇后「くっそ……風呂入ったのに汗かいちまった」

式典後のある日、宮殿では国内の貴族、豪族を集めたパーティーが開かれていた。

~ 宮殿内大広間 ~

ワイワイ…… ガヤガヤ……

大臣「皇帝陛下、皇后様、本日のパーティーは大盛況ですな」

皇帝「うむ、こうやって国を盛り立てていかねばな」

皇后「これも陛下のご人徳あってのこと。わたくしも嬉しいですわ」

大臣「ただし、式典もそうでしたが、弟殿下は来られなかったようで……」

皇帝「うむ……仕方あるまい。余とあやつは最後まで皇位を争っていたからな」

大臣「おっと失礼、パーティーの場に相応しくないことを申しました。お許しを」

大臣「お二人とも、どうかお楽しみ下さい」

皇帝「そうさせてもらおう」

皇后「ありがとうございます、大臣」ニコッ…

貴族「お久しぶりです、皇帝陛下」スッ…

皇帝「おお、貴族殿。元気そうでなによりだ」

皇后「お久しぶりでございます」

皇帝「パーティーは楽しんでいるかね?」

貴族「はい、料理はどれもこれもとてもおいしく……」

皇帝「シェフたちが腕を振るってくれておるからな。存分に楽しんでもらいたい」

貴族「はい」

貴族「ところで、今日は皇后様も料理を作られたとか……」

皇后「ええ」ニコッ

皇帝(え……)

皇后「あちらにある魚料理やデザートはわたくしが手がけましたの」

貴族「そうだったんですか! とてもおいしゅうございました!」

皇后「ありがとうございます」ニコッ…

皇帝「…………」

シェフ「皇帝陛下、本日の料理はいかがでしたか?」

皇帝「うむ、美味であった。さすがシェフ、と感心していたところだ」

シェフ「こちらこそ、皇后様の腕前には驚嘆いたしました」

皇帝「!」

シェフ「帝国に嫁がれる前から、料理の腕前が評判だったとはうかがっていましたが」

シェフ「まさか、あれほどとは……」

シェフ「料理を専門としている、私どもと遜色ない腕前ですよ」

シェフ「我々の仕事がなくなってしまうのでは、と心配になってしまうほどです」

皇后「まぁ、お上手だこと……」フフッ

皇帝「…………」

~ 皇帝夫妻の寝室 ~

皇后「よっしゃ!」グッ

皇帝「なにがよっしゃだよ、オイ」

皇后「アタシの料理がシェフやみんなに褒められただろ?」

皇后「そりゃガッツポーズの一つも取りたくなるってもんよ」

皇帝「ハァ~? お前の料理って、あのゲロみたいなやつのことか?」

皇后「おい、ゲロってなんだコラ! みんな褒めてただろうが!」

皇帝「あんなもん、リップサービスに決まってんだろうが」ハァ…

皇帝「リップサービスの最上級……リップ、リッパー、リッペストだよ」

皇后「なにがリッペストだ、ぶっ殺すぞ!」

皇后「だいたい、アンタだってうまいうまいって食ってただろうが!」

皇帝「我慢してたに決まってんだろ」

皇帝「なんでシェフの料理と一緒にゲロが置いてあるんだろ、と思ったし」

皇后「ゲロってのやめろ!」

皇后「ま、アンタみてーな味覚オンチにアタシの料理のよさは分かんねーか」

皇后「クソをカレーだと思って食うくらいだしよ」

皇帝「食わねーよ!」

皇帝「ちょっとシェフや貴族にリッペストされたくれーでいい気になんなよ!」

皇后「うっせーよ! 最下層舌の持ち主が! 地獄よりも地下だ、アンタの舌は!」

皇帝「俺ほどのグルメに向かって上等だよ……よほど死にたいらしいな?」

皇后「地獄の閻魔様にかわって、舌引っこ抜いてやるよォ!」

皇帝「うおおおおおっ!」

皇后「きえええええっ!」

ドタン! バタン! ドタン! バタン!

皇帝「ハァ、ハァ……」

皇后「ゼェ、ゼェ……」

皇帝「食いすぎの上に運動したら眠くなってきた……寝る」

皇后「アタシも……今日は疲れた」

~ 宮殿内 ~

政務を終えた皇帝と大臣、それを迎える皇后。

大臣「本日もお疲れ様でした。ゆっくりお休みください」

皇帝「うむ」

大臣「……ところで、皇后様は政治に口を出されたことはまったくありませんな」

皇后「わたくしは陛下を信じておりますので……」

大臣「なるほど」

大臣(皇后様が政治に介入すると)

大臣(皇后様の故国が我が帝国内で力を持つことになりかねん)

大臣(そうなると、我が国にさまざまな“ひずみ”が生まれる)

大臣(それを危惧してらっしゃるのだろう)

大臣(聡明なお方だ……)

~ 皇帝夫妻の寝室 ~

皇后「おう」

皇帝「あ? ……なんだよ」

皇后「アンタ、職人たちの成果に応じて助成金出すなんて制度を作るらしいが……」

皇帝「職人のモチベ増強のためにな! イカしてんだろ!?」

皇后「ああいうのって、下手すりゃ足の引っ張り合いになんぞ?」

皇后「その辺、ちゃんと考えてんのかなぁ~と思ってよ」

皇帝「……も、もちろん考えてるに決まってんだろ!」

皇帝「俺は皇帝だぞ!? バッチリよ!」

皇后「やっぱ考えてなかったのかよ。マジ終わってんな……」ハァ…

皇帝「終わってねーよ、ボケ!」

皇后「どうせ職人の立場になって考えず、新制度考えた自分に酔ってたんだろ?」

皇后「この酔っ払いが!」

皇帝「うるせぇ! んなこといったって、職人の立場になるとかムズいんだよ!」

皇帝「ある程度上から強引に決めていくのも政治だろうが!」

皇后「強引に決められるほど、経験積んでんのか!? “EXP”をよォ!」

皇后「“皇帝見習い”の分際でよォ!」

皇帝「だれが見習いだ! だったらテメェ八つ裂きにしてレベル上げてやんよォ!」

皇后「来いやぁ!」

皇帝「うおおおおおっ!」

皇后「きえええええっ!」

ドタン! バタン! ドタン! バタン!

皇帝「ハァ、ハァ……」

皇后「ゼェ、ゼェ……」

皇帝「くっそ、ここで暴れたってなんの経験にもなりゃしねえ……」

皇后「むしろレベル下がるっつうの……」

翌日──

~ 執務室 ~

皇帝「昨日決定しかけた、職人への成果助成金の件なのだが──」

大臣「はい、どうかなされましたか?」

皇帝「仕組みを精査せぬと、足の引っ張り合いなどが起こる可能性がある」

皇帝「そうなれば職人ギルド間で、重大な遺恨ができかねん」

皇帝「今一度、再考の機会を設けたいのだが……」

大臣「そうですな……」

大臣「たしかに、職人のモチベーションを上げる良案だと思いましたが」

大臣「職人同士の不和の種となってしまっては、本末転倒ですな」

皇帝「一度、職人たちから意見をくみ上げることも必要かもしれぬ」

大臣「承知しました」

大臣「時間を経たことで、見えなかったものが見えた、といったところですかな?」

皇帝「……うむ、まぁ、そんなところだ」

~ 宮殿内 ~

ある昼下がり、皇后はこんな会話を交わしていた。

貴婦人「皇后様はお顔もそうだけど、体型もスマートで羨ましいわ」

皇后「いえ、そんなことはありませんわ」

貴婦人「でも、お体が引き締まっておられるし、なにか運動でもなさってるの?」

皇后(運動……特にやってないけど……)

皇后「特に思い当たりませんわねぇ……」

貴婦人「ということは、天性のものですのね。羨ましいわぁ~」

皇后「…………」

~ 皇帝夫妻の寝室 ~

皇后「…………」ニヤニヤ…

皇帝「なにニタニタ笑ってやがんだ、気持ち悪ィな。投獄されてえのか」

皇后「あ!? 笑うぐらいいいだろうが!」

皇帝「笑ってるテメェは悪魔みたいなツラだからな。存在するだけで罪だ」

皇后「だれが悪魔だ!」

皇帝「ところで、なんで笑ってやがったんだ」

皇后「今日……スマートっていわれちゃってよ」

皇帝「ハァ~!? スマ~トォ!? お前が!?」

皇帝「養豚場で拾われた説もあるテメェがスマートはないわ」

皇后「んな説ねーよ! 死にてーのか、コラ!」

皇后「アンタこそ腹出てきてんじゃねーのか!? ポンポコタヌキさんみてーによ!」

皇帝「で、出てねーよ! 俺はちゃんと軍団長から剣の手ほどきとか受けてるし!」

皇帝「テメェとは親同士が仲良かったから、ガキの頃からの付き合いだが……」

皇帝「国同士の政略結婚じゃなきゃテメェみたいなブタと結婚してねーし!」

皇帝「このピッグ、ピッガー、ピッゲストが!」

皇后「だからいちいち比較級、最上級みたいにすんじゃねーよ! マイブームか!?」

皇后「こっちこそアンタと結婚するくらいなら」

皇后「ドブネズミと結婚した方がマシだったわ! 本気と書いてマジで!」

皇帝「テメェ……どうやら俺を本気と書いてマジで怒らせたいらしいな!?」

皇帝「うおおおおおっ!」

皇后「きえええええっ!」

ドタン! バタン! ドタン! バタン!

皇帝「ハァ、ハァ……」

皇后「ゼェ、ゼェ……」

皇帝「すっげえ疲れた……本気と書いてマジで」

皇后「1000キロカロリーくらい消費した気がする、本気と書いてマジで」

~ 街 ~

皇帝夫妻のパレードを心待ちにする市民たち。

ザワザワ…… ガヤガヤ……

市民A「うひぃ~! もうすぐ皇帝陛下ご夫婦の行列がやってくるな! 待ち遠しい!」

市民B「なんとか、一目だけでいいから見てみたいね」

少年「…………」ドキドキ…



ザワッ……!

市民A「おおおっ、来たぞ!」

市民B「お二人のいるところだけ、まるで別世界のような気品が漂ってるよ……」

少年(よ、よし……へいかたちにプレゼントわたすんだ!)

通りがかった皇帝夫妻の馬車に、少年が駆け寄ってくる。

少年「へいかー!」タタタッ

兵士「コラッ!」バッ

皇帝「む?」

少年「ぼくんち、おかし屋で、これはぼくんちじまんの新作チョコレートです!」

少年「どうぞ!」スッ…

兵士「皇帝陛下に近づくんじゃない! 子供だからとて許さんぞ!」

皇帝「まぁよいではないか。ありがたく頂いていこう」

皇后「フフフ、可愛いプレゼントですこと」

兵士「陛下がそうおっしゃられるなら……だが今度は許さんからな!」

少年「はいっ!」

「可愛いハプニングだな」 「皇帝陛下は優しいなぁ」 「俺もやればよかった……」

ワイワイ……

~ 皇帝夫妻の寝室 ~

皇帝「オイ」

皇后「なんだよ」

皇帝「さっき俺がもらったチョコレート、どこやった?」

皇后「ああ、食った。スゲーうまかった」

皇帝「オイ、なに勝手なことしてんだよ!? 後で食おうと思ってたのによ!」

皇后「うっせえな、いいじゃねえかよ。疲れたから、甘い物食いたかったんだよ」

皇帝「馬車に乗って手ぇ振ってただろが! なに仕事したつもりになってんだ!」

皇后「うるっせえな、毒味してもらったとでも思っとけよ」

皇帝「なにが毒味だ、毒みてーなツラしてるくせによ!」

皇后「誰が毒みてーなツラだ、失礼すぎんだろ、コラ!」

皇帝「テメェが俺のおやつのチョコ、食うからいけねーんだろうが!」

皇后「ったく国のトップのくせに、チョコ一個くれーでグチグチうぜえ……」

皇后「だったら名前でも書いとけ、ボケ!」

皇帝「名前なんか書いたって、どうせテメェは食ってただろうが!」

皇后「たりめーだ、こういうのは早い者勝ちなんだよカス!」

皇后「世の中の厳しさが分かったか? 皇帝陛下」ニヤッ

皇帝「最悪だわぁ~……マジ最悪だわぁ~……」

皇帝「これはもう、あれだ。処刑だわ、処刑するしかねーわ」

皇帝「その食い意地はったド汚ねえ口、二度と開けないようにしてやるよ!」

皇后「こっちこそ、その小さいケツの穴、二度と開かないようにしてやるよ!」

皇帝「うおおおおおっ!」

皇后「きえええええっ!」

ドタン! バタン! ドタン! バタン!

皇帝「ハァ、ハァ……」

皇后「ゼェ、ゼェ……」

皇帝「糖分が……欲しい……」

皇后「チョコレート買おうか……二人分」

~ 執務室 ~

外交問題について話し合う皇帝たち。

皇帝「……隣国との会談か」

大臣「はっ」

大臣「おそらく隣国は今回、貿易についてかなりの無理難題を仕向けてくるものかと」

皇帝「最近、隣国の態度はいやに強硬だな」

大臣「国力は我が帝国の方がもちろん上ですが」

大臣「帝国はだいぶ穏健に傾いてきておりますし──」

大臣「あとこれは、申し上げにくいのですが……」

皇帝「よい。申してみよ」

大臣「陛下がまだお若い、というのも関係しているかと……」

皇帝「なるほどな……」

皇帝「余は隣国の王に比べ、年も若く、経験も圧倒的に劣っている」

皇帝「低く見られるのも、やむをえんかもしれぬな」

皇帝「父母が早くに亡くなり、未熟ながら帝位につくことになった余ではあるが」

皇帝「余とてこの誇り高き帝国の皇帝としてのプライドは持っている!」

皇帝「隣国王との会談では決して怯まず、尻込みせず」

皇帝「帝国皇帝として、堂々たる態度で臨まねばならん!」

大臣「おおっ!」

大臣(そうだ……皇帝陛下とて名君の素質を持つお方なのだ!)

大臣(しかしながら、隣国王の迫力は凄まじいからな)

大臣(たくましい白ヒゲとその気性の激しさで“白獅子王”と呼ばれ)

大臣(大抵の人間は彼と目を合わせることすらできんという)

大臣(いかに相手の要求を少しでも抑えるか……という会談になるだろうな)

~ 皇帝夫妻の寝室 ~

皇帝「はぁ~……」

皇后「オイオイ、くせー息吐くんじゃねえよ。環境破壊する気かよ」

皇帝「あ!? ──ったくお気楽でいいよなァ、専業主婦はよォ!」

皇帝「俺はあっちの国やらこっちの国やらと気ィきかせんの、大変なんだよ!」

皇后「ああ、隣国との会談があるから、それでビビってやがんのか」

皇后「たしかに隣国は、アタシの母国と同じぐらいの国力を持つ国だし」

皇后「しかもあそこの王はおっかねえからな。ツラもライオンみたいだしよ」

皇后「アタシの父上も王だが、温厚な父上とはだいぶタイプが違う」

皇后「そりゃアンタみたいなひよっ子じゃ話にならんわなァ!」

皇帝「誰がひよっ子だコラァ!」

皇后「ひよっ子の上にチキンだしよ、もうどうしようもねえじゃん!」

皇后「なんなら皇帝辞めて、養鶏場にでも就職したらどうだ?」

皇后「ま、雇ってもらえるわけねーけど! ギャハハハハッ!」

皇帝「このアマ……!」

皇后「アンタみてーなケツの青い若造如きが、このデカイ国を代表するなんてのが」

皇后「そもそも、ちゃんちゃらおかしいわけで」

皇帝「んだとコラァ! 皇帝の重圧ナメンなよ、テメェ! 国背負ってんだぞ!」

皇后「んで重圧に押し潰されて、カエルみてえにペシャンコってわけか!」

皇后「アンタみたいなチキンカエル皇帝にゃ、お似合いの最期だわな!」

皇帝「好き勝手ほざきやがって……!」

皇后「やるか? ケガで会談欠席させてやろーか?」

皇帝「うおおおおおっ!」

皇后「きえええええっ!」

ドタン! バタン! ドタン! バタン!

皇帝「ハァ、ハァ……」

皇后「ゼェ、ゼェ……」

皇帝「落ち込んでたのに、なんでこんなことしなきゃならねーんだ……」

皇后「アタシが聞きたいっての……」

数日後、いよいよ隣国王との会談の日となった。

~ 帝国と隣国の国境 ~

大臣「あちらにある会場が、会談場所となります」

皇帝「ふ~む、なかなか洒落た建物ではないか」

大臣(……どういうことだ?)

大臣(もうまもなく会談だというのに、陛下は非常にリラックスしておられる)

大臣(まさか、隣国王をなめてかかっているのでは……)

大臣(いやしかし、いつも慎重な陛下に限って……)

皇帝「では、ゆこうか」ザッ

大臣「はっ!」

~ 会議室 ~

皇帝が中に入ると、すでに隣国王は着席していた。

隣国王「これはこれは……お待ちしておりましたぞ! 皇帝殿!」ギンッ

皇帝「…………」

大臣(ううっ! なんという迫力……! これが“白獅子王”か……!)

大臣(国力も、国としての格も、まだまだ我が帝国が上なのだが──)

大臣(そんなことは関係ないとばかりの態度だ!)

大臣(気負っていかねば、我が国の利権を一気に奪われることになりかねん!)キッ

皇帝「隣国王殿、今日はよろしくお願いします」ニコッ

隣国王「!」

大臣(まるで、友だちに挨拶をするようなほがらかさで……!?)

………………

…………

……

会談はおよそ四時間にも及んだ。

会談終了後──

隣国王「いやはや、有意義な時間を過ごさせていただきましたよ」ニィッ

皇帝「こちらこそ」ニコッ

皇帝「今後ともどうぞよろしく」

ガシッ……!

握手を交わす皇帝と隣国王。



大臣(無事終わった……)ホッ…

大臣(会談でも、陛下の弁舌が隣国王を一枚上回っていたといってよい)

大臣(まさかこんな結果になるとは……)

大臣(私は陛下の力をだいぶ過小評価していたようだ)

大臣(しかし、陛下にはまだ弟殿下という最大の政敵が残っているのだが……)

帰りの馬車で、“白獅子王”こと隣国王は皇帝をこう評した。

隣国王「フフフ、正直驚いたな。あの皇帝が、まさかあそこまでの器とは」

部下「とおっしゃいますと?」

隣国王「普通、大帝国の頂点に立てば、人は“自分が国を背負う”と気張るものだ」

隣国王「しかし、あやつは──」

隣国王「国を背負おうなどとは考えず、あくまで己を一個人と認識していた」

隣国王「ゆえにプレッシャーも少なく、適度な緊張感を保っていた」

隣国王「虚勢も張らず、委縮もせず……なかなかできることではない」

隣国王「ましてあの若さでな……」

部下「…………」ゴクッ…

隣国王「今日は叩き潰してやるつもりでいたのだが、逆にしてやられてしまった」

隣国王「しかし、不思議と気分は悪くない」

隣国王「まったく面白い奴が出てきたものよ」

隣国王「ワァッハッハッハッハッハ……!」

今回はここまで

よろしくお願いします

レスありがとうございます

修正
>>24
皇帝「馬車に乗って手ぇ振ってただろが! なに仕事したつもりになってんだ!」

皇帝「馬車に乗って手ぇ振ってただけだろが! なに仕事したつもりになってんだ!」

しかし、隣国との会談を無事終えた皇帝を、さらなる事件が見舞う。

~ 宮殿内 ~

大臣「大変です、陛下!」

皇帝「どうした」

皇后「どうなさったの?」

大臣「東の都市で反乱が起き、都市の一部が占拠されたとのことです!」

皇帝「反乱だと……!?」

皇后「それで……状況はどうなのですか? 都市の方々はご無事なのですか!?」

大臣「詳しいことはまだ不明ですが、死者や大きな怪我人は出ていないということです」

皇帝「分かった。すぐ軍団長も交え、会議を開く!」

皇帝「妃は部屋に戻っていてくれ」

皇后「かしこまりましたわ」スッ…

~ 執務室 ~

皇帝「軍団長、報告を頼む」

軍団長「はっ、反乱軍の規模はおよそ数百名」

軍団長「都市の役場や食糧庫といった要所を占拠しております」

皇帝「反乱軍を構成しているのは?」

軍団長「貧民層や少数民族の混成部隊とのことです」

大臣「東の都市にも常駐兵はいたはずだが……」

軍団長「完全に不意を突かれ、ほとんどが捕縛されてしまったようです」

軍団長「さらに、反乱軍は強力な刀剣で武装しているようで……」

皇帝「強力な刀剣……入手経路は分かっているのか?」

軍団長「事前にどこか武器庫を襲撃したのかもしれませんが、未確認です」

皇帝「ふうむ……」

皇帝(誰かが武器を渡した、のかもしれないな……)

皇帝「大臣、どうすべきだと考える?」

大臣「隣国との会談が終わったばかりですし、見せしめとして徹底的に叩き潰すべきです」

大臣「小規模とはいえ反乱を長引かせれば、周辺国に示しがつきませんからな」

皇帝「ふむ」

皇帝「分かった。とにかく早急に対処せねばならん」

皇帝「軍団長は軍を編成、大臣らはさらに情報を集めてくれ」

皇帝「余は少し部屋に戻る」ガタッ…

軍団長「はっ!」

大臣「かしこまりました!」

~ 皇帝夫妻の寝室 ~

皇后「ぷっ、ぶぶっ、ぷっ……」

皇帝「なにがおかしいんだ、テメェ!」

皇后「だ、だって……反乱って……」ププッ…

皇后「ようするに、アンタが気にくわないってことだろ?」

皇后「ついに来るべき時が来たっつうか……歴史の必然っつうか……ぶふっ!」

皇后「今まで起きなかったのが不思議なくれーだもんよ! ギャハハハハハッ!」

皇帝「笑ってんじゃねーぞ、コラァ! マジ大事件だぞ!?」

皇后「だって誰も起こさないならアタシが起こそうとしてたくれーだし。この部屋でよ」

皇后「そうすりゃ今回みたく誰かを巻き込むことなく、クーデター完成だ」

皇帝「んだとォ……!?」

皇后「ま、アンタはせいぜい自分の行いを反省してろや!」

皇帝「うっせーよ、ボケ!」

皇后「とりあえず、アンタをギロチンにかける役はアタシやっから!」

皇后「アンタの生首は、国中に晒してから生ゴミの日に捨てっから!」

皇帝「ざけんなよテメー! 国家反逆罪で反乱軍より先に死刑にすんぞ!」

皇后「やってみろゴラァ!」

皇后「反逆するにはそれなりの理由があんだよ!」

皇后「特にアンタみたいなクソがトップだとよ! 分かんねーか!?」

皇帝「このアマ……もう法に照らす必要なんざねー! テメェはここでブチ殺す!」

皇后「お、来いや!? 返り討ちにしてやんよ!?」

皇帝「うおおおおおっ!」

皇后「きえええええっ!」

ドタン! バタン! ドタン! バタン!

皇帝「ハァ、ハァ……」

皇后「ゼェ、ゼェ……」

皇帝「くそっ……アホやってる場合じゃねえ。すぐ戻らねーと」

皇后「とっとと行け、クソが。みんな待ってんだろが」

~ 執務室 ~

中座していた皇帝は、驚くべき結論を下した。

大臣「なんですと!?」

皇帝「うむ、一度話し合いの機会を設ける」

大臣「悠長なことを……! これはもう立派な反逆罪です! 内乱なのですぞ!」

皇帝「反逆するには、それなりの理由というものがある」

皇帝「ここで彼らを叩き潰せば、さらなる火種を生むことになりかねん」

皇帝「死者も出ておらず、反乱の規模がこの程度である今がチャンスなのだ!」

大臣「な、なるほど……」

ザワザワ……

皇帝(それに、落ちついて考えてみると──)

皇帝(ここで強硬策に出ると、彼らに武器を提供した者の思う壺になりかねない……)

………………

…………

……

それからまもなく──

~ 街 ~

「号外、号外!」 「皇帝陛下が反乱軍を無血鎮圧!」 「スピード解決!」



市民A「うひゅ~! すっげぇなぁ!」

市民B「うん……みごとに話し合いだけで解決したもんね」

市民B「さすが陛下、反逆者に理由を問うなんてビックリだよ」

市民B「おまけにだいぶ寛大な処分で済んだみたいだし……」

市民A「それに反乱軍も、誰かにそそのかされてたみたいだしな!」

市民B「結局、黒幕は分からずじまいか……いったいどこの誰だろう?」

市民A「そりゃあれだ、今の体制に不満を持ってる奴が仕組んだんだろ」

市民B「そんな奴いるのかい?」

市民A「そりゃいるだろうさ……。ま、これに懲りてもう諦めて欲しいけどな!」

~ 宮殿内 ~

弟「兄上め……うまく反乱をさばいたか」チッ

側近「はっ……」

弟「隣国との会談直後という微妙な時期でもあるし」

弟「必ずや反乱軍には強硬策を行使する、と思ったんだがな」

弟「そうすれば現状に不満を抱いている者は怒りと不安を覚え……」

弟「水面下で反皇帝の動きが広がり……」

弟「そこに武器を提供すれば、さらなる大反乱が起こり、ボクが付け入る隙が生まれる」

弟「……はずだったのだが」

側近「こうなった以上、この策を続けるのは難しいでしょう」

弟「ふん……こうなれば仕方ない」

弟「直接対決だ。このボクが自ら動いて、兄上を追い落とす!」

側近「しかし殿下……皇帝が強権を発動したら……」

弟「フフフ、心配はいらない。あの兄にボクをどうこうする度胸はないさ」

ついに表立って動き出した弟の影響で、帝国上層部のバランスが崩れ始める。

~ 執務室 ~

大臣「陛下……すでにご存じかと思いますが」

大臣「弟殿下が有力貴族や諸侯に、金品をバラ撒いているとの噂が……」

大臣「さらに帝国軍に赴き」

大臣「自分ならば兵士への待遇をよりよくする、などと吹聴しているとか……」

皇帝「……耳には入ってきている」

大臣「古今東西、どのような国の最高権力者にとってもいえることですが」

大臣「親族は最大の政敵にもなりえるのです! ここは厳しい処分を──」

皇帝「いうな、大臣」

皇帝「あれでも……血を分けた唯一の弟なのだ……」グッ…

大臣(陛下……)

~ 宮殿内 ~

側近「殿下、予想以上の効果です」

側近「皇帝陣営の動揺はかなりのものです」

弟「フフッ、当然だろう」

弟「しかし、兄上はなにも手出しできんさ」

弟「今でこそ名君だとかチヤホヤされているが──」

弟「遠い記憶だが、昔の兄上は烈火の如き燃えるような気性を持っていた」

弟「しかし、父上が死に、皇帝になってからはすっかり大人しくなってしまった……」

弟「あれでは帝国は弱くなるばかりだ!」

弟「成長する周辺諸国や、北方の異民族にもいずれ出し抜かれる!」

弟「皇帝という地位に慢心し、たるんでしまった兄上など、もはやボクの敵ではない」

弟「手を緩めるな! 一気に兄上を皇帝の座から引きずり下ろす!」

側近「はっ!」

~ 皇帝夫妻の寝室 ~

皇后「聞いたぜぇ?」

皇后「反乱軍の次は、弟さんに刃向かわれてるんだってな?」

皇后「まさに敵だらけだなァ! それでも皇帝かよ、ギャハハハハハッ!」

皇帝「うっせえ、黙れ! その薄汚ねえ口を閉じやがれ!」

皇后「しっかし、滑稽だなオイ」

皇后「仮にも国で一番偉い男が、実の弟に手も足も出ねーんだからよ」

皇帝「ンだとォ……!?」

皇后「ま、このままいきゃあこの国はあの弟さんのもんだろ」

皇后「したら、アタシも弟さんに乗り換えなきゃなァ」

皇帝「抜かせ、クソビッチが!」

皇后「ビッチだと!? 甲斐性ナシがほざいてんじゃねーよ!」

皇后「それとも弟が怖いってか!? ビビってんのか!? お兄ちゃんよォ!」

皇帝「怖くねーよ! ただ疎遠になってたしよ……ちょっと気まずいだけだ!」

皇后「だったらぶつかってみろや……どうせ大した能もねえんだからよ!」

皇后「あれこれ考えたって時間の無駄だっつうの!」

皇帝「外野のくせにギャーギャーうっせんだよ、テメェは!」

皇后「悔しかったら外野を黙らせるぐらいシャキッとしろ、タコが!」

皇后「いや、イカ臭えんだよ、アンタは!」

皇帝「このアマ……そんなに海の幸が好きなら、海に沈めてやる!」

皇帝「うおおおおおっ!」

皇后「きえええええっ!」

ドタン! バタン! ドタン! バタン!

皇帝「ハァ、ハァ……」

皇后「ゼェ、ゼェ……」

皇帝「くっそ、弟は逆らうし妻はもっと逆らうし……俺の家族はひどすぎる!」

皇后「そりゃこっちのセリフだ、ボケ!」

~ 宮殿内 ~

皇帝は弟に接触を試みることにした。

弟「二人きりで話をしたいだって?」

皇帝「ああ……」

弟「場所は?」

皇帝「玉座の間だ」

皇帝「あそこならば、兄弟で腹を割って話せるだろう?」

弟(なにを考えている……? まさかボクを暗殺するつもりでもあるまい……)

弟(反乱軍のようにボクを懐柔するつもりか? ……無駄なことだ)

弟(そうだ……これを機会に徹底的に兄上を言い負かしてやろう)

弟(そうすれば今後の展開がさらに有利になる!)

~ 玉座の間 ~

皇帝「単刀直入にいわせてもらう」

皇帝「弟よ、お前は近頃余の周辺を荒らし回っているようだな」

弟「これはこれは……荒らし回っているとは失敬な」

皇帝「お前が何がしたい? いったい何が目的なのだ?」

弟「さぁ?」

皇帝「先の反乱……反乱軍に武器を提供したのはお前か?」

弟「どうでしょうかねえ?」

皇帝「…………」

皇帝「お前は余から皇帝の座を簒奪するつもりか?」

弟「……だとしたら?」

皇帝(ここは……威厳を見せなければ!)

皇帝「ならば余は兄として、皇帝として、忠告する」

皇帝「これ以上放っておけば、今度こそお前の下らぬ策で死者が出てしまうかもしれぬ」

皇帝「今日からは容赦しない」

弟「…………!」

弟(く……怯むな! 兄上がボクに何かをできるわけないんだ!)

弟「へえ……どう容赦しないっていうんだ?」

弟「糾弾するか? 追放するか? 死刑台に送るか!?」

弟「やってみろ!」

皇帝「!」

弟「ボクは皇帝になって変わってしまったあなた──いやキサマなどに負けはしない!」

弟「この国を昔のような人々に畏怖された帝国に戻せるのは、ボクだけなんだ!」

皇帝「むむむ……」グッ…

皇帝(機先を制された……こうまでハッキリいわれてしまうと……)

弟「とはいえ、あなたはボクにとっても唯一の兄、お命を奪うのも忍びない」

弟「とっととボクに皇位を譲り、田舎にでも引きこもっていろ!」

弟「あのお美しい義姉(あね)と一緒に、二人きりで暮らすがいい!」

皇帝(うわ……田舎に隠居ってのはともかく、アイツと二人きりは絶対イヤだ)

弟「そうだ! なんならボクがあの人をもらってやってもいいか!」

皇帝「!」

弟「元は皇后も他国から嫁いできた高貴な身、“元皇帝”などとは釣り合うまい!」

皇帝(弟がアイツと、結婚……!?)

皇帝(マズイ……それだけは止めねばならん!)

皇帝(いくら政敵とはいえ、たった一人の弟なんだから……!)

ガシィッ!

弟の胸倉を掴む皇帝。

弟「う、うげっ……!?」ゲホッ…

皇帝「……いい加減にしろよ、テメェ」グイッ

弟「は、はなせ……!」

皇帝「なんでテメェはそうなんだ!?」

皇帝「母上が病で亡くなり、父上も後を追うように倒れ……俺は寂しかった!」

皇帝「だが、皇帝としてなんとかやってきた!」

皇帝「お前とは決して仲がいいとはいえなかったが、肉親として情を持っていた!」

皇帝「だからなるべく好きにさせといたが……」

皇帝「これ以上やるんならもう容赦しねえ……俺はテメェを止める!」

皇帝「どんな手を使ってもな……!」

弟「…………!」ゾクゾクッ

弟(このボクが、震えている……!?)

弟(鬼のような気迫だ……。か、勝てる気が……しない……)

弟(兄上は……変わっていなかった……。ただ表に出さなくなっただけなんだ……)

弟(それにしても皇后のことを口に出しただけで……)

弟(これほど怒りをあらわにするとは……)

弟(兄上はそれだけ深く……彼女を愛している、ということか……)

皇帝(しまった……! つい皇帝っぽい言葉づかいを忘れちまった!)

弟「フ、フフ……フフ……」

皇帝(まずい! こんな恫喝したことを世間にバラされたら──)

弟「反論、したいところ、だが……なにも言い返せないよ」

弟「震えが……止まらない……」

弟「まさか一対一で、こうも器のちがいを……見せつけられるとは……」

皇帝(なんの話だ? なにいってるんだこいつ?)

弟「兄上……。ボクは兄上ならば、帝国を強くできると分かった」

弟「これからは、弟として兄上を支える……!」ガクッ

皇帝「!?」

皇帝「そ、そうか……分かってくれて余も嬉しいぞ」

皇帝(急に素直になるなんて……絶対罠だろ、これ。怪しすぎる……)

その後、皇帝の心配とは裏腹に、弟の反皇帝運動は沈静化していった。

~ 宮殿内 ~

弟「義姉上」

皇后「あら……弟様、どうかなさって?」

弟「相変わらずお麗しい……」

皇后「まぁ、お上手だこと」クスッ…

弟「どうかこれからも、兄上を愛してあげて下さい」

弟「兄上があなたを愛しているように……」

皇后「……もちろんですわ」

弟「フフ……ではこれで」

弟(ボクは兄上と……あなたに負けたのですから……)

~ 皇帝夫妻の寝室 ~

皇后「さっき弟さんから話しかけられたが、なんかあったのか?」

皇帝「弟が? ああ、もしかしたらアレのことかな」

皇后「アレって?」

皇帝「この前、アイツがお前と結婚したいみたいなことを抜かしてたから」

皇帝「あんなゴキブリの下位互換みたいな女はやめとけ、って忠告しといたんだよ」

皇后「オイコラァ!」

皇后「女に向かっていっていいセリフじゃねえぞ、謝って取り消せ!」

皇帝「そういうセリフはな、お前みたいなクソブスがいっていいセリフじゃないから」

皇帝「せめて整形してからいうようにしろよ……いや整形しても無理か。というか無駄か」

皇后「んだとコラァ!」

皇帝「分かった分かった、あとでゴキブリに謝っておくわ」

皇后「アタシに謝れ、カス!」

皇后「マジで弟さんに乗り換えっからな!」

皇帝「テメェみてえな外道に、大切な弟は渡さねーよ!」

皇后「はァ? もしかしてブラコンか、アンタ?」

皇帝「ブラコン?」

皇后「オイオイ、ブラコンも知らねーのかよ……この無知皇帝は」

皇帝「し、知ってるから! え、と……ブラジャーコンプレックスだろ!?」

皇后「全然ちげえ! つか、なんでブラジャーが出てくんだ!」

皇帝「いや、貧乳すぎてブラジャーもつけられないお前を指した言葉だよ」

皇后「貧乳じゃねーし! バッチリ胸あるし! なんならさわってみるか!?」

皇帝「いや……乳首から毒液とか出てきても困るし」

皇后「出ねーよ!」

皇帝「もういい! とにかく勝負だ!」

皇帝「うおおおおおっ!」

皇后「きえええええっ!」

ドタン! バタン! ドタン! バタン!

皇帝「ハァ、ハァ……」

皇后「ゼェ、ゼェ……」

皇帝「弟とは仲直りできたが……テメェとは一生かかっても無理だな」

皇后「一生どころか一回死んで生まれ変わっても無理だ」






どうにか帝国内の平和を取り戻した皇帝と皇后。

しかし、そんな二人に最大の試練が訪れることになる──

今回はここまでです

~ 宮殿内 ~

兵士「大臣、大変な知らせが入りましたッ!」ザッ

大臣「どうしたのだ?」

兵士「北方民族が……南下を始めました! それもこれまでにない規模です!」

大臣「な、なんだとォ!?」



北方民族──

この帝国や隣国、皇后の母国などがある地方から、北に居を構える異民族。

気候風土はもちろん、文化や風習も帝国などとは全く異なる。

しばしば南下しては、帝国を始めとした周辺諸国を荒らし回ってきた歴史を持つ。

近年は穏健な人物が首長となり、大人しくなっていたと思われたのだが──

~ 執務室 ~

皇帝「北方民族……」

皇帝「今の首長となり、気質が穏やかになったと聞いていたが」

皇帝「あれは、こちらに隙を作るための偽情報だったということか」

大臣「はっ、このままでは帝国──いや、周辺諸国まで奴らに食い荒らされます!」

皇帝「…………」

弟「兄上、北方民族は北の厳しい大地で培った強力な騎馬兵団を持ち」

弟「武術や戦術も我々とはちがう」

弟「帝国軍だけでは、到底太刀打ちできない」

弟「隣国や皇后殿の故国はもちろん、周辺諸国に協力を仰がねば……」

皇帝「分かっておる」

皇帝「すぐに各国に檄文を飛ばすのだ!」

皇帝「北方民族には、我が帝国軍を中心とした“連合軍”で対抗する!」

大臣「陛下……」

大臣「おそらく陛下のご人望ならば、連合軍を組むことは可能です」

大臣「ですが、あの獰猛な北方民族に対抗できるほどに士気を上げるためには」

大臣「陛下自ら出陣し、先頭に立たねばならぬ場面もあるかと……」

皇帝「むろん、そのつもりだ」

皇帝「盟主である余が先頭に立ち、連合軍を鼓舞せねば、勝利はありえぬだろう」

弟「お待ち下さい、兄上!」

弟「もし兄上が倒れられたら、この国はどうなるのです!」

皇帝「もしもの時は……弟よ、余の後を頼んだぞ」

弟「兄上っ……! 兄上がいなくなったらボクはっ……生きていけません!」

皇帝「お前ならば、余がいなくとも大丈夫だ」

皇帝(俺がいなきゃ生きていけないとか、アイツは絶対いわないだろうな……)



大臣(外交もうまくいき、陛下も弟殿下と和解し、これからという時だったのに……)

大臣(今回の北方民族の南下……。まさに陛下にとっては最大の試練となるだろう……)

~ 皇帝夫妻の寝室 ~

皇帝「とまぁ、こういうわけだから、ちょっくら出てくらぁ」

皇后「おう、戦死してこいや」

皇帝「第一声がそれかよ!?」

皇后「帝国のトップらしく、最期くらい華々しく散れよ!」

皇后「アンタが死んだらバカ皇帝追悼式やっからよ、ド派手にな!」

皇后「花火打ち上げて、カーニバルして……一ヶ月はどんちゃん騒ぎだ!」

皇帝「ふざけんなよ、テメェ……!」

皇帝「絶対そんなことはさせねえ! させてたまるか!」

皇帝「北方民族を追い返して帰ってきたら──」

皇帝「真っ先にテメェの首を取ってやる! んで城門にさらす! 一生さらす!」

皇后「これから死ぬアンタにできるわけねーだろ!」

皇帝「俺はぜってー戻る!」

皇帝「テメェより先にくたばるなんて耐えられねえ! 悔しすぎる!」

皇后「ふん……死体になって帰ってきたら」

皇后「骨は砕いて海にバラまいて、鮫のエサにでもしてやっからよ!」

皇帝「俺をナメるなよ、クソアマ!」

皇帝「俺はテメェよりも一分一秒でも長く生きて」

皇帝「テメェが死んだら祝賀パーティーを開いてやるんだからよ! それが夢だ!」

皇后「やってみろ、コラァ! なんなら今ここでケリつけちまうか!?」

皇帝「上等だァ!」

皇帝「うおおおおおっ!」

皇后「きえええええっ!」

ドタン! バタン! ドタン! バタン!

皇帝「ハァ、ハァ……」

皇后「ゼェ、ゼェ……」

~ 街 ~

皇帝が軍団長とともに、軍を率いて出陣する。

ワァァ…… ワァァ……

市民A「うひぇ~! 皇帝陛下のご出陣だ!」

市民B「中央平原で他国の軍隊と合流して、北方民族と戦うんだったよね」

市民B「勝てるかなぁ……」

市民A「バッキャロウ! 皇帝陛下が負けるわけねえだろ!」

市民B「でも……相手が悪すぎるよ」

市民B「宮殿内じゃ、陛下の命ですでに陛下亡き後の準備もしてあるって聞くし……」

市民A「…………」



民衆に向けて拳を振り上げる皇帝。

皇帝「余は必ず勝って戻る! 安心していてくれ!」

ワァァァァァ……

皇后たちもまた、皇帝の出陣を眺めていた。

弟「兄上……どうか死なないで! 神よ、兄上に勝利を与えたまえ!」

皇后「…………」

大臣(これから最愛の夫が死地に向かわれるというのに……)

大臣(皇后様は落ちついておられる……なんという気丈な方だろうか)

大臣(本当は誰よりも辛いはずなのに……)

大臣「皇后様、陛下は必ず戻られますよ」

皇后「ええ」

皇后「わたくし、あの方を信じておりますもの」

皇后(さて、準備をしないと……)

~ 中央平原 ~

蛮勇を誇る北方民族に対抗すべく、各国軍隊が集結する。

皇帝「みんな、余の呼びかけに応じてくれてありがとう!」

皇帝「今回の戦いは、我が帝国や各国だけではない」

皇帝「この地方全ての平和を勝ち取るための戦いだ!」

皇帝「敗北は許されぬ!」

皇帝「恐れるな、皆には余がついておる!」



ウオォォォ…… ワァァァァ……

各国の王と、挨拶を交わす皇帝。

皇帝「これは隣国王殿!」

隣国王「あの会談以来ですな、ワァッハッハッハッハ……」

隣国王「ワシも“白獅子王”などと呼ばれる身、及ばずながら力になりましょうぞ」

皇帝「あなたが味方というのは、本当に頼もしいですよ」

さらに──

皇后父「ど~も」

皇帝「おお、義父上も来て下されたか!」

皇后父「なにしろ義理の息子からの呼びかけですからなぁ~」

皇帝「義父上こそ、王国ほとんどの兵を出してくれたようで、感謝しております」

皇帝(なんでこんないい人からアイツが生まれるんだか……突然変異か?)

軍団長(帝国はもちろん、周辺国全ての主力が集まっている……)

軍団長(あとは士気さえ上がれば、この戦……勝てるかもしれん!)

連合軍が北上を開始すると、まもなく北方軍と遭遇した。

~ 戦場 ~

皇帝「あれが……北方民族の軍隊か」

軍団長「どうやら連合軍を待ち受けていたようですな……恐ろしい余裕です」



首長「グハハハッ! キサマら軟弱民族に、策など不要よ!」

首長「ザコが集まってくれて好都合だ……まとめて片付けてくれるわ!」

ウオォォォ……! ウオォォォ……!



軍団長(ぐ……なんてことだ! 北方軍の士気はこちらを一歩も二歩も上回っている!)

軍団長(やはり陛下が先頭に出るのは危険すぎる!)

軍団長「陛下、下がって──」

皇帝「いや……ここで余が出ねば、連合軍の敗北が決定する!」

皇帝「皆の者、余に続けェ! 全軍突撃ィィィッ!!!」

軍団長「はいっ!!!」

他国の軍も、皇帝に呼応する。

隣国王「ふん、まさか本当に皇帝が先頭に立つとはな……やりおるわ」

隣国王「我が軍も帝国に負けておれんぞ、続けぇっ!」バッ

ウオオオォォォォォ……!



皇后父「よいか、みんな」

皇后父「可愛いわしの娘を未亡人にしてはならんぞ~い!」

ワアアアァァァァァ……!



「我が軍も突撃だ!」 「帝国軍を援護しろっ!」 「この地を守るんだ!」



馬にまたがり剣を手に、北方軍に突撃する皇帝。

皇帝「いざ参るッ!」ドドドッ

北方兵「バカじゃねーか、いきなり大将首が突っ込んできやがったぜ! 死ねやァ!」

皇帝「うおおおおおっ!」ビュアッ

ザンッ……!

北方兵「うぎゃっ!?」ドザァッ

皇帝「うおおおおおっ!」シュバッ

ザシュッ! ドバッ! ズシャッ!

皇帝の剣が、次々に敵兵を斬り飛ばしていく。



軍団長(つ、強い! 普段の穏やかな陛下とはまるで別人……!)

軍団長(これは単に武芸に優れているというだけではない……)

軍団長(皇帝陛下はケタ外れの闘争心を持っておられる!)

軍団長(しかし、あの宮殿生活の中、どうやって闘争心を培ったのだろうか……?)



皇帝「うおおおおおおおおおおおっ!!!」

ズバシュッ……!

一方、宮殿では──

メイドA「陛下が出陣してから、皇后様はずっと寝室にこもりっきりね」

メイドB「きっと陛下の無事を祈ってらっしゃるのよ」

メイドA「ちなみに弟殿下は祈願に滝浴びをしすぎて、ひどい風邪をひいたそうよ」

メイドB「あんなに仲が悪かったのに、今やすっかりブラコンね」

メイドA&B「オホホホホホ……」



皇后「こんなこともあろうかと、異国から仕入れていてよかった……」

皇后「この大量のワラ人形と五寸釘で、アイツをあの世に送ってやる!」

皇后「きええええええっ!」ガンガン!

皇后「きええええええっ!!」ガンガンガン!

皇后「きえええええええええっ!!!」ガンガンガンガンガン!

~ 戦場 ~

皇帝「ぐっ……!」ズキッ…

皇帝(伝わってくるぞ、あの女の呪いが! 怨念が! 殺意が!)ズキズキ…

皇帝(今この世で誰より俺の死を望んでるのは、北方民族じゃない)

皇帝(あのクソアマだ!)

皇帝(北方民族の強さや獰猛さはやっぱり予想より凄まじいし)

皇帝(ここが俺の死に場所か、と覚悟を決めてた部分もあったが──やっぱゴメンだ!)

皇帝(あの女より先に死ぬのはまっぴらだ! 絶対生き残る!)ギロッ

皇帝「死んで……たまるものかァ!」

皇帝「余には皇后がいるのだからァ!!!」

皇帝「うおおおおおおおおおっ!!!」ビュアッ

北方隊長「わ、わわっ!」

ザシュッ!

皇帝「北方軍の隊長一人、余が討ち取ったりィ!」バッ

ウオオォォォォ……!

……

…………

………………

連合軍と北方軍の戦力は拮抗し、戦争は十日以上にも及んだ。



そして、ついに──

首長「ぐうう……一気に決めるはずが、こうまで手こずるとは……!」ギリッ…

首長「奴らがここまでの力を持っているとは、誤算だった……! もう兵糧もない……」

首長「……全軍退却だ! 馬はこちらの方が速い!」

ワァァ…… ワァァ……



軍団長「おおっ、退却していく……」

軍団長「やりましたよ、陛下! 連合軍の勝利です!」

皇帝「あ、ああ……」ボロッ…

皇帝「北方民族は我らの反撃になすすべなく、逃げ帰った!」

皇帝「連合軍の大勝利だ!」

皇帝「各国軍隊のみんな、よくやってくれた!」

皇帝「ありがとう……!」

皇帝「本当にありがとう!」

ワァァ…… ワァァ……



隣国王「ワァッハッハ……この短い間で、すっかり周辺国のリーダーになってしまったな」

皇后父「義父として鼻が高いですわ~い」

こうして連合軍は解散し、それぞれがそれぞれの国に帰った。

~ 宮殿 ~

大臣「陛下、おめでとうございます! ご無事でなによりでした!」

弟「兄上こそ真の英雄です! ……くしゅんっ!」

皇帝「ありがとう、二人とも」

大臣「ではさっそく、盛大に陛下の凱旋式を──」

皇帝「いや……まずは妃に会いたい。どこにいる?」

大臣「おっと、そうでしたな」

大臣「皇后様はこの二週間、ほとんど寝室から出てこられませんでしたが」

大臣「おそらく寝室で陛下をお待ちしているはずです」

皇帝「すまぬな」ザッ…

弟(真っ先に皇后殿のもとに向かうとは……)

弟(やはり、兄上は皇后殿を深く愛しておられるのだな……)

弟(なんだか嫉妬すら感じてしまうよ……)

弟「ハーックション!」

~ 皇帝夫妻の寝室 ~

皇帝「……残念だったな、戻ってきちまったぜ」

皇后「……ちっ」

皇帝「つか、なんだこの部屋!?」

皇帝「ワラ人形だらけじゃねえか! 釘が刺さりまくってるしよ!」

皇后「くっそ、呪いは通じなかったか」

皇帝「しかも、『祝・皇帝戦死』なんてド派手なパネルまで作りやがって!」

皇后「せっかく手作りしたのに台無しになっちまった」

皇后「どっかのバカがのこのこ逃げ帰ってきたせいでよォ!」

皇帝「逃げてねえし! 戦ったし! わりと活躍したし! つーか勝ったし!」

皇后「あ~あ、ったくつまらねえ結末になっちまった」

皇后「国もみんなも助かって、アンタ一人だけ死ねば最高だったのによ」

皇帝「ほざいてろ!」

皇后「あ~あ……」ポロッ…

皇帝「あ……? なに泣いてんだ、テメェ」

皇后「く、悔し涙だよ! アンタが生きて帰ってきちまったから……」グスッ

皇帝「う……」ポロッ…

皇后「アンタこそ……なに泣いてんだよ?」

皇帝「あ、これは……テメェの悔しがる姿を見れた、嬉し涙だよ!」グシュッ…

皇后「…………」ポロポロ…

皇帝「…………」グシュッ…

二人の目から大粒の涙がこぼれる。

皇帝「うっ……」グスッ

皇后「う、くっ……」グシュッ…

皇帝「うおおおぉぉぉぉ~~~~~~んっ!!!」

皇后「うわあぁぁぁ~~~~~~んっ!!!」

皇帝「うおおおおぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~んっ!!!」

皇后「うわわぁぁぁ~~~~~~~~~~~~んっ!!!」

皇帝「うおおおぉぉぉ~~~~ん! うおおぉぉぉぉぉ~~~~~ん!!!」ガシッ…

皇后「うええぇえ~~~ん! うわあぁぁ~~~~~~~~ん!!!」ギュッ…

うおぉぉぉ~ん…… うええぇぇ~ん……





二人は抱き合ったまま、完全防音の部屋でいつまでも泣き続けた……。

………………

…………

……

時は流れ、十年後──



~ 宮殿前広場 ~

ワァァ…… ワァァ……

皇帝「本日は帝国式典を存分に楽しんでくれたまえ」

皇后「皆さまの元気なお姿を見られて、大変嬉しいですわ」



市民A「うひょ~! 皇帝陛下はすっかり貫禄がついたな!」

市民B「皇后様だって、さらに美しさと気品に磨きがかかってきた感じだ」

市民A「それに、ついに弟殿下が帝国軍単独で北方民族を追い払ったしな!」

市民A「弟殿下があそこまで策略に長けていたとは驚きだぜ!」

市民B「帝国はもしかして、これからが最盛期といえるのかもしれないね……!」

ワァァ…… ワァァ……

~ 皇帝夫妻の寝室 ~

皇帝「テメェ、コラァ!」

皇帝「さっき退場する時、わざと俺の足踏んだだろ! いてぇだろうが!」

皇后「あ!? アンタこそ、手ェ振る時、どさくさ紛れにアタシの頭叩いたろうが!」

皇帝「脳みそが故障してるみたいだから、直そうとしてやったんだよ!」

皇后「ほざくな! アンタは全身が故障してんだろが! ポンコツ皇帝がよ!」

皇帝「やんのかコラァ!」

皇后「来いよ! 今日こそ三途の川渡らせてやんよ!」

娘「ちょっと、ちょっと」

娘「二人とも、いい加減にしてよね! いい年してみっともない!」

皇帝&皇后「!」

皇帝「う、ぐ……」

皇后「むむ……」

娘「ほら、仲直りの握手」

皇帝&皇后「はい……」ギュッ…

皇帝(この憎きクソアマの股から出てきた娘……なのに)

皇后(この憎きクソヤロウのオタマジャクシだった娘……なのに)

皇帝「可愛いよぉ~! さっすが俺の娘!」ナデナデ…

皇后「可愛すぎる~! さすがアタシの娘!」ナデナデ…

娘「はぁ……」

娘「あたしがしっかりしないと……この国は滅ぶわ」

皇帝「じゃあパパと、お風呂入ろうか?」

娘「イヤよ!」

皇后「じゃあママと、お絵かきする?」

娘「いい! あたし勉強する! ジャマしないでね!」プイッ

皇帝&皇后「そ、そんなぁ……」

皇帝「くっ、娘が俺になびかないのはテメェのせいだ!」

皇后「だからほざくな! アンタのせいに決まってんだろうが!」

娘「あ~また始まった……!」



──────

────

──

皇帝夫妻の一人娘は、後に次代皇帝“女帝”として帝国に君臨することとなる。

そして、北方民族との和睦や、他国同士の戦争の仲裁など数々の偉業を達成し、
“仲裁女王”の異名を残すまでになる。

しかし、彼女はこれらの偉業を成すたび、こう笑ったという──



「あの二人を仲裁するのに比べれば、なんてことないわ」



“あの二人”とは誰を指すのか?
彼女自身の口から語られることは一切なかったため、
今もなお歴史家の間ではさまざまな説が流れている。

なお、その中の一説に『女帝の両親が、“あの二人”なのでは』というものがあるが
女帝の父母は帝国史屈指のおしどり夫婦だったとして有名であり、
この説は俗説の域を出ていない。





                                 ── 完 ──

以上でこの物語は完結となります

読んで下さった方
レス下さった方
ありがとうございました!

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年07月01日 (水) 11:45:26   ID: X0tQ5S7L

これはなかなか面白かった

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