少女「あの話は、ハッピーエンドだったよ」
真っ白い少女は、寂しげに笑った。
なんだか諦めたみたいな笑顔だった。
『どうだろう? 僕には解らないや』
少女「黒猫は愛する人と生きる喜びを得て、初めて本物の生を持ったんだ」
微笑みを浮かべたまま少女はその、白くて細い手首にナイフで切り裂いた。
ここは夕暮れの河川敷で、薄汚れたコンクリートの橋の下。
上には電車が音を立てて走っている。
周囲の状況を確認。
余りに現実離れした目の前の光景に僕は、そんな事しか出来なかった。
夕日に照らされた茜色のコンクリートを染めているのは目が痛くなる程鮮やかな赤。
白い少女と対照的な真紅。
凄惨な筈のこの光景を。
僕は、一枚の絵画のように美しいと感じていた。
少女「驚いた? 」
声が出なかった。
少女「私、死なないんだ。 いや、違う。 私、死ねないんだ」
少女「それこそ、あのお話の黒猫みたいに、刺そうが、切ろうが、沈めようが、締めようが」
少女「きっと、ミキサーにかけても、数時間もすればこの形に戻るよ」
『黒猫みたいに、か。 君はどちらかと言うと、白猫だと思った』
少女「君は鋭いね。 そうだよ、私は白猫なんだ」
また彼女は微笑んだ。
唇を僅かに歪め、目を細めるだけの寂しげで控え目な笑み。
少女「童話のような終わりなら良かったんだけどね」
少女「こっちの黒猫は、諦めきれなかったんだよ、白猫との蜜月の時が」
少女「死にきれなかった黒猫は、二度と離れる事の無いように探しました」
少女「会える筈の無いのにね」
少女「結果的には、白猫によく似た相手を見つけては、生き損ないを作っては勝手に失望して、棄てる」
桁を見間違えてた。 死にたい。
少女「私はそんな白猫のなり損ない。 ねぇ、なんで私はこんな話をしたと思う?」
すっかり日が暮れていた。
少女「あなたが優しそうだったから」
少女「そして、貴女の周りに、二人の白猫候補が居るから」
少女「君は、きっと守りたいと言うよね」
『うん』
少女「なら、守ろう。 私も手伝うよ」
『何故?』
少女「生きた振りをするのにも飽きてしまった、からかな」
少女「だから――」
『うん』
続き、頼んでも良いかな?
少女「君の同級生の‘女’。 それに君の‘妹’。 彼女たちが白猫の候補だ」
少女が言うには、この二人が似ているらしい。
どちらも目の前にいる少女とは容姿も性格も似ても似付かない。
少女「大事なのはそこじゃあないんだ」
妹「兄さん、この方は?」
節目がちの妹が僕と少女を交互に見る。
少女「いきなり訪ねて済まない。 貴女の兄さんとは古くからの友人でね。 先程偶然街で会った時に、盛り上がってしまったんだ」
妹「……そう、なんですか」
妹、そんな目で見ないでよ。
僕だってこの話に着いて行けている訳じゃあないんだ。
黒猫じゃなくてトラ猫だった。
百万回読み直してきます。
妹は、両親をうまく誤魔化してくれたみたい。
よくできた妹だと思う。
そんなこんなで夜更け。
白い少女は僕の部屋にいる。
少女「君はなかなか眠らないんだね」
『寝つきは良い方だけど。 年頃の女の娘が同じ部屋にいるからね、緊張もするよ』
ベッドに身を預けている僕を、学習机の椅子に腰掛けた少女はじっと見つめていた。
少女「そう」
少女は短く答えると、僕を観察する作業に戻った。
観察日記でも付けるつもりなんだろうか?
もし宿題なら、提出された先生はびっくりするだろう。
冴えない男子高校生の観察日記なんて、どれだけ寛容な先生だろうと「よくできました」とは言えないだろうし。
少女「眠った?」
うん、殆ど。 返事をするのが億劫なくらいには。
少女「じゃ、さっきの約束守るから」
少女の手には大きなナイフ。
山菜取りに行った時に、お婆ちゃんが持ってた奴みたいだ。
確か鉈だったっけ? 細い木なら切り倒せるって言ってたな。
少女「じゃ、おやすみなさい」
振りかぶられた鉈。
それは真っ直ぐに額に振り下ろされた。
柘榴みたいになっちゃうんだろうな。
死んじゃう直前にこんなこと考えるなんて。
なんだか面しろ――。
ぐちゅ。
少女「慣れないわね、いつも」
少女「石榴みたい」
その日は朝から嫌な気分だった。
ニュースはどの局も先日起きた事件を放送している。
男子高校生が自宅で頭をかち割られたっていう、イカレた事件。
何の面識もなけりゃ、事件現場の近くにさえ行ったことはない。
『ったく、変な夢だぜ』
見た事ない部屋で、見た事ない雌餓鬼に頭かち割られるなんてな。
『ったく、気分悪りぃな』
仕事を終えて、家に帰る途中。
晩酌用に肴を買おうかとコンビニに寄ると、夢の中に出てきた雌餓鬼が居やがった。
少女「こんばんは、お時間良いですか?」
『あぁ、別に』
気味が悪りぃ、そう思う。
筈なのに、なんだこの感情。
後頭部がぼんやりとするような多幸感。
こいつ、なんかしやがったのか?
ねる。
続き頼んでも
―――よか?――
少女「貴方には私が必要。 違う?」
『はぁ?』
電波系って奴か。 気味が悪いな。
少女「私には貴方が必要なの」
少女の細い指先が、顎先に触れた。
何も考えられない。
脇腹に刃物が突き刺さっている。
痛い。
なる程、そういうこ――。
少女「そう」
少女「いくら経っても、何回しても」
少女「この感触は慣れない離れない」
少女「ごめんなさい」
少女「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
少女「あぁ……」
少女「……そう」
頬を濡らすのは雨だろう。
顔を上げられない理由は――。
少女「泣いている訳では無いよ」
おっぱい
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