男「ちょっと不思議な話×3」(26)
『口』
男「なんだ、これ……?」
朝、目を覚ますと部屋の壁に『口』があった。
口「…………」
それは明らかに人間の『口』だった。歯もずらっと並んでおり、舌もある。覗き込むと喉の奥もちゃんとあった。
男「何でこんなのが僕の部屋に……?」
不思議と不気味には感じなかった。だから暇人な僕はしばらくそれを観察する事にした。
口「…………」ニヤニヤ
男「笑ってるのかな、この口……それにしてもなんか黄色い歯だな。ちゃんと歯磨きしてんのか、お前?」
口「…………」ニヤニヤ
男「って、耳もないから聞こえる訳ないし、そもそも手もないから歯磨きなんて出来る訳ないか」
男「あ、そうだ。確か夜食に買っておいたパンが鞄に……あった、あった」
僕はパンを千切って、『口』の中に入れてみた。『口』は動き、美味しそうにそれをよく噛み飲み込んだ。
男(ふむ、こいつにも食道があるのか。食べた物は何処にいくんだろ?)
口「…………」モグモグ
男「よく食べるな。しかし何だか餌付けしてる気分になるね、これ」
口「…………」ボソッ
男「ん?」
男(今何かを呟いた様な……)
口「…………」ボソッ
男(やっぱり何か呟いてる……もしかしてパンのお礼言ってるのかな?)
男(しかし全然聞こえやしない。もう少し近づくか……)
口「…………」
ベロン……
男「うひゃあ!?」
口「クックックッ」
男「こいつ、いきなり舐めた真似してくれるな……」
頬を舐められた僕は気分を害して部屋を出た。そして顔を洗う為に洗面所に向かった。
男「あっ!」
洗面所の鏡を見て、僕は思わず声を上げた。なぜなら舐められた頬に壁にあったのと同じ『口』があったからだ。
口「クックックッ」
僕の本来の『口』とは別の『口』はあの壁の口と同じ様に、曇った笑い声を漏らし続けていた。
<『口』 おわり>
『ドリーム・ガール』
友「おい、男よ。俺はどうやら恋をしてしまったらしい」
男「ほほう。お前にもついに春が来たのか。それで誰に恋をしたんだ?」
友「聞いて驚くなよ。実は夢の中の女の子に恋をしたんだ」
男「…………」
友「そんな冷めた目で見ないでとりあえず話を聞いてくれ」
男「分かった。とりあえず話だけは聞いてやろう」
友「実は俺は最近、寝る度に同じ夢を見るんだ。風の吹く草原の中に俺は立っていて、それを遠くから離れた女の子が見ているんだよ」
男「同じ夢を見続けるなんて事があるのか?」
友「俺も不思議なんだが見るものは見るのさ。そして夢の中では俺は動く事は出来ず、ただ離れている女の子を眺める事しか出来ないんだ」
友「最初の内は気味が悪かったんだが、その女の子を眺めている内に……いつの間にかその子の事を好きになっていたんだ。自分でも馬鹿な事だと思うけどな」
男「成る程ね。しかし言っては悪いがそれは叶わぬ恋だぞ。もっと現実を見ろよ」
友「分かってるけど……ああ、今夜も彼女の夢を見るのかな?」
男(これは重症だな)
…………
友「おい、男よ。俺は気づいたぞ」
男「気づいたって何を?」
友「例の夢の中の女の子だよ。あの子、少しずつなんだが俺に近づいて来てる」
男「近づいている?」
友「ああ、夢の中だから最初ははっきり分からなかったけど、確実に俺と彼女の距離は縮まっているのさ。しかも向こうは俺に笑顔を向けている」
友「俺は相変わらず動けないが……もしかしたらそのうち彼女に触れられるかもしれないぞ」
男「まあ所詮は夢の中の話だ。あまり熱中するなよ」
友「ああ、早く彼女に触れたいよ」
…………
友「悪いが今日はもう寝させて貰うぞ」
男「早いな、また夢の中の女の子に会いに行くのか?」
友「実はその子はもう俺の目の前に来て俺に向かって手を伸ばしているんだ。今日はとうとう彼女の手が俺の頬に触れそうなんだよ。そう考えると早く眠りたい」
男「まったく……所詮は夢だというのに」
友「それじゃあ俺は寝かせて貰うぞ。おやすみ」
男「ああ、おやすみ」
…………
男(寝室から友の叫び声が聞こえたのはそれから10分ほど後の事だ。俺は慌てて友のいる寝室へと向かった)
男(そこには白目を向いたまま泡を吹いて倒れている友の姿があった。寝室には友以外に誰もいなかった)
男(友の首には誰かが力いっぱい絞めた手の跡が残っていた。手の跡は小さく、それは子供か女の物である様に俺には見えた)
<『ドリーム・ガール』 おわり>
『鏡』
男(ある日の朝、僕が何気なく『鏡』を見ると『鏡の中の僕』がニヤリと微笑み『現実の僕』を見つめていた。『現実の僕』は笑っていないのに、だ)
男(その微笑みはまるで僕を見下す様で、僕を馬鹿にする様で、僕を否定する様で……そんな嫌な微笑みだった)
男(最初、僕は自分が幻覚を見ているのかと思った。だけど何度見ても『鏡の中の僕』は『現実の僕』を笑っている。見つめている。そしてそれが見えるのは僕だけの様で家族や友達には笑っている『鏡の中の僕』の姿は見えないのだ)
男(世の中には僕の姿を映し出す『鏡』はたくさんある。そしてその『鏡の中の僕』はみんな、あの嫌な笑みを浮かべて僕を見ている)
男(いつしか僕の精神は徐々に『鏡の中の僕』に犯されていた)
男「見るな……見るな……そんな目で僕を見るな!!」
男(僕は家中の『鏡』を全て割り、捨てて、暗い部屋の中に閉じこもっていた。外に出るのも怖かった。何処に『鏡』があるか分からないから)
女「大丈夫?」
男(そんな僕を心配して、彼女が僕の部屋を訪れた)
男(僕のやつれた姿を見て彼女は大分驚いていたが、それでも僕を優しく抱きしめてくれた)
女「怖がらなくても大丈夫よ。私は彼方の味方だから」
男(僕も彼女を抱きしめる。そしてお互いに見つめあう)
男「…………………あ」
男(だけど僕はそこで気づいてしまった)
男(彼女の瞳の中に……笑っている……僕がいる事に……)
男(僕は無意識にポケットの中のペンを掴んだ)
<『鏡』 おわり>
以上です。おやすみなさい。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません