P「俺の担当アイドルが・・・・自殺?」(317)

発端はおそらく、ダンスレッスンと遠征の仕事を詰め込みすぎたがのが原因の靱帯断裂。

しっかり治療すれば、治る怪我だった。

しかし、時期が悪かった。アイドルの頂点を決めるイベント、アイドルアカデミー大賞。その受賞を決定付けるフェスの前にそれが起きた。

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今年中に結果を出さなければ契約を破棄するという話だったが、それでも、それでも。

まだまだ別の生き方はいくらでもあったはずなのに、彼女がこの世を去ることになった決定的な理由。

それが彼女の遺書の中にあった。

「プロデューサーの期待に応えられなくて、ごめんなさい。あれだけ手をかけてくれたのに、あれだけ私に期待をしてくれていたのに、ごめんなさい。こんな役立たずな私で、ごめんなさい。何もお返しできなかった。受賞をして、プロデューサーに誉めてもらいたかったのに、こんな私で、ごめんなさい。」

俺は彼女に絶えずこう言っていた、「お前ならできる」「まだまだ、お前の力はこんなもんじゃない」「周りはお前以上に頑張ってる、これだけで自分が頑張ってると思うな」

彼女は元から弱気で、そんな自分を嫌ってアイドルを目指していた。担当することになった俺の言葉を何でも素直に聞き、裏で自主練も相当やっていただろう。そんな、自分を周りに認めさせたいからこそ生まれるストイックさに、俺はつけ込んだ。

彼女が限界を超えてるのは頭のどこかでわかっていた。それでも自分の名誉のために、彼女を商売道具として割り切った。まさか、自分の命を絶ってしまうとは夢にも思わなかった。

俺の言葉が彼女を追い詰めた、彼女を殺したのは、俺だ。

葬式には、出させてもらえなかった。当然か、親族に謝罪に赴いた時は、罵詈雑言の嵐だった。マスコミはエサに飛びつくように取り上げた。彼女のファンや友人達には徹底的に叩かれた。

事務所の人達からは「お前のせいじゃない」「あまり気負うなよ」と言ってはくれたが、俺を見るその目は犯罪者に向けるそれだった。俺が彼女を酷使させていたのをリアルタイムで見ていたのだから、そうなるだろう。

言うまでもなく、もうそこに俺の居場所は無かった。まもなく退社届けを出して、無職になった俺はパチンコと酒に入り浸る毎日だった。

そんなある日、行きつけのバーで独りで飲んでいた時に声をかけてきた人がいた。

??「君、確かP君と言ったかな?あの一件以来、すっかり名を聞かなくなってしまったと思っていたら、こんなところにいたとはね」

P「人気アイドルを殺したプロデューサーは、こんなところで酒飲んでないで刑務所に入っとけ、と言いたいのですか?」

??「いやいや、そんなことは言わないさ。数々のアイドルを表舞台に送り出した君に、前から興味を持っていてね」

P「俺はただの、自分の名誉しか考えてない。人殺しプロデューサーですよ」

??「あれは残念だったね。君がプロデュースしていたあの娘は、とても輝いていた。あの娘を一目見ただけで、プロデューサーである君の力量は凄まじいものだとわかる」

P「俺がやったことと言えば、彼女のやる気を利用して、逃げ場を無くして追い込んだだけです」

??「本当にそれだけなら、アイドルとプロデューサーの間にあれだけ深い絆ができるはずがない」

P「・・・・」

??「君は優秀なプロデューサーだよ、少しばかり引き際を見極めるのに難があるようだが。それも、今考えれば、彼女のためだったんじゃないかね?」

P「違います」

??「違わないだろう?彼女の意思の強さを前に、止められなかったんじゃないのかね?」

P「どちらにせよ人殺しに変わりありません」

??「もう、自分を責めるのはやめたまえ。自分の過失を自虐的に変換しても何も変わらない」

??「もう、悪人を演じて生きるのはやめて、前を見て生きたまえ」

P「俺にできるのは、金が尽きるのを待って死ぬだけです。身寄りもありませんから」

??「死んであの娘に償えるものなんて、今の君には無いだろう」

P「!!」

??「ありがちな言い草になるが、それは逃げだよ。もし本当に償いたいなら、前を見て探すことだ。生きていればいずれ見つかるかもしれない」

高木「私は高木と言う。芸能事務所の社長をやっていてね、生きるためには職が必要だろう。もし生きて償う方法を探したいならいつでも来なさい。歓迎するよ」

そう言った後、席を立ち店を後にした。よりによって今の俺を芸能事務所に誘うなんて、何を考えているんだ、あの人は。

P(酒、不味くなっちまったな。痛いところを突かれたな、こればっかりは酒じゃ忘れられそうにない)

そのことはどんなに振り払っても、頭から離れることは無かった。
気付けば、765プロダクションを訪ねていた。

自分の弱さにはつくづく嫌気が差すが、小さな光が見えてしまった。見てしまったからにはもう、それにすがることしかできない。

高木社長は笑顔で迎えてくれた、自分を雇って下さいと頭を下げる人殺しの肩に、手を置いてくれた。

高木「じゃあそのように、明日は事務所のみんなに君を紹介しよう」

P「すみません、わがままを聞いてくださって」

高木「いや、君にプロデューサー業をやれと言うのは酷というものだ。事務も立派な仕事だよ。じゃあ明日から、頼むよ」

P「はい」

次の日事務所の人達の前で紹介をしてもらった。アイドル専門の芸能事務所らしく女の子が十数名、事務員の先輩が一人、あとはプロデューサーが二人。本当に小さい事務所だ。

P「よろしくお願いします」

小鳥「仕事は私が責任持って教えますから、安心して下さいね」(事務員の後輩キタ!これを逃す手はないわ小鳥!ちょっと目に生気が無いけど、顔はなかなかだし!)

律子「これで私達のプロデューサー業に集中できる時間が増えそうね」

2P「そうですね、小鳥さんだけでは捌き切れないのは僕たちがプロデュースと兼任してたし」

P(若いプロデューサー達だな)「音無さん、早速始めましょう」

小鳥「また、音無さんですか・・・・はぁ。それでは主な作業はーー」

ごく普通な事務作業。電話応対、書類整理、雑務を挙げればキリが無いがこれぐらいなら俺でもすぐに慣れるだろう。

それからは特に変わりない日々が続く。償いの方法なんて、こんな変哲もない仕事を続けるだけでは見つかりっこないと気付くのは、惰性のように働くのが日常になっていたころだった。

死ぬ気力もない、ただ入社と退社を繰り返す日が二年続いたある日。

早いとこ挿入部分終わらして会話主体のssにしたいです。
とりあえず今日はこれで、パッと思いついたのを書くだけなので他作と被ったりしたらごめんなさい

(導入部分だって思うな……)
挿入は小鳥にしてあげればきっと悦ぶの!

>>23
恥ずか死にそう。
小鳥さんの処女の行方は書いてる人にもわかりません。

P「お待たせしてすみません、社長」

社長「いや、仕事中にすまないね。ちょっと話があるんだが」

何かポカでもしただろうか・・・・と思ったところで、仕事のミスの心配をしている自分に何とも言えない感情を抱く。

P「なんでしょう」

社長「君がここに来てからもう二年経ったね。何か、変わりはあるかい?」

P「いえ・・・・気付けば、変えようという意思も無くなってしまいました」

社長「ふむ、大分重症のようだね。どうかね、君のための荒療治を用意したんだが、受けてみないかな?」

P「荒療治、ですか」

話が見えてこない。社長はどうも話を回り道させたがる。

社長「君に、ある女の子をプロデュースしてもらいたい」

P「・・・・本気ですか?」

社長「もちろんだ、君もこのまま本来の目的を見失って生きるわけにはいかないだろう」

P「・・・・」

社長「はっきり言う、君の今の目は死んでいるも同然だ。せっかく生きることを決めたのに、それじゃあ意味が無い」

わかってはいる、このまま時間だけを進ませていても何も変わりはしない。ただ、変えようという気力がわかない。
実際、今社長の言葉を前に、何の思案も浮かばない。この提案を受けようか受けまいか、どちらの天秤もピクリとも動かない。

社長「まぁ、少し急な話だったから、考える時間も必要だろう。君がやってくれるとあれば、の話だが。担当するであろう女の子のプロフィールを渡しておくよ」

P「はい・・・・ところで社長、不安には思わないのですか?」

社長「君に、プロデュースをさせることをかね?」

P「そうです」

社長「前にも言ったがね、君のプロデューサーとしての能力は素晴らしいものだ。君がやってくれると言うのであれば、喜んで任せられるよ」

P「・・・・返事は、あまり期待しないでください。ではこれで、仕事に戻ります」

アイドル達はもちろん、プロデューサーの二人ももう今日は戻ってこないだろう。音無さんも社長もさっきの話が終わった後には帰っていった。

まだ仕事は残っている。普通にやっていればとっくに終わっている仕事だ。それでも、一日をできるだけ長く仕事に割り当てるためにのんびり進めている。どうせ帰っても寝るぐらいしかやることはない。

作業の片手間に先ほど受け取った茶封筒に視線を移す。

どんな娘だろうか、ふと疑問に思ったが目を通す気にはなれない。

俺も一応この事務所の人間だ、所属しているアイドルの顔はみんな覚えている。しかしその娘達の担当はあの二人がしているはずだ。だとすれば・・・・?

そういえば一ヶ月ほど前に新しい候補生の話を聞いた気がする。その娘のプロデュースに本腰を入れるという話なのだろうか。

あの二人に、もう一人を担当するような余裕は無いから現状で担当できるのは俺だけ。

俺がやることで社長への恩返しができるならやるべきなんだろうが、なにぶん俺には前科がある。

それにブランクも無視できない、一度は天職だとも思った仕事だ。それなりにプライドを持ってしまってもいる。もしやるなら失敗はしたくないし、失敗という結果になればあの人の期待を裏切ってしまうことにもなる。

P「・・・・期待?」

思わず声に出して繰り返してしまう。これが期待されるということなのだろうか、もうすぐ三十路に入ると言うのに今さら初めてリアルに感じたかもしれない。

この期待から、俺は今逃げようとしている。あの娘は、あの小さく華奢な身体で俺の期待を受け止めていたのに。

そんなことを考えていると、今日の作業は終わってしまっていた。後は事務所を閉めるだけ。

この事務所には小さいがレッスンルームなるものがある。そっちも完全に閉められているか確認しようとしたときーー

明かりが点いていて中からスキール音が聞こえる。もうこの事務所には自分しかいないものだと思っていたから、少し寒気がした。

一体誰が?おそらくダンスの自主練でもしてるんだろうが、もう時間は十一時になろうとしている。

とりあえず声をかけて注意しようとドアを開ける。そこにはジャージ姿の少女がいた。

??「っ!?」

ドアが開くガチャリという音に、まるで小動物のように体をビクリと反応させている。まん丸になった目と目が合う。

見知らぬ顔だ、この少女が例の候補生だろうか。事務所に出入りしているんだから顔ぐらい見たことあるはずだが、どうにも俺は必要なとき以外は人の顔を見ないらしい。

それにしてもさっきから小柄な体を縮めこむようにしている姿が何とも愛くるーー

??「ななななな、な、何よアンタ!この私をびっくりさせるなんていい度胸してるわね、入ってくるならノックぐらいしなさいよ!!」

ビシッと指を突き付けられる、さっきの姿にリスとかハムスターを連想したが違った、今の姿はまるで小猫が毛を逆立てているようだ。

P「こんな時間まで何やってるんだ」

??「ふん、見ればわかるでしょ」

P「こんな時間まで、どうしてここにいるんだ」

??「ちょっと集中し過ぎちゃっただけよ、すぐ帰るわ」

そう言うとタオルで汗を拭きながら荷物をまとめ始める。

??「はぁ?あ、続きは家でかしらね」

P「まだやるつもりなのか?」

??「何よ、あんたまだいたの?」

P「どこぞの小猫が入り込まないように閉めないといけないからな、それより質問に答えてくれ」

??「・・・・やるって言ったらやるのよ、文句ある?」

声が少し枯れ気味なのに気付いた。発生練習もしていたのだろうか。

P「いつからやっていたのか知らないが、今日はもう帰ったらすぐに寝ろ」

??「ムカッ、なんでただの事務員のあんたに命令されなきゃいけないのよ!」

一応俺のことは知ってるのか。

??「それに、まだ大した数やってないわ。まだ完璧じゃないとこを修正しないといけないの」

P「一度に多くを積んでも簡単に崩れる。上を目指したいなら少しずつ丁寧に積み上げた方がいい」

??「そんなことしてたらあっという間に周りに置いていかれる!」

ーーお前がそうやって休んでいる内に周りはどんどん上に行っているぞーー

??「今のままじゃまた落とされるわ!」

ーー今回のオーディションでまた落ちてしまったら、もう次はないと思えーー

??「こんなところでつまづいていられないのよ、あの人達と対等になるまでは!」

ーー認められたいんだろう?それなら後先考えずに我武者羅になれーー

少女の放つ言葉の後に、一々俺があの娘に投げかけた言葉が心の中でリピートされる。

似ていた、自分の存在を示そうとするその姿が。強い意思を持った目が。そして、今にも壊れそうな儚さが。重なってさえ見えた。

ただ違うのは、この少女は自分で自分を追い込んでいる。自分の力だけで掴もうと走っている。盲目的に、その先が崖だとわからずに。

??「はぁ・・はぁ・・・・馬鹿らしい、何であんたなんかにこんなこと言わなきゃいけないのよ。あーもう、あの腐れ審査員のせいだわ!・・・・準備も出来たし、もう帰る。そこをどいて」

審査員って・・・・オーディションのことか、まだ候補生なのに勝手に活動しているのか。

P「お、おい君!このまま帰る気か?親御さんの連絡先は?迎えに来てもらった方がいい」

俺の横を通り過ぎようとする少女は、それを聞くとビシッと指を突き付けてーー

伊織「・・・・私は水瀬伊織よ!あんたみたいな奴は普通は呼ぶことも叶わない名前だけど、特別に教えといてあげる」

今日はこれで
やけに上昇志向の強い伊織さんに仕上がってますね。
まぁでも二次創作だといおりんって大体こんな感じ・・・でもないのかな

これからも火曜日は毎週更新します。他の日もするかも。

伊織「それと、迎えならもう外に待たせてあるわ」

そう言うとツカツカと事務所の外に出て行ってしまう。

外に目を向けると黒いリムジンが見えた。あの少女はと言うと、スーツに身を包んだ老人に開かれているドアから車内に乗り込んでいる。

その状況に唖然としてしまったが、まだ言い残したことがある。急いで事務所を出て少女が乗っている側のガラスをノックする。

サイドガラスが下がっていくと、少女が怪訝そうな顔でこちらを見ていた。

伊織「何よ」

P「風呂入った後には、ちゃんと身体ほぐすんだぞ」

伊織「・・・・もしかしてそれだけ?私にはね、専属のマッサージ師が付いてるの。出していいわよ」

リムジンはその声に従って走っていった。

事務所の中に戻ると茶封筒の中の紙を取り出していた。

氏名:水瀬伊織

顔写真はさっきまで目の前にいた少女の顔と同じ、そしてようやく水瀬という性の持つ意味を思い出す。

そうか、水瀬財閥の・・・・。通りで現実離れした生活しているわけだ。しかしなんでそんなお嬢様がアイドルを目指しているんだろうか。

ーーこんなところでつまづいていられないのよ、あの人達と対等になるまでは!ーー

先ほどの言葉を思い出す、金持ちの気まぐれでは無いようだ。

考えもそこまでに事務所を閉める。大分遅くなってしまったが、自宅には歩いて行けるほどだ。普段と変わらない歩幅で家に向かう。

一通りやることを終えて布団に突っ伏している。今日はやけに疲れた、正直まだどうするか決めかねている。

・・・・

・・・・・・

・・・・・・・・

ーー私、人の前に立つと緊張しちゃって頭の中真っ白になっちゃうんですーー

P「あぁ、こうやって俺に話をしてくれるようになるまで大分かかった」

ーーす、すみません・・・・こんなだからまともに友達もいなくて、こんな私が・・・・嫌いですーー

あいつが、俺が死なせてしまった少女が目の前にいる・・・・どうしてお前がここに?
言おうとするが声が出ない、自分の意思と反対に俺は違う言葉を繰り出す。

P「だから、アイドルに?」

ーーはい!私、歌と踊りが好きで、何度か人の前でやる機会があったんですけど凄く気持ち良くて!それで、私を表現できるのはこれだ、って思ったんですーー

P「歌って踊るだけがアイドルじゃない、たくさんの人との繋がりがとても大切な世界だ。それでもできるか?」

ーー私の歌と踊りをみんなに見てもらえるなら、私をみんなに見てもらえるなら!何だってやれます!ーー

その姿はやはり、先ほど見た水瀬伊織のそれとよく似ていた。

それまで担当してきた娘達とは明らかに違う、彼女のこの目を見た時から。
俺はどんなに嫌われたって構わない、ただ絶対にこの娘をアイドルの頂点に連れて行く、そう誓った。それがこの娘の幸せになると信じて疑わなかった。

P「わかった。そうなるように、一緒に頑張ろう」

ーーはい!ーー

もうこの笑顔は戻ってこない、俺のせいで。

繰り返させたくない、水瀬伊織は一人でも闇雲に突っ走ってしまうだろう。崖に落ちないように、雲を払ってあげなければいけない。
後押しは必要無い、むしろたまに立ち止まらせた方がいいぐらいだ。その役目は、俺にあるのかもしれない。

ーープロデューサーがプロデューサーでよかったです。えへへ、プロデューサー、だいす・・・・やっぱり、それを言うのは大賞を受賞した後にしますーー

目が覚める。寝ぼけた状態では一瞬何が起きているのかわからなかったが、どうやら夢を見ていたらしい。

完全に目が覚めるまでには決意は固まっていた。

いつもの時間より早く家を出る。今日は出社する前に行っておきたい場所があった。

P「お邪魔します」

あの娘が眠っている墓地に来ていた、平日の早朝とあって周りに人は誰もいない。

親族とは極力鉢合わせになりたくないのでここに来るのはこの時間にしている。もし会おうものなら追い返されてしまうだろう。

随分キレイにされている、花も新鮮なものだ、この状態はいつ来ても変わらない。それだけ親族から深く愛されていたんだろう。

墓石の前で手を合わせる。

俺がまた誰かをプロデュースするって言ったら、お前は止めるだろうか。

それとも笑顔で見守っててくれるだろうか。できることなら見守っていてほしい、というのは虫が良すぎるな。

チャンスをくれるだけでいい。お前に道を踏み外させたのは俺だ。そしてそんな俺の前に今、道なんてお構いなしに、目の前は崖かもしれないのに、自分一人で猛進してるやつがいる。

性格は真逆だが、根の部分はお前とそっくりだ。そいつをなんとか崖の前で踏みとどめられるように、付き添ってやりたいんだ。

まぁ、言ってもそいつとはまだ少し会話をしただけなんだけどな、どうにもお前が重なって見えたんだよ。

じゃあ、いつも急に来て一方的に話しかけるだけでごめんな。邪魔した、もう帰るよ。

そこまで心の中で語りかけると、立ち上がり一礼して出口に向かう。最初は抵抗もあったが、今では手を合わせれば不思議と言葉が出て来る。

今後のプランについて考えを巡らしながら事務所に向かっているといつも出社する時間に着いた。

P「おはようございます」

事務所には忙しなく電話に向かって話している2Pと、書類とにらめっこしている秋月。

P「すまん、社長はもう来てるか?」

律子「あ、おはようございます。社長室にいると思いますよ」

P「そうか、ありがとう」

律子「いえいえ、社長と内緒話でもされるんですか?」

P「そんなところだ」

律子との話もそこまでに社長室のドアをノックする。

高木「入りたまえ」

P「失礼します」

部屋に入りドアを閉める。背筋が伸びてしまうのはこの人の前だからなのか、今から言わんとしている事の重大さからなのかはわからない。

高木「君か、昨日の件は考えてくれたかね?」

P「はい」

もうここで告げてしまえば後戻りは出来ない。俺は、もう一度ーー

P「やらせてください、自分に」

高木「お、おお!やってくれるか!良く決意してくれた、ありがとう」

P「はい、結果はどうなるかわかりませんが全力を尽くします」

高木「うんうん、細かいことはこの際問うまい。君のその言葉が聞きたかったよ」

高木「では、水瀬君のプロフィールには目を通しておいてくれたかな?」

P「はい。それと、昨日少しですが話をしました」

高木「そうか、ちょっと気難しいところもあるが、大変魅力のある娘だ。頑張ってくれたまえ」

高木「それと申し訳ないんだが、事務の作業はこれからもやってもらうが、構わないね?」

P「一人当たり5、6人担当してるあの二人に比べれば、どうってことはないでしょう」

高木「うむ、あの二人は本当に良くやってくれているよ」

全員を中堅と言われるほどにまでしているから、かなり優秀な部類に入るだろう。

高木「女の子達と同様、君達プロデューサー陣も互いに互いを高めあっていっておくれよ」

P「はい」

高木「じゃあ水瀬君が来次第、私から説明を入れるとしよう。それからの活動については君に一任するよ」

高木「ふむ、他のみんなにも一応伝えておこうか」

社長と一緒に部屋を出る、音無さんももう出社していた。

高木「三人とも聞いてくれるかい?」

三人が社長に視線を集める。

高木「候補生だった水瀬君の担当をP君にやってもらうことにした。事務の作業も引き続きやってもらうから君達にあまり影響は無いだろうが、耳にいれておいてくれたまえ」

小鳥「えぇぇぇっ!!」

な、なんだなんだ、急に椅子から飛び上がったぞ。

律子「ど、どうしたんですか小鳥さん」

小鳥「プロデューサー業もやるってことは・・・・外回りの仕事もやるってことです、ヨネ?」

P「まぁ、そうなりますね」

小鳥「きゃあああああ!!」

絶叫している、いよいよ怖くなってきた。

小鳥「そ、そんなぁ・・・・」(最近じゃPさんとの休憩時間やお昼のひと時が一番の楽しみなのにぃぃぃぃ)

律子「自分の世界に入っちゃった小鳥さんは置いといて、事務員殿はプロデュースの経験はあるんですか?」

P「あぁ、前の職場でちょっとな」

2P「へぇー、事務員さんって自分のことあんまり話さないから、なんか新鮮ですね」

小鳥「あ、あのっ!Pさん!!」

P「なんですか?」

小鳥「たたたたたまには、お昼食べに戻ってきたり・・・・コーヒー飲みに休憩しにきてくださいね」

P「いや、そんなずっと外にいるわけじゃないですから。毎日は無理でもこれからもご一緒できると思いますよ」

小鳥(ここここれは・・・・告白?愛の告白?本当に?信じていいの?どどどどどうしよう、どうしたらいいの!?)

律子「あーあ、また自分の世界に・・・・じゃあ私はちょっと出てきます。お互い頑張りましょうね、プロデューサー殿」

それぞれが自分の仕事に戻っていく、音無さんはまだ放心してるが・・・・。

とりあえず俺は伊織が来るまでやれることはやっておこう。

今日はこれで
一週間おきなら大丈夫とか思ってたけどストックがゴリゴリ削れる削れる

作業をキリのいいところまで進めて事務所を出て、以前プロデューサーをしていた時の知り合いを訪ねていく。

アイドル専門のトレーナーやレコード会社、ラジオ局や出版社など。幸い俺がまたプロデュースをすることに協力的でいてくれた。
伊織にもそれなりに興味を示してくれたし、実際に会って好感が得られれば仕事も入ってくるだろう。

事務所に戻る頃には四時を過ぎていた。もうそろそろ伊織が学校を終えて来る時間だろうか。

伊織「ちょっと、水瀬伊織ちゃんのお出ましよ。ボケーっとしてないで、挨拶の一つぐらいしたらどう?」

P「あぁ、お疲れ様」

事務作業の続きをしていたら伊織が来ていた。仕事してるのを理解してもらえないほど悲しいものはないな・・・・。

P「昨日はあの後ちゃんとすぐに休んだか?」

伊織「さぁ、どうかしらね?」

ニヤリとしたり顔を浮かべている。なんとなくこいつの性格がわかってきたな。

P「社長から話があるそうだ、行ってくれ」

伊織「聞いてるわよ、そのために来たんだから。そろそろデビューの話を頂きたいところねー、にひひっ♪」

社長室に鼻歌混じりに向かっていく。二人の話が終われば俺にもお呼びがかかるだろう。

まもなく社長がドアを半開きにして手招きしてくる。

P「失礼します」

高木「うむ。水瀬君、彼が君の担当プロデューサーのP君だ」

伊織「って、ただの事務員じゃない。こんなやつで本当に大丈夫なの?」

高木「彼はここに来る前はプロデューサーをやっていたのだよ。きっと君の力強いパートナーになるはずだ」

伊織「ふーん・・・・昨日も甘っちょろいこと言ってたし、なーんか頼りないのよね」

高木「まぁまぁ、そのうちわかるさ。じゃあ君、水瀬君を頼むよ」

P「はい」

伊織「まさかアンタが担当になるなんてね。まぁ、プロデューサーという立場に免じて昨日の無礼は見逃してあげる」

社長室から出ると伊織に見覚えのないことを言われる。

P「何か無礼なことをしたか?」

伊織「ノックもせずに入ってきたこよ。もし私が着替え中で、この美しいボディを見ようもんならアンタ、今頃そこら辺のゴミ溜めに突き刺さってるわよ」

確か更衣室があったはずだが・・・・ゴミ溜めに突き刺さるのはごめんだな。

P「今後気を付けよう。じゃあ、手始めにミーティングといこうかな」

デスクの近くに椅子を持ってきて伊織を座らせ向かい合う。

P「最初に言っておく、アイドル活動が嫌になったらいつだってやめていい。俺にもこの事務所にも責任を感じなくていい」

伊織「なっ」

律子「ちょ、ちょっと!!なんてこと言うんですか!?」

先ほどまでホワイトボードを眺めていた秋月が突っかかってくる。

律子「伊織は担当が決まるまで自主的に、懸命に準備をしていたんですよ!?なのにそんな出鼻を挫くような言い方っ」

P「秋月」

律子「何か言い分でもあるんですか!」

P「伊織は俺の担当だ。プロデュースの方針は俺が決める」

律子「っ!」

小鳥「ま、まぁまぁ二人とも、少し落ち着きましょうよ、ね?」

わたわたと手を動かして律子を制止している。相当怒らせたかなこれは、今までは割とうまくやれてたんだが初っ端からこれか。

伊織「律子、別に心配はいらないわ」

律子「伊織?」

伊織「私は自分の目的を果たすためにここにいるの、ここをやめるときはそれを果たしたときよ」

律子「・・・・声を荒げて、すいません」

P「いや、自分の担当外の、まして候補生の様子も把握しているなんて中々できることじゃない」

律子「・・・・私はこれで。伊織、頑張ってね」

そう言うと外に出ていってしまった、なんとかフォローになったかな。
音無さんも『喧嘩はダメですよ!』と言って自分の仕事に戻っていった。

P「ふぅ、思わぬ地雷を踏んでしまった」

伊織「アンタがつまらないこと言うからでしょ、さっき律子に言ったのがアンタの言葉に対する答えよ」

P「それでも頭の片隅には置いといてくれ、まぁ堅苦しいのはこの辺にしよう。趣味とかはあるのか?」

確かプロフィールには盆栽と茶道ーー

伊織「海外旅行よ」

P「プロフィールの内容と違うな」

伊織「それはアイドルとしての水瀬伊織ちゃんの設定よ」

P「なるほど、でも出来ないのにそう設定したとしたら問題だぞ」

伊織「私ってばエリートだから、基本的に何でも出来ちゃうのよねー、にひひっ♪」

P「それは頼もしい。海外のどこによく行くとかあるのか?」

伊織「しょっちゅうどっかしらに行ってるからどこを贔屓してるってことはないわね」

伊織「そういうアンタはどうなのよ、海外行ったことないってことはないわよね?あったら笑っちゃうわ」

P「いや、ないな」

伊織「マジ?笑えないわ・・・・」

P「色々あるんだよ、うさぎちゃん抱えたお嬢様と違って」

伊織「何よそれ皮肉のつもり?それにこの子はそんな名前じゃないわ」

P「なんて名前だ?」

伊織「教えたくない・・・・っていうか話脱線しすぎ!アンタ、前に担当してたアイドルに海外ロケの一つや二つとってきたことないの?」

P「俺がやってたのはマネージャーじゃなくプロデューサーだからな、さすがに海外までは付き添えない」

伊織「ふーん・・・・この事務所、マネージャー雇える余裕あるの?」

P「厳しいだろうな」

伊織「てことはプロデューサーであるアンタが私の使いっ走りってことよね、感謝しなさい」

P「まぁそんな気はしてたさ」

伊織「早いとこ海外の仕事持ってきなさいよね、そこでもアンタをこき使ってやるんだから」

小鳥(ふふ、伊織ちゃんったらプロデューサーがついたことがよっぽど嬉しいのね。こうやって同僚の会話を聞いてると仕事を忘れちゃうわよねー、ピヨピヨ)

P「やけに海外に思い入れがあるんだな」

伊織「だってアイドルとなると休みはあんまりとれないし、仕事でぐらいじゃないと行けないじゃない?」

伊織「それに海外のメディアにも露出したアイドルとなれば、あの人達にだって・・・・」

後半はやけに声を細くしてかろうじて聞き取れるほどだった。

P「あの人達?」

伊織「え?・・・・な、何でもないわよ!」

度々出てくるフレーズだな・・・・あの人達って。

P「まぁ、まずは海外の仕事任されるぐらいにならないとな」

伊織「そんなの、あっという間よ」

P「昨日はオーディションに落とされたって嘆いてたみたいだが」

伊織「なっ!?・・・・あ、あれは」

??「おはようございまーす!」

何やら元気な声が入り口から聞こえてくる。

真「あれ、伊織に事務員さん。二人で何話してるんですか?」

小鳥(あれ?真ちゃん?私はスルー?)

P「ミーティングだ」

真「え?なんで事務員さんが伊織と?


伊織「真、こいつは確かに使えない事務員だけど、私のプロデューサーでもあるのよ」

君の担当は使えない事務員ってことになるけどそれでいいのかい。

真「駄目だぞ伊織、そんなこと言っちゃ。でも伊織も晴れてデビューが決まったんだね」

伊織「そうね、すぐにアンタ達に追い付いてやるわ」

真「自信タップリだなー。あ、そういえば春香と雪歩はもう来てる?」

伊織「さぁ?見てないわね」

小鳥「春香ちゃんと雪歩ちゃんならさっき来てレッスンルームに入っていったわよ」

真「本当ですか?うーん、結構待たせちゃったかな」

小鳥「何かあったの?」

真「いやまぁ、補習っていうかなんていうか・・・・あはは」

小鳥「ふふ、お疲れ様。二人とも待ってるわよ、早く行ってあげて」

真「ハイ!あ、伊織も一緒に自主練やらない?三人でやるつもりだったんだけど」

伊織「わ、私はアンタ達と違って自主練なんかやらないのよ!」

真「なんだよ、つれないやつだな。ま、アイドル活動お互い頑張ろうな、伊織」

とびきりの爽やかフェイスでそういうとレッスンルームの方へ行ってしまった。

P「一緒にやればいいだろう、菊地はダンスが得意だし色々教えてもらえることもあるんじゃないか?」

伊織「無いわよ・・・・そんなの」

P「なんだ、自分より上手いやつとやるのが恥ずかしいのか」

伊織「そんなんじゃないわよ!もう、うっさいわね」

図星か。

P「じゃあミーティングはこれで終わり。スケジュールは後日渡す、今日はもう上がっていいぞ」

伊織「そう」

残りの作業を片付けているのだが、一向に伊織は帰る気配を見せず雑誌を読んで過ごしている。途中、オレンジジュースを買いに行かされる始末だ。

P「帰らないのか?」

伊織「そんなの私の勝手でしょ」

一瞥もくれずに言い捨てられる。そこから会話は生まれず、作業を進めていると

春香「あー疲れたー、真先生のダンス講座はハードすぎるよ」

雪歩「うん、私もついてくのに精一杯」

真「へへー、いい汗かけたねー」

自主練を終えた三人がレッスンルームから出てきて少し話し込んだ後

雪歩「伊織ちゃんは帰らないの?」

伊織「ええ、私のことは気にしないでいいわよ」

春香「最近いっつもそうだよねー、そんな遅くまで残って何やってるの?」

伊織「い、いいでしょ何でも。ほら、遅くなる前に帰りなさいよ」

春香「うわっとと、ちょっと押さないでよー。あ、事務員さんお先に失礼しまーす」

そう言って帰っていった。にしても伊織はまだいるつもりなのか?

P「おい伊織・・・・あれ?」

さっきまでそこにいたんだけどな・・・・まぁ、大体行動は読めるが。

思ったとおりレッスンルームにいた、とりあえずノックして入る。

P「今からやるのか?」

伊織「そうよ」

P「伊織ぐらいお嬢様なら自宅にこの部屋より立派なのがありそうなもんだがな」

伊織「あるに決まってるでしょ、とびきり豪華なのが」

P「じゃあなんでわざわざここでやるんだ?」

伊織「いいでしょ別に」

P「身内に頑張ってるとこ見られるのが恥ずかしいのか?」

伊織「なっ!?アンタねぇ、さっきから適当なことばっかりーー

P「まぁ自宅で無理にやることもないが、仲間の前では恥ずかしがることなんてないんだぞ」

伊織「・・・・」

P「伊織?」

伊織「別に、アンタに言われたからじゃないけど、たまにはそうする」

P「そうか」

P「少し話は変わるんだがな」

伊織「何よ」

P「お前がここ一ヶ月にエントリーしたオーディションを調べさせてもらった」

伊織「それで?」

P「ゴールデンの歌番組の出演権やドラマの主役級を狙ったものばかりだった」

伊織「当然でしょ、出来る人間は仕事を選ぶのよ」

P「そもそもお前、持ち歌はあるのか?」

伊織「社長に言ったらくれたわ」

どこまでも破天荒なやつだな。

P「その事はいいとして、はっきり言う。お前はまだそんなオーディションで戦えるほどの力は無い」

伊織「な、なんですってーー!?」

P「まずは経験、ポッと出の新人にそんな大役任せられるほど甘くない」

P「次にネームバリュー、ゴールデンタイムは色んな世代がテレビを見ている時間だ。マイナーはいらない、誰もが知ってる顔があるからこそ数字が取れる」

P「最後に実力、本当に力があるなら箸か棒には引っかかってるもんだ」

伊織「最初の二つはまぁいいとして・・・・私に実力が無いって言うの!?」

P「じゃあ見せてくれよ。俺じゃ本格的な指導は出来ないが、一人でやるよりマシだろう」

伊織「一々ムカつくわねアンタ・・・・いいわ!その目が節穴だって思い知らせてあげる」

CDを投げ渡される。これをかけろということなんだろう、大人しくCDプレイヤーで再生させる。

音楽が始まると表情は引き締まり、中々様になっている。かなりテンポの速い歌のようだ、ダンスもそれだけ激しい。

それを難なく踊り、歌っている。声もそれなりに出ているし、一ヶ月前まではただの素人だったと言えば驚かれるほどだろう。

伊織「どう?これでも実力は無いかしら?」

特に目に付くミスは無く歌い終えると挑発的にそう話す。

P「正直驚いたな、誰か指導してくれる人がいたのか?」

伊織「パパは私の活動に協力的じゃないから、とりあえず自分で一番高い奴を雇ったんだけど」

伊織「なーんか高慢でムカついたから首にしたわ、それ以降は独学よ」

P「そうか、大したもんだ。だが一つ気になったことがある」

P「お前はバックダンサーにでもなるつもりか?」

伊織「どういう、こと?」

P「踊りに気が傾き過ぎてる、ただ歌うのと歌いながら踊るのじゃ全然違う」

P「まず届けなきゃいけないのは歌声だ、お前はアイドルなんだから。動きを大きくしすぎて声が跳ねてしまっている箇所がいくつかあった」

P「踊りを完璧にしていいのは飽くまでも歌を完璧に歌える範囲内でだ・・・・と、これが俺の気付いたところだな」

伊織「・・・・どうすれば」

P「ん?」

伊織「どうすれば改善出来るの?」

P「簡単なのは動きを小さく抑えることだ」

伊織「難しいのは?」

P「声が跳ねてしまうのは動きをブレーキし切れてないからだ、体幹をしっかりしたものにすればキレ良く踊ることが出来る」

伊織「教えなさい!体幹を鍛えるにはどうすればいいの?」

P「俺も専門家じゃないからな、それも含めその他もろもろは俺の知り合いのトレーナーに任せる」

伊織「いやよ、そういう類の人間はプライドの塊みたいなやつばっかりなんだから」

お前もその類の人間だろう、というのは言わずにおこう。

P「その人は大丈夫だよ・・・・じゃあ、俺が見てやれるのはこのぐらいか、俺は戻るぞ」

と、部屋から出ようとするとシャツの袖の部分を引っ張られる。

伊織「待って!こんなモヤモヤした状態じゃ身が入らないじゃない!何でもいいから・・・・教えてよ」

この目・・・・見る度に思い出してしまう。なんとかしてあげたい、力になってやりたいと思ってしまう。

P「わかった、じゃあ簡単なものだけな」

伊織「何よ、あるなら最初から言いなさいよね」

コロコロ態度の変わるやつだな。何個かすぐに出来るものを教え、後は自分の仕事に戻る。これ以上付き合うのはさすがにマズい。

P「あんまり無理するんじゃないぞ」

伊織「うっさい、早く行きなさいよ」

まぁ、言っても聞かないのはわかってたけど。部屋を出てデスクに戻る。
今までは時間を潰すために仕事を長引かせていたが、これからは時間を作るために仕事を切り詰めないといけなくなるだろう。

律子「あの、Pさん」

P「ん?」

作業を進めていると律子が神妙な面持ちで話しかけてくる。

律子「今朝は、本当にすみませんでした」

P「それはもう終わったことだろう」

律子「そう、ですね。さっき少しレッスンルームを覗かせてもらいました」

P「そうか、同業者に見られるのはちょっと恥ずかしいな」

律子「あはは、Pさんでも恥ずかしいと思うことがあるんですね」

P「そりゃ、人間だしな」

律子「つい昨日まではちょっと近寄り難い人って思ってたんですけど、今のあなたはとても生き生きしていて、別人みたい」

律子「ううん、あなただけじゃなく、伊織も凄く楽しそうだった」

P「楽しそうにしてるようには見えなかったが」

律子「それは、Pさんが男だからですよ」

律子「じゃあ、伊織のことお願いします。本当はもっと早くから私が受け持ってあげたかったんですけど、現状で手一杯で」

P「身体壊すなよ」

律子「お互い様ですよ、それじゃ」

そう言うと仕事に戻っていく、俺も早いとこ終わらせないとな。

今日はこれで
イレギュラーですけど更新しました
明後日もします

>>69
>P「ああ、前の職場でちょっとな」

一応経験者であることは周知の上です

それから二日、仕事相手と伊織を顔合わせさせて本格的に売り込みを始める。トレーナーとは上手くやれているようだ、パフォーマンスの方は心配いらないだろう。

P「これ、スケジュール出来たから確認してくれ」

伊織「・・・・ちょっと」

P「不満そうだな」

伊織「当たり前でしょ!何よこれ、しょぼい営業ばっかりじゃない、ちらほらあるオーディションは地方の深夜帯の歌番組って・・・・こんなの出る価値全く無い」

P「そうは言っても営業の仕事があるだけいい方だぞ」

伊織「知らないわよそんなの!私は早く有名になりたいの」

伊織「そんなちまちま小銭集めてるぐらいなら落ちるの覚悟で、片っ端から大きなオーディション受けて回った方がマシよ」

営業先との顔合わせの最中はさすがに猫をかぶっていたが、何カ所も回った後はこんな感じの不機嫌顔を浮かべていた。

P「賭けをしよう」

伊織「いきなり何よ」

P「次の日曜日に開かれるフェスに参加してもらう、そこで一番の盛り上がりを見せることができたら」

P「スケジュールをお前が望むように一から作り直そう、その代わりそれが出来なければ大人しくこれをやってもらう」

伊織「上等よ、そんな安い喧嘩をふっかけたこと、後悔しても知らないんだから」

P「フェスはまだ未体験だろう、どこからそんな自信が出てくるんだ?」

伊織「初めてだからダメでした、なんてのはエリートの世界では許されないの」

P「世知辛いな、それじゃあエントリーしておくからな。まぁ賭けといっても敵になるわけじゃない、やるからには俺もちゃんとバックアップする」

伊織「別にそんな心配してないわ」

P「そうか、じゃあフェスの大まかな流れはーー

次の日。

伊織「あら、これとかいいじゃない」

P「新車なんて買えるわけないだろ、それに納車までどれぐらいかかると思ってんだ」

今、伊織と車を見にきている。なんでこんなことになってるのかというと、伊織と初めて外回りをすることになった時まで遡る。



P「営業先に顔見せに行くぞ」

伊織「もちろん出てくるのは大手会社の社長よね?」

P「大手かどうかは置いといて、会うのは企画部の人間だろうな」

伊織「この水瀬伊織ちゃんを使おうってんだから、社長自ら出てくるべきだと思わない?」

P「なんか勘違いしてるけどまだお前を使ってもらえるって決まったわけじゃないぞ」

伊織「えっ、そうなの?」

P「これから挨拶に行ってあちら側のお眼鏡にかなえば交渉成立。だから心象悪くしないように頼むぞ」

伊織「仕方ないわね・・・・じゃあさっさと行くわよ、ぼさっとしてないで車引っ張ってきなさい」

P「あ」

伊織「なに?」

P「すまん、俺車持ってないの忘れてた」

伊織「な、何ですってー!?」

P「しょうがない、電車で移動するぞ」

伊織「いやよ、乗るなら新幹線のグリーン席にして」

P「無茶言うな」

2P「亜美真美ー、そろそろ行くぞ」

亜美「ラジャーだよ兄ちゃん!あっ、いおりん」

真美「ヤッホーいおりん」

伊織「これから仕事かしら?」

真美「うんそうだよ、いおりんは?」

伊織「私もそうなんだけど、このバカが使えなくって手詰まってるのよ」

P「伊織が我慢して電車に乗ってくれれば解決なんだがな」

2P「何かあったんですか?」

P「2Pよ、移動は車か?」

2P「そうですけど」

P「出先は一つか?」

2P「はい、結構時間の要る仕事になりそうなんで今日はそこだけです」

P「そこに着いてからでいいから今日一日車を貸してくれ」

2P「いいですよ」

P「いいのか、ありがとう」

2Pの運転する車に俺は助手席、伊織と双海姉妹が後部座席に座っている。

P「悪いな、助かったよ」

2P「いえいえ」

伊織「全く、いい歳こいて車も持ってないなんて呆れ果てるわ」

P「乗る必要が無かったからな」

亜美「事務所にはどうやって来てんの?」

P「歩きだ」

真美「健康的だね」

真美「どっかに遊びに行ったりしないのー?」

P「しないな」

伊織「つまらない男ね」

亜美「でもいおりん、私達に事務のおっちゃんの話してるとき結構楽し気だったじゃん」

伊織「はぁ!?そんなわけないでしょ!」

おっちゃんって言われるほど老けてないと思うんだけどなぁ。

真美「おやおや、照れてますねーいおりん」

伊織「誰が照れてるのよ!誰が!」

両脇の姉妹に茶化され、顔を赤くして否定している。ルームミラーでその様子を見ていると伊織と目が合う。

伊織「な、何見てるのよ!変態、ド変態!アンタなんて何とも思ってないんだから!」

伊織「亜美も真美も気を付けなさい、こいつに気を許したらどんな変態じみたことされるかわかんないわよ」

真美「今日もツンツンいおりんは平常運転ですなぁ、亜美さん」

亜美「これはいつデレを見せるのか楽しみですなぁ、真美さん」

伊織「あーもう、うるさいうるさいうるさーい!」

2P「では、僕たちはこれで」

亜美真美「いおりんバイバーイ」

それから十五分ほど車を走らせ2P達と別れ車を借りる。ここからは俺が運転するんだが、はてさて。

伊織「アンタちゃんと運転出来るんでしょうね?この私を乗せてるんだから事故なんて起こしたら承知しないわよ」

P「免許は一応まだ有効だし大丈夫だろう、多分」

伊織「こんなに車に乗ることに恐怖を感じたのは初めてよ・・・・」

エンジンをかけ車を走らせる。ほぼペーパーで担当アイドルを乗せて人の車を走らせるって・・・・結構なプレッシャーだな。

伊織「まぁ、見たところ特に問題は無さそうね」

少し走らせていると多少安心したようにそう言う。案外運転出来るもんだな。

伊織「でも毎回こんなめんどくさいことしてらんないわよね」

P「次からは電車だな」

伊織「違うでしょ!今度時間が空いた時に買いに行くわよ」

伊織「アンタは私の担当なんだから、
車での仕事の送り迎えは当然の義務でしょ?」

P「お前にはお抱えの運転手がいるだろう」

伊織「何よ、この伊織様を後ろに乗せて車を運転出来るんだから、素直に喜びなさい」

そんなこんなで連れてこられた。車を買うなんてそんな簡単なことじゃないんだがなぁ。

P「買うなら中古だ」

伊織「いやよ他人が乗り捨てた車なんて、私これがいい」

まるで子供が駄々をこねるように車を指差し訴えてくる。

P「ほらほら、これなんてこんな安いのにキレイだしカッコいいぞ」

伊織「だから、私は中古車はいや!普段リムジンに乗ってる私がなんでお古に乗らなきゃいけないのよ!」

P「あんまりうるさくすると軽にしちゃおうかなー」

伊織「えっ?」

P「軽は色々と安くてお得だしなー、でも今は機嫌がいいからちょっと奮発して中古だけど多少良いものにしちゃおっかなー」

P「でもこれ以上伊織がうるさくすると軽にしちゃうかもなー」

伊織「軽だけは、軽だけはやめて!お願い!」

P「よし決まり」



値段交渉の後、購入手続きを済ませ店を出る。これで四、五日経てば納車されるだろう、日曜日のフェスにもなんとか間に合う。

伊織「私が中古車に乗るなんて・・・・屈辱だわ」

P「何がそこまでお前に中古を嫌わせるんだ。ほら、帰るぞ」

伊織「・・・・うん」

伊織「ちょっと、アンタが車道側歩きなさいよ」

今日はこれで

フェス当日、無事納車された車で伊織を現地まで送り届ける。『案外悪くないわね、私が乗るんだからいつもキレイにしときなさいよ』と言われた。俺の車なんだけどな、これ。



伊織「結構人いるわね・・・・」

P「緊張してるのか?」

伊織「そ、そんなの・・・・してるわけないでしょ!」

まぁ、しない方がおかしいだろうな。いきなりフェスでデビューなんて聞いたことがない。

??「あ、デコちゃんなの」

伊織「げっ・・・・」

美希「げっ、なんてヒドいと思うな」

伊織「ここにいるってことは・・・・まさか」

美希「このフェスに参加するんだけど、まさかデコちゃんがいるとは思わなかったの」

伊織「ちょっとアンタ!765からの参加者が他にいるなんて聞いてないわよ!」

P「言ってなかったか?」

伊織「一言も、微塵も言ってなかったわよ!!」

美希「もー、伊織は一々うるさいの」

P「俺もそう思う」

伊織「キーッ!ムカつくムカつく!もう早くあっち行きなさいよ!」

美希「そんなこと言わないで、もっとお話しよ?」

律子「やっと見つけたわよ・・・・美希」

美希「げっ・・・・」

律子「げっ、とはご挨拶ね。衣装合わせがあるから早く戻ってきなさいって言ったわよね?」

美希「これは違うの、伊織がいたから同じ事務所の仲間としてお話してたの。律子ならわかってくれるよね?」

律子「律子さん」

美希「律子、さん」

律子「ごめんなさい」

美希「ごめんなさい」

律子「よく出来ました、ほら行くわよ。失礼しますPさん、言っておきますと美希のフェスでの強さは結構なものですよ」

そう言うとイヤイヤする星井を引きずりズンズン歩いていった。

伊織「ふん、良い気味ね」

P「星井と何か因縁でもあるのか?」

伊織「・・・・アイツは、何でも出来るのよ。ムカつくほどに、見る度寝てるのに」

まぁ、確かに事務所では2Pに甘えてるかソファで寝てるかのどっちかだな。負けず嫌いで同い年の伊織にしたら妬みの対象になるのは仕方ないかもしれない。

P「それでもやることはやってるんだろう、だから765では天海に次ぐ稼ぎ頭でいられるんじゃないか?」

伊織「それも今のうちよ、今日で私の方が上だって証明してやるんだから」

P「そうか、じゃあ俺たちも準備しないとな」

亜美「あーっ、いおりんだー」

真美「ここにいるってことは、そういうことだよね」

伊織「また疲れる連中が・・・・」

こっちも早いとこ準備したいんだけどな、双海姉妹は既に戦闘体制は整っている。
以前は入れ替わりでアイドルをやっていたそうだが、今は二人でデュオを組んでいるそうだ。

伊織「アンタ達もこのフェスに出るのね」

真美「うん、いおりんには負けないかんねー」

亜美「アイドルとしてでは私達の方が先輩だもんね」

伊織「アンタ達は、あのあくび女と違って可愛げがあっていいわね」

亜美「なんか知らないけど褒められたね」

真美「ちょっと遠い目なのが気になるけどね」

亜美「ていうかいおりん準備しないの?まだ衣装も着てないじゃん」

伊織「しようとしてたらアンタ達が来たの」

真美「じゃあお邪魔だったね、亜美行こ。私達も準備まだ終わってないし」

亜美「うん、いおりん・・・・私達の美技に酔いな」

ドヤ顔で決めゼリフを放ち二人で走っていく、フェスの前だってのに緊張感がないな。



伊織「ど、どう?」

急な参加だったので衣装の新調なんて出来るはずもなく、事務所にあったものを持って来たのだが中々上手い具合に着こなしている。

P「うん、似合ってる」

伊織「っ・・・・あんまりジロジロ見ないでよ!変態!」

P「どうせこれから沢山の人に見られるぞ」

伊織「あいつらはいいの、私の未来のファンなんだから」

係員「参加者の皆さーん、ステージインお願いしまーす」

伊織「美希・・・・絶対ギャフンと言わせてやるわ」

P「星井を警戒するのもいいけどな、どっちかって言うと双海姉妹の方がやっかいだぞ」

伊織「え?なんでよ」

係員「早くお願いします!もう他の方はスタンバイ出来てますよ!」

P「やればわかる。さ、行ってこい」



それぞれのパフォーマンスが始まると瞬く間に、観客が一斉にヒートアップしていく。

その半数近くが星井の方を見ている。他は大体均衡と言ったところだろうか・・・・伊織以外は。

それもそうだろう、これが初お披露目なのだから伊織の顔を知っている人間は一人もいない。物珍し気に見ているのがちらほらいる程度だ、その後もその状態が続く。

しかし伊織の歌のサビの頭で均衡が破れる。ステージの演出とともに声のボリュームを一気に上げ、気持ちの入った歌声を観客達に投げ渡す。

そこで観客が伊織に視線を集める。
「あんな娘がいたのか」
「ルックスは美希ちゃんにも匹敵するんじゃないか?」
「いや、パフォーマンスも相当なもんだ」
「亜美、君が天使か」
「お前ら何いってんだよ、美希ちゃんが一番可愛いに決まってんだろ」「お、俺はあの娘を応援するぜ」
「真美、君が天使か」

それぞれがサビの部分に入っていくと観客の注目度の変化が著しくなってきた。今やほぼ全てが均衡、いやそれでも星井の人気は頭一つ抜けている。

「おおおおーーっ!」

また動きがあったようだ、どうやら双海姉妹に注目が集まっている。

あれは・・・・亜美が真美と同じ髪型のカツラをかぶり、まるでシンメトリーのような息の合ったパフォーマンスを見せている。

その光景に観客は魅了されている。伊織を見ていた人達も結構流れてしまった。やはり、伊織と双海姉妹は引き込む連中の層が似通っているからこの二組は特に観客の取り合いになっている。

途中に申し訳ないけど亜美真美の一人称は私じゃなくて名前だよ
仕様だったらゴメン

「アンコールは・・・・星井美希!!」

一番の盛り上がりを見せたと判断された星井のアンコールが始まる。観客達も今日一番の盛り上がりだ。



P「残念だったな」

伊織「・・・・何でよ!美希のパフォーマンスや亜美真美の最後のサプライズは確かに凄かったけど、私だって負けてなかった!」

伊織「なのに・・・・最後にはあいつらに完全に引き離されてた・・・・どうしてよ」

大分参っているようだ、さっきまで初めてのステージに立ちあれだけの人を魅了してたやつとは思えないほどに。

P「これ、星井と双海姉妹のスケジュール表だ」

伊織「なんでこんな時にそんなの」

P「いいから、見てみろ」

伊織「・・・・営業ばっかりね」

P「フェスはな、確かにパフォーマンスが良いほど客を集められる。正直あれだけ集められたのは驚いたよ」

P「でもな、その数は付け焼刃にすぎない。フェスに来る連中はただパフォーマンスを見にきてるわけじゃない、大部分は自分が応援してるアイドルが出ているからこそ、そいつの力になるために精一杯声を出して応援する」

P「事前にそれだけ熱心なファンをどれだけ多く獲得出来ているか、結局はそこで八割方勝負が決まる」

P「そこでこのスケジュール表。都心はもちろん、東京郊外や地方、いたるところで参加者と直接触れ合えるタイプの営業を多く入れてる」

P「確かにオーディションで勝ち上がれば電波がお前を有名にしてくれる、でもそこでお前を知った連中はフェスを見にきてくれるほど熱のあるやつだと限らない」

P「まずは電波が運ぶお前じゃなく、自分の足で会いに来るお前を見せなきゃならない。お前を誰よりも応援してくれるやつを見つけにいかなきゃならない」

伊織「・・・・」

P「違うか?」

伊織「そうすれば、今度は勝てるの?」

P「そこはお前の頑張り次第だろうな」

伊織「いいわ、アンタが作ったスケジュール、変更は無しよ」

P「そうか、結構長いこと喋った甲斐があった。星井のアンコール、見ていくか?」

伊織「まぁ多少はためになるだろうし、固定ファン数のハンデはあれど私に勝った褒美に、労いの言葉一つぐらいかけてあげてもいいかもね」




帰りの車内、よほど疲れたのか伊織は眠ってしまっている。・・・・まぁ、これからだな。

>>148うわーやってしまった
すみません次からの文面では直ってると思います 今回は脳内補完してください

ここで切るつもりだったけどお詫びの印にBパート

それからしばらく経ち、伊織は営業をたまに毒づきながらもこなしていった。

そのおかげかファンを着実に増やし、小さくはあるがオーディションに勝ち上り認知度も広げ、一枚目のシングルの売り上げは上場という形になった。


今日はラジオの収録に来ている。ベテラン歌手と新人アイドルのコラボという企画なのだが・・・・何か問題が起きるような気がしてならない。

伊織を待つ間、持ち込んだ書類を片付けるためにビルの中で作業を進める。

??「あらあら事務員さん、どうしてここに?」

P「三浦か、伊織の付き添いでな」

あずさ「そうだったんですね、伊織ちゃん今収録中ですか?」

P「ああ」

あずさ「事務員さん、伊織ちゃんのこと、大切にしてあげてくださいね」

P「はい?」

あずさ「伊織ちゃん普段は素直じゃないけど、私達の前では事務員さんのこと、すっごく楽しそうにお話ししてるんですよ」

何やら話が噛み合ってない、このぽわぽわしてる感じが人気の秘訣なんだろうか。それともやはりスタイルの良さが際立たせる、出るとこ出ている肢体にあるのだろうか。

あずさ「ちょっと事務員さん?ダメですよ女の子をそんな目で見ちゃ」

P「いや、すまん。それよりまた迷子か?」

あずさ「そうなんですー、さっきまで千早ちゃんといたのにはぐれてしまって」

P「電話はしてみたか?」

あずさ「あ、そうですねそれを忘れてました」

携帯電話を取り出して「あら千早ちゃんから着信がこんなに」とびっくりしたように言っている、如月も大変だな。

あずさ「うう、『どこにいるんですか!早く戻って来てください!』ですって、千早ちゃんきっと怒ってるわ」

P「とりあえず電話してみろ」

あずさ「はい・・・・あっ千早ちゃん?ごめんなさいね、私迷子になっちゃって」

あずさ「ええと、ここどこですか?」

P「一階の受付の近くって言えばわかるだろう」

あずさ「一階の受付の近くにいるの、ええ、じゃあ待ってるわね」

あずさ「やっぱりちょっと怒ってるみたいでした」

P「俺も一緒に謝ろう」

あずさ「あらあらうふふ、事務員さんってば優しいんですね」

P「気にするな・・・・ってどこに行くんだ」

あずさ「え?千早ちゃんにお詫びとして何か買ってこようと思って」

そのわりには全然関係の無い方を向いていたが・・・・。

P「いいからじっとしててくれ」

あずさ「わかりました」

千早「あずささん、探しましたよ」

しばらく待っていると結構な形相を浮かべて如月が登場した。

あずさ「ごめんなさいね、千早ちゃん。ホント、私ダメね」

P「許してやってくれ」

千早「はぁ、もういいです・・・・事務員さん、いらしたんですね」

P「ああ」

千早「水瀬さんの付き添いですか?」

P「今ラジオの収録中でな」

千早「あのベテラン歌手と共演する、という番組ですか?」

P「そうだな」

あずさ「あの人と・・・・」

P「どうした?」

千早「私もあの人と共演したことがあるのですが、お世辞にも良い人とは言えませんでした」

あずさ「私もあります。収録中はそんなとこ一切見せないんですけど、収録外となると若い女の子に色々な悪態をつくんです」

P「そう・・・・なのか?」

以前765に来る前の仕事で一緒になったことがあるがそんな一面があるとは知らなかった、この仕事を受けたのは失敗だったかな。

千早「水瀬さん、熱くなって言い返したりしないと良いのだけど」

あずさ「そうね、心配だわ」

P「まぁ、伊織のことは俺に任せろ、お前達にはお前達のやることがあるんだろ?」

千早「そ、そうでした!あずささん、早く行きますよ!」

あずさ「あらあら、あんまり引っ張ったら転んじゃうわ」

二人はエレベーターの方に走っていった、しかしそんなモンスターと対峙したら伊織なんて一溜まりもなく・・・・。

伊織「あ、アンタこんなとこに!ちょっとマズイことになっちゃったわ」

一溜まりもなく言い返してしまったようだ。

P「ベテラン歌手と言い合いにでもなったか?」

伊織「な、なんでそれを・・・・そうなのよ、アイツ自分から吹っかけてきたくせにちょーっと言い返したらキレ始めたのよ!考えらんない!」

P「謝ったか?」

伊織「癪だけどちゃんと謝ったわ、なのに『あんたなんてこの世界で生きていけなくしてやる!』とか言っちゃって」

伊織「こうなったら水瀬家の力でアイツを社会的に・・・・」

P「待て待て、落ち着け。とりあえず俺も謝りに行くから、着いてこい」

伊織「い、いや!あんな奴の顔もう見たくない!」

P「いいから、お前は何も言わなくていい。後ろで頭下げてるだけでいいから」

伊織「わかったわよ・・・・」

その人とは知らない仲じゃないのが手伝ってか、何とか許してもらえたようだ。

ベテラン「あなたみたいな優秀な人間がそんな小娘担当してるなんて、腕が落ちたんじゃなくて?」

伊織「なっ!!」

P「それではこれで、失礼します」



伊織「ムカつくわあのゴリラ女!あそこでアンタが止めてなければ顔ぶん殴ってやってたのに」

帰りの車内、なんとか乱闘は起きることなく終えられた。伊織はまだヒートアップしているようだ。

P「勘弁してくれ」

伊織「はぁあ、もっと偉くなってあんな奴は口答えも出来ないような大スターに早くなりたいわ」

P「世間的にはあっちが大スターだからな」



伊織「ねぇ」

P「ん?」

伊織「怒ったり・・・・しないの?」

P「反省してるんだろ?」

伊織「そりゃまぁ、少しはね」

P「ならいい、過ぎたこと言っても仕方ないだろう。それに伊織は同じ間違いを繰り返すようなやつじゃないだろ?」

あの時の俺は、あの娘がこんな不祥事を起こしたらどうするだろうか。怒鳴るだろうか、顔の一つでもはたくかもしれない。

でもそんなのは間違ってる。こういうときに一番近くにいるプロデューサーという立場だからこそ、追い詰める側に回っちゃいけない。そんな簡単なことなのにあのときはそれをわかっていなかった。

伊織「・めん・・・・」

P「うん?」

伊織「な、何でもないわよ!この難聴!」

ひどい言われようだ。

今日はこれで
今週中にもう一発あるかも

それからも地道に活動を重ね、水瀬伊織の名前も765の他の娘には劣るがそれなりに知れ渡ってきてるようだ。二枚目のシングルも売り上げを伸ばし好調だ。

P「そろそろライブを開くことにした」

伊織「良いじゃない、武道館で単独ライブなんて今まで頑張ってきた甲斐があったわ」

P「武道館で単独ライブは今までの十倍は頑張らないとな」

P「屋外の小さいステージで他の娘と合同ライブだ」

伊織「合同はいいとして、ステージぐらい良いとこおさえなさいよ」

P「そんな金は無い、みんなそれなりに有名になってきたとはいえまだまだウチは貧乏だ」

伊織「まぁ、仕方ないわね。それで誰と一緒にやるのかしら?」

??「それは自分達だぞー!」

??「水瀬伊織、共に頑張りましょう」

伊織「響に貴音ね、まぁアンタにしては中々良い人選じゃない」

P「いや、俺が選んだわけじゃない」

響「そうそう、自分達のライブに伊織が飛び入りで参加するんだ」

貴音「とは言え、私も響も歓迎しております。伊織にしては初めてのらいぶと聞いていますから」

貴音「私達が手取り足取り、らいぶとは何たるかを教えましょう」

伊織「教える以前にそのイントネーションを何とかしなさいよ」

響「ほらほら、行くぞー」

伊織「ちょっと、引っ張らないでよ」

どこか嬉しそうにも見える。今では他の娘と何の抵抗もなく互いを高め合えているから、良い傾向と言えるだろう。

ライブ当日、天気に恵まれて絶好のライブ日和となった。三人の調子も良さそうだ、二人の担当は他の仕事に行っていて来ていない。だから今日は俺が三人の面倒をみることになっている。

伊織「客席とこんなに近いのね・・・・人も結構いるし」

P「今回はフェスじゃない」

伊織「わかってるわよそんなの」

P「我那覇や四条を見にきている人もいるだろうが、水瀬伊織を見にきている人もいる」

P「何も心配はいらない。お前を応援してくれる人達だ、途中でそっぽを向かれることもない、ずっとお前を見ててくれる」

P「だからお前は伸び伸び歌えばいい」

伊織「・・・・そう、ね。そんなの最初からわかってたけど、一応お礼言っとくわ」

伊織「あ、ありがとう」

P「・・・・」

伊織「何よ、その顔」

P「面白いものを見たときの顔だ」

伊織「ムッカー!アンタにお礼なんて言った私がバカだったわ!」

響「あはは、二人とも仲良しさんだなー」

貴音「ええ、大変微笑ましい光景です」

伊織「あ、あんた達・・・・いつから」

響「結構さっきからいたぞ?」

貴音「ふふ、伊織、私は応援していますよ」

伊織「な、なに訳わかんないこと言ってんのよ!ほら、ライブの流れ確認するわよ」



準備も終わり後は開演を待つだけになった、最初は三人で登場し765の代表曲『GO MY WAY』を歌うというものだ。

係員「それでは三人に登場していただきましょう!」

「ワーーーーっ!!」

歓声とともに三人がステージに入る。いきなり凄い熱気だ、この分ならライブは成功に向かってくれるだろう。

歌が始まる、複数人での歌やダンスの経験が無かった伊織は練習の最初ではハズしたり立ち位置を間違えたりしてしまっていた。

しかし今では完全にものにし、二人とキチンと息を合わせている。

それからも歌やトークや企画といったものは特に失敗も無く進んでいった。

そしていよいよ伊織がソロで歌う番、今はステージ脇で待機している。

伊織「・・・・」

ブツブツと歌詞を復唱している、大分緊張しているようだ。

響と貴音「終わらない My Song...」

「ワーーーーっ!!」



P「伊織、出番だぞ」

伊織「え、ええ」

何やら動きがかくついている。フェスの時はそうでもなかったんだが、ここまで緊張するタイプとは思ってなかったな。自信家だから一度成功すれば後はトントン行くと思うが。

一人、ステージにぎこちない動きで入っていく。

「いおりーーーーんっ!!」
「踏んでくれーーーーっ!!」
「キャー!可愛いーーっ!!」

伊織「・・・・」

あれ、ここで観客に向けて一言言った後に曲がかかるんだが微動だにしない。

「いおりん!」
「いおりん!」
「いおりん!」
「いおりん!」
「伊織様!」
「いおりん!」
「いおりん!」

伊織コールが鳴り響く、我那覇と四条の二人も固唾を飲んで見守っている。

伊織「っ!」

大振りをかぶって伊織がステージ脇に戻ってきてしまった、観客はざわついている。

P「お、おいおい、戻ってきちゃダメだろう」

伊織「だ、だって・・・・だって!」

言葉が見つからないのか目を伏せて黙っている。

P「さっきも言っただろ、今ステージの前にいるのはお前を誰よりも応援してくれているお前の味方だ」

伊織「そんなのわかってる!・・・・だからこそ、そんなに期待してくれてるのに・・・・もし失敗したら」

P「失敗したっていい、みんな笑って流してくれるか『頑張れ』って応援してくれる。事務所のみんなだってそうだったろう」

響「伊織、何も心配なんていらないぞ!自分なんてしょっちゅう失敗してるし、でもファンのみんなは応援してくれるんだ」

貴音「そうですよ、今まで貴方が触れ合ってきたファンの皆様を信じるのです」

二人が思い思いに激励すると、伊織がまた固まってしまう。

が、一瞬で目付きが変わり決心を固めたのかステージに転がり込む様に走っていく。

伊織「皆さーんお待たせしてごめんなさぁーい、伊織ちゃんのスーパープリティーボイスに酔いしれちゃってね」

「ワーーーーっ!!」

こんな時でも被る猫は忘れない、見事なもんだ。



P「ふぅ、なんとかなったな」

響「意外な一面を見せられたなー、結構可愛かったぞ」

貴音「ふふ、いつもは強がってはいますが、伊織もまだ中学生。極限のあまり弱みを見せてしまったのでしょう、本当はもっとさらけ出して欲しいものですが」

貴音「事務員殿」

P「どうした?」

貴音「水瀬伊織は貴方が守ってやらねばなりませんこと、これからもお忘れなきよう、お願いいたします」

P「は、はぁ・・・・肝に命じておきます」

三浦とはまた違ったミステリアスを持っているな、この人は。

響「んー?日本語で話してくれないと自分にはわかんないぞ、貴音!」

ライブは成功という形に終わって、ちょっとしたお祝いということで飲食店を探している。

貴音「事務員殿!本当に、本当にいくらでも食べてよろしいのですか!」

P「ああ」

貴音「では早速あそこのらぁめん屋に!あそこのらぁめんはとても美味だと聞きます」

伊織「えー、なんか汚そうな店じゃない。あそこに行くぐらいならここが結構おしゃれでいいんじゃないかしら」

貴音「水瀬伊織、らぁめんとは小綺麗な場所では食べられないのです。染み付いた脂、飛び散る醤油、塩、とんこつ。その全てが集まってらぁめんを食すに相応しいすてぇじが完成するのです!」

伊織「ますます行く気失せたわよ!」

P「我那覇は何か食べたいものとかあるのか?」

響「うーん自分は何でもいいけど、強いて言えば沖縄料理が食べたいぞ!」

P「じゃあ間をとってそれにしよう、ちょうど良くあそこにあるし」

貴音「そ、そんな面妖な・・・・いけずです事務員殿!」

伊織「な!?私の意見聞かないでなんで響の意見を通すのよ!」

P「はいはい、早く来ないと置いてくぞー」

響「よーし、一杯食べるぞー!」

伊織「ちょっと!待ちなさいよ!」

貴音「あぁ、愛しのらぁめん・・・・しばし出会いを長引かせる私を許して・・・・」



響「あー、沖縄を思い出すこの味・・・・最高だぞ!」

伊織「中々いけるじゃない」

貴音「とても美味です!いくらでも箸が進みます!」

P「・・・・」

伊織は女の子相応、我那覇は中々の食べっぷりだが見てて微笑ましい程度だ。

しかし・・・・このミステリアス娘はどんだけ食うつもりなんだ、既に追加注文が三回を超えている。食いしん坊とは聞いていたがまさかここまでとは。

貴音「事務員殿、箸が止まっていますよ。お召し上がりにならないなら私にくださいまし」

P「い、いや食べるよ・・・・はぁ、給料日まで生きていけるかな・・・・」

響「あはは、困ったらウチに来るといいさー、ゴーヤならいくらでもあるし」

貴音「少し甘味が欲しくなってまいりました」

伊織「男ならケチケチするんじゃないわよ。ま、まぁ・・・・本当に飢え死にしそうになったら、ウチにも来て・・・・いいけど」

P「おい四条、俺のちんすこう食べただろ」

貴音「はて、何のことでしょう」

伊織「聞いてないし!」

今日はこれで
次は明後日

「アンコールは・・・・水瀬伊織!!」

「ワーーーーっ!!」

二度目のフェス。伊織より上と見られていた出場者が何組かいたが、それらを差し置いて勝つことができた。



伊織「ま、この伊織ちゃんにかかればこんなの楽勝よ」

P「結構危なかったけどな」

伊織「ぐっ・・・・それはアンタがこんな無茶なフェスに出させるからでしょ!周りは私より長くやってる連中ばっかりじゃない」

P「勝てると思ったからな、じゃなきゃ出さない」

伊織「そ、それがアンタの仕事でしょ!何偉そうに言ってんのよ」

P「手厳しいな」

??「おやおやぁ、こんなレベルの低いフェス如きに勝って浮かれているのはどこの弱小事務所かなぁ?」

伊織「なに?このおっさん」

??「ハッ、私のことも知らないとは・・・・凡骨アイドルしか生み出せないのかね、765の雑魚プロデューサーは」

P「あなたは・・・・」

黒井崇男、芸能界屈指の有力芸能事務所、961プロダクション社長。なぜこの人がこんなところに。

P「今日は961プロ所属アイドルの出場は無かったはずですが」

黒井「それはそうだろう。我が事務所のアイドルが出ていたら、貴様らが勝つことなどあり得ないのだからな」

黒井「しかし何だ今日のパフォーマンスは、765の期待の新人というから見に来たものを」

黒井「まさに抱腹絶倒!笑わせてくれただけ見に来た甲斐があったというものだ」

伊織「なっ!?何なのよアンタさっきから、961だか何だか知らないけどこの伊織ちゃんを侮辱するなんて許さないわ!」

黒井「ハーハッハッハ!弱い犬ほど良く吠えるとはこのことだ!」

伊織「なんですってーー!?」

P「何事にも例外はある、という言葉があります」

黒井「なにぃ?」

P「この娘もその例外の内の一つなのかもしれませんよ、あなたと同じように」

黒井「貴様、それはどういう意味だ」

P「私の話は終わりです。それではこれで、失礼します」

こういう人には言いたいこと言ってすぐ逃げるに限る、この人とあまり関わると良くないことが起こるだろうし。

伊織「ちょっと!置いてかないでよ!」



黒井「フッ、言い逃げか。高木のとこの人間とだけあってやることが姑息だな。しかしあの顔・・・・どこかで見た顔だな・・・・むぅ、思い出せん」

伊織「誰なのよ、さっきのおっさん」

P「961プロの社長さんだ」

伊織「ふーん、アンタあいつと知り合いなの?」

P「いや、この仕事をしてれば誰でも知ってる」

伊織「凄いやつなの?」

P「業界での権力は相当なもんだろうな」

伊織「面白いじゃない、次会ったらギッタンギッタンにしてやるわ」

P「あんまり敵を作らないでくれよ」

伊織「売られた喧嘩は買う主義なの、私のことを凡骨アイドルとか言ったこと後悔させてやるわ」

不敵な笑みを浮かべている、結構根に持つタイプのようだ。

事務所に着く、ミーティングを控えているので伊織も一緒だ。中には2Pと高槻がいた。

やよい「あの・・・・プロデューサー」

2P「ん?」

やよい「今日のレッスン休んじゃダメですか?ちょっと気分が良くなくて・・・・」

2P「参ったな、次のフェスはかなり重要なものなんだ。どうしても無理そうか?」

やよい「う、うーん・・・・」

2P「やれるだけやってみないか?本当に無理そうなら止めるから」

やよい「そう、ですね・・・・私やります」



P「体調悪いんだろ?なら休んだほうがいい」

2P「Pさん?」

P「無理しなくていいんだぞ、それで怪我したら元も子もない」

やよい「あ、いえ・・・・私は」

2P「お言葉ですが、やよいもこのようにやれると言っています」

P「それはお前が言わせたんだろう」

2P「なっ!?」

P「高槻、正直に言っていいんだ。お前の身体はお前が一番わかってるはずだぞ」

やよい「あ、その・・・・私は本当に大丈夫です!ほらこんなに元気ーー

P「高槻!」

やよい「っ!!」

そう叫んだ後、小さい体をビクリと跳ねさせて怯える高槻を見て我に帰った。

伊織「ちょっと、アンタどうしたのよ」

P「い、いや・・・・すまん。余計な事を言った」

2P「い、いえそんな」

2Pに頭を下げるとどうにも居心地が悪くなり外に出て、近くのベンチに腰を降ろして空を仰ぐと視界には曇り空が広がっていた。



2P「・・・・やよい、今日はやっぱり休みにしよう」

やよい「え?でも私ホントにやれますよ!」

2P「いや、いいんだ。目の前の事に気を取られてやよいの身体のことを蔑ろにしていた、ごめんな」

やよい「そんな、謝らないでくださいプロデューサー」

伊織「・・・・」




伊織「なにしょぼくれてんのよ、ダサいわね」

ベンチで文字通りしょぼくれていたら伊織が出てきて、隣に座ってきた。

伊織「私オレンジジュース」

P「はい?」

伊織「こんな暑い中私を外に出させたんだから、そのぐらい気を利かせなさい」

言ってる意味が良くわからないが大人しく自販機でオレンジジュースを買ってやる。

伊織「いつものアンタらしくなくやけに熱くなってたわね」

P「ああ」

伊織「律子には『俺の方針に口出すな』とか言ってたくせに、偉そうに人のやることに口出してるじゃない」

P「そこまで言ったか?でもそうだな、伊織の言う通りだ」

伊織「ま、アンタが止めてなかったら私が止めてたけど、やよい結構顔色悪かったし」




伊織「ねぇ、何かあったの?」

心配そうな顔で聞いてくる、普段とは真逆の表情。少し心臓の音が速くなってしまう。

あった、と言われればあったんだろう。あの2Pと高槻のやり取りを見たときすぐに自分とあの娘のやり取りが脳裏に浮かび上がった。
吐き気にも似た嫌悪感、気付けば間に入っていた。

P「いや、何にも」

知らせる必要は無い。幸いあの件で顔は公表されていないからこの事務所でそのことを知ってるのは社長だけ、俺が言わなければ誰も知ることも無いだろう。

近くにそんな汚れた人間がいるなんて知らせる必要も意味も無い。

伊織「ふーん、まぁいいわ。じゃあこんなとこにいつまでもいないで早く中に入りましょ」

後日、2Pとのしこりも消えた頃、忙しい時期をなんとか乗り越え仕事の流れが落ち着きを見せてきたので、事務所で一息できる時間ができてきた。

雪歩「あ、あの事務員さん、お茶いれたんですけどいかがですか?」

P「ああ、ありがとう」

本来事務員である俺の仕事なんだけどな・・・・時々自宅から茶葉を持ってきてはいれてくれる。

P「うん、香りが良くておいしいよ」

雪歩「ホントですか?お茶といえば静岡ってイメージですけど、今回のは京都の結構有名な宇治茶の一種で、日本各地の数ある名門の中でも特に香りが評価されているんです。だからって味が他と比べて良くないって言ったらそうじゃなくて、上手にいれられればいれられるほど深みの出る味わいで、温度と分量の調整も大事ですけど茶葉の旨味を引き出してあげるためにお湯を通した後にちょっと待ってあげることも大事なんですよ」

P「そうか、相当手間がかかってるんだな」

・・・・まぁ、言ってることの八割は理解できてないけど。男嫌いで俺とは積極的に話そうとしないが、お茶のこととなるとこんな風に一心不乱で話してくれる。その話を聞いてるだけで萩原の男嫌いの緩和に繋がるならそれで善しとしよう。

春香「はいはーい!お茶の後はクッキーいかがですか?」

P「また焼いてきたのか?」

春香「はい!今みんなに配ってるんです。ほらほら、雪歩もどうぞ」

雪歩「ありがとう、春香ちゃんのクッキーはいつもおいしいね」

P「うん、うまい。お茶とも合うし」

春香「えへへー、そんなに褒められたら照れちゃいますよぅ」

伊織「・・・・」

真「あの、事務員さん」

P「ん?」

真「今度新しいロードバイクを買おうと思うんですけど、この中でならどれがいいと思いますか?今みんなに聞いてまわってるんです」

P「うーん・・・・」

正直自転車にこだわりは持ってないので良くわからない、そもそも一般的な自転車ではなく競輪選手が乗るような形をしている物がずらっと並んでいる。菊地が言うにはロードバイクという代物らしい。

P「これとか良いんじゃないか?女の子が乗っても可愛げのあるデザインだし」

真「お、女の子・・・・」

P「どうした?」

真「あ、いやぁボクもそれが良いと思ってたんです!みんなひどいんですよ、黒とか濃い青のとか進めてきて・・・・理由を聞いたらかっこよくてボクに似合うからって」

P「そうか、俺はこういう可愛いタイプのも似合うと思うぞ」

真「そ、そんな可愛いだなんて・・・・困っちゃいますよそんな可愛いだなんてそんな」

露骨に照れている、自転車のことで言ったつもりなんだが・・・・でもこういう仕草は普段王子様をやっているとは思えないほど素直に可愛いと思えてしまう。

伊織「・・・・」

亜美「ねーねー、事務のおっちゃん、この衣装どお?できたてほやほやだよ」

P「似合ってるよ」

真美「そういうんじゃなくてさあ、もっと具体的な感想をちょうだいよ」

P「際どくて不安になるな」

亜美「そうっしょそうっしょ!悩殺されちゃうっしょ?」

P「お前らのファンはイチコロだろうな」

真美「んっふっふー、そういうおっちゃんも内心物静かではないんでないかい?」

P「穏やかだぞ」

亜美「嘘つけー、ウリウリこのポーズでも物静かでいられるかな?」

P「だから穏やかだっての」

真美「手強いなー、じゃあ最後の手段、スカートギリギリたくし上げ!これならもう内心ムラムラっしょー」

P「・・・・」

真美「あー!なんでよそ見すんのー?」

P「そういうのはファンの前でやってあげてくれ」

亜美「あれ?おっちゃん顔赤くなってない?」

真美「ホントだー!このロリコンめ!」

伊織「・・・・」

美希「ハニーがいないから暇なの・・・・」

P「そうか」

美希「ねぇ事務おじさん、なんか面白いこと無い?」

P「ジャムおじさんみたいな呼ばれ方だな」

美希「あはは、ホントなの、アンパン作ってほしいな」

P「材料が無いから無理だ」

美希「むーっ、事務おじさんはノリが悪いの」



美希「もー!ハニーまーだー?」

P「来たら起こしてやるから、それまで寝ててくれ」

美希「もういっぱい寝ちゃって眠たくないの・・・・これって新しいスマホだよね、触っていい?」

P「壊さないでくれよ」

美希「はいなの、あ、これ学校の友達がやってたアプリだ」

美希「あはは、おもしろーい!」

美希「んー、ここ難しくてクリアできないの・・・・事務おじさんやってー」

P「アプリは最初から入ってただけで一回もやってないんだよな」

美希「・・・・何のためにこれ買ったの?」

P「自己満足だ」

美希「事務おじさんってきっと古いタイプの人なの、ってそんなのいいからこれやってみて」

P「・・・・難しいな」

美希「でも美希より先に進んでるし、次はクリアできるはずなの」

P「・・・・おお、できたぞ」

美希「すごーい!おじさんのこと少し見直しちゃったの!」

伊織「・・・・」

千早「事務員さん」

P「ん?」

千早「その、もし男性がプレゼントとして貰ったら嬉しいものって・・・・何でしょうか」

P「2Pにあげるのか?」

千早「はいそうで・・・・いえ違います!断じて違います!」

P「別に隠さなくたっていいだろう」

千早「・・・・日頃の感謝に、何かプレゼントをと思って」

P「そういえば、最近お気に入りのボールペンが壊れたって言ってたな」

千早「そ、それです!早速買って来なくちゃ・・・・教えてくれてありがとうございます!」

P「今から行くのか」

P「・・・・2P、今大丈夫か?」

P「新しいボールペンはもう買ったのか?・・・・まだか、じゃあそのまましばらく買わずにいてくれ、そのうちとびきりいいのが手に入るから」

伊織「・・・・」

あずさ「事務員さん、ごめんなさい。事務所まで連れてきてくれた上に荷物まで持ってくださって」

P「それはいいけど、事務所ぐらいそろそろ迷わずに行き着いてくれ」

あずさ「ごめんなさい・・・・でもよかったです、事務員さんが来てくれて」

P「偶然だったけどな」

あずさ「うふふ、私迷った時は誰か助けに来てくれないかなーって思うことにしてるんです」

あずさ「さっきはちょうど、事務員さん来てくださらないかなーと思ってたところにいらしてくれたんですよ」

P「そうか」

あずさ「だから、偶然じゃないと思います」

P「思うだけじゃなくて迷ったら連絡しろ、手が空いてたら迎えに行くから」

あずさ「あらあらうふふ、じゃあお言葉に甘えちゃいます」

伊織「・・・・」

P「我那覇のハムスターか?なんでこんなとこに」

響「あー!ハム蔵こんなとこにいたのか?探したぞ!」

P「ペットを連れてくるのはまぁいいとして、勝手に歩き回せるんじゃない、踏んづけでもしたらどうするんだ」

響「うぅ、ごめんなさい」

P「もういいから、早いとここいつをしまってくれ」

響「・・・・でもハム蔵、なんか事務員さんになついてるみたいだぞ」

P「・・・・」

響「あっ、今ハム蔵のこと可愛いって思ったでしょ?」

P「いや、思ってない」

響「あはは、わかりやすいなー、ハム蔵はここ撫でてやると喜ぶんだぞ」

P「そうなのか・・・・これは喜んでるか?」

響「うん、そうだご飯あげてみる?」

伊織「・・・・」

貴音「そ、それは今日新発売のかっぷらぁめん!」

P「そうなのか?適当に良さそうなものを買ってきたんだが」

貴音「一口!一口だけで構いませんから頂けませんか?」

P「いやカップラーメンって思いのほか量が少ない・・・・ってもう食べてるし」

貴音「大変美味でした」

P「そうか」

貴音「おや、ご飯ものも買っていらしたのですか?」

P「ああ」

貴音「いけませんよ、炭水化物に炭水化物は、私が代わりに食べて差し上げましょう」

P「君、今さっき自分が何を食べたのか覚えてる?」

伊織「・・・・」

やよい「あー!事務員さんの机ポイントシールでいっぱいです!」

P「もったいないから取っておいたんだけど、いざ応募するとなるとめんどくさくてな」

やよい「ダメですよめんどくさがっちゃ、これ集めて一等賞が当たると・・・・な、なんとお米一年分が当たっちゃうんですよ!だいじけんです!」

P「それは凄いな」

やよい「だから事務員さんにもオススメかなーって」

P「いや、俺はそんなにあっても食べ切れないから高槻にあげよう」

やよい「え、ホントですかー?嬉しいですー!」

P「お米当たるといいな」

やよい「はい!」

伊織「・・・・」

律子「あの、Pさん・・・・でいいんですよね?私の眼鏡知りませんか?ボヤけて全然見えなくて」

P「頭に乗っかってるぞ」

律子「え?・・・・頭!?うわこんな古典的なミスを・・・・」

P「案外抜けてるところがあるんだな」

律子「うっ・・・・謝ってください、凄く傷付きました」

P「すまん」

律子「許しません、お詫びに今晩ちょっと付き合ってもらいますよ、仕事のことで相談したいことがあるので」

P「ここですればいいだろう」

律子「今から外に出るので無理です・・・・あっ、そちらのおごりですからね、覚悟しててくださいよ」

伊織「・・・・」

小鳥「うぅ、Pさん聞いてください!


P「なんですか?」

小鳥「私の飲み友達の一人なんですけど、ずっと抜け駆けはしないって約束してたんです」

P「はあ」

小鳥「それなのに・・・・なのに『私結婚が決まったの』ってええええ、ずっと、ずっと約束してたのにいいいい!」

もう既に泣いている、休憩中とはいえ酔っ払ってるんじゃないかこの人は。

P「それはひどいですね」

小鳥「そうですよね!?そう思いますよね?これだけじゃないんですよ、昨日その娘の結婚式に出席したんです」

P「はあ」

小鳥「その時に『小鳥もそろそろ身を固めなきゃね』って・・・・余計なお世話ですよ!!先に抜け駆けしたくせに何言ってるのって感じじゃないですか!?」

P「それはひどいですね」

小鳥「まだまだあります!『ブーケは小鳥の方に投げてあげるからね』って言ったくせに!!全然関係の無い方に投げたんですよ!?そりゃ後ろ向いて投げたらどこに飛ぶかわかんないに決まってるじゃないですか!!」

P「それはひどいですね」

小鳥「もー、どうしたらいいんでしょう・・・・親からも早く結婚しろって言われてて・・・・」

P「どうしたらいいんでしょうね」

伊織「・・・・」

P「そろそろ行くぞ」

伊織「・・・・」

P「どうした?」

伊織「鼻の下伸ばして媚びへつらっちゃって、嫌な感じだわ」

P「何の話だ」

伊織「・・・・もういい、行くわよ」




少し早めに現地に着く、今回は新商品のプロモーション活動。情報関係の記者が多数取材に来ていて結構注目されているようだ。

P「まだ時間はあるし、自由にしてていいぞ」

伊織「・・・・なんか気乗りしないわ」

P「そうか」

伊織「私帰る」

P「・・・・調子悪いのか?」

伊織「別に何ともない、ただ今日はやりたくないの」

P「じゃあいい、送っていけないから気を付けて帰れよ」

伊織「なっ!?本気!?」

P「無理にやらせるわけにもいかない」

伊織「っ!!・・・・本当に帰るわよ?今さら謝っても遅いんだから!」

P「次までには調子良くしといてくれよ」

その言葉は聞こえていたのかわからない、大分早歩きで行ってしまった。まぁこういう日があるのは仕方ないだろう、女の子だし。無理をさせてストレスを溜め込ませて、後が大変になってからでは遅い。


代役の件を責任者に説明し2Pに電話をかける。

P「すまん今大丈夫か?」

2P「どうしました?」

P「今誰か手が空いてる娘貸してくれないか?割と急ぎだ」

2P「了解です手配でき次第、折り返し電話します」

P「ありがとう、今度おごらせてくれ」

楽しみにしてますよと聞こえた後電話が切れる、話が早くて助かるがこんな環境にいたら結構無茶なことを言ってる自覚が無くなりそうだ。

P「急にごめんな、助かったよ」

亜美「仕事がキャンセルになってラッキー!って思ってたらすぐ出動って・・・・」

真美「約束通りこの後好きな物買ってもらうかんね!」

P「わかったわかった、そんな約束してないけど」

亜美「やったー!おっちゃんの財布空っぽになるまで買ってやろうね、真美」

真美「がぜんやる気出てきたー!さてさて、一仕事しますかねぇ亜美さん」

やる気を出してくれたなら良しとしよう、伊織もこれぐらい素直だといいんだけど。




急な仕事だったが難なくこなしてくれた、提供側の機嫌もなんとか損なわずに済んだようだ。今は姉妹曰く報酬を払うためにデパートに来ている。

真美「これとかいいかもねー」

亜美「あ、それ亜美が先に目をつけてたのに!」

真美「この世はいつだって早い者勝ちなのだよ、てわけで試着室へゴ→」

亜美「ぶーっ、いいもん亜美はもっといいの探すし」

亜美「んー、事務のおっちゃんはどれがいいと思う?」

P「安いやつがいいな」

亜美「んっふっふー、じゃあとびきり高いやつ買っちゃうかんねー、あっちの高級ブランドコーナーにレッツゴ→」

P「待て待て、ここのブースでだけって約束しただろう」

亜美「じゃあちゃんと選んでよー!」

P「・・・・これだな、露出が少なくて健全的だ」

亜美「なるへそなるへそ、でも亜美はこのエロエロの服にしよーっと」

P「・・・・」

試着室に走っていく亜美と試着室から出てくる真美、互いの服を見せ合うと真美がこっちに走ってくる。

真美「どおどお?似合う?」

P「ああ、似合うから早いとこ決めてくれ、レジ通しちゃうから」

真美「まだダメー、女のショッピングは長く険しいものなんだよ」

P「そうなのか」



店員「娘さんの服をお求めですか?」

女性の店員が営業スマイルで話しかけてくる、親子ほど歳の差があるようには見えないと思うけどなぁ。

P「ああいいです、こっちで勝手に決めますんで」

真美「娘さんじゃないよ?えんこー相手だよ」

店員「えっ」

P「えっ」

汚物を見るような目で見られる、そりゃそうなるだろう。

P「いえ全然違います、もういいですから、こっちはこっちで勝手に決めますから」

店員「は、はぁ」

誤解が解けた気がしない、警察を呼ばれないといいけど。

真美「んっふっふー、あのねーちゃん凄い顔してたね」

P「あんな言葉どこで知ったんだ」

真美「友達が言ってたよ、若い女の子がお金貰ってあんなことやこんなことするんだって」

P「今後一切その言葉は口にしないように」

真美「えー!なんでー!?」

やっと服の選別が終わりレジを済ませる、そしてエスカレーターの方へ向かった先に・・・・。

真美「あれ?いおりんだ、調子はもう良いの?」

伊織「え?・・・・」

亜美「ダメじゃん調子悪いんだったらお家で休んでなきゃ」

伊織「・・・・」

P「二人が代わりに営業をこなしてくれたんだ」

伊織「そ、そう・・・・悪かったわね亜美真美、ご苦労様」

亜美「んー?なんかいつものいおりんのテンションじゃないよ、やっぱり調子悪いん?」

伊織「大丈夫よ気にしないで・・・・にしてもアンタ、両手に花でショッピングなんて良いご身分ね」

双海姉妹から俺に視線を移すと打って変って喧嘩腰に言ってくる。

P「あのな」

伊織「私屋上にいるから、アンタは一番高いオレンジジュース買って後で来て」

そう言うと背を向けてエレベーターの方へ行ってしまった。

真美「な、なんか怒ってたっぽいねー、おっちゃんなんかしたの?」

P「わからない」

亜美「わからないって・・・・とにかく早く行ってあげなよ」

P「でもお前達を送らないと」

真美「そんなのいいよ、真美達電車で帰るから、じゃねー服ありがとー」

亜美「ちゃんと仲直りしなきゃダメだよ」

二人で重そうな買い物袋を分け合ってエスカレーターで下っていく、喧嘩もしてないのにどうやって仲直りすればいいんだろうか、などと考えながらオレンジジュースを買って屋上に上がる。




伊織は屋上の広場のパラソルの立ったテーブルの席に座っていた、どことなく機嫌が悪そうだ。

P「ほら、オレンジジュース」

伊織「遅い」

低いトーンで吐き捨てられる、仲直りと言ってもこんな状態でどうすればいいんだろう。

P「今回は運良く代役が早く見つかったら良かったけど、これからは無理そうならもっと早くに言ってくれよ」

伊織「・・・・アンタバカ?まだそんなこと言ってるなんて、信じらんない」

P「大事なことだろ」

顔を伏せて歯をギリギリと鳴らしている、かなり頭にきているようだ。そして腕を天に振りかざすとーー

ドンっという音をたててテーブルに拳を振り下ろす、周りの視線が集まるのが感じられる。

伊織「怒ればいいじゃない・・・・怒ればいいじゃないのよ!!」

伊織「仕事すっぽかしてデパートで服を見てたやつなんて叱ればいいじゃない!なんであの二人とイチャイチャ歩いてんのよ!」

P「いやあれは代わってくれたお礼に服をだな」

伊織「そんなこと聞いてない!!あの時だってそう、ラジオで私が失敗したときだって『反省してればそれでいい』なんて言っちゃって」

伊織「結局私のことなんてどうでもいいから、めんどくさいから強く言わないんでしょ」

伊織「そんなの小言ばっかりで正面から物を言ってこないウチの付き人達と一緒じゃない!私の顔色うかがってご機嫌を取りにくる学校の取り巻きと一緒じゃない!」

伊織「アンタなんて・・・・私をただのお嬢様としてしか見てないそいつらと一緒よ」

伊織「家族以外にだって、ちゃんと正面から物を言ってくれる人がいても・・・・いいじゃない、ちゃんと私を見ててくれる人がいても・・・・いいじゃないのよ」

少し身体を震わせてそれ以降は黙って俯いてしまう、相変わらず周りの視線が痛い。

伊織「痛っ!?・・・・アンタ、私の究極チャーミングなおでこにデコピンするなんていい度胸してるわね」

痛みからか目に涙を溜めて睨みつけられる、今にも飛びかかってきそうだ。

P「お仕置きだ、サボって周りを困らせて、双海姉妹にも心配させて」

P「それと俺はちゃんと伊織のことをずっと見てるぞ、あの時そう決めたからな」

伊織「なっ・・・・言ってて恥ずかしくないの!?聞いてるこっちが恥ずかしいわよ!」

P「正直恥ずかしい」

伊織「・・・・はぁ、しょうがないから私にも服買ってくれたら許してあげる」

P「いいけど、安物だぞ?」

伊織「別に期待してないわ」





伊織「まぁ、たまにはこういう庶民っぽい服もいいかもね」

P「伊織は可愛いから何着ても似合うよ」

伊織「・・・・別にもう怒ってないからそういうのいいわよ、逆にムカつく」

P「そうか、本心だったんだけどな」

伊織「あ、当たり前でしょ私が可愛いのは!今さら何言ってんのよ」




伊織「ねぇ、これとこれならどっちがいい?」

P「露出の少ないこっちだな、健全的で良い」

伊織「判断基準それ?もっと可愛いからとかあるでしょ」

P「可愛いよ、色合いが伊織のイメージともマッチしてるし」

伊織「・・・・じゃあ、これにする」

今日はこれで
八月中に完結を目指します

任される仕事が次第に大きいものに変わっていき遂には企業側からオファーが来るほど伊織も有名になってきた。

仕事を終え帰宅する、部屋は殺風景で寝るための場所というのは今も変わらない。

帰り際に買ってきたコンビニ弁当をかき込んでいると携帯の着信音が鳴る。どうやら伊織からのようだ、あっちからかけてくることは今まではあまり無かったことだ。

P「どうした?なんかあったのか?」

電話に出て伊織の声を待つ、何か事故に巻き込まれたんじゃないかと心配になってしまう。

伊織「アンタ、今家にいる?」

P「ああ」

そう答えた後インターホンが鳴る、ただでさえここを訪ねて来る人などほとんどいないのに、こんな夜遅くの訪問者に少し身構えてしまう。

P「すまん、後でかけなおす」

伊織「あ、ちょっとーー

言い切るのを待たずに電話を切ってドアの前まで行く、カメラ付きインターホンなんてナウなものは取り付けられていないため外の様子はわからない。

念のためドアガードでロックしたままドアを開ける。

P「伊織?」

ドアの隙間から見えているのは確かに伊織だ、予想外な出来事に一瞬思考が止まってしまう。

P「ちょっと待ってろ、すぐ開けるから」

一度ドアを閉めストッパーを外し再度ドアを開ける、外の様子をうかがうと伊織の他には誰もいない。一人でここに来たようだ、簡単な荷物が入っているであろうショルダーバッグを下げている。

P「どうしたんだよ」

伊織「アンタね、私に許可無く電話を切るんじゃないわよ」

P「そんなこと言ってもインターホンが鳴ったんだから仕方ないだろ、誰かと思ったらお前だし」

伊織「電話してる相手がインターホン鳴らした本人っての、ちょっとやってみたかったのよ、ロマンチックなサプライズでしょ?」

P「ロマンチックは置いといてサプライズではあったな」

伊織「・・・・それで、レディをいつまで外に立たせておくつもり?」

P「上がるつもりなのか?」

伊織「当たり前でしょ、ほらどきなさいよ」

P「いやそれはマズイ、っておい勝手に入るな」

横をすり抜けて玄関に入り靴を脱ぐとズンズン奥に入っていってしまう。

伊織「殺風景な部屋ね、つまらない男って自宅もつまらないのかしら」

部屋を見回して好き勝手に感想を言っている、ていうかこれヤバいんじゃないのかこれ大丈夫なのか?これ大丈夫なのか?

伊織も今では人気アイドルの一員、芸能界で生きるにして最大の敵と言えば・・・・。

P「なぁ、ここに来る途中に誰かにつけられてる気配を感じなかったか?」

伊織「さぁ」

呑気にテレビを付けはじめた、もし今さっきの部屋に入っていく瞬間をカメラで取られて週刊誌に取り上げられでもしたら最悪だ。

今もどこからか見ているかもしれない、もっとやましいことが無いかとほくそ笑んでいるかもしれない。

伊織「何よさっきからキョロキョロとうざいわね」

P「元はと言えばお前がだな」

・・・・とりあえず落ち着こう、聞かなきゃいけないことが山ほどある。

P「なんでここに来たんだ」

伊織「家出したから」

P「・・・・なんで?」

伊織「パパが『もう充分やっただろう、いつまでも遊んでるんじゃない』って」

伊織「私は遊びのつもりでなんてやってないのに」

P「それで家出を?」

伊織「今月いっぱいで引退しろってまで言ってきたから、活動を認めてもらうまで帰らない」

P「・・・・とにかく親御さんに連絡しよう、その件については後日話し合うから」

伊織「無理よ、アンタなんかがパパの前に立ったらお金の力で潰されちゃうんだから」

P「でもな、きっと心配してるぞ、ほら携帯貸してくれ」

伊織「触んないでよ、変態!もし連絡しようもんならこの場でアンタに誘拐されたーって騒ぎ立ててやるから!」

P「それは勘弁してくれ」

P「プロデューサーである俺がこんなこと言うのもおかしいが、なんでそこまでアイドルにこだわるんだ?」

伊織「・・・・」

P「水瀬家に生まれたその瞬間にもう明るい将来が約束されたようなもんだろう」

伊織「そうよ、765に来る前は最高の教育を受けていて、それであの人達みたいな・・・・パパや兄さん達みたいな立派な人間になるんだって思ってた」

伊織「でも無理ってわかったの、私がどんなに努力してもあの人達には敵わない、あの人達とは対等になれないって」

P「お前はまだ中学生だろう」

伊織「何年経っても同じよ、私と同い年の時のあの人達の功績を聞くだけで頭をかきむしりたくなる」

伊織「だから私は、私にしか出来ない方法であの人達と同じ場所に行ってやるって決めたの」

伊織「ここでやめるわけにはいかないのよ」

P「・・・・話はわかった、だが年頃の女の子をこんなとこに泊めるわけにはいかない」

伊織「夜這いかける度胸なんて無いくせに」

P「そういう問題じゃない」

携帯の電話帳を開いて電話をかける、まだ寝てないといいが。

小鳥「どうしたんれすか?」

呂律の回っていない声が聞こえてくる、酔っているんだろうか。

P「夜遅くにすみません、今家ですか?」

小鳥「そうですよ」

P「実はかくかくしかじかで」

小鳥「え、伊織ちゃんが?・・・・ま、まままままさか・・・・逢引ですか!?秘め事ですか!?そうなんですか!?そうなんですね!!YESと言え、このロリコン!!」

スイッチが入る音が聞こえたんじゃないかと思うほど急に豹変し、鼻息を荒くし出した。シラフでもたまにこうなるが今回は群を抜いてひどい。

P「いや、断じてやましいことはしてなーー

小鳥「実話最高や!薄い本なんて最初からいらんかったんや!現実は薄い本よりエロスなり!!」

小鳥「言え!洗いざらい詳しく!!最初はどこからまさぐった!?むしろ触らせたんか!?脚か?脚で踏ませたんか!?」

小鳥「チューは!?ディープの方もしたんか!?ソフトからディープな方をするとき高低差ありすぎて耳キーンなったってか!?やかましいわドアホ!!」

P「・・・・話を聞いてください」




P「落ち着きましたか?」

小鳥「・・・・はい」(うぅ、壁ドンされた・・・・)

P「それで急な話で申し訳無いんですけど、伊織を泊めてあげてくれませんか?」

小鳥「それはいいですけど・・・・多分そちらと結構離れてますよ?」

P「俺が車で送っていくんで大丈夫です、それでは後ほどうかがいます」

小鳥「わかりました」



小鳥「・・・・あれ?てことはPさんも来るってこと?・・・・ピヨ?」

P「音無さんの家に行くぞ」

伊織「別に私はここでいいのに」

P「俺がよくないからな、それと外出る時にこれ付けてくれ」

伊織「帽子にサングラス?なんで私がそんなダサいの付けなきゃなんないのよ」

P「どうしてもだ、じゃあ行くぞ」



電話帳に登録してあった住所を頼りにカーナビで音無さん宅に向かう。

P「なぁ、もう夜遅くに一人で外出歩くような真似はしないでくれよ、本当に誘拐でもされたらどうするんだ」

伊織「頭にきて外飛び出しちゃったんだからしょうがないじゃない」

P「とにかくそんな状況になったら俺を呼べ、ちゃんと話を聞くから」

伊織「・・・・しょうがないわね」



なんとかカーナビの指示通りに辿り着く、オートロック式の入り口を開けてもらい部屋番の合否を確認してインターホンを鳴らす。

バタバタとする音の後にドアが開くと音無さんが姿を見せる。

小鳥「お、お待たせしました!」(なんとか間に合った!!部屋は綺麗にしたし、一度落としちゃった化粧はやり過ぎない程度に抑えて整えたし、完璧・・・・のはず!ピヨヨヨヨ、頭がクラクラする・・・・一度も男の人を上げたことなんてないこの家に男の人が来るなんて・・・・)

P「いえ、ご迷惑かけてすみません、伊織をお願いします。それでは俺はこれで」

小鳥「えぇ!?もう帰るんですか?」

P「はい、上がるわけにもいかないですから」

小鳥「そんな・・・・せっかく頑張って色々準備したのに・・・・」

伊織「アンタは本当にデリカシーの欠片も無いわね、いいから上がるわよ」

P「お、おい」

腕を掴まれ中へ引きずられる、部屋中に広がる女性特有の何とも言えない香りが鼻をくすぐる。

伊織「小鳥、お邪魔するわよ」

小鳥「ええ、いらっしゃい伊織ちゃん」

小鳥「それに、その・・・・Pさんも」

P「はあ、すみませんなんか俺までお邪魔しちゃって」

小鳥「いえいいんです!ほらほらそんなとこにいないで座ってください」

アルコールが入っているからかいつもより顔が赤みを帯びて、声のボリュームが少し上がっている。

小鳥「何か飲みますか?ビール焼酎ワイン一通りありますよ!!」

P「いえ車なんでアルコールは」

小鳥「そんな時のためにノンアルコールもちゃんと置いてますよ!ほらほら飲みましょう!!」

有無を言わせずコップに注ぎ出す、慌ただしく冷蔵庫を開け閉めするとおつまみやオレンジジュースまで出してくる。

小鳥「伊織ちゃんはオレンジジュースでいいわよね?」

伊織「ええ、頂くわ」

P「音無さん明日も仕事ですよ、大丈夫ですか?」

小鳥「大丈夫です大丈夫です!」

P「結構酔ってるみたいですけど」

小鳥「酔ってないですよ、全然酔ってないです!こんなんで酔ってたら飲み友達に笑われちゃいますから!」

さっきの電話の後でこう言われても説得力の欠片も無い。

小鳥「ほら、Pさんも飲みましょうよ」

P「・・・・では頂きます」

冷えたアルコールの入っていないビールをあおる、結局酒を飲んでる気分にはなれずやっぱり本物が飲みたくなってしまう。

P「おいしそうに飲みますね」

小鳥「よく言われます、でも本当においしいんだからしょうがないじゃないですかぁ」

伊織「う、苦っ!こんなのどこがおいしいのかしら」

音無さんのコップを取って舐める程度で飲むと顔をしかめてそう言う。

P「こら、未成年が酒飲むな」

小鳥「興味が出てくるお年頃だものねー、甘くて飲みやすいものもあるけど・・・・飲むかしら?」

伊織「いいの?」

小鳥「いいのよ、お酒を知るのは早いに越したことは無いわ、お酒はどんな悩みだって包みほぐしてくれるのよ」

P「いやいやいや、いいわけないでしょう」

その後は世間話や小鳥さんの愚痴で時間が過ぎていった、トイレを借りて部屋に戻ってくると音無さんが眠ってしまっていた。

P「寝ちゃったのか」

伊織「ええ今さっき、熟睡しててもう起きないわねこれは」

P「じゃあお前ももう寝ろ、夜更かしは美容の天敵だ」

音無さんを抱え上げると思いのほか軽いことに驚かされる、ベットの上に寝かせて布団をかけてあげる。

P「狭いだろうけど、他に寝るとこも無いしベットに入れてもらえ」

伊織「アンタは?」

P「帰るよ」

伊織「別にいいじゃない、そこらへんで寝ちゃえば」

P「そういうわけにもいかんだろ、それと明日ご家族に話に行くからな」

伊織「だからアンタじゃ無駄だってば」

P「こういうのもプロデューサーの仕事なんだ、じゃあ俺は帰るからな、明日朝迎えに来る」

伊織「・・・・」

P「鍵はちゃんと閉めろよ」

そう言ってドアを閉める、大分長いこと居座ってしまった。鍵がかけられる音を確認して駐車場に停めていた車で元来た道を辿り自宅に向かう。

酔っ払って寝込んだ小鳥と私を置いて帰ってしまった。少しぐらい私の気持ちを立ててくれてもいいのに、変に紳士なんだからあのバカは。

時計を見ると結構な時間になってしまっていた、長く大きいあくびが出てしまう。

小鳥が寝ているベットに潜り込む、その身体は酔っているからかポカポカしていて、あれほど飲んでいたのに酒臭さがほとんど無くて心地が良い、体質の問題なのかもしれない。

目の前には自分には無い豊満な胸と幼さが抜けた大人っぽい艶やかな顔、やはりアイツもこういう方が好きなんだろうか。

小鳥「伊織ちゃん」

伊織「っ!?」

小鳥「ちょ、痛いっ!?」

急に目を開いてしゃべり出すもんだからびっくりして平手打ちしてしまった、手が当たった場所を痛そうにさすっている。

伊織「ご、ごめん大丈夫?いきなり話し出すからびっくりしちゃって」

小鳥「うぅ、痛い・・・・ピヨピヨ」

伊織「悪かったわよ、ほらさすってあげるから泣かないで」

小鳥「・・・・ふふ、伊織ちゃん優しいのね」

伊織「べ、別に・・・・そんなこと無いわよ」

小鳥「もう、可愛いんだから、ねぇ伊織ちゃん?」

伊織「何?」

小鳥「伊織ちゃんは、あなたのプロデューサーさんのこと好き?」

伊織「な、ななななな、何言ってんのよ!誰がアイツのことなんか」

小鳥「私は、好き」

伊織「・・・・え?」

小鳥「ちょっと無口だけど優しくて、お昼や休憩の時に私の愚痴や趣味の話を聞いてくれるし、仕事も出来るし」

伊織「・・・・」

小鳥「でもね、なんか一緒にいてもボーッと明後日の方向を見てるような時があるの」

小鳥「まるでそっちに思い人がいるみたいに」

伊織「思い人?」

小鳥「ええ、誰もいない方をうつろな目で見つめて物思いにふけっている感じ」

小鳥「その姿を見て、ああ、私のこの思いは多分一方的なものなんだろうなって思ったの」

伊織「そんな・・・・」

小鳥「それでもそんな目をした後にね、必ず伊織ちゃんの方を見るのよ」

伊織「私を?」

小鳥「そう、さっきまで思ってた人と伊織ちゃんを重ね合わせるように、そのときのあの人の顔は凄く引き締まってて、他の女の子を見てるっていうのにちょっとドキッとしちゃうの」

伊織「・・・・」

小鳥「伊織ちゃんはあの人のこと、
好き?」

伊織「わ、私は・・・・」

小鳥「・・・・・・・・スゥ」

伊織「・・・・寝てるし、なんなのよ、もう」

今日はこれで

朝、音無さんの家へ向かい伊織を迎えに行く。

P「おはようございます、伊織はもう起きてますか?」

小鳥「ええ、奥の部屋にいますよ、上がっちゃってくださいお茶ぐらい出しますから」


音無さんに出迎えられ部屋に上がらせられる、奥の部屋っていうのはあれか。

P「おい伊織、早いとこ行くぞ」

伊織「え・・・・?」

ふすまを開けるとそこには着替え中の伊織、ちょうどブラを肩に通す瞬間だったようだ。小ぶりな胸が際どくもさらけ出されている。

伊織「へ・・・・変態!ド変態!変態大人!! ア、アンタなんてごみ溜めに突き刺さって死んじゃえーー!!!」

その叫びと顔目掛けて飛んできた布に我を取り戻して急いでふすまを閉める、これはちょっとマズイかもしれない。

小鳥「これ・・・・確信犯ですよね?」

P「違います」

小鳥「頭に脱ぎたてのショーツ被っといてそれは苦しいですよ」

P「すみませんが取ってもらえますか、これに触れたらもう俺はダメな気がします」

小鳥「こ・・・・これが伊織ちゃんの脱ぎたてパンティー・・・・においかいでも大丈夫ですかね!? においかいでも平気ですかね!?」

P「平気でも正気でもないと思います」

伊織「最っ低!! こういうことだけはしない堅物バカだと思ってたけど、ただのムッツリバカだったようね!」

音を立ててふすまを乱暴に開けるとちゃんと服を着た状態で伊織が出てくる。

P「これに関してはごめんなさいとしか言いようがない」

伊織「アンタねぇ、私の・・・・その・・・・身体を見といてごめんなさいで済むと思ってんの!?」

小鳥「そうだそうだ! 私だってラッキースケベで着替え中の伊織ちゃんのちっぱい見たかったのに!」

伊織「誰がちっぱいよ!!」



音無さん宅を出て、社長にこの件についてを伝えて伊織を連れて水瀬邸に向かう。

あらかじめ今から向かうことは両親に伝えさせた。

もしかしたら可愛い愛娘の家出を助長した男が目の前に立つとなれば、有無を言わせず殺されてしまうかもしれない。・・・・ないと信じたい。

水瀬邸に着くと執事の人に出迎えられ、屋敷の中に招かれる。そのまま誘導された先には伊織の両親がいたが、親子の感動の再会とはいかず部外者の俺を蚊帳の外に三人で言い争っている。

一区切りついたのだろうか身体をこちらに向けると、その堂々とした風貌で話しかけてくる。

伊織父「はしたないところを見せてしまってすまないね」

P「いえ、申し遅れました。私は伊織さんを担当させて頂いている者です。今回の件では私の独断で多大なご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

伊織父「私はね、今非常に腹が立っている」

P「・・・・」

伊織父「ついては君に落とし前をつけてもらおう」

そう言うと甲冑の手にあるナイフを取って、意気込みこちらに突進してくる。

伊織「っ!? ・・・・ちょっと!! 何やってんのよ!?」

・・・・身体が動かない、喉もふさがってしまっている。ナイフを握りしめこちらに向かってくるその迫力を前に脳がうまく動作しない。

もうすぐそこまで来ている・・・・まさかこんな事になるとは、正直ここに向かっている時は身の危険なんて微塵も感じてはいなかった。

ナイフの切っ先が腹部に当たったかと思うと、痛みを感じる間もなく柄の部分を押し当てられる。

その衝撃で身体が後ろに傾いてしまい、ナイフが当たった部分を手で抑えながら背中が床にぶつかるのを感じた。

伊織「プ・・・・プロデューサァァァァァッ!!」

伊織「ねぇ・・・・ねぇ!! 目ぇ開けなさいよ!!」

伊織が駆け寄って来たのだろうか、肩を揺すられ頬の辺りで水の雫がはじける。

伊織「・・・・・・・・エリート志向だけ強い口の悪いおっさんだけど、一つの目標として今までアンタを見上げてきたのに! ・・・・私はアンタを絶対許さない!」


伊織父「・・・・まさかそこまで言わせるとはな」

伊織「・・・・何言ってーー

伊織父「ほんの冗談だ、これはマジックナイフと言って、こんな感じに刃が引っ込むんだ」

伊織「お、おもちゃ? ・・・・もう!! いい歳してそんなバカげたことしないでよ!」

伊織「アンタも! いつまで寒い演技続けるつもり!?」

P「痛い、痛いから蹴るな」

伊織「自業自得でしょ!」

P「血が出てるか確認ぐらいしろよ」

伊織「うっさい!」

伊織父「すまんね君、まさかそこまで迫真の演技を見せてくれるとは思わなかった」

伊織「ホントよ、バカなんじゃないの」

P「ほんの出来心だ」

伊織父「とにかく、少し試させてもらった、伊織と君を」

伊織父「伊織の反応次第でこちらの出方を変えようと思っていたのだが、予想以上の結果だった」

伊織父「私としては『なんでこんなことしたの!? 人殺しなんてしたら警察に捕まっちゃう! 私パパと会えなくなるなんてイヤ!!』ぐらい言って欲しかったものだが」

伊織の真似だろうか、似てない。

伊織父「君には一本取られたよ、
娘のことは君に任すとしよう」



その後少し会話を交え、高笑いしながら部屋を出ていった。

P「凄い人だな」

伊織「ただのバカよ、大バカ。アンタも大概だけど」

P「・・・・目が赤いな、泣いたのか?」

伊織「だ、誰が泣くってのよ!」

泣いたのか、さっきの水の雫は涙だったようだ。

P「失礼します」

かろうじて家出の件は不問となって仕事に支障をきたす事は無かった。その後のある日、社長に呼び出されたので社長室に入る、何やら大事な話があるとのことだ。

高木「水瀬君の四枚目のシングル、見事二十位以内に入ったようだね」

P「はい」

高木「実に素晴らしい快挙だ、そしてこの順位を維持して今週末を迎えれば、IA大賞の有力候補となることを意味するのは君も知っているだろう?」

P「はい」

高木「そこで今さっき運営側から連絡があったんだが」

高木「今年度からIA大賞にノミネートされたアイドルのプロデューサーは、一年間のハイウッドへの研修に行く権利が得られるらしい」

P「それは・・・・初耳です」

高木「急な決定だったらしいからね、今回は試験的な意味合いも兼ねているようだ」

高木「どうするかね? これはもちろん強制じゃないが、何か得られる物が必ずあると私は思うのだが」

ここで名乗りを上げて研修で結果を残せば、765のプロデューサーという名前の評価が上がるかもしれない。

それはきっとここの経営にプラスとして影響するはず、そうなれば社長への恩返しという形になる。

P「行かせてください」

高木「ふむ・・・・もっと迷うと思ったのだが、本当にいいのかね?」

P「立ち止まったら振り向いてしまうと思いますから」

高木「なるほど、プロデュースの件を任せた以前とは別人のようだ」

高木「水瀬君には君の方から伝えてくれたまえ、きっと悲しみだろうが伝えるのは早い方がいい」

P「・・・・いえ、その必要は無いでしょう。伊織はアイドルとプロデューサーとの関係はそういうものだと弁えているはずです」

高木「・・・・」

P「それではこれで、失礼します」

部屋を出て戸を閉める、勢いで決めてしまったが問題無いだろう。




高木「若いねぇ・・・・。若いとは実に素晴らしく、そして難儀なものだ」



場所はフェス会場、今や連戦連勝を重ねている伊織。パフォーマンスも中盤、このままいけば勝利が得られるだろう。



「おい、765のプロデューサァァァ!! 出てこい!」

と、急に何者かが叫んだかと思うとその声を筆頭に群衆が騒ぎ出す、軽く百はいるだろうか。会場が嫌なざわつきを見せる、もしかしたら一番危惧していた事態が起きたかもしれない。

「よくあの娘を殺しといてのうのうと生きてられるな!!」
「今ここでお前を殺してやる!!」
「いるんだろうが!! 今すぐ出てこい!!」
「おいお前らうるせぇよ!! いおりんの歌声が聞こえねぇだろうが!!」

スピーカーから出るアイドル達の歌声、事態に気付かず熱中して叫んでいるファン、不届き者を黙らせようとする警備員や観客とこの事態を起こした張本人達の喧騒が会場中に入り混じっている。

もはや収拾がつかない、それでも伊織を含めた数組はこの状況でも最後まで歌い切ろうと、勝利を掴もうと必死にパフォーマンスに集中している。

黒井「フフン、どうかな私が用意したショーは? ボンクラアイドルの歌なんかよりずっと面白い、そうは思わないか?」

P「あなたの仕業ですか」

黒井「その忌々しい顔、先日やっと思い出せたよ、なにぶんつまらないことはすぐ忘れることにしているのでね」

黒井「あの時私が誘った通り、我が961プロに来ていれば担当アイドルを自殺させるなどと、馬鹿なことはせずにすんだというものを」

P「俺の顔を覚えてはいないだろうと踏んでいましたが、思い出して頂けるとは光栄です」

黒井「フン、まさかその件の後貴様が高木のところに行ったとはな、それが無ければここまで追い詰めてやることはなかったのだが」

黒井「高木の部下は私の敵! 全ての権力を使ってお前を調べ上げた。水瀬伊織の担当プロデューサー、お前の過去を全てばらまく! 貴様が選んだ道を呪うがいい」

黒井「今日はこの程度の余興だが明日、あらゆるメディアで貴様の汚職は再び日の目に晒されるだろう・・・・ハーッハッハッハ」

「おらぁ! さっさと出て来いって言ってんだ!!」

伊織「っ!?」

伊織のステージに空き缶が投げ入れられる、当たりはしなかったようだがこうなってくるともう続行は厳しいか。

黒井「おやおや物騒だねぇ、いいのかなぁ? もしこのまま続ければ怪我をしてしまうかもしれないぞ」

黒井「貴様の大事な大事なアイドルが、その怪我を理由に自殺・・・・なんてのも考えられる」

P「くっ・・・・」

限界だ、これ以上続けたら本当に怪我をしかねない、伊織を制止しようとステージに上がろうとするとーー

一瞬、これまでに見たことのないほどの表情で睨まれる。止めるなということなんだろうか、今は先ほどの表情を一片も見せずに観客達に向かって歌を運んでいる。

黒井「明日が楽しみだ、それではこれで失礼しよう」

見るからに高そうなスーツを翻して去っていく、なおもブーイングは続いている。

そして伊織の歌が終わると同時にようやく警備員が連中全員を取り押さえ、外につまみだそうとしている。

伊織「待ちなさい!」

伊織の言葉に会場中が静まる。

伊織「私のプロデューサーに何の用があるのか知らないけど、アンタ達なんかがアイツを悪く言うのは許さない」

伊織「言いたいことがあるなら私の目の前で言ってみなさい、内容によっちゃこの私が相手になってあげるわ!」

伊織がファンの前で被った猫を脱ぎ捨てるのは、これが初めてのことだった。

P「今日はすまん、俺のせいでお前を危ない目に合わせた」

続行は不可能と思われたが観客からの熱望で伊織のアンコールが行われた。今はそれも終わり落ち着いた場所で話をしている。

伊織「なんでアンタのせいなのよ、アイツらが騒ぎ立てたからでしょ」

P「連中もある種の被害者なんだ」

伊織「どういう・・・・こと? アイツらアンタのことを人殺し云々言ってたみたいだけど」

伊織「冗談よね? アンタなんかが人を殺せるわけ・・・・」

P「そのことは明日になればわかる、今日はもう帰ろう」



伊織「・・・・なんでよ、なんで否定しないのよ・・・・不安になるじゃない・・・・」



事務所に着く、強張っていた身体がほぐれるのがわかる。気付かない内にかなり精神的にきていたようだ。それは伊織も同じようで着いてすぐにソファに沈み込んでいる。

P「失礼します」

高木「君か、フェスは見事な勝利だったようだね」

P「はい、しかしちょっと問題が」

高木「ふむ、聞こうか」

律子「お疲れのようね」

伊織「・・・・えぇ」

律子「何かあったの?」

伊織「ねぇ律子は、アイツのことで何か知ってることはある?」

律子「アイツってあなたのプロデューサーのこと?」

伊織「そう」

律子「さぁ、あの人が来てからもう結構経つけどあんまり自分のこと話さないから。それこそ伊織の方が知ってることは多いと思うけど?」

伊織「私も同じ、大事なことは何にも話してくれないもの」

律子「訳ありな感じよね」

伊織「・・・・もっと一緒にいれば、それもわかるのかしら」

律子「え?」

伊織「え? ・・・・い、いや今のは違うわよ!? 別にアイツと一緒にいたいなんてーー

律子「聞いてないの? あの事」

伊織「あの事って・・・・何の事?」

律子「プロデューサーはあなたのIA大賞が終わればハリウッドに留学するのよ」

伊織「・・・・何よ・・・・それ」

律子「本当に聞いてなかったのね、何考えてんのかしらあの人は」

伊織「そんなこと一言も・・・・アイツ!」

律子「あ、ちょっと伊織!」

高木「君が黒井と関わりを持っていたとはね、中々厄介なことになってしまったようだ」

P「すみません、もうあの人は全て手はずを済ませていると思います」

P「明日、伊織だけでなく、765への風評被害は決して小さくないものとして日本中に広がることになると思います」

P「手遅れではありますが、俺のできる最大限の謝罪としてこれを受け取っーー

伊織「アンタ! 私に隠し事なんて、いつからそんなことできるまで偉くなったのよ!!」

こんな大事な話の途中に乱暴にドアを開けてそう叫びながら伊織が入ってくる。

P「伊織・・・・」

伊織「ハリウッドに行くとか調子こいたこと言ってるみたいだけど、そんな勝手は許さないわ!!」

伊織「私は認めない! アンタはいつまでも私の使いっ走りとして働くんだから!」

P「・・・・伊織、それは無理だ」

伊織「な・・・・どうしてよ!?」

P「もう俺はこの事務所にはいられない」

伊織「はぁ? 意味わかんないこと言わないでよ! ・・・・そう、そういうことね、結局前に言った私をずっと見ててくれるなんてのは、ただの出任せだったんでしょ」

伊織「アンタなんか・・・・アンタなんかどこにでも行っちゃえばいいじゃない!!」

P「お、おい伊織!」

走って行ってしまった。どこで歯車がずれてしまったのだろう、結局恩を仇で返し、償いは果たせないまま。

P「とにかく社長、これを受け取ってください。申し訳ありませんが留学の件も辞退します」

高木「この辞表は・・・・受け取れない」

P「なぜです!? このままでは人殺しプロデューサーを抱える事務所として世間に認識されますよ!!」

高木「君は人殺しじゃないからね」

P「そういう場合では・・・・」

高木「安心したまえ、これまでも黒井の手によって有ること無いことばらまかれてきていてね、それでも君も含めた私達は信頼を勝ち取ってきた。今回もきっと大丈夫さ」

高木「それに私の望みは君が最後まで水瀬君をプロデュースし、君の歩もうとした道を進んでもらうことだ」

高木「君がここを出て行くのは水瀬君にIA大賞を受賞させたその時だ、それ以外は私も認められない」

P「・・・・」

高木「とにかく、水瀬君を追いかけてあげてはどうかな?」

P「そう、ですね」

社長室を出ると秋月と音無さんが慌ただしく話していた。

小鳥「あ、Pさん! さっき伊織ちゃんが・・・・その、泣きながら出て行ったんですけど、何かあったんですか?」

P「俺が今から探しに行きます」

律子「あなたがしたことは伊織に対する裏切りですよ、あんな大事なこと黙ってたんですから」

P「・・・・行ってくる」

事務所を出る、伊織が飛び出してから結構な時間が経っている。片っ端から探していくしかないだろうか。




どこにもいない、事務所周辺を探してみたがそれらしい人影も見当たらなかった、携帯も繋がらない。

もう家に帰っているんだろうか、時間的にもあり得なくない。携帯を取り出し水瀬家に電話をかける。

出たのは男性の老人の声、おそらく執事の人だろう。

聞くに伊織はもう家に着いているそうだ、電話を取り付いでもらおうとするとしばらく待たされたが、今は話をしたくないと伝言を聞かされた。

礼を言って電話を切る、先ずはもう家に帰っていたその事実に安堵できた。このことを社長に伝えると『とりあえず安心したよ、今日のところはそのまま帰りなさい。まだ君はうちの社員だからね、明日も来るように』とのことだ。

家に着くなりすぐに横になった、今日は一日中身体が緊張していたのか疲れてしまった。

律子「あ、やっときた! 遅いじゃないですかずっと待ってたのに」

少し寝覚めが悪くいつもの出社時間より遅れてしまった。待っていたというのは、やはり。

小鳥「見てください凄い事になっちゃってるんです! ほら新聞テレビ雑誌でも!」

そこには今急成長を見せているアイドルの、水瀬伊織のプロデューサーの過去について取り上げられていた。

二年前、当時に担当していた人気アイドルを自殺に追い込んだ張本人として、再び取り上げられていた。

小鳥「これなんてひどい! 人殺しプロデューサーなんて、悲しい事故ではあるけど自殺なのに・・・・こんな書き方・・・・」

律子「でも驚きました、あなたが二年前話題になったあの人だったなんて」

P「すまん、全部俺のせいだ、この報道は関係の無いみんなにまできっと被害を及ぼすことになる」

律子「何言ってるんですか、困った時はお互い様ですよ」

P「困らせるのはいつも俺だろう」

小鳥「そんなことありません! みんなあなたに助けられて、あなたのことを思っているんです! その証拠に朝早くから春香ちゃん達がみんな一緒になって至るところで呼びかけているはずです」

小鳥「あなたは人殺しなんかじゃない! って、あれは悲しい事故だったんだ! って、私達の仲間を誤解しないで! って」

律子「社長も色んな所を回って関係を取り持ってくれています」

律子「私達は無数に来る電話の応対です」

律子「あなたがするべきことは何なのか・・・・わかりますよね?」

P「・・・・」

携帯を取り出し電話をかける・・・・繋がってくれよ。

「留守番電話サービスです」

出ないか、苛立ちを乗せて乱暴に電話を切るとメールの着信音が鳴る。

差出人は・・・・伊織。

件名:

一番高いオレンジジュースを買ってあのデパートの屋上に来なさい

P「・・・・居場所がわかりました、行ってきます」

律子「健闘を祈ります」

小鳥「こっちのことは心配しなくていいですからね」

P「はい、すみません」

今日はこれで

こんな時間帯故にそこにはほとんど人はおらず、伊織を見つけるのは容易だった。

P「ほら、オレンジジュース」

伊織「遅い、遅すぎ」

P「無茶言うな、これでも車飛ばしてきたんだ」

伊織「・・・・」

一点を見つめてオレンジジュースをストローで吸っている、その視線の先は駅前のビルのモニターだろうか。

伊織「アンタ、今凄い事になってるわね」

P「・・・・そうだな」

伊織「自殺なんでしょ? アンタが前に担当してた娘」

P「自殺に追い込んだのは他の誰でもない、俺なんだ」

伊織「どうして・・・・そんな」

P「俺が無能だったからだ」

伊織「また、そんないい加減なこと言ってごまかして」

P「いい加減なんかじゃない、あの娘が必死に隠していたSOSに目を瞑って、誰に頼まれたわけでもない独り善がりを押し付けたのは俺が馬鹿だったからだ」

・・・・こんなことを伊織に話してどうしたいのだろうか、同情でももらうつもりなのだろうか、言い切ってから後悔をした。

伊織「・・・・なんか引っかかってたんだけど、そういうことだったのね」

伊織「アンタが私に絶えず無理はするなとかってしつこいぐらい言ってたのも、活動を無理に強要しなかったのも、その事があったからってわけね」

P「・・・・」

伊織「この前と聞く立場が逆だけど、そんな事があってどうして私の担当になったの?」

この前というのは伊織が俺の家に押しかけてきた時だろうか、その時は伊織になんでアイドルにこだわるのかを聞いたんだった。

P「社長に頼まれたからだ」

伊織「それだけじゃないでしょ、わかるわよアンタの顔見れば」

P「・・・・・・・・」

P「・・・・あの時、初めて伊織と会った時、どこか似てると思ったんだ」

伊織「だから?」

P「・・・・」

伊織「私はアンタにとって、ただのその娘に対する後釜に過ぎないってことよね」

P「・・・・」

伊織「否定しないのね・・・・私に今まで付き合ってきたのは、私と一緒にいたのは・・・・」

伊織「私をその娘と重ねていただけ、アンタが見ていたのは私なんかじゃかった」

P「違う」

伊織「どこが違うっていうのよ!?」

声を荒げる伊織に圧され言葉に詰まってしまう。

伊織の言う通りだった、罪滅ぼしなんて大義名分を掲げてはいたが俺はただ、伊織で埋め合わせをしていただけだった。

改めて伊織の担当になることを引き受けた動機を思い起こすと、今まで細かくは考えないようにしていた部分が見えてくる。


最初は伊織を見守っていれればそれでよかった。しかし、IA大賞に手が届くかもしれない場所まで来てしまった。気付けばそれを叶えたら役目を終えるつもりでいた、留学という手段を使って。

あの娘と分かち合えなかったアイドルの頂点に立つという喜びを、伊織に重ねたあの娘と感じるつもりだったのかもしれない。

それを果たし、遠くに逃げることで自分を解放したいのだろうか。あの娘との思い出と、新たに芽生えてしまいそうな感情に板挟みされている現状から。

P「お前はお前だ、俺は伊織に付き添うと決めたんだ」

伊織「じゃあなんで・・・・ハリウッドに行くとか言うのよ・・・・」

伊織「私は・・・・アンタともっと765で仕事していたいのに! アンタともっと一緒にいたいのに!」

P「・・・・社長が俺に託してくれたんだ、765の看板を。俺はそれに応えたい」

こんなに平然と嘘をつけることに内心驚く。嘘と言うのは語弊があるが、少なくともこれは一番の衝動じゃない。

伊織「私が! 行くなって言ってんの!!」

P「・・・・じゃあ、約束しよう。俺は必ずこの留学でお前を、水瀬の娘としてでなく水瀬伊織として、日本だけじゃなく全世界に羽ばたかせられるようになって帰ってくる」

この言葉に確信は無い、日本にすら帰らないかもしれない。

伊織「・・・・」

P「お前の目的は家族に追いつくことだろ?」

伊織「・・・・そうよ」

P「ならこんなとこで足踏みしてる場合じゃない、申し訳ないが今回の件で少なからずIA大賞から遠ざかってしまった」

P「事務所のみんなが俺達のために動いてくれてる、こっちは今やれることをやろう」

伊織「ねぇ、アンタがアメリカに行く時は私も一緒にーー

エレベーターの方へ身体を向けた後に、まるで空腹の子猫が食べ物をねだっているかの様なか細い声が背中に突き刺さる。

P「伊織、置いてくぞ」

伊織「・・・・」

伊織「おはよう」

P「ああ、おはよう」

伊織「いつ出るの?」

P「もう準備出来るから、待っててくれ」

伊織「そう」

あれから数日経って無事にIA大賞の参加が決定した。みんなの協力もあってか『水瀬伊織のプロデューサーはともかく、765は白』というのが世間の一般的な見解に落ち着いたようだ。

そちらは良い方へ向かっていってくれているが、どうにも伊織との関係はぎこちなくなってしまっていた。

外では業務的な会話以外は全くせず仕事を淡々とこなし、事務所では他の女の子と時間を過ごす。

思い返せば今までとあまり変わらないような気もする。けれどこの前までは確かにあった、事あるごとに聞かされていた文句や他愛もない会話が心寂しい。

高木「君、ちょっといいかね?」

P「はい」

高木「水瀬君にフェスの招待状が来たんだが・・・・どうにも黒井が一つ噛んでいるようでね」

P「961プロ所属のアイドルも出るといことですか?」

高木「うむ、今話題になっている謎の三人組だ」

P「初リリースであの売り上げ、普通ではないですね」

P「先日の一件で潰し切れなかったから今度は直接、ということでしょうか」

高木「そうだろうね、ここで逆に勝利出来ればIA大賞はグッと近付くだろう。だが一方で、わざわざ危険な賭けをすることは無いとも言えるがね」

P「出る必要はーー

伊織「出るわ」

P「・・・・伊織」

伊織「あのおっさんにはなめたこと言われたままだし、あっちから仕掛けてきたなら出て行くまでよ」

P「でもな、ここで負けたらもう大賞は絶望的だぞ」

伊織「どちらにせよそこで勝てなきゃ大賞なんて掴めないわ。無能なアンタでもそのくらいわかってると思ってたけど、焼きが回ったかしら?」

この言葉に普通なら腹を立てるのだろうが、少し安心してしまった。

P「・・・・」

高木「君のパートナーはやる気のようだよ」

伊織「パートナーって何よ!」

P「その招待、受けます」

高木「ではそのように伝えておくよ」

P「はい」

P「じゃあ、行くか」

伊織「ええ」

P「・・・・ありがとうな」

伊織「別に、礼言われるようなことしてないでしょ」





そのフェスの日を迎え、相変わらず静かな車内のまま会場へ走らせる。

ステージに上がる準備を終えて会場を伊織と見渡す。

伊織「今日はやけに観客に女性が多いわね」

P「961所属のジュピターは青年のユニットだからな、顔も公表してないのに大した集客力だ」

P「でもお前はそんなこと気にせずいつものように歌えばいい」

伊織「私はいつだって平常心よ」

「皆さーん! ステージインお願いしまーす!」

伊織「行ってくるわ」

P「気楽にな」

それぞれの曲がかかり始める。伊織は序盤から完璧なパフォーマンスでファンを魅了している。

ジュピターの人気も凄まじい、ファンの人数は伊織の方へ軍配が上がるが女性が多い故に通りの良い黄色い声が会場中に響き渡っている。

今のところはまだ盛り上がりの優劣に判断はつけられない。

サビに差し掛かったところ、伊織のダンスはここで急に激しさを増す。未だにレッスンでミスしてしまうことがあるぐらいだ。

しかしこういう大舞台での伊織の集中力は並では到底出せるものではない。その証拠にここまでのステップを完璧に踏んでいる、この調子なら安心できそうだ。

伊織「っ!?」

と、思った矢先。ターンするときに踏み込んだ足が悪いつき方をしたのか、勢い余って転倒してしまった。

同時に観客から心配の声が挙がる。

今までもこんなことが無かったわけじゃない、多少の転倒ならまだ逆転の余地はあるため気を取り直して続行してきたが・・・・伊織は立ち上がらない。

正確には立ち上がろうとはしているが、足の痛みからか力が入らず立ち上がれていない。

観客の声と曲だけが虚しく交差する、なおも立ち上がろうとする姿を見ていられず伊織に駆け寄る。

伊織「な、なんで出てきてんのよ! まだ演技中よ!!」

P「演技も何もないだろう、とにかく早いとこはけるぞ」

伊織「あ、ちょっ、どこ触ってんのよ!」

伊織を抱えて舞台袖へはける、足を強く挫いたのか赤くなって腫れている。

運営側から救急箱を持った、形ばかりの救護班をよこしてくれた。

伊織「・・・・ねぇ、961のとこのはどうなってるの?」

患部を圧迫し冷やしてもらいつつ、顔を伏せたまま低いトーンで聞いてくる。

P「今、アンコールが始まったとこだ」

伊織「そう」

伊織「バカみたい、今日のためにレッスンにいつもよりもっと身をいれたってのに、結果すら出せず怪我をして」

伊織「悪かったわね。最後にアンタに良い夢見させてあげようと思ったんだけど、無理だった」

伊織「もう、絶望的ね」

P「途中退場はあくまで敗北じゃない、これが決定的な判断材料にはならないさ」

伊織「・・・・」

考えすぎだろうか、あの娘が怪我をしたときとまるで一緒の光景のように見える。

患部に包帯を巻き終えると、手当てしてくれた人は一応病院で見てもらった方がいいと言って戻っていった。

事務所の最寄りの整形外科医に伊織を送ってもらうためにタクシーを呼ぶと数分で到着した。

P「あんまり思い詰めるなよ、まだ勝負は終わってないからな」

伊織「・・・・わかってるわよ」

タクシーが走り去っていく、付いていてあげたかったが留学には妙な手続きがあるようでそれに呼び出されているため同行できない。

長ったらしい手続きを終えて事務所に戻る、中には音無さんがいた。

小鳥「お疲れ様です」

P「はい、伊織は来てますか?」

小鳥「いますよ。・・・・残念でしたね、フェスで怪我をしたって伊織ちゃんに聞きました」

P「そうですか、医者に見てもらったはずなんですけどどういう怪我かは聞いてませんか?」

小鳥「それはちょっと聞いてませんけど、松葉杖を借りたみたいで脇に抱えてました。怪我、長引かないといいですね」

P「・・・・それで、伊織は今どこに?」

小鳥「レッスンルームに入っていきましたよ。なんか、ロープみたいなの持って」

P「ロー・・・・プ?」

小鳥「あの、こんな感じの、ちょっと前に流行ったやつですよ! あれ? 聞いてます?」

ロープ、細長い形状で主な用途は物を縛ったり遠くの物に引っ掛けたりする、ロープ。

そのフレーズに過去の出来事が視界中に広がる。

『あ! やっと繋がった・・・・詳しいことは後で! 早くこっちに来てください、あの娘がロープで・・・・首を!』

その連絡を受けて急行した場所に待っていたのは、既に身体の温もりを無くし、息遣いも感じられない、首に縄状の跡を残した少女の遺体だった。

それと無念を書きなぐった遺書に、悲しみの重力に引かれ紙面に染み込んだ涙。

巻きつけられた包帯と石膏で出来たそえ木を当てつけられた脚部が痛々しく目に映った。

その足で首を吊ろうとするほど、なぜ自分を追い込まなくてはならなかったのか。

原因を作ったのは他の誰でもなく俺だった、過度な期待と偽善の押し売りによって逃げ場を消してしまった。

伊織をプロデュースすることになってその面には特に気を付けていたつもりだった。

そうだ、伊織が自[ピーーー]る理由なんて無い。苦しいと言ってもこれから挽回は出来るし、もしダメでも765にはこれからも置いていてくれるだろう。

そうなればまた挑戦出来る、ひいてはこの業界から引退したとしてもお家柄いくらでも生き方はある。

大丈夫だ、あの娘のように俺に依存してしまうほど強い繋がりにはしてないはずだ。

・・・・そうじゃないのか? ・・・・そうだった、伊織の目的は家族と同等な立場になることだ。

俺なんて端から関係無い、彼等に追い付く手段を失ったからそれに絶望して・・・・?

小鳥「・・・・さん! 聞いてますか? どうしちゃったんですかぼーっとして」

P「あ・・・・いえ、大丈夫です」

そうだ、ぐちぐち考えてる場合じゃない、まだ止められるかもしれない。

三半規管がうまく機能していない感覚をなんとか払いのけて、伊織の無事を祈ってノブに手をかける。

P「伊織っ!!」

「ひゃっ!?」

中から情けない声が二つ。

一人は筋肉質な肌の黒い男性が妙な動きをしているのを映したテレビの前でゴム素材のロープを持って呆けている。

もう一人はその近くで足に負担をかけないように座り込んだままこれまた呆けている。

P「伊織・・・・伊織っ!」

伊織「へ!? ちょ、ちょっと何やってんのよ!?」

考える間も無く、駆け寄り抱きしめていた。

温もりがある、息遣いも感じられる。生きてる、今この腕の中にいる。

やよい「はわわわ、お邪魔な私は退散ですー!」

伊織「あ、やよい待って!」

伊織「も、もう!! 離しなさいよ! 変態!」

P「よかった・・・・よかった」

伊織「・・・・ちょっと、どうしたってのよ」

P「・・・・」

伊織「黙ってちゃわからないでしょ? アンタが苦しんでるなら、私が聞くから」

まるで、ぐずる赤ん坊をあやすような、優しく包み込む温かい声が耳をくすぐる。

P「いや・・・・もう大丈夫だ、すまん」

伊織「別に、気にしてないけど」

伊織「アンタだけだからね! 男でこんなことさせるなんて」

P「・・・・そうか」

P「足の怪我はどうだった?」

伊織「大したこと無かったわ、一週間も安静にしてれば治るって」

P「一先ず安心か」

伊織「何呑気なこと言ってんのよ、治ったらすぐ961の首取りにいくわよ」

P「元気そうで何よりだ」

やよい「あ、あのー・・・・もう終わりましたか?」

小鳥「いいえやよいちゃん! きっとこれからが本番よ!」

高槻と音無さんがドアを半開きにして覗いている。

伊織「な、何にも始まってないわよ! ほらやよい、おいで」

やよい「はい・・・・うぅー、まだ熱っぽいです・・・・」

小鳥「やよいちゃんには刺激が強すぎたみたいですね」

P「もしかして・・・・音無さんも見てたんですか?」

小鳥「写真もバッチリ撮りました!」

伊織「はぁ!? ちょっとそのカメラ貸しなさい!」

小鳥「ピヨヨ、捕まえてごらんなさぁい」

伊織「待ちなさい!」

音無さんを追いかけて部屋を出ていってしまった。

P「しかし、なんだってこんなエクササイズビデオが?」

やよい「あ、それはですね、この前事務員さんに頂いたポイントシールで応募したんです」

やよい「そしたらお米は残念ながら当たらなかったんですけど、このびりーずなんとかかんとかってのが当たったんです! 凄いですよね?」

P「あぁ、凄いな」

凄い傍迷惑な懸賞だ、ついさっきまで生きた心地がしなかった。

伊織の怪我が完治したが、IA大賞の開催日はもう間近に来ている。

最後の逆転策に五枚目のシングルのリリースを選んだ。

この曲は、あの娘のために作ってもらった曲だ。二年間自室に眠らせたままにしていたこの曲に全てを託した。

そして日本で一番有名とも言える歌番組でそれを歌わせてもらえることになった。

サングラスをかけた小柄の男性が淡々と出演者を紹介していく。

誰もが顔は見たことあるような人物達が歌い終えていく。

そして伊織の番となって、まるで異世界のように思えるイルミネーションライトが施されたステージに立っている。

曲の伴奏が始まり、その異世界の住人であるような空気をまとって歌い始める。

Pain 見えなくても 声が聞こえなくても
抱きしめられたぬくもりを今も覚えている

この坂道をのぼる度に
あなたがすぐそばにいるように感じてしまう
私の隣にいて 触れて欲しい




側にいると約束をしたあなたは




今も、私のすぐ側に


「最後の歌詞はオリジナル?」

伊織「はい、そうです」

「今まで長いことやってきたけど、間違えたんじゃなくて変えたのはあんまりいなかったかなぁ」

「どうしてそんなことしたの?」

伊織「よく私の側にいる人なんですけど、なんかしょぼくれた顔してるからこれで元気出してくれたらなぁーって思ったんです」

「その人ってもしかしてこれ?」

小指を立てて共演者や観客の笑いを誘っている。

伊織「そんな、違いますよ。私の恋人はファンの皆さんですから」




生放送の収録ではあったが、通してリラックス出来ていて大成功だったと言えるだろう。

P「あれは少しヒヤッとしたぞ」

帰りの車内、心地の良いようなむずがゆいような沈黙を破って伊織に声をかける。

伊織「私が何の考えも無しにあんなことするわけないでしょ」

P「・・・・あの歌詞は伊織の気持ちを俺に歌ってくれたのか?」

伊織「さぁどうかしら、自分で考えなさい」

捉えようは二つある。伊織が側にいてくれるのか、あの娘の気持ちを代弁してくれたのか、そのどちらなのかは俺には判断がつかなかった。

IA大賞当日、二十組のアイドルと運営のスタッフが集まったホールで開かれた。

テーブルに彩られた料理やフルーツに手を伸ばすような空気では一切無く、誰もが密封された票を手に持った司会を静観している。

「それでは発表いたします、今年のIA大賞! 受賞したのはーー





古いアパートのドアを開け、待ち人のいない部屋に手荷物を降ろす。

もう靴を脱がずに家に上がるという慣習には慣れてきた。

あれから一年と半年。留学の期限は一年という話だったが、現地で知り合った人物に妙に気に入られ彼が企画しているプロジェクトのチームに半ば無理矢理入れられてしまった。

それが中々の長丁場となって、こんな時期になってもここカルフォルニアに滞在したままでいた。

結果として伊織との約束は破ったことになる、しかし形はどうあれこうするつもりでいたのかもしれない。

外国にいても、テレビを点ければ多少の時差はあれど日本の番組を見ることが出来る。

時間があるときはそうすることで日本の空気を感じるようにしている。

少し遅めの昼飯を広げながらテレビを点けると、伊織が映っていた。

今までも電源を点けては伊織がそこにいることが多々あった。そういうときはそのまま、特別な思いも未練も抱いてないことを誰にアピールするわけでもなく流し見ていた。

一年半も経てば大分大人っぽくなり、画面越しに伊織に意識の外で目を見張ってしまう。

「はい、今度のお題は伝えたかったけど伝えられなかったこと」

「結構限定されたお題だね、伊織ちゃんそんなのある?」

MCの軽薄そうな男性が伊織に質問する。

伊織「そうね、私がIA大賞を受賞した後にアイツに伝えようと思ってたことがあるの」

『プロデューサー、だいす・・・・やっぱり、それを言うのは大賞を受賞した後にします』




「「大好き、ありがとう」」




伊織「って、伝えたかったのに・・・・私に別れの挨拶も無しにどっか行っちゃったのよ! 酷いと思わない?」

「そ、それをこっちに言われても困るよ。でもちょっと伊織ちゃんの一ファンとしては聞き捨てならないな、その人は恋人だったり?」

伊織「え!? いや全然違うわよあんなの!」

「それならよかった、じゃあその人はどんな人なの?」

伊織「アイツはーー

端から見れば赤面ものの身内話を続けている、司会もタジタジの様子だ。

P「・・・・電話、してみるか」

いつも異国語に囲まれているからか自分の日本語を確かめるように呟く独り言が増えてきた。

今はあっちの時刻は夕方頃だろうか、海外への電話なので少し値が張るが構わず伊織の番号にかける。

P「・・・・」

伊織「・・・・」

P「出たなら何か言えよ」

伊織「国外逃亡者に何を言うことがあるのよ」

P「逃亡者ってな・・・・」

伊織「それで、逃亡者さんは今家にいるのかしら?」

P「あぁ、いるけど」

そう答えるとインターホンが鳴った、ここを訪れる者など滅多にいない故少し身構えてしまう。

念のためドアガードでロックしたままドアを開ける。?

P「伊織?」?

ドアの隙間から見えているのは確かに伊織だ、予想外な出来事に一瞬思考が止まってしまう。?

P「ちょっと待ってろ、すぐ開けるから」?

一度ドアを閉めストッパーを外し再度ドアを開ける、外の様子をうかがうと伊織の他には誰もいない。一人でここに来たようだ、キャリーバッグを足元に置いている。

P「なんで・・・・ここに」?

伊織「アンタね、私に許可無く電話を切るんじゃないわよ」

P「そんなこと言ってもインターホンが鳴ったんだから仕方ないだろ、誰かと思ったらまたお前だし」?

P「それで、よくここがわかったな」?

伊織「いつまで経ってもアンタが帰って来ないから社長に吐かせたわ」

P「乱暴だな、相変わらず」

伊織「結構、辛抱して待ってたんだから。アンタが帰って来るのを信じて、アンタが言った事を信じて、ずっと・・・・ずっと待ってたんだから!」

P「・・・・ごめん」

伊織「フン・・・・それで、いつまでレディを外に立たせておくつもり?」

P「ああ、疲れただろ。上がってゆっくり休め、何にも無いけどな」

伊織「バカ、アンタがいるでしょ!」

そう言うと伊織は、温もりを感じさせるその身体を俺の胸に投げかけると、先ほどまで睨みを利かしていた瞳から、大粒の涙を溢れさせていた。



おわり

これで終わりです
勢いだけで書いた粗いssですがここまでお付き合いくださってありがとうございます そしてお疲れ様です
レスをくれた方もありがとうございました

>>292
空にだかれ 雲が流れてく
風を揺らして 木々が語る
目覚める度 変わらない日々に
君の抜け殻探している

Pain 見えなくても 声が聞こえなくても
抱きしめられたぬくもりを今も覚えている

この坂道をのぼる度に
あなたがすぐそばにいるように感じてしまう
私の隣にいて 触れて欲しい



側にいると約束をしたあなたは



今も、私のすぐ側に



・・・・歌詞を、間違えたのか? その割には曲を終えてひな壇に戻ると堂々と司会の振りに受け答えている。

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