佐久間まゆ「星屑サンセット」 (42)
モバマスの佐久間まゆのSSです。
ヤンデレじゃないきれいなまゆを目指したのでご期待に添えない部分も多々あると思いますが、よろしくお願いします。
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私は恋をしている。
アイドルの私は、許されざる恋をしている。
読者モデルを経験し、人に見られる仕事に就いた私が最も危惧しなければならないことを、私は起こしている。
「プロデューサーさん? どうしたんですかぁ?」
だから私は、プロデューサーさんに嫌われるために努力をする。
ひたすらに彼に執着し、ひたすらに彼以外を拒絶する。
「まゆ以外を見たら、許しませんよ?」
嘘だ。
表面を取り繕っても、臆病な私は他人には隠せても……。
『私は私のことを偽れない』
本当の私は、ただのさみしがり屋。
プロデューサーさんの苦笑いを思い出して、広い部屋で泣くだけの、哀れな一人の女。
私は嫌われなくてはいけない。
嫌われなければ、この想いが彼を滅ぼしてしまうから。
私は一般人なら良かった。彼に危害が及ばぬ存在であれば良かった。
でも。それはかなわぬまま。
———— ———— ————
もうすぐ日が暮れる。夕焼けが空を蝕み、雁が空を翔けてゆく。
その鳥の行方を見つめてから、私は、テレビに視線を向ける。
「まゆ、この後、暇?」
プロデューサーさんの声で、事務所のテレビを見つめていた私は我に帰る。
テレビの内容は、幸子ちゃんのCDデビューの話題。
彼女は自信家だが、それに見合う実力を持っている。
だからこそ、私ではかなわないと思っている。
彼女は、トップアイドルになる器だ。
私ではどうしたって届きそうにない、頂点の器。
「突然どうしたんですかぁ?」
私は焦りを悟られないように、いつものような声色で言葉を紡ぐ。
プロデューサーさんに嫌われるためだけの、甘い猫なで声。
「いや、まゆに見せたいものがあって。夜じゃなきゃだめなんだ。だから——」
「プロデューサーさんと一緒にいられるのなら、まゆはいつだって、どこだってかまいませんよ」
我ながら、重い重い、馬鹿な女だと思う。
これだけ執着してやれば、鈍感な彼でも背筋が凍るだろう。そして、私から離れてくれるだろう。
この恋は実ってはならない。実らせてはならない。
私はシンデレラで、彼はカボチャの馬車曳き。
シンデレラは馬車曳きに恋をしてはいけないのだ。
でもプロデューサーさんは、にっこりと笑った。
泣きだしそうな、彼特有の笑みで。
「じゃあ、今から行こう。夜は冷えるから、一応仮眠室の毛布を持っていこうか。先に鍵を開けて待っていてくれ。俺は毛布を持って行くから」
「うふ。どこへ連れて行ってくれるんですか?」
「内緒。でも、きっと気に入る場所だと思う」
くつくつと喉を鳴らして、私は馬鹿な女を演じる。
この恋心は、知られてはいけない。
私もプロデューサーさんも、プロなのだから。
「じゃあ、まゆはお先に車の中で待ってます。プロデューサーさんの、車の中で」
口角を吊り上げて、私は笑う。
プロデューサーさんはまた、泣きそうな笑顔で私の笑みに応えた。
———— ———— ————
プロデューサーさんの車に乗って、私は曲がりくねった山道を進んでいる。
プロデューサーさんの席の後ろで、なるべくバックミラーに映らないように、私はプロデューサーさんを見つめている。
事務所から数十分ほど車を走らせると、そこはもう山道だった。
道端には草が生い茂り、対向車が来たらどちらかが引き返さなければいけないような道。
そんな道を、プロデューサーさんはまるで慣れ親しんだ道のように進んでゆく。
「プロデューサーさんは、良く此処にいらっしゃるんですかぁ?」
「ん? あぁ。昔、良く来てたんだ。気分転換したいときとか、嫌なことがあったときとかにね」
そうして、なつかしむようにプロデューサーさんは大きく息を吐いた。
彼の顔は見えないけれど、きっと彼は穏やかな顔で前を見つめているのだと思う。
夕日はすっかりと沈んで、もう夜の時間。
山道は暗いけれど、不思議と不安や恐怖はない。
細い山道をたどるのは、たった一台の車だけ。
———— ———— ————
「よっし、着いたぞ、まゆ」
プロデューサーさんは楽しそうにそういう。
プロデューサーさんが下りてから、少し遅れて私も車から降りる。
そんなに高い山ではないはずだが、やはりこの季節の夜は冷える。
あらかじめプロデューサーさんが積んでくれた毛布を後部座席から引っ張り出して、それを両手で抱えて私はプロデューサーさんの隣に立った。
舗装されている駐車場のいたるところから草が生えてアスファルトは隆起し、その草にうずもれるように放置された車が駐車場に2台だけ存在している。
長い間この場所が行政から忘れ去られているような、そんな雰囲気を抱いた。
「何もない場所だから、ここが良かったんだ。ほら、毛布をかぶって。冷えないように」
プロデューサーさんだって寒いだろうに、彼は私に半ば無理やり毛布をかぶせる。
なすすべもなく、私はすっぽりと毛布をかぶった。
「ねぇ、まだ此処に来た目的を内緒にするんですかぁ?」
毛布の下から顔を出して、私はいたずらっぽく彼に尋ねる。
彼が無計画に行動を起こすのはいつものこととはいえ、いくらなんでも今回は読めない。
夜にこんな場所まで連れてきて、一体何が目的なのだろうか?
「ん、それじゃあ、歩きながら話そうか」
そういうと、プロデューサーさんはゆっくりと歩を進める。
私の小さな歩幅に合わせた、普段のせわしない彼とは違う歩き方で。
「俺の生まれはもともとこの近くで、この場所を初めて知ったのは小学生のころだったんだ。その頃はまだ駐車場もきれいだった。あ、でも、あの2台の車は昔からあったっけ」
くすくすと笑みをもらしながら、なつかしむようにプロデューサーさんは言う。
「俺は昔から自然が好きだったから、良くこの山に来てたんだ。親に怒られた時、テストで悪い点を取った時、先生に怒られた時、嫌なことがあった日はいつも此処にいたっけなぁ」
しみじみと、プロデューサーさんは言葉を紡ぐ。
いつの間にかアスファルトの舗装はなくなり、芝生が足を包み込んでいた。
「あの展望台、あの場所から周囲を眺めては一人で泣いたり笑ったりしてたんだ。さあ、手を取って。暗いから足を踏み外すといけないから」
そうしてプロデューサーさんは、私に手を差し伸べる。
どうしてこの人は、私の思いに気づいてくれないのだろう。
私は嫌われたいのに。それなのに、彼は私の心に近づいてくる。
でも私は魔法をかけられたようにその手を取ってしまった。
プロデューサーさんは慣れたように展望台へ一歩を踏み出し、私は恐る恐る、彼の足跡をたどるように一歩を踏み出す。
どうやら、ペンキがはがれた展望台でも、二人分の体重を十分に支えきれるようだ。
軋むことはなく、展望台の足場は私たちを支え続ける。
やがて私たちは展望台を登り切り、鉄柵に両腕を置いた。
プロデューサーさんはスーツ姿、私は毛布をかぶったお化け。
周囲に街灯は申し訳程度にしかなく、その電球ももうすぐ切れそうで、時折点滅を繰り返している。
「どうして夜につれてきたんですか? 夜景はきれいですけど、この場所だったら夕方頃のほうが——」
私の疑問に答える代りに、また彼は泣き出しそうな顔で笑みを浮かべる。
「空を見てごらん」
彼の声に導かれるままに、私は視線を上げる。
「うわ……ぁ……!」
視界に入ったのは、満点の星空。事務所の周辺からは見えない、星空だけの世界。
吸い込まれそうな錯覚を覚える、白と黒だけの世界だった。
「奇麗だろう? 昔泣き疲れてこの場所で眠ったら、偶然見つけたんだ。その頃は寒くて、次の日に風邪をひいたけど、それに見合って余りあるくらいの体験をしたと思っているよ」
瞬く星から目を離せない私に、プロデューサーさんが言葉を投げる。
やっとのことでその光景から視線を離し、私はプロデューサーさんの瞳を見つめた。
「でも、なんでまゆを連れてきたんですかぁ?」
一番の疑問は、それだ。どうして幸子ちゃんや凛ちゃんではなく、私なのか。
私は嫌われるために行動したのに。
私は、こういう二人きりの時間とは、全く無縁になるように努力したというのに。
気づけば胸が高鳴っている私自身が、腹立たしい。
私の問いかけに、プロデューサーさんは困ったような、照れくさいような笑みを浮かべて私の瞳をじっと見つめた。
私は気恥ずかしさから目をそらしたくなる。
私が見つめることは慣れていても、彼のほうから見つめてくるのには慣れていない。
「俺は、まゆの前にも数人アイドルをプロデュースしてきてる。だから、アイドルが考えてることくらいはわかるつもりだった」
独り言のような調子で、プロデューサーさんは呟く。
「最初に担当したアイドルは、凛だった。彼女はじゃじゃ馬だったが、今思えばあいつの考えてることはわかりやすかったな。俺が思うアイドルに、一番近い奴だった」
ふふ、と笑みをこぼし、彼は言った。
「それから、幸子。彼女には本当に手を焼いた。俺はああいうタイプにあったことはなかったから、一体どうやって接してやれば良いのか分からなかった。でも最近はやっと、付き合い方がわかってきた」
そうして彼は。もう一度私の瞳を見つめた。
星空のように、吸い込まれてしまいそうな瞳で。
「でもな、まゆ。お前はそれ以上に分からないんだ。お前は俺に良くコミュニケーションしてくれるが、どこか遠慮してるようにも見える。お前はどうしたいのか、さっぱりわからないんだ。プロデューサー失格かもしれないが、お前が俺に嫌われようとしているような、そんな感じがするんだ」
思わず、私は息をのむ。
完璧に演じたはずなのに、彼には見透かされていた。
彼が新米のプロデューサーなら、私が彼の初めてのアイドルなら、こうはならなかったのかも知れない。
「教えてくれ、まゆ。お前は一体、何を考えているんだ?」
プロデューサーは申し訳なさそうに、そう呟く。
その言葉に、私は毛布を目深にかぶって、言葉を考えることしかできなかった。
「まゆは……プロデューサーさんのことが大好きですよ?」
「それはさんざん聞いたよ。それも、演技じゃないのかと俺は考えている。その一人称や笑い方が演技なんじゃないかって、俺の考えすぎかな?」
乾いた笑いをこぼして、私は手すりに体重を預ける。
結局私が隠すためにつくろったものは、彼に全部お見通しだったというわけだ。
「ふふ。かなわないなぁ。プロデューサーさんには」
私は無意識に、ありのままをさらけ出していた。
それでもプロデューサーさんは驚いた様子はなく、ただただ、私の言葉を待っていた。
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