真「エージェント夜を往く?」 (13)
真「はあ、それにしても今日のダンスレッスンは疲れたなー」
真「お風呂でしっかり揉み解したから筋肉痛にはならないと思うけど、もうすっかり体力を使い果たしちゃったよ」
真「なんだかお腹が空いてる感じだけど……くぅ、こんな時間に食べたら太っちゃうし、ああもう!」
真「……そういえば駅前に新しいラーメン屋さん出来たんだよなぁ」
真「ってダメダメ! 今から出かけたら、せっかくお風呂入ったのにまた汗かいちゃうってば!」
真「でも週末に買って置いたカップ麺なら外にも出ないし、そんなに汗もかかないんじゃ……」
真「いや、ここは我慢我慢! そうだ、今日渡されたデビュー曲!」
真「へへっ、歌詞の理解をばっちり深めて行ったら、プロデューサーもきっと驚くぞ!」
真「ええと確かファイルに挟んで、これは違う、こっちも、これじゃなくて、あ、あった! 何々、タイトルは……」
真「エージェント夜を往く?」
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真「歌い出しは『眠れない夜 この身を苛む煩悩』……」
真「今のボクみたいな感じかな、煩悩って良くない考えとか欲求のことだもんね」
真「ボクは眠れない訳じゃないけど、なんだか小腹が空いて……」
真「じゃなくて歌詞歌詞! とにかくここは煩悩で眠れないって言ってるんだ!」
真「次は、『焦燥感 耐えられないなら』……焦りを我慢出来ない?」
真「分かるなぁ、お湯を注いでからの三分間って無茶苦茶長くて、つい二分ぐらいで蓋を剥がしちゃって」
真「立ち上る湯気、シコシコの麺、脂の溶けた焼豚、ごくり……!」
真「うわぁ!? だからどうしてボクはすぐ考えが逸れるんだよー!?」
真「歌詞、歌詞、歌詞! しっかり予習してプロデューサーを驚かすんだから! 」
真「そしたら『偉いぞ、真。ご褒美に飯奢ってやるよ』みたいなことになって、二人の間に男同士の熱い絆が」
真「ボクは女の子だってば! さっきから何言ってるんだボク!?」
真「すぅー、はぁー……よし、集中しよう」
真「『アンダーグラウンドのサービスを呼ぶの どんな時も万全に応えられる』」
真「アンダーグラウンドって地下だよね? 地下、地面の中、穴……雪歩?」
真「いやいや、色んな人に聞いてもらうのにそんな一部の人しか知らない人間が出て来る訳ないか」
真「でもこの歌詞は雪歩のことを言ってるとしか考えられないし……」
真「え、じゃあ穴掘って埋まるっていう行動は雪歩だけの特徴じゃなくて、結構色んな人の持ってる癖なの!?」
真「困った時に頭を掻くようなものなのかな……知らなかったなぁ」
真「つまりこの歌詞は、雪歩がどんな時もサービスしてくれるってことになるから」
真「あ、お茶で食欲を誤魔化すってことなんだ!」
真「断食でダイエットとかデトックスする時も、水分はちゃんと補給しなきゃいけないっていうし間違いない!」
真「『その名はエージェント 恋と欲望弄ぶ詐欺師』……か」
真「ここでは雪歩みたいな穴を掘っちゃう人はエージェントって呼ばれてるのか」
真「食欲をお茶で誤魔化すんだから、欲望を弄ぶ詐欺師っていうのは分かるけど……恋?」
真「恋、恋……確かに太りそうな食事を止めてくれるのはありがたいけど、恋まで行くかなぁ?」
真「あ、でも横からそっと差し伸べる気遣いっていうか優しさのある子は、男の人から好かれそう」
真「そうか! これが、こういうさりげない気遣いが女子力……!」
真「そりゃ恋も弄ぶ詐欺師だよ、雪歩は恋と欲望弄ぶ詐欺師だよ!」
真「『あなたに委ねる 秘密の内訳 情熱 快楽の 解放待ち望む』……なるほど」
真「本当はもっと食べたい! 好きな時に好きな物を食べたい! ダイエットが終わったら何も気にせず食べまくってやる!」
真「相当厳しいダイエットなんだろうな、煩悩に苛まれて眠れないのも合点がいくよ」
真「それで続きが『そうよ 乱れる喜びを』」
真「作法とか気にしないでカツ丼をガツガツかきこんだり、汁を跳ねさせながらラーメンを啜ったり……!」
真「考えちゃダメだ! ますますお腹が減って、このままじゃ我慢出来なくなっちゃう!」
真「ああ、でもカップ麺一つぐらいなら……」
真「ダメ! もうすぐデビューだから体調と体型の管理はしっかりしろって、今日プロデューサーに言われたばかりじゃないか!」
真「早く予習を済ませて寝ちゃおう! 朝はどれだけ食べても太らないって小鳥さんも言ってたし!」
真「次の歌詞は、何々……?」
真「『もっと 高めて果てなく 心の奥まで あなただけが使えるテクニックで 溶かし尽くして』」
真「溶かし尽くして……溶かし、溶けた、脂……とろっとろの焼豚、黄金色の熱ぅいスープ……じゃなくて!」
真「心の奥まで高めて欲しい、っていうのは何を高めて欲しいんだろう?」
真「……スープの温度? いやいや」
真「さっきまでの流れで行くと、そっとお茶を入れてくれる子に抱いた恋心って考えるのが自然だよね」
真「あなただけのテクニック……そういえばお茶の葉が開くようお湯の温度に調節するのは難しいって雪歩が言ってたような」
真「つまり雪歩だけのテクニックは火加減! お茶の葉を開かせたり、焼豚の脂身を溶かさずに味を染み込ませるような火加減!」
真「でも次が溶かし尽くしてってことは……そうか、高いシチューはお肉が半分になるまで煮込むって聞いたことがある!」
真「一回目に入れた分は溶かし尽くして、旨味が全体にしっかり行き渡った所に二回目の投入! より濃厚な味わいになる!」
真「あれ? でも雪歩はお茶の葉っぱを何回かに分けて入れたりなんてしてなかったような……気のせいかな」
真「あ、また思考が食欲に寄っちゃってた! だからつまり、この部分の歌詞は」
真「雪歩への恋の気持ちを高めさせて欲しい、美味しいお茶を入れるそのテクニックの虜にして欲しい、かな?」
真「確かに雪歩の淹れるお茶は何杯飲んでも飽きないもんなぁ……はっ! もしかしてこれが恋!?」
真「お、落ち着こう! ボクも雪歩も女の子同士だしそんなの! いやそんなことより今は歌詞! そう歌詞のことを考えなきゃ!」
真「『本能 渦巻く最中に堕ちてくときめき 今宵だけの夢 踊るわ激しく』」
真「なんだかもう訳が分からなくなってきた、本能って食欲のことだよね?」
真「渦巻く……ナルト! これ絶対ナルトだよ!」
真「そうか、渦巻く本能とナルトを引っ掛けてるんだ! それでそこに堕ちて行くんだから、食欲に負けて食べちゃったんだこれ!」
真「今宵だけの夢ってことにして自分に嘘をついてるとしか思えない! 激しく踊るように食べまくってる!」
真「はぁ、気のせいに決まってるけどなんだか良い匂いまでしてきた……ボクも堕ちてカップ麺食べちゃおうかな……」
真「いや、歌詞もあとちょっとなんだから我慢しよう!」
真「『もっと高めて果てなく……』さっきのと同じ歌詞か」
真「反復方ってやつだよね、中学校の頃に国語で習ったアレ。強調したい時に使うんだっけ? つまりここは」
真「食べたい!いやお茶と恋で忘れさせて欲しい! 忘れきれない! 食べたい! わすれたい!」
真「この歌の主人公もかなり混乱してきてる!?」
真「だめだ、もう我慢出来ない! ボクもお茶で食欲を誤魔化そう……」
真「くぅ、さっきからラーメンの良い匂いが……いやこれは幻だ、ボクの食欲が生んだ嘘っぱちの」
真一「ずるずる、はふはふ……んぐ、お、真か。一緒にラーメンでもどうだ? インスタントだけどな、はは」
真「あー!? それボクが食べようと思って棚の奥に隠してた奴!? 父さんなんでそういうことするんだよ!!」
真一「え? 隠してたってなんだ、棚にあったんだからいいだろ。名前が書いてあった訳でもないし」
真「わざわざ棚の奥から取ることないだろ!」
真一「お前だってこれに拘らなくてもいいじゃないか、別のならまだあるしこれはまた買えば」
真「ボクは今それが食べたいんだよ! そういうこと言うなら今すぐ新しいの買ってきてよ!」
真一「はぁ、分かった分かった。一口やるからそれで我慢しなさい」
真「全っ然分かってない! もういい、ボクもカップ麺食べるから! 食べ終わったら表で勝負だ! どっちが悪いか思い知らせてやる!」
真一「む、挑まれたなら断れないな。いいだろう、カップ麺一つで激昂するようじゃまだまだだ。きっちり教育してやろう」
真「望む所だ!」
真「ん、もう朝……そっか、あの後二人とも倒れるまで勝負して、それからお腹が空いたから二人でラーメン屋さんに……」
真「ああ!? 体型の管理のことすっかり忘れて二杯もラーメン食べちゃった!?」
真「き、昨日だけの夢ってことにしよう、そうしよう!」
真「……でも一応、体重計で確認だけはしておかないと」
真「……」
真「……!」
真「歌詞の最後にあった『燃やすわ激しく』って……はは、ははは」
真「そうだよね、お茶で誤魔化してたのに、これは夢だって自分を騙して食べまくったらそりゃ……」
真「これは脂肪を燃やそうっていう、決意だったんだ……」
真「『エージェント夜を往く』、これはダイエットに挫折する人の歌だったんだ!」
おわり
あとがき
真はばかわいいなあ!
おわり
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