AM9:00──
ウェイトレス「マスター、今日も頑張りましょうね!」
マスター「ああ」
ここは町外れにある小さな喫茶店。
店員は開業者であるマスターと、アルバイトのウェイトレスのみ。
そんなのどかな空間に、開店時刻と同時に足を踏み入れる者があった。
ザンッ……!
受験生「喫茶店で勉強してくれるわッッッ!」
マスター「来たかッ!」
受験生「ふむ、このカウンター席……我が勉強スペースにちょうどいい」
受験生「座らせてもらうぞ」ギシィッ…
ドササッ……!
マスター(ノートに大量の参考書、さらには赤本……)
マスター(勉強する気満々といったところか)
マスター(たしかに喫茶店ならではのリラックスできる空気、雰囲気……)
マスター(家や図書館より勉強するには最適といえるかもしれぬ)
マスター(しかし、私の喫茶店で満足に勉強できると思うなよ、小僧ッッッ!)
マスター「ウェイトレス君、例のコーヒーを用意してくれたまえ」
ウェイトレス「はいっ!」
受験生「…………」カリカリ…
マスター「おや……お勉強ですか。大学受験ですかな?」
受験生「うむ」
マスター「ちなみに……志望校は?」
受験生「冥帝大学だ」
マスター「ほう……冥帝大ですか。一流大学ですなァ……」
冥帝大学とは──
多くのノーベル賞受賞者、五輪金メダリスト、アカデミー賞受賞者を輩出する
日本でもトップクラスの名門大学である。
むろん、難易度もトップクラスであることはいうまでもない。
マスター「それでは生半可な勉強量では入学できますまい」
受験生「うむ」
マスター「しかし……ここは喫茶店」
マスター「“喫茶”とは茶やコーヒーを楽しむという意味であり」
マスター「勉強する、という意味ではない……」
マスター「どうしてもここに居座りたいのであれば」
マスター「まずは当店自慢のコーヒーを飲んでいただきましょう」
受験生「うむ、もっともな意見だ」
マスター「…………」ニィッ
ウェイトレス「マスター、できました!」スッ
マスター「ご苦労」
グツグツ…… グツグツ……
マスター「摂氏100℃で煮えたぎる、このコーヒーをなッ!」
受験生「いただこう」
マスター「フーフーして冷まさなくて……よいのですかな?」
受験生「不要」グイッ
ゴキュッ……!
マスター(一口で飲んだだとッ!?)
受験生「ふむ……美味であった」カチャッ
マスター「!」
受験生「あえて不満をいわせてもらうならば──ぬるいことぐらいか」
マスター「!!!」
マスター(ハッタリか……!?)
マスター(いや……ハッタリではないッ!)
マスター(この小僧の舌にとっては、摂氏100℃などぬるま湯にすぎないのだッ!)
マスター(なんという漢よ……)
マスター(お、おのれ……ッ! だが、沸騰コーヒーなど序の口よ!)
マスター「ならばおかわりを持ってきましょう」ニコッ
受験生「ありがたい」
マスター「ウェイトレス君、あのコーヒーを持ってきてくれ!」
ウェイトレス「はいっ!」
ウェイトレス(もうあのコーヒーを!? マスターは本気だわ……ッ!)
受験生「…………」カリカリ…
ウェイトレス「お待たせいたしました~」
ズンッ!
ドラム缶一杯に入ったコーヒー、ではなくコーヒー豆。南米からの産地直送品である。
ウェイトレス「砂糖と──」
ドササッ!
ドラム缶にぶち込まれる大量のサトウキビ。沖縄からの産地直送品である。
ウェイトレス「ミルクもおつけしますね」
牛「モォ~……」
ミルク代わりの乳牛。北海道からの産地直送品である。
マスター(さァ……我が喫茶店最強のコーヒー……)
マスター(飲めるものなら、飲んでみろッッッ!)
受験生「いただこう」ギュッ…
牛「モォ~……」チョロロ…
マスター(まずは牛の乳を搾ったかッ! ウ、ウマい……ッ!)
マスター(教科書通りの搾り方! 小僧め、牛の扱いに慣れていやがるッ!)
受験生「吾輩はコーヒーにはたっぷりミルクを入れる人間でな」ジャバッ
マスター(バケツ一杯分のミルクを、まとめてドラム缶に放り込んだ!)
マスター(しかしッ! いくら牛乳を混ぜたところで)
マスター(ドラム缶満杯のコーヒー豆とサトウキビを飲めるはずが──)
受験生「ぬんっ!」グイッ
マスター(いったァ!)
ウェイトレス(ウソでしょ!?)
ゴボォッ…… ゴボォッ……
200リットルを超えるコーヒー豆とサトウキビは、
瞬く間に受験生の胃袋へと吸い込まれていった。
ゴキュッ…… ゴキュッ……
ウェイトレス「…………ッ!」
マスター(一粒も豆をこぼさず……飲み干している……)
マスター(しかも噛まずに……本当に液体として“飲んで”いるッ! 丸飲みだッ!)
マスター「!」ハッ
マスター(そういえば小僧の腹部……まったく膨れていない)
マスター(胃液が強すぎて、胃に到達したとたん完全消化してしまうのかッ!)
受験生「ふむ……美味であったぞ」プハァッ
マスター「あ、ありがとうございます……!」
マスター(見事なり……! 初戦は私の完敗だ……ッ!)
AM10:30──
開店から、すなわち受験生の勉強開始から一時間半が経過した。
ここで再び喫茶店サイドが動く。
マスター「コーヒーは通用しなかった……」
マスター「だが、そろそろあの小僧も油断をしている頃だろう」
マスター「ウェイトレス君、頼む! 奴の勉強を食い止めてくれッ!」
ウェイトレス「任せて下さい、マスター!」
ウェイトレス「ねえ、お客さん」
受験生「何用か」
ウェイトレス「胸は好き?」プルンッ
受験生「ニワトリのムネ肉であれば、好物だ。しょっちゅう食しておる」
ウェイトレス「ちがうわよ、人間の胸よ」ボインッ
受験生「胸筋は吾輩も日頃から鍛えておる」
ウェイトレス「ちがうわ、女性の胸のことよ」プルッ
受験生「ふむ、興味はあるぞ」
ウェイトレス「……なら、堪能させてあげる」ギュッ…
ウェイトレスは、己の胸元を受験生の顔面に押しつけた。
ウェイトレス「ど~お、フカフカでしょう?」ギュウ…
受験生「…………」
マスター(や、やったッ!)
マスター(ウェイトレスの胸を顔面を押しつけられた小僧は)
マスター(集中力と視界を奪われたッ!)
マスター(この状況下で勉強を続けられる者がいるか?)
マスター(否、いるわけがないッッッ! 私の勝利──)
受験生「…………」カリカリ…
ウェイトレス「な、なんで……!? 両目は完全に塞がれているのよ!?」ギュッ…
受験生「…………」カリカリ…
マスター「平然と勉強を続けている……だと……!?」
マスター(こやつ……胸で視界を封じられても)
マスター(気配を頼りに参考書を読み、ノートに字を書いているというのかッ!)
マスター(武術の達人が、闇夜でも敵の気配を察知することで戦えるようにッ!)
マスター(し、しかも……)
受験生「…………」ギンギン…
マスター(ズボンの異常な膨らみ具合……性欲がないというわけではないッ!)
マスター(10代半ば相応の巨大な性欲を持ち合わせておきながら)
マスター(それに身を委ねず、鋼鉄の意志で勉強を続けているというのかッッッ!)
ウェイトレス(くっ……!)
ウェイトレス「だったらエプロンを脱いで──」
マスター「無駄だ……やめておきなさい」
ウェイトレス「マスター!?」
マスター「君の美しさは認める……しかし、君では彼を止められん」
マスター「それにこれ以上やったら、この店は喫茶店ではなく別の店になってしまう」
ウェイトレス「はい……!」スッ…
マスター(第二ラウンドも完敗か……だが、勝負はこれからだ、小僧ッ!)
PM12:00──
この喫茶店にもランチタイムやランチメニューがある。
昼食に訪れるサラリーマンや近所の人間によって、にわかに店内が騒がしくなる。
ワイワイ…… ガヤガヤ……
受験生「…………」カリカリ…
マスター(分かっているさ。こんなお客の雑談ぐらいで、君の集中は揺らぎはしない)
マスター(しかし、今日は君のためにとっておきの刺客を用意してあるのだ!)
クチャラー「こんにちは」
マスター「おお、来てくれたかね」
クチャラー「大恩あるマスターのためですからね」
クチャラー「ところで、誰をやればいいんです?」
マスター「……彼だ」
クチャラー「ふうん、あのボウヤですか」
クチャラー「分かりました、15……いや10分以内に席を立たせてみせますよ」
クチャラー「マスター、サンドイッチセットを一つお願いします」
マスター「毎度」
受験生の隣に座るクチャラー。
ウェイトレス「お待たせいたしました、サンドイッチセットでございます」
クチャラー「ども」
クチャラー(クチャり……開始ッッッ!)モグッ…
クチャラーがサンドイッチを口に入れた瞬間──
グッチャクッチャグチャクッチャクッチャニッチャグッチャグッチャクッチャクッチャクッチャグッチャペッチャグッチャクチャクチャクチャ
クッチャグッチャクチャクチャグッチャクチャクチャグッチャグッチャニチャグッチャグッチャクチャクチャクチャグッチャクッチャクッチャ
クチャラーの壮絶なる咀嚼音が受験生の耳に叩き込まれた。
クチャラー(俺はクチャり音を集中させ──)クッチャ
クチャラー(特定の人間の耳だけにピンポイントで送り込むことができるッ!)クッチャ
クチャラー(この不快さは、素人クチャラーの比じゃないぜ!)クッチャクチャ
クチャラー(さあ、集中力を欠いて、とっとと席を立つんだなッ!)クッチャ
クチャラー(でないと、気持ち悪さで三日はメシを食えなくなっちまうぜ!)グッチャ
クチャラー「あ~おいしい」グッチャクッチャ
受験生「…………」カリカリ…
クチャラー「うまいうまい」クッチャグッチャ
受験生「…………」カリカリ…
クチャラー「野菜サンドはさっぱりしててうまいな」クッチャクチャ
受験生「…………」カリカリ…
クチャラー「ツナサンドもおいしい」グッチャクチャ
受験生「…………」カリカリ…
クチャラー(全く動じていない!? あ、ありえねえ……ッ!)クチャ…
クチャラー(くっ……こんな相手は初めてだ!)クッチャグッチャ
クチャラー(マスターが俺を呼ぶわけだぜ!)クッチャ
クチャラー(なら少々危険だが、クチャりのペースを上げるしかないッ!)クッチャクチャ
グッチャクッチャグチャクチャクチャニッチャペチャクッチャクチャグチャグチャクッチャチュパニッチャクッチャニッチャグッチャクッチャ
クッチャクッチャグッチャクチャグッチャクチャニッチャチュッパクチャクチャクチャグッチャクッチャグッチャクッチャグチャニチャニッチャ
クッチャクッチャグチャクチャグッチャクチャグチャクッチャクチャニッチャニッチャグッチュグッチュクッチャクッチャニッチャクッチャクチャ
クチャクチャクチャグチュグチャグチャグチャクッチャクッチャ…
ガリッ!
クチャラー「!?」ブシュッ…
クチャラー(やはり……ペースを上げた反動で、舌を噛んでしまったッ!)
クチャラー(これまでか……ッ!)
受験生「派手に舌を噛んだようだが、大丈夫か」スッ…
クチャラー「!」
受験生「吾輩はもしもの時のため、薬品を常備しておる。これを舌に塗っておくがいい」
クチャラー「あ、ありがとう……」ヒリヒリ…
クチャラー(俺のクチャり音に全く動じなかったどころか、気遣いまで……)
クチャラー(どうやらハナから俺が勝てる相手じゃなかったらしいな……)フッ
この完敗を受け、クチャラーは引退を決意し、表舞台から姿を消す。
そして数年後、『無音美食家(サイレントイーター)』として、
再び世に姿を現すことになるのである……。
PM14:00──
ランチ客もいなくなり、店内は再び朝のような静寂に包まれていた。
しかし、ランチタイムは終わっても、戦争はまだ終わってはいない。
富豪「こんにちは」ザッ…
マスター「おお、まさか来て下さるとは!」
富豪「君のためならば、地球上どこからでも駆けつけるよ」
富豪「……ところで、君が手こずっているという相手はどこに?」
マスター「あの子です」
富豪「ずいぶん若いじゃないか。とても君が苦戦するような相手には見えんが」
マスター「しかし……今までの誰よりも強敵なのです」
富豪「ふむ、分かった。ならばワシも心してかかろうッ!」
富豪「キミ」
受験生「……吾輩に何か用か」カリカリ…
富豪「実はワシは……キミが座っている席で、コーヒーを飲むのが好きでね」
富豪「譲ってもらいたいのだよ、その席を」
受験生「悪いが、どくつもりはない」カリカリ…
富豪「フフ、もちろんタダでとはいわぬ」
富豪「これでどうだろう?」ポンッ
マスター(100万円の札束ッ!? ──しかも小遣いでもあげるような気軽さで!)
ウェイトレス(私が欲しいぐらいよ……)
受験生「…………」カリカリ…
富豪「フフ、足らぬか。ならば、200万円でどうだ?」スッ
受験生「…………」カリカリ…
富豪「ほう、ならば300万円」ポンッ
受験生「…………」カリカリ…
富豪「400万円」ドサッ
受験生「…………」カリカリ…
富豪「よろしい! ならば500万円だ!」ドサッ…
受験生「…………」カリカリ…
富豪(なんだと……金が、金の力が──通用しない!?)
富豪「ようし、分かった! 1000万円出そうじゃないかッ!」ドンッ
富豪「さあどうだッ!?」
受験生「…………」クルッ
富豪「おお、やっとこっちを向いてくれたか。さあ、1000万円でその席を──」
受験生「すまんが……」
受験生「ノートは十分に持ってきているので、紙は足りている」
受験生「それに紙幣はすでに印刷がされているから、勉強には向かんのでな……」
富豪「!!!」
富豪(なんと……この受験生にとっては)
富豪(1000万の札束も、大学ノート一冊未満の価値しかないということかッ!?)
富豪(ふ、ふざけるなッ!)
富豪(ワシはこれまでどんな人間とて、金の力でひれ伏させてきたんだッ!)
親も── 教師も── 親友も── 好敵手も── 女も──
ヤクザも── 警察も── 政治家も── 医者も── 芸術家も──
金を積めば、はいつくばらせることができたッ!
富豪(例外があるとすれば、この店のマスターぐらいのものッ!)
富豪「よ、よし……!」
富豪「1億……いや、10億円やろうッ! い、いや、言い値で払ってやるッ!」
富豪「さあ、席を空けるのだッ!」
受験生「…………」
受験生「断るッッッ!!!」
受験生「億だろうが兆だろうが京だろうが、どかぬッッッ!」
富豪「~~~~~ッ!」
富豪「フ、フフ……」フラッフラッ…
富豪「どうやら……完敗のようだ……」
富豪「世の中には、札束になびかない真の漢というものがまだまだいるのだな」
富豪「キミの受験成功を……祈っておるよ」
受験生「かたじけない」
ノートと紙幣──どちらが欲しいかと問われれば、
ほとんどの人間は後者を選択するであろう。
しかし、志望校一筋の受験生は、迷わず前者を選択するのである。
PM:16:30──
屈強な男三人が、喫茶店に現れた。
ボクサー「ども」ザッ…
空手家「オス」ザッ…
柔術家「お久しぶりです、マスター」ザッ…
マスター「おお、待っていたよ!」
<ボクサー>
身長182cm 体重103kg
<空手家>
身長177cm 体重108kg
<柔術家>
身長185cm 体重98kg
三名はいずれも、各々の格闘技で超一流と称される達人である。
ボクサー「なるほど、あの高校生を叩きのめせばいいんスね?」
マスター「うむ」
空手家「全力でやってかまわないのですか?」
マスター「かまわん」
柔術家「もし死んでしまったら……」
マスター「全責任はこの私が取る……やってくれッッッ!」
ボクサー「んじゃ、オレからやらせて下さい」
ボクサー「イッパツで終わらせてやるッスよ」スッ…
マスター(コーヒーも、色気も、不快音も、財力も、全て通用しなかった……)
マスター(よもや実力行使しかないのだ……許せよ、小僧ッ!)
受験生「…………」カリカリ…
ボクサー(一心不乱に机に向かっている……大した集中力だねえ)タンタンッ
ボクサー(なら手加減は無用だ! 狙いは右脇腹──肝臓(レバー)ッ!)
ドズゥッ……!
ボクサー(入ったァッ! ──!?)
受験生「…………」カリカリ…
ボクサー(ビッ……ビクともしねェ……ッ!)
ボクサー(まるで……ゴムの弾力性とダイヤモンドの硬さを備えた──巨岩ッッッ!)
ボクサーの青ざめた表情で、残る二名も全てを悟った。
空手家「なるほど……只者ではないようだ」
柔術家「我々も参りましょう」
空手家「セイヤァッ!」ブオンッ
メキィッ!
受験生の後頭部に、上段廻し蹴りが命中するが──
受験生「…………」カリカリ…
空手家(効いていない……まったくッ! 蚊が刺したほどにも感じていないッッッ!)
柔術家「ならば絞め落とすまでッ!」ギュウ…
受験生の無防備な首に飛びつく柔術家であったが──
受験生「…………」カリカリ…
柔術家(し、絞まらない……ッ! 全力で絞め上げているというのに……ッ!)ギュウ…
柔術家(電柱かなにかに絞め技を仕掛けているようだ……ッ!)ギュウ…
ボクサー「こうなったら恥は捨てるっきゃねえ」
空手家「うむ」
柔術家「三人で一斉にかかりましょう!」
総攻撃開始──
ボクサー「シッ、シシッ、シィッ!」シュババッ
ドズッ! ボズッ! ドゴッ! ガッ! ドゴッ! ドッ! ズドドッ! ドッ!
空手家「ドォリャァッ!」ブオンッ
バキィッ! ドゴォッ! ベキィッ! ガゴォッ! ズドォッ! ボゴォッ!
柔術家「ぬうううっ……!」ググッ…
ギュウゥゥゥ……!
受験生「…………」カリカリ…
総攻撃開始から一時間が経過した頃──
ボクサー「ハァ、ハァ、ハァ……」
空手家「ゼェ、ゼェ、ゼェ……」
柔術家「フゥ、フゥ、フゥ……」
受験生「…………」カリカリ…
受験生「…………」ピタッ…
ボクサー(動きが止まった!? 効いたのか!? 効いてたのか!?)
受験生「ふむ……熱量のこもった、なかなかよいマッサージであった」コキッ
受験生「感謝するッッッ!」
ボクサー&空手家&柔術家「!!!」
マスター(この三人でも無理だったか……ッ!)
この事件を機に、三人はより修業に励むようになり、
さらなる飛躍を遂げることになるが──受験生には全く関係ないことであった。
PM18:45──
日は沈み、喫茶店の閉店時刻が見えてきた。
受験生は変わらず勉強を続けている。
ウェイトレス「どうします、マスター!? このままじゃ……!」
マスター「心配するな、ウェイトレス君」
マスター「もうすぐ最後の刺客が来てくれることになっている」
マスター「彼ならばきっと……あの小僧に勉強をやめさせることができるッ!」
ザッ……!
紳士「こんばんは、マスター」
マスター「おおっ、来て下さいましたか!」
紳士「ところで冥帝大を目指して勉強中の彼というのは……?」
マスター「あそこに座っている彼です」
紳士「よろしい。私に任せたまえ」
ウェイトレス(この人が最後の刺客……?)
ウェイトレス(今までの人たちに比べて、飛び抜けてすごいって感じはしないけど……)
受験生「…………」カリカリ…
紳士「やぁ、勉強ははかどっているかね?」
受験生「何用か」
紳士「私は冥帝大学の総帥をやらせてもらっている者だ」
受験生「!」ピク…
紳士「ところで、相談があるのだが……」
紳士「今すぐ勉強をやめて喫茶店を出れば、無条件で君を我が校に入学させてあげよう」
紳士「むろん、特待生待遇でね。入学金も授業料も一切不要だ」
紳士「ただし──」
紳士「もしやめないのであれば、君の冥帝大合格はなくなるものと思いたまえ」
紳士「たとえ試験で満点を取ったとしても、君を入学させない」
紳士「さあ、どうだろう?」ニコッ
マスター(これしか方法はなかった……)
マスター(どう考えてもフェアではないが……私にも意地があるのだ……すまん)
受験生「吾輩は勉強をやめぬ」
紳士「!」ピクッ
紳士「ほう……では、冥帝大は諦めるということか」
受験生「諦めぬ」
紳士「……は?」
受験生「たとえ志望する大学の長に、不合格の烙印を押されようとも──」
受験生「吾輩は絶対に諦めぬッッッ!」
紳士「な……!?」
紳士「な、ならばなぜ……私の誘いを受けない?」
紳士「今ここで勉強をやめれば、簡単に冥帝大に入れるのだぞ!?」
受験生「吾輩はただ冥帝大に入りたいのではない……」
受験生「我が実力にて入りたいのだッ!」
受験生「我が文房具と参考書を用い、我が愛する場所で勉強し、我が頭脳を駆使して──」
受験生「合格を勝ち取りたいのだッッッ! でなくば受験など無意味ッッッ!」
紳士「~~~~~ッ!」
紳士「フ、フフ……」
紳士「フハハハハハハハハハハッ! ──どうやら私の敵う相手ではないらしい」
紳士「話はここまで……いや、なかったことにしてくれたまえ」
紳士「君が我が校に入ってくることを祈っているよ。むろん、実力でね」
受験生「お心遣い、感謝ッッッ!」
紳士「すまんな、マスター。私が不甲斐ないばかりで、力になれなくて……」
マスター「いえ、かまいません」
マスター「ご足労いただき、ありがとうございました」
マスター(そこまでの覚悟か、小僧ッ!)
マスター(こうなれば……もはや打つ手は一つッッッ!)
PM20:30──
閉店まで残り30分。
マスターの表情が変わった。
マスター「ウェイトレス君、今日はもうあがりたまえ」
ウェイトレス「マスター、まだ早い──」
マスター「すぐ着替えて店を出るんだ……早くッ!」
ウェイトレス「マスター、まさか……まさか!? ダメですッ!」
マスター「いいから早く出るんだ! 君には君の人生がある! 店長命令だッ!」
ウェイトレス「マスター……!」
マスター「やっと二人きりになれましたな、お客さん……いや小僧ッ!」
マスター「刺客や妨害の数々……全て乗り切られるとはな。恐れ入ったよ」
受験生「…………」カリカリ…
マスター「だが、このままでは終わらんッ! 私にも意地があるッ!」
マスター「押させてもらうよ……“自爆スイッチ”をッ!」グッ…
ポチッ
アナウンス『自爆装置が作動しました』
アナウンス『当店はあと60秒で爆発します』
アナウンス『店内にいらっしゃる店員ならびにお客様は、至急避難して下さい』
アナウンス『繰り返します……』
マスター「あと一分でこの店は木っ端微塵だァッ! どうする、小僧ォッッッ!?」
受験生「…………」カリカリ…
ゴゴゴゴゴ……!
マスター「閉店時刻まで君が居座れば私の負け……だが」
マスター「その前に喫茶店そのものがなくなれば、君もここで勉強できなくなる……」
マスター「──ゆえに引き分け!」
マスター「敗北するぐらいならば、私は引き分けを選ぶッ!」
受験生「…………」カリカリ…
ゴゴゴゴゴ……!
マスター「残り30秒を切った……」
マスター「あと30秒でこの店は私と君もろとも消えてなくなる……」
マスター「私は命と店を引き換えに、誇りを守ったんだァ!」
受験生「…………」カリカリ…
ゴゴゴゴゴ……!
ゴゴゴゴゴ……!
マスター「残り10秒……」
マスター「さァ、これでこの喫茶店は閉店を待たずして消滅──」
受験生「…………」ピタッ
マスター(──む? 勉強を止めた!?)
マスター「そう、それでいい! 早くここから出ていけ、まだ間に合うッ!」
受験生「吾輩は……勉強をやめるつもりはない。しかしッッッ!」
バッ!
マスター「!?」
次の瞬間、店内は激しい光に包まれた。
ドッグワァァァァァンッ!!!!!
ウェイトレス「いやぁぁぁっ! マスターッ! お客さんッ!」ダッ
通行人「やめろ、巻き添えになるぞ!」ガシッ
ウェイトレス「でも……! あの店にはまだ……!」
通行人「もう手遅れだ……この爆発では……!」
牛「モォ~……」
ゴゴゴゴゴ……! ズズゥ……ン……!
カリカリ…… カリカリ……
ウェイトレス「!?」ハッ
通行人「なんだ、この音は!?」
ウェイトレス「この音は……勉強をしている音だわ!」
炎と煙に包まれた瓦礫の中には──
受験生「…………」カリカリ…
ウェイトレス「お客さんだわ!」
ウェイトレス(すごい……爆発でペンもノートも机も、何もかもふっ飛んだのに)
ウェイトレス(空気イスに座り、指で空中に字を書いて勉強してるんだわ!)
ウェイトレス「……そうだ、マスターは!?」
マスター「……ここだ」ケホッ…
ウェイトレス「マスター! 無事だったんですね!」
ウェイトレス「でも、どうやって助かったんですか!?」
マスター「爆発する瞬間──彼が全ての参考書やノート、そして自分自身を盾にして」
マスター「私をかばってくれたのだよ……」
ウェイトレス「そうだったんですか……!」
マスター「まもなく、閉店時刻だが……」
マスター「店が崩壊しても、受験道具が燃え尽きても、彼はあの場所で勉強している」
受験生「…………」カリカリ…
店長「見事だ……受験生!」ニヤッ
PM21:00──
受験生「閉店時刻なので、帰宅するとしよう」スッ…
受験生「代金はいくらか?」
マスター「沸騰コーヒーと最強コーヒーで、お会計800円です」
受験生「ふむ……馳走になった」チャリン…
受験生「店主よ、今日一日ありがとうッッッ! ご迷惑をおかけした……ッ!」
マスター「こちらこそ……また来て下さい! 是非……ッ!」
受験生「応ッッッ!」
受験生とマスターは再戦を誓い合うと、それぞれ帰路についたのであった。
若きウェイトレスはそんな二人を見て、感動の涙を流すのであった。
ウェイトレス「ステキ……」
牛「モォ~……!」
それからしばらくして──
喫茶店は復活していた。
しかも、自爆前よりあらゆる面がパワーアップしての再開である。
店の雰囲気、コーヒーの味、音楽、座席の快適さ、全てが以前の喫茶店を上回っていた。
ウェイトレス「マスター、お店の再開おめでとうございます!」
マスター「ありがとう。また心機一転、頑張るよ!」
そんなのどかな空間に、開店時刻と同時に足を踏み入れる者があった。
ザンッ……!
大学生「珈琲を飲みに参上ッッッ!」
マスター「おお、君か!」
ウェイトレス「いらっしゃ~い」
大学生「おかげさまで……かろうじて冥帝大に合格することができた。感謝ッッッ!」
マスター「なんの、紛れもない君の実力だよ」
大学生「恐悦至極……」
マスター「ところで、どこの学部に入ったんだい?」
大学生「経営学部であるッ!」
大学生「あの日、自爆までしてみせたマスターの覚悟に、吾輩は大いに感動した」
大学生「吾輩もいずれはマスターのような、超一流の喫茶店を開きたく……ッ」
マスター「おおっ……応援しているよ。この道の先輩としてね」
牛「モォ~……」
マスター「ま、一杯どうだい? 前は沸騰したのを飲ませたから、今度は冷たいのでも」
ウェイトレス「アイスコーヒーで~す」スッ…
大学生「いただこう」ゴクッ…
大学生「!」
大学生「冷たァァァァァいッッッ!!!」ブバッ
マスター「!?」
マスター(そうか……彼は熱いのは平気だが、冷たいのは苦手だったのか……ッ!)
マスター(なんという盲点ッッッ!)
マスター「しかし……冷たい飲み物を飲めなければ、喫茶店経営など到底不可能だ」
マスター「どうだね大学生君、ここで修業(アルバイト)してみないかね?」
ウェイトレス「一から教えてあげるわよ」
大学生「ありがたくッッッ!!!」ガバッ
─ 完 ─
この物語はフィクションです。
喫茶店等での勉強を肯定・否定するものではありません。
このSSまとめへのコメント
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