阿良々木「ジャスティン・ビーバーがビーバーの怪異に憑かれている!?」 (22)

阿良々木「どういうことですか、臥煙さん?」

臥煙「そのままの意味だよこよみん。世界的に有名な彼は怪異に取り憑かれている」

阿良々木「……なぜそんな事を知っているんですか、なんて質問は愚問でしたね」

臥煙「ああそうだね。だがせっかくこよみんが私のキメ台詞の振りをしてくれたんだから言わせてくれよ」

臥煙「私は何でも知っている。もちろん彼の身に何が起きたのか、全てね」

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阿良々木「どういった怪異なんですか?」

臥煙「うんうん。一つずつ説明していこうかな。まず結果から言うと、彼に憑いたのは『ビーバー』だよ」

阿良々木「ビーバー?」

正直、あまり馴染みのない生き物だ。
いや、図鑑では見たことあるのだけれど、実際どれくらいの大きさかと考えたら実感がまるでない。

臥煙「おもしろいよねぇ。『ひたぎクラブ』とか『まよいマイマイ』みたいタイトルを付けるとするなら、
さしずめこの物語はそのまま『ジャスティンビーバー』になるのかな?」

阿良々木「……言ってる場合ですか」

臥煙「『ドラウトビーバー』それが彼に憑いた怪異の名前だよ。日本語にするなら、『干ばつビーバー』ってところかな?」

阿良々木「はあ」

臥煙「もっと正確に訳すなら、ビーバーは海狸って言うらしいけど、そこまで訳すとかえって意味がわからなくなっちゃうからね」

臥煙「北米の怪異さ。まぁビーバー自体が北米とヨーロッパにしかいないのだけれど」

臥煙「まぁ、原型となった生物の生息域と怪異の発生場所に関連を求めることは必ずしも出来ないんだけどね。
アフリカのライオンを元に獅子が出来た事しかり、ワニや恐竜の化石からドラゴンが生まれたことしかり、さ」

臥煙「だがこの怪異は北米の怪異で間違いないよ。ネイティブアメリカンに伝わる伝承に出てくるんだ」

臥煙「さっき言ったドラウトビーバーって語は英語だが、もちろんネイティブアメリカンはネイティブアメリカンの言語でその怪異を表していたわけになる」

臥煙「だが残念な事にネイティブアメリカンは文字を持たないからね。
さすがの私も無いものは知りようがない。無い事を知ることはできてもね。

臥煙「そんなわけで『だいたいそんな意味』の英語にアメリカ人が当てはめてしまった怪異なのさ。
今となっては何と呼ばれていたかはビーバーのみぞ知るって事かな?」

臥煙「怪異の由来をベラベラと述べていたってつまらないねぇ」

臥煙「それじゃあそろそろこいつがどんな被害をもたらす怪異なのか。彼にどんな被害をもたらした怪異なのかを語ろう」

臥煙「こよみんはビーバーって生き物がどんな生態を持っているかは知ってるかい?」

阿良々木「えっと、すみません。湖にダムを作る程度にしか知りません」

臥煙「うんうん十分だよ。そうだね、ビーバーと言ったらダムさ。有名だものねぇ」

無知を晒してしまったようで気恥ずかしかったが、この人相手にそんな事を気にかけても無駄なのだ
なので、僕は黙って臥煙さんの話に耳を傾ける事にする

臥煙「だが、この干ばつビーバーはダムを作らないビーバーなのさ」

阿良々木「ダムを……作らない?」

臥煙「ああ、むしろ壊してしまうと言ってもいい。干ばつゆえに水を貯めるダムを作れなかったのだろうさ」

阿良々木「は、はぁ」

臥煙「この場合の『ダム』は『我慢』、『干ばつ』を『欲望』に当てはめれば、こいつがどんな怪異なのか想像つくかな?」

阿良々木「欲望を……我慢出来なくなる?」

臥煙「その通り」

臥煙「このビーバーに憑かれた人間は欲望のたがが外れるんだ。」

臥煙「どんどんあらゆる欲望が溢れて、我慢も出来ない。堰を切ったように欲望があふれて飲み込まれるのさ」

臥煙「いやはや、ダムを作らぬ干ばつビーバーが『堰を切ったよう』とは、これいかに?と言った感じだよねえ」

臥煙「渇いた欲で人間の精神を決壊させる怪異。それが『ドラウトビーバー』だよ」

阿良々木「話はわかりました。それで、彼は助かるんですか?」

臥煙「んー。メメの言葉を借りるなら人は勝手に助かるだけで、誰かに助けられたりしないんだけどさ」

臥煙「でも、メメの言葉ではなく私の言葉で言うのであれば……」

臥煙「人は勝手に『助からない』かな」

臥煙「彼は望んで今のままでいて、それで楽しい人生なんだろうさ。彼は望んで助からないんだよ」

阿良々木「……。」

臥煙「ははっ。自ら望んで怪異と共に生きる一生か。どんな気持ちなんだろうねえ?」

阿良々木「……あなたは何でも知っているんじゃなかったですか?」

臥煙「ああ、そうだね。だから知っているよ。どんな気分なのかはね」

臥煙「話はこれだけだよ。今日は友達のこよみんと雑談したかっただけなんだ」

阿良々木「そうですか」

臥煙「また会おうこよみん。忍ちゃんにもよろしく」

阿良々木「……ええ」

臥煙「じゃあね。今度はもっと楽しい話をしよう」

そう言って臥煙さんは去って行った。

まったく言いたい放題言ってくれる。
知ったような事を言ってくれる人だ。

次はもっと楽しい話をしよう、か。

正直、あまり楽しい話題になりそうな気はしないな……。


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