春香「私たちは看守でも囚人でもない」 (89)

別板にて書いた作品のアフターというか別視点の話
途中までしか出来上がってないがある程度の見通しはついてる

一応前スレが無くても話がわかるようにするつもり
鬱描写多数 苦手な方は注意

その他気になることがあれば随時

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1355323349

春香「……」

真「どうするのさ、春香」

春香「少し静かにして……」

春香「……真、囚人共を集めて」

真「了解」



春香「さてと……」

春香「あずさと千早、美希はどうしたの」

伊織「……知らないわよ……がはっ!」

春香「この期に及んでまだ敬語も使えないの?」

小鳥「……みんな、動けそうになくて」

律子「……」

春香「はぁ……全員集合って言ったんだけどなぁ……響?」

響「なんだ?」

春香「水」

響「了解だぞ」

バッシャーン

伊織「ひっ……」

小鳥「さ、さむ……うぅ……」

春香「全員、集合。聞こえなかったらもう一回」

律子「や、やめて……つ、連れてくればいいのね?」

春香「ん?」

律子「……つ、連れてきます」

春香「早く、ね?」

私、天海春香です。今、看守してます
なんていうか、すごく面倒なことになってて

プロデューサーさんがいなくなったんですよ
看守の中心人物、私たちの司令塔

急にいなくなるなんて、おかしいですよね
きっとまた、この囚人たちが逃げるために何かをしたに違いない

実験。そういう企画で私たちは二つに分かれたんです、1週間前
看守と、囚人の二つ。そこから私たちの生活はガラッと変わった

なんだかんだあって今囚人はすっごく囚人らしくって
私たちはどうかな、なんてそれはどうでもよくって

プロデューサーさんは看守側でした
まあ、囚人側にいたら身動き取れないですし、保護者の役割ってことなら当たり前ですよね

基本的にプロデューサーさんの指示だったから今統率がうまくとれてなくって
その上いろいろ……なんていうか、なってないですよね

あ、来たかな? まあ3人とも似たような感じか。グッタリしちゃって
それでも何もしてないという証拠になんてならないし

誰も、吐いてくれないの?仕方ない……また水だね

バッシャーン

みんな震えちゃって。でもそっちの3人はもう何も感じないのかな

死なないでね、一応プロデューサーさんから言われてるんだから
うーん、態度的にもまずは千早ちゃんあたり?

グイッ

千早「あ……うぅ……」

春香「ちーはーやー?」

千早「……」

春香「どうなのかな」

千早「はる、か……」

——

春香「ねぇねぇ千早ちゃん、警察ごっこだって!」

千早「……」

春香「あれ? 千早ちゃん、楽しみじゃないの?」

千早「その……別に嫌じゃないけれど、ごっこって」

春香「子どもっぽいかな?」

千早「それはやっぱり、そうでしょう?」

春香「でもね、プロデューサーさんに聞いたらちゃんとした企画なんだって」

千早「それはそれでどうなのかしら」


千早「すごいわね……」

春香「ほら、見てみて! 映画とかテレビで見たのと同じ!」

千早「なんていうか、春香似合ってるわ」

春香「え、そう?」

千早「えぇ、すごく看守みたい」

春香「それって褒められてるのかなぁ」

元々こんな実験、気は進まなかった
でも周りのみんなもすごく乗り気で、そう思うとなんだか楽しくなってきたけれど

やっぱり何か変だと感じたのはセットに入ったとき
ここまで精巧につくられていることへの違和感……これは少なくとも、もうごっこなんかじゃない

それでも、皆もまさか本気でやるなんて思ってなかったでしょう
ふざけて囚人の演技をする亜美や真美を見ていたらそんな違和感はなくなったような気もした


次第に話すこともなくなり見回りにくる看守と会話を交わしまた監獄の中で雑談
その繰り返し。ただただ退屈だった私たちはもう、いえ少なくとも私は囚人らしくなりつつあったのかも

何故って看守役は牢屋の外から話かけてくる。鉄格子の中から手を伸ばせば握手くらいできるかもしれない
でも、そのどこか冷たくて息苦しいような環境に、いつしか私は開始前より大きな不安に包まれていた


これといって変化もないまま時間がたち、一つの事件が起こる
夕飯。鉄格子の隙間から人数分の茶碗が渡され、それが私の手に渡ってきたとき、一瞬何が起きたかわからなかった

でもそれはすぐに理解することになる。囚人、そういうことなのね
病人食のようなただの真っ白なお粥が粗末な茶碗によそわれていた。皆言葉もなく恐る恐るそれを啜る

もちろん箸はあるし、味もないこともないから非人道的とまではいかないだろうけど
私たちにとって、今おかれている状況を理解するには十分だった

でも、それだけにとどまらなかった。トイレがただの穴ということも私たちには衝撃だった

真美が言うまでとてもじゃないけれど気が付かなかったでしょう
だって本当、どう形容したらいいか……穴、としか言えないような

いえ、考えてみれば……なのか今の私たちには常識になってしまったのかわからないけれど
少し楕円で深さがあって。金隠しのつもりか膝の高さくらいに1枚の板がたてかかっている


これを、トイレとして使えというのですか。看守、私たち”囚人”は何か罪を犯したのですか?

でも、この企画をやっている以上、その質問はタブーで、何も生み出さないと分かると余計にもどかしくて


私たちは自然と、そのトイレに背を向けて生活をしていた
当然、お風呂も使えない。皆の士気が少しずつ確実に下がっていくのがわかった

もちろんこのままじゃ不便どころか、いろんなことに異常をきたす
そう思ったのは私だけじゃなかったみたいで、でも水瀬さんが取り合ってくれたみたいだけれどダメだったと

胸の中の不安はより影を増して、このままじゃまずいって訴えかけていた
これは社長の命令なのよね、それだからプロデューサーも多少過激になってしまっている

でもプロデューサーはプロデューサー。ある程度の考慮はしてくれる、とまだ信じたまま眠りについた

2日目でその予想はいきなり裏切られた。明らかに周りは薄暗い、早すぎる起床

高槻さんも慣れない様子で、それでも必死に看守役をこなしていた
もうそれだけで看守側が社長の影響を受けてしまっていることが想像できた

その後美希が脱走したことで、私は決心した。これはやはりやりすぎだと、私の口から伝えよう
ちょうど朝食の時間、春香が来たところで相談しようと……したが


予想以上に春香は”看守”で。いえ、これは演技よ、春香も流石ねなんて褒めてあげたいくらい
……それじゃ演技ならいいの? いいえ、ダメに決まっているこんなこと

この期に及んでそんな妙な空気にのまれて、私たちはただ従うしかなかった
ここから先は、ただただ全員まとめて転がり落ちていくだけ


看守はもはや、ただのいじめっこ、ひどく言うなら独裁者
それでも私たちは囚人だから仕方なく。そうやって心が折れてしまえばそれもそれでよかったのかもしれない

でも私たちには、絆があった。それは囚人の中だけでなくて、看守との絆だってあったはずなのに
看守はその絆さえ一つ一つ切り離していくの。肉体的に、精神的に

絶望なんて言葉じゃ言い表せない。ただもう、その現実が悲しくて恐ろしくて信じられなくて
囚人はただ怯えるだけの存在、看守はただ従えるだけの存在で

私はもう、この牢屋からでることはできないの?

私はもう、歌を歌う事はできないの?

……もう、正直牢屋の中に誰がいるか、把握するのも辛くて
美希が戻ってきたときには、もう完全に”美希”じゃなかった

話しかけたらいつものように、どうしたの千早さん?なんて返してくれたら
真美も冗談の一つでも絡めて千早お姉ちゃん!なんてとびかかってきてくれたら

どちらも俯いたまま目は虚ろ、美希に限っては話しかけても怯えるだけ。完全に心を閉ざしてしまっている
真美も心神共に限界な様子、見た目も衰弱して最低限の動きしか見せない

どちらも、昔の面影はない。もちろん……きっと、私も

他の皆も……思い出したくない、思い出せない
ただ自分のことを、大切に。大切に


こんなにも人はすぐに変わってしまうものなの?
いくら看守という役を与えられたからって、ここまで残酷になれるものなの?

ずっとずっと、自分に問い言い聞かせた。答えなんてでるはずもない
表現しようもない感情、ただ苦しい……この現実で、生きていることが苦しい……

今までの思い出が余計に邪魔をする。どうやっても今の状況に当てはまらない過去の思い出が憎くすら感じる
もう一度、あの頃に戻りたい……今はどうでもいい、もう一度だけでもあの……

ふっ、と涙がこぼれてしまった。拍子にふっ、とメロディが流れてきた
……あぁ、懐かしい。あの頃はもう、毎日のように何かしらの音楽を耳にしていた


涙が止まらない。もう歌えないから? 懐かしさ? 辛いから? もうそんなのわからずに気がついたらただ口ずさんでいて
囚人は誰一人として反応しなかったが、ふと気が付くと牢屋の外側に一人立っていた。

春香「……懐かしい歌だね」

……そんな優しいトーンで話しかけられたのはもう、いつ振りだろう
でも、覚えていてくれたの?

春香「だって一番千早ちゃんが好きな曲だったでしょ?」

そうよ、私が一番好きだった曲。あぁ、でも……おかしい、曲名が出てこない
また、涙があふれる

春香「どうして泣いてるの?」

わからないわ。そんなの、私が聞きたいくらいだもの

春香「そっか」

涙は一向に止まる気配がなくて、それがなぜかすごく恥ずかしく思えてきてそのせいか
積み上げられてきたストレスやいろんな感情が急に満ちて、溢れそうになる

春香の顔をもう一度見たとき、涙で輪郭しか見えなかったけれど、その瞬間ポロッと、口から零れた

千早「……助けて」

別に春香が悪いとか、そういうことじゃなくて。今までもたくさん言ってきた言葉だけど何か違う
長い間しゃべってなかったし、嗚咽で声が震えてたから、ちゃんと声が出せたか、聞き取ってもらえたかもわからない

でも、春香の返事が聞こえる前に、込みあがってくる感情がもう限界で、止まらなかった

千早「ねぇ、私たちは何かしたの? 悪いことなんてしてないでしょう?」

千早「お願い春香、戻りましょう? 私たちは……まだ、やり直せる……」

春香「……」

次から次へと口から飛び出す言葉のせいで途中でむせたり
相変わらず止まってくれない涙のせいで、自分でも何を言ってるかわからない

春香への暴言やプロデューサーへの不満、もう覚えてないけれど全部、全部ごちゃまぜにして手当たり次第投げつけた
決壊したダムみたい、ってこういうことを言うのかしら、まさにそんな状態で話し終えた

それに、私はこんなに涙を流したことがあるだろうか

私が息を整えているうちに、春香は言葉を発した

春香「悪いよ」

自分の嗚咽で聞こえなかった、そう信じたかった
でもきっと、春香は即答だった

春香「千早ちゃんは悪い。千早ちゃんは囚人だよ」

今度は聞こえた。それに、涙も止まった

春香「囚人は囚人だと思えなくなったら、もうそれは罪」

千早「で、でも……」

春香「理不尽だと、思う? でもみんなそういう風に生きてる」

春香「千早ちゃんにだから言うけど、ちゃんと自覚しなきゃダメ」

もう何を言っても無駄な気がしたし、そんな気力が残っていなかった
半ば降伏状態で、諦めかけた。でも

じゃあどうしてさっきは曲のこと、話しかけたの?
単に”一囚人”とのコミニュケーションとして、曲を利用しただけなの?

それだけの……関係だったの?
そんなに看守って偉いの?


春香、私の親友。親友でしょ? なんて聞けるわけないし、聞いたからと言って何となるわけでもないわ
親友だから、待遇を良くして。そんなこと望んでない。千早ちゃんだから。違う、それも違う

私が望んでるのは……

私は看守だったら、今の春香みたいになってた?

嫌、春香が言いたいことが分かってしまう私が嫌
それを言う前に、私が言わなきゃ……

よくわからない、この実験の魔力は友情じゃどうすることもできないの?

でも私が看守で 春香が囚人だったら

それでも変わるようなものが友情で、看守と囚人という関係がより強いなら

もう私は、何も言えない

いいえ、もう言っても仕方ない。だって、今そこに立ってるのは……

春香「だって、悪いことした人間がそれを忘れるなんて、ひどいことだよ?」

春香「そうだね、もしどうして囚人か困ってるなら、何か悪いことしちゃったと思い込めばいいんだよ」

千早「……」

春香「そうだなぁ、例えば千早ちゃんならね」





春香「弟さんを、殺しちゃったとか」



そこから意識がない

起きて、動いて、何か言われて感情的になったりしたかもしれない
でももう、曲がなくなったコンサートみたいに

アンコールをする気力も、そんな必要すらないと感じた

そうか、私がこんな目に合ってるのは

優を殺したからなんだ

でも、おかしいわ。殺したのに涙一つでない

ふざけないで、私

私は、裁かれるべき

牢屋に入れましょうか、私が入っている牢屋に、私も入りなさい

どうして抵抗するの? 私が悪いのに

あぁ、私か。私だったのね

蹴られて当然、そうよ。もっと虐げられるべきよ

私は裁かれてしかるべき人間なの


そうでしょ、春香?

そうでしょ、優?


——

春香「やっぱり反応しないなぁ。千早は白」

春香「……ふふっ、私はわかるよ千早ちゃんの言いたいこと」

春香「でも、囚人はそんな資格すらない。ってね」

春香「次は……伊織かな。話ができないだけで生きてるよね?」

伊織「……」

——

今頃私たちはステージに立っていつもと同じ、歓声を浴びて
笑顔で元気に歌を歌って、終わったあとにはいつものように騒ぐの

口の減らないやんちゃっ子と、道に迷うのが好きな保護者役と、鬼のような監督ってところかしら
それに比べて私は、リーダーとしての気品を兼ね備えた、スーパーアイドルだもの

……なんて言ってたらまたぶつくさ皮肉を言われて、飛び火したのがまた私にとんできたり
それをみてくすくすわらってるおっとりさんがいたりね

あの騒がしくて飽き飽きしてたような、それでも輝いてた毎日だって、今はもう……


伊織「……私が、囚人に」


このわけのわからないゲームに巻き込まれた私たちはもう所詮ゲームなんて言えないところまできてた
いえ、むしろゲームとしましょう、そうじゃなきゃ……まだ信じられそうにないわ


囚人、ってとても重たい響き
言葉の魔力って言うのかしらね、でも不思議と看守、は思ったほどでもなかった

それはきっと、安全で比較的今までと変わらない環境にあったから
でもそれがあの環境にとっては不自然で


私は置いて行かれた
でも私は間違ってなんかなかった

看守だからこんな横暴が許されていいの? 違う、それ以前に囚人と呼ばれる人が何をしたの!
あのいつだってケタケタ笑ってるようなあの子たちでさえ、自然に会話が少なくなってて

だから猶更許せなかった、反発した。なのに、どうして皆疑問を持たないの?
……私がそれだけ、”今”に満足してたから?

人間基本飽きっぽい動物、と言うもの。何か刺激や変化が欲しくなるものよ
だからと言って今が楽しければそれを放りだす必要はないわけでしょう


私は、まあいろいろ言ってるけれど楽しい。毎日、あのユニットで活躍して、この事務所に居られて
……皆、違うの? だから今こうやって必死に変わろうとしてるの? ……絶対間違ってる

いくら変えたいからって、こんな横暴なやり方、元に戻れなくなるわよ
私は、何度も訴えたの。でも、やっぱり効き目がなくて。むしろ私はその感覚が強くなってて

結局、感じているのは自分だもの。だから私や他人が言ったところで本人の意思は変わらない
なんて項垂れていた時、改めて認識したの


囚人の重さを


囚人になって、余計私が正しいことがわかった
劣悪な環境、まさに正反対の生活

ここにいる人は、そう。私側の人たち、”あの頃”に戻りたいと思える人たち
それだけで安心した……のに


私はこの実験では最初、看守だった

予想してなかった。囚人は短い期間でもこうして現実から切り離されちゃったせいで
現実をもう、敵と認識してるの

ただ生きて、戻ることしか考えてない。それはちょっと言い過ぎかもしれないけれど
それに比べて私は……ずっと”看守”の頃の気持ちのままだった

だって根本は変わってないもの。だったら私以外の皆もまだ変えられる、ううん変わる前に戻ることができる
そのために私は必死にがんばるしかないんだ。看守として、囚人役の皆との差を埋めるための

その償いさえ、言い訳にみえるのか、本当に環境の変化っていうものは恐ろしくて
度重なる嫌がらせ。でも私は耐えた。耐えなきゃいけないから。だからこそ耐えられたのかもしれないわね

囚人役は悪くない。看守が現実を捨て、変わることを選んでしまったからこそ思えることで
そのためには今までの分、苦労を背負ってみせるわ


そしてチャンスがきたの。でも流石にもう、私も限界だったみたいで頭も回らず体も思うように動かない
それでも、まだあきらめたくない。諦めるもんですか

だって私は……スーパーアイドルなのよ?こんなところで諦めるわけにはいかないの
看守役は、一つだけ囚人側の要望を飲んでくれると言い出した。今までそんなことなかったのに、何を企んでいるの?

だからってこのまま何もせずにはいられない
必死に考えて、スパイを送りこむことにした。そんなことが可能かどうか、前例は私

素直に皆、聞いてくれるかしら? そういって、私がまた裏切るんじゃないかとこんどこそ袋叩きにあるかもしれない
でも、でもここしかないって私の直感が。そうしたら、奇跡は起きた

私の話に耳を傾けてくれる皆の声が、胸にしみこんでくる
思わず涙が出そうになるけれど、まだ泣いちゃダメ。これは看守側の策略かもしれないんだから

それでも……演技もほとんど完璧、うん。これならいけるわ、いける
皆、死んでなかった。ちゃんと生きたいっていう強い意志を感じたの

実験に参加したのは14人。囚人役は半分の7人、アイツを含めて看守役は8人


貴音。ストレスで視力を失ったのよね
でも知ってる。一番毅然にふるまって囚人たちのことをまとめていたのは貴方

自分だって不安な癖に。何も感じてないふりをして、憎いわね
きっとあなたのおかげで救われたことが何度もあるはず

その強い意志があったからこそ……あんな目に合ってしまった
大丈夫、無事に戻ることができたら私が責任をもって直してあげるから


あずさ。この企画が始まる前から不安そうにしていたけれど
やっぱり余裕があるようにみえて、自然と年少組をなだめていたわね

特に、プロデューサーのこと信用していただろうし、辛かったでしょう
……大丈夫、そんな顔しないでったら。笑顔が、痛いの

きっとまた踊れる。歌えるようになるわ、そしてまたバカみたいに笑い合いましょ?
たまには私に甘えてもいいの、もう年齢なんて関係ない

ここじゃきっと心の余裕がある方が上。別に自信があるわけじゃないけど、そうしなきゃいけない気がして
……そう言ったらすぐ私の膝を枕にして、すやすや寝ちゃったわ

みんなの心配をしてくれてたんでしょう、寝てないの顔でわかるわ
私から、ごめんなさい。果報を寝て待ってなさい

小鳥。年長者だから、それとも企画に一つ噛んでたからかほとんど反応しなかったけれど
次第に顔が青ざめていくのがわかったわ。多分、責められるとでも思ったんでしょ?

誰もそんなことしないわ、だって皆が今敵と思ってるのは看守で看守は囚人、それだけ
疑心暗鬼になったらこの企画、真っ先に倒れちゃうんだから。もっとしっかりしなさいよ

いつもの妄想が、逆効果なの?まったく、そういうところ融通がきかないわね
なら何もしなくていいけれど、私たちは貴方のことを別にどうとも思ってない

でも私は。頼りにしてるから
何よそんな驚いた顔して……なによ、笑えるんじゃない

そうそう、やっぱりなんだかんだあんたが一番この企画じゃ生き残り安いわ
だからこそ頑張りなさいよ。お願いね


千早。貴方にもこれは辛そうよね。私だって辛いの、皆辛いの
でもそれを伝えるのはひどいと思うから

それでも千早は一人で考えることのできる人でしょう
なら簡単、私は関知しないわね

私がダメになったら、きっとあなたがこの囚人たちをまとめて率いるの
それができるって、私は信じてる

だからお願い、病みすぎないように
自分のことを、むやみに責めないように

貴方の歌声を楽しみに待っている人は私たちとはくらべものにならないんだから

美希。もう、しゃべってもくれない?
それは……そうよね。私たちも仕方がなかった

むしろ美希、貴方は正直すぎるもの。何をしたって、一番に標的にされてしまうわ。
だから残酷かもしれないけれど、そうやって眠っていて

ちゃんと時間になったら起こすから。そしたらまたハニーハニー、ってあいつに抱き着けばいいの
……この責任も兼ねて、抱きついて窒息させてしまえばいいのよ

だからこれ以上、人を嫌いにならないように頑張りなさい
それがアンタのやるべきことよ、しっかり肝に銘じなさい

そしたら……デコちゃんって呼んでも、1回くらいは許してあげなくもないんだから
だからその時になったら、寝坊せず起きなさいよ


真美。一番小さいのに、ごめんなさい
亜美は……仕方ないわ。だって一番小さいんだもの看守になったら、染まってしまうのはごく普通なこと

亜美と真美、正直大差ないでしょう、あなたたち
それはいろんな意味で、だからこそかわいそう

亜美に思うこと、たくさんあると思うけれど
利用するみたいで、悪いけれど

亜美のようになりたくないなら、亜美より優れたいなら
今ここだけでもいいから、大人になって見せて

吸収力に関してはお墨付きだものね
ただ、せいぜい調子にのらないこと

貴方の可能性にかけるわ、真美
私たち7人の希望、いえ14人の希望を託す

そう

そうよ、この空気を私は取り戻したいの

あの輝ける日々をもう一度私たちの手で取り戻しましょうよ


でも


その作戦は見事に踏みにじられた
何事もなかったかのように

しかししっかりと
根元から、その存在そのものが初めからなかったかのように

裏切られた

目先の欲にとらわれた

私がいけないのだろうか

真美を選んだ、私が

それとも……私が間違っていたのだろうか

思考が追い付かない、変な汗がにじむ

もうどうしようもなくて、思わず叫ぶ

真美を送りだした後、自分の声で目が覚めた
夢か、なんて恐ろしい

私の生きてきたなかで最も生きた心地のしない夢ね……
そんなことを考えていたら。ちょうど隣の部屋……

律子と貴音が運ばれた部屋かしらね、声は聞こえない……
でも微かに震えている。あちらの部屋で、また何かあり得ないことが起こってるのだろうか

ふとあずさを見ると、震えていた
こうして何度も何度も仲間を分けられていくことで精神は確実に擦り減っていたが

そのあずさを見て、ついつい震えてしまった
だがそれがどうしてか、恐怖か妙な安堵からか、わからぬまま


足音が聞こえてきた。音の高さと、リズムが違う……二人

牢獄の前で立ち止まり、壁にもたれかかっている私たちを見下ろす


相変わらず看守らしすぎるわ、春香。そして

真美。看守の服に身を包んだ、私たちの最後の希望

わかる、春香の言いなりになっているのよね
でも、そんな目をしてたらばれちゃうわよ。気をつけなさい

春香「真美は伊織に裏切られて看守になったから復讐がしたいんだよね?」

真美「……うん」

春香「それじゃ、何をさせよっかなぁ」

春香「そうだなぁ、そこのトイレを自分の服で綺麗にしてもらおうかな」

春香「あ、いやな顔したら真美、頭踏んづけちゃって。いい?」


真美は力なく、そう信じたい。そうして頷いた後、徐々に私のそばへ


この汚いトイレを、ね

……これで出られるのなら

見ていてね、真美

裾に手を入れ、服を雑巾のようにして飛び散った液体を拭い取る

実験が始まってから、春香はみるみる変わっていった
それはもう私の知ってる春香じゃなかったし

本当に怖いと感じた、それに相応の嫌悪と
今やっていることの情けなさと、苛立ち、今までの焦燥感全部まとめて思考を一回転

つい顔に出てしまったのか
それともただ春香がいちゃもんをつけただけなのかわからない

春香がニヤリと笑い、真美に合図を送る
真美は、どんな顔をしてただろう。でも、きっと動揺してるに違いない


でも私としても、そう。この時を待ってた
真美

頭を踏んでもいいから、お願いね
私はもう、これ以上傷つかないってわかってるの

ここであなたが看守の信頼を寄せれば私たちは救われるの
でも、でもね。裏切られたらまた、戻ってくると信じて待つの

それくらい私たち、強くなったの

だからお願い、真美

伊織「きゃっ!!」

あぁ、気持ち悪い

ただでさえ汚い便器に、汚い、汚い
どうして? 慣れてるはずなのに、どうしてこんなに嫌なんだろう

真美を見る
わからない。けど、私を見るその眼が

嫌だった

いいから、早く、使命を果たしてよ
私はいくら汚れてもいいから

伊織「やめっ……」

強くなっていく力
口にも入った、鼻にも。吐きそう

つい真美をみる
いいの、それでいいのよ真美

伊織「ま……み……」

でも、まだ?

結構つらいのよ、これ
息もできないし

真美を見る

今にも泣きそうな顔をして

と思ったらどうしたのよ
あら、そう。私はその眼、知ってるわ




決心した目ね

残念



次の蹴りで私の顔にはあらん限りに汚れ

その一撃で今までほんの少しだけ、消えそうで消えない光が





消えた

しばらくして、光のない世界
叫び声が聞こえる


あずさ「いやああああああ!!!」

春香「真美、危ない!!」



鈍い音

あぁ、嫌な音



ねぇ、お願い。私はいくら傷ついてもいいから
早く他の皆を助けてよ


もう、誰でもいいから

——

春香「伊織でもない、か」



春香「大丈夫?最近になって急に具合悪そうにして」



春香「そろそろ実際、このままじゃまずいかもなぁ」



——

私がどうして看守なのかは、なんていうか生まれてきた意味みたいな

私たちのプロデューサーさん。アイドルをしてた頃、ずっとずっとお世話になった



すごく優しくて、気が利いて、でもたまには失敗したりもして、顔もかっこいい方だと思う


そんなプロデューサーさんがみんな、大好きだったんだよね

。少なくとも私はそうだったよ
だからこそ、私はこの実験に参加できるのが楽しくて


アイドルでたまたまそういう、看守じゃないけど従わせる役とかやってたから

なんとなく、イメージはつかめてたけれど



実験が始まったらプロデューサーさんの目が変わった。うん、でもこれがプロデューサーさんだ


仕事に関しては本当に厳しくて、私たちのこと子供だとかひいきしたりしない


だからすごく辛いこともあったけどそれが私はうれしかったし、がんばろうって思えた


プロデューサーさんの前なんだから、がんばらなきゃ
そう思ってた

でも、少しずつこの実験、結構大変な仕事だってことがわかって


特に囚人役なんて大変そうだなぁ、なんてちょっとひどいかな

書式の違いで改行が荒ぶった
修正する

どう見てもこっちの方が楽そう、なんてとてもじゃないけど口にできない
お仕事はやっぱり少しでも楽で楽しい方がいい、っていうのはやっぱり本音で

全然気にしてなかったけど、やっぱりこっちの方でよかった、ってきっと思ってた
でも、そうでもない。思ったのは、プロデューサーさんから夕ご飯を渡されたとき

これお粥だけ……でも、仕方ないのかな

こんなことして何になるんだろうとか
ちょっとやりすぎかな、とか思ってたけど、きっとそういうお仕事なんだ

プロデューサーさんが言うんだから今後のためになるんだ
そう思って頑張って、心の中で謝りながら囚人役のみんなにひどいことしてた

でも、それってダメだよね
仕事に対して引け目を感じちゃダメだよ

……なんていうのもちょっとしたごまかし
正直嫌になってた。けれど、

そういうイライラがたまって、ついつい千早ちゃんを怒鳴ったとき、やっちゃったなって
これはダメなやつだ……でも、すぐに謝れない

だって今看守なんだよ……ごめんね。でもそのごめんねも言えない……
だからなおさら苛立って、囚人に対しては冷たい態度になっちゃう

このままでいいのかわからなかった
だから不安な気持ちがあるってこと、プロデューサーさんにほのめかしてみた

大丈夫だ。春香はやるべきことをしてる、って
……そうなのかな、やっぱり仕方ないことなのかな

社長が全部仕切ってるみたいだけど結構過激だし……

面白半分じゃないよね?ちゃんとしたお仕事
だとしたらちゃんと、看守として役を貫き通さないと

でも……どうなんだろう。
プロデューサーさん、プロデューサーさんは?

……プロデューサーさんも、嫌なんだ
そうだよね、そうですよねこんなこと、誰だって嫌

でもやらなきゃダメなんだよね
うん、大丈夫。プロデューサーさんには、やっぱりかないっこないです

私の思ってることわかってたみたいに
それなら頑張るしかないよね

プロデューサーさんが言うなら、正しいよね

プロデューサーさんも、やってるんだもん

なのにどうしてみんなそんな悲しい顔をするの?
これはお仕事、そうでしょ?

あ、そっか。そういう反応も囚人らしさ?みんなも必死なんだね
私ももっとガンバらなきゃ、看守らしく、もっともっと看守らしく


看守って一人じゃできない
囚人のみんなも一人じゃ辛そう。そうだよね、一人で頑張るのは辛い

でも私にはプロデューサーさんがいてくれる

頑張ろう、もっともっと役になりきるんだ。プロデューサーさんのためにも
社長からの命令や注文もこなくなったってことは認められたってことかな

囚人のみんなは相変わらず大変そうだね、でもダメだよ
ちゃんと囚人らしく出来ない人は教えてあげなきゃ、みんなのためにもならないよ

それにこれは私が看守らしくなるためのことでもあるし

ひどい? まだそんなことを言うの?

私たちは看守、あなたたちは囚人
役を貫くなら、どっちが上かわかるでしょう?

それもできないようなら、もう仕方ないよね


罰を与えましょう

こんなのおかしいなんて叫ばれる
いつも泣かない人も声をあげて泣いてる

ふふっ、面白いな
みんなどんどん囚人らしくなっていくよ

だから私も、囚人を囚人らしくするための看守に
でも私もまだまだだよね、だからそうだなあ、いっそこの場を支配するくらいの勢いで


みんな私に逆らえない
だって看守だもん。それで、あなたたちは何?普通の人間とは違う、囚人だよ?

私は悪くないって、囚人の癖に口答えする貴方は
そうやって私たちに文句を言う度、悪いことをしてることに気がつかないのかな

でも、殺しちゃだめなんだよね
それはもちろん、あっちだって囚人じゃなくなっちゃうし

何が悪いか、何がいいかなんていうのは私たちが決めること
それは私たちが看守で皆が囚人である限りずっとね

一つ一つ、進める度に自然に道が出来てて
私にもやるべきことが見えてきてた

みんなみんな、それらしくなりました。
どうですかプロデューサーさん……プロデューサーさん?

どうしていなくなっちゃったんですか?
またこの囚人たちが悪巧みを?

私たちの邪魔をするために直接手を加えたのかわからないけど
そうだとしたら許す訳にはいかないよね

ついに気がくるっちゃったのか看守に手をだすやつまで出てきちゃったし
やるならそう、徹底的に

って思ったけど、そろそろみんな限界? これ以上すると、本当に死んじゃったりしてさらに面倒だよね
でもだからってこのまま放っておいたら私たち看守らしくないよね

看守……

私は、看守だよ

次は何をしましょうか、プロデューサーさん

って聞いてるプロデューサーさんも看守だったよね
そっか、そういう看守もいいんだ


この刑務所を支配する看守

なら一回、そういうのも有りじゃない?

春香「……よし、それじゃ決めたよ」

真「どうしたの?」

春香「囚人と看守を入れ替えない? ううん、入れ替えるの」

伊織「な……」

亜美「は、はるるん……? 何言って……」



私がこの発言をする権利なんて、本当はないけれど
ううん、発言する必要だってない、このままだって十分役割を果たしてる。でもね

最初に言ってしまえばそれが法律になるんだよ

プロデューサーさんの代わりにしっかりとこの場を制御して見せます

きっと何か問題があったんだと思う

でもきっと戻ってきてくれますよね

だからそれまで、安心してください

この入れ替えで変わることは
今までの立場がすべて逆転すること

宣言が確実なモノともわからずに、皆それぞれ文句を言い始める
看守は泣き出したりする人もいる

それはそうだよね
でもね、それって仕方がないこと

私たちは看守らしく囚人らしくすることがお仕事なんだよ?
だから交換は別に問題はないし、何回かやってるからわかるよね

もちろん私はこのまま。看守だけれど、もう看守じゃない
だって今この場を統括できるのは私だけ

そうじゃなかったらこの話を聞いて、みんな首を縦に振ってくれるはずなのに
勝手に泣いて、暴言を吐いて、一人で頭を抱えて、変わらず寝転がったままで

みんなもう、自分のことしか考えてないんだ
ダメだよ、これはお仕事

社長さんに、首にされちゃうよ?
だからみんな、この交換でリセットするの

ほら、なんだかんだいってもちゃんと皆服を脱いでくれる
そうそう、それでいいんだよ

服の交換も思ったよりスムーズに進んだ
真なんて僕が看守って感じだったからごねるかと思ったけど案外すんなり行った

寝転がってる元囚人はまだ服も着られてないね
看守が着るために引っぺがしちゃったけど

これでもう、交換は成立したと同時に、私の立場も決定された

私はもう、そこにいないから

13人を統括する、看守と言う名の支配者

うーん、支配者とか統括とか、ちょっとかっこよすぎるかなあ
お世話してる、っていうくらいじゃないかな

コントロール、とか皆が変な方向にいかないように調整してあげてるんだよ
看守役になれば少しでも体力は回復できるし

元看守はその間何をしていなくても、囚人ならそれでらしくなるもんね

……なんていろいろ言ってるけど
あんまり大きな声じゃ、言えない。でも……ふふっ





楽しいな

——

以上プロローグ?終了
ここから1週間プロデューサーなしでの看守・囚人入れ替え生活を地道に投下していく予定

書き溜めも尽きたしオチしか考えてないから
他のキャラの心理描写とか書くとしても全員分やるか未定

後、投下しててやっぱり前作見た方が分かりやすいかもしれないなというところ
そのあたりは慣れてないもので申し訳ないですが

更新間隔も特に予定してないので気長に読んでもらえるとありがたい

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