夏海「夏海ちゃん悪くないしー」 (23)

きっかけは些細なことだった。

子供の頃の少し恥ずかしいビデオのことで姉ちゃんにからかわれた。
だからついカッとなった。

「姉ちゃんこそ、見た目からして子供なんだからいい加減大人ぶるのやめなよ」

軽い冗談のつもりだった、言ってはいけない冗談だった。

姉ちゃんは怒った、怖くないアルマゲドンだった。

でもリモコンが飛んできた、おでこが凄く痛かった。

今度こそ本当にカッとなった。

そしてたまたまそばにあった何かを、思い切り、姉ちゃんに向かって……

…………

……

夏海「ね、姉ちゃん?」

夏海「ねぇ、うち、まだ怒ってるんだよ?」

夏海「いきなり寝たふりしないでよ、ねぇ」

夏海「起きなよこまちゃん、こまいこまちゃん、狸寝入りなんかすんなって」

夏海「……」

夏海「姉、ちゃん?」

夏海「姉ちゃん、姉ちゃんってば、こんなところでいきなり寝ないでよ」

夏海「ほら、髪もぐちゃってなってるし」

ペチャッ

夏海「……赤い、水?」

夏海「あ、うぁ……」

夏海「……な、な、な」

夏海「夏海ちゃん悪くないしー」

そうだ、うちは悪くない、姉ちゃんがからかったから悪い。

姉ちゃんがリモコン投げてきたから悪い。

姉ちゃんが躱さなかったから悪い。

うちは悪くない、姉ちゃんが悪い。

反芻する。

うちは悪くない、姉ちゃんが悪い。

何度も、何度も。

うちは悪くない、姉ちゃんが悪い。

リフレインする。

うちは悪くない、姉ちゃんが悪い。

卓「」

夏海「……な、何で兄ちゃんまで死んでるのさ!?」

本当はわかってる、うちが悪い、分かってた。

でも極限状態での自己暗示は、全部を飲み込む。

ウチ、ワルイ、ナイ、ネエチャン、ワルイ。

何かが壊れる音がする。

ばれたら母ちゃんのアルマゲドンだ。

なんで?

姉ちゃんのせいでアルマゲドン。

そんなの嫌だ。

じゃあどうする?

アルマゲドンを、避けないと。

どうやって?

もちろんいつもの手だ、うちならやれる。

押し入れ、ここまで分かりやすい名前は無いと思う。

そんなことを考えながら、うちは押し入れに押し入れる。

考える、うちの押し入れの中身を。

楽しかった思い出、下らない玩具。

ガラクタの山、百万通りの夢の山。

そんな素晴らしいゴミの中に、また一つ、大切な物を押し入れる。

胸の中にも押し入れる、大切な思い出。

押し入れたせいで段ボールと涙が一つずつ押し出された。

消えてくれない段ボールは、どこにしまおうか。

そして翌朝、大変なことが起きた。

大変だけど、気持ちが軽くなることが起きた。

ガラッ

小鞠「……」

夏海「……」

小鞠「あ、あの……」

夏海「は、はい……」

小鞠「なんで私、押し入れに?」

夏海「さ、さー、ちょっとうちにはわかりなねますなー!」

小鞠「それに、頭がズキズキするの」

夏海「そりゃあ大変だ! 病院行く?」

小鞠「それと一番大事なことなんだけどさ」

夏海「は、はい」




小鞠「私は、誰?」

ここからうちは考えた。

記憶喪失、そんな都合の良いことが、いや、起きたものは起きたんだ。

受け入れる、受け入れて考える。

姉ちゃんの頭の怪我のこと。

姉ちゃんが記憶を失うきっかけ。

みんなが納得してくれるような、そんな付け焼き刃の出来事を考える。

夏海「まず、姉ちゃんはうち、越谷夏海の姉ちゃん、越谷小鞠」

小鞠「こしがや、こまり。こしがや、なつみ……私の、妹?」

夏海「あ、うちみたいなのが妹じゃ嫌だった?」

小鞠「そっ、そうじゃなくて! せ……」

夏海「あー、でも姉ちゃんは姉ちゃんだからさ、納得してよね?」

小鞠「わ、わかった」

夏海「次に、記憶喪失のきっかけなんだけど」

小鞠「うん」

夏海「うちとの喧嘩中の自爆が原因だと思う」

小鞠「……自爆?」

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