貴音「天狗裁き」 (37)

出囃子:月のワルツ
三線:我那覇響

貴音「みなさま、本日はようこそお越しくださいました」

貴音「先日、10月19日は満月であり、旧暦8月十五夜の月に対して「後の月」、十三夜の月にございました」

貴音「十五夜が「芋名月」と呼ばれるのに対し、十三夜はちょうど栗が取れる頃なので「栗名月」と呼ばれます」

貴音「他にも『豆名月』だとか『裏名月』とも呼ばれているようで…裏名月はやよいや響が好きそうな名前ですね」

貴音「正確には満月からほんの少し欠けているのですが、それもまた趣があってよいものです」

貴音「『欠け足るもの』を楽しむこともできれば、この世をば楽しむことができるのではないでしょうか」

貴音「そんな夜に一席、お付き合いくださいましたら光栄です」

貴音「さて、私はよく響と月を見に行くのですが、やはり響は夜が苦手のようで時間がたつにつれて、こくり、こくりと船をこぎ始めます」

貴音「そのまま眠り込んでしまうのですが、人が寝ているところを横で見るというのは、なんでしょう、面白い優越感がございますね」

貴音「相手は見られていることを知らないのに、こちらは知っている」

貴音「まどろんでいるのか寝ぼけているのか、よくわからない寝言を言っていたり、頭をなでると猫のように丸くなったり…」

貴音「親しい間柄だからなのでしょうか?いつもとは違う姿が見れて面白いものであると思います」

貴音「眠るといえば、私どもの事務所では星井美希が真っ先に上がりますね」

貴音「近年では超一流だの超高校生級?のあいどるといわれる彼女ですが、少し前まではいつ見ても寝ているものでございました」

ーーーーー

小鳥「あら?美希ちゃんたらソファーの上でうたた寝なんてしちゃって…美希ちゃん、こんなところで寝てたら風邪ひくわよ?」

小鳥「おーいおーい…ダメだ全く起きないわ」

小鳥「…しかし本当によく寝る子ねぇ…寝る子は育つなんて言うけど、この子見てるとあながち間違いじゃないって実感するわ」

小鳥「私が美希ちゃんくらいの頃は……深夜アニメ見てたわね…」

小鳥「思い出すわー両親の目を盗んで夜中に起きて、ふふ、1時だとみんなまだ寝きってないから1時半まで待ってとかやって…」

小鳥「新聞欄でタイトルだけ見て内容を想像してたら全然違ったり、なるたるとか、なるたるとか」

小鳥「4文字ってほのぼの系だと思うじゃない!」

小鳥「そんなことしてたから育たなかったのかしら…」

小鳥「? 美希ちゃんたらさっきまで幸せそうに寝てたのにうなされてるわ」

小鳥「かと思ったらニヤニヤしちゃって…寝言なんて言っちゃって」

小鳥「なになに?マイン・カイザー、ミッターマイヤー、ジーク…とはさすがに言ってないか」

小鳥「うーん…気になるわね」

小鳥「美希ちゃん美希ちゃん!」

美希「ん…せろり…」

小鳥「ほら、寝ぼけてないで起きなさい、そんなところでおなか出して寝てたら風邪ひいちゃうわよ?」

美希「あふぅ…ん…?ミキ…寝てた?」

小鳥「寝てたの?じゃないわよ。しっかり寝てたわよ…いったいどんな夢見てたのよ?」

美希「え?」

小鳥「ほら、夢よ。さっき見てた」

美希「えっと、ミキ夢見てないの」

小鳥「そんなわけないでしょう、うなされたりニコニコしたり、果ては寝言なんかも言ってたんだから」

美希「だから、ミキは夢なんて見てないの覚えてないの」

小鳥「見てたわよ」

美希「見てないの!」

小鳥「それじゃあアレかしら?私たちに言えないような夢でも見たのかしら?思春期だからそういうことがあってもいいと思うわよ?」

美希「ミキは小鳥と違ってそんな夢見ないの!」

小鳥「じゃあどんな夢見てたのよ?」

美希「だから夢なんて見てないの!」

小鳥「なによ!ちょっと気になっただけじゃないの!少しでも話してくれたら『美希ちゃんらしいわね』とかで終わるのに変に隠し通して!

ケチ!」

美希「隠してなんていないの!だいたい、小鳥にケチだなんて言われる筋合い無いの!!」

小鳥「なによ!ケチじゃないの!!胸も若さも分けてくれないじゃない!!」

美希「分けれるワケないの!!」

小鳥「そんなのわかってるわよ!だからせめて夢くらい見させて、教えてくれたらいいのにそんなことまで!」

美希「だから!ミキは!夢を 見 て な い の !!」

小鳥「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!美希ちゃんがイジメるぅぅぅぅ!!」

美希「なんなのなの!」

律子「あーもう、うっさいわねぇ」ガラッ

美希「あ…律子」

律子「さん」

美希「よん」

律子「美希!」

美希「ごめんなさい律子さん」

律子「そんなことより、何が起きたのよ全く…」

小鳥「聞゛い゛て゛く゛だ゛さ゛い゛よ゛律゛子゛さ゛ん゛!美゛希゛ち゛ゃ゛ん゛た゛ら゛」

律子「…藤原竜也のモノマネ止めたら聞きましょう」

小鳥「ど゛う゛し゛て゛な゛ん゛だ゛よ゛お゛お゛ぉ゛お゛!゛!゛!゛ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛」

千早「やめてください」

ーーーーーーーーー

律子「つまり、美希が夢の内容を教えてくれなかった…と?」

小鳥「はい」

律子「はいじゃないです小鳥さん!なんですか!そんなしょうもないことで大の大人が泣き叫んで…」

小鳥「すみません…」

律子「ホントですよ!今回ばかりは美希に同情します。小鳥さんが悪いです」

美希「律子…さん…」

律子「だいたい仕事抜け出して何やってんですか!オーディションの願書出してくるんじゃなかったんですか!」

小鳥「え!?もうこんな時間!?」

律子「はい!!郵便局閉まりますよ!!」

小鳥「い、行ってきます」

美希「あ…ありがとう…律子さん」

律子「いいのよ、それはさすがに怒りたくもなるわよね…」

美希「うん…」

律子「どんな夢見たかなんて小鳥さんに話したら大変よ妄想の材料とかにされるわ…」

美希「とにかく助かったの」

律子「気にしないで…ところで美希、結局どんな夢だったのよ」

美希「ミキね…夢…見なかったの」

律子「まぁ、たしかに他人に言いにくいこととかあるわよね、ましてや人間拡声器の小鳥さん相手ならなおさら、でも、私になら言えないかしら?」

美希「別に夢くらい小鳥にも教えるの…でも見てないから言えないの」

律子「私は、『これは誰にも言わないで』って言われたら言わないつもりよ?絶対に」

美希「むぅ、律子はワカラズヤなの、言うも何も夢なんて見た記憶無いの」

律子「わからず屋とは何よ!だいたい!アンタはいっつもいっつも寝てるくせに、こんな時ばっかり強情張って!」

美希「ゴウジョウでもなんでもないの!ミキは夢を見てないの!」

律子「またそんなこと言って!次そういったらもう遅刻しそうでも起こしてあげないわよ!」

美希「それとこれとは話が別!律子そういうのはいけないって思うな!」

律子「だったら正直に言ったらいいじゃないの!」

美希「ミキ嘘ついてない!やっぱりワカラズヤなの!ミキは夢を見てないの!」

律子「美希!いい加減にしなさい!!」

社長「いい加減にするのは秋月君の方だよ」

律子「しゃ、社長!?」

社長「となりの部屋で聞いていたよ。なんだい君らしくないそんなことで怒っていちゃあいけないよ」

律子「すみません」

社長「謝るなら私にじゃなくて美希君にだよ」

律子「…ごめんなさいね美希、こんなことで怒っちゃって」

美希「律子…さんは小鳥の時に助けてくれたからこれでおあいこ。チコクしそうなときはおこしてね?」

律子「まったく…」

社長「ほら、竜宮小町が戻ってくるからむかえが必要なんじゃないかい?」

律子「そ、そうですね行ってきます!」

社長「ふう、ひと段落か」

美希「社長ありがとうございますなの、なんか今日の律子さんは意地っ張りだったの」

社長「まぁ彼女も美希君よりは年上だが、まだまだ大人になり切ったわけじゃないんだ。許してあげてほしい」

美希「べつに、もう怒ってないの」

社長「そうか、それはよかった」









社長「ところで、かなり面白そうな夢のようだね」

美希「」

美希「社長までそんなこと言ったら困るの。どれだけ頑張っても夢の記憶なんてないの」

社長「まあ、夢というものは時間とともに忘れていくものだから仕方ないな……しかし、少しくらいは覚えているんじゃないか?」

美希「ごめんなさい社長、ミキは夢を見てないの」

社長「星井美希君、たしかに君の答えは聞いた。しかし、いささか慎重すぎる。私は、事務所の中の誰よりも口が堅いと自負いている。何故未だに話してくれないのだ?」

美希「社長でも艦隊司令でも、見てない話はできないの」

社長「そうか、では君にはこの事務所を辞めてもらおう」

美希「どういうことなの!?そんなのってないの!!」

社長「美希君、この事務所での社長は私だ!」

美希「パエッタとかもうみんな覚えてるわけないの!!」

貴音「あいどるとはいえ一社員、社長に辞めろと言われてしまってはどうしようもありません」

貴音「公園で、行き場をなくした星井美希がどうしたものかと途方に暮れておりました」

黒井「夕日はいいなぁ~……公園だけど」

美希「……」

黒井「ウイ、君は弱小プロのアイドルじゃないか。なんだいアイツみたいな辛気臭そうな顔してるな」

黒井「ま、君がどうであろうと知ったことではないがね、ハーハッハッハ!」

美希「……美希、もう765プロじゃないの」

黒井「ハぶうぇ!!? お前、今なんて言った!?」

美希「765プロじゃないの!!クビになっちゃったの!!」グズッ

黒井「……ちょっと待ってろ」

Prrrr....

黒井「…高木か?私だ」

黒井「貴様どういうつもりだ!!説明しろ!!」

黒井「…夢の話だと!?ふざけるな!!そんなくだらない理由でクビにしたのか!!貴様ついにボケ始めたな!!」

黒井「…星井美希はこちらで預かる!高木お前が頭を冷やすまでだ!」

ピッ!

黒井「フンッ!」

美希「…」グズッ

黒井「……星井美希ちゃんであってるかい?」

美希「…おじさんなんでミキの名前知ってるの?」

黒井「私もアイドル業界の端くれでね、君たちや、君たちの社長のこともよく知っているのさ」

美希「……でもミキ、もうアイドルじゃなくなったの。765プロクビになっちゃったの」グズッ

黒井「ああ、そのことなんだがね、それはナシになったぞ」

美希「へ?」

黒井「フッフッフ、私はね、天下の961プロの社長、黒井崇男なのだ!君の所の高木とも知り合いでね、今しがた君のことで怒ってきたところだ」

美希「!?」

黒井「嘘だと思うなら君のメールでも確認するといい」

美希「!!」バッ

(着信1件:765プロ 「解雇取り消しおよび再雇用について」)

黒井「いやぁ久々にスカッとした気持ちだ!あの男をこんなふうに叱る日が来るなんてなぁ!気分が良いぞ!ハーッハッハ!!」

美希「おじさん…」

黒井「ンッン~~♪ 実に! スガスガしい気分だッ!歌でもひとつ歌いたいようなイイ気分だ~~フフフフハハハハ」

美希「それはまだ制作が決まっただけなの」

美希「とにかく……ありがとうございますなの」

黒井「ん? フン、礼など要らんよ。その代わりに体で払ってもらうからな」

美希「!?」

黒井「そのメールをよく読め」

美希「えっと…961プロに期間限定で移籍!?」

黒井「ウイ、大人ってのは面倒でね、一度出したものは撤回できないのさ。だから、一度961プロに入ってもらって、その後移籍させるってわけだ」

黒井「私はセレブだからね、事務所に一人くらい居候がいても構わないのだよ」

美希「……」

黒井「もしも恩を感じたなら、せいぜい真面目にレッスンを受けることだな」

美希「ふふ、ありがとうございますなの。ミキ、ちょっとだけガンバルの」

黒井「おいおいおい、そこは『全力でガンバリマス』だろ」

美希「ふふふ、そんな天狗になってるおじさんにはこれくらいがちょうどいいの」

黒井「ま、まぁ、私としては弱小事務所のアイドル一人なんてどうでもいいのだがね!」

黒井「ところで、ヒドイ話だな」

美希「何が?」

黒井「君の夢の話だ。まあ私は聞きたくもないから安心しろ」

美希「うん?」

黒井「はじめは近くにいた者が聞きたがり、続いてプロデューサーが聞きたがり、あの高木がクビにすると言うほど夢の話だな。まぁ私はそんなものは知りたくもないがね」チラッ

黒井「しかし、どーうしても喋りたいというなら、特別に聞いてやっても良いぞ?」チラッ

美希「またなの!?だからミキは夢なんて見てないの!」

黒井「なんだと!!このセレブであるこの私を侮るとは!見上げたやつだな!!」

美希「なんなのなの!なんなのなの!」

美希「ミ キ は 夢 な ん て 見 て な い の !」

ーーー……

小鳥「ほら、寝ぼけてないで起きなさい、そんなところでおなか出して寝てたら風邪ひいちゃうわよ?」

美希「あふぅ…ん…?ミキ…寝てた?」

小鳥「寝てたの?じゃないわよ。しっかり寝てたわよ…もう…いったいどんな夢見てたのよ?」

美希「え?」

貴音「お後がよろしいようで」

楽屋

貴音「みなさまお疲れ様でした」

貴音「……今日は誰もおりませんね……早く終ったからでしょうか」ショボン

響「貴音!お疲れ様!」

貴音(こういうときに、響と初めて会った頃を思い出します)

響「貴音、自分さっきの噺の中で聞きたいことがあるんだ!」

貴音(961プロの候補生に馴染めず、浮いてしまっていた私にいつも話しかけてくれました……そう)

響「裏名月ってさ、裏御三家みたいに影から満月を操る存在なのか!?」

貴音(……こんなふうに)

おわり

読んでくださったみなさま、支援してくださったみなさま
本当にありがとうございました

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