幼馴染「起きろぉっ!」男「むっ、敵か!?」 (215)

< 東の道場 >

幼馴染「ねえ、起きてよ。今日は北の道場に出稽古に行く日でしょ?」

男「ぐう……ぐう……」

幼馴染「起きろぉっ!」シュッ

男「むっ、敵か!?」ババッ

バチィッ!

男「あっぶねえなぁ……。
  寝てる人間のミゾオチに、ヒジを落とす奴があるかよ」ビリビリ…

幼馴染「アンタが全然起きないからよ……。
    にしても、寝起きにしちゃいいケリしてんじゃない」ビリビリ…

二人は互いに互いの攻撃をガードしていた。

男「兄貴! これから幼馴染と北の道場に行ってくる! 留守はよろしくな!」

兄「お~う、行ってこ~い。
  もうお前がこの道場の当主なんだから、しっかりやれよ~」

男「分かってるよ!」

幼馴染「おはようございます、お兄さん!」

兄「お~う、幼馴染ちゃん。また美人になったんじゃないのか?」

幼馴染「お兄さんこそ、仕事探し頑張ってね~!」

兄「うぐっ……!」

道場を出る二人。

男「──にしても、お前までついてこなくてもいいのに。
  西の道場は大丈夫なのか?」

幼馴染「平気、平気! 今日は稽古ないしね。
    それに、門下生ゼロのボロ道場を少しは手伝ってやんなきゃ!」

男「ちぇっ……」

< 北の道場 >

北の道場は町で一番栄えている道場で、今日も大勢の門下生が集まっていた。

ザワザワ……

男「おはよう」
幼馴染「やっほ~!」

友人「やあ、いらっしゃい!」

友人「二人が来てくれると、本当に助かるよ」

男「なあに、俺もこうして出稽古にでも呼ばれないと、食ってけないしな」

幼馴染「そうそう、お互い様ってこと!」

友人「ありがとう。それじゃ向こうで支度をしてもらえるかな」

友人「まずはストレッチだ!」

「はいっ!」 「はいっ!」 「はいっ!」

友人「突きを50本、始めっ!」

「えいっ!」 「やあっ!」 「とうっ!」

友人「組み手開始! くれぐれも怪我をしないように!」

ワァァァ……!  ワァァァ……!

男(友人はすごいなぁ……。俺と同い年なのに、こんな大勢の門下生を相手して……)

男(腕が立つ上に、優しいし……そりゃ慕われるよな)

男(それに比べて、俺と東の道場ときたら……)

男(歴史だけは町一番だが、時代錯誤な猛稽古やら古いしきたりやらで、
  死んだ親父の代から門下生はゼロ……)

男(まったく、情けなくなるぜ)

稽古が終わり──

< 公園 >

友人「二人とも、今日は来てくれてありがとう。
   やっぱり他流の人に来てもらうと、空気が引き締まるよ!」

男「……どういたしまして」

幼馴染「? どしたの? 元気ないじゃん」

男「いや……北の道場はこのとおり町一番の規模だし、
  幼馴染の西の道場もダンスを取り入れた武術が女性や子供に好評だってのに……」

男「ウチはクソ親父のせいでお袋は死んで、門下生も集まらず……。
  お前たちに出稽古に誘ってもらわなきゃ食ってもいけねえ」

男「俺は情けないな、と思ってさ」

幼馴染「そんなこと……なにいきなり弱気になってんのよ」

男「悪い……しんみりさせちまった」

友人「…………」

友人「ねえ、ちょっと勝負しようか」

男「勝負?」

友人「稽古じゃ、なかなかボクら同士で試合なんかできないだろ?」ザッ…

男「なんだよ突然……まぁいいけど」ザッ

構える男と友人。

幼馴染「え、こんなとこでやるの? やっちゃうの? じゃ、始めっ!」

男「うおおおおっ!」ビュアッ
友人「はああああっ!」ビュバッ

バチィッ!

ドガッ! ドゴッ! ドズッ! ドゴッ! バキィッ!

男(オーソドックスながら鋭い打撃! 全然隙がない!
  しかも見切りの技術がすごいから、決定打が全然入らねえ!)

友人(足は波や柳のようにゆるやかに動かし、徹底的に力んだ拳を叩き込む、
   東の道場独特の拳法! 200年の歴史はやっぱり凄まじい!)

しばらく攻防を続けた後、間合いを取る両者。

男「ハァ……ハァ……」

友人「ゼェ……ゼェ……」

幼馴染(ちょっとちょっと……二人ともマジじゃないのよ)オロオロ…

友人「はあっ!」ババッ

ベシィッ! ドズッ! ガキィッ!

下段、中段、上段と友人の蹴りがヒット。

男「ぐおっ……!」ヨロッ…

幼馴染(友人の得意技、三連蹴り! 痛そう!)

男(友人……本気か! だったら俺も、ウチの道場のとっておきを出す!)スッ…

男(徹底的に力を緩めた足で、しゃがみ込み──)ユルユル…

男(それを一気に爆発させて立ち上がり、その加速を右拳一点に伝え──
  打つッ!!!)

男「ぬぉりゃあっ!!!」



ズドンッ……!!!



友人「ぐあっ……!」

渾身の拳が、友人の腹に突き刺さった。

ドサァッ!

幼馴染「そ、それまでえっ!」

男「だ、大丈夫か!?」

友人「あ、ああ……とっさに身を引いてなければ、病院行きだったね」ゲホッ

男「さすが見切りの達人……」ホッ…

友人「今の技……すごいな。下半身から上半身に一気に力を伝え、高速の突きを出す……。
   しかも、がら空きになる腹部もしっかりガードされていた……。
   防ぎようも……カウンターをしようもなかったな」

友人「あれは、なんて技だい?」

男「東の道場奥義、緩急拳……」

男「正式名称は“下半身上半身緩急伝達一点集中高速拳”なんだけど……
  俺と兄貴はこう略してる」

幼馴染&友人(長い……)

男「腹をガードってのは、ウチの4代目だか6代目だか8代目だかが、
  この拳を放ったところにモロに腹にカウンターもらってゲロったから、
  こうするようになったらしい」

幼馴染「とりあえず偶数の代ってことだけは覚えてるみたいね」

友人「ま、とにかく……君は町のボクらの世代の中じゃ一番強いだろう。
   自信を持てよ」

男「!」

友人「ボクが君を出稽古に誘うのは、同情や友情なんかじゃない……。
   君の技やクセを掴んで、いつか君を倒したいと思ってるからだ!」

友人「おっと……本音が出ちゃった」

友人「ボクの目標が、そんな弱気になってくれるなよ」ニコッ

男「…………!」

男(コイツ、俺を励ますために……勝負を……)

男「お前って──本当に優しいなぁ……! ありがとう……!」

友人「いやいや」

幼馴染「ふふっ、いい友だちを持ったわねアンタたち」

すると──

「おうおう、こんなところに東、西、北の道場のホープが集まってんじゃねえか!」

男(こ、この声は……!)

声の主は、手下を大勢引き連れた一人の若者。

男「南の道場の──不良!」

不良「よぉう、ここで会ったが百年目!」

友人「なんで君がここに?」
幼馴染「なにしに来たのよ! 空気読んでよバカ!」

不良「決まってんだろ? 南の道場が一番だってことを分からせに来たのさ。
   お前らにゃ、道場の“資金集め”をいつもジャマされてっからな」

男「道場って……お前たちは町の人に迷惑かけまくってるチンピラ集団じゃねえか。
  一緒にされたくねえよ」

幼馴染「それにカツアゲは資金集めなんていわないわよ! バカじゃないの!?」

友人「君たちもマジメにやれば、きっといい格闘家になれるよ」

不良「──るっせぇ! 今日こそてめぇらまとめてぶっ潰してやる!
   覚悟しやがれ!」

手下「南の道場の恐ろしさ、思い知れ!」

「やっちまえ!」 「ぶっ殺せ!」 「なめんじゃねえよ!」

三人と二十数人との、乱闘が始まった。

男「うおりゃっ!」

幼馴染「えーいっ!」

友人「はあっ!」

ドガァッ! バキィッ! ドゴォッ!

「ぐわぁっ!」 「いっでぇ!」 「ぎゃんっ!」

手下「ちっ……さすがに強い!」

不良「ビビってんじゃねえよ。ヤツらもだいぶ疲れてやがる。
   三人のうち一人でもやりゃ、一気に潰せる!」ダダダッ

男に向かっていく不良。

不良「ボロ道場から引導渡してやるよォ! だららららぁっ!」ブンブンッ

ドガガガガガガッ!

男(ぐ……この馬鹿力が! ガードの上からも重く響いてくるラッシュをしやがる!
  コイツがまともなパンチ打つようになったらヤバイかもな……!)

男「うりゃっ!」シュッ

バキィッ!

不良「ちいっ! ──お前ら、囲め、囲めぇっ! 一気に勝負つけんぞ!」バッ

手下「フォーメーション“フルボッコサークル”だ!」サッ

不良の手下たちが円を描くように、男たちを囲みだす。

ザザザッ……!

男「やべぇ! このまま一気にかかってこられたら──」ババッ

幼馴染「不良のくせにチームプレイとか生意気よ!」ザッ

友人「まずいな……!」ジリ…

不良「へへっ、泣いて土下座したら許してやっても──」

「そこまでだっ!!!」

不良「あぁ!?」

突如、覆面を被った怪しい男が現れた。

覆面「南の道場の悪人たちよ……。このような卑怯な戦法は許せん!
   この俺が成敗してくれる!」

不良「く……またてめえか!」

覆面「友人君、幼馴染ちゃん、男! 助太刀するぞっ! でやああっ!」

バキィッ! ドボッ! ズドッ!

手下たちを、みるみる蹴散らす覆面。

幼馴染「ねえ、あれって──」
友人「声で分かるけど、あの人は──」

男「頼むっ! 気づかないフリをしてやってくれ!
  あれで本人はバレてないつもりなんだ、頼むぅ……っ!」

覆面「どうしたどうした? 一発ぐらい当ててみろ! フハハッ!」

ドゴォッ! ガスッ! ベキィッ!

手下「め、メチャクチャつええ!」

不良(ちくしょう……戦い方は東の道場の拳法っぽいが、いったい何者なんだ!?)

幼馴染「ま、いいか……助かったしね。不良、覚悟っ!」タタンッ

ドゴォッ!

幼馴染のリズミカルな回し蹴り。

不良「うげっ!」ヨロッ…

友人「もう悪いことするなよ!」

友人のオーソドックスな右ストレート。

バキィッ!

不良「ぐほっ!」ガクンッ

男「とっとと帰れっ!」

ドゴォンッ!

男の怒りの右ストレート。

不良「ぐべぇっ……!」ドサァッ

「ゲ、不良さんがやられた!」 「逃げろぉっ!」 「いや、名誉ある撤退だぁっ!」

ダダダッ……!

手下たちは全員逃げ出した。

覆面「お~う、大丈夫か?」

幼馴染「だいじょぶでぇ~す!」
友人「ありがとうございます!」
男「…………」

覆面「そうか、よかった! だが、もっと修業に励むことだ!
   そうすれば、不良君たちに追い詰められることはなくなるだろう!」

幼馴染「は~い」
友人「はいっ!」
男「…………」

覆面「ちなみに俺の正体はヒミツだ! 知ろうとするとヤケドするぞ!
   では、さらばっ!」ダダダッ

幼馴染「さよ~なら~!」
友人「お元気で!」

男(バレバレなんだよ、バカ……)

< 食堂 >

男「う~……食った食った」

友人「ごちそうさま」

幼馴染「あ~おいしかった!」

幼馴染「でもさっきは危なかったね。お兄さん来なきゃアウトだったわよ」

友人「ああ、不覚だったね」

幼馴染「でもお兄さんって、なんで道場継がなかったのかしら。
    あんなに強いのに……」

友人「継がないにせよ、あれだけの使い手なら、どこででもやっていけるだろうにね」

男「……バカなんだよ、兄貴は」

幼馴染「そんなこというもんじゃないわよ。たしかに、あの覆面はどうかと思うけどさ」

男(兄貴……)

その夜──

< 東の道場 >

男「なあ、兄貴」

兄「お~う?」

男「緩急拳を放ったら、腹にパンチ喰らってゲロったのって何代目だっけ?」

兄「5代目だろ」

男(マジかよ……)

兄「もしかして忘れてたのかぁ? しっかりしろよ、15代目!」

男「わ、忘れてるワケねーじゃん! アハ、アハハ! 冗談はよしてくれよ~!」

兄「ま、そうやって切磋琢磨しつつ、初代から数えて200年、
  ウチの道場の技は受け継がれてきたわけだ」

男「200年か……」

男「ところで初代ってのはどんな人だったんだ?」

兄「さあ……自分で流派を開くぐらいだ。強かったってのは間違いないだろう」

兄「でも……」

男「でも?」

兄「俺たちの流派を開いてまもなく、なんかの大会に出て、
  王様の親戚筋にあたる格闘家に勝ってしまった」

兄「で、怒った王様に不死の泉を探しに行けっていわれて──
  そんなもんあるわけないから、実質上の追放みたいなもんだな。
  ──そのまま行方不明になったってハナシだ」

兄「せっかく開いた流派も潰すことになったから、初代の息子である二代目は
  国から逃亡して今のこの道場を建てたんだ」

男「ひでえ話だな……」

兄「今みたく、気がねなく格闘技をやれる時代じゃなかったってことだな」

男(俺の先祖が必死こいて作って、守ってきたこの道場……
  やっぱり俺の代で潰すわけにはいかねーよな!)

数日後──

< 東の道場 >

幼馴染「起きてぇっ!」シュッ

男「うおっ、あぶねっ!」バババッ

バチィッ!

互いの攻撃をガードする男と幼馴染。

幼馴染「さ、出稽古に行こう!」

男「おう!」ザッ

幼馴染「あれ? なんか今日はやけに張り切ってるじゃん」

男「友人が俺を倒すために俺を呼ぶってんなら、
  俺も東の道場のために北の道場から色々吸収しなきゃならねえからな」

幼馴染「ふぅ~ん、少しはふっ切れたみたいね」

< 北の道場 >

友人「今日も来てくれてありがとう。参考になったよ」

男「こっちこそな」

友人「ところでこんなニュースを知ってるかい?」

友人「なんでも最近、凄腕の道場破り集団が各地の道場を荒らし回ってるらしいんだ。
   重傷者もかなり出ているとか……」

男「道場破り……?」

男「禁止されてるわけじゃないが、やってる奴なんかいたのかよ。
  ずいぶん古風な奴らだな」

友人「うん……でも、時代に逆行したことをやるってことは、
   それだけ腕にも自信があるってことなんだろう」

友人「この町は道場が四つもあるから、もしかしたらやってくるかもしれない……」

男「来たら返り討ちにしてやればいいさ!」

男(しかし、ウチの道場ははたして道場だと見なしてもらえるのだろうか……)

さらに数日後──

< 隣町の道場 >

拳法家「つ、強すぎる……」ゲホッ…

刺青「もっと根性出せやァ! オラッ、オラッ、オラァッ!」

ドゴォッ! ドボォッ! ドズゥッ!

ダウンしている拳法家を蹴りまくる刺青の男。

拳法家「がふぅ……っ!」ガクッ…

長身「その辺にしておけ……。死んでしまう……」

刺青「ケッ、死んだってかまうもんかよォ! オラッ!」ドゴッ

金髪「オイオ~イ、道場破りとはいえ死なせたらヤバイことになっちゃうぞ。
   しっかし、この道場もてんで手応えがありませんでしたねえ」

首領「やはり今の格闘技など、この程度だということだ」

首領「三人とも、もうここに用はない。出るぞ」ザッ…

翌日──

< 北の道場 >

男「隣町の道場が……!?」

友人「うん。ボクもたまにお世話になってたんだけど、
   道場主である拳法家さんを始め、ほとんどが重傷らしい……」

男「どんな奴らなんだ?」

友人「道場破りのメンバーは全部で四人。全員かなりの実力者だけど、
   特にリーダー格の男は、恐ろしい強さだったらしい」

幼馴染「そいつら……この町にも来るかなぁ」

友人「……来る可能性は高いだろうね」

友人「来たら、下手に応戦はしないで、へりくだった方がいいかもしれない。
   子供や女性が多い西の道場は、特にね」

幼馴染「うん……」

男「お前も気をつけろよ。この町で一番デカイのは北の道場なんだからな」

友人「分かってる。ボクも門下生を危険な目にあわせたくないしね」

その夜──

< 東の道場 >

男「兄貴」ムシャムシャ…

兄「お~う? どうした」モグモグ…

男「最近、道場破りやってるグループがいるらしくてさ。隣町に現れたらしい。
  もしかしたらウチにも来るかもしれないけど──」

男「もし来たら、俺がやる」

男「兄貴は余計な手出しすんなよな」

兄「ほほぉ~う」

兄「いいだろう。俺は一切手出ししない!」キリッ

男(とかいって、俺がヤバくなったらバレバレの変装して
  駆けつけてくるんだよな……まったく)

< 隣町の宿屋 >

長身「次に向かう町にある道場について……調べてきました」

首領「聞かせろ」

長身「東西南北に四つ、道場があります……」

金髪「すげぇ、四つもあんの!? で、それぞれの特徴はどんなもん?」

長身「一番大きいのが北の道場で、次が西の道場……。
   東の道場は門下生が一人もいなくて、
   南の道場は道場というより町のチンピラの溜まり場らしい……」

金髪「ハハッ、道場っていえるのは実質二つだけじゃんか。
   首領さん、どっからにします?」

刺青「どっからでもいいだろォ! どうせ全部叩き潰すんだからよ!」

首領「ふむ……」

そして、その日は訪れた。

< 南の道場 >

ギャハハハハ…… ワイワイ……

「でよぉ~!」 「マジかよ!?」 「ヤベーなそれ!」

はしゃぐ手下たちをよそに、腕立て伏せをする不良。

不良「ふんっ……ふんっ……」グッグッ…

手下「不良さん、なにやってんです?」

不良「いや……今度こそアイツらに勝ちたいからよ」グッグッ…

手下「んなもん、マジメに鍛えなくてもいくらでも方法はありますって!
   こないだだって変な覆面が来なきゃ、こっちのもんだったんですし」

不良「まあ……そうなんだけどな」グッグッ…

ガラッ……!

刺青「おっほォ~いやがるぜ。社会のゴミがウヨウヨと」

不良「あ?」

手下「てめぇら、ここをどこだと──」ズカズカ

ドゴッ!

刺青に殴り飛ばされる手下。

不良「あ、てめぇ……!」

刺青「感謝しろよォ、チンピラども。こんな道場ともいえない粗大ゴミ置き場に、
   道場破りに来てやったんだ。準備運動代わりによォ」

長身「そういう言い方は……よくない」

金髪「へぇ~、人数だけはけっこう多いな。少しは楽しめるかな?」

首領「この時代の格闘技の退廃ぶりを象徴しているような道場だ……。
   とっとと片付けてしまうぞ」

不良「…………」ビキッ

不良「やってやるよ、クソどもがァ……!」

─────

───

< 東の道場 >

幼馴染「起きろぉぉぉっ!」ブンッ

男「敵襲!?」ババッ

男「──って、幼馴染! なんで来たんだよ!? 今日は出稽古ないだろうが!?」

幼馴染「出稽古がなきゃ来ちゃいけないの!?」

男「いや、いいけど。で、なんの用だ?」

幼馴染「あ、そうだ。昨夜ね……南の道場が道場破りにあって、
    不良たちが全員、病院送りにされたんだって……」

男(不良が……!)

男(──ついにこの町に来たのか!)

幼馴染「友人も病院に行くっていってるし、あたしたちも病院に行こう!」

男「そうだな。あんな奴でも、町の仲間だからな」

< 病院 >

病室には、包帯まみれの不良が横たわっていた。

不良「ケッ、ゾロゾロときやがって。俺らを笑いに来たのか?」

友人「そんなんじゃない。町の仲間がやられたら、心配するのは当然だろう」

不良「相変わらず、お優しいことだぜ」

男「お前こそ、日頃からやられてるだけあって相変わらず頑丈だな」

不良「うるせぇ!」
幼馴染「ぷっ……」

不良「ち、ちくしょう! アイツら……下手すりゃお前らより強いぜ!
   次はお前らの番だ! ここで来るのを待っててやるよ!」

男「そんなに強いのか?」

不良「悔しいがな……。それに一人、お前に戦い方が似てる奴がいたぜ。
   顔もどことなく似てたし、もしかしたら親戚なんじゃねえのか?」

男(俺に、戦い方が似てる……?)

病室を出た三人。

友人「不良も手下たちも、そこまでの怪我じゃなくてよかったね。
   日頃からあたしらに負けまくってたおかげかも、なぁ~んて……」

男「…………」

幼馴染「どしたの?」

男「いや……」

友人「さっきの不良の話かい? あまり気にしないことだよ」

幼馴染「そうよ! アイツに他人の戦い方を見分ける目なんかあるわけないしね!」

男「…………」

男(いや……こないだ不良とやり合って分かったが、
  アイツは単なる荒くれ者じゃない。あんなデタラメをいうような奴じゃない……)

男(でも、今や俺と兄貴の他に、ウチの流派の人間はいないはずなのに……
  絶滅危惧種のハズなのに……)

男(う~ん……)

< 東の道場 >

男「なあ、兄貴」

兄「お~う?」

男「俺たち以外に、俺たちの流派の技を使えるヤツっているのかな?」

兄「ん~……なにしろこの道場は歴史は長いし、世界は広いし、
  絶対にいないとはいえないが……」

兄「一族だけで細々と流派を維持するのは無理があるって、
  外部からの門下生を受けるようになったのも最近の代になってからのことだしな」

兄「しかも外部生は、みんなすぐ辞めてる」

兄「いる可能性は低いだろうな」

男「だよなぁ……。俺ら絶滅危惧種だよなぁ……」

男(やっぱり不良の勘違い、か)

そして翌日──

< 北の道場 >

ワイワイ……

友人「よぉーし、突きをあと50本! ちゃんと声を出すんだよ!」

「はいっ!」 「はいっ!」 「はいっ!」

稽古が始まろうとしていたその時であった。

ザンッ……!

友人「!」

刺青「一番デカイっていわれてるだけあって、雑魚がウジャウジャいやがるぜ!」

長身「……土足で上がってはダメだ」

金髪「ど~も! いやぁ~、こんなに大きい道場は久々だな」

友人「一応聞いておこう……。あなたたち、用件はなんだ?」

首領「道場破り」

ザワザワ…… ドヨドヨ……

友人「あなたたちのことは知っている……。
   今の世は昔とちがって、こんな真似をしなくても他流との交流は可能だ。
   ──なぜ、こんなことをする?」

首領「昨今の軟弱な格闘者に、格闘技の強さと恐ろしさを教えるためだ」

友人「……あなたたちにも色々理由だとか使命があるんだろうが──
   ボクはあなたたちの行動には賛成しかねる」

友人(思った以上に危険な連中のようだ。ここで止めなきゃ──
   男と幼馴染が危ない!)

友人「ボクが相手をしよう」

門下生「若先生!」

友人「大丈夫、心配いらない」

金髪「へぇ~、ずいぶん潔いな。今まで破った道場のほとんどが、
   道場破りって聞いてあたふたしてたけど」

刺青「よぉ~し、俺がやってやる! ホンモノの格闘技ってヤツを教えてやる」ズイッ

友人「……来い!」

刺青「オラッ! オラオラァッ!」シュシュッ

刺青の素早いラッシュを、やすやすとかわす友人。

長身「……あの人、強い」
金髪「へえ、すごい見切りだ。やるじゃん!」

刺青「ちょこまか逃げ回りやがっ──」グルッ

ピタッ……

刺青「!?」

刺青の顔面に拳が寸止めされていた。

友人「ボクの……勝ちだ」

刺青「ざけんなよ……こんなんで負けを認めるとでも──」ピクピクッ

首領「よせ。お前の手に負える相手ではなさそうだ。金髪と代われ」

金髪「──ってわけだ。選手交代!」

刺青「ぐっ……!」ギリッ…

金髪「んじゃ、始めるかぁ。準備はいいかい?」ザッ…

友人「来い!」ザッ

金髪「ほっ!」ビュッ

友人(右ストレートか! これをかわして──)サッ

──ガゴォッ!

友人の顎に拳がヒットした。

友人「ぐっ……!?」ガクッ…
  (な、なんで!? たしかに拳はかわしたはずだ!)

金髪「たしかにすごい見切りだ。けど、あいにくオレには通用しないよ~ん」

ドッ! ボスッ! ガスッ! バキィッ! ガゴンッ!

次々にクリーンヒットを許す友人。

友人(よ、避けたと思ったら……拳が当たる……なんでだ!?)

金髪「オレの拳は必中なのさ」ダッ

ゴッ!

かわせないと悟った友人が、打ち合いを挑むがダメージの差は大きく──

友人「う……ぐっ……!」ドサァッ

金髪「ハハッ、かなり強かったよ。オレも何発かもらっちったし。
   ……で、他に挑戦者はいる?」

シ~ン……

金髪「いないのか残念。こないだのチンピラどものが、まだ根性あったなぁ」

友人「……ま、待て! まだ……ボクは……」ズル…

金髪「へぇ、すごい。だけど、もうやめときな。目が泳いじゃってるもん」

刺青「まぁ、待てよ」ズイッ

刺青「どうしてもまだやりてえんなら、俺が相手してやるよォ!!!」

ドゴンッ! ガゴンッ! グシャッ!

友人の顔面を踏みつける刺青。

長身「よせ……! 死んでしまう……!」ガシッ
刺青「おお、わりいわりい。 ──ふん、スッとしたぜ!」

首領「もうここに用はない……行くぞ」

金髪(ったく刺青のヤツ……余計なことしやがって……。
   いずれ再戦したかったけど、あれじゃもう無理だな……)

長身「はい……」

刺青「へっ、寸止めした報いだ! 優しけりゃいいってもんじゃねえんだよ!」

友人「…………」ビクビクンッ

「ヤ、ヤバイ!」 「ケイレンを起こしてる!」 「早く病院に!」

首領「…………」チラッ

首領(なかなかの若者ではあったが、やはりここでもなかったか……)



─────

───

< 東の道場 >

男「──友人が!?」

幼馴染「うん……病院に運ばれて……ずっと意識が戻らないんだって……。
    まさか……こんなことになる、なんて……」グスッ…

幼馴染「どうしよ……どうしよ……」ヒック…

男「…………!」

男「……心配すんな。アイツは絶対すぐ回復するさ」ガシッ

幼馴染「う、うん……」

男「次に狙われるのはウチかお前んとこだろうが、十中八九、西の道場だろう。
  少しの間、お前んとこに滞在しても大丈夫か?」

幼馴染「もちろん……いいけど……」

男「なら決まりだ! 俺がヤツらを迎え撃って、全員ブチのめしてやる!
  友人も不良の奴も退院して、めでたしめでたし、だ」

男「兄貴、道場の留守は任せた!」

兄「お~う、行ってこ~い」

< 西の道場 >

男「いつ来てもここはオシャレな道場だな~。ウチのオンボロ道場とは大違いだ」

幼馴染「ウチは美容とか健康のために、武術をやる人をターゲットにしてるからね。
    ま、見た目もそれなりでないとね」

幼馴染「──といっても」

ビュアッ!

幼馴染の蹴りが、男の顔面をかすめる。

男(あっぶねえ……!)ドキドキ…

幼馴染「あたしは強くなるための鍛錬もやってるけどさ」ニヤッ

男「ハハ、俺なんか必要ないかもな」

幼馴染「そんなことないよ……」

男「え……!」ドキッ

幼馴染「なんかさ……今日のアンタは妙に頼もしくって、ビックリしちゃった!」

幼馴染「あたし迷ったんだよ? アンタに友人がやられたこと伝えるの。
    絶対キレると思ったから」

男「バカ、俺はいつだって頼もしいし冷静だよ」

男(……ホントはコイツの弱々しい姿を見たから、なんだけどな。
  あんなとこ見たら、嫌でも頭を冷やさざるをえないだろ)

男(いつもの俺だったら多分……“友人の仇!”とかいって無策で道場破りに挑んで、
  今頃病院送りになってたはずだ)

男(不良はともかく、友人を倒すほどの相手──だが)

男(頭を冷やして、ここで迎え撃てば勝機はある!)

翌日──

女門下生「あのっ……怖そうな人たちが道場にやってきます!」タタタッ

幼馴染「ありがと!」
男「……ついに来たか」

幼馴染「みんな、今日の稽古はもう終了よ! すみやかに出ていって!」

「はいっ!」 「は~いっ!」 「幼馴染ちゃんも気をつけてね~!」

女性や子供を中心とした門下生たちが道場から出て行く。

そして──

ガラッ……!

刺青「なんだァ? カップルだけかよ! 道場セックスってかァ!?
   だったら見学してやってもいいぜェ!?」

長身「……土足で上がるな」

金髪「オレらが来るのを読んで、強い奴だけでお出迎えってとこかな?」

首領「…………」

男(コイツら、か……! あの金髪が友人を倒した格闘家……。
  そして一番後ろにいる、いかにも強そうなアイツが、リーダー格だな!)

金髪「そっちの彼が、西の道場の代表者?」

男「俺は……西の道場の人間じゃない。東の道場の人間だ」

金髪「へぇ、なんでここにいるの?」

男「西の道場はあくまで健康や美容のための道場で、
  あいにくアンタらが道場破りをするような場所じゃない」

男「だから……俺が相手だ。さあ、だれから来る?」ザッ

男が構えると──

刺青&長身&金髪「!!!」

首領(こ、この構え……間違いない……! 私の……私の……!)

首領「君とは……私がやろう」ヌゥッ…

男(え、なに、いきなりボスから!? ある意味、ありがたいけど……)

首領「やっと会えた……」ザッ…

首領が構える。

幼馴染(なにあれ!? 男とほとんど同じ構えじゃない!)

男(コイツか……コイツが不良のいってた、俺と似た戦い方をするってやつか!)

首領「行くぞ」シュバッ

バチィッ!

首領の軽い突きが、男の顔面を打つ。

男「ぐっ……! うおぁっ!」ビュアッ

男の突きは、簡単にかわされてしまう。

男(な、なんだコイツ……俺とほとんど同じ突きなのに──
  なんつうか……密度というか、練度というか……中身は全然ちげえ!)

首領「今ので、だいたい分かった」フゥ…

首領「こんなものか」

首領「今の軟弱な格闘界は、我が流派をも腐らせてしまったというのかッ!」

男(我が流派? なに勝手なことほざいてんだ、コイツ──)

ドゴォッ!

極限まで力まれた拳が、男の顔面にめり込んだ。

ドゴォッ! バキィッ! メキィッ!

男「げほっ……ごほっ……」ドサッ…

首領「話にならんな……。こんなことなら、出会わなければよかった」

幼馴染(ウソでしょ……!? アイツがここまで手も足も出ないなんて……!)ゾクッ

男(強い……! まちがいなく俺と同じ技の使い手だ……!
  そして──俺より遥かに鍛錬を積んでいる! なんなんだコイツ……!?)ググッ…

首領「もう動けんか。ならば──トドメをくれてやる」

幼馴染「!」ハッ

幼馴染「やめてぇっ!」バッ

首領の前に立ちはだかる幼馴染。

首領「どけ……小娘。決闘に割り込むのなら、容赦せんぞ」

幼馴染「……どかない!」

首領「なら──お前からだ」

ブオンッ!

ガシィッ!

首領「! ……ほう、私の拳を受けるとは」ググ…

覆面「この辺にしといたらどうだ?」ググ…

首領「そうはいかん。一度始めた勝負は、決着までやらねばな」ググ…

覆面「……だったら、この俺が相手をしよう!」バッ

拳を打ち合う首領と覆面。

ガッ! バシィッ! バキッ! ドズッ! ドゴォッ!

金髪「へぇ、やるじゃん。マスクはダッサイけど」
長身「首領さんとまともにやり合えてる……」
刺青「ケッ、マグレだろ!」

幼馴染(お兄さん……!)

バッ!

覆面(ウチの道場と同じ技……!)ザッ

首領「ふざけた格好だが大したものだ。なるほど、お前が今の“当主”か。
   お前ならば、まだ私も納得できる」

覆面「いや……今の当主はアイツだ」

首領「なぜだ? あの小僧より、お前の方が力量は上と見たが」

覆面「色々あってな……。それにアンタの話じゃ、まだ決着はついてないんだろ?
   だったら──アイツに再戦のチャンスをくれないか?」

覆面「アンタだって……“もっと強い現当主”と戦いたいだろ?」

首領「……いいだろう。私もあの程度の実力で我が流派の当主とは、認めたくない」

首領「日時は一週間後、この町の道場破りの総仕上げとして、
   東の道場に我々四人で乗り込む」

首領「何人用意してもかまわん。我々四人を撃退できるよう──
   せいぜい腕を磨き、人を集めておくことだ」

刺青「ちょっと待てよ! 一週間もこんな町にいなきゃなんねえのかよ!」

首領「黙れ」ギロッ

刺青「うっ……」ゾクッ

首領「では、一週間後に」

道場破りたちは西の道場から出て行った。

覆面「さらばだ!」ダダダッ

幼馴染「あ……お兄さんも行っちゃった」

幼馴染「ちょっと、大丈夫!?」ユサユサ

男「ああ……なんとかな。ありがとよ、お前と兄貴がいなきゃ、やられてた……」

幼馴染「なんか一週間後に決戦することになっちゃったけど──
    もちろんあたしも出るからね! アイツらのうち、一人くらい倒してみせる!」

男「……そう、だな。頼むよ」

男「…………」

男(手も足も出なかった……!)

男(たった一週間で……どうにかなるのかよ、あんな相手……!)

< 東の道場 >

男「……ただいま」

兄「お~う……どうした!? なんか怪我してるじゃないか。
  もしかして、幼馴染ちゃんとケンカでもしたか?」

男(白々しいっつうの……)

男「西の道場で、道場破りと戦った」

兄「ふうん……で、どうだった?」

男「勝負無しだけど負けたようなもんさ。で、ここで再試合することになった」

兄「そ、そうか……でも一週間もありゃ、対策の一つや二つ余裕で立てられるだろ。
  次こそは、なんとしても現当主として──」

男「それなんだけどさ、兄貴……」

兄「なんだ?」

男「俺の代わりに──戦ってくれないか?」

兄「!」

兄「……どうして俺なんだ?」

男「だってよ……あのリーダー格の奴、メチャクチャ強いんだ!
  しかも、俺とほとんど同じ技を使うし……。そう、まるで──」

男「気の遠くなるくらい長い間、ウチの道場の鍛錬をこなした人間と
  戦ってるような──」

兄「…………」

男「ハッキリいって今の俺じゃ勝てない……!
  でも兄貴ならもしかしたら、勝てるかもしれない!」

男「恥を承知で頼む! 兄貴……! 俺の代わりにアイツと──」

兄「…………」

兄「……ダメだ」

男「!?」

男「なんでだよっ!」

男「なんでなんだよ!」

男「そりゃ俺だって、こんな時に兄貴を頼るのは心苦しい……。
  これまでだって、何度も助けてもらってきたからな……」

─ 回想 ─

父「これしきの鍛錬でへばってんじゃねえ、グズどもがッ!!!」

ガッ! ゴッ! バキッ!

男「兄ちゃん……もう俺イヤだよ……こんな生活……」

兄「心配するな……俺もお前もこんな道場は継がない。
  もう少しして俺が大人になったら、一緒に逃げ出そう」



兄「こないだの大会で優勝したら、国立の武術指導場からスカウトが来た!
  もちろんお前も連れてってやるからな! 一緒に道場出るぞ!」

男「うん!」



兄「風邪をこじらせるなんて……。死ぬ時はあっさりだったな……親父……」

男「ああ……」グスッ…

兄「これでこの道場も終わりだ。一緒に──」

男「いや、兄貴……俺、道場継ぐよ。やっぱり俺、この道場が好きなんだ」

兄「!」

兄「そうか……分かった。それがお前の答えなら、好きにすればいいさ」



男(とはいえ門下生ゼロの状態からどうしたもんか……)
 「──って、兄貴!? 国立の指導場からスカウトが来てたんじゃないのかよ!?」

兄「ああ、やっぱ断った。しばらく道場に残るよ。悪いな」

男(兄貴……俺のために……)



覆面「助けに来たぞ! とうっ!」

幼馴染「ねえ、あれお兄さんでしょ?」ボソッ

男(俺のメンツを保つためなんだろうけど、わざわざ覆面しなくていいって……)

男「──色々あったな」

男「俺のためにスカウト蹴ったり、変な覆面して俺を助けてくれたりよ……」

兄(え、ちょっと待って!? 覆面バレてたの!?)

男「だから頼む! これで東の道場まで負けたら、
  この町の道場が全部、あんな奴らに屈したことになっちまう!
  不良や友人のためにも、そんなのはイヤなんだよ!」

兄「……ダメだ」

男「なんでだよっ!」

兄「あの人は多分……現当主であるお前が倒さなきゃいけない存在だからだ。
  お前だって本当は分かってるんだろ?」

男「!」ハッ

兄「もしどうしても俺にやらせるってんなら──お前にこの道場を継ぐ資格はない。
  当主を辞めて、この道場を畳むんだ」

男「……分かったよ、兄貴。兄貴の力は借りない。俺、なんとかやってみるよ」

兄「ああ、お前にならやれる」
 (覆面がバレてたことのショックで、俺はしばらく戦えそうもないしな……)

< 東の道場 >

男は幼馴染を呼び、道場で特訓することにした。

兄「さぁ~て、残り一週間、みっちり鍛え上げてやるからな」

男「頼むぜ」
幼馴染「はいっ!」

すると──

不良「話は聞いたぜ……俺も試合に参加させてくれ!」ザッ

男「不良!? ちょっと待て、もう退院したのかよ! 相変わらず回復早いな!」

不良「おう、どうしても借りを返したくてな」

不良「あんだけ手下ごとコテンパンにやられて……このままでいられるかよ!
   頼む……俺も仲間に入れてくれ!」

男「……分かった。悔しいのは俺も一緒だ。不良、力を貸してくれ」

不良「へっ、任せとけ!」

男と幼馴染と不良は、兄とともに特訓を開始した。

兄「──今の組み手でだいたいの力量は分かった」

兄「幼馴染ちゃんは今のままでオーケーだ。
  ダンスを取り入れた武術で、文字通り相手を舞わせてやりな」

幼馴染「はいっ!」

兄「不良君は腕力はすごいから、ただ殴るだけで十分武器になる。
  あと一週間で防御技術の基礎を身につけよう」

不良「防御か……やるっきゃねえか」

兄「そしてお前は──生まれてからの俺や親父との鍛錬、
  幼馴染ちゃんや友人君、不良君との修業の日々を、振り返るんだ」

兄「そうすれば、必ず勝てる。自分とみんなを信じろ」

男「……分かった。やってみる」

兄「よし、じゃあ休憩したら基礎練から再開だ!」パンッ

< 病院 >

友人を見舞いにやってきた男と幼馴染。

幼馴染「──よかった。命に別状はないって。
    でも、まだしばらくは目を覚まさないかも、だって……」

男「そうか……。とにかく無事でよかった……」

男「友人を半殺しにした奴も、友人を破った金髪の格闘家も相当な腕だ」

男「あのノッポな奴も、かなりやるだろう」

男(そして、俺が手も足も出なかった道場破りのリーダー……)

男「厳しい戦いになりそうだな……」

幼馴染「うん……でも、あたしたちなら必ず勝てるよ! 絶対に!」

男(勝てる……のか、俺は……)

< 酒場 >

刺青「ったくよォ、なんで一週間もこんな町にいなきゃならねえんだよ」

金髪「そうぼやくなって。なにしろ……首領さんがずっと出会いたかった相手なんだ」

金髪「元々オレたちは、首領さんの旅に付き合うという形で仲間になったんだし」

長身「うん……」

首領「いや、私情を挟んですまなかった。
   我々四人は、強さを求めるという当たり前のことすら許されなかった、
   真の格闘者の同志だ」

首領「滅びゆく拳法の最後の継承者である、金髪」

首領「実力は高いが、大人しい性格ゆえに道場で認められなかった、長身」

首領「試合で相手に重傷を負わせた結果、格闘界を追われた、刺青」

首領「そして、この私……」

首領「だからこそ我々は、道場破りを繰り返し、
   今の軟弱な格闘技界に格闘技の強さと恐ろしさを叩き込まねばならないのだ!」

金髪「くさってたオレを誘ってくれたこと、感謝してますよ」
長身「お、俺も……」

刺青(くっだらねえ……。俺はただ道場破りっていう
   合法的な暴力ゲームを楽しみてえだけなんだ。
   ま、この三人と一緒にいりゃまず負けることはねえってのは魅力だがな……)

試合前日──

< 東の道場 >

兄「よし、今日はここまでだ。あとはゆっくり休もう」

不良「よっしゃ、じゃあ俺は帰るぜ! じゃあな!」

男「おう、明日はよろしくな!」
幼馴染「じゃあね~!」

兄「さて、と……俺も休むかな。掃除をやっといてくれよ、二人でな」ニヤッ

男「…………」
幼馴染「…………」

男「明日、どんな形式でどんな組み合わせで試合するかも決まってないけど──
  俺はあのリーダー格の男とやるつもりだ。俺、勝てるかな……」

幼馴染「なにいってんの、もちろん──」

男「気休めはよせっ!!!」

幼馴染「!?」ビクッ

男「お前も見てただろ? まったく歯が立たず、床に転がってた俺を!
  お前や兄貴がいなきゃ、今頃俺も病院で寝ててもおかしくなかった!」

男「あんな奴に……俺が……!」

幼馴染「……ごめん」

男「え?」

幼馴染「たしかに……今度の敵はいくらアンタでも100パーセント勝てるって
    相手じゃない……それぐらいあたしでも分かる……」

幼馴染「アンタの不安な気持ちも知らず……ごめん……」

男「う……」
 (どうして、コイツはこういう時に限ってしおらしくなるんだ!?)

男(こんなもん……奮起するしかねーだろうが!)

男「心配すんな……。俺にも秘策があるし、それさえハマれば勝てるさ!」

幼馴染「ホント!? 秘策なんてあるの!?」

男「もちろん! ま、大船に乗った気持ちでいろよ!」
 (ないけどな!)

試合当日──

< 東の道場 >

不良「よう」
幼馴染「おはよ~!」

男「おう、早いな。お前たち」

不良「アイツらがいつここに来るか、分からねえからな。今日は絶対勝つぜ!」
幼馴染「あたしも!」

男「しかし、相手は四人で、こっちは三人……。厳しい戦いになるな」

兄「四人のうち、一人ぐらいはこの俺が引き受けても──」ボソッ…

ガラッ……!

友人「その残り一人……ボクを入れてくれないか?」

男&不良&幼馴染「!?」

兄「えっ」

男「友人、お前大丈夫なのかよ!? 包帯も取れてないのに……」

幼馴染「そうよ! この一週間、ずっと意識がなかったのよ!?」

不良「……俺よりだいぶひどいやられ方をしたって聞いてるぜ?」

友人「大丈夫……。悔しくて悔しくて、夢の中でずっと戦ってたからね。
   あの金髪の彼と」

男「ゆ、夢って……。睡眠学習じゃあるまいし……」

友人「頼むっ! このまま彼に一矢報いられないのなら、ボクは──
   死んだ方がマシだッ!」

男「…………」

男「……分かったよ。だけど絶対に無理すんなよ。
  今のお前はイイのを一発もらっただけで、ヤバイはずだ」

友人「分かってる! ありがとう!」

兄「…………」
 (あぶれたし、審判やるか……)

男「よし……」

男「どういうわけか、東西南北の道場を担う四人が揃っちまった」

男「俺たち四人で、この町の道場のプライドを守り切ろう!」

幼馴染「うんっ!」

友人「そうだね!」

不良「おうよ!」

円陣を組む四人。

男「いくぞぉっ!」

男&幼馴染&友人&不良「オーッ!!!」

兄(お~うおう、青春しやがって……)

日が高く昇った頃、道場破りの一団が現れた。

長身「よろしく……」

刺青「さァ~て、引導を渡してやるよ、ゴミども!」

金髪(お? 北の道場の彼がいる。もしや、オレへのリベンジ狙い?)

首領「始めよう」

男「さて……俺たちは猶予をもらった側だ。
  試合のやり方はアンタらに任せるのがスジだろう。どうやって試合を進める?」

首領「そっちから適当に出せ。そうすればこちらも一人出す」

男(アバウトすぎんだろ……)
 「で、ルールは?」

首領「当然何でもアリだ。どんな技を使ってもかまわん。
   審判は、そこでヒマそうにしている男にやらせればよかろう」チラッ

兄「任せてくれ。俺も格闘家のはしくれ。中立にジャッジする」キリッ

男「じゃあ最初は──」

不良「俺が出るぜ!」ザッ

幼馴染「ちょっと、大丈夫!?」

不良「おうよ! こういう時に真っ先に突っ込むのが俺の役目だからな!」

男「頼んだ!」

金髪「こっちはどうする? オレはいきなりってのはヤなんだけど。緊張するし」

刺青「俺だってあんなザコと戦いたくねえなァ、つまんねぇ」
  (女とやるのが一番オイシイに決まってるしな……)

長身「……俺が出るよ」ザッ

金髪「長身、お前なら楽に勝てる相手だけど、油断しちゃダメだぞ」

長身「うん……」コクッ

兄「両者、前へ!」

ザッ……!

不良「こないだはてめぇらにボコボコにやられたが、今日はそうはいかねえぜ」

長身「すぐ終わらせる……」

兄「始めっ!」

不良「うおおおおっ!」ダダダッ

ろくに構えもせず、突っ込む不良。

兄「ちょっ」

男「なにやってんだ!?」
幼馴染「特訓の意味がないじゃん!」

不良(悪いな……だが、コイツらはやっぱり俺のやり方でブチのめさねえと──
   気が済まねえっ!!!)

長身(ヤツの間合いに入る前に……カウンター!)

バキャアッ!

ふっ飛ばされる不良。

刺青「少しは進歩してると思いきや、なんも変わってねえ! サルかよ!」ギャハハッ

不良「うおおおおっ!」ダダダッ

長身(しつこいな……)スッ…

バキィッ!

再び長身の長いパンチが入る。しかし、不良はひるまない。

不良「ま、まだまだこっからだぜぇっ!」ブオンッ

ドゴォッ!

長身「うっ……!」グラッ…

金髪「下がれ下がれ! 手足が長いお前なら、ヒットアンドアウェイで完封できる!」

不良「まだまだァ!」ダッ

長身「…………」

長身「いいだろう……付き合ってやる」

不良「うおおっ!」
長身「ふんっ!」

バゴォッ!

ドゴィッ! バキィッ! ガスッ! ドズッ! メキィッ!

両者、足を止めて、防御も捨てた壮絶な殴り合い。

友人(よし! こうなれば、身長差はあるが不良の腕力なら十分勝機はある!
   でも、相手はなんで殴り合いに付き合ってるんだ……?)

長身「でえやっ!」バキッ
不良「うおりゃっ!」ドボッ

長身(そうだ……俺は別に格闘技に恨みなんか持っちゃいない……)

長身(ただこうやって……思いっきり戦えれば……それでよかったんだ……)

ガゴンッ!

長身「ぶっ!」ヨロッ…

不良「どうしたァ! なにボケっとしてやがんだ!」
長身「おう!」

ドゴォッ……! バキィッ……! ボゴォッ……!

男(二人とも……手数が減ってきた……。そろそろ決まる!)

不良「くたばれやァ!」ブオンッ
長身「なんのォ!」ブンッ

メキャアッ!!!

ドシャッ……

互いの拳が、互いの顔面にめり込み──両者、ノックアウト。

兄「え……と、これは……引き分けってことで……」サッ

男(……よくやったぜ、不良)

首領「……やむをえまい」

刺青「ケッ、ウドの大木が! あんなサル相手に、なにやってやがんだ!」

金髪「まあいいじゃんか。本人は楽しそうだったし」

男「じゃあ次は──」

幼馴染「あたしが出るわ!」ザッ

刺青「よっしゃ、女は俺がもらうぜ」ザッ

兄「両者、前へ!」

向き合う幼馴染と刺青。

刺青「おいネエちゃん、この試合は何でもアリだ。
   試合中にどんな“ハプニング”があっても文句はいえねぇぞ?」

幼馴染「その言葉、そっくり返すわ」ギロッ

兄「始めっ!!!」

刺青「オラァッ!」ブンッ

ガッ!

いきなりの右ストレート。ガードしたにもかかわらず、幼馴染の体がよろける。

刺青「オラオラオラァッ!」

ドゴッ! ガッ! バキッ!

刺青の猛ラッシュ。

刺青「さぁて、客も退屈してるだろうし……ストリップでも始めっか!」

幼馴染の道着に手をかける刺青。

ビリィッ!

幼馴染「な、なにすんの!?」

バシッ!

幼馴染「きゃっ!」ヨロッ…

刺青「女で格闘技やってんなら、ひんむかれるぐらいの覚悟できてんだろ!?」

男「ま、まずい……!」
友人「ああ、このままじゃ……!」

ドゴォッ!

幼馴染「うぐっ……」ゲホゲホッ

刺青「立てや、オラァッ!」ドゴッ

男「や、やめろ……それだけは……」
友人「ダメだっ……!」

刺青「やめるわきゃねーだろォ! さあ楽しませて──」

幼馴染「楽しませてあげる」



ズンッ……!



刺青の股間に、幼馴染の蹴りがモロに入った。

刺青「おごぉぉぉっ……!?」

ドザァッ!

男「や、やっぱり……! やりやがった……!」キュンッ

友人「か弱い女性のフリをして、油断した相手に金的蹴り……。
   ボクも男もやられたことのある、彼女の最凶最悪の必殺技だ……」キュンッ

兄「これはひどい……!」キュンッ

金髪「うっわ……」キュンッ

首領「…………」キュンッ

刺青「あうっ……あうっ……」ブクブク…

兄「潰れちゃいないだろうが……泡吹いてるな。勝負ありだ」

幼馴染「ふん! アンタみたいなゲスと、まともに勝負する気なんかないのよ!
    タマ押さえながら反省なさい!」

男「恐ろしい奴だ……」
友人「ボクは彼に半殺しにされたけど……こればかりは同情するよ」

金髪「さて! キンタマも引き締まったところで、第三試合だ!
   オレの相手は、当然君だろう?」

友人「ああ、ボクがやる」スクッ

金髪「まだとても戦える状態じゃないのに、オレに再び挑む気力は大したもんだ」

金髪「オレもできれば人殺しにはなりたくないけど……手加減はしないよ?」

友人「それでいい……そうでなきゃリベンジする意味がない」ザッ

金髪「いぃ~ねぇ」ニィ…

兄「始めっ!」バッ

金髪が、一気に間合いを詰める。

友人(思い出せ……夢で延々と繰り返した彼との戦いを!)ス…
金髪(無駄だ! オレの拳は避けてもかわせない!)タンッ

金髪が右拳を繰り出す。

ブオンッ!

金髪(空振り! ──外した!? このオレが!)

金髪(なら、もう一撃ッ!)

ブオンッ!

金髪(また外された! マグレじゃないッ!)

友人「はあっ!」

ガッ! ドゴッ! ガゴンッ!

友人の三連蹴りが、金髪にヒット。

金髪「ぐはぁっ……!」ガクッ

友人「あなたの“絶対当たる拳”の正体……夢の中でようやく割り出せた」

友人「正体は──その異常なまでに曲がる肘関節だ。
   だからかわされても、即軌道を変えて、拳を当てることができる……!」

友人「もちろん普通のまっすぐな突きに比べると威力は劣るが──
   かわしたと思い込んだ相手を倒すには十分だ」

金髪「……ご名答」

金髪「オレの流派では、肘関節を徹底的に柔らかくする」グニィ…

肘を本来ありえない方向に曲げる金髪。

幼馴染「えぇっ!?」
男「おいおい、あれで折れないのかよ……!」

兄(そうか……友人君は“相手がどう軌道を変化させるか”まで見切って、
  パンチをかわしていたのか! 彼じゃないとできない芸当だな……)

首領(ほう……一度やられただけで、あの拳法を見切るか)

金髪「……でもね、オレの拳法はタネが割れたら無力化するような、
   大道芸じゃないんだよ」ヒュバババッ

まるで蛇のようにうごめく拳が友人を襲う。

ズドドドドドッ!

友人「ぐあ……っ!」

金髪「拳ばかり警戒してるようだけど、もちろん蹴りもあるよォ!」シュバッ

ドゴォッ!

友人「ぐっ……!」ヨロッ…

男(まずい! 打ち合いになったら、退院したばかりの友人が不利!)

金髪「こうやってじわじわ攻めて……君が倒れるのを待たせてもらうよ」ヒュバババッ

バシッ! ドカッ! ガッ! ベシッ! ゴッ!

友人(このまま削り合ってたら、先に倒れるのは間違いなくボクだ……)

金髪「そぉら!」ギュルッ

バキィッ!

友人「くっ……(だったら──“ここ”を狙う!)」ビュバッ

ベキィッ!

金髪「ぐおおっ!?」ミシッ…

幼馴染(拳で、相手の右肘を狙った!)

金髪「ぐがあっ……!」メキメキ…

男「な、なんだ!? メチャクチャ痛がってる!」

友人「やっぱりそうだ……あんなに肘関節を曲げられるようにしたら、
   当然肘関節は最大の弱点、ともなる」

金髪「くっ……まさかピンポイントで狙われるなんて……」ミシッ…

友人「あなたの拳法は非常に破るのが難しい拳法だ……。
   だけど、格闘家としての寿命は決して長くない拳法のハズだ」

金髪「そのとおり……」

金髪「オレの拳法は肘に重大な負担がかかる……。
   昔のような勝たなきゃ死ぬような時代ならともかく、今の平和な時代じゃ
   こんな拳法、習う物好きなんていやしない」

金髪「こんな滅びゆく拳法に目をかけ、オレを仲間に入れてくれたのが首領さんだ」

金髪「だからこそオレは最後の使い手として、
   現代格闘技の使い手を破って破って、破りまくってやるのさ!」

友人「……来い!」

友人「はあっ!」シュッ

ベキィッ!

友人は右肘に続いて、左肘にも拳をヒットさせる。

金髪「ぐう……っ!」メキッ…

友人「もうここまでだ。両腕とも激痛で、まともに動かせないハズ──」

金髪「ぐぐっ……!」ミシミシッ…

金髪「オ、オレは……オレは、オレは……! ──勝つッ!」ググッ…

ブオンッ!

男「な!?(激痛が走ってる右腕で!)」

ドゴンッ!!!

フルスイングされた金髪の拳が、友人にクリーンヒットした。

友人「うぅっ……」ガクッ…

兄「……それまで!」バッ

男「友人、大丈夫か!」
幼馴染「しっかりして!」

金髪「…………」スタスタ

首領「よくやった。これでこっちも一勝、格好がついた」

金髪「首領さん。アイツ……アイツ……!」

金髪「オレの肘を……“壊さない”程度の力で……打ちこんでやがった……!
   壊せたハズなのに……!」

首領「……だが、勝ちは勝ちだ」

金髪「……はい」ギリッ…

首領(勝敗はさておき……リベンジは果たされた、というところか)

そして──

友人「ご、ごめんよ……。負け、ちゃった……」ゼェゼェ…

男「ったく、どんだけ優しいんだよ! お前は!」

男(あんな試合やられたら──燃えざるをえないだろうが!)

兄「最終試合──両者、前へ!」

幼馴染「頑張って!」

男「おう!」ザッ

首領「一勝一敗一分け、か。我々が勝つか、お前たちが誇りを守れるか。
   この試合で決めようじゃないか」

男「……アンタの正体は分かってる」

男「とても信じがたいが、信じるしかない。
  アンタは200年前に行方不明になった──ウチの流派の初代だ!」

首領「うむ」

首領「私は時の王の不興を買い、“不死の泉探し”という永久追放刑を命じられた。
   ところが、私は見つけてしまった」

首領「あるはずもない、見つかるはずのない、不死の泉を」

首領「老いることもなく、死ぬこともなく、孤独に鍛え続け──200年!
   私はついに格闘界への復讐の旅に出ることを決意した」

首領「そして旅の途中で、かつての私のように格闘界から弾きだされた三人を
   同志としたのだ……」

首領「あの不死の泉を離れ──道場破りを始めてから、私は無敗だ。
   奥義を出すに値する相手にすら出会えなかった」

首領「私はまだまだ格闘技の恐ろしさを知らしめねばならん」

首領「さぁ始めよう。私を止められるか、現当主ッ!」

兄「始めっ!」バッ

しなやかな足さばきから、固めた拳を打ち合う二人。

スパパパァンッ!

男「ぐおっ……!」ヨロッ…

首領「ぬるい! 200年も経てば、どんな流派も腐るものだ──なァッ!」シュバッ

ベシィッ!

柳のような足さばきから放たれる、鞭のようなローキック。

男「がっ……!」ビリビリ…

首領「とはいえ仕方のないことかもしれんな」

ドゴォッ!

首領「仮にお前と私の才能が同等だとしよう」

バキィッ!

首領「だとするなら、勝敗を分けるのは当然、鍛錬の量」

ボゴォッ!

首領「200年間休まず鍛えた私と、せいぜい十数年のお前──」

ドゴォッ!

首領「差は歴然だ」

ベキィッ!

男「がはっ、ごほっ、がはっ……!」

男(ちくしょう……! 運動能力にはほとんど差はねえけど──
  やっぱり精度がちがいすぎる! これが200年の差、か!)

首領「せめてトドメは、私が生み出した我が流派の奥義──」

首領「“下半身上半身緩急伝達一点集中高速拳”で決めてやろう」スッ…

男(ついに来た、緩急拳……! これを喰らったら……終わりだ! どうする!?)

足の力を緩め、爆発力を蓄える首領。

男(──ってあれ?)

首領「至近距離から放たれたこの技を破る術がないのは、お前も知っていよう」ググッ…

男(あっ、そうか! ──初代は知らないんだ!)

首領「安心しろ、一撃で済む」グッ…

ビュバァッ!

男「そこだっ!」シュッ

ズドンッ……!!!

首領のがら空きの腹部に、カウンターとなる突きがめり込んだ。

首領「げぶっ……!?」

首領「あがっ! ごふぁっ! ……ぐっ、小僧!」ヨロッ…

男「やっぱり知らなかった、か」ダンッ

ドゴッ! バキッ! ガスッ! ガッ! ズガッ!

首領「おぐぅ……!」ゲホゲホッ
  (まさか……下半身上半身緩急伝達一点集中高速拳に、弱点が……あっただと!?)

男「一人で鍛錬し、道場破りでも奥義を出すまでもなかったアンタじゃ
  気づかなかっただろう」

男「俺には200年この流派を継いできた、
  アンタや親父を含めた、歴代当主の力がついてる!」

兄(あれ俺は?)

ドボォッ!

首領「ぐおっ……!」

首領「ぜああっ!」シュッ

ゴッ!

首領の鋭い突きで反撃する。

首領「いい気になるなよ……! それでもまだ、私の方が上に決まってる!」

男「だったら、これはどうだ?」シュッ

ベシィッ! ベシィッ! ガゴッ!

首領「ぶはっ……!(この蹴りは、さっきの!?)」

友人「三連蹴りだ! いつの間に覚えたんだ!?」
幼馴染「ちょっとヘタだったけどね」

男「さらに幼馴染直伝──」タタンッ

ガガガッ! ガッ!

首領「ぐあぁっ……!(まるで踊るように……なんだこの動きは!)」

友人「どう?」
幼馴染「う~ん、45点」

兄(そうだ! お前はこの町で仲間と共に修業してきた! これは立派な武器だ!
  このままいけば勝てる! ──って俺、全然中立じゃねえ!)

首領「ぐ、ぐぁっ……」ヨロヨロ…

長身「首領さん……!」
金髪(くっ……オレたち四人は一緒に鍛錬することがなかったもんな……)

男(このまま、初代が未体験の技で攻めまくれば勝て──……)

首領「ぐっ……!」サッ

男「……だけど。こんな勝ち方じゃ、あまり意味がない」スッ…

首領「!?」

男「殴り合いを挑んだ不良や、優しくあることを貫いた友人のように……
  俺は格闘家ってのは、勝ち方を選ばなきゃダメだと思う」

幼馴染「あたしは?」

男「お前はキンタマ蹴っただけだろうが!」

男「……とにかく、せっかく初代と戦ってるんだ。
  俺だって勝ち方は選びたい。やっぱ最後はこの技で決める」ザッ…

男が緩急拳の構えを取る。

男「来い……初代!」ググッ…

首領「私を侮辱するか……! いいだろう……受けてやる!」ググッ…

兄(なにやってんだ!? あのまま初代が知らない技で攻めまくれば、
  十分勝ち目はあるっつうに!)

ザッ……

男(不良……友人……幼馴染……兄貴……。親父、お袋……)

男(俺は勝つ!!!)

首領(私の200年に決着をつけるため──)

首領(勝負ッ!!!)

シュザッ……

両者、足の力を緩め──その力を一気に上半身へ伝達。

そして、拳へ!

男「ぬぉりゃあッ!!!」
首領「ぐぉあッ!!!」



ドォンッ……!!!

立っていたのは──男だった。



男(お、俺が……勝った、のか……?)ヨロッ…

首領「み、みごとだ……」シュウウ…

男「え!?」
 (初代の、体が……崩れて……!?)

首領「我ながら、よくぞここまで持ったものだ……」シュウウ…

金髪&長身「首領さん!」

首領「不死の泉は……飲み、続ける限り……不老不死を保てるが……
   代償として……一度飲めば、飲み続けねば体は崩壊するようになり……
   泉にも限りが、あった……」シュウウ…

首領「私は……200年……泉の近くで……鍛錬して暮らし……
   泉がついに枯渇した時……静かに一人で死のう、と決心した……」シュウウ…

首領「だが……」

首領「どうしても……どうしても……私の流派が……どうなったか……
   知りたくなってしまった……。
   もしいるのなら……子孫たちに……会いたかった……」シュウウ…

首領「そして……私は、自分の流派を継ぐ者と出会え……
   その者に……倒される、ことが、できた……」ボロッ…

首領「格闘家として……これほど……幸せ、なことは……なかろう……」

男「初代……」

兄(そういうことだったのか……)

首領「最後に、頼みが……ある……」

男「! ──な、なんですか!?」

首領「一連の道場破りは……全て私が他の三人をそそのかしたことに……よるもの……」

首領「金髪も、長身も、刺青も……不運な格闘家だったのだ……。
   だから私は……それにつけこみ彼らを利用した……。全ての責任は……私に……」

金髪「ちがう! アンタはオレらを拾ってくれた!」
長身「うぅっ……」

男「…………」

男「分かりました。道場破り自体は禁止されてるわけではないですし、
  俺はこれ以上何もしません」

首領「感謝、する……」シュウゥ…

シュゥゥゥゥゥ……

幼馴染「あっ……! そんな……」

友人「消えた……」

不良「マ、マジかよ……!」

金髪「オレたちなんかのために……」

長身「うっ……うっ……」グスッ…

男「ありがとうございました……初代」

兄(初代に勝つだけなら俺でもできたかもしれないが……
  俺は勝ち方を選ぶことしなかっただろう)

兄(この試合で確信した。俺はもう、必要ないな)

─────

───

その夜──

刺青「くそっ、くそっ、あの女! よくも俺のタマを……!」キュンッ

刺青「イラつくぜェ! こうなったら、東西南北の道場、全部火ィつけてやる!
   俺はまだまだ道場破りをやめねぇ……こんな面白いことやめてたまっか!」

覆面「お~う、なるほどなるほど……。
   途中から姿が見えないと思ったら、こんなところに……」ザッ

刺青「あァ!? だれだテメェは!?」

覆面「他の二人のように、心を入れ替えるつもりはないのか?」

刺青「ハァ~!? テメェみたいな変態覆面に説教されたくねぇな!」

覆面「変態覆面……!?」ピクッ

刺青「まずはテメェから血祭りにしてやらァ!」ダダダッ

覆面「これが俺の最後の仕事だ。まずは変態っていったこと謝れ!」ダッ



ドゴンッ!!!

ギャアァァァ……


───

─────

< 東の道場 >

幼馴染「起きろ──ってあれ!? もう起きてる!」

男「おはよう」

幼馴染「なぁんだ、つまんない。
    今日こそ、熟睡してるとこにエルボーかまそうとしてたのに」

男「もう兄貴も道場から出てったし、
  いつまでもお前を目覚まし時計代わりにしてらんないだろ」

幼馴染「それにしてもお兄さん、出てく時はあっさりだったね」

男「まぁ……昔から変な奴なんだよ、兄貴は」

男「それはともかく、北の道場に行こう。友人が待ってる」

幼馴染「うん!」

< 町 >

男&幼馴染「!」



タッタッタ……

不良「おっしゃ、あと10周だ!」タッタッタッ…

手下「は、はいっ!」タッタッタ…

「ひえぇ~っ!」 「横腹いてえ……」 「ゼェ……ゼェ……」

手下たちを連れて、ジョギングをする不良。



幼馴染「あの事件以来、不良たちも少しはマシになったみたいね」

男「三日坊主にならなきゃいいんだがな」

< 北の道場 >

長身「でやあっ!」ビュバッ
金髪「だっ!」シュッ

バシィッ! ガッ! バシッ!

ガララッ……

男「よう」
幼馴染「おっはよ~!」

友人「やあ、よく来てくれた。今は自由組み手をやってるんだ」

男「そういやあの二人も、北の道場に入門したんだったな」

友人「うん、二人ともよくやってくれているよ」

男(どうせなら、門下生ゼロのウチに入ってくれればよかったのに……ま、いいか)

幼馴染「んじゃさ、たまには私と組み手しない?」

男「おう! あ、キンタマだけは絶対狙うなよ!」



                                   < 完 >

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