男「怪談蒐集」 (75)

※昔集めた話を、極力ありのまま書きます。

昼、喫茶店

カランカラン

A「あ、男さんですか?」

男「はい、はじめまして。Aさんですね?」

A「そうです。いやあ、オフ会というか、なんというか。ネットで知り合った人と会うのって、初めてなんですよ」

男「緊張しないで大丈夫ですよ、リラックスしていきましょう」

A「慣れてるんですね、取材」

男「ははは、取材なんて大層なものじゃないですよ。趣味です、趣味」

A「は、はい。それでは……えっと、ははは。何から話せばいいんでしょうかね」

男「ご自由に、感じたまま、遭ったままをお話下さい」

A「分かりました。あれは――」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1595910969

 三年前の、夏場の話です。

 仕事の関係で、私、その頃夕張に住んでいたんです。

 夕張、北海道の地名ですよ。

 昔は炭鉱なんかで随分栄えたそうなんですが、私が越した時にはもう随分と寂れていて。

 まあ、その分自然が凄いんですよ。

 マンションの五階部分に住んでいたんですけどね、べランダから見て右手、数百メートル先に山があるんです。近いでしょう?

 麓がスキー場になってるんですがね、夏場でも夜になると、オレンジ色の照明が付いていて、木々を照らしているんです。

 その景色が何だか気に入って、夜になる度にベランダに出て眺めていたんです。

――ある日の、夜の事です。

 その晩も、風呂上がりにベランダに出て景色を眺めていたら、

「あれ?」

 さっき話した山間のスキー場のところに、誰か居るんですよ。

 オレンジ色の照明の、直ぐ下です。

 それ、女なんです。

 女が、ふらーふらーって、左右に揺れているんですよ。

 数百メートル離れているって話したじゃないですか。

 それでも見えるくらい、大きいんです。その女。

 体感ですが、3,4メートルはあるんですよ。

 私、驚いて思わず尻餅をついてしまって。 

 で、改めて女の方を見るとね、居るんですよ、やっぱり。

 見間違いなんかじゃないです。

 大きな女が、左右に揺れているんですよ。

 いよいよ怖くなってしまって、慌てて部屋の中に戻りまして。

 それからしばらくは、ベランダには出られませんでした。

 ただ、人間って不思議なものですよ。

 一月も経つと、その時の怖さなんて、忘れちゃうんですよね。

――飲み会があった夜に、ふらっとベランダに出てみたんですよ。 

 そこで、あの女の事をはっと思い出しまして。

 恐る恐る、山の方を見てみたんです。

 そしたら、女は居なかった。

 で、安心して左手の住宅街の方をチラッとみたんです。

 驚きました。

 女、居るんです。

  あの時の、3,4メートルくらいの女が、住宅街の歩道のところで、

 ふらーふらーって、左右に揺れているんです。

 それからの事、ベランダに出る度に、女を見るんです。

 場所も方角もばらばらなんですが、必ず何処かに居るんです。

 決して、こっちに近づいてくるだとか、そんな事はないんですが。

 翌年引っ越して、それきりなんですが、あれは、何だったんでしょうかね。

男「……なるほど」

A「いや、ははは。すいません、山もオチもなくて」

男「いえいえ、興味深いですよ」

A「男さん、あの女って、何だったんでしょうか」

男「すいません。僕はただの怪談好きなので、何とも」

A「そうですよね、すいません……。ただ、何だか納得がいかないんです。もやもやするというか」

男「ははは、分かりますよ。せめてオチが欲しいというか」

A「そうそう、そうなんですよ!」

男「――じゃあ、怪談好きとして、一つだけ」

A「是非お願いします」

男「その女って、左右に揺れていたんですよね、いつも」

A「え、ええ。そうです」

男「いつも、何処に居ても、それこそ右手の山間にいようが、左手の住宅街にいようが、左右に揺れいたと」

A「それが、なんだっていうんですか」

男「ちょっと考えてみて下さい。何処でも左右に揺れているっていう事は、それ、同じ方向を見ているって事なんですよ。ほら、もしそいつが横を向いて左右に揺れていたら、Aさんからすると、縦に揺れる筈でしょう?」

A「……あ」

男「そいつ、ずっと同じ方向を見ていたんです。ずっと、貴方を見ていたんですよ」

『ベランダ』

居酒屋

男「乾杯! 久しぶりだな」

B「ほんとなー、高校卒業以来か」

男「ちゃんと就職出来た?」

B「いやぁ危なかったよー、何とか決めて大学卒業って感じ。卒業旅行する暇もなかったわ」

男「ははは、お疲れ」

B「で、お前は? まだ怪談とか好きなの?」

男「仕事の事聞いてよ。まあ、まだ好きだけど」

B「分かんない趣味だよなぁ。わざわざ怖がって何が楽しいんだか」

男「ははは、そう言われると何も言えないな」

B「お前ってさ、幽霊とか本当に居ると思うの? なんというか、死後の世界みたいな」

男「分かんない」

B「え! 居るって言わないんだ」

男「分かんないものにあれこれ言えないよ。居るかもしれない、とは思うけど」

B「つまんないなぁ」

男「ひでーなおい。んー、じゃあさ、三途の川って知ってる?」

B「なに突然。まあ知ってるけど」

男「例えばさ、いつかBが死んだとして、幽霊になったとする」

B「急に[ピーーー]な」

男「まあ聞けって。で、ふわふわ浮いてる訳だ。する事もなく、誰かと話す事も出来ない」

B「寂しいなぁ」

男「そう、寂しい。で、どうする?」

B「えぇ、どうするかな……あ、三途の川」

男「Bは三途の川に向かう。でも三途の川ってどこ?」

B「どっかの川だろ。探したらあるんじゃない?」

男「それだよ。だから水場の怪談って多いのかなって思ったりするんだ。幽霊って、元は人だろ? だから、漠然と抱えていた死後の世界のイメージに釣られて、川だとか、そういう場所に集まるのだろうかって」

B「なるほど……」

男「そうそう……」

B「――え、終わり?」

男「うん。ほら、こういう妄想染みた楽しみ方も出来るんだぜっていう。怪談を話すと幽霊が来る理由は、だとかさ。そういう事を考えるのって、楽しくない?」

B「楽しくねえよ!」

男「えー楽しいのに。丁度良い。なんか怖い話してくれよ」

B「えー俺かよ」

男「いいじゃん。大学で一つ二つ聞いたろ?」

B「そうだなぁ……あ、一つあるわ」

男「いいね、聞かせてくれ」

B「えっと、大学の後輩に聞いた話なんだけどさ」

 サークルの後輩に聞いた話なんだけどさ。

 そいつの彼女が、結構面白い奴だったんだって。

 なんつーか、有体にいえば、見えるんだよ。その子。

 でも、本人は信じてないんだって、そういうの。そう、お化けとか幽霊とか、そういうやつを。

 例えば、二人でデートしてる途中、彼女が誰かにぶつかって、謝ったんだってさ。

 でも、近くには誰も居ない。彼女は一体誰にぶつかったんだっていう。

 で、これを当の本人が信じないと。「いやいや、見間違いだよ!」とか言って、流しちゃうんだと。
 後輩としては、一緒に何処かに行く度にこんな事が起こるから「いやいや絶対何か見えてるだろ」って思ってたらしんだけどね。

 で、そんな体験する癖に信じない彼女が、ある時「そういうものって居るのかもしれない」って思った体験があるんだよ。


――俺が三年の時だから、あいつらが二年の時か。

 彼女、電車で通学していてさ。その日も大学終わって夜の七時過ぎに、電車に乗ったんだよ。

 夜の七時っていったら、混む時間帯だろ?

 彼女が乗った車両も、もうぎゅうぎゅうでさ。

 「大変だなぁ」って思いながら、吊り革に掴まったんだと。

 で、しばらく乗ってて。

 ふと気付いたら、立ったまま、身体が動かないっていうんだよ。金縛りってやつだな。

 叫びそうになったらしんだけど、口も動かないからどうしようもない。

 で、オロオロしてたら、視線の先に何か映ったんだって。

 目の前に電車の窓があったらしいんだけどさ。

 そこに、幽霊が沢山映っていたんだよ。夜の、真っ黒な電車の窓に。

 それ、絶対幽霊だって分かったらしいんだよ。

 まず半透明なんだって。半透明の男女が何十人も窓の向こうに居て。

 全員じーってこっち見てるんだよ。

 で、全員片手を上げて、ふらふら振ってるんだと。

 な、怖いだろ?

 でもさ、ちょっとして、「あっ」て気付いたらしんだ。

 窓の向こうに、自分も居るんだよ。半透明で。

 彼女が見ていたものって、窓の反射、つまり車両の中だったんだよ。そりゃ半透明だよって。

 窓の向こうの奴らは、手を振ってたんじゃなくて、吊り革に掴まってたんだよ。

――そこで身体が動いたらしくてさ、慌てて振り返ったんだよ。

 そしたらな、誰も乗ってなかったんだって、その車両。彼女以外。

 呆然として突っ立ってたら、次の駅に着いてさ。

 乗ってきた奴らも「あれ、なんでこの車両だけ空いてるんだ?」って顔してたらしいよ。

 そういう話。

B「――で、それ以来彼女は幽霊を信じるようになったっていう」

男「気味悪いなぁ、その話」

B「なー、気味悪いわほんと。話さなきゃ良かった」

男「幽霊列車に似た話だな。終電過ぎに幽霊を乗せた電車が走っているっていう」

B「ははは。じゃあ彼女が見た奴らは、乗る時間間違えたんだな、きっと」

男「そういえばさ、お前って千葉の大学行ってたよな?」

B「え? うん、そうだけど」

男「その彼女って、どの駅から帰ってたの?」

B「知らん。バイトしてたから、帰りに乗る駅、俺らと違うんだよ」

男「あー残念だ」

B「あ、待て。一回遊びに行った事あるんだった。そうだ、八積だ。八積駅から乗ってた筈」

男「おお、どっち方面に?」

B「茂原駅の方」

男「そうか!」

B「何で嬉しそうなんだよ」

男「八積駅から茂原駅の間ってさ、阿久川っていう川が通ってるんだけどね」

B「うん」

男「この川、途中で一宮川に繋がって、その後、三途川にぶつかるんだよ」

B「三途川? 三途川って、三途川?」

男「そう。三途の川と同じ字面だよ。気になって調べた事あってさ。結局オカルト的な謂れはなかったんだけどね」

B「待て待て。何だよそれ……」

男「不思議だよな、三途の川の話をした後で、たまたま繋がりのある話が出てきた」

B「やめろよ、気持ち悪い」

男「ごめんごめん……渡る川を間違えたのかもしれないな、彼らは」

B「やめろったら」

『三途の川』

夜、ドトール

男「いやぁ、すいません遅くなってしまって」

C「大丈夫です」

男「じゃあ、早速」

C「はい。あの、僕、地元が山形なんですけど、去年帰省した時に、くねくねみたんです、多分」

男「くねくねですか! 洒落怖で有名なあれですよね?」

C「あはは。はい。で、えっと」

男「うんうん」

C「去年の暮れに、新幹線で帰省したんです」

男「はい」

C「で、新幹線を降りて、バスに乗りついで、窓の向こうに白い服着てる女の人居るんですよ」

男「え?」

C「で、バス降りたら、畑があるんですけどね、そこ、うちの実家の畑なんです」

男「は、はぁ」

C「それで、えっと――」

 久しぶりに帰ったら、親戚が皆集まってるんです。といっても、十人くらいです。

 で、ご飯食べて、風呂入って、廊下に白い服着た女が居たんです。

 その日は直ぐに寝たんです。

 翌日の、朝の五時くらいですよ。

 目が冷めたんです。

 その時、何か気になったんです。

 白い服着た女も居て。

 で、カーテン開けて、窓の外みたらね。

 まだ薄暗い田んぼの中に、なんか居るんです。

 ピンク色してるんですけどね、それ多分くねくねなんですよ。

 ばたばたばたって、動いているんです。

 遠目でも分かるんです。

 あれ、くねくねですよ。

 どう思いますか?

C「絶対くねくねですよね?」

男「あの、すいません」

C「なんですか?」

男「白い服着た女って、なんですか?」

C「なんですかそれ?」

男「いや、Cさん、何回か言っていたじゃないですか」

C「言ってないですよ。くねくねの話です」

男「……あの、聞きながら、メモしてたんですけどね、ほら」

C「言ってないです」

男「……そうですか。すいません」

C「で、くねくねですよ。やっぱりくねくねですよね?」

男「そうですね。そうなのかもしれません」

C「やっぱり。そうなんですよ。凄いですよね」

――何度も聞き取りをしてきた中で、録音しなかった事をこれ程後悔した事はない。

『白い服を着た女』

一旦区切り。

昼過ぎ、老人ホーム、レクリエーションルーム

D「男さん、結婚は?」

男「いえ、まだです」

D「ボランティアなんてしてる暇あったら、彼女作んなさい」

男「すいません……」

D「今日の昼、美味しかったね」

男「そうなんですか」

D「アジがね、美味しかったの」

男「良かったですね」

D「こんな話つまらなくない?」

男「そんな事ないですよ、思い出話とか、好きなんです」

D「怖い話好きなんだって?」

男「ははは。はい、好きですよ。それが目的で来ている節もあるくらいで」

D「不思議な話ならあるけど、聞く?」

男「是非!」

D「えっとねぇ、もう六十年くらい前なんだけど――」

 出目金って知ってる? 金魚の仲間なんだけどね。

 私が子供の頃、お父さんが買ってきてくれたの。金魚鉢と一緒にね。

 黒くて、目がぎょろっとしている、あれよ。

 とっても可愛くてね、私、気に入っちゃって。

 居間のね、戸棚の上にね、金魚鉢を置いていたんだけれども。

 私、毎日眺めていたの。

 でもね、お母さんが掃除している時に、戸棚にぶつかってね。

 金魚鉢が床に落ちて、割れちゃったの。

 直ぐお鍋に水を入れて、出目金を入れたんだけどね。

 傷が付いたみたいで、直ぐに死んでしまって。

 でも、金魚って、ほら、あんまり頭が良くないでしょう?

 それからね、たまに戸棚の上を見るとね。

 出目金が、泳いでたのよ。宙を。

 自分が死んでるって、気付いてなかったのね。

D「一月くらいの間だけどね、確かに見たのよ」

男「面白い話ですね」

D「でしょう。家族の誰も信じなかったんだけどね、私は見てた」

男「僕は信じますよ」

D「ありがとう」

男「いえ」

D「私も泳ぎたいわねー。もう何年海に行ってないんだろう」

男「そうなんですか?」

D「今泳ごうとしたら溺れちゃうわ」

男「ははは」

D「何笑ってるの」

男「すいません」

D「いつかねー、泳ぎたいわね。いつかね」

『出目金』

区切り。

また明日書きます。SSで書くの難しいですね。

シンプルだけどおもしろ怖い

夜、バーカウンター

E「次、何飲む?」

男「お任せで。お酒詳しくないんですよ」

E「ははは、知ってる」

男「でも、凄いですよね。サラリーマンからすると、30代でバー経営っていうのは、憧れですよ」

E「いやぁ、大したもんではないんだよ。店の費用も、うちの爺さんが出してくれてね」

男「良いお爺さんですね」

E「子供の頃から、なんというか、俺、お爺ちゃん子だったもんで、困ったら何でも相談してたなぁ」

男「――昔話とか、聞いたりしてたんですか?」

E「あーなに、また怖い話?」

男「あはは。もしあれば、是非」

E「そうだなぁ、じゃあ、爺さんの思い出でも話そうか」

 うちの爺さんな、昔、猟師やってたんだよ。

 マタギ、狩人、猟師、言い方は色々あると思うけど、ようするに、鹿やら何やらを山で狩ってた訳だ。

 それで、爺さんからその頃の色んな話を聞いたんだけどな。

 一つ、何だか気味の悪い話があったんだよ。

 爺さんが若い頃にはな、ベテランの猟師の中で、ルールというか、暗黙の了解ってのがあったんだよ。

 猿は撃つな。

 そういうルール。

 ほら、猿って頭が良いだろ? だから猟師が銃を向けると、両手を合わせて跪いて、命乞いをするっていうんだよ。丁度、拝むみたいに。

 それが何とも気味の悪い姿らしくてな、いつしか猿は撃つなっていうルールが出来たそうなんだよ。

 だけど、猿って田畑を荒らす害獣の一種だろ? 市や農家から駆除の依頼がよくあったらしいんだ。

 それも、一匹につき今の価格で三万円前後。それでもベテランは手を出さなかったらしいんだが、金の欲しい若手はそうはいかなくてな。

 爺さんの友人の岡田って奴が、ある日猿に手を出したんだ。それ一匹や二匹じゃきかない。猿を専門にし始めた。

 一方爺さんは、ベテランの猟師達の教えを守って鹿ばかり狩っていたから、岡田とは疎遠になったらしい。

――しばらく経ったある日、用事があって、爺さんが役場に行ったら、丁度その岡田と鉢合わせた。

 元々仲は良かったから、世間話に興じてな。

 でも、岡田の様子が何だか変だっていうんだよ。

「よう! 元気か」と言って、両手を合わせる。

「○○の件、どうだい」と言って、また拝む。

 話の間中、時折そんな事をするんだよ。猿みたいに。

 爺さん、段々心配になってきてな。聞いてみたんだと。

「なぁ、岡田。猿撃ちって、まだやってるのか?」

すると、岡田はニヤニヤして、懐から大金を取り出したそうだ。

「今日も、四匹狩ってきたんだ」

そう言ったらしい。

それから一月くらい経った頃だよ。岡田が入院したっていう話が爺さんの耳に入ってきた。

山で足を滑らせて、足の骨を折ったと。それを聞いて、爺さんは直ぐ見舞いにいったそうな。

病室に入ると、カーテンの閉まった薄暗い部屋の中で、岡田は寝込んでいた。

「いやぁ、猟師が足を折るなんて、まだまだだなぁ」なんて、冗談交じりに声を掛ける。

でも、岡田は黙ってじっと爺さんを見てるんだと。

爺さんも段々気味が悪くなってきてな。カーテンを開けようと窓辺に近づいたら。

「猿にやられた」

岡田がそう呟いた。

爺さんはそれを「猿を狙っていて、うっかり足を滑らせた」だとか、そんな意味だと思ったらしんだ。でも、そうじゃなかった。

岡田が言うには、山を登っている途中、猿が襲い掛かってきたらしいんだ。

岡田は慌てて何発も銃を撃ったらしい。でも、それでも猿は止まらなかったと。弾が当たっていたかどうかは知らん。

で、岡田が続けてこう言うんだよ。

「また来た。ほら、猿だ。窓の向こうからこっちを見てる」って。

でも、カーテンは閉まってるんだ。見える筈がない。その筈なんだ。

爺さんはそう思いながらも、結局カーテンを開ける勇気は出なかったんだと。

もしかしたら、本当に猿がそこに居るのかもしれない。そんな疑念を振り払えなかったそうだ。

――その後の話だ。

岡田は退院した後、猟師を止めたらしい。

翌年、酒の飲みすぎで肝臓を悪くして亡くなったそうなんだが、死ぬ間際までずっと時折――

「山に行くのが怖い。猿が怖い。猿が怖い」と、言っていたそうだ。

E「――って話よ」

男「面白いです。山の話は幾つも聞いた事がありますが、猿が拝むっていうのは初めて聞きました」

E「他にもあるぞ? 首だけの鹿が川で水を飲んでいるのを見ただとか、神隠しにあった奴が居るだとか」

男「山ってのは、色々あるもんですね」

E「そうだなぁ」

男「お爺さんは、その後どうなったんですか?」

E「暫く猟師を続けて、その後すっぱり止めたよ。息子、つまり俺の親父が生まれて直ぐの話だそうだ」

男「そうですか。じゃあ、結局その後も猿は撃たなかったんですね」

E「いいや、撃ったよ」

男「え?」

E「子供が出来て、金が必要になって、結局撃ったんだよ。何匹も何匹も。怖さより金。人間は凄いよな、ははは」

男「えっと、それは……大丈夫だったんですか?」

E「右手の指が三本欠けてたよ。理由は知らんが」


『猿撃ち』

男「ねえ、なんか怖い話して」

父「あー、そうだなぁ。じゃあ、母さんに内緒な? 怒られるから」

男「はーい」

父「お父さんが若い頃な、一人暮らししてたんだよ。ボロボロのワンルームで」

男「うん」

父「で、夜寝てるとな。玄関の戸が開く音がするんだ。鍵、閉まってる筈なんだぞ?」

男「うんうん!」

父「そしたらな、俺の親父が立ってるんだよ」

男「えーお爺ちゃんか」

父「いやいや、でもおかしいんだよ。親父の後ろに、もう一人立ってるんだ」

男「え?」

父「あれ、だれだろうって思ったらな、その人影が、ぬるーって、親父の前に出てきた」

男「怖い怖い……」

父「そいつな、鼻がやけに長くて、口をニタリとさせた、爺さんだったんだよ――で、目が覚めた」

男「……え、終わり!?」

父「ああ、終わりだ。夢だったのかもしれん」

男「なにそれ! つまんない!」

父「酷いなおい! せっかく話したのに」

『父の話』

昼、リビング

男「お母さんお母さん」

母「なに?」

男「怖い話して!」

母「やーだ」

男「なんで!」

母「そういうの嫌いだから」

男「えー! 話してよ!」

母「やーだったら」

男「じゃあなんで嫌いなのかだけ教えて?」

母「え?」

男「なんで怖いの嫌いなの?」

母「はあ、仕方ないなぁ。お父さんと結婚したての頃ね、夜中に目を覚ましたら、天井に顔があったのよ。知らない人の顔」

男「怖い!」

母「鼻が長くて、ニタニタ笑ってお爺さんだった。まあ、多分夢だけどね」

男「……あれ?」

母「それから怖いものは嫌いなの。あ、この話お父さんには内緒ね? 絶対面白がるんだから」

『母の話』

夜、子供部屋

兄「……」

男「お兄ちゃん、遊戯王やろ」

兄「……」

男「お兄ちゃん、ねえ」

兄「男、あれ見える? 窓の外」

男「え? 真っ暗で何にも見えないよ」

兄「顔があるよ、爺ちゃんの顔。笑ってる。鼻が長い。ほら」

男「見えないよ?」

兄「あ、消えた。なんだろ、あれ」

『兄の話』

夜、占い師が居る喫茶店

男「――こんばんは。えっと、よろしくお願いします」

F「貴方、占い信じてないでしょ?」

男「え? いや、そんな事は……」

F「大丈夫大丈夫、リラックスしていいんだよ?」

男「実は、友人の紹介で来たもので。占いとか、一回もしたことないんですよ。だから、その、すいません」

F「それでいいの。占いなんて、話半分で聞くものだから」

男「……意外ですね。占い師の人がそんな事言うなんて」

F「そう? だから、おばちゃんの世間話を聞いてるみたいなニュアンスで聞いてね? 実際おばちゃんだしね」

男「ははは、分かりました」

F「鼻の長い老人が笑ってるね。心当たりある?」

男「……え?」

F「間違えた?」

男「あ、いや、心当たり、あります……」

F「ごめんね、怖がらせて」

男「だ、大丈夫です。びっくりしただけです」

F「えっと、聞きたい? この話」

男「お願いします」

 これから私が話す事は、嘘っぽく聞こえるだろうし、実際本当かどうかなんて証明のしようがないものなの。

 だからさっきも言った通り、話し半分で聞いてね。

 鼻の長いお爺さんが、貴方の家に居る。いえ、アパートの方ではなくて、貴方の実家でしょう。

 ごめんね、正体とか、そういうものは分からないの。霊能力者じゃなくて、ただ占い師だからね。

 そうそう、全然別物よ。ほんと、ただのおばちゃんなんだから。

 そうねぇ……貴方、もしくはご家族の誰かで、水場で何か悪い事をしなかった?

 それが理由ね。それは分かる。

 貴方の実家、神棚があるでしょう。そう。だから、入ってこれないみたい。

 別に悪さをする訳でもないみたい。何もする気がない。

 強いて言えば、見てる。

 ただじっとお家の中を眺めてる。もうずっと長いことね。

 それくらいかな、分かるのは。ごめんね。

男「あの、どうすればいいんでしょうか」

F「さあ……どうしようねぇ」

男「御祓いとか、した方がいいんですかね?」

F「そういうのは分からないってば」

男「あ、すいません」

F「ごめんね、使い物にならなくて」

男「いや、そんな事は」

F「貴方は、その老人を見た事がある?」

男「いえ、僕だけ、見た事がないんです」

F「じゃあ、気をつけなさい」

男「何をですか?」

F「全部よ。貴方のアパート、神棚ないでしょう?」

『占い師の話』

ラブホテル、駐車場、社内

男「――じゃあかえろっか」

G「あ!」

男「どうしたの?」

G「ごめん……部屋に時計忘れちゃった」

男「取ってくるよ……あ、部屋会計だから、入ったらもう一回支払わないと駄目か」

G「そー……どうしよ」

男「大丈夫だよ、ホテルのロビーに電話掛けて、取りに行ってもらおう」

G「ごめんね?」

男「あ、繋がった。――という事で、お願い出来ませんか? ありがとうございます」

G「大丈夫だった?」

男「うん、車まで持ってきてくれるって」

G「よかったぁ」

コンコン

男「ありがとうございました。はい、すいませんでした」

G「……」

男「よし、帰るか。コンビニ寄ってい――」

G「ねえ」

男「ん?」

G「あの人、今どこから来た?」

男「え、後ろから」

G「ホ、ホテル、車の前だよ? 後ろは、壁でしょ、ほら?」

男「……あ」

深夜、高速道路

G「さっきの人、絶対お化けだよ」

男「どうだろうなぁ。でも、時計もちゃんと渡してくれたし」

G「ありえないよ! だって車の後ろ壁しかなかったじゃん! 私達に気付かれないで後ろに回るなんて無理だよ!」

男「落ち着けって、大丈夫だから」

G「絶対お化けだ。あの男の人」

男「え?」

G「あの男の人絶対お化けだって!」

男「いや、女だったろ」

G「男だったって!」

男「いや、髪長かったし、声だって」

G「違うよ! お爺さんだったでしょ? 鼻長くて、笑ってるお爺さん!」

男「……嘘だろ?」

 家族や近しい人の中で、僕だけが、まだ見たことがないんです。

『僕の話』

※区切り
「父~僕の話」までは、あまりに荒唐無稽な体験だったので、早めに消化しました。
もちろん、全員が幻覚をみていた可能性もあります。むしろ可能性の方が高いでしょう。
他の話にも言えますが、真偽の程は定かではありません。
それこそ、話半分でお楽しみ下さい。

夜、怪談会

H「妖怪は居るって! 幽霊はしらんけど!」

男「ははは、なんで妖怪限定なんですか」

H「みたもん!」

男「もんってなんですか、もんって」

H「子供の頃一反木綿を見たんだよ、一瞬風に攫われたシーツか何かかと思ってたんだけどな、違うんだよ」

男「ほう」

H「あいつ、こっちに手を振ってきたんだよ!」

男「ははは、なるほど」

H「信じてないなぁ? 全く。あ、でも、ドッペルゲンガーも見た事あるわ」

男「いつですか?」

H「中二の頃なんだけどさ、土曜日に親父とドライブしてたら、信号で捕まってな?」

男「ふんふん」

H「ぼんやり前をみてたその時だよ。交差点を右から左に、俺とそっくりの顔と髪型で、同じ服装の奴が歩いて居たんだよ。もう俺も親父も唖然としてさ」

男「面白い話だなぁ」

H「だろ? でも、最近怪談師の人にこの話をしたらさあ、笑われちゃって」

男「どうしてですか?」

H「H君、顔やら髪型やらをそんなに覚えているなら、じゃあ靴はどうだった? 身長は?って」

男「なるほど、それは覚えていなかったと」

H「そうそう。人間は見たいものを見たいように解釈して、小さな矛盾を見逃しがちなんだと。だから、怪談が好きならそういうのには気をつけろってさ」

男「俺はそこまで突き詰めない方が好きだけどなぁ。怪談って、真偽の程は定かではないくらいが丁度良いと思うんですよ」

H「俺もそう思う。ぼかす位が楽しいんだよな。まあ、子供の頃は疑いまくってたけど」

男「分かりますよ。大人になって、やっとこういう楽しみ方が出来るようになりました」

H「あ、そうだ。疑うといえばさ――」

 同じく、中二の頃なんだけどな?

 同級生に、立花って奴が居たんだよ。肌がやけに白くて、細い奴でさ。

 いじめられていたって訳じゃないんだが、無口で無愛想で、周囲と馴染めなかったんだよ。

 で、暫くしてさ。

 夏休みに入って、それが明けた時だ。

 立花、ぱったり学校に来なくなったんだよ。

 自殺したんだと。ベルトで、首くくって。

 理由までは俺達も知らなかったんだけどな。きっと、何か悩んでたんだろうな。

 それからだよ、うちの学校で、不謹慎な噂が流れたんだ。

 夜の街に、死んだ立花が出るっていう。

 で、生徒を見つけたらすーっと近づいてきて、首を絞めて殺されてしまうんだと。

 俺さ、当然疑問を覚えたんだよ。

 目撃者が殺されたなら、誰がこの話を広めたんだよと。な? 変だろ?

 で、この話をしてた奴に聞いてみたんだ。

「なあ、その話誰に聞いたの?」

「えっと三組の○○」

 で、今度はそいつのところに行ってさ

「――誰に聞いた?」

「一組の○○」

 っていう具合で、どんどん遡っていったんだよ。

 十数人に聞いて回ったな、確か。もう最後の方はうんざりしてきてな?

「はぁ、で、誰に聞いたのそれ」

「お前だよ」

「……え?」

 いや、ありえないんだよ。俺がその話を知ったのは今朝だし、まだ誰にも話してなかった。そう言ったらな?

「いやいや、話してたじゃん。一緒にサッカーした日だよ。ほら、土曜日の」

 土曜日な、その日俺、親父とドッペルゲンガーみてるんだよ。

 なあ、あの時見たドッペルゲンガーは、本当に、他人の空似や俺の思い込みだと思うか?

 それとも、やっぱり――

男「……面白い。面白いなぁ、この話」

H「怪談って、突き詰めると面白くなくなるけどさ。たまーにこうやって、もっと変な話になったりするんだよな」

男「ドッペルゲンガーといえば、見たら死ぬって話がありますね」

H「え、えぇ!? そうだっけ、俺、怪談専門だから知らなかったよ」

男「Hさんは、いつ死ぬんでしょうね」

H「こえぇな、やめろよ! やっぱりなし! 俺が見たのは他人の空似だ! 俺の思い込みだ!」

男「ぶれっぶれじゃないですか……」

『真偽』

深夜、電話

I「――男、明日休みだっけ」

男「うん、Iは?」

I「朝から仕事だよー。休日出勤だから昼には終わるんだけどさ。めんどくさいなぁ」

男「寝なくていいの? もう二時だよ?」

I「今寝たら確実に寝過ごすよぉ……男ー助けてー」

男「どうしろと」

I「怖い話して。目が覚めるようなやつ」

男「えー、もうそんな元気ないよ。俺も眠い」

I「お願い!」

男「えーっと。じゃあ、昔やってた芸人の怪談番組でさ、テレビの裏の話ってあったの知ってる? テレビの裏に女が立ってるってやつ」

I「あー覚えてる! その部屋で一人暮らししてる男が一番見る場所がテレビだから、彼に見て欲しくてテレビの裏に居るってやつだ」

男「もし俺も幽霊になってさ、誰とも話せない、見て貰えなくなったら、そしてもしそれが終わりなく続いたら――やっぱり、同じ事をするんだろうかって、思う時があるんだ」

I「寂しいね、そう考えると」

男「……でもな、俺はテレビの裏には立たないよ」

I「え?」

男「なあ、I。君は今、多分、ベットで寝ながら話してるんだろ?」

I「そ、そうだけど」

男「部屋を暗くして、スマホの明るい画面を見つめながら?」

I「そう……」

男「俺がIに見て欲しかったらね、きっと、そのスマホの直ぐ後ろに顔を寄せるよ。だって、Iが一番見てくれる場所が、そこだから。そう考えるのは、はたして、俺だけだろうか?」

I「や、やめてよ……」

男「よーく耳を澄ませてみて。ほら、誰かの息遣いが、スマホの裏から聞こえてくるか――」

I「やめろばかっ! こわいでしょ!」

男「怖い話しろっていったのIだろ! 頑張ったのに!」

I「限度があるでしょうが!」

『スマホの裏』

一旦区切り。また明日書きますね。
SSで怪談ってほんと難しいですね。他の人はどうやって書いているんでしょうか。

自宅、昼間

男「すいませんね。大変でしょう、こんなにあったら」

J「いやいや、最近は買取も減ってきたので、大助かりですよ」

男「売れますかね?」

J「正直、ここら辺の文庫本は厳しいですねぇ。大分日に焼けちゃってるので」

男「すいません……」

J「なんか、オカルト関係の本が多いですね? あ、このデニスホイットリーの選集なんか高くつきますよ。黒魔術! いいですねぇ」

男「そうですか!」

J「この手の本は出回っている量が少ないもんですから。オカルト、好きなんですね」

男「ええ、そうなんですよ」

J「怖い話とかも好きですか?」

男「大好物です」

J「そういえば私、死んだ人と話した事あるんですよ」

男「そうですかぁ」

J「あ、こっちも良いですねぇ。渋澤龍彦も高いんですよ」

男「え、待ってください。死んだ人と話したんですか?」

J「あはは、気になりますか。聞きたいですか?」

男「是非是非! お聞かせ下さい」

J「十二年くらい前ですかねぇ――」

 ある日、店に電話が一本きたんですよ。

 大口の買取でね、四十過ぎの男性からだったんですが、どうにも、亡くなったお父さんの家を遺品整理しようとしたら、本が多すぎて困っていると。

 その日は予定も無かったので、早速トラックでお家に向かったんですよ。

 もうねぇ、驚きましたよ。図書館みたいなんです、そのお家。

 二階建てなんですがね、リビングにも、寝室にも、どこの部屋にも本棚がびっちり詰まってるんですよ。

 一階の隅の部屋なんか、壁際に置ききれなかったせいか、部屋の中央にも背中合わせで本棚を置いていたんです。

 ざっとみたところ、二十万冊以上。下手すれば、そこらの古本屋と同じくらい物が揃ってるんです。よっぽど本が好きだったんでしょうね。

 それで、まあ、量が量なので、その日から三日四日かけてトラックに積み込んで、後日査定結果を知らせる事になったんです。

 まずは、一番大変な二階の置くの部屋から手をつけて、ダンボールに本を入れていったんですがね?

 何となく一冊手に取って開いたら、レシートが挟まってたんですよ。

 これ、よくある事でね? 記念というか何と言うか、買った書店のレシートを裏表紙に挟む人って多いんですよ。

 で、思わず次の本を開いた。すると、やっぱりあるんですね、レシートが。

 それからですよ。作業を止めて家中の本棚から何冊か本を抜いてみると、流れが見えてきた。

 流れですよ、流れ。時間といってもいいでしょうか。

 その家ね、買った順番に本を並べていたんですよ。

 居間、隣室、そのまた隣室、向かいの部屋、隣室、そして二階へ。

 最初から追うと、その流れは五十年以上前から始まっていました。

 最初は娯楽小説。若い頃は、海洋冒険物が好きだったようです。

 時が流れ、子供向けの絵本。そして子育ての本。多分、買取を頼んできた男性が産まれた頃でしょうね。

 忙しくなってきたのか、その辺りから娯楽小説は減ってきました。実用書、専門書が多かったですね。

 そして暫くして、流れが止まりました。

 ある棚と棚の間に、五年以上の差があったんです。

 理由は、直ぐに分かりました。次の棚に並んでいた本はね、家事の仕方でした。

 奥さんが、亡くなったんでしょうね。

 でもね、少しすると、また娯楽小説が増えてきたんですよ。若い頃のように。きっと、また楽しみを見つけたのでしょう。

 私はね、この家の本に、なんとも言えない感動を覚えました。

 まるで人生のようなこの流れにね、思わず、亡くなったご主人と話しているような気持ちになったんですよ。

 私はね、死んだ人と話した事があるんです。

J「とまあ、そんな話でして。怪談なんかとは違いますよね」

男「いえ、とても良い話でした。聞けて良かったです」

J「そうですか? ははは、ありがとう」

男「結局、その本は買い取ったんですか?」

J「その後、依頼者の男性にこの事を話したんですよ。この本は、皆貴方のお父さんの人生ですよって。そしたらね、売るのは、ちょっと待って欲しいと言われたんだ」

男「じゃあ、その方は売らなかったんですね」

J「さあ、どうだろう」

男「ん?」

J「いや、僕も商売だからね、一応、こう言ったんだ。やっぱり売りたくなったら、いつでも電話を下さい。どこよりも高値をつけさせて頂きますよってね。そしたら、その時は必ず電話しますと」

男「なるほど」

J「あれから十二年ばかし経ったけどね、まだ、電話は来ない。もしかすると、他の店に売ったのかもしれない。でも、まだ売っていないのかもしれない」

男「どっちだと思いますか?」

J「多分……いや、まだあると信じたいね。きっとあるさ」

男「俺もそう思います」

J「私の仕事は古本を買って売る事だけどね。電話が鳴らない事がこんなに嬉しいのは、後にも先にもこれだけさ」

『本の流れ』

社員食堂、昼

男「あれ、K、なんか顔色悪くないか?」

K「聞いて下さいよぉ、昨日怖い夢みたんです」

男「へえ、どんな?」

K「ベットの下から女が出てくる夢です」

男「こわ」

K「でしょー? 先輩怖いの好きなんですよね? 占ってくださいよ。なんでしたっけ、夢占い?」

男「ごめん、占いとか分かんない」

K「なんとかして下さいよー。帰るの怖いんですよ」

男「何にも出来ないよ。あ、でも夢といえばさ、面白い話あるんだよ」

K「なんですか?」

男「初めてみた夢って覚えてる?」

K「人生でって事ですか? そんなの覚えてないですよ」

男「じゃあ、人生で初めてみた悪夢は?」

K「え? えっと確か、幼稚園の頃にみました。タンスにお化けが居る夢です」

男「人ってさ、不思議と怖い体験は覚えているものなんだよ。どんなに時間が経っても。俺が最初にみた悪夢は――」

 目を覚ますと、和室居るんだ。

 四方が障子で囲まれた、不思議なつくりの部屋だった。

 隅には蝋燭が一本立っていて、薄暗い部屋を照らしている。

 すると、目の前の障子の向こうから、なにやら騒ぐ音が聞こえるんだ。

 どうやら、誰かが宴会をしているらしい。

 目を凝らすと、向こうの部屋の影が障子に浮かび上がった。

 それが、妖怪なんだよ。ろくろ首とか唐傘の影があってな。まあ、妖怪の宴会って訳だ。

 で、見つかったら食べられると思って、目を覚ますまで震えていたっていう、そういう夢。

 多分、その頃ゲゲゲの鬼太郎を観たから、そんな夢を見たんだろうな。

 わかってるわかってる、怖くないだろ?

 でも、当時四歳だった俺には、とんでもなく怖い夢だった。

 悪夢って他人は共感し辛いんだよな。夢自体断片的なものだし、語り手に無駄な熱が入っちゃっいてる事もあるけど、何よりさ恐怖は主観的な現象だからな。

 つまり人の悪夢ってさ、そいつの想像し得る、発想し得る限界の恐怖しか出てこないんだよ。

 それはイコールで、そいつが最も恐怖する材料がしっかり頭に詰まっているって事でもある。

 例えば、中学生の時にみた悪夢には長い黒髪の女が出てきた。

 そう、貞子だ。映画リングに出てきたあれだな。

 少し経つと呪怨の悪夢をみるようになって、もう少し経つと、また別の悪夢をみるようになった。

 今まで見聞きした、体験した恐怖が混ざり合って、姿を変えて、悪夢となって表れるんだな。

 悪夢って、成長するんだよ。

 じゃあさ、今まで人の何倍も怖いものに足を突っ込んできた俺は、どんな悪夢をみると思う?

 さっき言った通りだよ。

 俺の想像し得る、発想し得る限界の恐怖をみるんだ。

男「最近みた悪夢はな、窓のない部屋で、血だらけの大きなズタ袋と向かい合う夢だった」

K「な、なんですかそれ」

男「ズタ袋に開いた穴から、誰かの目がこっちを見てるんだよ、瞬きもしないで。まあ、こう聞いても別に怖くないだろ?」

K「いや普通に怖いですよ」

男「俺は心臓が止まるんじゃないかって程恐怖したよ。今の俺にとっては、間違いなく一番怖い体験だった」

K「そこまでですか」

男「共感出来ないもんなんだよ、やっぱり。でもさ、その時思ったんだ。これ以上怖いものを頭に詰め込んでいったら、本当に心臓が止まるような悪夢を、いつか見てしまうんじゃないかって」

K「そ、そんなのありえないですよ」

男「そうかな? 日本ではさ、毎年三万人以上が心疾患で突然死してるんだよ。俺はな、その中で居るんじゃないかと思うんだよ。自分の頭が生んだ悪夢で亡くなった人が、少なからず」

K「……先輩」

男「ん、なに?」

K「さっき、面白い話があるって言ったじゃないですか」

男「うん」

K「ぜんっぜん面白くないです。怖いだけです」

男「ごめん」

『成長する悪夢』

病院の待合室、日中

男「あー頭痛い。完全に風邪引いた……」

L「ねーやだ! 帰ろうよ!」

M「こら、ちゃんと静かにしてなさい」

L「私風邪じゃないよー!」

M「熱があったでしょう?」

L「ないもん。注射やだ!」

M「あんまり言う事聞かないと、またカナナギ来るよ!」

L「こないもん!」

M「いいの? Lちゃん、連れてっちゃうんだよ?」

L「……分かった」

M「ほら、呼ばれたわよ。おいで」

L「うん……」

男「……あれ?」

 “また”という事は、そのカナナギは、一度来た事があるという事なのだろか?

 体調がさえ良ければ、何とか聞き出したかった思い出だ。

『また』 

区切り。
また明日書きます。

乙面白い

喫茶店、夕方

N「遅くなってすいません、会議が長引きまして」

男「いえいえ。昼食べ損なっていたので、サンドイッチを摘んでました。かえって丁度良かったですよ」

N「いやぁ、面目ない。見積もり書、お渡ししますね」

男「ありがとうございます。良いですね、予算以内です。そろそろ保険入りたかったんですよ」

N「物騒な世の中ですからねぇ。あ、天気雨だ」

男「本当だ。狐の嫁入りですね」

N「迷信、懐かしいですよね。子供の頃ご両親に言われませんでしたか?」

男「言われましたねぇ。米を残すと目が潰れる、だとか」

N「そんなのもありましたね。そういえば、男さんって変な話好きなんでしたっけ」

男「好きですよ? もう大好きです」

N「じゃあ、一ついかがですか? 遅れたお詫びに」

男「是非是非! コーヒー代持ちますよ」

N「ははは、迷信といえばなんですがね?」

 十年前、今の妻と籍を入れましてね?

 え? ああ、そうなんです。二人目でして。

 彼女は宮城県出身なもので、東京育ちの僕とは結構違う習慣を持っているんですよ。

 例えば、初詣の事を「ガンチョウマイリ」っていうんです。そうそう、元の朝に参る、です。
 
 で、四年くらい前ですかねぇ。

 うちの倅が家の中で蜘蛛を見つけまして、新聞紙で叩こうとしたんですよ。

 すると妻がね?

 「朝の蜘蛛を殺したら目が潰れる」って、止めたんですよ。

 そんな迷信聞いた事がないでしょう?

 僕、思わず「朝の蜘蛛は縁起がいいじゃなくて?」と聞いたんです。

 そうしたら「なあにそれ、聞いたことないよ」って言うんですよ。

 まあよく考えたら、迷信って地域によっても違うんですよね。

 それで、他も違うのだろうかと思って、妻の家に伝わる迷信を色々聞いてみたんです。

――私ね、聞かなきゃ良かったと思いましたよ。

 朝の蜘蛛を[ピーーー]と目が潰れる。

 ツバメが低く飛ぶと目が潰れる。

 秋茄子を嫁に食わすと目が潰れる。

 遠くの音がよく聞こえると目が潰れる。

 夜に爪を切ると目が潰れる。

 妊娠中に葬式に出ると目が潰れる。

 カラスが夜に鳴くと目が潰れる。

 北枕で寝ると目が潰れる。

 他も迷信もね、みーんな全部、最後には目が潰れるんです。

男「……面白い。面白いですね」

N「気になって調べたんですがね、宮城県民は皆そうだっていう訳じゃないんですよ。妻の家や、妻の親戚の間でだけ、目が潰れる迷信が伝わっているんです」

男「一体、誰がつくったんでしょうね?」

N「何だか気味が悪いですよね。まるで誰かが、目を欲しがっているみたいで」

男「これ、貰っていいですか? イベントで話してみたいです。もちろん、お金はお支払いします」

N「いいですよそんな。あ、そういえば妻の曾祖母が、あ、もう亡くなっているんですがね?」

男「ええ」

N「白杖、ついていたんですよ」

男「――目が見えていなかったんですか?」

N「ええ。妻が生まれる前からそうだったようで。結局、それが病気だったのか、怪我だったのか、誰にも分からないんですよ」

男「あの不謹慎ですが、それは――」

N「ええ。私には、迷信と関係があるように思えてならないんです」

『迷信』

※区切り

読み直したら、全体的に誤字が酷いですね。すいません。
気になる場合は、脳内補完でお願いします。
書ききったら、誤字を修正して上げなおすかもしれません。

怪談会、打ち上げの飲み会

O「いやぁ、今日も皆の話面白かったよ」

男「そう言って貰えると、集めた甲斐があります」

O「次回も楽しみだなぁ。来月だったっけか」

男「そうですよ。あ、そういえばOさんって怪談とかないんですか? 話しているのをみた事がないんですが」

O「んー? そうだなぁ、いや、いいか、うん。男君には言おうか」

男「なんですか?」

O「俺ね、見えるのよ。ばっちり」

男「幽霊が?」

O「幽霊っていうか、まあ、死んでるっぽい人ね。あ、つまり幽霊か」

男「じゃあ、怪談なんて山ほどあるんじゃないですか?」

O「あるっちゃあるんだけどね、ほら、ばっちり見える人が話すと、信憑性がないじゃない」

男「まあ、居るかどうか分からないものを居るって断言して話すのは、確かにそうですね」

O「だから話せないのよ。俺には聞くくらいが丁度いいんだろうね」

男「……でも、聞きたいです」

O「ははは、好きだねぇ?」

男「内緒にするので、是非」

O「そうかい? じゃあ、一つだけね?」

 俺が普段見ているものが幻覚なのかどうかは置いておいてね?

 やっぱり、見えるものは見えるんだよ。どうしようもないんだ。

 でも、皆の怪談に出てくるような、血塗れの女がどうこうっていう体験は滅多にないんだ。

 というのも、一見すると人間なんじゃないかって思うような奴が多いんだよ。

 そいつだけ影がなかったり、一人だけなんだか色調が青みがかっていたりとかさ、とにかく分かり辛いんだ。

 冬なのにTシャツで歩いている奴とか、道路の真ん中に立っているのに誰にも気付かれない奴だとかは分かり易いけどね。

 で、ある日仕事が終わってマンションに帰ると、部屋のベランダに男が立っていたんだよ。

 流石に「うおっ」って声が出たな。家の中に入ってくる奴なんて滅多にいないんだ。

 ん、意外か? だって、俺達だって勝手に人の家に入ったりしないだろ? それと同じだよ。元は同じ人間なんだから、常識というかルールというかさ、何かあるんだよ、あいつらにも。

 で、追っ払う方法なんて分からないものだから、とりあえず放置してな。実害もなさそうだし。

 そしたらそいつ、家に居つくようになったんだよ。

 朝起きたら寝室の隅に立ってたり、休日にのんびりしてたら、そいつが戸棚に半分めり込んでいたりとかな。

 何にも言わないし、表情も変わらない。ただずっと、そこに居るだけ。

 でもさ、ずっと一緒に居ると、なんていうか、愛嬌があるように思えたんだ。

 俺、セキセイインコ飼ってたんだよ、黄色いやつ。

 で、その男、うちのインコが気に入ったみたいなんだよ。

 ある日を境に、インコの入ってる鳥かごをじーっと見ていてさ。

 お、鳥好きか! 分かってるなお前! みたいな感じで。

――それから、半年くらい経った頃かな。

 インコが死んじゃったんだ。随分長生きしたから、多分寿命だと思う。

 ネットで調べたら、腐敗させない為にとりあえず冷蔵庫に入れた方が良いって書いていたから、タオルで包んで、その通りにしたんだ。

 で、リビングに戻った時だよ。

 あの男が、こっちを見て何かを言っていたんだ。音はないけど、口が開いてんだよ。これまで一言も喋らなかった奴がだ。

 俺、感動してさ。

「分かる、俺も悲しいぞ」なんて思いながら、その男に近づいたんだ。何て言ってるんだろうって。

 そいつな、喋ってなんていなかったんだ。

 パクパクな、何か食ってんだよ。

 黄色何かを、食ってやがった。

 俺、人生ではじめて気絶したよ。

 気が付くと、そいつはもう居なかった。

 あれな、多分、うちのインコだったと思うんだ。

O「後で冷蔵庫を開けたら、インコの死体がちゃんと入っていたんだ。だから、魂とかがもし存在するなら、それを食べていたのかもしれない」

男「うわぁ……」

O「正しい反応だよ、うん」

男「ずっと、インコを狙っていたんですかね」

O「どうだろう。そうかもな」

男「はあ……なんだろう、なんだか疲れる話でしたね」

O「俺達ってさ、色んなものに、とりわけ在るかどうか分からないものに、怖いだとか、怖くないだとか、勝手に解釈しているけどさ。幽霊の存在が不確かなように、その解釈が正しいのかどうかも、本当は分からないんだよな」

男「そうですね……」

O「これ、全部内緒な? 怪談関係の人達には」

『見える人』

職場、朝

男「おはようございます」

P「男君、ちょっと聞いてよ」

男「はい、何でしょうか」

P「最近、ストーカーっぽい奴に付きまとわれてるって話したでしょ?」

男「ああ、アパートのポストに紙が挟まってるっていう」

P「そうそう。また挟まってたのよ。チラシの裏に、こんにちはって書いてたの」

男「前と同じ言葉じゃないですか。そろそろ警察に相談した方がいいんじゃないですか?」

P「昨日したの! パトロール増やしてくれるって」

男「それは心配ですね……」

P「……ねえ、良かったらしばらく泊めてくれない? 流石に怖いんだよね」

男「いいですよ。嫁に連絡入れときます」

P「ありがとー! 地元出てから頼れる人少なくてさぁ」


夜、Pの家

P「悪いねぇ、荷物回収まで付き合わせて」

男「いえいえ。車持ちの宿命ですよ」

P「じゃあ、ここでちょっと待ってて。直ぐ戻ってくるから」

男「はーい」

P「――きゃあああ!」

男「どうしました!」

P「か、紙、紙! これ!」

男「また挟まって――うわ!」

「お邪魔しました」と書いてあった。

『ポスト』

夜、路上

男「すいません、ほんと」

Q「いやいや、お兄さんは悪くないよ。あっちの信号無視だから」

男「こっちももっと気をつけていればですね」

Q「そんな事思わなくていいったら。怪我がなくて良かったよ、ほんと。直ぐ捕まえるから安心して」

男「当て逃げなんて、本当にあるんですね」

Q「まあたまにあるねぇ。あ、この後用事とかない?」

男「ああ、会合というか、そういうのがあるだけなんで。さっき連絡いれたから大丈夫ですよ」

Q「会合って仕事かい? 車もこれだし、大丈夫か?」

男「仕事じゃないですよ。その、怪談の会合っていうか、趣味の集まりでして」

Q「怪談って、怖い話? 稲川淳二みたいなやつ?」

男「はい、そうです。いや、お恥ずかしい」

Q「そういう集まりってあるんだなぁ」

男「結構多いんですよ、意外と」

Q「じゃあ、一本話してやろうか。ちょっと手空いてるし」

男「是非!」

 俺の先輩の話だから、もう何十年も前の話なんだけどね?

 先輩が交番勤務だった頃に、一本電話が入ってきたんだよ。

 近場で殺しがあったらしんだけどね、それが酷いんだよ。

 バラバラにされて、歩道沿いのゴミバケツに突っ込まれたんだと。

 野次馬も集まっちゃったらしくてね、応援に集まるようにっていう電話だったんだわ。

 で、先輩もパトカーで駆けつけて、他の奴らと一緒に野次馬散らしてたんだよ。

 ふと後ろみると、バケツの傍に人が居る事に気が付いた。

 民間人の女だ。

 慌てて注意しようとしたら、刑事に肩を掴まれたらしくてな。

 一言、言われらしいんだよ。

「やめとけ。あれ、ご本人だから」

Q「っていう話。どう?」

男「面白いで、いや、酷い話ですね」

Q「俺も何年も前に聞いたんだけどね、その刑事さん、現場に来た時からずっと見えてたんだと。その女の事が」

男「警察の方のお話って、はじめて聞きましたよ。ありがとうございました」

Q「でも、本当に好きなんだな、こういうの」

男「なんでですか?」

Q「この話をして、第一声で面白いって言われたのは、はじめてだわ」

男「あはは……すいません」

『ご本人』

R邸、昼間

R「ごめんね、わざわざ家まで来て貰って」

男「いえいえ。教授こそ、今日は大丈夫なんですか?」

R「うん、休みだよ。それで、早速なんだけど」

男「すいません、電話でも話したんですが、俺、霊能力者とかではないですよ?」

R「だからいいんだよ。霊能力者なんて胡散臭くて頼めないよ、近所の目もあるし」

男「それにしても、ポルターガイストですか……」

R「そう、絶対それだよ。勝手に皿が落ちたり、鍵が置き場所からなくなってたりさ。もう怖くて怖くて」

男「ご家族が触ったって事はないんですね?」

R「うん、一人の時にもそういう事があるから」

男「そうですか。うーん……」

R「まあ、ゆっくり見てってよ。お茶でも飲んでさ」

男「あ、頂きます」

R「美味いかい?」

男「ええ、とても」

R「そういえば、結構久しぶりだよね。卒業以来か?」

男「はい。最後にお会いしたのは、もう四年くらい前でしょうか」

R「早いねー、時間が経つのは」

男「ほんとですねぇ。あ、教授。それ、俺のコップ――」

R「――」

男「え? うわっ! 何してるんですか!」

R「――ほら! 落ちた! 見た!? コップが落ちたよ!」

男「え、何言ってるんですか」

R「――」

男「ちょっと、教授!」

R「ほら! こっちのも落ちた! 見ただろう!?」

 結局、僕にはどうしようもなかった。

 教授が離婚したと後から聞いた。理由は知らない。

『ポルターガイスト』

S邸、夜

男「お邪魔します。おお、綺麗な部屋ですね」

S「女連れ込むならこういうお洒落な部屋じゃないとな。ははは」

男「ははは。そういえば、見せたいものがあるって言ってましたけど」

S「そう慌てないでよ。明日休みでしょ?」

男「ははは、すいません」

S「まあ、先に見せようか――これだよ」

男「日本人形ですか?」

S「そう。正確には木目込人形って言ってね。木に筋彫りを入れてから、色が塗ってある。着物も立派でしょう?」

男「確かに、綺麗な人形ですね」

S「Amazonで買ったんだよ。五万円もしたんだ」

男「たっか! 何に使うんですか一体!」

S「それだよ、今日話したかったのは」

 人形の怪談って、よく聞くだろう?

 お菊人形なんか良い例だよね。大正七年に発見され、爆発的に噂が広まった髪が伸びる人形だ。

 人形の髪が伸びる、人形が喋る。この手の話は何もお菊人形に限ったことじゃない。人形供養の神社が出来る程、日本には謂れを持つ人形が数多く存在する。

 海外だとアナベル人形が有名だ。まあ、あれは髪が伸びるとかじゃなくて、呪いや憑き物の類だけれど。

 そう、憑き物だ。人形に異変が生じる怪談の多くには、やれ悪霊が憑いたからだの、やれ怨念が宿ったからだのと、あたかも人形に不純物が混ざり込んだような解釈がつけられている。とことん還元していけば、魂が宿ったともいえるね。

 でもね、これは何も悪霊や怨念という悪しきものに限った話じゃないんだよ。

 例えば、文久時代の随筆「宮川舎漫筆」の中に「精心込れば魂入」という話があるんだ。

 強い信仰心を持った仏師や画工の作った作品は魂を持つという話でね。

 ことわざに言うところの「仏造りて魂を入れず」だ。美しい造形には魂が宿る。宿らせる義務があると言ってもいい。

 また、そうして生まれた人形を富山県の礪波地方では「人形神」という。

 祀ればどんな願い事でも叶い、欲しい物がすぐ手に入るそうだよ。

 まさに神だよ、神。

 不思議だろう? 恐れ忌み嫌われる人形もあれば、崇め奉られる人形もある。

 まあ、善悪の問題は重要じゃないんだ。

 ところで、だ。ここで一つ疑問が浮かばないか? 

――悪魔や怨念、腕の良い創り手の力を借りずとも、物に魂を宿す方法はないのか。

 そう思うだろう? 思わない?

 この疑問に行き当たった時、僕は反射的に「付喪神」という言葉を思い出した。

 道具は百年使い込むと魂を得てこれに変化する、というものだね。室町時代に出来た言葉だ。

 実に簡単で素晴らしい方法だろう。何せ、使うだけで良いんだ。良い腕も悪い“何か”も要らない。

 じゃあ百年も頑張るのかって? いいや、そんな必要はないと僕は思う。

 だって、丁度百年で魂が宿るのかい? そんなシステマチックな道理はないだろう。

 百という数字は、あくまで長いものや古いものを表現する為の、謂わば記号に近いんだ。「鶴は千年、亀は万年」と同じくね。

 必要なのは、密度だよ。この子をどれ程使い、この子とどれ程接したか。

 まあ、解釈は色々あるけれど。

――さてさて、長くなってしまったが、結論を言おうか。

 僕はね、この人形を出来るだけ長く、そして沢山使い込んで、魂を宿らせるつもりなんだ。

 魂なんてきな臭いものが本当に在ると仮定してね。

 いやぁ大変だったよ。毎日この子の髪を梳いて、抱いて、話しかけて、時には人に言えないような呪術的手法もとった。

 毎日毎日毎日毎日ね。もうかれこれ十年続けている。

 ああ、紹介が遅れたね?

 この子の名前はイブ。

 古代エジプトでいう心臓、意訳して魂を司る言葉だよ。ぴったりだろう?

 さあ、ご挨拶して。

 ああ、君に言ったんじゃない。

 この子に言ったんだ。

男「……あの本当に、十年も、そんな事を?」

S「もちろん」

男「あの、一ついいですか?」

S「何個でもいいよ。時間はたっぷりある」

男「本当に、魂が存在するとして、付喪神が存在するとしてですよ」

S「うんうん」

男「人形に魂が宿った事を証明する方法はあるんですか?」

S「良い質問だ」

男「え、あるんですか?」

S「仮説、風説に過ぎないけどね。まあ、怪談と同じだよ」

男「はあ」

S「21グラム、という言葉に思い当たる節はあるかい?」

男「魂の質量……」

S「そうだ。人が死ぬと体から21グラム失われるというのは、1901年にマサチューセッツ州の医師ダンカン・マクドゥーガルが行なった研究の内容だ」

男「犬の実験だと何も減らなくて、人だと減ったってやつですよね?」

S「そうそう、よく知ってるね」

男「でも、肺が停止した時の発熱による汗がその正体だっていう説もあります」

S「そうだねぇ。MRIやCTでも魂の存在は確認されていない。しかしだ、どれもこれもあくまで説の域を出ない。肯定はもちろん、否定すら確定はしていない」

男「悪魔の証明ですね」

S「そうだよ。今から文字通り悪魔の証明をしよう」

男「え?」

S「僕はね、この人形を買った時に、正確な重さを量ったんだ。831グラム。流石木製、結構重かったね」

男「まさか……」

S「――ここに重量計がある。さあ、一緒に量ってみようか。21グラム増えているかどうか」

 その後の事は、ここでは伏せる事にする。

 だって、オカルトとはラテン語で「隠されたもの」を語源とする言葉なのだ。

 オカルトマニアとして、これ程気の利いたオチはないだろう。

 でも、もしそれでも暴きたければ、貴方も是非やってみて欲しい。

 髪を梳いて、抱いて、話しかけて、量ってから、語って欲しいのだ。いつか僕に。


『オカルトな夜』

一旦区切り
明日頃また書きます


淡々とした語り口調が余計にゾクッとくる

漁船、昼間

男「いやぁ、爆釣でしたね。先輩」

T「さっきのカレイ、フライにしたいね」

男「今晩うちでどうですか。奥さんも是非」

T「そうかい? じゃあ、お言葉に甘えて」

男「先輩って、まだサッカーしてるんですか?」

T「流石にもうねぇ。友達から、社会人リーグには誘われてるんだけど」

男「いいじゃないですか。どうしてやらないんですか?」

T「俺、元々集団行動得意じゃないんだよ」

男「意外ですね」

T「そうかい?」

男「そうですよ。部長までやってたのに」

T「頼まれたからだよ。やれと言われたらやるけどさ、好きか嫌いでいえば、やっぱり大人数は得意じゃないなぁ」

男「なにか、理由でも?」

T「ああ、話した事なかったっけか。小学生の頃なんだけどね――」

 小学生の頃、道徳の授業とかで、模擬裁判をした覚えはないかい?

 クラスの中で、裁判長とか、被告人を決めて行うあれだよ。

 僕が五年生の頃にもね、一度、やったんだ。

 その時の裁判は、子供向けの簡単なルールで行われたんだ。

 まず、裁判全体を取り仕切る裁判長が一人いて、被告人が一人いる。弁護士や検察官は居なくてね、代わりに残りのクラス皆で、議論するんだ。

 情状酌量の余地はあるかだとか、どの程度の刑を与えるべきかを話し合う予定だった。

 くじ引きで役割を分担して、僕は議論する側の一人になった。

 被告人の罪状は窃盗だったよ。確か、空き巣だったかな。何万円か盗んだらしい。

 いざ、裁判が始まるとね、やっぱり居るんだよ、一人は。

 冗談交じりに、死刑を推す子が。

 最初は皆笑ってた。被告人の子も笑ってたよ。

 でもね、次に声を上げた子が、こう言ったんだ。

 私も死刑に賛成ですって。

 僕は怖かったよ。どうしてそんなにあっさり人を殺せるんだろうって。

 でもね、三人、六人、十二人と、どんどん増えていくんだ。

 被告人の子も、段々怖くなってきたんだろうね。顔が青白くなっていった。

 もう止まらなかった。誰にも止められなかったと思う。

 気付いたら、僕以外の皆が、死刑に賛成していたんだ。

 大した理由なんてなかったと思うんだ。

 本当にただ、なんとなく、誰かがそう言ったから、死刑でいいやって思ったんだろうね。

 僕はどうしたと思う?

 ありがとう。そうだね。そうするべきだった。

 僕もね、死刑に賛成したんだ。

 でもね、僕は他の子と違った。

 ただなんとなくなんて理由じゃなかった。

 他の子と意見が違うのが怖かったからだった。

 満場一致で、被告人の子の死刑が確定したんだ。

 その時ね、どさりって音がした。

 被告人の子が、泡を吹いて倒れたんだよ。

 緊張だとか、恐怖だとか、色んなものが溢れかえっちゃったんだろうね。

 僕はその時、こう思ったよ。

 ああ、僕が殺しちゃったんだって。

 それから、僕は集団で行動をするのが怖いんだ。

 周りがじゃない。

 集団の中で変わってしまう自分が、怖かったんだよ。

男「……後悔してますか?」

T「そりゃあしてるさ。でもね、もしあの時に戻れたとしても、僕はきっと、また同じ事をするんだと思う」

男「そんな事ないですよ」

T「あるさ。僕は弱いままだ」

男「……人間って、怖いですね」

T「うん、怖いね。怖いよ、本当に」

『僕が殺した』

職場、昼間

U「あついなぁおい。エアコン切れてんじゃないか?」

男「さっき確認しましたけど、ちゃんとついてましたよ」

U「何度設定だった?」

男「28度設定でした」

U「うそだー! 30度はあるぞ」

男「確かにありそうですねぇ」

U「男、何か怖い話しろよ」

男「や、藪から棒ですね」

U「こういう時こそだろ。頼むよ。納涼納涼。給料上げるから」

男「そんな権限ないでしょうに……えっと、じゃあ、夏に体験した話なんですけどね」

U「きたきた」

男「子供の頃に、扇風機で遊んだ事ないですか?」

U「あるぞ。あーってやつな」

男「そうそう。俺もその日、扇風機に向かってあーってやってたんですよ」

U「それで?」

男「あーーーーーーー」

U「おう」

男「僕ね、その時もう、声出してなかったんですよ」

U「え?」

男「僕が口を閉じてからも、十秒は声が続きました。あの声、何だったんでしょうね」

U「……ちょっと冷えた」

男「良かったぁ」

U「もうちょっと強めに頼む」

男「えぇ!? まだやるんですか? 仕事中ですよ?」

U「いいだろ、あと一個くらい」

男「はぁ……分かりましたよ。もう。じゃあ反則しますね」

U「なに、反則って」

男「六年くらい前に、この会社からちょっといった先の道路で事故があったの覚えてますか?」

U「六年前かぁ……ごめん、記憶にない」

男「テレビでもやってたんですけどね」

U「テレビ見ないからなぁ」

男「そのOLさん、ニュースでは即死だったって言われてましたけど、実はそうじゃないんですよ」

U「そうなの?」

男「はい。跳ね飛ばされて、内臓がぐちゃぐちゃになっても、五分くらい意識があったそうです」

U「うわあ」

男「随分痛かったそうですよ。首が回って、自分の背中が見えていたんですって。今すぐ殺して欲しいって思う程痛かったって」

U「……いやいや、何でそんな事分かるんだよ」

男「見えるんです」

U「嘘つくなよ!」

男「今も天井から先輩の事見てますよ、その方」

U「うわっ!」

男「……冷えました?」

U「冷えたわ! つーか何だよお前! え、本当に天井に居るの?」

男「居ませんし、見えません」

U「はぁ?」

男「嘘ですよ、全部。事故もなかったですし。完全な捏造ですよ」

U「嘘つくなよ! めちゃくちゃ怖かったわ!」

男「だから反則するって言ったじゃないですか」

『人工納涼』

正月、実家

V「ほら、男君も飲んで飲んで。冷蔵庫にまだまだあるんだから」

男「頂きます。いやぁ、やっぱりキリンですよね」

V「ここまで酔うと、もう何でもいいけどね」

男「ははは。違いないですね」

V「そういえば、男君って学生の頃はどんなタイプだったの?」

男「ただの目立たないタイプでしたよ。お義父さんは、意外と不良だったって感じがしますよね」

V「あ、分かる? リーゼント全盛期だったからね」

男「お義父さんがリーゼントですか……想像出来ないなぁ」

V「何十年前も前の話だからねぇ。ああ、そうだ。怖い話があったんだ」

男「す、すいませんいつも」

V「学生時代の同級生の話なんだけどね」

 昔はね、不良にも、種類ってのがあったんだよ。

 喧嘩ばっかりするけど普通の生徒には絶対手を出さない、硬派な不良とかさ。

 漫画みたいでしょう? 当時は本当に居たんだ、そういうのが。

 で、高校時代の同級生の一人にも不良が居たんだがね。

 齊藤って男なんだが、そいつはなんというか、硬派とは程遠いような奴だったんだ。

 商店でパンやら菓子を万引きしては、生徒に安く売りつけて儲けたり、アンパン――シンナーの事ね? それを吸って暴れまわったりとね、たちの悪い不良だったんだよ。

 そんな奴だったもので、高校を卒業してから悪行に拍車がかかって、とうとう詐欺なんてものに手を出したんだよ。

 それが、今でいう結婚詐欺だな。

 当時はまだそこまで取沙汰されていなかった事もあってね、中々上手い事金が転がり込んできたんだと。

 俺は風の噂でそれを聞いてね、呆れ返ったもんだよ。

――それから暫く経って、社会人になった頃だ。

 ある晩、変な雰囲気がして目が覚めた。

 何だか部屋の様子がおかしいんだよ。どこがおかしいのかは分からないけど、何か変な事は分かる。

 目だけ動かして、辺りの様子を伺ってみた。

 扉の方、机の下と見て、最後に箪笥の上に目がいった。

 何かあるんだよ。箪笥の上に。

 それ、首だったんだ。もう何年も見ていない齊藤の生首だよ。

 苦しそうな表情で、じーっとこっちを見てるんだ。

 驚いて思わずぎゅっと目を閉じてね。

 はっと気付いたら、もう朝だったんだ。

 寝起きざまに大慌てで押入れを漁ったよ。同窓会の名簿を探したんだ。その頃は、クラス全員の電話番号が書いていたからね。

 思ったんだよ。齊藤に何かあったんだろうか。もしかしたら、死んだんじゃないだろうかって。

 朝っぱらから色んな人に電話を掛けてさ、齊藤の連絡先を知っている人を探したんだ。

 で、少し経って俺は齊藤の連絡先を手にいれた。

 恐る恐る、電話を掛けたよ。

 そうしたらね、電話に出たんだ、あいつ。生きてたんだよ。

 俺は慌てて昨晩あった事を話した。それから「お前、何かあったのか?」って聞いたんだ。

 最初は無言だったんだけどね、しばらく待っていると、ぽつりぽつり齊藤が話し始めた。

 どうにも最近、また結婚詐欺に手を出したっていうんだ。

 やっぱり相手は高翌齢の女性で、住んでいた家だとかを皆取り上げて、その後直ぐに捨ててしまったんだと。

 それが随分堪えたんだろうね。その女性、とうとう自殺してしまったらしいんだ。

 でも齊藤はそんな事気にもしないで、取り上げた一軒屋で暮らし始めた。

――そのまま何ヶ月が過ぎて、昨晩の事だよ。

 夜、広い寝室のベットで一人寝ていると、足に違和感を覚えて目が覚めたらしい。

 布団の中の両足首をね、誰かに掴まれているんだ。

 あれ? と思った途端にずるずるとベットから引き摺り出されて、身体が床に落ちた。

 足元を見ると、女が自分の足首を掴んだまま俯いているっていうんだ。

 やがて、その女がにゅーっと首を上げた。

 それ、齊藤の死んだ母親だったんだって。

 驚いてビクっと固まっていると、母親が言うんだ。

「お前は悪い事ばっかりしているから、お母さん、連れて行くから」

 そう言って、物凄い力で齊藤を引き摺っていくんだと。

 齊藤はもう力いっぱいに暴れたそうなんだけど、身体はどんどん引っ張られていく。

 もうパニックを起こしてね、「ごめん、もうしないから、勘弁してくれ! 勘弁してくれ!」っと叫んだ。

 すると、目が覚めた。もう朝だったんだ。

 で、ぼんやりしていると電話が鳴って、俺に繋がったって訳だ。

U「これで終わり。齊藤がその後どうなったのか分からない。調べようとも思わなかったんだ」

男「面白い、面白いなぁ」

U「まあ、悪い事はするもんじゃないっていう、そんな話だよ」

男「でも、一つ気になるんですよ。齊藤さんの首は、どうしてお義父さんの部屋だけに現れたんでしょうか」

U「ん? ああ、違うんだよそれは」

男「え?」

U「三十の時の同窓会で分かったんだけどね。あの晩生首を見たのは俺だけじゃなかったんだ。クラスの殆どの人が、齊藤の生首の夢をみたらしい」

男「うわぁ……」

U「電話まで掛けたのは、流石に俺だけだったみたいだけどね」

男「助けて欲しくて出てきたんですかね」

U「どうだろう。俺には江戸時代の獄門に見えたよ。刎ねた首を晒す罰さ」

『獄門』

※修正

V「これで終わり。齊藤がその後どうなったのか分からない。調べようとも思わなかったんだ」

男「面白い、面白いなぁ」

V「まあ、悪い事はするもんじゃないっていう、そんな話だよ」

男「でも、一つ気になるんですよ。齊藤さんの首は、どうしてお義父さんの部屋だけに現れたんでしょうか」

V「ん? ああ、違うんだよそれは」

男「え?」

V「三十の時の同窓会で分かったんだけどね。あの晩生首を見たのは俺だけじゃなかったんだ。クラスの殆どの人が、齊藤の生首の夢をみたらしい」

男「うわぁ……」

V「電話まで掛けたのは、流石に俺だけだったみたいだけどね」

男「助けて欲しくて出てきたんですかね」

V「どうだろう。俺には江戸時代の獄門に見えたよ。刎ねた首を晒す罰さ」

『獄門』

※区切り。
ABCDと続いて、Zさんで終わる予定です。

※誤字とミス頻発の為、予告通り別スレを立て直しました。
分かりづらく申し訳ないです。

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