佐々木「やぁ、キョン。待ちくたびれたよ」キョン「佐々木……何してるんだ?」 (37)

三連休最終日。

キョン「……暑すぎる」

地表面に良い感じの焼き目がついたのではないかと錯覚するほど、狂ったような猛暑続き。
気象予報士曰く、この日照りがあと一週間も継続するというのだから、世も末である。
神は7日で世界を燃やし尽くしたなんて伝説も、あながち眉唾ではないのかも知れない。
日常生活において信心深さのカケラもない俺にすらそう思わせるだけの絶大な熱量によって、日が暮れた後も大地は燻り続けていた。

キョン「アイスでも買いに行くか」

夕飯を食べ終え、風呂から上がった俺は、夜風で身体を冷ますついでに最寄りのコンビニへ向かった。もっとも、夜風は生温かったが。

突っかけたサンダルをチャリチャリ鳴らして歩いていると、ようやくコンビニが見えてきた。
虫除けの送風機から吹き出す風のシャワーを浴びて入店する間際、店舗の前に備え付けられたベンチから不意に声をかけられた。

佐々木「やぁ、キョン。待ちくたびれたよ」

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キョン「佐々木……何してるんだ?」

不意を突かれて固まる俺が尋ねると、中学の同級生である佐々木は悪戯が成功したことを喜ぶ子供のようにくつくつと喉を鳴らして答えた。

佐々木「ここで待っていれば、キミが来てくれる気がしてね。少々待たせて貰ったのさ」

ひらひらと格好良く手を振る仕草。
キラキラとした瞳が嬉しげに輝いていた。
しかし、どうにも解せないな。
俺がコンビニへ行こうと思ったのは、あまりの暑さに耐え兼ねてアイスを食おうと思い至ったからであり、突発的な思いつきに過ぎない。
その行動を予測することなど不可能だ。

佐々木「今日は本年度の最高気温を記録した猛暑日だからね。分が悪い賭けではないさ」

キョン「俺が来なかったら待ち惚けだぞ」

佐々木「それならそれで構わないとも。待つのは得意だからね。具体的には1年程度は待つことが出来た。とはいえ、あまりに音沙汰がないものだから最終的には足を運ぶことになったが」

何の話だか知らんが、居心地が悪い。
よもやコンビニの前で1年も俺が現れるのを待つつもりだったわけではなかろうが、佐々木を待たせてしまったという実感が重くのしかかる。

別に、約束を取り交わしたわけでもないのに。

佐々木「さて、何か言うことはあるかい?」

キョン「待たせて悪かったよ」

佐々木「よろしい。では店内に入るとしよう」

何故謝罪しなければならないのか。
そんな不条理を吹き飛ばすような笑みを浮かべて、佐々木は意気揚々と入店した。
よほど機嫌が良いのか、弾むようなその足取りにつられるように後を追いながらも、せめてもの意思表示として皮肉たっぷり溜息を吐く。

まったく、人を振り回すのはハルヒの特権だと思っていたんだがな。

佐々木「キミはどのアイスが好きなんだい?」

キョン「当たりが出たらもう1本なやつだ」

佐々木「いかにもキミらしいね。では、僕はこの巨大なモナカを頂くとしよう」

俺らしいとはどのような了見なのかは定かではないが、佐々木が選んだ巨大なモナカもこいつらしいと言えばらしかった。男みたいな奴だ。

佐々木「失礼だね。古き良きモナカを愚弄するのはやめたまえ。一見すると地味ながら、味わい深いところが僕は気に入っているのだから」

相変わらず一人称は『僕』なんだな。
モナカを愛する古き良き友人の中学時代から変わりない特徴に朗らかな気持ちを覚えつつ、俺と佐々木はそれぞれレジにて会計を行なった。

キョン「奢ってやっても良かったんだがな」

佐々木「おや? あとからそんなことを言うのは卑怯だよ。是非会計前に進言して欲しかった」

卑怯も何も、真っ先にレジに向かったのは佐々木であり、俺は後を追う立場だった。
その迅速さは、俺が切り出すタイミングを奪うものであり、奢られる気はないように見えた。

佐々木「しかし随分奢り慣れているようだね」

キョン「ハルヒに仕込まれたからな」

佐々木「ふむ、要するにキミと涼宮さんはよく食事や買物を共にする仲なのかい?」

そんなわけないだろう。
奴に奢らされる機会と言えば、もっぱら土曜日開催のSOS団不思議発見ツアーに他ならない。
ハルヒと2人でショッピングなんてありえん。

佐々木「やれやれ、キミも相変わらずだね」

呆れつつも、何故か少し嬉しげにくくくっと含み笑いを漏らす佐々木。完全に揶揄っている。
癪に障ったので乱暴にアイスの袋を破り捨ててさっさと食っちまおうと思ったのだが。

佐々木「待ちたまえ。せっかくだから近くの公園で一緒にアイスを食べようじゃないか」

促されるままやって来た公園。
夜の公園は静かで、人の気配はない。
砂場の山だけが、日中の賑わいを残していた。

佐々木「ここが良い。さあ、座りたまえ」

丁度、街灯が良い感じにスポットライトのように照らすベンチを選んで腰掛ける佐々木。
ペチペチと隣を叩いて、着席を急かす。

別に、立って食っても良かったのだが、特に座らずにいる意味もないと気づき、素直に座る。

佐々木「うん、やっぱりモナカは最高だよ」

キョン「そりゃ良かったな」

佐々木「ひとくちどうだい?」

キョン「ん? ああ、貰うよ」

佐々木が差し出してきたモナカをパクリ。
中学時代、いつも昼食を共にしてきた仲だ。
自然な流れで、互いのアイスを分け合った。

佐々木「ああ、やっぱり刺されたみたいだ」

あと少しで食い終わる頃合い。
佐々木が片腕を持ち上げて、憎らしげに赤くなった患部を示した。どうやら蚊の仕業らしい。
俺は近くの雑木林を気にして提案する。

キョン「場所を変えるか?」

佐々木「いや、どうも刺されたのは暫く前のようだ。蚊の毒は刺された痛みを誤魔化す為の麻酔のようなものだからね。遅発性なのさ」

どうやらこの公園に来る以前に刺された様子。
となると、コンビニのベンチが現場だろう。
つまり、その原因は待たせたからに他ならず。

佐々木「責任を取るつもりはあるかい?」

有無を言わさぬ柔らかな微笑。迫力満点だ。

キョン「どう責任を取れと?」

佐々木「毒を吸い出してくれたまえ」

そう命じて、腕を突き出す佐々木。
俺はポカンと間抜けに口を開いて固まった。
一拍おいて、脳みそがフル回転。考える。

毒を、吸い出す? なんだそれは。
恐らく、蛇やハチには有効な手法だろう。
しかし、蚊の毒に果たして効くのだろうか。
いや、そんなことよりも問題がある。
刺された箇所は、どうやら二の腕らしい。
そこを吸う? 誰が? 俺が? Why? 何故?

佐々木「キョン、痒くて堪らないんだ」

耳元で囁かれて我に返る。
いつのまにか佐々木が接近していた。
もどかしそうな表情が痒さを示していた。
患部もぷっくり膨れて痛ましい。
一刻も早く、救ってやらねばと、決意した。

キョン「わかった。俺に任せろ」

さて、困ったことになったぞ。
任せろとは言ったものの、勝手がわからん。
どうしたものかと逡巡していると。

佐々木「気にすることはない。ひと思いにやってくれたまえ。カプッと、ほらほら早く」

急かすなよ。
俺にだって心の準備をさせてくれ。
これまでの話の流れで薄々感づいているかとは思うが、佐々木の性別は女である。
吸血鬼じゃないんだから女の柔肌にカプッと噛みつくには、それなりの勇気を必要とする。
それにしても美味そうだなあ、おい。

佐々木「よだれが垂れてるよ?」

おっと、いかんいかん。
本当に吸血鬼化しちまいそうだ。
それほど、佐々木の二の腕は食欲を唆った。

キョン「本当に、いいんだな?」

佐々木「もちろんさ。親友のキミにだったら僕は、たとえ吸い尽くされても構わないよ」

おいおい、冗談でもそんなこと言うなよ。
列福した聖人だって、吸血鬼化しちまうぞ。
ましてや一介の男子高校生の理性のタガなんざ、一発で吹っ飛んじまうに決まってるだろ。

キョン「あむっ」

佐々木「んっ」

俺は佐々木の二の腕にむしゃぶりついた。
ああ、吸ったさ。渾身の吸引力でな。
味? んなもん知らん。とにかく美味かった。

佐々木の二の腕は柔らかで。
スベスベでプルプルで。
ついでになんだか良い匂いがして。
おまけにしっとりしていて最高だった。

キョン「はぐはぐ!」

佐々木「か、かじるのはやめたまえよ!?」

最終的に、怒られた。当然の帰結だ。

佐々木「まったく、がっつきすぎだよ」

キョン「面目ない」

しゅんとする俺に佐々木は二の腕を見せつけ。

佐々木「ああ、鬱血して赤くなってしまった。これではまるでキスマークだ。期せずして、僕はキョンの所有物となってしまったわけだ」

まるで取り返しのつかないことをしたかのような言い草。たしかにキスマークに見えた。
半袖の制服などでは恐らく隠せないだろう。
そう考えると、あながち取り返しのつかないことに違いないような気がしてきて、狼狽える。

キョン「わ、悪かったよ、佐々木」

佐々木「まあ、過ぎたことだ。それよりも、キョン。溶けたアイスで手がベタベタだよ?」

どうやらそこまで気にしてない様子。
ほっと胸を撫で下ろすもアイスが溶けて大変なことになっていた。慌てて舐めようとすると。

佐々木「待ちたまえ」

佐々木に静止されて、腕を掴まれた。

佐々木「吸ってくれたお礼に、今度は僕が汚れたキミの指を舐めて綺麗にしてあげよう」

などと、わけのわからないことをほざいて。
呆気にとられているうちに、佐々木が舐めた。
ペロペロと、俺の指を舐めて綺麗にしていく。

佐々木「んっ……甘くて美味しいよ」

完全に狙っているとしか思えん。
上目遣いでそんなことを言われて顔が熱い。
ガッチリと両手で手首を掴まれている為、逃れることは出来ず、逃れる気力も吸い取られた。

ちなみにアイスの棒は当たりだった。

佐々木「よし、綺麗になった」

ひとしきり舐め終えて、ようやく解放。
指がふやけちまったじゃないか。
出来るならば、佐々木が舐めてくれた自らの指をしゃぶりたかったが、流石に不可能だった。
佐々木の前で、はしたない姿は見せられない。

佐々木「はしたないのは、僕の方さ」

不意に、佐々木がそんなことを口にした。

佐々木「幻滅されてもおかしくはない。今の僕は理性を失い、情緒に身を委ねてしまった」

それはまるで懺悔のようだった。
たしかに、今日の佐々木はいつもと違う。
蚊の毒を吸い出すくだりにしてもそうだ。
医学的に有効かどうかも不明な手法など、いつもの佐々木ならば一笑に付すに違いない。
蛇の毒に関しては吸い出した第三者にも2次被害が及ぶ為、避けなければならないことくらい理解している筈だ。しかし、情緒に流された。

佐々木「待つのは嫌いじゃないし、むしろ好きな方だけど、やはり様々なことを考えてしまう。もっとも、今日のキミのリアクションを見て全てが杞憂だったと理解したけどね」

それが収穫さ、と佐々木は笑う。
そのくくっくと唸る低い笑い声は、まるで自嘲のように聞こえて、なんだか切なさを感じた。

佐々木「もし、僕が誰かに告白されたとして」

アイスを食い終えて、しばらく沈黙が続いた。
すると、ようやく涼しくなった夜風に乗って、佐々木の要領の得ないたとえ話が耳に届く。

佐々木「告白してきた彼は、何を思って僕なんかを選んでくれたのだろうね?」

さてな、俺には知る由もない。

佐々木「そうだね。キミは僕に告白なんてしてくれない。故にその人の気持ちはわからない」

佐々木はわりと変わった奴だ。
それでいて、大して浮いていたわけでもない。
女子同士では口調もまともで普通だった。
一人称で僕と名乗るのは男子の前でのみ。
それは恐らく、異性と認識されたくないから。
だから俺も、意識せずにつるんできた。
そのスタンスが今現在も変わっていないなら、どうしてその彼とやらは告ってきたのか。

佐々木「要するに、見た目や印象なのではないかと思う。女としての魅力はカケラもないと自負しているが、目鼻立ちはそれなりに整っている自信は僕にもあるのさ。おかしいかい?」

ポンポンと薄い胸板を叩きながら尋ねられても反応に困る。まあ、顔立ちは整っている。
むしろこれで整っていなくて普通未満ならば、俺の顔面偏差値が悲惨なことになるだろう。

佐々木「つまり、僕の推理としては結局、顔で選ばれたのだろうと、そう考えている」

いくらなんでも一方的な決めつけじゃないか?

佐々木「そうは言っても相手だって僕のことをよく知らずに決めつけている筈だよ。特に親しくしていたわけでもないし、ましてや昼食や塾でのひと時を共にしたわけでもないのだから」

その責めるような視線はやめてくれ。

佐々木「ああ、失礼。もちろん仮定の話だよ」

今更形骸化した設定の必要性なんてないだろ。
とは思うが、一線を引く為の防波堤の意味もあるのだろう。他人の恋路に口出しは避けたい。
だからこそ、仮定ならば口を出しても無問題。

なんて屁理屈は、俺の性分じゃない。
古泉辺りならば、ズケズケ言えるだろう。
平凡な俺としては、どうしてもその告白してきた彼とやらの肩を持ちたくなっちまう。

キョン「全部聞かなかったことにしてやるよ」

佐々木「……僕も、言わなかったことにする」

ハルヒと違って佐々木は物分かりが良かった。

佐々木「話は変わるけど」

瞬時に佐々木は話を切り替えた。
そういうところが、頭の良さを表している。
俺だったら相当引きずるに違いない。

佐々木「一般論として、異性を惹きつける為に取る手段として、何が最適だとキミは思う?」

おい、全然切り替わってないじゃないか。

佐々木「あくまで一般論だよ」

先程の話題とは趣旨が異なるらしい。
一般的な異性の惹きつけ方。
特に捻るつもりはない。俺は一般人だ。
故に、一般的な回答をしておく。

キョン「相手の好みに合わせる……とか?」

すると佐々木はくくくっと笑って。

佐々木「そうだね。それが一般的に最適だろう。では今度は、惹きつけたい異性を見つけ出す為の手段について、意見を貰おうか」

なんだそれは。
惹きつけたい異性を見つけ出す?
谷口が良くやっているナンパみたいなものか?

佐々木「そうだね、ナンパみたいなものさ」

質問の意図はわからないが、とりあえず。

キョン「まずは声をかけるしかないだろ」

佐々木「なんて声をかけたらいいと思う?」

キョン「そりゃあ、自己紹介じゃないか?」

初対面ならば、自己紹介が先決だ。
この場合は相手のことを知る必要がある。
好みの異性かどうかを見極めるのだ。

そこでふと、入学式での出来事が過った。

『ただの人間には興味ありません』

たしか、そんなことを口走った奴がいた。

佐々木「そう、自己紹介が必要不可欠だ。自分の好みを伝えた上で、相手の人となりを探る。しかしながら、やりすぎれば一方的になりかねないので、僕には難しいね。当たり障りのない、消極的な言葉をつい選んでしまうだろう」

ああ、俺だってそうさ。
だが、それでは好みの相手は見つからない。
だからこそ、ハルヒは強硬手段に出た。

佐々木「どうやら思うところがあるようだね」

キョン「ああ、いや……気にするな」

探るような視線から目を逸らす。
幸い、それ以上追及してくることはなかった。
あいつのことについて、佐々木にベラベラ話すつもりはなかった。言えないこともある。

ジョン・スミス。

俺が持つ、ハルヒに対するジョーカー。
その名をあいつは未だに忘れていないだろう。
当たり前だ。忘れないように印象付けた。
今となっては4年前の七夕の日の出来事だ。

それを踏まえた上で。
ハルヒが高校入学時にジョン・スミスを探していたと仮定するならば、そいつを見つける為に最も有効な手段は先の自己紹介だろう。
髪を切らずに伸ばしていたのも、おかしな自己紹介も、全て俺を探す為の手段とするのなら。

なんなく、理解出来た。
そして髪を切った理由も今ならばわかる。
あの日ハルヒは、ジョンと決別したのだ。
そいつを見つけるよりも、SOS団での活動に意義を見出したのかも知れない。

佐々木「最後の結論については見当違いな気もするけど、まあ、キョンらしい理論かもね」

これだから、頭の良い奴は。
ひとの結論に駄目出しすんな。
だいたい、口に出した覚えはないぞ。

佐々木「さて、涼宮さんのことはともかく」

キョン「なんだよ」

くつくつと、おちょくるような含み笑い。
若干いらつきながら話の続きを促す。
すると佐々木は、今度は自分について語った。

佐々木「涼宮さんが鮮烈な自己紹介をしたのとは対照的に、僕は地道に自らを知らしめた」

キョン「地道に?」

佐々木「そう、おかしな口調を演じてね」

そこまで言われて、ようやく合点がいった。
たしかに、地味で地道な自己紹介だ。
しかし、堅実で確実な方法とも言える。

佐々木「おかしな口調で僕は素晴らしい友人を獲得することが出来た。それが、キミだよ」

なるほどな。
要するにまんまと俺は惹きつけられたわけだ。
こうしてみると案外、世の中の奴らは色々と創意工夫を凝らして立ち回っているのかもな。

佐々木「それは間違いないだろうね。意識的にせよ、無意識にせよ、何かしらの意図は絡む。本能すら従えて、人は他人と関わるのさ」

キョン「本能すら従えて、ねぇ」

ぼんやりとそらんじると、佐々木が補足する。

佐々木「例えば、朝比奈さんみたいな人のことを、キミは守ってあげたくなるだろう?」

当然だろう。朝比奈さんは守るべき存在だ。

佐々木「それこそが、本能を従えている証拠さ。長門さんなんかもいい線をいっている」

長門は情報統合思念体製の対有機生命体コンタクト用、ヒューマノイド・インターフェースであり、完全無欠の完璧な宇宙人だ。
守るどころか足手まといになっちまうよ。

佐々木「それでも庇護欲を唆る女の子だ。無口な文芸部員という設定が功を奏したようだね」

たしかに、長門は少々不器用だった。
下手すると朝比奈さんよりも危うい。
だからこそ、庇護欲は感じていた。

キョン「ハルヒはどうなんだ?」

言われっぱなしは癪だ。
今度はこちらから聞いてやる。
すると佐々木はくっくくと笑って。

佐々木「彼女は守るべき存在じゃない。キミはわかっているだろう? 涼宮さんの立ち位置を」

あいにく、考えたこともなかったね。

佐々木「彼女は並び立つ存在だよ。対等に隣でキミを支えて、キミも涼宮さんを支える。僕の目からはそう見えるけど、違ったかい?」

そんな役目は古泉辺りが適任だろうよ。

佐々木「彼は縁の下で支えるタイプさ。もっとも、表舞台に上がりたくてウズウズしているみたいだけどね。そうなったら大変だよ?」

どうとでも好きにやってくれ。
最終的な判断を下すのはハルヒだ。
そのお眼鏡に敵うなら、喜んで今のポジションを副団長様に代わってやるつもりさ。

佐々木「キョン、それは少し嫌味が過ぎるよ」

ほっとけ。お前にだけは言われたくないね。

佐々木「さて、最後は僕についてだ」

俺の周囲の人間関係に対する攻撃が止んだ。
与太話もそろそろ終わりらしい。
柔らかな微笑のまま、佐々木は切り出した。

佐々木「さあ、キョン。まずはキミにとって、僕がどんな存在かを聞かせて貰おうか」

いつもの回りくどさはない。
珍しくストレートな問いかけ。
その質問に対する答えは決まっている。

キョン「お前は俺の友人だ」

それ以上でも以下でもなかった。
付き合いの長い、気の知れた間柄。
気を張らずに接する事ができる気安い仲だ。

佐々木「そう、僕はキミの友人だ。正直言うと、僕にとってはかけがえのない存在であるとも言える。誇張なく、キミの代わりなんてどこにも存在しなかった。キミはキミだけだった」

佐々木は視線を前方に向けたまま言い切った。
俺以外に俺が存在しないことは明白だ。
ドッペルゲンガーでもあるまいし、1人の人間が別々に存在することは不可能。当たり前だ。

佐々木はそのことに囚われているようだった。

佐々木「でも、それは僕にとってだけでキミは新しい友人とよろしくやっていた。そのことを責めるつもりはない。でも、わかって欲しいんだ。僕はずっとずっと、待っていたのだと」

責めるつもりはないとは言えども。
だいぶ責任を感じてしまった。
たしかに、1年以上佐々木とはご無沙汰だった。
無論、忘れたつもりはない。
高校でも上手くやっていると思っていた。

佐々木「もちろん上手くやっているさ。そうとも。キミの居ない高校で、色のない高校生活を謳歌している。つまらなくて、くだらないスクールライフだ。さぞ哀れに思うだろう?」

キョン「佐々木、落ち着け」

佐々木「僕は落ち着いているとも。そうさ、いつだって理性的だ。論理的に思考すれば、どうして1年以上捨て置かれていたかなんてすぐにわかる。要するに僕には足りなかったんだ。キミが気にかけてくれる要素が。そうだろう!?」

これが落ち着いているって?
そんなわけがない。理性を失っている。
論理的に物事を考えられていない。

端的に言って、佐々木は激怒していた。

佐々木「朝比奈さんのような愛らしさや、長門さんのような危うさがあれば、キミだって放って置かなかった。きっと、気にかけてくれた」

まるで自己暗示だ。
佐々木はそう思い込んでいるらしい。
待っている間に、色々と考えたのだろう。
頭が良いからこそ、ドツボに嵌ったらしい。

佐々木「縁の下で支えるなんてまっぴらだし、かと言って涼宮さんのように表舞台でキミと並び立つ資格もない。こうして、待ち伏せて……コソコソとキミに会うことしか、出来ないんだ」

もしかして、泣いているのかと思った。
しかし、涙は流れていない。
真っ直ぐ前を睨む眼差しは、乾いている。
佐々木は、強かった。俺よりも、遥かに。
だからこそ、安心していた。大丈夫だと。
こいつなら、何も心配はいらないと。

そんな自分をぶん殴ってやりたい。

キョン「佐々木、さっきの質問だけどな」

俺は自らの間違いを訂正する。
俺にとって、佐々木はどんな存在か。
その問いかけに、真摯に答えよう。
気恥ずかしさなんて、この際捨て置こう。

キョン「俺にとってお前は……唯一、背を預けられる存在だ。他にそんな相手は居ない」

佐々木「背を、預けられる……存在?」

ようやくこちらを見てくれた佐々木。
その煌めく瞳は、若干赤くなっていた。
今更、自分が口にした臭すぎる台詞に悶絶しそうになったが、ぐっと堪えて、肯定する。

キョン「そうだ。だから、お前は必要だ」

1年以上音沙汰なしでどの口が言うのかと思われるかもしれないが、本心からの言葉だった。
それだけの信頼を、佐々木に抱いていた。
それはハルヒに対するものとは趣きが異なる。
ハルヒに背を預けたら襲われちまうからな。
隣ではなく、背中合わせ。常にそこに居る。
だから、わざわざ顔を合わせる必要はない。
なんて言うと、都合が良いかも知れないな。

佐々木「なるほど、都合の良い女なわけか」

即座に指摘されてぐうの音も出ない。
完全に墓穴を掘ったと焦っていると。
佐々木はくつくつ喉を鳴らして、許した。

佐々木「やれやれ、本来ならば怒るべき場面なのに、僕ときたら嬉しくて堪らない。これが、なんちゃらの弱みというやつかな? 参ったよ」

降参するように両手を挙げる佐々木。
すると先程付けたキスマークがちらりと覗いて、それを愛おしそうに撫でてみせた。

佐々木「謹んで、その役目を請け負うよ」

まったく、同級生相手に恐縮しちまったぜ。

佐々木「醜態を見せてしまって、申し訳ない」

冷静さを取り戻した佐々木は謝罪してきた。
謝られても困る。全て俺の責任だ。
とはいえ責任の所在を明確にする必要はない。
なんたって、俺たちは良き友人なのだから。

キョン「気にせず、もっと迷惑をかけてくれ」

今回の一件の問題点は、佐々木の利口さだ。
その頭の良さが仇となっていた。優秀すぎる。
だからこそ、ハルヒの半分程度は迷惑をかけてくれて構わないと思った。あいつが2人になっては困るが、その半分程度なら受け入れよう。

佐々木「キョンは甘やかすのが上手いね」

キョン「いや、そういう意味じゃ……」

佐々木「しかしながらこれまでロクに人に甘えた経験のない僕からすると難問だよ。どのように甘えたらいいのか、皆目見当もつかない。なので、リクエストがあるなら言ってみたまえ」

んん? なんだ、この話の流れは。
佐々木を甘やかすことには異議はない。
本意ではないが、甘んじて受け入れよう。
しかし、その内容を俺に委ねられても困る。

佐々木「何でも構わない。しかし、選定にあまり時間を割かれると困る。なにせ、アイスを食べたせいで少々お手洗いに行きたくなってね」

それだ。

キョン「佐々木」

佐々木「なんだい、キョン?」

キョン「トイレを手伝ってやる」

佐々木「……は?」

佐々木を甘やかす方法は決まった。
内容は、トイレの手伝い。補助である。
しかし、当の本人にはピンときてない様子。

佐々木「キョン、意味がわからないよ」

キョン「大丈夫だ。俺に任せろ」

佐々木「いや、手伝うと言っても、大前提として女子トイレにキミは入れないだろう?」

たしかに一理ある。
女子トイレに男が入るのは不味い。
逆は問題ないのに、何故なのか。
そんなことは、この際関係ない。
俺は雑木林を指差して、解決策を提示する。

キョン「あそこなら問題ないだろ?」

佐々木「あそこって、雑木林のことかい?」

キョン「ああ、所謂野糞ってやつだな」

我ながら冴えた提案だと思っていた。
トイレなんて、どこでも出来る。
わざわざ女子トイレに入る必要なんてない。

佐々木「キョン……キミって奴は」

キョン「ん? どうかしたのか?」

佐々木「どうもこうもないよ。子供達が使う公園に置き土産をするなんて、僕には出来ない」

流石は佐々木だ。
実に理性的な模範解答だろう。
しかし、出題者の意向よって趣旨は変わる。
俺は巧妙に、話の本質をすり替えた。

キョン「コンビニのビニール袋があるだろ」

佐々木「えっ?」

キョン「それに用を足して持ち帰ればいい」

そう、俺たちにはビニール袋があった。
排泄物はそれに入れて持ち去れば問題ない。
散歩中の犬の糞と同じだ。拾えばいいのさ。

佐々木「そういう問題じゃ……ッ!?」

ぐりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ~!

異議を唱えようとした佐々木の腹が鳴った。
そろそろタイムリミットだ。俺の勝ちである。
にやりと勝利の笑みを貼り付けて、促す。

キョン「さあ、佐々木。そろそろ腹をくくれ」

良SSだとおもったらまた糞SSだった

佐々木「うぅ……どうしてこんなことに」

キョン「騒ぐな、静かにしろ」

雑木林にしゃがみ込む佐々木。
俺は背を向けて周囲の警戒監視。
万が一にも見つかるわけにはいかないのだ。

佐々木「頼むキョン、トイレに行かせてくれ」

キョン「駄目だ。もう間に合わん」

今更何を言っているのやら。
雑木林に向かうのもやっとだった癖に。
公園のトイレまでは目算500メートル。
到底、辿り着ける距離ではなかった。

佐々木「恥ずかしいよ……キョン、助けて」

羞恥に悶える佐々木。
下着は既に下ろしているものの、暗さによって視認は出来ない。不幸中の幸いである。
酷く恥ずかしがっていて、なんとも気の毒だ。
どうにか励ましてやれないものかと悩み。

名案を、閃いた。

キョン「なら、一緒にしてやるよ」

佐々木「キョン、押さないでくれ」

キョン「ああ、すまん」

互いに背中を合わせて、しゃがみ込む。
投下地点にはビニール袋を配置済み。
アイスを買う際、別々にレジを通したおかげで、ビニール袋は2枚あった。万全である。
とはいえ、流石に尿まではカバー出来ない。
仕方ないので、大地に還って頂くことにする。

キョン「よし、いつでもいけるぞ」

佐々木「待ってくれ、まだ心の準備が……」

此の期に及んで何を言っているのやら。
ここは戦場だ。いつ敵が現れるかわからない。
文字通り、糞切りが重要なのだ。

キョン「佐々木、何をそんなに怯えている?」

佐々木「だ、だって、キミの前でこんなこと……もし嫌われたらと思うと、怖くて堪らない」

背中越しに伝わる震え。
どうやら本気で怯えているらしい。
そんな子供みたいな迷える佐々木に、諭す。

キョン「安心しろ。絶対に嫌わないし、全てが終われば俺たちは今まで以上の関係が築ける」

優しく言うと、佐々木の震えは収まった。

佐々木「キョン、約束だよ」

キョン「ああ、約束だ」

指切りなんざ必要ない。
顔なんて見れなくともへっちゃらだ。
俺たちは背中を預け合い、決戦に挑んだ。

佐々木「ああっ……もう、駄目だ……!」

キョン「我慢は必要ない! ぶちかませ!!」

ついにその時が来た。
限界を迎えた佐々木の決壊。
それに合わせて俺も全てを出し切る。

ぶりゅっ!

キョン「フハッ!」

佐々木「あ、あああ、あああああああっ……!」

ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ!!!!

キョン「フハハハハハハハハハハッ!!!!」

互いの排泄音が奏でるハーモニー。
その瞬間、俺たちはひとつになった。
思わず愉悦が漏れるのも、無理はないだろう?

キョン「佐々木、いま拭いてやるからな」

宴が終わり、公園に静寂が戻る。
これからは時間との勝負だ。
盛大に哄笑したことで、近隣住民が通報しているかも知れない。さっさと引き上げよう。

佐々木「んっ……キョン、ありがとう」

ポケットティッシュで尻を拭く。
持って来たのは佐々木だ。用意がいい。
綺麗にしてやると、お礼を言われた。
なんとも気恥ずかしくなり、それをどうにか誤魔化そうとした俺は、佐々木の尻を叩いた。

パチンッ!

佐々木「きゃんっ!?」

キョン「あ、悪い」

佐々木「悪いじゃないよ! どうして僕のお尻を叩いたんだい!? ちゃんと説明したまえ!!」

説明もなにも、すごく良い尻だったからだ。
佐々木はたしかに胸元は貧相だが、尻や脚は綺麗だった。それだけで充分と言えよう。
とはいえそれをそのまま口にしては警察に突き出されかねないので、出鱈目を口にしておく。

キョン「いや、蚊がいてさ」

佐々木「本当かい?」

キョン「ああ、その証拠にほら」

ちゅっと、佐々木の尻を吸ってやる。

佐々木「ひゃあんっ!?」

すると、佐々木が飛び上がった。
蚊の毒を吸ってやるフリだったのだが、どうにもやり過ぎたらしい。女心はよくわからん。

佐々木「さあ、キョン。今度はキミの番だ」

キョン「いや、俺は自分で拭くから……」

佐々木「いいからそこに直りたまえっ!!」

尻を吸われた佐々木はカンカンなご様子。
見たことのない剣幕で、尻を出せと要求。
逆らうことは不可能と悟り、尻を拭かれた。

佐々木「よしと、こんなものかな」

キョン「ありがとよ、佐々木」

佐々木「礼には及ばないさ。あとは仕上げだ」

パァンッ!と、乾いた音が公園に響き渡る。
別に何者かが発砲したわけではない。
俺の尻を佐々木がフルスイングしたのだ。

キョン「どぉわっ!?」

佐々木「どうだい? 僕の痛みを思い知ったか」

くつくつと満足げに嗤う、佐々木。
尻が4つに割れちまったかと思ったぜ。
痛みに悶絶していると不意に柔らかな感触が。

佐々木「ちゅっ」

キョン「お、おい、そこまでしなくても……」

佐々木「今のはサービスさ。今日のお礼だよ」

まったく、莫大なサービスがあったもんだ。
これでは過払い金を返還しなければならない。
それほどまでに、佐々木にキスは甘美だった。

キョン「それじゃあ、帰るか」

乱れた着衣を整え終えて。
俺たちは公園をあとにすることにした。
互いの手にしっかりとビニール袋を提げる。
これで何も問題はない筈だ。

佐々木「キョン、僕たちは今日、罪を犯した」

いや、持って帰れば平気だろう?

佐々木「そういう問題じゃないんだ。今日の行いは明らかに友人として相応しくない、逸脱した越権行為だったと、僕はそう思っている」

まあ、たしかにそれはそうかもしれないが。

佐々木「キョン、僕たちは共犯者になった。つまり、これからはただの友人ではないのさ」

共犯者。なんとも物騒な響きだ。
それでいて、何故か嬉しそうな佐々木。
くつくつと喉を鳴らして、嗤っている。
すると、なんだか俺も愉快な気分になった。

佐々木「そこで提案なんだが……週に一度は、こうして罪を重ねよう。何か異論はあるかい?」

あるわけないさ。
ようやく、手のかかる女になれたな。
このままハルヒのようにならないでくれよ?

佐々木「さあて、それはどうかな。何にせよ、これからも末永くよろしく頼むよ、親友」

不穏なことを口にして、立ち去る佐々木。
ひらひらと格好良く手を振り、プラプラとビニール袋を揺らしている。その背に声を掛けた。

キョン「佐々木! そのビニール袋、くれ!」

すると佐々木は、あっかんべーをして。

佐々木「キミのと交換なら考えてやろう」

やれやれと、この時ばかりは言わせて貰おう。
本当に困ったものだ。ハルヒ以上かも知れん。
俺の親友は大層手のかかる女になったもんだ。


【キョンと佐々木の密会】


FIN

おつ
最近のハルヒスレは大体あんただからわかってたけど、
中盤までの健全なキョン×佐々木とのギャップが凄まじいな
まるで若気の至りだ

うーんこのSS最高や!

あぁ、今回もダメだったよ(脱糞)

途中までいい話だった気がしたんだが(困惑)

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