島村卯月「マーキング」 (199)

※「アイドルマスター シンデレラガールズ」のSS

※キャラ崩壊あり、人によっては不快感を感じる描写もあるかも

※決して変態的なプレイをする話では無く、健全な純愛物を目指してます

※独自設定とかもあります、プロデューサーは複数人いる設定

以上の事が駄目な方はブラウザバック奨励



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1493044244

「すみません。ちょっと、いいですか?」


私がまだアイドルになる事を夢見て、養成所に通っていた時の事。


養成所のレッスンルームの鏡の前でダンスの練習をしていると、後ろから唐突に、そんな声が聞こえてきました。


その時のレッスンルームには、私以外に利用している人は誰もいません。


なので、私は『声を発した人は、自分に声を掛けたのだ』と、そう思ったのです。


「あっ、はい。何で、しょう……?」


私は相手の顔も見ずに、振り返りながらそう答えました。


けど、振り返ったその先、そこにいたのはピシッとしたスーツを着込んだ私よりも背の高い男性。


誰とも知らない、見覚えも無い、全くの初対面の相手でした。


しばらく声を掛けれず、黙ったままその人を観察していると、


「あの……島村、卯月さんでしょうか?」


と、男性は口を開き、恐る恐るとそう聞いてきました。


「え、えっと……そう、ですけど……」


私は少し緊張していた事もあってか、たどたどしく、そう答えました。


すると、男性は表情を綻ばせて、


「あぁ、良かった」


と、安堵した様に、そう口にしました。


男性のその言葉に『何が良かったんだろう……』と、疑問符が浮かび、私は首を傾げてしまいます。


「おっと、そうだ。俺……じゃない、僕は、こういう者でして……」


それから男性はそう言って、私に向けて何かを差し出してきました。


何だろう……と、そう思いつつ、私は受け取って見てみると……それは名刺でした。


その名刺に書かれていた内容は……


「CGプロダクション……Oプロデューサー……?」


私は書かれていた文字をゆっくりと読み上げつつ、頭の中で何度も反復して、その言葉を復唱しました。


CGプロダクション……それはこの頃にできたばかりの、アイドル事務所の名称。この時の私にとって、とても思い入れの強い言葉です。


何故なら……この一週間前に、私はそこで、新人アイドルの採用オーディションを受けたから。


この時まで、私の下には合格通知も、不合格通知も届いてはいません。


そして、その事務所のプロデューサーさんが今、私の目の前にいる。


という事は、つまり……


「今日は、あなたをスカウトしにきました」


私が名刺を見ながらあれこれと考えていると、男性――Oさんはそう私に告げました。


それを耳にした途端、私は世界が止まってしまった様に思えました。


まるで、それは……そう。夢の様に思えてしまったんです。


だから、私はそうじゃないかを確かめる為に、Oさんの目の前で自分の頬をつねってみました。


「……痛い。夢じゃ、無い」


つねった途端に、頬に広がっていく痛み。


それを感じた事で、私はこれが夢では無く、現実なのだと気づきました。


「それじゃあ、私……オーディションに合格して、アイドルになれるんですねっ!」


そしてそれに気がつくと、私は大声で思わず、Oさんに向けてそう叫んでいました。


嬉しさのあまり、つい大声を上げてしまった……けど、それぐらいに嬉しかったんです。


とりあえず、今日はここまで

別に狙ってた訳では無いが、卯月、誕生日おめでとう

続きはまた明日にでも

……………


………





「――――まむー、しまむーってば!」


「え、えっ?」


そう声を掛けられながら横から肩を揺すられて、私はハッと目を覚ましました。


「あ、あれ……?」


二度、三度とまばたきをした後、周りを見渡す。


目の前に広がるのは、主に灰色が目立つ、大型ワゴンの殺風景な車内の光景。


それから左側にある、窓の外にへと視線を向けると、体育館の様な大きな建物が見えました。


この建物が何なのかは、前日に調べてはあったので、はっきりと分かります。


ここは今いる都市でもかなりの規模の多目的ホールで、今日の私達が活動する現場でもありました。


「え、えっと……もう、着いたんですか……?」


寝惚け眼をこすりつつ、まだはっきりとしない意識の中で、私はそう言いました。


私が覚えているのは、移動中の高速道路での風景。


そこまでは覚えているけれども、それ以降はさっぱりと記憶に無い。


どうやら、その辺りからここに至るまで、私はずっと眠っていた様でした。


「もうちょっと……掛かると思いましたけど……」


「いやいや……ホテルを出てから、それなりには時間は経ってるからね」


私の言葉に、そう言って反応してくれた声。


その方向に視線を向けると、そこには苦笑した表情の未央ちゃんが待っていました。


「おはよう、しまむー」


「あっ、はい……おはようございます」


おはようと言われたので、私は未央ちゃんに当たらない角度で頭を下げて、おはようと返しました。


出掛ける前にも未央ちゃんとは一度は挨拶は交わしているので、これで二回目の挨拶になります。


「でもさ、しまむー。本当に良く寝てたね」


「えっ、そ、そうですか? そんなには、寝ていないとは思いますけど……」


「ううん、ぐっすりと熟睡してたよ。どれだけ呼び掛けても、全然反応が無かったから。肩を揺すった所で、ようやく目を覚ましたって感じだね」


「うっ……それは、すみません……」


「けど、どうしたの? それだけぐっすりと眠ってたという事は、昨日は寝れてないとか?」


「え、えっと……」


未央ちゃんからの素朴な疑問による問い掛け。


普通なら答えられるはずの、何でも無い質問。


でも、私はそれを聞いて、何も返す事ができない。


口を一文字に閉じたまま、視線をあちこちにへと泳がせるだけでした。


「あれっ? しまむー?」


返事が無い事を見兼ねて、未央ちゃんは不思議そうに顔を覗かせてくる。


聞いているのに相手が答えないのだから、当然の反応とも言えます。


「……ははーん、なるほど」


けど、未央ちゃんはしばらくすると何やら得心してか、納得をした表情で私から離れていきました。


「そういう事ね、何となく分かっちゃった」


「分かった……ですか?」


「多分だけど、しまむーの事だから……夜遅くまで長電話をしてたとか? それで寝る時間が短くなったんじゃない?」


「そ、それは、その……ははは」


「……うん、その反応を見ると、図星って所だね」


私の空笑いを見て聞いてか、未央ちゃんはうんうんと首を縦に振ってそう言った。


普通なら『何をやってるの』とか、非難されるかもしれなかった。


仕事を前にして、体調管理を考えない行動をしていれば。


けど、未央ちゃんの口から叱責の言葉は飛んではこない。


ただその表情を緩めて、愉快そうに笑みを浮かべていました。


「まぁ、でも、私も実は同じ事をしてたから、人の事は言えないんだけどね」


「えっ? 未央ちゃんも……ですか?」


「うん、そうだよ。あーちゃんと夜遅くまで話し込んでたんだ」


未央ちゃんの言うあーちゃんとは、同じ事務所のアイドルの高森藍子ちゃんの事です。


ゆったりと落ち着いた雰囲気を持つ女の子で、頻繁にではありませんが、私も何度か会って話した事があります。


「ちょっと相談事があって、ついつい長くなって……という訳」


「な、なるほど、そうだったんですね」


「それで、しまむーは誰と話してたの? みほちー? それともきょーちゃん?」


美穂ちゃんに響子ちゃん。


未央ちゃんが予想で上げた話し相手は、私と同じユニットの二人。


けど、違います。そうではありません。


二日、三日前であれば、話し相手はその二人で合ってます。


私が昨日話していたのは……、


「えっと、秘密……です」


私は唇の前でバツ印を両手の人差し指で作り、申し訳無さそうにそう言いました。


「えー、何でさ」


私の『秘密』という言葉を耳にして、未央ちゃんは苦笑しつつも苦情の声を上げます。


「別にいいじゃん、教えてくれてもさ」


「だ、駄目です。こればかりは、教えられません」


どんなに懇願されようとも、私は口にするつもりはありません。


昨日の話し相手が、プロデューサーさんだという事を。


それに、少しでも口を割れば、余計な事まで話してしまいそうですから、言わないんです。


例えば、先週にプロデューサーさんから電話を貰って以降、毎日電話を掛けているとか。


「もう、仕方ないなぁ。しまむーがそこまで言うなら、聞かないでおいてあげる」


「う、うん、ありがとう。ごめんね、未央ちゃん」


「でも、あれだからね。長電話のし過ぎで、体調を崩すとかは無しだよ」


「わ、分かってますよ、それぐらい」


未央ちゃんからの追及に、私は反論する様にしてそう言いました。


心配してそう言ってくれているのでしょうけど、大丈夫です。


眠気に関しては言い訳できませんが、体調に関しては問題はありません。すこぶる調子が良いです。


以前は頻繁に起きた頭痛も吐き気も、最近は起こらなくなってますから。


これも、プロデューサーさんと話せる様になったからかな。


不安や寂しさ、ストレスが解消されて、万全の状態になれているのだと思います。


「おーい、二人共」


と、そんな風に考えていると、前の方から私達を呼ぶ声が聞こえてきました。


顔を上げて視線を向けると、そこには未央ちゃんのプロデューサーさんが顔を覗かせていました。


「そろそろ降りてくれると、助かるんだが」


「ごめんごめん。今出るから」


「す、すみません」


私達は謝りながら頭を下げると、自分の荷物を持ち、ワゴン車の外に向かって移動を始める。


「全く、しっかりしてくれよ、未央」


「だから、ごめんって。この後にしっかりと汚名挽回はするからさ」


「汚名は挽回じゃなくて、返上な」


「はいはい、分かってますよ」


通り過ぎようとする未央ちゃんに対して、未央ちゃんのプロデューサーさんはそう言いました。


更に、任せたとばかりに擦れ違い様にポンッと肩を叩き、見送ったのでした。


それを後ろで見つつ、私も降りて出ようとその横を通り抜けようとする。


「卯月ちゃんも、頑張ってくれよ」


すると、未央ちゃんに続き、未央ちゃんのプロデューサーさんは私にもそう言ってくる。


それから同じ様に通り過ぎようとする私に対して、肩を叩こうとその手を挙げました。


振り上げられたその手は、真っ直ぐ、ゆっくりと私の肩に降り立つ。


軽く触れただけですので、当然痛みは無く、ちょっとした衝撃が走るだけ。


でも、何でだろう。


「……っ!?」


未央ちゃんのプロデューサーさんの手が私の肩に触れた瞬間、ゾクッとした悪寒が背筋を走る。


それと同時に、何故だか腕には鳥肌まで立っていました。


突発的に起きた症状に、私は思わず立ち止まってしまいます。


「……? 卯月ちゃん?」


私が立ち止まったのを不思議に思ってか、未央ちゃんのプロデューサーさんは怪訝そうな表情で私を見ていました。


「えっと、何かあったのかい?」


「な、何でもありません、大丈夫です」


私は首を横に振りながらそう言うと、そそくさとその場から離れていきました。


「……?? 何だったんだろう」


「ん? プロデューサー、どうかしたの?」


「いや、未央と同じ様に卯月ちゃんの肩を叩いたら、何か様子がおかしく……」


「……もしかして、プロデューサー。しまむーにセクハラでもしたんじゃ……」


「いやいや、そんな事してないって!」


後ろから二人のそんな会話が聞こえてきますが、頭には入ってこない。


会話の内容よりも、今の私には何で悪寒なんて走ったのかが気になって仕方がありません。


風邪でも引いたのか……いえ、体調は万全ですから、それとは違います。


なら、一体……何で急にそんな事が?


答えを探ろうと考えてみても、何も思いは浮かばない。


その原因について頭を悩ませつつ、私は会場の中にへと足を踏み入れていくのでした。 



最近、全く更新が出来ていなかった件

というのも、先月末で会社を辞めたので、その引継ぎやら何やらで忙しく、更新できませんでした

まぁ、言い訳なんですがね、そんな事

今は以前に比べたら比較的に落ち着いているので、今月中には完結を目指していきます

そういえば、交流会とかやってるみたいですけど、あれってどうなんでしょう

参加できれば、参加してみたいですね(←こんな事ばかりしてるから、更新が遅れる)

それではまた書き溜めたら投下していきます





……………


………





「それでは島村さん。そろそろ始まりますで、準備の方をよろしくお願いします」


「はい、分かりました。こちらこそ、よろしくお願いします」


開始の報告をする為に声を掛けてきたイベントのスタッフさんに、私はそう言ってから頭を下げました。


それを確認すると、スタッフさんは直ぐに私の下から離れていく。


次は凛ちゃんの下に向かうのか、それとも未央ちゃんの下か。


それとも、自分の持ち場に戻ったのでしょうか……いえ、こんな事を考えても何にもなりませんね。


私は自分の……これからの仕事に向けて、集中するだけですから。


今日のお仕事はファンの皆さんの前で歌ったり踊ったりするライブではありません。


私達、ニュージェネレーションのメンバー一人一人と交流を深める握手会。


ファンの人達と間近で直接触れ合える、又と無い機会です。


「はぁ……やっぱり、緊張するなぁ」


少しでも緊張を和らげようと、私は二度、三度と深呼吸をして心を落ち着かせる。


これまでに握手会の経験が無い訳ではありません。


アイドルとしてデビューした直後に、ユニットの宣伝とCDの販促でみんなと初めて参加しました。


それ以外にも何度か……今のライブツアー中にもと、経験はそれなりには積んでます。


だけど、それでも……何度も経験を積んでも、不安からの緊張は絶対に起きます。


「……でも、頑張らなくちゃ。うん」


けど、それだからといって、沸き起こる不安に負ける訳にはいきません。


私達に会う為に……せっかく来てくれているファンの皆さんに、不安な表情なんて見せられない。


そんな表情で出迎えられでもしたら、失礼ですからね。アイドルとして失格です。


それにファンの人達の声を直接聞けるのは、こうしたイベントの時でしか無い。


だからこそ、私は最高の笑顔で皆さんを出迎えたいと思います。


そしてそんな風に思っていると、外からの騒めきが強まった様に感じました。


列が進みだしたのかな……と、そう思うのと同時に、私の前に一人目のファンの方が現れる。


見た所は二十代ぐらいの痩せぎす男性で、Tシャツやらリストバンド等と、随所に私達のグッズを身に着けている人でした。


この人も緊張しているのか、表情は強張っていて引き攣っている様に見えました。


「こんにちは! 島村卯月です!」


けど、私が笑顔でそう言うと、強張っていた表情が緩んで自然体に近づく。


あぁ、良かった。私の笑顔を見て緊張が和らいだのだったら、嬉しい限りです。


「う、卯月ちゃん。い、いつも、応援してるよ」


男性はそう言うと、私に向けて右手を差し出しました。


握手会なのですから、握手を求めてくるのは当然の事です。


「はいっ、ありがとうございます!」


私はそれに応えるべく、両手で男性の手を包み込む様にして、がっちりと手を握って握手を交わす。


これまでの私のアイドル人生、又は十七年の人生の中で何十、何百以上としてきた行動。


何でも無い……そう、何でも無い普通の行動。それなのに、


「……っ!?」


男性の手に触れた瞬間、何故だかまた、ゾクッと背筋に悪寒が走る。


会場に入る前、未央ちゃんのプロデューサーさんに触られた時と同じ症状が、再び起きたのです。


また、何で?


不可解な出来事にまた直面してか、私は思わず笑顔を崩してしまう。


「……? 卯月ちゃん?」


そんな私の様子を不審に思ってか、男性は覗き込む様に私の顔を見てからそう声を掛けてきました。


どうかしたのだろうか……と、怪訝そうに私の顔を見つめる男性。


それを見た時、『しまった』と思った私は直ぐに元の笑顔に戻る、戻そうとして、


「ご、ごめんなさい。何でも、無いんです」


取り繕う様に、弁明を言う様にして私は男性にそう告げた。


「え、えっと、これからも、私達をよろしくお願いしますね」


「あ、あっ、うん。卯月ちゃんも、頑張ってね」


「はいっ、頑張りますっ!」


取り繕う事に成功したのか、はたまた男性が気を遣ってくれたのかは分からない。


けど、これ以上の事を追及する事はしてきませんでした。


「今度のライブ、楽しみにしてるね」と、言って男性は私の下から去っていく。


その後ろ姿を「ありがとうございました」と、言いつつ手を振って、私は見送りました。


男性が離れて、いなくなったタイミングを見計らって、私は目の前で両手を広げてそれをジッと見つめる。


「……何で、だろう」


何でまた、悪寒なんて走ったのか。


その謎を解こうにも、幾ら考えた所で答えは出てこない。


考えれば考える程、袋小路に迷い込む様なものでした。


そうしている内に、次のファンの人が私の目の前にへと現れる。


私は落としていた視線を元に戻し、気を取り直して笑顔でその人を出迎えました。


「やぁ、卯月ちゃん。今日も頑張ってるね」


さっきの人と違って今度はピンク色の法被を羽織って、頭に鉢巻を巻いた男性。


奇抜な恰好をしていますが、以前にも何度か会った事があって、私も見覚えはありました。


ニュージェネレーション……というよりも、私が出るイベントに毎回の様に現れる、常連さんと言ってもいい人です。


「あっ、はい。今回のイベントも来てくれたんですね。いつもありがとうございます!」


「ははっ、卯月ちゃんの現れる所なら、僕はどこにだって駆けつけるさ」


その言葉通り、本当にどこにだって駆けつけてくれているんです。


このライブツアー中にも最前列で応援している姿を見掛けていますし……こういう人を、ファンの鑑と呼ぶのでしょうか。


私を応援する為だけにそこまでしてくれて……アイドルとして、嬉しく思ってしまいます。


そしてこの人もさっきの男性と同じく、握手を求めて自分の手を私に向けて差し出しました。


「今度のライブも期待してるから、頑張ってね、卯月ちゃん」


「はいっ! 島村卯月、頑張りますっ!」


私はそう言うと、数分前と同じ行動をまたしてみせる。


両手を前に差し出して、男性の手を包み込む様にして握手を交わす。


今度こそは、何も起こらないだろう……と、そう思いながら。


だけど……


「……っ!?」


また、だ。またも男性に手が触れた途端、背筋に悪寒が走り、全身が寒さに包まれる。


以前にもこの男性とは握手を交わした経験はあった。そしてその時には何も起きなかった。


なのに、それなのに、不可思議な症状が再発してしまった。一体、どうして……?


訳の分からない出来事に、思考が止まってしまいそうでした。


でも、私は戸惑いながらも心配されない様に、表情を崩してしまわない様にと、笑顔だけは維持し続ける。


その甲斐があって、男性は私の異変に気づかないまま「またライブで」と、言って満足気に去っていきました。


そして手が離れ、男性がいなくなれば寒さは消えてしまう。まるで何事も無かった様にすっきりと。


そのままの状態が続いてくれれば良かった。でも、そうはいかなかった。


「卯月ちゃん」


「ありがとう、卯月ちゃん」


「頑張ってね」


「今日も可愛いよ」


「卯月ちゃんと話せて良かったよ」


何人、何十人と何回も握手を交わす。その度に悪寒が走り、私を蝕んでいった。


しかも、症状はそれだけに止まらなかった。


回数を重ねていく内に、声を聞くだけで頭痛がして、吐き気が込み上げて、症状はますます悪化していく。


正直な所、その場に立っているのもやっとなぐらいでした。できる事なら、一度この場から抜けて休憩を取りたいぐらい。


でも、握手会が始まってからしばらく経ってるし、会場を見渡せばまだまだ大勢のファンの人達が控えている。


それなのに……体調不良なんかで、そんな理由で抜ける事なんてできません。休みたいなんて、我が儘を言っている場合じゃありません。


「今日は、来てくれてありがとうございます」


声が震えそうになるのを何とか抑えて、荒れていく呼吸を必死に落ち着かせて、表情が歪みそうになるのを笑顔の仮面で隠して。


平然であるのを装い、体調が悪い事を悟られない様にと懸命に立ち回りましたが、うまく隠せていたかは分かりません。


自分ではどう見えているかなんて確認しようが無いので当然ですが、それでも何も言われなかったという事は、隠せていたのでしょう。


『私の目にはとてもじゃないけど、卯月が元気そうだなんて見えないよ』


言い表せない辛さが増していく中、イベント前の凛ちゃんが放った言葉を私は思い出す。


気のせいだと、勘違いだろうと言われた時にはそう思った。けど、実際には違った。


今の私の状態から鑑みれば、凛ちゃんの言葉が正しかったのは明らかでした。


だけど、あの時の私の体調は確かに万全の状態だったはず。


今の様に悪寒も、頭痛も、吐き気も無い……


「あっ……」


それを思い返した時、私は『もしかして……』と、ある答えにへと辿り着いた。


何で人の手に触れただけで悪寒が走るのか。


何で声を聞くだけで頭痛や吐き気が起こるのか。


考えてみれば、体調不良が原因でそんな事が起きる訳が無かった。


その原因は……私の心の奥底、もう一人の私にありました。


『何で、こんな事をしないといけないんですか?』


『私が触れたり話したりしたい相手は、あなたなんかじゃないです』


『やだ……』


『嫌です……』


『嫌だ……嫌だっ!』


奥底から響き渡る、恨みや怒りの籠った魂からの慟哭


心の中の私が、プロデューサーさん以外の人に接する事を拒否していた。


それを私に伝える為、訴える為に拒絶の意思が症状となって表れていたのでした。


そもそもこの症状が起こるのも、初めての事ではありませんでした。


仕事帰りに事務所に立ち寄った際、プロデューサーさんと美穂ちゃんが楽しそうに話をしていた時。


プロデューサーさんからツアーに同伴できないと言われた時。


電話中に私以外の話題が出て、それを話す時。


私が寂しく思ったり、不満を感じると必ずといって症状は起きている。


『……あぁ、そういう事なのか』と、私は心の中で人知れず一人で納得した。


あれだけ我慢する、頑張ってみせると何度も吐いていたのに、実際にはちっともできていなかったのでした。


『絶対に、無理だけはしないで』


それだから凛ちゃんに見透かされて、詰問されたという訳ですか。


……はははっ、私の方が凛ちゃんよりも年上なのに……全然駄目ですね。


『ねぇ……何で、我慢なんかするんですか?』


そんな風に思っていると、心の中の声が私にそう語り掛けてきた。


我慢する、理由……?


だって……私の我が儘を通したら、みんなに迷惑が……。


『みんなって……誰の事?』


誰って……それは私に関わってくる人達。特に美穂ちゃんや響子ちゃん、プロデューサーさん。


私が我慢をするだけで……みんな上手くいくのなら、私……、


『でも、相手の我が儘は通して……自分は迷惑しているのに、それでいいんですか?』


……私はプロデューサーさんに頼まれたから、任されたから。


なら、プロデューサーさんの期待に応える為にも、私は頑張らないと……。


『我慢して……頑張って……それで、あなたは楽しい?』


楽、しい……?


『楽しくないですよね? 自分自身が楽しくない……幸せじゃないのに誰かを笑顔にできるだなんて、本気で思ってますか?』


『昔は今よりももっと楽しかったですよね? あの頃はまだプロデューサーさんは私に付きっ切りでしたから』


『いつまでも我慢してないで、そろそろ正直になりませんか?』


…………


『頑張り続けたって、疲れるだけで何にもなりませんよ?』


『私はあなた、あなたは私。どっちも島村卯月なんですよ。私のしたい事は、あなたのしたい事なんです』


私、は……


『だから、さ……いい加減……』









『 私 と 向 き 合 い ま し ょ う 』






……………


………





「お疲れ様でしたっ!」


撮影のお仕事終了後。私は現場にいるスタッフさん達に向けて元気良くそう声を掛けました。


その声に反応してか「お疲れ様です」と、みなさんから返事が返ってくる。


それを聞き終えると、帰ろうとして外に出ようとしましたが、こっちに向かって近づいてくる人影に気づき、私は足を止める。


近づいてきた人物は恰幅が良く、頭に帽子を被ったここの撮影所の監督さん。


さっきまで私に向けてあれこれと指示を飛ばしていた人でした。


「お疲れ様、卯月ちゃん。今日も輝いていて、凄く良かったよ」


「あっ、はい。ありがとうございます」


ニコニコと機嫌の良さそうな笑みを浮かべている監督さんに向けて、私はぺこりと会釈をしつつそう言いました。


「それにしても……最近の卯月ちゃんは凄いね。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いって感じじゃないかな」


「そ、そんな……私なんてまだまだ……」


「いやいや、謙遜する事は無いよ。それぐらい今の卯月ちゃんは凄いんだって」


まるで私の事を理解しているかの如くの発言。


歯の浮く様な言葉に不快感が露わになってしまいそうでしたが、心の内に抑えて表には出さない。


何を知った上でそんな事を言ってるのか分かりませんが……とりあえず、何も言わないで話を聞いておく事にしました。


「あのライブの後から人気爆上げだし、このままいけばトップアイドルも夢じゃないと思うんだ」


トップアイドル。私の憧れだった称号。少し前までは、届くかどうか分からなかった高みの位置。


それが今、私の手の届きそうな距離にまで近づいている。


中間辺りの位置でフラフラとしていた私なんかの手に。


現状での私の人気を考えると、あともう少し頑張れば辿り着けそうにも思えました。


けど、今の私にとって……トップアイドルなんてものはどうでも良かった。


言ってしまえば、勝手に付いてくるおまけみたいなもの。


そんな称号を手にした所で、何の価値があるというのでしょうか。


それよりももっと……もっと大切で大事なものがあるというのに。


「僕も応援してるから、頑張ってね、卯月ちゃん」


「はいっ! 島村卯月頑張りますっ!」


私はそう言った後「次の仕事があるので……」と、監督さんに告げて撮影所から早々に出ていきました。


次の仕事があるのは事実ですが、ここにあまり長居した所で時間の無駄にしかなりませんからね。


撮影所のあるビルの階段を一気に駆け下り、外に出る為の大きな玄関口を通り抜ける。


そして外に出た私を待ち受けていたは、黒塗りの一台の車。


良く見慣れたデザインのその車は、私達の事務所が所有する商業車の内の一つ。


私は特に躊躇いもせずに助手席側の扉を開けて、その車にへと乗り込んでいきました。


「お迎え、ありがとうございます」


乗り込んでから間髪入れず、私は運転席に座る相手に向けて労いの言葉を掛ける。


もちろん、その相手とは私のプロデューサーさん。


彼は優しく微笑むと「お帰り、卯月」と、言って私を出迎えてくれました。


この笑顔を見てるだけで、撮影での疲れが吹き飛んでしまいそうでした。


「仕事の方はどうだった? しっかりとできたか?」


「ばっちりです。監督さんも『凄く良かった』って、褒めてくれました」


「凄く良かった、か。流石は卯月だな」


「そ、そんな……えへへ」


流石と褒められて、自然と頬が緩んでにやけてしまう。


そんな言葉を掛けられてしまえば、嬉しくなってしまうのは当然の事でした。


だって、先程の監督さんの言葉と比べ、何万倍もの価値のある言葉なんですから。


それから私がシートベルトを締め、移動の準備が整うと、私達を乗せた車は次の現場を目指して進み始める。


ここからそこまでの距離はそこそこ遠く、時間にも余裕があったので、プロデューサーさんはゆったりとしたドライブ気分で車を走らせていきました。


その道中、プロデューサーさんは運転しながら私にへと声を掛けてきました。


「そういえば……最近は体調の方は問題無いか?」


「あっ、はい。問題はありません。寧ろ、元気一杯です」


「……そうか。なら、安心したよ」


私の受け答えに安堵してか、彼は前を向きつつホッと息を吐く。


「正直言うと、まだ不安でな。また卯月が倒れてしまうかもしれない……なんて思ってしまってな」


プロデューサーさんの脳裏には、きっとあの時の私の姿が映っているのでしょう。


ストレスや不安を抱え込み、挙句に倒れてしまって弱った私の姿が。


けど、今の私には無縁のもの。あの頃の弱い自分は、もういません。


「大丈夫ですよ。今は体調管理もしっかりとできてるので、倒れるなんて事はもうありません」


そう、私にはプロデューサーさんがいてくれるから。


私の隣に必ずいてくれて、常に支えてくれるから、問題が無い。


彼がいる限り、私の体調は常に万全の状態。だからこそ、倒れる心配はいらないのです。


「だから、プロデューサーさんも安心して仕事に取り組んでください」


「……そうだな。ありがとう、卯月。本当はこっちが励ます側なのに……」


「気にしなくていいですよ。これからも二人で頑張っていきましょう」


そう、二人で頑張っていくのだ。私と彼の二人で。二人だけで。


それ以外にはもう必要は無い。いや、もういないと言うべきでしょうか。


だって……プロデューサーさんが直接担当するのは、私だけになったのですから。


プロデューサーさんがあの二人……美穂ちゃんと響子ちゃんを担当するのは、今も変わってはいない。


けど、彼女達にはそれぞれ専属のマネージャーが付く事になったのです。


プロデューサーさんの負担が少なくなる様に、私だけを専任できる様にと。


事務所側からそういった指示が出て、今の体制にへとなっているのでした。


……まぁ、こうなったのも私が事務所を脅……お願いしたからなんですが、プロデューサーさんには内緒にしているので、彼がそれを知る事は無いでしょう。


そういった経緯もあって、今は彼を独占する事ができている。頑張った甲斐があったというものですね。


でも、本当は担当からも外してしまいたかったですけど、そればかりは叶いませんでした。


あまり高望みが過ぎると、手に入れたものを手放しかねないので、関わる機会が減っただけでも良しとしましょう。


うふふっ、本当にごめんね二人共。二人からプロデューサーさんを奪ってしまって。


こうなった理由を知る事も無く、新しく付いた人達とせいぜい仲良く頑張ってね、あははっ。


「私……信じてますからね、プロデューサーさん。約束をしっかりと守ってくれる事を」


「あぁ、分かってる。指切りまでしたんだから、破ったりはしないさ」


「えへへ、ありがとうございます」


……あぁ、でも。まだちょっと足りません。


やっぱり今の状態は、独占したと言うにはまだ遠すぎます。何かまた……別の手段を考えておかないと。


もっとプロデューサーさんに私だけを見て、私だけの言葉を聞いて貰いたいから。


その為にも……島村卯月、全力で頑張ってみせます。


だから……その日が来るまで、待ってて下さいね、プロデューサーさん♪ うふふっ♪






終わり


お久しぶりです

大分期間が空いてしまいましたが、何とか卯月編は終わりにへと辿り着くことができました

本当に亀更新で申し訳ありません

書き始めが4月だったのに、終わりが10月とか……

たった5万字未満の内容に半年もかけるとか、遅筆ってレベルじゃない

一応、卯月編は終わりましたが、全体的な話の流れで言うとまだ終わりじゃありません

元々は全部で4部構成で考えてたのですが、執筆が遅すぎてそこまで辿り着けるか分からなくなってきている現状

やる気と執筆できる暇ができれば今後、続卯月編、美穂編、響子編と投稿していけれたらなぁ……なんて思ってます

まぁ、次回は別のアイドルで考えているんですがね

プロットばかりはできるのに、肝心の内容が書けないのは問題だと思う

今回のシナリオを書いてて思ったのが、自分は一人称で書くのがとにかく駄目だという事が分かりました

何度もそれで躓く事もあったので、次回以降からは三人称で書いていこうと考えてます

凛編、卯月編と一人称で書いてた話はどちらも終わりまでに長くなってるので、苦手だというのは確定的に明らかですし

また次回の話も終わりまでに長くなりそうですが、何とか頑張りたいと思います

それでは依頼を出してきます

ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました

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