妖狐の国の座椅子あふたー (438)


本編

妖狐姫「わらわの座椅子となるのじゃ」
妖狐姫「わらわの座椅子となるのじゃ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1489062020/)

のおまけ的なスレ

初見の方も本編の方をぜひ読んでいってください

お願いします
(-ω-)



祝言の日から一ヶ月。

あの忙しくていろんなことがあった一週間と比べて、その日々はまったりと特に騒がしいこともなく過ぎていった。

男「んー…?」

まだ少し肌寒い朝、俺は何かが木に突き刺さる音で目が覚めた。

男「くぅこ~?」

くぅこ「はっ、主殿。起こしてしまったでごじゃるか?」

襖を開けて縁側へ出ると、庭でくぅこが木の板を的に手裏剣を投げていた。

男「いや別にいいんだけどさ。体の方はもう大丈夫なのか?」

くぅこ「てんこ殿のお陰でもうすっかり元気でごじゃるよ。本日より護衛任務に戻るでごじゃる」

くぅこは胸をトンと叩いて任せろと言わんばかりに張り切っていた。

男「ははっ…無理はするなよ」

くぅこ「心得たでごじゃるよ。主殿はまだもう少し寝ててもいいでごじゃるよ?」

男「いや、折角だからもう起きとくよ…二度寝して深眠りし過ぎててんこさんに叩き起こされるのもアレだしな」

俺は縁側に腰をかけながら半笑いでそう言った。

男「手裏剣投げ、見せてくれよ」

くぅこ「…これは修行の一環で見せ物ではないでごじゃるが」

くぅこは少し恥ずかしそうにそう言うと木の板から手裏剣を引き抜きもう一度距離を取った。

くぅこ「せぃっ!」

彼女がもう一度投げた手裏剣は板の中心部に墨で描かれた円に見事命中した。

男「おお~」

俺が軽く拍手をあげると彼女は何とも言えない様子で俺の顔を見た。

くぅこ「こんなもの見てて楽しいでごじゃるか?」

男「俺の世界にはダーツっていうスポーツがあってな…それ見てる気分」

くぅこ「なるほど。主殿の世にも忍者がいるでごじゃるか」

男「いやまあそのダーツやってる人は忍者じゃないんだけど…」

くぅこ「抜け忍ということでごじゃるか」

男「いや、多分そうでもないと思う」

…俺の語彙力が無いせいか、俺はあちらの世界の文化を伝えるのに度々手を焼くことがある。

もっと真面目に大学行ってればなって…

くぅこ「忍道を志さない者が投てきを極めるとは…理解苦しむでごじゃる」

くぅこ「主殿の世では謎の才に満ち溢れた者ばかりでごじゃるな。主殿もその例にもれないでごじゃるよ」

くぅこ「主殿も『だーつ』やってたでごじゃるか?」

男「いや…」

男(偏見だけど日本じゃリア充や意識高い系の嗜むスポーツって印象あるよ俺は…)

くぅこ「そうでごじゃるか。主殿の凛々しき投てき…少しばかり見てみたかったでごじゃるな…」

彼女の残念そうな顔を見ると俺は頭を抱えられずにはいられなかった。

男(ぼっちでもダーツやっとけばよかったぁ…)

男(カッコよく的に当てて『主殿!格好いいでごじゃるよ!』とか言われてみたかったなぁ…)

こういう具合に俺のあちらでの後悔の念は積もるばかりである。

…だから尚更こちらでは後悔しないように生きていこうと決めたわけだが。


男(ちょっとやってみようかな)

男「くぅこ、俺もちょっとやってみるよ。手裏剣の投げ方教えて」

男(今からでも遅く無い!隠れて練習してチョーカッコいい主殿見せてやるからな!)

くぅこ「ふぇ…?何故唐突に…まあ、いいでごじゃるが…」

男「貸して貸して」

彼女の持っていた手裏剣を何気なく手に取った。

くぅこ「あっ!安易に持つと危な…」

手裏剣の四箇所の刃先が俺の手のひらに同時に食い込んだ。


「ぎゃっ…ぎゃああああああああ!!!!」



…………

妖狐姫「…で、わらわを愛でるためのその手を勝手に負傷したというわけか」

妖狐姫「正にあほうじゃな」

いくら包帯があってもさすがに薬品を塗ったばかりの臭い手で妖狐姫を撫でることはできない。
彼女は心の底から機嫌を悪くしていた。

てんこ「旦那様…その手が自分だけの手ではないということを、もう少し自覚して欲しいな」

男「返す言葉もありません」

くぅこ「せっしゃが付いていながら…申し訳ないでごじゃるよ…」

妖狐姫「よい。うにゅは何も悪くないぞ?全てはそのあほうの自業自得じゃ」

くぅこ「せっしゃが付いていてこれだと、せっしゃが居なかったらどうなってしまうのか心配でごじゃるよ…」

くぅこの憐れみの視線が心に突き刺さる。

男(やめてくれ…そんな目で俺を見ないでくれ…)

自分でもよく分からないが俺はくぅこの前では必要以上に格好をつけようとする所がある…

だから逆に彼女にこうも下げた目で見られると辛いのだ。

くぅこ「でも今日からまたせっしゃが隣にいるから大丈夫でごじゃるな!」

駄目だ…くぅこは完全に保護者感覚だ。

妖狐姫「いやくぅこ…まだじゃな」

くぅこ「ほぇ?」

完全に今日から復帰する気満々だったくぅこを妖狐姫が止めた。

妖狐姫「その、なんじゃ…わらわは今までうにゅに頼り過ぎておる節があった…」

妖狐姫「その結果前のような悲劇を生んでしもうた…。あれはわらわのせいじゃ。反省しておる」

妖狐姫が珍しく人に向かって頭を下げた。

くぅこ「やっ!頭を上げて頂きたいでごじゃる!あれはせっしゃの慢心から生まれた油断もあってのこと…仕方ないでごじゃる」

妖狐姫「まあそう下手に出るでない。そこでじゃな…うにゅには普段の感謝の気持ちも込めて本日は休暇を取ってもらいたいのじゃ」

妖狐姫「偶にはその忍者装束を脱いで一般の街娘のように街で羽を伸ばしてもよかろう?」

男(なるほど。妖狐姫も偶にはいいこと言うじゃないか)

てんこさんやくぅこが我がままに振り回されながらもこのお姫様についてきたのは、彼女のこういうところを知っていたからかもしれない。

くぅこ「とっ、とんでもないでごじゃるよ!ただでさえこの一月、布団の中でこもっているばかりだったというのに…」

くぅこ「何か任務を貰えなければ満足に羽を伸ばすことなど、かえってできないでごじゃるよ…」

社畜の鑑である。

妖狐姫「ふむ…ならそうじゃな…」

妖狐姫は顎に指を添えて少し考えると何かいいことを思いついたのか拳で手のひらをポンと叩いた。

妖狐姫「そのあほうを街に連れていくのじゃ。そやつはまだ街に対しての馴染みが薄いからの。よい機会じゃろ、そやつにいろいろ教えてやるのじゃ」

くぅこ「え…そんなことしていいでごじゃるか…?」

妖狐姫「…そのような薬臭い奴の上に座ろうなどとは思わんわ。座椅子、うにゅは一日反省するのじゃぞ」

男「はいはい…」

妖狐姫「こういうときくらい真面目な返事をせんか!」

男「はぃ…」

男(母ちゃんかよ…)

てんこ「声が小さい!」

男「はーい!!」

男(先生かな?)

くぅこ「伸ばさぬ方がいいでごじゃるよ」

男「はい…」

男(優しいお姉ちゃんやこれは…)

…俺には、なんか保護者みたいな人がいっぱいいた。

………………

くぅこ「ま、待たせてすまにゅでごじゃる…」

屋敷の門の外でくぅこが出てくるのをまっていると、花柄で紺色の着物を着たくぅこが門から出てきた。

私服らしい私服の彼女を見るのは初めてだったが…

くぅこ「へ、変ではないでごじゃるか…?」

男「可愛い」

良くも悪くもそれしか出てこなかった。

向こうで女の子との絡みが無いに等しかった俺を許して欲しい。

くぅこ「か、かたじけにゃい…」

それでも素で照れながら喜んでくれるとは…

何故俺は向こうの世界でこんな女の子に出会えなかったのか。

男「ただ、もうちょっと派手なくぅこも見てみたかったなって。桃色とか赤色とか」

くぅこ「暖色の衣装は落ち着かないでごじゃるよ…」

男「まあそっちの方がくぅこらしくていいかもな」

男「それじゃあ行こっか。今日は一応くぅこの休暇だし、くぅこの行きたいとこ連れて行ってくれよ」

くぅこ「しょーち」

…………

屋敷から少し離れると俺が転移鳥居をくぐって一番最初に出た街の繁華街のような場所に着た。

今日も大勢の人がいる。

あの日と比べると商人が増えて華やかさが増した。
いや、これがこの街の本来の姿だったのかもしれない。

男(やっぱり人が多いところってちょっと苦手だけど…)

前の世界にいたころよりかは耐性がついた。

前の世界にいたころはこういう場所に出ると、人がいっぱいいる中に自分だけ浮いているような気がして嫌だった。

他の人は家族や友人や恋人と仲良く話しながら歩いているのに、俺だけは一人だったから…なんとなく疎外感を覚えていたのかもしれない。

男(ということは今俺が大丈夫なのはなんとなくこの空気に溶け込めている気がするからってことか…?)

一人じゃないから、くぅこと一緒だから…ってことか。

くぅこは…俺のなんなんだろうな。

主従関係って言ったらそれが正解だろうしそれまでなんだけど…別の言い方をしたら何が一番近いんだろう…。

前までは妹や友人って感じだったけど、今はそれもちょっと違う気がする。

男(やっぱり…)

くぅこ「…主殿?」

男(こい…び…)

『むぅ~』

そこまで考えたところで頭の中に誰かさんのふくれっ面が横切ったのでやめた。

くぅこ「どうかしたでごじゃるか?」

男「なんでもないよ」

それでもやっぱり…そういう雰囲気を作りたい自分がいるわけで…

男「手、繋ごっか」

くぅこ「ふぇっ!?ひ、ひめしゃまに見られたら…まずいでごじゃるよ…」

男「今は誰も見てないよ」

くぅこ「そ、それもそうでごじゃるな…しかし…」

ちょっと強引に手を繋いだ。

くぅこ「あ…」

男「嫌だったか?」

とか聞くけどここで真顔で「嫌」とか言われたら多分一週間くらいへこんでたと思う。

ってか泣きながら屋敷に走ったと思う。

俺くぅこ大好きすぎだと思う。

妖狐姫に殴られても仕方ないと思う。

くぅこ「…嫌ではないでごじゃるが」

男「なんかデートみたいだな」

くぅこ「『でーと』?また知らない単語でごじゃる」

男「なんかこうやって、仲の良い男の人と女の人が二人きりで出かけること…?かな?」

くぅこ「仲の良い男女…恋仲ということでごじゃるか…?はっ!」

くぅこ「はっ、はわわっ…こ、これは違うでごじゃるよっ!けして主殿とそういう仲になりたいとかそんなのでは…」

くぅこ「ない…で、ごじゃるよ…」

紅い顔をそらした彼女の言葉は詰まっていた。
耳はぴょこぴょことしていて、尻尾は左右に揺られていた。

この世界の住人の真意は本当に分かりやすい。
彼らはそのことに気がついているのだろうか。

まあ言わないけど…。

男「俺は別に良いけどな…」


男「くぅこと恋人でも」


つい、調子に乗って戯言が出てしまった。

くぅこ「なっ…!」

くぅこ「駄目でごじゃるよっ!冗談でもそのようなこと、言ってはいけないでごじゃるっ!」

男「あ…」

くぅこは怒っていた。

くぅこは本当にいい子だから…自分の気持ちを抑えているのだ。


男「…ごめん」

くぅこ「せ、せっしゃも…いきなり怒鳴ってしまって…申し訳ないでごじゃる…」

男(なんか浮かれちゃってたな…)

二人とも、大通りの中で立ち止まって黙り込んでしまった。


それでもお互い、手は離さなかったけど…



くろこ「あれ?くぅこじゃん。普通の着物なんて珍しいね」

俺たちの沈黙を断ち切ってくれたのは普通の街娘の格好をしたくろこだった。

くろこは忍者装束でもあまり忍者という感じがしないが…着物は派手で若干胸元を開いて着崩した様子は正にこの世界のギャルだ。

くぅこ「くろこ殿…久しいでごじゃるな」

男「くろこじゃないか」

くろこ「ふーん。なんか主人が変わって姫様から兄ちゃんになったってのは聞いたけど…本当だったんだ。一緒にいるの初めて見たからさ」

くぅこ「先日は主殿がお世話になったでごじゃるよ」

くろこ「あっ!その件なんだけどさ、まだ兄ちゃんからお代もらってないんだよね!くぅこ団子奢ってよ!」

くぅこ「せっしゃも丁度茶屋に向かっていたところでごじゃるよ」

くろこ「んじゃ付いていこーっと」

俺たちはくぅことくろこの行きつけの茶屋へ向かった。

…………

三人で団子を食べているとくろこが突然とんでもないことを言い出した。

くろこ「姫様ってまだ全然子どもって感じだけど…兄ちゃんは姫様とはもうヤッたの?」

くぅこ「はにゃっ!?」

男「んっ!?ごぅっ…」

思わず団子を喉に詰まらせてしまった。

男「んっー!んっー!」

くぅこ「主殿ー!お、お茶でごじゃるよ!」

男「ごくっ…ぷはっ…はぁ、はぁ…おまっ、いきなり何言い出すんだよ…」

くぅこ「そっ、そうでごじゃるよ…まだ明るいでごじゃる…」

くろこ「いや、子どもって言ってもやっぱ夫婦だからもう済ませてるのかなーって…」

くろこは竹串を噛みながら真顔でそう言った。

男(これが最近の女の子というやつか…)

ちなみに答え合わせをするとだ

男「…まだそういうことはしてない」

俺たちの初夜は大変微笑ましいものだった。

…………………………

男「妖狐姫~?もう俺も寝ようと思うんだけど」

妖狐姫「んにゅ…くぅくぅ…」

男「起きないとほっぺぷにぷにしちゃうぞ~ほれほれ」

妖狐姫「んっ…んぅ…くぅくぅ…」

男「起きないな。もう俺もこのまま寝るか」

…………………………

今思うとだ

男(保育園かな?)

くぅこ「当たり前でごじゃるよ…まだ姫様には早いでごじゃるよ」

男「俺も、そう思う」

くろこ「そんなこと言って実は兄ちゃんが腰抜けなだけだったりして…ぷぷっ」

男「なっ!お前なー」

くろこ「なんか兄ちゃんそういうの慣れてなさそうだし、アタシが相手してあげよっか?…お金くれたらさ」

くろこは大きく開いた胸元をさらにひらひらさせながらにやにやと笑った。

男「かっ、からかうなよ」

俺は頬づえをつきながらそっぽを向いたが目線だけは釣り糸に引っかかった魚の様に彼女の胸元に引き寄せられていた。

男というのは何故こうも脳みそと他の部分が違う生き物になることが多いのだろう。

…設計ミスってますよ神様。

くぅこ「や、やめるでごじゃるよくろこ殿。主殿も困っているでごじゃる」

くろこ「くぅこもしかして妬いてんの?」

くぅこ「むぅ…くろこ殿は相変わらずでごじゃるな…主殿!出るでごじゃるよ」

男「うぇっ?あっ、くぅこ?」

くぅこはくろこから逃げるようにして俺の手を引くとお代を払って茶屋から飛び出した。

くろこ「…くぅこも相変わらずだね。…可愛い」

……………


くぅこ「まったく…くろこ殿は失敬でごじゃるな。主殿は腰抜けではないでごじゃるよ」

くぅこ「主殿、先ほどのくろこ殿の話は気にする必要はないでごじゃる」

くぅこ「姫様にはまだお早い話でごじゃるし、その、せっしゃもまだ殿方と…そういう経験はないでごじゃるゆえ…」

くぅこ「はわっ!せ、せっしゃは一体何を…今のは聞かなかったことにして欲しいでごじゃるよっ!」

茶屋を出たあとのくぅこは一人慌ただしく俺を励ましてくれた。

まあ、気にしてないんだけど…。

男「ははっ…もういいって」

男「で?次はどこ行く?」

くぅこ「あっ…広場の近くのうどん屋でごじゃるよ!あそこのきつねうどんはなかなかのものでごじゃる」

男「よく食べるな~」

くぅこ「腹が減ってはなんとやら…でごじゃるよ!」

…………………

くぅこ「満足でごじゃるよ~」

男「なんかくぅこって見た目以上に食べるんだな…」

くぅこは大きいどんぶりのきつねうどんを三杯ほどペロリと平らげていた。

一体彼女の小さな身体のどこにそんな大きな胃袋があるのだろうか…

くぅこ「忍者は任務の中でまともに食事を取れる時間が少ないでごじゃるゆえ、こういうときに沢山食べておくでごじゃるよ」

くぅこ「…本当は食べなくても動けるのが理想でごじゃるが」

くぅこ「でもさすがに食べ過ぎてしまったでごじゃるな…これも寝たきりだったせいでごじゃる」

男「ちょっと広場で休んで行くか」

俺は憩いの広場の木でできたベンチに並んで腰掛けた。

ふと下を見ると自分の膝が空いていることに気づく。

男(そういえば今日は、まだ誰も乗せて無かったな)

妖狐姫を乗せていることが殆どとなった俺の膝は、空いていると何処か寂しそうに見えた。

くぅこ「…主殿?」

男「くぅこ、座る?」

くぅこ「ふぇ?し、しかしっ…せっしゃ今食事を終えたばかりの身、重たいでごじゃるよ…」

男「大丈夫だよ。妖狐姫も食ったあとよく座ってるし、ってか寝てるし…」

くぅこ「恥ずかしいでごじゃるよ…」

男(うっ…)

目線を下にそらして恥じらうくぅこが可愛らしくて、逆に彼女を意地でも乗せたくなった。

男「修行。ご無沙汰だったろ?」

くぅこ「…それもそうでごじゃるな。では、お言葉に甘えて」

くぅこが久しぶりに俺の膝椅子の上に乗った。

彼女の身体を抱えるようにして両腕で抱く。

男「手、包帯してるけど…いいか?」

くぅこ「かたじけないでごじゃる」

くぅこ「んっ」

くぅこ「こうして主殿に撫でて貰えるのも久しぶりでごじゃるよ…」

男「尻尾と同時に撫でても大丈夫になったんだな」

くぅこ「修行の成果でごじゃるよ」

彼女の銀色の尻尾は気持ちよさそうにゆらゆらと揺れていた。

くぅこ「のどかでごじゃるな~」

くぅこ「こうしてまた主殿の手の温もりに包まれただけでも、まだ生きててよかったと思えるでごじゃる」

くぅこ「せっしゃは幸せ者でごじゃるよ」

くぅこは少し首をこちらへ向けて笑顔でそう言った。

男「くぅ…こ…」

男「っ…」

くぅこ「あっ…あまり張ったお腹をさすらないで欲しいでごじゃるよ…」

男「この中にうどん三杯分かー」

くぅこ「やぁ…降りるでごじゃるよぉ…」

男「ごめんごめん」

しかしだ…俺もただ彼女をからかいたかったわけではない。

男(なんだろう…すごくドキドキする…)

それくらいの冗談でごまかさなければ、この謎の高揚感がくぅこにバレてしまいそうだったから…

以前までの修行ではこんなことはなかったのに。

男(もしかして俺は…)

彼女に、恋をしてしまったのだろうか…

俺は自分を必要としてくれている妖狐姫とこれからも寄り添って行こうと決めた。
その気持ちは今も変わらないし、もちろん妖狐姫のことも好きだけど…

このくぅこへの気持ちは、妖狐姫へのとは少し違う。

自分の存在価値とか自分を認めてくれる人に応えたいとか、そんなんじゃなくて…

もっと単純で、純粋な気持ち…

男(只々、『好き』なだけ)

そのことに気がついてしまうと急に全てを意識してしまう。

今俺の膝椅子の上にくぅこが乗っていて、俺は彼女に触れていて、彼女の柔らかいお尻が、自分の上にあって…

総括すると、こんなにも…近くて…

もっと彼女に触れていたくて…

男「くぅこ!」

くぅこ「ふぇ?何でごじゃるか?」

男「今日は休日だから、いっぱい甘えてもいいぞ」

くぅこ「だっ、駄目でごじゃるよ…姫様の主殿にそんなことはとても…」

男「休日くらい主従とか家来とか忘れて自分のやりたいこといっぱいしようぜ」

くぅこ「何を言っているでごじゃるか!休日でも関係ないでごじゃるよ!せっしゃは主殿の家来でごじゃる」

どこまでも律儀というか実直というか…。

いや、俺が軟弱過ぎるのか?

男「ふーん。じゃあ今日も俺が命令したら言うこと聞くんだな?」

くぅこ「それはその通りでごじゃるが…」

男「言ったな?もう取り消せないからな!」

くぅこ「なっ!?一体何をする気でごじゃるか!?とても悪い顔をしているでごじゃるよ!」

男「それじゃあ主人からの命令…」


男「今日一日は我慢するな!全力で俺に甘えろ!」




くぅこ「ふぇ…しょ、しょれは…」

男「できるよな?」

くぅこは俯いて小さすぎる声で何やら言い訳を言っていたがやがて吹っ切れたように顔をあげると沸騰したような紅い顔で口を開いた。

くぅこ「あ、主殿は鬼畜でごじゃるな…命令なら仕方ないでごじゃる…」


くぅこ「や、屋敷に戻ったら…いっぱぃ…抱擁して…なでなでして欲しぃでごじゃる…」



男「承知した!」

俺はくぅこを膝から降ろすと立ち上がり、彼女の手を引いて駆け出した。

くぅこ「わっ!」

男「あとちょっと買い物済ませて、屋敷に帰るか!」

………………

てんこ「なんだ?もう帰ってきたのか」

男「やっぱりあんまり屋敷の人間が外に出てたら目立つかなーって思いまして…」

てんこ「まあ旦那様は尻尾を持たぬからな。それもそうか」

てんこ「で?何故くぅこと手を?」

くぅこ「こ、これは…主殿と街ではぐれたらと…」

男「休日だから!」

てんこさんにそう伝えると俺は走って部屋へと戻った。

てんこ「…?妙だな」

なうろうでぃんぐ…

(-ω-)

…………

寝室の襖を閉じるとほぼ同時にくぅこを抱きしめ座り込んだ。

ペットをあやすようにわしゃわしゃと彼女の髪を撫でる。

くぅこ「んっ…主殿…本当にいいでごじゃるか?」

男「いいも何も、命令だからな」

くぅこは俺の服を握ると顔を前に押し付けた

くぅこ「主殿っ!主殿っ!」

俺の胸の中、いつもの堅苦しい空気を失った普通の女の子がそこにいた。

くぅこ「お慕いしているでごじゃる…」

男(…やばっ)

命令のせいとはいえ少しだけ大胆になったくぅこを俺はもっと乱してみたくなった。

揺れる尻尾を揉むようにして撫でると彼女は快感に身を震わせた。

くぅこ「ひぁっ…んっ…それはぁ…らめでごじゃるよぉ…」

男(もしかして感じてる?)


くぅこ「んっ…んっ…はむっ…」

押し寄せる快感に耐えるためか、それとも単に甘えているのか、くぅこは俺の首筋を甘く噛んだ。

男「うぁ」

くぅこ「ぺろっ…れろっ…主殿の味がするでごじゃる…」

男「珍しくいたずらっ子だな」

くぅこ「…せっしゃこの一月ずっと我慢していたでごじゃる…そしてこれからも…この気持ちを抑え続けようと思っていたのに…」

くぅこ「主殿はひどいでごじゃるよ…責任をとって欲しいでごじゃる…」

男「ごめん」

蕩けた顔で俺を見上げる彼女の口を、俺はついに我慢の限界を超え口で塞いでしまった。

くぅこ「んむっ…ちゅっ…ちゅっ…」

くぅこ「ちゅるっ…るるっ…」

男「ぷはっ…」

くぅこ「…せっしゃ嬉しさと恥ずかしさで溶けてしまいそうなほど…全身が熱いでごじゃるよ…」

男「ならもう、溶けてしまえばいいさ」

彼女のはだけた着物の胸元に手を入れた。

くぅこ「ひぃあっ…あっ…んぅ…」

彼女の慎ましい胸は激しい心臓の鼓動を隠しきれず俺の手のひらにそれを伝えた。

くぅこ「小さくて申し訳ないでごじゃるよ…」

男「俺はくぅこの全部が好きだから小さくても関係ないよ」

胸の突起をくりくりと指ではじく。

くぅこ「あっ…ひゃっ…あぁっ…」

尻尾と同時に弄ると彼女は俺を強く抱きしめて爪を立てた。

くぅこ「あっ…らめっ…らめでごじゃるぅ…」

さらに尻尾を強く握るとくぅこは大きく身体をはねて痙攣した。

くぅこ「ひゃああああっ!?あっ…あっ…」

男「気持ちよかった?」

耳元でそう囁くと彼女は目をぎゅっと瞑りこくこくと無言で頷いた。

もはやくぅこの仕草何もかもが可愛くみえてくる。
全てが俺にとって誘惑の術となっているのだ。

俺は二人で背中を流しあったあの日を思い出していた。


………………



『我慢できなくなったら…どうなってしまうでごじゃるか…?』


………………


男(その答えの続き…今なら…)

俺はあの日と同じように彼女を押し倒した。

くぅこ「ひゃんっ…主殿…」

男「くぅこ…」

俺の欲望の塊は熱をもって肥大化していた。

この熱を…くぅこに押し付けたい…
くぅこをめちゃくちゃにしてしまいたい…

男(でも…)

ここまで来てやはり俺は腰抜けなのか、頭の中に妖狐姫への罪悪感がわいてきた。

くぅこ「主殿…修行でごじゃるよ…」

男「えっ?」

くぅこ「今からすることは…姫様のための修行でごじゃる」

くぅこはそう言うと妖狐姫の姿に変化し、膝と手を畳に着くと尻尾を振ってお尻を突き出した。

くぅこ「はぁ…はぁ…」

男(こ、これは…修行…)

くぅこの腰に手を置くとお尻がぴくんっとはね、彼女の濡れた秘所からは透明の液体が糸を引いて落ちた。

興奮に揺れる尻尾が俺の中の雄を煽る。

煽られた雄を彼女の太ももで挟み込みゆっくりと又に擦り付ける。

くぅこ「んぁっ…」

くぅこから垂れ続ける液体がモノに絡み、前後運動を潤滑なものにした。
もう少し上に傾けると本当に挿れてしまいそうだ。

男(くっ…これだけでも…すごいっ)

くぅこ「あっ、あんっ…あっ…あっ…」

上に強く擦り付けると敏感なくぅこは高い声で喘いだ。


くぅこ「はぅ…んっ…」

片方の手で尻尾を掴んで徐々に動きを加速させる。

くぅこ「ひぃぁ…やぁ…ぁ…」

くぅこ「はぁっ…んっ…ふぁっ…んはっ…」

男「くぅこの太ももすっげぇ柔らかくて…気持ちいい…」

くぅこ「あくっ…んぅ…主殿の…あったかぃでごじゃるぅ…」

くぅこは太ももの間隔をさらに狭めた。
彼女の柔肌が俺を優しく包みこむ。

男「うっ…くっ…」

二人から出た粘液がにちゃにちゃと練られ、官能的な音が俺の脳内を痺れさせた。

気がつけば俺の腰はくぅこを求めて勝手に動いているようだった。

彼女の肌に自分の臭いをすり込もうとする様はまさに獣のオスだ。

くぅこ「はんっ!あっ…ぁっ…」

弾力のあるお尻が腰に当たっては跳ね返る。

男「もっ…出すぞっ!」

俺はくぅこの太ももの間から引く抜くと手で扱きながら彼女のお尻に白濁液をぶちまけた。

男「うっ」

くぅこ「ひゃっ…あちゅい…」

さすがに集中力を切らしたのか、くぅこは元の姿に戻ると畳に力なく崩れた。

くぅこ「はぅぅ…」

男「ハッ…ハッ…」

くぅこ「主殿…せっしゃ…」

「旦那様?夕食の用意ができているぞ」

襖の外側からてんこさんの声が聞こえた。

くぅこ「ひゃっ、ひゃぃ!」

「なんだ、くぅこもそこにいるのか」

男(まずっ!)

男「ちょっ、ちょっと待っててください!すぐ行くので!」

「あまり姫様を待たせるなよ」

てんこさんの足音は遠ざかって行った。

男「ふぅ…くぅこ、行こっか」

くぅこ「しょ、しょーちでごじゃるよ」

男(さすがにこれは言い訳できないよな)

はだけた着物のくぅこを横目に俺は胸を撫で下ろした。

………………


妖狐姫「くぅこ、本日は羽を伸ばせたかの?」

くぅこ「お、おかげさまでごじゃるよ」

夕食を食べながらも何故かくぅこはもじもじと太ももをこすり合わせて落ち着かない様子だった。

そういえばてんこさんが来る前、彼女は何を言おうとしていたのだろう。

てんこ「くぅこ?厠なら行ってきていいぞ」

くぅこ「大丈夫でごじゃるよ」

妖狐姫「ふん…。座椅子、うにゅはしっかりと反省したのかの?」

男「まあ…」

妖狐姫「なんじゃ!うっすい返事じゃのう!」

くぅこ「姫様、主殿は本日せっしゃが連れ回してしまって少々疲れてしまっているのでごじゃるよ」

男「そう、そんな感じ」

てんこ「相変わらず体力がないのか…それでも殿方なのか?」

妖狐姫「ふんっ!とにかく…夕食が終わった後はまたしっかりとわらわの座椅子を務めるのじゃ!」

男「え、今日一日はもういいんじゃないの?」

てんこ「旦那様…姫様は昼間からずっとご立腹なのだ。やはり旦那様がいないと落ち着かないご様子だ。癒して差し上げろ」

てんこさんが耳打ちした。

男(ふーん。つんつんしてるけどやっぱり根は甘えん坊のまんまなんだな)

夕食を食べ終えた後、俺は妖狐姫の部屋に残った。

………………

男「手使ってもいいのか?」

妖狐姫「よい。その手がなければうにゅに価値なぞないのだからなっ」

男(まだつんつんしてんな)

男「そーかいそーかい」

包帯を巻いた手で妖狐姫の頭を撫で回す。

妖狐姫「んっ…」

男「これでちょっとは落ち着いたか?」

妖狐姫「…手がなければ無価値というのは言い過ぎじゃな。取り消そう」

妖狐姫「うにゅは座椅子じゃなくともわらわの夫なのだからの」

まったく…分かりやすいツンデレだ。

男「俺も勝手に怪我してごめんな。次からはもっと気をつけるよ」

妖狐姫「分かればよいのじゃ。分かればの」

妖狐姫「のぅ…座椅子…」

男「ん?どうした?」

妖狐姫はいつもの高飛車な物言いから、いきなりしおらしく俺に声をかけてきた。

妖狐姫「わらわとうにゅは…めおと…なのじゃろう?」

男「まあ、そうだな。一応な、ちゃんと祝言あげたし」

妖狐姫「しょの…わらわとうにゅの子供はいつになったらできるのじゃ?」

男「うぇっ!?」

男(な、なぜよりによって今日そんなピンポイントなことを…)

男「あーえっと…うーん…」

男「妖狐姫は、子供欲しいの?」

妖狐姫「そ、それはまだよく分からぬが…」

妖狐姫「仲の良い夫婦にはコウノトリとやらが子供を授けてくれるのではないのか?」

男「……は?」

妖狐姫「てんこが言っておったのじゃ!仲の良い夫婦にはコウノトリとやらが子供を運んできてくれるらしいのじゃ!」

俺は手のひらで額を叩いた。

勝手に決めつけていた。

あっちの世界では教育がしっかりしていたから知ってて当たり前みたいな世の中だったし
妖狐姫は同年代の女の子よりかはずっと大人びてるから全部知っているものだと思っていた。

妖狐姫「座椅子…?なんじゃその人を哀れむような目は」

男「妖狐姫、それてんこさんから聞いたのいつ?」

妖狐姫「うにゅと籍を入れて三日ほどだったかの」

男(てんこさんおい)

顔を真っ赤にして適当にごまかしたてんこさんの顔が容易に想像できる…

妖狐姫「わらわとうにゅはまだ仲睦まじい関係ではないということかのぅ」

男「ははっ…どうだろうな…」

妖狐姫「座椅子…わ、わらわは…」

妖狐姫「うにゅこと、愛しておるからの…」

男「え…」

こんなにも素直でまっすぐな妖狐姫は、久しぶりに見たかもしれない。

妖狐姫「…じゃからできるだけ怪我なぞして欲しくはないのじゃ」

男「ありがと…」


そらから暫く妖狐姫を優しく抱いて撫でていると、彼女は静かに寝息を立てて眠ってしまった。

妖狐姫「むにゅ…ざいしゅ…すぅ…すぅ…」

男(なんかこの無垢な寝顔見てると…)



てんこさんの気持ちも、ちょっと分かる気がするよ…



なうろうでぃんぐ…


(-ω-)

……………………

くぅこ「主殿、もう眠るでごじゃるか?」

夜、寝室に戻って布団を被っていると枕の方からくぅこが俺の顔を覗き込んできた。

男「久しぶりにいろいろあったからな。疲れた」

くぅこ「勿論姫様にもでごじゃるが、主殿も本日は付き合っていただき感謝するでごじゃる。久しく街娘の気分になれて楽しかったでごじゃるよ」

男「俺も楽しかったよ。ありがとう」

ふとくぅこの姿を見ると彼女はもういつもの忍者装束に戻っていた。

男「あれ、もう着替えちゃったんだな。まだ日は変わってないのに」

くぅこ「…名残惜しいでごじゃるが、忍者の仕事はこれからでごじゃるゆえ」

いつもの忍者装束、いつもの真面目なくぅこ。

しかし彼女はまだどこか我慢している顔をしていた。

男「くぅこ、もういいのか?」

くぅこ「ふぇ?」

男「甘えるの」

くぅこ「そ、それは…せっしゃもまだ主殿に甘えていたいでごじゃるが…主殿ももう就寝ということで、迷惑はかけられないでごじゃる」

男「布団、入るか?」

俺は少しよると掛け布団を上げて空いた場所を叩いて見せた。

くぅこ「主殿…」

男「今日はまだ終わってないぞ。我慢しない約束だったろ?」

くぅこ「…失礼するでごじゃる」

くぅこは少し狭い布団の中をごそごそと潜りんだ。

くぅこ「狭くないでごじゃるか?」

男「狭いほうがくっつけていいだろ?」

…いいのは俺の方だが。

くぅこ「主殿の吐息がかかってしまうほど近いでごじゃるよ…」

人肌同士の密着による体温の上昇からか、くぅこの顔はうっすらと桃色に火照っていた。

男(…なんかえろい)

今日のこともあって変に意識してしまう。

男(やばい…なんか話さないと…)

また俺の中の劣情が爆発してしまいそうだ。

男「そうそう聞いてくれよ。さっき話してたんだけどさ、妖狐姫の奴まだコウノトリが赤ちゃんを運んできてくれると思ってたんだぜ?」

男「まだ早い以前の問題だったな」

くぅこ「そ、そうでごじゃるか…大変でごじゃるな…」

男「てんこさんがそう教えたんだってさ。しかも結構最近らしいし…あの人から教えるのは無理だろうな」

くぅこ「では主殿が姫様に教えてあげるでごじゃるか?」

男「まあ、近いうちにな…このまま間違ったこと信じさせてるのも可哀想だし」

くぅこ「…なら主殿はまぐわいに慣れておかなければならんでごじゃるな」

男「まあそうだなー……ってくぅこ?」

くぅこの様子が何か変だ…思えば夕飯から落ち着いてなかったが…

顔は蕩けていて息も荒い。
尻尾もぱたぱたと激しく振られている。

まるで発情した動物のようだ。

くぅこ「しょ、しょれにっ…主人のせーよくを処理するのも家来の仕事でごじゃる…」

男「く、くぅこ…?」

なんかくぅこがくぅこじゃないみたいだ…。

くぅこ「主殿ぉ…」

くぅこは俺の手をとって自らの股ぐらに押し付けた。

男「わっ…」

布ごしのはずだが俺の手はぬるりとした液体に触れた。

くぅこ「せっしゃ夕方から身体の疼きが治らないでごじゃるよ…先ほども風呂場で一人慰めていたでごじゃるが…それでも治らないでごじゃる」

くぅこは親指を加えるとねだるような視線を送りながら言った。

くぅこ「主殿の…欲しいでごじゃる…」

男「え、そっ、それは…はむっ!?」

腰抜けな俺が戸惑っているとくぅこから強引に口づけされた。

くぅこ「ん、ちゅぅ…くちゅるっ…んちゅ…」

男「んっ、うむっ…んぱぁっ」

くぅこ「はぁ…はぁ…ちぇっちゃと修行…嫌でごじゃるか?」

男「あーもうっ!」

くぅこ「はわわっ!」

俺はくぅこの両肩を持って彼女を仰向けにすると覆いかぶさった。

男「嫌なわけ…ないだろ…」

くぅこ「えへへ…嬉しぃでごじゃる…」

くぅこはシミになったふんどしの紐を解くと、足を上げて花弁を開いた。

犬の服従にも似たそのポーズに俺はさらに興奮した。

くぅこ「ここに…主殿の…ご立派なものを…挿れて欲しいでごじゃるよ…」

男「ここで、いいんだよな…」

俺は彼女が開いてくれた場所に今までに無いくらい膨張したものをあてがった。

くぅこ「んっ…」

くちゅりと音がなると同時にくぅこが軽く喘ぐ。
俺はゆっくりと腰を沈めていった。

くぅこ「あっ…あッ…」

男「ぐっ…」

びしょびしょに濡れていたからかくぅこの聖域は意外にも簡単に俺を受け入れた。

あともう少し力を入れれば奥に届きそうだ。

男「ちょっと休むか?」

俺はくぅこを心配してそう聞いたが彼女は首を横に振った。

くぅこ「そのまま…一気に挿れて欲しいでごじゃる…」

男「そうか…ならっ!」

くぅこ「はうっ!!」

俺は一気に腰を落とした。
先の方で彼女の一番奥を叩くのを感じた。

くぅこ「はっ…うぅっ…ぐっ…」

男「くぅこ!涙が…」

くぅこ「はぁっ…はぁ…!にゃんのこれしき…耐えられなければ忍道は歩めないでごじゃるよ…」

くぅこ「でも少しばかり…主殿の接吻が恋しいでごじゃる…」

男「いくらでも」

俺たちは繋がったままもう一度口づけした。

くぅこ「ちゅっ、れろっ…はむっ…ちゅっちゅっ…」

お互いの愛を交換しあうように舌を絡めた。

口を動かしながら彼女の全身を触る。
何処を触ってもびくびくするくぅこは全身性感帯のようだった。

そのまま暫くお互いが息苦しくなるまで、口づけを続けた。

くぅこ「んはっ…はぁ…はぁ…主殿…動いて欲しいでごじゃる…」

俺は静かに腰を上下し始めた。

くぅこ「んぁっ…あんっ…ひぅうんっ…」

男(くぅこの中ぬるぬるしてて…あったかい…)

くぅこ「あぁっ…あっ…あっ…あっ…」

くぅこ「あふっ…んっ…んっ…」

腰を落とす度にくぅこの中からは透明の液体が溢れ、布団にそれを染み込ませていた。

俺も最初はぎこちなかったが、次第に腰使いにも慣れてきた。

男「ちょっと速くするぞ」

くぅこ「んっ…はんっ…ぁん…」

腰を動かす速度を少し上げた。

加速すると同時に俺とくぅこの肌がこぎみよくぶつかる音が部屋に響く…

くぅこ「はぁ…はぁ…あんっ!あんっ!」

くぅこ「主殿ぉ…しゅきっ…しゅきっ!」

くぅこの喘ぎ声もさらに高いものへと変わっていく。

男「俺もだぞ。くぅこ」

身体を密着させてさらに奥を刺激する。

くぅこ「ひんっ!…んっ…はっ…」

男「ふっ…ふっ…」

くぅこ「あ、主殿っ!少し止まって欲しいでごじゃるっ!」

突然くぅこからのストップがかかった。

男「っと…痛かったか?」

くぅこ「もう痛くはないでごじゃるが…快楽に溺れ…大事なことを忘れてしまっていたでごじゃるよ…」

男「大事なこと?」

くぅこ「これは主殿の修行でごじゃる。やはり姫様の姿でなければ…今変化するでごじゃ…」

男「駄目だ」

くぅこがそう言って手を合わそうとした瞬間俺は彼女の手を掴んでそれを止めた。

くぅこ「ふぇ?」

男「俺、くぅこの姿のままがいい…」

くぅこ「しっ、しかしそれでは意味が…」

男「今は『くぅこ』としたいんだ…」

くぅこ「はわ……」

男「駄目、か?」

くぅこ「あっ…あぁっ…」

男(うぁっ!?)

急にくぅこの中がきゅんきゅんと締め上げられた。

男(な、なんだ?ちょっと危なかった…)

くぅこ「はぁ…はぁ…主殿ぉ…ちぇっちゃ…嬉しすぎて少しばかりたっしてしまったでごじゃるよ…」

男(あ、ああっ…)

恥ずかしそうに口を手で覆う彼女を見た俺の視界は一瞬ぐらついた…



俺の中の、獣の檻が崩壊したような気がした。




くぅこ「ひゃあぁ!?」

男「くぅこっ!くぅこっ!」

くぅこが愛しくて愛しくてたまらなくなった俺は彼女の腰を持って激しく打ち付けた。

くぅこ「あっ!やっ!はげしっ…!激しぃでごじゃるよぉ!」

男「ごめっ…もっ…止められそうにないっ!」

くぅこ「ひぎっ!あっ!あぁんっ!」

くぅこ「らめっ!らめぇ!きもちいいでごじゃるぅ!」

突けば突くほどうねるように締め付けられる…もしやあまりの敏感さにずっとイッてるのだろうか。

俺はくぅこの涙を拭うと彼女の口から垂れる唾液を舐めとり、そのまま舌を彼女の口の中へと入れた。

その間も腰の動きは止まらない。

俺たちは一瞬口づけしてはお互いを見つめあい、そしてまた口づけすることを繰り返していた。

くぅこ「ぷはっ…いぃっ…んぅ!んっ!んっ!ぷはっ!」

俺たちはこのまぐわいの本来の目的をも忘れて愛し合っていた。

そして俺もとうとう限界を感じてきた。

押し寄せてくる射精感…

このこみあげてくる俺の種子は、今目の前でよがるメスを…くぅこを孕ませようとするため出ようとしているのか…

そう思うと尚更興奮した。
これは生物の性だろうか…

くぅこ「あぁっ!なにかおっきぃのくりゅっ!くりゅでごじゃるよぉ!」

男「俺もっ!そろそろヤバイっ!抜くぞっ」

くぅこ「!!やらぁっ」

男「なっ!?」

引き抜こうとするとくぅこは足でがっちりと俺の腰を固定した。

くぅこ「やぁでごじゃるっ!抜いちゃやらぁ!」

男「ちょっ!くぅこ!?やばいってっ!」

男「でっ、出るっ!」

くぅこ「ひゃああああっ!!!」

俺はくぅこの一番奥に押し当てるとそこに大量の濃い種子をはき出した。

ドクンッドクンッと脈打つ欲望はくぅこをじわじわ内側から犯した。



くぅこ「んっ…んっ…あちゅぃの…いっぱぃでてりゅでごじゃりゅ…」

男「ハァ…ハァ…」

くぅこ「はぅ…ふぅ…ふぅ…」

足の力が弱回ると俺はやっとくぅこから引き抜いた。
一滴残らず彼女に注ぎ込んでしまった後だった。

彼女に入りきらなかった種子は泡を立てて溢れでる。

一体どれだけの量を出したのだろう…。

やがて身体中の熱は冷め、だんだん冷静になってきた。

男(や、やっちまったぁ…)

男「く、くぅこぉ…大丈夫なんだろうな…」

くぅこ「主殿は本当に鬼畜でごじゃるな…こんなに出されたらせっしゃ主殿の赤子を孕んでしまうでごじゃるよ…」

男「え…だってくぅこがっ!はぅっ」

くぅこは俺に抱きつくと、軽く俺の唇を舐めて笑った。

くぅこ「ぺろっ…くくっ」

くぅこ「主殿…せっしゃ今とっても幸せな気分でごじゃるよ…」

男「くぅこ…」

俺は彼女の笑顔に弱すぎる。

彼女の笑顔を見たら、らしくない多少のおいたは許してしまいたくなる…

そして

それはまた、俺にとっての誘惑の術となる…

男「くぅこ~!」

くぅこ「ひゃ、ひゃうっ!」


くぅこの休日は…まだ続く…



………………


くぅこ「主殿!ほんっとーにっ申し訳ないでごじゃるっ!」

男「え?」

次の朝、俺は起きてから早々顔を真っ赤にしたくぅこから土下座された。

くぅこ「昨日はどうかしていたでごじゃるよ!主殿に…無理やり…あっ、あのようなことを強いてっ…!」

男(やっぱりあのくぅこはいつものくぅこじゃなかったんだな)


『発情くぅこ』とでも名付けようか



くぅこ「うぅ…恥ずかしぃでごじゃるよ…」

男「顔上げてよくぅこ。そりゃあ少し焦ったけど…俺はああいうくぅこも大好きだぞ?」

くぅこ「しっ、しかしあれも休日の浮かれたせっしゃが生み出してしまったもの…もう本日からは大丈夫でごじゃるよ」

男(えっ、あのくぅこはもう見れないってことか!?それはやだなー)

男「あ、そうそう主人からの新しい命令」

くぅこ「ふぇっ!?いきなり何でごじゃるか!?」

男「休日とか関係なく、いつでも何処でも甘えたいときは我慢せずに俺に甘えることっ!いいな?」

くぅこ「なななっ!やっ、やはり主殿は鬼畜でごじゃるよっ!」

男「ははっ、なら鬼畜のままでいいや」

くぅこ「むぅ…で、でも…」

男「ん?」

くぅこ「いつでも甘えていいということは…せっしゃが治らなくなったときは、また修行相手にしてくれるでごじゃるか…?」

男「大歓迎」

鼻血を垂らしながら親指を立てる
そりゃあそうだ。

くぅこ「…即答は気色悪いでごじゃる」

会って初日のような蔑まされた目で睨みつけられた。




男「うっ…悪かったからそんな目で見ないでくれよ…」



くぅこ「ぷっ…くくっ…主殿…これからも、ずっと…」









「お慕いしているでごじゃるよ」







くぅこあふたー
おわり








なうろうでぃんぐ…

(-ω-)


すみませぬ…読み込み故障中…(´-ω-`;)

↓暇つぶし過去作ディスク↓


魔法使い「え、えろ魔道士です…」
魔法使い「え、えろ魔道士です…」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1471637375/)


ロリ淫魔「こっ、今夜あなたを殺しにきました!」
ロリ淫魔「こっ、今夜あなたを殺しにきました!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1487074244/)

体調を崩したり
話を上手くまとめられなかったり
没ネタを別のSSに作り変えて別板で垂れ流したりして長い間くたばっていました。

もしかしたらもう読んでくれる人もいないかもしれませんが

垂れ流したときます。

「はふぅ…今日も疲れたのじゃ。商人との堅苦しい交渉にはまだまだ慣れんの…」

「はいはいお疲れ様」

「の~座椅子ぅ~…やはり仕事中もうにゅに座ってはいかんのか?もともとそのためにうにゅを連れてきたのじゃが…」

「やっぱ駄目だろ…。商人さん困惑すると思うぞ」

「むぅ~…やじゃやじゃ!やーなのじゃ~!」

「てんこも許してくれぬし…あやつもケチなやつじゃのぅ」

「ははっ…あんまてんこさん困らせるなよ?」

姫様の部屋の前、襖に聞き耳を立てて私は二人の会話を聞いていた。

姫様と旦那様…最近二人の仲はどんどん良くなっていっている。

まあ、一応夫婦なのだから仲睦まじいのはいいことなのだが…

てんこ「はぁ…」

最近このように二人の空間に割って入るのが気まずくもなってきた。

ただだ、ただ私は夕食の準備ができたことを告げに来ただけなのに…
なぜこうも業務連絡すら躊躇しなければならないのか…

控えめに襖を叩く。

てんこ「失礼します」

妖狐姫「む、ああ…てんこか」

てんこ「その、夕食の準備が整いました…」

男「夕食だってさ、立てって」

妖狐姫「このまま食事をしてはいかんのかの?」

男「やだよ。俺が食べにくいだろ?」

妖狐姫「仕方ないのぅ…」

男「俺はこたつかなんかか?」

てんこ(なんなのだこの桜色のほのぼのした空間は…)

いづらい…

てんこ「それでは…お食事の方をお運びします」

私は逃げるように部屋を立ち去ると食事を運びだした。

てんこ(そうだ、くぅこはどうなのだろう)

くぅこはいつもあらゆるところから二人を見守っている。
彼女はあの空間にいるのが苦痛ではないのだろうか。

彼女ならこの気持ちも分かってくれるかもしれない。

今夜にでも彼女に相談しよう。

………………


と、思っていたのだが…

夕食の光景は私をさらに憂鬱にさらした。

くぅこ「じっー…」

男「ん?どうしたくぅこ」

くぅこ「はっ!なんでもないでごじゃるよ」

男「ははーん…さては俺の三色団子がまだ残ってたから狙ってたな?」

くぅこ「そ、そんなことはないでごじゃるよ。そこまで食い意地をはってはいないでごじゃるっ」

男「いいよ。あげる」

くぅこ「本当でごじゃるか?かたじけないでごじゃるよ」

男「はいあーん」

くぅこ「ふぇ…?」

男「早く口あけないとあげないぞ?」

くぅこ「なっ…」

男「ほらほら」

くぅこ「む…あ、あーん…あむっ…」

くぅこ「もにゅもにゅ…まったく…相変わらず主殿は鬼畜でごじゃるよ…」

恥ずかしそうに旦那様からそっぽを向きながらもくぅこはどこか嬉しそうにしていた。

てんこ(く、くぅこっ!?なぜ貴様がそのような乙女じみた顔をするのだ!?)

そういえばあの二人、休日の日から妙にどこか近い気がする。

くぅこが旦那様に近いというか…
旦那様もくぅこに近いというか…

とにかく最近あの二人からは主従を超えた何かを感じる…。

深くは詮索せんが

…怖いからな

妖狐姫「くぅこよ、自分の分がありながら他人からもせがむとは…はしたないとは思わぬのか」

くぅこ「も、申し訳ないでごじゃるよ…」

男「別にいいだろ。くぅこが団子好きなのは妖狐姫も知ってるだろ?」

妖狐姫「…うにゅはちとくぅこに甘すぎるのではないか?」

男「いつも護ってもらってるんだから普通だろ」

くぅこ「主殿…」

妖狐姫「むぅ~!くぅこだけずるいではないかっ!あと二個あるのじゃろ?わらわにもよこさぬか!」

男「はいはい…」

てんこ「っ~!」

私は見てられなくなった。

その許容できない空気を断ち切りたくて残りの米をかきこむように口に入れるとわざと大きな音を立ててお盆を持ち上げた。

妖狐姫「む?」

男「え?」

くぅこ「ふぇ?」

てんこ「…ご馳走であった」

いつもはみなが食べ終わるのを待つのだが、私は自分だけのお盆を持って部屋を出た。

男「てんこさんどうしたんだろ」

妖狐姫「あやつも団子が欲しかったのか?」

くぅこ「姫様…さすがにそれはないと思うでごじゃるよ」

………………

縁側での足取りは酷く重く感じた。

あの空間に、私はいない。
…いらないのかもしれない。

少し前までは、私もあの場所にいたはずなのだが…

…………………………

妖狐姫「てんこ、今日からうにゅもわらわと同じ部屋で食べるのじゃ」

てんこ「え…いえしかし私は…」

妖狐姫「父上がいなくなってしまっての…すこし寂しいのじゃ…駄目かの?」

てんこ「姫様…」

…………………………

今の姫様には旦那様がいる。

てんこ(くぅこも旦那様が来てから随分と変わったな)

昔は同じく姫様を護る者として、同僚や妹のように可愛がってきたが…

今は何処か遠い存在のように思えてしまう。

てんこ(まるで旦那様が私から全て奪っていったみたいだ)

てんこ(っ!しっかりしろ私!旦那様はもう正式なこの屋敷の人間だ!)

てんこ(そのようなつまらぬ嫉妬の感情は祝言の日に全て捨てたはずであろう!)

そう自分に必死に言い聞かせていたが

それでもこの心の靄はなかなか晴れなくて…

また自分が嫌になって…

てんこ「姫様ぁ…くぅこぉ…」

縁側には、情けない塩水が一滴…


また一滴と…



このとき、私の心は少しおかしくなってしまったのかもしれない。

私はヤケになってしまった。


少しでも姫様とくぅこの近くにいたくて…







てんこの憂鬱






……………………

次の日

てんこ「姫様、街へ買い出しに行ってまいります」

妖狐姫「そうか、気をつけての。後座椅子に部屋へ来るように伝えるのじゃ」

てんこ「はっ、承知しました」

私は襖を閉めて縁側へ出ると丁度旦那様とくぅこに鉢合わせた。

てんこ「おお!丁度よかった。旦那様、姫様がお呼びです」

男「ああ、そろそろそんな時間かなと思ってたんだ」

くぅこ「ではせっしゃは引き続き見回りを…」

てんこ「くぅこ!私はこれから買い出しへ出るのだ。貴様もついて来ないか?」

くぅこ「ふぇ?珍しい誘いでごじゃるな…しかしせっしゃは生憎見回りがあるでごじゃるゆえ」

てんこ「たまにはいいじゃないか。ほら、団子でも奢ってやろう。好きだろう?」

くぅこ「む…むぅ…」

男「くぅこ、いいんじゃないか?もしてんこさんが街でガラの悪い連中に絡まれでもしたら大変だろ?」

くぅこ「てんこ殿がそのような輩に遅れを取るとは思えぬでごじゃるが…」

てんこ「別にそのままの格好でもいいんだ。それとも…私と出かけるのは嫌か?」

やはり私では駄目なのか…くぅこ…

くぅこ「け、決してそういうわけではないでごじゃるが…もしせっしゃもてんこ殿も不在のこの屋敷に白昼堂々不届き者が来ないとも限らないでごじゃるよ」

男「心配すんなって!もし悪い奴が来たら俺がくぅこから教えてもらった手裏剣で追い返してやるさ!」

くぅこ「…主殿は一度たりとも的に手裏剣を当てたことは無かったと記憶しているでごじゃるが」

男「うぐっ…や、やってみなくちゃ分かんねーだろ」

くぅこ「主殿は戦が不向きな殿方、無理をする必要はないでごじゃるよ」

男「ぐぐぐ…だーもう!なんか悔しいから命令っ!今日はてんこさんについて行くこと!」

くぅこ「はぁ…主殿は困ったらすぐそれでごじゃる…全く困った主人でごじゃるな」

くぅこ「てんこ殿、主殿からの命令とのことででごじゃる。本日はてんこ殿について行くでごじゃるよ」

てんこ「は、はぁ…」

少しくぅこの意思ではない気もするが…
まあこれで久しぶりにくぅことも二人きりだ。

楽しむとしよう。

………………

てんこ「もぐもぐ…ここの茶屋の団子は何度食べても飽きないな。本当に美味だ」

買い出しの用事を終えた私は約束通りくぅこを茶屋に招いていた。

くぅこ「…今日は一体どうしたでごじゃるか?」

くぅこは団子を食べ終えると不思議そうな目で私を見つめていた。

てんこ「え?あ…あの…その…」

てんこ「少しな…寂しくなってしまったのだ…」

くぅこ「寂しく?何故でごじゃるか?」

てんこ「旦那様がこの世に来てからというもの…姫様やくぅこの隣にはいつも旦那様がいるだろ?自分の居場所がなくなってしまったような気がしてならんのだ」

くぅこ「…我慢しているでごじゃるか?」

てんこ「我慢?何をだ」

くぅこ「姫様のお隣にいることでごじゃるよ」

てんこ「くぅこ、何を言うか。我慢も何もないだろ?今姫様にとって最も近い存在であるべきは旦那様だろ」

てんこ「それは仕方のないことだろ…仕方のないことなんだ…」

俯くとまた涙が出そうになったので私は上を向いた。

くぅこ「それを我慢というでごじゃるよ」

くぅこは呆れ気味にため息を吐くと一つ提案した。

くぅこ「一度姫様と二人きりになった方がいいでごじゃるな。時間はせっしゃが作るでごじゃるよ」

てんこ「へ?」

私がきょとんとした顔でくぅこを見ると彼女は一口茶をすすってから言った。

くぅこ「てんこ殿の様子がおかしいままだとせっしゃも姫様も主殿も心配するでごじゃる」

くぅこ「てんこ殿の居場所がなくなるわけないでごじゃるよ。むしろないと困るでごじゃる。姫様にも同じ相談をしたらきっと同じことを言うと思うでごじゃるよ」

くぅこ「…我がままな姫様と危なっかしい主殿を置いてこのまま何処かへ行かれでもしたらせっしゃの身が持たないでごじゃる」

てんこ「くぅこ…貴様は変わったな」

てんこ「今の貴様は伸び伸びとしている。前と比べると何処かたがが外れたようだな」

くぅこ「耐え忍ぶ者としては失格でごじゃるが…そうかもしれないでごじゃるな」

てんこ(くぅこも私の知らないところで少しずつ変わってるんだな…)

そう考えると彼女をいつまでも妹扱いしていた自分が恥ずかしくなってきた。

てんこ(これを機に私も変われるだろうか)

てんこ「…そういえば時間を作るって言っていたがどのようにして作るのだ?」

くぅこ「多少強引な方法でごじゃるが上手くやってみせるでごじゃる」

くぅこ「本日の団子の恩は返させてもらうでごじゃるよ」

………………

次の日、私はくぅこの指示通り領地主の仕事を終えたばかりの姫様の部屋へと向かってた。

てんこ「失礼します」

妖狐姫「てんこか。座椅子はまだ来ぬのかの?」

てんこ「ええっとですね…旦那様は取り込み中とのことでして…」

てんこ「本日は旦那様の代役としてこのてんこが姫様の座椅子となりますっ!」

妖狐姫「…取り込み中じゃと?」

姫様の眉間にシワが寄る。

てんこ(う…これでは後で旦那様が叱られるな。少しでも穴埋めしなければ…)

てんこ「旦那様は本日少しばかり風邪気味とのことでして…その、姫様にうつすといけないということで…」

妖狐姫「はぁ…そうかの…なら本日はうにゅに頼むとしよう。偶にはよかろ」

てんこ(おぉ…)

後は頼んだぞ…くぅこ。

……………………

男「そろそろ座椅子の時間だな」

くぅこ「あ、主殿!待って欲しいでごじゃるっ」

男「ん?どうした?」

くぅこ「せ、せっしゃたった今主殿とかたく抱擁を交わしたくなったでごじゃるっ」

男「え…?まだ昼間だぞ?それに後で妖狐姫にいろいろ言われたら嫌だし…」

くぅこ「せっしゃ主殿から我慢することを禁止されているでごじゃるゆえ…」

くぅこ「あ、主殿ぉ…駄目でごじゃるか…?」

男「くぅこ…」

男「くぅこぉ!!!」

くぅこ「まふっ」

男「しょうがないなぁくぅこは!でも俺はそんな珍しく甘えん坊なくぅこも大好きだぞ~!」

くぅこ「んっ、そっ、そんなにしたら髪と服が乱れてしまうでごじゃるよぉ」

くぅこ(…ゆーわくの術の使い方がだんだん分かってきたでごじゃるな)

………………

てんこ「姫様…いかがでしょうか」

私は姫様を膝の上に乗せて丁寧に頭を撫でていた。

妖狐姫「…むぅ」

てんこ「…やはり旦那様でなければ満足されませぬか?」

妖狐姫「悪くはないのじゃがの、あやつはやはり別格じゃからな。もはやあやつと他の座り心地なぞ比較する方が愚かなのかもしれんの」

てんこ「っ…」

私の心は、重く沈んだ。

このただでさえどこか追い詰められた精神状態だぞ?沈まぬ方がおかしいだろう。

私の精神はそこまで硬く強固なものではない。

てんこ「ひ、ひめさまぁ…」

妖狐姫「てんこ…?」

ついに耐えられなくなった私はあろうことか姫様のお美しい黄金色の長髪を涙にて汚してしまった。

妖狐姫「どっ、どうしたというのじゃてんこ!何処か痛むのかの!?」

てんこ「実は…旦那様が風邪というのは全くの嘘なのでございます…」

妖狐姫「は…?嘘とな?」

てんこ「ただ…最近この身が姫様から遠のいている気がしてならなくて…」

てんこ「わだしはっ…もうごの屋敷に必要なぎ存在なのでじょうが…」

どうかしている
何よりも先に姫様に涙を落としてしまったことを謝罪すべきことは分かっているというのに…

それでも今の私は己の中にたまった負の感情を放出せずにはいられなかった。

もしくぅこの言う通り、姫様がくぅこと同じことをおっしゃってくださるというのなら
早く癒して欲しかった。

いつから私はこんなにも醜き者になってしまったのだろう。

だが姫様の反応は私が求めていたものと少し違っていた。

妖狐姫「馬鹿者」

てんこ「きゃんっ!」

姫様はこちらを向くと私の額を軽く小突いた。

てんこ「姫…様…」

妖狐姫「はぁ…何を言い出すかと思えばくだらぬ…実にくだらぬのう」

妖狐姫「なんじゃ?座椅子の奴にあほうでもうつされたか?まさかうにゅの口からからそのような冗談が出るとは」

妖狐姫「うにゅが屋敷からいなくなるなぞ考えられぬわ!もちろん父上や母上のように先を逝くこともわらわは許さぬぞ」

妖狐姫「…じゃからそのようなつまらぬ悩みでわらわの着物を汚すでない」

姫様はそこまで言うと機嫌が悪そうにぷいとまた前を向いた。

てんこ「姫様…」

てんこ(嬉しい)

くぅこの言う通りだった。
私はまだ必要とされていた。

それが確認できただけでも私は歓喜した。

てんこ「ひめさまぁ~!」

妖狐姫「んなっ!?やめんかっ!そのような顔でひっつくでないっ!」

私は開き直った。

てんこ(多少醜くたっていいじゃないか)

いつも私はこの方に振り回されているのだ。

てんこ「うっ、うっ、ずびっ…」

妖狐姫「ひっ!こ、これぇ!」

てんこ(このくらいの褒美、求めてもバチはあたらぬでしょう?)

てんこ(父上様…)




気がつけば私もまた、変わっていたのだな。

自分の気がつかぬ内に私もここまで我がままになっていたとはな…


………………

てんこ「もーしわけありませんっ!姫様っ!」

しかしまぁ落ち着いてみるとやはり恥ずかしくなるもので…

私は恥ずかしさと申し訳なさに畳に土下座していた。

妖狐姫「ごほんっ…まあよい。どうせ汚れた衣服を何とかするのもうにゅの役目なのじゃからな…表をあげるのじゃ」

てんこ「はぁ…」

妖狐姫「しかしなんじゃ…そのようなことを考えてしまう辺りうにゅも相当疲れておるの。くぅこと同じじゃな…うにゅにも多少なりとも癒しが必要じゃろう」

妖狐姫「うにゅにはわらわの知るこの世で最上級の極楽を与えてやろう」

てんこ「い、いえ私にはそのようなものは…!」

とは言っても私も生きる者…姫様の思う最上級の極楽…

てんこ(全く気にならないわけではないが…)

妖狐姫「本日わらわが眠る間の一夜だけ、座椅子を貸してやろう」

てんこ「は…?」

私は瞬間固まった。

てんこ(それは…この私が旦那様の上に座るということか…?)

想像できない。

妖狐姫「うにゅがそのような落ちた気分になってしもうたのはわらわとの関わりが遠のいたように感じたからじゃろう?」

てんこ「確かにその通りですが…それと旦那様にどのような関係が?」

妖狐姫「まだ気付かぬのか。わらわとうにゅが遠のいたのではない。うにゅと座椅子がまだ遠い関係にあるということじゃ」

てんこ「私と旦那様が?」

妖狐姫「うにゅと座椅子はこの同じ屋敷に住まう者でありながらまだ完全に打ち解けてないと見える。よい機会じゃ、世間話でもして今晩にて溝を埋めてみてはどうじゃ?」

妖狐姫「そのように不安がる必要なぞない。わらわも稀にあやつに座りながらあやつの世の話を聞くのじゃが」



妖狐姫「…案外楽しいものじゃぞ?」


………………

てんこ「…と、いうわけだ」

そしてついに夜が来てしまった。
私は旦那様を部屋へ呼んだ。

男「へ、へぇ…そうなんですか…」

旦那様といえど殿方

てんこ(姫様の提案とはいえ自分から殿方を寝室に招いたことなど初めてだっ…)

私は変に緊張していた。

落ち着けず不自然に天井へと目をやってしまう。

てんこ(くぅこぉ…どうせ何処かに隠れているのだろう?どうせなら降りてきてはくれないのか?)

気配すら感じ取れないくせにくぅこに助けを求めてしまった。

男「とりあえず…座りますか?」

旦那様も少し困惑した顔のままだったが座布団の上に胡座をかいた。

てんこ「あ、あぁ…」

私も立ち上がり旦那様の方へ歩く。
旦那様に尾の方を見せ、ゆっくりと腰を下ろしていく…

私のお尻が旦那様の膝椅子に収まった。

しかしだ、姫様やしらこ様と違って私は身体の大きさが違う。
微妙に収まらない身体は徐々にずれていってしまう。

男「おっとっと」

てんこ「はうっ!?」

突如旦那様が私の腹に腕を回して抱き寄せた。

男「あっ!すみませんっ!」

てんこ「あ、いや…私こそすまない…」

それから私たち二人はすっかり固まってしまった。

旦那様もこのような状態で何を話せばいいのやらと困っている様子だ。

てんこ(そういえばこうして座った後は…)

てんこ「…撫でるのではないのか?」

男「うぇっ!?え、えぁ…頑張ります…」

男「まあ俺も日々精進してるんで、お客様用もバッチリですよ。…多分」

てんこ(お客様用…)

その言葉が何処か引っかかった。

てんこ「私は…お客様ではないぞ…」

男「え?」

てんこ「私は…私もっ!旦那様と同様のこの屋敷の者なのだ!」

てんこ「だ、だから…だから…」

声は詰まり続け上手く言えない…
上手く説明できないが…

てんこ(嫌だ…嫌なのだ…)

『お客様』では…

男「てんこさん…?」

目を強く瞑って捻り出すような声で言った。

てんこ「私もっ!姫様と同じように愛でて欲しいぃっ!」

男「は…?え…?は…?」

てんこ「…駄目だろうか?」

恐る恐る後ろを見ると旦那様は豆鉄砲を食らった鳥のような顔をしていたが、やがて真剣な面持ちになって言った。

男「難しいかもしれないけど…やってみます…」

てんこ(難しい…か…)

てんこ「何故難しいのか、理由を聞いてもよろしいか?」

男「あー、俺いっつも妖狐姫を撫でるときは可愛いものを愛でるって感じなんですけど」

男「てんこさんは可愛いって感じじゃなくて…そう、大人の女性って感じで、美しいって感じだから…」

てんこ「う、美しい!?」

まさか旦那様からそのような目で見て貰えていたとは…

てんこ(…素直に嬉しくはあるが)

てんこ「そうか…礼を言う…」

またも小声になる。
さっきからずっと調子を狂わされている気がする。

男「あ、でも今のは可愛かったです」

腹に回されていた片方の腕が頭へと移動した。

頭の上で旦那様の手のひらが動く。

てんこ(確かに…柄ではないな…)

だがそこには同時に確かな安らぎも存在した。

てんこ(落ち着く)

目を閉じればそのまま睡魔に飲み込まれてしまいそうなほどの癒しを感じる。

てんこ(これが姫様の思うこの世で最上級の極楽)

てんこ(ああ…今なら羞恥心など放り捨てて何でも喋ってしまいそうだ…)

立派な美酒を飲んで心地よく酔っているときと同じような感覚だ。

男(お、尻尾が揺れてる)

てんこ「…旦那様は私のことはお好きか?」

男「なっ!?」

旦那様の手が止まってしまった。
言い方が悪かったな。

てんこ「深い意味ではないんだ」

てんこ「前に旦那様は私から嫌われていると思っていたと言っていたな。あれを聞いてからな、少しその逆も考えてしまうんだ」

てんこ「私からの当たりが厳しすぎてむしろ私が旦那様から嫌われてしまっているのではないのかとな」

男「いや!そんなことは全然…」

てんこ「先に言っておこう。私は旦那様のことが好きになってきたよ」

男「え」

てんこ「私たちはどちらもこの屋敷に住まう者、姫様にとって無くてはならない存在…」

てんこ「姫様もくぅこも合わせて、私たちは血こそ繋がってはいないが家族なんだよ」

てんこ「つまらぬ嫉妬の情に流されてそんな大事なことも私は忘れていたのかもな」

てんこ「姫様に私と旦那様の間にある溝を指摘されてな、ここではっきりさせておきたいんだ」

てんこ「もし私に今も苦手意識があるならはっきり言ってくれ、これから好かれるように努力する」

男「…俺は」

私を抱く旦那様の腕に少し力が入った。

旦那様は顔を私の耳元に持ってきて呟いた。

男「嫌いな奴を膝に乗せてこんなに強く抱きしめたりはしません…」

てんこ(へ…)

男「今はもうそのくらいには…俺もてんこさんのこと、好きですよ」

てんこ「ふぇ?え…ぇ…」

自分でも分かるくらい顔が熱くなっていくのを感じる…

てんこ(ついさっきまではどんな恥ずかしい言葉を並べたって平気だったのにっ!)

頭を撫でる手が止められたからだろうか、完全に醒めてしまった。

男「あ、俺も深い意味ではないですよ?」

てんこ「くっ、あ…わ、分かっているっ!!」

てんこ「ぬ~!ああああああああ!!!」

てんこ(なんだこれはなんなのだこの気持ちはっ!)

よくわからない胸騒ぎがする

男「てんこさん!?」

嬉しいような恥ずかしいような…しかしそれらとはもっと違うような…

とにかく今はあの酔いしれた頭に戻りたい

私は旦那様の膝の上でじたばたと身悶えながら懇願した。

てんこ「も、もう一度!頭を撫で回してくれっ!今度は尻尾も頼むっ!」

男「あ…はい…」

その後旦那様に身を任せっきりとなった私は結局彼の上で寝息を立てることとなってしまった。

………………

てんこ「はっ!」

私は布団から飛び出すように身体を起こした。

てんこ「もう朝か」

てんこ「そうか…私はあのまま…む、旦那様は…」

部屋中を見渡すも当然旦那様の姿は無かった。

てんこ「はぁ…」

てんこ(そもそも私がわざわざ布団に入れてもらっているのだ。当たり前だろう)

旦那様のことを考えると昨晩のことを思い出してしまう。


…………………………………………

『今はもうそのくらいには…俺もてんこさんのこと、好きですよ』

…………………………………………


てんこ「う…」

てんこ「あぁぁぁぁ!」

わしゃわしゃと髪をかき回して無理やりにでも忘れようとするもあのときのなんともいえない気持ちが胸を離れない。

てんこ「うぅ~…」

……………………

男「くぅこ、はい団子」

くぅこ「あーん…む…」

俺の最近の楽しみは夕食にでた団子でくぅこに餌付けすることだ。

自分の分が減ってしまうが俺の出した団子串に食いつくくぅこが最高に愛らしいのでなかなかやめられない。

くぅこ「…もぐもぐ」

そのあと恥ずかしそうにそっぽを向いてもぐもぐする様子もいい。

妖狐姫「これ座椅子!はようわらわにもよこさぬか!」

男「…はいはい」

ついでのように妖狐姫にもあげないといけないのが玉に瑕だ。

これはまあ…税金みたいなもんだろう。

てんこ「…だ、旦那様!」

男「え?」

…今日はてんこさんの説教も込みか。

やってることは確かに行儀が悪いとはいえさすがに辛い。

てんこ「しょ、しょの…」

男「ん?」

…なんか様子が違う?

てんこ「わた、私も…」

てんこ「旦那様の団子が…ほし、ぃ…」

男「…は」

くぅこ「ぶっ!?」

妖狐姫「ほぇ…?」

てんこ「ひ、姫様はともかく…くぅこにあって私にないというのはおかしいではないか…」




「…いいだろう?」






てんこの憂鬱

おわり

なうろうでぃんぐ…
(-ω-)

…………………………

シエン「しらこ様、商人の客人でございます」

しらこ「…あー、今日は気が乗らないんだ。お引き取り願いたいな」

シエン「し、しかししらこ様!あの商人には昨日もしらこ様の個人的都合で帰ってもらっています。…お言葉ですが少々勝手が過ぎるかと」

しらこ「うるさいなぁ!シエン!ボクに口答えするのか!?」

シエン「しらこ様がそのような体たらくでは一時の隣街のようにこの街はいずれ終わってしまいますぞ!」

しらこ「そ、そんなこと…分かっている。分かってるけどさ…」

シエン「…男殿でございますか」

しらこ「…お前も分かっているじゃないか」

シエン「無い物ねだりで街を廃れさせてしまっては笑えませぬぞ…」

しらこ「お前も彼と共に修行がしてみたいと嘆いていただろう」

シエン「それはそうでございますが…」

しらこ「シエン!領地主の命令だ!隣街から男殿を連れてこい!」

シエン「無茶振りはやめていただきたい!」

しらこ「無理だと思うなら連れてこなくていいぞ。とにかくボクはもう一度彼の上に座るまでは仕事をしないからな!」

シエン「なっ!?」

隣街商人「あ、あのー…しらこ様はまだ…」

シエン「も、申し訳ない!今しばらくお待ちを!」

シエン「しらこ様!!!」

しらこ「…早く都合を伝えてやったらどうだ。商人殿が可哀想だ」

シエン「ぐぐぐっ…」

………………………………

シエン「…というわけでございます」

男「は、はぁ…」

てんこ「なんだかすごい話だな。旦那様を連れてきたばかりの姫様のようだ」

ある日の昼。
わざわざ隣街からなんと俺への客人だと言うので出迎えてみるとそこには困り果てた顔のシエンさんがいた。

シエン「無論無償でとはぬかさぬ。しらこ様曰く男殿の働き次第で今回は土地の一部の譲渡も検討しているとのこと」

てんこ「と、土地だと!?」

シエン「左様」

男「そんなことして大丈夫なんですか?隣街はわざわざここから買い取った商人を全て無料でこっちに返したばかりじゃないですか」

シエン「このまま廃れていくなら同じ、いやそれ以上でございます」

男「うーん…まぁ一泊二日程度なら俺は良いんだけど…」

てんこさんと目を合わせる。
彼女の顔を見る限り俺と同じ考えのようだ。

てんこ「…姫様がそれをお許しになるかどうか」

男「ちょっと妖狐姫に聞いてくるよ」

てんこ「シエン殿、しばし時間を頂いても?」

シエン「承知」

男「…土地の話もしていいですか?」

シエン「問題ありませぬ」

…………………………

妖狐姫「ふざけておるな!」

妖狐姫の部屋の襖や障子が彼女の怒鳴り声で少し揺れた気さえした。

男(…まぁそうなるよな)

てんこ「…まあ、私も少しばかり同じ意見ではございますが」

男(え…てんこさんも?…なんで?)

てんこ「私は旦那様が行くと仰るなら無理に止めはしません。判断は当人と姫様に全てお任せしますが」

妖狐姫「よりにもよってしらこに座椅子を貸すじゃと!?そのようなことをわらわが許すと思うたのか!」

男「まぁ聞けよ妖狐姫。なんでも俺が少しばかり出かけるだけでちょっとした土地が手に入るらしいぞ」

妖狐姫「関係ないわ!余分な土地なぞいらぬ!」

男(う、うーん…)

実は俺としては少しだけ行きたい気持ちがあった。

勿論ここが嫌になったとか、偶には別の領地の空気が吸いたいだとかではない。

今の俺の生活、ぶっちゃけ言ってしまうとだ。

男(このままじゃあっちの世界でのゴロゴロしてた日々とそんな変わらないんだよな)

まぁ妖狐姫を癒すのが仕事、くぅこを愛で…じゃなくて乗せるのが修行というのならそうでもないのだが…。

とにかくだ。この屋敷に住まう者として一度でいいから妖狐姫たちだけでなく、この街に何かしら貢献したかったのだ。

そんなところにタイムリーに自分の頑張り次第で土地が貰えるという話が転がり込んできたではないか。

ここで俺の才を生かさずして他でどうこの街に貢献しようというのだ。

男「妖狐姫…俺も一度でいいからこの街の力になりたいんだ」

妖狐姫「そのようなことを考えずともうにゅは十分…」

男「お前の日々の頑張りでこの街はあの絶望的に追い込まれていた状況からむしろ今は勢い付いてきている」

男「人が賑わうところには必然的に新しい人がさらに集まる。ここに商店を置きたいっつう商人はますます増えるだろう」

男「そうなるともっと土地が必要になってくる。でも土地なんてそうそう手に入らない。だから今俺を使ってくれ!必ずしらこを満足させてこの街に貢献する!」

てんこ「だ、旦那様…私は感動したぞ!いつの間にそんなにご立派に…」

男「はは…」

てんこさんは布で涙を拭いていた。
もっと早くやる気を出していれば母もこんな顔をしてくれただろうか。

妖狐姫「ならぬ!一度はうにゅを亡き者にしようと企んだ者じゃぞ!?そのような者の本拠地にうにゅを置いておけるか!悪質な質屋に家宝を預けるようなものじゃ!」

くぅこ「そういうことならせっしゃに任せて欲しいでごじゃるよ」

天井裏からくぅこが畳に着地した。

妖狐姫「くぅこ…」

くぅこ「主殿の意思にせっしゃの意思あり。主殿の向かう場所にせっしゃのこの身ありでごじゃる。せっしゃも付いていくでごじゃるよ」

てんこ「くぅこがついてくれるなら安心だな」

男「妖狐姫」

妖狐姫「ぬぅ…」

妖狐姫は少し間を置いてからため息を吐くと仕方なさそうに口を開いた。

妖狐姫「…出発前はいつも以上にわらわを愛でるのじゃぞ」

男「はいはい」

妖狐姫もやっと折れてくれた。

男「早く戻らないと。シエンさんが待ってる」

てんこ「そうだな」

………………………………

シエン「しらこ様…なんとかあちら側も要件を飲んでくださいました」

しらこ「でかした。礼を言うぞシエン」

しらこ(…楽しみだよ男殿)

しらこ(貴方を必ず…ボクのものにしてみせる…)








しらこの野望






なうろうでぃんぐ…

(-ω-)


男「妖狐姫…もうそろそろ出発の時間なんだけど…」

二日後の夕方、これでもかというくらい撫で回したつもりだったが、妖狐姫はまだ満足しないのか俺から抱きついて離れようとしない。

妖狐姫「…やじゃ」

適当に眠らせてその間に…とも思っていたのだが彼女は睡魔に抗い、目を半開きの状態で意地でも俺にすがりついてきた。

男「人力車が来るから外で待ってないと…な?」

妖狐姫「のぅ…やはり外泊なぞやめにせぬか?」

男「もうシエンさんには行くって言っちゃったんだ。そういうわけにもいかないよ」

妖狐姫「うぅ~…」

くぅこ「車をくろこ殿に変えればまだ時間はあるでごじゃるよ」

男「それだけはぜってーやだ!」

もしくろこの車なんかに乗ったら俺はしらこの頭の上に吐瀉物をかぶせるだろう。

てんこ「姫様、私がいますよ」

妖狐姫「わっ…」

ひっつき虫と化した妖狐姫をてんこさんが後ろからそっと抱きかかえた。

てんこ「旦那様、旦那様が留守の間はこの私が姫様の座椅子となろう。だから旦那様は安心して己の使命に励んでくれ」

男「…はい!」

くぅこ「参るでごじゃるか」

男「行くか」

妖狐姫「…百倍じゃ」

男「んあ?」

妖狐姫「帰ってきたらいつもの百倍わらわを愛でるのじゃ~!!!」

彼女はてんこさんの腕の中でバタバタと暴れながら叫んだ。

男「…分かったよ」

てんこ「だ、旦那様…そのときは私も…」

男「え?てんこさんも何か…」

てんこ「い、いや!やっぱりなんでもないっ!」

…………………………

くぅこ「屋敷が点になって行くでごじゃるよ~…」

男「また二人っきりだな。くぅこ」

くぅこ「ふぇ!?二人きりだからといってよそ様の屋敷で…しょ、しょの…あのようなことは…」

男「あのようなことって?俺は何もいってないぞ~?」

焦るくぅこの頭を撫でながら意地悪に煽る。

くぅこ「わふっ…」

沈む夕日と同じ色に染めた顔で俯く彼女の頬を意地悪につついた。

男「なんのことか知らないけど、くぅこがどうしてもって言うなら?出来る範囲のことはしてあげるよ」

男「家来に褒美を与えるのも主の務めだしな~」

くぅこ「…なんでもないでごじゃるよ」

男「我慢するのは禁止だぞ?」

くぅこ「何も我慢してないでごじゃるぅ~!」

くぅこは目をぎゅっと閉じたまま俺の胸をポカポカ叩いた。

男「まぁいいや。はいぎゅー」

おふざけ程度に彼女に抱きつく。

くぅこ「あぅ…我慢できてないのは主殿の方でごじゃるな…」

男「こんな可愛い家来が隣に座ってて我慢しろって方が無理でしょ」

くぅこ「むぅ…少しばかり調子に乗りすぎでごじゃる」

男「ごめん久しぶりに二人きりだから嬉しくてつい…駄目か?」

くぅこ「駄目と言ったらどうするつもりでごじゃるか?」

男「鬱だ死のう…」

くぅこがマジなら割とマジで

車屋「…兄ちゃん本当に姫様の婿さんなのかい?そっちの子は護衛役かと思ったら…なんでぃ、愛人さんかぃ」

くぅこ「な…あ、あいじん…?」

男「違うぜおっちゃん!愛人なんてそんな生ぬるいもんじゃないって!」

車屋「へぇへぇ…若いってのはいいねぇ…姫様も寛大なお方よな。うちの奥さんなら他の女の子にそんなことしてるのバレたら野菜包丁で切り刻まれちめぇよ」

車屋「ま、なんでもいいけどよ…いちゃつくのは降りてからにしておくれよ」

車を引っ張るガタイの良いおっさんは呆れ気味だった。

くぅこ「ほら怒られてしまったでごじゃる」

男「ちぇー…」

…………………………

次の日の朝。
俺たちは無事隣街に到着した。

車屋「ほい到着」

くぅこ「恩にきるでごじゃる。お代でごじゃるよ」

車屋「はいよ!確かに頂いたぜ」

車屋「つっても兄ちゃんの方は…」

男「ぐぅ…ぐぅ…」

くぅこ「すまぬでごじゃるよ。今起こすでごじゃる」

くぅこ「主殿ー!」

車屋「あ、嬢ちゃん」

くぅこ「ふぇ?」

車屋「ぶっちゃけ…その、兄ちゃんと嬢ちゃんの関係って…なんなんだい…?」

くぅこ「くく…ただの主従でごじゃるよ」

車屋「そーかい」

車屋(…某にはそうは見えんがな)

くぅこ「あーるーじーどーのー!」

男「んー…あと五分…むにゃー…」

車屋(さながら新婚夫婦といったところか)

………………………………

しらこ「男殿、よくきてくれたね」

シエン「あっしもお待ちしておりました」

男「久しぶりだな。しらこ様」

しらこの屋敷に上がるのは二度目だ。
前回散々俺を拒んだ門番が二つ返事で通してくれたのには何だか笑ってしまいそうになった。

今回はアンウェルカムではなくウェルカムというわけだ。

しらこ「もう『様』なんかいらないよ。貴方は特別だ」

男「お、おう」

男(まあわざわざ名指しで呼ばれるほどだから特別ってのは分かるけど…前との扱いの差でちと背中がむずがゆいな…)

しらこ「遠出で疲れたろう?ひとまず料理人にあなた方二人の朝飯も作らせておいたんだ。共に箸を取ろうじゃないか」

くぅこ「有難いでごじゃるな。お言葉に甘えてご一緒させていただくでごじゃるよ」

しらこ「くぅこ殿は食いっぷりがよいと聞いている。おかわりも遠慮しなくていいよ」

くぅこ「はにゃっ!?い、一体どこでそんなことを…」

くぅこが目尻で俺を睨む。

男「え…いや!俺は何も言ってないぞ!」

しらこ「いやぁ、実はくぅこ殿に詳しい人物から貴方のことをいろいろ聞いてね」

くぅこ「む…」

シエン「…しらこ様、あまり喋りすぎると変な誤解と警戒を招きますぞ」

しらこ「いや失礼失礼…安心してくれ。ボクは今回本当に男殿に癒して頂きたいだけなんだ。別にもうあなた方に対して恨みなんてものもないし殺伐とした考えもないよ」

男「だってさ。くぅこ、ここは信じてやろうぜ。あまり協力的じゃないと貰えるもんも貰えなくなっちまうぞ」

くぅこ「…主殿がそう言うなら」

少し耳の毛を逆立てたくぅこをおさめると丁度使用人の方々だと思われる女の人たちが朝食を乗せたお盆を部屋に運んできた。

しらこ「きたぞ。ボクはこの素晴らしき香りを鼻に入れるとどれだけ寝不足でも目が覚めてしまうんだ」

男(確かに…すっげぇ美味そうな匂いがする)

あの屋敷の料理に負けずとも劣らない…かいでるだけで腹つづみが打てそうだ。

そんな料理を乗せたお盆はとうとう俺の目の前に置かれた。

やはりここでもメインは油揚げなのか、一番最初に目に入ったのは大盛りのご飯の上に盛られた油揚げの卵とじだった。

男(これは、きつね丼か)

盆を囲むみなで合掌した後俺はそのどんぶりを手に取った。

そして箸を米に近づけ…

くぅこ「主殿、そのどんぶりを渡して欲しいでごじゃるよ」

ようとしたところを隣にいたくぅこに止められた。

男「どうした?…まさかここでもあーんして欲しいとか…」

くぅこ「…せっしゃのどんぶりと交換するだけでごじゃるよ」

俺の渾身のボケも虚しく、くぅこは真顔でそれをあしらうと俺のどんぶりと自らのどんぶりを取り替えた。

くぅこ「いいでごじゃるか?せっしゃがこれを口にしてなんとも無かったら主殿も食べ始めるでごじゃるよ」

男(なるほど毒味というわけだな)

さすがくぅこ用心深い。

くぅこは箸で一口分取ると口の中にそれを入れた。

そしてゆっくりとそれを噛む。

男「…どうだ?大丈夫そうか?」

くぅこ「っ!!!!」

突如くぅこが大きく目を見開いた。

男「くぅこ!?」

男(なっ…まさか本当に毒が…)

五秒ほど瞬き一つせず固まったくぅこだったが、その後彼女はいきなり電源が入った機械のようにどんぶりを勢いよくかきこみだした。

くぅこ「はむっ!はむっ!はふっ!」

男(え………?)

そしてあっという間にきつね丼を平らげるとお盆にどんぶりをドンと置き、さっきまでの俺にやっと聞こえるか程度の小声とは真逆の大声で言った。

くぅこ「主殿!早く食べるでごじゃるよ!!」

男「は…?いや…さっきくぅこが待てって言ったんじゃ…」

くぅこ「何をしているでごじゃるか!?冷めてしまうでごじゃるよ!このまま冷めてしまうならせっしゃが…」

男「あー分かった分かったから」

俺のどんぶりに向かって伸びた彼女の手をはらうと俺は再びどんぶりを手に取り今度こそ最初の一口を味わった。

男「ぬぅ…!?」

たかが油揚げの卵とじ…
されどあなどることなかれ…

世に美味い卵かけご飯が存在した。
世に美味いいなり寿司が存在した。

ならばだ、それらの美味い二つの食べものが合わさったかのようなこの食べ物…

美味くないわけがないのである。

気がつけば俺は箸で米をかき込んでいた。
美味たるダシを吸った油揚げを奥歯でかみしめていた。

突然のあつあつご飯の波にに口の中は熱くも幸せの悲鳴をあげた。

喉が詰まった。
それでも箸はこの美味を求めて動き続けた。

死にかけた。

だがほんの一瞬、ほんの一瞬だが思ってしまった。


男(この味を舌に止めたまま死ねるなら…いっか…)



………………

…………

……


男「…んぷはっ!!!!」

男「はぁ…はぁ…はぁ…」

空っぽになった湯飲みをお盆に置いて息を整える。

男(あぶねー…毒なんてなさ過ぎて逆にもう少しで美味すぎる毒に殺されるところだった…)

しらこ「はは…男殿、そんなに急がなくてもきつね丼は逃げたりしないよ」

シエン「はっはっ!主従そろって豪快でございますなぁ!」

男「ああ…」

くぅこ「あ、主殿ぉ…」

俺は死にかけた故に落ち着きを取り戻したがどうやら彼女はまだ口の中の天国から戻ってこれていないようだ。

くぅこ「あ、あの店で食べていたきつねうどんはなんだったでごじゃるか…?あれは本当にうどんだったでごじゃるか…?」

くぅこ「いや、もしやその逆。この美味たる小麦粉はうどんではないもっと別の食べものでごじゃるか…?」

男「お、落ち着けくぅこ!俺たちが食べてたのもうどんだしそれもうどんだ!」

しらこ「食後には団子も用意してあるよ」

くぅこ「団子!」

しらこ「もし気に入ってもらえたなら明日の朝はもっと多めに作らせるとするよ」

くぅこ「真でごじゃるか!?」

しらこ「嘘なんてついてこちらに得なんてないじゃないか。丁重におもてなしさせてもらうよ。あなた方はお客様なんだからね」

しらこ「どうだい男殿?ここのご飯は魅力的だろう?こっちに来ればいつだってこれが食べられるよ?」

男「あはは…じょーだん」

しらこ「…つれないなぁ。こっちは冗談じゃないんだけど」

男「生憎あっちの飯も翼が生えそうなほど美味くてね」

男「あと…」

くぅこ「もぐもぐ……にゅ?」

男「いいもんが見られるもんで」

しらこ「ふーん…。そうなんだ」

なうろうでぃんぐ…

(-ω-)

……………………………

しらこ「くぁ…そろそろお昼寝の時間だ」

しらこ「それじゃあ男殿、お願いしていいかな?」

男(来たか)

今からすることは今回俺がここに呼ばれた理由…

俺は用意された座布団に腰掛けて胡座をかいた。

男「ん、いつでもいいぞ」

しらこ「よいしょ……っと」

男「座り心地はいかがかね。わざわざ呼んだかいはあったかい」

しらこ「それを言うのは早すぎるよ男殿。これで終わりではないだろう?」

しらこ「さぁ、ボクのことを撫でておくれよ」

しらこは首だけ上に向けてはやくしてくれと俺を急かした。

男「…もう愚弄してるとか言わないのか?」

しらこ「まさか」

男「ほいよ。じゃっ、失礼しますよっと」

しらこの頭に手を置き、彼の白い狐耳の裏をかくようにして撫でる。

しらこ「んぁ…いぃ…そーだよ…これが欲しかったんだ…」

しらこ「この世のものとは思えない、この安らぎがさ」

男「…ありがたいお言葉だよ」

欲しいものがあったら、人はそれを手に入れようとするわけだ。

だがそれらを自分の欲望を満たす段階まで取り入れるには入手難易度というものが常に付きまとう。

単純な値段の高さもそれにあたるが…
それが高いものはどんなに欲しくても諦めてしまいがちとなる。

しらこにとって俺はそういう『手に入れようとするには少し面倒』な存在だと思う。

なんせ土地の一部を釣り餌に使ったんだ。
相当だろう。

しかし彼は俺を諦めずに、そうまでしてこの一時だけのためだけに俺をここに連れてきた。

……そう考えるとなんだか嬉しくなった。

尻尾の付け根から上へじわじわと撫で上げると彼は歳に似合わないその小さな背中をブルッと震わせた。

しらこ「んっ……」

しらこ「あの、さ…ボクはどういうわけかいつまでたっても童の容姿のままなんだ。そのことに少し劣等感を抱いていてね」

しらこ「同性のよしみだ。わかるだろう?」

男「…まぁ」

男(気にしてたのか)

妖狐姫と同じく彼の堂々とした領地主としての佇まいを見ているとそんな気はまったく感じられなかったのだが…

しらこ「でもさ、こうして男殿の上で丸くなっていると……なんでかな、不思議とこんな小さな身体でも良かったって思えるんだ」

しらこ「落ち着くんだ。これはボクが人並みに成長していたら得られなかった悦びだと思う」

しらこ「出来過ぎてるとは思わないかい?これじゃあまるでボクは貴方の上に座るためにこんな身体なんじゃないかって思っちゃうよ」

男「なんとなく分かるよ。その気持ち」

多分、妖狐姫も彼のこの話をまともに耳にいれてくれさえすれば共感くらいはしてくれるのではないだろうか。

しらこ「そうだろう?そうだろう?」

そこまではずっと俺の方を向きながら話したしらこだったが、急に首を戻して低い声になった。

しらこ「……それでも貴方は、明日にはここを出て行ってしまうのだろう?」

男にしては長すぎる彼の前髪が、彼の顔に深い影を作った。

男「はぁ」

男「分かってるなら口に出さない方がいいぞ」

男(おかしいな)

俺は、だ。
今膝椅子に乗るこの方の頼みでここに来ていて、仮にもこの方を満面の笑みで満たすためにここに来たのに…

なんでこの方の

しらこ「…っ」

瞳を潤わせてしまっているのだろう。

しらこ「ふぁあ…しつれぃ。心地よさにだらしなくあくびをもらしてしまったよ」

しらこは俺にバレないようにか露骨なあくびの演技をしてからくしくしと目をこすった。

男「明日のことなんか考えなくていいって」

しらこ「あっ…」

俺は彼の目を片手で目隠しするように覆った。

男「今はさ、そんな顔せずに気持ちいいって顔のまま眠って欲しいかな」

しらこ(…分かっていた。貴方は簡単にはボクのものになんかなったりしない)

しらこ(でも、ボクもまた欲しいものはどんな汚い手を使ってでも手に入れようとする奴だってこと、貴方も知ってるだろう?)

しらこ(だからさ、先に言っておくよ)

しらこ「…すまないね。男殿」

男「ん?」

しらこ「あー……」

しらこ「……『ありがとう』って意味さ」

しらこ「おやすみ、男殿」

男「ああ。おやすみ」

しらこはそう言うと数分もしない内に寝息を立て始めた。

もたれたままだとずるずるとずれ落ちてしまうので時折彼を深く抱きよせる。

彼の寝顔を上からのぞき込むとその童顔も相まって、一時彼を敵の類として認識していた自分が信じられなくなった。

しらこ「ん、すぅ…しゅ…」

なんと言っていいのだろうか、そのくらい今の彼は

可憐で

平たく言うと俺の目には……

男「かわ、いい……?」

と、映った。

「まさかそちらの趣味にも目覚めてしまったでごじゃるか?」

この屋敷にいても領地主の部屋の天井からは同じ声が聞けるとは……

さすがだ。

男「妬いてんのー?」

上を向いて姿の見えない家来に適当に言葉を投げる。

「あ、主殿が男好きになってしまってはあちらの屋敷の後継者が望めぬでごじゃるからな。少し心配になっただけでごじゃるよっ」

しらこ「ぬ~……」

「ほら、あまりそこで喋っているとしらこ様が起きてしまわれるでごじゃるよ」

男「へーへー」

男(しらこ…)

しらこ「にゅ…しゅー、しゅー…」

男(お前のそんな顔見たら、俺はもうお前のこと嫌な奴だったなんて思えなくなっちまったよ)

……………………………………

『……それでも貴方は、明日にはここを出て行ってしまうのだろう?』

……………………………………

男「そうだな」

男(でもお前がそんなにも俺を気に入ってくれているのならもしかして俺たち、友達くらいには親しくなれんじゃないか)

いや、さすがに領地主様と友人にだなんて……



(少しおこがましいかな)




しらこは夕飯の時間になるまで俺の膝の上で眠った。

夕飯には朝よりも豪華な肉料理などがたくさんならんだ。

最初はくぅこがまた警戒していたがどうやらそのような心配はする必要がなかったようで、夕飯も特に薬品などを盛られることはなかった。

シエン「男殿!」

夕飯を済ませた後シエンさんに修行を手伝うように頼まれたのだが……

男「あ、すみません……今回はあくまでしらこの頼みということなので……はは」

断っておいた。

筋骨隆々のシエンさんはどう見ても俺よりも体重がありそうだったので支えられる自信がなかった。

シエン「……そうでしたな。失礼」

俺に背を向けたシエンさんにはいつもの覇気がなく、しょんぼりと肩を落としているようにも見えた。


……ちょっと悪いことした、かも?

………………………………

素人でも分かるほどの超高級布団から身体を起こした朝、俺とくぅこは早々に出て行く支度を済ませ、しらこたちと二度目の朝食を囲んだ。

しらこの言う通り昨日よりも多めに出された団子をくぅこはもはや無警戒で頬張っていた。

男「さて、帰るか」

くぅこ「おいとまするでごじゃるよ」

今から帰れば夕方前には隣町に着くだろうか。
帰ったら妖狐姫がすがりついてくるに違いない。

男(そうしたらいつもの百倍か)

一体何をすればいいのやら……

かくいう俺も少し妖狐姫が恋しくなってきた。

男(一日離れていただけなのにな)

俺も相当彼女に毒されている。

シエン「お気をつけて」

男「はい」

屋敷の門の前、しらことシエンさんはそこまで俺を見送りに来てくれたがしらこは一言も喋りそうになかった。

男「しらこ」

おこがましいかもしれないけど、伝えたい。

男「俺と」

くぅこ「主殿……?」

男(友達に……)

男(あ、れ?)

急に、声がうまく出せなくなった。

足元がふらつく。

視界が、暗くなっていく。

男(しら、こ)

意識が途切れる前に最後に見えたしらこの口の動きを見て俺は……

すま……

あの謝罪の本当の意味を理解した。

……いね


「男殿」


くぅこ「主殿!?主殿!」

しらこ「おっと。これは大変だ」

くぅこ「止まるでごじゃる!」

シエン「くぅこ殿」

しらこ「シエン動くな」

シエン「…はっ」

門番「貴様ぁ!しらこ様から離れろ!」

しらこ「門番もだ」

門番「ぐっ」

しらこ「短刀なんて、そんな物騒なものを首に近づけたら危ないじゃないか」

しらこ「……くぅこ殿、これは一体どういうつもりだい?」

くぅこ「それはこちらの台詞でごじゃるよ。主殿に、何をしたでごじゃるか」

しらこ「疑い深いなぁ。さすがだね」

しらこ「まぁもう隠すのも無理かな。……少し眠ってもらっただけだよ」

しらこ「ボクのモノにするために、ね」

くぅこ「っ!……覚悟するでごじゃる!!」

しらこ「シエン」

シエン「はぁっ!」

くぅこ「なっ!!」

くぅこ(み、見えなかったでごじゃる…)

くぅこ(一瞬で…手元の短刀を弾かれたでごじゃるか!?)

しらこ「門番、男殿を部屋へ連れて行け」

門番「はっ!」

くぅこ「待つでごじゃる!」

しらこ「シエン、くぅこ殿を頼んだよ」

くぅこ「くっ!」

シエン「徳の外した道だということはあっしもしらこ様も覚悟の上。くぅこ殿、相手をしてもらおうぞ」

くぅこ「どうなっても知らぬでごじゃるよ」

シエン「そなたの実力を知らぬわけではないが……それは闇夜を土俵とした話」

シエン「朝焼けの中の一対一。このシエン、たかだか少女に屈する気はない」

くぅこ「せっしゃの前で主殿に手を出したこと……後悔してもらうでごじゃるよ」

………………………………

男「……んぅっ」

目覚めると俺は布団の上で寝かされていた。

見上げた天井は昨日くぅこと喋った時と同じ木目をしていた。

障子からうっすら差す日光はどう見ても朝のものではない。

昼まで眠っていたということだろうか。

男(とりあえず生きてた)

盛られた薬は毒ではなかったようだ。
ひとまず胸をなで下ろす。

しらこ「起きたかい。男殿」

男「しらこ、これはどういうことなんだ」

しらこ「どういうことも何も、分かるだろう?」

しらこ「んっ……」

白毛の美少年は微笑むと俺の掛け布団の上にうつ伏せにもたれかかった。

しらこ「今日から貴方はボクの座椅子ってわけ」

男(ヤ、ヤンデレって奴?)

男「あのさ、こんなことしたって無駄だって分かってるだろ?すぐ近くにはくぅこだっているし……」

しらこ「ふふん」

男(あれ?)

くぅこの気配を近くに感じない。

男「お、おい!くぅこを何処にやった!」

しらこ「くぅこ殿が心配かい?」

男「しらこてめぇ!くぅこに一体何を……」

布団から身体を一気に起こしてしらこに掴みかかろうとしたとき、いつの間にか背中に立っていたシエンさんに服の背を引かれた。

男「うわっ」

シエン「落ち着き願おう」

服を掴んで覇気を漂わせる彼の顔を見上げるとまだ付いてから新しいと思われる刃物による切り傷が見えた。

男(もしかしてシエンさんはくぅこと闘ったのか?)

くぅこは強い、だがしらこの筆頭護衛で場数も彼女より圧倒的と見える彼ならば彼女を軽くあしらうことも造作もないことなのかもしれない。

男「……くぅこは生きてる、のか?」

心臓が落ち着かない。
この最悪の気分は二度目だ。

男(頼むっ!生きててくれ!)

しらこ「男殿が自らボクの座椅子になってくれるって言うならくぅこ殿の無事は保証するよ」

男「くっ!」

もちろん、そんなこと認めるわけにもいかないし認めたくもない。

あの屋敷のために、妖狐姫のために。

今どこにいるかも分からないくぅこを助けたいという気持ちも山々だが、ここでやすやすとこの取引に応じてしまうことは彼女も望まないだろう。

男(どうする)

まだ、希望がないというわけではない。

いくらシエンさんがくぅこより強いといっても彼女もまたシエンさん以外ならこの屋敷の誰にも負けないだろう。

今シエンさんがここにいるということは、彼女は何処かで縄にでも縛られて放置されているのだろうが、彼女よりも強い見張りがいないとなればくぅこは必ずここに来てくれるはずだ。

しらこ「まだ殺しはしないけど、まぁ彼女が再びここにくるのは不可能だろうね」

男「うちの家来を随分とコケにしてくれるじゃねーの。……痛い目見るぞ」

しらこ「とっておきの見張りをつけておいたんだ」

男「とっておきの、見張り……?」

男(くぅこより強い奴ってことか?)

馬鹿な

ぬかせ、そんな奴この街にポンポンいるわけがない。
俺を殺しに来た連中ですら瞬殺だったんだぞ!?

男「はっ……」

男(……いや)

もう一人、知っている。
確実にくぅこより強い奴。

………………………………


『馬鹿な男よ…某でなければそのまま貫いていたぞ』



『いやぁ、実はくぅこ殿に詳しい人物から貴方のことをいろいろ聞いてね』


………………………………



気がついた瞬間、全身から血の気が引いていくのを感じた。


男(どうすれば、いいんだ……俺は……)

しらこ「貴方も知っている男さ」















「ヤオ、だよ」




なうろうでぃんぐ…

(-ω-)

…………………………

くぅこ「うぅ、ぐっ……」

くぅこ「はわっ!?ここは……」

くぅこ「ふぇ?車の座台でごじゃるか?」

車屋「お?嬢ちゃんおはよーさん。……つってももう昼間だがね」

くぅこ「はっ!」

くぅこ(主殿!)

くぅこ(思い出したでごじゃる!せっしゃはシエン殿に敗れて気絶してしまっていたでごじゃるよ)

くぅこ(出来るだけ遠くへ追い払うようにせっしゃを車屋に乗せたでごじゃるな。こんなところで伸びている暇はないでごじゃる)

くぅこ「車屋殿、この車は何処へ向かっているでごじゃるか?」

車屋「嬢ちゃんは隣町から来ただろ?隣町へ帰るんじゃねーのかい?」

くぅこ「事情が変わったでごじゃるよ!今すぐ反対方向の屋敷へ戻って欲しいでごじゃる!」

車屋「……それはできねーよ嬢ちゃん」

くぅこ「そこを何とか!」

くぅこ(こうなれば仕方なし。無理矢理にでも降りて戻るでごじゃる!)

くぅこ「失礼するでごじゃるよ」

車屋「……嬢ちゃん」

くぅこ「む!?」

くぅこ(せっしゃが腕を掴まれた!?)

車屋「もう一度いうぜ?それはできねーんだ」

くぅこ「……只者ではないでごじゃるな」

車屋「まだ気づかないのか?くぅこ……あの男に甘やかされてまた少し弱くなったか」

くぅこ「なっ……!?」

くぅこ(これは……変化の煙っ!?)

ヤオ「いやはや、妹弟子に見破られるような変化をしているようではそれこそ某が脆弱か」

くぅこ「ヤオ殿もしらこ様の手先でごじゃるか?」

ヤオ「何度もあの男の関係で振り回されるのは少々しゃくに障るがこれも仕事でな」

くぅこ「ならヤオ殿を振り払ってでも戻るまででごじゃる」

ヤオ「一度某に殺されかけた貴様がか?……笑わせる」

ヤオ「いいだろう。一度だけこの手を解いてやる。構えろ、くぅこ」

くぅこ「っ!」

ヤオ「今のところ殺せとの依頼は受けていない。あくまであの男が折れるまで貴様を人質にとることを続行するだけだ」

ヤオ「すなわち某は貴様を殺しはしない。だが、貴様は某を殺めるつもりで来い……そうでなければ」

くぅこ「参るでごじゃるよ」

ヤオ「ここは通れんぞ」

……………………………………

せっしゃとヤオ殿は同じ師のもとで育った兄妹弟子だった。

実の親の顔は覚えていない。
生きているのかすら分からない。
このくぅこの名すら、誰が名付け親なのやら……

物心ついたときには忍者である師匠様に拾われていて、その師匠様について行くことが生きる術だったせっしゃが忍道を志すことは必然だった。

師匠「ほっほ…まだまだ粗いがついにくぅこも変化の術を使えるようになったのう」

くぅこ「ししょーさまぁ。せっしゃすごい?すごいでごじゃるか?」

師匠「ほっほ。すごいすごい。くぅこは筋がいい…これは天才かもしれんのう」

くぅこ「えへへ~」

ヤオ「っ……」

くぅこ「あにじゃ~!」

ヤオ「ふん……」

くぅこ「…あにじゃ?」

師匠「ほっほ。ヤオのやつめ。ワシがくぅこばかり褒めるからさては嫉妬じゃな」

くぅこ「ふ~ん」

ヤオ殿……あにじゃはそれをあまり良しとしなかったようだったが……。

…………………………

師匠「さてさて。そろそろ焼けたころじゃな」

くぅこ「美味そうでごじゃるよ~!」

くぅこ「はむっ!むしゃむしゃ…もぐもぐ」

師匠「ほっほ。よい食いっぷりじゃが、喉を詰まらせることのないようにの」

くぅこ「ごっほ!ごほっ!」

師匠「……おそかったようじゃの」

ヤオ「くぅこ」

くぅこ「んっ…。ごくっごくっ……ぷはっ」

くぅこ「かたじけにゃいでごじゃる」

師匠「くぅこや、食事は命を繋ぐものじゃ。そのような行為で命を落とすほど馬鹿馬鹿しいこともないぞ?落ち着いていただくのじゃ」

くぅこ「ししょーさまの焼いたものは全部美味でごじゃるゆえ……てへ……」

ヤオ「はぁ」

くぅこ「もぐもぐ……もうなくなってしまったでごじゃるよ」

師匠「ほっほ。まぁその早食いもまた、何処ぞやで役に立つかもしれの」

くぅこ「あにじゃはまだ一口しか食べてないでごじゃるか?」

ヤオ「……それがどうした」

くぅこ「と、特にどうこうというわけではないでごじゃるが」

ヤオ「そうか。はむっ」

くぅこ「……じー」

ヤオ「……欲しいのか」

くぅこ「じゅる」

ヤオ「……やる」

くぅこ「まことでごじゃるか!?」

師匠「これくぅこ」

ヤオ「……いい。少食も修行の一環だ」

くぅこ「はむっ!はむっ!」

くぅこ「えへへ~。かたじけないでごじゃるよ~」

ヤオ「……ふっ」

それは、せっしゃが主に精神面で忍道とは程遠い存在だったからであった。

…………………………

だがあにじゃはそんなせっしゃを完全否定することなく受け入れてくれようとしていた。

ヤオ「くぅこ、貴様は忍者を目指すことを諦めたほうがいい」

くぅこ「え」

忍の道から離そうとする形で……

今思うとそれはあにじゃからせっしゃへの大きな優しさだった。

くぅこ「……っ!!」

しかし当時のせっしゃにはそんなあにじゃの気持ちが理解しきれなかった。
それどころか物心ついたときから定められた道だと信じて歩んできた志を否定されたことへの怒りの念すら湧いてきた。

このとき、せっしゃに本当になんの才も無ければそれも良しとできたかもしれないが

皮肉にもせっしゃは師匠様の言う通り戦闘面の才能だけはあったようで、それが更にあにじゃの言っている言葉を理解できない障害物となった。

せっしゃは力を認めてもらおうと新しい術を習得する度にあにじゃへ組手を挑んだ。

ヤオ「ふん!」

くぅこ「ひあぁ!」

……勝てたことは、一度もなかった。

結局、一矢も報いることのない内にあにじゃは師匠様のもとを離れて行ってしまった。

悔しかった。

そこからはできるだけ我を切り捨て、あにじゃの目指していたであろう理想の忍者像だけを追って修行を続け、ときは流れてせっしゃは姫様に仕える身となった。

…………………………

その結果何時しかせっしゃは

盗賊「ひっ!わ、悪かった!別に姫様にどうこうしようってつもりはなかったんだ!ただ金目の物が欲しくてっ!だから、い、命だけは……!」

くぅこ「……さらばでごじゃる」

盗賊「ギャッ!」

盗賊「ぐ、ぇっ……」

闇夜にて屋敷に仇なす者の首を掻く、それが存在の全てとも言える冷酷な狐となった。

…………………………

くぅこ「しょ…しょの…やはり汚れ仕事をしている身に魅力はないということでごじゃろうか…」

男「そんなことないって。くぅこは可愛いよ」



あの日までは……。





………………………………

その後、せっしゃがあにじゃの言っていた言葉の真意を完全に理解できたのはあにじゃに命を奪われかけたときだった。

ヤオ「…だから忍者を志すことをやめ、抜け忍となることを勧めたというのに」

ヤオ「だが某が見てきた貴様の中で、今貴様は最も少女らしい顔をしている」

ヤオ「普通の街娘としてこの世に生を受けたなら…もう少し幸せに死ねたかもしれんな」

ヤオ「許せ…我が親愛なる妹弟子よっ!」


(ああ)


あにじゃは、心の底からせっしゃを愛してくれていたのだ。

だから、いつか来るかもしれなかったこの敵対する瞬間を、兄妹弟子同士で殺しあう瞬間を、必死に避けようとしてくれていたのだ。

己の信じる私情に揺さぶられない忍者になりきるために。


『えへへ~。かたじけないでごじゃるよ~』


妹弟子の笑顔を、失わないために。


……………………………………

くぅこ「はぁ…!はぁ…!」

ヤオ「その程度か」

くぅこ(まだ、一矢報いるには程遠いでごじゃるか……?)

短刀、手裏剣、クナイ、針、あらゆる刃物と武装を彼を傷つけるために振るうもそれらは全て受け流すだけのために振るわれた彼のクナイによって弾かれた。

妖術には妖術でかわされ、武器を使用しない純粋な体術に至っては組み伏せられるのが目に見えているので挑もうとすら思えない。

ヤオ「やはり、あの男に甘やかされてさらに弱体化したと見える」

くぅこ「主殿は関係ないでごじゃる!」

そう、例えせっしゃがあの血を血で洗う冷酷な狐のまま戦い続けていたとしても彼に一矢報いることができたか。

答えは恐らく否だ。

なぜなら彼と同じ道を歩んだところでせっしゃの目の前に広がるのは彼がさらに伸ばした道だからだ。

何処かで違う道、彼とは違うやり口、彼が知らない戦術を身につけないことにはこの圧倒的な実力差は縮まることをしらないだろう。

ならやはり今己が彼に見せるべきは……

くぅこ(主殿と共に寄り添うことで手に入れた力)

それしかない。

それでしか勝利は掴めないし、主殿を助けることは叶わない。

くぅこ(主殿……)

ヤオ「は……?」

せっしゃは両手に持ったクナイと短刀を地面に捨て、続いて胸内にしまっていた手裏剣、地下足袋に隠していた針すら放り出した。

くぅこ(この術を主殿以外に使用することを許して欲しいでごじゃるよ)

そしてゆらゆらと無防備に

ヤオ「どうした……戦意を消失し自暴自棄となったか」

ヤオ殿に近づいて行く。

ヤオ(妙だ。そのまま近づいてどうするつもりだ?まだ試していない純粋な肉弾戦を挑む気か?しかしそれでは武器を捨てる理由にはならない。口の中に針でも仕込んでいるのか)

ヤオ(浅はかなり。……千里眼の術)

殺意も戦意も、完全に捨てきるのは容易だった。

彼は自分を家族のように想い、親しくしてくれた相手だったから。

ヤオ(馬鹿な……手裏剣もクナイも針も見えない。それどころか殺意すら感じられない。だからといって逃げようという気も感じられない)

ヤオ(くぅこ貴様……)

ヤオ「一体何を企んでいる?」

くぅこ「……じゃ」

ついにヤオ殿の目と鼻の先まで近づき、彼の胸元に顔を埋めるようにして抱きついた。

抱きつかれて一瞬身構えたヤオ殿だったが、自らを抱く腕の力の弱さからすぐに構えを解いた。

ヤオ「どうした……」

くぅこ「あにじゃ……」

ヤオ「なっ!?」

ヤオ(どうして今になってその呼び名を……!!)

ヤオ「やめろっ!!」

(その呼び名はっ!!)

くぅこ「あにじゃ……?」

(某を忍道から遠ざけるっ!!)

ヤオ「……今すぐ離れろ。さもなければ刺し殺す」

くぅこ「別に突き放すことくらい造作もないことのはずでごじゃるよ」

ヤオ「……離れろと言っている」

少し上を向いて

尻尾を左右に振る。

くぅこ「何故でごじゃるか?」

耳は立てずに力を抜いて

前に体重をかけるようにもたれかかる。

ヤオ(なんだその顔は……)

ヤオ(一体何処で覚えた……そんな……)

くぅこ「許してほしいでごじゃるよ」

ヤオ(オスに媚びた顔を……!!)

くぅこ「ここを、通して欲しいでごじゃる」

ヤオ「そんな直球な願いを某が情けで聞くとでも?」

くぅこ「思っているでごじゃる」

くぅこ「あにじゃ……だから……」

くぅこ「せっしゃに優しかった……あにじゃだから……」

ヤオ「っ~~!!」

ヤオ「……馬鹿な奴め」

くぅこ「恩にきるでごじゃるよっ」

ヤオ「それ以上ひっつくな!!」

ヤオ「……興が冷めた。次はない」

くぅこ「二度あることは三度あると主殿が言っていたでごじゃるよ」

せっしゃはヤオ殿から離れると彼の真横を歩いて通り過ぎた。

主殿の囚われた屋敷の方向へ。

ヤオ「待て」

ヤオ「……乗っていけ。連れて行ってやろう」

くぅこ「くくっ。あにじゃもその優しさは変わらぬでごじゃるな」

ヤオ「黙れ。手遅れになりたいか」

くぅこ「ときにあにじゃ、奥さんがいるというのは本当でごじゃるか?変化を見破れなかったのはそれが信じられなかったのもあるでごじゃるよ」

ヤオ「……あんなもの作り話に決まっている」

くぅこ「何故わざわざそんな話を……」

ヤオ「あの男の声が耳障りだったからだ」

くぅこ「え」

ヤオ「……ごほん。行くぞ」

………………………………

しらこ「ずっとだんまりだね男殿」

シエン「これ以上悪人面をするのは心の臓が痛みいるが……早く観念した方がくぅこ殿の身のためにもなりますぞ」

男(そう、だよな……)

男(それに俺が戻ってこないとなれば妖狐姫が黙っていないだろう)

きっと、てんこさんを連れて俺を連れ戻しに来てくれるに違いない。

もともと妖狐姫はこうなることを予測して俺を引き止め続けてくれたんだ。これだけには賭けたくなかったが……

男(くぅこの命には変えられない)

男(ごめん!妖狐姫!)

男「ああ、そうだな」

しらこ「ふふっ、やっとボクの座椅子になってくれるんだね」

男「わかっ……」

男「っ!!」

そのとき確かに感じ取った。

天井裏の、いつもの気配を。

しらこ「どうしたんだい?」

男「いやまだだ。折れないぞ俺は」

男(分かるぞくぅこ)

今天井から降りて俺を連れ去ろうにもシエンさんとの衝突は避けられない。

明るい中真っ向でのタイマンではシエンさんに勝つことはできない。
それを彼女は知っている。

彼女には隙が必要なんだ。
シエンさんの不意をつけるだけの隙が。

男(どうするか)

さっきみたいにしらこに掴みかかるか?
それともシエンさんに直接飛びかかるか?

これらは多分どっちも通用しない。

何故ならどちらも俺の殺意が足りないから。

殺意が足りないとシエンさんに刀を使って貰えない。素手で肩でも腕でも服でもなんでも片手で捕まれて終わり。

空いた手で刀が瞬時に抜かれてそれがくぅこを止められる力になってしまう。

素人の俺が手っ取り早く殺意を出せるもの……刃物の他には何か、何かないのか……?

男(ん?)

ズボンのポケットの中にそっと指を入れる。

シエン「む……?」

男(あるじゃねーか。刃物)

くぅこから練習用に貰ってた手裏剣が、一枚。

男(チャンスは一回)

俺がこいつをシエンさんに投げて彼が手裏剣を刀で弾いたところを狙う!

男(座椅子しか能の無かった前までの俺とは違う)

…………………………

『…主殿は一度たりとも的に手裏剣を当てたことは無かったと記憶しているでごじゃるが』

『うぐっ…や、やってみなくちゃ分かんねーだろ』

…………………………

男(へへっ……見てろよくぅこ)

主殿の凛々しき投てき、見せてやるからよ。

男「……頼むぜ」

シエン「ぬっ!?」

男「くぅこ!!」

声と合図に手裏剣を投げつけた。

しらこ「シエン!?」

シエン「甘いっ!!」

予想通り手裏剣の不意打ちをシエンさんは見事に刀で弾いて見せた。

シエン「まさかそのような獲物を隠し持っていたとは……しかしまだまだ……」

しらこ「シエン上だ!!」

くぅこ「上出来でごじゃるよ!!」

シエン「何っ!?」

くぅこはシエンさんの背後に飛びつくと彼の首を手刀で叩いた。

男(よっしゃ)

シエン「かはっ」

くぅこが畳に着地すると同時にシエンさんは気を失って地面に倒れた。

くぅこ「自分の土俵で負けるつもりがないのはせっしゃも同じでごじゃるよ。常に背後からを始点とするのが汚れ者のやり方でごじゃる」

しらこ「い、いつの間に」

男「くぅこ、またヤオとやりあったんだろ?大丈夫だったのか?」

くぅこ「たたかうまでも無かったでごじゃるよ」

男「マジで!?くぅこさんパネェ!!」

さすが俺の家来!!

くぅこ「な、なんでごじゃるか……?そのハジけた反応は……」

しらこ(くそっ!!あの気分屋めっ!!やっぱり直接殺しが絡まないとやる気にならないのか!?)

くぅこ「さてしらこ様、今度こそ覚悟してもらうでごじゃるよ」

しらこ「ひっ!!」

男「やめろくぅこ!!」

くぅこ「しかし主殿!!この者はいわば裏切り者でごじゃるよ!!」

男「もういいだろ。美味い飯食わせてもらったんだから」

くぅこ「……そういう問題では」

しらこ「男殿……」

しらこ「ふふっ、いいんだよ。くぅこ殿の言う通りだ。ボクは快く話に乗ってくれたあなた方を裏切ったんだ」

男「そりゃあびっくりしたけど……くぅこも無事みたいだし、俺はもう怒ってないよ。気にすんなって」

しらこ「いいさ。くぅこ殿、ボクからもお願いするよ。こんな醜いボクを一思いに殺してくれ」

男「は?」

くぅこ「主殿、しらこ様も覚悟を決めたようでごじゃる。領地主として最期は清く責任を取らせて差し上げるべきでごじゃるよ」

男「くぅこまで何言ってんだよ……」

くぅこ「これ以上しらこ様を庇うのは逆にこの方への侮辱となりえるでごじゃる」

男「お、おいおい」

くぅこ「やはり血は見たくないでごじゃるか?そういうことなら先に屋敷の外に出ていても構わないでごじゃるよ。ことが済んだら追いつくでごじゃる」

くぅこは鞘から短刀を抜くと座り込むしらこの首に刃を近づけた。

しらこも抵抗する様子がない。
目に光はなく虚ろで、完全に全てを諦めきった表情をしていた。

男(こ、こんなの、おかしいだろ)

くぅこ「主殿、出て行くなら早くした方がいいでごじゃる。死への恐怖は感じる時間が長いと一度決めた覚悟も揺さぶってしまうでごじゃるよ」

男「そ、そうだ!命令だくぅこ。そんなことはやめろ!」

くぅこは黙ったまま短刀から手を離そうとしない。

男「はっは……おーい。聞こえなかったのか~?主殿からの命令だぞ~?」

くぅこ「主殿」

男「な、なんだよ」

俺をキッと睨んだ彼女の顔には鬼神すら宿っているように見えた。

くぅこ「主殿がせっしゃを心配してくれたように、せっしゃもまた主殿の身を心の底から案じていたでごじゃるよ」

くぅこ「主殿は、主君を危険にさらされたこの怒りを……我慢して内に秘めろと仰るでごじゃるか?」

『鬼の目にも涙』俺が今彼女の顔を絵にして描いたならその絵にそう命名しただろう。

『我慢』それは俺が彼女に対して命令によって禁止したこと。
こいつに更に暴君の魂を重ねて命令できるか……彼女の涙を見れば答えはノーだった。

男(くそっ)

それ以上は俺は彼女と目を合わせることができず視線を下にそらした。

命令は使えない。
しらこも死を受け入れようとしている。

この状況をなんとかして止めたいなら、くぅこの怒りの矛先を向ける場所を新たに作りながらしらこの諦観を正さなくてはならない。

しらこ「生きてても、もう意味なんかないんだ」

突然しらこがぼそぼそと蚊のなくような声で呟いた。

男「……くぅこ、せめて少しだけでもしらこと話す時間をくれ」

くぅこ「……しょーち」

男「ありがとうくぅこ」

くぅこは声こそ鋭く反抗的だったが、仕方なさそうに短刀の刃先をしらこから遠ざけた。

男「しらこ、なんでそんなこと言うんだ?」

しらこ「そんなの、分かっているだろう?」

しらこ「貴方が手に入らないからだよ……」

男「そんな理由で……」

しらこ「そんな理由だと!?」

しらこ「例えばこれから先どのような幸福を得ても……貴方の上で眠る以上の幸福は、手に入れられそうにないんだ……。できることなら、ずっと貴方の膝で抱かれて眠っていたいのに」

しらこ「何もやる気がしないんだ……もう貴方の上に座ることはないと思うと」

しらこ「そんなの、生きてる気がしないよ……」

いつか、誰かの感情を動かすような存在でありたいと、誰かの生きる理由になるような存在になりたいと、そう思ったことがある。

しかし俺はその先を深く考えたことがなかった。

誰かの生きる理由になるということ、それは逆に誰かの死んでもいいと思ってしまう理由になること。

…………………………


『かたじけにゃい…せっしゃも…主殿のためならこの命惜しくないでごじゃるっ…』


……………………………

それを共に誓い合った仲なら、全然苦ではないが……

自分が一方的にその立場になってしまうというのは、あまりいいものではなかった。

男「……はぁ」

てんこさんから一番最初にしらこの話を聞いたときから薄々気がついてはいたが、こいつはまぁまぁ暴君だ。

多分俺が妖狐姫との縁談に割って入る前まではこの世の欲しいと思ったものは意地でも手に入れてきたのだろう。

だから安い妥協を知らない。

くぅこ「もうよいでごじゃるか?」

男「くぅこ、まだもう少しだけ待ってくれ」

くぅこ「ぬぅ……」

男「目標を見失っちまったってことか?……俺が手に入らないって分かったから」

しらこ「まぁ、そんなとこだよ……」

男「分かるよ、その気持ち」

しらこ「ふぇ?」

男「目標がないとなーんにもやる気が起きねーよな。俺も自分に目標を作るのが下手くそでさ」

男「その内自分がやる気にならないだけなのに、『自分は何をやっても駄目なんだー』って思い始めちゃって気がつきゃ穀潰しよ」

男「やっぱり俺たち気があうんじゃね?」

しらこ「え?え?」

男「な」

俺はしらこの前に座り込んで彼の両肩に手を置いた。

男「俺と友達になってくれないか」

しらこ「友……達……?」

くぅこ「主殿!?何の話をしているでごじゃるか!?しらこ様は今から……」

後ろのくぅこの声に構わず続ける。

男「友達になったらさ、遊びに行くんだ。一月に一回でどうだ?一月に一回しか会えないって言ったら寂しいけど、一月に一回のお楽しみって考えたら……ワクワクするだろ?」

男「俺が遊びに来たらさ、この街のいろんな場所へ案内してくれよ。楽しい場所とか、美味いものが食える場所とか……あ、それは舌の肥えきったお前には難しいか」

男「後はさ……」

しらこ「う、うん」

男「俺の膝椅子に乗って、一緒に昼寝したりとか、さ……」

しらこの瞳は、徐々にだが光を取り戻し始めていた。

きっと俺と過ごす一ヶ月後の1日を、頭の中で思い描いてくれているに違いない。

男「目標を見失って生きる糧がないんだなんて言うなら、一月に一回俺がその目標になる。俺もその日を一月の楽しみにするよ」

男「だから、その……あー!うまく言えないけど」




男「お、俺のために生きろ!」




しらこ「え……」

くぅこ「はぇ!?」

しらこ「う、ぅ……」

何故か、しらこの顔が赤くなっていく様子が見えた。

男(あれ?俺なんか変なこと言ってる……?)

しらこ「わ、分かったよ。貴方と友人になるから……いい加減その手を離してくれないか」

男「あ、ごめん痛かったか?」

彼の肩から手を話す。

確かに熱弁し過ぎて手に力がはいってたかも……

しらこ「……そういうわけじゃ、ないけどさ」

くぅこ「主殿。話はそれで終わりでごじゃるか?」

男(さて、次はこっちをなんとかしないと)

しらこ「ひぃぃ!あ、あ……」

しらこは人が変わったかのようにくぅこに怯え始めると俺の後ろに隠れた。

どうやら生きようという気になってくれたらしい。

くぅこ「主殿、そこを退くでごじゃるよ」

男「友が過ちを犯してしまったときは共にそれを償ってあげるのもまた友情の王道よ」

俺は臆することなくしらこの前に背を向けて立ち、彼の前で両腕を広げて見せた。

男「くぅこ、しらこの代わりだ。その怒りは俺へぶつけろ。俺を斬れ」

くぅこ「主殿、本気でごじゃるか」

す、すみません臆することなくというのは真っ赤な嘘です。

短刀でも十分怖い。

男(ま、まじで漏らしそう。ってかくぅこが本気で俺を斬って全治一ヶ月後で済むのか?)

男「し、死なない程度でお願いします」

さっきまでアホみたいに格好つけていたのにそれを全てパーにするほど格好悪い発言が思わず口から溢れた。

くぅこ「はぁ。そんなこと、姫様に勝手でできるわけないでごじゃろう。ここは主殿と美しい友情に免じて全て水に流して差し上げるでごじゃるよ」

男「く、くぅこ~!!」

ため息を吐き短刀をしまうくぅこに俺は抱きつきながら泣いた。

くぅこ「何だかいつもの主殿を見たら、全部どうでもよくなったでごじゃるよ」

くぅこ(……にしても)

…………………………

『お、俺のために生きろ!』

…………………………

くぅこ(やはり主殿はとんでもない方でごじゃるな……)

くぅこ(くくっ、せっしゃ一生ついて行くと決意しなおしたでごじゃるよ)

…………………………

男「んじゃあなしらこ」

しらこ「ああ、もうすっかり夕暮れだね。改めて……騒ぎを起こしてすまなかった」

シエン「あっしからも謝罪いたす」

男「もういいって。そんなことより一ヶ月後、楽しみにしてるからな!」

しらこ「う、ん……」

……………………

男「はぁ、こりゃ妖狐姫もカンカンだな」

くぅこ「そうならないためにできるだけ早く帰れる手配をしておいたでごじゃるよ」

男「マジ!?さすがくぅこ!!」

くぅこ「ヤオ殿に頼んでおいたでごじゃる」

男(え?ヤオから逃れるだけじゃなくてそんなことまでしたの?)

あのヤオが安安とくぅこからそんなお願いを聞くとは思えない。

男(戦うまでもなかったとか言ってたけど、一体何したんだ……?金……?)

あいつも現金なやつだなー……

男「で?その車屋はどこだ?」

くぅこ「そろそろ来るはずでごじゃるよ」

くぅこが向いた方向からものすごい土煙を上げて何者かが迫ってくる。

男「え……?もしかして手配した車屋って」

くぅこ「くろこ殿でごじゃるよ」

くろこ「へいへい兄ちゃん!!ひいきにしてくれてありがとー!!あ、もしかしてアタシに惚れちゃった?いけないんだー!!浮気なんだー!!」

くろこ「ま、出すもの出してくれたらどこまでも相手してあげるけど?茶屋と宿屋に寄るのは別料金だけどさ」

男(さ、最悪だ……)

くぅこ「くろこ殿、冗談はそこまでにして隣街まで急いでほしいでごじゃる」

男「あ、急がなくていいよ。急がなくていいから」

こいつのジェットコースターに乗るくらいなら妖狐姫に怒られた方が何倍もマシだ。

くぅこ「何を呑気なことを言っているでごじゃるか。くろこ殿、超特急で頼むでごじゃるよ」

男「え、ちょっ……」

くろこ「はいはい了解。じゃっ、縛ってやるから、そこに二人ともうつ伏せで転がりな」


くろこ「それじゃっ、隣街の屋敷まで……しゅっぱーつ!!!!!!」


「いやあああああああ!!!!!!」



………………………………

しらこ「さてさて明日から忙しくなるぞ」

シエン(しらこ様、男殿が帰ったというのに随分と上機嫌ですな)

しらこ「ああ~!!!!」

シエン「どうかしましたか」

しらこ「男殿に好きな食べ物を聞くのを忘れていた!!シエン、明日隣町まで行って聞いてこい!!」

シエン「なっ!?」

しらこ「先ずはそれを中心にボクも料理の練習をしよう」

シエン「おや?そのようなことをしなくても屋敷の料理人に頼めばいいのでは?」

しらこ「ボクが作りたいから作るんだ!!」

シエン「は、はぁ」

しらこ「後はそうだな。一月に一回の日だ。やはり服装も特別なものを用意しよう」

しらこ「男殿の世界のものなんてどうだろう。うわさには聞いたことがある。なんでもあの世界にはめいど?服なるものがあってそれが殿方に人気らしいな。きっと最高級の服装に違いない」

しらこ「そうと決まれば明後日にでも転移鳥居を開こう。準備だシエン」

しらこ(ふふっ……男殿……)

しらこ「後はそうだな。一月に一回の日だ。やはり服装も特別なものを用意しよう」






「今度こそ、貴方をボクのものに……」






~しらこの野望~

おわり

>>331

みすった







「今度こそ、貴方をボクのものに……」






~しらこの野望~

おわり

なうろうでぃんぐ…

(-ω-)

妖狐姫「うにゅも中々座椅子の心得が分かってきたのう」

てんこ「光栄でございます姫様」

妖狐姫「あの日の夜にあやつからいろいろ学んだのかの?」

てんこ「あの日とは?」

妖狐姫「うにゅに座椅子を貸してやった日のことじゃ」

てんこ「え……?あ、えーっと……ですね……あの日の夜は……」

妖狐姫「む、なんじゃ急に心地が悪くなったの」

てんこ「も、申し訳ございません」

妖狐姫「やはりあやつが恋しいのぅ……はよう帰ってこぬのか」

てんこ「……そうですね。私も早く旦那様とくぅこの顔を見て安心したいものです」

妖狐姫「ぬぅ、なんとかしてあやつの方からもわらわから離れがたいようにできぬものじゃろうか」

妖狐姫「やはりコウノトリとやらに認められるほど仲を深めなくては……」

てんこ「あ……はい。そうでございますね」

妖狐姫「む……?」

妖狐姫「のうてんこ」

てんこ「はい。どうなされましたか」

妖狐姫「前にコウノトリとやらの話を座椅子にしたときにあやつからあわれむような視線を送られたのじゃが……」

てんこ「は、はぁ」

妖狐姫「何故か今のうにゅも同じような顔をしておるのじゃ」

てんこ「そ、そんなことは」

妖狐姫「うにゅの言っておったこと……はたして本当なのかの……?」

てんこ「う……」

………………………………

男「う、うえぇ……」

くぅこ「くろこ殿、助かったでごじゃるよ」

くろこ「はいまいどあり。兄ちゃんもまたね~」

くろこ式ジェットコースターを降りた俺は彼女の巻き起す土煙を背中で浴びながら一人えづいていた。

男「ゴホッ!!ゴホッ!!うぇ……」

男(だからかかってんだよ。帰るときくらい歩け!!)

くぅこ「主殿……大丈夫でごじゃるか……?」

地に膝を着く俺の背中をくぅこが優しくさすってくれた。

……少し救われた気がする。

男「はぁ、さっきの土煙もそうだが道中も酷かったしおかげで全身ドロドロだ。こりゃ屋敷に上がったら一番に風呂だな」

くぅこ「それがいいでごじゃるな。せっしゃ主殿の背中を流させてもらうでごじゃるよ」

男(マジで?)

かなり救われた気がする。

くぅこ「てんこ殿に戻ったと伝えてくるでごじゃる」

くぅこはそう言い残し、屋敷の塀をひとっ飛びで越えて行った。

男(あれじゃあ他の忍者も楽勝で進入できそうだな)

あまりの屋敷の警備のザルさに少し心配しながらも門の前で待機していると内側から門が開き始めた。

男「ただい……」

門が開き、見えてきたてんこさんの姿に挨拶する前に俺の懐に弾丸のように妖狐姫が飛び込んできた。

男「うわぁ!!」

妖狐姫「座椅子っ!!」

男「あはは……ただいま……」

てんこ「おかえりなさいませ旦那様。姫様は夕方からずっと落ち着かない様子でな。大変だったのだぞ?」

妖狐姫「ぐしゅ……座椅子ぅ……」

男「なんで泣いてんだよ」

妖狐姫「うにゅにもしものことがあったら……わらわは……わらわは……」

男「おおげさだな。戦地から帰ってきたわけでもあるまいし」

男(いやちょっとした戦地だったか?)

まあそんなこと口が裂けても言えない。
多分もう二度と隣街へ行けなくなる。

男「というか今俺にそんなにひっついたら泥つくぞ」

てんこ「たしかに酷い格好だな」

男「車屋をえらばないとこうなった」

てんこ「その車屋は儲かってるのか……?」

男「ははっ……どうでしょうか」

あれで儲かってるならこの世に車酔いという言葉は存在しなさそうだな。

男「とりあえず風呂入っていいですか?」

てんこ「ああ、それは全然構わないが」

妖狐姫「ならわらわも一緒じゃ!!」

男「え」

てんこ「なっ!?姫様は先ほど私と入浴を済ませたばかりではありませんか」

男「そ、それに俺と一緒にだなんて……なぁ……?」

くぅこと背中を流し合うという俺の天国計画に若干の支障が出るではないか。

それは一大事だ。

くぅこ「てんこ殿、良いでごじゃろう。たまには夫婦水入らずで裸の付き合いというのも」

てんこ「くぅこ……」

くぅこがそんなことを言いながらてんこさんの後ろから歩いてきた。

男「え?じゃあくぅこは……」

くぅこ「せっしゃは後で一人ゆっくりつからせてもらうとするでごじゃるよ」

男(そ、そんなにこにこした顔でこの世の終わりみたいなこと言わないでくれよ……)

妖狐姫「座椅子、忘れたわけではあるまいな」

男「何をだよ」

妖狐姫「帰ってきたらいつもの百倍わらわを愛でるという約束じゃ」

妖狐姫「百倍というのは片時も離れることのないということじゃ」

男「え、そういう意味だったのか」

妖狐姫「うむ。今晩は風呂も寝るときも共に過ごすのじゃ」

くぅこ「それがいいでごじゃるよ」

男「ちょっと待っていやその……」

妖狐姫「そうと決まればさっさとゆくぞ!!専用の座椅子がいつまでも汚れていては座るに座れんからな」

俺の背後へと回り込んだ妖狐姫が両手で俺の背中をぐいぐいと押し、屋敷へ上げていった。

男「あの……俺のうはうは天国は……」

妖狐姫「何をわけのわからんことを言っておるのじゃ。さっさと歩かんか」

男「……はい」

こうして俺の救われたような気持ちは風に舞う灰のようして消えたのであった。

泣きそう。

てんこ「……大丈夫なのだろうか」

くぅこ「てんこ殿?」

てんこ(……今の姫様は)

(少し、危険かもしれん)







妖狐姫百倍の夜






なうろうでぃんぐ……

(-ω-)

妖狐姫「極楽極楽なのじゃ」

だだっ広い湯船の中、長い金髪を短く留めた妖狐姫は俺にもたれかかってご満悦だ。

男(これ広いの意味ないよな)

これならあっちの世界の俺の家でもできそうなくらいだ。

妖狐姫「やはりわらわにはうにゅのおらん日なぞ考えられぬな」

男「あー、そのことなんだけどな」

妖狐姫「む?」

男「俺、いろいろあってしらこと友達になったんだ。んでまぁこれからも隣街に遊びに行くことにしたんだよ」

男「だからこれからも一月に一回は俺のいない日があるんだ」

これくらいの報告は前もってしとかなければ……何も言わずに行こうとして妖狐姫に引き止められて隣街に行けないとなるとしらこが可哀想だ。

妖狐姫「な……」

男「ごめんな」

先ほどまで上機嫌だった妖狐姫の顔はしょんぼりとした表情になり、今にも泣きそうな顔で俺をじっと見つめてきた。

男(さすがにそうなっちゃうか)

男「じゃ、じゃあさ、こんなのはどうだ?俺が隣街から帰ってきた日は必ずいつもの百倍お前の相手になるってのは」

男(まあ一緒に風呂入って寝るくらいなら……)

妖狐姫「っ……」

男(……あれ?)

十秒ほど、風呂場は沈黙の中を水音が泳ぐだけとなった。

やがて妖狐姫は身体をくるりとこちらへ向け、俺を見上げると口を開いた。

妖狐姫「うにゅは……この街に飽きてしもうたのかの?」

男「え?」

妖狐姫「わらわと寄り添うことに、飽きてしもうたのかの?」

男「そ、そんなわけ」

妖狐姫「なら何故そんなことを言うのじゃ!!」

妖狐姫は俺の首に腕を回すとそのまま抱きついてきた。

彼女の身体に巻いてあった布は水を吸って重くなったせいか彼女が軽く立ち上がると同時にずるりと落ちて湯のなかに取り残された。

妖狐姫「わらわはこんなにも……うにゅと離れがたいというのに」

妖狐姫は一糸まとわぬしっとりと濡れた柔肌を俺の全身に押し付けてその言葉を体現した。

男「ちょっ……落ち着けって……」

多分、落ち着いてないのは俺の方だが……

いつも膝に乗せている妖狐姫といえど、全裸でこうされると落ち着いていられるわけがない。

いや、俺が幼女好きかどうかなんてのはこの際関係ないだろう。

男(そうだろう!?くぅこ)

……近くにくぅこの気配はない。

男(マジで夫婦水入らずにしてくれたのかよ)

今はその気遣いが逆に憎い。

男(主殿が幼き姫様を襲ったりしたらどうするのって!!)

男「この街に飽きたとか、お前が嫌になったとかじゃないから……本当だって……」

妖狐姫「……ならその証明をするのじゃ」

男(前にもこんなことがあったような)

………………………………

『じゃっ、じゃが…そうじゃな。やはりしらこもほざいていた通り言葉だけというのは信用ならんな』

『行動で示してみせよ』

………………………………

男(そういえばこいつはそんなやつだったな)

そのことを思い出し軽く深呼吸すると俺は妖狐姫を抱きしめた。

男(……柔らかい)

彼女と初めて会ったときのことを思い出す。
服の無い彼女はあのときの何倍も柔らかかった。

……それこそ、百倍。

全身の肌が吸い付くように俺と密着する。

男「これでいいか?」

妖狐姫「まだじゃ」

男(駄目か)

これ以上を求められると本当にいろいろ危ないことになりそうだけど。

男「せ、せっぷん?」

……しないと駄目ですかね?やっぱり。

妖狐姫「そうではない」

男「ん?」

あれ、違うのか。



妖狐姫「……わらわと、子をなすのじゃ」




男「へ?」

男(妖狐姫と……え……?)

頭の中で次々と犯罪的な妄想が膨らんでいく。

あと妄想と一緒にいろいろ膨らんで

男(いや、ちょっと待て落ち着け俺!!)

重要なことを忘れていた。
それは彼女がまだ赤ちゃんはコウノトリさんが運んできてくれるものだと思っていることだ。

つまり彼女の言う『子を成す』ということはそれすなわちコウノトリさんが認めてくれるくらい彼女とイチャイチャすることだ。

それならなんともない。

男「あはは……いやでももう夜だしコウノトリさんは今寝てるかもしれないぞ?だからいっぱい仲良くするのは明日からでも……」

妖狐姫「てんこから聞いたのじゃ」

男「ん?何を?」

妖狐姫「しょの……正しい子のなし方じゃ……」

男(てんこさんおい)

妖狐姫「だからの?もしうにゅもわらわから離れがたいと思ってくれておるのなら……それを示してほしいのじゃ」

妖狐姫「……わらわと」

妖狐姫は上半身だけでなくじりじりと下半身も浮かせて近づけてきた。

妖狐姫「……血を混ぜあって」

男(あれ……?)

何かが変だ。

もくもくと白い湯気が立ち込める風呂場、しかしその湯気は次第に桃色に染められていった。

まるで湯気じゃない何かになるように。

それに伴い俺の頭も靄に包まれるように意識が朦朧としてくる。

上目遣いで俺を見上げる妖狐姫が目を瞑って顔を寄せてきた。

妖狐姫「ん……ちゅ……」

彼女の舌が俺の口内を舐めとるように這う。

その感触が、死ぬ程気持ちいい。

妖狐姫「ちゅっ……れろ……ちゅっ……」

男(なんだ……これ……)




幻覚を見た。




大口を開けた狐の化け物が、俺の頭を丸呑みにする。




……そんな幻覚。



男(駄目だ。なんかよく分からないけど、これは駄目だ!!)

男「ぷはっ……!!」

幻覚のせいか、それとも俺の最後の理性がそうさせたのか、一瞬恐怖にも似た感情を抱いた俺は妖狐姫の両肩を持って彼女を突き放した。

男「はぁ……はぁ……」

妖狐姫「座椅子……?」

俺に拒絶されたかのように感じてしまったのか、彼女はまたも涙目で俺を見た。

男(な、なにかフォローを)

男「ちょっとのぼせそうになった……そろそろ上がろうぜ」

俺は彼女の手を引いて風呂場を出た。



男「ほら、身体拭いてやる」

乾いた手ぬぐいで彼女の全身を拭いていく。

上から順番に、肩、胸、背、腹、尻、太もも

妖狐姫「んっ……」

男(……すべすべだ)

最後に別の手ぬぐいで彼女の髪をわしゃわしゃと包んだ。


男「はい終わり」

妖狐姫「……座椅子」

男「ん~?」

妖狐姫「今日は、寝るときも一緒じゃぞ?」

『今日は寝るときも一緒』帰ってきたときにも聞いたその言葉の意味は全く違うものとなって脳に認識された。

男「う、うん。分かってる」

やっぱり、何かが変だ。

今日は彼女の上目遣いを見るといつもより妙にどきどきしてしまう。

『可愛い』を超えた感情を抱きそうになってしまう。

誰もが一度は思ったことがあるであろう、あの風呂上がりに鏡を見たら『あれ?俺って結構イケメンじゃね?』と思ってしまうアレ。

アレがもし女の子にも適用されるならそれのせいかもしれない。

……とか?

男(ないか)

白い襦袢を羽織った妖狐姫は風呂場の脱衣所の戸に手をかけると最後にもう一度だけこちらを向いた。

妖狐姫「……先に部屋で待っておるぞ」

そう言い残し彼女は脱衣所を後にした。

男「はぁ……」

男(どうしよう。妖狐姫が百倍可愛い)

頭を抱えていると外側から誰かが戸を叩いた。

男「はい?」

男(くぅこかな?)

「旦那様、少しお話が……」

男「あれ?あ、はい!!ちょっと待っててください」

……………………

男「で、話とは」

服を着た俺は妖狐姫の部屋へ行く前にてんこさんの部屋へ寄っていた。

男「さ、先に言っときますけど!!別にあいつには何もしてませんからっ!!」

もしそのことで俺を叱ろうというのなら止めてほしい。
むしろ何もしなかった俺を褒めてほしいくらいだ。

てんこ「その逆だ。私は旦那様の心配をしていたのだ」

男「え?俺の、心配を?」

てんこ「そうだ」

てんこさんは湯飲みに淹れた茶を一口すすると話し始めた。

てんこ「……実は、領地主の血筋を持つものは年頃になるとその子孫を残すために無意識に異性を引き寄せるための妖気を出すのだ。後継者を確実に作るためにな」

てんこ「旦那様がそれに当てられてないか心配になったのだ」

男(なるほど、あの変な感じや桃色に見えた湯気はその妖気が原因か)

男「正直……当てられてました」

原因がはっきりしているならてんこさんも怒るまい。

てんこ「はぁ、やはりか」

男「あの、やっぱり腹くくれってことですか……?」

てんこ「まぁ、たしかに姫様ももう子どもを産めないわけではないし、街のためを思うならそういうことも早いに越したことではないのだが……」

てんこ「姫様ほどの幼い身体で子を産むとなるとそれだけで姫様の命の危機に繋がる」

てんこさんの言葉は何処か尋常じゃない重みを感じた。

男(まるでそういうことがあったかのようだな)

………………………………


『実は姫様の母上は姫様をお産になったさいに他界されて…』

………………………………

男「っ!!まさか……」

てんこ「ああ、そのまさかだ。姫様の母上は姫様ほどの歳で亡くなっておられる」

男(お、お義父さん……あんたって人は……)

英雄、色を好みすぎた。

てんこ「だから姫様にはまだご自身の成長を待ってほしかったのだ……それは叶わぬことではなかったはずだったのだが……」

てんこ「今回の件で姫様の中の旦那様への想いが爆発してしまったようなのだ」

てんこ「旦那様!!どうにかして姫様のお気持ちを落ち着かせてほしいのだ!!」

男「ど、どうやって……」

てんこ「それはもう……いつもの百倍姫様のお相手をするしか……」

もう百倍ってなんだよ。

てんこ「しかしやはり旦那様も殿方……血筋の妖気に当てられてずっと劣情を抑えていろというのは酷だろう」

男「……まぁ」

てんこ「だから」

てんこ「ど、どうしても我慢できなくなったときは……またこの部屋へ来てほしい。私が旦那様の……を……介抱しよう……」

男「え……」

てんこ「う、嘘じゃないぞ!!これも姫様のため……私は本気だ!!」

本気だと分かってもらうためだろうか。
てんこさんは顔をずいと寄せて俺に迫った。

絶対無理してる。

男「あ、あの……分かりました。分かりましたから」

男「じゃ、じゃあ万が一のことがあったときは……よろしくお願いします」

俺は畳に手をついて立ち上がると決意した。

男(てんこさんの手を煩わせるわけにはいかない)

耐えねば。

てんこ「旦那様……」

男「失礼します」

…………………………

廊下に出た俺は両手で自らの頬を挟むように叩いた。

男(……ちょっとてんこさんもいつもより可愛いなって思っちまったじゃねーか)

男(あーあーくそ!!一日屋敷を離れただけでみんながこんなにも愛おしく感じるなんて)

ホームシックも百倍だ。

男「はぁ……さて、どうしたもんかね」

男「……そういやくぅこは今頃風呂場か」

男(ちょっと、脱衣所に戻るか)

なうろうでぃんぐ……

(-ω-)

…………………………

妖狐姫「座椅子、遅かったではないか」

男「あー、ちょっとな。てんこさんと話してた」

妖狐姫「むぅ」

妖狐姫は少し頬を膨らませてから、布団の中に入った。

妖狐姫「はよう!!」

敷き布団に俺が横になれるスペースを作ると彼女は急かすようにその場所をバシバシと叩く。

男「はいはい」

妖狐姫「はーよーう!!」

男「ちょっとくらい待てよ。よっこいしょっと」

俺が布団に入ると妖狐姫はいの一番に俺に抱きついた。

それに応じるように俺も彼女の頭を撫でる。

妖狐姫「まふっ……」

男(あれ?)

これではいつもと同じだ。

男(なら)

そう。このまま頭、そして尻尾を撫でていれば妖狐姫は確実に寝るはずだ。

そして彼女が寝た後に俺も無事就寝。
俺が戻ってきたことによって血筋の妖気も治まって明日にはいつも通り。

男(なんだ簡単じゃないか)

どうやら無理矢理魂を賢者にジョブチェンジさせるまでもなさそうだ。

俺はいつものように左右に揺れる妖狐姫の尻尾に触れた。

そのときだった。

妖狐姫「んっ、ひゃっ……」

男(ん?)

何故かいつもと反応が違う。

男(触り方が悪かったか?)

さらに『いつも通り』を強く意識して尻尾を撫でる。

妖狐姫「……んぁ」

またいつもとは違う反応。
しかし妖狐姫はくすぐったそうな反応を見せながらも俺の服を掴んだまま離そうとしない。

男(な、なんで……)

妖狐姫「座椅しゅ……」

男「妖狐姫……?」

妖狐姫「今日はいつもの百倍じゃ。その、頭と尻尾以外も……触ってほしぃ……のじゃ……」

妖狐姫が襦袢の袖を軽く引いて見せると先ほども脱衣所で触れた真っ白な肩が露出する。

彼女は自身の頭の上に置かれた俺の手を持ち上げるとそっとその肩に置いた。

男(まただ……)

視界が桃色の妖気ではっきりしなくなる。

手は俺の意思に関係なく勝手に動き出すと彼女の肩を撫で始めた。

妖狐姫「んむっ……」

またも無抵抗に彼女の口づけを許してしまう。

妖狐姫「ちゅっ……」

そしてさっきまで肩で止まっていた手は彼女の服に侵入しその小さくも熱のある鼓動を感じ取っていた。

妖狐姫「ちゅぅ……んはっ……」

妖狐姫は俺から顔を話すと勢いよく俺の胸に顔を埋めて

妖狐姫「……しゅき」

そう呟いた。




また、大きな狐の化け物が大口を開けた。




男(ああ……)




そして、ついに俺を頭から丸呑みにした。



男「妖狐姫」

俺は身体を起こすと彼女に覆いかぶさった。

目を潤ませ、服のはだけた妖狐姫が俺をまっすぐに見つめる。

妖狐姫「男」

妖狐姫「うにゅと血を混ぜ合う覚悟は、とおにできておるぞ……」


なるほどな

男(これが代々伝わる血筋の力、か……)

ありがとよ。
大きな化け狐さん。

あんたの力に背中押されたおかげで、もっと妖狐姫のことを好きになれた気がするよ。

でも本気で好きになったなら……




………………………………

『姫様ほどの幼い身体で子を産むとなるとそれだけで姫様の命の危機に繋がる』

『旦那様!!どうにかして姫様のお気持ちを落ち着かせてほしいのだ!!』

………………………………




男(守らなくちゃ、だろ)





決意と共に取り戻したほんの少しの意識の中、俺はズボンのポケットを上から握りしめた。

中に忍ばせておいた手裏剣の四つ角がズボン越しに手のひらに食い込む。

男「ってぇ!!」

妖狐姫「座椅子!?」

男(さっきくぅこの持ち物から持ってきといてよかった……後で返しとかないとな……)

俺は布団から飛び出すと部屋の隅にある柱の方向へ全力で走り出した。

男「らぁっ!!」

さぁ、逃げよう。

男(腰抜けなんでっ!!)



妖狐姫「何処へ行くのじゃ!!」

目には見えないが、狐の化け物の姿をした妖気は確実に俺をもう一度飲み込もうと追ってきていた。


その大口を広げて……

男(なーにが眠らせたらいいだ)

男(てめぇが先に眠ってろ!!このっ!!)

柱に手をついて頭を後ろに引く。

男(ロリコン座椅子野郎!!)






俺が頭を前へ降ったその後、部屋には鈍い音が響きわると共に、百倍の夜は終わりを告げた。





………………………………

てんこ(もし本当に旦那様が私を頼ってきたらどうしよう……)

てんこ(ひ、姫様を差し置いて旦那様と……)

てんこ「いやいやいや!!気をしっかり持ててんこ!!」

てんこ「これも姫様のため姫様のため姫様のため……ぶつぶつ……」

妖狐姫「てんこ!!」

てんこ「ひぁ!?だ、旦那様!?す、少し心の準備をする時間を……」

妖狐姫「寝ぼけておる場合か!!座椅子が……座椅子が……!!」

てんこ「ひめ、さま……?」

……………………………

男「うっ……うん……?」

目を覚ますと、日差しの眩しい朝が来ていた。

俺を覗き込むてんこさんの顔が見える。

てんこ「はぁ……確かになんとかして姫様を落ち着かせて欲しいと頼んだのは私だが……もう少しやり方はなんとかならなかったのか?」

てんこ「深夜にいきなり部屋の戸が開いたから旦那様かと思ったら青ざめた顔で姫様が私を頼ってきたのだ」

男「すみません。……いっつ!!」

謝りながら身体を起こすと頭痛が走った。

てんこ「冷やしてだいぶマシにはなったが額にはコブができていたんだぞ」

男「あの……妖狐姫はどこに?」

てんこ「姫様ならそこに」

てんこさんが俺の方を指差したので反対側を向くと妖狐姫がふてくされたように背を向けて丸くなっていた。

てんこ「……私は新しい氷を取ってくるよ」

「その間になんとかしておけ」声としては聞こえなかったが、部屋から出て行くてんこさんが俺を横目で見たとき、俺にはそう言っているように見えた。

戸が閉まる音と共に俺は布団から出た。

男「妖狐姫」

妖狐姫「……なんじゃ」

口こそ聞いてくれたがさすがに視線まではまだ合わせてくれなかった。

男(そりゃそうか)

女の子に恥かかせたんだ。
当たり前だ。

男「てんこさんから聞いたりした?」

男「俺がお前とその……こ、子づくりしなかった理由……」

妖狐姫「別に、理由なぞどうでもよいわ。血を持ってしてもわらわにはうにゅを惹きつける魅力がなかった。それだけの話じゃ」

血の話も聞いたのか。
ショックが大きいわけだ。

男「いや、その逆だよ」

妖狐姫を後ろから両腕で優しく抱いた。

妖狐姫「はぅ……?」

男「お前のこと、もっと好きになったから……守りたくなったんだ」

妖狐姫「む、むぅ……ならうにゅは、わらわのどういうところが好きなのじゃ?」

男「うーん?そうだなー……」




…………………………


『わらわの座椅子となるのじゃ』

『ええい!うるさいうるさい!うるさいぞ!てんことくぅこは今すぐ出て行くのじゃあ!』

…………………………



男「何もかもが突然でわがままだけど」







…………………………


『うむうむ。よいぞよいぞ!思った通りじゃ。うにゅと初めて出会ったとき、確信したのじゃ。うにゅはわらわにぴったりの座椅子になるとな』


『だからある日、本当にせっしゃなんかで良かったでごじゃるのかと主様に聞いたら『うにゅはわらわの目が節穴だと言いたいのか』と怒られてしまったでごじゃる』


…………………………




男「他人の長所をしっかり見る目があって」








…………………………

『はしたないものを見せてしまって申し訳ない…ですが…これでお分かり頂けましたか?少なくとも、わらわはこの者に愛情を抱いています』

…………………………



男「一度決め切ったことは絶対に曲げなくて」






…………………………

『ならぬ!くぅこが勝てなかった相手がまた攻めてきたらどうするのじゃ?怪我人が増えるだけじゃ…それどころか死人すらでるぞ…』


『まあそう下手に出るでない。そこでじゃな…うにゅには普段の感謝の気持ちも込めて本日は休暇を取ってもらいたいのじゃ』

……………………………




男「仲間想いなところが好きかな」




妖狐姫「わ、わがままは余計じゃ!!」

男「わがままも含めてお前だろ?」

妖狐姫「……それだけかの?」

男「いいや?そして何より」

これはきっと、俺が彼女の中で一番好きなところに違いない。




男「そんなにも芯が強くて立派な領地主なのに、なぜか俺にだけは……」




………………………………

『このわらわの美しい髪と尾を、この世で最も愛しいものに捧げる愛を持って撫でるのじゃ』

『んっ…あぁ…おい…撫でる手を止めるでない…揺籠から落とされた赤子の気分になる…』

『浮気した罪はその都度たっぷりとわらわに還元してもらうからな』

『座椅子…わ、わらわは…うにゅこと、愛しておるからの…』

『の~座椅子ぅ~…やはり仕事中もうにゅに座ってはいかんのか?もともとそのためにうにゅを連れてきたのじゃが…』

『帰ってきたらいつもの百倍わらわを愛でるのじゃ~!!!』

………………………………









男「超がつくほど甘えん坊なお前が、俺は好きだよ」







妖狐姫「ざ、座椅子……」

やっと、振り向いてくれた妖狐姫は目に大粒の涙をためて俺に抱きついた。

妖狐姫「ざいしゅ~!!」

男「おっとっと」

勢いに押されて思わず畳に尻餅をつく。

妖狐姫「わらわも……わらわもうにゅのことが……」

男「知ってる。知ってるから……」

妖狐姫「ぐすっ……ひっく……うぅ……」

男(多分俺も、お前といるときはこうしてるのが一番幸せなんだよ)

男(だってさ、俺はお前の)





座椅子、だもんな……




………………………………

妖狐姫「のう座椅子」

男「どしたー?」

妖狐姫「やはりわらわにはうにゅを魅了する力がまだまだ足りぬと思うのじゃ」

男「まぁ……その辺は今はまだ気にしなくていいだろ」

今だって十分可愛いのだ。
数年後にはとんでもないことになってそうだ。

今の百倍……いや、もしかしたら千倍くらいかもな。

妖狐姫「そこでの?今日からは寝室を共にしようぞ!!」

男「え、えぇ」

それって下手したら毎日妖気との戦いになるんじゃ……

妖狐姫「なんじゃその顔は、うにゅとわらわはめおとなのじゃ。それくらい普通じゃろ」

妖狐姫「そ、それに……うにゅはうにゅにすがるわらわが好きなのじゃろ……?」

妖狐姫「ならもう遠慮はせん!!本日からでも毎晩仲を深めるのが良い。少しずつでもわらわの虜にしてやろう」

男「で、でもてんこさんが許すかどうか……」

妖狐姫「そこはわらわの意思を突き通すまでじゃ」

妖狐姫「わがままも含めてわらわ……なのじゃろ?」

やられた。
まさか逆手に取られるとは。

男(わがままは駄目な部分として指摘しておくべきだったな……)

男(はぁ……貴重なくぅことの二人きりの時間が……)

妖狐姫「……そんなにもくぅこが好きか」

男「うぇ!?」

男(か、顔に出てたか!?)

妖狐姫「図星かの。うにゅは本当にくぅこ好きじゃのう……さすがにわらわでも嫉妬するぞ」

妖狐姫「まぁよい。うにゅがどうしてもというのならくぅこの寝室もわらわの部屋にすればよかろう。一人増えたところで狭くはならんわ」

男(いや二人きりというところに意味が……)

くぅこ「それは妙案でごじゃるな」

ぽんと手を打ちながら天井裏からくぅこが降りてきた。

男「え」

くぅこ「主殿と姫様が同じ場所にいれば夜の見回りも容易になるでごじゃるよ。せっしゃの寝室も移してもらえるなら一石二鳥でごじゃる。さすが姫様は考えることが違うでごじゃるな」

妖狐姫「じゃろうじゃろう?」

くぅこの言葉が追い風となって妖狐姫はすっかり誇らしげだ。

男(ま、まじかよ)

いや、でもしっかり者のてんこさんさえこの案を却下してくれればそちらに加担してまだ希望は……

てんこ「わ、私は反対だぞ!!」

男(おお!!)

新しい氷を持って戻ってきたてんこさんはまさにメシアに見えた。

妖狐姫「むぅ……てんこよ、夫婦の仲に水をさすものではないぞ」

てんこ「しかし何か間違いが起こってしまっては取り返しがつきませんので」

男(そうそう)

くぅこ「てんこ殿、それもせっしゃが見張っていればよいでごじゃろう」

男(くっ!!)

てんこ「くぅこ!!い、今まで黙っていたが旦那様に関しては貴様は信用ならんのだ!!貴様と旦那様の仲には何やら不純な空気が漂っているぞ!!」

くぅこ「しょっ!?しょしょしょしょんなことはないでごじゃるよっ!?」

妖狐姫「む……?」

男(ちょっ、ちょっと話がマズイ方向に向かっている気もするが……てんこさんいいぞ!!)

てんこ「……こ、これはもう私が見張りにつくしかなさそうだな!!私も姫様のお部屋で共に寝ることにしよう」

男「は!?」

妖狐姫「ぬぅ……しょうがないのぅ。それで手打ちとするかの」

妖狐姫「じゃがまぁ、食事もみなで共にしてきたのじゃ。そちらの方が賑やかでよいかもしれんの」

どうやら俺の意見は通せそうにない。

男「はぁ……」

男(……もうどうにでもなれ)


妖狐姫「座椅子」

男「ん?」

妖狐の国のお姫様は、絶対に断れないような眩しい笑顔を俺に向けて言った。





「これからも、わらわの背もたれをたのんだぞ!!」



「……はいはい」






妖狐姫百倍の夜

おわり








『妖狐の国の座椅子あふたー』

はとりあえずこれにておしまいです。


約4カ月飽きもせずに読んでいただいた皆さんは本当にありがとうございました。
エタらなかったのもそんな皆さんのおかげです。


またどこかでお会いしましょう。
(-ω-)

書けば書くほどR要素の蛇足感。

もしかしたらいらなかったかもしれない。

でもこれ自体が元々蛇足なので……まぁ……

(´-ω-`;)

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年04月04日 (火) 18:27:00   ID: MvDksRaE

くぅこ可愛ええ…(*´`)
可愛ええ…

2 :  SS好きの774さん   2017年06月14日 (水) 14:23:06   ID: BDykVGzq

良いところで引き伸ばしますね…続きが待ち遠しいです。

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