【ミリマス】志保「夫婦を超えてゆけ」 (12)

 その日、私こと北沢志保は、生まれて初めて自分の意志でCDショップというものに足を踏み入れた。
 恵美さんや可奈に付き合ってくることは何度もあったけど、自分がCDを買うのは初めてだった。
 目当てのCDを見つけ、カウンターに行く途中でふいに私の等身大POPと目が合う。

 「うわ。うわー……」

 あまりの気恥ずかしさに頭を抱え、私は足早に店をあとにした。

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 すべての始まりは、私にドラマの主演が決まったことだった。
 契約結婚をテーマにした作品で、私は相手の男性と「雇用関係」という形で結婚するという面白い役どころだった。
 台本は読ませてもらったし、原作の漫画も全部目を通した。
 自分の中で私が演じる役はだいたい頭の中で固まっている。
 あとは、相手になる人物の人となりを知らなければならない。
 共演者がどんな人かを把握する。
 これはどんな仕事でも欠かせないことだ。
 音楽番組に出るなら、その日一緒に共演する歌手の曲はだいたい耳に入れてから収録に挑む。
 ドラマや舞台で共演する場合は、その人が出ている作品をレンタルで片っ端から借りて目を通す。
 ……普段はそれでいいのだけど。

 「……『恋』ね。またシンプルなタイトルですこと」

 この人の場合、役者と平行して歌手活動をしているのだ。
 琴葉さんや未来に頼めばCDくらい貸してくれそうだけど……同じドラマというフィールドで役者として立つ以上、身銭を切らないのは失礼に値する……私はそう思う。

 自室に戻り、CDを開封しデッキにセットすると、アップテンポなイントロが流れ出す。なんていうんだろう。ただアップテンポなだけじゃなくて、例えるなら海美さんが好きそうな……
 そういえば「聞くと踊りたくなるような曲を目指した」ってインタビューで言ってたっけ。

 『営みの街が暮れたら色めき。
  風たちは運ぶわ。カラスと人々の群れ』

 歌い出しは普通……うん、いい意味で普通だった。
 日常の風景を切り取ったっていうべきか。少なくとも、私は好きな歌詞だ。

 『意味なんか、ないさ暮らしがあるだけ。
 ただ腹をすかせて、君の元に帰るんだ』

 不意に、美奈子さんの顔がよぎる。
 彼女を見ていると、採算度外視ってこういう事なんだろうなって思う。

 『物心ついたらふっと、見上げて思うことが。
  この世にいる誰も。二人から』

 うん。そうだ。
 私が生まれた時は、私は母といつも一緒だった。
 今では、シアターの仲間達が側にいてくれる。

 『胸の中にあるもの。いつか見えなくなるもの
  それはそばにいること。いつも思い出して』

 ……そっか。今はみんながそばにいてくれるけど。
 いつかは、一人立ちしなきゃいけない時が来るんだ……
 いつかは、プロデューサーさんとも離れ離れになって……

 『君の中にあるもの。距離の中にある鼓動。
  恋をしたの、貴方の』

 ……それでも。例え離れ離れになっても。
 想いが通じあっていれば、繋がっていられるのだろうか。

 『指の混ざり、頬の香り』

 ツアーライブで星梨花とリーダーをやった時に、私に抱きついてきた彼女の頬の香りを私は今でも覚えている。
 同じユニットになって、散々喧嘩した静香と、和解して握手をした時の指の混ざりを今でも覚えている。

 『夫婦を超えてゆけ』

 ……そうか。
 私と彼が共演するドラマでは「契約結婚」を通して心を通じ合わせた2人の関係性の変化が描かれていく。
 夫婦だけが、何よりも強固な関係というわけじゃないんだ。
 私と静香のようにいがみ合うことも多いけど、お互いを認め合う……少なくとも、私は彼女を認めているような関係も。
 私と恵美さんのように姉妹のような友人のような不思議な間柄も。
 当人同士にしかありえないその関係は、他の誰かが結んでいる絆よりもよっぽど強いんだ。


 『醜いと秘めた想いは色づき
  白鳥は運ぶわ。当たり前を変えながら』

 ……ああ。これは、私のことだ。
 自分から殻にこもって誰にも関わろうとしてなかった昔の私。
 周りのアイドルは全員ライバル、力を貸し合うなんてありえない。
 それが当たり前だと思っていた私を、みんなが変えてくれた。

 恵美さんが扉を開けてくれた。
 琴葉さんが手を引いてくれた。
 可奈が側にいてくれた。
 静香が隣に並んでくれた。

 みんながいたから、今の私があるんだ。

 『恋せずにいられないな。似た顔も虚構にも
  愛が生まれるのは、一人から』

 そうだ。人は、一人では生きていけない。
 誰かを愛して、誰かを想って。
 それが、私達の生きる意味を変えてくれるんだ。

 『泣き顔も。黙る夜も。揺れる笑顔も
  いつまでも、いつまでも』

 いつかは、別れが来るのは知ってる。
 そんな時、なんてことの無い毎日がかけがえの無い宝物になる。
 ライブの後に見せる泣き顔も。
 喧嘩した時の気まずい時間も。
 ふとしたことで見せる笑顔も。
 すべてが、宝物になる。

 『胸の中にあるもの。いつか見えなくなるもの
  それは側にいること。いつも思い出して』

 そうだ。いつかは失ってしまうとしても。
 それを忘れなければ、その記憶は私の中でいつまでも生きていく。

 『君の中にあるもの。距離の中にある鼓動
  恋をしたの貴方の
  指の混ざり 頬の香り
  夫婦を超えてゆけ』

 離れ離れになっても。忘れてしまったとしても。
 あの時触れた指の混ざりを。
 あの時感じた頬の香りを。
 すべてを、ずっと覚えている。
 その記憶はきっと、私達の間に絆となっていつまでも残っていく。

『二人を超えてゆけ
 一人を超えてゆけ』

 私達は、きっと繋がっていける。

 ……恥ずかしい話。今まであんまり音楽というものにこだわりは無かったんだけど。
 ……生まれて初めて、好きな歌手ができたかもしれない。

終わりです。
志保さんお誕生日おめでとうございます。
ミリマス世界で逃げ恥が実写化されたら志保か琴葉あたりがみくりさん役なんだろうなと思ってます。
今年も志保さんの一年が幸せに満ちたものでありますように。

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