凛「私の初恋協奏曲」(31)

レッスンに夢中になるあまり、脱水寸前で膝をついた。

凛「はぁっ……はぁっ……」

急なスケジュールの空きに入った個人レッスンなので、トレーナーはいない。

体調管理は自己責任だ。

汗で湿ったジャージが体に張り付く。

傍らに置かれたスポーツドリンクを手に取り、一気に飲み干ほうとするが、途中でむせてしまう。

私にあるのは努力だけだ。

トップアイドルの資格。それは前に進み続けることだと思う。

プロデューサーが迎えにくると言ってたね。

過保護だなと口元が緩む。

スマホを見ると、予定の時間までもう時間がない。

シャワー浴びなきゃ。

汗かいちゃったし。

冷たい水が気持ちいい。

持参したシャンプー一式を取り出す。持ち歩くのは一回分。

据え置きのシャンプーは使わない。少しだけ、香りがキツいんだ。

体を洗っていると、自然と自分の胸に目がいく。

あまり大きくない。

全体的にまだ幼さが残る印象は拭えない。

プロデューサーは私なんかで欲情するのかな?

つまらないことを考えていたら時間が迫っていた。

マイ洗面器に水を張り、髪をゆっくりと浸けた。

ロングは痛み易い。

シャンプーを水に溶かし、湿らせるように髪に馴染ませる。

凛「……短く切っちゃおうかな」

プロデューサーがいないときは髪までは洗わない。

これが避けられない女心。
私の卑しい部分。

常にパーフェクトな自分を見せたいから。

プロデューサーを待たせてしまった。

凛「もう来てたんだ」

素っ気なく声をかける。

モバP「ああ。今日もお疲れ様」

凛「ちょっとシャワー浴びてたから。待たせてたらごめん」

モバP「いや、大丈夫だ」

凛「そっ」

彼の横に立ち、不機嫌そうな顔で並んで歩き出す。

二人きりは嬉しい。
そして苦手。

最近、何を話せばいいのかわからなくなる。

無言で助手席に座った。

知ってる?

前はよく、車内ではスマホをいじってたけど、今はあなたと二人の時は……

臭わないかな?
彼の横顔を注視する。


スマホは鞄の奥に。

モバP「凛は明日はバラエティの撮影だな」

凛「そうだね」

当たり障りのない会話。

モバP「凛なら今さら緊張もないか」

凛「そんなことないよ」

私たちの間に会話なんてそんなにない。

気を遣う彼と、頭が真っ白な自分。

指にぎゅっと力をこめる。

気難しいところがある私が、数少ない心を許した人。

そして卯月たちとは決定的に違う点。

凛「少しだけ……遠回りしない?」

ありったけの勇気をこめて。

モバP「うん?珍しいな?なにかあったのか?」

凛「ないけど……ダメかな?」

恋愛は難しい。
卯月や加蓮たちとはバカやって盛り上がれるのにね。

プロデューサーを前にするとダメだ。

モバP「いや、いいぞ」

凛「ありがと」

これまでは結構素直な気持ちをぶつけてきたと思う。

隣にいてほしいとか、告白ぎりぎりの際どいセリフも口にしたよね。

どうやら私は、本気で人を好きになると臆病になってしまうヘタレらしい。

振り返らず前を向いてなんて……今は……。

弱ったなぁ。

車を停めて、ジュースで乾杯。

時間も時間だし。アイドルという立場上、男女二人で出歩くわけにもいかない。

プロデューサー相手なら大丈夫だと思うけど。

凛「これなに?」

モバP「スタミナドリンク」

凛「……ああ。いつもプロデューサーが飲んでるやつね……」

モバP「元気でるぞ?」

複雑な味がした。
一気に口の中に流し込む。

疲労が吹き飛んだような不思議な感覚。

スタドリって凄い。

凛「どこかで何か食べていこうか」

モバP「そうだな」

ド〇キーでハンバーグを食べた。

カロリーが恐ろしくてメニュー表を睨む私を見て、プロデューサーが勘違い。

こういう店は嫌いか?とか。そういう問題じゃないよ。

でもまあ、たまにはいいかな。

奈緒たちとも最近は来てない。

スタイルを維持するのに、カロリー計算は必須になっちゃったし。

加蓮は気にせず何でも食べる。
長い病院生活の反動からかな。

……帰ったら走ろう。

ハナコはスタイル維持の救世主。

プロデューサーが支払いを済ませ、店を出た。

凛「ごちそうさま」

モバP「なんのこれしき。安いもんさ」

確かに。最近は稼いでるだろうからね。

事務所のアイドルが増え続けてる。

私にとっても死活問題。

車に戻って二人でデレステで盛り上がった。

……プロデューサーは課金しすぎだよ。

諭吉数枚犠牲にして、プロデューサーは満足な結果を得られたようだ。

子供みたいにはしゃぐプロデューサーの横顔を、私はずっと見つめていた。

プロデューサー可愛い。

私はモバマスで、卯月に使いすぎていたので今は自重。

卯月、迎えたよ?
シンデレラガール

卯月にそう報告したら、突然私に抱き着いて喜んでくれたっけ。

遅い時間になったので、名残惜しいけどここでお開き。

プロデューサーとお別れし、ハナコの散歩に出た。

着信音。

凛「なに?」

加蓮「今日さ、Pさんとデートしてたよね?」

情報網恐るべし。

どこで知ったの?

凛「ご飯食べただけだよ」

加蓮「なんだ、つまらない」

からかうような加蓮の楽しそうな声。

凛「知ってて電話したくせに」

加蓮「バレた?」

凛「バレバレ」

加蓮「私もド〇キーで奈緒とチーズカリーバーグディッシュ食べてたから。300のやつ!」

ドヤ顔の加蓮が頭をよぎる。

てか重い!

凛「太っても知らないから」

加蓮「私って太らない体質みたい」

女の敵みたいな発言に遺憾の意を唱えた。

加蓮は笑ってるだけ。

世の中理不尽だ。

巻き込まれた奈緒が可哀想。

奈緒なら平然と食べてそうだけど。

加蓮「凛はもっと食べないと。胸大きくならないよ」

凛「余計なお世話」

散歩しながら親友と話す時間も大切。

まだ人目の多い公園のベンチに座り、プロデューサーに帰り際に貰ったエナジードリンクを一気飲み。

凛「不味い……もう一杯……」

加蓮「え?」

凛「プロデューサーから貰ったエナジードリンクが不味い」

加蓮「……あぁ」

加蓮「前に病弱ならこれを飲めってたくさん飲まされたっけ……」

凛「色んな味が事故起こしてるみたい……」

加蓮「でも効くといえば効く。私もエナドリで元気になったから」

衝撃の事実だ。

むしろ知りたくなかった。

凛「私ずっと、プロデューサーの課金って反則だと思ってたんだ」

無意識につい打ち明けてしまう。

加蓮「凛ならそうかもね」

凛「あんなの実力じゃない。金の力でアイドルを売り出してるだけ。プロデューサーは私たちのこと信じてないのかな?って」

凛「でも違った。課金でアイドルを迎えるたびに事務所は明るくなってる。大切な仲間が増えていく」

加蓮「私はエナドリに救われたしね」

凛「課金は必要悪なんだ。選択肢の一つだよ。今ならそう思えるんだ」

加蓮「私たちの活動の幅が広がったのは事実だしね」

凛「努力と無課金だけではたどり着けない場所があるって痛感したよ」

加蓮「私たち何真面目に語り合ってんだろ。らしくないぞ、凛」

凛「ごめん。急に思い出したから」

加蓮「で?悩みは解決した?」

凛「まだ……かな」

公園のトイレに移動する。防犯対策のためか、結構明るい。

加蓮「全部話しちゃいなよ。加蓮お姉さんが聞いてあげるからさ」

凛「そうだね、加蓮お姉ちゃん」

加蓮「……なんか鳥肌たった」

個室に入って一息ついた。

ここは穴場だ。
夜訪れるのは酔っ払いくらい。
まず人はこない。

外の様子を伺いながら、私は口を開いた。

凛「ねえ、加蓮」

小声で呟く。

凛「私さ、プロデューサーが好き」

加蓮「っ……!」

電話越しに息を呑む加蓮。

加蓮「知ってたよ」

わかってる。

凛「加蓮も好きだよね?」


加蓮「……き、気づいてたか。当然だよねー……」

ずっとはぐらかされてきたから。

思えば恋愛事で、互いの気持ちを口にしたことなんてなかったよね。

凛「抜け駆けはしないよ」

加蓮「奈緒の気持ちも知ってるんでしょ?」

凛「わかりやすいからね」

はぁ……という加蓮のため息。

近くに人の気配はない。

加蓮「……私たちの友情って一生続くと思ってたんだ」

凛「私もだよ」

今でもそう思いたい。

加蓮「凛と奈緒と私。最高の三人組だった」

凛「いつからだろう」

加蓮「うん」

凛「加蓮がプロデューサーと二人っきりでいるのを見たとき、私は嫉妬でおかしくなった」

加蓮「凛がPさんと一緒にいると胸が苦しい」

凛「加蓮だけじゃない。私以外の女の子と仲良くしてると悲しくなる」

加蓮「私もそう」

凛「自分がこんなに独占欲が強かったなんて……」

凛「嫌悪感を拭うために、毎日仕事とレッスンに打ち込んでさ。他の事、考えられないくらい自分追い込んで」

凛「プロデューサーに心配されて。でもそれだって構ってほしいから……最低だよ、私」

加蓮「……凛は凄いよ。凄いと思う」

凛「凄くないよ……。シンデレラガールになったときは本当に嬉しかった。純粋に夢に向かって走っていられた」

凛「今はもう……アイドルにすがって現実逃避してる惨めな女」

加蓮「でもそれって、それだけ本気だってことでしょ?自分を制御できないくらいPさんが好きだって」

凛「今だって一方的に打ち明けて親友を牽制してる。しかも公園のトイレで……」

加蓮「うぇっ!?」

凛「人に聞かれる心配はないから安心して」

加蓮が「重症だなー」とかもらしていた気もするがスルーした。

加蓮「凛はPさん以外に恋したことある?」

凛「ない、かな?」

加蓮「私たちって恋愛初心者なんだよ。上手く自分の感情を制御できないのもそう」

凛「…………」

凛「私、加蓮が好きだよ。奈緒も」

加蓮「親友として?」

凛「親友として」

加蓮「私も凛と奈緒が大好き」

凛「親友として?」

加蓮「親友として」


ありがとう加蓮。

凛「私怖かったんだ。もしプロデューサーに想いを伝えて、親友に嫌われたらって」

凛「……恋に怯えていたんじゃなくて、失うことを恐れてたんだね」

加蓮「誰だってさ、そういう一面があるんじゃないかな?人間だもの」

凛「みつを。……そうだね、なんかナーバスになってたのかも」

加蓮「Pさんって無駄に人気高いでしょ?」

凛「たしかに」

加蓮「競争率高すぎだもん。誰と付き合っても恨んだりしないって。……まあ、略奪はするかもだけど」

凛「なら、三人で同時に告白して三人とも恋人にしてもらうとか」

加蓮「それは嫌。プライド的に」

凛「妥協」

加蓮「でも、凛や奈緒となら……」

凛「常識で考えてプロデューサーがオッケーしないよね」

加蓮「……ですよね」

心が軽くなっていく。

些細なことでも、本音で話せる親友は大切。

凛「私決めた。プロデューサーを攻略する」

加蓮「頑張れ。凛が落としたら私が奪うから」

凛「オイコラ」

加蓮「冗談ではありませーん」

加蓮のにやけ面が目に浮かぶ。

加蓮「落とせるもんなら落としてみな♪」

なんかムカつく。

酔っ払いのお姉さんが入ってきた。

急いでドアを閉めたので、姿はよく見えなかったけど、どこか見覚えがあったような……

「トイレに行っトイレなんて……ふふっ」

おええっ

あーあ。
お隣に入った女性が吐いてるうちに、私は退散することにした。

「酒豪が集合すると宇宙規模の飲み会になりますね。これは予想外の展開です……」

何を言ってるんだか。

一方、奈緒さんは

奈緒「うわ……録画溜まってるよなぁ。最近忙しかったからな。夏アニメチェックしないと」

私は渋谷凛。

今、恋をしています。

年相応に悩んで、たくさん間違って、それでも前に進み続けようと思います。

いつか落としてみせるからね、プロデューサー?

加蓮や奈緒、他の皆には負けないよ。

自分を磨き続けていけば、いつか彼が振り向いてくれると信じてる。

私は振り返らない。

私の名は渋谷凛。
アナタの魔法で生まれた――アイドルだよ?

終わりです。

楓さんを出したいがためのトイレでした

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom