女勇者「くたばれ化け物」 (10)


 私の故郷は小さな村だった。
地図に載っていない、名前もない村。
全員が全員の名前も顔も年齢も知っている程で、今思えばよくもまぁ
あんなにも娯楽のないクソ田舎で日々を過ごしていた物だと苦笑が浮かぶ。

 その私の故郷は一種のアーコロジーで、需要と供給。
消費と生産が完全に村の中で完結していて、外部からの行商なども皆無で
当時の私はこの村が全世界そのものなのだと心から思っていたし、
村を囲む鬱蒼とした森の向こうに人が住んでいるなんて知らなかった。

 そんな生活に転機が訪れたのは11歳の頃だった。
森の浅いエリアで一人散歩をしていると、奥から金属の服を着た男達が
ぞろぞろと歩いてきた。それらが、鎧で、兜で、盾で、剣であることを知らない私は
彼等をおとぎ話で聞いた化け物だと思い込んだ。

「助けてください。殺さないでください、お願いします」

 涙と、鼻水と、唾液と、そして小便を垂れ流しながら
銀色の大男達に命乞いをした。みっともなく、惨めったらしく。
助けて、助けてと。

「……お迎えにあがりました」

 そんな私に彼等は跪いてそう言った。

 余りにも、遠い記憶。

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01.

「ガーナ! へいガーナ起きろ!」

 もはやその振動は鈍器の如く。
男の大声は私の頭をしとどに殴りつけ夢から強制的に引き上げる。

「魔物の襲撃だ。さっさと服を着て降りてこい!」

 部屋の照明がついて視界が白く照らされる。
声に従って嫌々瞼を開けて映った天井が白く靄がかっているのは
寝起きだからか、あるいは寝る前にやった大麻の煙が残っているからか
私には判断ができない。

「一つ言っておくとな。私の名前はカーラだ。
 あと、次大声をだしたらお前をオートミールにしてやる」

 汗ばんだ首筋に張り付く髪の毛をかき上げながら起き上がり
グレンに中指を立てる。舌打ちで返事をされた。

「てめぇが酔ってようが大麻で月までぶっとんでようが俺ぁ構わねぇけどよ、
 せめて役目はしっかりこなしやがれ売女、さもねぇと股に三つ目の穴をこさえるぞ」
「やってみろ魔法も使えねぇ傭兵風情が、払ったペイはうるせぇ目覚ましを雇う為じゃねぇぞ」

 言いながら軋むベッドを降りて窓から階下を覗く。
遠く街の入口で火が上がってるのが見えた。

「クソが、俺は先行ってる。フェンもユーリもとっくにバトってる、さっさとしやがれ」
「この騒ぎが終わったら解雇だビチグソ野郎」


 蝶番が壊れんばかりに閉められた扉。
雇われた側の分際で雇用主にこの態度とは傭兵の程度の低さがわかる。

「あー……しんど」

 頭をがりがりと掻いてから身支度を整える。
ズボンを穿いてシャツを着て、剣を腰に携え軽装の防具を身に纏う。

 爆音が遠くから僅かに足元を揺らす。
この調子だと門は突破されたかもしれない。
流石にバカバカ人死にがでると面倒だ。

「……ふっ」

 三階の窓から身を躍らせる。
この程度の高さからの落下程度、なんの衝撃も感じない。
勇者としての身体能力。神の祝福。

 人間を辞めさせられ、化け物と闘う宿命を与えられて。
なにが祝福だと言うんだ。

「遅い」

 駆けて、走って。
二度ほどただ酒をカッ食らった角の酒場『バインシュ』を過ぎた所で、
だらしなく神官服を着崩した胸のデカい女に止められた。

「あん? 迎撃してたんじゃねぇの? なんでこんな所に居んだ?」

 


「見ればわかるわよ」

 ついと、肩に担いでいた十字架を模った剣を火の手が上がる方へ向けて言う。

「……なんで魔導生物系が居んだ?」

 紅く炎で照らされる門前を改めて見つめてみれば、
人の形をした鉄の塊が拳を振り回して暴れているのが見えた。

「知らない。ただ、ちょっと予定外だし。他にもぞろぞろ来てるから
 足止めは捨て駒に任せてあんたを待ってたの」
「他に? まさかスライムとか居るんじゃないだろうな?
 もしそうだったらさっさとトンずらするけど」
「安心して、魔導生物の中でも固定系の奴だけ。
 ただフェンと二人だけじゃしんどいから」

 くるりと周囲を見渡す。

「で、その盗賊くずれはどこ行った?」
「知らない。火事場泥棒でもしてるんじゃないの」



 爆発。爆風がここまで届く。

「あの爆発は? 火のエレメントかなんかが居るの?」
「ご名答。だから捨て駒君たちに足止めさせてあんたを待ってたの」

 ころころと鈴を鳴らしたような声で笑いながら
黒い神官服を纏った彼女は冷たい台詞を吐く。
真っ黒な神官の服。破門された屑の色。
時間が経って参加した血の色。

「なるほど。で、どっちが先行く?」

 首を傾けて聞く。骨が二回鳴った。

「じゃんけんしましょ」

 ユーリの提案に私は拳を差し出した。


―――

「それじゃお願いね」

 神様の力。埋め込まれたタリスマン。
それは個人的な運には作用しないらしく、
私はユーリの声を背中に魔物の群れに飛び込む羽目になった。

「援護よろしく、あとフェンの事も」

 一言、残して走る。
化け物の群れ、異形の群れ。
異形ってなんだ? 人と違うこと。
私は? 私も異形か? 化け物か?
少なくともヒトと同じではない。
――余計な事を考えていたら鉄巨人に体当たりを仕掛けた。

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