ローマ「起きたら雪だるまになってた」【艦これ】 (39)

・地の文+名札付き

・クリスマス向け


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何かが変。それは目覚めた私が真っ先に感じたこと。

小さな違和感に付きまとわれながらも、その正体は分かっていなかった。

眠りの質が悪かったのかもしれないと推測しながら体を起こして異常に気づいた。

体が白い。というより人の形をしていない。腕もなくなっていて胸や胴が丸い雪玉のように見える。

ローマ「何これ……」

慌てて洗面台に向かう時には目線の高さも頭二つぐらい低くなってるのに気づいた。

そして鏡に映る私はまるでpupazzo di neveに……いや、頭と体の二段式だから日本式に雪だるまと呼んだほうがいいのか。

ローマ「なんなの、この姿は」

眼鏡はすでにかかっていて記号的な見た目になっているけど、この雪だるまは私だとすぐに分かる。

ローマ「ちっくしょう……どんな悪夢なの」

本当に悪夢としか形容できない。

さっさと覚めてほしい。明晰夢なのか意識がはっきりしすぎてて夢っぽさがないけど。

いくら私が艦娘だからって、いきなり雪だるまになってるなんて話が現実なんて考えたくない。


リットリオ「ボンジョルノ、ローマ」

ローマ「ね、姉さん……」

リットリオ「どうしたの、鏡とにらめっこなんかして」

姉さんはいつも通りの姿で、まだ眠たそうで目が開ききってないけど私を見ても驚いてる様子はない。

嫌な予感しかしないけど訊かないわけにはいかない。

ローマ「姉さん、私の姿がどう見える?」

リットリオ「いつものローマじゃない?」

ローマ「雪だるまになってるんだけど」

リットリオ「朝からどうしたの? まだ寝ぼけちゃってるなんて珍しいね?」

反応が薄いから予想はしてたけど、姉さんには私の姿が普段通りに見えてるらしい。

実際、私のほうがどこか変で自分を雪だるまとして認識してる可能性はある。

でも同じぐらいの身長の姉さんを見上げてるのを考えると、現実に雪だるまになってしまったと考えたほうがしっくりくる。


リットリオ「ローマ、私も顔を洗いたいからそこいいかな」

ローマ「ごめん」

洗面台の前から退くにしても、どうやって動けばいいんだ?

跳ねる要領? さっきは足も手も見当たらないのに、どうやって起き上がって歩いたのか。

……無意識だった。つまり歩く感覚でなら。

あ、動く。

自分の足が見えないのに雪玉が跳ねて動いていくのは、自分の体じゃないみたいで気分が悪くなる。

それから手は……取ろうと思ったものが見えない力によって動く。

ベッドの毛布をばたつかせてみる。

物はつかめるというか動かせた。触ってる感触がまったくないけど。

範囲はちょうど手を伸ばすのと変わらないようだった。たぶん力も同じぐらい。

ローマ「ふーん、目線が低くなった以外は同じ感覚で動けるのか。不思議なものね」

そこまで分かれば当座はしのげるかな。

頭の中の意識と実際に雪玉が動く感覚が別なのはまだ気持ち悪いけど。


顔を洗ってる姉さんを後ろから見てると急に試したくなった。

姉さんの首筋に手を置く――置いたつもりになる。

リットリオ「きゃっ!? もう、冷たいじゃないローマ! 氷でも置いたの?」

ローマ「うん、ごめん」

やっぱり冷たいか。分かってたけど。

リットリオ「今日はどうしたの? いつもはこんないたずらしないのに」

ローマ「別に。私だってたまには悪ふざけぐらいしたくなるし」

本当は違うけど、別に姉さん相手だからって常に本心を教える必要はない。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


姉さんと連れたってマミーヤに向かう。

歩幅と言っていいのか分からないけど、姉さんに合わせて歩くのは苦にならなかった。

端から見れば雪だるまが飛び跳ねてるのだから奇怪な光景だろうに騒ぎにはならない。

途中ですれ違う艦娘たちは私を見ても特には反応を示さないか目を逸らすか、たまに硬い顔で挨拶をしてくるぐらいだ。

こういう反応の理由は分かってる。

冷たい女。それが私の他者評価で自己評価でもある。

別に好き好んでそう生まれてきたわけじゃないけど、私はどうやら物言いが率直過ぎるらしい。

姉さんはもっとオブラートに包んで話すよう言うけど、私は加減というのが苦手なようだ。

だらしない艦娘に文句を言ったり訓練でミスをした艦娘に注意をしてたら、いつの間にか周囲からは冷たいとかドライという評価が下されていた。

なるほど、冷たい女なら私にはお似合いだわ。

なんて割り切ってるけど少しぐらいは傷つく。少しぐらいは。

傷ついたところで冷たい女という自覚は変わらないし、それを改めようという気にもならないのだけど。

……だから私は冷たいなんて言われてしまうのかも。


そんな評価が付いて回れば私に寄り付く艦娘なんていない。例外も中にはいるけど結局は例外だ。

曲がり角でばったり会った駆逐艦の娘が私を見るなり言葉に詰まったように固まる。

ちっくしょう、あんたは直前まで笑ってただろうに私の顔を見るなりこれか。

頭の上では姉さんが柔らかい声でその子に挨拶をし、その子もしどろもどろながらとチャオと返すのが聞こえてくる。

不意に姉さんが肘で小突いてくる。

普段なら体で見えないような小突き方でも、今だと肘が思いっきり頭に当たる。

ちゃんと挨拶しろと言いたいんだろうけど、私は鼻を鳴らして拒絶してしまう。

姉さんはこんな私を心配してくれるけど、これはどうにもならない話だ。

私がそういう在り様を受け入れてしまっているのだから。

結局、私はその子と何も話さなかった。

それにしても、ここまでで確実に分かってるのは誰も私の異変には気づいてないということか。

考えてみれば姉さんでさえ気づかないのだから、より関係の薄い艦娘たちが気づかないのは当然かもしれない。

そう考えないとやってられなかった。明らかな異常事態なのに私一人しか認識できていないなんて。

しかも今日はこれから演習があって、この状態で艤装をつけると考えると気が重い。


リットリオ「ねえローマ。さっきのみたいなのはよくないと思うの」

ローマ「さっきの? ああ、挨拶しなかったこと?」

リットリオ「私にはあなたが孤立したがってるように見えるよ」

ローマ「別にそんなつもりはないけど」

リットリオ「それならもっと周りと仲良くしないと。ローマが心配なの」

ローマ「姉さんは心配しすぎよ。大丈夫だから。私は私でうまくやれるから」

そう言ってもきっと姉さんは納得してくれない。実際、あんな態度を見た後で納得しろと言うのがおかしい。

姉さんの言いたいことは分かる。私はよく分からない意地に取り憑かれていた。

他人に頼ってはいけない。他人に甘えてはいけない。他人に気を許してはいけない。

私は全てを自分でやるべきだ。そうすれば強くなれる。強くなりさえすれば、今も私を苛む痛みも乗り越えられる。

……だから私は私の道を行く。


ローマ「それより姉さん。私はどう見えてるの?」

リットリオ「どうっていつも通りのローマだけど」

ローマ「そう」

いつも通りの私はどんな姿なの?

こうも聞きたかったけど聞けなかった。

もしいつも通りの姿が雪だるまだなんて言われたら、私は自分を保てる自信がなかった。

それでも少しずつ考えてしまっていた。

本当は雪だるまが私の正しい姿で、姉たちのような人の姿こそが思い込みが生み出した幻想だとしたら。

そんなことない、なんて否定ができない。

いっそ泣き叫ぼうか。でも雪だるまの体は涙を流せないみたいだし表情も変わらない。

きっと仏頂面の雪だるまは何を考えていても仏頂面なんだ。


「ローマ、一体どうしたの?」

転機というのは自分が想像してない時にやってくる。

振り返った先には眼鏡をかけたもう一人の高速戦艦がいた。

ローマ「霧島……?」

霧島「どうして雪だるまなんかに?」

金剛「ヘイ、霧島! いくらローマがライバルでもそういう言い方は感心しないネー!」

霧島「姉様たちには分からないんですか? どこからどう見ても雪だるまじゃないですか」

榛名「榛名にはいつものローマに見えますけど……」

比叡「うーん、私にも……さすがに相手を雪だるま呼ばわりってどうなの?」

ローマ「……ちょっと来なさい、霧島」

見えない手で霧島の手を引っ張ってその場を離れる。

霧島には私が雪だるまなのが分かるらしい。

なんで霧島なのかは分からないけど、それでもやっと姿が分かってくれる相手がいて……少しだけ安心していた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


霧島を近くの待合所まで連れてきて、今の自分の状態を説明する。

明らかに困惑している様子だったけど、それでも笑ったり騒いだりせずに霧島は話を聞いてくれた。

霧島「つまり朝起きたら、何故か雪だるまになっていたと」

ローマ「そうよ。しかも、今のところ霧島以外はそれが見えてない」

霧島「にわかには信じられませんが……見えてしまう以上、信じるしかありませんね」

ローマ「信じてくれたところで、私としては元の姿に戻れないと困る」

霧島「そうなるとどうして雪だるまになったか原因が分からないことには……何か心当たりは?」

ローマ「特には思い浮ばないわ……ここ最近は特に変わったことはなかったし。強いて言えばクリスマスが近いぐらいじゃない」

そう、今日は確か……今日はいつだ? 23日? すでに25日? 今日が何日かどうしても思い出せない。

一方の霧島は目を閉じると指先をこめかみに当ててうんうん唸り出したので、とりあえず様子を見る。

すぐに何かを閃いたのか手を打つ。


霧島「変な物を拾い食いしたとか」

ローマ「私は駄犬か」

霧島「では明石から変な薬や道具をもらったとか」

ローマ「何ももらってないけど、あの工作艦そんな怪しいことしてるの?」

霧島「他には黒魔術とかは? 人間をカエルやコウモリに変えられるのなら雪だるまにだって」

ローマ「あんなの想像の話でしょ。真面目に考えてよ」

霧島「ローマこそ文句ばかり言わないで、ちゃんと考えてください!」

ローマ「……ごめん」

霧島「……いえ、すいません。辛いのはローマでしょうに」

ローマ「……別に。私は所詮、冷血女よ。人よりもこの雪だるまの姿がお似合いってことでしょ」

陰で言われているであろうことを考えると急に腹が立ってきた。

その一方で先程の自分の言葉を肯定している私もいた。人の姿などローマには不釣り合いだったんだと。


霧島「そんなことは言うものじゃありません」

怒ってるような、そんな雰囲気を霧島は漂わせていた。

戦場に身を置いてれば、そういう気配には敏感にもなる。

ローマ「何よ、いい子ぶって。霧島だって本当は私をいけ好かないぐらいには思ってるんでしょ」

霧島「確かにローマの自己卑下的な部分や、周囲と壁を作りたがるところは好きではありません」

ローマ「……ふん」

面と向かって言われると、さすがに少しは動じる。

一方、怒っていたように見えた霧島は穏やかに微笑んだ。

霧島「ですが、あなたはリベちゃんに合わせて一緒にコスプレしてあげたり、清霜に懐かれてるじゃありませんか」

ローマ「あれは同郷のよしみというか……それに清霜は戦艦なら誰でもいいんでしょ」

霧島「本当に冷血ならそんなことは考えないし合わせたりなんかしませんよ。あなたは十分優しい艦娘でしょう」

ローマ「ちっ……」

ちっくしょう、霧島め。

舌打ちして誤魔化したけど……どうしよう、泣きそうだ。姉さん以外の誰かにそんな風に言われたのは初めてだ。

なんて情けないんだ、私は。


霧島「はい、そんなわけでどうするか考えましょう! 考えなしに動くようでは頭脳派とは言えませんからね」

ローマ「……力任せのごり押しのほうが得意なくせに」

つい憎まれ口を叩いてしまうが霧島は嫌味なく笑う。

霧島「そうそう、そういう皮肉屋なとこもローマらしくていいですね」

ローマ「やめてよ、私は別に……大体、なんで霧島こそ皮肉屋がいいのよ?」

霧島「皮肉が言えるのは賢しいからです。まさに頭脳派の鑑ではないですか」

ローマ「あんた、そんなこと言ってるから脳筋とか火力バカって呼ばれるのよ」

霧島「そういうものですか?」

まったくこいつは……でも霧島のお陰で少しは安心できた。

だから言葉にはしないけど、ちょっとは感謝しておこう。

霧島「うーん……今後のためにも私以外にローマが雪だるまに見える人を捜したほうがいいのでしょうか」

ローマ「それはそうね。でも何、全員に会っていけって言うの?」

気乗りしてないのが自分でも分かった。面倒というか抵抗があるというか。

この状態でもそう感じてしまう辺り、孤立したがってるという姉さんの言い分を嫌でも実感してしまう。


霧島「それだと時間がかかりすぎるでしょうから、首に掛札でもしては? 『私は雪だるまです。見える者はすぐに私の所に来なさい』とでも書いておけば」

ローマ「あんた、私をどうしたいんだ!」

霧島「名案だと思いますが」

ローマ「ふざけるな! それじゃただの変人だし、誰が近寄ると思う!」

霧島「うーん、四の五の言える状況でもないとは思いますが」

ローマ「とにかく、その案は却下よ」

霧島「ローマがそこまで言うのなら……」

不承不承といった様子の霧島に思わず舌打ちをしてしまう。

こいつはこいつなりに考えてくれているのも関わらず。

……いや、空回りそうな案は採用しなくていいはずだけど。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


結局、霧島との話し合いはこれといった解決策も出てこないまま空振りに終わった。

とにかく他にも協力者――つまり私の姿がちゃんと見える艦娘を探しながら、普段通りに過ごそうという話になった。

私も他にやりようがないとは思ったのだけど、結果から言えばこれがよくなかった。

この日は訓練があって、私も当然艤装を身につけて海上に出た。

艤装そのものはこんな状態でもちゃんと身についてくれた……重心というかバランスが変な気はしたけど。

そして問題が起きたのは主砲を発射した時。三連装主砲の発射炎と熱のせいで私の顔がいきなり溶け出したんだ。

その後は気を失うまであっという間だった。

端から見れば疲れが溜まって倒れたようにでも見えたのか、どっちにしても海上で意識を失った私は次に目を覚ました時にはベッドの上にいた。

白い天井にいくつか並ぶ医療用のベッド、そして消毒液か薬か嗅ぎ慣れない匂いの存在がここは医務室だと物語っている。

そして傍らには霧島がいた。

霧島は私が起きたのには気づいてないのか、硬い表情で私をじっと見つめていた。

心配してくれてる、らしい。


どうしよう。声をかけたほうがいいのは分かるけど、こんな表情の相手にどんな第一声をかければいいのかが分からなかった。

皮肉や憎まれ口なら私らしいとは言えるのかもしれない。

だけど本当にそれが場に相応しいとは考えてない。

どうする、ローマ? 自問に答えはない。

そして不謹慎ながら私はもう少し霧島を見ていたかった。姉さん以外にこんな顔をしてくれる艦娘はきっと他にいないから。

……ならばこそ、私は声をかけるべきなんだ。こんなのはまるで私らしくないのに。

葛藤を破ったのは霧島だった。

霧島「……もしかして気づいてます?」

ローマ「……少し前に起きたところよ」

まあ嘘ではない。看破されるぐらいなら初めから、それこそうめき声でもなんでもいいから言っておけばよかったとは思ったけど。

ローマ「参ったな……主砲を撃っただけでこれじゃ役立たずもいいとこだわ」

霧島「何かしらの対策が必要ですね」

そう言って霧島は腕を組んで考え込んでしまう。

そんな霧島に率直な疑問をぶつける。


ローマ「……分からないんだけど、霧島はどうしてそこまで私に構う?」

霧島「困っているのではないですか?」

ローマ「それはそうだけど……」

霧島「ではそれが理由です。誰かを助けるのに大した理由はいりません」

こいつ、はっきり言い切って……気づけば私は反発していた。

ローマ「他人なんて勝手に困らせておけばいいでしょ。そいつの問題なんだから」

霧島「私はそうは思いません。それになんだかローマは他人って感じがしませんし」

ローマ「何よ、それ……どうにもならないかもしれないのに」

霧島「戻れないかもしれない、ということですか? こんな状態が長く続くとは考えにくいですが」

ローマ「原因が分かってない以上、最悪の想定はしておくべきでしょ」

他から見れば私は普段通りのまま。でも実際の私は雪だるまで今までみたいには戦えなくなっている。

戦力にならない艦娘なんてなんの役に立つと言うんだ。


霧島「何かがあって雪だるまになったんでしょうから大丈夫ですよ。戻す方法はきっとありますから」

ローマ「どうだかっ……くしゅん!」

急にくしゃみが出た。雪だるまでもくしゃみをするなんてシュールというかなんというか。

霧島「風邪、それとも寒いんですか?」

ローマ「……よく分からないわ」

霧島「ちょっと待っててください。確かここに……あった」

どこから持ってきたのか、霧島が首に紅白のマフラーを巻いてくれる。

霧島「緑も入っていればイタリアカラーにできたんですけどね」

ローマ「ふん……余計な気なんか遣わないでいいのよ」

霧島「まあまあ、よく似合ってますよ」

嫌味、ではないんだろうな。霧島のことだから。

雪だるまの状態で似合ってると言われても嬉しくは……少しは嬉しいか。


肩肘を張るのが少しだけ億劫になってきて、そんな緩みが口を滑らせていた。

ローマ「……今日はあんたのおかげで少し安心できた。ありがと」

霧島「まさかローマがそんなにしおらしい態度を取ってくれるなんて」

ローマ「あー、うるさい! 私は寝る……あんたもちゃんと休め。あと姉さんによろしく言っといて」

霧島「はいはい、電気は消しておきますね。ではお休みなさい」

ローマ「ふん、お休み」

霧島の気配が消えていく。

少し安心したか。だって? 少しなもんか。霧島がいなかったら私はもっと参ってたはず。

絶望とかはさすがにしないだろうけど、かなり暗い気分になってるのは簡単に想像がついた。

だから本当はもっと素直に感謝したかった。それを言うのは、やっぱり悔しいから言わないけど。

そんなことを考えていると、体の奥が温かくなってきて頭がぼんやりとしてきた。

雪だるまでも眠気を催すんだとそんなことを思いながら、その感覚に身を任せた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「メリークリスマス!」

そんな声に叩き起こされた。あるいは夢なのかもしれないけど、自分でもまだよく分かっていない。

私の前にいたのは紅白のコートを着た、つまりサンタクロースの格好をした清霜だった。

白い袋を背負って、シルバーとインディゴ色の髪が彼女の気質そのままに激しく揺れている。

ローマ「……あんた、何やってんのよ。清霜」

清霜「清霜? いいえ、私はサンタクロース! プレゼントを届けに来ましたぁ!」

ローマ「そうか、これは夢か。ちっ……まだ雪だるまのままか」

清霜「夢でもなんでもいいのでプレゼント! は実はもう渡してます!」

ローマ「ふーん」

テンション高くて面倒だな……夢の中でも疲れるやつだ。

清霜「あれあれ? 何を渡したのか興味ないの?」

ローマ「別に」

清霜「もぉー釣れないなぁ! 戦艦ならもっと豪快に喜んでくれないと」

ローマ「余計なお世話よ」


清霜「じゃあローマも清霜に何かプレゼントちょうだい!」

ローマ「は? なんで、私があんたに」

清霜「清霜だってプレゼントほしーしぃー!」

ローマ「だから、なんで私が……大体、あんたは清霜じゃなくてサンタなんでしょ」

清霜「サンタがプレゼント欲しがって何が悪いの!?」

ローマ「なんなのよ、もう……大体、清霜の欲しがるプレゼントなんて戦艦にしろとかでしょ」

清霜「なんで分かったの!?」

ローマ「無理に決まってんでしょうが」

清霜「なんで? ねえねえ、なんで? なんで、ねえねえ!」

本当に面倒なやつだ。しょうがないやつというかなんというか……子供か。

ローマ「……だったら、この先もリベッチオと仲良くしてなさい。そうしたら来年は戦艦になれるよう手伝ってあげるから」

清霜「言ったね? ありがとう! 来年ってもう一週間もないよ!」

ローマ「そう、それはよかったじゃない」

どうせ夢だし、とことん他人事だった。

でも夢なら夢で一つだけ訊いてみるか。

ローマ「清霜……ううん、サンタクロース。あなたは私に何を渡したの?」

清霜「へへへー、それはね。雪だるまにしてあげたんだよ。大切なものがもっと分かるように」


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ローマ「……なんだ、今の夢」

目を覚ますとぐっしょりと汗をかいていた。

首元の暑苦しさにマフラーをしてるのを思い出して、すぐに外していく。

そうして気づいた。指が見えた。元の体に戻っている。それにいつの間にか医務室から私と姉さんの部屋に移っていた。

リットリオ「おはよう、ローマ。少しうなされてるみたいだったけど大丈夫?」

姉さんはあくまでいつも通りといった様子で話しかけてきた。

ローマ「姉さん……私、訓練中に倒れなかった?」

リットリオ「そんなことなかったけど本当に調子悪いの? それなら今日ぐらい休みを取っても……」

ローマ「ううん、それなら大丈夫。調子はむしろよくなってるぐらいだし」

自分の体を確認しながら答える。

なんだこれ。今までが全部夢だったのか……? でもマフラーは確かにあるし、よく分からない。


霧島に会うか。何か覚えてるかもしれないし、そうでないなら夢か何かだったんだと割り切るしかない。

元々、雪だるまになってたなんて理屈で説明できるような話じゃない。

それにマフラーも返しておこう。

でもマフラーって洗えるのか? 普通に洗濯したら縮んでしまいそうだけど。

まあいいや。どうするかは会ってから考えよう。

そして金剛型の部屋に着いた私を迎えたのは。

ローマ「霧島……なの?」

霧島「ええ……こんな姿ですが霧島です」

雪だるまになった霧島がいた。眼鏡をかけて青いバケツを被った雪だるま。それが霧島だった。

私の代わりなのか、それとも別の理由からはさっぱり分からないけど……。

ローマ「どうして、そんな姿に?」

霧島「まったく分かりません。ですが、この姿では何かと苦労しそうですね」


ローマ「……その通りだわ。金剛たちには見えてるの?」

霧島「いえ。ですので今日は単に調子が悪いとだけ。でも見えてくれる人がいて、なんだか助かりました」

でしょうね。私だってそうだったんだから。

他人の苦労はそいつの問題だ……首を突っ込んだっていいことなんてない。そう思っていたのに。

ローマ「……私が霧島を助けてあげる。元に戻せるかは分からないけど」

霧島「気持ちは嬉しいですが……」

ローマ「いいから黙って」

そのまま霧島の受け売りなのは気に入らないけど、それでも今の私の気持ちは。

ローマ「誰かを助けるのに大した理由は必要ないでしょうが」

霧島「ありがとう、ローマ」

雪だるまは私を見上げる。変わらない表情が変わったような気がした。

霧島「でも本当にそう考えてくれてるなら……そろそろ目を覚ましてくれませんか?」


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ローマ「っ……ここは……?」

リットリオ「ローマ! 目を覚ましたのね!」

いきなり姉さんが抱きついてきた。苦しいとは思ったけど、姉さんの様子からそれを言うのは躊躇われた。

だって本気で私を心配してる。しばらく姉さんをそのままにさせながら辺りを窺う。

眼鏡をかけてなくても、ここがどこかぐらいは分かる。

ローマ「ここ……医務室? どうしてここに?」

リットリオ「覚えてないの? この前の出撃で霧島と清霜を庇って集中砲火を浴びたのよ、あなた」

言われて、その時の海戦の様子が脳裏に甦ってくる。

ローマ「……ちっくしょう、思い出してきた。なんであんな無茶したんだ、私」

体が勝手に動いてしまった、と言うしかなさそうだった。

私らしくない真似をしたと言えばそれまでの話だけど。


ローマ「それであの二人は?」

リットリオ「そこにいるわ」

姉さんが私に眼鏡を渡してから離れると、正面では霧島と清霜がお互いに肩を並べて寝息を立ててるのが見えた。

安心する反面、それを素直には口に出せなかった。

ローマ「ふーん、暢気なものね」

リットリオ「そんなこと言わないの。傷は治ってるのにローマが目を覚まさないから、ずっと付きっきりだったのよ。今夜はパーティーやってるのに二人ともほとんど出てなかったし」

ローマ「そう……後でお礼ぐらい言っておくわ」

これは正直な気持ちだった。

パーティーというのが前夜祭か聖誕祭のどっちを指してるか分からないけど、みんな事前に準備を進めてきていたのは知っている。

私と違って楽しみにしていたはずの二人がそれにも参加してないのには罪悪感を抱いた。

リットリオ「あら~、今日は素直なのね」

ローマ「別にそんなのじゃないし……」

リットリオ「いいじゃない、いいと思うよ」

ローマ「……うん」


リットリオ「パーティーだけど、提督やみんなは取り止めようかって言ってくれたけど、そのままやってもらっちゃったからね?」

ローマ「うん、それでよかった。私のせいで中止とかされても……それこそ困るし」

リットリオ「ローマならきっとそう言うと思った。でもね、みんな心配してたんだからそれは覚えておいて」

私を心配だって? 姉さんの言葉でもそれを信じるのはちょっと……でも霧島と清霜がここにいるのを見ると少しぐらい騙されてもいいような気にはなった。

不意に首にかかっている物に気づいた。マフラーだ。

雪だるまの時に霧島にかけられたのと同じ紅白のマフラー。

ローマ「このマフラーは?」

リットリオ「二人がかけたのよ。なんだかローマが寒そうだからって」

ローマ「そう」

マフラーの端を軽く握る。

雪だるまの私が夢だったのかはもう今ではよく分からなかった。

ただ、こうして感じる暖かさは夢じゃない。


ローマ「姉さん、今って何日なの?」

リットリオ「24日だけど、うん。もう後ちょっとで25日になるよ」

ローマ「そう……あのサンタめ、適当すぎるだろ」

リットリオ「サンタ?」

ローマ「なんでもない、こっちの話」

リットリオ「でもよかったわ。ローマの無事がサンタさんからのプレゼントかしら」

ローマ「姉さんはもっといいプレゼントをもらうべきよ」

リットリオ「そうね、提督にローマのこと報告してくるから、ついでに何かねだっちゃおうかな」

ローマ「私がいないからってやり過ぎないでよ、姉さん」

リットリオ「分かってるよ。チャオ」

姉さんが立ち去ると急に部屋の中は静かになった。

ベッドから起き出す気にもなれず、私も正面の二人のようにもう一度眠ろうかと目を閉じた。


「くしゅん、くちゅん」

くしゃみが聞こえてきた。目を開けると霧島と清霜が冷えてるのか、体を小さく震わせたのが見えた。

まったく世話の焼ける。

私は起き上がるとマフラーを外して、仲良く眠る二人の首にマフラーを回す。

うん、これでそんなに寒くないはずだ。

ローマ「……ありがと」

礼は……恥ずかしいけど、ちゃんと起きてる時に改めて言おう。

そう考えていたら、急に霧島が目を開けた。

私は固まった。今の言葉を聞かれたのか、それとも本当にこの瞬間に目覚めたのか確信が持てなかった。

霧島「ローマ?」

ローマ「う、あ……その、あれよ」

何をしどろもどろになってるんだ、私は。

こんな時にできる挨拶なんて……一つだけだ。

私なりの感謝を込めて伝える。


「メリー、クリスマス」





おしまい

本当はクリスマス向けに掌編から短編を三つ用意するつもりで、これはローマ以外が雪だるまになるエンドの予定でした
が、これ一つしか書けそうにないので軌道修正
とりあえず過去作は直近二作だけ貼っておきます

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