シン「ユリア、そしてケンシロウ…永遠に」 (51)




これは、世界が核の炎に包まれる前のこと


幼馴染かつ表裏一体の拳法を収めるライバル同士であるおれとケンシロウは修練場で試合をしていた




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1450173587

シン「うりゃっ!!」ヒュバッ

ケンシロウ「ぐっ…」ドズッ


試合ではこうして拳を交えるおれたちだが、学ぶ拳は違う。修行まで同じではない

おれもたまにケンシロウの修行を眺めているが、その拳は誇張でもなんでもなくラオウやトキにも劣らぬキレをもつ。そう、ケンシロウの才能は非常に優れているものなのだ

しかし、ケンシロウはおれに勝った試しがない

ケンシロウは優しい…いや、甘い。友であるおれを傷つけることを本能的に避けているのだろう。故に修行で垣間見えるケンシロウの力がおれとの試合で発揮されることはない

リュウケン「そこまで!」


シン「どうしたケンシロウ、その程度か」

ケンシロウ「……」

この試合には試合故に相手の命をとらないための掟がある。北斗側は相手の秘孔を突かないこと、南斗側は突きや手刀で相手を斬らないことだ

だがおれはあえて毎回それを破りケンシロウを死なない程度に切り裂いている。理由は本気のケンシロウと拳を交えたいから、もう一つは今の甘いケンシロウに危機感を感じるからだ。リュウケンもおれの真意に気づいているのか、おれを咎めようとしない

だが、漢の事情を知らぬ第三者はそうもいかないようだ


ユリア「ケン!」ダッ!


ユリア。ケンシロウの婚約者、そして…おれの愛する女



ケンシロウ「…ユリア」

ユリア「ケン、大丈夫?すぐに部屋に戻って治療しましょう」


ユリア「………」キッ!

シン「!……」ビクッ


そして、おれはユリアに嫌われている…

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おれは今日の修行を終え、修練場の外を眺めていた

しばらくするといつものようにケンシロウは、とても暗殺者の技を学ぶ者とは思えない笑顔でおれに話しかけてきた

ケンシロウ「シン、お疲れ様」

掟を破って散々傷をつけてきた相手に対してこれである、二重の意味で心配になると同時に心が痛む。だがそこで優しくしてもケンシロウのためにならない

シン「ケンシロウ…全く、北斗神拳伝承者候補と思えんツラだな」

ケンシロウ「おいシン…それはどういう意味だ」

シン「どうもこうもあるか、蚊も殺せんようなツラしおって…伝承者ということはお前はいずれ人を殺すことになるはずだ、それが今のような平和な時代であってもだ」

シン「それに…お前の北斗神拳は南斗聖拳と違い一子相伝だ。お前の上にはお前より優れた兄が2人、お前をよく思わない愚兄が1人いる…もう少し危機感を持った方がいいんじゃないか?」

可能な限り悪態をつき、ケンシロウの甘さを指摘する

…しかし

ケンシロウ「危機感といっても…おそらく伝承者はトキ兄さんがなるだろう、おれやラオウ兄さんさん、それにジャギ兄さんも異論はないはずだ」

ケンシロウ「それに、トキ兄さんは北斗神拳を人殺しではなく医療に役立てていくつもりだ。こんな平和な時代だ、これからはおれたちも人のために生きていくよう頑張るべきではないか?」

シン「ケンシロウ…」



ケンシロウには足りない

2番3番ではなく、己が一番強くならんとする強さへの“欲望”が

北斗神拳伝承者の座、その地位を死に物狂いで得ようとする拳士としての“執念”が


…ケンシロウには致命的に足りない

ケンシロウ「じゃあ、ユリアに呼ばれているから。すまないな」

シン「……」

ケンシロウ、お前はそれでいいのか?
拳士としての可能性を諦め、拳を封じられて過ごすというのか…?

友でありライバルであるおれに負けっぱなしでいいというのか…?

おれはどうしても納得がいかなかった

だが、ユリアを幸せにできるのはケンシロウだけというのもまた事実だ

ラオウでも、トキでも、ましてやおれでもない。ユリアはケンシロウを選んだのだ

それに確かに今の平和な世なら二人を阻むものも無いだろう



だからおれもこの時は、ケンシロウの言い分も一理あると思っていた

仲睦まじく歩くケンシロウとユリアを眺めながら……







…しかし、現実はそう甘くなかった



ー199X年ー



世界は核の炎に包まれた…


今日はここまで

南斗五車星回想編のぐう聖シンを元にした本当はこうだったんじゃね?的な自己解釈SSです

楽しんでいただければ幸いです

荒れ狂う熱光線と放射能はあらゆる生命を消し去っていった
生き残ったのはシェルターへ逃れることに成功した者たちだけ

住処も、食料も、水さえも枯渇したこの世界においては通貨もその価値を失い、権力のありかは金から物理的で直接的なもの、すなわち暴力へと変わっていった



そして

北斗神拳伝承者はケンシロウとなった

理由は本来の伝承者候補筆頭であったトキがケンシロウとユリアを救うために放射能を浴びてしまい病に冒されてしまったからだ


恐れていたことが起きた

こんな荒れ果てた世界で、あの甘いケンシロウがユリアを守りながら北斗神拳伝承者として生きていけるのだろうか


そして、その疑念を思わぬ人物に突かれることになった



「よおシン、元気そうだなあ!」

おれは振り返りその声の主を確認して驚愕した。その男はケンシロウに倒されたはずの男だったからだ




シン「…何故生きている、ジャギ」

ジャギ「ふはは、ケンシロウのやつめ、俺にとどめを刺さなかったのよ!馬鹿な奴だ、俺が足を滑られてできた偶然のチャンスを奴はふいにしたのだ!!」

そんな訳があるか、貴様ごときケンシロウの足元にも及ばん

…しかしケンシロウが馬鹿なのは間違ってはいないだろう。よりにもよってこんな奴の命すら取らんとは

シン「…おれに何の用だ」

おれがジャギに正対し構えを取ろうとしたその時

ジャギ「…シン、今こそユリアを我が物にする時ではないか?」

シン「…!??」

ユリアを…我が物に…?

シン「…それはおれがケンシロウからユリアを奪えということか?」

できん、おれはユリアに嫌われている。そしてユリアを幸せにできるのはケンシロウだけだ

ジャギ「何故諦める必要がある?お前もあのケンシロウの甘さは知っていよう、今の時代をあいつでは生きていくことはできん!!となればユリアは必ず誰かの手に落ちる!!」

シン「!!!」

…そうなのだ。ケンシロウがいかに甘いかは、この男が醜い顔で生き残っていることが物語っている。

疑念は確信に変わる。無理だ、このままではケンシロウ生き残れない。そしてユリアも同じく…いや、最悪の場合陵辱された挙句殺されてもおかしくない。それこそラオウの手に落ちようものならもう最悪だ

ジャギ「それでもいいのか!!お前ほどの男がなにを迷うことがある!奪い取れ、今は悪魔が微笑む時代なんだ!!」


悪魔が微笑む、か

リュウケンは死に、ラオウ拳王として暴凶星と化し、トキは病に倒れ、ジャギはのうのうと生き延び、ケンシロウとユリアは危機に晒される

全くもってその通りだ。かなしいまでに


ならばどうする、答えはもう一つしかないのではないか










おれが、悪魔になるしかない


ケンシロウ「おやじ、ゆっくり眠ってくれ」

リュウケンの墓の前でまるで危機感のないケンシロウとユリアがいた

ケンシロウ「おれらのことは心配いらない。おれには北斗神拳が、そして何よりもユリアがいる」

ユリア「…」コク…

ケンシロウ「行こう、安住の地を求めて!」





ズチャッ ガシャ…


ケンシロウ「シン!?」

シン「力こそが正義、いい時代になったものだな」


シン「…」チラリ

ユリア「…」ギクリ

やはり嫌われてるな…目があったけでここまで引かれるとは

ケンシロウ「それはどういうことだ!?」

ケンシロウがユリアを庇うように入る
…悪いが今日のおれはおまえの親友ではない、ユリアをおまえから奪い去る狂人だ!!

シン「どけ!!」シャッ!

ケンシロウ「う!!…な、なにをする」ビシッ

シン「おれは昔からユリアが好きだった」

ユリア「な…なにを!わたしはあなたがそう想っていると知っただけで死にたくなります」

……………死にたく…

シン「…ますます好きになる、おれはそういう強くて美しいものがすきなんだ!」

…言ってて悲しくなるがこれもまた事実だ
もしケンシロウの心がユリアほど強ければ、こんな事をしなくてよかったかもしれん

ケンシロウ「よせ!争ってはならぬという父上の教えを忘れたか!」






争ってはならぬ?お前は本当に甘い


お前がユリアと安住の地を求めるなどと腑抜けている間に既に北斗と南斗の争いは始まっているのだ。おまえの長兄ラオウ、そして南斗の将星サウザーの戦いがな!

お前に安住の地で暮らす暇などない、今日を機にお前は非情の戦いに身を置かなけれならないのだ…



…リュウケン、許せ


シン「そんな老いぼれの戯言などとうに忘れたわ!!」ドカッ

ケンシロウ「あっ!!…シン、正気か!!」

シン「このじじいが死んで怖いものがなくなった今、ユリアはおれがもらうぞ!!」

ケンシロウ「きさま!!」




さあケンシロウ。
修練場ではろくに出さなかったおまえの力の片鱗を少しは見せてみろ!!

シン「お前などおれの敵ではないわ〜〜!!」ぶあ〜


ケンシロウ「狂ったか!!」ダッ





ゆくぞ、ケンシロウ!!!




シン「南斗獄屠拳!!!」
ケンシロウ「北斗飛衛拳!!!」




ビシャッ!!!








…ケンシロウ、やはりお前は、甘い……


ケンシロウ「うわああ!!!」バシュッ!!


ドシャッ!!

ちょっとキリ悪いけどここまで

イチゴ味は本編以上に南斗が生き生きしててとてもいいと思うます

ユリア「ケン!」タッ

ユリアがケンシロウへ駆け寄る…が、おれは単にケンシロウを痛めつけ為だけにこんな事をしたのではない、ケンシロウとユリアを引き離すためだ。だからここでケンシロウに近寄らせてはならない


シン「お前ごときでおれに勝つことはできん!」ザッ

ユリアが来る前に入り込み、ケンシロウの顔を踏みにじる


シン「お前ととおれには致命的な違いがある、それは……欲望…執念だ!!」ググ…

ケンシロウ「………………」

シン「欲望こそ強さにつながる。お前にはそれがない」






ケンシロウは恵まれすぎていたのだ

ラオウやトキに劣らぬ才能、ケンシロウの尊敬にあたる2人の兄と師父の存在、おれという良きライバル…そしてユリア

それらは自ら欲して得たものではない、元々あったものだ。だからなのだろうか、ケンシロウには犠牲を払ってでも欲するものを得ようとする発想がない。いわば餌付けされた虎だ

それが、この状況…おれが狂人になろうともまるで力が出せずに這いつくばる結果を生んだ訳だ

だからケンシロウは、一度地獄に突き落とされ全てを失い、そこから立ち上がる必要がある


そのためには、絶望的かつ屈辱的にユリアを奪う!





シン「ユリア、おれを愛していると言ってみろ」



ユリア「だ…だれが!ケンを殺せば私も死にます!!」


…まあそんなことはわかっている。こんな事をしようとただでさえ嫌われているユリアにますます嫌われてるだけだ

だが、だからこそ、本当の意味でケンシロウに絶望と屈辱を叩きつけることができる

シン「ほう…それほど言いたくないのか」


ズブ…



ケンシロウ「うおおお〜!!」ズズズ

ユリア「!!!」

ボッ!

シン「何本目に死ぬかな〜〜」

ケンシロウ「ぐあっ!!」ズボッ

ユリア「ケ…ケン!!」



無論殺す気などない、急所は全て避けている
だが側から見たらそうは見えないだろう

…ただ一生消えないくらいの傷を残すくらいには強く突いている。その傷を思い出しておれを怨んでくれるくらいでなくては困るからだ
まあせめてもの情けでその傷がジャギの顔の傷ようにケンシロウの品性を損ねぬようかっこよく北斗七星を模って突くことにする

今ケンシロウは生命与奪の狭間で弄ばれつつ自身を人質とされ、目の前で己の最愛の女が、その最も嫌いな男に脅迫されているという状況だ。これでユリアがおれを愛すると言おうものならその絶望は計り知れない


シン「おれを止められるのはお前だけだ、お前のたった一つの言葉だけでいいんだ」

シン「強制はせん!自分の意思で言うんだ」ズブ…

ケンシロウ「ぐわっ」

この一言は、例えば「さあ、早く言わないとケンシロウを殺すぞ!」と強制を強いるよりも苛烈な効果がある

一見ユリアには言わなくてもいいという選択肢もある、そしてそれがより“言わなかったらケンシロウを殺す”という未来に現実味を帯びさせるのだ

さらに脅迫されて言うのと自分の意思で言うのとでは意味合いが全く異なってくる



ケンシロウ「シン、殺すなら早く殺せ」

ケンシロウ「ユリア…死ぬなよ。おれのために…生き続けろ……」


…これは、ケンシロウが初めておれに見せた“拒絶”だ

つまるところ自分が死んでも愛する女を渡したくない男と認識されたのだ。これは今後ケンシロウが復讐のために必要な感情だ

さらに、この一言は結果として、ユリアに“ケンシロウの死”をより連想させることになる



あとは一押しだ!







シン「よかろう、殺してやる。おれは前からおまえの存在自体が許せなかった!!」ドズッ

ケンシロウ「くう!!」












…え?

今、おれはなんて言った?



存在自体が許せなかった…?





おれは今、ほとんどとっさに、無意識にそう言った




つまりこれは、おれの心の闇だ




親友と愛する女の幸せを願う一方、心のどこかでそれを妬み羨んでいたのだ

ケンシロウとユリアのためとしつつ、自分の欲望も混じっていたのだ

おそらく、ユリアはそんなおれの本質を見抜いていたのだろう

なるほど、ラオウすら受け入れようとするユリアがおれを嫌う訳だ









だが、それでもいい

シン「死ねぇ!」ズブブ

ケンシロウ「ブッ…」


ユリア「待って!!」

シン「ん〜〜!?」

ケンシロウ「よせっ!ユリア」


ユリア「あ…愛します…」



おれがいかにユリアに嫌われていようと、おれはユリアを愛する


シン「なぁに〜きこえんな〜〜〜」


ケンシロウを許せないと思っていたのも事実だが、同時に親愛と友情を抱いているのも嘘ではない



シン「その程度でおれの心が動くと思っているのか〜」クワッ



こんな身勝手で卑劣な男でも、二人の為になるのならば、悪魔にでも何にでもなろう!!










ユリア「あ…愛します!!一生どこへでもついていきます!!」ブワッ










シン「フ…フフフ」ズッ

ケンシロウ「」ドシャッ

シン「フ ハ ハ ハ ハ ! きいたかケンシロウ。おれを死ぬほど嫌いと言った女が!!」

シン「女の心変わりはおそろしいのぉ!!」ハッハハハ


自分の命をフイにしてでも愛する女を守ろうとするケンシロウに最も嫌いな男と共にしてでも愛する男を守ろうとするユリア

なんと美しい愛だ。嫉妬のような醜い意味ではなく、素直に羨ましく思う



シン「フハハハ、行くぞ!!」


ケンシロウ「ユ…ユリア」

ユリア「ケ…ケン!」




ケンシロウ「う…う、ユリア…うっう……」ズズ…

ケンシロウ「あぐぐ…ユリア〜」ブワッ



ケンシロウ「ユリアーー!!ユリアアァァー!!!」



ケンシロウ、この屈辱を糧に生きるがいい。
それまでの間、おれがユリアを守り抜こう















…ケンシロウ



…これで、良かったのだろうか………





今日はここまで

アニメだとキスまではしてます。ユリアに舌噛まれましたが

おれはケンシロウからユリアを奪った。
それは今の甘いケンシロウを戒め、挫折を知り強くなってもらうため、そしてその間ユリアを守り抜き生かすためだ

だがおれの欲望で単にユリアを欲していた部分も無いわけではない

そう…だから、連れ帰ってからおれは改めてユリアに惹かれ直したのだ。この状況においても全くおれに屈せず媚びず、強く美しいままのユリアに


おれはユリアにに与えうるものを全て与え、ひいてはユリアを守るために行動を始めた

この荒れ果てた世界でユリアを守るためには暴力による支配しかない。

この乱世はいわば自然界に近い価値観だ。簡単に言ってしまえば弱肉強食。強くなければいかに正しくても守るべきものを守れない

そう、たとえ悪党と叫ばれようと、おれも非情の手段に出ざるを得ない


おれはひたすら物資と人員の略奪を敢行した
食料や水、ユリアに与えるための宝石など、奪える限り奪い尽くした
力のあるものは部下とし、力もなく助けを請う人間は囚え焼印を入れ家畜とした
やがておれの組織は膨れ上がり、“KING”と呼ばれるようになった

一見無力な人間を蹂躙する外道な行いにも見えよう
だが考えて欲しい、そもそもこのご時世において戦うことを放棄するとはいかがなものか


核の炎が広がる前、世の価値を決めるものは金だった。人は金を得るために働き、家族を守った。だが金が暴力に変わり、大半の人間が努力を諦めた。そしていつか来るであろう“救世主”を崇める家畜と化した

人類の歴史は9割が己の命をかけた戦いだ。むしろ今までがぬるかっただけなのだ。この家畜共は目の前に自身の生命の危機が現実的になると自身がそれに立ち向かおうとも思わずただ助けに縋っているのだ。これなら手段が暴力とはいえ自身、ひいては仲間を守るために強くなったモヒカンの方がまだマシではないか

おれの行動を正当化する訳ではないが、今のご時世には力を振りかざす者と助けを請う者が大半だ。立ち向かう者のいかに少ないことか…人間、本当の意味で善人なものというのは極めて稀なのだろう

そう、ケンシロウ…それにトキやシュウといったところか


無論前述の通り、おれはユリアに全てを与えようとしていた。そして略奪の過程で、必要とあらば殺戮をも繰り返した…おれがあくまで自分の手にかけたのは悪党だけだが、部下達は組織的に見れば罪の無い者も殺めたかもしれない。おれが部下としている連中は、大抵がロクでもない悪党だからだ

だがここまでする必要があった。食料生産力が決定的に不足している現状では、畑などの供給源が新たに整わない限り食料は減る一方なのだ。外交などの手段が取れないこのご時世、KINGの生産力から漏れた分は、他者から奪うしかない


続いて捕らえてきた“家畜”には残らず“血の十字架”の焼印を刻みつけた

焼印はいまやポピュラーな手段だ。世紀末覇者ラオウや、南斗決裂のきっかけとなった妖星のユダも活用している手段で、軍団の権威を示すとともに家畜共の所有権を主張できる。

大きな軍勢の所有物は迂闊に手を出せない。この焼印は必然的に家畜達の最低限の生命の保護も兼ねている

おれはいずれケンシロウに倒される存在だ

こう言うと言い訳がましいかもしれないが、せめておれの手の届く範囲の人間だけでもでも、ケンシロウが来るまでの間他者の手により命を落とすことのないようにしておきたかったのだ。もっとも、ラオウやユダが善意で焼印をしているとは全く思えないが



おれは仮にもラオウやトキにも劣らぬ才を持ったケンシロウと互角の才を持った天才と呼ばれた男。年月をかければ万一にもラオウを倒せる可能性はあるかもしれない。だが南斗聖拳最強の男であるサウザーはそうはいかない。天翔十字鳳がある以上、他の南斗聖拳では倒せないのだ。それが仮に北斗神拳に親しく修行の場を共にする南斗孤鷲拳であってもだ

つまり、サウザーからは確実に、またラオウからは現状ではユリアを守りきれないのだ。

おれはあくまでケンシロウが来るまでの時間稼ぎだ。今のおれにはユリアを本当に幸せにすることも、永久に守り抜くこともできない。これらは本来ケンシロウがすべきことだ

だが、おれのすぐ側にユリアがいる
この事実が、おれの心の片隅にいる欲望を妖しく刺激した





ーおれの行いでユリアがおれを好くはずがないことは分かっていた

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ユリア「あなたは間違っている。こんなことでわたしの気持ちは変わらない」

ユリア「むしろ軽蔑する」


おれがいかに宝石を持ってこようと、ドレスを着せようとユリアは堕ちなかった
強く、美しい瞳でおれを見据える


シン「おれにケンシロウと同じ生き方をしろというのか!」

シン「できんな」


できない

ケンシロウは本当の善人だ。おれがいかにケンシロウを目指そうとも、それはただの“偽善”に過ぎない。おれの僅かな欲望がひしめく限り、決して真の救世主にはなれないのだ

それならば、正反対の方法でユリアを満足させるしかない

シン「言ったはずだ、おれはおれ流のやり方でやるとな!人間には誰しも欲望というものである!」

シン「見ていろ、こんなケチなものではない!おまえに町をプレゼントしよう。いや!町だけでない。いずれ一国をもだ!」

シン「おまえは女王だ!おまえを女王にしてみせる。すべての人間がお前の前でひれ伏す!」

シン「そうすればお前も変わる…絶対にな」

変わらないだろう
少なくともユリアがおれに靡くことは恐らくない
だが自分の思うがままになる生活、これそのものを不快に思う人間はまずいないはずだ


さらにユリアを女王にしてしまえば、ユリアにとってもさらなる幸福が待っている

いずれ来るケンシロウがおれを倒し、ケンシロウがこの町の新たな王となるのだ。ケンシロウならば真の救世主として民衆を導いていくだろう。ケンシロウとともに、富、名声、権力、さらには民衆と愛に囲まれこの上ない日々が永遠に続くはずだ

おれはユリアが幸せならそれでいい
たとえおれを好いてくれなくても







しかし、それでも、

ほんの少しだけでもいいから、



おれもユリアに愛してほしかった



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シン「みろ、お前の町サザンクロスだ。この町のすべてのもの。草も木も人間すらも、すべておまえのものなんだ」

シン「何も考えなくていい、すべてがお前の意思のままに動くんだ。こんな夢のような生活がほかにあるか」

シン「どうだ、少しは気が変わっただろう………」


…複雑な気分だ

純粋におれを愛して欲しいとも思うが、これで堕ちるのはおれが愛したユリアではない

何をされても変わらない、強く美しいユリアに惚れたのだ。だからここで急に手のひらを返されてもなんか違う気がする

だからいつもと同じようにおれを罵るだろう、そのどこかで幸福を感じてくれているなら大成功だ

そんなふうに考えていたのだが……














ユリア「……」

…涙?

ユリア「わ…わたしの心は変わらない」

ユリア「心が変わらないかぎりあなたは同じことをつづける…いいえ、もっとひどいことを」

そう言うとユリアは居城から身を乗り出した

シン「な…なにを、ユリア!!」

ユリア「罪のない人が何人も苦しみ、そして死んでいく。そ…そんなことわたしには……」


ユリア(ケ…ケン、あなたとの約束を守れなかった…)



シン「ユ…ユリアァ!!!」




ド サ …


ユリア「」

シン「」


ユリアを幸せにするために


シン「バカな!!な……」


ひいてはケンシロウと幸せになってもらうためにこの町をつくったのに


シン「なぜ!!」ぶわっ


この町が、ユリアの墓標になってしまった!!











シン「ユリア〜〜〜!!」

今日はここまで

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