シン「俺は春香のプロデューサーだ」 (74)


いくつか注意事項

・以前同名のスレを立てましたが、それのリメイク版となります。

・当時はご意見歓迎でやっていましたが、荒れに荒れてしまいましたので、
なるべく荒れないようなコメントでしたら、頂ければ幸いです。

・地の文ガッツリで長めです。

・モビルスーツとかの戦闘描写で、間違っているところがあってもスルーして頂ければ幸いです。

以前

春香「ガンプラマイスター?」
シン「俺は春香のプロデューサーだ」
シン「俺が美希をキラキラさせてやる」

等など書いていました。
お楽しみ頂ければ幸いです。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1414066042


 視線は全て、光で覆われるようだった。
 後ろにはレクイエム。そして前には――接近する戦艦が二つと、モビルスーツが一。
型番は不明だが、その名称は形式的に決まっている。

【ジャスティス】だ。

 俺は、操縦桿を握りしめながら即座にフットペダルを踏み込み、ヴォワチュール・リュミエールを展開し、彼――アスランの駆るジャスティスへと舞う。

『シン……!』

 彼の、迷うような声が聞こえ、一瞬だけ心が揺れ動く。だが、もう全てが遅すぎた。
 引き金を引き、コンマ差でビームライフルの砲身から亜高速でビームが射出される。
それを読んでいたように射線上から引いたアスランに、もう一射。共に威嚇だ。これで倒せるとは思っていない。

『シン、もうやめろ! そんな物を守って戦うんじゃない!』

 そんな言葉、もう聞き飽きた。

「守るさ……守ってみせる。そして終わらせる……その為にはアンタを討つ!!」

 背部左のウエポンラックにマウントされている、高エネルギー長距離ビーム砲を展開し、引き金を引いた。
高出力のビーム砲は、アスランの駆るジャスティスの追加兵装である【ミーティア】の右腕を掠め、そのまま接近しながら――アロンダイトを引き抜いた。
 アスランのジャスティスも、サイドアーマーからビームサーベルを二本引き抜き、対艦ミサイルを発射して弾幕を貼りつつ、前方のスラスターを稼働させて後退し始める。
 だが、ヴォワチュール・リュミエールの展開と同時に散布されるミラージュコロイドのジャマーが干渉し、ミサイルは尽く外れていき、接近を許したジャスティスのミーティアが、切り裂かれる。


『ちぃっ!』

 咄嗟にミーティアを放棄したアスランは、そのままビームサーベルを大きく振りかぶり、俺のデスティニーへと斬りかかる。
 その一本をアロンダイトで、もう一本をマニピュレーターに搭載されたパルマフィオキーナで防いだ後、即座に弾いて頭部の機関砲を射出する。
VPS装甲にこんなものは無意味と思われるが、衝撃自体はパイロットにまで到達する。
どうせ無意味な武装となるのならば、少しでも有意義になればいい。

『っ――! お前は一体何を守っているつもりだ! 後ろにあるものをよく見ろ!』

 レクイエムの事を差し、アスランが叫ぶ。

『あれは人でも国でもない! 従わない物を焼き尽くす兵器なんだぞ!?』
「わかってるさ、そんな事は!!」

 叫ぶ。それと同時にもう一度アロンダイトを構えて突撃する。
反射神経と機体性能の高いアスランとジャスティスに、下手な射撃武器は通じない。

「でもあれは、戦争の無い世界を作る為に、必要な力だ! デスティニープランを成功させるために!!」

 アロンダイトの大ぶりの一閃をかわしたジャスティスが、迎撃としてシールドに搭載されたビームブーメランを投げ放つ。
それをビームシールドで弾き飛ばし、そのままパルマフィオキーナを展開してジャスティスに接近する。

『間違っている……! そんな力で、強制された平和で……本当に人は幸せになれるのか!?』

 パルマフィオキーナを、ビームシールドで防いだ後にビームサーベルを縦に一閃する。それをヒラリとかわし、そのまま一寸下がる。

「だったらどうすれば良いっていうんだ!? あんた等の言う理想って奴で、戦争を止められるのか!?」
『何――!?』
「――戦争の無い世界以上に幸せな世界なんて、ある筈がない!!」

 ヴォワチュール・リュミエールを最大出力で放出する。
それと同時に動き出す機体が、凄まじいGを発生させながら、ジャスティスへと駆ける。
アスランは瞬発的にそれを感じ取り、ビームシールドを展開させた。

「だから俺はっ!!」


 アロンダイトを右手に、そして左掌のパルマフィオキーナを展開しながら急激に接近したデスティニー。
そのままアロンダイトを振り下したのち、ビームシールドで防がれたことを確認すると、それを放棄。
そして機体スラスターとヴォワチュール・リュミエールの併用ですぐさま後ろへと回り込み、左掌のパルマフィオキーナを叩きつける。
 すぐさま反応してビームシールドで防ぐものの、それすらを読んでいた俺が仕掛けるのは、もう片方の掌に搭載されたパルマフィオキーナだ。
 叩きつけ、無重力の宇宙空間に流されていくジャスティスは、すぐさま背部のリフターを稼働させて持ち直すが、そこにアロンダイトを構えなおしたデスティニーが迫る。

「これが――デスティニーの力だ!!」
『くぅう!!』

 ジャスティスのリフターが稼働し、急激に接近する両機。どうやらアスランも接近戦で決着をつけるつもりのようだ。

『シン……お前がほしかったのは、本当にそんな未来か!? 本当にそんな力だったのか!?

 過去はもう、取り戻せないかもしれない。そして、今も……もう、取り返しがつかないかもしれない。

だから壊すのか!? お前が守るべき、救いを求めて得た【力】で、その未来すら!!』

 両手に一本ずつビームサーベルを引き抜いたジャスティスは、そのままアロンダイトとパルマフィオキーナを受け止め、その脚部に搭載されたビームブレイドが稼動する。

左足のビームブレイドが迫るのを、緊急回避して避けた後、再びパルマフィオキーナを稼働させて突撃する。

「俺だって!!」

 理性より先に、言葉が出た。

「守りたかったさ……! 俺の力で、すべてを」


 アスランの言葉が胸に突き刺さり、俺をひどく突き動かした。

 激しい戦闘が行われているはずの体。だがその感覚は酷くクリアで、時が止まっているようにも感じられた。

 実際は撃ち、斬り、防ぎ、避けを繰り返しているはずの攻防であるのに――
俺とアスラン、そしてデスティニーとジャスティスだけが、別々に戦っているように思えた。

「でも、俺が撃っているのは敵じゃないって……! 撃つのは奪うことだって……! 力で解決できることなんて、本当は何もないって……!

 アンタが俺に言い続けてきたんじゃないか!!」

 一瞬だけ動きが止まるジャスティス。その隙に、ジャスティスの左腕をもぎ取るように、アロンダイトで一閃する。

――本当は頭部からコックピットを引き裂くつもりだったのに、だ。

「……できるようになったのは、こんな事ばかりだ……!」

『……違う』

「でも、議長やレイは……戦争のない世界を作る為に、俺の力が必要だって、言ってくれたんだ!」

『違う! 俺がお前に言いたかったのは――』

「この力で全てを終わらせて……その先に平和があるのなら俺はぁ!」

『っ! 諦めるな!』


 怒号に、身震いさせた隙を突かれた。右脚部のビームブレイドが、デスティニーの左脚部を切り裂き、その衝撃がコックピットを襲う。
シートベルトが体に絡みつくようで、不愉快だった。

『そんな風に力を使ってしまったら――お前は永遠に、力の呪縛から逃れられなくなる!』

 ジャスティスが接近し、やられる……と思った瞬間だった。

 ジャスティス――いや、アスランは……俺の隙をついて、追撃をしてこなかった。
それどころか、その鋼鉄の腕を、優しく差し伸べているようにも見える。

「……どうして? どうして……あんたは、そうまでして俺を……!」

 思えば最初から不思議だった。俺も彼も、互いに互いを認め合っていながらも、どこかぶつかり合っていた。

でもそれでも彼は、俺にいつも語りかけてくれた。その問いに、アスランが答えた。

『……それは、今のお前の姿が、昔の俺と似ているからだ』
「え……?」

『俺はかつて、母を殺された憎しみだけで、戦いに身を投じた。そして親友と殺し合い、友を亡くし……そして、全てを忘れて力に溺れた。

 だからわかる……! 今のお前の気持ちが……!

 自分の無力さを呪い、ただ闇雲に力を求めて……。

 だがな、シン! その先には何もないんだ! 心は永遠に救われやしない!』

 嘆きにも似た、アスランの叫び。それは俺の心を抉るように、貫いた。

『だからもうお前も、過去に囚われて戦うのはやめろ……

 明日に、未来に目を向けるんだ!』


 俺の中で何かが、壊れていくような気がした。音を立てて、俺を今まで支えていたものが……全て。
理性を振り絞り、遠くなりそうな意識を整えながら、ようやく叫べた言葉は――酷く、脆い言葉だった。

「今さら何を! もう俺は選んだんだ、この道を! なら行くしかないじゃないか!!」

パルマフィオキーナを稼働させ、思いきりジャスティスのビームシールドに叩きつける。

「アンタが正しいって言うんなら――俺に、勝って見せろ!!」

 その衝撃で、強く突き飛ばされたジャスティスは、月面基地に背部から落ちた。

背部のリフターが稼働して、衝撃を殺したんだろうか、スピーカーから、アスランの嗚咽に似た声が聞こえてくる。
ゆっくりと――彼の機体に近づく。
早まる鼓動、それに合わせて漏れる息。

「はぁ……はぁ……!」
『シン……!』
「これで……やっと終わる……」

ウェポンラックから、アロンダイトを抜き放ち、二つ折りになったそれを展開する。

「この戦争も……俺の【戦い】も……!!」

 それを、ジャスティスに向けて突き出して、狙いを定める。――止めを指すなら、苦しまないようにしてあげたい。

「全てがっ!!」


『っ――まだだ!!』

 その瞬間だった。
背部から急激に近づいてくる動体反応をセンサーがキャッチした。ジャスティスのリフターだ。

「リフターだけ……!?」

 そちらに意識を向けた瞬間、ジャスティスのシールドに装備されていたアンカーが、アロンダイトを構えた右腕部を捕え、ジャスティスに機体を引き寄せた。

『まだ終わらない――!』

ジャスティスの蹴りが、デスティニーを襲う。
無重力で吹き飛ばされたデスティニーと、その巨体を一所懸命に留めようとした俺の意識がジャスティスから遠ざかったその時、ジャスティスの脚部に搭載されたビームブレイドが、デスティニーの左腕部を切り裂いた。

「くそっ! よくも――」

 また、センサーが動体反応をキャッチ。再び、リフターだ。

「うぁっ!」

 リフターは、その羽に搭載されたビーム刃を展開させ、デスティニーの残った右腕部を切り裂いた。
 それと同時に――デスティニーの動力炉が、悲鳴を上げた。
急激にパワーダウンしていく。先ほどの衝撃で、月面に墜ちていく。

「……アスラン、あんたやっぱり……強いや」

 漏れ出した言葉。
俺は、ゆっくりと月面へ落ちていく自らと、その機体を思いながら、警報を鳴らすアラームが響くコックピットの中で――そっと、目を閉じた。


天海春香は、プラントにあるシェルターにて、膝を折って自身の診断表を手にして、項垂れていた。
その姿を見据え、彼女の親友である如月千早が、一言彼女に聞く。

「春香、大丈夫?」
「大丈夫、だよ」

 彼女の言葉はどこか心此処に非ずと言った感じで、千早はオズオズと、その春香の手で握られた診断表を手に取った。

それは、ギルバート・デュランダル議長が提唱した、デスティニープランにおける、遺伝子情報の分析結果だった。

彼女――アイドルである天海春香の適性が一番高い職業は、保育士適性だった。

「う、嬉しいな。私、子供とか好きだし。アイドルをやめて、保母さんになれば、みんな、みんな幸せなんだね」
「春香、デスティニープランは、あくまで目安なのよ。少しだけ正確な職業適性検査みたいなもので――」
「だって、皆デスティニープランで適正通りになったら、不満なんて出ないじゃない。ほら、私もアイドル止めて、保母さん目指せば――」
「春香」

「……今さ、戦争やってるんだよね。デスティニープランに反抗する勢力と、ザフトとの戦い」
「ええ」
「……反抗勢力、勝っちゃわないかなぁ、って……そう、思っちゃうんだ……! わたし、嫌な子だ……!」
「そんな事ない! 春香は、春香は!」

「千早ちゃんは良いじゃない! 歌手として、アイドルとしての適性が認められてるから! 第二のラクス・クラインって……!
 そう、適性が出てるからそんな事……そんなことが……!」

 千早は、目を伏せて、そして唇を閉じた。それ以上言う事は、彼女には出来なかったのだ。

「……ごめんね、千早ちゃん。わたし、ちょっとお手洗いに行ってくるね」
「……ええ」

 シェルターのお手洗いに向けて歩き出す春香。その姿を見据える、千早。
 シェルターに設置されたテレビが、今速報を伝えた。
 
 ――ギルバート・デュランダル議長は、メサイアの崩壊に巻き込まれ、死亡が確認された。


少年が、プラントの街中をただ歩いていた。
少年は少しだけ浮かない顔をして、その私服姿で周りの人々を見据えて、目を伏せた。

――この世はまた、平和になった。

そう考えて、自分に何が出来るのか、何をしなければならないのか、そう考えている、その時だった。

「ん、そこで顔を伏せている君」

 声が聞こえた。
少年は顔を上げて、声の方向を見ると、そこには初老の男性がいた。
スーツを着て、その少しだけ皺のある眼鏡姿を視線に捉えた少年は「何か、用ですか?」と問いかける。

「うーん……」

 男性は顎に手を付けて、少年の表情を見つめる。
どこか気恥ずかしくなって、彼が少しだけ顔を逸らした瞬間、男性は彼の肩に強く、手を乗せてこういった。

「ティン、と来た! 君、うちの事務所で、プロデューサーをやらないか?」

 少年は、ふと男の視界を捉えて、そして――

何も考えなしに、頷いた。

――これが俺の出来る事なのだと、盲信するしかないのだろう。


「……またダメだったね、オーディション」
「うぅ。ごめんね、春香ちゃん、真ちゃん……私が、男の人が苦手なばっかりに……」
「仕方ないよ雪歩。審査員が男の人だったんじゃ」

 綺麗な黒髪と、その凛々しい顔立ちが印象強い、少年のような少女が、フッと溜息をつきながら言うと、茶髪の少女が少しだけ泣きそうな表情で謝っている。

黒髪の少女は、菊池真。プラントにあるアイドルプロダクション・765プロで駆け出しのアイドルとして活動中のアイドル。
茶髪の少女は、萩原雪歩。真と同じく765プロで売り出し始めたばかりのアイドルだ。

その数歩後ろで、天海春香が顔を上げた。街中の液晶テレビに映し出された三人のアイドルを視界に捉えて、口を開く。

「――竜宮小町」
「あ、ホントだ。こんな大々的な所に映してもらえるようになったんだ……あの三人」
「凄いねぇ……」

 765プロダクションが誇る、新鋭ユニット【竜宮小町】だ。
春香達と同じく765プロで同時期に売り出されたにも関わらず、プロデューサーである秋月律子の手腕で、今や一目置かれるアイドルとして、世間に知られている。

 三人は、そのテレビに映された三人の映像が終わると同時に再び歩き出し、話始める。


『次のニュースです。プラント最高評議会議長に着任した、ラクス・クライン議長の声明により、ザフト軍事費用の一部削減が決定づけられました』

「ねぇ真。この後の予定って、何があったっけ」

「何にもない。ずーっと空白。律子は竜宮小町で手いっぱいだから、ボク達に仕事は回ってこないし」

『それによりブルーコスモス一派による過激テロが増加するのではないか、という懸念に対し『現在対応中』との見解を示しました』

「……このまま、誰にも知られないまま、アイドルやめちゃうのかな、私達」

『なお、ギルバート・デュランダル元議長の提案されたデスティニープランの再検討については明言されておらず、
専門家は「クライン議長の政治は非常に不明瞭で危険である」との見方を強め、批判している模様です』

「……結局、デスティニープランが正しかったのかな」

 春香がそういうと、真と雪歩も押し黙り、歩む足を早めた。

事務所に着くまで、三人は会話一つ交わさなかった。


765プロダクションは古びたビルの三階にある、こじんまりとした事務所だった。
エレベーターは壊れて、エアコンも修理中。事務所のドアは開きが悪く、会話は駄々漏れとなる始末の事務所だった。

その事務所に帰ってくる三人。春香、雪歩、真の三人だ。

『お疲れ様です』
「あ、三人ともお帰りなさい。どうだった?」

 事務服を着込んだ女性――音無小鳥。彼女は笑顔で三人を出迎え、そっと尋ねた。

「……ダメでした」

 真が答え、小鳥も残念そうな表情を浮かべる。

「あらあら。あんまり気を落さないでね――あ、そろそろテレビ、つけないとね」
「何かあるんですか?」
「竜宮小町の三人が、生放送インタビューを受けるのよ。今度映画の主題歌を歌う事になったからね」
「七彩ボタン、でしたよね」
「……いいなぁ、三人とも」
「ボク達も、すぐに追いつこうよ!」
「ふふっ、そうね。それが良いわ」

 テレビの電源を付けた、丁度その時だった。765プロの玄関口をノックする音が聞こえて、アイドル三人と小鳥はそちらを見据える。
アイドルやプロデューサー等であれば、ノックなどせず入ってくるはずだ。

「お客さんかしら? はーいっ、どちらさまでしょうか」

 不用心にも、答えを聞く前に扉を開けると、そこにはアイドル達とそう変わらない年の風貌をした少年が、スーツ姿で立っていた。
そのスーツも下し立てのように新品同然だったが、彼がまとった雰囲気は、アイドル達より何倍も生きている大人のような雰囲気をしていた。

「あの、765プロの事務所って、ここで大丈夫、ですよね」
「はい、こちらが765プロです。失礼ですが、どちら様でいらっしゃいますか?」
「俺……いえ。私、今日からこちらで働く事になった……」

 少年は、一瞬だけ深呼吸をして、言葉遣いを直し、居心地が悪そうに、ただ、言い放つ。

「シン・アスカって言います。高木社長っていらっしゃいますか?」


765プロの社長室に、シンは小鳥に連れられた。社長である高木が笑いながら、シンの肩を叩く。

「よく来たね! 我が765プロは、君を歓迎するよ!」
「もう! 新しいプロデューサーさんが来るなら前もって言っておいてくださいよ社長!」
「はは、すまないね。何せ急に決めた事だから」

 さて、と一息ついた社長が、視線を事務所の談話室に移す。

「今、事務所にはあの三人だけかね?」
「ええ、春香ちゃんと真ちゃんと、雪歩ちゃんの三人です。これから美希ちゃんと千早ちゃんも来ますが」

 その確認をして、今度は軽く挨拶交じりに、シンへお辞儀をする高木。

「さて、シン君。分かっていると思うが、私は社長の高木順二郎だ。何か困ったことがあれば、何でも相談してくれたまえ」
「はい」
「あ、わたしは事務員をしてる、音無小鳥と言います。社長と同じく、何かあれば何でも相談に乗りますよ」

 笑みを浮かべて、名を名乗る小鳥に、シンが少しだけ笑みを浮かべる。笑えば可愛い子だと思いながら、小鳥は更に続ける。

「ちなみに。私の事は『小鳥さん』でも『小鳥ちゃん』でも『小鳥お姉さん』でも、何でも大丈夫ですよ」
「ありがとうございます、音無さん」
「あ……音無さん、ですか」

 残念に思いながらも、ハッとした小鳥。

(でもチャンスぴよ。こんなイケメンが入社してくるなんて……音無小鳥2X歳、このチャンスを逃すでないぞ!)

「ふふ、ふふふふっ」
「音無君はトリップしてしまったか……まあ構わないだろう。事務所のソファで雑談をしている三人は、ウチのアイドルだ。自己紹介してきたまえ」
「あ……はい、わかりました」

 顔を赤め、にやりと笑いながら不敵な声を浮かべる小鳥に少しだけ恐怖心を覚えながら、シンは社長室を出て――その三人の少女に、向き合った。


「――という事で、今日から皆のプロデューサーになった、シン・アスカだ。よろしく頼む」

 挨拶をすると、三人が同時に『よろしくお願いします!』と声を上げる。その後にシンへ声をかけた最初の少女は、菊池真だった。

「新しいプロデューサー……かなり若そうに見えますけど、幾つなんですか?」
「ああ、17歳だ。皆と同い年くらいじゃないか? ……というか、あの子何であんな離れてるんだ? 五メートル位離れてるじゃんか」
「ああ……」

 真が、部屋の片隅で肩を震わす少女へ近づき、その背中を後押しする。

「雪歩! ちゃんと挨拶しなきゃダメだよ!」
「あ、その……萩原雪歩、です……その……」

 オドオドしながら、シンの表情を見据える少女――萩原雪歩。

「ああ、君が。社長から聞いてるよ。男が苦手なんだってな」
「はい……」

 俯き、瞳に涙を溜める少女を見据えて、シンは少しだけ笑みを浮かべて手を差し伸べた。

「ま、同年代の男で慣れていくしかねぇよな。敬語とか要らないから、よろしくな、雪歩」
「よ、よろしくお願いします、頑張りますぅ!」

 頑張って、そのシンの手を握った雪歩は、数秒後には顔を真っ赤にして、再び事務所の奥へと駆けていく。その光景を苦笑しながら見届けた真が、今度はシンの手を握った。

「ボクは菊地真! 何か敬語で話すの野暮ったいし、シンでいいかな?」
「いいぞ。俺も敬語苦手だし、気にせずにしてくれ」
「じゃあ次は春香――春香?」

 天海春香が、シンを見据え、ぼーっとしていた所に、真が声をかける。

「あ、うん。天海春香です。よろしくね、シン君」
「よろしく、春香」


 春香と軽く握手を交わして、春香は再びテレビへと視線を動かす。テレビには、三人の少女が踊っている光景が映り、春香はそれを見つめていた。

(……なぁ真。もらった資料だと、春香って元気いっぱいな明るい女の子ってあったんだけど)
(いつもはそうなんだけど……ここ最近ずっとこうで……)
(ふーん……)

 今はそれ以上聞かず、シンが真に尋ねる。

「とりあえず今からのスケジュールは?」
「あそこのホワイトボードに」

 指さした先にあるホワイトボードは、その名をそのまま示していた。

「……ほぼ真っ白じゃないか。あ、でも結構仕事入ってるのが三人位いるな」
「竜宮小町の三人ですね。今テレビに出てますよ」

 小鳥の言葉に、シンが春香の眺めるテレビ画面に視線を寄越す。春香の視線は、その三人の少女に釘付けだ。

『では、今大人気! 竜宮小町の三人です! 今回は映画の主題歌を歌われた、と言う事ですが』
『はぁい♪ 竜宮小町の新曲【七彩ボタン】って言います!』
『かなり可愛い曲に仕上がってるよ→』
『若い二人に触れて、私も若返った気がしますねぇ~』

「水瀬伊織、双海亜美、三浦あずさの三人ユニットだよな。確かに最近良くテレビに出るようになったし」
「三人のプロデュースしてる律子も、そっちに手いっぱいで……ボク達の方にはオーディションの斡旋が精々だよ」
「それも、あんまり効果が無くて……」

 真と雪歩の言葉に、竜宮小町以外のプロデュース体制が万全で無い事を悟ると、その重圧がシンに圧し掛かる。これから彼が、竜宮小町以外のメンバーの、面倒を見なければならないのだ。


「――となるとまずはレッスンを優先的にやってくしかないな……トレーナーさんとかは?」
「それが……前の戦争の影響で、安くひいきして貰ってたトレーナーさんが地球へ……」
「マジか。じゃあ今はもしかして」
「独学。資金不足でね」
「念の為考慮しておいて良かった」

 シンが溜息をつくと、真と雪歩が首を傾げる。

「レッスンの方は俺が何とかする。これから誰か来る予定は?」
「えっと、千早ちゃんがこれから」
「千早……えっと、如月千早か」

 元々貰っていたデータの中にあったアイドルの事を思い出していると、丁度いいタイミングで、事務所のドアが開いた。

「おはようございます」

 青色のロングヘアと、その端麗な顔立ちが印象強い女の子だった。彼女は扉を静かに閉めて、肩にかけていたバッグを手に持った。

「あ、噂をすれば。おはよう千早!」
「おはよう、千早ちゃん」

 真が挨拶すると、雪歩も千早に挨拶を交わす。

「おはよう真、萩原さん……春香」
「……うん、おはよう」

 春香と千早が、少しだけぎこちない挨拶を終えると、千早の視線がシンへ向いた。

「……えっと、貴方は?」
「俺は新しく、皆のプロデュースを担当する事になった、シン・アスカだ。よろしくな」
「新しいプロデューサー……そうでしたか。初めまして、如月千早です」
「敬語とか要らないから、まあ仲良くやっていこうぜ」


 その言葉にお辞儀で返し、荷物を更衣室に持っていく前に、シンが口を開いた。

「後は」
「さっきコンビニで美希を見かけたので、そろそろ来るかと」

 再びタイミング良く扉が開く。今度登場した少女は、金髪のロングヘアにかかったカールが可愛らしい、大人びた少女であった。

「おはようなのー」
「美希、おはよ!」
「おはよう、お茶飲む?」
「おはようなの真くん、雪歩! お茶はさっき綾鷹買ったから大丈夫なの!」

 星井美希。765プロダクションのアイドルで、大人びた風貌をしているが、実年齢はまだ十五歳だ。
プラントでは成人だが、生まれは地球なので、まだ子供であるようだ。

「千早さんに春香もおはよう!」
「おはよう」
「おはよう美希」

 軽くアイドル達と挨拶を交わした美希は、次にシンへ視線を向ける。

「えっと……お兄さん、誰?」
「俺は君の新しいプロデューサーだ。これからよろしくな」
「ふーん、よろしくなの! ミキは、星井美希なの!」

 真がホワイトボードを見ながら、本日の出勤者を確認する。

「今日来るメンバーは、これで全員かな」
「そうか。なら今日はレッスンにするから、準備出来たらスタジオ行こうか」

 シンの言葉に、全員が頷いて、更衣室に移動を開始する。
最後に更衣室へと向かった春香の表情が、浮かない表情である事を見て、シンは少しだけ、心配になった。


「ねえ皆、シンの第一印象ってどんな感じ?」

 真が問いかけると、千早が答える。

「そうね……かなり若いんじゃないかしら。年齢は聞いた?」
「17歳だって……一応千早ちゃんよりは年上だけど」
「それでも一つしか違わないのね……プラントでは15歳から成人だし、珍しくはないけど」
「結構カッコイイって思うな~。寝癖そのままなのはちょっとだけマイナスポイントだけど」
「ボクの見立てだと、結構鍛えてるよ! 細そうに見えて、必要な所にはキチンとした筋肉が出来てる!」
「何にせよ、仕事が出来るなら問題は無いわ。――私は、歌が歌えれば、それで」
「……そうだね」

 着替えとタオルをカバンに居れた春香に、真がついに痺れを切らしたように尋ねる。

「ねぇ春香……最近変じゃない? 何かあったの?」
「う、ううん! 何にもないよ?」

 慌てて元気さを取り繕う春香に、それ以上何も聞けず、真が「……なら、良いんだけどさ」と誤魔化しながら納得する。

「これからレッスンなんだし、そんな調子じゃ怪我しちゃうよ」
「だ、大丈夫だよ! 心配性だなぁ真は!」
「その通りだって思うなぁ。美希もノンビリさんだけど、全然なんともないし、アハ」
「……行きましょうか」
「……うん」

 千早の言葉に、春香が頷き、その場に居た全員は、シンの元へと歩き出した。


「へぇ~。シンって、大型まで運転出来るんだ」

 八人乗りエレキカーを運転しながら住所を確認するシンに、真が関心の声を上げる。

「つっても、珍しくないだろ? 最近はオート化も進んで、運転自体は珍しくないし」
「あ、そこの角を左です」
「ああ。それより美希、今流れてるのがお前らの曲か?」
「うん、GO MY WAY!なの」
「明るくて可愛い曲じゃないか。俺社長から渡されたディスクの中、THE IDOL M@STER しか入ってなかったからさ」
「メンバーはそれぞれ、セカンドシングルまでCDを出してるんですよ」

 雪歩の教えてくれた情報に「へぇ」とシンが関心を持つと、後部座席に座る春香に声をかける。

「春香、お前の曲ってディスクの中入ってるか?」
「へ!? う、うん。多分三曲後の奴……」
「美希、一番とサビだけでも聞かせてくれ」
「はいなの!」

 流れた曲は、春香のセカンドシングルである『乙女よ大使を抱け!!』だった。


女の子らしく、鼓舞するような印象を持つ歌は、今の春香にはあまり似合わないと思ったシン。
――いや、この歌う春香こそが、本当の春香なんだろうと仮定したシンの耳に、真の呑気な声が聞こえてくる。 

「ボクもこの曲大好きなんだよね! 歌詞が凄い女の子らしくてさぁ!」
「あはは、ありがと……」

 少しだけ苦笑して、応じる春香。その春香に合わせて、千早がシンに声をかける。

「シン。あそこのビルです。駐車スペースは――」

 エレキカーの駐車スペースを教えると、シンが頷き、レッスンスタジオの前に一時停止させた。

「じゃあ先降りてくれ。さっき連絡しといたけど、トレーナー迎えに行ってくる」
「トレーナーさん……?」
「シン、トレーナーさんの知り合いが居るの?」
「正確には歌手だ。――多分、見たら腰抜かすぞ」
『?』

 全員が首を傾げて、エレキカーを降りる。シンはそのまま車を走らせ、去っていく。
どういう人なんだろうね、と言う皆の予想は、大外れを迎える事になるとは、この時誰も知らなかった。


「ラクス・クラインです。皆さん、本日は頑張りましょうね」

 準備運動で体を動かしていたほぼ全員が腰を抜かした。その姿を見据えて、シンがくくっと笑みを浮かべた。

「ほら。腰抜かした」
「ラ、ラクス・クライン、議長……?」
「ほ、本物!? この前の戦争で出た、偽者さんとかじゃなくて!?」
「な、何で、こんな所に……!?」
「び、ビックリして、あ、足がガクガクしてますぅ……!」
「あふ。あ、テレビでよく見る人なの!」

 美希だけは、腰を抜かしていない。

ラクス・クライン。
かつてプラントの歌姫として名を馳せた彼女は、後にテロリストの一人となって平和を言葉に、そして歌に乗せて戦い続けた。

その後、戦争を経て彼女は様々な政治に関与する事になり、一か月前にプラント最高評議会議長として、就任する事となった。
 世界中で誰よりも注目され、誰よりも愛される女性。

――春香達の目指す、アイドルと呼ばれるに相応しい人物だった。

「今、偽者説が出たが……このラクス・クラインは本物だ」
「皆さん、私の事は気軽に、ラクスとお呼びくださいね♪」
「いや、ラクスさん。それ無理あるから」
「ラクス、綺麗で優しいの~☆」
「無理なかったな……」


 美希がラクスの元に行って「テレビでよく見るけど何のお仕事してるの?」等と能天気な質問をしている横で、シンは雪歩と真に詰め寄られていた。

「し、シンッ! これは一体どういう事さ!?」
「どうもこうもない。ただボイスレッスンがあるし、ラクスが居たら百人力だろ?」
「そ、そうだけど……でもぉ……うぅ……」

 その二人を橋目に、美希を押しのけ、千早が興奮したような表情をしながらラクスへと駆けた。

「あ、あの! わたし、ラクスさんの歌声が大好きで……!」
「あらあらぁ、私も千早さんの曲聞きましたわ。青い鳥、凄く綺麗な歌声でした」
「あ、ありがとうございますっ! 是非、ラクスさんにご教授を!」

 何度も何度も、ラクスへとお辞儀をし、そして笑みを浮かべる千早。その千早の後ろで、春香が唖然とした表情をしていた。

「……春香? やっぱビックリしてるか?」
「え、う……うん、ちょっと。でもそれより……シンくんって、何者なの?」

 当然の疑問。
今日来たばかりの、新人プロデューサーがいきなり、プラント中のアイドルであるラクス・クラインを、こんな古びたレッスンスタジオに連れて来るなど、誰も思いもしなかったのだから。

「……ま、しがない新米プロデューサーだよ。さ、それよりレッスンするぞ! 皆着替えて来い!」

 シンがそう叫ぶと、まずは千早が急いで更衣室へ駆け、次いで真と雪歩が、最後に美希に連れられて春香が更衣室に行き、ラクスがシンへ視線を送る。

「今日は、頼って頂けるのですね。シン」
「よろしく頼む。歌はからっきしだからさ」
「ええ。――楽しそうでなによりですわ」

 ラクスの言葉を聞いて、少しだけ鏡を見た。
自分の表情がどの様になっているのか。自分ではそれを理解することも出来ず、シンは溜息を一回ついた。


「千早さん、そこの音程が半音ズレてますわ」
「え……あー、あー♪」
「はい、大丈夫ですわ」

「あーあーあーあーあー」
「美希さんは、もう少しお腹から声を出す練習ですわねぇ。
 息を五十秒程かけてゆっくりと吸いこんでから、今度は先ほどと同じ時間をかけてゆっくりと吐きだしてくださいな」
「はいなの~。す~」

「雪歩さんは千早さんと同じく、音程調整の練習ですわ。筋自体は良いですから、後は練習さえこなせば、歌唱力は自信をお持ちになって」
「は、はいですぅ!」

「真さんは少し出過ぎる傾向が見えます。女の子なのですから、力強さを調整する美しさを磨きましょう」
「はいっ!」

 そこで、一旦息をついたラクスが、視線を春香に向ける。そして、慎重な面持ちで春香に声をかけた。

「春香さんは」
「は、はい!」
「まだまだ拙い所はあれど、綺麗な声が出てますわ。――でも、少しだけ。
 何か、思い悩む事でもあるのでしょうか? 貴女の歌声は――酷く、物悲しく感じがします」

 その言葉に、焦るような春香。

「え、えっと――」

 そう言葉を探し、視線を泳がせる春香に、ラクスが問い尋ねる。

「もしよろしければ、お話して頂けませんか? 悩みと言うのは、他人に話すだけでも、楽になるものですよ」

 ラクスの言葉に、一瞬だけ驚いたようにした春香だが、すぐに表情を繕い、とぼけて見せる。

「な、何でもないですよ~! 最近、体重が2kg増えちゃっただけです!」
「……そう、ですか。分かりましたわ」

 その春香の言葉に、ラクスは少しだけ落胆したような面持ちで頷き、春香の言葉に従った。
春香は、その追及を逃れた事を良しとしてか、一瞬だけ安堵の息をついた。

だがすぐに、自分が嫌な女になった気がして、すぐに表情を暗くさせた。


「よし、次は体動かすか。ラクスさん、参加してくか?」
「はい♪ 最近は事務仕事ばかりで、体が鈍っていましたもの」
「そりゃ評議会議長じゃな……よし、ダンスレッスンに移るぞ!」
「ダンスレッスンは、誰が監督するの?」

 真の問いに、溜息をつくシン。

「当分はダンスレッスンというより、体力作りに励む事になるが――まずは真」
「うん」
「俺もある程度ダンスを練習してみる。踊れる曲を一曲踊ってくれ」
「へ? う、うん」

 真はウォークマンのデータを再生し、それをスピーカーに無線接続させる。

流れ始める曲は、真の持ち歌である『エージェント夜を往く』だ。激しいダンスと扇情的な歌詞が、全員を魅了するようだった。

だがワンフレーズまで踊った所で、シンが真を止めて、そのダンスを教わる。他の皆もその動きに合わせて教わり始める。

だが、その成長速度は、シンとラクスだけが段違いだった。

シンは、真に教えを乞うと、その動きを再現し、そして踊れるようになる。
体力があるのか、ひたすら動いているシンの動きに、真は驚愕すらしている。


数分後、激しいダンスのワンフレーズをすぐに踊れるようになったシンを見据えて、真が声を上げた。

「す――凄いよシン! ダンスを習ったことがあるの!?」
「無いよ。言ってなかったっけか? 俺はコーディネイターだから、体力には自信があるんだ」
「そ、そんなレベルじゃないよ! だって、この曲のダンスってかなり難しいよ!?」

「正直俺も、全てのフレーズを踊れって言われたら、絶対にもっと練習が必要になるだろう。俺の体はダンスをする為に作られた体じゃないしな」

 だが、とシンが口にする。

「ダンス経験がない俺でも、今の練習でここまで出来るんだ。日頃からレッスンしてるお前らなら、もっと完璧にできるはずだ。

それまで、体力作りは俺が指導をする。体力がつけば、真がダンスを形だけでも教えて、形になってくれば、後は自主練で何とかなるだろ」

「じゃ、じゃあシン! ボク達通しで踊ってみるからさ、体力作りのアドバイス頂戴!」
「ああ、じゃあ楽曲は――」


「……はい、お疲れ! 皆良く頑張ったな!」
「凄い……凄い充実したダンスレッスンだったよシン! ボク感動しちゃった!」

 真だけが、シンのレッスンに耐え切り、その充実した内容に感服しているが、他の面々は全員汗をダラダラと流して倒れこんでいる。

「も、もう駄目ぇ……」
「あふ……ミキ、疲れちゃったのぉ……」
「はぁ……はぁ……」
「さすが……コーディネイターね。真と同等に踊れる逸材が、普通にプロデューサーやっているのだから」
「はぁ、はぁ……少し、違いますわ……」

 汗だくとなりながらも、その美しさを放つラクスが、スポーツドリンクを口にしながらも、シンを見て意見をする。

「私を見てわかる様に、例えコーディネイターでも、その遺伝子操作により調整された体力や体は、普通のナチュラルと同じく努力しなければ鍛えられないものです」

 息を切らしながら、足を震わせ、もう立っていられないと言ったように、ラクスが足を伸ばした。本当に書類仕事続きだったのだろう。

「ですがシンはだからこそ、その身体能力を引き出す努力をしたのです。その努力が報われ安いのが、コーディネイターの利点と言えますわね」
「……でも、ナチュラルには、報われない子が多すぎます」

 思わず春香が口に出した。その春香の言葉に、少しだけ意表を突かれたような表情を浮かべるラクスだが、すぐに笑みを浮かべて「ええ」と頷く。

「そうですわね……だから人は妬み、苦しむのです」


 ですが、と一拍置いてから、アイドル達の表情を見比べ、そしてラクスは言う。

「千早さんの歌、真さんのダンス、そして美希さんのビジュアルを見てわかる様に、本当の天才は時にコーディネイトされた者すら超越します。
多くのナチュラルはそれを卑下にするでしょうが、私はそうは思いません。それは私の父、シーゲル・クラインも同じ想いでした」
「コーディネイターとナチュラルの交配によって、コーディネイターが自然へと回帰する方法を提言された方……ですね」

 千早が、ラクスの父、シーゲル・クラインについて思い出していた。

千早の言う通り、ラクスの父はコーディネイターでありながら、その英知の末に生まれた自身らに、疑問を抱いていた。

婚姻統制を実施しなければ、子孫の繁栄すら望めぬコーディネイターとしての有り様を鑑み、当時タカ派の頂点であったパトリック・ザラと、対立を極めた男であった。

「ですがそれは簡単ではありません。私がいくら歌おうが、いくら平和を叫ぼうが、人々はやはり、欲望を持ってしまいます。――春香さんの言った様に、ナチュラルには、報われない方が大勢いらっしゃいますから」
「まるで、コーディネイターだけが正しいみたいな言い草だな、ラクスさん」
「シン。いいえ、そのようなつもりで言ったのでは……」

 少し困ったように言葉を探すラクスだったが、その表情を見て少しばかり、スッとした表情を浮かべたシンが溜息をついた。

「……分かってるよ。意地悪く言って悪い。それより今日は帰るぞ。ナチュラルとコーディネイターの遺伝子総論は、また今度、テレビの前で話すんだな。――脚本に塗れた、な」
「……意地悪、ですわね」
「……俺はまだ、アンタを許してないからな」
「ふふ、ですが今日は、頼っていただけましたね」

 ムッと表情を歪め、フンと鼻を鳴らす。

「利用できるもんは利用するさ。――迎え、来てるぜ」

 レッスンスタジオの重たい扉が開かれる。扉の向こうに居たのは、笑顔の似合う男性だった。
その美貌やスマートな体系は、コーディネイターであるだろうとは、容易に想像がつく。

「ラクス、お疲れ様」
「あらキラ。迎えに来て下さったのですか? ありがとうございます」

 キラと呼ばれた青年は、ラクスの手を取って彼女を立ち上がらせ、ハンカチで汗を拭い、シンに向き合った。

「シンも、ラクスの気分転換に付き合ってくれて、ありがとう」
「別に。こっちも必要があったからやっただけです。――さっさと連れ帰ってください」
「うん。じゃあ、失礼するね」

 ニッコリと笑みをアイドル達に浮かべ、去って行った男を見送り、シンは少しばかり浮かない表情を浮かべていたが、そこで視線に気づいて、周りを見渡す。
アイドル達がシンをジッと見つめているのだ。

「……? どうした皆」
「怪しいの……怪しい匂いがぷんぷんするのー!」


「最高評議会議長に向けて『アンタを許していない』発言に加えて利用する発言! これは、相当近しい人じゃないと出来ないはずだよ!」
「ミキの推理によると、シンはラクスの恋人なの! そうに違いないの!」
「さ、最高評議会議長の恋人……!? で、でも婚姻統制があるから、あり得なくは――」
「落ち着けお前ら!」

 アイドル達の勘違いに、シンが叫んでまずそれを止める。それと同時に説明を開始。

「良いか、ラクスの恋人はさっき迎えに来た白服の男だ! 俺はラクスに特別な感情は抱いてないし、許さないって発言は、完全に過去の事だ」
「でも、まだ許してないんだろう?」
「……まあ、な。そう簡単な問題じゃないからな」

 真の言葉に、ウッと言葉を詰まらせながらも、頷き返す。

「むー、そこまで言われちゃ気になるの!」

 美希の言葉が決め手となった。真と美希、どこか控えめだが雪歩と千早、そして春香も注目をシンに向けている。
 この追求から逃れる事は、一筋縄では無い。シンはそう判断し、深く溜息をついて、頷いた。

「……仕方ねぇな。車の中で説明してやるから、ちょっと待ってろ。車取ってくる」


エレキカーで向かう事務所への帰り道で、シンが語り始める。

「まず俺は、元ザフト軍人だ。前の戦争じゃ、開戦前にあったユニウスセブン落下事件の時から戦ってた」
「シンが、軍人……?」
「元だよ。今はこうしてプロデューサーやってるしな」
「じゃ、じゃあ……ラクスさんとは……」
「ラクスが、元々デスティニープラン反抗勢力のトップだったってのは、知ってるだろ?」
「うん。だからこそ、世論は酷いよね。乗っ取りだとか何とか」

 真が「あんなお姫様を捕まえて!」とぷりぷり怒っているが、シンはその言葉に頷いた。

「俺は事実そうだと思ってる。俺は前議長のデュランダル議長直属の部下だった時もあるし、正直良い目では見れてない」
「と、言う事は……」
「敵だったんだよ。しかも俺は、ラクス・クラインを守護する二人のパイロットと、モビルスーツでタイマンも張った」

 運転をしながら、遠い目を浮かべて、シンは言葉を連ねて行く。

「結果は負けた。
デスティニープラン防衛の要だった俺と、同僚が負けて、デュランダル議長はメサイアごと亡くなって、外堀を埋めたラクス・クラインが、その議長の座に収まったんだ。

 俺はデスティニープランが正しい物だと思ってた。それで戦争が無くなるもんだと思ってた……だから、戦争をなくすために戦った。

――けど負けて、アイツらの元に下る事になった」


 赤信号で車を止め、周りの空気が少しばかり暗い気がしたが、彼女たちが蒔いた種だ。今話を止めるのは意地が悪い。

「それが許せなくて――俺は、ザフトを去って、こうしてプロデューサーとして働く事になったんだ。
街中歩いてたら、いきなり社長に『ティンと来た!』とか言われてな」
「……じゃあシンくんは、デスティニープラン賛成派なんだね」

 春香がどこか、シンの言葉に喜びを持っているような、そんな声色になっている事を察して、シンは少しばかり、声のトーンを落とす。

「……それで、戦争が無くなるんならな」
「軍人だから、当たり前かもしれないけど、やっぱり戦争を嫌うんだね」
「当たり前だ!」
「ひっ」

 自分でも思わず、大声が出たと思った。雪歩なんて、その声に驚いている。

「戦争の無い世界以上に幸せな世界なんて、ある筈がない! だから俺は……!」
「シン、落ち着いて。萩原さんが怖がってるわ」

 千早の静止で、シンが雪歩を見る。雪歩はどこかびくびくと震え、次は自分に怒鳴るんじゃないかと、怯えているようだった。

「……ごめん、雪歩」
「う、ううん……へ、平気、じゃないけど、大丈夫」


「んー。ミキね、難しい事は分かんないけど……デスティニープランって、自分のサイノーを理解して、そのサイノーにあったお仕事しましょう、って奴でしょ? 美希、それは何か違うって思うなー。

 確かに頑張るのとか、一生懸命とか、美希にはよくわかんないけど、自分がやりたいって思った事を目指して頑張るのが悪いことだと思えないの」

「そ、そうだよ! だからラクスさんも戦ったんでしょ!?」
「……ああ、皆ナチュラルだから、その言葉に説得力がある。
 ラクス達も、普通にそれを供述して、話し合いで解決しようとしていたなら……俺だってここまで悩まなかったさ」

 ハンドルを、強く握る自分の事を、シンは気付いていながらも、抑えきれなかった。雪歩を怖がらせないように、だがそれでも抑えきれない怒りを、声に出し、言う。

「でもアイツらは! 戦場をかき乱して、わけわかんない事だけやって! 最後の最後、漁夫の利で全てを奪った!

 そんな奴らの何を信じろっていうんだ!? 俺は! ――俺は」

 そこで、自分の言いたいことが、全て終わった事だと、シンは認識して、押し黙った。

「……俺も、もう何が正しいのか、分からなかったんだ。デスティニープランで、未来を殺して……それでいいのかって、散々言われたよ。

 でもさ、もしそれで本当に戦争が無くなったら……? それで、人が傷つかなくなれば、それでいいじゃないか……俺はずっと、そう思って……」

 沈黙が、社内に訪れた。先ほどまで怯えていた雪歩も、どこか憂いな表情でシンを見据え、真と美希も黙っていた。
そんな中、春香が一人、シンの言葉に頷き、同調した。


「……わたしも、シン君と同じ考え、かな」
「春香……」
「だ、だって! 皆傷つくのいやでしょ? 誰だって、人が死んじゃったり、傷ついたり……そんな世の中、嫌に決まってるよ……。

 でも、だからって、頑張ってる人を見限って良い理由にはならない……分かってる……分かってるけど……」

 春香が、真剣な面持ちで、自身の胸に手を当てて、そう言い放つ。彼女の優しさが生んだ、シンへの同調か、それとも――

「……まあ、どうせデスティニープランは、もう二度と実現されない。ラクス派の連中が、データを削除している最中らしいから」
「えぇ!? でも、テレビではまだ議論をしているって……」
「先に先手を打ったんだよ。こうすれば、世論がどう傾いても対応出来る。その為に今四方に動きまわってるんだ」

 その事実に、社内が再び騒めく。凄い事を知ってしまったという、恐怖心と興奮がせめぎ合っているのだろう。だがシンはそれを何とも思わず、ただ春香に向けて言葉をかける。

「それより……春香、ありがとうな」
「え?」
「嬉しかったよ。一緒だって言ってくれて。春香って、まだ若いのに、そんだけ良く考えられて、偉いじゃないか」
「も……もう! 同い年のくせに、大人ぶらないの!」

 違いない、とシンが笑うと、他のアイドルも笑い、シンが駐車スペースへと車を止めると、その皆へ言葉を放つ。

「よし、ちょっと暗くなっちまったが、俺はもう軍人じゃないんだ! 明日からバンバン仕事持ってきてやるから、覚悟しとけお前ら!」
『はい!』

 その返事にシンが頷くと、全員が全員、車を後にした。


「じゃあシンくん。お先に失礼しますっ」
「お先に失礼します」
「ああ、ゆっくり休めよ。明日は朝イチでミーティングだからな」
「あ、雪歩。これからご飯食べに行こうよ!」
「うん。あ、この間新しい焼き肉屋さんがね――」

 そう言って、ビルからどんどんアイドル達が帰っていく。
 先ほどまで騒がしかった雑居ビルが、どこか寂しく感じて、シンは一口、コーヒーをすすった。

「ふふ、どうやら皆と打ち解けたようですね、シンくん」
「はい。――あ、音無さん。この書類なんですけど……」
「ああ、そこは……律子さんが居ないと」
「律子……律子さんって、竜宮小町の」

 そこで、扉が開かれる音がした。

「お疲れ様でーす」
「あ、噂をすれば、ですよ」

 スーツの女性が、三人の女の子を連れて、事務所へやってくる。
 その手にウサギのぬいぐるみを抱いた少女が、溜息をつきながら事務所に入ってくると、その手を扇のように振って風を送っていた。

「ふー、今日はインタビューに簡易ライブ、それに取材もあって困ったものね」
「いやーでもいおりんってば中々楽しそうでしたぜ~?」
「うふふ、伊織ちゃんてば、はしゃぎ過ぎちゃって律子さんに怒られてたものね」
「ち、違うわよ! あれはその……そう言う演出よ! 全世界のロリコン変態大人に、私の可愛らしい無邪気な所を見せてあげただけなんだから――って、あら? 誰かしら、あの男?」
「ん――あ、もしかして新しいプロデューサーですか?」


 スーツの女性が、シンへ近づき、その眼鏡を押し上げた。
 シンは軍人時代の名残ですぐに立ち上がって、敬礼をしようとした寸での所でそれを押止め、深くお辞儀をした。

「俺、新しく765プロで働く事になった、シン・アスカです。よろしくお願いします、律子先輩!」
「はい、よろしくお願いします」

 スーツの似合う、女性と言うのが第一印象だった。彼女は髪を後ろでまとめた眼鏡をかけた女性だった。
彼女が、秋月律子。765プロが誇る【竜宮小町】をプロデュースする、シンの先輩に当たる人物だった。

「若そうに見えますけど、幾つなんですか?」
「十七です」
「じゅ、十七!? 私の二つ下じゃないですか!」
「はい、だから律子先輩も、俺には敬語無しで大丈夫です」
「うー、何か変な感じ……裏方の人で年下って初めてかも……」

 そこで照れくさそうに頬をかいた律子が、少しだけ何かを考えるようにして、シンへ向き合った。

「分かったわ。だからシンくん、貴方も私に敬語はいらない。その代わりに、律子『さん』とさん付けだけは、忘れないようにして! 美希の手前もあるしね!」
「わかり――あ、いや。分かった。律子さん」
「はい、宜しい。じゃあ皆、挨拶しなさい!」

 そこで律子の後ろに居た、三人の少女が顔を出し、そしてシンを見据えた。

「なーんかパッとしない奴が新しく入ったものねぇ」
「パッとしないって……言ってくれるじゃねえか……」
「まぁ良いわ。私は、スーパーアイドル水瀬伊織ちゃんよ!」

 顔にかかる長い前髪をさらりと流しながら、その綺麗なおでこを見せた少女。
 まだ年は十五歳と言った所だろうが、可愛らしいその外見と、強気な言動がどこかアンマッチに見える。


「双海亜美だよ! たぶん兄ちゃんの担当になる双海真美とは双子で、妹なのだ!」

 右頭頂部で髪を短く結っている少女が、自己紹介しながらニシシと笑っている。
 伊織とは違い、子供らしい言動と行動がどこか可愛らしく、シンは「よろしくな」と頭を乱暴に撫でた。

「三浦あずさよー。ふふ、年下の可愛い男の子が、まさかプロデューサーなんて。人生わからないものねぇ」

 先ほどの二人とは違い、大人の魅力を持つ女性が一人。
その若々しいショートカットと相反するようにある体つきが、男を魅了するのに十分な魅力を備えていると、シンはすぐに実感する。

「このメンバーが……」
「ええ、竜宮小町。さすがに知ってるわよね」
「ああ。SMOKY THRILL、好きだぜ」
「おやおや~? 兄ちゃんは小悪魔系が好きとな?」
「何でそうなるんだよ……」
「ウチの小悪魔系と言えば、亜美と真美ちゃん位かしら?」
「いやいや、はるるんも負けず劣らずですぜ、あずさお姉ちゃん」

 その会話に混ざっていたい誘惑に負けず、シンは思い出したように書類を律子へと向ける。


「それより律子さん。この書類なんだけど……」
「ああ、私がやりますから。他の予算分配、手伝ってくれる?」
「やり方を教えてくれれば」
「小鳥さんと一緒に教えるわ。――これで、毎日徹夜コースから解放されるわぁ」
「ぴよ……社長は手伝ってくれないし……」
「そう言えば今日真と美希が『社長って社長室の置き物だよね』って言ってたな」
「あながち間違ってはいないですね」
「小鳥さんまで――って、また経費で飲んでる。やっぱ置き物だわ」

 こっちの会話もどこか面白い。シンが予算分配の書類に頭を悩まされていると、そこで亜美たちが声をかける。

「りっちゃんッ! 亜美達帰るよー」
「あ、うん! 駅まであずささんをお願いね!」
「分かってるわよ。亜美、あずさ。新堂が下まで来てるから、駅までは送るわ」
「ありがとう伊織ちゃん。じゃあ、お疲れさまでしたー」

 律子と小鳥、そしてシンが「お疲れ様」と声をかけると、三人が事務所を出ていく。
どこか、自分は遠い所まで来たものだと感じながら、シンは予算分配のやり方を律子に教わっていた。


「……さて、と。じゃあ事務はこれで終わりか? 案外難しかったな」

「話には聞いてたけど、ホントにコーディネイターなのね。あそこまで早いタイピング初めて見たわ」

「コレくらいやらないと、実戦中にOS書き換えられないからな」

「ぴよ?」

「なんでもないです。それより、ウチの取引先に関してなんだけど」

「ああ、明日から営業だものね。はい、これウチをヒイキしてもらってる企業一覧。今後は私と二人で、その企業を増やしていく事も業務の内よ」

「ああ、ありがとう。さっそく明日から挨拶に言ってみるよ」

「ええ」

「と言っても、俺もまだまだひよっこだからな。指導よろしく頼むぜ、先輩」

「ふふ、お任せあれ」

 難しい事は律子に聞きながら、そして簡単な経理だけならば、演算処理をコンピュータに打ち込むだけ打ち込んで、その日の業務は終了となった。


「さて……事務所はもう誰もいないし、戸締りも確認した……帰るか」
 まだ慣れない職場での一日を振り返りながら、その渡された鍵を持って事務所を後にしようと、階段に手をかけた、その時だった。

「……はて、見慣れないお方がいらっしゃいますね……事務所に、いか様でありましょう?」
「え――」

「申し遅れました。私、こちらの765プロにてあいどるをしております、四条貴音と申します」

 階段から、一人の女性が上ってくる。
 その動きの一つ一つが、まるでラクス・クラインのように洗礼された動きで近付いてくるのを、シンはどこか唖然としながら見据えていたが、すぐに意識を戻して言葉を繋ぐ。

「俺は、君の新しいプロデューサーになった、シン・アスカだ。よろしく」
「なんと。新しいぷろでゅーさー殿でいらっしゃいましたか……それは御無礼をいたしました」

 お辞儀、礼の仕方までが整っている。どこか今までとは別次元に居るようで、シンは落ち着かない面持ちで彼女に尋ねる。

「それより、もう結構夜遅いけど、事務所に用か? もう戸締りしちまったんだけど」
「ええ、その……『けーたい』なるものを忘れてしまいまして」
「あ……ああ、それはマズいな。今開けるよ」

 急に生活感溢れる言葉が出てきて、現実に戻された感覚になったシンは、すぐに鍵を開けて、貴音を事務所へと入れた。
携帯は事務所の雑談所にぽつんと置かれていた。それを手に取って、貴音がホッと息をついた。

「……ありました。御手間をかけてしまい、申し訳ありません」
「いや、アイドルの連絡手段をちゃんと確保するのも仕事のうちだ。――それより、もうかなり時間経つけど、電車とか大丈夫か?」
「ええ、近くですので。本日はこれより『らぁめん屋』に寄って行こうかとも思っていた所です」
「あー……確かに腹減ったな。俺も一緒にいいか?」

 シンの言葉に、少しだけ笑みを浮かべた貴音。

「ええ。では私のお薦めをご紹介いたします」


「う、うめーっ! 何だこのラーメン! プラントにこんな美味いラーメン屋あるなんて初めて知った!」

「ふふ、そうでしょう。ここのお店は、私が発見したのです」

 ラーメンはシンがオーブに居た頃から好きだった食べ物だ。
 プラントではあまり好まれない食べ物で、チェーン店なども出店は少なく、名店も無いのが現状だったが――シン思わず舌鼓を鳴らした。

「これは良いな……今度から暇を見つけてくる事にしよう」

「ぷろでゅーさー殿、その時は私もご一緒させて頂いても宜しいでしょうか?」

「ああ、全然大丈夫だ。って、それより、貴音って確か十八だったよな?」

「ええ。ぷろでゅーさー殿はいささか若く見えますが」

「十七だよ。悪い、今までタメ口聞いてたけど……大丈夫だったか?」

「ふふっ、気にしておりませんよ」

「サンキュ。あ、もしよかったら貴音も俺の事、敬語使わなくて大丈夫だぞ。名前も、シンって気軽に呼んでくれ」

「そうですか……? ならば、シン。こう呼ばせて頂きます」

「ああ。これからよろしくな、貴音」

 ええ、と微笑んでラーメンをすする貴音の姿は、どこか世俗に馴染んでいるように見えて、やはり神秘的に見える。シンはどこかそう感じた。


「宜しかったのですか? 支払いを受け持って頂く事になってしまい……」
「まあ、あれから三杯も食べるとは思わなかったけど、これから貴音はトップアイドルになっていくんだ。コレくらい安いもんさ」

(……軍に居た時の給料が、使われずにたんまりとあるしな)

 そう、言わなくても良い事を思い出しながら、ラーメン屋を出ると、貴音が深くお辞儀をした。

「シン……ありがとうございます」
「それより、明日から頑張ろうな。皆まとめてトップアイドルにしてやるから、覚悟しとけよ」
「はい。――シン、一つ宜しいでしょうか」
「うん、どうした?」

「先ほどけーたいに連絡が入っていたのですが――ラクス・クライン嬢をれっすんとれーなーにしたというのは、真なのでしょうか?」

「ああ、そうだな。有力なトレーナーが思いつかなかったし、知り合いだから頼んだんだ」

「そう、ですか。いえ、気になっただけなのです」

「そっか。じゃあ、夜も遅いから近くまで送っていくぞ」
「いえ。ここから私の家までは、それ程距離はありません。こちらで大丈夫です」
「そうか……? なら、気をつけてな」

「はい。――貴方に、これから祝福があらん事を」

「? 何か言ったか?」
「いいえ。では、失礼します」

 最後に笑みを浮かべながら、踵を返して帰っていく貴音の姿を、シンは見えなくなるまで見続けていた。

その神秘的な魅力と、年頃の女の子らしい魅力。その二つにどこか心打たれながらも、シンは帰路に着いた。


「おはようございます~」
「お、春香。おはよう。今日も頑張ろうな」
「あ、おはようシンくん!」

 既に一か月の時が過ぎた。

シンも少しずつ業務に慣れ、少なからず結果を残すようになっていた。

律子の手が回らない所でイベント運営会社に掛け合ってキャンペーンガールを推薦したり、小さなイベントにアイドルを派遣したり等々。
 まだまだ小さい仕事ばかりだが、選り好みが出来ない状況で、アイドル達に仕事を与えていた。

だがやっぱり、どこか彼は不器用で、社長や律子のバックアップ無しでは、満足に仕事を取ってこれない状況が続いていた。

「そんな元気な春香に朗報だ。さっき、テレビ局に数合わせで呼ばれたんだ」
「数合わせ……?」
「ああ、歌番組の収録だ。ホントは先々週から伊織がソロで呼ばれてたんだが、先週の番組に前倒しになって、今週枠に空きが出来てな」

 嬉しそうに話すシン。この仕事は、初めてシンが獲得できた、大きな仕事であったからだ。結果を残せると、嬉しい気持ちもあるのだろう。

「せっかくだから、竜宮以外の子をってお願いして、聞いてもらえた。で、その役目を春香と千早に任せようと思ってる」
「えぇ!? そ、そんな大仕事わたしで大丈夫なの!?」
「ああ。昨日までのレッスンを見てた感じ、一番完成度が高いのは、お前と千早の『shiny smile』だったからな」

 春香は少しだけ考えるようにしていたが、そこでシンはその背中を押すことにした。

「とはいえ、さすがに枠はほんの少ししか貰えなかったし、視聴者にはそれほど見て貰えないとは思う。けど、テレビ局に顔を覚えて貰うには、丁度良い機会だと――」
「や、やります! やらせてください!」


 だがそんな後押しは必要も無かったようだ。シンの言葉を遮り、頭を下げてお願いしてくる春香の頭を、ワシワシと撫でる。

「おし、その意気だ。ナチュラルでも、その実力があるんだって所、見せてやれ!」
「は、はい!」

 春香が嬉しそうに顔を綻ばせた所で、千早が事務所のドアを開けた。

「おはようございます」
「あ、千早ちゃん! おはよう、実は――」

 春香が千早の元へ駆ける光景を、シンと律子は眺めていた。

「良かったのかしら」
「何が?」
「今回の仕事は、最近悩みを抱えていたみたいだった春香にとっても、大切な仕事になるわ。それが大きなテレビでの舞台だなんて」

 律子の心配は分かる。まだまだ春香は練度不足な点は否めない。今回の案では、千早単体で向かわせる案と、美希を向かわせる案があった。

「大丈夫だよ。春香は強い子だから」

 だがシンは、そこで春香を推薦した。
律子の言う通り、春香はまだ悩んでいる。

デスティニープランが生み出した、少女の葛藤。

その葛藤が何かは、シンは知らない。だがそれを無くすことが出来るとしたら。

大きな仕事を成功させたその時こそ、やる気が付くのではないか、と思っていたのだ。

「そう。ならいいわ。――それよりシン、昨日の報告書類、計算ミスあったわよ」
「う」

 冷や汗を流し、急ぎパソコンに向かうシン。
ミスをした箇所を探している間に、春香と千早をテレビ局まで送る時間が来てしまった。


「はい、じゃあ765さんのリハ入ります! その後坂本真綾さんの番になりますんで、坂本さんは準備お願いします」
「はい!」

 坂本真綾の声が響き、シンは春香と千早の背を押した。

「じゃあ春香、千早。マイクテスト、演出プラン、可能な限りリハ中に見直しとけよ」
『はい!』
「よし、行って来い!」

 春香と千早が、ステージへ向かい、周りのスタッフと挨拶をしている光景を見据えながら、シンはどこかその雰囲気をおかしいと思っていた。
シンも何度か、挨拶周りでテレビ局の中に入った事はあったが、その独特な雰囲気――
 何というか、物作りに携わる者達特有の、気概みたいなものが何一つ感じられない。

「――ま、気にし過ぎか」
「ずいぶんと、お若いプロデューサーですこと」

 坂本真綾が、声をかけてくる。向こうの方が芸能界では先輩だと、あまり気を悪くさせないように、と振り返り、返事を返す――その時だった。

「え、ええ。先月から765プロで――ってお前、なんでここふご、ふごごっ!」
「はいはい、シン。大声出さないで。私は今は、坂本真綾だから。間違えないでね」
「いや、お前ルナだろ!? 何だよ坂本真綾って! ちったぁ外見考えろよ! メチャクチャ白人顔じゃねぇか!」
「もー! 良いじゃない芸名なんだから! それより、大きな声出さないでよ!」

 先ほどまで、スタッフから坂本真綾と呼ばれていた女性は、ルナマリア・ホーク。
かつてはシンと共に、戦艦ミネルバで戦い、そして同じくラクス・クラインが率いる三隻同盟に敗れた、シンの同僚だった。

「でも、何でお前こんな所で……? 確かまだ軍は辞めて無かったはずだろ?」
「――特別任務。ちょっとした情報掴んでね」
「情報?」
「デスティニープラン肯定派のテロリストグループ。アンタなら知ってるでしょ?」
「……ああ、聞いた事はある」


 嘘だ。シンは常に、テログループの動向には目を光らせていた。
 何があるわけでは無いが、自分が面倒を見るべきアイドル達が事件に巻き込まれないように、元軍人の嗅覚を活かしているのだ。

「【遺伝子の夜明け】っていう、何だかわけわかんないテログループ組織がね。このテレビ局と繋がりがあるって情報を掴んだの」

 その情報は、シンが掴んでいなかった情報だ。やはり何だかんだ、ザフトに居た頃の情報網を残しておけばよかったと、少しばかり後悔をする。

「で、その極秘調査と、万が一の時の為に動ける人員として、私が潜入調査してるってわけ」
「お前が? 白兵戦の成績、俺より悪かったお前が?」
「悪かったわね! これでもザフトは人員不足なのよ。あたかもラクス様が仕組んだかのように、経費削減されちゃったし」

 聞き流そうとした寸での所で、気になった所を問う。

「ちょ、ちょっと待て。ラクスが軍事経費削減したんじゃないのか?」
「逆よ。ラクス様は元々、ザフト軍事費用を増額しようとしてたの。適度な軍事力は、防衛力に直結するってね。
 でも、それを良しとしない連中が居て、そいつらを静かにさせるために、一部削減させざるを得なかった。
 その辺は、ラクス様の手腕の無さが原因だけど……やりきれないわ」

 あのラクスらしからぬ発言ではあったが、それは一時、シンが提言した事であった。
守る為の力がなくて、平和は保たれないと。
元上司であるアスラン・ザラとは少し口論にはなったが、ラクスはシンの言葉を、ちゃんと聞き入れてくれていたのだ。

「だからよ。私みたいなエリートが、こんな現場まで出向く事になったのは。人事異動、人員削減のせいで人手不足なの」
「なぁ、それって」
「ええ。削減を申し出たのは、元デュランダル派。アスランもキラさんも、同じ事考えてるわ。
 元デュランダル派閥が、デスティニープラン肯定派に協力をしている可能性があるの。今回の調査はそれも兼ねてるわ」

「……色々と厄介だな。わかった、俺も警戒を――」

 そこで頭を小突かれた。

「アンタはもう、ザフト軍人じゃない。あんまり気にし過ぎず、アイドルの様子を見てあげなさい。プロデューサーなんでしょ?」

 フッと微笑みを見せたルナに、シンはどこか、置いていかれたような感覚に犯される。

自分が選んだ道だ。ここで何も出来ない事が、悪い事では無いのは、分かっているのに――


「……悪いな、ルナ。何か困った事あったら、すぐに言ってくれ」
「そうならない事を祈るわ」
「……それよりさ、坂本真綾って何だよ」
「知らないわよ……バルドフェルド隊長が勝手に命名してくれたのよ。次、私のリハだから」
「ああ」

 そこで、春香と千早がリハーサルを終わらせて、周りのスタッフにお辞儀をしている光景を見据えながら、スーツのポケットの中で、携帯端末が震えている事を察した。仕事用の携帯だ。
 だがここで出るのはマズイ。このスタジオは通話厳禁となっている。

「あの、通話室って」
「通話室は別棟にしかないんで、ここからだと外出て貰った方が早いですね。裏口、近くにありますから」
「すみません」

 お辞儀をした所で、今のスタッフにどこか見覚えがある気がしたが、電話相手をあまり待たせるわけにはいかない。
スタジオを出て、裏口からテレビ局の外に出る。外は人っ子一人いない状態で、ここなら問題は無いだろうと、通話ボタンに指をかけた。
相手は知らない番号だが、シンは営業の際にやたらめったら名刺を配る。
 その名刺の番号に初めて電話をかける人がいるならば、こういう事もある。

「はい、もしもし」
『良かった――間に合いましたね』
「ラクス、さん? 一体どうして――」

 電話の相手は、ラクスだった。音が少しだけおかしい。衛星通信を幾つも経由して、電波妨害や盗聴がされないようにしているのだろう。


『テレビ局から、出ていただけましたか?』
「そりゃ局内は通話禁止だし――何の用だ?」
『ルナマリアさんからお聞きになっていると思いますが、そちらの局は【遺伝子の夜明け】なる組織が関わっています』
「ああ、それは聞いたけど――」

『問題が発生しました。既に――あの番組は、乗っ取られています』
「え――」

 その時。シンの目の前に、一台の護送車が急停止した。

 その護送車には至る所に、砂時計のマークがプリントされている。ザフトの護送車だ。

 護送車の後部座席から、一人の男性が顔を出した。――キラ・ヤマトだ。

「シン! 乗って!」
「な、何だよ、いきなり!」
「訳は走りながら話す! どうせ、もう中には入れない!」
「え――」

 慌ててテレビ局の裏口、そのドアノブを引いても、開かない。テレビ局の入り口と言う入り口には、既にシャッターが閉められていた。

「もう少しで占拠が広まる、この区域の避難が始まるよ!」


「では本番三分前です!」

 スタッフの声が響き、春香と千早は水を飲みながら、衣装の確認をしていた。
その横から、坂本真綾が春香達に近付き、声をかけた。

「あなた達が、765プロの子?」
「え、あ、はい! わたし765プロの、天海春香です!」
「如月千早です。坂本真綾さん、ですよね?」
「ええ、今日はよろしくね。――それより、シンはどんな感じ?」

 千早と春香が顔を合わして、千早が問う。

「シンを、ご存じなのですか?」
「ちょっと前職でね」
「え、って言う事は坂本さんもザフト軍に――」

 春香の言葉に少しばかり、しまったと言わんばかりの表情を浮かべる彼女。

「……シンの奴、ばらしてたのね……そうよ。その時同じチームに居たし、気になっちゃってね」
「シンくんは、凄く真面目に頑張ってます!」
「そうね……入って一か月なのに、私たちにいきなり、こんな大きな仕事を持ってきてくれるなんて、思っても……」


 そこで、ガシャンと照明が落ちる音がスタジオに響いて、スタッフが慌ててその場にかけ寄ると、銃声のような轟音が響き渡った。

「!」
「い、今の音、何……?」
「あの、スタッフさん――」

 千早が、近くのスタッフに声をかけようとしたその時、春香達にチラつかされる、鈍く光る黒い金属――拳銃だった。

「全員その場を動くな!」

 先ほどまで、リハーサルの指示を出していたADが、どこからか銃を持ち出して、それを周りに見せつける。

 他にも、カメラマンや照明など、様々な人員が同じ銃を構えながら、他のアイドル、スタッフを脅していた。

「っ、しまった……!」

「この番組は、俺達【遺伝子の夜明け】が占拠した!」

 春香と千早は、恐怖に怯えた表情を浮かべながら。
 坂本真綾は、どこか悔しそうな表情を見せながら、彼らに従った。


 同時刻 ザフト護送車内。

『こちら、プラントテレビ局前の映像です。ごらんください、既にテロリストグループによる占拠が始まっております!』

 シンとキラが搭乗する護送車の中で、複数のモニターがニュース映像を流している。
 キャスターから伝えられる内容は、人々を委縮させるには十分すぎるほど、事件性あるものだった。

『近隣住民の避難は完了しておりますが、このまま占拠が長引けば被害の増加が見込まれます。
 ザフト軍部隊による迎撃は、まだ時間がかかるとしておりますが――』

 そこでニュースが切られ、数秒の沈黙。その後にシンが口を開いた。

「……説明してもらおうか」
「今回、君の働いてる765プロに入った仕事は、前々からボク達が仕組んだ計画だったんだ」

 あたかも当たり前の事を言うように、キラが衝撃の事実を口にした。

「765プロは、プラントの中では珍しく、ナチュラルの女の子達をプロデュースするプロダクションだ。

【遺伝子の夜明け】は、何らかのアクションをする場合、ナチュラルを引き合いに出すことが考えられた。
 デスティニープランに賛同するのは、多くがナチュラルだからね。
 765プロのアイドルを使って呼びかければ、ナチュラルは彼女たちの言葉に、耳を傾けるかもしれない。
 だから【遺伝子の夜明け】と繋がりが深いこのテレビ局の番組に、彼女たちを送り込むように仕組んだ」

「――じゃあ何だよ、つまり春香達は囮って事か!?」

 黙って聞いていたシンが、そこで立ち上がって叫ぶ。

「関係の無い女の子達を危険にさらして! それがお前たちの正義かよ! お前たちが、戦場を滅茶苦茶にしてまで掴んだ、本当の平和なのかよ!?」

 ガンッ、と護送車の扉を強く殴る。コーディネイターの強い拳で殴られたそれは、少しばかりへこんでいる。


「落ち着いて、シン! もちろん、そうなる前に取り押さえるつもりだった。
 でも、例の予算削減、人員削減に加えて、連中の動きが早すぎたんだ」

 タブレット端末を取り出して、映像をシンに見せる。それを普段の仏教面をさらに強めたような表情で見据えるシンに向けて、キラが続ける。

「ボクやアスラン、それに加えてイザークやディアッカも、本当はすぐにでも駆けつけたいけど――」

 タブレットに移された光景。テレビ局周辺には、ザクウォーリアの一個中隊が、完全武装をした状態で配置されている。

「ウィザードこそ装備してないが、ザクウォーリアか……横流し品、だよな?」
「うん。デュランダル派の動きがあまりに早すぎた。データが消される事を知って、完全消去される前に、デスティニープランのデータを得るつもりみたいだ。
 ――武力と、それに伴う人々への恐怖で、デスティニープランを賛同させやすくすることも考慮した上で」

「なら、こんな所で油売ってないで、さっさと出撃しろよ! アンタらならザクウォーリアの一個中隊なんて簡単に!」

 そのシンの言葉に、キラが一瞬だけ視線を逸らし、声を濁した。

「……それが、ね」
「まさか、予算削減のせいで、MSの配備まで、間に合ってないとか言わないよな?」

「……その通りなんだよ。
 フリーダム、ジャスティスほか、ボク達の隊長機は全部が全部、月にある月面基地工廠で査察に出されてるんだ。
 もちろん空きの機体はあるけど――ザクウォーリア、グフイグナイデットがせいぜいだ」

 それに加えて、と。
 恐らく監視カメラのハッキング映像だろうが、スタジオ内の映像がタブレットに映し出される。

 春香と千早、坂本真綾を名乗るルナマリアの三人に、他のアイドルや歌手達が一か所に集められている光景を見せつけられた。

「今人質を取られている状況が非常にマズイ。正規軍が出て、ヘタに刺激を与えたくない。

 ――そこで、シン。君に頼みがあるんだ」


「軟弱な【クライン】の後継者、ラクス・クラインの言葉に、プラントは、いや世界は変わってしまった!」

 一人の男が、銃を片手にカメラの前へ立ち、そう叫んだ。

「何度繰り返すのだ!? ヤキンデューエでの戦い、そしてロゴス! 全て人間の欲が生み出した争いだ!」

 春香は膝を折って頭を垂れ、千早はそんな彼女を庇うように、彼女の肩を抱きしめている。

「デュランダル前議長は、だからこそ! 人々にデスティニープランを提唱したのだ! 平和な明日を、人々の欲で破壊する事は許されない! だがそれを、クライン共は踏みにじったのだ!」
「何が、平和な明日よ! 大体デスティニープランは任意よ! 人々に押し付けるものではないわ!」

 坂本真綾がその男の言葉に反論を返すと、銃をチラつかせて大声で脅す。

「黙れ! 貴様はコーディネイターだからこそ、そんなことが言えるのだ! 見ろ、彼女たちを!」

 そこで男は、指を春香と千早へ向けて、更に声を強めた。

「彼女たちはナチュラルでも、こうして頑張っている! それは才能があるからではないか!? 才能に後押しされ、こうしてアイドルとして人々に笑顔を与えようとしているのだ!

 デスティニープランは、そうした少女達を後押しする為の物だ! そうして人が才能にあった自分の道を歩む事で、人々の不安を、欲を! 取り除こうとしたのではないか!」

 そこで、男が春香の前に立ち、銃を少しばかり逸らして彼女へ問う。

「君! 君はどう思う!? デスティニープランを!
 テレビの前に居る、クラインの犬どもに! 君の気持ちを叫んでやるんだ!」


「は、春香に触らないで!」
「うるさい! 立て!」

 千早が春香を庇うようにしたが、その千早を振り解いて、男が春香の腕を掴んで、無理矢理立たせた。
 男の仲間によって向けられた集音マイクは、春香の声を良く拾う。吐息の音すら聞こえてくるだろう。

「……私は」
「春香!」

 春香が、少しばかり言葉を探すように視線を泳がした後、深呼吸をして、男に向き合った。

「……えっとテロリストさん」
「その呼び方はどうかとは思うが――そうだな、確かに今の私はテロリストだろう。何だね?」
「同じ、考えです。デスティニープランで……人々が平和になるのなら……わたし、それでいいって、思ってました」
「そうだろう! 君は実に聡明で、賢い――」

 そこで、春香が一言「でも」と付け加えた。集音マイクがそれを拾った事で、周りの者達の視線が、春香に集まった。

「わたし、デスティニープランで……保母さんの適性が高いって出たんです。アイドルの適正なんて、アの字も出てなくて……」

 その言葉に、千早が「春香」と励ますように声を出すと、春香が千早へ向けてニッコリと微笑んで、それでも枯れるような声で言葉を放つ。


「アイドルとして頑張ろうって思ってた時だったから、凄くがっかりしました。
 でも、それで平和になるのならって……それで良いんだって……そう、思ってました」

 諦める様に微笑みを見せながら、俯き、それでも呟かれる言葉を、その時誰もが耳を傾けていた。
 先ほどまで銃を乱暴に振り回していた男たちですら、春香の言葉を聞いていた。

「でも私――」

 一筋、流れる涙を。
その場で誰もが見据えていた。

「アイドル、続けたいよ……歌って、踊って……頑張りたいよ……」

 春香が流す涙。

その涙は頬を伝わり、スタジオに流れ、そして――春香がそれを掌で拭う時。

春香は枯れるような、嗚咽のような小さな叫びを、心の叫びを口にした。


「夢……諦めたく、ないよ……!」


 男は、震えていた。怒りと興奮で顔を真っ赤にして、春香に向けて拳銃の底を振り下ろそうとしていた。


「この……!」
「もう止めなさい! あなた達の負けよ!

 彼女たちは、自分の意思で未来を選んだの!

 他人の言葉を、思想を借りてバカやってる、アンタ達とは違うわ!」

 真綾の言葉に、駄々っ子のように首を振り、認めるものかと叫ぶ男。

「そんなわけがあるものか! こうなったら、お前たち全員――」

 ――瞬間、テレビ局に爆風が襲いかかる。
揺れるスタジオ、動き出す機材。
カメラ近くに居座っていた男たちが数人、カメラに押し倒されて負傷する光景が、春香や千早の目の前で起こった。

「きゃ……っ」
「春香!」

 春香も、普段のドジを開花させ、転びそうになるが、それを千早が受け止め、二人は慌てず、その場で身を低くした。

「な、何事だ!?」
「外で、モビルスーツが暴れ回ってる!」
「何、ザフト軍か!?」
「いや違う!
 
前大戦で撃墜されたはずの――デスティニーが暴れ回ってるんだ!!」


 ヴォワチュール・リュミエール、正常機動。マニピュレート制御完了。ハイパーデュートリオンエンジン、良好。
 シン・アスカは、パイロットスーツを身にまとう事もなく、スーツ姿のまま、操縦桿を強く握りしめた。

「春香……よく言ったな」

 空中を舞う事で、揺れ動く機体の中で、シンはネクタイを緩めてシャツのボタンを一つ外す。
 動きやすくなった事を確認して、計器類を確認する。――コロニー内でも、動作は正常だ。

「待ってろ、今助ける。

 シン・アスカ、デスティニー――行きます!!」

モビルスーツが高速で稼働する。
 その二本の頭部アンテナと、ツインアイ、泣いているようにも見えるフェイスカバーと、そのどっしりとした体形。

背部には大型ウイングと対艦刀【アロンダイト】及び【高エネルギー長射程ビーム砲】が存在し、肩部には二本のビームブーメランがマウントされていた。

ヴァリアブルフェイズシフト装甲により、機体色はトリコロール。
 その強度は非常に高く、その大型ウイングに搭載されたヴォワチュール・リュミエールを転用した高推力スラスターが巨大な光の翼を発し、類稀れな加速を見せつけていた。

――ZGMF-X42S【デスティニー】

――それが今、シンに与えられた『力』だった。


 プラントのザフト軍工廠には、前大戦で廃棄されたMSが多く眠っていた。デスティニーもその一つだ。
クライン派は、秘密裏にそのデスティニーの修復をしていた。

正規軍としてではなく――シンに、時としてその力を、正しく扱ってもらうために。

 シンは、久しぶりに乗り込んだデスティニーに、どこか高揚感を覚えていた。

デスティニープランを肯定し、それを守るために乗り込んでいたこの機体で、デスティニープランを破壊しようとしているのは、どこか矛盾しているように思えなくもない。

だが、それでも――。

 戦場にたどり着いたデスティニーは、その背部に背負われた二つ折りの刃【アロンダイト】を引き抜き、一機のザク・ウォーリアを動力部以外を全て切り裂いた。

それと同時に加速したデスティニーは、上空で滞空しながら、国際救難チャンネルに通信を設定する。これで、スタジオにも声が届くはずだ。

「春香、千早! そこで待ってろ!」

 コックピット内に、監視カメラの映像が届く。何が起こっているか分かっていない様子の春香と千早は、まだ無事だ。

「俺がすぐに――片づける!」


スタジオで、春香と千早は顔を合わせて、先ほど聞こえた声の主を、頭の中で思い描いていた。

「今の声って――」
「え、ええ。シンの声だわ」
「何!? 今シンと言ったか!?」

 テロリストの一人が、千早に向けて銃を向ける。

「今、奴は何をしている、言え!」
「う、ウチのプロダクションで、プロデューサーをしているわ」

 千早の言葉に、男はギギッと歯ぎしりを鳴らしながら、シンに向けて毒づいた。

「シン・アスカ……! デスティニープランを何より望んだ奴が……裏切り者め!」

 その言葉に、春香と千早は視線を真綾に向ける。

「あの、シンくんって……」
「……シンは、かつてデスティニープラン防衛の要である最新鋭機、ZGMF-X42S【デスティニー】のパイロットだった。

 アイツは、誰よりも戦争をなくすため、戦っていた。心を壊して、想いを殺して……

それでも、皆が幸せに過ごせる平和のために、戦っていた」

「なのに何故だ! お前はなぜ、デスティニープランを否定する!」

 その声が届いていたのか、再び国際救済チャンネルで、声が聞こえた。

『否定なんかしねぇよ! お前らの言うとおり、クライン派なんてクソ食らえだ!』

 彼の放った言葉に、男は「何……!?」と驚愕を隠せずにいた。

『俺だって悩んださ! 戦争の無い世界以上に幸せな世界なんて、ある筈がないって! 

 でも――俺は!』

 覚悟を決めたように、シンが叫ぶ。


『俺は765プロの――春香のプロデューサーだ! 俺は、皆の想いを――皆の未来を、この手で切り開く! それが俺の仕事だっ!』

「シン、くん……」

 春香が、再び溢れ出す涙を、今度は拭うことなく、笑みを浮かべる。

『その為にお前たちは邪魔なんだ! そこをどけ!』

 かつて、アスランに言った言葉。だがそれは、もうあの時のように、彼を蝕む言葉では無い。

『お前たちが正しいって言うんなら――俺に勝って見せろ!!』

 それは、シンが力を、守るべき物を、未来に目を向けて決めたからこそ、言えた言葉であった。

 掌に搭載された、パルマフィオキーナで、ザクの頭部を握りつぶすと同時に、背部のビーム砲を放ち、全てのザクの掃討を終わらせると、デスティニーは、ズシンと地表に着地した。

 一瞬の事で、スタジオを選挙した全員が唖然とした表情を浮かべていた。

「ざ、ザクウォーリア一個中隊が、三分も持たずに全滅、だと……!?」
「そう言う事。――動かないで」

 真綾――いや、ルナマリアが。潜めていたザフト制式拳銃を、テロリストの一人に突きつけ、そう脅す。

「な――っ!」
「私は、ザフト軍特務隊フェイス所属、ルナマリア・ホークよ。武器を捨てて、投降しなさい」
「さ、坂本さんが……」
「ザフト軍、特務隊……!? 辞めたんじゃなかったんですか!?」

 千早と春香の驚きに、視線を寄越すルナマリア。彼女はウインクを一つ見せつけ、言う。

「ごめんね? 坂本真綾の歌は、また今度って事で♪」

 テレビ局の観客に、スタッフに紛れた、ザフト軍人――イザーク・ジュールやディアッカ・エルスマンが、そこで動きだす。

 ルナマリアのように隙をついて、テロリストたちと一人ひとり捕えていき――ついには、テロリスト達を投降させる事に成功した。


 その後、ザフト軍――いや、ラクス・クラインの動きは速かった。

 まず【遺伝子の夜明け】主要メンバーの尋問、それによる支援グループの割り出し。

 元デュランダル派閥議員による援助記録が続々と発見され、面白い具合に汚職がわき出てくる光景を、シンは失笑する事しかできなかった。
 
 結局元デュランダル派閥の議員たちは、ラクスを失脚させ、その後釜を狙っていただけに過ぎない。
 
 ――デュランダル議長がかつて求めた、デスティニープランなど、誰も求めていなかったのだ。

 だからこそ、シンはあの時自分が下した意思が間違っていないと感じ、失笑の後は安堵の息をついた。
 
「でもシン、あれはやり過ぎだよ」

 キラが苦笑しながら、シンがデスティニーで大暴れした映像を、眺めていた。
 
 ――彼が国際救難チャンネルで叫んだ音声も合わせて。

 それはあの時テログループの案件を生放送で伝えていた、違うテレビ局のニュース映像だった。
 緊急特番のニュースの為、当然生放送だ。

「これ、全国放送されてて、さすがにもう消すことが出来ない。バルドフェルドさんとアスランが慌てて、後付け設定考えたんだよ」
「う、うるさいな……あの時は、皆の安全が最優先だったから……」
「その割には、ノリノリで叫んでたね」


 シンの事は、全世界に伝わった。
 
 元ザフト軍エースが、ナチュラルアイドルをプロデュース!?
 アイドルの危機を救った運命の騎士!
 そう言う一面記事が、今全世界で話題を呼んでいる。
 
 反面、クライン派の糾弾は凄い。
 
 かつての最新鋭機を、今やザフトを離れている一人の民間人に触れさせたのだ。
 もちろんこれで救われた命がある。既に民間人であるシンを、処罰する事など出来ない。民事裁判にかける事も、ラクス達としては避けたい。
 
 その為。
デスティニーは廃棄された後、ジャンク屋連合の手によって再び蘇った。
 それを一般人であるシンが、個人所有のモビルスーツとして使用している、という言い訳が急遽用意された。
 
 これにより、シンが行った行為は「自身の命と仲間を守るため、仕方なしに戦闘行為に及んだ」というシナリオになった。

 手をこまねいていたザフトや、プラント政府では裁く権利は無いという世論を味方につけて、その上で『シン・アスカはザフトの監視下に身を置く』という処理を取る事で全てを終わらせた。

「……てことは、デスティニーは」
「うん。名実共に君の物だよ。

 ――もちろん、実際はザフトが所有・保管する事になるけど、必要になったら言って。すぐに動かせるように、いつでも準備しておくよ」


「呆れた……つまり、デスティニーをいつでも使えるようにしとくから、いざって時は手伝えよって事だろ?」
「あはは……その場合はキチンと謝礼も払うし、普段から765プロへ仕事は斡旋させて貰うよ」

 そこで、キラの表情が少しばかり曇り、俯いて言葉を投げかける。

「……もちろん、ボク達の事を許さなくていい。ボク達が、君の大切な人を、家族を、仲間を奪った事には変わりない」

 でも、と言いながら、キラはシンを見る。

「君の、765プロの子たちを守りたいって気持ちは確かな物だろう?

 だから、ボク達に協力するのは、765プロの皆に危険が及ぶ時だけで構わない」

 キラの提案に、シンがフッと溜息をついて、頷いた。

「……それなら良いけど。じゃあ、そろそろ戻るよ。先日は世話になったし、この喫茶店代位は払っとくよ」
「シン」
「何だよ」
「良かった。幸せそうだね」

 彼の言葉に、シンはレジで会計を済ませながら、俯き、言葉を連ねる。


「……過去を捨てて、今を捨てて、未来をも捨てて……今でも、それで良いかも、って思う時はある」

 だけど。シンの言葉はそう続いた。


「――自分に出来る事って言うのを見つけて、未来って物を見つけて、良いとも思える。だからこそ、幸せではあるんだろうな」


 キラの微笑み。シンの照れるような表情。その後彼は腕時計を見据えて「げっ」と声を漏らす。

「やべ、時間だ――じゃあ、そう言う事で」

 シンはお代を払った後に喫茶店を出て、目の前にあるビルの階段を駆けた。
 
「ただいま帰りましたっ」
「あ、お帰りシンくん! これからグラビアの仕事だよ!」
「ああ、そうだな」

 あれから、765プロに入る仕事は多くなった。
 
 とはいっても、一番の人気は彼女たちを守ったナイト――シン・アスカにあるのだが、シンはそれすら利用し、彼女たちのプロデュースに励んだのだ。

「じゃあ――行くぜ、春香!」
「うんっ!」

 シンの隣に並び、一緒に事務所の扉を開ける、彼女の表情は、もう迷いなんて無い。

 もう、他人の言葉に惑わされない。彼女自身が【明日】へ向かう、覚悟をしたアイドルの表情だ。

「これからもよろしくね。シンプロデューサー!」

 シンは、これからも765プロで【今】を駆けていく。
 
 アイドルたちと共に――新たなる【未来】を。

 その先の未来で、十三人の女の子達が全員、トップアイドルになっている事を、彼はまだ知らない。
 
 終了


終わります。

前回、アイマス×ガンプラ物を書いていた以前からこのSSを見捨てられず、チラシの裏感覚でもう一度書き直したものですが、
こうして書き終えられてよかったです。

当時考えていた設定等々も、そのままにしていますが、特にこれから続きを書こうとは思っていません。

>>1にも書いてある
春香「ガンプラマイスター?」
も、見ていただければ幸いです。

一部の人にはお目汚しとなってしまったみたいで申し訳ありません。

またどこかのSSで出会える事を願っています。

失礼しました。

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