奉仕部の三人は居場所について考える (958)

※注意点

・原作から少し選択を変えたif的な話です
・モノローグ多い上にたぶん結構長いです
・想像と自己解釈で書いてる部分が多いので、他の人と解釈が違う部分もあるかと思います
・視点はコロコロ変わります


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お互い話を切り出すタイミングを窺いながら淡い陽光の中を歩いていると、不意に由比ヶ浜が口を開いた。

「ゆきのんさ、出るんだね。選挙」

「ああ」

「……あたしも。あたしもやってみようと思うの」

その言葉の正確な意味を頭で理解するよりも先に、胸の内に不快感と焦燥感が訪れた。

雪ノ下が立候補すると言った生徒会長選挙に、由比ヶ浜も出ると言っている。

雪ノ下の話を聞いたときもそうだった。

頭での理解よりも先に拒絶反応があった。そうさせてはならない、と。

だが俺に感情の押し付けなどできない。まずそう考えた。

だから、それに肉付けをするように理屈を、論理を、合理性を重ねて取り繕い、俺の意思とする。さっきそうして雪ノ下に反対をしたばかりだ。

いや、明確な反対の意思は伝えていないに等しい。なんとかして対案を挙げようとしていただけだ。

先ほどの俺は否定できるだけの十分な理由を自分の中に見つけられなかった。だから俺が最初に抱えた、自分でも言葉にし難い拒絶反応は何も伝えられていない。

雪ノ下の場合は、そこに本音があるのではないかという考えが頭をよぎったから、というのもあるが。

由比ヶ浜に関しても、同様に認めることなどできない。そうさせたくないと俺の中のなにかが求めている。

だが、雪ノ下も由比ヶ浜も俺の許可など必要としていないし、理屈の上では彼女たちのほうがよほど合理的な判断をしている。だから、そんな無機質なもので覆われた言葉では彼女たちに届かないのだろう。

ならば、頭での理解より先に訪れたものが、俺のどこから来たものなのか考えねばならない。

それはきっと、感情というものだ。そのぐらいはいくらなんでも、俺にでもわかる。

ここで考えなければならないのはそれよりも前。その感情が、俺のどういった思いから発せられたのかだ。

今、由比ヶ浜と話しながらでも考えなければ手遅れになりそうな気がした。

「は?お前、なんで……」

「あたしさ、なんもないから。あの部活でできることも、やれることもなーんもないんだなって。だから、逆にそういうのもありかなーとか」

そんなこと、あるわけがない。

俺が、雪ノ下が、由比ヶ浜の存在に、言葉に、優しさにどれだけ助けられて、救われてきたのか。

こいつがこんな風に思うのは、きっと俺たちが悪いのだ。

不器用だから。照れ臭いから。恥ずかしいから。すべて自分可愛さの、偏狭な自己愛の成れ果ての言い訳。そんなくだらないことで、由比ヶ浜にきちんとした言葉を伝えていないからだ。

俺は否定しなければならない。事実、そんなことはないのだから。

「んなことねぇだろ。お前、よく考えたのか」

「考えたよ。考えて……あたしが好きな奉仕部を守るには、これしかないって思ったの。三人の中で、いなくても奉仕部が成り立つとしたらあたしだけだから」

「それは違う」

由比ヶ浜が自分をそんな評価しかしていないということが、俺の胸に締めつけるような痛みを与える。

「違わないよ。あたし、あの部活でなにもできてないもん。だから……」

弱々しく話す由比ヶ浜の目尻には涙が浮かんでいた。

否定しないと。俺の知っている、俺の期待している、俺の居心地のいい奉仕部の光景には由比ヶ浜が必ずいる。

それだけはなんとしても伝えないと。

「違う。絶対に違う。あの部活は三人じゃないと、もう成り立たないんだ。お前がいなくなったらもう奉仕部じゃない。形の上では残ったとしても、それは別のなにかだ」

「ありがと、ヒッキー。そう言ってもらえて嬉しいよ。けど、もう決めたんだ」

今さら取り繕ったような言葉を重ねる俺なんかに向かって感謝の気持ちを述べる由比ヶ浜の言葉は優しくて、力強かった。そして、瞳には決意の色が見てとれた。

俺の言葉は、願望はまだ、届いていない。そして由比ヶ浜は理解した上で言っている。生徒会長になれば自分が奉仕部に行けなくなる可能性を。

考えろ。俺が今そこにいる由比ヶ浜に、生徒会長になってほしくない理由を。

「…………俺は今までお前らのことも、自分のこともよく考えずに勝手にやってきたから、また勝手に言わせてもらう。それはやめてくれ由比ヶ浜。お願いだ」

こんなのはただの願望の押し付けでしかない。まだ明確に思考になっていない、言葉にできていないものがある。探せ。言葉にするんだ。

「やめてよヒッキー……。せっかく決意したのに、ヒッキーにお願いとか言われたら、揺らいじゃうじゃん……」

「俺が今までさんざんおかしなことやってきたのはわかってる。けど俺は……お前や雪ノ下が犠牲になって守られる奉仕部なんかいらない」

自分の言葉にハッとなる。

そうだ。俺は彼女たちの犠牲が、悲しむ姿が見たくないのだ。たったそれだけの話なんだ。

きっと由比ヶ浜は選挙に当選すれば立派な生徒会長になる。由比ヶ浜は誰よりも素敵な女の子だ。みんなにも慕われる。

最初はうまく奉仕部との掛け持ちができても、生徒会の連中も無碍にできなくなる。そしていずれ限界が訪れるだろう。

そうなると奉仕部は失われる。今の俺と雪ノ下だけでは維持はできない気がするから。

由比ヶ浜は自分が行けなくなることも覚悟して大事な奉仕部を守り、その結果守ろうとしたもの、そのものを失う。そんなの自己犠牲にもなっていない。ただの悲劇だ。

こんなにも素敵な女の子に、そんな思いをさせることをわかっていてじっとできるほど、俺は無関心じゃないし鈍感でもない。

由比ヶ浜がこう決意せざるを得ないほどに追い込まれているのは俺のせいだ。今回の依頼に対して、俺にできることがあまりにもないのだ。

雪ノ下にも言われたが、応援演説で一色を不信任にすることがどれだけ非現実的なのかは自分でも理解している。

俺にできることは本当にもうないのか?

雪ノ下が、由比ヶ浜が生徒会長になれば、奉仕部は終わってしまうのか?

奉仕部がなくなると、俺たち三人が自然に居られる場所はなくなってしまうのか?

三人の居場所。

そうだ。居場所、それは必ずしも奉仕部である必要はないんじゃないのか。

雪ノ下が生徒会長になり、生徒会から奉仕部に来れなくなるのであれば。

俺たちもそこに行くことができるなら、それは三人の居場所に成り得るのではないか。

「でも、今回は……なにも失わずに守るのは無理だよ……」

由比ヶ浜は困惑しきったような表情を浮かべ、力なく項垂れた。そんな顔、しないでくれ。

「いや、無理じゃないかもしれない。お前が生徒会長に立候補しようとしてる理由はなんだ?」

順番に考えるんだ。そうすることで見えてくるものがあるはずだ。

「それは、あたしが……好きだから。あの部活が」

「そうじゃないだろ。よく考えろ」

「なんでそんなこと言うの……。ほんとに好き、大好きなの、あたし」

「あ、いや、えっと。その……」

自分のことを言われているわけがないのに、こんなときにまでその言葉に反応してしどろもどろになってしまった。慌てて話を続ける。

「好きなのは、その、なんとなくわかってる。けどそれは奉仕部ってわけじゃないだろ。例えば、仮に雪ノ下と俺がいなくてもお前は奉仕部を守るのか」

「それは、違うかな……。あたしが好きなのは、ゆきのんとヒッキーのいる奉仕部だから」

「だろ。なら奉仕部にこだわらなくてもいいんじゃないのか」

「どういうこと?」

由比ヶ浜は首を傾げながら怪訝な表情をこちらに向ける。

「俺たち三人は奉仕部がなくなったらおしまい、関係はそこで切れてそれまでだって、お前はそう思ってるのか」

俺はそう望んでいない。由比ヶ浜もそうであってほしい、そうであってくれとささやかな祈りを込めて話す。

「ううん、そんなことない。そんなの、やだし。先のことなんてわかんないけど、卒業してもずっと一緒がいい……」

「それならなおさら、奉仕部にこだわることなんかねぇだろ。守るべきなのはあの場所じゃない、この繋がりだ」

自分の言っていることはまちがっていないか。もう一度心に問いかける。

……まちがってはいないはずだ。彼女の願いを、俺の思いを順番に考えていくとこうなる。奉仕部自体はただのラベルで、ただの部屋だ。

一緒のメンバーで同じことをやり続けたい、このままでいたい。それがお互いの求めるものであれば、きっとまちがいではない。そのはずだ。

「ヒッキー……そんな風に思ってくれてるんだ、嬉しいな……。けど、どうするの?部活とかなんか理由がないとヒッキーは帰っちゃうし、ゆきのんは生徒会にかかりきりになるじゃん……」

「あの部活がなくなったとしても別の形で、同じようにいられる手段ってあるんじゃねぇか。例えば……生徒会とか」

「……えっと、三人で生徒会に入るってこと?」

「そう、要は奉仕部の場所を生徒会に移すだけだ。もともと依頼にしてもほとんど平塚先生とか生徒会絡みなんだから、今までとそんな変わんねぇだろ」

「そっか……。それならゆきのんが生徒会長になっても、今まで通りみたいにやれるかも……」

「生徒会のことは当然生徒会全員でやる。けど個別の依頼は生徒会とは無関係なんだから、これまで通り三人でやればいい。……どうだ、無理な話か?」

「む、無理じゃないかも……。じゃあ、ゆきのんはもう引き留めないんだね?」

「ああ。雪ノ下が自分で決めたことだから、もうそれは止めない、止めちゃいけない気がする……。だから生徒会長になってもらう」

雪ノ下が生徒会長をやるのを私の意思と言ったことが、やってもいいと言ったことが本音なら。

過去に俺がやった、欺瞞を認めるような解決策を、それはまちがっていると教えようとしてくれているなら。

それは否定すべきじゃない。俺にそんな資格はないから。

その考えはきっと、最初から頭の片隅にあった。

だが今こうして立ち止まって、雪ノ下が生徒会長でもという前提で考え直したから、それに気付くことができた。

きっと俺のやり方を押し付けたままでは、彼女たちの選択を単純に否定したままでは素通りしていたのではないかという気がした。

「あ、あたしはどうすればいいのかな?副会長、とか?立候補?」

「そうだな。なんかの役職に立候補すればいいんじゃねぇか。副会長か……お前に向いてそうなのは会計かなと思うけど。なんか主婦みたいな謎の会計能力持ってるし……」

「それ文化祭のときのこと言ってる?なんで覚えてるのそんなの……。うーん、何にするかはまた考えてみる。それでヒッキーはどうするの?」

由比ヶ浜は話の続きを促してくる。未だ戸惑いつつではあるが、表情にいつもの柔らかさが戻ってきているように見えた。

俺の言葉が届いたのかと思い、少しだけ安堵する。

「……俺はなにに立候補しても当選なんかしねぇからな、役付きは無理だ。庶務ってとこだな」

情けない話だが、たぶん信任投票でも不信任になる。あの悪評がどこまで広まっているのか定かではないが、相手がいなくても厳しい戦いになることは間違いない。

やはり今の俺を苦しめるのは過去の俺だ。ならば、未来の俺を苦しめるのは今の俺なんだろう。

今の俺の行動は、未来の俺を苦しめることになるだろうか。いつも後悔はしないよう選択しているつもりだが、後悔は必ず後にしかできないから、今を常に迷っている。

「そっか……。あの場所じゃなくても三人で自然にいられる方法とか、考えたことなかった……」

「俺もだ……。それに、あのな。勘違いかもしれねぇけど……。雪ノ下が生徒会長やってもいいって言ったのは、本音かもしれんと思ってな」

「そう、なのかな……。でも確かにああいうのやってる時のゆきのんって、イキイキしてて楽しそうだよね」

「あいつは俺と同じで理由がないと、建前がないと自分で動けないんだよ、たぶん。一色の依頼で生徒会長をやってもいいって理由が与えられたんじゃねぇか」

雪ノ下と俺が似ているとはもう思っていないが、ある意味では同種の人間なのかもしれない。

それはあまりよくないことなのかもしれないが、感情の押し付けを醜いものと考え、良しとしないという気持ちは俺にもよくわかる。

そして、理由がなければ、建前がなければ動くことができないというのは俺も同じだ。

だが今の俺は、己の感情に端を発するものから考えて、納得のいく結論を出すことができたと思っている。

雪ノ下のやり方を否定せず、何も壊さないようにと願った結果だ。

最終的には、俺個人の願望と呼んでも差し支えはないものではあるが。

「ゆきのんてさ、なんでそういうの言ってくれないのかな……。ちゃんと言ってくれたらわかるのに……」

由比ヶ浜は唇を尖らせて足元の小石を蹴る仕草をする。なんだそのいじらしい仕草は……。由比ヶ浜らしいな。可愛い……かもしれない。

「それが言えたら雪ノ下じゃないな。あってるかどうかもわかんねぇから、雪ノ下ともう一度話してみないか?」

「うん、話してみようよ。話さないといけないんだと思う。あたしたち今ビミョーじゃん……。ゆきのんも、ヒッキーも、あたしも。ちゃんと思ってること伝えないと……」

「……そうだな。俺のせいなんだけどな。迷惑かける」

事の発端は一色の依頼ではない。

なんでもないはずの依頼がここまで気まずくなるほどこじれたのは、修学旅行の俺の行動のせいだ。俺のついた嘘のせいだ。

俺はかつて誰かと共有していたと思っていたあの信念を、取り戻せているだろうか。

「ううん。ヒッキーに任せっきりだったあたしたちも悪いから……」

由比ヶ浜は申し訳なさそうに、控えめな優しい笑顔を向けてくれた。

先程まで見せていた悲壮で物憂げな表情からすれば格段の変化だ。その顔を見て、ぞわぞわとした焦燥感が薄れていくのが自覚できた。

だから、いつものように戻った由比ヶ浜ともう少しだけ一緒にいて、安心したいと思った。

「じゃあ、もうちょっと、一緒に帰るか」

「え?あ、うん……。ね、ヒッキー」

「なんだ」

「あたしたちのこと考えてくれて、ありがと」

「よせ、そういうのは。俺はそんな感謝されるようなことはしてねぇ。今回は本当に、できることがないんだ」

いつもの問題を先送りにして、最終的に台無しにするような手すら使えなかった。出せるのは現実味のない、誰も特をしないし解決もできなそうな愚策だけだった。

「なんでそんな風にしか言えないかな……。まぁいいや。あたしが勝手に言うだけだから。それならいいでしょ?」

由比ヶ浜は引かなかった。それでも俺に感謝を伝えたいと。

「……好きにしろ」

顔を背けながら無愛想な言葉を返す。

俺がそれを望まないからと、願望を押し付けただけではあるが、それがお互いの望みと重なるのであれば。

その感謝の言葉は、ありがたい。また俺は救われたのかもしれない。

「うん、好きにする。ね、いつからあんなこと考えてたの?」

「そうだな、雪ノ下が立候補するって言ってから考え初めて……最初はそんなの認められないって思ってたんだけどな」

「だよね。ヒッキーも反対してたし」

「雪ノ下のやっても構わない、って言葉が引っ掛かってたのと、あとは……具体的に思い付いたのはついさっきだよ。お前が立候補するって言い出してからだ」

「そうなの?」

「ああ。お前らに俺の感傷を押し付けるなんてしたくねぇって思ってたけど……。それでも俺は、お前が守ろうとして何かを失うのは見たくない。そう思って順番に考えたらさっきの結論になった」

半歩後ろを歩く由比ヶ浜の足音が聞こえなくなったので、何事かと振り返って顔を見る。

潤んだ表情で俺を見つめていたので、思わず狼狽えそうになる。

「…………抱きついて、いい?」

さらに重ねられる突然の言葉に、思わずあとずさってしまった。何を言い出すんですかこの子は……。

「ばっ、なんでだよ。こんなとこで駄目に決まってんだろ」

いかん、余計な言葉をつけてしまった。

「そう。じゃあまた今度、別のとこならいい?」

やっぱり!由比ヶ浜はその言葉を逃してくれなかった。違うんですよ……そうじゃなくてですね……。

「いや、今度もねぇから……」

「……ないの?」

首をかしげ、キョトンとした表情を浮かべる。その頬は紅潮しているように見えた。この赤さは夕焼けのせいではないはずだ。

いや、可愛いけど……恥ずかしいなら言うなっての……。

「聞くな、そんなの……」

「そっか、わかった。明日ちゃんとゆきのんに話さないとね」

「そうだな。ていうかな、俺は平塚先生の命令があるからあの活動から抜けることなんかできねぇんだよ。奉仕部がなくなりました、それではなんて通用しないから仕方なくだな……」

聞かれてもないのに唐突に、何に対してか、誰に対してかもわからない言い訳を吐き始める。

やだ……八幡くん気持ち悪い……。

「……わかったよ、そういうことにしとくよ」

由比ヶ浜は照れ臭そうに笑って、「言わなくてもわかってるよ」と伝えてくれた。

助かる……けど俺のほうが恥ずかしいな。間違いなく。

「そうしといてくれ」

「うん。ちゃんと伝わったから……。もう、大丈夫」

「……そうか」

本当に、俺の言葉で思いは伝わったのだろうか。由比ヶ浜の言葉にどんな裏があるのだろうか。

またそんな風にして、どこまでも優しい由比ヶ浜の言葉すら疑ってしまう。

無条件に信じることのできる他人は、今のところ俺には誰もいない。

そんなことを考えずに済む、わかっていると言えるような他人は、俺の人生に登場するのだろうか。

そんな人がいてくれたら。そんな人間関係があるなら。

───三人がそうなれたら。

俺はそれが欲しいのかもしれない。

由比ヶ浜と別れて家路についてからもそればかり考えていた。

そのうっすら見えたものは、強い光を直接見たあと目を閉じても残るおぼろげな像のように、目の奥に焼き付いて離れることはなかった。


一一一



由比ヶ浜と話をした翌日に、二人を部室に呼び出した。

俺と由比ヶ浜の方針は決まった。三人の話なのだから、雪ノ下に話すのは早いほうがいい。

扉を開けると二人は既にいつもの席に座っていたが、会話はなかった。うす、と短い声をかけていつもの席につく。

雪ノ下の表情は堅い。閉じていた目を開き、席についた俺を見ながら口を開く。

「わざわざ呼び出しすなんて珍しい真似をするのね」

口調も表情と同様、堅くて厳しいものだった。

「ああ。俺たちの結論を出そうと思ってな」

「私たちの、結論?」

「そうだ。お前の意思は変わらないか?」

「変わらないわ。これが最善手よ」

俺を真っ直ぐ見据えながら、迷うことなく芯の通った声で俺を突き刺す。

だが俺はたじろがない。想定していた答え通りで、むしろ安堵さえ覚える。

「部活は、どうするの?」

由比ヶ浜が遠慮がちに尋ねる。わかってはいたことだが、雪ノ下がこの部活をどうしようとしているのかは気になるのだろう。

「前も言ったでしょう。ここに影響するようなことにはならないって」

「そんなわけ、ないよ……。でも、それなら。ヒッキー」

由比ヶ浜は俺と視線を交わし、合図を寄越す。わかってるよ、ここまではちゃんと考えてたことだから。

意を決して、前もって用意していた答えを伝える。

「おお。わかったよ雪ノ下。お前は生徒会長になれ。それで、奉仕部はもう終わりだ」

「なんで……何故、そうなるの?」

雪ノ下に明らかな動揺が見てとれた。さっきまで揺らぐことのなかった力強い目が、今は伏目がちになっている。

そうだよな。いきなり終わりだとか言われると戸惑うよな。

「無理だよ、お前が生徒会長とここの兼任なんて。だからもう奉仕部はおしまいだ」

雪ノ下がなんと言おうと、これは由比ヶ浜も俺も同じ考えだ。

雪ノ下にそんなキャパシティはないし、要領よくやれるほどの器用さがないことも知っている。

だから奉仕部は形を変える必要があるのだ。

「……そう。わかったわ。でも奉仕部がなくなっても、私は……」

雪ノ下は諦観するように俺の言葉を受け入れた。その後にも何か言葉を続けようとしていたが、口から吐き出されるのは空気のみで部室に静寂が訪れる。

奉仕部がなくなっても、雪ノ下は。ここに続く言葉はなんだろうか。

俺の、由比ヶ浜の願うものと同じかもしれないと思うのは、都合がよすぎることだろうか。

静寂を打ち破ったのは由比ヶ浜の声だった。

「ゆきのん。あたし、会長以外の役職に立候補するよ」

生徒会長に立候補すると俺に伝えた声とは違い、透き通ったような、優しさに溢れた話し方だった。

「え?由比ヶ浜さん、どういう……」

意味がわからないといった様子でわかりやすく狼狽える。そこへさらに俺が言葉を追加して畳み掛けた。

「俺は庶務だな。立候補者のいない書記で信任投票になっても落ちそうだし」

「あなたたち……」

雪ノ下は呆然とした表情で力なく、意味があるのか判然としない言葉を呟いて、俺と由比ヶ浜の間で視線を動かしていた。

「ゆきのんと、離れたりはしないよ」

「ま、そういうアレだ。奉仕部は生徒会に移ることになるな。仕切り直しだ」

雪ノ下は俺たちの言っている意味を理解すると、顎に手をあててなにかを思案し始めた。数秒の間考え、ゆっくりと口を開く。

「……どっちから言い出したことなの?」

「ヒッキーだよ。あたしは生徒会長に立候補しようとしてたから……」

由比ヶ浜は辛そうに目を伏せて消え入りそうな声で話した。雪ノ下と争うという決断には痛みが伴ったせいだろうか。

「そう、比企谷君が……。これが、あなたの望む解決なの?」

「そうだ。お前の意思を汲んだ上で、お互いの望みを叶えるにはこれしかないと思った。…………不満か?」

「い、いえ。私は…………悪くない気分よ」

俺はこれまでに雪ノ下のいろんな笑顔を見てきた。

けど、あどげない少女のような微笑をたたえる雪ノ下の姿を見たのは始めてだった。

思わず見とれてしまっていたが、由比ヶ浜が視線を向けたことに気がついたので一瞬で我に返り、慌てて言葉を繋ぐ。

「そ、そうか。最後にもう一度、繰り返しになるが確認させてくれ。お前は生徒会長になっても、それが負担になることはないんだな?」

「ええ。やっても構わない、と思っているわ」

構わない、という言葉を強調したように聞こえた。

ああ、こいつはこういう言い方しかできないんだ。やりたいなんてことは言えないんだ、きっと。

……昨日気がついてよかった。違和感というものは馬鹿にならないものだ。

俺は俺の直感とか、そういうものをもう少し信じてやってもいいのかもしれない。

「ならいい。今度はまちがってないってことでいいのか」

「そうね……。こういうのも、ありなんじゃないかしら……」

「そうだな。ありだよな。もうお前だけには背負わせねぇよ。文化祭の二の舞はごめんだ」

素直な言葉だった。文化祭の失敗を繰り返したくない。なにより、由比ヶ浜にしろ雪ノ下にしろ、負担を他人に押し付けるというのは酷く居心地が悪い。

かといって俺が生徒会長などやれるわけがない。だったら補佐できる場所に俺もいる必要がある。

この思いを別の見方から言うと、他人に任せることができないということになる。

俺は結局、この二人を信頼していないことに他ならないのかもしれない。

「比企谷君…………」

名前を呼ばれて顔を上げる。気がつくと雪ノ下が頬を染めながら、すがるような瞳でこちらを見つめていた。

ちょっと、そういうのは動揺するんでやめてもらえますか……。

「なんだその目は。あんま睨まないでくれるか」

「に、睨んでなんかないわよ、失礼ね」

雪ノ下は恥ずかしそうに目を逸らしてしまった。睨んでいるのではないことは当然わかっていた。

こっ恥ずかしいからやめてくれという意味で言ってみたが、どうやら目論見はうまくいったようだ。

「……言わなくてもわかることって、あるんだね」

「由比ヶ浜さん?」

由比ヶ浜がぽしょっと呟いた。雪ノ下ははっきり聞こえなかったようだが、俺にはわかった。昨日の会話でも似たようなことがあったから。

「ううん。なんでもない。ゆきのん、あたし選挙勝たないといけないから、助けてよ!」

「あなたなら何もしなくても勝てるんじゃないかしら」

「そうだな。応援は三浦とかにすんだろ?お前なら勝てるよ」

「そうなのかな……。でも、落ちるわけにはいかないからやれるだけやるよ。あ、その前に何に立候補するか決めないと」

「んだな。あー、俺一色に話してくるわ。問題は解決するって」

言いながら席を立ち、返事を待たずに足早に部屋を出ようとする。

これ以上ここにいて、また妙な雰囲気になっても困るのでしばらく時間を空けようという思いがあった。

扉まで歩いたところで雪ノ下の声が背後から聞こえた。

「そうね。私は平塚先生に奉仕部の活動の場が生徒会に移っても構わないか話してくるわ。おそらくそれに関して問題はないと思うのだけれど……」

「けど、なんだよ」

「あなたも……来る?」

だから、そんなに恥ずかしそうに言わないでくれますか……。ていうか別に一緒じゃなくてもよくないですか。

「なんでだ、お前だけでいいだろ。平塚先生が俺をここから解放してくれるわけないし。誰か欲しいなら由比ヶ浜と行けば?」

「そ、そうね。由比ヶ浜さん、行きましょうか」

「……うん、わかったー」

由比ヶ浜の返事に少しだけ間があったことが気になったが、今はここから早く離れたかった。なんか恥ずかしいんですよ!

「じゃあまた後でな」

「ええ。また、あとでね。比企谷君」

「ヒッキー、またね」

挨拶もそこそこに扉を閉めて一色を探しに向かう。思ったよりスムーズに話がまとまったので気分は楽で、足取りは軽かった。

奉仕部は形を変えることになりそうだ。それに伴って俺たちの居場所も変わる。

なんとなしに振り返って部室の扉を眺めてみる。

そうか、もうすぐこの部屋に来ることはなくなるのか。

ただの学校の一室ではあるが、三人でいろいろな時間を過ごし、記憶を共有してきた場所だ。

俺の中では間違いなく、高校生活で一番思い入れのある場所だろう。

他の場所には思い出がないわけではない。たぶん。……いや、あるよね?

ともあれ、場所は変われど雰囲気も新たに奉仕部としての活動は継続されるのだ。悲観することなどない。

楽しい時間は、なくしたくないものはいつかは失われる。今回はなくしたくないものを失わなかっただけ良しとせねば。

俺の望むものに、居場所がどこかはさほど問題ではないのだから。


一一一


部活か、一年の教室か、どちらを探しに行くか迷った末、先に教室を見ておくことにした。外はちょっと寒いし。

落ち着かない気持ちで一年の教室を見て回る。放課後なので人はまばらなのが救いだ。

そもそもあいつクラスどこなんだよ、聞いときゃよかった。

たまに一年生から向けられる訝しげな視線にそわそわしていると、何個目かの教室で男子二人を相手に談笑する一色の姿を見つけることができた。

なんで部活に行ってないんですかね……。

都合よく同じ教室から出てきた別の男子に声をかける。

「すまん、一色さん呼んでもらえる?」

「はぁ、いいすけど」

呼んでもらう間に少しだけ移動して教室から離れてしばし。一色が教室から出てきた。

「葉山せ…………なんだ、先輩ですか」

俺を見つけるなり表情も声もがらっと変わる。ほんとこいつは……。

「悪かったな俺で。露骨に声のトーン変えやがって……。話があるからちょっと時間くれ」

「な、なんですか意味深な。告白とかやめてくださいよ、無理ですから」

なんなのその発想は。告白され慣れてるのか、もしかして。……うわぁ、すげぇされてそう。そして振るのにも慣れてそう。

「しねぇよバカ。いいから来い」

軽くあしらいながら人気のない階段まで歩く。

「ひっどーい!こんなに可愛い後輩のことバカって言いましたね!」

「あざといつーか嘘臭くて可愛くねぇんだよ、お前」

「なんですかそれ……。そんなこと言われたの初めてです……」

意外にも一色はしょげてしまった。それが作った可愛さであることはこいつ自身もわかってるだろうに。

…………でも、言い過ぎたかな。そんなしょげられると……困るじゃないか。俺にそんな趣味はねぇし、まだあざといほうが気が楽だ。

「ああ、いや悪い。顔は、その、可愛い部類だ。たぶん」

予想した通り、曖昧でへどもどした喋り方しかできなかった。フォローとか人を褒めたりとかは苦手です。どうも比企谷八幡です。

でも顔が可愛いってのはお世辞とかじゃなく、その通りなんだよなぁ……。

「それフォローになってるか微妙です……。でもまあ?一応?あ、ありがとうございます……」

よせよそんな照れた顔すんなよ。言った俺がもっと恥ずかしいだろ。

無理矢理話をぶったぎって本題に入ることにした。

「……で、話なんだが。お前の依頼は解決できそうだ。生徒会長にならなくて済むぞ」

「はー。それは当然なんですけど。どうするつもりなんですか?」

あれ?その反応お願いしてきた人の態度とちがくない?

「当然てお前な……。まあいいや。雪ノ下が生徒会長になる。あいつに負けるんならお前も周りも仕方ないって思えるだろ」

「結局そうなったんですかー。でもいいんですか?なんか先輩反対してたじゃないですか」

「あー、いいんだそれは。それのお陰で俺の問題も少し解決したし……」

修学旅行の一件からおかしくなった部活の雰囲気を変えられる、その結論に辿り着けたのはこの依頼があったからと言えなくもない。

依頼自体がなければ別の選択は当然あっただろう。

だが変えるために何をするにしても、別のきっかけが必要になったに違いない。

だからとりあえずまぁ、心の中でほんのちょっとだけ一色にも感謝しておくことにしよう。

「はい?」

首を捻る一色の顔の下に、何わけわかんないこと言ってるんですか先輩?という字幕が見えた。

なんだその顔、ムカつくな。あと口を閉じろ。

「ああ、いや独り言だ。とにかく解決するから。お前はもう何もしなくていいぞ。じゃあな」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、先輩」

詳しい話をするつもりもないので適当に話を切って去ろうと振り向くと、ブレザーの袖口を掴まれた。

その際に一色の手が俺の手にも触れあ、女の子特有の冷たくて柔らかい感触が伝わる。

やめてください一色さん。可愛い子のボディタッチにはすこぶる弱い。どうも比企谷八幡です。

「なな、なんだよ」

「意識しないでくださいそんなつもりはないので。その、それって確実なんですか?わたし間違って勝っちゃったりしませんか?」

「あ?お前が雪ノ下に勝てるわけねぇだろ。あいつ自身も凄いけどな、さらに応援は葉山がするって話だぞ」

この組み合わせに勝つにはそれこそ、交遊関係も広そうな由比ヶ浜ぐらいしか思い付かない。由比ヶ浜ってファン多いらしいし……。

そんなことを考えていると、得体の知れない不快感が頭をもたげてきたので思考を中断することにした。

「それはまぁ、確かにそうなんですけどねー……。でも雪ノ下先輩と葉山先輩ってクラス違いますよね?なんで応援頼めるんですかね?」

「俺もよく知らんが、あいつら幼なじみらしい」

「へー……は?幼なじみ?」

甘ったるいトーンの下が今俺と話していた声で、そのさらに下のトーンの声が聞こえた。

一色さん、その声怖いんですが。いくつ使い分けてる声があるんですかね……。

「……雪ノ下先輩と葉山先輩って、その……。幼なじみ以上とか、そんなことってあるんでしょうか」

「知らねぇよ。俺はそうは思えないけど」

実際にあの避けようは、そんなことがあるようには思えない。葉山は誰に対してもそう変わらないので知らないが、雪ノ下の態度は忌避しているという類いのものにすら見える。

「むー……近づく必要がありますかねー?」

不適な笑みを浮かべ、不穏に聞こえなくもない言葉を静かに呟く。……何する気だ。

どうやら一色は一色なりに葉山をかなり気にかけているようだ。ほーん。でも人の恋路に首を挟むのもなんだな。ほっとこう。

そしてもう一つ、伝えておこうとしていたことを思い出す。

「好きにしたら?あ、あともうひとつ。雪ノ下が生徒会長になった時点でお前が相談に来たあの部活、たぶんなくなるから」

「え、ちょっと。それってどういう……わたしのせい、ですか?」

「お前のせいじゃないから気にすんな、ほんと。まだ確定じゃないけどな。実際のとこなくなるつーか生徒会に場所を移すだけだ」

「はー。ってことは先輩も生徒会に入るんです?」

一色は興味なさそうな声で聞いてきた。興味ないなら聞かんでもいいだろうに。

そう思いながらも律儀に返答をする。

「ま、そうなる。俺は選挙でも信任投票でも落選しそうだから役職はねぇだろうけどな」

同じようなことを言うのはこれで三度目だ。さすがの俺でも少し悲しくなってきた。

よくわかってるから現実はあまり見せつけないでもらえますか。

「信任投票でも落選するって、先輩どれだけ嫌われてるんですか……」

やめて!そんなドン引きですみたいな顔はしないで!

それにしてもあれだな。一色がその手の噂に疎いのかどうかは知らんが、一色に届いてないんだな。

やはり雪ノ下の言っていた通り、自意識過剰にも程があるな。でも。

「少なくともお前以上には嫌われてるな。いろいろ悪評があんだよ」

「先輩って、そういうの否定しないんですね」

「事実だからな。友達もいないぼっちだし、否定なんかしたくてもできねぇよ」

「その割には葉山先輩と一緒に出掛けるぐらい、仲良さそうじゃないですかー」

一色は少しだけ拗ねるような口調になった。いや、葉山を取るとかそんな海老名さん的展開はないから。

それにこの前のダブルデート(笑)は丸っきり楽しいことなどなかった。むしろ苦痛ですらあった。

楽しそうとか、葉山と友達だとか思われると迷惑だ。俺も、勝手に断定するが葉山も。

「葉山なんか別に仲良くない。あれは、そう。成り行きだ」

「あのあと、葉山先輩と先輩って一緒に遊ぶぐらい仲良かったんですねーって聞いたら同じこと言ってました。なんなんですか?」

「なんでもないとしか言えねぇな。ただ同じクラスってだけだ」

それ以外に言いようがないな。もともと住んでいる世界が違うと思ってるし。

「それだけで遊びに行ったりしますかね……。なんか不思議な関係ですね。それに、先輩は結衣先輩や雪ノ下先輩とも……。やっぱり、そんなに嫌われてるとは思えませんよ」

「それはまぁ……なんつーの?俺が最悪だってわかって付き合ってくれてる酔狂な奴もいるんだよ」

きっと奉仕部のあの二人は酔狂な物好きだ。というか変なのは俺だけじゃなくてあいつらもだし、お互い様かな。

「へー……。そうですか、わかりました。ではまた」

ぺこりと形だけの会釈をして一色は去ろうとしたが、最後の挨拶は間違っているので否定しておくことにする。

「いや、またはないだろ。俺と話すことはもうないと思うぞ。接点がねぇだろ」

「そうですね。接点がなければ話すことはなさそうですね。じゃあまたでーす」

わかったとか言いながら最後の挨拶は変わらない。ほんとにわかってんのか?

「だから……まあいいや。じゃあな一色」

同じやり取りをもう一度繰り返すのも面倒なので、俺は正しい別れの挨拶をして立ち去ることにした。

一色か。人のこと言えないけど、変な奴だったな。でもまあ、これであいつと話すことはもうないだろう、また依頼でもしに来ない限りは。

……ありそうな気がしてきたな。

あいつはあいつで人間関係の問題があるから、あの依頼に繋がったわけだし。奉仕部が生徒会に移ることも言っちゃったし……。

どこに行けば依頼できるのかわかってしまった一色が、また面倒なことを持ってこないよう祈りながら部室へ戻った。



☆☆☆

ここまで

そして早速誤字修正

>>26
わざわざ呼び出しすなんて
→わざわざ呼び出すなんて

誤字なしが目標だったのですがもう破れたのでボチボチ更新してきます
割と長丁場になりそうです

乙です
期待しています


おもろい期待

これはいいif

>>44
俺の手にも触れあ
→俺の手に触れ

直したいとこ多すぎるけどとりあえず誤字だけ……


これは色々と捗りそうですなあ期待

期待

最新刊を読むと雪乃の生徒会立候補は、自分がやりたいのでは無くて単に八幡の自己犠牲を真似ただけなのかもしれんね。

それはまた随分と短絡的な読み方ですな

お前ら誤字とか気にすんの

続きまってます

めぐりんの夢が実現するスレはここですか?

おー新作きてた いつも楽しみにしてます 乙です

外部から内部から人が行き来する時点で3人の、ってのは破綻するわけだが

じゃあ奉仕部でもいろはすがうろうろしてる時点でダメじゃん
依頼の対応を三人でやれればいいんだろ
無粋なことを言うなよ

sage方も知らん奴なんか相手にすんなって



わたしが生徒会長にならなくて済むと聞いて、最初に訪れたのは安堵の気持ちだった。

あの先輩たちはきっと解決してくれる。そう根拠もなく勝手に信じていだけど、それでもホッとしたのが正直な感想。

もともとやらされそうになってただけだし、そう感じるのは当たり前だと思う。

でも続けてその解決策を聞いたとき、少しだけの罪悪感が芽生えた。

本来であれば雪ノ下先輩だって無関係なのに、わたしが相談に行ったから巻き込んでしまった。どうしても他に解決策がなくて、仕方なく生徒会長をやることにしたのかもしれない。

そういうことをする部活動だとは聞いていたけど、ここまでさせても、やってもらってもいいんだろうか。

わたしだって被害者なんだけど、わたしに向けられた悪意を他人に押し付けて安穏としていられるなら、今度はわたしが加害者のようなものだ。

だからといって生徒会長など絶対にやりたくないわたしは、雪ノ下先輩にお礼を言いに行くこともなく中途半端な思いのまま数日を過ごした。

ちゃんとお礼に行かないとな。でも雪ノ下先輩や結衣先輩に嫌な顔されたらやだな。

そんな気持ちもあったから、おそらく一年生のほぼ全員が興味を持っていないだろうと思われる、最終的な生徒会役員候補者の掲示を一人で見に行く気になった。

先輩はわたしのせいじゃないって言ってくれたけど、先輩たちの居場所が変わることになるとしたら、それはどう考えてもわたしのせいだ。なら、わたしは事の顛末を見届けないといけない。

そう思って見に行ったものの、予想外の場所に予想外の、よく知っている大切な名前を見つけて衝撃を受けることになった。

生徒会長候補者:一色いろは、雪ノ下雪乃

これは問題ない。先輩から聞いていた通りだから。問題はその下だ。

副会長候補者:本牧牧人、葉山隼人

な、なんで葉山先輩が立候補してるのー!?

そんなの一言も言ってくれなかったのに……。ちょっとこれは部活のときに問い詰める必要がありますね……。

きっと、まともに答えてはくれないだろうけど。

サッカー部のマネージャーになってもう半年以上になる。葉山先輩に半ば強引につきまとい、たくさん話もしてきた。その結果、葉山先輩についてわかったのは、何もわからないということだけだ。

葉山先輩は表面上のことは話してくれるが、本質的なことは、特に自分のことは話したがらない。

ちょっとだけ勇気を出して込み入ったことを聞いたときも、曖昧で答えになってるんだか、なってないんだかわからない言葉に終始する。これまでずっとそうだった。

そんなミステリアスなところも魅力だと思う。けど、正直言ってつまらなくもある。

いつかは届くものだと自分を鼓舞するべく信じてはいるものの、いくら叩いても響かないことに、たまに虚しさを感じる。

それに引き換え、ちょっとからかったときの先輩の顔と慌てようったら……あ、いや。葉山先輩と先輩を比較するなんて失礼ですね。

それにしても、以前わたしが、葉山先輩が生徒会長やってくださいよーって軽く言ったときには、立候補なんてしないよって言ってたのに。これは、やっぱりあれですか。

…………雪ノ下先輩ですか。そうですか、そうなんですか。

生徒会長の幼馴染みを補佐するイケメン副会長。なんですかそれ。それはちょっと……そんな憧れるシチュエーションは……間に入りたくなりますよね。

いや、邪魔しようとかは思ってないですよ?部活でも生徒会でも一緒とか、いい感じじゃないですか?

もう既に頭にはあったことだけど……よし、決めた。

邪と言われても仕方ない決意を胸に秘め、他の役職に目を移す。

会計候補者:稲村純、由比ヶ浜結衣

あー、知らない人だけど稲村さん残念です。結衣先輩には勝てないでしょーねー。

一年生の間でも結衣先輩は人気がある。イケイケの見た目に反してとても優しくて明るい、癒し系。

それと、あの……その、胸?そんなのどうでもいいですけど?それがいいと噂している男子を何人も見たことがある。いや、どうでもいいんですけど?

書記は……あれ、誰もいないんだ。書記だけ七日以内の延期期間の後、再選挙かー。へー。

先輩の名前はどこにもなかった。何に立候補しても落ちるという言葉が正しいなら、それはそうか。だから庶務。庶務って何するんですかね……雑用?

役付きの人から見たら先輩は平社員みたいなもんかな?わたしが役付きになればこき使える?

ほほー……。さっそく城廻先輩に聞いてこよっと。城廻先輩は少し……いや実は超苦手だけど、我慢我慢。


一一一



全員が生徒会室に入り席につくと、待っていた城廻先輩が楽しそうに口を開いた。

「ようこそー、生徒会へー。じゃあちょっと、自己紹介を兼ねて軽く挨拶しとこうか。雪ノ下さんから」

全ての選挙が終わると、城廻先輩から新生徒会のメンバーが集められた。今日のところは正式な引き継ぎとかじゃなくて、顔合わせということらしい。

顔合わせ……要りますかね?全員知ってる人なんですが……。

「はい。この度生徒会長に就任することになりました雪ノ下雪乃です」

雪ノ下先輩はハキハキと澱みなく、落ち着いたよく通る声で挨拶を始めた。既に生徒会長です!という貫禄を感じる。うわー、似合うなー……。

雪ノ下先輩は無事?わたしを圧倒的大差で(票数は知らないけど雰囲気的に)下して、生徒会長に就任が決まった。

この挨拶と、演説の姿を見ればわたしが負けるのも当然で、致し方ないと思える。これならわたしのブランドも損なわれることはないだろう。

雪ノ下先輩の応援は葉山先輩ではなかった。葉山先輩は副会長に立候補してたから当たり前なんだけど。

雪ノ下先輩はどうやら同じ国際教養科の同級生に頼んだようで、女の子だったんだけど、それはそれでまぁ凄かった。

読んだことはありますけど、あれですよ、あれ。雪乃様がみてる、の世界。崇拝しているかの如く雪ノ下先輩を称え崇める応援演説は、それはもう聴衆の耳に残ったことだろう。

その後の雪ノ下先輩自身の演説が少し恥ずかしそうだったのも男子的にポイント高かった。くっ、やはり強敵……。

国際教養科って女子がほとんどだとは聞いてましたけど、みんなあんな感じの世界なんですかね……。

わたし、普通科でよかったー。あんな世界、わたしじゃ絶対村八分にされますよ……。普通科でも嫌がらせ受けるぐらいなのに。

あ、わたしの演説と応援は適当な人に頼んで適当に終わらせました、まる。

その演説の話を聞いておこうと思って、雪ノ下先輩に恨まれていやしないかとドキドキしながら奉仕部を訪ねてみた時はこんな会話を交わした。



「恨むなんて、そんなことあるわけないでしょう。あなたは無責任な悪意に晒されただけなのだし、気に病む必要はないわ。私たちは自分達にできることをやるだけよ。それに……」

「?」

「いろいろと、あなたのお陰でもあるわ。ありがとう」

「いや、意味わかんないんですけど……」

「ふふっ、ごめんなさい。そうよね。でもいいのよ、わかる人にだけわかってもらえたら」

「はー……ますます意味わかんないです」

あんな顔で笑う雪ノ下先輩を見たのは初めてだった。その時はそこに先輩がいなかったからだろうか。

その雪ノ下先輩のあどげない笑顔は、わたしより年下なんじゃないかとすら思わせるほど幼いものに見えた。



「まだ至らぬ点も多々あるとは思いますが、誠心誠意努力しますので皆さんもご協力ください。これからよろしくお願いします」

考え事をしていると雪ノ下新生徒会長の挨拶が終わるところだった。ただの顔合わせの挨拶なので、時間にすると一分も立っていない程度だろう。

城廻先輩が控えめな拍手をして、残りの人もそれに続いてまばらな拍手の音が部屋に響く。

「どうしよヒッキー……あんな挨拶できないよ……」

「お前はお前の言葉でしゃべりゃいいんだよ」

「わ、わかった……」

わたしは結衣先輩と先輩を挟む位置に座っていたから、ボソボソと先輩と内緒話をしている声がちゃんと聞こえた。うーん、やっぱり仲良さそうに見えるなぁ。

城廻先輩は嬉しそうな顔で頷いて次の人に進めた。

「じゃあ次、葉山くん」

「副会長になった葉山隼人です。まぁ挨拶と言っても、みんな知ってる奴なんで手短に……。知っての通り俺はサッカー部もあるから、出られなくて負担をかけることもあると思うけど、みんなよろしく」

わたしと城廻先輩、結衣先輩が小さく拍手をした。雪ノ下先輩は目を伏せたまま動かず、先輩は訝しげな視線を送っている。

「はーい、葉山くんもよろしくねー。いやー、今度の生徒会は凄いメンバーだね!」

これが素なんだよね、凄いなぁとか思いながら興奮している城廻先輩を眺めていると、先輩がぼそっと呟いた。

「何故こうなってるんだ……いいのかよ、お前」

「まぁ、いろいろあってね」

葉山先輩は先輩の視線を受けて、力のない笑顔を返す。

え、何見つめ合っちゃってるんですか?もしかして二人は爛れた関係……なわけないですね。

でも、やっぱり不思議な関係だ。二人とも仲が悪いとか言いながらも、目だけで会話をしているように見える。

「葉山君、しっかり雪ノ下さんを支えてあげてね。じゃあ次は由比ヶ浜さん」

「は、はいっ。えーと、会計になりました由比ヶ浜です。ぶっちゃけ生徒会の活動とかよくわかんないんですけど……」

結衣先輩は辿々しい言葉で挨拶を始めた。にしても結衣先輩が会計か……。なんかイメージ湧かないなー。

「ゆきの……雪ノ下会長の足を引っ張らないように、バリバリ電卓叩きます!よろしくお願いします」

結衣先輩は先輩に目をやり恥ずかしそうに笑顔を浮かべると、先輩も満足そうに一度だけ頷いた。そしてその光景を雪ノ下先輩が静かに見つめる。んー…………?

「うんうん。由比ヶ浜さんもよろしくね。じゃあ書記さん」

わたしの番だ。まぁみんな言ってる通り、知り合いばっかりだし適当でもいいですかねー。

「書記になった一色でーす。城廻先輩から書記がどうしても見つからないからって頼まれましてー。先輩がた、よろしくお願いしますねー」

ほんとはわたしから相談したんだけど、なんか落選しておいてまたというのも少し恥ずかしいのでそういうことにしてある。城廻先輩も了承済みだ。

そういうことをしても大丈夫なのかと確認もしてみたが、落選者が別役職に再度立候補することについての選挙規定は特になかったらしい。

この学校の選挙規定抜け道多すぎじゃないですかね……。

でもまぁ、もともと誰もやろうとしなかったポジションに収まっただけだし、深く気にする人がいないのも確かだった。信任投票についても問題はなく、城廻先輩も歓迎してくれた。

問題はそこの平社員の人が不満そうなことぐらい、ですかね。

「はぁ……」

「ちょっと先輩、今溜め息つきませんでした?」

「気のせいだ」

「いや、思いっきりしてましたよね……」

まったく失礼な人だ。今のやり取りをみて結衣先輩と葉山先輩は苦笑いし、雪ノ下先輩は頭を抱える素振りを見せている。城廻先輩だけは最初から一貫してニコニコしたままだ。

「まぁまぁ一色さん。じゃあ最後比企谷君も。一応」

挨拶の最後は平社員先輩だった。

「一応ってなんですか……。つーかみんな知り合いなんで、もういいんじゃないすかね」

「みんなやったのだから、あなたもやりなさい」

今やわたしの中で命令口調が似合う女ナンバー2の座についた雪ノ下先輩が続きを促す。ていうか強制する。ちなみにナンバー1は平塚先生です。

先輩は生徒会長の命令だからか、雪ノ下先輩の強制だからか、渋々ながら挨拶を続けた。

「あ、比企谷す。役職はないんで、庶務、ですかね。なぁ雪ノ下、庶務って何すんだ?」

「そうね、各役職に割り振られた仕事以外全部、かしら。馬車馬の如く働いてくれるのを期待してるわよ、比企の庶務谷君」

「人の名前を勝手に融合させるな、意味わかんねぇよ……。それだと俺が一番過酷な気がしてならないんだが。人権はどこ行った」

「あら、あったわよ。昨日までは」

「まさかの過去形ですか……。ていうかただの雑用ってことだろそれ。そんなんに過度の期待されても困る」

「……あなただから、期待をしてしまうのよ」

雪ノ下先輩は慈しむような目で先輩を見ながら呟いた。

なんでしょうね、このやり取り。間に入れる気がしないというか……。夫婦漫才的なものを感じる。なんかちょっとムカつく。不思議。

「ヒッキー、いろいろよろしくね」

「比企谷、よろしくな」

結衣先輩と葉山先輩は二人のやり取りを気にせず話す。わたしも乗っておこう。

「先輩、よろしくお願いしますねー。なんなら書記の仕事やってもいいですよ」

「いやそれは駄目だろ」

「比企谷君、期待してるよ」

城廻先輩はこれまでと少し違う、キラキラした瞳を先輩に向けていた。あれ、なにげに先輩って城廻先輩からも高評価なの?

一方の先輩は辟易するような表情で戸惑っている。

「なんですかもう、めぐり先輩まで……」

「今日はただの顔見せだからもう終わろっか。引き継ぎなんかはまた後日、わたしたちも全員集めてちゃんとやるから」

城廻先輩は雪ノ下先輩に目だけで締めの挨拶を振り、雪ノ下先輩はそれに頷きをもって返した。

「そうですね。じゃあ今日はここで解散です、お疲れさまでした。あ、由比ヶ浜さんと比企谷君は残っておいて、話があるから」

「うん」

「了解」

「わたしは先生のとこ行ってくるね。雪ノ下さん、もう言ったけど鍵はよろしくお願いね。じゃあまたねー」

「じゃあ俺は部活行くよ。またな」

静かに解散が告げられ、城廻先輩と葉山先輩は部屋を後にする。わたしは……どうしようかなー……。

早く行ってもあんまりやることないし(ダルいし)、もうちょっとここにいようかなぁ。

「はーい。葉山先輩、わたしももうちょっとしたら行きますねー」

「……わかった。いろは、ちゃんと来てくれよ」

うっ。釘を刺されてしまった……。でもこれは葉山先輩はわたしを求めているということ……!

じゃないんだよね、たぶん。だったらなんなのかな……。

「……なぁ、なんで生徒会にいんの、お前」

思案していると先輩が近づいてきて小さい声でわたしだけに話しかけてきた。なんですか、わたしとヒソヒソ話とか平社員の癖に生意気ですよ。

「もう言ったじゃないですかー。城廻先輩に書記が見つからないからどうしてもって頼まれたって」

先輩につられてわたしも小さな囁き声で答える。

「生徒会長あんなに嫌がってたじゃねぇか」

「そりゃ最高責任者なんてイヤに決まってます。でも書記なら大した責任も仕事もないですし、それで一年生なのに生徒会の一員って評価されるんですから、割とおいしいポジションじゃないですかー」

「うわぁー超打算的ー。お前いい性格してんな、ほんと……」

そんなに褒められると照れるじゃないですかー。いや違うか。なんですかその呆れた顔は。

「それにあれですよ、ほら……。葉山先輩がいるのに、わたしが入らない理由がないですよ。マネージャーだけじゃなくて、そっちからのアプローチもできますし」

ほんとは先輩たちが生徒会に入るつもりだと聞いたときから、わたしも生徒会に入るという選択が頭にあった。

三人はもともと葉山先輩と繋がりがあるから。ただ、このときは入るにしても先輩と同じ庶務かなと思っていた。

それともう一つ。わたしが先輩に、先輩たちに興味を持ったからというのも大きな理由。

これは先輩への好意とかそういうものじゃなくて、純粋な興味。

どう考えても社交的とは言えないし、学校で目立つようなタイプじゃない。

それなのに、葉山先輩、雪ノ下先輩、結衣先輩と学校でも指折りの目立つ人たちと交流がある。それどころか、一目置かれているようにすら感じる。

それならきっと、先輩は他の人たちは知らない、テキトーに過ごしていては見えないなにかを持っているということなのかもしれない。そう思った。

だから、近くにいて見られるのなら、それを見てみたい。先輩たちの関係性を知りたい。そういう興味。

「ほーん……なるほどな。あ、お前さ、葉山から立候補の理由ってなんか聞いたか?」

「あー、聞いてはみたんですが……はぐらかされました。なんかちょっと頼まれてとか言ってましたけど、誰からかは教えてくれませんでしたね」

といっても、応援演説を頼んでたぐらいだし雪ノ下先輩から頼まれたと考えるのが自然、というか普通だと思うんですが。

でも、なら葉山先輩はなんでそれを隠す必要があるのかがわからない。雪ノ下先輩が助けを求めたことを知られたくないから?

うーん、なんかしっくりこないなー……。

「…………そういうことか。なんとなくわかった」

先輩はわたしの話を聞いて少し考えると、納得したように呟いた。でも、嫌なことを思い出したような苦い顔に見えた。

「え、先輩わかったんですか?教えてくださいよー。やっぱり頼んだのって雪ノ下先輩なんですか?」

「それはねぇだろ。あと、俺の思ってることは違うかもしれんし、正解だったとしても葉山が言わないことを俺が言うわけにはいかんだろ」

それは確かに正論だ。葉山先輩が教えたがらないということは、知られたくないということだから。

「はー、律儀ですねー先輩は。やっぱり葉山先輩のことちゃんとわかってるんじゃないですか? 」

「だからそんなんじゃねえって……」

「んっ、んんっ。ちょっとそこの二人。もういいかしら」

わざとらしい咳払いが聞こえたと思ったら、それは雪ノ下先輩のものだった。

先輩とのヒソヒソ話に夢中でお互い気付いていなかったが、どうやら結衣先輩と雪ノ下先輩にじっと見られていたらしい。

「い、いつまで二人でヒソヒソ話してんの……ヒッキー」

結衣先輩から向けられるじとっとした視線に若干の後ろめたさを感じる。

先輩はわたしよりも慌てて、取り繕うようにわたしから距離を取った。

「お、おう、すまん。話があるんだったな」

「一色さん?もう帰っていいわよ」

暗に……というか割と露骨に邪魔だから帰れと言われている気がするけど、わたしも一応生徒会の一員なんだしもうちょっとだけ……。粘れるところまで粘ってみよう。三人の会話を聞くだけ。

「えー、いいじゃないですかー、聞くぐらい。奉仕部の話ですよね?」

「そうだけれども……。比企谷君、話したの?」

「あー、なんかまずかったか?」

「いえ。別にまずくはないわ。じゃあ……んんっ」

雪ノ下先輩は再度咳払いをして、声の調子を整えてから話し始めた。

「平塚先生に一部始終を説明して、奉仕部の活動拠点が生徒会に移ることに関しては了承をもらえたわ。むしろやれる権限と範囲が増えるからそっちのほうがよいだろう、とも」

「ま、そうだろうな。どうせ依頼がきてなんとかしないといけないなら、権限が大きいほうが都合いいし」

「依頼、増えるのかな?」

「それはどうでしょうね。これまでと同じでこういうことをやっていますと喧伝して回るわけではないのだし、あまり変わらないんじゃないかしら」

「てゆーか、生徒会の活動がそのまんま依頼解決の仕事みたいになるんじゃないですか?城廻先輩から聞きましたけど、体育祭とか文化祭の手伝いしてたんですよね?」

あ、おもわず口を挟んじゃった。でも不自然じゃない……はず。

「そうかもな。でもそれに平塚先生を訪れた迷える子羊の個人依頼も加わるんだろ?うぁー、すげぇ面倒だな」

「あたしは、楽しみだな。ヒッキーとゆきのんがいれば、きっと解決できるよ。もちろんあたしも頑張るけど」

「……そうね。比企谷君ももう、ああいうのはやらないようにしてくれるみたいだしね」

「……それ以外なかったらまたやるぞ俺は、たぶん」

「しないわよ。わかってるわ、もう」

「そだね。あたしもそんな気がする」

「そんなこと言われてもな……」

二人から見つめられ、先輩は顔を背けてわかりやすく照れている。とても優しい、いたわるような目だ。

なんのことを言っているのかわたしにはわからない部分も多いけど、三人の間に信頼のようなものを感じる。

「あのー、先輩がた……。なんですか、このふわふわした空気。もしかしてわたし邪魔ですか?」

「い、いえそんなことは……。生徒会絡みのことなら一色さんにも働いてもらうわ」

「そ、そうそう。いろはちゃんも一緒に頑張ろうよ」

二人は慌ててわたしのフォローをしてくれた。あ、あんまり嬉しくない……。

「うわ……わたし超気使われてますね……。逆に傷付きます……」

見せつけるように、がっくりと落ち込んだポーズをしてみる。すると先輩からまた、フォローにもなってない台詞を言われた。

「俺は気使ってねぇぞ」

知ってます、そんなの。

「先輩はもっと気を使ってください」

「なんでだよ。超理不尽なんだけど」

「先輩は可愛い後輩にもっと優しくするべきです」

「優しいだろうが十分……」

どこがですか、どこが!という怒りを込めて憤慨してみたものの、先輩にはどうも届いていないようだ。

「可愛い、という部分の否定はしないのね……。まあいいわ。というわけだから、由比ヶ浜さん、比企谷君。これからも、よろしく……。あと一色さんも」

「うわ、やっぱり超ついで!」

「仕方ねぇだろ……今は奉仕部の話してんだから。お前部員じゃねぇもん」

「あ、あはは……。ゆきのん、ヒッキー、これからよろしくね」

「んだな。生徒会とか俺全然似合わねぇけど、まぁぼちほちやるわ」

「わたしもいますからねー。よろしくお願いしますねー」

三人とも、やはりわたしをお客さんとしてしか扱ってくれない。

まぁ、まだ会って時間も経ってないしそんなもんですかねー。

…………違う、かな。わたしはこれまであまり自分から他人に踏み込もうとしてこなかった。だから、表層だけではない付き合いというものをよく知らない。

だから、踏み込み方がわからない。わかるのは、表面だけの付き合いをするときの距離感だけだ。

今は、先輩たちと葉山先輩のいる場所にわたしから近づこうとしている。これまでテキトーに生きてきたわたしが初めて、他人に踏み込みたいと思った。

でもそこにあったのは、見えない壁。

葉山先輩も、結衣先輩も、雪ノ下先輩も、先輩も。誰もがわたしには近づけない、見えない壁を持っているように感じる。そして先輩たちはたまに、その向こう側で話をしている。

これが一年という時間の差なのだろうか。あと一年経てば、わたしもその壁の向こう側に居られるのだろうか。

わたしは総武高校の一年生。わたしはサッカー部のマネージャー。わたしは生徒会の書記。わたしの教室、サッカー部のグラウンド、生徒会室。

どこもわたしの居場所に違いない。けれど、わたしの立ち位置は不安定なままで、今もぼやけたままだ。

生徒会室はわたしの大事な場所に成り得るのだろうか。

わたしと先輩たちとを隔てている見えない壁は、いつかなくなるのだろうか。

わたしには似合わないセンチメンタルな気分になったことを自覚する。でもたまにこんなこともあるから、どうすればいいかはわかっている。

こんなときはどうするか。

わたしは葉山先輩のいるサッカー部に向かい、みんなとバカみたいな話をして全てを誤魔化すことに決めた。


☆☆☆

ここまで

仕事が忙しいのとファイアーエムブレムが面白くてペース落ち気味
アクアがゆきのんにしか見えない

必ず完結させますのでお付き合い頂ければ幸いです

ではまたそのうち

お疲れ様

乙乙
葉山も絡むとは予想外だったわ。これからどう展開していくか楽しみですな

なんで葉山まで入ったんだ……


いいね、とてもいい
キャラがそれぞれちゃんと思惑があって動いてるように思える
葉山についても語られるんじゃないの

放置してる叩かれっぱなしの方の話は続き書かなくていーのか?

今はこれしか書いてないのでなんの話だか……
一応自分は全部完結させてますよ
似たような話がどっかにあるんですかね

葉山は姉のんに頼まれたんかな
でも姉のんがそれを頼む理由がわからん

>>108
このSSの姉のんのキャラがまだわからんからな
てまだ頼んだのが姉のんかどうかわからんけど

本筋をシリアスに、しかも謎解きっぽく事件の少しずつ輪郭を表していく。
一方でキャラの性格を掴みながらの日常コメディに妥協がない。

冗談抜きで市販レベルなんだが何者だよ

くそコピペは巣にお帰り

葉山は何がしたいの?

聞いて作者が答えると思ってんの?
いろいろ考えられることはあるだろ
邪魔になるといかんから書かないけど

それはそのうちわかってくるだろ
早漏か?



「ヒッキー、放課後部活……生徒会?一緒に行こうね」

教室で頬杖をついて暇そうにしている彼に後ろから近づき、耳元に顔を寄せてそっと囁いた。

ヒッキーは大袈裟に振り向くと、頬を染めながらもごもごと了承の言葉を呟く。そんな慌てなくても……ち、近かったかな?

たったそれだけの短いやり取りも、一緒に行けることも嬉しくて、おもわずあたしも照れ笑いを浮かべてしまう。

「約束、だよ?」

「お、おお……」

放課後に行く場所は奉仕部の部室から生徒会室に変わった。けどそこには、ゆきのんがいて、ヒッキーがいて、あたしがいる。一番大切なものは、彼の提案によって守られた。


ゆきのんが生徒会長に立候補すると聞いて、一瞬目の前が真っ暗になった。そんなの、ダメだよ。奉仕部がなくなっちゃう。

あたしが今一番大切にしたいもの。それはゆきのんであり、ヒッキーであり、つまり、奉仕部という三人の時間と居場所。

それだけは何を犠牲にしてでも守らなきゃと思った。だから、ゆきのんと争うつもりで、本気で勝つつもりで立候補する決意をした。

ゆきのんはあたしになんの相談もせずに決めていた。だからあたしも勝手に決めたんだけど、ゆきのんと対立することを考えると気が重くなって、苦しくて、逃げ出したくもなった。

そうしてあたしはヒッキーに自分の意思を、決意を打ち明けることにした。

聞いてもらうという行為には、自分の逃げ道を塞ぐという意味と、あたしがあの場所をどれだけ大事に思ってるかを伝えたいという思いがあった。

そこでヒッキーは、あたしには思い付かない提案をしてくれた。ゆきのんの意思に反発することなく、あたしの大事なものを守ろうとしてくれた。

誰も傷つかずに、失わずに済むかもしれない。暗くなった目の前が明るくなった気がして嬉しくなった。

けどそれより何より、ヒッキーがあたしのことをちゃんと考えてくれたということと、ヒッキーも同じように三人の関係を大事に思ってくれているということが嬉しかった。

あのまま抱きついて顔を埋めて泣こうかとも思ったけど、それは我慢した。

ちゃんと想いを伝えてからにしないといけないと思ったから。あとはちょっと恥ずかしくて……勇気が足りなかった、かな。


でも、想いを伝えるのはまだ先になると思う。

バレバレな態度をとっていることはわかってるけど、それでも言葉にして失ってしまうのが怖いから。

あたしは振られるのが怖いんじゃない。振られるかもしれないってことは、考えたくないけど頭にはある。

もし振られたとしても、受け入れられたとしても、どっちになっても失うかもしれないという事実が怖いから、あたしは動けない。

あたしは失いたくない。

何を?

今を。


一一一


帰りのSHRが終わると教室が途端に騒がしくなった。

あたしは優美子たち、いつものメンバーと少しだけ話してから生徒会室に向かうことにする。

「じゃあそろそろ行くか、戸部」

「おー、隼人くん。行くべー」

「またな、優美子、姫菜、結衣」

男子はあたしたちに別れを告げて颯爽と部活に向かった。残された優美子がぽつりと呟く。

「あーあ。只でさえ隼人忙しそうなのに、生徒会にも入っちゃうしなー。結衣ー、生徒会ってどうなん?」

「あー、今は引き継ぎ終わったとこでイベント何もないからやることないよー。あたしは部活もあるから生徒会室行くだけだし」

「そっか。生徒会っていってもずっとなんかやってるわけでもないってことね」

「うん、なにもなかったら隼人くんもそんなに変わんないと思うよ」

「それにしても、なんで急に入る気になったんだろ、隼人」

自慢の髪を触りながら話す優美子の顔は、ちょっとだけ拗ねているように見えた。

「どうしたんだろね隼人くん。いつもならそういうの進んでやったりはしないのに」

確かにその通りだけど、姫菜は深く考えているのかいないのか、首を傾げてなんでもないことのように話す。

「うーん……なんでだろうね?」

「結衣は隼人からなんか聞いてない?」

「うん。なにも」

あたしにも詳しいことはわからない。けどなんとなく、もしかしたらそうなのかな、というのはあたしだけじゃなくて優美子もあるはず。言葉にはしないだけ。

生徒会の挨拶のとき、隼人くんはヒッキーにいろいろあって、と言っていたけど、そのいろいろの中にゆきのんの存在があることはほぼ間違いないと思ってる。

断片的な話しか聞いてないから具体的にはわからないけど、ゆきのんと隼人くんの間には何かがある。いや、あったと言うべきかもしれない。

ゆきのんと隼人くんの態度を見る限り、二人はこれまで敢えて接触をしないようにしてきたように思える。

それなのに今回は、自らの意思かどうかはわからないけど、隼人くんから近づいてきた。

その理由は、きっと考えてもあたしにはわからないと思う。

それにこれはまだあたしたちの問題じゃない。ゆきのんと隼人くんだけの問題だ。なのに、自分の問題みたいに落ち着かない気分になった。

「あ、優美子。あたしそろそろ部活行くね。また明日ー」

「うん、またね結衣」

「じゃーね。姫菜ー、あーしらも帰ろっかー」

漠然とした不安が大きくなる前に考えるのをやめ、優美子と姫菜に別れを告げて部活に行くことにした。

振り返ってヒッキーの席を見ると、ついさっきまでいたのにいつの間にかもぬけの殻になっていた。

あ、あれ!?もしかして先に行っちゃった!?

一緒に行くって約束したのに……もー!

慌てて追いかけるべく、鞄を掴んで教室を飛び出す。廊下を曲がったところで壁に寄りかかって立っていたヒッキーにぶつかりそうになった。

「うあわわっ」

「っとぉ!」

走っていたその勢いが止まりきらず、ぶつかる寸前でヒッキーに肩を押さえつけられるようにしてようやく止まった。

「あー、すげぇビビった……」

「あ、ありがと……危なかったー」

ぶつかりそうになった驚きと、今ヒッキーに体を触られているドキドキで鼓動が異常に大きい。あう……なんか、近いし……。

「な、なんでそんな慌ててんだよ」

「なんでって……一緒に行こうって言ったのに、ヒッキーが先に行っちゃうからじゃん」

さっきまでちょっと怒ってたからもっと強く言おうと思ってたのに、なんか顔が熱いしドキドキするし近いし、そんな気分はどこかへ行ってしまっていた。

ていうか、あの、いつまで肩掴んでるの……。

「行ってないだろ、ちゃんと待ってる」

「あ、いや、うん……。わかったから、手……」

彼の顔を見上げながら両手を胸の前でそろっと突きだして距離を取ろうとすると、肩からぱっと手が離れた。

ヒッキーはものすごくキョドって、しどろもどろになりながら言葉を連ねる。

「えと、あの、いや……ぶつかりそうになったし、仕方ないんだ、これは。えー……あー、すまん……」

最終的にヒッキーはなにも悪くないのに謝った。別に謝らなくてもいいのに……。

「ううん、いいよ。止めてくれてありがと。でもさー、ヒッキー教室で待ってくれてると思ったんだよー」

「それはその、なんだ……。俺なんかと一緒に出るの見られると、お前に迷惑かなと」

ヒッキーは本当に申し訳なさそうに話している。

昔そんな風に思っていたのは知ってたけど、それが未だに変わっていないことを知って胸に小さな痛みを感じた。

「まだ、そんな風に思ってるんだ……。前も言ったけど、迷惑なんてそんなことあるわけないよ……。それに修学旅行とかでも一緒に行動してるのみんな知ってるし、今さらじゃん」

「……そうか。それもそうだな。あ、でも、一緒に出るの見られて噂されると恥ずかしいし?」

なんで疑問系……。納得しかけていたのに、また何か理由を見つけたようだ。

しかも恥ずかしいとか、なにそれ。少しだけ頬を膨らませて愚痴っぽく話すことにした。

「ふーん?あたしといるの見られるのが恥ずかしいんだ……。あたしは別に、恥ずかしくないんだけどな……」

「いやちが、その…………悪い。なんでもない。忘れてくれ……」

ヒッキーは何かを言いかけて途中で諦めたようだった。イマイチわからないけど、強引に作り出したらしい言い訳は引っ込んでしまったみたいだ。

「結衣?あんた何してんの?」

振り返ると、帰ろうとしている優美子と姫菜が怪しげな目でこちらを見つめていた。

それから優美子の視線はあたしの傍に立つヒッキーに向かい、目付きが険しいものに変わる。

「あ、いや、なんでもないよ!走ってたらヒッキーにぶつかりそうになっただけだから!」

両方の掌を優美子に向けてぶんぶん振りながらこの場を言い繕う。なんでこんなに必死なんだろう、あたしは。

「ふーん……。そう。ヒキオ、ちょっと」

優美子は顎でヒッキーを呼びつけ、二人だけでヒソヒソと話を始めた。

けど二人の話はすぐに終わったようで、優美子はヒッキーを置いて昇降口の方向へ歩き出す。

「じゃーねー結衣。姫菜、行くよー」

「ほーい。バイバイ結衣、ヒキタニくん」

優美子は後ろ向きのまま右手を挙げ、ひらひらと手を振った。見えていないことを知りつつあたしも手を振り返す。

「うんー、またねー」

「おお……。またな」

残されたヒッキーも力のない別れの挨拶を呟いて、あたしの傍にやってくる。

「じゃ行くか」

「あ、うん」

二人で生徒会室へ向かっていると、さっきの優美子とのやり取りが妙に気になってきた。なんの話だったんだろう。

「ね、ヒッキー。優美子と何話してたの?」

「あー……。別にたいしたことじゃない」

「そっか」

今の質問でちゃんと答えないということは、あたしには言えないか言いたくないということだ。

だから、それ以上深く追求はしなかった。

このまま会話がないのも寂しいので、別の話をすることにした。

「なんか、部室じゃなくて生徒会室に行くのってまだ慣れないね」

「確かにそうだな。つっても場所が変わっただけでやってることはあんま変わんねぇからな。すぐにまた慣れるだろ」

「そだね。また慣れるぐらい、続くといいなぁ」

「お前…………」

「?」

ヒッキーが何かを言いかけて足を止めたので、下から顔を覗き込んでみる。けどなんの表情も読み取れなかった。強いていえば、呆然としている、かな。

んー、あたしなんか変なこと言ったっけ?……言ってない、気がするなぁ。

「どしたの?」

「…………あ、いや。なんでもない」

「変なの」

おもわずクスッとした笑いが漏れると、ヒッキーは安心したように、いつもの表情に戻った。なんだったんだろ。


また二人で並んで歩き始める。もうすぐ生徒会室だ。ヒッキーとあたしだけの時間はもうすぐおしまい。

でもいいんだ、これで。今のあたしは三人の時間のほうが大事、だから。

「こうしてまた一緒に行けて、今は、それで楽しいよ」

並んで歩くヒッキーより二歩分ほど前に出て、振り返りながら笑いかけてみた。彼はふっと、呆れたような微かな笑みを浮かべて返してくれた。

「そか」

そう。今は、これでも十分幸せ。

「やっはろー!ゆきのーん」

「うーす」

「こんにちは、ちょうどよかったわ」

生徒会室に入るとふわりと紅茶の香りが漂う。ゆきのんはティーポットを手に紅茶を淹れているところだった。

「紅茶を淹れているのだけれど、飲む?」

「おおー。ありがとー、飲む飲む」

「んじゃ俺も頼むわ」

二人が飲むことを告げると、ゆきのんはそのままあたしのマグカップと紙コップに紅茶を淹れてくれた。

お湯を継ぎ足すことがなかったということは、初めから三人分を見越してたということで、さりげない気遣いに自然と笑顔がこぼれた。

「はー、だいぶ寒くなってきたねぇ」

「そうね、もうすぐ12月になるものね」

「今年も終わりか。早かったな、あけおめ」

「それ早すぎない!?」

「つっても12月なんかもうイベントねぇだろ。あとは年越しを残すのみだ」

「いや、あるじゃん大きいのが。クリスマス知らないの?ヒッキー」

「彼がそんな友人がいないと盛り上がれないイベントを認識しているわけはないでしょう?由比ヶ浜さん、もう少し気を使ってあげないと」

「そうだな、気を使えよ。お前が」

いつかも見たことがあるような会話が繰り広げられる。いいなぁやっぱり、この空気。



新生徒会になってからしばらくの時間が経った。

生徒会の仕事がなにもなくて三人だけだと、前の奉仕部にいたときのような時間を過ごすことができている。

別に目に見えるような喧嘩をしてたわけでもないけど、殺伐としていたあの空気はもうここにはない。

ゆきのん以外は正式な引き継ぎも終わった。けど生徒会長だけはまだ細々としたことが残ってるみたいで、城廻先輩だけはたまに部屋を訪れている。

奉仕部とは机の形も席の配置も変わっちゃったけど、この部屋でも既に指定席が決まっていた。

ゆきのんが生徒会長だし一番奥に、そこに一番近い場所にあたし。一番離れたところがヒッキーで、今はいないけど隼人くんといろはちゃんが間に入るような席順が自然と出来上がった。

変わったのは部屋と、席の位置と、ゆきのんが読んでいるものぐらい。

ゆきのんは引き継ぎが終わってから、文庫本じゃなくて生徒会の過去資料に目を通すようになった。

ゆきのん曰く、今後ありそうなイベントや事例について一応把握しておこうと思っているだけ、とのこと。

それを聞いたときは、ほぇーとした間の抜けた感嘆の声が漏れた。

あたしが生徒会長にならなくてよかったと心から思った。あたしじゃ絶対テキトーだよそんなの……。

会計の引き継ぎも半分以上よくわかんないまま終わったし。え、あたし大丈夫?

まぁそんな感じで、今日も今日とて居場所は変われど、平穏で大好きな時間を過ごせることに幸せを感じるわけです。

ヒッキーはそんなのいらないって言うだろうけど、今度ちゃんとお礼しときたいな。

本当に感謝してるし、嬉しかったし……今度はあたしが何かしてあげたい。

あ、そうそう。変わったと思ってることがもうひとつある。それは……。

「由比ヶ浜さん、比企谷君、ちょっといいかしら?」

資料に目を通していたゆきのんが顔をあげ、あたしとヒッキーに話しかけてきた。

「ん?なになに?」

「その……紅茶、なのだけれど、残りがほとんどなくなってしまって……」

ゆきのんは少し気恥ずかしそうに、伏せ気味の瞳をちらちらとヒッキーとあたしに向けながら話した。

「あー、買いに行くの?いいよー、行こっか」

「それ、俺いるか?」

「ええ。あの、リーフティーだけではなくて……。比企谷君の、ティーカップなんかを買おうと……」

ゆきのんが恥ずかしそうにしてるのはこれかぁ。あたしもヒッキーに何かお礼をしたいって思ってたとこだから、ちょうどいいかな。ゆきのんも同じように思っていたのかもしれない。

「あ、いいねそれ」

「紙コップで十分だけどな、俺」

「いいじゃん。ヒッキー持つとき熱そうにしてるし、買おうよ」

「あなただけ紙コップというのは、その、不経済でしょう。ランニングコストを考えたらこのあたりで投資したほうがいいわ」

ゆきのんは言い訳をするように早口で話した。ランニング……?走るの?

よくわからないけどとりあえず、買いにいこうとヒッキーを説得しようとしているのはわかった。

「いや、紙コップんな高くねぇだろ……。イニシャルコスト越えるほどランニングコスト高くならんと思うが」

また知らない単語が出た!あたしのわからない会話はやめてー!

「そんなに高いのを選ぶつもりはないわ。…………もしかして、こういうの迷惑かしら」

ゆきのんは悲しそうな表情を浮かべ、言葉は終わりに向かうにつれてだんだん小さくなっていった。

その顔を見てヒッキーが慌てて口を開く。

「いや迷惑とか、そんなことは……。あの、誰が買うんだ?」

「経費で、と言いたいところだけど、私物だから……私が出すわよ」

「それはなんか申し訳ねぇよ」

「じゃああたしも半分出すよ。ゆきのんと半分こにする。いいでしょ?ゆきのん」

ヒッキーへ感謝してるのはゆきのんも同じかもしれないし、二人からのお礼ということにできないかなと思った。

いったい何を、とでも言いたそうなゆきのんに顔を近づけて、ヒッキーに聞こえないようこそっと耳打ちをする。

「ヒッキーへのお礼とかプレゼントってことなら、あたしも出すよ。感謝してるから、あたしも」

ゆきのんは驚いた顔であたしに目を向け、少しの間を置いて柔らかく微笑んだ。

そのあと、わかったわと声を出さずに口の動きだけであたしに伝えた。

「では部活が終わったら買いに行きましょうか。いいわね比企谷君」

「なんか、あれか。断る権利はない的なやつ?」

「そういうことよ」

「わかったよ、付き合えばいいんだろ……。でも金は俺も出すからな」

「いいのよ。経費で落とすから。由比ヶ浜さんにがんばってもらうわ」

えー!?ゆきのんなにさらっと嘘ついてんの!?

でもこれはきっと、ヒッキーを納得させるための方便というやつだ。気を使わせない、借りだと思わせない優しい嘘というものだ。

ていうか会計ってそういうのやる仕事なんだよね……。今回はともかく、必要になったときちゃんとできるのか心配だ、あたしは。

「いやお前さっき経費は無理つってたろ」

ヒッキーはなおも食い下がる。そんなに気にしないでいいのに……律儀だなぁ。

「いーの、あたしがなんとかするから!ね、ゆきのんどこ買いに行く?」

「そうね。手頃な値段のものとなると、どこがいいのかしら」

「俺は無視ですか、そうですか。…………わかったよ、頼むぞ由比ヶ浜」

「うん、任せてよ!」

お互いが嘘とわかった上でのやり取り。でもこれはお互いの気遣いから行われているもので、嫌な感じはしない。むしろちょっと嬉しくもある。

ヒッキーもゆきのんとあたしの嘘をわかった上で受け入れてくれた。

たとえ簡単に見破られるものだとしても、世の中には優しい嘘だって、望まれてる嘘だってきっとある。

三人の仲がもっと深まって、甘えたりなんでも言い合ったりできるようになれば、そんな嘘は必要なくなるんだろうな。

けど今はまだ、あたしたちにはたまに必要なんだと思う。

「こんにちはでーす」

不意に生徒会室の扉が開き、いろはちゃんがやってきた。

「こんにちは」

「やっはろー、いろはちゃん」

「うす。なにしに来たんだお前。生徒会の仕事はまだねぇぞ」

うわ、ヒッキーいきなり文句言ってる……。いろはちゃんには妙に厳しいなぁ。

「いや、ここ生徒会室なんで、わたし来てもいいじゃないですか……。先輩つーめーたーいー」

いろはちゃんは当然のようにぶーぶーと甘えた声で文句を言う。

「そもそも甘やかす理由がねぇな」

「はぁ……もういいです。サッカー部行くまでちょっと暖まりに来たんですよー」

「あー、もう外は寒いもんねぇ」

「そーなんですよー。この寒いのに外で仕事なんかできるわけないじゃないですかー」

いろはちゃんはうんざりですみたいな顔をしてとんでもないことを言いのける。

う、うわぁ。思ってても堂々とそれを言えるってある意味すごいよね……。

「いや、お前マネージャーだろが……。やることいろいろあんだろ」

「やー、それは他のマネにお任せで……。わたしは葉山先輩にタオル渡す仕事なんで」

「隼人くん限定なんだ……」

横を見るとゆきのんはこめかみを押さえて俯きながら溜め息をついていた。その気持ち、ちょっとわかるよ、うん。

「はぁ……。一色さん、紅茶でも飲む?」

「え、あ、いいんですか?是非是非、いただきますー」

ゆきのんはお湯と茶葉を新たに追加し、ティーポットに注ぐ。

その動きは手慣れたもので、ゆきのんに似合う繊細な優雅さを感じる。あたしはたぶんこうはなれないんだろうな……。

「これで最後ね、買いに行かないと。あなたたちもおかわりはいかが?」

「ありがと、もらうよー」

「ん。頼む」

あたしとヒッキーがそれぞれ入れ物を差し出して紅茶を注いでもらう。

ゆきのんがあたしのマグカップに注ぎ終わり、紙コップのほうに注ぎ始めたところで、いろはちゃんが不思議そうな顔でヒッキーを眺めているのに気が付いた。

「どしたの?」

「え、いや……。先輩の返事があまりにも……その、どこの亭主ですかと思って」

「なな、なっ」

「ぅあっぢぃ!!!」

紙コップに注いでいたティーポットが動き、紅茶がヒッキーの手に少しかかったようだった。

幸い紙コップは倒れていないが、ヒッキーは手を離して紅茶のかかった場所にふーふーと息を吹き掛けている。

「ああっ、ごめんなさい比企谷君。火傷していないかしら。どこにかかったの?冷やさないと……」

ゆきのんはヒッキーの手を取って自分の目の前にやり、心配そうな瞳でおろおろと何をすべきか迷っている。

「あわわ……ごめんなさい先輩。わたしが変なこと言っちゃったせいですね……」

「い、いえ。一色さんのせいではないわ。わたしの不注意よ。あぁ、赤くなってるじゃない……」

ゆきのんはまだ彼の手を掴んだままだ。突然の出来事に同じように戸惑っていたヒッキーがおずおずと口を開く。

「う、いや、そんな酷くないから大丈夫。心配いらん。それよりちょっと、もう離して……」

「え?あっ。ご、ごめんなさい。つい慌ててしまって……」

ゆきのんはパッと手を離すと、頬を赤く染めて俯いてしまった。

ヒッキーはヒッキーで、紅潮させた顔を逸らして手を眺めている。

「ヒッキーほんとに大丈夫?あたしハンカチ濡らしてくるよ」

「や、大したことないからそんなの別にいいぞ」

「ううん、冷やしたほうがいいだろうから。行ってくる」

あたしはそう言って席を立ち、生徒会室を出た。

少しだけ時間を空けたかった。自分の嫌な感情がはっきりとした像を結ぶ前に、あの場から離れたかった。

やっぱりそうだ。きっと前みたいな勘違いじゃない。

もうひとつ、あたしが変わったと思ってること。

それは、ゆきのんのヒッキーへの態度。そして、彼を見つめるその目。

あれ以降、明らかに変わった。

そしてそれは、あたしの黒い感情を呼び起こし、不安を煽る。

この関係は長くは続かないのではないかという不安を。

ダメだ。こんなことばかり考えてたら。ヒッキーが守ってくれたお陰で続けられている、幸せな時間なんだから、大事にしなきゃ。

あたしはハンカチを濡らすついでに冷たい水で顔を洗って、頭をリセットしてから生徒会室に戻ることにした。

けれど、リセットできるのはあたしの思考だけで、動き始めた、変わり始めた関係がリセットされることはないということを、あたしの本当の心は知っていた。


☆☆☆

ここまで

まだまだ続きそうです
よろしければ是非お付き合いを

続きはまたそのうち、ボチボチやります

お疲れ様

乙です
いつも楽しみにしとります

乙乙
モヤモヤするのう

続きたのしみ



まだ手に自分のものではない温もりが残っている。

先ほどの自分の行動を思い出すと鼓動が高鳴り、顔に熱がこもるのがはっきりとわかった。

さっきは慌てていてあまり意識していなかったが、思い返してみると私よりも大きく厚く、堅さを感じる手は異性を意識させるには十分なものだった。

一色さんの言葉に異常なほど動揺してしまい、軽度とはいえ彼に火傷を負わせる失態を犯してしまったことに対し慙愧に堪えない。

なぜ私はあんな言葉に、あれほど動揺してしまったのだろう。

自問してみたが、問うまでもなく答えは最初からわかっていた。

私が彼を一人の男性として意識しているからだ。

「雪ノ下先輩でも動揺することってあるんですね」

考え事をしながらこぼしてしまった紅茶を拭いて後片付けをしていると、一色さんが意外そうに呟いた。

「私だって動揺することぐらいあるわよ、人だもの。一色さんの言葉が、その……あまりにも荒唐無稽だったから。比企谷君は養われる側なのだから、そんなに偉そうな態度の亭主になれるわけがないじゃない」

先ほどの動揺の原因をうまく取り繕えているだろうか。

これも、嘘になるのだろうか。

私は決して嘘はつかない。そう自分に課してきたはずだったのに。

「え、先輩ヒモになるんですか?」

「ヒモとか言うな。専業主夫と言え。俺の進路は今のところそうなってるんだ。あ、人の夢を馬鹿にするなよ」

「うわー……。ごめんなさい先輩、その夢は捨ててもらっていいですか。ちゃんと稼げるようになってください。あとさっきの亭主関白みたいな態度もノーセンキューです」

「なんでお前基準で俺が夢を変えにゃならんのだ。ほっといてくれ」

私の言葉を受けて二人の会話が続いた。私のぎこちない動きと態度をさほど気にされてはいないようで、ほっと胸を撫で下ろす。

いつから、だろうか。彼のことを意識し始めたのは。



私は色恋沙汰とは無縁の生活を長く送ってきてはいたが、決してそういったものに鈍感なわけでも、まったくの無頓着というわけでもない。

これまではただ、そのほとんどが好意を向けられる側だったというだけ。

私が認めたくない、見下していると言ってもいいのは、私のことをよく知りもしない、話したこともろくにないのに外見だけを見て、私に好きだとか言ってくる輩の言うところの好意だ。

そんなものにはなんの価値も興味もないが、ちゃんと相手と話し、その人となりを知り、時間をかけて育んだ上での好意というものは私にだって理解できる。そうでないものは認めないし、認めたくない。

だから、ある過去の経験から人との対話を半ば拒絶してきたに等しい私はそういうものを受け入れることはなく、そして他人に向けるということもなかった。

けれど私は二年生になってから奉仕部として彼と、彼女と、それなりに長い時間を共に過ごし、多くの記憶や経験を共有してきた。

決していいことばかりではなかったが、それも含め私にとって貴重な財産とも呼べる、大事にしたい宝物のような記憶だ。

彼と過ごす時間が長くなるにつれ私の信念や思い、心は無自覚に彼に引かれ、惹かれていった。

それがいつからかと聞かれれば、最初からと答えるほかない。私は彼と出会ってから、そこから全てが始まったのだから。

彼との出会いが私に変化をもたらした。いや、回帰と呼ぶべきかもしれない。

異性としての感情を朧気ながらも自覚したのは、おそらく修学旅行が初めてだったのではないかと思う。

夜の京都を宿泊先まで二人で歩いて帰ったあのとき、私は確かに、彼にどこまでもついていきたくなるような、決して置いていかれたくないような、そういう感覚があった。

知らない街で知らない道を歩いていた。私は特別方向音痴というわけではないが、夜道に限らず未知のものに対してはまず戸惑いが先行する。標がなければ一歩を踏み出すのに躊躇する。

そうして迷い戸惑う私を先導するように歩く彼の姿は頼もしく、私が追うべき新たな光のようにも感じた。

だからこそ、そのあとの出来事に、彼のやったことに私の心は千々に乱れた。

彼と私が共有していると考えていた唯一のもの、それは共有などできていなかったと。

ただその考えは後になってから明確になったことで、あの出来事を目の当たりにしたときは得体の知れない不快感でしかなく、言葉にはできなかった。

その感情の本質は、本物ではないとはいえ、彼が他人に告白をするという行為に耐えがたい嫌悪感を抱いたということだったのだろう。

修学旅行から戻って部活を再開し、そこで願いを、祈りを込めてから彼に再度問いかけた。あなたの答えは、やり方はそれでいいのかと。

彼の答えは変わらないというものだった。そのとき、深い失望が私を襲った。

だが、他人に勝手に期待して、勝手に裏切られたと感じた、その醜悪で手前勝手な私の思いが一番おぞましいものだとも思った。

そんな中、一色さんからの依頼が舞い込んだ。



「はー、それにしても雪ノ下先輩と結衣先輩がカップで、わたしと先輩が紙コップというのは気に入りませんね」

その一色さんが不満を漏らす声で思考の渦から現実に引き戻された。

「先輩はヒラだからそれでいいにしても……。わたしもティーカップ買ってこようかなー」

「おい、役付きと庶務を差別すんなよ。つーか紙コップ安いしいいだろうが」

「えー、これ耐熱でもないから、熱くて持ちにくいし不便ですよぅ」

「一色さんも持ってきて構わないわよ。このあと比企谷君のも買いにいくことだし」

「え、そうなんですか?誰とです?雪ノ下先輩と二人で?」

「あたしも行くよー」

由比ヶ浜さんが濡れたハンカチを手に部屋に戻り、すぐさま会話に参加する。

「三人で行くってことですか?」

「そうそう。ヒッキーだけ紙コップだとウォーキングコスト?がよくないんだよ」

一色さんが呆けた顔で首を捻る。というか由比ヶ浜さん自身も首を捻りながら話している。ニュアンスは伝わるかもしれないけれど、そんな言葉は存在しないわよ。

「歩くなよ、走れ走れ。ランニングコストな。まあ走るって意味でもねぇけど」

「んん?じゃあパパがYシャツの中に着てるやつ?ほらヒッキー、冷やすから手貸して」

「ん、あ?おお?」

比企谷君は由比ヶ浜さんに手を取られ、患部をまじまじと眺められている。

「ここ?痛い?」

「す、少しだけ」

ちょっと比企谷君、なんでそんなにどぎまぎしているのかしら。

「先輩も紙コップじゃなくなるんですかー……ほほー……。雪ノ下先輩、わたしも一緒に買いに行っていいですか?」

手を取り合って赤くなっている二人に視線を送っていると、一色さんに話しかけられ目をどちらに向けるべきか迷ってしまった。

「え、ええ。別に構わないわよ」

ここまで話して一色さんだけ除け者というのも可哀想だ。彼女からそう言っているのに、断るわけにもいかないだろう。

「よかったー、ありがとうございます。じゃあ部活終わったらまた生徒会室来ますねー。あ、紅茶ご馳走さまでした」

「わかったわ」

一色さんは最後にそう言うと、まだ手を取り合ってごそごそやっている二人を尻目にぺこりと頭を下げ生徒会室から出ていった。

「よっし、できたー」

「いや、大袈裟だし恥ずかしいわこんなの……。すぐ乾いちゃうしこれ」

「いいじゃん、可愛いし。乾いたらまた濡らせばいいだけ!うっわ超便利ー」

比企谷君の手を見ると、火傷をした指に由比ヶ浜さんのハンカチが巻かれていた。

女物のハンカチというのが不釣り合いではあるが、遠目に見れば包帯に見えなくもない。

「えー、そんな発明みたいに言われてもな。これいつ返せばいいんだ」

「ほ、欲しかったらあげる……よ?」

「いや、なんでだよ、返すから……。じゃあ明日返す、洗って」

「あ、そう。洗うんだ……」

「そりゃ洗うだろ。そのぐらいの常識はあるぞ」

微笑ましい…………そう、微笑ましい光景だ、と思う。私の心はこれまでと変わらず乱れたりはしない。

なぜなら、彼と私は理解し合えているから。



一色さんの依頼はきっかけになると思った。

私はまだ自身の仄かな恋心もあり、諦めたくはなかった。

彼のやり方はまちがっていると、彼が曲げてしまった信念を私はまだ持っているのだと示し、何度でも問い直そうと思った。

ほとんど意地と呼んで差し支えないものでもあったが、彼のやり方を否定することから始めて、お互いで別の手段を取ることにした。

そして私なりの解決策を探ったものの、いい案は特に思い付かなかった。

その結果、したくはなかったが仕方なしに葉山君に生徒会長の打診をすることに決めた。

葉山君からその話をしようと呼ばれた場所で姉に会い、そこで言われた言葉。

てっきり生徒会長をやるものと思ったけど、結局人に押し付けるんだ。あなたはなにもやらなくていい、人が全てやってくれるもんね。

その言葉が挑発の類いのものであることは明白で、そのまま乗るのは癪ではあったが、それからもう一度よく考えることにした。

私が欲しいもの。目指すもの。姉が持っていないもの。彼も持っていないもの。

私が救いたいもの。

そのために私がすべきことはなにか。それがあれば私も自分に自信が持てるようになるだろうか。

そうして、私は生徒会長になる決意をした。

一色さんからの依頼を最も合理的に解決でき、私の意思を彼らに示すこともできる。

私はこういった理由で生徒会長をやりたいのだとは言わず、やっても構わないと彼らに言った。

これで二人には伝わるはずだ。全てを言わなくても私たちは理解し合えるはずだ。

だが、比企谷君と由比ヶ浜さんは反対の意向を見せた。由比ヶ浜さんは奉仕部がなくなるのではないかと、そういった危惧をしているようだった。

だが私は奉仕部がすぐになくなることになるとは思わなかったし、もし仮に奉仕部がなくなったとしても、奉仕部という居場所がなかったとしても、一緒に居られる建前や理由がなくても、まだ繋がっていられると考えていた。

奉仕部がなくなった時点で関係が終わってしまうのであれば、私たちはそれだけのものでしかなかったということだ。私の定めた信念はそう言っている。

翌日、彼の口から告げられた提案に、私は安堵と驚嘆と愉悦がない交ぜになったような、言葉にし難い感情を覚えた。

そんな考えは私の頭になかった。だが、彼は私の考えを理解してくれたのだと思った。

彼は私が自分の意思で生徒会長になろうとしていたことをわかってくれた。

そしてその上で、私だけに負担を負わせたくないと、傍にいたいと三人での居場所を作ろうとしてくれた。

奉仕部の活動という建前がなくても、居場所がなかったとしてもと私は思っていたが、彼とまた時間を過ごせることを考えると、その甘美にも思える提案が嬉しくないはずがなかった。

その歓びの前では、この居場所を求める行為は欺瞞ではないかという疑念は覆い隠されて、押し潰されてもう見えなかった。

そうして今に至るわけだがその渦中、私がまったく予想していなかった行動に出た人間が他にも二人いた。

葉山君と一色さんだ。二人とも生徒会に入るとは思いもしなかった。

一色さんについては空きとなっていた書記に城廻先輩が引き入れたらしいので、それは気にしていない。

ただ、私の応援演説をすることを一度は受けていた葉山君が、それを翻してまで生徒会に入ろうとしたのは不可解で理由がわからない。

彼が応援演説をやめ立候補すると私に伝える前にした、最後の会話を思い返す。

「生徒会選挙のことだけれど、予定通りよ。応援演説、宜しく頼むわね」

「わかったよ。本気なんだな」

「ええ。私は生徒会長になるわ。由比ヶ浜さんと比企谷君も生徒会に入るつもりだそうよ」

「…………そう、なのか」

「ええ。今やっている奉仕部の活動が生徒会と兼任になるというところかしら」

「誰からの提案なんだ?」

「……比企谷君よ。彼は私の意思を汲んだ上でそうしようと考えてくれたの」

「君の意思、か。なるほど。また連絡するかもしれない」

翌日、葉山君は私の応援演説をやめ、生徒会長以外の役職に立候補すると伝えてきた。

当然、何故そうするのかと問うてはみたが、自分にできることをやるだけだよと、真意かどうかすらわからない答えしか返ってこなかった。

迷惑ならやめるとも言われたが、彼が自らそうしようとしているものを私にどうこう言える権利があるはずはなく、そうして彼は副会長の座についた。

やりにくいというのはなくはないが、私はどうせほとんど誰でもやりにくいと感じそうだしそこは問題ない。

加えて実務能力の高さは言うまでもないが、やはり運動部の部長ということだけが唯一の懸念だった。

けれど副会長となれば生徒会長ほどの責任はないし、生徒会長である私さえしっかりすれば彼の負担は減らすことができる。

ただ、彼は責任感もあるから私に任せて丸投げということはしないだろう。それに彼は私と違って器用だし、人も使える。私の懸念など歯牙にもかけずうまくこなすに違いない。

葉山君との会話の中で、彼がその決断をしたきっかけとなるものを探すなら───やはり、比企谷君だろうか。少なくとも私ではない。そう言い切れる。

彼と私は、既に昔に終わっているからだ。

彼は自らの在り様をはっきりと決めているし、私も深く関わる気はもうない。ただ家の付き合いがあるから、関係が切れるということもないが。

なんにせよ、彼の口から真実を語るまで正しいと思える答えなど出ない。そして彼が私に真意を言うこともないだろうから、私にはきっとわからないままだろう。

ならば考えるだけ無駄だ。彼のことは一人の生徒会役員として、これまで通り特別なことは何もなく、自然に振る舞えば問題ない。



一色さんがいなくなってからはいつもの奉仕部のような時間に戻った。

静かに穏やかに時間が流れ、そろそろ終わりにようと口を開きかけたところで生徒会室の扉が開いた。

「やあ」

「あれ?隼人君どしたの?」

「うす。なんの用だよ」

「はは……一応俺も生徒会のメンバーなんだけどな。というか、いろはから聞いてないか?」

「一色さんから?」

彼女とは確かに一緒に買い物に行くと話したが、葉山君のことは何も言っていなかったような気がする。

「俺はいろはから生徒会で買い物に行くって聞いてきたんだけどな……。いろはもすぐ来るよ」

「はぁ……そういうことね。わかったわ」

内心渋々ながらも了承の意思を伝える。こういう状況になって今さら葉山君とは行かないなんて言い出せるはずがない。

一色さんは葉山君と出掛けたいがためのダシに使ったということだが、怒る気にはなれなかった。

葉山君も比企谷君と同じように、こういった建前のようなものを用意しないとなかなかに誘い辛い人間だということを私は知っているから。

「え、なになに?いろはちゃんと葉山君も行くってこと?」

「そうなるわね」

「そうなのか、聞いてねぇぞ俺」

「葉山君に関しては私も初耳よ。一色さんが行くというのはさっきここに来たときに言っていたじゃない」

「聞いてなかった……」

それに由比ヶ浜さんがあたしも、と同意した。そうでしょうね、二人で集中していたから聞こえなかったのでしょうね。少しだけ拗ねたい気持ちになったが、すぐに意識して抑えつける。

「また大所帯だな……。俺帰っていい?」

心底うんざりした顔で比企谷君は話す。

「ダメに決まってるじゃん。もともとヒッキーのを買いに行こうとしてたんだよ?」

「そうよ。あまり考慮する気はないけれど一応あなたの意見も聞かないと」

「じゃあ聞く意味ねぇじゃねえか……」

「先輩がた、お待たせでーす。では行きましょうかー」

遅れてやってきた一色さんが音頭を取り、各々が帰り支度を始める。私は生徒会室の鍵を返却すると、五人で学校を後にした。


葉山君も含めて、こうやって一緒の目的地に向かって歩くのはどれぐらいぶりだろうか。昔はそういったこともあったが、今となっては遠い過去の出来事だ。

「ところで、何を買いにどこに行ってるんだ?」

私と由比ヶ浜さんの前を歩く葉山君が、後ろに向かって尋ねた。横には一色さんがくっつくように並んで歩いている。

「んーとねー、生徒会室でよくゆきのんが紅茶淹れてくれるんだけどね、ヒッキーはずっと紙コップだったからそろそろティーカップとか買おうと思って」

「そういうことです。先輩がちゃんとしたやつで飲むのに、わたしと葉山先輩が紙コップなんて許されませんよね」

「あ、俺のも買うつもりなのか?」

「そうですよー。そう思って来てもらったんですから」

「なるほどね。それにしても雪乃ちゃんの淹れる紅茶とか、久しく飲んでないなぁ」

あまりに自然だったので私は一瞬気付くのが遅れた。由比ヶ浜さんは私に驚いた視線を送り、一色さんははわわっと変な声を漏らして戸惑っている。

最後尾で自転車を押している比企谷君は、葉山君を無言で見つめていた。

「っと、比企谷はどんなの買うつもりなんだ?」

葉山君は咄嗟に話題を変えようとした。おそらくこの場ではこれが最善だ。無言になるのも不自然だし、慌てて取り繕うのはもっとおかしい。

説明したところで納得するかは聞き手次第だから、なかったことにして時間が記憶を薄れさせるのを待つのが賢明だろう。そもそも自分が思うほど気にされていない可能性もある。

「……あー。俺のなんだけどな、俺の意向はあんま考慮されんらしい。その二人にお任せだ」

「……ま、任せてよ!いいの選んだげるから」

「なんだよその謎の自信は。……不安しかねぇな」

「ヒッキー、失礼だよ!もう超可愛いの選んでやるんだから」

「あ、葉山先輩のはわたしが選んであげましょうか?」

「そうだな。いろは、頼むよ」

皆が口々に話し始め、不穏なものになりかけた空気を一掃する。私にも追求の言葉が及ばないのは助かった。

それにしても、雪乃ちゃんなんて家族で会うときだけで、それ以外では一貫して名字呼びだったのに、葉山君はどうしたんだろう。

「ね、ゆきのん」

由比ヶ浜さんがこそっと話しかけてきたので、考えるのをやめて意識を彼女に向ける。

「どうしたの?」

「ヒッキーのだけどさ、お金も半分こだから選ぶのも半分こにしない?」

「どういうことかしら」

「たとえばさ、形はあたしが選んで柄はゆきのんが選ぶとか」

公平かと言われると首を傾げたくなるが、こんなことで揉めたりしたくないという由比ヶ浜さんらしい気遣いを感じた。

「…………そうね、そうしましょうか。多少いびつでも比企谷君はそんなに拘りはなさそうだしね」

「よかった。ありがとね、ゆきのん」

「別にお礼を言われるようなことではないわ」

そう。こんなことはお礼を言われるようなことではない。

むしろ私が由比ヶ浜さんにいろいろとお礼を言わないといけないのに、これまで素直になれずなかなか伝えられていない。

由比ヶ浜さんは私にはできない気遣いができる。私が今こうしていられるのは彼女の尽力によるところも大きい。

私が他人と比較してわかるのは、自分が如何に欠落した人間であるかということだけだ。

ここにいる誰もが、私にはないものを持っている。

そして私は自分に失望する。

だから、私はここにいる誰しもに嫉妬にも似た羨望を抱く。

私は彼らが、彼女らが持ち得ないものをひとつでも持っているのだろうか。生徒会長になれた私は、何かを得られるのだろうか。

それはまだ、今はわからないことだった。



そのまま五人でとりとめのない会話をしながら、学校から歩いていける距離の、駅近くにある複合商業施設へ向かった。

ここなら生活雑貨のお店もいくつかあるので、手頃な値段のものも見つかるだろうと一色さんと由比ヶ浜さんが言っていた。

目当ての店があるフロアに辿り着くと、みんなが散り散りに別行動を始める。協調性があるんだかないんだかよくわからない。

私も含め各人は一部ずつ重なりあう部分を持ってはいるが、その中心までは重なりあわない程度にバラバラの個性を持っているということなんだろうか。

葉山君は一色さんに付き添うように、比企谷君は由比ヶ浜さんに引っ張られるようにしてそれぞれ別の店に入っていった。

私は取り残された形だ。このまま立っていても始まらないので、私も由比ヶ浜さんの入った店へ行くことにした。

一緒に選ぶと言っていたのだからそのほうが良いだろうと思ってのことだ。

彼女たちは店に入って右奥から見ているようだったので、私は左奥から見ていくことにした。そうすればいずれ中央付近でぶつかるだろう。

ティーカップやマグカップを探すついでに、いろんな雑貨を眺めたりしていると由比ヶ浜さんの声が聞こえてきた。私はあまり進んでいないから、二人がどんどんこちらに向かって来ているということだ。

商品棚を挟んで向こうの通路に居るようだが、棚と商品に遮られていて姿までは見えない。

「あ、ヒッキーこれなんかどう?」

「湯呑みで紅茶飲むのかよ。さすがのセンスだな」

「でしょー?えへへ」

「いや、全然褒めてねぇから……」

「え、そうなの?でもさー、ヒッキーにティーカップって全然イメージないんだよね。ぶっちゃけ似合わないというか」

「まぁそれは確かに。つーか紅茶があんまり似合わん気がするな。俺はせいぜいマグカップにコーヒーだし」

「じゃあ湯呑みでもいいじゃん」

「じゃあ、の意味がわからんが、まぁ別に……。湯呑みつっても結構いろんな柄あるな、どれにすんの?」

「それはゆきのんと相談して決めるよ。ゆきのん探してこないと。どこかな、葉山君と一緒かな?」

聞くつもりはなかったけれどはっきりと聞いてしまった。聞いて問題のある会話だとは思わないが、ここにいたと知られたら若干気まずいかもしれない。

そう思って離れようとしたけれど、また声が聞こえてきたので、私の足はピタリと止まってしまった。

「あ、由比ヶ浜」

「ん?」

「あー、そのうち暇な日って、あるか?」

「え?あ、う、ん。大体暇、かな。…………どしたの?」

「クリスマス、近いだろ。あの、あれだ……小町へのプレゼント的なやつ、選ぶの付き合ってくれるか」

「…………あたしだけで、いいの?」

「ああ。これは……それでいいんだ」

「そっか……。わかった。どこいくの?」

「ま、まだ決めてない。また伝える」

「……うん。待ってる、ね」

「……おお」

最後まで聞いてしまった後で、静かにその場から離れた。

姿は見えなかったので声だけだが、見なくても二人の姿が想像できた。

頭の中でその想像の姿と先ほどの二人の声が重なると、私の胸に締め付けるような痛みと焦燥感が沸き起こる。

私は彼とようやく一部でも理解し合えたと思っていた。だが、私がそれを由比ヶ浜さんに話していないように、彼女も比企谷君と二人だけで積み上げてきたものがある。

そんな当たり前のことにようやく気がついた。いや、そうではない。

ずっとわかっていたことなのに、私が自分の恋心を自覚してからは考えないように、見ないようにしてきただけだ。

私はこの感情の処理の仕方を知らない。他の人はどうしているのだろう。

どうしたらいいかわからないので、離れた場所で偶然見つけたティーカップを手に取り眺めていると、由比ヶ浜さんが私を探しにやってきた。

「いたー、ゆきのーん。お、ティーカップだ。それゆきのんのオススメ?」

「あ、いえ、そういうわけでは……。たまたま見つけたから手に取っただけよ」

先ほどの会話を私に聞かれていたことには気がついていないようで、少しだけ安堵する。

「あ、そうなんだ。じゃあこっち来てよ。良さげなのあったからゆきのんに柄を選んでもらおうと思って」

由比ヶ浜さんに引っ張られて比企谷君の待つ、二人が話していた場所に連れて行かれた。会話から知ってはいたが、そこで見せられたのは湯呑みだった。

「ゆきのんどう?これ」

自信満々の顔で紹介しているが、どこからその自信が湧いてくるのか私にはわからない。

「……湯呑みね」

「……湯呑みだよな」

「比企谷君はこれでもいいの?」

「ああ、俺なら別に構わんぞ。重さもあるし紙コップよりはいいんじゃねぇの」

「……どうしようかしら。飲むのは紅茶なわけだし……」

「ゆきのんいいじゃーん、これにしようよー。ヒッキーにティーカップなんか似合わないって。湯呑みで啜ってるほうが似合ってるよヒッキーには」

「そ、そう、それもそうね。これにしましょうか。柄は……いろいろあるわね」

たくさんある湯呑みを見比べていると視線を感じた。横を向くと、比企谷君が呆けたような顔で私に目線を送っている。

「……なにかしら?」

「あ、いや。なんでもない」

「ゆきのん、こっちにパンさんみたいなのあるよ?」

「なんですって?」

ディスティニィーの公式ストアでもないのに、こんなところにそんな商品があるわけがない。そう思って見に行くと、やはり似ても似つかないような偽物だった。

「由比ヶ浜さん」

「なに?」

「あなたにはこれがパンさんに見えるのかしら?海賊版とかですらない、ただのデフォルメされたパンダじゃない」

少しの怒気を込めてとつとつと話す。目付きの悪いパンダの絵を全部パンさんと同じにされるのはパンさんフリークとしては見過ごせない。

いや、パンさんの目付きは悪くないし、私は言うほどフリークでもない。…………たぶん。

「ご、ごめんゆきのん。そんな怒るとは思わなかったよ……。でもさ、これはこれでなんか可愛くない?パンさんとは違うけど」

「……そうね、この目付きの悪さは誰かさんにどこか似ていて、愛嬌があるわね」

ちらと比企谷君に横目を向ける。

「人の顔見ながら目付き悪いとかやめてくれる?」

「あら。それは気のせいよ。本当にこれにしようかしら、どう?」

「いいんじゃないかなっ」

「俺はお前らに任せるつもりだし、それでいいよ」

「じゃあこれにするわ。由比ヶ浜さん」

二人でレジに行ってお金を支払い、比企谷君に湯呑みを渡す。

「はい、あなたのよ」

「そんな高いものじゃないけど、大事にしてね」

「おお……。ありがとな、二人とも。なんかお返し考えとくわ……」

顔を赤くしながら受け取り、手元の贈り物を眺める彼の姿がふと、いとおしく見えた。

「いいのよ。そんなことは気にしないでも。ちゃんとしたものでもないのだし」

今回は私と由比ヶ浜さんからの、二人の贈り物だから、これで。

いつか、私と彼でディスティニィーに行ったときには、正規品のパンさん湯呑みを買ってプレゼントしようと、そう思った。

そんな日がくるなんて、自分は想像できないけど。

それでも、いつか。


買い物を終えて店を出ると、葉山君と一色さんが談笑しながら待っていた。二人とも目的のものはもう買い終えたようだ。

「ごめーん、二人とも待たせちゃった?」

「いえー、そんなに待ってないですよ。わたしたちも買い物ちょうど終わったとこです」

「そっか。ねぇ、みんなついでにご飯食べて帰らない?まだ生徒会全員でそういうのやったことないしさ」

由比ヶ浜さんが皆を窺うように上目づかいで控えめに話す。

確かに、このメンバーは全員顔見知りで繋がりはあるが、特別仲良しという感じではない。半分は比企谷君と私のせいという気もするけれど。

「確かにそうだな。俺は別に構わないけど、みんなはどう?」

葉山君が由比ヶ浜さんの提案に乗り、各自に促す。

「わたしもオーケーですよー」

「私も問題ないわ」

四人の視線が比企谷君に向かうと、彼は若干たじろいで口を開いた。

「……わかったよ、行くよ。全員で俺を見るなよ……」

「そうか、じゃあどこに行く?比企谷?」

葉山君が比企谷君に尋ねることに疑問を覚えた。彼がこういうことを得意でないことは知っているだろうに。

「…………俺に聞くな。お前が決めろよ」

「そうだな。じゃあ…………サイゼでいいか?みんな」

葉山君はなにかを含んだように、少しの笑みを浮かべて提案した。比企谷君は苦虫を噛み潰したような表情をしている。

「うん、いいよー」

「なんか葉山先輩らしくないですね……。でも、わたしは先輩たちが行くならどこでもいいですよ」

「私も構わないわよ」

皆が了承の意思を伝える。

「じゃあ、行こうか」

葉山君はにっと笑って比企谷君に顔を向ける。比企谷君はそれを見て、ふっと諦めたように薄い笑顔を作って歩き始めた。

二人だけがわかっているようだが、先ほどのやり取りのどこに可笑しいところがあったのだろうか。

きっと、彼は彼で、私の知らないところで、いろんな人と記憶を共有しているというだけのことだ。

比企谷君の知らない部分を知る度に増すのは、私だけが置いていかれるのではないかという不安。

彼を好きになればなるほど、それを自覚すればするほど、私がなろうとする私から離れていく。

そんな不安が押し寄せてしまったから、五人で食事をしている間も私だけが会話に乗りきれないような気がして、少し申し訳ない気持ちになった。

せめて生徒会長としては迷惑をかけないよう、きちんとこなさなければ。私が自分の意思でそうしたのだから。

そして翌週、新生徒会として初めての仕事を平塚先生から告げられることになるのだった。


☆☆☆

ここまで

文章量さほどでもないのに超時間かかったし疲れた
ゆきのんむずい

ようやく半分いったかな?ぐらいでしょうか

またそのうち


がっつり投稿嬉しいです

面白い

乙です

こんなに素晴らしいのにこんだけしかレスつかんのか
みんな台本しか読んでねーのかな
雪乃の内面にここまで踏み込んで描写してるの初めて見たよ
更新楽しみにしてます

『奉仕部の三人は居酒屋について考える』に見えてワクワクしながらスレ開いたからガッカリしたww

奉仕部メンツに一色と葉山を生徒会にぶち込むとか天才かよ


続き楽しみ



生徒会メンバーでの食事を終えて家に帰ると、もう割と遅い時間になっていた。

夜空は冷たく澄みわたり、突き刺すような乾いた空気は本格的な冬の到来を俺に告げている。

手袋なしで自転車を漕いでいたので手がかじかむ。けれど火傷をした指だけはハンカチが包帯のように巻かれたままなので冷たくはなかった。

「たでーま」

「おきゃーり」

リビングに入ると炬燵で寝転がっている小町から返事が返ってきた。小町は勉強する素振りを見せて参考書を広げてはいるが、寝そべっている状態でまともに頭に入る訳がない。

しばらく前までは挨拶すら返ってこない日々が続いていた。目どころか顔もろくに合わせることはなく、家がまるで針のむしろのようだった。

こうして小町からおかえりと言われるだけなのに、なんという安心感。

やはり違和感なくそこにいられて心の安らぐ場所でなければ、自分の居場所とは呼べないのではないだろうか。



修学旅行から戻ってきたあと、自らへの苛立ちから八つ当たりにも等しい態度で小町と接して衝突し、久しぶりに本気で怒らせたのは記憶に新しい。

それから生徒会選挙を巡るゴタゴタもあったもんだから考えることが多すぎて、というか自分のことばかり考えていて小町と仲直りするどころではなくなってしまった。

しばらく小町と冷えきった夫婦(想像)のような関係になり、我が家での居心地がとても悪いものになったことは心底堪えた。

小町の優しさはいつも当たり前のようにそこにあったから、だからこそ、なくしてからその大切さが身に染みた。

八幡殺すにゃ刃物はいらぬ、小町の冷遇あればいい。いや刃物でも余裕で死ぬけど、ほんと死ぬほど気まずかった。家は俺の安息の地じゃなくなったのかと思った。

だから由比ヶ浜と雪ノ下と、生徒会選挙の話をつけたその日の夜に、額を床に擦り付けても構わないぐらいの気持ちで小町に謝ることにした。

実際にそんなことはしていないけど、そのぐらいの気持ちで。

謝る俺を見る小町の視線は冷たかった。それでも自分が蒔いた種だと、その視線を意地でも逸らさずにいると、小町はゆっくりと口を開いて一言だけ告げた。

「……じゃあ、ちゃんと話して」

進んで言いたいことではなかったが、諦めて全てを話すことにした。修学旅行で俺のやったことから始まり、一色の依頼、雪ノ下と由比ヶ浜の決意、俺の提案。

全ての出来事は俺の目を通した上での印象しか語れないのだが、小町はそれでも由比ヶ浜や雪ノ下のことを慮って気持ちを読み取ろうとしていたようだ。

修学旅行に関してはやはり俺が悪いと。そして最初に俺が考えた一色の依頼の解決方法もまちがっていたと。

だが、雪ノ下と由比ヶ浜の決意を受けてから俺のとった行動はまちがっていたとも正しかったとも言われず、小町は少しだけ寂しそうに呟いた。

「そっか、奉仕部は生徒会と一緒になっちゃうんだ……」

「そうなるな」

「それがいいのか悪いのかはわかんない、かな。でもね、お兄ちゃんがちゃんと結衣さんと雪乃さんのことを考えて動いたことは、まちがいじゃないよ、きっと」

俺は返事ができなかった。そもそもの発端は俺が認めたくないという、ただの子供の我儘のような思いだったから。

あいつらのことを考えたかと言われると、考えていなかったわけではないが、どこまで考えていたのか今となってはあまり定かではない。

それに、この選択はまちがっていないかと何度も内に問い掛けた結果ではあったが、まちがっていないというだけで正しいとは自信を持って思えなかったから。

だが打ち明けたことで小町と仲直りはでき、挨拶が返ってくる平穏な我が家を取り戻すことができたのだった。



「はー、さぶいさぶい」

冷えてしまった足を炬燵に入れながら手を擦り合わせて暖めていると、小町がむくりと起き上がる。

「あれ、お兄ちゃん何その指。怪我したの?」

おおう、さすがにめざといですな小町さん。というか、俺もこんなものいつまでつけっぱなしにしてるんだ。大した怪我でもねぇのに。

「あ、これか……。いや、ほんと大したことないんだけどな。ちょっと火傷した」

「火傷って、何したの。火遊びはやめなさいっていつも言ってるでしょう」

「言ってねぇだろがそんなこと。それに火遊びじゃねぇ。雪ノ下に紅茶かけられたんだよ」

「…………雪乃さんに何したの、お兄ちゃん。怒らないから言ってごらん?」

小町は心配そうにしながら俺を諭すように話している。いや、攻撃されたみたいに考えてるんだろうけど、そんなことないからね?

「なんなの、今日はお母さんキャラなの?つーかただの事故だ事故。変なことはなんもねぇよ」

「なんだ。失礼なこととか卑猥なことして報復されたのかと思っちゃった」

やっぱりか。なんだ卑猥なことって。そんなことしたら軽度の火傷ぐらいじゃすまねぇよ。

肉体的にはともかく、主に精神に深い傷を負うことになるのは間違いない。あと社会的なダメージがひどいことになる。

「……雪ノ下はそんなことしねぇだろ。あとお兄ちゃんのイメージ低下するようなこと言うのはやめてね小町ちゃん。あ、これ洗っといてくれよ」

律儀につけっぱなしにはしてはいたが、冷やすという当初の目的はとうに果たせなくなっているハンカチをほどく。少しだけ名残惜しいような何かを感じたのは気のせいだ。

「ん、んん?それ包帯じゃないじゃん。ハンカチ?」

「そうだな」

「……誰の」

「…………由比ヶ浜の」

「はぁー、ふぅーん、へぇー」

小町はテーブルに置かれたハンカチと俺の顔を、にやついた目で見比べながらうんうんと頷いている。

「なに、その顔は。ちょっとムカつくんですが」

「いやいや、これは喜んでるんだよ。なるほどねー、生徒会でもよろしくやってるんだねー」

感心したように話してるけどなんなんだよ、よろしくって。ブラックジャックに?やだ俺もしかして病気なの?たぶん病気だろうな、頭の。

「まぁ、ボチボチはやってる。まだ生徒会としては何もしてないから部活と変わらんな」

「そっかー、ちゃんと部活動もやれてるんだね。まあお兄ちゃんたちが楽しそうなら小町はそれでいいや。…………このままいけばそのうち進展もありそうだしっ」

ぽしょっと付け足すように呟いた最後のほうの言葉は聞こえなかった。耳に入ってはいたが意識が聴覚に向かっておらず、ちゃんと言葉として認識できなかった。

その前の言葉に引っ掛かりを覚えたから。

俺は今の学校が、あの生徒会が楽しい。そのはずだ。俺が望んで、三人の居場所を作るよう持ちかけて、それが実現したのだから。

それなのに、そのはずなのに、手放しで喜んではいない俺がいる。そのことを頭のどこかでわかってはいたが、自覚して理解してしまうのが恐ろしいことのように思えた。

「じゃあこれ洗っとくね」

「おう、頼む」

機械的な返答をしてから風呂に向かい湯船につかって考えてはみたが、結局自分でもその理由はよくわからなかった。

火傷をした指をお湯につけると、少しだけしみるような痛みがあった。


一一一


「他校と合同でクリスマスイベント、ですか」

貴重な昼休みに平塚先生によって生徒会室へ集められ、何の話があるのかと思えば新生徒会としての初仕事のことだった。

できれば仕事などないままずっと静かに過ごせればと思っていたが、やはりそうもいかないらしい。

もう仕事という言葉というか、字面に悪意とか邪気とかそういったものを感じる。仕事ってこの世の災厄なんじゃないですかねこれは。

「そうだ。露骨に嫌そうな顔をするんじゃない比企谷。と、一色」

平塚先生に言われて一色のほうを見てみると、そんなの聞いてないんですけどー?とでも言いたそうに不満をあらわにしている。態度悪いなー。人のこと言えないけど。

「えー、だってクリスマスですよ?わたし予定入るに決まってるじゃないですかー?」

未来形かよ。ってことはまだ予定はないってことか。それでも入るって断定するあたり、こいつクリスマスは毎年誰かと過ごしてるのか?けっ、ゆるほわビッチめ。

「知らねぇよ、お前の予定なんて」

「先輩だって不満そうじゃないですかー。え……もしかして先輩、クリスマス予定ありですか?」

もしかしてってなんだよ。クリスマスなんか毎年予定あるよ、超ある。小町とチキン食べたりとか。でもそんな幸せをわざわざ教えてやらなくてもいいだろう。悔しくなんかないし。

「俺はクリスマスに限らず今も昔も未来も常に仕事したくねぇんだよ」

「うわぁ、ダメ人間だ」

「うるせぇよ」

「実際にあたしたちは何をするんですか?」

俺と一色の短い言葉のキャッチボールもといぶつけ合いが終わるのを見計らって由比ヶ浜が尋ねた。

「それはまだ決まっていない。まずは先方と話し合って何をするか決めるところからだな」

えー、丸投げ?漠然としすぎじゃないですかね……。

「そんなの高校生に任せて放置でいいんですか?」

「教師として最低限の監督は行うが……基本は任せることになる。両校で交流して親睦を深める、というのが目的でもあるからな」

相手の海浜総合高校は確かどっかとどっかが合併した結果、やたらでかくてハイテクな進学校になったはずだ。

偏差値的にはうちのほうが高いはずだが、どんな校風なんだろうか。

「地域のお年寄りと子供相手のイベントね……。何ができるのかしら」

雪ノ下は顎に手をやりながら考えている。

雪ノ下にとっては生徒会長として初の仕事だから、俺なんかよりもずっと成功させたいと思っていることだろう。

だが俺が他人との調整事で役に立てるとはあまり思えないから、あまり力にはなれないかもしれない。

人がたくさんいると空気になるし、知らない人が多いとそれはさらに顕著になる。

「当然ある程度の予算は出るが、日程的にも人員的にも猶予はあまりない。それほど大それたものはできないだろうが、話し合ってうまくやってくれたまえ」

うまくやれ、ね。前も言われたことがある。何も決まっていないのであれば、平塚先生もこれ以上言いようがないということだろう。でもなぁ……。

「合同ってのがまためんどくせぇな。せめてフィーリングの合うやつらだと楽なんだけどな」

「心配いらないわよ。あなたと合う人間なんてそういるわけがないのだし」

雪ノ下は皮肉っぽく微笑んで俺に目線を向ける。いや、お前も人のこと言えねぇだろ。

「何がどう心配いらないんだそれは。というかだな、生徒会長さんも結構合う人少ないと思うんですがね」

「…………否定はしないわ」

「いや!そこは否定してよゆきのん!?」

今のやり取りを見て葉山と一色は苦笑いを浮かべていた。平塚先生の表情は変わっていない。

「大丈夫よ、由比ヶ浜さん。生徒会としての初仕事なのだし、しっかりやらないとね」

「う、うん。あたしも頑張るよっ。会計は何するのかわかんないけど……」

おいおいガハマさん、予算管理はあなたの仕事ですよたぶん。

まぁ由比ヶ浜は雪ノ下の相談相手になれるだろうし、この生徒会においての重要度はおそらく生徒会長の次に高いと俺は思っている。

「そうだねー、初めは大変だろうけどしっかりね、雪ノ下さん。いいなーみんな楽しそうで、わたしもまだ生徒会にいたかったなぁ」

めぐり先輩がほわっとした発言をして場をさらに和やかなものに変える。さすがめぐりんパワー。果てしないリラクゼーション効果である。

いやいや、なんでここにいるの?

「誰も突っ込まないから俺が言うけども……なんでめぐり先輩がいるんですかね……」

「やっほー比企谷くん」

にぱっと笑って俺にひらひらと手を振る。ああ、癒される……じゃなくて。

「わたしはちょっと私物を取りに来ただけだよー。そしたら話してたからこそっと聞いてたの」

「はぁ、なるほど。こそっととか言いながら堂々としてますけどね」

実はめぐり先輩は最初から席に普通に座って、ふんふんと頷きながら話を聞いていた。傍から見ればどう考えても生徒会メンバーである。

「それで海浜総合高校との会合なんだが、コミュニティセンターはわかるか?」

平塚先生が脱線しかけた話を戻す。脱線させている主な要因は俺な気もする。これはやはり話し合いに向いていなそうですね。

「ヒッキー知ってる?」

「マリンピアのとこですよね。この前みんなで買い物行ったとこの近くだよ」

「そう、そこだ。今日の夕方六時から最初の打ち合わせだそうだから生徒会全員で参加してきたまえ」

「は?今日?」

先生相手なのについタメ口のような生意気な口調になってしまった。いやでも、いきなりすぎじゃないですかね……。

「それはまた……えらい急ですねー」

「…………すまん。実は先週言うのを忘れていたんだ……。いやね、先生も忙しくてね?」

目を逸らしながら言い訳をする平塚先生に向け、数人からじとっとした視線が送られる。

「う、そんな目をするな君たち。もし何かどうにもならない問題があれば遠慮なく私に言いたまえ。では健闘を祈る」

自分に非があることはわかっているのだろう、先生は話を早々に切り上げ立ち去ろうとする。

しかし二歩ほど歩いたところで何かを思い出したかのように立ち止まると、こちらに振り返った。

「あ、比企谷」

「なんですか」

「この後でも放課後でもいいから、私のところへ来てくれ。少し話がある」

俺なんかやったっけな……。とりあえず自分が怒りを買っていないかと、その可能性から考える。完全に調教されてますねこれは。

だが思い当たることは特にない。現国のことやクラスでのことに思索を巡らせてもそれは同じだった。よし、怒られることではないな、たぶん。

「……わかりました」

怒られないにしても褒められることもないだろうから、渋々ながら了承の意思を伝える。

よく考えたらいくら悩んだところでわかりました以外の答えなど最初からなかった。長いものには最終的に巻かれるタイプ、どうも比企谷八幡です。

「ん。ではな」

平塚先生が部屋を去り、さてどうしたものかと思っていると雪ノ下が皆に問いかけた。

「はぁ……どうりで急すぎると思ったわ。でも今さら言っても仕方ないわね。今日はみんな参加できる?」

「今日か、ちょっとまずいな……。今日は部活どうしても抜けられないんだ。俺は遅れて行くことにするよ」

葉山が申し訳なさそうに雪ノ下に告げた。まぁ葉山も今日すぐにといきなり言われても困るだろう。サッカー部の部長も兼任しているのだから仕方ないと言えば仕方ない。

「わかったわ」

「すまない。いろははこっちを優先してくれるか?俺から他の奴等に言っておくから」

「そうですか、わかりましたー」

にしても、いやにあっさり不参加が認められたものだ。もしかしたら俺もこの流れに乗れば逃げられるかもしれない。乗るしかない、このビッグウェーブに。

「あ、俺も今日は部活抜けられねぇから帰るわ」

「……あなたは家で部活動をやっているのかしら?それとも奉仕部の部室は比企谷家に変わったの?」

駄目だった。雪ノ下の笑顔なのに対象を射抜くかのような冷たい視線が俺の豆腐メンタルに突き刺さる。

「いやすみませんほんと。怖いその顔怖い。…………あ、今日は夕方のアニメ見ないといけないからかえ」

「小学生かっ!ゆきのん、放課後ヒッキーが逃げ出さないよう見張っとくね。引っ張ってくるよ」

まだ最後まで言ってないのに今度は由比ヶ浜にダメ出しされた。しかも放課後の監視付きらしい。

「よろしくお願いね、由比ヶ浜さん。最優先事項よ」

「らじゃ!」

「俺はそんな重要人物でもないと思うんですがね……」

「あ、先輩。そうでもないかもですよ」

何を思い付いたのか、一色は頬杖をついたままで話す。

「なんでだよ。俺は仕事しねぇぞ」

「いや、ヒモ宣言はどうでもよくて。先輩いないと女子三人になっちゃいますもん」

「あー、それはそうだねー。向こうが何人いるのか知らないけど、みんな女子ってことはないだろうし」

「そういうことよ。合同なら関係としては対等なものでしょうし、それなら男子もいたほうがいいわ」

女子同士で次々に同意する。なるほど、それなら俺もわからなくはない。

女子というだけで見下すような、時代錯誤の頭の悪い男が一定の割合で常に存在することは知っている。

「たとえその男子が比企谷君でも。一応」

「なんで最後にそういう余計なのつけちゃうの、お前は……」

相手方も生徒会メンバーなんだし、さすがにそういった輩が混ざっているとは思わないが、それでも無意識のうちに女子を下に見てしまうというのは男なら少しはあるかもしれない。

俺は専業主夫志望ということもあるし、男がいくら束になっても敵わないほど優秀な女子のサンプルが身近にあることもあってそういった思いはないが、女子には簡単に負けたくないというその一点においてのみ理解できる。

つまるところ、男子は女子にかっこ悪いところを見せたくないし、格好をつけたいのだ。それは俺もよくわかる。

だから、女子だけだと向こうにそういった男子がいた場合、面倒事を押し付けようとしてくる可能性がなきにしもあらずということだ。

そんな無意味なことに労力も時間も使わないで済むのなら、それに越したことはない。

「でもそういうことなら、役に立つかは知らんが行くしかねぇな」

何もしなくても、ただいるというだけでも問題はなさそうだが、今日に限っては思ったりも俺の存在は重要かもしれない。

葉山がいれば事足りる、というか十二分にその役目を果たしてくれるのだろうが。

「はー、めんどくさいですね先輩は……。黙ってやるって言えばいいのに」

「いろはちゃん、これがヒッキーなんだよ……。でもね、いつもなんだかんだ文句言いながらちゃんとやってくれるの」

「そうね、比企谷君が素直に従うと逆に気味が悪いわ」

ちょっと、気味が悪いはひどくないですか。抗議の目線を送ってはみたが丸っきり無視された。

どうやら今の言葉は雪ノ下にとって罵倒のものですらないらしい。

「じゃあそろそろ戻るよ。みんな、俺は今日の会合出られないけどよろしくな」

「ええ。急だったし仕方がないわ。気にしないで」

「そうか、助かるよ。比企谷、任せたからな」

「ん?あ……おう」

葉山は最後に俺だけに向けて話しかけてきたが、いきなりだったので中途半端な返答しかできなかった。

なんで俺だけに……あ、あれか。男子は俺だけだからか。

俺にはお前の代役なんかとても務まらんが、とりあえず逃げずにはいてやるよ。生徒会として当たり前のことなのに、俺超偉そう。

「さーて、じゃあわたしも戻るかなー。みんな頑張ってね。よっ、ほっ」

部屋を出た葉山に続いてめぐり先輩が立ち上がり、重そうな段ボールを抱えて部屋を出ていこうとする。

段ボールはめぐり先輩の目の高さまであり、足取りも覚束なくて危なっかしいったらありゃしない。自然と俺も体が動き、立ち上がっていた。

「めぐり先輩、持ちますよ」

「あ、比企谷くん。えへへ、ありがとねぇ」

「いえ」

めぐり先輩から段ボールを受けとるとずしりとした重さが腕にのし掛かり、危うく落とすところだった。なにこれ……ダンベルでも入ってるの?

「ね、ついでで悪いけど、今からちょっとだけいいかな?伝えたいことがあるの……」

めぐり先輩は背伸びをして、俺が抱えている段ボール越しに、はにかむような笑顔で顔を見つめながら話す。

うおお……すげぇ威力だ。あどげない先輩の年下のような笑顔。いやもう年上とか年下とかなんでもいい。めぐりんという概念が凄い。

「は、はぁ。今からですか?ここじゃ……」

「うん、恥ずかしいから、ここだとちょっと……」

えぇー。そのあれは、その、あれですか?もう何がなんだかわからない。

いやきっと違うから、絶対。だってフラグ何もねぇし。フラグとか万が一仮に立っても無意識にへし折ることしかできないし。

「……わかりました。ついてけばいいですか?」

「あ、うん。ついてきて」

生徒会室を出る前に、部屋に残っている三人に別れを告げることにした。たぶんもう昼休みの間には戻ってこないだろうから。

「じゃ俺行くわ、飯食わねぇと。また放課後」

部屋を出てめぐり先輩に扉を閉めてもらう直前に、ぎゃあぎゃあと一色が騒いでいるのが聞こえたが気にしないことにした。

小さな歩幅で歩くめぐり先輩についていく。どこに行くのかだけを聞くと、三年の教室のほうまでお願いと言われたので頷く。

「……にしても重いですねこれ。何が入ってるんですか?」

「女の子の私物がそんなに気になる?」

「あ、いえ、そういうわけじゃ……」

嘘です超気になります。別に下着が入ってるとかは思わないけど、なんか女子のプライベートアイテム(私物)って言われたらそりゃ気になりますよね。なるよね?

「あはは、別に特別なものは入ってないよ。入ってるのは、そうだなー。生徒会での思い出、かな」

いつもおっとりしていてゆっくり話すめぐり先輩にしては珍しく、最後のほうは控えめで切なさを感じる口調に聞こえた。

「ほんとはもっと早く持って帰ろうとしてたんだけどね、これがなくなったらわたしが入れる部屋じゃなくなる気がして……」

そうか。あそこは一年間はめぐり先輩の部屋だったんだよな。

自分とその仲間の居場所が、今では別の人間のものになっている。めぐり先輩が感じるその喪失感はどれほどのものなんだろうか。

俺も、かつての奉仕部の部室にしろ、今いる生徒会の部屋にしろ、何もしなくてもそこにいられなくなる日は確実にやってくる。なくしたくないものはいずれ失う、それだけのことだ。

「でもさっき、新しい生徒会のみんなのこと見てて思ったの。わたしの部屋じゃなくなっても、わたしはまた来れそうだなって。だからもう、これは持ち出すことにしたの」

「そうですか……。めぐり先輩の思い出とか、そりゃ重いわけですよ。俺なんかには特に」

「比企谷くんもこれから自分の箱に増やしていくんだよ?」

「スカスカじゃないといいですけどね」

「大丈夫だよ、きっと。みんないい子だから。あ、こっち」

入ったのはめぐり先輩の教室ではなく、誰もいない資料室のような部屋だった。指示されるまま段ボールを棚の上に置いて一息つく。

汗ばんできた顔を拭おうとポケットに手をやると、借りていた由比ヶ浜のハンカチが出てきて少し狼狽えてしまった。

無言の時間が僅かに続いたが、めぐり先輩が先に口を開いた。

「あのね、わたしが比企谷くんに言いたかったのはね……」

手を後ろで組んで俯き加減にしている仕草のまま放たれる台詞に、心臓が一度だけ強く跳ねる。

「……な、なんですか」

「ありがとう」

俯いていた顔を上げたそこにあったのは、めぐり先輩らしい穏やかでほんわかとした満面の笑みだった。

心を奪われかけたが、その感謝の言葉の意味がよくわからない。

「はい?あ、荷物運びですか?」

「ううん、これはそうじゃないよ。雪ノ下さんにも由比ヶ浜さんにも言ったんだけど、それなら比企谷くんに言ってあげてって言われたから」

「すみません、ついていけてないんですが……。なんの話ですか?」

「雪ノ下さんと由比ヶ浜さんが生徒会に入るよう後押ししてくれたのは比企谷くんなんでしょ?」

「俺はそんな……。決めたのはあいつらですよ」

入ると決意をしたのはあの二人だ。その理由はそれぞれ違っていたかもしれないが、彼女たちは確かな意思と目的を持ってそう決めたはずだ。

俺はそこに自身の願望を無理矢理重ね、強引に居場所を作ろうとしたに過ぎない。

「二人がそう言ってるんだから、そうなんだよ。だからありがとう」

「いや、それでもなんでめぐり先輩がお礼言うのかがわかりません」

「あ、そうだよね。それ言ってなかったね」

てへっ☆と言う感じで首を傾げ、ぺろっ☆と舌を出す。

なんだそれあざと……くない!きっとこれはめぐりんパワーのなせる技。一色が同じことやったらイラッ☆ってなるな絶対。

「実はね、期待してたんだ、こういうの。雪ノ下さんが生徒会長でさ、由比ヶ浜さんもいて……。それで、比企谷くんが庶務でっ」

「めぐり先輩の期待でも俺は庶務なんですね……。間違いじゃないんですけど」

可笑しそうに笑ってからめぐり先輩は続けた。

「それでさ、卒業したわたしがたまに生徒会室に行って、体育祭とか文化祭楽しかったねって、みんなで思い出に浸るの。そういうの、憧れてたの」

「そう、ですか」

「だからね、二人の背中を押してくれてありがとう。わたしの憧れを形にしてくれて、ありがとう」

俺の行動次第では、雪ノ下も由比ヶ浜も俺も、全員が生徒会に入ることなく奉仕部が存続し、一色が生徒会長になっているような未来も有り得たのだろうか。

もしそうなっていたら俺は、俺たちは新たな関係を築くことができていただろうかと考えかけたが、首を振って打ち切る。

やめよう。そんな仮定に意味はない。俺はもう選んでしまったのだから。そしてこれはやり直しすら認められないものだ。

めぐり先輩を正面から見据えて話す。

「そんなのたまたまです。俺は俺がやりたいようにやっただけで……」

事実、俺はだいたい自分のことばかりで人の気持ちを推し量るということをしていない。

めぐり先輩の気持ちなど知る由もないのに、お礼を言われるなんて納得がいかない。

「比企谷くんのやりたいことがわたしの憧れと重なったんだから、それでいいじゃない。比企谷くんは難しく考えすぎだよ」

意図せず結果的に人を助けることになった行為、人のためになった行為に対し、感謝をされるというのは落ち着かない気分になる。事故のときの由比ヶ浜に関してもそうだった。

だが結果的に助けられることになった側からみれば、そこに助ける意図や意思があろうとなかろうと、そんなことはどうだっていいのだとめぐり先輩は言っている。

人の気持ちにはいろいろあるが、純粋なそれはもっと単純で簡単なものだと。

「そう、なんですかね。それでも感謝されるのは違うって気がするんですが、それなら、その……よかったです」

「うんうん。わたしがそうしたいんだから素直に受け取っておいてよ、わたしのために」

めぐり先輩のために受け入れる。そうか。自分が納得しなければ受け取らないなんて、傲慢でしかないということか。

難しく考えずにぐっと飲み込んで、相手の思いを受け入れる。

……それが簡単にできてたら、こんなに捻くれてもねぇし、拗れてもねぇな。

でも今だけは、飲み込んでおこう。去り行くめぐり先輩のために。

「……はい」

「じゃあね。比企谷くん。生徒会のことよろしくね」

「はい。お疲れさまでした、めぐり先輩」

「比企谷くんも、お疲れさまでしたっ」

めぐり先輩は元気よく頭を下げてからすぐに元の姿勢に戻る。その際、ゆらりと揺れる編み込まれたお下げ髪から目が離せなくなった。

「また、生徒会行くからね。絶対」

柔らかく微笑む年下の少女のような年上の先輩は、俺の返事を待つことなく去り、俺の脳裏には揺れるお下げ髪の残像だけが残った。


一一一

ここまで
もうしばらく八幡のターン

またそのうち、次の投下は割と近いかも

乙です
今回も素晴らしい

面白い

乙乙
丁寧に描写してあってじんわりくるね

乙でございます

はよ、まだか?

はよ



昼休みも半分程過ぎてしまったが平塚先生に呼ばれていたことを思い出し、購買に行く途中に職員室に寄ることにした。

なんの話だかわからないが、面倒なことはできるだけ後に回したくない。

それに昼飯のことを考慮してくれれば話が手短に済むかもしれないという浅はかな打算もあった。

「平塚先生、来ましたけど」

職員室にいる平塚先生の元へ向かい声をかけると、先生はぎっと音を鳴らしながら椅子を回転させてこちらへ振り向いた。

「おお、比企谷か。すまないな、奥を使おう」

艶やかで長い黒髪を揺らしながら立ち上がる平塚先生を追い、職員室室奥の応接スペースへ移動する。少し前にもここへ通されたので、革張りのソファの座り心地も覚えている。

平塚先生は俺の斜め向かいに座り、煙草に火をつけて美味そうに煙を吐き出した。俺はそれをじっくり待ってから口を開く。

「話ってなんですか」

「なに、別に大したことではないんだがね」

「じゃあ帰っていいですか」

「まあそう言うな、待ちたまえ。少し君と話をしたくなったんだ」

真剣な目でこちらを見ているが、そこに怒りや厳しさは感じられない。どちらかというと見守るような優しさを帯びた類いのものに感じられる。

「はぁ。俺は別に面白い話題なんかないですよ」

「相変わらず可愛げはないな。どうだ比企谷、生徒会は」

平塚先生は相変わらず具体性のない問いかけをしてくる。俺のどんな言葉に期待をして、俺と話したいと言っているのだろうか。

「どうだ、と言われても……。仕事するのは今日これからが初めてですよ。生徒会に入ってのこれまでは奉仕部と同じように、何もせず過ごしてただけです」

「そうか。奉仕部と同じようにやれているか」

「まぁ、そうですかね。何もしてないってことと同義ですけど」

「依頼ならまたじきにくるだろう。その時は生徒会ではなく、奉仕部の三人で解決を目指したまえ」

またじきにくるという、その予言めいた言葉に引っ掛かりを覚えた。平塚先生は依頼をしそうな人物に心当たりがあるのだろうか。

「誰か平塚先生のところに来たんですか?悩み相談みたいなのが」

「いや、来ていないよ。なぁ、比企谷」

平塚先生はそこで話を区切り、煙草を吸って紫煙を吐くと火を灰皿で揉み消しながら続きを話した。

「以前、ここで雪ノ下が生徒会長になるつもりだと話したとき、君はどうしようと思った?」

あのときの俺の答えは考えるまでもなく、考えるよりも先に───認められない。そういうものだった。

雪ノ下がまた一人で背負い込むというのなら、それはまちがっている。否定すべきものだと思った。

「……止めようと思ってました」

「それはなぜだ?」

「あいつだけに押し付けて背負わせるなんておかしいからです」

そんなあとからついてきた理屈なんかよりも先にあった拒否反応については口に出さなかった。

「そうか。だが今は、雪ノ下は生徒会長になり、由比ヶ浜も、比企谷も生徒会に入っているな」

「何か問題がありますかね」

「いや、そうじゃない。比企谷がどう考えてそうしたのかが聞きたいだけだ」

「…………。俺は、もしかしたら雪ノ下は生徒会長になりたいんじゃないかと……」

他にも由比ヶ浜の思いや俺の望み、様々なことを考えての結果なのだが、そのうちの一つだけを端的に話した。

今は雪ノ下の話から繋がっているのだから、これで十分なはずだ。

「そうか、それならいい」

そう言うと平塚先生は俺に満足げな笑顔を向け、二本目の煙草に火をつけた。俺の返答は正解だったのだろうか。

「まさか比企谷が生徒会に入るなんて思いもしなかったよ」

「似合わないとは思ってますよ、自分でも」

「そんなことはないさ。君はそれなりに優秀だからな」

平塚先生は煙を吐き出しながら続きを話す。

「私は別に、奉仕部でなくとも構わないんだ。君たちが共に何かをやれるのであればな」

「やっぱり、俺があのまま奉仕部も生徒会も行かずにフェードアウトするってのは認められなかったんですね」

「当然だろう。まだ何も果たしていないからな」

最初は無理矢理奉仕部に入れられたのだから、平塚先生にはなんらかの思惑があったんだろう。

そしてそれは未だ果たされていないと、目の前の先生は言っている。

「私が君を奉仕部に連れていった理由は覚えているか?」

「俺の更正のため、でしたっけ」

「そうだ。そこには君より先に誰がいた?」

その言葉を聞いただけで、懐かしいとも呼べる記憶が鮮明に甦る。脳裏に浮かぶのは、たった独りで斜陽の中に佇む、まっすぐな少女の姿。

そんなことを俺が思い出せないはずがない。それは平塚先生もわかっている。

けれど、平塚先生のことだからこの問いかけにもきっと意味があるのだろう。

「雪ノ下です」

「そうだ。つまり、雪ノ下は雪ノ下で更正すべき問題を抱えているということだ」

「はぁ」

覚えていないというわけではないが、あの出会いから、意識してそんなことを考えたことはほぼなかった。

雪ノ下はあの頃から見ると、やはり少し変わってしまったと思う。その変化は俺や由比ヶ浜のものよりもわかりやすいもののように感じる。

あの頃の刺々しさや、本気の人格否定の罵詈雑言はもうない。暴言や失言はあるけれど。

少しだけ変化した雪ノ下を取り巻くこの世界は、彼女にとって未だ生きにくいものなんだろうか。

「そこに比企谷を入れたのは君だけを考えてのことじゃない。雪ノ下のためでもあった。これがどういう意味かわかるか?」

「……雪ノ下の問題を解決するために、俺にやれることがあるってことですか?」

「察しがよくて助かるよ。やはり賢いな君は。だがそれは比企谷だけではなく、由比ヶ浜も、雪ノ下も同じだ。要するに、君たち三人はお互いの問題解決のために、お互いが必要な三人になっていると私は思っている」

お互いが抱えた問題。正すべき個人の性質。そんな重大なものに、俺なんかが踏み込んでもよいのだろうかという疑問が頭の中を巡る。

だが確かなことがある。認めてもよいことがある。

それは、お互い決定的な一歩は踏み込んでいないものの、俺たち三人の距離は昔に比べて確実に縮まったこと。そして、その影響かどうかはわからないが、三人とも変化しているということ。

人の性根など簡単には変わらない。それが俺の持論だ。

そしてそれはまちがってなどいない。なぜなら俺の変化は未だ表面的なものであり、本質的な部分は変わっていないからだ。

ならば変わったと感じる雪ノ下も由比ヶ浜も、表層的なものでしかないということだろうか。他人のことだから俺には判断がつかないが。

先生は以前、俺のやり方では本当に救いたい人は救えないと言った。

本当に救いたい人が現れたとき、今の俺に、本質的には変わらないでいるそのときの俺に何ができるのだろうか。

考え込む俺をよそに平塚先生はさらに話を続ける。

「君たちは成長している。少しずつではあるが、前に向かって歩んでいる。私はそう感じているよ」

「そう、なんですかね。堂々巡りしてる気が……。自分じゃわかんないっす」

「そういうのは自分ではわからないものだ。わかるのはもっと進んで振り返ってからだな。では今日からのイベント準備、雪ノ下を支えてやってくれ」

雪ノ下を支えるか。今の俺にできることがそう多くあるとは思えないが、言われるまでもなくできるだけのことはやるつもりだ。

彼女の生徒会長としての初仕事を失敗させたくないから。雪ノ下にだけ負担を押し付けるなんてことは、もうしたくないから。

「……はい。では失礼します」

「うむ」

ソファから立ち上がり一礼すると、平塚先生は片手で煙草を揉み消しながらもう片方の手を上げて返す。俺はそのまま職員室を足早に出た。


思ったより時間を取られてしまった。

平塚先生、ぜんぜん昼飯の時間の考慮してくれねぇし!俺が何も言わなかったから食べたと思ってんだろうなぁ。

残り少ない時間でもパンぐらいならかじれるだろうと購買に向かったが、見事なほどに何も残っていなかった。

なんでこんな時に限って完売とかするかね……。間の悪い自分を呪いたくなる。

仕方ない、会合の合間にでもコンビニでなんか買って食べるか……。ううっ、ひもじいよぅ。

午後からの授業に備え水分だけでも摂っておこうと、マッ缶を自販機で買い一気に飲み干す。有り余るほどの糖分を摂取して満腹中枢を誤魔化そうという試みだ。

だがその作戦は失敗に終わり、空腹のせいで午後からの授業にはまったく集中できなかった。


帰りのSHRが終わると、ぐったりとして机に突っ伏した。やっと終わった、長かった。

これから仕事に行くのかー。こんな状態で仕事のことなんか考えられるわけねぇだろ、くそっくそっ。空腹だとこんな風にイライラしますよね。

栄ばあちゃんもいちばんいけないことはおなかがすいていることと、独りでいることだからって言ってたし。

あ、でも俺ぼっちだった。ごめん栄ばあちゃん。俺には守れなかったよ。

くだらないことに思考を割いて空腹を忘れようとしていると後ろから肩をつつかれる。

机に突っ伏したまま緩慢とした動きで顔だけを向けると、由比ヶ浜が呆れたような顔で俺を見下ろしていた。

「えぇー……。ヒッキー、そんなんなるぐらい行きたくないの……?」

どうやら俺が生徒会に行きたくなくてぐだっていると思われているようだ。

確かに面倒ではあるが、行かねばならないと思っているのにそう受け取られるのはアレなので否定しておく。

「これは違う……」

「えー、超嫌そうなんだけど」

「そうじゃなくて、腹が減った……。昼飯食えなかったんだよ」

「そうなの?生徒会室出たときはまだ時間あったじゃん」

「なんだけどな。そのあと平塚先生のとこ行って購買行ったら何も残ってなかった」

「そうなんだ。んー、なんかあったかな……」

由比ヶ浜は自分の鞄をゴソゴソと漁り始めた。

「あ、ポッキーならあるよ。食べる?」

「くれんの、マジで?食う食う、超食う。今ならお前のクッキーでも喜んで食うわ」

「どういう意味だっ!もー、ヒッキーのバカっ」

肩のあたりをバシバシというかポカポカと殴られる。ええいやめろ近いウザい痛くない可愛いうっとうしい。

「んじゃ生徒会室行くか。教室で食うのもアレだし」

なんかもう思考が適当になって言葉もあまり出てこなくなっている気がする。アレとか代名詞が増えたような。

「そだね、行こっか」

言うや否や、由比ヶ浜は俺の腕を両手で抱き抱えるように取って教室を出ようとする。

やめろなんか柔らかいし。何がなんでどうして柔らかいんですかね……。

「ちょっ、おい、離せっ。なんで引っ張るんだ」

「だって逃げるかもしんないし」

あー、そうか。由比ヶ浜は俺の監視と連行という任務を与えられてるんだったな。ちゃんと脱走の意思がないことを示さないといけないということか。

「逃げねぇよもう。ちゃんと行くから……」

「そっか。じゃあ、離さないとね……」

俺の腕を掴んでいた手から力が抜け、ようやく由比ヶ浜の体から離れる。由比ヶ浜の顔を見ると火照っているかのように頬を赤く染めていた。

恥ずかしいならやんなよ……俺も恥ずかしいんだよ。

そう思ったが口には出さず、掴まれていた場所を痛くもないのに擦りながら無言で歩き始めた。

しばらく並んで歩いてからふとポケットに手を突っ込むと、いつもはそこにないものが手に触れ、言わなければならないことを思い出す。

「あ、これ返す。ありがとな」

借りていた由比ヶ浜のハンカチを取り出して手渡す。

「ん?あ、昨日の。そいえば火傷大丈夫なの?」

「おお。全然大したことねぇよ。大袈裟なんだって」

「どれどれ、見してみ?」

由比ヶ浜はまたも俺の手を取って自分の眼前に近づけた。さっきと違って腕ではなく掌なので、柔らかくてすべすべした女の子の手の感触が肌に伝わる。

なんか最近接触多くないですか!俺はこんなの慣れてない。たぶん慣れる日なんかこないんじゃないかと思えるほどにどぎまぎしてしまう。

「ほんとだ。ちょっと赤いかな?ぐらいだね」

「も、もういいだろ」

「う、うん」

ようやく俺の手が自由になった。なんか手と胸の奥のあたりがムズムズする。なんだこの感覚は……。

由比ヶ浜は俯いていたかと思うと、突然ぱっと閃いたかのように顔を上げ、控えめに俺に提案する。

「ね、あのさ。ちょっと早目に出て軽くなんか食べてく?ポッキーだけじゃまだお腹空くでしょ?」

そういえば今から生徒会室行っても会合まで随分時間があるな。それならそういうのもありか。

何時までやんのか知らねぇけど晩飯も遅くなりそうだし、もうちょい腹に入れといたほうがいいかもしれない。

「あー、それも悪くねぇな、開始はなんか半端な時間だし。雪ノ下に聞いてみるか」

「あ、うん。そうだね、ゆきのんにも聞かないとね」

「一応許可取らないとな」

勝手に先に出たら何を言われるかわからない。反論しようにもあいつは俺の人権をどっかに落としちゃったみたいだし。勝手に捨てないでくれませんかね。

生徒会室に辿り着き扉を開く。

「うーす」

挨拶をしたものの部屋に人の気配はない。珍しいな、雪ノ下がいないとか。といってもそんなことぐらいあるのが普通で、いつ来てもあいつが部屋にいたこれまでがおかしいだけだ。

「やっはろー!ってあれ?誰もいない。ゆきのんは?」

「まぁ席はずすことぐらいあんだろ。トイレとか平塚先生のとこじゃねぇの?」

「そだね。あ、ヒッキー、ほい」

由比ヶ浜が鞄からポッキーの箱を取り出し、俺に投げて寄越した。

「おお、さんきゅ」

バリバリー!とマジックテープのように勢いよく箱を開けて中から小袋を取り出すと、そのまま袋を開けてポリポリとかじり始める。

「うめぇ、ポッキーうめぇよ」

ポッキーなんか自分で買おうと思ったことなど一度もなかったが、今は異様に旨く感じる。やっぱり由比ヶ浜のクッキーも空腹ならいけ……いけるかなぁ……。

「あたしも食べるー。このあとなんか食べに行くし、別にいいよね?」

「そうだな。元々お前のなんだし遠慮なく取ってくれよ」

「んじゃあ……」

座っていた由比ヶ浜は中腰になって椅子を後ろ手に持つと、俺の席の横まで椅子ごと移動してきた。

奉仕部やこの部屋でこんな配置になったことはないので、慣れなくて変に意識してしまう。

俺は意識していることを悟られないよう、無心でポッキーをかじり続けた。味がよくわかんねぇんだけど……。訴訟。

「もーらいっと」

そう言って由比ヶ浜は机に置かれた袋から一本抜き取ると、ぱくっとくわえて手を使わないままがじがじと噛んでいく。

ピンク色のぷるんとした艶かしい唇に目を奪われていることに気がつき、おもわず顔を背けて軽口を叩いてしまう。

「リスかお前は……」

「なっ、食べてるとこじろじろ見ないでよ。恥ずかしいじゃん……」

「ばっ、じろじろとは見てねぇよ」

「ふーん……。まあいいけど……」

次の一本を取ろうと袋に手を伸ばすと、由比ヶ浜も同時に取ろうとしたせいで互いの指先が触れ合ってしまった。

すると次の瞬間、二人が同時にビクッと反応して手を凄い速さで引っ込めた。

「っ!さ、先どうぞ」

「いや、元々お前のだし……お前が取れよ」

「いや、もうヒッキーにあげたから……」

「じゃ、じゃあ」

盛大にどもりながら手を伸ばして一本つまみ取る。はぁはぁ、なんでポッキー取る程度でこんなに疲れねばならんのだ。

由比ヶ浜は迷っていたようだが、無言で次の一本を取るために恐る恐る手を伸ばした。

それと同時に、ガララッという音とともに生徒会室の扉が開き、由比ヶ浜の肩が大きく震える。

俺はどっちかというとその反応の方にびっくりして挙動不審になってしまった。

「こんにちはー」

「やや、やっはろー、いろはちゃん」

由比ヶ浜は声も震えたようになっている。あんまり人のことは言えないが、何をそんなに動揺してるんだよ……。

俺も落ち着け、こんなときは完全数を数えて落ち着くんだ。…………駄目だ、6しか知らねぇ。

「……うす」

「おりょ、隣り合って何してるんですか、珍しい」

「昼飯食ってんだよ」

「え、んー?ポッキーですか?昼御飯?」

一色は不思議そうな顔で首を傾げる。まぁわけわかんねえよな。

「昼飯食いそびれたんでな、少しでも足しにしようかと」

「あー……そういや先輩、城廻先輩に……。まぁこれは後で聞きます。一本もらいますねー」

そう言うと一色は背後から俺の左肩に片手を乗せ、右肩越しにもう片方の手を伸ばしてポッキーをさらっていく。なんという自然な流れでのボディタッチ。

意識してやってるのか素なのかは知らんが、どっちにしろやっぱ一色怖い。昔の俺ならもう5回ぐらいうっかり惚れてるまである。

んまぁ、とか言いながらご満悦の様子だが、それは俺のおポッキーさんだ。いや恵んでもらったものだけど。

「俺の貴重な食料が……。それ元は由比ヶ浜のだからな」

「え、そうなんですか?早く言ってくださいよー、知ってたら取らなかったのに。結衣先輩ごめんなさい、もらっちゃいました」

一色は申し訳なさそうに由比ヶ浜に謝っている。けどおかしいよね、それは。

なんで俺のなら取ってもいいって思ってるの?え、もしかしなくても俺ってこの生徒会ヒエラルキーの最下層になってる?

そりゃまあ俺はここで唯一の役職なしだけども。でも唯一って言い換えたらオンリーワンだよ?だからなんなの?

うん、最下層でも仕方ないか。だったら責任は何もないし仕事はしなくても問題ないな。いや重労働を課せられる未来しか見えねぇなこれ。

「ううん、いろはちゃん気にしないでいいよー。どうせこのあと軽くなんか食べてから会合いくつもりだし」

「あー、そうなんですか。どこいくんです?わたしはカフェとかでもいいですよ」

「え、お前も来んの?」

「置いていこうとする先輩に驚きですよ……。なんですか、そんなに結衣先輩と二人がいいんですか」

なな何を言うんだこいつは。由比ヶ浜と二人でとか……いや別に二人だからって気にすることはないけど。ていうかそんなこと思ってないし。

「ちっ、ちげぇよ。雪ノ下にも声かけようと……」

「じゃあもっとよくないですよ!なんでわたしだけ置いてくんですかー!」

一色はうがーとばかりに憤慨しながら俺の肩をバシバシと叩く。ええいやめろ近いウザい痛いあざと可愛いうっとうしい。

「そ、そうだよ、みんなで行こうよ、ヒッキー」

「だな。葉山がいねぇの忘れてたわ……」

「はー……。ほんと酷いです先輩、傷つきました。罰として奢ってください」

一色はくすん泣く振りをしながら肩を落とし、俺に理不尽な要求もとい強要をしてくる。

だからあざといんだっての……と思いながらも少し胸が痛むのは何故なんでしょうか。

小町の調教の成果はこんなところにまで及んでいるのかと、自分の従順さと素直さに少し驚く。ピュアな八幡きっとかわいい。いや可愛くない。

「えー。なんでそんなことしなきゃ……」

一応抵抗はする。だって俺貧しいし。最下層だし。

「き、ず、つ、き、ました。わたしはー、先輩にー、傷物にされましたー」

「おいその言い方は違うだろ。あんま人聞きの悪いこと……」

荒ぶる一色を静めようと体のいい言い訳を考えていると、ゆっくりと扉が開いて雪ノ下が入ってきた。顔を見ると眉間に皺が寄っている。

「比企谷君……あなた一色さんに何をしたの……?」

一色の最後の言葉だけ聞こえていたようだ。なんでそんなに都合よく面倒な時に帰ってくるんだよぅ!

由比ヶ浜は呑気にいつもの部族の挨拶を雪ノ下に向けているが、俺はそれどころではない。

「お、俺は何もして……」

「ないことないですよねー?」

「やはりあなた、まさか……」

まさか、なんだよ。雪ノ下さんはどんな想像してるんですかね……。

もう説明すんのもめんどくせぇ、とりあえず要求に応じてこの場を納めよう。

「や、悪かったよ……。奢ってやるよ、奢ればいいんだろ」

「やったー。先輩頼りになるぅー」

今までのしおらしげな表情はどこへやら、一転してぱぁっとした明るい笑顔になる。こいつほんっといい性格してるな……俺の謝罪を返してくれ。

自分の顔の良さと後輩女子という立場を理解して、最大限利用している。どう育ったらこんな性格になるんだか。

でもその全てが効果的に作用する俺も大概な性格してんな。

「……どういうこと?由比ヶ浜さん」

「あ、あはは。これはね……」

由比ヶ浜が一連の流れを辿々しく雪ノ下に説明する。雪ノ下はその話を聞いて、ほっと息を吐いてから納得したように口を開いた。

「なるほど。とりあえず比企谷君が性犯罪者にならなくてほっとしたわ。生徒会から逮捕者が出ると私の責任問題も問われるかもしれないし」

「真顔でなんてことを言うんだお前は……」

「あはっ。雪ノ下先輩、わたしと先輩がそんなことになるわけないですってば。先輩にそんな度胸はなさそうですしー?」

一色はやだなーとばかりに不遜な笑みを浮かべて俺を見る。

ほーん?俺をチキンだと思っているな?そうですけど?チキン八幡ですけど?自分がちょっと悲しい生き物な気がしてきた。

ていうかその度胸があってもお前には手出さねぇよたぶん。なんというか、後が怖い。慰謝料とか請求されるかもしんないし。

「一色さん。確かに彼は度胸もなければ小賢しいし小癪だし生意気だけれども……。一応性別上は男なのだから、ね?」

雪ノ下は慈しむような表情で、子供を諭すかのように首を傾けて一色に念を押す。

「い、いや、わたしそこまで言ってませんけど……まぁ、はい……」

「ね?じゃねぇよ。お前の中で俺の評価どうなってんだ」

「あら、とても頼りにしているわよ」

よくもまぁこいつもぬけぬけと……。さっきのは雪ノ下的には誉め言葉なの?お前はマイナスイメージの言葉しか知らんのか。

「とてもそうは思えん言葉が並んでた気がするが」

「それは言葉のあやというものよ」

雪ノ下は穏やかな微笑をたたえ、何かを伝えるかのように俺と視線を交わす。

本音ではなくああいう言い方しかできないのよ、わかっているでしょう、ということか?

えー、本当に?雪ノ下が俺をどう評価してるかなんてよくわかんねぇよ。

ただまぁ、言うほど低評価でないとは思っているが……イマイチ自信はない。

「では少し早目に出ることにしましょうか。比企谷君が餓死する前に」

「しねぇよ」

いちいち突っ込みが必要な会話をしないといけないルールでもあるんですかね……。

でもまぁ、なんだな。こういう軽妙な掛け合いみたいなのができる空気はこの生徒会になるまでしばらく鳴りを潜めてたから、そうだな。楽しいと言ってもいいよな、うん。

「あははっ。りょうかーい、どこ行く?」

「軽いものならコミュニティセンター近くのカフェでいいんじゃないですかねー?」

由比ヶ浜と一色があーだこーだと駄弁り始める。俺は軽い腹ごなしができればどこでもいいのでついていくだけだ。

そのあともポッキーを三人でつついていると、由比ヶ浜が雪ノ下とポッキーゲームしようとか言い始めて、百合ヶ浜さんとゆりのんに期待したが雪ノ下が固辞したので結局実現はされなかった。

困るよゆりのん。そこはくんずほぐれつやってもらっても私は一向に構わんッ!

それから一色が、先輩わたしとやりますか?とか言ってきたので大いに焦っていると、雪ノ下と由比ヶ浜から冷たい視線を感じて変な汗が出たりした。

なんで俺が睨まれるのかはよくわからない。理不尽極まりないと思うんです。

一色は絶対俺のことをおちょくってる。だがそんなことで俺が勘違いするとか思うなよ?訓練されたぼっちはそんなことでは揺るがないんだよ。挙動不審にはなるけど。

そんな感じで少しだけ腹を満たし時間を潰すと、雪ノ下の合図で出発することにした。結局会合場所近くのカフェに決まったらしい。

四人でグラウンドを横切る途中、一色が葉山を見つけて声をかける。

葉山はこちらに向けて手を上げると、あいつらしい優等生然とした爽やかな笑顔を見せてから練習に戻っていった。


一一一

ここまで

なんか半端だけどまだ八幡のターンが続くので一回切ります
日常というかほんわかシーンは書いてて楽しいですね

またそのうち

乙です
凄い量

乙乙

しまった、間違えてた
全然気付かなかった

>>280
腹ごなし
→腹ごしらえ

空腹なのにさらに腹減らしてどうすんだ

あれ、もう誰も読んでないの?

乙乙
この空気いいのう


読んでるがな

もちろん読んどる

はやく

キリのいいとこまでって思ってたらなんかやたら長くなってしもうて、さーせん
ペース自体はそんな変わってないんで近いうちに投下できると思います

期待

自分のペースでいいよ
待ってる



女子三人と俺が一緒に歩いていること自体が信じがたいことだが、現状はそうなってしまっている。

実に落ち着かない。でも男子三人と俺でも俺は落ち着かねぇなと考えたら割とどうでもよくなった。

三人の会話は弾んでいるようだし、空気に徹していれば時間など過ぎ去るものだ。問題はない。

けど三人とも俺を気遣ってかたまに話を振ってくれる。なんか申し訳ないな。

気を使わせるのも悪いのでやっぱり帰ろうかと何度思ったかわからないが、会合のことを考えて逃げちゃ駄目だ、負けるな八幡っ!と密かに自分を鼓舞していると目的地が見えてきた。

コミュニティセンターにほど近いカフェに到着すると、席に空きがあるのを確認してから全員でレジカウンターに並ぶ。

雪ノ下と由比ヶ浜がいて、その後ろに俺と一色。俺の横の後輩はふんふんと上機嫌に鼻唄を歌いながら、店内のメニューや商品のPOPを眺めている。

「せんぱーい。何がいいですかねー?」

一色はきゃるんっと甘えた声で俺に尋ねる。オススメとかそんなの決まってるだろ。奢りだぞ?

「オススメは水かガムシロだな」

無言で脇腹を殴られた。別に痛くはないが、角度がいいリバーブローだ。

「何がいいですかねー」

え、やり直し?めんどくせぇな……。

「……カフェモカでいいんじゃないですかね」

「じゃあ宇治抹茶ラテにします。あとミルクレープで♪」

一色は最後に音符が付いていそうな、楽しそうな声色で俺に注文を告げる。おふぅ。お前それいくらになんだよ。

「聞く意味も容赦もねぇなお前……。わーったよ、席行ってろ。持ってってやるから」

「わぁーさっすが先輩、頼れるぅー」

しっしっと犬を追い払うように手を振ってから前を向くと、雪ノ下と由比ヶ浜が怪訝な目付きで俺を見ていた。な、なんでしょうか……。

「……随分一色さんと仲が良いのね」

「ヒッキー、前あたしには奢ってくんなかったのに……」

「い、いや、別に仲良くねぇし、おご、奢るのは俺が悪いことしたから詫びるつもりでだな……」

わちゃわちゃと手を忙しなく動かしながら弁解の言葉を重ねる。いかん、俺絶対変な動きしてる。つーかなんで弁解してるんだ俺は。

「ふふっ。冗談よ。あとその動きは気持ち悪いわ」

「あはっ。わかってるよ。あとそのキョドりかたキモい」

二人とも笑顔で俺を安心させてからしっかりと落としてきた。転がされてる感ぱねぇ。

「あ、さいですか……」

オーダーを伝えてしばらく待つと、俺と一色の注文した品が一つのトレイに纏められて出てくる。受け取って三人が座っている席に向かうと、空いているのは一色の隣だけだった。

「ほれ」

「わー、ありがとうございますー」

俺はバゲットにハムやらボロニアソーセージやらレタスやらを挟んだサンドとブレンドコーヒーを選んだ。早速一口かじる。やっぱ菓子とは違うな、うめぇ。

向かいにいる由比ヶ浜と雪ノ下を見ると、同じくバゲットに海老やらアボカドを挟んだものを二人で半分こしているようだ。

仲のよろしいことで。大変良いことだと思います。にしても女子のアボカドチョイス率の高さは異常。そんなに美味いかあれ?あんま味しねぇんだけどな……。

「先輩、一口食べます?」

何気なく言われたので横に目をやると、一色の持つフォーク(使用済み)に可愛くカットされたミルクレープがちょこんと刺さっていた。

いや、食えるわけねぇだろそんなの。こいつ、ほんとどこまでわかってやってんの?

「い、いらねぇよ」

「あれ、先輩甘いものは……」

「ヒッキーは甘いの超好きだよ!」

「そうね、いつ見ても糖分の塊のようなものを飲んでいるものね」

一色の言葉を途中で遮るように、由比ヶ浜と雪ノ下がドヤ顔でかぶせてきた。なんでそんなに自信まんまんなのかしら。いやまぁあってるんだけど。

「あ、はい……。そうですね、知ってましたけど。さっきポッキー貪ってましたし……。はい、一口あげますよ」

「だからいらねぇって。お前が食え」

そんなんで食ってもたぶん味よくわかんねぇしよ。

「ぶー、なんでそんなに意固地に……。あ、はーん?」

一色はきらりと光る目で不敵な笑みを浮かべる。うわぁ、意地の悪そうな顔だなー。

でも一色にはよく似合っているし、不思議と魅力的にも映る。そんなこと言ったら怒られるだろうから言わないけど。

「なんだよ……」

「先輩、可愛いとこありますねー。そんなの気にしなくていいのに」

普通は気にするだろ。同姓でも躊躇うのに、ましてや異性の後輩とか気にしないほうがおかしい。

お前はあれか?リコーダー俺にペロペロされても気にならんのか?うわ俺の発想きめぇ。

「わ、悪いかよ。お前が気にしなくても俺が気にすんだよ」

「えー、先輩わたしのことそんなに意識してるんですかー?」

「ち、ちげぇよ……」

意識してるとかしてないとか関係なく、他人は無理な気がする。別にいいかと思うのは小町と戸塚ぐらいのもんだ。いや、やっぱ戸塚だとすげぇ躊躇うな。躊躇ってから食う。俺はもう駄目だ。

「一色さん」

「はい?」

「比企谷君が、その……困っているでしょう?そろそろ……」

雪ノ下はおずおずといった感じで一色にやんわりと釘を刺す。俺への助け船だろうか。正直なんでもいい、俺にとっては渡りに船だ。

俺はああいったものをどうやって上手くかわせばいいかよくわからない。知らないのだ。

そういう距離の関係を煩わしいものとして避けてきたから。避けられてた、だったかもしれない。泣いてなんかない。

「あー、はい、すいません……」

一色はしゅんとして肩を竦めると、大人しくちまちまとミルクレープをつついて口に運ぶ。

それを見て雪ノ下は、コホンと軽い咳払いをして居住まいを正すと、紅茶のカップを中途半端に掲げたまま話題を変えた。

「あなたたちにも先に少し聞いておきたいのだけれど」

「なになに?」

「イベントについて。どんなものが考えられるかしら?」

問いかけを受け、俺を含めた三人がうーんと腕を組んだり首を捻ったりする。

クリスマス、クリスマス……。家でチキン、以上。いやこれじゃ駄目だな。

クリスマスパーティーみたいなもん俺はしたことないから、貧困な発想しか出てこねぇよ。そんな中、最初に発言したのは一色だった。

「んー、クリスマスで、子供とお年寄りですよね。やっぱ見てもらうか聴いてもらうかじゃないですかね」

「じゃあ演劇とか?」

「向こうと俺らで演劇やるとかか?勘弁しろよ。俺は出ねぇぞ」

一色の言葉を口火に、各位が発言を始めて会話が活性化する。やっぱりこういうのは最初の発言が大事だな。

「あー、先輩絶対ダイコンっぽい。超噛みそう」

「わかるなーそれ。ヒッキー超テンパりそう」

「そうね、向いていないでしょうね」

満場一致で俺の役者への道は絶たれた。目指したくもないけど。

「わかってるよ自分でも。俺のことはほっとけ。こういうクリスマスの定番つったら音楽じゃねぇの」

「クラシックコンサート的な?」

「つっても誰がやんだろうな。プロ呼ぶの?」

「そんな予算あるの?」

「あるわけないでしょう」

「由比ヶ浜がなんとかしてくれるだろ」

「えぇっ!?い、いくらぐらいかかるのかな……」

由比ヶ浜はうーんと唸りながら首を捻る。

「いや冗談だから……。本気にすんな。まぁ子供はつまんねぇだろうしな」

「こっちか向こうの吹奏楽部に依頼とかできるんですかね?」

「今からいきなりクリスマスにやってくれって言われても困るんじゃねぇかなぁ……」

「結構な無茶振りになっちゃうかもねー」

「だな。そもそも期間なさすぎなんだよ」

「じゃあ……ビンゴ大会とかは?」

「クリスマスとはあんまり関係がないですねー。あとすぐに終わっちゃいそうな気がします」

「それならクイズ大会!」

「……ご長寿早押しクイズでもやる気か?」

「ダメかぁ……。んー、なんかないかな……」

「もういっそのことクリスマスっぽい映画でも流しとけばいんじゃね?」

「さすがにそれは投げっぱなしすぎじゃないですかね……」

続いた会話が途切れ、場に沈黙が訪れる。考え続けてはいるのだが特に目新しいものは浮かんでこない。

ミュージカルだとかゴスペルだとかバンド演奏だとかは思いつくものの、これらは全部先ほど出た意見と変わりないものだ。

「……そんなところよね。私の考えと大差ないわ」

雪ノ下は弱い溜め息をつきながら呟いた。彼女が既に考えていたような案しか出てこなかったようだ。

「まぁ海浜高校の連中がなんか考えんじゃねぇの。これって向こうから言い出したことなんだろ?」

「そうね。向こうの考えや方針を聞いてからでないと、こちらだけで考えてもしょうがないわね」

向こうは一体どのような案を用意しているのだろうか。予算もない時間もない人員もない中、そこら辺の高校生にできることなどたかが知れている気はするのだが。

「でも、向こうも同じような案しかなさそうな気がしますねー」

「だよねー……」

一色の言葉に全員が同意し、まだ何も始まっていないのに困難が待ち構えている気がして皆が黙り込む。

「合同、なぁ……。引き受ける引き受けないの選択すらなかったからなぁ」

「面倒なのはわかるけれど……やることだけは決まっているのだから仕方ないわ。向こうと話をしてうまい落としどころを探りましょう」

雪ノ下はここで沈んでいても仕方ない、やるべきことをやるだけだと言わんばかりに姿勢を正して俺たちに告げる。仕事であれば仕方がない。俺もやれるだけのことはやろう。

ただ、雪ノ下自身も落としどころという言葉を選ぶ程度には困難の予兆を感じているようだった。

「じゃあそろそろ行こっか?」

「そうね」

気がつけばいい時間になっていたので席を立つ。

由比ヶ浜と雪ノ下のカップとトレイも纏めてから一緒に返却口に持っていこうとしていると、雪ノ下がきょとんとした顔で俺を見つめていた。

「ん?どうかしたか?」

「……いえ。そういう気遣いはできるのに、なんであなたは普段ああなのかしらと……」

「普段ああで悪かったな」

いつも邪魔にならないように帰ろうかとか超気使ってるんだけどな。普段のそれはあまり気遣いと認識されていないらしい。

「先輩、ありがとうございまーす」

「ヒッキー……ありがと」

間延びした感じの甘いお礼と控えめに呟くお礼が聞こえてきて、俺のほうが恥ずかしくなってきた。

よせやい。こんなもん大したことじゃないし、気遣いに見返りは求めないもんだ。友情に、見返りは、求めないってのと同じだ。友情築けたことがないからよくわからんが。


一一一



コミュニティセンターに入ると静謐というか閑寂というか、公共施設特有の落ち着いた空気が漂っていた。とりあえず、あまり騒がしくできるような雰囲気ではない。

きょろきょろと辺りを見回しながら階段を上る雪ノ下についていく。

「どこで会議やるんですか?」

「講習室というのが二階にあるらしいわ。そこよ」

「三階はなんだろ?なんか音楽がほんのり聞こえるけど」

「大きなホールみたいね。会場もそこと平塚先生から聞いているわ」

生徒会室に雪ノ下がいなかったのは平塚先生のとこに行ってたからか。まぁ事前情報何もなしに会議に向かうというのはどうかと思うからな。責任者なら尚更だ。

でもさすが雪ノ下と言っておこう。俺は全然気にしてなかったし。

講習室と書かれたプレートのある部屋の前で立ち止まると、ざわ……ざわ……とした声が中から少しだけ漏れ聞こえてくる。

「失礼します」

雪ノ下が先頭になって、挨拶をしながら扉を開き中に入る。近くにいたおそらく海浜総合高校の女子生徒がこちらに気付き、ぱたぱたと駆け寄ってきた。

「総武高校の生徒会の方ですか?」

「はい。生徒会長の雪ノ下です」

「ちょっと待ってくださいね、かいちょー!」

会長と呼ばれたひょろ長い男子生徒が集団から外れ、雪ノ下と目線を交わしながら近づいてくる。

「やあ!僕は海浜高校で生徒会長をやってる玉縄。あと生徒会のみんなと、ヘルプの人が何人か来てるんだ」

実にハキハキとした挨拶で、これだけで俺とは合わなそうだなと感じた。たぶんこいつはやりたくて生徒会長をやっているのだろう。

人をまとめるのが好きなタイプに見えた。集団の中に一人いればありがたい存在ではあるが、たまにどこに導いているのかわからないような奴の場合もある。

「はじめまして。生徒会長の雪ノ下です。それからこっちが会計の由比ヶ浜さん」

「よろしく!」

由比ヶ浜は若干引き気味に会釈をする。グイグイきそうな玉縄の様子に圧倒されているようだ。

「彼女が書記の一色さんで、それと……」

続けて一色が余所行き用の笑顔を作ったとのころで、雪ノ下が俺を紹介しようか迷っていた。

「いいよ俺は、その他1名だ」

「庶務の比企谷君。あと今は所用で来ていないけれど副会長が遅れて来るわ。それでこちらは全員よ」

結局紹介されてしまったが玉縄は俺のことに目もくれず、うんうんと満足そうに頷いてから口を開いた。

「了解。僕は前から総武高校とはリスペクトし合えるパートナーシップを築けそうだと思ってたんだ。お互いの若いマインドを発揮して、最大限のシナジー効果を生んでいこう!」

お、おう。別に俺に向けて話しているわけではないだろうが、そういう言葉しか出てこない。

一色ははぁ?という顔をもう隠せていないし、雪ノ下さんは停止していらっしゃる。アドリブに案外弱いんだよな、こいつ……。

由比ヶ浜はいつもと変わらないように見えたが、背伸びをして俺の耳元に顔を近づけてきたので、俺も首を傾けて顔を寄せてみる。

「この人、外国帰りなのかな……。帰国子女ってやつ?」

ボソッとした声とともに、柔らかい吐息とシトラス系の香りが俺に届く。なんで女子っていい匂いがするんだろうね?

「い、いや、違うだろ。これはいわゆる意識高い系ってやつだ」

俺の言葉の意味がわからないのか、可愛く首を傾げてきょとんとしている。

クエスチョンマークがよく似合うな由比ヶ浜は。またゆっくり説明してやろう。ちゃんと理解できていると言えるほど詳しくはないけど。

俺も現実に存在する意識高い系を見たのは初めてだが、たぶん合っているはずだ。

ネット上だけの存在なのではとも思っていたが、そうではなかったらしい。こうして発言を聞くとルー語との違いがいまいちよくわからない。

要はクリスマスのイベントをヤングなエヴリワンでトゥギャザーしようぜ!終わったアフターはギロッポンでシースー!こんな感じか?なんか違うな。業界語も混ざってるし。

「え、ええ。これから暫くの間よろしく」

「うん、よろしく!」

固まっていた雪ノ下が意識をようやく取り戻したようだ。それから生徒会長同士の熱い握手が交わされた。玉縄はそのまま二言三言と雪ノ下に話しかけ会話を続ける。

いや、なげぇよ握手。会話は離してからやれよ。

そうしていると生徒会長である玉縄の元へ、海浜高校の連中が続々と集まってきた。

こちらの女子三人はその会話の渦に巻き込まれ、簡単な自己紹介のようなものをやり始めた。

俺はいいや、どうせ覚える気ないし。そう思ったので会話の輪から離れて一人で座っていると、後ろから話しかけられた。

「あれー?比企谷?」

突然名前を呼ばれ、何事かと振り返るとそこには見覚えのある女子が大きなコンビニ袋を抱えて立っていた。

軽くウェーブのかかった黒髪、着崩した制服、誰にでも同じように話す気さくな声。

「やっぱ比企谷じゃん、最近よく会うねー」

折本かおり。昔告白したこともあるし当然嫌いなわけではないが、正直なところ彼女が絡んだことでいい記憶というのはあまりない。この間の別れ方もろくなもんじゃなかった。

どれも苦く気まずいもので、できるなら思い出したくない。それを自分でもわかっているからか、掌に変な汗が滲んだ。

「……おす」

「なにしてんの?まさか比企谷、生徒会入ってんの?」

「まぁ、そのまさかだ」

「マジで?超ウケるー。全っ然似合わないっ」

折本はコンビニ袋を机に置くと、腹を抱えてけらけらと笑い始めた。何がそんなに面白いんだ……。

「あ、私は生徒会じゃないよ。ただの手伝い」

「ふーん。それ何?」

さして興味があるわけではないが無言になるのもなんなので、重そうに抱えていて今は机の上にある袋について質問をする。中はペットボトルのお茶やジュース、菓子類のようだ。

「あ、これ?会議中にみんなが食べたりするやつ。ケータリング?みたいな感じ」

「ほーん。なるほどね」

もう会話が終わってしまった。ここから広げられないから俺なんだろうな。

「……やっぱあの子たちも来てるんだ」

折本は海浜高校の連中と話をしている雪ノ下たちを横目でちらりと見た。

折本の言うあの子たちとは、雪ノ下と由比ヶ浜のことだろう。あの気まずい空気の中でも二人のことははっきり覚えていたようだ。

「……おお。あいつらも生徒会入ったからな」

葉山もいるんだけど、と言おうとしてやめた。どうせすぐに会うことになるんだから、別にここで言わなくても問題はなさそうだと判断した。

「ふーん……。まぁいいや、また話そ。じゃ私戻るね、またねー」

折本はコンビニ袋を重そうに抱え、海浜高校の連中がいるところへ戻っていった。

「へぇー。先輩、向こうにお知り合いの方いたんですね」

「おお、同じ中学なんだよ」

というかお前も見たことあるはずなんだけどな……。見られた状況が状況だけにそれを教える気にはならなかった。

いつの間にか三人とも向こうとの会話を終えて俺の近くに来ていた。由比ヶ浜と雪ノ下は折本のいる方向へぼんやりと目を向けている。

折本も知っている顔に見られていることに気がつき、頷きと変わらない程度に頭を下げて会釈する。雪ノ下と由比ヶ浜も同じようにして返した。

「あの子、あのときの……」

由比ヶ浜のその小さな声はおそらく誰に向けられたものでもなかった。だから、誰も返事はしなかった。

「ね、先輩。あれ会議用のですよね?こっちも用意したほうがよくないですか?」

一色は先ほど折本が抱えていたコンビニ袋を目ざとく見つけ、指差しながら話す。確かに向こうにだけ用意させるというのは問題かもしれない。

俺たちはお客さんではないのだから、一方的に施しを受けると向こうもこっちも余計な気を使うことになる。でも一色がそういうことに気がつくのって意外だ。

「案外お前って気が利くんだな」

「案外は余計です。わたしは結構気配り屋さんですよ」

「へいへい。雪ノ下ー、俺らも買いに行ったほうがいいんじゃねぇの?」

「そうね。開始までまだ時間はあるし、見繕ってきてもらえるかしら。比企谷君」

「え、俺?」

「あなたよ。庶務の力を遺憾なく発揮するときが来たわね」

うん!ぼくパシりがんばる!アホか。庶務に力なんかありません。でも一応仕事だし行ってくるか……。

そういえばここの雑用は俺の仕事なんだった。一色の言うことなど流しておけばよかったかもしれない。

「あの……もう一人いたほうがよくない?」

由比ヶ浜は小さく手を挙げながら、おそるおそるというように進言をする。

うーん、どういう意味だろうか。かさばるから持てるか心配してるってことか?そうだな、たぶん。

「いや、一人で持てるから……。あー、でもよく考えたらチョイスに自信が持てんな」

俺が選ぶとキャベツ太郎とか買ってしまいそうだ。あれ超美味い。でもあんなのみんなでボリボリやってたら部屋がソース臭くなってたまらん。手もベタベタになるしきっと却下だろう。

「あ、じゃああたし……」

「一色、行くぞ」

おそらく由比ヶ浜は自分が行くと言いかけたのだろうが、言い切る前に遮って一色に告げた。

由比ヶ浜でも目的を果たすのに問題はないが、ここは一色のほうがよさそうだ。

「なんでわたしなんですかー……」

「言い出しっぺだろ。さっさと来い」

ぶーぶーと不満を漏らしている一色を促してから、財布を持って講習室をさっさと出た。

雪ノ下は生徒会長だからなるべくあそこに居たほうがいいだろう。すると残りは由比ヶ浜か一色になるわけだが、由比ヶ浜と行くとなると部屋に残るのが一色と雪ノ下になってしまう。

要するに、その二人だけを残すのは躊躇われたので一色を指名することにした。

あんま合わなそうだし、雪ノ下と一色。険悪になるとは思わないが、間を持たせるのにお互い苦労しそう。

それに由比ヶ浜とだと、俺は存外に楽しんでしまいそうというのもある。仕事は辛いからこその仕事であって、あまり楽しんでしまうのもよろしくない。

だるそうに肩を落としながらついてくる一色とコンビニに入り、買い物カゴを手に取る。すると一色があまり悩む様子もなく、次々と菓子やら飲み物やらを放り込んでいく。

「もうちょい悩まねぇの?」

「まぁこういうのは定番ってあるじゃないですかー?それ抑えとけばそんなに文句は出ないもんですよ」

「そういうもんか。ちなみにキャベツ太郎は?」

「論外に決まってるじゃないですか。個包装が基本です。……ちょっと美味しいですけど」

一色は目を逸らしながら恥ずかしそうに最後の言葉を付け足した。いや、別にキャベツ太郎は恥ずかしいものじゃないと思うんだが。

「こんなもんですかねー」

「ほいさ。……これって経費でいけるよな?」

「じゃないですか?自費とか嫌ですよわたし」

「俺だってやだよ。とりあえず領収書貰っとくか……」

レジに行きカゴにある大量の商品をスキャンしてもらっていると、そこで気がついた。

財布を広げて確認する。やっぱりだ。俺、金足りねぇんじゃねぇかこれ?

「……すまん一色。金出しといてくれ」

「はっ?なんでですか?」

一色は眉根を寄せて、実に人を舐めくさった表情を浮かべている。なんだその顔はと言いたいが、助けてもらうのにそんなことは言えない。

「さ、さっきお前に奢ったからもうあんま残ってねぇんだよ」
 
「はぁー、しょうがないですね先輩は……。じゃあわたしが立て替えときます」

「悪いな」

立て替えとはいえ、下級生に出してもらうのはほんと情けないし申し訳ない。ほんと俺貧しい。でもさっき奢ったからノーカン!ノーカン!

一色の支払いと領収書の受け取りが終わると、飲み物の入った重い袋と菓子の軽い袋を両方持ってコンビニから出た。せめてこのぐらいはやらないと俺が出てきた意味がまるでない。

「あ、ありがとうございます……。でも悪いんで一個持ちますよ?軽い方」

一色は頭を下げながら素直なお礼を口にした。このぐらいなら軽いものだが、予想外の言葉に少しだけ面映ゆい気持ちになる。

「……別にいい。仕事だからな」

「変なとこ真面目ですね。でも……えいっ」

一色はててっと俺の正面まで早足で回り込むと、軽い方の袋を両手で奪い取ろうとする。

俺が奪われまいとつい力を込めてしまったものだから、袋は俺の手から離れず二人ともつんのめってしまった。

よろけた一色の顔が俺の胸のあたりに近づき、どくんと心臓が跳ねる。一色はかぁっと顔を赤くして後ずさるようにぱっと離れた。

「なななに考えてるんですか先輩。やめてくださいそういうのはもっと仲良くなってからに……やっぱそれでも無理ですごめんなさい」

七日ぶり(適当)通算三回目(適当)の告白失敗(してない)。もうどうでもいいです。

暫くの間二人とも顔を逸らし、無言で立ち尽くす。

「もう……おとなしく離してくださいよ」

やがて落ち着きを取り戻した一色がそっと軽い方の袋を引っ張る。今度は俺も大人しく手放した。片手が空いて手持ち無沙汰になる。

「俺、持つからいいのに」

「いいんです。さっきも奢ってもらっちゃいましたし、先輩たちとはなるべく対等でいたいですから。それよりー、ちょっと聞きたいことがあるんですが……」

対等どころか俺のほうが下っぱ感あるけどな、ここじゃ。で、聞きたいことってなんだよと思って一色を見ると、唇を引き結んだり口を開きかけたりしていて迷いが見てとれた。

「聞いてもいいのか、よくわかんないんですが……」

こんな言い方をされるということは、もうほとんど概ね大体聞かれて嬉しいことではない。聞かないほうがいいに違いない。

「じゃ、聞かないでくれ」

「じゃあ聞きますね」

でも無視された。今の会話意味ねぇな。

「……おお」

「お昼休み、城廻先輩となんの話してたんですか?告白、されたり、とか……?」

その質問の内容よりも、今までのきゃるんっとした甘える声ではなく、あまり聞かない真面目な声音だったことに驚いた。

他人の恋愛話を興味本意で楽しもうとしているわけではなさそうだ。でもまぁそんな恋愛云々の話は全くなかったんですけどね、残念だけど。

「されてるわけねぇだろ」

「じゃあなんの話だったんですか?城廻先輩ずいぶん意味深な感じじゃありませんでした?」

「それはそうなんだけどな……。なんかお礼言われただけだ。お前が思ってるようなことはなんもねぇよ」

確かに意味深な態度だった。されたこともないのにもしかしてこれはアレなのか!?とか思っちゃったからね。めぐりんマジ天然魔性。俺が勘違い野郎という可能性は抹消。

「お礼って……なんのですか?」

なんの、と言われても困る。俺自身よくわかってねぇし。ちゃんと説明できる気がしないので適当にはぐらかすことにした。

「別に大したことじゃねぇけど、んなことお前には関係ないだろ。個人的なことだよ」

「……ふーん、そうですか。わかりました。とりあえずそういうのではなかったと」

「そうそう。そんなイベントは俺には無縁なものだ」

「えー、でも先輩地味にモテてません?気のせいですか?」

「気のせいだな」

モテてりゃもうちょいまともな性格になってたかもしれないな。あと目も腐ってるとか言われなかったかもしれない。やっぱり俺がモテないのはどう考えても社会が悪い。

「そうですかねー?先輩もわかってないわけじゃないと思うんですけど……」

ぽしょっと最後に付け足された言葉が耳に入ったとき、体の内側のどこかがチクリと痛んだ。

俺はその呟きに返事をすることはできず、それきり二人の会話は途切れてしまった。


買い物を終えてから講習室に戻り、買ってきたお茶を注いでのんびりしていると、玉縄がぱんと手を叩いて注目を集めた。

「ではそろそろ時間になりますので、会議始めまーす」

主に海浜高校側から発せられていたガヤガヤとしたざわめきが徐々におさまっていく。みなさんが静かになるまで8年かかりました、とか言いたくなるなこれ。

全員が席についたので向こう側を見渡して数えてみると、海浜のメンバーは俺らの倍はいる。そりゃ騒がしくもなるか。

となるとバランス的には向こうが主導でこちらがサブというものになるかもしれない。意見が割れて最終的に多数決とかになればこちらが勝つのは難しそうだ。

「みんな、集まってくれてありがとう。僕は海浜高校生徒会長の玉縄。で、そちらが総武高校生徒会長の雪ノ下さん」

「はじめまして、雪ノ下です。これからイベントまでの間よろしくお願いします」

海浜高校のメンバーの視線が雪ノ下に集まり、ささやかな拍手が沸き起こった。雪ノ下の凛とした姿勢は変わらないが、少しばかり照れ臭そうにも見える。

「今日は初顔合わせだから、みんな簡単に自己紹介していこうか。お互いの名前がわかったほうがコミュニケーションもスムーズにできるからね」

向こうからそうだね、とかそれある!とか賛同の声が聞こえてきた。さっきも俺以外の一部メンバーはやってただろうに。

やだなぁ……。クラス替えとかで最初に毎年やるんだけど、あれは何度やっても慣れない。名前以外言うことねぇんだよ。

そうして各自の自己紹介が始まった。向こうの連中から順次やっているが、俺は名前を覚える気がないのでろくに聞いていなかった。

折本の番のときだけは聞いていたが、特に思うところはなかった。

ただ、俺を挟むようにして座っている一色と由比ヶ浜、さらに隣の雪ノ下を見るときの目付きが普段のそれとは違って見えた気がした。

向こうの自己紹介が全員終わり、こちらの番になった。雪ノ下は済んでいるので由比ヶ浜が行い、次は俺だ。

「あ、えー……比企谷です。雑用です。よろしく」

多少雑だがこんなもんだろう。でもなぜだろう、俺のときだけ拍手がまばらな気がするのは。

折本だけはにやにやしながら笑いを堪えるように口元を押さえていた。だから何がそんなに可笑しいんだよ……。

最後に一色の甘ったるさ全開のきゃっぴぴぴーんとした自己紹介が行われた。いっろいっろりーんとか言い出しそうだ。語呂悪いからこれは駄目だな。でもやっぱ拍手俺よりでかい。

全員の自己紹介が終わると、当然のように司会役の座に収まった玉縄に皆の視線が注がれる。

「じゃあ早速だけど、イベント内容のアイディア出しからやっていこうか。これはゼロベースでいくから、既存の枠組みにとらわれず自由な……」

「ちょ、ちょっと待って。その前に基本的なことを確認させてもらえるかしら?こちらはまだその辺りのことをはっきり知らないし、認識を合わせておきたいわ」

玉縄の言葉をいきなり雪ノ下が遮る。そらそうだ、こっちは概要的なことすらろくに知らないし、向こうも全員に周知できているか定かでない。

「ああ、そうだね。グラウンドデザインの共有は大事だからね」

「まず、会場は上のホールと聞いているのだけれど……」

「その予定だよ」

「予定?まだ押さえていないの?」

「この後やるつもりだよ。あまり先に枠組みだけ決めてしまうと視野を狭めてしまうからね」

「……そ、そうね。でも早急にやらないと。場所がないと中身を決めてもどうにもならないわ」

「そうだね、終わったらすぐに押さえようか」

「ええ。そのホールの収容人数と、来場者の内訳はどんなものかしら?」

「まだ僕たちも見ていないんだ。会議が終わったらみんなで一度見てみよう」

「……そうね。中身は置いておいて、日程や場所、目的、来場の対象者、大まかなスケジュール、検討事項などを詰めましょうか。今日のうちに」

玉縄の荒い視点の隅をつつくように雪ノ下が補強しようとしている。玉縄は視野が広すぎて細かいところを見なさすぎだというのがよくわかる会話だった。

木を見て森を見ずというのはあるが、森を見て木を見ずというのはなかなか珍しい。

こいつの場合、森よりもさらに大きく日本地図を見てるんじゃないかってぐらいな気もするが。

「そうだね。その辺りのコンセンサスを得てから中身についてブレストしていこう」

ブレスト……ブレストファイヤー?違うか、ブレインストーミングってやつか。やったことはないけど知識としては一応知っている。

玉縄は海浜の中から一人を呼びホワイトボードに向かわせた。この人が向こうの書記ということだろうか。

うちの書記はといえば、誰も自分に注目していないことに安心してか、つまらなそうにぼーっとしている。俺が横目で見たことに気がついて笑顔に変わったがもう遅い。

こいつの素は間違いなくあっちだ。そうわかっていても、その変わり身の早さには超ビビる。むしろ怖くなる。

「ヒッキー、何言ってるかわかる?」

反対側から囁くような声が聞こえてきたので顔を向けると、由比ヶ浜が困惑したような表情を浮かべていた。

由比ヶ浜は知らない単語がたくさんあるのだろう。こいつランニングコストすらわかってなかったし。俺も知らない単語はたまにあるが、前後の文脈からなんとなく想像はできる。

「まぁ、なんとなく……」

「ほぇー、スゴいね。あたしはあの人の言ってること難しくてよくわかんないや……」

由比ヶ浜は気後れするようにたははと乾いた笑いを漏らす。

だが、わからなくても真面目に聞いて理解しようとするその姿勢は立派と言ってもいい。だから俺なりに精一杯のフォローをしたくなった。

以前にも言って、伝わっているかはわからないのが情けないけど、由比ヶ浜が役に立っていないとかそんな訳がない。

お前は俺たちにないものを、眩しすぎるものをたくさん持っているんだから。

「別にわからん言葉は流してもいいと思うぞ。大したこと言ってるわけじゃねぇから。話の流れがわかれば十分だ」

「まぁなんかいろいろ決めようとしてるのはわかるかなぁ……。うん、ありがと」

そう言って由比ヶ浜は柔らかい笑顔を作ってくれた。

ちゃんとフォローになっていたかどうかは怪しいが、そういう顔を見せてくれたことに安堵し、妙な満足感があった。

玉縄はホワイトボード前の書記に向かってまだなにやらか指示を行い、部屋にはキュキュッとペンを走らせる音が響いている。

「一色さん、ちょっと」

「……はい?」

呼ばれるとは思っていなかったのだろう、雪ノ下に呼ばれた一色が一瞬の間を置いて気の抜けた返事をする。

「議事録まとめてもらうつもりだから、そのつもりでいてね」

「はぁい……」

「それうちの仕事なのか?」

超めんどくさそうな一色を助けたいわけではないが、気になったので一応向こうに聞こえないよう尋ねることにした。

「別に議事録程度向こうに任せてもよいとは思うのだれけど……。決まったことはひっくり返されないように言質を取って、こちらで記録して向こうに確認させたいのよ」

言質ときましたか。まぁさっきの会話だけでなんとなくはわかる。

前提が曖昧なままで中身を決めようとするあたり、中身に合わせて前提ごとひっくり返してきそうな気配が。

「わかった。一色がんばれ」

「えー、手書きとか超面倒なんですけど……。ノーパソないんですかー?」

そうそう、ネットの記事の見出しなんかでノーパソとかノーバンとか書かれてると、ついそっちの言葉と勘違いして開いてしまう習性があるんだよね、俺。心からほんとどうでもいい。

「ゆきのん、生徒会のと奉仕部のあったはずだよね?」

「そうね、次からは生徒会のを持ってきましょうか。今日のところは手書きでメモを取っておけばいいわ」

「はぁい」

「よし、では続けていこうか。基本的な項目をいくつかあげてみたんだけど、どうかな?」

玉縄の声で会議がまた再開された。ホワイトボードに箇条書きされた項目を見て、雪ノ下がふむと頷き口を開く。

「そうね……では……」

会議はまだ、終わらない。


一一一

休憩
まだ投下続きます

乙です



「疲れましたー……」

「疲れたねー……」

時間もいい頃になり会議の終了が告げられると、一色と由比ヶ浜がもう限界とばかりに机にぐでーっと突っ伏した。雪ノ下は眉間を指で摘まんで深いため息をついている。

一方俺はというと、全身の力を抜いてだらーんと手を放り出している状態だ。

脱力しなければ意識高い会話に意識を持っていかれて意識が遠くなってしまいそうだ。意識遠い系、これは流行る。いや流行らない。

由比ヶ浜も一色も俺も、疲れきってはいるが実のところ発言はほとんどしていない。

俺たちの思っていたことや言いたいことは、雪ノ下がほぼ言ってくれていたからだ。あとすげぇ話しにくい、あいつら。

雪ノ下と玉縄、あと向こうの数人の会話だけでいろいろな方針の決定が成されていった。

だがそれは悪いこととは思わない。トップ同士の会話で方向性が決まるのであればむしろ良いことだ。

大まかな部分の決定に下っぱの意見を取り入れるとキリがないし、そんな必要性はどこにもない。

「でもま、基本的なとこはあらかた決まったな。目的とか検討事項なんかはちょっとふわっとしてるが……その辺は別に抽象的でも問題ねぇだろ」

ふわっとというかもやっとしてるというか、そこらの項目にはセールスプロモーションだとかオミットだとかいう意識高そうな単語が並んでいる。

「そうね、なんとか押さえるべきところは押さえることができたわね……」

とりあえず、肝心の企画案を考える前に決めるべきこと、来場対象者やら会場のキャパ、日程、スケジュール感なんかはざっと把握できたと言ってもいい。それに伴い、これから連絡や調整しなければならないことも見えてきた。

これ雪ノ下だからここまですんなり決まったんじゃねぇの?

他のやつだったら向こうに飲み込まれて、重要なことを無視してそのまま中身の議論に入ってたんじゃなかろうか。

「これならまぁなんとかなんじゃねぇの」

この時の俺はそんな風に気楽に考えていた。本当に。これから会議は混迷を極めていくことになるとは微塵も思っていなかった。


気がつくと由比ヶ浜と一色は席をはずしていた。あれだな、きっと。お花を摘みに行ったんだな。この表現一周回って逆にやらしく感じるから別の考えたほうがいいと思います。

「雪ノ下さん、ちょっといいかな?」

「何かしら?」

雪ノ下は玉縄の傍まで移動して何事か話を始めた。おい、なんで二人とも携帯出してんだ。俺ですら雪ノ下の連絡先知らねぇんだぞ。

玉縄に向けて形容し難い謎の念を送っていると、講習室に新たな人物が入ってきて海浜の連中の目線がその人物に集まる。

「悪い、遅くなった。もう終わった?」

葉山が部活を終えてようやく来たようだ。なんで遅れて来たくせにそんな爽やかなんだお前は。俺なら卑屈な顔を……の前に部屋に入らず帰ってるな。

「おお、もう終わったぞ。今日は無駄足だな」

「そうか。……折本さんもいるんだな」

「ん?あ、おう。偶然な」

葉山の目線の先を見ると、バツの悪そうな顔をした折本と目が合った。

俺が心配するようなことではないが、これからも顔を合わせることになるし、以前の出来事で発生したわだかまりを解消してうまくやってくれるとよいのだが。

「比企谷。ちょっといいか?」

「あ?」

言うと葉山は折本のほうへ歩いて行き、折本だけを呼び出してこちらに戻ってきた。

「なんだよ」

「ここじゃないほうがいいか。来てくれ」

有無を言わさぬ葉山の物言いに、仕方なく黙ってついていくことにした。折本も何も言わずに葉山を追いかけている。

講習室を出るときに何気なく部屋を見渡すと、あんぐりと口を開けた玉縄と不安そうな顔の雪ノ下の姿が目に入った。

二人とも半端な位置で掲げた携帯はそっちのけで、出ていく俺たちのことをじっと眺めていた。


階段を下りて誰もいないロビー付近で葉山は立ち止まった。そんなに聞かれたくないことなんだろうか。なんでもいいが面倒だしさっさと終わらせてほしいもんだ。

「なんの用だよ」

「折本さん、この間はすまなかった。俺が言い過ぎた。この通りだ」

葉山は俺の質問の相手をすることなく、折本のほうへ向けて頭を下げた。

折本は一瞬固まっていたが、我を取り戻すと胸の前で両手を横に振りながら慌てて口を開く。

「い、いやいやっ、そんなのいいからっ。葉山くん、頭あげてよ」

「そうか。でも言い過ぎたのは俺が悪いよ。謝らせてほしい」

頭は上げたが、葉山はあくまで謝罪の低姿勢を崩さない。

「ううん。私もちょっと……昔の変なノリで比企谷に、その、言い過ぎたから……。私も悪いよ。比企谷、ゴメン」

今度は折本が俺に向けて頭を下げた。ちょっと待て、俺はそんなの……。

「あ、あー……。いいよ別に、済んだ話だ。俺は気にしてねぇから折本も気にせんでくれ」

気にしていないというのは嘘だった。その言葉が本当なら、少し前に葉山にどこへ行くかと振られたときにちゃんと答えることができたはずだ。

気にしていたところで、こんなところでそう言えるわけもないけれど。

「そ、そう?ありがと、比企谷。葉山くんも、前のことならもう私大丈夫だから。気にしないで」

「そう言ってくれて助かるよ。ありがとう、折本さん」

「ううん。それじゃ私戻るね」

「ああ。呼び出したりして悪かったね」

「いいよ。私もちょっと……スッキリしたから。じゃあまた」

そう言うと折本は踵を返し、講習室に戻ろうと階段に足をかける。

「あ、折本さん」

葉山の呼び止める声に反応し、階段を昇りかけたところで折本は立ち止まり振り返った。

「これからよろしく」

「こちらこそっ」

折本は元気な言葉と中学生の頃にも見た懐かしい笑顔を残し、階段を一段飛ばしで駈け上がっていった。

見たことのある屈託のない笑顔は、昔も今も俺に向けられたものではないということに気がついて、少しだけ虚しくなった。

階段を見上げる葉山に声をかける。

「なんのつもりだ?」

「なんのつもりって、関係を修復しただけさ。打ち合わせもあのままじゃやりにくいだろ」

「……まぁな。簡単に修復できるんだな、お前」

「…………どうだろうな。いくら取り繕って修復しても、壊れる前にはもう戻らないよ。上辺を取り繕うのが上手なだけさ」

葉山は全てを諦めたかのように、感情のこもっていない薄い笑みを浮かべていた。

その通りだ。一度壊れたものはもう二度と戻らない。どんなに修復して綺麗に戻したと思っても必ず隙間は残り、一度入ってしまったヒビや傷がなかったことにはならない。

できるのはその傷から目を逸らすか、いかに目立たなくするか、そのどちらかしかない。新しく作り直さない限りは。

「あっそ。にしてもだ、お前が謝るだけなら俺はいらんだろ」

「要るよ。折本さんの謝る相手がいなくなるじゃないか。君は謝らせてもあげないのか?」

最後の方は珍しく俺を詰問するような口調だった。

「謝ってほしいなんて思っちゃいねぇよ」

「比企谷がどう思うかなんて関係ない。君のためじゃなくて折本さんのためだからな」

俺がしてほしいとかしてほしくないとか、そんなのは俺のエゴでしかないと言われている。葉山に言われるのは癪だし悔しいが、その通りだと思った。

俺も小さい頃は友達だっていたし、殴り合いのようなものではないが喧嘩だってしたこともある。

だから、謝ることができないと前に進めないことがあるというのもわかる。

俺はこれまでもそうやって人間関係を切ってきたのかもしれない。悪いことをしたのは俺じゃない、俺は悪くない。関係を切ったのは俺を傷つけた相手のほうだ。

だが、謝らせないことによって断ち切ってきたのは他の誰でもない、俺自信だったのかもしれない。俺が大事に思っていたのは、いつだって俺だけだった。

「知ってたけど嫌なやつだな、お前」

「そんなこと言うのは比企谷だけだよ」

葉山は先ほどのものとは違う楽しげな笑みを漏らす。なにこいつ。嫌なやつって言われて喜ぶとかマゾなの?

「だろうな。……戻るか」

「ああ」

階段を昇るときなんとなしに上を見上げると、手摺の隙間から慌てて走り去っていく由比ヶ浜と一色の姿が見えた。

「見られてたっぽいな」

俺たちが下にいるとは普通思わないだろうから、たぶん階段を降りるところから見られたのだろう。

ということは、さっきまで折本がいたのも知っているはずだ。

「聞かれて困るものでもないけど、聞こえてないと思うし別に構わないさ」

「お前が構わなくても俺が一色からいろいろ聞かれるんだよ、間違いなく」

「ははっ、うまく言っといてくれよ」

葉山は一色の好意が自分に向いていることをわかっているようだ。そういや前も困ってるとか言ってたな。

あいつ人によって露骨に態度変えるし、困る気持ちはわからんでもない。あざといし。

「ま、適当に言っとく」


講習室に戻ってもまだ会議終了後の喧騒は鳴り止んでいなかった。各自が思い思いの場所で談笑を繰り広げている。終わったんだからさっさと帰れよお前ら。

「あ……ヒッキー。隼人くんお疲れー」

「葉山先輩おーそーいー。先輩も勝手にどこ行ってるんですかー」

由比ヶ浜と一色からそれぞれ声をかけられる。二人はさっきのことを今どうこう聞く気はないようだ。俺たちも見られていたことを知っているが、わざわざ言うこともない。

「葉山君。……比企谷君も。二人とも、ちょっといいかしら?」

雪ノ下は俺たちの元に歩み寄ると、控えめに口を開いた。

「由比ヶ浜さんと一色さんからはもう了承をもらっているのだけど……。向こうの生徒会の人たちが、親睦を深めるために一緒に食事でもどうかって」

「……お前も行くのか?」

「ええ。無理に断るのも、その……これからのことを思って……」

雪ノ下はまるで許可を求めるように、上目遣いで微かに潤んだ瞳を俺に向ける。なんでそんな顔をして言い訳がましいことを言うんだ。

俺は行くななんて言っていないし、そんなことを言う権利が俺にあるわけがない。

雪ノ下自身はそういうのに行きたがるはずがないと思っているが、それだけだ。

葉山と顔を見合わせる。

「俺は……行くかな。今日顔見せできなかったから丁度いい。比企谷はどうする?」

「……行かねーよ。金もねぇし。もう帰るわ」

「そうか。じゃあまたな」

葉山はそう言って一色たちの方へ向かった。

雪ノ下は胸の前で拳を握ったまま口の端を固く引き結び、まだ何か言いたそうにしている。

少しの逡巡の間を置いてようやく意を決したのか、顔が上がり口が開いた。

「あの、お金なら、私が……」

そんなこと、言わないでくれ。

雪ノ下には酷く不似合いな言葉な気がして、見たくないものを見せられている気がして、そうしようとしているわけではないのに俺の語気は荒くなった。

「いらん。行かねぇっつってるだろ」

雪ノ下がビクッと肩を震わせて怯えた表情を見せる。

やめてくれ、なんでそんな顔をするんだ。いつもみたいに俺に反論して俺から言葉を奪ってくれ。

「ご、ごめんなさい。無理にとは言わないわ……」

今にも泣き出しそうに謝る雪ノ下を見て、自分の態度が荒くなっていることを気づく程度には冷静さを取り戻した。

なぜ俺はこんなに苛立っているんだ。苛立つようなことなんて、ないはずなのに。

「あー……いや、悪い。せっかく気を使ってくれたのに。今日のとこはもう帰るわ」

「そう……。わかったわ。また、明日ね」

別れの挨拶と一緒に雪ノ下は微笑みを向けてくれた。

その微笑みはとても優しいけど弱々しくて、俺の知っている雪ノ下のものとは違っているような気がした。

よく似てはいるが、別のものだ。

いつからだ。雪ノ下がこんな顔を見せるようになったのは。

そんなのわかってる。つい最近だ。生徒会長になってからだ。もう少し言うと、俺があの提案をしてからだ、きっと。

得体の知れない不安に焦燥感が沸き起こり、身を捩りたくなるようなもどかしさを感じる。

だから、こんな場所で考えるのはやめにしてさっさと帰ることにした。鞄をひっつかんで扉に向かい、うちの連中に別れを告げる。

「んじゃ俺帰るわ」

「あれ、先輩行かないんですか?」

「おお、空気悪くすんのもアレだし、金もねぇし。任せる」

「そいえばそうでしたね……。じゃあまたでーす」

一色はあっさりと挨拶を済ませ、葉山との会話に戻っていった。そうだよな、それで俺は問題ない。

「あー、ヒッキーやっぱ帰るんだ。……またね」

「おう。またな」

由比ヶ浜は俺が行かないと予想はしていたようだ。またね、という言葉の前にあった一瞬の間に、僅かに後ろ髪を引かれるような思いがした。



食事にいく他メンバーを残して一人コミュニティセンターを後にし、自転車を止めている駐輪場に向かう。

今日あった出来事を思い返しながら歩くと、夜の乾いた風が体の芯まで染みる。

冷たい空気の侵入を防ごうと自転車の前でマフラーを巻き直していると、後ろから自転車のベルの音と声が聞こえた。

「比企谷、帰るとこ?ご飯いかないの?」

自転車に乗った折本は振り返った俺の顔を不思議そうに見ている。

真冬でも短いスカートから伸びる白い脚が眩しい。その短さで自転車というのはいろいろと危険が危ないしデンジャラスだと思います。

「……おお。俺はそういうのはパスだ」

だいたいパスしてるからパスなら超上手いぞ俺は。存在感もないし黒子になれる素質があるかもしれない。いや、存在感なさすぎでパスがこないから駄目か。幻すぎて試合中に部活から消え去っているまである。

「そっか。そういや比企谷って昔からそういうとこにいなかったもんね」

「合わねぇからな。折本は行かねぇの?」

「あたしは生徒会役員じゃないからねー。ねぇ、途中まで一緒に帰んない?」

俺にとって折本は一緒にいたくないランキング上位に君臨する人物なのだが、お互い地元の中学だったから家の場所をなんとなく知っておりなかなかに断り辛い。

頭を捻ってはみたが体のいい断り文句は思い付いてくれなかったので、仕方なく了承の意思を伝える。

「……おお。途中までな」

車通りも人通りも少ない道を選び、自転車で並走する。折本は今の学校のことや、自分のところの生徒会についてぽつぽつと話してくれた。

俺は相変わらず気の利いたようなことは言えずにいたが、一人で話してはけらけらと笑っていたのであまり気にならなかった。

いろいろと話すうちに、なんとなくうちの生徒会についての話になった。

「葉山くんもいたんだねー、ビックリしちゃったよ」

折本の元の性格や話し方がああだからわかりにくいが、葉山についてこういう話し方ができるのであればもう大丈夫かもしれないと思った。

「あいつサッカー部の部長もやってんのにな、よくやるよ」

「すごいよねー。でも比企谷はなんで生徒会入ったの?」

「なんか、成り行きでな。俺は先生に強制されてるようなもんだ」

これはこれで事実だからな。平塚先生は逃がすつもりはなかったと言っていたし。

「なにそれ、ウケる。比企谷なにやったのよ?」

「別になんも……。ずっと一人でいただけだ」

「あっはは、それじゃん。先生も見かねたんだよ」

「ほっといてくれんもんかね。好きで一人でいたのによ」

「んー、でもよかったんじゃない?比企谷、今は葉山くんとか、他にもいろいろ仲良さそうな子いるし」

仲良しとかは置いておいて、最近の俺の周りには大体他人がいるが、これは本当によかったのだろうか。

俺が愛していた孤独は、もうだいぶ手から離れてしまっている気がする。かといって、その代わりに何かを得たという実感もない。

失くすものだけで何も得られていないなら釣り合いは取れず、俺が空虚になっていくだけじゃないか。

「……そんなのいねぇけどな。葉山も別に友達じゃねぇし」

「そうなの?じゃあ葉山くんと比企谷ってなんなの?」

たぶん折本が何も意識せずに言っているこの質問で海老名さんが思い浮かぶあたり、俺もかなり毒されているようだ。嘆かわしい。

同じ男なら戸塚のことを……とか思う時点で元から結構酷いな。鼻血を出す眼鏡腐女子の顔を頭から振り払って、俺の認識している状況を話す。

「葉山は……クラスメイトで、今は同じ生徒会のメンバーだな。特に仲良くはねぇよ、やっぱり」

「ふーん。そうは見えないけどね。……比企谷、ストップ」

「あん?」

後ろから制止の声とキッという軽いブレーキ音が聞こえたので俺もブレーキをかける。

折本は暗い夜道の中で光を放つ自動販売機の前で止まり、自転車に乗ったまま飲み物を買っていた。

いや、そんな姿勢でしゃがみこんで商品を取り出すのはちょっと……。

誰に見られているわけでもないのに気恥ずかしくなり、慌てて反対側に目を向ける。そこには寂れた小さな児童公園があった。

「ほい。奢るからそこでもうちょっと話さない?」

すれ違うような格好で折本から紅茶を手渡され、改めて児童公園のほうに目を向ける。

空っ風が吹きすさび枯れ葉がカサカサと舞っているのを見ると、より一層寒さが強調されているようで身震いが起こった。

「やだなぁ……。さみぃよ……」

「だから紅茶奢ったの。いいじゃん、ちょっとだから」

もう飲み物を買って貰っている手前、強引に帰るとも言い出せず不承不承頷くと、二人とも自転車のまま公園に入ってベンチの前で止めた。少しの距離を空けて、並んでベンチに座る。

……帰りたい。なんでこんな寒い中折本と二人でベンチに座ってるんだ。

折本とか女子ってのはこんな中でも生足出してるし、寒さに強い生き物なのか?でも冷え性とかよく聞くし、わけがわからないよ。

かじかむ指先でなんとか紅茶のプルタブを開けて一口流し込むと、甘さが体に広がり内側から暖められる。でもさみぃ。

折本も同じように紅茶を一口飲むと、はぁーと長く白い息を吐いた。

「あのさー、なんで比企谷の周りって美男美女ばっかなの?」

なんじゃそりゃ。わざわざ止まって話すことがそれなのかよ。

「だ、誰のことだよ」

「生徒会の子たちも当然そうだし、前葉山くん紹介してくれた先輩の人とか。全員だよ、ほんと」

あー、陽乃さんか……。内面は知らんが外面は確かにキレイだな、うん。生徒会も雪ノ下に由比ヶ浜に一色に葉山か……。

あれ?俺浮いてない?

「なんでとか言われても知らねぇよ。たまたまとしか言えん」

「まぁそうだよね。比企谷が選んで集めてるわけないし」

そんなことするのは俺の知る限り三浦さんだけだ。自分の容姿にも自信がないとそんなことできねぇよな。ほんと三浦さん怖い。

「そりゃそうだ。話ってそんだけか?」

「あー、いや。ちょっと気になることがあってさ、聞きたかったんだけど」

そこで話を区切って折本は紅茶を啜った。俺は誰もいない公園を見るともなく見ながら続きを待つ。

「比企谷、どの子と付き合ってんの?」

「はぁ?」

意味がわからん。なんで付き合ってるのは前提みたいな言い方になってるんだ。

「最初はあの二人のどっちかだと思ってたんだけどね。今日書記の子と仲良く……ていうかイチャイチャ?してるの見てわかんなくなっちゃって」

ますます意味がわからん……。書記の子って一色のことだろ?

「は、はぁ?俺がいつあいつとイチ……イチャイチャしてたんだよ」

「会議の前にコンビニ行ってたじゃん?あの部屋の窓から戻ってくるのが見えたんだけど、なんか袋の奪い合いみたいなのしてたっしょ?あれ」

なんか意外なところを意外に見られてるもんだな……。行動として思い当たることはあるが内情は全然違う。面倒だけど訂正しておこう。

「あれのどこを見たらそう見えるんだよ。全然ちげぇ」

「そうかなー。あたしにはお互いが自分が持つよってやってるように見えたけど。バカップルっぽくない?」

「し、心外だな。あいつと付き合ってるわけねぇだろ」

ほんと心外。傍から見たらそんな風に見えるんだな……。自重しよう。

「じゃあ生徒会長の子?」

「だから……なんで付き合ってるって話になってんだよ。誰とも付き合ってねぇよ。今も今までも」

だからこんな捻くれた人間になってんだろうが、と言いたかったが自重した。自重ってやっぱ大事。

「へー。そうなんだ。意外」

折本はきょとんとしているのか興味があまりないのか、いまいち判然とし辛い表情で呟いた。

「意外でもなんでもねぇだろ。俺が誰かと付き合うなんて想像できんのか?」

「んー、昔はできなかったけどさー、今はそうでもないよ」

中学のときには見られなかった、俺の知らない折本の顔がそこにあった。

いろんな人の新しい表情が見られるようになったのは、俺がそれに気がつくようになっただけかもしれないし、今まで見えていたものが違って見えているだけかもしれない。

変わったのは俺なのか、相手なのか、その両方なのか。俺にはわからないことだらけだ。

「……なんで?」

わからなすぎて間抜けなことこの上ない言葉しか出てこなかった。だが、今俺が知りたいことを端的に表しているとも言える。

なぜ、なんで、どうして。いつも俺が考えていることだ。

俺は常に理由を探している。相手の考えも、自分の行動ですらも、理屈で論理的に説明できないことを恐れているから。

「んー……。いろいろ、かな?」

折本は首を傾けてそう言うと、にっと微笑んで白い歯を見せた。

いろいろ、か。便利な言葉だな。そこには2しか含まれていないかもしれないし、100含まれているかもしれない。受け取り側の想像次第とも言える。

だが頭の中が整理できておらず、そうとしか言えないことだってあるだろう。そう思ったからそれ以上の追求はしなかった。

「そうか、いろいろか」

「そうだね、いろいろだよ」

それから二人同じタイミングで紅茶の缶を傾けて飲み干す。すっかり冷えてしまった紅茶を飲んでも体が暖かくはならなかったが、不思議とここに来たときより寒くは感じていなかった。

「帰るか」

「うん。ありがとね」

「どういたしまして。何もしてねぇけど」

「やっぱ比企谷、超ウケる」

「なんっもウケるとこなんかねぇよ」

あははっと楽しそうに笑う折本を尻目に立ち上がり、自転車に跨がるとまた答えにくい質問が飛んできた。

「あのさー、付き合ってないのはわかったけどさ、だったらあの中の誰が好きなの?」

「……なんで好きな奴があの中にいるって思うんだ」

「いるでしょ?そのぐらいはわかるよ。じゃなきゃ比企谷は生徒会なんか入らなそうだし。ねー、誰?」

このまま無視して走り去ろうかとも思ったが、ペダルを漕ぐ力が湧いてこない。

「そ、そんなの言うわけねぇだろ」

「やっぱいることはいるんじゃん」

「あ、いや、俺に、好きな奴なんて…………」

明確にそう思える人間なんて、俺がそんなまともな感情を抱えているなんて……。

ほら、やっぱり俺の性根は変わってなんかいない。

いつまでも肝心なところから目を逸らしたままで、先送りにして、最終的には風化させて台無しにしてしまう。

折本とのことはこの前終わらせられたと思ったのに、俺は過去のトラウマという自己保身のための予防線をまだ張り続けている。そんなもの、もはやハリボテでしかないのに。

それでも守り続けるその奥にあるものは、自分勝手で我儘で、傲慢で、醜いものだ。人に勝手に理想を求めて、甘えてしまいそうな俺の弱さだ。

「…………本当にいないの?」

だが、逸らした目はいずれ前に戻さなければならない。いつまでもそうしていることなどできない。

きちんと向き合ってちゃんとした答えを出すのは今ではないにしても、せめて前だけは向かないと。もう、この感情を無視してはいけないと俺の中の何かが告げている。

これを無視してしまえば俺はこの先ずっと、何も得ることも失うこともできなくなる。そんな気がする。そんなのは、嫌だ。

こんなに臆病なのに、怖がりなのに、孤独を愛していたはずなのに、人との繋がりが欲しくてたまらないんだ、俺は。

あの部屋で見えてしまった気がするから。あの夕焼けの帰り道で見つかった気がするから。だから俺は、今こそ俺は、逸らした目を前に向けなければ。

この感情に名前を付けるぐらいは、今ならできるはずだ。

「……いる、かもな」

「そっか、やっぱりそうなんだ。誰だろ?比企谷の好きそうな子かー、難しいなー」

「も、もうこれ以上は言わねぇからな」

というか言えない。自分でよくわかっていないから。

「あははっ、ウケる、超キョドってるし。いいよ別に、勝手に想像するだけだから」

「想像もやめてくれ……。じゃあ帰るわ。またな、折本」

「あははっ、うん、またね。比企谷」

鼓動が速い。顔も体も熱い。だが心は怯え、冷えている。

想いを自覚し理解することは、とても恐ろしいものだ。そんな俺が、これからも同じ態度いられて、同じ反応をできるかと言われると自信がない。

見えてしまった失う恐怖に負けないよう、家までの道をがむしゃらになってペダルを漕いだ。

俺には好きな人がいる。

その感情の名付け親は俺ではなく、おそらく俺の好きなその人なのだろう。

その感情のことを人は恋と呼ぶ。

そう。それがこの感情の名前だ。


☆☆☆

ここまで

訂正
>>313

続けて一色が余所行き用の笑顔を作ったとのころで
→ 続けて一色が余所行き用の笑顔を作ったところで

しばらく間空けてしまってさーせん

またそのうち

おつー

乙でる

乙です

おつです 次も楽しみにしてます

生徒会室でいちゃついちゃいます?



会議は停滞していた。

参加できなかった初日の議事録をいろはから見せてもらったときは素直にほっとした。

発言するべき人間が発言をし、多少の紆余曲折はあったものの、なんとか決定まで漕ぎ着けていたのが見て取れたから。

だがそれからさらに何度かの会議を重ねても、あれ以降に話し始めた肝心のイベント内容については遅々として進展がなかった。

堂々巡り。いや、もはやその言葉すら相応しくない。

何故なら、内容はまだ未定にも関わらず、巡る度に少しずつ規模が大きくなり、関係者も少しずつ増えていっているからだ。

生徒会長の補佐をすることが自分の仕事と考え、必要以上にでしゃばろうとする気のない俺も、さすがに日数がない、会議方針を変更したほうがいいとやんわりと発言はしていたものの、状況は一向に変わらなかった。

玉縄は全ての意思を取り入れて、全員が納得できる最善案を模索しようとしていた。そんなもの、どうやったってできやしないのに。

雪ノ下さんはそれに抗おうとはしていた。だが、致命的な決裂を恐れ婉曲な言葉に終始していたこともあり、玉縄には焦りやもどかしさがどこまで伝わっているのか怪しいものだった。

日程とスケジュールを考えると、もう会議や準備に使える残された時間は多くない。

本番までの残り日数だけが減っていき、それを皆が自覚しながらも手をこまねいているのが現状だった。

そんな中ではあるが、俺は今日もどうしても部活を抜けられず、会議が終わった頃での参加となってしまった。

講習室でのざわめきは主に海浜高校側から発せられていた。向こうもうちも同じように作業は行っていたが、その様子には違いが見てとれた。

うちのメンバーは向こうと違って、皆一様に沈んだ面持ちで黙々と作業を行っている。

決して向こうから一方的に作業を押し付けられているというわけではなく、割と公平な分担が行われているが、作業態度のせいでうちだけが忙しそうに見える。

「あ、葉山先輩お疲れさまですー。はい、これ今日の議事録です」

向こうとの挨拶もそこそこに席につくと、いろはは俺にノートPCの画面を向ける。

「もう書けたのか?早いな、さっき終わったばかりだろ?」

「そうなんですけどね、もう書くことがないというか、あらかたはしょっても問題ないというかー……」

いろはは疲れきった顔で横に座る比企谷にちらと目線を送った。それを受けて作業中の比企谷が顔を上げ口を開く。

「……まぁそういうこった。進展なしだ。あ、いや変更があったな。喜べ、関係者の追加だ。次から小学生が参加だと」

「そうか……」

自虐的に笑う比企谷の表情を見て、俺も言いかけた言葉を飲み込み、おもわず意味のない呟きを漏らしてしまった。

基本的には全て任せている俺が言うのもなんだが、そのことについて雪ノ下さんは何も言わなかったのだろうか。

……言ってはいるんだろうな。まだ議事録を見てはいないがそれぐらいはわかる。

中身が不透明なままこれ以上関係者を増やすという、リスキーで意味のない行為を彼女が黙って看過するはずがない。

その雪ノ下さんはというと、今は結衣の持ってきた資料を確認しながら何やらか話をしている。二人とも深刻そうで声を掛けにくい雰囲気だ。

とりあえず今日の会議の内容を知っておこうと議事録を眺めると、発言者の欄に珍しい名前があり目を引いた。しかもこの発言内容……なんだこれ?

「いろは、ちょっと」

「はい?」

「ここなんだけど、なにこれ?」

「あー……意味わかんないですけど、だいたいあってますよ。たぶん……」

いろはは曖昧に、自信なさげに言葉を濁した。なら発言者に聞いたほうが早いか。そう思い直し、比企谷の名前を呼んだ。

「なんだよ」

「これ、比企谷が話したのか?」

議事録にはフラッシュアイディアとかマニフェストとかイニシアティブとか、わかるようでわからない玉縄との異次元の会話が記載されている。

どうやら海浜高校の連中がまた巻き込む関係者を増やそうとしたときに、抵抗しようとしていたことだけは見てとれた。

「……おお。雪ノ下の言葉が通じてなかったみたいだから、あいつらの言葉で話そうと思ってな」

「なるほどな。それにしても、この発言は……」

書いてあることを玉縄に向かって話す比企谷を想像すると、くくっと笑いが漏れてしまった。

「ひでぇなお前。なぁ一色、そんなおかしかったか?」

「あぁはい、それはもう……。先輩頭おかしくなったのかと思っちゃいました。雪ノ下先輩も超笑ってましたよ」

「え、そうなの?あいつあの後ちょっと席はずしてたけど、まさか……」

「……耐えられなくなったんじゃないですか?わたしはドン引きでしたけど、雪ノ下先輩はプリントで顔隠して肩プルプルさせてましたよ」

それはちょっと見たかったな。いやでも雪ノ下さん、笑ってる場合じゃないだろう。

「マジかよ……。あいつの言ってることを玉縄語に翻訳しただけなのに」

比企谷は少し恨めしそうな目で雪ノ下さんに目をやる。結衣との会話がちょうど終わったところだった。

「隼人くんやっはろー」

「お疲れさま、結衣。予算の話?」

「そーなんだよー。向こうから出てるアイディアをやるとしたらどのぐらいになるか整理してたんだけどね、どう足掻いても全部なんて無理ムリ」

結衣は肩をがっくりと落として首を横に振った。そりゃまぁそうだろうな。

向こうはどうやったらアイディアを実現できるか話し合いたいらしいが、そんなの予算と人員を増やすか期限を延ばすかしかない。

だが、いくら考えたところでないものはないし、締切は延びない。

そしてここに来て小学生の追加だ。内容が決まっていないのに何をやってもらうつもりなんだろうか。

……雪ノ下さんと話をしておこう。席を移動して、書類に目を通している彼女の隣に座り声をかける。

「やぁ、遅れてすまない。状況は?」

雰囲気で察することはできるし既にみんなから聞いたからわかっているが、敢えて聞いてみた。彼女の口から聞いておきたいと思った。

「みんなから聞いての通りよ。好転はしていないわ。なんとかしようとはしているのだけれども……」

責任を感じているのか若干顔を伏せてはいるが、唇は引き結ばれており悔しそうな表情だった。これならまだ大丈夫か。

「そうか……。俺も作業やるよ。何がある?」

俺は彼女が生徒会長であろうとする限り、責を全うしようとする限り、でしゃばらない。生徒会に入ると決めたときからそう考えていた。

「そうね……比企谷君がやっている申請関連の書類を手伝ってもらえるかしら。数が多いからまだあるはずよ」

「わかった。終わったら最終確認は頼むよ」

「ええ。あ、あと……」

比企谷の方へ歩きかけた足を止めて振り返る。

「明日から小学生が参加になるのだけれど、その……あなたに相手をお願いできないかしら。私よりは適任だと思うの。私は……そういうの、苦手だから」

彼女は恥ずかしい告白でもするように、顔を背けながら話した。

俺もだよ、と言いたくなった。だが彼女よりは間違いなくうまくやれるのも事実だ。

「……そうだな。俺のほうが適任だろうね。でも何をやってもらえばいいのかな。内容が不透明なままじゃ人手があってもなんともな」

「そうね……。ツリーとかホールの飾りを作ってもらおうかしら。内容に関わらず後で必要になるものだし、早目にやっておいても問題ないわ」

「そうだな。わかったよ、会長」

始めて会長と呼んだ。特別な思いを込めているわけではなかった。

最近の、ここのところの彼女は今、俺の知る雪ノ下さんとは少し違う。

俺の知るかつての雪乃ちゃんに近い。だから、なんとなく区別したくなった。

また間違えて雪乃ちゃんと呼んでしまいそうだから。

すぐに背を向けて比企谷のほうへ歩き始めたから、今彼女がどんな顔をしているかはわからなかった。そして、後ろから声をかけられることもなかった。


☆☆☆


頭が痛い。

今アイディアとして挙がっているいろいろな案について、どんな経費が発生するかをゆきのんに相談してその試算をしてるんだけど、何をどう考えても予算が足りない。

このままだとたくさんあるアイディアの大半が、予算がないから無理ですという結論になってしまう。

だからといって、いくらあたしが頭を使ってもどうにかできるような問題でもないから、そのまま伝えるしかないんだけど。

そんな作業をちまちまと進めてはいるものの、会計としてやるべき仕事は正直さほど多くはない。

一方ゆきのんは当然として、ヒッキーもいろはちゃんも書き物の仕事が多く大変そうだ。

隼人くんもそれを手伝い始めたから、あたしだけが何かしてる振りをしながらどうにもならない試算の画面を眺めている。

やっぱりここでもあたしはあまり役に立ててない。前ヒッキーはそんなことない、違うんだって言ってくれたけど、会議でも相変わらずほとんど発言はできてないし、あたしにはとてもそうは思えない。

自分が情けなくなってくる。みんなが一生懸命解いているテストを、自分だけがさっぱりわからなくてぼけーっとしてるみたいな感覚だ。

実際はわけわかんなくても、なんとかしようと最後まで一応足掻くんだけどね。ただ足掻いてなんとかなったことはほとんどない。あれ、ダメじゃんあたし。

「ちょっと席はずすね」

パソコンや資料と格闘するみんなに告げて一人部屋を出た。

ちょっと外で頭を冷やしてこよう。それで、帰りにみんなに温かい飲み物でも買っていこう。あたしも何かやりたいけど、これぐらいしか思い付かない。

ロビーからマフラーもコートもなしに外に出ると、服の内側にあった暖かい空気が一瞬で冷たい外気によって追い出された。

冷気はスカートの中にも入り込み、わずかな時間で身震いが起こったのですぐにロビーに戻った。

頭どころか全身が冷えてしまった。手を擦り合わせながら自動販売機へ向かうところで、ヒッキーが階段から降りてきた。

「おす。外行ってたのか?」

「あー、うん。ちょっと頭冷やそうかと思って……」

「そうか。まぁあんな無理な案の予算とか考えてりゃ頭も熱くなるよな」

「うん……。それも、そうなんだけどね」

煮え切らない答えしか返すことができなかった。期日が迫るにつれだんだんピリピリし始めたあたしたちの空気や、あたしが役に立てないこと、ゆきのんのこと、ヒッキーと……折本さんとのこと。

聞きたいこと、どうにかしたいことがたくさんあって、どれもがあたしを悩ませる。どれも一人で鬱々としてるだけなんだけど。

「他にもなんかあんの?」

「……ううん。なんでもない」

あたしは役に立ててないねって言いそうになったけど、抑えることにした。

言うときっとヒッキーはそんなことないよって言ってくれて、あたしを安心させてくれる。それはわかってるけど、今ここで甘えるのは違う気がした。

それにヒッキーだって大変そうだし、前そうじゃないって言ってくれたのに、あんまりしつこく蒸し返すとウザがられるかもしんないしね。

「そか」

ヒッキーは短い言葉を発してから自動販売機の前で財布を取り出した。何か飲み物を買いにきたようだ。

「あ、あたしみんなの飲み物買ってこうと思ってたの。頑張ってるみんなにそのぐらいしかできないから」

「いいよそんな気の使い方しなくても。欲しけりゃ自分で買うだろ。飲み物ないわけじゃねぇんだしよ」

「んー……まぁそれもそっか」

「と言いつつ俺は買うんだけどな、上にコーヒーねぇし。マッ缶飲んで糖分補給しなきゃやっとれん」

またあの甘ったるいコーヒーのような飲み物を買うようだ。ヒッキーに影響されて自分で買ったこともあるけど、思ったよりずっと甘くて喉がイガイガするような感覚だった。

あたしも外に出て体が冷えたし、温かい紅茶でも飲もっと。

「あ、じゃああたしも……」

ボタンを押すと、ガタンと大きな音がして紅茶の缶が落ちてくる。静かで他に音がないロビーでは一際大きい音のように感じられた。

缶を持ってこれをどこで飲もうか迷っていると、やがてヒッキーと目が合ったので、えへへと意味のない愛想笑いを向ける。

「…………そこ、座るか」

すると、ヒッキーは顎でロビー隅にあるソファーベンチを指した。一緒に居てもいいみたいだ。

「ん?え、あ?う、うん」

生徒会室とか部室とか、いつもは個別の椅子だからあんまり悩まないけど、ベンチの場合どれくらい間を空けるべきなのか距離感が掴めない。

おそるおそる、体を傾けたら肩が触れあうぐらい、人一人分より狭いぐらいの距離で腰かけてみた。

「な、なんか近くない……?」

「あっ、そ、そう?ごめん」

「他に人いないし広いんだしよ、もっとゆったり使ってもいんじゃねぇかな……」

「あはは、だねー」

うう。やっぱり近かった。調子に乗りすぎた。恥ずかしい……。

誤魔化すために紅茶を飲もうとしたものの、爪を切ったばかりでうまくプルタブに引っ掛からず、かつんかつんと乾いた音が数度響く。

見かねたヒッキーが手を差し伸べてくれるまで時間はかからなかった。大人しく缶を手渡すと、無言のまますんなりと缶を開けて返してくれた。

「あ、ありがと」

「このぐらいお安い御用だ」

「えへへ。頼りになるなぁ」

「こんなんで頼りになるってのもなぁ……。ま、雑用なら任せろ」

確かにほんとなんでもないことだけど、あたしは嬉しいんだよ?ヒッキー。

さっきまでの不安と葛藤を一時的に忘れて、コーヒーを飲むヒッキーの横顔を眺める。

今ヒッキーは何を考えてるんだろう。そんなことを考えていると、ヒッキーは目を前に向けたまま口を開いた。

「あのな、ちょっと相談ってか、その……少し気になってんだけどな」

「な、なに?」

相談とか、珍しい。今までヒッキーのほうからそんなのを言うことはなかった気がする。

「雪ノ下のことなんだけど……」

どくんと心臓が強く跳ねる音が聞こえた。静かだった心の水面に石を投げ込まれたように動揺が広がる。

落ち着くんだ、あたし。まだ何も言われたわけじゃないんだから。

「ゆきのんが……どうしたの?」

そう言ったところで上から微かに足音が聞こえた。誰かが降りてくるみたいだ。ヒッキーはそちらのほうに視線を向けている。

「お、比企谷ー。あたし……っとと」

折本さんは階段を降りながらヒッキーに声をかけたけど、あたしもいることに気がついて慌てて口を閉じた。

「……おす」

「うっわー、あたし邪魔しちゃった?ごめーん」

「なんのだよ……。別に邪魔とか、んなことねぇよ」

「んー、ごめんね?由比ヶ浜さん。先帰るねって言おうとしただけだから。まったねー比企谷、ごゆっくりー」

あたしに謝ってくれたみたいだけど、畳み掛けるように話していたのでうまく言葉を返せず、首を横に振ることしかできなかった。

「うっせ。じゃあな」

「ま、またねー」

なんとか別れの挨拶だけは口にすることができた。折本さんが出ていくと、またすぐに静かなロビーが戻ってくる。

「なんか、すごいハキハキしてる人だね。折本さん」

「おお。あいつは昔からあんな感じだな」

昔。ちくりと胸を針でつつかれたような気がした。あたしの知らないヒッキーを知っている人。あたしの知らない、二人の関係。

中学が同じだったというのは知ってるけど、それだけなんだろうか。隼人くんたちと出掛けていたのはなんだったんだろう。

気になるけど、踏み込む勇気も、聞きたくない答えだったらと考えると聞いて受け止める勇気もない。

今はさっきの続きを聞くことにしよう。中途半端だとこのままじゃ眠れなくなりそうだ。

「……さっき言いかけたの、なんだったの、かな」

「ん?あー、最近の雪ノ下ってなんか……今までと違うよなって確認したかったんだ」

「そ、そーかなー?いつも通りじゃない?なかなか決まらなくてちょっと落ち込んでるというか、焦ってるとは思うけど……」

嘘だ。そんなんじゃない。あれから、明らかに変わった。

ヒッキーはその理由がわかってないのかもしれないけど、あたしにはわかる。そんなこと言えるわけがないから、あたしは嘘をついた。

「あー、いや、それはわかるんだけどよ、今言ってんのはそうじゃなくて……。あいつなら玉縄とかがグダグダやってんのを突っぱねるかと思ってたんだけどな……」

確かに、それはあたしも感じていた。もっと強引に……というか、論理性と合理性を全面に押し出して、相手を説き伏せるようなことになるのかと思った。

けど今のゆきのんはそれをせず、調和を取ろうとしているように思う。それが悪いこととは思わない。

けど、あたしの知っている、奉仕部で見ていたゆきのんらしくはない。

「んー……確かに、そうかなぁ」

「だろ?お前ならあいつからなんか聞いてるかと思ってな」

そっか。ヒッキーはそう思ってるんだ。けどね、ヒッキー……。あたしは力なく首を横に振ってから話す。

「ううん、何も聞いてないよ。ゆきのん、あたしにはそういうのなかなか言ってくれないから……。そういうのは、たぶん……」

ヒッキーにしか相談しないと思うよ。

それは言葉にはならなかった。ゆきのんの信頼は今、ヒッキーのみに向かっている。悲しくて寂しいけど、たぶん、あってる。

「……そうか。俺が聞きたかったのはそれだけだ。ありがとな」

「ううん、何も答えられなくてごめん」

「いや……うん、そろそろ戻るか」

立ち上がるヒッキーの袖を思わず掴んでしまった。二人の時間が名残惜しかった。

ヒッキーは驚いたように振り返り、見上げるあたしと目線を交わす。

「あたしも、聞きたいことがあるの」

「な、なんだ?」

ヒッキーはゆきのんのことをわかろうとしてる。あたしのこともわかろうとしてほしい。あたしもヒッキーのことを教えてほしい。

置いていかれるのは、嫌だ。

怖いけど、あたしも知ろうとしないと、置いていかれるかもしれない。だから、勇気を出すなら今だ。

「この前ここで、折本さんと隼人くんと話してたよね?折本さんと何か、あったの?」

彼女でもなんでもないのにこんなことを聞くのはよくないってわかってる。けど……。

「あー、あれな。あれは俺っつーより、葉山だから俺から言うのもな……。ちょっとぼかすけど、いいか?」

「う、うん」

よかった。お前には関係ないって言われることも覚悟して聞いたから、話してくれるというだけで十分だ。

「この前カフェで会っただろ?あの後ちょっと気まずい別れ方になってな。それでその精算というか、会議で顔合わせることになるからお互い気にしないようにって話してたんだよ」

「……そうなんだ。隼人くんがいてそんな風になることって珍しいね」

「あー、まぁ……いろいろあんだよ。お前じゃなきゃここまでだって教えねぇんだけど、詳細は知りたきゃ葉山に聞いてくれ」

ヒッキーは頭をがしがしと掻きながら気まずそうな顔をしている。人のことを勝手に話すのは悪いと思ってるんだろうな。

でも、あたしじゃなきゃ教えてないってのはどういうことなんだろ。隼人くんとも仲いいから、あたしならいいと思ったのかな。

「ごめん、答えにくいこと聞いちゃって」

「いいよ。俺はあんま関係ねぇし。じゃあ……」

戻ろうとするヒッキーを、もう一度だけ引き留める。

「もう一つだけ、聞いていい?今度はヒッキーのこと」

「答えられることならな」

「……折本さんと昔、なんかあったの?」

ヒッキーは目を伏せたまま動きを止めた。あたしも動かずに言葉を待つ。暫くの間そうしていたけど、やがてヒッキーは顔を上げて話し始めた。

「……なんでそう思うんだ」

なんでだろう。ヒッキーと折本さんの態度?いや、やっぱり隼人くんたちとデートしてるの見ちゃったからかな。そういえばそのいきさつも気になる。

ごちゃごちゃといろんなことが頭を巡って、整理しようとしたけど無理そうで、簡潔に言えないと思ったので曖昧に答えることにした。

「なんとなく、かな。言いたくなければ……」

やっぱり怖い。無理に答えてもらわなくてもいいと思って、そう言おうとしたけどあたしの言葉はヒッキーに遮られた。

「いや。…………あったよ。昔、ちょっとな」

「何が、あったの?」

「告白した。振られたけどな」

また強い鼓動の音が聞こえた。ヒッキーは言いにくそうにしてるけど、出てくる言葉に淀みはない。

「…………そっか。好きだったんだ、あの子が」

口にするだけで胸に締め付けられるような痛みがあった。

あたしはヒッキーの過去の想いにすら嫉妬している。その想いも全部あたしに、あたしだけに向けて欲しいと思ってる。

ああ、あたしは本当に、こんなにもヒッキーが大好きなんだ。

「告白しといてこんなこと言うのはアレなんだけどな……。今となってはそうじゃなかったんだと思う」

「好きでもないのに告白したの?」

「ああ、いや……そうじゃなくて。当時はそういう、その……好き、とか?そういうのもよくわかんなかったんだよ。そんなの本物じゃない」

よくわからないところで意外な言葉が出てきた。人を想う気持ちに本物とか偽物とか、あるんだろうか。あたしがヒッキーのことを好きだと思うのは、本物なの?偽物なの?

「本物って、なに?」

「なんつーか、一方的に押し付けて、勘違いして……。そんな利己的なもんは恋愛感情とは違うだろ。馬鹿だったんだよ、俺が」

あたしが今思ってた、全部をあたしだけに向けてほしいっていうのは、利己的で一方的な押し付け……だよね。

あたしのことを言われてるみたいで辛くなってきた。なんかもう、よくわかんないよ。  
 
「そう、なのかな……。あたしにはよくわかんないけどさ……じゃあ、今は?」


「あいつか?なんとも思ってねぇよ。当たり前だろ」

ヒッキーは何を今さらとばかりに、呆れたようにそう言ってくれたので少しだけ安堵する。ほんとに、少しだけ。

「そっか……。昔告白した人でも、あんな普通に喋れるようになるもんなんだね」

「俺は正直もう関わりたくねぇんだけど、あいつがああいう性格だから巻き込まれてるって感じだな……」

それからまた二人とも無言になり、自動販売機の稼働音だけが辺りに響いている。

そんなに長い時間じゃないけど席を離れて暫く経つ。そろそろ戻らないと。

「行くか」

「うん。ありがと、ヒッキー」

二人で並んで歩き始めてすぐにお礼を言った。

「あ?なにがだ」

「うん?あ、聞いたことを答えてくれて。なんで答えてくれたの?」

「なんでって……聞かれたから?」

「聞いたらなんでも答えてくれるの?」

「…………違うか。違うな、うん。前までなら答えてるわけねぇな」

そもそもあたしが聞きもしなかっただろうけど、きっと聞いてもダメだったと思う。

答えてくれたとしても、自虐的にネタ話みたいに話してたんじゃないかな。

「じゃあ、なんで?」

「んー、目を逸らすのはもうやめようって思ったからだな」

そう言うヒッキーの顔は何かを諦めたような、開き直ってスッキリしたような、どちらとも言えない表情をしていた。ただ、いつもより男らしくてカッコよく見えた。

ヒッキーは何から目を逸らして、見ないようにしていたんだろう。逸らした目を前に向けて、今、何を見ようとしているんだろう。

「そっか……。ヒッキー、そうなんだ」

「おお。そうなんだよ」

何がそうなのかよくわからないけど、たぶん、そうだ。

さっきからずっと鼓動が早い。ヒッキーの言葉にドキドキしてるのもあるけど、これはそれだけじゃない。

これは不安とか、焦りから来るもの。

聞いてよかった。ちゃんと知ることができて、そんなヒッキーをまた好きになれる気がしたから。

聞くんじゃなかった。知らないでいたほうが幸せでいられた気がするから。

そう遠くない未来、関係が動く。そういう予感。

もしそうなったら。そうなったとき、あたしは───。


☆☆☆

ここまで

どんどん延びる
1000までには終わるはず……

またそのうち

乙です

乙です いつも引き込まれて読み入ってしまうのであっという間に終わってしまいます
次もたのしみにしてます

面白い

葉山いらねえだろ?
重要な会議の頭から参加できない奴が副会長とかふざけすぎ

乙です

葉山がいるかいらんかは知らんが
生徒会長だろうが副会長だろうが普通に休んだりするだろう

長々とやってる割に人気ないね、これ
才能ないんじゃない?

俺は結構好きだよこのss

このテンポがいい

むしろ今これしか読んでない

おうふ
才能ないはストレートにキツい
知ってるけど……

頑張ってくれ
支援する

もう書くのやめたら?
無駄に長いし叩かれるのがオチだよ

>>430
消えろ
クズ

『居酒屋について考える』に見えてワクワクしながら開いたら凡百極まるSSでがっかりしてしまった。すまん

これが凡百のssと同等とは素晴らしい目の持ち主だな
これを簡単に越えるようなやつがあるなら教えてくれよ

なんでこんな叩かれてんの……

自演の荒らしだ

>>433
ごめんあんためっちゃきもい…

>>433
居酒屋なんて寒いネタを面白いと思ってる奴のセンスに期待すんなって



頭が重い。

やるべきことはあるので手も動かしてはいるが、肝心の中身についてが宙ぶらりんのままだ。作業は今後も後手に回ることが予想され、効率もよくない。

最終的な落としどころは今挙がっている案の中から選別していくというものになるだろうが、長々と会議をやってもなかなかその結論に持っていけない。

玉縄君は未だに全ての意見を拾い上げることに固執している。執着と言ってもいい。もはや意地になっているようにも感じる。

何が彼をそうさせているのか。私にも思うところはあるのでわからなくもない。

まず、彼らはこの会議というものを、イベントの内容を考えるということ自体を楽しんでいる節がある。

そして私も、依頼とも以前の奉仕部の活動とも少し違うが、彼と一緒に何かをやれるということを嬉しく思っている。

もちろん嬉しいだけではなくて、責任が大きい分悩みごとも尽きないけど。

もう一つ、おそらく彼は最終的な決断を自分で行い、責任を全て負うことになるということを恐れているのだ。

私は修学旅行で比企谷君の行動に失望した。

それは私の恋心の芽生えからの嫌悪感もあるが、彼が一人で考えて一人で行動し、責任や痛みを自分だけで
かぶろうとしたからというのもある。

私たちのことを信用していない。私たちにさえどう思われても構わないと思っていると、そう感じた。

私はきっと、彼にもっと信頼してほしかったのだと思う。

だから、玉縄君の責任を分散させるというその行為を、言い換えるとみんなを頼ろうとするその行動を、私は完全に否定できずにいる。

これはどちらが正しくて、どちらがまちがっているということではない。要はバランスの問題だ。

それこそ私が苦手としていることだ。私はどちらか両極端にしか寄れない。

理に沿っていけば間違いのない答えに辿り着けるものであれば問題はない。どちらかが正しいのであれば私は迷わない。

だが、世の中の多くの問題や人の感情に関しては、往々にしてそういうものではない。

だから私は、こんなにも弱い。


「先輩たち遅いですねー。どこで油売ってるんですか、まったく」

「あいつらだって休憩ぐらいするさ。いろはもちょっと休んだら?」

一色さんがパソコン画面から顔を上げ、唇を尖らせながら葉山くんに不満を漏らした。

そういえば比企谷君と由比ヶ浜さんが席をはずしてから割と時間が経っている。何処で何をやっているのだろう。

そのまま比企谷君の顔を思い浮かべてみた。すると、先ほどの会議での彼の行動が思い返されて笑みがこぼれそうになった。

誰も見ていないとは思ったけれど、慌てて目元を押さえて周囲の目を誤魔化そうとする。

最初はお仕事ごっこのような発言を繰り返す海浜高校の人たちをおちょくっているのかと思った。

それが思いの外、わけのわからない言葉を話す彼の姿がまるで仕事の出来る人のようにしっくりきて、込み上げる笑いを堪えるのが大変だった。

いや、実際のところあまり我慢できていなかった、失態ね……。

前も思ったことがあるけど、相手に合わせて話すことができるあたり、彼は優秀な人なんだろうと思う。自分のことや、感情に根差す問題の対処以外は。

後になってようやく、彼は私を助けようとしてくれていたのだと思い至った。

私の言わんとすることがあまり相手方に通じていなかったから、彼らの言葉で伝えようとしてくれたのだ。

それ自体は単純に嬉しかった。けど自分の役割を果たしていないと言われているも同然で、情けなくもなった。

会議の現状を変えるには、今の方針をきっぱりと否定し決断するための会議をするしかない。

わかってはいる。わかってはいるのだけれど、それでも、今の私にその決断をする強さはない。こんなことを続けていても前に進めるわけがないのに。

私が生徒会長になった理由はなんだったか。

覚えていないわけではないが、その思いとは裏腹に私がかつてなろうとした私とはどんどんかけ離れていく。

「ただいまー、ゆきのん」

「あ……おかえりなさい、由比ヶ浜さん」

由比ヶ浜さんの声で我に返り、ようやく自分が何もしていなかったことに気がついた。

書類に目を通す格好はしていたが、思考は一切そちらに割かれていなかった。

比企谷君も由比ヶ浜さんと一緒に戻ってきていた。今はもうノートPCに向かってキーボードを叩いている。

終了時刻まではまだ時間がある、後のためにもやれることはやっておかないと。


気を取り直して作業に没頭していると、終了時刻が近くなっていた。キリのいいところまでやって今日はお仕舞いにしようと考えていると、玉縄君がこちら向かい声をかけてきた。

「今日は僕たちはここであがるよ。お先に、雪ノ下さん」

向こうを見ると、既に全員が帰り支度を終えて部屋を後にしようとしているところだった。

「ええ。お疲れ様」

「おつかれさまでーす」

銘銘が挨拶を告げ、海浜高校の人たちは部屋から姿を消した。従って、講習室に残っているのは私たち五人だけとなった。

自然と話し声も減り、キーボードを叩く音と紙をめくる音だけが部屋に響いている。空間の半分が無人になったから、部屋もさっきまでより広く感じられる。

「雪ノ下ー、俺らいつまでやんの?」

「もう少し、キリのいいところまでやって私たちも終わりましょうか」

比企谷君の質問に考えていたことを答える。

皆が頷いて作業に戻ろうとすると、海浜高校の人たちと入れ替わるようにこの場所に不釣り合いな人間が入ってきた。

「ひゃっはろー。雪乃ちゃん、やってるー?」

その闖入者は私の姉だった。

何も裏などないかのような無邪気な笑顔をたたえて挨拶する姉の姿に目眩を覚えた。

「姉さん……。何をしに来たの。あなたは部外者でしょう」

「つれないなぁ雪乃ちゃんは。生徒会長としてちゃんとやってるか見に来ただけだよ」

暗に邪魔だから帰ってくれと言っているのだが、姉はそれをものともせず感情のこもってない笑顔を他の皆に向ける。

「そもそも何故ここでやっていることを知っているの?」

「あ、めぐりから聞いた」

そういえば平塚先生がイベントについて話すあの場に城廻先輩もいたんだった。

城廻先輩に悪気はないのだろうが、姉さんが来ると文化祭のように引っ掻き回されることは目に見えている。

「姉さん、邪魔しに来たなら……」

「生徒会役員諸君、やっとるかねー?雪乃ちゃんは生徒会長としてちゃんとやってる?あ、比企谷くんは役員じゃないんだっけ?」

もう暗にではなくきっぱり帰ってくれと伝えようとしたが、姉さんは私が最後まで言い切る前に被せるようにして、手を止めて私たちのやりとりを眺めていた他のメンバーに話しかけた。

その中で最初に反応したのは比企谷君だった。

「あー、確かに役職はないんで俺は適当ですけど。雪ノ下は役職の通りしっかりやってると思いますよ」

彼も姉さんのことは苦手なのだろう、事務的で、意図的に感情をこめていないような話し方だった。姉の態度が作り物であることを一目で見抜ける彼であれば当然だ。

その奥に何かがあることはわかるが、それが何かは絶対に見えない人間など得体が知れない。怖いに決まっている。

「お、そういえば隼人もいたんだったね。どう?雪乃ちゃんは」

葉山君がいることを姉さんが忘れるはずがない。何事もないように言ってはいるが、私から見ると白々しさは拭いきれない。もっとも、それを隠そうとしていないだけな気もするが。

「俺も補佐だけで任せきりだけど、問題ないんじゃないですか」

葉山君が比企谷君に続いて言葉を補強した。

「ふーん、そうなんだ。やるねー雪乃ちゃん」

姉さんは興味がなさそうに称賛の言葉を口にする。褒めているつもりなのかもしれないが、ちっとも嬉しくない。むしろ不愉快だ。

彼らが本当に私のことをしっかりやっていると評価しているならば、私自身がその評価を受け入れられるだけの言動をしていたならば、そのフォローの言葉はどれだけ嬉しかったことか。

先ほどの会議でも彼に助けられ、私自身が必要な決断をできていないことを自覚している今、その言葉が持つのは空虚さでしかない。

この場を無難にやり過ごすだけの、空っぽの言葉。

「もう私たちも作業を終わりにしてあがるところだから、楽しいことなんか何もないわよ」

「ありゃ、やっぱそうなんだ。さっき海浜高校?の人たちとすれ違ったから終わりかなーとは思ってたんだよね」

「残念ね」

「まあいいや、途中まで一緒に帰ろうか。終わるまでここで待ってるよ」

「嫌よ」

「えー、雪乃ちゃんつめたーい」

姉さんは私の拒絶の言葉に対して楽しそうに不満を漏らし、空いていた一色さんの横に座った。こちらの言うことなどまるで意に介さない。

「はぁ……」

溜め息をつきながら仕方なくやりかけていた作業に戻ると、他のみんなも同様にして作業に戻った。

今の私の体たらくを姉さんに知られると何を言われるかわからない。できるなら早急にお帰り願いたいが、終わるまで居座ることを決めたようだ。

こうなったら私がどう言おうと無駄なことはわかっている。だからせめて、なるべく相手にしないようにしよう。

姉さんは放っておくことにして、やりかけていた作業に没頭することにした。負い目というか、自覚があるから今は特に、姉さんと話をしたくなかった。


☆☆☆


「あなた、どちら様?」

はぁー?それこっちの台詞なんですけど。

突然現れて隣に座っている、雪ノ下先輩の姉らしい人に声をかけられた。

さっきまでの会話を聞く限り、なんだかよくわからないけど城廻先輩とも知り合いみたいだし、うちの学校の卒業生なのかもしれない。もしかしたら生徒会にも入ってたのかな?

それなら今思ったような失礼なことは言えないし、不遜な態度で接するわけにはいかない。愛想のいいわたしをちゃんと作らないと。

「書記の一色いろはです。あのー、雪ノ下先輩のお姉さんですか?」

「先輩、ってことはあなた一年生なのね。わたしは雪ノ下陽乃、そこの雪乃ちゃんのお姉さんで総武高校の卒業生だよ。よろしくね、いろはちゃん」

予想した通りだ。にしても、雪ノ下先輩とは随分印象が違う。とても気さくで社交的。

今も朗らかな笑顔を向けているこの人が、雪ノ下先輩の姉と言われてもピンとこない。

でもよく見ると、目鼻立ちや艶やかな黒髪にはよく似た品のある美しさを感じる。雪ノ下先輩とタイプは違うのかもしれないが、とても綺麗な人だ。

でも胸部のあたりが、その……雪ノ下先輩と明らかに違う。

雪ノ下先輩のその部分にわたしは唯一親近感があったのに。この人は結衣先輩寄りだ。……いや、全然悔しくなんかないですけど。ほんとですよ?

「はいー、よろしくお願いします。えーと、雪ノ下先輩だとかぶっちゃうし……はるさん先輩、で大丈夫ですか?」

「うん、いいよー。雪乃ちゃんと区別しないといけないしね」

はるさん先輩はそう言いながら柔らかく微笑んでくれた。

なんだ。雪ノ下先輩と仲良くなさそうだったけど、やっぱりいい人みたいじゃないですか。

わたしには兄弟も姉妹もいないからよくわからないけど、姉妹ってあんなもんなんですかね?

「どうー?いろはちゃん、雪乃ちゃんの生徒会長は」

はるさん先輩は頬杖をつきながら、さっき先輩たちにも聞いたことをわたしにも尋ねた。

雪ノ下先輩がちゃんとやっているかそんなに気になるのだろうか。どれだけ優秀かは姉なら知ってそうなもんですけどねー。

「あー、はい。わたしが未熟なものでいろいろと指導を受けてます」

ほんといろいろ超指導されてる。書類関連の不備や議事録の書き方、その他もろもろ。適当でいいやって誤魔化そうとしたらすぐ見つかって無言で睨まれるし。怖いです。

「ん?それ何?」

はるさん先輩はわたしの前にあるノートPCの画面に目を向けていた。そういえば議事録が開きっぱなしになっている。

「あ、今日の議事録です」

「ふーん……。ね、ちょっと見せてくれない?」

はるさん先輩はウインクしながら小声でわたしだけに話しかける。

内容自体に隠さないといけないような機密事項なんかがあるとは思えないけど、一応扱いとしては部外者のはるさん先輩に見せてもいいものなんだろうか。

「え、あ、えーと……」

雪ノ下先輩に許可を求めるべきか迷い、あたふたと目をさまよせていると、はるさん先輩は表情を変えてたった一言だけを告げた。

「見せて?」

息が詰まるような錯覚を覚えた。とても冷たくて重い、たった一言。

有無を言わさぬその物言いに返事も出来ず固まっていると、その間にはるさん先輩はノートPCの画面を自分の方へ向けて読み始めた。

「ほー。へー。ふーん」

はるさん先輩はブツブツと独り言を言いながら議事録を読み進めていく。その姿をわたしも眺めていたが、読み進めるスビードが落ちたと思うと、続けてくすくすと笑い声が聞こえてきた。

「ぷっくく……あはっ、あはははっ」

我慢できなくなったのか、はるさん先輩は大きな笑い声をあげながら足をバタバタと動かしている。議事録にそんな笑えるところありましたっけ……?

その声を聞いて、先輩たちも手を止めはるさん先輩を何事かと見つめている。

「姉さん、せめて邪魔はしないでもらえる?」

雪ノ下先輩が鋭い目をはるさん先輩に向けた。けどはるさん先輩はそれをものともせず、というかまるっきり無視して先輩に話しかけた。

「比企谷くん……。最高だよ、やっぱり君は面白いねー。雪乃ちゃんにはもったいないよ」

え……は?え?もったいないって、どういうこと?先輩って雪ノ下先輩と付き合ってるの?

言葉の意味がよく理解できず、先輩とはるさん先輩に交互に目をやる。先輩はうんざりしたような顔ではるさん先輩と会話を続けた。

「面白いことなんかなんもないですよ……。あと、俺と雪ノ下は付き合ってるわけでもないのに、もったいないの意味もよくわかりません」

「いやー比企谷くん、いいなぁ。この良さがわかんないなら、回りの人間が馬鹿なだけだよ」

「なんすかそれ……。過大評価ですよ、どう考えても」

「まあねー、みんなにわかられても面白くないし、そのままでもいいかなー」

「はぁ。そうですか」

えーと……。とりあえず先輩と雪ノ下先輩は付き合ってるわけではないらしい。なんでこんなにほっとしてるんでしょうね、わたし。

あと、はるさん先輩もやたらと先輩を高く評価してるということがわかった。その評価ポイントはわたしにはよくわからないけど。

「サジェスチョンとかマニフェストとか……意味わかんないっ、あはははっ」

はるさん先輩はまだ思い出し笑いを続けている。あ、面白いとこって先輩がわけわかんないこと言ってたところだったんだ。

雪ノ下先輩にも超ウケてたし、笑いのツボが同じとかやっぱり姉妹なんですね、この二人。

「はぁ……。今日はもう終わりましょうか。時間もそろそろだけれど、気が散って仕方がないわ。誰かさんのせいで」

雪ノ下先輩が横目ではるさん先輩をねめつけるように見た。はるさん先輩はそれを受けて、てへっというように首を傾げて舌を出す。

うわー、全然聞いてないし効いてない。凄いなぁ、この人……。

「……雪乃ちゃん。守ってもらえてよかったね。みんな、優しいね」

寒気がした。はるさん先輩が急に表情を変え、見下すような酷薄な笑みを浮かべていたからだ。

なんでそんなに急に、しかもはるさん先輩からしたら妹の雪ノ下先輩に、そんな冷酷な表情を向けるんだろう。

「…………」

雪ノ下先輩は唇を戦慄かせながら俯き、それから言葉が発せられることはなかった。部屋に不気味な静寂が訪れる。

「……片付けようか」

「あ……はい」

その静寂を破ったのは葉山先輩だった。わたしはそれに頷いて帰り支度を始めると、先輩たちも続いて無言のまま後片付けを始めた。

まただ。先輩たちだけがわかる空気。そうなった理由を、この場ではたぶんわたしだけがわかっていない。

でも、仕方がないことだと自分に言い聞かせて落ち込まないようにする。

わたしはこの中で一番年下で、付き合いも短いんだから。先輩たちと出会って間もないし、まだまだこれからだ。


はー、それにしても今日も疲れた。葉山先輩や先輩たちといろいろやれるのは楽しいけど、ここまで面倒な仕事をやることになるとは思わなかった。

わたしは今、この生徒会で初めての仕事に忙殺されている。

なんとかこなしてはいるけど、入ろうとした目的の葉山先輩と先輩たちに近づくということはあまりできていない。

打ち解けてきてはいるんだろうけど、相変わらず葉山先輩の傍には見えない壁があるし、さっきみたいなわたしだけ理解できない会話だってある。

けど、一つだけわかったこともある。葉山先輩と雪ノ下先輩は本当に只の幼馴染みで、付き合ったりはしていない。

あの二人の態度で付き合っているとしたら、それはもうわたしには見破ることができない完璧な擬態だ。だからその可能性は排除することにした。

とはいえ、葉山先輩が雪ノ下先輩と付き合っていないからといってわたしとの距離が近くなるわけでもない。ただの気休めだ。

あとついでに先輩も、結衣先輩、雪ノ下先輩、どちらともまだ付き合ってはいないみたいだ。

あの三人は近くで見てよくわかったけど、なんか……危うい。お互いが尊重しあってるけど、微妙なバランスの上に関係が成り立っているように思う。

たまに見せる結衣先輩の沈んだ表情や、雪ノ下先輩の物憂げな顔を見ているとわたしも不安になってくる。

先輩はどこまでわかっているのだろうか。ただ、わかっていたとしても、今のバランスのことを考えるとおいそれと動けないというのは理解できる。それは結衣先輩や雪ノ下先輩も同じだ。

停滞したままの会議と、先輩たち、わたしたちの関係性。動くのはどちらが先になるのだろうか。そんなことを考えながら後片付けをしていた。


☆☆☆



姉さんにもう見抜かれた。私がいかに甘えているか、生徒会長の役割を果たせていないかを。

馬鹿笑いをしていると思ったら、どうやら議事録を読んでいたようだ。姉さんであれば現状を把握するにはそれで十分だったらしい。

姉の言葉はズシンと私の心に重く響いた。悔しいけど、何も言い返せなかった。そもそも言い返せるだけのことを何もできていない私が悪い。

他の人がいるからだろうか、姉さんもあれ以上は何も言ってこなかった。

時間も時間だし、とりあえず今日は終わりにして解散することにしよう。

後片付けを終えてから各位に告げる。

「お疲れ様。また明日も宜しく頼むわね」

「はーい、お疲れ様でーす」

一色さんを筆頭に別れの挨拶が行われ、解散の運びとなった。

姉さんも一緒に六人でコミュニティセンターを出ると、寒々とした風が足元を吹き抜けた。

ふと空を見上げると、曇に覆われているのかいつもなら見えているオリオン座も月も見えなかった。

「いろは、ちょっと暇あるか?」

葉山君が外に出てすぐ、一色さんに声をかけた。

「あ、はい。なんですか?」

「スパイク見に行きたいんだけど、付き合ってくれないか?」

「……えぇっ!?わたしだけ?い、いいんですか?」

一色さんは狼狽えた後、控えめに念を押すように確認している。一色さんの驚きようを見る限り、一人だけでこういったことに誘われるのは初めてのようだ。

「サッカー部のことだし、いろはだけで十分だよ」

「わ、わかりました。行きますー」

「オーケー。というわけだから、みんな、また明日」

「おー、隼人やるねぇ。このこのー。ごゆっくりー」

姉さんは葉山君をからかうように肘でぐりぐりとつついた。葉山君はそれを軽くいなして歩き始める。

「と、というわけなので、はるさん先輩と先輩方、またでーす」

一色さんは可愛く会釈をすると、スカートを翻しながらくるりと振り返り、葉山君を追いかけて近くのショッピングモールへ向かっていった。

嫉妬や悲しむような感情は湧かないが、ちょっと意外で、あと……置いていかれたような気がして、少しだけ寂しくなった。

私は、葉山君はそういったことを避けているのだとばかり思っていた。

彼は今も昔もみんなの葉山隼人で、人の輪の中心にいて、いつも期待に応えてきた人だ。

だから、特定の人と噂になりかねないような行為は極力避けてきたはずだ。

一色さんはサッカー部のマネージャーだし、言い訳が立つから気にしないだけだろうか。知っているのが私たちだけなら心配ないと思っているのだろうか。

それとも、いつの間にか彼も変わってしまったのだろうか。

だとしたら、私の時間だけが止まっているということだ。私以外の全ては変わっていき、私はいつも置いていかれる。

「雪乃ちゃん、帰るよー」

「……ええ。由比ヶ浜さん、比企谷君……また、明日ね」

姉さんがいるので、二人に一緒に帰ろうとは言えなかった。

「じゃ、じゃああたしたちも帰ろっか」

「……おお、そうだな。またな」

由比ヶ浜さんと比企谷君が神妙な顔で別れの挨拶を告げた。

余計な心配をかけまいと自分なりに微笑んではみたが、うまくやれていたかは自信は持てなかった。


二人と別れてから姉さんの後を追った。帰る場所が違うから一緒に行くのは駅までだが、こうして姉さんと歩くのも久しぶりだ。

クリスマスが近いので街のいたるところがライトアップされて、道行く人々の表情も心なしか華やいで見える。だが今の私に、そう思えるような心のゆとりはない。

駅が見えてきたあたりで姉さんは立ち止まり、私に向かって振り向くとゆっくり口を開いた。

「雪乃ちゃんは生徒会長になってどうしたかったの?」

来た。こういうことを言われるとは思っていた。だから、言葉に力を、目に意思を込めて姉さんを正面から見据え、伝える。

「……そんなこと、姉さんに言う筋合いはないわ」

「そう。なら質問を変えるよ。雪乃ちゃんは、なんで生徒会長になろうと思ったの?」

姉さんは私の目線を真っ直ぐに受け止め、口調を変えずに話す。

「そ、れは……。私が、やりたいと思ったから……」

先に目を逸らしたのは私の方だった。そして、ささやかな抵抗ができたのもここまでだった。

「違うでしょう?雪乃ちゃんにやりたいことなんて、あるの?」

「……違わない。私が、自分の意思で、そう決めて……」

「自分で決めた?そんなこと本気で言ってるの?雪乃ちゃん」

「なっ……本気に決まって……」

「そもそも生徒会長になるって決めたのは私がああ言ったからでしょう?それと、なってもいいって建前があったから」

偶然、依頼という形で建前が舞い込んできたからというのは確かにある。

それがなければ、私は生徒会長をやりたいなどと思うことは、言うことはなかっただろう。

「そして比企谷君に押してもらって……違うか。比企谷君に許可をもらって、居場所を与えてもらって」

何も言い返せなかった。

彼が考えてくれた、用意してくれた新たな居場所を心地好く感じているのは事実だから。

二人と離れることも覚悟していたはずなのに、甘えてしまって三人が自然に居られる場所にすがりついたのは事実だから。

一緒に居るのに、理由なんか一緒に居たいからで十分だ。なのに、その意思を言葉にできず、伝えることができず、私は建前を、居場所を求めた。

「全部、周りの人に用意してもらったものだよ?自分なんてどこにもないじゃない」

「違う……私は……」

震える肩を自分で押さえていないと立っていられない。

私の意思はちゃんとある。私は昔と違う。変わったんだ。憧れを追いかけるだけの人形なんかじゃない。

そう言いたいのに、吐き出されるのは空気だけで言葉にはなってくれない。

「違わないよ。議事録見たら今日の会議でも、雪乃ちゃんが決断できないから比企谷君に助けてもらって、隼人にフォローしてもらって。よかったね、みんなが守ってくれてるよ」

「私は……」

涙が出そうになるのを必死で堪える。こんなところで涙を見せるのは、甘えていることの、弱さの証明にしかならない。行動の伴わない安いプライドだけが今の私を支えていた。

「雪乃ちゃんは何もしなくて大丈夫だよ。周りがやってくれるから。お姫様だもんね?」

「ば……馬鹿にするのも、いい加減に……」

「されたくなかったら、しっかりやりなさい」

姉さんは子供を叱りつけるような厳しい目で最後にそう言い放つと、素早く踵を返して去っていった。

私は自分の肩を抱き抱えたまま、俯いて地面を見ていることしかできなかった。



どのくらいそうしていただろうか。

何を考えていたかもよくわからないが、地面にポツポツと水滴の染みができている。顔を上げると、雨が降り始めていた。だんだん強くなってきている。

……今日は傘を持ってきていない。急いで帰らないと。

駅のすぐ傍まで来ていたので電車に乗るまでは殆ど濡れずに済んだが、最寄り駅から家までの間で濡れ鼠になってしまった。

誰もいない真っ暗な部屋に入り電気をつけると、すぐにずぶ濡れになった制服を脱いだ。

下着まで濡れていたので、洗濯機に放り込んでから頭と体を拭き部屋着に着替えた。

何もする気になれない。

ベッドに力なく倒れこみ、うつ伏せのまま枕に顔を押し付ける。

助けて。比企谷君。

心の中で、今ここにいない彼の名を叫ぶ。

気がつくとまた彼にすがり、甘えようとしている。そんな自分に呆れ、またそれを通り越して、乾いた笑いと惨めな涙が零れた。

「比企谷君……」

今度は口に出して彼の名を呟いた。

初めて彼と会ったとき、私はこの世界を、周囲を呪うような発言をした。

今、その言葉を吐くのと同じ口で、愛しい人の名前を唱えている。なんて醜悪な矛盾だろう。

こんな人間が人のことを責めたり、人を好きになったりしていいはずがない。そんな資格、どこにもない。

私の世界で一番不完全で、弱くて、醜くて、変えなければならないのは。

私の性根だ。


☆☆☆

ここまで

佳境になりつつある?
長すぎだ申し訳ない

なんか虐められてるけど負けない
またそのうち

何で叩かれてるか理解できないんじゃあダメだわ
つまんなさがハンパないわこれ

乙です

乙です
キチガイを無視してください

乙です 今回も楽しませてもらいました
批判もあるけど気にせず頑張ってください

批判はないだろ
荒らしがいるだけだ

アニメ2期見て思ったけどはるのんが一番子供だよね

この人のっていつもレス少なめだよね
なんでなんだろ
まとめみると全部好評なのに

やりとりにあんま違和感ないからね。 ツッコミもないよね

乙!
いろはがだんだん八幡の有能さを気づいていってうれしい♪
なぜかはるのんの会話でセフィ○スを思い出した
おまえなどどこにも存在しないとか人形とか

楽しみ

人気ないとか言われてるけど単に認知されてないだけじゃね?
タイトルで俺ガイルを連想できる単語が奉仕部だけってのは地味だわ
相当熱意もって探さんと見つからんでしょ

内容は面白い

もう無理
ここから短くまとめるのはもう諦めた
長い長い[ピーーー]カスと言われようと、開き直って書こうとしてたこと全部書く
次はほぼ葉山、近日中に

やったぜ

待ってます



恥の多い生涯を送ってきました。そう言えるほどに人の営みがわからないとも思っていないし、生涯と呼べるほど長く生きていないとも思うが、ある時期から普通なら恥ずべき罪悪感を抱えたまま生きてきた。

かつての少女に大きな罪悪感を。これまで俺に関わった多くの人たちに、少しずつの罪悪感を。それらは決して解消されることがないから僅かずつ積み上がり、時が経つほどに大きく、重くなってきている。

罪悪感は消えない。

だがそうせざるを得なくなったのは、その生き方を選んだのは俺自信だから、誰かに恨み言を言うつもりはない。期待されてそれに応えるということにも、もう慣れた。

ただ、選ばないなんてことが許されるのは子供である今の間だけだ。いつまでもそんな甘えた行動はできない。いつかは敷かれているレールもなくなり、自分で歩き始めなければならない。

そう考えると、未来へと続く道は霞に覆われたように狭く感じられ、己の標を失うような気持ちになった。

俺が罪悪感を感じる必要などないのかもしれない。人との関係なんて、どうやったってどこかで誰かを傷つける。それを自分のせいだとか感じていてもキリがない。

わかってはいる。だが、俺の過大な自意識がそうさせてくれない。頭のどこかで、誰も傷つけなくても済む選択があったのではないか、そう考えてしまうのだ。

そんな選択、あるわけがないし、俺に選べるはずがないのに。



今、講習室には、かつての雪乃ちゃんを感じさせる女の子がいる。夏にも林間学校で出会った子だ。

鶴見留美。俺だけでは過去と同じように、救うことはもちろん、留美ちゃんを取り巻く環境を変化させることもできなかっただろう。

だがこの夏は昔とは違い、俺にはできない選択をする比企谷の案に乗る形で関係を壊す手助けをした。

その時の気分は当然最低なもので、今でも鮮明に思い出すことができる。その代わりに、彼女を取り巻く環境を変化させることはできたと思う。

その後どうなっただろうかと、心のどこかで気にしてはいたが、こんな形でまた会うことになるとは思わなかった。

選抜された小学生達は集団でこのコミュニティセンターに来ていたが、その中で彼女は変わらず独りだった。しかし、独りではいるが、夏とは違って嘲笑などの悪意の対象にはなっていないように見えた。

変化といえば変化だが、改善できたと胸を張って言えるような結果ではない。問題の解決ではなく、解消をしただけというのが相応しい。

キテルー

観察もほどほどに、何をしたらいいかわからず右往左往している小学生の元に向かうことにした。留美ちゃんがいたのは予想外だったが、俺は会長から頼まれたことをやらねばならない。

「じゃあ小学生のところへ行ってくるよ」

「……え、ええ。お願い」

雪ノ下さんは昨日まで以上に沈痛な面持ちで、ともすれば今にも泣き出してしまいそうだ。反応も鈍く、声にも芯が通っていない。俺はその理由をわかっている。

陽乃さんに何か言われたのだ。ここまで落ち込むような、痛烈な何かを。

俺には陽乃さんが何かを言おうとしているのはわかった。あの場で言わなかったのは、友人や彼の前でというのは憚られたか、陽乃さんなりのせめてもの優しさだろう。

だから昨日俺は、帰りの駅の方向が陽乃さんたちと同じいろはを、人払いの目的で買い物に付き合わせた。いろははそれをおそらくわかっていない。

こうして、少しずつ罪悪感が増していく。俺がいい奴?冗談じゃない。他人を利用するだけ利用して、何も報いていない人間がいい奴なわけがない。

罪悪感は、自分を許すための免罪符だ。

「あ、隼人くん、あたしも手伝うよ」

結衣は席を立ち俺についてきてくれた。比企谷がこちらを横目で見たのがわかったが、無視しておいた。

「助かるけど、そっちはいいのか?」

「うん。あたしはあっちでやれること今はあんまないから……。あたし、ダメな子だからなー」

結衣は大袈裟に肩を落として情けなく笑う。

「そんなことはないさ。結衣には結衣にしかできないことがあるし、みんなも助けられてるよ」

「それ……隼人くんも、ほんとにそう思う?」

隼人くんも。俺以外にもそう評価している人がいるということだ。実際、その評価は正しいと思う。結衣は俺が見たって、誰が見たっていい子だ。

周りを大事に思い、他人への気配りを忘れない。奉仕部でも結衣の存在が潤滑油となって、その関係を維持してきたのであろうことは想像に難くない。

だが反面、自分を押し殺して、たまに無理をしてそうしていることもあるのだろう。最近は思い詰めた表情をたまに見せる。余計なお世話かもしれないが、少し心配だ。

「思うよ。難しいかもしれないけど、もうちょっと自信持ってもいいんじゃないかな」

「……そっか。うん、ありがと隼人くん。ちょっと元気、出たかも」

「そうか。それならよかった。じゃあ行こうか」

「うん」

俺の言葉など気休めにしかならないだろうに。素敵な女の子だよ、結衣は。努めて明るく微笑もうとしてくれる顔を見て、素直にまたそう思った。


それから俺と結衣は、小学生を引き連れてツリーの組み立て、飾り付けの材料買い出し、飾りの作成と手分けをして行った。

林間学校で俺のやったことを知らない小学生はとても懐いてくれ、言うことをよく聞いてくれたので作業は思ったよりスムーズだった。

ただ、留美ちゃんはその輪の中には決して加わらず、一人で黙々と作業をしていた。

案自体は比企谷のものだが、実際に恐怖を味わわせたのは俺だから、俺から留美ちゃんに話しかけるのは躊躇われた。見かねた結衣が話しかけてくれてはいたが、成果は芳しくなかったようだ。

作業をする小学生たちから少し離れた場所で結衣と話す。

「あんなことをしたのに、あまり変わってないな」

「うーん……変わってはいるんだろうけど。あのときの他の子がいないみたいだから、学校でのことはわかんないけどさ」

「……結衣は、少しぐらい変化はあったと思うか?」

「あったと思う、よ。たぶんだけど。あの時よりは……辛そうにしてないかも」

「ならいいんだけどな。ちょっと話してくるよ」

「…………うん」

結衣が頷くまでの少しの間は、留美ちゃんというより、話しかけにいく俺を気にかけていたからなのかもしれない。

留美ちゃんは長いソファーベンチの端にちょこんと座り、ハサミを器用に使って一人で星形の飾りを作っていた。そこへ向かい声を掛ける。

「ここ、いいかな?」

待ったが、返事はない。視線も目の前の紙に固定されたまま微動だにしない。やはり駄目かと思い、諦めかけたところで留美ちゃんが呟いた。

「…………ダメって言ったらどうするの?」

抑揚のない、平たく言えば興味がなさそうな声だった。警戒されているのだろうか。あんなことをしたんだから当然といえば当然だ。

「座らずに立ったままで話しかけるかな」

「…………なら、座れば?そこに立たれると邪魔」

「そうか、ありがとう」

許可してくれたのでソファーベンチの端に座る。不自然なほど真ん中に空白ができた。留美ちゃんは先ほどから顔は一切上げず、飾りを作りながら話している。

「あの時は、悪かったね」

別に許してもらおうとも、罪悪感を和らげようとも思っていなかった。折本さんのことと同じように、これからを考えて少しでも修復できればと思っただけだ。

「…………別に、いい。なんであんなことしたのか、なんとなくわかるし。実際ちょっと楽になったから」

一瞬言葉を失ってしまった。留美ちゃんは俺たちのやったことの意味を理解していた。思っていたよりもずっと賢い子だ。

「そうか……。なら、意味はあったのかな」

「…………でも」

「でも?」

不自然な場所で言葉が途切れたので横を見ると、さっきまでずっと動かしていた手が止まっていた。俯いて恥ずかしそうに頬を染めている。

「……あの時は怖かったんだからね」

上目遣いでこちらを見上げながら話す彼女の顔は、年相応のあどけない小学生のものに見えた。おもわず俺も緊張を解き、顔を綻ばせてしまった。

「ごめん。他にいいやり方が思い付かなくて」

「ふーん……。もう終わったことだからいいけど。お節介だよね、お兄さんたち。私のことなんて関係ないのに」

「お節介か、そうだね。でも君のことを見てたらなんとなく、何かできないかと思ったんだ」

あんな悪役を引き受けても構わないと思ったのは、根はいい子達だと信じたかったからというのも確かにある。

だがそれよりも、知りたいことがあったから引き受けた。過去に俺がやった失敗は、違うやり方なら変えられることはできたのだろうか。あそこにいたのが俺ではなく、比企谷だったら何かを変えられたのか、それが知りたかった。

「そう……。八幡は何してるの?」

八幡と言われてもすぐに比企谷のことだとわからず、首を捻ってしまった。小学生に名前を呼び捨てにされているというのは、信頼されているのか、自分に近いと思われているのか、どちらなのだろう。

「八幡?ああ、比企谷か。あいつは別の仕事してるよ。用があるなら呼ぼうか?」

「べ、別にいい。用なんかないから」

「そうか。じゃあ少し手伝うよ」

置いてあった箱に入っている紙とハサミを取ろうとすると、留美ちゃんはそれを拒絶するように箱を抱えて首を振った。

「いい。一人でやれる」

「……わかった。でも、手伝いが必要になったらいつでも言ってね」

「……うん。ありがと…………ございます」

付け足された敬語は消え入るような声だった。留美ちゃんは俺や比企谷のことを今はどう思っているのか、それは俺にはわからない。

だが、俺の思うほどに留美ちゃんは俺を恨んだり恐れたりはしていない。

救うとまではいかなくても、今回は何かを変えることができたのかもしれやい。

もしそうであれば、やはり過去の俺はまちがっていたのだ。そして現在に至るまで、俺はまちがい続けている。

一人でやれると頑なに譲らない留美ちゃんを見ていると、俺の罪悪感の根元である忘れられない出来事が不意に甦った。その姿は、変わろうとし始めたあの頃の雪乃ちゃんと重なって見えた。


一一一


昔、俺は雪乃ちゃんと仲が良かった。何でもないことを言い合える友達だと、自信を持って言うことができた。

まだ幼かったのでそこに恋愛的なものはなく、ただ無条件に信頼し合っていただけな気がする。

家族同士の付き合いがあったせいもあり、俺と雪乃ちゃん、陽乃さんは頻繁に一緒に遊んでいた。好奇心が強く物怖じしない陽乃さんに二人とも憧れ、引っ張られるようにしていた。

雪乃ちゃんは昔はいつも自信がなさそうにしていた。どちらかでいうなら間違いなく引っ込み思案なほうで、お姉ちゃん、葉山くんといつも誰かについていくような子だった。

だが雪乃ちゃんは今と変わらず、その頃から図抜けて美しく、成績も優秀だった。そして俺も、自慢ではないがいつもクラスの中心で、女子からは羨望の目で見られていた。

この年頃の男子は好きな子に対し、ちょっかいを出すという行動でしか気が引けないものだ。

だから雪乃ちゃんは俺とクラスが同じになったことをきっかけに、男子からはからかわれ、女子からは俺と仲がいいという理由でやっかみや嫌がらせの対象となるという境遇に陥ることになった。

しかし、引っ込み思案で大人しい彼女の芯は、その性格からは考えられないくらいに強かった。そんな嫌がらせを相手にせず、かといって反発するでもなく、ただ耐えていた。

彼女は責任を常に内に求め、他人を責めるということをしなかった。

理不尽な話ではあるが、彼女のその行動はあまり効果的ではなかった。度重なる嫌がらせに対して思ったような反応が返ってこないことを逆に疎ましく思われてしまい、やがて女子全員から無視されるという虐めの領域にまでエスカレートしていった。

俺はといえば、クラスの女子に声をかけそういったことは止めるようにやんわりと伝え、調和を取ろうとしていた。当然のように効果があったのは表面上だけで、裏では相変わらず嫌がらせが続いた。

そんな中でも、ただひたすらに耐えている彼女の瞳には、無責任な悪意には決して屈しないという意思と力強さがあった。

だが飽きもせず繰り返されるその行為は彼女の神経を磨り減らし、俺には見せないようにしていたが、沈んだ表情が増え、それに反比例して笑顔は減っていった。

クラスでの味方は俺だけという状態が長く続いていたが、やがて女子の中から勇気のある子が一人、彼女に手を差し伸べた。

その子は雪乃ちゃんと俺の、大切な友達になった。

昔から一緒にいる俺以外の味方ができたことで、彼女は笑顔を徐々に取り戻していった。

俺が彼女を助けることはできなかったが、そんなことはどうでもよくなるほどに嬉しかったことをよく覚えている。

だがここで予想外のことが起きる。雪乃ちゃんに向かっていた悪意が、手を差し伸べてくれたその子に向かったのだ。

彼女はそこで初めて、責任を内に求めるのをやめ、敵意を外に向けた。勇気を持って手を差し伸べてくれた友人を守ろうと必死だった。俺は無謀にも、相変わらず調和によってそれを止めようとしていた。

クラスの中心だった俺はその和を、今となって思えばそんなものを和と呼んでいいわけがないが、空気を壊すような行動がどうしてもできなかった。

クラス全体をバラバラにすることが怖くなり、何も犠牲にせずその子も彼女も守ろうとした。結局のところ、どちらかを選ぶ勇気が俺には足りなかったというだけのことだ。

そんな意味のないことを続けていた俺に対し、雪乃ちゃんの態度は変わり始めた。そしてある日、ついに選択を迫られることになる。

あの子と私と、クラスのみんな。葉山君にとって大事なのはどっち?

俺の答えは───選べない。どちらも大事だ。そう伝えた。

それから彼女は、俺に、人に頼ることをやめた。そして俺は、何かを選ぶことは許されなくなった。

俺と雪乃ちゃんの関係は目に見えて悪化した。

友人への嫌がらせが止まない中、俺が雪乃ちゃんに話しかけてもつれない反応しか返ってこなくなった。

以前なら俺に頼ろうとしていたような場面でも、彼女は一人でやれる、助けはいらないと固辞するようになった。

二人の大切な友達が、雪乃ちゃんの変化の原因を、俺たちの険悪な雰囲気の原因を自分のせいだと感じていることにも気が付かず、俺たちは疎遠になっていった。


そしてある日突然、大切な友達はいなくなった。ごめんねという言葉をたった一言残して。

両親の都合で転校したと担任から聞かされた。俺たちは何も聞いていなかった。その理由が本当なのか、嫌がらせに耐えかねてのことなのか、それすらもわからなかった。

あのとき俺が周囲との関係を悪化させてでも、二人を助ける道を選んでいれば───。

いくら考えても、後悔しても、やり直したくても、時間は戻ってくれず、俺は救えなかった友達に謝ることすらもできなかった。

後に残されたのは、頼ることをやめ陽乃さんのような強さを求めるようになった雪乃ちゃんと、何も選べなくなった俺。以前のように仲良くはできなくなった二人だった。

雪乃ちゃんが変わろうとしてから、すぐに嫌がらせそのものがなくなった。彼女自身が変わることで問題は解消し、結局俺は最後まで何もできなかった。

俺はクラスの和と引き換えに、彼女からの信頼と、大切な友人を失った。

俺が救えなかった彼女とは、雪乃ちゃんも含まれてはいるが、俺にとってより重いのは、かつて存在した、唯一の共通の友人のことだ。

この出来事が、その女の子への罪悪感が、今の俺の根幹となっている。



それから俺は、何も選ばず、他人からの期待に応えることだけを考えてここまで来た。

雪乃ちゃんとは疎遠になるとやがて雪ノ下さんに変わり、学校での会話がなくなるまでそう時間はかからなかった。

あれから前に進めないまま季節は幾度も移り変わり、高校も二年生を迎える。

時の流れはあの出来事の記憶を薄れさせ、昔のように仲良くも信頼もできないものの、普通に会話ができる程度には二人とも大人になった。大きなしこりが残ったままではあるが。

雪ノ下さんとは奉仕部という、いつの間にか入っていた謎の部活を通して話す機会が増えた。

久しぶりに話す彼女はあの時のまま、強くあろうとしているようだった。

奉仕部という部活には比企谷八幡という同じクラスだが馴染みのない男子もいて、彼女はその男子を気にかけているようだった。

その理由は林間学校でわかった。彼は躊躇いなく自分のことさえも投げ出せるうえ、既存の関係を壊すことのできる人間だったのだ。

仮に小学校が比企谷と同じだったとしても、俺は仲良くできなかっただろうと、彼にそう言ったことがある。それは本心だ。

なぜなら俺のできなかったことを平気でやれる人間だから。彼ならばあのとき、彼女たちを救えたのではないかと考えてしまうから。

なんて矮小な人間だ。器が知れる。でも周囲の評価はそうはならない。俺が過剰に持ち上げられ、彼が不当に蔑まれる。

俺はそれが我慢ならなかった。俺が嫉妬さえ抱く彼の評価が不当に低いままでは、俺がより一層惨めになる。

それよりももっと許せなかったのは、彼自身の自己評価が低いことだった。彼が価値のないものだと思っているとしたら、それに嫉妬している自分は一体なんなんだ。

だが俺は彼にはないものを多く持っているのも事実で、それを認めることができないほど子供ではない。彼は俺の対極にいる人間で、お互いができないことをできるという、たったそれだけのことなのだろう。

そうわかってはいても、一度内から這い出てきた醜い嫉妬心は、決して消えることはなかった。


そんな燻った思いを抱えていたものだから、陽乃さんに巻き込まれて折本さん、仲町さんと遊びに行く羽目になったとき、俺らしくないとは思いつつも、つい酷いことを言ってしまった。

その出来事の少し前に、雪ノ下さんからよければ生徒会長になってもらえないかと打診があった。

なんとか彼女の力になれないかと思いはしたが、さすがに生徒会長とサッカー部の部長と兼任は難しいと感じていた。

その後、陽乃さんと雪ノ下さんのやり取りがあり、彼女は自分が生徒会長になるから応援演説をしてほしいと頼みを変えてきた。わざわざ頼みたくもないであろう俺に頼むあたり、彼女の本気が伺えた。

陽乃さんの考えと違い、俺にはもう彼女が陽乃さんの影を追っているとは思えなかった。彼女は陽乃さんも持っていないものを求め、前に進もうとしているのだと思った。

彼女が前に進めるのであれば、それは俺にとっても喜ばしいことだ。できることならその変化を俺も近くで見届けたい。

家族間のことがあるので付き合いが途切れることはないが、前に進めない俺が彼女と並び立つことはできないし、今後の進路もおそらく別になるだろう。

だから、これが彼女を近くで見られる最後の機会になるかもしれない。

だが応援演説を既に引き受けている手前、それも叶わないことだ。

そう思っていたのに、彼女から比企谷も生徒会に入ると聞いて、そう提案したのが彼自身だと聞いて考えを改めたくなった。

なぜ比企谷まで生徒会に入る必要があるんだ。そんな柄じゃないだろう。雪ノ下さんが生徒会長になり、部活に行けなくなるかもしれないということが、彼にとってはそんなに問題なのか。

彼は俺と違って、上辺だけの関係なら切り捨てることができる人間ではなかったか。奉仕部での関係をどうしても変えたくなくてそうするのであれば、俺のやっていることと変わらないじゃないか。

確認したくなった。自分のために。

そんなことを考えていると、どこから聞いたのか、陽乃さんは雪ノ下さんが生徒会長になろうとしていることを知って、本気ではなさそうに軽く俺に言った。

「ついでに隼人も入れば?生徒会長じゃなきゃ兼任でもなんとかなるでしょ。どうせ雪乃ちゃんじゃ上手くやれないだろうから、フォローしてあげれば?」

陽乃さんは別に俺に何かを期待してそう言ったわけではない。雪ノ下さんの状況を聞くのに、俺が近くに居たほうが都合が良いか、単純にそのほうが面白くなると思っただけだろう。

根掘り葉掘り聞かれる俺が真実を話すかどうかもまた、陽乃さんにとってはあまり関係がない。俺の話しぶりから察することができるから。

俺が生徒会に入るだけの意味は自分の中にもう見出だせていた。それでも決めきれなかった俺の最後の後押しをしたのは、皮肉にも俺への興味を失っている陽乃さんの言葉だった。

それが葉山隼人らしくない行動であることはわかっていた。

故に、実際に何人かからはなんで生徒会に入ったのかと理由を尋ねられた。そのときは陽乃さんに言われたことを利用して、詳細をぼかして答えることにした。


そうして生徒会役員となった俺が最初の仕事で見たのは、強くあろうとした彼女と、昔の大人しかった彼女とが同居する、酷くアンバランスで不安定な女の子だった。

そしてもう一つ、知ろうともしていなかったことを知った。

比企谷と話をすると、俺が言われたことのないような思いがけない言葉を聞くことができ、そこで俺はようやく自分が何を求めていたのかを知ることができた。

俺は、否定をされることを望んでいた。

自分でそんな生き方を選んでおきながら、俺は誰かにまちがっていると言ってほしかった。

きっと、そうすることで俺は初めて、あの時から前に進むことができるのだろう。


一一一


稼働時間の限られている小学生を帰宅させ、いつもより遅い時間に短い会議が行われたが、当然結論は出ず保留、先送り、様子見。なんと言ってもいい、決めることはできなかった。

項垂れる女子メンバーを置いて、比企谷に声をかける。

「比企谷、ちょっといいか」

「……おお、出るか」

すんなりと応じてくれた。比企谷も俺と同じように思うところがあるようだ。

人気のない場所まで行く途中に会話はなかった。俺もだが比企谷も、こいつとは仲良くできないと思っているに違いないから、別にこれで問題はない。

「どうする?」

前振りも何もなしに一言だけを伝える。

「……どうにかするしかねぇな。もうタイムリミットだ」

「ああ。時間的にはもう遅いぐらいかもな。いい手はあるか?」

そんなもの俺にはない。ここまできたらやれることは一つだけだ。

「いい手も何も……やるべきことをやるだけだろ」

「君が、やるのか?」

やはり彼も何が必要かわかっているようだ。あとは、誰がやるのかということだけ。

「誰でもいいんだけどな。俺でも……別にお前でも」

「……ああ。雪ノ下さんには、今は望まないほうがいい」

そう言うと彼は辛そうに俯いた。今の雪ノ下さんを見て、彼は何を思うのだろう。俺と違って、比企谷はあんな姿を見るのは初めてのはずだ。

「みたい、だな。明日生徒会室であいつらと話するか」

「そうだな。意思はちゃんと統一しておく必要がある」

「……はぁ、めんどくせぇなほんと。なんでここまで一緒にやることに執着すんだよ……」

比企谷は大仰に溜め息をつきながら実に面倒臭そうに話す。

俺も合同というだけでここまで拗れることになるとは思ってもみなかったので、同じような気分だ。

「さぁな。怖いんだろうな、玉縄は。どうせこうするしかなかったんなら、もっと早くにやるべきだったな」

おお、と力のない声が聞こえてから、しばらく間が空いた。

ポケットに両手を突っ込んで下を向いていた比企谷が顔を上げ、口を開く。

「なぁ。…………お前はなんか、知ってんのか。雪ノ下のこと」

「知ってても君には言わないよ」

彼女が話さないことを俺から言うわけにはいかない。知りたければ彼女自身から聞くべきだ。

「聞くつもりもねぇよ、お前には。知ってるかどうか聞きたかっただけだ」

俺には、ということは、いつか彼女に聞くつもりなんだろうか。彼女はそのとき、ちゃんと答えることができるのだろうか。

「そうか。過去なら君よりは知ってるよ」

「だろうな。ムカつく言い方しか出来ねぇのかお前」

「そんなつもりはなかったんだけどな……。今のことなら君のほうが知ってるだろ」

「……どうなんだろうな。俺にはわかんねぇことだらけだ」

独り言ともとれるような呟きだったが、俺の耳にもしっかりと届いた。

きっと比企谷は、わからないことがわかってきたのだろう。

人を知るほどに、親密になるほどに、わかったことは増えているのに、それ以上にわからないことが増えていく。

その繰り返しだ。つまり、人と人は永久に完全にはわかり合えない。だが、それを続けていくことこそが人間関係なのかもしれない。

「……俺も、変わらないさ」

俺は立ち止まってしまったけれど。

比企谷も彼女も、足掻きながらでも前に進もうとしているんだなと思うと、体の内のどこかに締め付けられるような感覚があった。

「戻るか。サボってると睨まれそうだし」

「今日はもう時間もあまりないけどな。頑張らないといけないのは明日からだな」

「さらに忙しくなるのか……嫌だなぁ」

こいつは仕事はできる癖に、仕事がしたくないという主張は一貫している。つくづく変な奴だ。

「頼りにしてるよ、庶務の比企谷君」

精一杯の皮肉を込めて言ったのだが、彼はすぐに反論の言葉を返す。

「うるせぇ。お前何回も会議サボってんだし副会長の仕事しろよ」

痛いところをつかれた。ちゃんとした理由があるとはいえ、何度か会議に出られなかったことは事実だ。

「副会長の仕事か……。そうだな、俺も働かないとな」

「おお、働け働け。俺が働かなくてもいいぐらいに」

「そこまではやらないさ。庶務の仕事まで奪うと心が痛むからな」

講習室の前で比企谷はあっそ、と呆れるように短い言葉を吐き捨て、扉を開けた。

すると、結衣といろはが軽い愚痴めいた言葉を俺と比企谷に投げてきた。雪ノ下さんからは何も言われなかった。

副会長の仕事。それは、生徒会長の補佐だ。

役職に就いたんだし、仕事、しないとな、俺も。やれることをやらないとな。

それが果たして、彼女のためになるのかはわからないが。


☆☆☆

ここまで

葉山とゆきのん疲れる……
なんか葉山といろはも結構絡んでるしタイトル変えたいけど後の祭り

またそのうち

ファッキン誤字

>>502
しれやい。
→しれない。


もしかしてYの正体はその共通の友人の事かな?

乙です

おつですー また次回も楽しみにしてます


よく書けるなこんな話(誉め言葉)

>>526
そんな可能性もあるかなーと、その子もYだったつもりで書いてはいました
結局よくわかんないのでこの話でもそこまで言及はしません、たぶん

まだか、はよはよ



小学生が参加する日、コミュニティセンターに行く前、いつものように一旦生徒会室に集合することになっていた。

教室で由比ヶ浜を待っていると先に行っててと言われたので、一人で生徒会室に向かっている。最初は戸惑いしかなかった道のりだが、今は特に違和感もなく歩いていることに気がついた。

人間の適応力ぱねぇな。それと同時に、記憶の都合の良さも嫌になるぐらいすげぇ。

時間の流れはどんなに素敵な思い出も、思い返したくない過去も、平等に角を取り丸くする。

辛い過去に関してはそのまま抱えていると、そうして柔らかくしないと、生きていくのに不都合だから人間にとって必要な機能なんだろう。

だが嬉しかったり楽しかったりした良い記憶は、その中にあった小さな違和感や疑問だけが削り取られ、美化された状態で残る。

これは余計な機能だ。そのせいで、楽しいだけではなかったはずなのに、ふとしたときにあの頃に戻りたいと考えてしまう。

斜陽の中に佇む、真っ直ぐな少女が頭に浮かんで、消えた。

生徒会室の扉の前で、無意識に息を飲んでいる自分がいた。緊張の理由はわからないままに扉を開けると、席について机の上の資料に目を向ける雪ノ下の姿があった。

「おす。相変わらず早いな」

鞄を置いて俺も席についたが、雪ノ下からの反応はなかった。視線は机の上に固定されたまま微動だにしない。

「……雪ノ下?」

雪ノ下は今スイッチが入ったかのように、突然ビクッと体を震わせると、ようやく俺と目を合わせ口を開いた。

「び、びっくりした……。いつの間に入ってきたの?」

「いや、ごく普通に扉開けて入ってきたけど……挨拶もしたぞ、一応」

「そ、そうなの?全然気がつかなかったわ」

「どしたんだお前、ボーッとして。なんか具合悪い?」

よく見ると目が潤んでいるような気がする。真っ白な耳もいつもより赤らんで見える。

「そういえば少し熱っぽい、ような……。昨日雨に打たれたせいかしら」

「あー、そういや帰る頃大雨になってたな。俺はギリセーフだったけど。大丈夫なのか?」

「ええ、このぐらい平気よ。ボーッとしてたのは別。ちょっと考え事をしていたから」

「そうか、ならいいんだけどよ。お前の大丈夫は、信じていいもんなのかどうか……。前科あるからな、お前」

前も大丈夫と言いつつ、出てこられなくなるまで拗らせたのを忘れてないぞ、俺は。

「何よ、前科って。人を犯罪者呼ばわりしないでもらえる?」

「文化祭の時みたいに、お前が必要以上に背負い込んで無理するのは知ってるからな。そんなこともうさせたくねぇから、いつでも言ってくれよ。俺でも由比ヶ浜でも、指示だけ出してくれてもいい」

雪ノ下は悲しげに目を伏せて首を振った。

「今は、無理してもできることなんかないわ……。あなたもわかっているでしょう?」

「まぁ、今はそうだな……」

安易に否定の言葉を吐けないほど状況は逼迫している。今の雪ノ下に気休めの言葉をかけたところで楽にはならないだろう。

黙ってしまった雪ノ下を眺めていると、やがて静かに、懺悔ともとれる言葉を呟いた。

「……情けないわ。今の状況は全部私が悪いのでしょうね」

「全部お前のせいなわけねぇだろ。悪いのは俺もあいつらも、海浜の連中も、全員だ」

「そうなのかもしれないけれど、それでも……。私は生徒会長なのだから、責任は当然重いわ」

「そうだとしても……」

言うべき言葉が見つからず口をつぐんでしまった。そんなことをするつもりは毛頭ないが、誰の責任だと強引に犯人探しをするのであれば、海浜高校の連中を除くと当然生徒会長という話になる。

個人の責任で終わらせるつもりも、このまま大人しく見ているつもりもない。

それでも、その職にある雪ノ下に責任を感じるなというのは無理な話だ。そんな適当な奴でないことは俺もよく知っている。

「ねぇ、比企谷君」

雪ノ下の顔へ目を向けると、そこには自虐めいた薄い微笑みがあった。

「私に、失望した?」

「…………何が言いたい」

「いいのよ、言ってくれて。あなたが見ていた私はこんなのじゃなかったって。それに、私もあなたに失望したことがあるもの」

「あんときか……。まぁあれは、俺が一方的に悪いからな。仕方がない」

俺が勝手に相談もせず、一人で考えて一人で行動したからだ。だからその責任が俺にあるのは当然で、異論はない。

「いえ……。私も、同じだったわ……。比企谷君を責めることなんて、そんなことしていい人間じゃない」

「なんだそれ。別にそんなのに資格はいらんだろ」

「ううん。私もわかってるから。姉さんにも言われた」

寒気すら感じるような、酷薄な笑みを浮かべた陽乃さんの顔は昨日も垣間見ることができた。

俺たちと別れたあと、陽乃さんはあの顔で雪ノ下に何を言ったのか。考え事というのは、それに関することか。

「……何を言われたんだ」

「みんなに守ってもらえてよかったねって。私に自分の意思なんかないでしょうって、そう言われたわ」

「んなわけねぇだろ。……気を悪くしたら申し訳ないんだが……あの人のお前を見る目は歪んでる。たぶん、俺は知らねぇけど、昔のお前のイメージを押し付けてるように見える。だからそんな言葉、真に受けんでもいい」

「……ありがとう。やっぱり優しいのね、あなたは。では比企谷君はそうは見ていないということかしら。こんな私に失望していないの?」

雪ノ下の言葉を受け、思考を巡らせ己に問いかける。

失望しているのか?俺は。

失望するということは、俺はまた知らず知らずのうちに理想を押し付けていたということだ。

雪ノ下はこうだと勝手に他人を規定して、そうじゃなかったから裏切られたと感じているということだ。

雪ノ下だって嘘をつく。雪ノ下は完璧な人間じゃない。自信がないこともあるし、弱ることだってある。俺と雪ノ下は似てなどいない。ここまではもうわかっていることだ。

わかっていながら、なおも雪ノ下に持っていて欲しいと願うものは確かに、ある。

でも、それはまだ、雪ノ下から失われてはいない。だったら、俺は失望などしていないはずだ。

「して、ないと思う。俺はもう、お前に完璧さなんか求めてない。今のお前を、否定するつもりはない」

「複雑ね……。期待されていないということかしら」

「そういうわけでもなくて……。すまん、いい言葉が思いつかねぇんだよ。けど、それでも、俺が見てた雪ノ下は、出会った頃のお前は……」

伝えたいことはあるのに、これ以上は言葉にならなかった。俺の表現力、伝達力に問題があるのも確かだが、言葉は感情を全て伝えるには不完全なものだ。

俺はまだ、言葉以外に感情の伝え方を知らない。けれど、誤解を招くのが嫌で不用意な言葉を持ち出すわけにもいかず、また黙り込んでしまった。

言葉なしには伝えられず、言葉があるから間違える。だったら俺は何がわかって、何をわかってもらえるというんだ。

「ごめんなさい。やっぱり今はまだ、自信が持てないわ……」

雪ノ下は諦めたように、俺の無言に対し返事をしてくれた。

「そうか……。すまん」

「謝らないで。私が不甲斐ないからいけないのよ。けれど、私がどうであれ、イベントはなんとかしないと……」

「……そうだな。俺も、やれることをやることにするわ」

「比企谷君……?」

俺の意思を曖昧にだが伝えると、雪ノ下は何かを察したのか俺にすがるような目を向ける。

そして俺はその目をじっと見ていることはできなくて、また目を逸らしてしまった。

「やっはろー、ゆきのん、ヒッキー」

「こんにちはー」

「やあ」

扉が開き、生徒会役員の三人が入ってきた。俺に目を向けていた雪ノ下を見て一色が首を傾げる。

「どうしたんです?ボーッとして」

「……なんでもないわ。みんなの紅茶淹れるわね」

雪ノ下は普段の様子を取り戻したかのように、ティーセットに向かい準備を始めた。さっきまでの表情はもう消えていた。

「おー、ゆきのんありがとー」

「ありがとう、雪ノ下さん」

手慣れた所作で五人分の紅茶がそれぞれの入れ物に注がれる。四人はティーカップかマグカップなのに、俺だけ湯呑み。もう見慣れた光景ではあるが、仲間外れ感が激しい。

役職がない俺をみんな無意識に疎外してるのか?んなわけねぇな。被害妄想いくない。

雪ノ下は紅茶を注ぎ終わり席につくと、駄弁り始めた由比ヶ浜と一色をよそに、また机の上に視線を固定して考え事をし始めた。

外は昨日の夜から雨が降り続けている。雪ノ下は陽乃さんに言われた言葉をどんな気持ちで受け止め、雨に打たれて帰ったのだろうか。

その気持ちを推し量ることは俺にはできないが、今は雪ノ下の重荷を少しでも減らしてやりたい。ただそれだけだ。雪ノ下ができないなら、誰かがやらないといけないことだ。

陰鬱な空模様を眺めながら湯呑みで流し込んだ紅茶は、いつもより渋くて苦かった。



時間になったので五人で生徒会室を出てコミュニティセンターへ向かうことにした。

今日からは小学生が参加になる。お守りは葉山が引き受けたと聞いているから、おそらく俺はあまり関わらないだろう。

林間学校でも感じたが、俺は多数の小学生にすこぶる受けが悪いからきっとそのほうがいい。

その後にはまた進まない会議のための会議が待っていることがわかっているからか、それとも鬱陶しい雨のせいか、皆の足取りは一様に重かった。

いつものように、意識すると辛くなるが顔が華やかなメンバーについて最後尾をとぼとぼ歩いていると、前にいた一色がすっと歩くペースを落として俺の横に並んだ。

「先輩先輩」

一色は俺の傘に入るぐらいの距離にまで顔を近づけて、小声で話しかけてくる。近い、近いから。そういや俺、相合い傘とか小町としかしたことねぇなぁ。

「今さらなんですけど、ちょっと聞きたいことが……」 

「な、なんだよ」

「この前、葉山先輩と先輩の知り合いのあの女と、なんか話してましたよね。あれなんだったんです?」

「あー、またそれか……」

由比ヶ浜には既に聞かれたことだ。一色からも聞かれるとは思っていたので特に狼狽えたりはしないが、ややうんざり気味だ。いやでも、あの女って、その言い方どうなのよ一色さん。

「また?あと思い出したんですけど、あの女先輩たちと四人でデートしてたときの相手ですよね?どういう関係なんですか?」

一色は顔こそいつもとさほど変わらない笑顔をたたえているが、声は普段より二オクターブぐらい低い。

あ、これダブルデート(笑)中に会って問い詰められた時と同じ声だ。うん、怖い。一色さんこわぁ。

「ちょっと、一遍に聞かれても答えられねぇんだけど……。あれはデートじゃないし、あの後気まずい別れ方になったから謝ったり、まぁいろいろだ」

「はぁ。あれはデートにしか見えませんでしたけど……まあいいです。それで先輩、何やらかしたんですか?許してもらえました?」

「なんで自然に俺が謝ったことになってるわけ?俺はなんもしてねぇよ。詳しいことは葉山に聞いてくれ、俺はあんま関係ないし」

「葉山先輩に聞けたら先輩に聞きにきませんよ」

「なんで俺なら聞けるんだよ……。お前昨日葉山と買い物行ってたんだし、そんとき聞けばよかっただろ」

「あー、そうしようかとも思ったんですが……。なんか、そんな雰囲気じゃなくてですね……」

一色は若干肩を落として語尾を濁した。はしゃいでるかと思いきや、なんか気まずくなることでもあったのか?

「なんで浮かない顔してんだ。喧嘩でもしたのか?」

「するわけないじゃないですか。葉山先輩だと喧嘩にもなりませんよ、絶対。そうじゃなくて、わたしのこと誘っておいてなんか上の空っていうかー、あんまり元気なかったんですよ」

雪ノ下も今日になって上の空だったが、関係あるんだろうか。あの二人の共通点と、昨日あった特殊な出来事。それを考えると、あるとしたら原因は高確率で陽乃さんだ。

葉山と雪ノ下と、陽乃さん。あの三人は過去を共有しているという、俺にはどうしようもない事実がある。

俺がもっと深く踏み込んだとしても、そこに入ることは決してできないという気がする。

「ふーん……。まぁ葉山も疲れてんじゃねぇの、いろいろ。そういうときこそあれだろ、癒してあげるとポイント高いんじゃねぇの?」

「なるほどー。どうでもいいんですけど参考になるかもなので一応聞きますが、ちなみに先輩は疲れてるとき何してほしいですか?」

どうでもいいんなら聞くなよと思うが、それは口にしたら駄目なんだろうな。もう学んだぞ、俺は。

「俺は……一人にしてほしいかな」

「それもわからなくはないですが……やりなおし。話理解してます?わたしのできることを聞いてるんですよ?」

「割と真面目に答えたんだけどな……。マッサージとかは……ちょっとアレか。んじゃ甘いものとか?」

「ほうほう、手作りクッキーとかですか?ベタですけど、割と効果的なんですかね」

意図して思い出さないようにしてきたのに、奉仕部での最初の依頼のことが頭に浮かんだ。

由比ヶ浜からの、最初の依頼。あのときは俺が屁理屈をこねてうやむやにしてしまったが、その後目的は果たされたのだろうか。

痛くはないけど、鼓動が少し早くなって苦しくなった。

「…………ああ、効くな。俺には特に」

「へー。先輩って意外と……ああいや、先輩はどうでもいいんですってば」

「失敬なやつだなお前は。だったら葉山に聞け葉山に」

「だからそれができ……ちょっと先輩、せんぱーい?」

埒の明かない会話を強引に切り上げ、一色の声を無視して目を前に向けると、由比ヶ浜を挟むようにして歩く三つの傘が見えた。

由比ヶ浜は三人以上のときは、いつだって誰かと誰かの間にいる。

思えば奉仕部でも何も言わなくても間に入って、俺たちを繋いでくれたり緩衝材の役をしてくれていた。

由比ヶ浜らしいと言えばそれまでだが、それで終わらせていいはずがない。そんなのは優しさに甘える行為でしかない。

イメージを押しつけてはいけない。理想を誰かに求めてはいけない。それは弱さだ。憎むべき悪だ。罰せられるべき怠慢だ。傷つけていいのは、自分だけだ。

どこまでも優しい由比ヶ浜も、聖人君子とは違う。俺と同じように悩んだり苦しんだりすることだってあるだろう。

ならば俺は、俺にやれることは。やるべきことは。

考えてはみたが、目的地に辿り着くまでの短い時間で答えが出るはずはなかった。



講習室に入ると、海浜高校のメンバーに加えて見慣れない集団が部屋の一角でそわそわしていた。小学生軍団だ。

玉縄は引率者と思われる教師と言葉を交わしており、それを見た雪ノ下もそこに加わり挨拶を行った。

雪ノ下はそのまま玉縄と一緒に小学生の元へ向かい、二言三言語りかける。すると小学生たちから、はーいというそこそこ元気な声が聞こえてきた。

反応は上場だと思ったのに、戻ってきた雪ノ下の表情は固い。席に座ってからも無表情で小学生たちの方向へ目を向けている。

なんか不可解だなと思って雪ノ下の見ている方向に目をやると、目立つ小学生のさらに奥に見知った顔を見つけてようやく合点がいった。鶴見留美がいたのだ。

パッと見ただけでも彼女が一人浮いているというか、輪から外れているのはよくわかった。

この夏俺がやった、と言っても実際にやったのは葉山たちだが、俺の発案した方法で彼女を取り巻く人間関係を壊してしまったことは忘れられない記憶だ。

問題の解決にはならず、誰もが納得しかねるようなろくでもない案ではあったが、惨めだと言っていた彼女の環境を少しは変えられたかもしれないと思っていた。

この鶴見留美の現状が、夏に俺のしたことが原因であるなら、俺はその責任を取る必要がある。それは、今のこのイベント状況、生徒会の状況も同じだ。

俺の選択が招いたことなら、俺はこの現状を変える責任がある。俺は行動しなければならない。



由比ヶ浜と葉山で小学生のお守り兼、飾り作りの作業をやってもらっている間に、俺と一色と雪ノ下でまだ残っていた書き物を終わらせておいた。

これで事前にやるべきことはもう、ほぼなくなった。これ以上は内容を決めてからでないと取りかかることのできないものばかりだ。

よって、会議で決定が成されない限り、以降の進捗は完全に停滞する。

明日の金曜日で決めてしまえば、土日や翌週の祝日を作業に目一杯当てることでまだ間に合う見込みがあるが、明日で決まらず土日を無為に過ごすことになればもう無理だ。あとはイベントが瓦解していくのを見ているしかない。

小学生たちを帰してからまた会議をすることは決まっているが、雪ノ下は会議の時間が近づくにつれ次第に口数を減らしていった。



葉山と由比ヶ浜が作業を一段落して休憩に戻ってきたので、二人にそれとなく鶴見留美の様子を聞いてみた。

俺が見たままの状況で間違いはなさそうだったが、葉山が少しだけ気になることを口走った。

「やはり比企谷は俺とは違うんだろうな。何かは変わってるみたいだ、確かに」

「何かってなんだよ。解決はしてないんじゃねぇの?」

「解決はしてないな。けど少しは楽になったって、本人が。比企谷のこと気にしてたから行ってきたらどうだ?」

俺のことを?なんの用だろう。もしかして酷いことをしたから罵倒されたりしちゃうの?美少女の小学生に、あの冷たい目で罵倒?人を選んだらそれはご褒美にもなるんだぞ、ルミルミ。

幼い彼女はまだ知らないかもしれないが、社会はそういう人で溢れていることを少し教えてやるとするか。……PTAとかに言われたらえらいことになるな、やっぱやめとこう。

外に出てキョロキョロと辺りを見回すと留美はすぐに見つかった。一人でぽつんと座って飾り作りに没頭しているところに近づき、右手を挙げながら声をかける。

「よう」

で、無視……と。この挙げた右手をどうしてくれようかと思い、流れるような動作で頭を掻いてみたがわざとらしすぎて変な汗が出てきた。俺を探してたとか言ってたけど、騙されたか?

「…………なんの用?」

びっくりした、時差ありすぎだろ。違う時の流れで生きてるのかお前は。

「や、お前が俺に用があったんじゃねぇの?」

「…………別に、ないけど」

留美は小馬鹿にしくさった口調でそう言うと、また折り紙に視線を固定した。ほーん、葉山、嘘じゃねぇかこの野郎。どういうつもりだ。

「そうかよ」

葉山に文句は言いたいがこのまま戻るのもなんなので、隣に腰かけて飾り作りを手伝うことにした。

ハサミと折り紙の束を失敬して図面を眺める。雪の結晶の形をした飾りのようだが……案外複雑なことやってんな、これ。

ハサミの音が途切れたので横を見ると、留美が驚いたようにこちらを見ていた。

「八幡、いい。いらない。一人でやれる」

「ふーん、でも俺やることねぇんだよ。だからやらせろよ」

言ってから、言葉だけ聞くとかなりまずいアレなやつに聞こえる可能性に気がついた。

心配になったので、誰も聞いてないよなと辺りを見回したが幸い誰もいなかった。

「……暇なの?」

留美は不思議そうに首を傾げる。この子このまま成長したら絶対可愛くなるな……。

本当は俺もやるべきことがあるはずなのだが、いかんせん今はもう、会議を進めないことにはどうにもならない。

「困ったことに暇になった。やることがなかなか決まんなくてな」

「……バカみたい。ならさっさと決めればいいのに」

小生意気な言い方だが、今の俺たちに必要で、実にシンプルな言葉だと感じて少し可笑しくなった。玉縄とか、あいつらにも聞かせてやりたいものだ。

「だよな。馬鹿みてぇだし、さっさと決めねぇとな。けど今はこれをやる」

留美からの返事はなかった。それからは静かな時間の中、二人で黙々と飾りを作り続けた。

集中力が必要な作業はお手のものだ、一人の世界に入り込むのは得意だからな。そして、考え事をするにはやはりこの中が一番だ。

先ほど留美は一人でやれるから助けは必要ないと言った。強がりでそう言っているだけなのかもしれないが、一人でやろうとするその姿勢はきっと気高い。

一人で立つことは必要なことだ。一人で立てるようになってこそ、他人と信頼や協力を行えるのだろう。だが一人でやれることには限度があるのも確かだ。

つまり、一人で立つのに、一人で全部できる必要なんてない。

俺はこれからも、可能な限り一人でなんでもやろうとするだろう。けれど俺一人の力なんてたかが知れているから、出来ないこともたくさんある。

そのとき、俺に足りないものを持つ人が傍にいてくれたなら、お互い様だと思ってくれて押し付けあえるなら。

俺にはないものを持っている他人だから、眩しくて、憧れて。だから俺はもっと、そいつらのことをわかりたい。知りたい。

でも、もしも、もしも俺が原因で一人では立てない、誰かの助けなしでは立ち上がれない人を生んでしまったとしたら。俺のせいであれば、俺にできるのは───。



考え事をしながらも手を動かしていると、紙でできた雪の結晶が降り積もっていた。

やがて最後の一つが優しく折り重なると、俺と留美は互いに顔を見合わせた。

「これで最後か?」

「うん……」

留美は満足げな吐息とともに小さな笑顔を見せた。が、それが恥ずかしかったのかすぐに顔を逸らして押し黙ってしまった。

「じゃ、戻るわ。下でまだツリーやってるだろうからお前も行けば?」

「…………え、あ、うん。あの…………」

放心したように頷くと、今度は何かを言い淀んでもじもじし始めた。

「なんだよ」

「……お前じゃなくて、留美」

「は?」

「は?じゃなくて。留美……」

はぁ、なるほど。そう呼べということか。

しかし俺は葉山と違って、馴れ馴れしく女子の下の名前を呼び捨てにすることに抵抗がある。が、相手は小学生だ。臆する必要などない……よね?

「…………またな、留美」

「……うん。またね、八幡」

やだ何これ、すごいムズムズする。見れば留美も顔を伏せて恥ずかしそうに身を捩っていた。

俺の他人との距離感とか付き合いかたって、小学生と同レベルっぽいな。いろんなことに慣れてなさすぎだ。

留美が見せてくれた笑顔は、俺のやったことを肯定するものではない。でも、あんなやり方でも何かを変えられたと、救われたと言ってくれるなら、それはありがたいことだ。

けど俺は、それでは変えられなかったものを変えようとしている。まだ足りないのだ、今までの俺では。



期待はしていなかった会議が予想通り何事もなく終わると、すぐに葉山に声をかけられた。

二人で席を外して話をすると、葉山は今の雪ノ下には多くを望まない方がいいだろうと言っていた。

俺も同感だ。今日に至ってはもうどうしたらよいかわからないといった具合で、向こうの会話に口を挟むこともあまりしなかった。おかげでその役目は俺と葉山がすることになった。

原因ははっきりしないが、本人も言っていた通り雪ノ下は自信を失っている。

葉山も思うところはあるようで、俺と同じようにこれ以上は待てないと感じているようだ。

明日生徒会室で全員に伝えることを二人で決めてから講習室に戻ると、その日は撤収の時間となった。


ここから出るときは一層寒さが堪える気がする。これは毎度毎度晴れない気持ちでいるからというのも多分にあるだろう。

晴れた気持ちでここを出ることができるのはいつになるのだろうか。

夕方まで降っていた雨は既に止んでおり、その残り香の湿った空気の匂いが鼻腔をくすぐる。

他メンバーに別れを告げ、一人で駐輪場へ歩いていると横の道に停車していた車からクラクションを鳴らされた。

なんだようっせーなと思って厳つい顔をした車に目を向けると、中からあまり厳つくない綺麗な女性が顔を覗かせていた。

「比企谷、乗っていくか?」

ゴリゴリのスポーツタイプの車に乗る女性は平塚先生だった。にしても、似合うし格好良いけど、この人こんな車に乗ってるから男に引かれるんじゃなかろうか……。

「いえ、自転車あるんでいいです。遠くないですし」

「そうか、なら私が降りよう。停めてくるから少しそこで待っていたまえ」

俺に何も言わせないまま平塚先生は重低音のエンジン音を響かせて行ってしまった。

えぇー……俺帰りたいんだけど。でもこれ、黙って帰ったら明日殴られるパターンのやつだよな……。

仕方なく待ちぼうけていると、カツカツとヒールの音が聞こえてきたので振り返る。

「すまないな、帰るところを引き留めて。状況を聞かせてもらおうと思ってな」

「先生、放置しすぎじゃないですかね。あんまり芳しくはないですよ」

ほんと全然顔を出さないってどうなのよ。海浜高校側も同じだけど、あいつらは一体どんな報告をしているのだろうか。

「ああ、簡単には雪ノ下から聞いているよ。ただ、比企谷から見た意見も聞きたいんだ」

「はぁ、そうですか」

「なんだその反応は。ま、立ち話もなんだな。そこのカフェに入ろうか、奢りだ」

ちょっと、こっちはそんな長い時間話すつもりないんですが。と言えるはずもなく、というか平塚先生はこちらの話を聞くそぶりも見せず既にカフェに向かって歩き始めていた。

時間も時間なせいか、店内は人がまばらで落ち着いた雰囲気と呼んでもいいものだった。窓際の二人席に向かい合って座る。

「さぁ、君の話を聞かせてもらおう。何が問題でこうなっているんだ?」

「問題、ですか。そうですね……」

俺の思うまま、問題だと考えていることを伝えた。

一番の理由として挙げられるのは、会議に否定が存在しないことだ。

そしてもう一つは、決定者、すなわち責任者の所在が曖昧なまま進めてしまったこと。

「そうだな。概ねその認識で正しいだろう。それはもう、どうするべきかわかっているだろうから終わりにして話を変えよう。雪ノ下の様子は、君から見てどうだ?」

割と長々と力説したつもりなのに、あっさり話を変えられて拍子抜けしてしまった。

「雪ノ下、ですか。まぁ……元気ないですね。本人が不甲斐ないとも言ってましたし、現状の責任を感じてるのかと」

「それだけか?」

短く言うと、問い詰めるような鋭い視線を向けてきた。

「…………なんでさっさと説き伏せて否定しないのか、そう思ってるかってことですか?」

「思っているだろう?」

「そりゃまあ……。俺の知ってる雪ノ下っぽくはないですからね」

「どちらかが間違っていてどちらかが正しいことであれば、雪ノ下は迷わないよ」

平塚先生はそこで言葉を区切ってコーヒーを口に運ぶ。何度か啜ってから続きを話した。

「君は海浜高校の子がやろうとしている、皆の意見を取り入れて最善の策を探ろうとしていることが間違っていると思うか?」

「……いえ、そうは思いません。できるならそれが一番でしょうし。ただ、この現状とそぐわないだけかと。期間を考えると方針の転換はすべきだったとは思いますが」

「雪ノ下も人並みに、人並み以上に迷うし、悩むし、躊躇もするということさ。比企谷と同じようにな」

「俺は別に……迷ってませんが」

「まあ君が素直に喋るとは私も思っていない。けど、悩める若人へ私からありがたい助言をやろう」

「そんなこと頼んでませんけど。なんでそんなことするんすか」

「なんで、か。そうだな……。私は、比企谷が傷付くのを見たくないんだろうな。君は人を傷つけるぐらいなら自分が傷を負うほうがましだと思っているだろう?」

「そんな立派なもんじゃないですって」

「そうだな、全然立派とは呼べない」

胸にズキンと痛みが走った。なんでだ、俺は否定してもらえると思っていたのか。女々しいにもほどがある。

「その心意気は認めよう。だが敢えて厳しいことを言わせてもらう。そんなものはただの自己満足だ。人のためのように見えるがその実、自分のためにしかなっていない」

宣言通り、口調も内容も俺にとってとても厳しいものだった。

「もう、君が傷付くことで君以上に悲しむ人間がいることをわかってもいい頃だ。だから先に言っておく。比企谷、人を傷つけないようにするというのは無理だ」

頭を殴られたような気分だった。話はそれから半時ほどに及んだ。



平塚先生と別れてからの家路で、帰ってからはリビングで、寝る前の自室で、言われたことを考え続けた。

俺を叱責するかようなアドバイスを頭の中で何度も反芻する。その言葉の数々に、俺はどれもまともに返事をすることができなかった。

俺が何を選んでも誰かを傷つける。そんな簡単なことを、しかし間違いようのない真実を突きつけられた。

俺はこれまで散々迷ってきたが、迷っている時間ですら誰かを傷つけていたのかもしれない。そう自覚をすることが、傷つける覚悟をすることが人を想うということだと、そう言われた。

その自覚と覚悟が俺には足りていなかった。だからさっきはあんな、まちがった決断をしかけてしまった。

改めて考える。俺の選択を。自分の思いを。

イベントが無事終わったら、片をつけよう。だが俺は、そこで終わらせるつもりはない。一度でわかった気になって楽をしたいわけじゃない。だから、これから先もずっと続いていく。

考え続けるんだ。大切に思う誰かがいる限り。


一一一

ここまで

あーやっと終わりが見えてきた
九月中の完結を目標で
またそのうち

乙です‼

乙です
待ってます

ああ、居酒屋じゃなくて居場所か…ww

おつです 次も楽しみにしてます

居酒屋定期
迷惑なssやで……



翌日、余計なことを考えないように時間を過ごそうとしていたらいつの間にか放課後になっていた。え、俺昼何食べたっけ……?

いや、それより前もほとんど記憶がねぇぞ……。朝起きてから、それから、えーと……放課後か。これはッ!どこからかスタンド攻撃を受けているッ!

突然のキングクリムゾンによる攻撃に呆然としていると、教室ではあまり話さない奴に声をかけられた。

「比企谷、行こうか」

「ん、ああ葉山か。生徒会?」

「それ以外にどこがあるんだ」

「あー、由比ヶ浜は?」

そう思って教室の後ろに目を向けると、お喋りに花を咲かせる三浦に海老名さん、由比ヶ浜がいた。戸部とその他二名の姿は既にない。

少し前までは由比ヶ浜を待ってから行っていたので、今日も待たなくていいのだろうかと密かに確認の念を送ってみる。

すると向こうも同じように思っていたのか、由比ヶ浜が眉を下げて先行ってて、と口の動きだけで伝えてきた。

頷いて立ち上がる。

「行くか」

教室を出る直前にもう一度ちらとだけ三人を見ると、三者三様の色をした瞳がこちらに向けられていた。

海老名さんの目はキラッキラ輝いていた。なんの期待をしてるんですかね……。

その横には睨むような三浦の視線があった。わかってるよ。忘れてないぞ、一応。

由比ヶ浜の目から感情を窺い知ることはできなかった。こいつには先送りにしたままの話がある。

なんとかしたいとは思っているが、イベントの行方次第ではまた流れてしまいそうな気がする。

いろいろ考えているうちに今度は生徒会室に着いていた。またスタンド攻撃か……。いや、俺の意識はどうなってんだよ。

「雪ノ下さんは不在か」

「平塚先生のとこじゃねぇの。なんて言ってるのかは知らんが、報告はしてるみたいだぞ」

「そうか……」

奥歯に物が挟まったような物言いだった。口を開きかけてやめたので何を言いたかったのかはわからない。

別に葉山と無理に会話をしなくても気にはならないが、さっきも睨まれたことだし、都合よく葉山と二人になれた今のうちに聞いておこう。

「なぁ、聞いていいか」

「なんだ?答えるかはわからないけど、聞くのは自由だよ」

イラッとすんなこいつの話し方は……。思い出したくもない人を思い起こさせる話し方だ。あれだけ強烈な人格の持ち主だ、過ごした時間が長いならこいつも影響を受けていておかしくはないか。

「お前、なんで生徒会入ったんだ?」

「……別にいいだろ、俺の勝手だ。そんなことが気になるのか?」

「俺はそんな気になんねぇよ。でも気にしてるやつもいる」

「優美子に頼まれたか?聞いてくれって」

やっぱりわかるか。確信してるような表情だし無理に隠さなくてもと思ったが、わざわざ名言してやる必要はないと思い直した。こいつがそうだと思っていようと、俺か三浦がはっきり言わない限り確定はしないのだから。

「さぁな。質問に答える気はないか?」

「そうだな……じゃあこうしよう。比企谷が答えてくれたら俺も答えるよ」

「そんなことでいいのか。なんだ、質問は」

「同じだよ。なんで比企谷は生徒会に入ろうと思ったんだ?」

思いもよらない質問だった。動揺を悟られないように答えを探す。

「…………なんでそんなこと聞くんだ」

考える時間が欲しくて、つまらない時間稼ぎの言葉を返した。が、葉山はそれをわかっているようだった。

「ただの興味だよ。答えられないのか?」

なぜ俺は生徒会に入ることを決めたのか。雪ノ下が、由比ヶ浜が生徒会長になると言ったから?

違う。それはきっかけであって、俺が生徒会に入る理由にはならない。

では奉仕部がなくなると思ったからか。

それも違う。同じように理由になっていない。

なら、残るのは。

なんだ、やっぱり単純なことじゃないか。俺が自分の思いから目を逸らしていたから、そんなことにも辿り着けなかったんだな。

葉山になら話したところで気にしなくてもいいだろう。もう何度も考えたから、今の俺はそれを言葉にできるはずだ。

深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出して、声を出した。

「俺があいつらと一緒に居たかったからだ」

「…………驚いたな。君からそんな言葉が聞けるとは思ってなかったよ」

「俺も初めて言ったわ、こんなこと。恥ずかしいから誰にも言うなよ」

別に葉山に話すのはさほど恥ずかしくもなく、こいつが言いふらすとも思っていなかったが、照れ隠しの言葉を付け足しておいた。万が一昔のアレみたいにクラス中に広まっていたら堪らない。つーか死が見える。

「言うわけないだろ。…………けど、もう一つ教えてくれないか」

「なんだよ」

「君のやっていることは、俺の望んだことと何が違うんだ」

葉山の望んだこと。それは、修学旅行で俺に婉曲な依頼をしたことを指している。戸部の海老名さんへの告白を止めたいというものだ。

そして、俺のやっていることというのは、奉仕部メンバーで生徒会に入ったことだ。そうした理由は、俺が一緒に居たかったから。繋がりを切りたくなかったから。

この二つの本質は同じだ。つまり、どちらも今の関係を変えたくないということ。だが少し違うこともある。いや、これから先が違う、同じにするつもりはないというのが正しいか。

「……あんま変わんねぇよ。あのときの俺とかお前がいないぐらいだ」

「そうか……。君ならそうするのか。それでも変わらないと思っているんだな」

そんなの、俺にわかるはずがない。

それで壊れる関係なら、もともとその程度のもんなんじゃねぇの。これは俺の言葉だ。ならせめて、自分の言ったことには責任を取らないとな。

俺だって楽しい時間がずっと続くなら、何も変えたくないと思う。けれどずっと続くなんてことは絶対にないし、過去にやった同じ間違いを繰り返すわけにはいかない。

「……さぁな。次はお前が答えろよ」

「生徒会に入った理由か……。俺がそうしたかったから、だな」

「なんでだ」

「今のを聞きたかったからというのと……あとは、雪ノ下さんを近くで見たかった」

葉山が淀みなく答えたそれは、なんとなく想像していたものとは全然違っていた。

「陽乃さんに頼まれたんじゃねぇのか」

「ああ、あれは建前用の答えだよ。そんなことを言われたのも確かだし」

「建前用、ね……」

随分開けっ広げに話すな。聞いといてなんだけど、いいのかよそんなことまで言って。

俺がちゃんと答えたから、なんだろうか。適当に答えていたら葉山にも適当な答えではぐらかされていたのかもしれない。

「俺は陽乃さんに憧れてはいるけど、別にあの人の操り人形じゃない。今回は自分でそうしようと思ってそうしたんだ」

「……そうか。じゃあついでに、一応確認しとく。お前と雪ノ下って……」

「そんなの見てればわかるだろ。付き合ってるわけがない。恋愛的に好きとかでもない。ただ、俺にとって特別な人ではある」

質問を言い切る前に答えが返ってきた。俺もそんな風には思っていないが、三浦が一番気にしていたのはこの部分だ。はっきりさせてくれるのは助かる。

だが、最後の発言が気になった。

「それって……」

「気になるか?でもこれはいいだろ。比企谷にも優美子にも関係ないよ」

「あっそ。んじゃもういい」

こいつが関係ないと言うならそうなんだろう。雪ノ下と葉山、それと陽乃さんも絡むことかもしれない。知りたくないわけではないが、葉山から聞きたいことではないしもう黙っていよう。

そう思ったのに、葉山が言い辛そうに、だが確実に俺に聞こえるように続けて呟いた。


☆☆☆



優美子も大変だなぁ……。

直接的にじゃないけど生徒会での隼人くんのことを探るように尋ねられて、まごまごしてたら結構長くなっちゃった。

いろはちゃんのこともゆきのんのことも、好きとかじゃなさそうだし、ましてや付き合ってなんかないと思うんだけど……。他の人と同じようにしてるかと言われると、なんか違うような気もする。

優美子よりも好きだとか、そんなんじゃなくて。なに、なんだろ?見守ってる?なんか、そんな感じ。

でもなー、ゆきのんはともかくとして、いろはちゃんは結構アピールしてる感あるんだよねー……。隼人くんはどこ吹く風だけど。

優美子はそっちも気にしてて、それもあるからあたしはいろはちゃんだけの味方をするわけにはいかなくて……ややこしい。

あたしはわがままで贅沢で、……優柔不断で。友達はみんな大切で、みんな好き。でも今はちゃんと、一番大事なものは決まってる、かな。

だから、人のこと心配してる余裕なんてないんだけどね、ほんとは。

生徒会室まで早足で向かい、扉の前まで来たところで中から隼人くんの声が聞こえてきて、開けようとした手の動きが止まった。

「……比企谷が傍にいるのは、彼女のためになってないんじゃないか」

「なんだそりゃ。お前は雪ノ下の保護者かなんかか。あいつはあいつでちゃんと考えてんだろ」

んん……?ヒッキーと隼人くんだけ?ゆきのんはいないのかな。ってゆーか、なんの話……?

「……どうだろうな。君が作った居場所が逃げ道になってるのかもしれない」

「…………あいつが、何から逃げてるんだよ」

「それは……。いや、俺も人のことを言えないか」

ど、どうしよう。なんか真剣な話っぽい。うわー、半端に聞こえちゃったから入りにくいな……。

おろおろと周りを見渡していると、廊下の奥からいろはちゃんがこちらに向かってきていた。あたしがここに居ることを知られるのはなんとなく気まずい。おもわず人差し指を口にあてて、しーっと空気を吐き出す。

意図が通じたのか、怪訝な顔をしながらも近づいてくる足取りが少しゆっくりになった。中ではヒッキーと隼人くんの話が続いている。

「お前が雪ノ下の何を知ってるのか知らねぇけど、これまで関わろうとしなかった癖にいきなりしゃしゃり出てくんな」

「会って一年にもなってないのに、感心するような独占欲だな」

「…………どういう意味だ」

「君こそ雪ノ下さんのなんなんだ。彼女のことを考えるのに君の許可がいるのか?」

…………え?これって。

「ど、どうしたんですか、中で何かあったんですか?」

いろはちゃんがあたしの傍まで寄ってきて、頭を屈めて小声で話しかけていた。けど、心臓の音が煩くてよく聞こえなかった。

「うるせぇな、そんなんじゃねぇよ。……喧嘩売ってんのか、てめぇ」

「売ってきたのはそっちだろ」

「ああ?」

「何を苛立ってるんだよ」

頭の中はぐちゃぐちゃで、痛いほどに心臓が煩くて、体の力が抜けそうだったけどなんとか堪える。部屋の中は不穏どころじゃなくて喧嘩になりそうな感じだ。このままじゃいけない。

「ゆ、結衣先輩っ、これ、まずくないですかっ?」

いろはちゃんにも今の会話は聞こえたみたいで、囁き声だったけど焦りが伝わってきた。

「だね、行こう」

いろはちゃんに頷いてから扉を勢いよく開ける。ヒッキーと隼人くんは拳を握り、至近距離で睨み合っていた。冷たい憎悪と怒りの入り交じった視線がぶつかり合う。

「ちょっ、先輩たち、何やってるんですか!?」

「ひ、ヒッキー!ダメだよ!」

二人の間にいろはちゃんと割り込んで、肩を押さえて強引に距離を離す。あたしたちの力でもなんとかなるぐらいだったけど、二人は離れても睨み合ったままだった。

「ぉおおち、落ち着いてくださいよ、葉山先輩。せせ、先輩も」

「……お前が落ち着け」

「いろはが落ち着いたらどうだ」

ヒッキーと隼人くんが同時に喋り、それから二人は気まずそうに目を背けた。

「そうだよ、ちょっと落ち着こう?みんな。ヒッキーも、隼人くんも」

二人がこんなに感情を露にするところなんて初めて見た。そんなにムキになるぐらい、二人にとって、大切なの、かな。やっぱり、そうなのかな……。

「やっぱお前とは仲良くできそうにねぇな」

「同感だな」

二人とも目を背けたまま言葉を吐き捨てる。

あたしはみんなに仲良くしてほしいのに。あたしなんて、そんな都合のいいことばっかり考えてるのに。

バカなのかなぁ。こんなこと考えるの。

みんな仲良くなんて、絵空事なのかな。やっぱり、欲しがっちゃダメなのかな……。

でも、こんなのあたし、嫌だよ。


☆☆☆


「……ね、ヒッキー。隼人くんも」

名前を呼ばれ、葉山も由比ヶ浜に顔を向ける。

「目、怖いよ。やだなあたし、そんなの。やだな……」

由比ヶ浜は泣きそうな顔をして目を伏せる。不意に、青白い光を放つ竹林のトンネルから見た空を思い出した。

……何をやっているんだ、俺は。由比ヶ浜のこんな顔を見たくなくて、やりたいようにやってきたのに。

「…………すまん、由比ヶ浜」

「謝るのはあたしにじゃないよ……」

「そうだな。……葉山、悪かったな。熱くなりすぎた」

素直に反省することにした。由比ヶ浜を悲しませてまで張るような意地じゃない。

「いや……俺もだ。すまなかった、比企谷。それに結衣といろはも、怖い思いさせてごめんな」

「はい……。ほんと、怖かったです……」

「じゃあ、仲直り。できる、よね?」

由比ヶ浜は上目遣いで捨てられた子犬のような瞳を向ける。その目はやめてくれ……逆らう気を削がれるんだよ……。

「いや、仲直りも何も、俺とこいつは別に……」

もともと仲良しってわけじゃないし、仲違いするほどのことでもない。さっきはちょっと、こいつの言い方が気にさわって必要以上に頭に血が昇ってしまっただけで、ニュートラルになら放っておいてもすぐに戻る。

「比企谷」

「んだよ」

「仲良くはできなくても、やりようはあるだろ」

俺と葉山は合わない。こいつの様々なことが気に障る。認めたくないが、これはおそらく嫉妬に根差す嫌悪感のような感情なのだろう。

こいつは俺にないものを持ち過ぎている。葉山の築いている関係やその振る舞いを羨ましいと感じたことなどないつもりだが、心の底では俺にない何かを欲しがっているのかもしれない。

それに、気に入らない奴だが、昨日話した通りならこのイベントにおいて見ている方向は同じのはずだ。だったら今こいつが言った通り、先生の言っていた通り、うまくやることもできるに違いない。

まあ、それよりもなによりも、俺は由比ヶ浜や一色を悲しませたくない。葉山もそう俺にそう伝えようとしているのだと思った。

「……ま、これまで通りってことなら」

「じゃあ、仲直りの握手」

おい、由比ヶ浜。何を言い出すんだ……。

「えぇ……。男の手を握る趣味は……」

握手とか気持ち悪いっつの。フォークダンスですらエア手繋ぎだったんだぞ俺は。いやこれ俺がキモがられてるだけだった。

抵抗しようと右手をポケットに突っ込んでみる。葉山は苦笑いしながら頬を掻いていた。

「いいから、ヒッキー。はい」

由比ヶ浜は俺の袖を掴んでポケットから引っ張り出すと、力の入っていない俺の手を支えるようにして葉山へ向ける。葉山は葉山で気乗りしないのか、困ったような顔を由比ヶ浜へ向けたままだ。

「あーもう、葉山先輩も、はいっ」

業を煮やした一色が葉山の手を俺と同じように無理矢理動かし、大層な介護の末、嫌がる男同士の握手が交わされることとなった。

「これで仲直り、ね!」

「もー、この大変なときに生徒会で内輪揉めとか勘弁ですよ……。仲良くしてください、二人とも」

由比ヶ浜と一色の顔から悲しみと恐怖の色が消えたのを見て、気持ちの悪い葉山との握手も無駄じゃなかったと思えた。

「……善処するよ。な、比企谷」

「はいはい……。頑張りますよ、葉山さん」

取り繕った笑顔を作る葉山に皮肉を返してやった。よくもまぁそんなすぐに何事もなかったような顔ができるもんだ。

「こんにちは。…………何をしているの?あなたたち」

俺と葉山の言い争いの理由となっていたことなど露知らずの雪ノ下が戻ってきた。座らずに突っ立っている四人を見て、きょとんとした顔を浮かべている。

「あはは、いやえーと。なんでもないよ、ゆきのん!」

「そうだな、なんでもないよ」

「……そう?ならいいのだけれど」

雪ノ下の余計な心配事を増やしたくないという配慮だろうか。由比ヶ浜は誤魔化すように笑い、葉山はふっと息を吐いた。

それを合図に皆もいつもの席につき、ようやくこれまでと同じような空気が戻った。

今日の本題、やるべきことはここからだ。

雪ノ下にも生徒会長としてやってもらわなければならないことがある。言いにくいことも言ってもらう必要があるだろう。

では、会議のための会議を終わらせるための会議を始めるとしよう。いやもうわかんねぇなこれ。


☆☆☆


あー、怖かった……。葉山先輩も先輩も、あんな顔するんですね……。

葉山先輩に関しては部活で後輩や戸部先輩に厳しいことを言ってるところを見たことがあったので、より驚いたのはどちらかと言うと先輩のほうだ。

あんなに熱くなったりする人とは思ってなかった。いつも無気力で、なんでも適当に流す人かと思ってた。だから意外で、怖くて……まだドキドキしている気がする。

葉山先輩も、誰かと喧嘩するような人だなんて考えたこともなかった。先輩とはほんとに仲良くないのかな……?んー、男子同士って、よくわかんないなー。それとも先輩と葉山先輩が特殊なのかな。

由比ヶ浜先輩のおかげか、案外すんなりといつもの感じに戻ったのは戻ったけど、それにしても。

二人はなんであんな言い争いになったんだろう。

結衣先輩の傍に行くまでは何を話していたのか聞こえてなくて、聞こえたときにはもう雰囲気は最悪になっていた。

わたしは聞こえてなかったけど、結衣先輩なら聞いてるかも。そう思って結衣先輩を見ると、心ここに在らずといった具合で冴えない顔をしていた。

結衣先輩としたらそりゃ複雑ですよね……。葉山先輩とも友達なのに、好きな先輩(隠す気ないですよね?)とあんな風になっちゃったら。

そりゃあわたしも仲良くしてほしいですけど。二人とも同じ生徒会のメンバーだし。

……二人ともちょっと、気になるし。

「雪ノ下さん。それとみんな、ちょっと聞いてくれ」

その声でみんなの目線が葉山先輩に集まる。あ、先輩だけは顔を余所に向けたままだった。もー、仲直りしたのにいつまで根にもってるんですか。

「方針の確認と今後について話し合おう」

部屋がしんと静まり返った。わたしとしてはついに来たか、という感じだ。このままだとまともなイベントにならないであろうことはわたしでもわかる。

総武高校側の生徒会として、これからどうするのかを決めるということだ。

「現状と問題についてはみんなもわかってると思う。だからまず、俺たちはこれからどうするのか、それを確認させてくれ。雪ノ下さん、このままでいいのか?」

「……いいわけ、ないわ。生徒会として最初の仕事だし、ちゃんとしたものにしたい。みんなはどう?」

雪ノ下先輩は静かに自分の思いを語ってから、わたしたちに話を振った。

「わたしもショボいのは嫌ですねー」

あとは、いい加減海浜の人たちにイライラしてるのもある。人の話を聞いてないようで聞いてて聞いてない。雪ノ下先輩はよく耐えれるもんです、ほんと。

わたしだったら適当に聞き流してうんうん頷いてるだけになりそう。相手するの超めんどくさいし。ていうか話理解してくれないし。

「あたしも……やれるならちゃんとやりたいかな」

「カンパは絶対したくねぇ」

先輩……なんですかその理由。確かにわたしも嫌ですけど、私的すぎやしませんかね……。

「俺ももちろん、このままはよくないと思ってるよ」

「そう……。みんなの意見はわかったわ。だったら、代案を用意しておく必要があるわね」

全員の意見が一致した。ならあとはどうするかだけど、代案ってことは別のことをやるってこと?

「待て、雪ノ下。その前に……」

「…………わかってるわよ。ちゃんと否定するということでしょう?」

「……ああ。あんな会議やってたんじゃ一生終わんねぇよ。最終決定権を持ってるやつがいないからな」

「すまないが、言いにくいことも言ってもらわないといけないかもしれない」

「……ええ。やれるだけ、やってみるわ」

先輩の言いたいことを雪ノ下先輩も葉山先輩もわかっていた。ちゃんと否定する。それは今までのような結論を出さないまま曖昧にするのをやめて、これからは反対も反論もして決めることを決めようということだ。

言ってることはたぶん、これであってるはず。……あってますよね?なんとなくみんなわかってる体で進めてるから今さらな質問もしにくい。

ついていけてないとか置いてかれるみたいで嫌なんですけど。とりあえずなんか発言しとこう。

「その、最終決定権って一応向こうの生徒会長じゃないんですか?」

「玉縄君は司会兼進行役といったところだね、現状だと」

「そもそもブレインストーミングで一番難しいのが、意見の取捨選択をするファシリテーター……まとめ役なのよ。ブレインストーミングは全部の案をつぶさに検討するということではないわ」

難しい言葉が出てきた。ほへー、勉強になるなぁ。今後ブレストする機会はある……のかな。それはわからないけど。

「彼と私の事前準備が足りていないと思った時点で違う方法を提案すべきだったのよ。今さら何を言っても言い訳にしかならないけれど……」

「ま、仕方ねぇよ。ちゃんと否定しなかったのは俺らも一緒なんだしよ」

「否定ってことは……対立するってこと?」

結衣先輩がおずおずと発言した。対立、ですか……そうですよね。これまでやってきたことを否定するってのは、そういうことですよね。

「……そうだね。彼らがあのスタンスを変えないというなら、そうなるだろうね」

「い、いいのかな。向こうは反対するんじゃないの?」

「するだろうな。コンセンサスは取れてたとかって。でもあいつらの失敗に巻き込まれるのは御免だ。今さらあん中から選んで、全員でやったところでしょぼいことにしかならん」

「だから、俺たちと時間を分けて二部構成にすれば彼らのためにもなると思うんだ。時間が半分になれば彼らがやることも半分で済むからね」

あれ?葉山先輩と先輩、事前に話をしてたのかな。同じことを考えてるみたいだ。

「はー……。それで、こっちはこっちでやる案が必要ってことですか」

「そういうことよ。何かやりたいことはある?」

「……ないんだなー、これが」

「……えー。ダメじゃん」

結衣先輩から力のないツッコミが入った。わたしもおもわずそう言いたくなったけど、よく考えたらわたしも別にやりたいことなんかなかった。

「いや、俺らがやりたいことである必要はないってことだ。準備時間と予算の兼ね合いもあるから、やりたいことよりできることを考えるほうが早い。それに俺らがやりたいことやってんじゃ遊んでんのと同じだろ」

「……もっともね。今の案は彼らや私たちが中心で、ゲスト主体の企画とは言えないわ」

海浜の人たちってやたらカスタマーサイドとか顧客目線とか言ってましたけども。顧客って一体なんなんですかね……。

「んー、でも時間もお金もかけないと、結局しょぼいのしかできないって結論になりません?」

「そこら辺は見せ方次第だな。金かけりゃいいものができるわけじゃねぇんだし」

「うーん……。お金をかけないでやると……。手作り感が素敵、素朴で庶民的、いいね!みたいな方向?」

「作り手側がそれを全面に押し出していると、完成度の低さを我慢しろって主張に見えるのは私だけかしら……」

雪ノ下先輩、厳しいなー。けどわたしも同感です。雑誌を見て手作りならではの素朴さがウリです、とかって店主がコメントしてる店に行っても、大抵は見た目とか外見が雑なだけだったりしますからね。

「…………そうだ」

「じゃあ、こう……」

葉山先輩と先輩が何かを閃いたのか、同時に呟いた。目を見合わせて葉山先輩は苦笑いを、先輩はしかめっ面を見せた。

「いいよ、お前から言え」

「ではお先に。小学生と保育園の子に何かやってもらうのはどうだ?」

「……なるほど。それなら多少拙くても誰も気にならないわね。お年寄りに受けもよさそうだし」

確かに。老人には子供出しとけばあとはオッケー!みたいなとこありますよね。

「これを基本線にして詰めていくといいんじゃないかな。比企谷の意見は?」

「……同じだ。演劇とかなら保育園と小学校でもやってんだろ」

「そうね、合唱とかよりも時間を使える演劇のほうがいいと私も思うわ」

「おお……。なんか方向性が見えてきた」

結衣先輩が感心したような声をあげた。わたしと結衣先輩の置いてかれてる感がだんだん凄くなってきた気がする。

あと先輩と葉山先輩ってやっぱり気が合うんじゃないですかね……。仲いいのか悪いのかまたわかんなくなってきたんですけど。

「つってもまだ考えなきゃならんことは山ほどあるけどな。多少手抜きしないと準備時間足らねぇし」

「手抜きなら先輩得意そうですね」

「おう、それは俺の領分だな。つってもさ、お前もそんな感じじゃねぇの?」

「えー……。先輩のわたしのイメージってそんな感じなんですかー?」

「なんつーか、要領よく適当にやるの得意そうじゃん」

「ほんと失礼ですね先輩は……。要領がいいのと手抜きは違いますよ」

「あー、そう……」

むー、なんですかそのやる気ない返事は。先輩さては納得してませんね?これは指導の必要がありますかね……。

そんなことを考えていると、雪ノ下先輩が軽い咳払いをしてから話をまとめ始めた。

「それではこの線で、プレゼンできるところまで詰めていきましょうか。でもこれ、会議までにどこまでやれるかしら……」

「今は大まかなところをできるところまでで十分だと思うよ」

「だな。んで会議では準備できてるつっとけばいい。じゃなきゃ対案としては弱いし。嘘も方便だ」

「…………そうね、わかったわ。私もそんな風に柔軟さがあればね……」

そう言うと雪ノ下先輩は悲しそうに俯いてしまった。が、それは数秒だけで、再び顔をあげたときには目にいつもの真っ直ぐさが戻っていた。

こうして方向性が決まると、雪ノ下先輩は速かった。

考えておかないといけない項目をすぐに多数リストアップし、わたしと結衣先輩も含めた全員に迅速な指示を出す。

いきなり言われて慌てていたのはわたしだけで、結衣先輩も雪ノ下先輩の指示を受けてテキパキと予算関係の作業を始めた。

先輩はいつものようにぶつくさ言いながらも手を動かしていた。わたしは先輩たちの力を借りて、資料作りのお手伝いをしながら考える。

生徒会に入ってよかった。先輩たちに近づこうとして本当によかった。

正直このイベントの仕事は超面倒だけど、わたしは今、結構楽しい。この活動で先輩たちの知らない部分、意外な部分をたくさん見ることができているから。

結衣先輩はいつも優しくて明るいけど、悩んだり落ち込んだりもする。雪ノ下先輩は怖いだけじゃなくて、優しかったり可愛いかったりする。葉山先輩も感情的になったり喧嘩したりする。先輩もダメなところばかりじゃなくて、なんか妙に有能だし熱くなったりもする。

全部わたしがこれまで知らなかったことだ。表面だけ見てたらわからなかったことだ。

まだまだ深い付き合いをしているとは言えないけど、少しずつでも踏み込んでいきたい。それで、わたしのこともわかってもらいたい。

ここはもう、わたしにとって一番大切な居場所だ。

でも先輩たちはわたしを置いて、先に卒業してしまう。この生徒会も、あと一年もしないうちになくなってしまう。これは確かなこと。

一番欲しいものはいつだって手に入らない。失くしたくないものはいつか必ず失くしてしまう。

けど、それでも。

わたしはこの生徒会での時間を大事にしていこう。きっと、わたしが年齢を重ねてから思い返したとき、この時間はかけがえのないものになっているだろうから。


☆☆☆

ここまで
1000までに終わるか不安になってきた

またそのうち


熱い八幡だった

乙です!

乙です

居酒屋の続きなのかと思って開いたら全然違ってた上に面白かったww

居酒屋定期
おつです 次回も楽しみにしてます

居酒屋見たさでこのスレに来てよく全部読めたな

にしても相変わらずレス少ねーなー
知名度なさすぎやでこれ

知名度というより台本じゃないからめんどくさがって読まないだけじゃね

レス付けるような内容特にないじゃんこれ
平和なのはいいことだと思うが

平和なのはいいけどなんかこのスレだけ突っ込みも少なくて雰囲気が違うよな
作者的にはレス多いほうが励みになるんじゃないかと思ったが荒らしが来るよりマシか

いろはが八幡に怖がったとこよかった♪
他では見たことなかったからね♪



結局会議の時間ギリギリまで、俺と葉山の案を基本線にしてプレゼンの資料作りが行われた。

向かうべき場所が見えてからの雪ノ下はまるで水を得た魚のようだった。

自身でベースとなる叩き台を、と言っても今回は手直しする暇もなく叩き台のままだがそれを作成しながら、二手も三手も先を読んでいるかのような指示は淀みない。わかっていたことだが、やはり実務能力には目を見張るものがある。

それと、もう一つこれまでで新たにわかったことがある。もしかすると雪ノ下はリーダーには向いていないのかもしれない。人前に出たがらない、表だって指揮を取りたがらないのは、それを彼女自身がわかっていたからなのだろうか。

であるなら、今回生徒会長をやろうとしたのは、変わろうと、変えようとしたからではないのか。

やっぱりだ。そうであれば、俺の知っている雪ノ下は変わらずそこに居る。

決断が苦手だろうと、弱音を吐こうと、迷い悩んでいようと、そんなのは些細なことだ。あいつに自分の意思がないなんて、そんなこと、あるはずがない。


例によってコミュニティセンターへ向かう道すがら、いつもなら先頭の由比ヶ浜が最後尾の俺の横に並んだ。

「会議、うまくいくといいね」

「……そうだな、もういい加減終わらせたい。じゃなきゃまた留美に馬鹿にされる」

言うと、由比ヶ浜は驚いたような表情を見せた。

「留美ちゃんと話したの?」

「おお。ちょっとな。なかなかやることが決まらなくてなって言ったら、馬鹿みたいって言ってた」

「あはは。留美ちゃん、そういうとこ変わってないねー」

「あの子は……強いんだな。あの子なら一人で立てるようになる。だから、きっとそのうち誰かと並んで歩くようになるんだろうな」

「うん、そう思う。…………あのさ、会議、ヒッキーもなんか、やるの?」

由比ヶ浜の足が止まった。前を歩く三人と、俺たち二人の距離が徐々に開いていく。伏せられた瞳から感情を窺い知ることはできない。

だが今は、また心配されているんだなと推察できた。俺は多くのやり方を知っているわけではない上、いつも手遅れになる寸前だから、考える時間もなくそのやり方しか選べない。

心配はかけたくない。そんな顔は見たくない。けれど、それでもやらなければならない場合もある。

「……必要ならな。今日は決めることを優先だ」

嘘は決してつかないように、できるだけ誠実に答えたつもりだ。

「そっか……。ね、あたしにもできること、ないかな?」

「……あるけど、お前は考えなくてもいい。由比ヶ浜なら自然にできるから」

「……あたしじゃ役に立てない、かな」

泣きそうな顔で、なおも強引に笑顔を作ろうとするその姿に、俺まで情けない顔をしてしまいそうになったがなんとか堪える。

「んなことねぇって。前も言っただろ。むしろ逆で……俺だけじゃ駄目なんだよ」

「信じて……いいの?」

「ああ」

「わかった。でもさ、ヒッキーも……無理、しないでね」

「わかってる。無理はしない」

会話が途切れ、由比ヶ浜は前を行く三人を追いかけようと体の向きを変える。そこで俺は言おうとしていたことを思い出し、慌てて引き留めた。

「あ、由比ヶ浜」

「ん、なに?」

「前な、小町のクリスマスプレゼント選ぶの手伝ってくれっつったけど……なんかイベント準備で行く暇なくなりそうだ、すまん」

おそらく今日決まると、土日と祝日も使って準備を行うことになるだろう。そうなるともうイベント本番、つまりクリスマスイブになる。

作業が終わってから買い物にいくぐらいならできそうだが、少なくとも俺にとっては、それで済ませていいようなものじゃない。

「あ、あー……そうだね、うん。あたしも、もう無理かなぁって思ってたから別に、いいよ」

「俺から誘っておいてすまん、本当に」

「ううん……。いいの。みんなでこうやって、準備とかできるのも楽しいし。それにね、ちょっとずるいかなって思ってたから」

自らをずるいと評する、その言葉が気に掛かった。由比ヶ浜がずるい?ずるいのは捨てられた子犬のような目線をするときに感じるけど、それとは違う気がする。

彼女は何をもって自身をそう言っているのか、俺には聞くことができなかった。

「…………そうか。またなんか、考えてみるわ」

「…………。あのさ、代わりにイベント終わったら遊ぼうよ、生徒会のみんなで」

「……代わりでもいいのか?」

「いいよ。それで、いいの」

あの約束はまだ生きている。俺はまだそう思っている。だからそんなものを代わりになんてできない。

「俺は、お前がそれでよくても……」

「あたしが最初に誘ったからとか、約束したからとかなら、もういいから」

俺を遮って放たれた由比ヶ浜の言葉は、これまでひ感じたことのない拒絶と諦めが混じったものだった。握り込んだ拳の中で冷たい汗が滲む。

「ちっ、違う、俺はそんなんじゃ……」

「……いいの。そういうのはもう……いいの」

「由比ヶ浜……」

「じゃあ、あたし行くね」

たっと駆け出す由比ヶ浜を引き留めようと腕を前に伸ばしたが、その手は虚空を掴むことしかできなかった。

とぼとぼと機械的に足を前へと運ぶ。

同情とか、気にして優しくしてんならそんなのはやめろ。これもまた俺の言葉だ。また俺は過去の俺に苦しめられている。自業自得としか言いようがない。

でも、それで学んだこともある。また始めることだってできると教わった。何度でも問い掛け直すことができると知った。

諦めきれてないのに諦めた気になって、放置して台無しにしてしまうのはもうやめると決めたんだ。俺は醜く足掻いてるほうが性に合ってる。

こんなすれ違いはもう終わりにするんだ。

前を向き、遠く離れてしまった四人の背中を見る。嫌がる足を強引に動かして走ろうとすると、足がもつれて転びそうになった。


一一一



目の前で概ね予想通りの展開が繰り広げられている。が、海浜高校の玉縄を始めとした連中は予想以上の抵抗を見せた。

こちらで用意した代案の資料、そしてプレゼン。掴みとしては満点だったのではないかと思う。あの短時間でよくここまで仕上げられたものだ。これにはさすが雪ノ下と言わざるを得ない。

従って、今反対されているのはその代案というわけではない。かといって、俺たちと分割して二部構成にすることそのものでもない。だがそれでも別々にやろうとしていることだけは頑なに譲ろうとしない。

「……だからコンセプトに立ち返って、音楽と演劇のコラボレーションとかそういう方向でいくのも一つの考え方だよね」

「それはもう今からだと間に合わないわ。予算的な問題も解決していないままだし」

「それはみんなで解決していこうよ。そのための会議なんだから」

もう何度同じようなやり取りを繰り返しただろうか。

ふーっと溜め息をついて横を見ると、由比ヶ浜はハラハラしたような顔で雪ノ下を眺めている。

反対側では一色が顔に笑みを張り付けたまま舌打ちをした。……えぇー。会議の邪魔にならないように小声で話しかける。

「……こえぇよ、お前」

「……いやもう、なんか凄いイライラしてきて。雪ノ下先輩、なんでもっとガツンと言ってやらないんですかね」

「そりゃお前、立場ってもんがあるだろ」

雪ノ下は総武高校の生徒会長という立場がある。これが部外者であればもう少し好き勝手に言えたのかもしれないが、その立場がある以上、今後も付き合っていくかもしれない相手方に無茶なことを言うのは無理だ。

そんなことをすれば総武高校生徒会の、ひいては総武高校の悪評に繋がりかねない。

「これはフラッシュアイデアなんだけど二つプログラムを作るのであれば、二つの高校を混ぜて2グループ作るとか、そういうソリューションもあるんじゃないかな……」

「だからそういうのはもう時間が……。…………私たちはもう、演劇を単独でやれるだけの準備ができているの。足りない時間の中で無理矢理足並みを揃えて折衷案を実行したところで、良いものができるとは私は思えないわ」

にわかに会議室に緊張が走る。おそらくこのあたりが生徒会長としての雪ノ下が言える限界だ。これ以上になると完全に相手を押さえつける非難になってしまう。

次に挙手をして発言したのは海浜高校側の生徒会だった。玉縄の旗色が悪いと見たのか、その加勢に回る。

「時間のことだったら今から新しい企画を走らせるより、元の一つに絞ってみんなで協力したほうが効率がいいし、コスパもよくなるんじゃないかな」

そうして議論がまた逆戻りしていく。……駄目か。これじゃ埒が明かねぇな。もういい加減決めようぜ、玉縄。

生徒会メンバーとはいえ、役職もなく生徒会長より間違いなく責任のない、末端の俺ならもう少し言えることもある。

「なぁ。このままじゃどうしたって大したことできないぞ。わかってるのに、なんでそんなに形にこだわるんだ」

俺の責めるような口調に焦ったのか、玉縄は早口でまくしたてる。

「企画意図がもともとそうなってるし。それにコンセンサスはとれてたし、グランドデザインの共有もできてたわけで……」

そうだな玉縄。けどな、もう見えてる問題から目を逸らすことはしたくないんだ。

手遅れになってから誰かのせいにするとか、最終的に台無しにしてしまうとか、もうしたくないんだよ、俺は。

「……違うな。失敗したとき誰かのせいにして、全員のせいにして責任を分散させたら楽だからだろ。このまま誰も何も選ばずになあなあで本番を迎えて、みんなが決めたことだからって痛みを分け合う。そんなの、偽物だ」

ざわっと、声が波立った。その波紋は反響して徐々に大きくなり、声の渦が俺の周りを取り囲む。

「これってコミュニケーション不足なだけじゃない?」

「そうだね、一度クールダウン期間を置いてまた話し合おうよ」

海浜高校の連中はあくまでこちらを否定せず、調和しようと、融和しようとしてくる。

これでも駄目なのかと、次の矢を放つため頭を働かせていると、これまで発言のなかった人間が静かに口を開いた。

「……もう、そういうのはやめにしないか」

大きい声ではなかったのに、場がしんと静まり返った。声の主はなおも話し続ける。

「君たちは演技が上手いな。仕事をする振りの演技が。ありもしない、できもしないものにすがって仕事をした振りをしてるんだろ?そんなに上手いなら俺たちの演劇に出てみるか?」

葉山の突然の挑発的な口調に、誰も口を挟むものはいない。

「おい、葉山」

「ちょっと、葉山君……」

俺と雪ノ下が小声で諫めるように名前を呼んだ。しかし葉山は意に介さない。

「責任も取らず、決定的には何も選ばず結果だけ得るなんて、そんな虫のいい話はないよ。そんなことをしたって後には罪悪感しか残らない。あのときああしておけば、こうしておけばってね」

葉山は唇を噛み締めながら目を伏せ、まるで自らがそう後悔しているかのような顔をしていた。

だが、すっと顔をあげて目を見開き、迷いのない表情で前を向いた。

「わかりやすく言おうか。俺たちを君たちの失敗に巻き込まないでくれ。こんな会議、時間の無駄だ」

会議室は時が止まったかのように静寂に包まれた。

調和を重んじ、いつも温厚で柔和な葉山がそうしたことが、より一層皆の動揺を誘った。故に、同じ言葉であっても他の誰が話すより効果的であったのだろう。

誰もが迂闊に口を開けず静寂が続くと思われたが、最初に話し始めたのは意外な、けれどそうなるかもしれないなとも考えていた人物だった。

「あのー、ちょっと難しそうだしさ、無理に一緒にやるより二回楽しんでもらえるって思った方がよくない?それぞれの学校の個性とか出るしさ」

由比ヶ浜が生まれた空白を埋めるように努めて明るく、未だ呆然としている出席者に水を向ける。

「ね、ゆきのん?いろはちゃん?」

「え?あ、はい。いいんじゃないですかねー……」

「……ええ、そう、そうね」

続けて、由比ヶ浜はすっと視線を飛ばす。その先にいたのは折本だ。

「ど、どうかなー?よくない?折本さん」

「え、あ、うん?いいん……じゃないかな?」

不意打ちの問いかけに反射的に答えてしまったのか、折本は肯定してしまう。由比ヶ浜はさらに続けて玉縄へと話を振った。

「だよねー。玉縄くん、どう、かな?」

「あー、うん?そ、そうだね、それも一つのファイナルデシジョンに……なるのかな?」

玉縄が曖昧ながらも肯定してしまったことで、会議の大勢が決まった。否定の存在しなかった会議は、一度肯定に流れてしまうと雪崩のように落ちて行く。

ようやくのことで長い会議に終止符が打たれた。

ほらな、由比ヶ浜。お前にもやれること、自然にできることがあるだろ。何もできないなんて、そんなわけないんだ。

誇っていいと思うぞ。誰もが同じようにできることじゃないんだから。


一一一


「何を考えているの、あなたたち。言うにしたって、言い方というものがあるでしょう。特に葉山君、あなたは副会長なのよ?私がどれだけ配慮したと思ってるの……」

会議が決着し、講習室は喧騒を再び取り戻していた。

ようやくイベントの内容について具体的な準備ができる。俺たちも演劇をやるために動き始める……はずなのだがその前に、俺と葉山は雪ノ下に怒られていた。

「まったくだ。何やってんだよ、お前……」

「何って、副会長の仕事だけど」

葉山は何事もなかったかのようにあっけらかんと言ってのけた。そりゃ仕事しろとは言ったけどよ、お前ならもっと、こう……なんかあるだろ。

「はぁ?お前聞いてなかったのか?あんな言い方したら雪ノ下もこれからやりにくくなんだろうが」

「聞いてるよ、そこら辺はなんとかするさ。君が俺の何を非難してるのか知らないけど、今怒られてるのは比企谷もだからな?」

「いや、特にお前って言われたじゃん。俺はまだマシなんだよ」

「…………少し、黙りなさい。二人に言っているのよ、私は」

雪ノ下の突き刺すような視線を感じ、おもわずたじろぐ。この目には何度刺されても慣れない。別に恍惚としたりもしない。

一方の葉山は苦笑いしながら頬を掻いていた。

「はぁ、先が思いやられるわ。…………でも、あなたたちが私を助けようとしてくれたのは、わかってるから。こういうのはよくないと思うけど、その…………ありがとう。少しだけスッとしたわ」

言うと、雪ノ下は悪戯に成功した子供のように、意地悪で無邪気な微笑みを浮かべた。こんな表情はこいつが生徒会長になってから初めて見たような気がする。

「ほ、ほんの少しよ。少しだけよ?」

続けて言い訳をするように言葉を重ね、頬を染めて俯く。それを見た俺と葉山は二人して、馬鹿みたいに肩を竦めた。

「じゃあちょっと玉縄君に謝って今後のことを話してくるから、二人は由比ヶ浜さんたちと内容について話しててもらえる?」

「あ、ちょっと待ってくれないか。先に俺が行ってくるから」

「いえ、それなら私も一緒に……」

「いいんだ、まずは俺だけで。すぐだから待ってて」

言うや否や、葉山は一人で玉縄のところへ行ってしまった。

玉縄はイライラしているのか立腹しているのか、息をふーふーと真上に吹き掛けているせいで定期的に前髪が逆立ち、激昂したサイヤ人みたいになっている。

「比企谷君……また、迷惑かけちゃったわね」

雪ノ下は視線を玉縄と葉山の方へ向けたまま呟く。

「んなことねぇよ。俺はあんなのに屈服するほうがよっぽど嫌なんだ。俺こそ、また勝手にやってすまん」

「いいえ……。私は助けられてばかりね、姉さんの言う通りだわ。役職や立場を与えてもらったところで変わらないのね。とても……悔しくなるぐらい、弱い」

変わらず顔は見えないが悲壮感の漂う口調だと感じ、以前にも見た物悲しげな表情を想像した。

「俺はそうは思わんけどな。お前はそれでも、強いよ。俺はそう思う」

「あなたのことだから、意味のない気休めでは……ないわよね」

「俺にはそんな真似できねぇよ」

「でしょうね。…………また、ゆっくり聞かせてもらえる?どう、思っているのかを」

「…………ああ」

思っていることを正しく伝えることができるかはわからないが、きちんと言葉にしなければならない。どれだけ言葉の裏を探られようと、真意を疑われようと、例えただの自己満足だろうと。

「お待たせ。これでひとまずは大丈夫だと思うよ」

葉山が戻ってきた。大丈夫の意味がよくわからないので玉縄の方へ目を向けてみると、先ほどまでの不機嫌そうな表情は消え、代わりに会議を始めたばかりの頃のような自信が伺えた。

「……そ、そう。じゃあ行ってくるわね」

「ああ。俺のせいで、悪いね」

雪ノ下は玉縄のところへ向かった。葉山はその姿を真っ直ぐに見つめている。

「……どうやったんだ?」

こいつ、かなり辛辣なことを言ったはずなんだけどな。そんなことをしといてすぐフォローに行ける神経もわからないが、どうやって機嫌を取り戻したのかはもっとわからないし気になる。

「とりあえず素直に謝って、いろいろ言い訳を取り繕って……。それから、折本さんにアピールしとくよって。なんなら仲町さんも誘って四人で一緒に出掛けないかって言っといた」

「は?え?ってことは、玉縄、そうなの?」

「そうだよ。見てればわかるだろ」

いや……俺わかんなかったんだけど。え、俺だけなの?いやたぶん折本もわかってねぇぞ。

「はー……。で、お前、前回もあんなことしといてまた行くの?」

「そりゃ声をかけるのは俺だからね。それに、この前のことを直接謝れたのは折本さんだけで仲町さんにはできてないからちょうどいい。メールでは謝っておいたけどさ」

「…………はっ。よくやるよ、お前……」

おもわず呆れ混じりの乾いた笑いが漏れた。いつの間にそんなことまで……マメすぎだろ、こいつ。モテるのも頷ける。

初めて葉山のことを心底凄いと思った。全然羨ましくはないけど。

そりゃ俺には逆立ちしても真似できねぇよ。

「自分の持ってるカードから選んで切るしかないんだよな、結局。やり方次第で手持ちのカードは減ったり増えたりするんだろうけどね」

「……そうだな」

俺は手持ちのカードの種類が少なすぎるけどな。むしろそれしかないまである。

「俺は今まで、何も切らずにきたんだ」

「いや、別にお前の話なんか聞いてねぇから。もういい」

「……本当に気に障る男だな、君は」

「お前のことなんて知らねぇよ。……けど、それは別に間違いでもないんじゃないか」

「否定、しないのか?」

「しねぇよ。そんな人様にどうこう言えるほど偉くもないし。それが間違いだって言えるほど正しい答えも持ち合わせちゃいない」

正しい否定は難しい。こいつの行動を不誠実だと否定できるのなら、そいつはさぞや納得のいく答えを出すのだろう。葉山とは違う答えを。

俺はどんな場面でも最終的には自分の持っているカードを切ってきた。だが、切らないほうがましだったんじゃないかということは幾度もある。

俺は何かができた場面で何もしないということに耐えられないだけの話だ。そう、ただの自己満足。それに尽きる。

まあ、そんなことよりも。

「俺はお前が嫌いだからな。否定してやらない」

こいつは自分に期待しない誰かを待っているのかもしれない。そんな自分を見てくれる人を探しているのかもしれない。根拠があるわけではないけれど、そう思った。

「どこまで意地が悪いんだ。俺も素直には認めてやらないけど」

「……じゃあお互い様だな、馬鹿野郎」

「ははっ」

「くっくっ……」

憎まれ口を叩いてばかりなのに。気に障ることばかりなのに。絶対に認めたくない奴なのに。

それなのに、何故か少しだけ葉山のことがわかった気がした。……ぜんっぜんわかりたくもねぇんだけどな。


一一一


「向こうと予算と時間の配分を決めてきたわ。由比ヶ浜さん、ここまでの分の経費はどうなってるか教えてもらえる?」

「あ、うん。今のとここんな感じ。ちょっと不透明なとこもあるけど」

「ありがとう。ではこの枠の中でできることを考えていきましょうか。まずは……劇の内容ね」

さっきは準備できてるとかのたまっちゃったわけだけど、そこからなんですよねー。あー、なんかもうげんなりしてきた。

「オリジナルの脚本にするの?」

「いや、そんな時間はねぇだろ。基本はもう存在してる童謡とか寓話を元にして……つってもまるっきりそのまんまなのもアレだな」

「そうね、クリスマスと結びつけないといけないし。……客席参加型のシナリオにできるといいわね」

客席参加型……あれか。ライブで歌手が客席にマイク向けて歌わせるようなやつか。自分は歌わず客席に全てを委ねるスタイル。これはなんか違うか?違うなたぶん。

「んー、とりあえず天使は出ますよねー?」

「い、いえ、まだそれはわからないわ。なぜ当然のようにそう思うのかしら……」

「先に誰がメインで考えるか決めないか?他にやることもあるわけだし、全員で頭抱えても仕方ないよ」

「そうだねー。誰か一人選んで大枠決めてもらおっか。細かいところはみんなで相談として」

「……で、誰がやるんです?」

お互いで顔を見合わせたが動きはない。よし、誰か挙げてしまおう。何かの間違いで俺になるのは勘弁してほしいし。

「…………わ、私が」

「一色、お前やれよ」

雪ノ下と同時に口を開いたせいで、なんと言ったか聞き取れなかった。

「は?なんでわたしなんですか?」

「あ、すまん雪ノ下。なんか言ったか?」

「…………いえ、何も」

なんで恥ずかしそうなのかは知らんが、本人がいいと言うなら無理にまた言わせることはないか。一色で押してしまおう、面倒だし。

「さっきお前天使がどうの言ってただろ。なんか構想あんじゃねぇの?」

「あ、いえ、あんなのただの思い付きですよ。てゆーかめんど……満足いくものは書けそうにないです」

あ、本音漏れた。言い直さないでいいよもう。

「つってもなぁ……」

ぐるりと雁首揃えた生徒会メンバーを見渡してみる。適当に思い付きで一色を挙げたものの、俺も含めたこの中から選ぶならやはりこいつが適任という気がしてくる。

「なんですか、先輩がやってくださいよー」

「やだよ、ていうか無理だよ。俺が書けるようなもんが小学生やお年寄りにウケるわけがねぇ」

異世界チーレムものなら材木座に書かせるけど。いや俺が書いたほうがマシかもしれんな。真面目に考えても園児が泣くような代物になりそうだ。

まぁどっちにしろ今回見せる層にウケるようなもんが書ける気はあまりしない。他の奴等は……。

「由比ヶ浜だとアホなケータイ小説みたいになりそうだし」

「な、なにぃ!」

「雪ノ下だと難解なポエム連発の小難しいものになりそうだし」

「なな、なっ」

「葉山は…………つまんねぇだろ、どうせ」

「…………はは」

「うん、やっぱ一色がいいよ。なぁ?」

同意を求めるため周りを見渡すと、ジトッとした目線が俺に向けられていた。というか雪ノ下と由比ヶ浜から超睨まれてるんだけど。なにこれこわい。

「先輩、よくそんな全方位に喧嘩売れますね……」

「理由はともかく、俺もいろはがいいと思うな。結衣も雪ノ下さんも他にやるべきことがあるからね。いろはは書記だからこれから少しは時間も取れるだろ?」

「う、そう言われると弱いですね……。…………先輩、ほんとにわたしがいいと思いますか?」

それ以外で俺が選ぶとしたら雪ノ下になるが……あいつにはいろいろ指示出してもらう必要があるからな。うん。

「おお。適任じゃねぇかな」

「……わかりました、ちょっと考えてみます。自信はあまりないですけど」

「……大丈夫よ。あなたを推した人がいるのだから。信じていいと思うわ」

雪ノ下の優しい声音に、小さな声で一色がはい、と返事をした。

「一色さん、クリスマス劇の定番どころは見繕っているから後で纏めて渡すわ。参考にできるところがあればしてみて」

「あ、わかりました。助かりますー」

「はー、やること早いなお前」

素直に感心したのだが、雪ノ下の反応は何故か冷たい。

「…………では別の障害を潰していきましょうか」

無視された上、プイと顔を背けられた。あれ、なんか雪ノ下さん怒ってる?おこのんなの?俺なんかやったっけな……。

続けて障害となりそうな項目について話し合いが行われ、イベントが動き始めたと実感することができた。

雪ノ下はここでも実務能力の高さを存分に発揮する。よくそんなところまで気が回るなと何度思ったことか。

「……今日はこのぐらいにしておきましょうか。それと、申し訳ないのだけれど……。明日明後日の土日も作業することになるわ、時間がないの」

「ま、予想はしてたし。別にいいよ」

と言いつつもかなりウンザリ気味である。会合が始まってからただでさえ毎日帰るのが遅くなってるのに、休みまで削られるとは……。これはあれか、両親から受け継いだのか?社蓄のDNAを。

「うん、あたしもオッケー。先のこと考えたら余裕持たせたいし」

「はいー、といってもわたしはシナリオで頭抱えてそうですけど」

「俺も問題ないよ。劇の役者が来る月曜までには、指示を出せるようにしておきたいからね」

皆が了承し、無事休日出勤が決定した。講習室の使用許可もいつの間にか取っていたらしい。……やる気ありすぎィ!

ま、生徒会の仕事だしな。仕方ないね、入ることを自分で選んだんだからね。

はぁ……。わかってたけど、責任取るって、大変だな。


一一一

ここまでー

またそのうち

乙ー

乙です!


楽しみにしてます

おつです 次も楽しみしてます

乙でした

次があるなら居酒屋について考えていこう

ここまで一気に読んでしまった
続き待ってます

同じ作者の別のSSから来ました こっちも面白い 見る感じこういうシリアスな方が得意なんかな?

得意というか台本ってのをよく知らなくて最初にやったのがこっちってだけですかね
ここまで長くなると話は頭にあるのにうまいこと文が思い付かなくて疲れるので台本も書きたくなるというか
思いの外いろはの台本のやつが好評だったからってのもあります

今日か明日には続きいけそう感あるのでお待ちを



明日は土曜日!でも朝から作業。何年後かにはこんなことが日常茶飯事になっているのではないかと、自らの将来を悲観してしまいそうになる。

そんな嫌な予感が拭いきれず、あいつらと別れてからもしょんぼりと自転車に跨がっていると、同じく帰りの折本と顔を合わせてしまった。ここで会うのは二度目だ。

「やっほー比企谷。帰り?」

「おお。そうだよ。じゃあまたな」

「ちょっと待ってよ。なんで逃げるの」

いや、あんまり話したくないからだけど。とかつての初恋もどきをした相手にはさすがに言いにくく、誘われるまま途中まで一緒に帰ることになった。

「今日はもう公園寄らねぇからな。疲れてんだ」

自転車で並走しながら折本に向かって呟く。

「あ、そんなつもりないから大丈夫。あのさー、前も思ったけど比企谷ってさ、やっぱなんか変わったよね。あんなこと言うなんて思ってなかったから驚いちゃった」

あんなこととは会議中での発言を指しているのだろう。あんなことまで言うつもりはなかったのだが……昔の俺なら言わなかったのだろうか。少なくとも同じようには思ったんじゃないかという気はする。

「確かに昔とは違うのかもしんねぇけど、自分じゃよくわからんなぁ」

自分で自分の変化はイマイチわからない。確かにあの頃よりは知識も経験も増えたし、背も伸びた。

そういったわかりやすいことを除くと、わかるのは今は折本を特別意識していないことと、話していても変な汗が噴き出してこないことぐらいだ。

「変わったよ。今比企谷に付き合ってくれって言われたらちょっと考えちゃうかも」

「いや、言わねぇから」

昔は……そっとしておいて。お前はもう忘れてくれよ。俺は忘れないと思うから。俺が覚えておくから。

「いややっぱ無理だなー、彼氏がいきなりあんなこと言い出したらどうしていいかわかんないし。引いちゃうかも」

「あ、さいですか……」

くっと笑いを漏らしながら話す折本に、やる気のない言葉を返す。最近告白もしてないのに振られることが多くないですかね。そんなに警戒しなくても俺は見境なく告白したりはしねぇんだけど。

「人の印象って当てにならないねー。葉山くんもさ、なんか噂で聞いてた感じと違うし」

「葉山か。どう違うんだ?」

「噂だといつでも笑顔の爽やか王子って聞いてたんだけど、今日とか見てるとなんか違うなーと。あ、別に悪いってわけじゃないよ?むしろちょっと……」

「ちょっと、なんだよ」

濁した語尾が気になって条件反射的につい問いかけてしまう。少し目を落とした折本からの返事はなかなか返ってこなかった。

「…………なんでもなーい。あ、葉山くんからさ、千佳も誘ってまたそのうち四人で遊びに行かない?って誘われたんだけど、あと一人って比企谷のことだよね?」

「いや、違う。俺が行ったらまた感じ悪くなんだろ」

「今度はなんないよ。そっかー、比企谷じゃないのかー残念。じゃあ葉山くん誰呼ぶんだろ?」

俺じゃなくて残念だと言われた瞬間、少しだけ胸が高鳴った。これは折本云々じゃなくて、あれだ。俺は可愛い女子からの好意的な言葉というもの全てに弱い。慣れてなさすぎ。

決して気が多いとか惚れやすいとか、そんなことはない。…………はずだ。

「俺が知るわけねぇだろ。葉山に聞け」

「んー、まぁそれもそっか」

玉縄とはどの程度の付き合いなのか、あいつのことをどう思っているかは別に気にならなかった。なのでわざわざ言わないし、それを聞きもしなかった。

別れの岐路に差し掛かり、なんとなく二人とも自転車を止める。半分切れかけた薄暗い街灯が二人の真上で瞬いた。

「じゃ、またな」

「うん、バイバイ比企谷」

気まぐれに点いた街灯に照らされた折本の別れの顔は、打算や裏など微塵も感じさせない、屈託のない笑顔だった。

振り返ってペダルを漕ごうとすると、後ろから呼び止められる。

「あ、言うの忘れるとこだった。私、比企谷の好きな子、わかっちゃったかも」

「……エスパーか、お前は。言うなよ?」

本当に当てられているかはどうでもよかったが、疑ってばかりのどうしようもない俺が、折本のその言葉は疑う気にならなかった。なんとなく当てられているんじゃないかという気がした。

「言うわけないじゃん。応援してほしかったら手伝うけど?」

「いらん。自分でなんとかするからいい」

「へぇー、スゴい自信だね。ま、頑張って」

「おお。自信はねぇけどな……まぁ、さんきゅ」

謙遜ではなく、実際に自信はこれっぽっちもない。自分の思いは決まっているが、相手がどう思うか、思っているかなんて俺にはまだわからないから。

「……うん。比企谷とまた会えて、よかった。今度同窓会あるんだけど、行く?」

「……行かねぇよ。会いたくない奴だらけだからな」

「あっはは、ウケる。そういうの気にならなくなったら、またおいでよ。じゃ、またねー」

「おお。またな」

折本の背中が見えなくなるまで見送ってから、家に向かって進み始める。

あんなの本物とは呼ばない。振られてからはずっとそう思い己の過ちと恥じていたが、さっきの折本の笑顔を見てそれは間違っていたのかもしれないと思い始めた。

裏など感じさせない、誰に対しても同じように接する折本のその姿に、笑顔に、俺は確かに惹かれていたのではないか。

それを恋愛感情だったと断ずることはできないが、過去の届かなかった思いをすべて偽物だったと否定するのは、ただの逃避に過ぎないのかもしれない。

どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ。そんなことを偉そうに言っていたのは誰だったか。

俺は過去の自分を否定し、現状を肯定できず、変わることすらも拒絶してあらゆることから逃げていた。

本物。平塚先生に叱咤された日、最後に言われた言葉を思い出す。

考えてもがき苦しみ、足掻いて悩め。───そうでなくては、本物じゃない。

そうか。足掻いて悩んで、そうして辿り着いたものは、それはきっと俺にとっての───。


やっぱり独りじゃ駄目なんだな。自分だけで辿り着けた答えなんか、ほとんどがどこかまちがっているもののような気がしてきた。

生徒会に入ってからの短い期間で、いろんな人からいろんなことを教わった。人と関わることで自分が変えられていくのが少しずつわかってきた。

人との繋がりは麻薬だ。一度享受してしまえばもう抜けられない。だが、独りで生きていける身分でもないただの高校生の俺なんかが、その繋がりを無視していいはずがないんだ。

別に友達をたくさん作ろうなんてことは思っちゃいないし、実際にそんなことはできないだろう。

なんでも他人に相談したり頼ったりしたいわけでもない。基本は独りでやれるように、立てるようになるべきだ。

けれど、その上で誰かと並び立つこともできるはずだ。そしてそんなものを欲しがっているのなら、ぼっちを名乗るのはもう卒業しなければならない。

恋人がいなくても、親友と思える友人がいなくても、俺は人と繋がって生きている。

部活仲間がいるし、生徒会メンバーも、家族だっている。どこが独りぼっちなんだ。

材木座が休んだら体育でペアを組める相手がいないかもしれんが……まぁ、とにかく。みっともない言い訳と自虐はもう止めようぜ。比企谷八幡。


一一一


ぼくはもうつかれました。

どにちもみっちりやったはずなのに、さぎょうはおわるけはいがありません。

週が開けての月曜日。俺はまた講習室でパソコンをカタカタとやっていた。

なんかもう、なんなのこれ?俺の仕事多すぎない?雑用だと思って雑に扱ってない?

そう思って隣を見てみると、一色が深刻な表情で、ていうか病んでる感じで頭を抱えてぶつぶつ言っていた。

こ、これはちょっと声をかけにくいな……。

一色はこんな調子なのだが、既に土曜の段階で劇の演目はあっさりと決定していた。あの騒乱の会議後、雪ノ下が用意した定番どころの一覧を見てすぐに、これしかないと思ったらしい。

誰かさんを見てるとこれ以外には考えられなかったと、これが新進気鋭のシナリオライター、一色いろは氏の談だ。意味のわからなさでは神の啓示を突然受けるテロリストと大差ないな。

賢者の贈り物。オー・ヘンリーの短編の一つで、実際クリスマス劇の基本みたいな感じらしい。

らしいというのは、なにぶん読んだり聞いたりしたのが随分小さい頃の話なので、ふわっとしか内容を覚えていないからだ。

確かやってたことはそんな小難しい内容でもなく、登場人物のすれ違いみたいな…………お?高度な皮肉か?

いやいや、一色がそんなこと知ってるはずがねぇし、たまたまだな。すれ違ってるやつはそこら辺にいっぱいいるんだろうなぁ。みんな不器用すぎじゃないの?

演目は決まっているのに何に頭を抱えているのかと言うと、配役とか聴衆参加を絡めるタイミングとかそこら辺もろもろらしい。

どうも葉山の話と総合すると、小学生たちの大半が主役はやりたくないと拒否しているらしく、主役決めが難航しているようだ。

葉山は園児を束ねる保育士の人と打ち合わせをしている。若い女性の保育士さんなのだが、相手が妙に楽しげに見えるのは気のせいか。

……葉山だからか、そうなのか。少なくとも俺だとああいう態度にはならないんだろうな。

くそ、うらやま…………けしからん。今俺が質問をしてそれに返してくれるのはExcelやWordに出てくる謎のイルカだけなのに。お前を消す方法……と。

もう嫌だ疲れた帰りたい。糖分、いやマッ缶分が不足している。ちょっと休憩しよう。人は水分と糖分とマッ缶分があれば生きていける。

ガヤガヤとやっている連中を眺めながらひっそりと講習室を抜け出して自販機へ向かうと、小学生たちがパラパラと散らばって作業を行っていた。

ふとルミルミはどこかいなと思ってキョロキョロしてみると、割とすぐに見つかった。

隅で黙々と天使のコスプレ作りを行っているようだ。一色がこまけぇこたぁいいんだよ!とばかりに天使の出演をとりあえずで決定させたせいです。

「よう」

「…………いい。大丈夫」

留美は俺の顔も見ずに首を振る。ちくしょう……。ほらほら、おじさんにその可愛い顔を見せてごらん?うわキメェ俺死ね。

「まだ何も言ってねぇよ。可愛いげのない奴だな……」

「じゃあ何の用?」

「いや、ちょっと手伝うつもりだけど」

「いらないって言ってる」

「うるせぇ。お前は独りが得意って思ってんのかもしんねぇけどな、俺の方が得意なんだよ。年期が違う」

留美にはまだ負けられないな。俺には長年ぼっちを名乗っていた者なりの矜持がある。もう名乗るのはやめるつもりだが。

「……自慢することじゃないと思うけど」

「ああ、その通りだ。自慢できることじゃない。けど別にその経験が無駄だったわけでもない。まぁたまには一緒にやってもいいだろ」

「…………八幡もお節介好きだよね。好きにすれば?」

留美はようやく顔をあげて俺と目を合わせると、呆れたような笑顔を見せた。

俺は頷いてから留美の横に腰を降ろす。てんてん天使の羽を作ればいいんだろう?

……いかん、難しい。留美と比べるとスピードが全然違う。やべぇ、邪魔にしかなってないとかいうオチは恥ずかしすぎる。集中、集中だ。

そのまま無言で脇目も振らず作業に没頭する。よし、いいぞ。調子が出てきた。コミュニティセンター最速の座と雑用エースの座は譲らない。いやそんなもんいらない。

俺が渡された分の材料は留美よりだいぶ少なかったので、先に工作作業を終えて一息つく。

「…………全然、一緒にやってなくない?」

声が聞こえたので横を見ると、不思議そうな顔で俺を見上げて首を捻っている。

「あん?一緒にやってたじゃねぇか」

「いや……。一緒にやるって、もっと、くだらないこと話しながらわいわいとか、そういうんじゃないの?」

ああ、なるほどな。留美は女の子だから特に、友達とかに一緒にって言われたらそういう感じばかりだったのだろう。でも留美はそういうものがきっと苦手だから苦痛だったのかもしれない。

「……そんなん俺も苦手だからできねぇよ。けど並んで同じ方向に向かって進んでんだから、十分一緒にやってるだろ。前も俺そうだったろ?」

この前も無言で黙々と雪の結晶を作ったが、もしかして一緒にやっているとは思ってなかったのか。

「……そっか。そういう一緒もあるんだ……」

知らなかったのであれば、教えられてよかったのかもしれない。世の中は決して留美が嫌になるようなことばかりじゃないはずだから。

目を輝かせている留美を見て改めて思う。やっぱ可愛いな、こいつ。それに、いつも無愛想だからわかりにくいが、さっきの笑顔を見ると表情も豊かだ。これなら……。

「そうだ留美。お前、うちの演劇出てみないか?」

「……八幡がそんなこと決めていいの?」

「んー、決定までの権限はねぇけど。主役決まんねぇみたいだから提案してみようかと思ってな、お前可愛いし。どうだ?嫌か?」

「え、かわ、え?あ…………」

留美はかぁっとわかりやすすぎるほどに顔を赤らめると、もごもごと口ごもって黙り込んでしまった。

小学生に可愛いって言うぐらいでそんな反応されると俺が恥ずかしくなるんだけど。やめてもらえませんかね……。

「俺からもお願いできないかな?」

背後から肩越しに声が聞こえた。

「んだよ葉山。聞いてたのか」

「勧誘のところからね。俺も留美ちゃんがいいんじゃないかと思ってスカウトにきたんだよ。どう?留美ちゃん」

「隼人くんまで……。あ、うん。わたしなら別に、やってもいい……かな」

おい、なんで俺は八幡って呼び捨てで葉山はくん付けなんだ。若干、いやかなり腑に落ちないが…………親しみの現れということにしておいてやろう。

助かったな留美、寛容な俺じゃなければ教育的指導をされていたかもしれないぞ。

「よかった。じゃあ一度演出兼脚本家のとこに行こうか」

留美がコクリと頷き、それから三人で一色の元へ向かった。まぁ留美に問題があるとは思えないし、すんなりと主役は決まりそうだ。

「おい一色。主演女優連れてきたぞ」

「え、ほんとですか!?この子?主役やってもらってもいいの?」

「うん、やってもいい。八幡と隼人くんにお願いされたし……」

「は?八幡?隼人くん?え、えー?お二人とも、この子とどういう……」

一色の声がいつもより少し下がった。これはあれだな、たぶんイラッときてるサイン。

「まぁちょっとした知り合いだよ。いろはは気にしなくてもいい」

「おい留美、あんまみんなの前で呼び捨てにすんなよ、恥ずいだろ……」

「えぇー……。……はっ!もしかしてこれ二人とも年下好きのアピールですか!?そうやって年下のわたしを遠回しに口説こうとしてます?すいませんわたしの気持ちは今ぐらついてるのでまだ無理ですごめんなさい」

出た、お断り芸。俺はまたかよって感じだけど、葉山もまとめて振られてしまった。おお、いいぞ一色。

いや葉山振っちゃ駄目だろ、何考えてんだこいつ。

葉山が珍しく呆然として言葉を失っている。わはは、こいつもしや一色に勝手に振られるの初めてだな。

……そりゃそうだよな、こいつがされてたらおかしな話だ。

「…………八幡、この人おかしいの?」

無言になる俺と葉山をよそに、留美は一色に冷ややかな目を送る。うわぁ、留美お前それ……別に間違いじゃないな。

「な、なんですとー!?小学生のくせにー!」

一色は小学生相手に激しく憤慨している。留美は深く溜め息をつくと、ギリギリ俺に聞こえるぐらいの声で、うるさい……と呟いた。

肝座ってんなー、こいつ。アイドルとか向いてるんじゃないの。

「でも主役やってもらえるなら助かるよー。お名前は?」

「……鶴見留美。それで、私はどんな役やるんですか?」

「留美ちゃんね。んーと……これ。台詞はそんなに多くないけど、ちょっと覚えてもらうこともあるから。頑張ろうね!」

「……うん。あ、はい」

続けて一色は留美を連れて衣装の採寸に向かった。よし、これで役者の問題も解決だな。あとは細々としたところを詰めていければ形になりそうだ。

「なんとかなりそうだな」

葉山が一色と留美の方向を見ながら口を開く。

「なってもらわなきゃ困るだろ。あんなことまでやっといて」

「そうだな。会長のためにも、な」

「…………そうだな」

雪ノ下の生徒会長としての最初の仕事だ。このイベントを成功させたいという思いは俺たちよりも遥かに強いだろう。

その彼女のために、俺はちゃんと力になれただろうか。

今度の俺は彼女を失望させずに済んだのだろうか。

彼女たちを裏切らずに済んだのだろうか。


一一一


その後も数日間、祝日を含めてバタバタと準備に追われ、いよいよ海浜高校との合同クリスマスイベントの日を迎えることになった。

イベントは24日、イブの午後からなので当日午前の今は最後の作業を行っているところだ。場所は調理室。

園児や小学生への労働対価であるクッキーや、イベントで振る舞う予定のケーキ作りがフル回転で行われている。

それにあたって役に立たない俺と葉山は雑労働を、由比ヶ浜は……まぁ邪魔しないように袋詰めとかやってるな、うん。

この部屋の主の如くいろいろな人間に指示を出しているのは雪ノ下だ。そしてその右腕となるのが一色。

指示を出す相手はその他、今この部屋には本来ならここにいない人間が多数やってきている。

「隼人ー、こっちクッキー詰めたけど。どうしとけばいいん?」

「ああ、ありがとう優美子。この箱に纏めておいてくれ、後で比企谷と運ぶから」

「隼人くーん、いろはすぅー、俺することねんだけどー?」

「戸部先輩はー、うーん。その辺で遊んでてくださいー。あ、邪魔にならないようにお願いしますねー?」

「いろはすひどくね……?隼人くぅーん」

「戸部ぇ……隼人は忙しいんだから邪魔しないでくれる?」

…………いつにも増して騒がしい。葉山が呼んだ連中だが、役に立っているのはケーキ作りに加勢している海老名さんだけな気がする。


雪ノ下がお菓子作りをする手がもう少し欲しいとこぼしたとき、部外者でもいいのか?と俺が質問したのがきっかけだった。

猫の手も借りたいのか、雪ノ下が別に問題ないわと答える。

すると葉山が俺も呼びたいやつらがいるんだけどと言い、なんとなしに誰だよと聞くと、俺の大切なやつらだと爽やかに(イラッとしました)断言した。

誰のことなんだと思っていたが、蓋を開けてみたら結局いつもの連中でこの有り様である。

俺も呼びたい奴や手伝える奴を考えてみたが、いくら考えても戸塚と小町ぐらいしか思い当たらなかった。

それで、この場には由比ヶ浜や小町との繋がりで川崎やその弟の大志に大天使戸塚エル、そして誰も呼んでなさそうなのに何故か材木座までがいる。さらにはめぐり先輩まで来ており部屋は大盛況と言ったところだ。

「海老名さん小町さん、こっちの焼けた生地のデコレーションお願いしていいかしら?」

「はーい、小町にお任せあれ!」

「オッケー雪ノ下さん。ここはなかなか良い景色が見えますなぁ……ぬっふふ」

「何言ってんの、海老名……。はい、クッキーってこんなもんでいいの?あたしあんまお菓子とか作ったことないからよくわかんないんだけど……」

「おおー、いいんじゃないかなー。上出来だよサキサキ。たぶん」

「サキサキ言うな」

「十分よ川崎さん。あなた器用なのね、初めてでこんなにできるなんて」

「…………お、あ、ありがと、雪ノ下。あのさ、今度また、チョコの……」

「雪ノ下せんぱーい。わたしもうそろそろ劇の方にかかっていいですかー?」

「ええ、こっちはもう目処が立ったからもう大丈夫よ。ありがとう。あ、比企谷君たちとタイミングしっかり確認しておいてね」

流石の雪ノ下と言えど一人でどうにかできる範囲をとうに逸脱しているので、チェックはしているものの、演劇の指揮は素直に一色と葉山に任せている状態である。

雪ノ下であれば可能なら一人で全面監修を行いたいのだろうが、体力的な面でも結構キツそうだ。

ここ数日は遅くまでいろいろやっていて寝不足なのか、目付きだけが鋭い。気が張っているからなんとか持っている、という感じで若干心配ではある。

だがそれでも重要な点の確認は怠らないだけの冷静さはあるようだし、少しは失った自信を取り戻しているのだろうか。

「ラジャーでーす。先輩、後でこっちきてくださいねー」

「おお、また後でな」

そうして一色と葉山は演劇の指示のため調理室を抜けて行った。瞬間、三浦が少しだけ寂しそうな表情になったのが見えてしまった。

「ごめんなさい川崎さん、何か言ったかしら?」

「い、あ、いや。もういい……」

何故か川崎がショボくれてしまった。

ちょっと気になるが、それよりも小町と大志がキャッキャウフフとやっているのが(幻聴)もっと気になる。くそ、一体何を話しているんだ……。

他のメンバーはと見渡すと、みんな話し相手を見つけて上手くまわっているように見えた。材木座以外。こっちを見るな。頬を染めるな。

「八幡……。我は何故ここに居るのだ?」

「俺が知るか。暇なら会場のセッティングやるから手伝え」

「お、おう……。八幡は生徒会の一員として立派にやっておるのだな……」

「……立派にやれてんのかは知らんが、今じゃここは俺の居場所だな」

材木座の癖に。変なこと意識させんじゃねぇよ。

失いたくない。この時間も、この居場所も、この関係も。

でも俺はもう、自分に言い訳をするのはやめると決めたから。

あいつらから見たらまた勝手なのかもしれない。けど俺は、前に進むためにそうするんだ。

これから先、俺が想いを告げた後も、この居場所が俺にとって大事なものでありますように。

彼女たちにとって、安らぐ場所で在り続けられますように。

誰にともなく願う。

与えられるものだとは思ってないし、最終的には俺が考えてどうにかするしかないけど、たまには。

いいだろ別に、クリスマスだし、願うぐらい。

材木座が張り切って設営をしている最中、俺はぼんやりとイベントが終わってからのことに気を向けていた。


一一一

ここまで

ようやく八幡が目覚めるとこまで持っていけた
あと二回か三回で一旦終わる……のかな、まだよくわからないけど
読んで下さる方がいれば、もう少しお付き合いください
ではまたそのうち

乙です

おつおつ

乙です
待ってます


ルミルミがいろはにいったセリフよかった♪

乙です

面白い 台本じゃないのもいいね 視点がちょくちょく変わるのも原作っぽくて面白い

おつです 次も楽しみにしてます

面白い
続きはまだか

こんなに葉山をしっかり描いてるSSってなかなかないんじゃないか?
めっちゃ面白い!
本物が欲しい発言飛ばしてるのにヒッキーが本物を意識して前に進んでるのもすごくいいよね!
今まで読んだ俺ガイルSSのなかでもトップクラスに面白いので続き楽しみにしてます!

こんなに葉山をしっかり描いてるSSってなかなかないんじゃないか?
めっちゃ面白い!
本物が欲しい発言飛ばしてるのにヒッキーが本物を意識して前に進んでるのもすごくいいよね!
今まで読んだ俺ガイルSSのなかでもトップクラスに面白いので続き楽しみにしてます!

長文の賞賛を別IDで二連投するのは自演に見えるからやめてさしあげろ

中二不登校スレでも見たなこれ
新たなコピペテンプレート化でも狙ってんのかね?

>>715だけどこんなレスコピペ化してもつまんないだろ。
やめてくんないかな?

おちゅ

     |   /|    /|  ./|       ,イ ./ l /l        ト,.|
     |_≦三三≧x'| / :|       / ! ./ ,∠二l        |. ||      ■    ■■    ■
     |.,≧厂   `>〒寸k j        / }/,z≦三≧  |.   | リ ■ ■■■■■ ■■ ■■■■  ■ ■ ■ ■
     /ヘ {    /{   〉マム    / ,≦シ、  }仄  .j.   ./  ■     ■        ■   ■  ■ ■
.       V八   {l \/ : :}八    /  ,イ /: :}  ノ :|  /|  /   ■      ■        ■   ■   ■
       V \ V: : : : : :リ  \ ./   .トイ: :/    ノ/ .}/    ■      ■        ■   ■   ■
       ' ,    ̄ ̄ ̄        └‐┴'   {  ∧     ■   ■■■■■   ■   ■
        V   \ヽ\ヽ\     ヽ  \ヽ\  |     \.    ■  ■  ■   ■      ■
        \  , イ▽`  ‐-  __       人      \  ■■  ■■   ■     ■■
:∧           ∨              ∨    /          ハ
::::∧         ヘ,           /   , イハ         |
::::::∧.         ミ≧ 、      ,∠, イ: : : : :

あー、もうちょっとで投下できるなーと思いつつ三日ぐらいが経過
次は少し長め、かも

待ってる



「お疲れ様、二人とも」

「由比ヶ浜さんも……今はここにいないみんなもよ。お疲れ様」

「おお、お疲れ」

三人が互いそれぞれに簡単な言葉でもって労をねぎらう。

合同クリスマスイベントは無事に終わった。夕暮れが差す生徒会室では実に静かでたおやかな時が流れている。

イベントが終わってから後片付けやらなんやらをやっているうちにこんな時間になっていた。一色と葉山は会場に来ていた三浦たちともう少し話してから戻ると言っていたので、三人で生徒会室に戻ってきたところだ。


経過段階では多少どころではない紆余曲折を経て慌ただしく迎えた本番だが、結果を見れば成功を収めたと言ってもいいだろう。来場者の反応もとても好意的なものだった。

海浜高校側の企画も当初の予定より随分スケールダウンはしていたが、バンド演奏もクラシックコンサートも見事なものだった。終わってからの玉縄のドヤ顔が少し鼻についたが、正直見直した。

一方の俺たちの演劇もなかなかのものだったように思う。主演女優の留美は堂々と主役をこなし、天使のけーちゃんはマジ天使だった。あれたぶん俺の作った羽根。

ハラハラしながら必死にけーちゃんの写真を撮る川崎は、普段の無愛想さが嘘のようで大分印象が変わった。あいつも可愛とこあるんだなぁ……。ていうかかーちゃんだろあれ。

キャンドルサービスも振る舞ったケーキも、対価として配ったクッキーもいずれも大好評だった。

それを見てシナリオ作りに頭を抱えていた一色はあざとくない素直な笑顔ではしゃぎ、総指揮である我らが生徒会長は満足げに微笑んで頷いていた。

留美を含めた小学生に取り囲まれた葉山は苦笑いを浮かべ、俺と由比ヶ浜はそれを遠巻きに眺めては顔を見合わせて照れ臭そうに笑い合った。

会場には笑顔が溢れていた。留美の笑顔を見ても、もう心は痛まなかった。今の俺はそれを見て青春とは欺瞞だなんてことは思えなかった。

誰かと共に何かを成したと、謙遜なく言えることなんてこれまでにはなかった経験だ。そんなことで達成感や満足感を得ることができるなんて考えたこともなかった。

きっと俺は知らないものを、手が届かないものを認めたくなくて、屁理屈で塗り固めていただけなのだろう。まごうことなきただのガキである。手の届かない葡萄はきっと酸っぱいはず、だから届かなくて平気だと拗ねている狐だ。

でも俺は、もう。


「……終わっちゃったね」

頬杖をついたままの由比ヶ浜が独り言のように呟く。視線は鮮やかなオレンジ色に染まる窓の外へ向けられたままだ。

淡い陽光の中、二人で話しながら帰った転機の日を思い出す。あのときと同じような色の空だが、由比ヶ浜はどうなのだろうか。あのときのような顔はしていないだろうか。ここからでは表情は見えないのでわからないけれど。

「ああ、やっとだな。期間にしたらそれほどでもねぇんだけど、すげぇ長く感じたわ……」

「うん。大変だったけどさ、あたしはもっと、ずっとやってたかったなぁ」

永遠に続く終わりなき仕事とか考えただけでゾッとする。マゾなの?由比ヶ浜だって大変だったろうに。楽をしてたからそんなこと言えるんだとか、とても思えねぇんだけど。

「いや勘弁しろよ、あんなのもう嫌だぞ俺は。雪ノ下もさすがにキツいだろ。なぁ?」

雪ノ下からの返事がないので目をやると、姿勢正しく腕を組んだまま俯いている。というより、頭が垂れ下がっている、項垂れているというほうが正しいか。

「ゆきのん?」

由比ヶ浜が席を立ち、見えなくなっている雪ノ下の顔を下から覗き込む。

「……寝ちゃってる」

言うと、ふふっと柔らかく微笑んだ。耳を澄ませると確かに微かな呼吸音が聞こえてくる。張り詰めていた緊張の糸が途切れたのだろう。

「……そっとしとこうぜ。一番大変だったのは雪ノ下だからな」

「だね。頑張ってたもんね。……お疲れさま、ありがとね。ゆきのん」

由比ヶ浜はこれ以上ないほど柔らかく暖かい声で囁き、うたた寝をする雪ノ下の肩にそっとブランケットを掛けた。その姿は俺が小さい頃に具合を悪くしたとき、優しく看病してくれた母親を連想させた。

「ああ。……少しでも、力になれてたらいいんだけどな」

庶務としての雑用ならたくさんやったが、あんなのは別に俺じゃなくたって何も問題ない。力になれたと俺が断言するのは、俺でなくてはならない何かを果たしてからにしたい。

やっぱり傲慢だな、俺は。特別なことを雪ノ下と由比ヶ浜に求めすぎだと我ながら思う。

「ヒッキーはなれてるよ。あたしは、ビミョーかなぁ……」

「またそんなことを……。お前がいなきゃイベント自体うまくいってねぇよ、たぶん。自信持て」

「うーん……自分のことって、よくわかんないね。あたしは自分のことなんて、悪いところしか見つかんないや」

「お前って案外ネガティブなんだな。俺なんか自分のいいところを山ほど挙げられるぞ」

自分に甘めな評価をするだけなんですけどね。ただそれでも良いところより悪いところのほうが多く目に付くのが悲しい。

「あはは、そりゃヒッキーはいいとこいっぱいあるもん。羨ましいな……」

由比ヶ浜の声音が語尾に向かうにつれて弱くなっていくのを聞いて、言葉に嘘はなさそうだと感じた。こいつは心からそう思っているようだ。

「ほんっと、お前って……。由比ヶ浜がわからなくても、俺や他のやつらはお前のいいところをわかってる。俺がちゃんと見てるから」

自分を完璧に客観視することはおそらくできない。できているかもしれないと自惚れている俺だって、自己評価が他人と一緒なわけはないと思う。

だからこそ他人が、自分を見てくれる他の目が必要なんだろう。

「……そっか。何回も同じようなこと言っちゃってごめん。あたしさ……不安、なんだ」

「……何が」

「三人の新しい居場所で、生徒会でいろいろやれてさ、いろはちゃんも隼人くんもいて……。今、楽しいの。あたし」

「それじゃ答えになってねぇだろ」

「あ、うん。ここにあたしがいてもいいのかなって」

「そんなの、いいに決まってる」

「……ありがと。それとね、……いつまでこのままでいられるのかなって、不安なの……。あたしたち、ずっとこのままではいられないんだよね。きっと」

由比ヶ浜は過ぎてしまった過去を懐かしむかのように、偲んでいるかのように話す。まだ失われているわけじゃない。けれど確実にいつかは失ってしまうと、そう覚悟している気がした。

おそらく由比ヶ浜は生徒会に入った直後から心のどこかでそう考えていたのだ。いつだったか、生徒会室に二人で向かっているときの何気ない会話でもそう感じたことがあった。

胸が詰まる思いがして返事をすることはできなかったが、由比ヶ浜も別に返答を求めてはいないようだった。

このままでなくしてしまうのは俺かもしれない。当然壊すだけで終わらせたいわけじゃないが、静かな水面に石を投げ込むような行為をしようとしているのはわかっていたから、何も言うことができなかった。

会話が途切れ静かになると、雪ノ下の微かな寝息だけが聞こえる。

忙しかった一時がまるで嘘のようだった。休日の校内に他の学生はおらず、生徒会室では時が止まったかと錯覚しそうなほど緩やかに時間が流れていた。

だがいかに緩徐に感じられる時間であれど、現実では刻一刻と時計は進んでおり否が応にも結末を予感させる。今こうしている時間もいつかは終わるのだと。

それでも、今のこの部屋には三人の安らげる居場所があった。以前の俺が求めた奉仕部がここにあった。

そこには頬を朱色に染めながらぼんやりと外を眺める由比ヶ浜がいた。

声を発することはないが、確かにここにいると寝息だけで主張する雪ノ下がいた。

そしてともすればそんな幸福な時間を甘受してしまいそうになる俺がいた。

修学旅行から生徒会選挙の最中、一度は失うことも覚悟した奉仕部は形を変えて生き残り、三人の繋がりは保たれた。


だが本来はそんな無理をしないと繋がれない、居場所がなければ保てない繋がりなんて不自然だ。

俺がずっと欲しかったのは奉仕部じゃない。生徒会でもない。この部屋でもない。きっと、そんなものがなくても自然に居られるような関係だ。

居場所は物理的な場所や空間なんかじゃない。肩書きや役職でも、組織でもない。

居場所とは、心の拠り所のことだ。

なら俺のすべきことは、思いを言葉に変換することだ。

「なぁ由比ヶ浜。蒸し返すけど、あれはよかったのか、本当に」

「あれって?」

突然口を開く俺に少し戸惑いながらも、由比ヶ浜はこちらに顔を向けて返事をしてくれた。

「その、一緒に出掛けるって、約束は」

「約束ならもういいの。えと……忘れてさ、みんなで遊ぼうよ。いろはちゃんと隼人くんが戻ってきたら言ってみるね」

もしかしたら気持ちが変わっているのではないかと淡い期待を込めて再度確認したのだが、由比ヶ浜の言っていることは前回と変わりなかった。変わりないのだが、少しだけ焦りのようなものを感じた。

忘れろと言われてもそんなこと俺には無理だ。立ち止まったままでどうしようもない俺に、自ら踏み込んでくれた由比ヶ浜に俺は何も返せていない。

感情の処理の仕方を知らず適切な距離というものがわからないことを理由に、いや、言い訳にして何も応えていない。

どう答えるのが正しいかなんて未だにわからないが、今の俺がどう思われていようと、俺がどう思っていようと、由比ヶ浜にきちんと向き合わなくてはならない。

うやむやにしてなかったことにしてしまっては過去の俺と何も変わらない。
 
「いや、俺は」

「…………待って、比企谷君」

寝ていると思った雪ノ下の声が聞こえ、開きかけた口を慌てて閉じる。

「私を、置いていかないで……」

「……ゆきのん」

「起きてたのか」

「二人の声で目が覚めたのよ。由比ヶ浜さん、私は……」

雪ノ下が顔を上げ由比ヶ浜の方へ向けた。弱々しくすがるような瞳と、諦観の滲んだ慈愛の瞳から放たれる視線が交差する。

言葉はなく、僅かな時間であったが二人の意思疏通はそれで図れたようだった。由比ヶ浜が静かに、雪ノ下を安心させるように優しく話す。

「…………大丈夫だよ、ゆきのん。あたしは三人で、みんなでいられたらそれでいいと思ってるから」

「私は……、私も…………それが、いいと思うの」

「ゆきのん……ありがとう」

「待て、お前ら。なんでそうなるんだ」

二人だけで完結しそうな会話に慌てて割り込む。

「なんでって、これからも三人でいられたらいいなって思うの、変かな」

「違う、そうじゃない。それは俺も同じだ」

「だったら、私はこのままでも……」

「……駄目だ、そんなの。どうしたんだよ、雪ノ下。お前が俺に教えてくれたんじゃないのか」

俺は修学旅行で自身の胸の奥で理解しつつあった他人の想いから目を逸らしたくて、変えてしまうことを恐れ、失うことに怯え、うわべだけの馴れ合いに意味を求めた。

その後の生徒会長選挙での彼女の行動は、そんな俺を否定しようとしていたのだと思っていた。

「……前も、言ったでしょう。私に人を責める資格なんかなかったって。……それは、私も同じだったから。比企谷君の気持ちがわかってしまったから」

雪ノ下は俯きがちになりながら訥々と語る。

「理由とか理屈とか建前とか、そんなものどうだっていい。ただ、私は純粋に……この居場所を失くしたくない。絶対に」

姿勢を正した拍子に由比ヶ浜が肩に掛けたブランケットが床に落ちた。雪ノ下はそれを拾うことなく抱えた思いを吐露し続ける。

「例えそれが欺瞞だとしても、これからうわべだけの馴れ合いが続くとしても、それでも構わない。向き合った結果壊れてしまって、所詮この関係はそれまでのものだったなんて私はもう思えない。だから、お願いよ。比企谷君……」

おそらく本心であろう独白が、俺への初めての懇願が終わると、部屋から音という音が消え去った。

瞳を潤ませながら独白を終えた雪ノ下は、自分の肩を抱いて小さく震えている。

俺は何を言うべきなのかわからなくなった。どこまでもすれ違うことに呆れ果て、全身から力が抜けそうになった。

今の雪ノ下が少し前の俺で、今の俺が少し前の雪ノ下だ。

二人のやり取りを見るに、現在の由比ヶ浜と雪ノ下は同じことを考えているようだ。

ならば、馬鹿で愚かなのは俺だけなのだろう。わざわざ今持っている失くしたくないものを、三人で大事にしたいものを壊しかねないことをするんだから。

でも、俺はもう、嘘みたいに甘い葡萄なんかいらない。人を傷つけていることを自覚できないままでいたくない。見て見ぬ振りを続けるような関係で満足したくない。


俺は、手の届かない場所にある酸っぱい葡萄が欲しいんだ。

「俺は……お前らからしたらすげぇ勝手で、酷い奴なんだと思う。ただの俺の自己満足なのかもしれねぇけど、それでも言葉にしたい。そうするって決めたんだ」

こういうことを話すときはどんな顔をすればいいのだろうか。相応しい表情があるのかは知らないが、俺が今どういう顔をしているかは容易に想像できる。

きっと、我慢しようとしているのに我慢しきれず駄々をこねる、泣き出しそうなみっともない顔だ。

「お互いなんとなく感じてるみたいに、言わなくてもわかることだってあるんだと思う。でも大事なことはやっぱり、不器用でも、口下手でもちゃんと伝えないと駄目なんだ。言わなくても理解してもらえたり理解できたりなんてそれこそ幻想だ」

由比ヶ浜がすんと鼻をすすり、目元を拭う。釣られて涙が零れそうになるのを必死で堪えた。

こんなところで泣くのは甘えだ。自分でそうすると決めたのだから、俺が泣く理由なんかどこにもないし、これ以上無様で惨めったらしい姿をこいつらに見せたくない。

「どれだけ言葉を尽くしても誤解されるかもしれないし、言いたいことの半分も伝わらないかもしれない。話せばわかるなんて、俺の傲慢な思い上がりに過ぎねぇのかもしれない」

これまで俺も、雪ノ下も、由比ヶ浜でさえも決定的な言葉を避けに避けてここまできた。その中でも数えきれないほどに、俺の身には余るほどの幸せな時間を過ごしてきた。

「俺は言葉が欲しいんじゃない。けど俺は、お前らに言葉でしか思いを伝える手段を知らない。だから、言葉にするんだ」

「けどさ、言っちゃったら、言葉にしちゃったら戻れなくなることだって、あるよ……」

由比ヶ浜が目をごしごし擦りながら涙声で話す。

「わかってる。そんなことは。それでも……」

「私がさっき言ったお願いは、叶えてもらえないのね……」

雪ノ下が少しだけ恨みが込もったような眼差しを向ける。

「……すまん、それはできない。俺は馬鹿だから、お前らに何を言われてもその裏を疑っちまうんだ。結局お前らのことを信頼してないのかもしれない。これは俺の本音だ。けど、こんなろくでもない奴なのに、そんなこと考えてるのに、それなのに……」

自然と立ち上がっていた。机に手を突いて体を支え、荒くなる呼吸を落ち着かせるためにゆっくり深く息を吸い込む。

「俺は、お前らのことをもっとわかりたい。どうしようもなく、わからせて欲しい」

「比企谷君……」

「ヒッキー……」

二人が力のない声で俺を呼んだ。掠れて消え入りそうな語尾にはどんな意味が込められていたんだろうか。

「そのためにはこのままじゃきっと駄目なんだ。見ない振りを続けてこのままでいられたら確かに楽しい。俺は今の居場所もこの関係も大好きで、失いたくない。けどそれでも、馬鹿みたいな理想を追いかけて全部を失うとしても、それでも……」

曖昧で自分でもよくわからないものを言葉にしてしまってもいいのかと躊躇いがあった。

でも今はそれしか出てこない。どうしても脳裏から離れない、平塚先生に言われた言葉。俺が昔から求めていた抽象的な言葉。

溢れだしそうになる声を一度飲み込んでみると喉の奥が焼けるような錯覚を覚え、耐えきれずに吐き出してしまった。

「俺は、本物が欲しい」

情けない姿だろうが、涙は出ていない。震えてもいない。

必要なことも必要じゃないこともたくさん話しているうちに、きちんと話せているのかわからなくなってきた。

こんなねだるような戯言じゃなくて、もっとスマートに、理路整然と話せたらよかったのに。

でも、俺が考えてもがき苦しんで、足掻いて悩んだ結果だ。受け入れろ。

雪ノ下と由比ヶ浜は少し驚いた顔で、そんな妄言を吐く俺を見つめていた。


☆☆☆


生徒会室の扉の向こうから先輩の願いが、心の奥底からの叫びが聞こえた。実際に叫んだりしてるわけじゃないのに、そんな風に感じた。

葉山先輩と一緒に生徒会室に戻ってきたとき、外に漏れ聞こえてくる声からいつもの雰囲気でないことは容易に察しがついた。

二人ともその場から動くことができず、長い時間ではないが話を盗み聞きするような格好になってしまった。

「行こうか」

「……はい」

葉山先輩の空気を吐くだけの声に促されて、生徒会室の扉を開けることなく静かにその場を離れた。

自分の足元と葉山先輩の背中を交互に見ながら黙って歩く。何を話したらいいのかわからない。

さっきの出来事とわたしは関係がないはずなのに、なぜだか心臓の鼓動は早くなり、顔も熱くなっている気がする。

その言葉の、願いの真意は三人の間には伝わっているのかもしれないけどわたしにはわからない。でも、わからないのに、その言葉はわたしの心を一瞬のうちに鷲掴みにした。

わたしもそんなことを言ってみたい、思ってみたい。求めてみたい。

一緒に聞いた葉山先輩は何を思っただろうか。わたしのように、突き動かされるような何かを感じたりしているのだろうか。

わたしがいくら叩いても全く響かず、びくともしない葉山先輩の作る壁は、少しでも揺れ動いたりしたんだろうか。

「少し話そうか。どこか別のところへ行こう」

葉山先輩は普段と変わらない調子でそう話し、わたしは大人しく頷く。

「どこ、行くんですか?」

「……さあ。何も考えてないよ」

ふっと自嘲気味に笑うその笑顔は、葉山先輩にはあまり見られないものだった。

しばらくそのままついて歩くと、今度は階段を上に昇り始める。その間ずっと会話はなかった。時間が経っても、わたしの鼓動の高鳴りは未だ収まっていない。

一番上の階について葉山先輩が渡り廊下と校舎を隔てる扉を開いた。扉の向こう側は空中廊下だ。

暖かそうな色の夕焼け空なのに、開けた瞬間に外の冷たい空気がわたしの足元に流れ込んだ。

「さむ……」

「ちょっとここで話そうか。ちょうどいいだろ?」

「いや、寒いですよ……」

マフラーとかはまだ着けたままだけど、風がある分校舎よりずっと寒く感じる。全然ちょうどよくない。

「そうか?火照ってるみたいだけど。顔、赤いぞ」

「あ、えっ?やだっ」

慌てて両手を自分の頬に当てる。顔が熱いとは思ってたけど、葉山先輩からもわかるぐらい赤かったなんて。

「うー……恥ずかしいです。早く教えてくださいよ……」

「ははっ。それがいろはの、素の顔?」

少しだけ驚いた。葉山先輩にバレてないとは思ってなかったけど、使い分けていることに言及してくれたのは初めてだったから。

「そう、なんでしょうか。よくわかりません」

「たぶんそうじゃないか?俺はあまり見たことがない顔だよ。比企谷と話してるときはよく見るけど」

「なんでそこで先輩の名前が出るんですか……」

「わかってるだろ?いろはなら」

葉山先輩は自分のことは一切見せないくせに、他人のことはよく見てるみたいだ。そしてその観察眼は概ね間違ってない。けどそんなの、ズルくないですか。

「……そうやって、なんでもかんでもわかってるみたいに、わたしのことを決めつけないでください」

話すときに意識して唇を尖らせた。ちょっとだけ怒ってるんですからね、という意思表示だ。

「わたしの気持ちはわたしが決めます。そんな、先輩には素を見せてるから好きだとか、惹かれてるとか、そんな単純じゃないです、わたし」

「……悪かった。俺が一方的に。醜いな、俺は」

「やめてください。なんでそんなこと言うんですか……。葉山先輩はそんなことないです」

「いや。俺はいろはが思ってるようないい奴じゃない。現に今だって……」

「言わないでください。知ってますから」

台詞の先を言われないよう、強い言葉を重ねて強引に遮った。

ほんとは知らないことのほうが多いけど、わたしだってバカじゃないんだからわかることだってある。でもそれは葉山先輩の口から聞きたくない。

これはただの、葉山先輩はわたしの憧れで、追いかけていたい存在であって欲しいと思う、わたしのワガママ。

「何をだ?」

「わたしだって傍にいたんですから。葉山先輩が誰にどんな感情があるかなんて、ちょっとはわかってます」

「そうなのか……。そんなこと言われたのは初めてだな。俺のことはみんな、何考えてるのかわからないって思ってるよ」

「わたしもそう思ってたんですけどね。葉山先輩もわかってると思うんですけど、生徒会だと結構感情出してますよ?」

会議中、葉山先輩なら絶対話さないような言葉を聞いた。生徒会室で絶対しないような喧嘩をしてた。絶対話さないことを、今話してる。

ここでの印象はこれまでのものと全然違う。だからわたしは、前よりももっと葉山先輩を知りたい。

「そうかもな。たぶん、あれから初めて自分で選んだことだから、だろうね」

「よくわかりませんけど……。でも、そんなのは多かれ少なかれ、誰にだってあるものですよ。わたしなんか、先輩達みんなに嫉妬してます」

先輩たちはみんな凄くて、かっこよくて、眩しくて。わたしの憧れの人達。

でもわたしの入れる隙間はどこにもない。わたしだけ除け者にされてるなんて思わないけど、嫉妬しちゃうんです、どうしても。

「……いろはは凄いな。俺はそんな風に言葉にできないよ」

それは、葉山先輩が誰とも深く関わろうとしてないからですよ。

ずっと聞きたかったことを聞いてみようと思った。今のわたしは別の何かに突き動かされているような感覚があった。昔はわたしも持っていたような気がする、何か。

「葉山先輩は、なんでみんなと、その……壁を作るんですか?もっと踏み込んでみようとか、思わないんですか?」

「……どうだろうな。俺は特定の誰かじゃなくて、常にみんなの葉山隼人であろうとしてる。いつからかそれしかできなくなってただけなんだけど、まだやめる気はない、かな」

そう話す葉山先輩の横顔は、とても寂しそうに見えた。何をなのかはわからないけど、諦めてしまった顔のように見えた。

「……それで誰かを傷つけても、ですか?」

「そうだよ。人と関わることで必ず誰かを傷つけるなら、誰をも平等に傷つけることを選んだんだ、俺は」

「辛く、ないですか?そういうの」

「いや。もうそんなことも思わなくなってる。慣れすぎたんだろうね」

「そんなの……寂しいです。わたしは、葉山先輩の……。葉山先輩と……」

「すまない。俺はそういうのは、まだ……」

葉山先輩は辛そうに顔を伏せながらわたしの言葉を遮ろうとした。

違いますから。まだそんなことしません、わたし。

「最後まで聞いてくださいよ。わたしは今、好きだとかそんなんじゃなくて……。先輩達のことをもっと知りたくなったんです。わたしの大切に想う人に、踏み込んでみたくなったんです」

「踏み込むって、どうするんだ?」

きっと今告白したってうまくいかない。そもそも真剣に好きなのかどうか、自分でもよくわからなくなってる。

そんな気持ちで告白なんかするのはきっと間違ってる。

その代わりに、踏み込んでみたい。その壁の向こうに。

普段なら絶対に聞けない、絶対に答えてくれないことを聞くんだ。

「どうするのがいいのか、わたしもそういうのから逃げて生きてきたのでよくわかんないんですが、聞きたいことがあります。葉山先輩……好きな人、いますか?」

甘えた猫なで声じゃない。上目遣いもしない。わたしがわたしとして聞く、初めての本気の質問。

葉山先輩は目線をわたしではなく外へ向け、遠くを眺めながら答えた。

「……わからない。本当に人を好きになるということが、俺にはよくわからないんだ。でも、もし俺の持っているこれが恋愛感情だと仮定したら、いるのかもしれない。その人は……」

そこで言葉を区切り、わたしの方へ体ごと向きを変える。

え、誰かまで答えてくれるんですか?わたしはいるかどうかだけ聞こうとしたのに。

そこまで考えてなかった、待ってください、まだ心の準備が……。

「その人のイニシャルは、Yかな」

まったく予想していなかった曖昧な答えに拍子抜けしてしまった。

Y。名字か名前かもわからない。だから、葉山先輩の周りにいる人を思い浮かべるだけでも複数の該当者がいる。

あの人かな。それともあの人かな。わたしの知らない人なのかな。わかんないな。

でも、具体的じゃないこの言葉からも確実にわかることがある。

それは、葉山先輩が好きかもしれないその人が実在する人物だということ。

そしてもう一つ、その人物はわたしではないということ。

「俺がこんな奴だってわかって、それでも俺の傍に居ようとしてくれる人がいるのは知ってる。だから、想いに応えるにしても応えないにしても、向き合うとしたらまずはその人からだ」

「そう、ですか」

わたし自身が好きなのかわからなくなってきたし、ちゃんと想いを告げたわけじゃないんだけど。

たぶん、わたしは今、葉山先輩に振られたんだろうな。そこまでいかなくても、少なくとも告白とかしてもダメなんだってことを教えてくれた。

でも意外。わたし、思ったよりも悲しくないし辛くない。なんでだろ。きちんと告白したわけじゃないから?

振られたりしたらもっと泣くかもしれないと思ってたのに。今はむしろ、悲しくならないことが少し悲しい。自分では本気だと思ってたのに。

「今になってこんなこと言うのは卑怯だし、なんの慰めにもならないけど……それでも言葉にしてみたいことがあるんだ」

何も喋らなくなったわたしを見てのフォローなのか、葉山先輩はわたしに言葉をかけてくれた。

「いろはは素敵な子だ、素直にそう思う。もし、もっと早くから君と出会っていたら、出会う順番が違っていたら、きっと俺は……」

「はっ、もしかして好きになってたって言おうとしました?わたしも葉山先輩のこと好きだと思ってたんですけどよくわからなくなったのでまだ付き合わないでもらっていいですか、ごめんなさい」

…………しまった。こんなこと言うつもりなかったのに。わけわかんなすぎる。付き合わないでくれって、何様なんですかわたしは。

葉山先輩、固まってるし。と思ったら。

「ぷっ……くくっ……ははっ、あはははっ」

急に堰を切ったかのように大笑いを始めた。え、わたし笑われてる?いや、葉山先輩変じゃない?

「ど、どうしたんですか、葉山先輩……」

「っはー。可笑しかった。いや、どうしたも何も……いろはが面白すぎて。まだ付き合わないでくれって、そんな日本語があるなんて思いもしなかったよ」

「あ、まぁ……そうでしょうね。わたしも言うつもりなかったですし……。なんかもう自分がどんな人間なのかよくわからなくなってきました」

「くっく……。じゃあ教えようか。いや、聞かせて欲しい」

「な、何をですか?」

「いろはの、好きな人」

「いやだから、自分でもよく……」

「イニシャルでいいよ」

わたしが言い切る前に、葉山先輩は予想して準備していたかのように言葉を被せてきた。

葉山先輩はイニシャルで教えてくれた。名前か名字かもわからない、Yという人を。

わたしの好きな人。

よくわからなくなってきたけど、それなら簡単だ。だって───。

「H、ですかね」

「そうか。誰なんだろうな」

「さぁ。誰なんでしょう。葉山先輩のYさんこそ誰なんですか?」

「さぁ、誰だろうね?」

探り合うような、二人してとぼけているようなわざとらしい会話だった。けれど嫌な感じはしないどころか、不思議とちょっと心地好い。

「そういえば、葉山先輩はこういうの聞かれたことってあるんですか?」

「ああ、何度もあるな。けどはぐらかさずに答えた女子は、いろはが初めてだよ」

そう言われても、喜んでいいのかどうかよくわからない。

特別ではあるんだろうけど、好きかもしれないと言っているその対象にわたしが含まれていないのは確実なわけで。

他人にまともに踏み込むなんて初めてだからよくわからないし、自信はないけど。

それでも今は、葉山先輩に一歩だけ近づけたような気がした。

結局いろいろと凄いはぐらかされたような気がしないこともないけど、まぁ、一歩ずつ、ですかね。

「じゃあ俺はもう少し時間を潰してから生徒会室に行くよ。いろはももう暫くしてから行くといいんじゃないかな」

「そうですね、わたしはもう少しここにいてから戻ります」

「わかった、寒いからほどほどにしろよ。って俺がここに来たんだったな。まぁいいか、風邪引くなよいろは。また後で」

さりげなくわたしを気遣ってくれる台詞に若干の感動を覚えつつ、はいと小さく返事をした。

葉山先輩が去ると、当たり前だけど一人になった。

ちょうどいいから少し落ち着いて気持ちを整理してみよう。寒くなってきたけど。

暫くの間ああでもないこうでもない、わかんないわかんないと一人で思考の堂々巡りをしていた。

やがて葉山先輩が出ていった扉が開き、わたしが今まさに考えていた、もう一人のH先輩がやってきた。


☆☆☆

ここまで

なんか半端なとこだけど投下
続きも大分書いてるけど寂しくて我慢できなくなった
読んでくれてる人まだいるんですかねこれ……

(前と同じだけど)たぶんあと2、3回で一旦終わりですかね
またそのうち

乙です!


いい感じにまとまったな

乙!
この流れだとYは優美子の事になるのかな?

おつです また次も楽しみにしてます

乙です

乙です
待ってたよ

ここってみんな下手に感想言ったら上のあれみたいになるから言わないようにしてる?

まだ終わってないのに感想書くとか早漏もいいところだな

どうせ良い感想なんて言えないし荒れるだけだから「乙」だけ書いときゃいいかなーとかは思ってる

感想も当然うれしいけど乙だけでも超嬉しい
こんな長いの読んでくれてるだけで嬉しい
さすがに誰も読んでないと思うとキツいのですよ……

義輝なんだよなあ



誰にもわからない、どうしようもない妄言を吐き終わると次の言葉が見つからなくなった。

ここで終わりにしてはわけがわからないままなのはわかっているが、思考がどうしても追い付かない。

立ち尽くしている俺と、それを見つめる二人。互いの息遣いだけが聞こえる。どのくらいそうしていたのかもよくわからない。時間の感覚がおかしくなりそうだった。遠くで消防車のサイレンの音が聞こえた。

一番最初に動いたのは雪ノ下だった。ぎゅっと拳を握り、首を振りながら俺に問いかける。

「私にはわからないわ……。あなたの言う本物っていったい何?」

「それは……」

考えのないままに、半ば自動的に口だけを動かした。

俺にもよくわからない。そんなもの今まで見たことがないし、手にしたこともない。

俺が欲しがっているものを本物と呼んでいいのかもわからないし、今の楽しい時間を偽物と決めつけるのもたぶんまちがっている。

「俺も、よくわかってない。けど……」

具体的な居場所がないと一緒にいられない関係なんて、生徒会が終わったら、この高校を卒業したらきっと途切れてしまう。

俺はもっと続けていきたいんだ。奉仕部だとか生徒会だとかそんなものがなくたって、依頼だとか仕事だとかの理由がなくたって一緒にいられる関係を。

本物なんて、もっともらしいけど曖昧な言葉じゃ他人に理解してもらうには不十分だ。もっと俺の、ただの願望を晒け出せ。

「俺は、ただ……。今のままじゃ嫌なんだ。お前らのことをもっとわかりたくて、考え続けていきたくて、前に進むにはちゃんと自分の思いと向き合ってケリをつける必要があるんだと思った」

息継ぎをすることも忘れて言い切ろうとしたせいで、最後のほうは掠れたような声になってしまった。

でも、今度はまともに話せたような気がする。

俺の思いはちゃんと届いているだろうか。自棄になってそうするわけではなく、今を壊したいからすることでもなく、前に進むためにそうしたいんだという思いが。

「これ以上逃げたくない。だから今じゃないけど、近い内に答えをちゃんと伝える。そのつもりだ」

俺が嫌だから。自分の思いと向き合うことに決めて、逃げるのはやめることにしたから打ち明けさせろ。結局はそういうことになるか。

本当に自分勝手で、傲慢で、エゴの塊だ。ろくでもない自分が心底嫌になる。でも、これが予防線と言い訳を取っ払った俺なんだ。

こういう部分が嫌われるのだとしたら、悲しいし無様だけどもう仕方がない。これを誤魔化して隠してしまうと、それはもう俺ではないから。

「本当に、ただのあなたの願望なのね……。だったら私にはもう、何も言えないわ……」

雪ノ下は呆れ果てたように呟くと目を伏せてしまった。そこにある感情は読み取ることができなかったが、一瞬だけ微笑ともとれる表情が見えた気がした。

「ヒッキー。やっぱりそうなんだ。そうしちゃうんだ……」

由比ヶ浜はゆっくりと顔を上げ目を閉じる。左目から一筋の涙が頬を伝った。

次に開いたときには、先ほどまでの諦めたような力ない表情ではなくなっており、目には新たな光が宿っているように見えた。

「ああ。本当に勝手で、すまん」

「そうだよ、ヒッキーはほんとに勝手だよ……。だったらあたしも、もっと……考えてみる。ゆきのん、ちょっと話そっか」

「……そうね」

俺が今言いたいことはここまでだ。もうこれ以上の言葉は出てこないし、俺の腹はもう決まった。

俺は雪ノ下と由比ヶ浜の関係をどれほど知っているのだろう。一緒に泊まるぐらい仲が良いことは知っているが、どれだけ踏み込んだ関係になっているのかまでは知らない。その二人はこれからどんな言葉を交わすのか。

わかるのは、俺が思いを告げると話したことで二人の関係も変化するかもしれないということだけだ。

二人の間に俺が入ることはできないし、彼女たちの考えを強制的に変えさせることもできない。

なら俺にできるのは、二人が俺と同じものを信じてくれるよう、同じ方向を見てくれているよう祈ることだけだ。

「……外で頭冷やしてくるわ。葉山と一色が戻ってくる頃にまた来る」

「ええ。……待ってるわ」

「またね、ヒッキー」

短い挨拶を交わす二人の目はもう潤んでいなかった。

「おお、また後で。…………その、本当に……ありがとな。戯言を聞いてもらって」

「お礼なんかいらないわ。それに、戯言なんかじゃない」

「そうだよ。聞きたくないって思ってたけど、それでも、ヒッキーの気持ちをちゃんと聞けて、よかった」

そう話す二人の表情を、声を、温度を、感情を。胸の内にしっかりと仕舞ってから、生徒会室の扉を閉めた。

部屋を出て数歩ほど歩いたところで、必死に堪えていた理由のわからない涙が僅かに滲み出たが、拭うことなく足を動かし続けた。


☆☆☆


先輩はわたしの姿を見つけると、意外そうに目を瞬かせながら近づいてきた。

「なんだお前、戻ってたのか。なんでこんなとこにいんだ?」

先輩はさっき聞いたような熱い感じじゃなくて、いつもと変わらない話し方みたいだった。でも、目がちょっとだけ赤いですよ。

そうか、わたしが聞いてたことは知らないんだ。わたしも盗み聞きしてたと思われたくないし、わざわざ知らせる必要はないかな。なんとか誤魔化しちゃおう。

「あ、いや……。ちょっと景色眺めたくて。キレイな夕焼けだなーと」

うぅ、超怪しい。大丈夫かな……。

「……そっか。確かに、綺麗だな」

目映さに目を細める先輩の横顔は、今までの先輩とは違うものに見えた。そう見えるのは先輩が変わったから?それともわたしが変わったの?

よくわからないけど、見た目的にはちっとも格好いいと思ってなかった先輩が、このときは少しだけ格好良く見えてしまった。

「……どうしたんですか?」

「どうしたって、何が」

「先輩こそなんでこんなところに来たんですか?」

きっとあの後、いくつかの話が続いてから先輩だけがここに来たのだろう。最終的にどうなったかなんてわたしには全然想像もつかない。

「ちょっと、頭冷やそうかと思ってな……」

「なんか元気ないです?」

「あ?そりゃお前だろ。声にいつもの張りがねぇぞ」

いつも通りにしてるつもりだったのに、できていなかったらしい。わたし、自分が思ってるほど演技うまくないのかも。

「いや、まぁいろいろありまして……。でも先輩も十分元気ないですよ」

「あー、まぁ俺もいろいろあってな……」

「そうですか……」

「ああ……」

二人並んで沈みゆく太陽を眺める。さっきはここにいる理由を誤魔化したくて言ったことなんだけど、改めて眺めてみるとほんとにキレイだ。

先輩は何も話さない。わたしも黙ったまま。たぶん先輩は今、わたしのことを考える余裕なんてない。結衣先輩と雪ノ下先輩のことで頭がいっぱいなんだろうな。

ズキンと、胸のあたりが痛んだ。気をまぎらわせるために思い付きで質問を投げ掛けることにした。

「何、してるんですか?」

「ボーッとしてる」

「イベント終わって燃え尽きちゃいましたか?」

「あー、そうだ、イベント。うまくいってよかったな」

「なんで他人事なんですか。先輩のおかげでもあるんですよ?」

「俺は別に、なぁ。俺じゃなくてもやれることしかやってねぇからな」

「いいえ、そんなことないです。そもそもなんですが先輩がいないと、この生徒会のメンバーになってませんから」

お互い顔を見ずに、風景を眺めながら話し続ける。視界に人は誰もいないし、人工的な音も聞こえない。なんだか世界に二人だけになったみたいな気分だ。

「そんなことないだろ」

「……そんなことありますよ。少なくとも、わたしは」

「はぁ?お前は葉山がいるからそうしたんだろ」

「それも理由の一つですけど、それは決定的な後押しですね。わたしは先輩が入ることになるって言ったときからそうする気でしたよ」

先輩がわたしに生徒会長にならずに済むって言いにきたとき、そうしようかなって考えが頭に浮かんだ。

奉仕部がなくなるって、生徒会に移るって聞いて、わたしもその中に入れるのかなって思った。

「はー、そうなの……」

「なんですか、その反応」

「いや、なんて言うべきかよくわかんねぇ」

「まったく先輩は……。まぁとりあえず、イベントの成功には先輩も多大に貢献してるんですから、他人事みたいに言わないでください。寂しくなります、そういうの」

「……わかった。でも俺もイベントうまくいってよかったと思ってるよ。一色の考えたシナリオがよくできてたお陰だ、お前に頼んでよかった。俺がやりたくないから適当に押し付けただけなんだけど」

「ちょっと、最後に台無しになるようなこと言いませんでした?」

「やー、それが本音なんだな」

先輩は悪びれることもなくろくでもない真実を語った。わたしのことを信じてくれてるのかも、とか思ったのに……。

「馬鹿正直ならなんでもいいってもんじゃないですよ。ちゃんと使い分けてください」

「いや、俺結構嘘もつくしホラも吐いてるぞ」

「肝心なところではちゃんと自分の本音話してるじゃないですか」

さっき、みたいに。

「……でもそれが先輩っぽいので、やっぱりそのままでいいです。一応ちゃんと褒めてもくれましたし」

押し付けようとしただけっていう理由はともかく、お前に頼んでよかったとか、わたしにとって最高の褒め言葉だ。頭がフットーしそうなほど悩んだ甲斐があるってもんです。

嬉しくて仕方がなくて、顔がニヤけてしまいそうになったけど必死に押しとどめた。

「……まぁ俺はどこまで行っても俺だからな。俺にしかならねぇよ」

「……そうですね」

会話が途切れまた静かになった。先程よりもはっきりと日が傾き、少しずつ薄暗くなり始めている。

このまま太陽が完全に沈むまで二人で眺めていたいけど、そろそろ生徒会室に戻らないと。

最後に、わたしの気持ちが昂っているうちに、何かに突き動かされているうちに聞けることを聞いておきたい。先輩にも踏み込むんだ。そう思って口を開いた。

「先輩は……どうするつもり、なんですか?」

「なんの話だよ」

「結衣先輩と、雪ノ下先輩のことです」

先輩が驚いた顔でわたしを見つめる。わたし自信も驚きたい気分だ。これを聞いてわたしはどうしたいんだろう。

確認したって自分が傷つくことになるのはわかってるのに。

「どういう意味だ」

「意味って、そんなの言うまでもないじゃないですか。見てればわかりますよ、三人とも」

「……そうなのか」

「先輩は、その……どっち、なのかはわかりませんけど」

「…………どっち、か。一応、決まってるんだけどな」

「じゃあ何もたもたしてるんですか」

なんでわたしは後押しするような、焚き付けるようなことをしてるんだろう。こんなことしたいんじゃなくて、外堀を徐々に埋めていくように慎重に近づいていきたいのに。

わたしはもっと周到で狡猾で、駆け引きも計算も上手だとか、そんな風に思ってたのに。こんなの、全然わたしらしくない。先輩たちと話すと、全然わたしの思うようにできなくなる。

……そっか。他人と真剣に向き合うって、計算とか打算でやれることじゃないんだ。

計算高いのをわたしらしいってずっと思ってきたけど、それはわたしがちゃんと人と向き合ってなかったからできたことなんだ。

なら今はこのまま、わたしの感じるまま続けてみよう。その先にきっと、わたしの知らないものがあるはずだから。

「いや、あの……。ただ、怖いんだよ。他人の気持ちなんてわかんねぇから、俺」

「わかんないですかねー?わかりやすい人もいると思うんですけど」

「……俺は過去にそうやって何度もまちがってきたんだよ。勘違いを繰り返して、その度に嫌んなるほど後悔して、それでもう期待すんのはやめたんだ」

先輩は自分を責めるように唇を歪めながら話す。

過去に先輩を勘違いさせた人たちの中には、きっとわたしのような人もいたんじゃないかと感じた。そう考えると、これまでわたしがなんとも思わない男子にしてきたことが酷く残酷な行為に思えた。

すると、感じていないこともなかった罪悪感がみるみるうちに肥大して、収集のつかない自己嫌悪に陥りそうになった。

でも反省と後悔なら後だ。先輩の過去はわたしのしたことじゃないけど、その原因となっているトラウマを少しでも解消してあげたい。

今先輩のためにわたしが何かできるとしたら、それしかない。

「なるほど。自己防衛のためなんですね、それは」

「ま、ただの腐った予防線、言い訳だ。それはもうしない。あとは……」

「勇気、ですね?」

「……かな」

最後の一歩は、他人の想いと向き合うための自信と勇気。それなら、わたしにも。

「そうだ先輩、わたしがあげましょうか、それ」

「は?どういうこと?」

「いいから、黙って目閉じてください。一瞬で済みますから」

「なんだよいったい……。これでいいのか?」

先輩は言われた通りに黙って目を閉じて立っている。えぇー……なんか、無防備だなぁ。根はスゴい素直なのかな。

「まだか?」

いけない、早く済ませちゃおう。

引いていた顔の熱が再度こもるのを感じつつ、右手の人差し指で自分の唇を触った。

そして、その指をそのまま先輩の顔に向けて伸ばす。

「えいっ」

先輩の柔らかい唇とわたしの人差し指が触れ合う。

とくん、と胸の音が聞こえた。

「んなっ!?」

先輩は目を見開いて後ろに飛び退いた。

「なな、何、今の……」

泡を食ったように狼狽えた先輩は、自分の唇の辺りで手をわさわさと動かしている。

「見てわかりませんか?わたしの指です」

わたしは人差し指を突き出して腕を伸ばしたままだ。

「なんでそんなこと……」

「先輩は、わたしが誰にでもこんなことする子だと思ってますか?」

「い、いや。これはさすがに誰にでもとは思わねぇけど」

よかった。お前ならやりそうとか言われたら全然意味ないところだった。

「つまりですねー、わたしがこんなことしたいって思うぐらいには、先輩のこと素敵だなって思ってるってことです」

「…………そうなの?」

「そうです。だから、自信持っていいです。今の先輩は……素敵です。勘違いなんかしてません。ちゃんと、自分とだけじゃなくて、人の想いとも向き合ってあげてください」

ああ、言っちゃった。先輩は決まってて、人の想いと向き合っちゃったら、あとはもう。

「……そっか」

「勇気、湧いてきました?」

「怖いのはそういうことじゃねぇけど……ああ。もらったよ。さんきゅ、一色」

「ならよかったです。先輩が思ったことなら、そう感じたんなら、それは全部本物ですからね?」

言うと先輩の動きがピタリと止まり瞬きの間隔だけが早くなった。んん?変なこと言いましたかね?

「もしかして…………聞いてた?」

あ、しまった。モロに言ってた……。あれを聞いてから、わたしは言おうともしていないことが口から出てばかりだ。

「あ。えーと……割と普通に漏れてました」

「マジかよ……。忘れてくれ、つっても……」

「無理、ですね。忘れられませんよ」

できるだけ真剣な口調で話す。

わたしの心によほど深く残ったのか、さっきは意識せず口に出してしまったけど、この言葉はたやすく口にしていいほど安いものじゃない。

きっと先輩が絞り出すように、考えて悩み抜いた末の言葉なんだから。

ましてや先輩をからかうように口にしたりなんか、わたしも絶対にしたくない。既にわたしにとっても大事にしたいものになってるんだから。

「だよな。忘れろって言われても忘れられないことってあるもんな。でも恥ずかしいんだよ……」

「わかってます。さっきのはちょっと……つい、うっかり」

ほんとは葉山先輩も聞いてたんだけど、絶対に言わないほうがよさそうだ。先輩が恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。

「……そうか、ならいい。俺はそろそろ生徒会室戻るけど、お前は?」

「あ、わたしはもうちょっとだけここにいます」

なんかさっきも同じこと言った気がするけど、気分をもう少し落ち着けてから戻ろう。相変わらず寒いけど、内側ではまだ燃えそうな何かが燻っている。

「そうか。ほんとちょっとにしとけよ、ここ寒いし。風邪引くからさ」

「…………はい、ありがとうございます」

葉山先輩と同じような気遣いの台詞が返ってきて、少し複雑な気持ちになった。やっぱり二人は似た者同士で、通じあってるんじゃないですかねー。

「またな」

先輩はポケットに手を突っ込んで歩き始める。離れていく背中を見ていると、もう一つだけ伝えたくなった。

曖昧でも不確かでもない、今のわたしが自信をもって言える確かな想いを。

「先輩」

「ん?」

「この生徒会はわたしにとっても大切な、大好きな居場所なんです。だから先輩。ちゃんと守ってくださいね」

話すとき、自然と笑顔になれた気がした。作らない笑顔なんて久しぶりかも。

「……おお。俺もそんなの御免だからな。やれるだけはやってみるわ」

やれるだけとかじゃなくて、絶対って言って欲しかったな。やれるだけやっても、それで壊れちゃったらどうしてくれるんですか。責任とってくれるんですか?

そう言いたくなったけど抑えておいて、すぐにまた会うことになる先輩に別れを告げた。

わたしの大切なものなんだから、先輩だけの責任にしてちゃダメだよね。

それに、どうせ責任をとってもらうんならもっと別のことがいい。先輩はわたしに大変なことをしちゃってるんですから。

先輩が扉の向こうに消えるとまた一人になった。日が沈みきるまで後少しだ。

朧気にしか見えなくなった街並みを背後に空を見上げる。心の空白を埋めるように、背中のほうから切なさと遣り切れなさが込み上げてきた。

生徒会だけじゃなくて、先輩の頭の片隅にでもわたしの居場所があるといいな。

わたしらしくない、慎ましくてささやかな願いを消えかけた太陽に向けてみる。

けどやっぱり、葉山先輩にも先輩にも、わたしの入れる隙間はないんだということを改めて自覚すると、さすがに悲しくなってきた。

これが一年の差、なのかなぁ。なんでわたしは同級生じゃないんだろ……。

いや、どうしようもないことで悩んだって不毛なだけだ。なら先輩たちが持っていない、下級生であることの、後輩であることの利点を考えてみよう。

そう思って頭を働かせてみたけれど、ちっとも思い付かないし考えはまとまってくれない。

「…………はぁ。何やってんだろ、わたし……。全然っぽくないなー。超損してる気がするよ……」

おもわず溜め息と愚痴が漏れてしまった。まぁいっか、今は一人だし。

手すりにもたれ掛かり下を向くと、右目から一滴だけ涙が零れ落ちた。

あれ、さっきは涙なんか出なかったのに。

……もしかして、そうなのかな。

自分でも未だによくわかってないんだけど。

今はこの涙一滴分の差だけ、あっちのH先輩が好きなのかも。

うん。今はそう思うことにしておこう。

目尻をすっと人指し指でなぞり、前を向く。

心の中で自分を鼓舞する魔法の言葉を呟いて、わたしの大事な場所に戻ることにした。

どうせあの三人はわたしと葉山先輩に気を使わせないようにとかって、いつも通りでいようとするに違いない。ならわたしもできる限りいつも通りでいられるようにしないと。

自分の大事な場所を守るのに人に任せっきりでいいわけないんだから、自分でもちゃんとやれることをやらないとね。

「うぅ、さむさむっ!」

不意に肌を刺すような空っ風が吹き荒び、慌てて校舎に向かって走る。

扉の隙間へ身体を滑り込ませるようにして入ると、冷たい風はもうわたしに届かなかった。


☆☆☆

ちょっと短いけどキリがいいのでここまで

俺乙
今度こそ後2回で一旦終わり
1回で最後まではたぶん無理なので

ではまたそのうち

おつです今回も面白かったです 次も楽しみにしてます

乙です!

おつ

乙です

乙です
いろはかわいすぎんだけど

ようやく追いついた
更新待ってます



「ふー、あったかーい。あれ、わたしが最後ですか?」

生徒会室の扉が開き最後の一人が入ってきた。部屋とは違う温度の冷たい外気とともに、メンバー中唯一の後輩が持つ柔らかい空気も一緒に運ばれてきたように感じる。

「ええ。これで全員集合ね」

一色がコートとマフラーを脱いで席につくのを待ってから、雪ノ下が皆を見渡した。

あれ?こいつマフラーの巻き方こんなだったっけ。あんまり覚えてないけど前と違う気が……。まぁいいや、大したことじゃないし。

「みんな、お疲れ様。イベントをなんとか成功に導けたのはあなたたちのお陰だわ。本当にありがとう」

そう言う雪ノ下の穏やかな微笑みを見て、やっと終わったんだなとようやく実感することができたが、それは俺以外のメンバーも同様だったようだ。

互いに控えめな笑顔で、くすぐったくなるような視線を交わした。

「いえいえ、雪ノ下先輩が一番大変だったんですから。まぁわたしも頑張りましたけど?」

「そうだな。いろはも結衣も比企谷も、みんな頑張ったのは知ってるよ。今はそれでいいんじゃないか」

誰が大変だった、いやそんなことはない、あいつのほうが。

そんな謙遜は必要ない、そんなことはみんなわかっていると葉山は言っている。今はただ各自が思いを抱えて余韻に浸ればいいのだと。

俺も同感だ、少し余韻に浸らせてくれというかのんびりさせてくれ。いろいろありすぎて激しく疲れた。

主に精神が磨耗してもうマジしんどい。いや、ちょっと枕に埋まりたい気分といいますかね、ええ。



空中廊下で一色と会話をしてから恐る恐る生徒会室に戻ると、雪ノ下と由比ヶ浜はいつものように俺を迎えてくれた。

二人の腫らした目だけがいつも通りじゃなかった。胸の痛みを飲み込んで、申し訳ないと心の中でだけ謝っておいた。

あれからどんな会話を交わしたのかは当然聞けず、向こうも話してくれなかったのでわからずじまいだ。

俺はあいつらのことをわかりたいけど、少なくとも今は、これはわからないままでいいんだと思う。こうしていつも通りでいてくれるなら、二人はそうすることを選んだということだ。

彼女たちに負担をかけているかもしれないのはわかっているが、そうせざるを得ない原因を作った俺が謝ったり気を使ったりするのは二人に失礼だ。

だから俺はこのことに関して、口に出して謝るつもりはない。俺が今やるべきことはそんなことじゃない。

ただ、こんな状況を終わらせる責任はもちろん俺にある。このままの状態を長く続けるつもりもないから、早目に行動しないとな。

そんなことを考えているうちに葉山が、そして一色が戻り現在に至る。

今は雪ノ下が全員の分の紅茶を淹れるのを女子たちはかしましく、葉山と俺は黙って待っているところだ。それぞれ特徴的というか一部独創的な入れ物に紅茶が注がれると、温かい香りが立ち生徒会室にくつろいだ雰囲気を作った。

この部屋にいる全員が、お互い何を考えているかなんて本当のところはわかっていない。

奉仕部組の俺たち三人はもとより、一色だって、葉山だって何かを抱えてここでこうしているに違いないんだ。

言いたいことを全て言えていなかったとしても、とても心地好い。そう感じてしまうほどにこの部屋は暖かかった。

しばしの間、終わってしまったイベントについての歓談と生徒会執行部としての後始末を続け、時間もいい頃になると雪ノ下が軽い咳払いをして口を開いた。

「それでは……どうしましょうか。このまま解散でいい?」

雪ノ下が首を傾げながら皆に問いかける。

「え?打ち上げしないんですか?」

「そ、そうだよみんな、打ち上げしよーよ、打ち上げ。兼クリスマスパーティー的な」

由比ヶ浜と一色がさも当然とばかりに打ち上げなるものを行うべきだと主張する。何を打ち上げればいいんですかね……。

「いや、俺もう今日は帰りたいんだけど。用事もあるし」

といっても、ちょっとしたものとチキンを買って帰って小町と食うだけなんだけど。だけ、とはいえ俺にとっては結構重大な行事である。

「えぇ!?先輩、クリスマスに用事あるんですか!?」

一色が机に手を突いて立ち上がり喚き始めた。なんでお前が驚くんだよ……。 

「いや、用事というか家族で過ごすというか……。てかお前もクリスマス予定あるとか言ってなかったっけ?」

記憶が確かなら予定が入るに決まってるとか言ってたはずだ。そんで、けっ、このゆるほわビッチめとか思ったはずだ。まったく酷いこと考える奴もいるもんだな、誰だよいったい。

「え?あ、えーと、ですね……。こ、今年は打ち上げとかやるだろーなって空けといたんですよ!文句ありますか!?」

「いや、別にないけど……」

「でも、私もさすがに疲れたわ。申し訳ないのだけれど、今日はゆっくり休ませてもらえないかしら……」

雪ノ下はこめかみに手を当てて長い息を吐いた。うたた寝するほど寝不足気味だったみたいだしなぁ。

打ち上げだとはしゃぐ気分でもないだろう。いや、元気だったとしてもはしゃぐ姿は全然想像できねぇな。

「あーそっか。ゆきのんしんどいよね……ごめん。じゃあさ、みんな明日はどう?」

「明日なら私は別に構わないわよ」

「俺も別になんもねぇな」

「わ、わたしも空いてますね一応」

由比ヶ浜を含めた四人が25日は予定なしということだ。それはそれで健全な高校生としてどうなんだという気がしないこともないが、この中の誰が予定ありと答えても俺は不快感を覚えてしまいそうなので、内心ではほっと胸を撫で下ろしていた。

「隼人くんは?」

「俺は、ちょっと……。どうするかな……」

だが最後の葉山だけは口ごもって言葉を濁した。裏切り者……じゃないよな、こいつは。家族との用事とかじゃなければ、どうせいらんこと考えてるんだろ。

「あ?葉山来ねぇの?お前がいないと俺が男一人で辛くなるんだけど」

別に葉山と打ち上げなんか行きたくはねぇんだけどな、本気で。

でも女子三人と俺一人はどう考えても無理だ。

それなら葉山でもなんでも、なんなら材木座でもいてくれたほうが有り難い。いや材木座と二人じゃ状況変わる気がしねぇな。

「そう言われてもな」

「用があるんならいいけどよ。別にないならせっかくだし、……その、なんだ。生徒会の打ち上げって名目なら別に角も立たねぇだろ。クリスマスなのはたまたま、偶然だ」

きっと葉山はクリスマスに特定の誰かと過ごすのを躊躇っているのだと、勝手に決めつけてフォローしてみた。

こいつがそういうことやっているのは、噂とか教室内で聞こえてくる会話でなんとなく知っている。

野暮な噂が立ったりするのを嫌がっているのかもしれないが、女子は三人でさらに人畜無害の俺もいて、同じ生徒会のメンバーという括りがあるならそう気にすることもないのではなかろうか。

なんか俺が葉山を一生懸命誘ってるみたいで正直不愉快だが仕方ない。女子三人と俺一人に決定したら俺は辞退する所存だし。

「……なるほど。結衣、場所はどこでやるつもりなんだ?」

「んー、よく考えてなかったけど……あんまし街中じゃないほうがよかったりする?」

「我儘言うようだけど、できれば。あんまり知り合いと会いたくはない、かな」

「うーん、どうしようか?」

由比ヶ浜が腕組みをして頭を捻る。んだよ葉山、めんどくせぇ奴だな。出掛けて知り合いと会いたくないとか、こいつは俺か。ってことは俺もかなりめんどくせぇ奴だな。

「そ、それなら、みんながよければだけど……。私の家に来る?」

四人の視線が一斉に雪ノ下に集まった。その台詞を口にした当人は余程恥ずかしかったのか勇気を振り絞ったのか、派手に頬を赤らめて顔を逸らしている。

「……雪ノ下さん、いいのか?」

「え、ゆきのんいいの?」

意外な提案に葉山と由比ヶ浜が同時に確認を取ろうとした。そう問いたいのは当然俺もなので、さぞや怪訝な顔をしていることだろう。

「……ええ、あなたたちなら構わないわよ。迷惑になるほど騒がしい人や場をわきまえない人はいないことだし。葉山君もそれならいいでしょう?」

「問題ないけど……。少し、気が引けてしまうな」

「そんな必要ないわ、特別な意味なんかないから。ただ場所を提供するだけだもの」

あくまで場所を提供するだけに過ぎないことを強調する。それは実際に言っている通りなんだろう。

だがそれ以前に、打ち上げとかそういうことに協力的で、家に他人を上げることまで許すとは思わなかった。これまでの雪ノ下を知っていればなおさらだ。

「……そうか。なら、お邪魔させてもらうかな」

「あのー、雪ノ下先輩のおうちってどんなんです?勝手なイメージなんですけど超広そうですよね」

「広いよー、超キレイな高層マンションだし!しかも一人暮らしだよ!」

一色の疑問に何故か由比ヶ浜が自慢気に答える。

「えー!?高校生で一人暮らしとか、なんですかそれ。どこの階級の人なんですか……」

「……いろいろとあるのよ。では明日のお昼ぐらいからでいいのかしら?場所は由比ヶ浜さんと比企谷君が知っているから迎えはいいわよね?」

「あ、んじゃあたしたちは駅に集合で、買い物してからゆきのんちに行こっか」

「それなら私も駅に行くわ。買い物なら一緒にした方が効率が……いえ、頼りになる荷物持ちもいることだし」

「そこで俺を見るな。わざわざ感じ悪いほうで言い直すな」

幾度も繰り返された軽妙な?やり取り。そこに違和感はない。

けど、不思議だ。こういう会話ができることが。先ほどあんなことを話したばかりなのに。

「何食べますかねー?あ、雪ノ下先輩のおうちって調理器具どんなのがあります?」

それからすぐに解散とはならず、全員で明日の打ち上げ内容についての会議が行われることになった。

何を持っていくだの、何を食べたいだのということが女子中心で話し合われ、次々と決められていく。

そもそも打ち上げとかクリスマスパーティーって何すんだ?という俺の根本的な疑問に対してまともに答えられる人間がいなかったのが若干不安だ。

何度もやっていそうな由比ヶ浜とか葉山ですらはっきり言えないってどういうことだよ。

行くことに決まってしまっているので今さら抗う気はないが、俺はちゃんと打ち上げの空気的なものに混ざれるのだろうか。最悪、黙ってなんか食いながら時間が過ぎ去るるのを待つことにしよう。

こんなことを普通に考えるあたり、ぼっちではなくともリア充になるのは絶対無理だな。別になれなくていいけど。

それから生徒会メンバー以外で手伝いをしてくれた連中のことにまで話が及び、そいつらにもちゃんとお礼をしないとという流れになった。小町や戸塚、三浦たちもろもろのことだ。

だが、それらのメンバーで遊びに行くとなると人数や構成がカオスなことになるし、とても全員の予定が合うとは思えなかったので今回は見送って生徒会のみで実施。ヘルプ要因に関してはまた別途考えようということで話がまとまった。

明日の細かい時間や予定があらかた決まると、ようやくお開きとなった。

あれの直後、舌の根も乾かぬうちの全員集合であり、生徒会の様子はどうなることやらと危惧していたが、最後まで不穏な空気や気まずい雰囲気にはならなかった。

雪ノ下も由比ヶ浜もあんなことを話して涙まで流した後なのだから、すぐに完璧に切り替えることはできないと思う。それは俺だって同じだ。なら、程度の差はあれど無理をして普段通りに振る舞っているに違いない。

それなのに、取り繕って上滑りするような会話でもなく、居心地の悪いものにならなかったのは何故だろうか。

修学旅行の後にあった、あのなんとも言えない緊迫した張りつめた空気は今と何が違ってそうなっていたのだろうか。

人数?メンバー?心境の変化?状況の違い?嘘の有無?本音で話したから?

帰りながらも考えてみたけど、俺に明確な答えは出せなかった。きっと答えは、いろいろ、だな。そうに違いない。

人の関係や感情はほとんどが単純に割り切れないものだ。1か0で表せるようなものでもない。俺はここ最近でそれを学んだ。

考えなきゃいけないことは他にもあるからな。今の俺にとって最も大事なことが。



予約していたチキンを受け取り、他にも寄り道をしてちょっとしたものを買って帰った。家に着く頃には、恥ずかしいことをして死にたくなるような気分は少し落ち着いていた。

うん。小町のアドバイスとか後押しは、もう必要ないかな。

今は他のことは全て後回しにしておこう。あとはタイミングと状況を見計らって、俺の思いを伝えるだけだ。

そのタイミングとやらが、俺には成功体験がないのもあり悩ましいところではある。

とある悲しみの過去の記憶によると、自分で想定するようなシチュエーションにはならないからイメージトレーニングは無意味らしい。俺の幻想は殺される前から死んでいる。

要は行き当たりばったり、出たとこ勝負である。今日みたいな。

練習に練習を重ねたって、どうせ大事なとこでトチるのが俺だ。なら俺の思うままに話そうと、そう開き直った。

小町との団欒を終えて風呂に入り、自室のベッドに倒れるように横になる。

体はとても疲れているはずなのに全然寝付けくことができず、クリスマスイブの夜はゆっくりと更けていった。


☆☆☆

>>822
時間が過ぎ去るる
→時間が過ぎ去る

ダメだ眠い
続きはまた起きてからで
さーせん

起きたらまだ続くのか、幸せだなおい!

途中かもだけどおつです 次も楽しみにしてます



あんまり寝られなかったけど、寝覚めは悪くなかった。

今日はクリスマス。ゆきのんの家で、生徒会のみんなで打ち上げという名のクリスマスパーティー。

こんなのあたしが楽しみにしないわけがない。そのはず。だから、あたしは元気。

「おはよー、ママ」

「あらおはよう、結衣。今日はゆきのんちゃんのところでパーティーなんだよね?」

ママは今日もいつも通り、のほほんとしながら朝御飯を作っている。

変わらないその温厚さは、あたしが嫌な気分だったり沈んでたりしてても同じで、いつもあたしを救ってくれる。悩んでることがバカみたいに思えちゃうんだ。

あたしは悩んだっていい考えなんて思い付かない。みんなが仲良くやれるように、何をなのかわかんなくてもとりあえず頑張ってみる。あたしにはそれしかできないんだから。

「うん、そだよー」

「当然ヒッキーくんも来るのよね?」

「そ、そりゃ同じ生徒会のメンバーだし、くるよ」

ゆきのんちゃんとかヒッキーくんとか、あたしがちゃんと名前言わないのが悪いんだけど、ママはあたしの呼んでるあだ名のままで話す。

変だとは思うけど、ママっぽいしなんかカワイイから特に直してほしいとは思ってない。

で、家でゆきのんとヒッキーの話ばーっかりしてるから、あたしがヒッキーのこと好きなのはとっくにバレてる。でもママはどうなってるの、とかは一切聞いてこない。

ママに相談するのはなんか違うし、恥ずかしいからあたしも今のところしてない。たぶん、あたしが話そうとするまで、ママはいつまでも待ってくれてるんだろうな。

自分のママながら、優しいよね。あたしもママみたいに優しくなりたいな。

でもあたしはたぶん、なれないんだ。

「あ、パーティーは昼からだけどあたしは朝から行くよー。ちょっと準備とかいろいろするんだって」

昨日の夜、寝る前にゆきのんからメールがきた。クリスマスパーティーも兼ねるなら少し部屋を飾り付けたいから、悪いけど手伝ってもらえないかって。

ゆきのんからメールでお願いごとをされるなんて初めてだった。だから嬉しくて、すぐにオーケーの返事をした。

昨日も思ったけど、ゆきのんはみんなへの態度も柔らかくなりつつある。

打ち上げの場所に自分の家を使っていいって言うとか、前のゆきのんじゃあり得ないもん。生徒会長っていう立場とか、そういうのも影響してるのかな。

「そうなの?じゃあ朝御飯食べたら出掛ける?」

「そのつもりー」

「あらあら。じゃあ準備するわね~」

わかったーと返事をして姿見の前に向かった。慣れた手つきでお団子を作り、櫛で髪をとかしながら鏡に映った自分を眺める。

笑えてるかな、あたし。

今日も笑えるかな。

昨日、ヒッキーの願いと本音を聞いた。聞きたかったけど、聞きたくなかった。

だって無理だもん。頑張るけど、きっと無理。

あたしはみんなと一緒なら十分なのに。それがいいのに。約束ならもういいってちゃんと言ったのに。ゆきのんもそうして欲しいって言ったのに。

でもヒッキーはそれじゃダメだって。前に進むにはそうしてちゃダメだって。

前って、何?あたしにはこれ以上なんかないよ。

ゆきのんとは恨みっこなしで、これまで通り普通にして答えを待とうって話になった。あんまり具体的な言葉は二人とも使わなかった。無意識にか意識的にか、自然と避けるようにしてたんだと思う。

それから二人でヒッキーの悪口とか、いいとことか言い合って、いっぱい泣いた。あたしの方がたくさん泣いてたけど、ゆきのんも泣いてた。

あたし本当はわかってるんだ。ほんとのゆきのんはあたしみたいに優柔不断でもなくて、いつまでもみんな仲良くとかそんなこと思ってなくて、ヒッキーみたいにちゃんと決めることのできる人だって。

今はちょっと、どうしていいかわかんなくて弱気になってるだけ。だから、そのうちゆきのんもちゃんと向き合って受け入れようとするはず。

でもゆきのんは、友達だって言ってくれた。あたしも言った。

言ったけど。

きっとヒッキーが選ぶのは。

ううん、そうじゃない。

あたしが選ばれたとしても、選ばれなかったとしても、もう───。

「結衣ー、朝御飯できたわよ~」

「……あ、うん。今行くー」

暗く深く沈んでいきそうなところをママの声で引き戻され、慌てて返事をする。

ママのところへ行く前に、最後にもう一度鏡の中の自分に向けて笑いかけてみた。

よかった。鏡の中のあたしはちゃんと笑えてるように見える。

あたしにできることなんて限られてるんだから、笑わなきゃ。みんなで楽しく過ごすために、バカみたいなこと言って、バカみたいに笑って…………。

やっぱりあたし、ダメかも。

ママみたいに優しくなりたいけど、きっとなれないんだ。

あたしは嘘つきだから。


☆☆☆


柄にもなく、少し浮かれているのを自覚した。

葉山君の要望もあったとはいえ、我ながらよくあんな提案をしたものだ。

これは、あれかしら。生徒会長になったから、上司が部下を家に招くような…………違う、わよね。

私は、イベントで支えてくれた四人に、助けようとしてくれたみんなに何かお礼がしたかったのだ。

言葉では簡単に伝えたけど、それだけではなくて私にできることがないかと思っていた。そこへあんな話をしてたから、思い付きで。

彼を含めた生徒会のみんなが家に来るということで、昨日の夜帰ってきてからすぐ、他人の目に入れてはいけない私のイメージに影響するようなものを押し入れに放り込み、念入りに掃除をした。

私の寝室まで入るようなことにはならないはずだけれど……まさかということもあるかもしれないから。このぬいぐるみ達ともしばしのお別れだ。ちょっと狭いけど我慢してね。

あとは、服。昨日脱いだものの洗濯物は終わらせておいたから、全部きっちり片付けて……と。

これでいいかしら。少し殺風景に感じるような気も……けどまぁいいか。

普段から片付けや掃除はちゃんとやっているし、これから飾り付けもするし、こんなものよね。

あとは由比ヶ浜さんにぬいぐるみのことを言わないよう念押ししておけば大丈夫。

昨日の夜はイベントで使った飾りを少し拝借して帰り、少しでもやっておこうと思ったけど家の片付けをしている途中で力尽きてしまった。

思ったよりも疲れていたのか、朝まで目が覚めることはなく、久しぶりに寝坊してしまいそうなほど熟睡してしまった。

私一人で全部はできないだろうと、早々に由比ヶ浜さんに応援をお願いしたのは間違いではなかったようだ。

昨日はそんな具合で、朝起きてからは由比ヶ浜さんが来る前に、中途半端だった片付けをしてしまおうと朝から精力的に動いていた。

そうしていろいろやっている間は、考えなくても済んだ。いや、考えないようにするためにいろいろやっていた。

そして今、由比ヶ浜さんが来るまでにやることを終えて手持ち無沙汰になった。空白の時間が生まれてしまった。

本当はそんな気分であるはずがないのに浮かれていられるのは、熟睡できたのは、考えないようにしていたからだ。

彼の言葉の意味を。彼女の涙の意味を。私のしたことの意味を。



先日、彼の慟哭を聞いた。私の無様で惨めな懇願は、彼には届かなかった。

私を置いていかないで。あれが私の本心だ。

気の緩みと日差しの暖かさからついうたた寝をしてしまい、二人の声で目が覚めた時には、彼の口から核心に迫る言葉が紡がれようとしていた。

まともな判断をする時間すらなく、慌てて彼の言葉を遮ってしまった。あの言葉の先にあるのは、彼が由比ヶ浜さんへさらに踏み込むためのものだと確信できたから。

最低だ。

彼の彼女への想いを感じていながら、よくそんなことができたものだ。

改めて考えるてみると、恐怖に近いほどの悔恨が体中を駆け巡り、胸に切り裂かれるような痛みが走る。

あの後、それでも私が普段通りでいられたのは由比ヶ浜さんの優しさがあったからだ。彼女はあくまで三人の調和を優先しようと、私を置いていかないようにしてくれているのがわかったからだ。

私の人生で二人目の、かけがえのない友達。

一人目は、もういない。私の不甲斐なさから失ってしまった。

あの後悔を二度としたくなくて、私は強くあろうとしたのに。変わろうとしたのに。

また間違ってしまうところだった。失ってしまうところだった。

彼が答えを出したいというのを、彼女を選ぶことを止められないのなら。

───違う、昨日のように無理矢理止めていいわけがない。彼女の優しさにいつまでも甘えていていいわけがない。受け入れないといけないんだ、失わないために。

私は二人を祝福しよう。友人として傍にいよう。

もちろん嫉妬がないわけじゃない。哀しくないわけがない。それはそれで多大な喪失感と痛みにうなされるだろう。

けど、それでも、かけがえのない友人をまた失ってしまうよりはましだ。私の居場所を失ってしまうよりは耐えられる。

私は寄る辺がなければ一人で立てない人間だから。


☆☆☆


柄にもなく、少し緊張しているのを自覚した。

雪ノ下さんの実家には何度もお邪魔したことがあるが、彼女が一人暮らしをしている家に行くのは初めてだ。

誕生日会だとかパーティーだとか、そういう理由で友人達と女子の家に行ったことは何度もある。

今日だってそれと同じだ。なのに、掌に冷たい汗が滲むのは俺のどういった感情からなのだろうか。



早く家を出過ぎたせいで、集合場所である彼女の家の最寄り駅には随分と早く着いてしまった。

まだ誰も来ていない改札前で一人佇み、駅の構内を眺める。彼女は毎日ここを通って学校に来ているのだなと考えてみたが、降りたこともある駅なので別に感慨深くもなんともなかった。

何もせずにぼんやりと待っていると、やがて見知った姿の女子が改札から出てきた。清楚で柔らかく感じる、実に女の子らしいシルエット。

「あ、葉山先輩。こんにちは、早いですねー」

いろはの態度は昨日の俺とのやり取りの後も、気にしていないのか、気にしていることを見せないようにしているのか、まったく変わらなかった。俺は後者だろうなと思った。

彼女は俺と理由は違えど、人と深く関わることをなるべく避けているように感じていた。

そうしたくないというわけではないだろうが、不必要に他人のパーソナルスペースに踏み込むことはしない子だと思っていた。

怯えか、恐れか、慎重なだけか、それともそういったものを知らないか。

その彼女が、おそらく比企谷の発言に影響されてだろう、踏み込みたいと言ってきて、実際そうした。

それに対して俺は、完全な拒絶をしたわけではないが、彼女への好意を否定するような発言をした。

ならば彼女が気にしていないはずがないと、そう考えた。彼女の中で、俺の及ぼす影響力が大きいと自負しているわけではないが、まったく気にならないような相手なら彼女はそもそもそうしてこなかったはずだから。

「少し早く出過ぎたかなって思ってたんですけど。待ちました?」

「いや、俺も今来たところだよ」

そうであろうとなかろうと、こう答えることが葉山隼人らしいからそうする。実際に待たされていたとしても、さほど腹も立たない生来の性格はこれに関しては好都合だ。

らしさというものは置いておいても、俺は普通にそう答えるかもしれないと思えるから。

「さっすが葉山先輩ですねー。素晴らしい答えです。どこぞの先輩なら超待ったとか言ってるとこですよ、絶対」

「はは。そうだな、あいつならそう言いそうだ」

比企谷と比較されるのは少しだけ気に障るが、口にも態度にも出さない。彼女の中で比企谷の存在も大きくなっているのは昨日はっきりしたから、仕方のないことかもしれない。

「でもー、それ、素ですか?それとも、そうするのが葉山先輩らしいからそう言ってるだけですか?」

いろはは俺を見上げながら、誰にも言われたことのないことを平気で聞いてくる。…………少し、やりにくいな。嫌ではないけれど。

「さぁ?どっちだろうね」

「わたしは葉山先輩なら、望まれなくても素でそう言ってくれそうな気がします。そんな葉山先輩は素敵だと思いますよ」

「…………あ、ありがとう」

何故か普通にお礼を言ってしまった。わざとらしい、いつものいろはの上目遣いならそうはしなかったと思う。

けどこの時のいろはは……彼女の言葉を借りるなら、素で素敵だった、かな。不思議な子だな、まったく。

それからは、話をしながら残りのメンバーが来るまでの時間を過ごした。踏み込んだものでも、探り合うようなものでもない、他愛のない会話。

そんな中でも、昨日の偶然盗み聞きする形になった彼の言葉については不自然なほどに出てこなかった。

あれに関して口に出されても、聞かれても返答に困るのが正直なところだが。

まるで道化のような生き方を続けている俺にとって、その言葉はとても印象深かった。驚愕、衝撃、呆然、動転。いくつかの感情がない交ぜになった表現しにくいものが胸に去来した。

本物。

そんなもの、あるのだろうか。

そう思いつつも一笑に付すことなど決してできなかった。

彼の求める本物が何を指しているのかはわからない。ともすれば彼自身もわかっていないのかもしれない。

それでも、彼は求めたのだ。今、自身が持っていないと感ずるものを。まやかしや欺瞞ならいらないと。前に進みたいのだと。

そう考えることができる彼のことを羨ましく思う。

俺がそれを求めるには、必要なものを失いすぎた。本来ならば自分の持ち物ではないものを享受しすぎた。そしてそれを今さら手放すことなどできない。

この生徒会に入ったことで、四人の知らなかった一面を数多く見てきた。

俺が深く関わらないから知らなかっただけなのか、変化があって新たに見せるようになったのか、その判断はつかない。

ただ、四人は俺と違って前に進もうと足掻いているのだと思う。俺だけがその場で足踏みを続けている。

今日、ずっと伝えることのできなかった、抱えていた思いを彼女に告げることができたなら。

俺も、前に進めるのだろうか。


☆☆☆

ここまで
次で最後のはず

なんかレス数的に無理臭いので次スレ建てるかなぁ
バラすと4ルートのエンドを書くつもりなので1000には入らないですねこれ
その場合は告知します

またそのうち

乙です
期待

おつ

おつです

こんだけ書いてるのにレスほとんどないとか辛くならんの?
読まれてないんだよ、つまんないから
俺の書いてるとこはレスいっぱいだし分けてあげたいわ

おつ!
楽しみ

>>852
死ね

>>854
そういうのってレスして欲しい作者の自虐自演だからな?

乙です
エンド多いな、期待

原作を読み込んでるのがわかって面白い
次の投下楽しみにしてる

今日このSSの存在を知ってここまで読んだ
最終話?直前で途切れてしまって、今すげえ悶えてる
どうせなら最後まで一気に読みたかった……ww

すごく読み応えが合っておもしろい
どのように締めるのか、期待してます

4ルートってことは雪乃エンド、結衣エンド、いろはエンドで残りひとつは葉山エンドかな?

さいです
もしかしたらおまけでもう一つ書くかも

八幡エンドか

奉仕部の2人選ばないルートもあるのか…2人ともあれ?ってなりそうだな

共通部は書き終えたけど個別エンドが全然進まん
もう少しかかるかも

めっちゃ楽しみにしてるんでがんばってくれー



一度来たことがあるはずなのに、そびえ立つタワーマンションを目の前にすると気圧されたように息を吸い込んでいた。

あの時は雪ノ下の具合が悪いと聞いて由比ヶ浜と飛んできたから、別の緊張感があって女子の家を訪問するという浮ついた気持ちはあまりなかった。

けど今はちょっとドキドキで手汗がヤバい。よく考えたら一人暮らしの女子の家を訪ねるとか、何があるかわかんねぇってレベルじゃねーぞ!いや、何もないけどね……五人もいるし。

あいにくの曇り空で今日は一段と寒いのに、両手に持ったスーパーの袋は俺の手汗でベタベタだ。全員の様子を見渡すと大荷物を抱えているのは俺と葉山だけで、女性陣はわりかし軽い荷物である。

これは別に持たされたわけではなくて、自ら志願したものだ。雪ノ下は昨日あんな軽口を叩いておきながら、普通に重い袋を持とうとしていたのでつい奪い取ってしまった。

これが、持って当たり前でしょう?みたいな顔をされると嫌じゃボケぇとか思わないこともないが、当たり前に自分で持とうとされると俺がやらないといけない気がしてくる。つまり、俺は安いプライドで生きている。

ここまでが計算だったら怖いが、雪ノ下に限ってはそんなことはないだろう。だってあいつ不器用だし。困るな、不器ノ下さん通称ぶきのん。この名前だったらきっとドジっ娘属性がついてる。

葉山はさらりと流れるように由比ヶ浜と一色から袋を受け取っていた。こんなところでも俺と葉山の対応力の差が浮き彫りになる。だが荷物を持っているという結果は変わらないので悔しくなんかない。



俺が集合場所に着くのと、雪ノ下と由比ヶ浜が連れ立って到着したのは同時だった。改札とは逆の方向から現れたことが気になったので尋ねてみると、由比ヶ浜は朝のうちから雪ノ下の家でいろいろと準備をしていたらしい。

それから五人でカゴ二つがいっぱいになるほど食材やらなんやらを買い込み、荷物を抱えちんたら歩いてようやく雪ノ下ハウスへの到着となった次第だ。

「じゃあ……どうぞ」

複数の鍵を開錠して先に一人入った雪ノ下が、中からおずおずと俺たちを招き入れる。

「おじゃましまーす」

各自が目の前の家主に軽い挨拶をしながら足を踏み入れた。玄関の三和土からして既に、一人暮らしの家の大きさのものとは思えない。靴何足置けるんだよこれ。

どういった事情があるのかは深く聞いていないのでよく知らないが、高校生の女子が一人でこんな場所に住んでいるというのはどう考えても普通じゃない。

やはり俺は、彼女たちのことをろくに知らないままだ。そう思い至った。ここ最近で思い知らされた。

だから、少しずつでも埋めていこう。縮めていこう。今日、苦手な打ち上げなるものに参加しようと思ったのは、そのための第一歩だ。

「おぉー。結衣先輩が言ってたのはこれですかー」

「へへーん、折角のクリスマスだしねー」

一足先に入った女子陣に続いて部屋に入ると、記憶では大きなテレビとカウチソファぐらいしかなかった簡素なリビングが、飾りに彩られてクリスマスパーティーの会場らしき姿へと変貌していた。

ただよく見ると飾りはちゃちいな。俺も少し作ったからわかったけど、これイベントで使ったやつだし。ということは大半が小学生によって作成されたものだからしょうがないか。

でも、素朴で温かみを感じる。なるほど、これが手作りの味というものか。そういえばほんのりと小学生女子の香りが……しねぇよこの変態が。

「雪ノ下さん、これ冷蔵庫入れるよね?」

「あ、ええ。比企谷君もこっちに来て」

雪ノ下についてキッチンに行くと、また明らかに一人暮らし用ではない大きさの冷蔵庫が鎮座していた。

…………もう疑問に思うのはやめておこう。キリがなさそうだ。

由比ヶ浜は勝手知ったるといった様子で食材を散らかしたり収めたりしている。こいつ結構ここに来てるんだな……。

持っていた荷物を二人に託してリビングに戻ると、一色はちょこちょこと歩き回りながらキョロキョロと辺りを見回している。

「おおお、ゆ、夢の3LDK!?バルコニーまで!?先輩、わたしこんなとこに住みたいです!」

「あ、そう……」

何をしているのかと思えば、間取りを確認していたようだ。え?来て最初にやることがそれなの?

一色はエレベーターで十五と書かれたボタンを押すときから大袈裟に騒いでいたが、部屋に入ってからのはしゃぎようはそれ以上だ。

「あー、でも一軒家も捨てがたいですね……。どっちがいいですかねー?」

「いや、どっちでもいいよ……。てかなんで俺に言うんだよ」

「あ、雪ノ下せんぱーい。バルコニーって出てもいいですかー?」

聞いちゃいねぇし。それにしても、一色がこんな子供みたいにはしゃぐのってあんま見たことねぇな。でもはしゃぐのが家の間取りって。

こいつとデートするならモデルルームとかがいいのか?なんか怖ぇよ……。いやその仮定がまずおかしいな。

「構わないわよ。でも高いから気をつけてねー」

妄想にセルフ突っ込みをしていると、子供に注意を促すような澄んだ声がキッチンから聞こえてきた。

一色はそれを受けて、はーいと間延びした返事するとバルコニーへ足を踏み出す。

「うっわたっか!眺め超いいー!」

「ほんとだ、家からこんな景色が見えるのはいいな。天気がよければもっとよかったんだろうけど」

いつの間にか葉山もバルコニーの傍で外を眺めている。俺は、えーと……このソファ座ってて、いいよね。いややっぱり許可をもらうまでは立っとこう。

「あれ、葉山先輩はここ来たことなかったんですか?」

「ないよ。当たり前だろ」

「へー。そうだったんですね」

「昔から家族ぐるみの付き合いがあるから、実家のほうはよく知ってるけどね」

「はー……幼馴染みってやつですよね。ちょっと羨ましいです」

「いろはにはそういう人はいないの?」

「いませんよー、だから憧れるんですって。実際にいたらそんないいものでもないかもですし」

「はは、そんなもんかもな」

どうしていいかわからず突っ立っていると、盗み聞きしようとしているわけではないのにバルコニーにいる二人の会話が聞こえてくる。周りを気にして話しているような素振りはない。

今まで特に気にしてはいなかったが、会話をする様子から、この二人の距離感も俺が知るものとは違っているような気がした。

一色からは、気を使いどこまでが踏み込めるラインか探っているような印象は受けない。

葉山からは、個人に関するあらゆる質問をはぐらかす見えない壁は感じない。

人の心は移ろいやすいと言うが、人の織り成す関係もまたしかり、ということだろうか。

近付いたり離れたりなんて、振り返ってみればきっかけすら思い出せない、あっという間の出来事なんだろうな。

「突っ立っていないで座ったら?」

飲み物とグラスを手にして現れた雪ノ下が、薄く微笑みながら俺にソファを勧めてくれた。

「えーと、じゃあ……」

おずおずとソファに腰かけてみる。まるで借りてきた猫だ。でも仕方ねぇだろうが、友達の家にお呼ばれとか記憶にないぐらい過去の出来事なんだから。

雪ノ下は飲み物を置くと、くすくすと笑いながらキッチンに戻っていった。挙動不審な俺を見て呆れたに違いない。恥ずかしい。

置かれた飲み物を飲んでいいのかもわからないので、座ったまま部屋を物色もとい見渡すことにした。

でかいテレビの下にあるデッキに目を向けると、以前見たディスティニィー関連のDVDが変わらずそこにあった。変わらずって思ったけどよく見たら増えているような気もする。

中でもパンダのパンさんシリーズが群を抜いて多い。相変わらず雪ノ下さんはパンさんにご執心のようだ。

「じゃーん、ほらほらヒッキー。これすごいっしよ」

由比ヶ浜が何やらかつまめる一口大の食べ物をテーブルに広げ始めた。

なんかパンやらクラッカーの上にいろいろ乗ってて、おぉ……なんだこれ、カナッペってやつか。すげぇホームパーティー感があるな。

「これ、由比ヶ浜が作ったのか?」

「作ったっていうか……あたしは乗っけただけ。さすがにあたしでもこれぐらいできるよ」

「へー……なんか、凄いな」

「ゆきのんがこういうの慣れてるっぽい。……実家でお客さんをおもてなしとか、よくあるのかもね」

「……かもな」

由比ヶ浜とともに、雪ノ下の知らない一面に思いを馳せる。でもこの場には似つかわしくないよな、こんな感傷は。

「これ食べていいの?」

「ま、まだダメだよ!みんな揃ってから!」

「あ、やっぱり?でもすげぇ旨そうだな。早く始めようぜ」

「……うん。もうちょっとだけ待ってて、ヒッキー」

「りょーかい」

由比ヶ浜が笑ってくれたことに安堵して、静かに全員が揃うのを待つことにした。



やがて一色と葉山も部屋に戻り、準備が整って五人がめいめいの場所に座ると不自然に会話が途切れた。

俺と雪ノ下以外の三人は、飲み物の注がれたグラスを手に雪ノ下へと視線を向けている。あ、そういうことか。

単純なクリスマスパーティーってだけじゃなくて打ち上げだからな、俺も三人に倣ってそうしておこう。

雪ノ下は俺たちの目線を受け、短く息を吐くと照れ臭そうに口を開く。

「こういうのは苦手なのだけれど……。んんっ」

軽い咳払いのあと、生徒会長の挨拶が始まった。

「合同クリスマスイベント、お疲れ様でした。この生徒会になって最初の仕事だったけれど、なんとかうまくいったのはあなたたちの支えがあったからです。同時に私の不甲斐なさ、未熟さも痛感しました」

雪ノ下にしては珍しい、ですます口調の丁寧語。そこに茶々をいれる者はいない。ただ黙って次の言葉を待つ。

「私一人ではできないことばかりでした。至らぬ点も多々あったかと思います。それでも、皆は私を助けてくれました。私はこのイベントを通じて、あなたたちとなら上手くやっていけそうだと、そう感じました。だから、これからも…………よろしく」

この場の全員が持つ優しい眼差しと微笑みに、うわべの気遣いや嘘偽りはないと、そう確信できた。

彼女は生徒会長としての信頼を得ることができたのだと、そう思えた。

「では簡単な挨拶で恐縮だけど……。イベント成功を祝して、ささやかな打ち上げということで。……乾杯」

「かんぱーいっ」

五人のグラスがテーブルの中央に集まり、軽く触れ合う小気味良い音が響いた。

本来の乾杯はグラス同士が触れないようにするものだとか、この場でそんなことはどうでもいいな。そもそも全員ソフトドリンクだしよ。

「ではいただきまーす。うわおっしゃれー、超キレー。雪ノ下先輩、これ乗ってるのなんですか?」

「それは……アボカドと生ハムとクリームチーズかしら。あと黒胡椒が少しね」

出た、アボカド。そう思いつつ俺もつまんで口に運んでみる。

…………なんだこれ、うめぇじゃねぇか。見直したよアボカド。凄いぞアボカド。アボカドがゲシュタルト崩壊して何かよくわからなくなってきた。

「あ、ヒッキー。お菓子も買ってきたんだけどどれにする?」

見ればパーティーパックのような大きさの袋やら箱が大量に用意されている。由比ヶ浜が楽しそうなのは結構なことなんですが。

「いや、こんな食ったら晩飯食えねぇよ……」

とりあえず物色してみると、多少高級感のあるラインナップに混じって、一際目立つジャンクな緑が目に入った。

これは……好きだけどさ、クリスマスらしくねぇだろ。

これを選びそうな奴に一人だけ心当たりがある。話したこともあるし。

そう思って該当の人物に目をやると、向こうも気がついたのかバッチリ目が合ってしまった。

「先輩、買っときましたよ!」

一色はもぐもぐとカナッペを頬張り、ウインクしながらサムズアップしてみせる。

……なんだそれ、可愛いな。そんな心憎いことをされたら食わないわけにはいかねぇだろ。

「よし、クリスマスっぽくはねぇけどキャベツ太郎にしよう」

「あー、ヒッキーそれ選んじゃうかー。おいしいんだけどねぇ……今日はいいや」

「体に悪そうな濃い味がいいですよねー。今日はわたしも食べませんけど」

「え?食わねぇの?」

首を振る二人。葉山と雪ノ下は……。

「俺もいいかな」

「私がそんなもの食べるわけないでしょう」

えーそんなー。俺もう開けちゃったんだけど……。

「くそっ、食うよ、食えばいいんだろ」

なんの因果か、打ち上げの場で一人でキャベツ太郎を食う羽目になってしまった。これは俺の黒歴史ノートに追加してもいいんじゃないですかね……。

嗚呼、このむせ返るようなソース臭。癒されるー。

「あ、あー。ヒッキー、あたしも食べるよー」

「そんなんで先輩にお腹いっぱいになられると困るんですよねー。ケーキ食べてもらわないといけませんし」

「そういやそんなこと言ってたな」

比企谷太郎となった俺を不憫に思ってか、由比ヶ浜と一色が前言を撤回して太郎の処理に加勢してくれる。そして女子三人でケーキを作ると言っていたことを思い出した。それは確かに重要だな。

キャベツ太郎でお腹いっぱいにしてしまったらほんとに後悔しそうだ。ごめんなキャベツ太郎。

結局葉山も雪ノ下も食べ始めたので、割とすぐに売り切れてしまった。

食べるのが初めてらしく、恐る恐る口に入れていた雪ノ下太郎の感想は、狂暴な味、だった。

いや確かに味濃いけどさ、もっと他にないのかよ。

こんな感じで始まった打ち上げは、終始和やかなムードのまま進んでいった。何をするでもなくダラダラと駄弁って、テレビを見たり、DVD(ディスティニィー関連)を流したり。

暇を持て余してスマホを触らないといけなくなる事態にはならなかった。何が楽しいのかと言われてもよくわからないが、気の合う連中とならこういうのも悪くないのかもな。

ま、たまにでいいけどな、たまにで。

されど楽しい時間というのは過ぎ去るのも早いもので、いつの間にかもう日が暮れ始めるような時刻になっていた。

女子陣は夕食後に出されるケーキ作りのためキッチンに集まっており、はしゃぐ声とたまに悲鳴のような悲痛な叫びが聞こえてくる。不安にさせないでもらえますか。

ちなみに夕食は昨日の話し合いで鍋とチキンに決まっていた。

チキンは昨日も食ったし、なんで鍋なんだと突っ込みたくなるが既に材料も買ってしまっている。家族以外と鍋をつつくなんて始めてだから、楽しみというよりちょっと怖い。

女子陣がいないので、今はリビングで葉山と二人きりだ。正直、俺はこいつといる時が一番会話が弾まない。まぁ話さなくても不都合は特にないかなと思っていると、雪ノ下が戻ってきてソファに腰を下ろした。

「あれ、お前作らないの?」

「私は今日は監督のみよ。昨日嫌になるほど作ったからもう作りたくないわ」

「そいやそうだな。……あいつらだけで大丈夫か?」

一色はともかく、先ほどの悲鳴の主でもある由比ヶ浜は。

「ええ、一色さんがいるし、彼女……由比ヶ浜さんも、問題ないと思うわ。凄く上達しているもの。一人で練習して、努力しているのでしょうね……」

雪ノ下は嬉しそうでもあり、寂しそうでもあった。

今まで頼ってくれた子が、急に一人でできるようになり助けを必要としなくなった。子の巣立ちを見る親のような気分なのかもしれない。

「……結衣も前に進もうとしてるんだろうな。やっぱり、変わらないものなんてないんだな」

葉山が誰に語りかけるでもなく呟いた。

目だけを向けて表情を見たが、その言葉の意味するところはわからなかった。

「比企谷、ケーキ作りを見てきたらどうだ?俺はさっき見てきたけど頑張ってるよ、二人とも」

「……そうね、少し見てあげるといいんじゃないかしら」

いいよ俺はと言おうとしたが、雪ノ下と目線を交わす葉山を見て思い直す。ああ、わかったよ。

「そうだな、ちょっと見てくるわ」

立ち上がり、甘い香りを漂わせるキッチンに移動した。

エプロン姿の由比ヶ浜と一色を黙って見守る。口を出して邪魔してもよくないし、楽しそうにケーキを作る二人を見ているのはなかなかに飽きないのでこれで十分だ。

雪ノ下と葉山が二人で話したいこととはいったいなんだろうか。

知ることは怖いが、知らないでいることはもっと怖い。知らなくていいことが世の中にたくさんあるのもわかっている。それでもなお、気にならないと言えば嘘になる。

だが二人には二人の関係がある。

これは雪ノ下と葉山だけじゃなくて、葉山と一色、俺と由比ヶ浜、由比ヶ浜と雪ノ下。五人がそれぞれに別々の、独自の関係を持っている。そして俺が全てを知ることは決してできない。

変わらないものなんてない、か。

変わるとは、失うことだ。ただの喪失と違うのは、失うだけではなく代わりに何かを得るということだけ。

由比ヶ浜が、彼女たちが変わったというなら、何を失い、代わりに何を得たのだろう。

俺は孤独を失った。代わりに得たものは、なんだ。

それはきっと、これからわかる。


一一一


キッチンから戻ると、雪ノ下と葉山は静かに談笑していた。そうしている二人の姿は、絵になると言われればそうなのだろうと思う。ムカつくけど。

「あら、お帰りなさい。ケーキの様子はどう?」

話す雪ノ下に暗然とした様子や気落ちしたものは感じられなかった。深刻な、俺の想像しているような話ではなかったということだろうか。

「ん、あー。問題ねぇんじゃねぇかな。楽しそうだったし」

「そう、ならよかったわ」

「甘いものは得意じゃないけど、俺も楽しみにしておくかな」

「あ、雪」

雪ノ下の声に反応して窓の外へ目を向けると、ちらほらと白い結晶が花弁のように舞っていた。

「珍しいわね、千葉に雪が降るなんて」

「そういえば天気予報で降るかもって言ってたね」

「どうりで家出るとき寒いと思ったよ……。ここにいるとわかんなくなるけど」

この部屋は暖房がよく効いているのもあるが、しっかりしたマンションなだけあって気密性が異様に高いのか、換気を行っているはずなのに空気がこもっていて重いように感じる。

ぶっちゃけて言うとボーッとしてしまいそうなほど暑い。

「綺麗ね……」

窓の外を眺める彼女の横顔は美しく、儚い。触れたら解けてしまう雪のように。

「……二人にも教えてやるか」

そう言い残し、葉山はキッチンのほうへ移動していった。残された俺と雪ノ下の間に沈黙が降りる。

「……バルコニーに出ていいか?」

暑くなってきたし、ちょっとぐらいなら大丈夫だろ。次があるかどうかは知らないが、この部屋からの眺めをちゃんと見ておこう。

「別に構わないけれど……寒いわよ?」

「知ってる」

バルコニーに出ると、眼下に広がるのは雪の舞う千葉の…………寒い!怖い!

高層なだけあって風も強いし、雪ノ下はガラスの向こうから眺めてるだけだし……戻るか。

そう思って振り返ると、由比ヶ浜がバタバタと雪ノ下に駆け寄り、手を取ってバルコニーに連れ出してきた。

「おぉー、雪だー」

「さ、寒い……」

雪ノ下は肩を震わせながら、寒風に煽られて暴れまわる黒髪を手で懸命に押さえ込もうとしていた。

「じゃあこうしようよ」

由比ヶ浜は俺と雪ノ下の間で、二人の腕を抱き抱えるように掴み、寄せる。

「近い……」

「いや近い、近いから」

「えへへ、三人ならあったかいよね」

俺と雪ノ下の言葉はお構いなしに、真ん中の由比ヶ浜はさらに強く身を寄せる。この細い腕のどこにそんな力があるのか、抗うことができない。いやこれ俺の力が入ってないだけだな。

「雪、積もるかな?」

「どうかしら……。明日には晴れるらしいから、積もるまではいかないんじゃない?」

千葉に雪が降ること自体珍しい。積もるとなれば尚更だ。それに今は、全く根拠のない願望に近い予想ではあるが、そうはならない気がした。

すべてを覆い隠してしまう雪はもう、積もらない。

「そっかー。でも、別にいっか。今日見られたら、それで」

「……ホワイトクリスマスってやつだな」

「そうだね、綺麗だね……。三人で見れて、よかった」

目を奪われた。眼前にある幻想的な飛白模様ではなく、安堵の溜め息のような言葉を紡ぐ由比ヶ浜に。小さく顎を引いて頷く雪ノ下に。

口にこそしなかったが、そのとき胸にしていた三人の想いに違いはないのではないかと、そんな幻想を抱いた。

吹き付ける風は依然止まず、いくら身を寄せ合っていても寒いものは寒い。にも関わらず、俺たちは無言で雲が吐き出す息の残滓を眺め続けた。

あと何度、彼女達とこんな景色を見られるのだろうか。

いや、ここにある全ては今しか見られないのだ。俺たちはいつだって後戻りのできない今を過ごしている。

だから俺は、今を胸に刻もう。決して忘れることのないように。

「俺がこんな風にクリスマスを過ごせるとはなぁ……」

あまりの感慨に、吐くつもりのなかった感嘆の呟きが漏れる。失態だと気づいた時には既に、雪ノ下と由比ヶ浜が含みのある笑みを俺に向けていた

「自称ぼっちの比企谷君には刺激が強かったかしら?」

「ヒッキー、まだぼっちだって言うつもり?」

だよな。こんな状況でそんなこと、言えないよな。自嘲と自虐で自己弁護するのはみっともねぇから、もうやめだ。

「……わかってるよ。俺はもう、ぼっちとは言わない。俺には……お前らがいるから」

それ以外の全てを壊してでも、大切にしたい人がいるから。

ちゃんと俺の居場所はここにあるから。

「あ、あと一応あいつらもな」

一色からも、葉山からも貰ったものがある。今も気を使ってくれているであろう、部屋にいる二人にも感謝しとかないとな。

「も、もうそろそろ戻らない……?」

やがて、唇を蒼白にしながら雪ノ下が限界だと主張した。俺も歯がかちかちと鳴って止まらなくなっている。

「だな、戻るか。風邪引きそうだ」

「うん……」

寒さに負けてバルコニーから戻ると、部屋が温室のように感じられた。じわじわと沁みるように暖かさが浸透し、体が徐々にほぐれてくる。

「はー、生き返る……っと、そうだ。ちょっと待ってくれ」

このタイミングで言うのがいいのかよくわからないまま、キッチン向かおうとする二人を呼び止めた。

雪ノ下と由比ヶ浜は小首を傾げて立ち止まる。

けど折角葉山と一色が気を使ってくれて三人になれたんだ。渡しておこう。

「……これ、よかったら貰ってくれるか」

言って、袋から包みを二つ取り出した。昨日チキンを取りに行く前に悩み悩んで買ったものだ。

たいしたものじゃないが、何がいいかわからず考え抜いた残留思念のようなものは宿っているはずだ。いやなんかキモいなこの言い方だと。

二人ともなんのことかわからない様子で呆けていたが、はっと気づくと確認するように聞いてきた。

「これ……クリスマスプレゼント?」

「二つあるのは、私と由比ヶ浜さんに、ということね」

そんなに意外そうな顔でまじまじと見られると恥ずかしいからやめてほしい。

「あ、んー……まぁ……、湯呑み貰ったから、その礼だ。あんま期待はせんでくれ」

直視するのが憚られたが、なんとか二人の視線を受け止めて言うことができた。

そう、これはただの礼だ。湯呑みのお返し。特別な意味は、意味は……ある、かもしれない。

「そう……。気にしなくてもよかったのに」

「ヒッキー……。開けてもいい……のかな?」

「お、おお……。ほんとたいしたもんじゃねぇけど……」

リボンを解く音に続いて、温かい吐息のような声が聞こえた。

「わぁ……。嬉しい……」

「シュシュね……」

喜んで貰えたと思ってもよいのだろうか。俺も安堵してほっと胸を撫で下ろす。

「ゆきのん、お揃いだね」

「ええ。でも、色はこれで合っているのかしら?逆のような気が……」

雪ノ下の疑問ももっともだ。由比ヶ浜が青で、雪ノ下がピンク。イメージとしては逆の印象を持っていてもおかしくはない。

だが、俺は彼女達にはこれが似合うのではと考え、当人の色の好みと違っていたとしても、それでも構わないと結論付けた。それだけ…………じゃないよな。

自分でも薄々わかっている。根底にあるのはおそらく、ただの独占欲。彼女達のことは俺が一番わかっていると、そう思い込みたかった。

だがこれを赤裸々に語るには時期尚早な気がする。というか言っても大丈夫なことなのかよくわからない。

はっきり言うと、気持ち悪いと思われてもおかしくない感情だ。

だから、嘘にならないように少しだけぼかしておこう。そう決意したところで、俺より先に由比ヶ浜が口を開いた。

「……いいんじゃないかな。ヒッキーがあたしたちのことを考えて、これでいいって思ったんだよ。これが似合うって」

「ん、まぁ……そうだな」

俺が言おうとしたことそのまんまだったので少し驚いてしまった。伝えようとしたのは、ちゃんと自分で考えた、というその一点だったからこれでいいはずだ。

「そう……」

雪ノ下はそれきり問うことなく、ただ静かにそう言った。続けて、手のひらのシュシュから顔を上げ、微笑んだ。

「ただの御礼でも……。私は、嬉しいわ。ありがとう」

「うん……。大事にするね。ありがと、ヒッキー」

由比ヶ浜は俺を見つめながらシュシュを大事そうにそっと胸に抱いた。

そこまで喜ばれると、嬉しさに加えて若干申し訳なくも思ってしまう。クリスマスという建前がある今日まで、俺はただのお礼すらできなかったのだから。

「今髪に付けるといきなりでちょっと目立つから、ここで……」

「あはは……そうだね」

二人はシュシュを腕につけ、よく見えるよう胸の高さまで上げて見せた。袖口で青とピンクの花が揺れている。

うん。思った通りだ。

雪ノ下も、由比ヶ浜も、その色がよく似合う。

その姿に満足し頷くと、二人はキッチンに向かった。

一人になると、自分勝手に押し付けた色を俺だけの自己満足で終わらせたくなくなった。

彼女たちが本心からその色を気に入ってくれますようにと、そう願わずにはいられなかった。


鍋とチキンによる和洋折衷の騒がしい夕食も終わり、食後に出てきたケーキもありがたく平らげることができた。

ブッシュ・ド・ノエル。

切り株とか丸太みたいな形をした、あれだ。雪ノ下監修の元、由比ヶ浜と一色の競作として出てきたそれは見事な出来映えだった。味も文句なし。

だが一番胸を打たれたのは、食べた後のうまかったの一言で見せてもらえた、生意気で得意気で自慢気な一色の照れ顔と、ぱぁっと輝くように咲いた由比ヶ浜の笑顔だった。

こんな俺なんかの言葉でそんな反応をされるのは幸福である反面、恐怖でもある。

考えのない無配慮な一言で、容易く憂いを帯びたものに変えることも、壊すこともできるということに他ならないからだ。

俺はこれからも、俺の意思や意図と無関係に関わる人間を傷つけてしまうのだろう。

その傷を見て、俺も後悔と痛みに苛まれるのだろう。でももう、そんなに苦しいなら最初から関わらなければよかったなんて思わない。そう決めている。

その後全員で食事と部屋の後片付けを終えると、帰るにはほどよい時刻となり、最後に来年もよろしくといった趣旨の挨拶を互いに交わして解散となった。

これで冬休み突入だ。学校に行くのは年が明けてからになる。

つまり、彼女達と会おうと思うのなら理由が必要だ。建前ならもういらないが、誘うにしたって誘い文句というものがある。

理由。

それならもう決まってる。

雪ノ下の見送りは固辞し、四人でマンションのエントランスまで降りてきた。雪はまだ積もってはいないが、夜になっても降り続けていた。

「ヒッキー、楽しかったね」

駅に向かい、並んで歩くのは由比ヶ浜。前方には少し離れて葉山と一色がいる。

「そうだな」

「……また、やれるかな?」

「やれるだろ。でも、たまにでいいよ、たまにで」

打ち上げがあるということはその前に何らかの仕事があるということで、そういう意味でもあまり頻度が高いのは困る。

「あはは。あたしは何回でも……したいな」

由比ヶ浜が突然、左手を空へと向けて伸ばし、見上げる。

長い睫毛に雪がかかる。

掲げた手には、青い花。

開かれていた掌が閉じ、きゅっと握られる。

何かを掴もうとしたように見えた。

触れれば解けてしまう雪か。見えなくてもそこにある、届かない星か。

「今度は何食べようかー、ヒッキーは何がいい?」

知らず、見惚れていた。由比ヶ浜の声で我に返り、慌てて適当に思い付いた食べ物の名前を言うと、彼女は呆れたように微笑んだ。

気恥ずかしさに身を縮こまらせ、ポケットに手を突っ込んだところではたと気づく。

…………んん?スマホがねぇぞ。

やべぇどこ行った。あれがないと連絡どころじゃ……。

立ち止まり上下にある無数のポケットをまさぐっていると、一歩前に進んだ由比ヶ浜が振り返る。

「ん?どしたのヒッキー?」

「いや……スマホがな、ねぇんだよ。どっか落としたかな、雪ノ下んとこに忘れたのかな」

「ありゃ、あたし電話してみよっか?」

「おお、頼む」

由比ヶ浜はりょーかいと言ってコールを始める。葉山と一色も離れた場所で立ち止まって、何事かとこちらを見ていた。

「繋がったよ」

神経を尖らせて振動を探す。ポケットに反応はない。

ということは、俺の近くにはないということだ。そういえばいつまで持っていたのかはっきりと思い出せない。

今日はあんま触らなかったからなぁ……。買い物の時に落としてたりしたらどうしよう、うわぁ超めんどくせぇ。

「あ、出た。……もしもし?」

どうやら人の手にはあるらしい。ただ、まだ行方はわからない。固唾を飲んで次の言葉を待つ。

「……あ、ゆきのん?」

……ホッとした。雪ノ下の家に忘れただけのようだ。面倒な手続きや本体再購入という多大な出費はせずに済むと思うと、小躍りしてしまいそうになった。

「ソファの下に落ちてたって。あー、うんそうそう」

「あ、由比ヶ浜。今から取りに行くって伝えてくれ」

打ち上げ会場を提供してくれた家主に下までご足労頂くのはあれかと思って見送りを固辞したのに、こんなところまで持ってきてもらうわけにはいかない。

俺が勝手に忘れたもんだし、取りに行かせて頂きますよ。

「あ、ヒッキーが今から取りに行くって。……うん、わかったー。バイバーイ」

「雪ノ下、なんて?」

「待ってるって。ヒッキー、取りに…………行くんだよね」

「うん?そりゃ行く、けど……」

けど、なんだ。自分の発言に疑問を抱く。

由比ヶ浜がなんでもない箇所で言葉を詰まらせたのが気になった。

雲の細い切れ間から出た月に照らされた彼女の顔は、悲哀の滲む陰りのあるものだった。

クリスマスの夜。降り積もらんとする雪は、まだ止まない。


☆☆☆

共通部ここまで
こっから分岐したりしなかったり

これから投下するエンドはスレ内に収まるんですが
他のと合わせるとどうせ入んないんでエンドだけスレわけることにします

というわけで続きはこっちで

奉仕部の三人は居場所について考える 続きと終わり
奉仕部の三人は居場所について考える 続きと終わり - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1445069383/)

そして怒濤の誤字修正

>>1
・モノローグ多い上にたぶん結構長いです
→・モノローグ多い上に死ぬほど長いです、覚悟して読んでください

>>122
姫菜ー→海老名ー

>>127
姫菜、行くよー→海老名、行くよー

>>171
終わりによう→終わりにしよう

>>172
一色さんは葉山君と→一色さんは私たちを葉山君と

>>173
いろはちゃんと葉山君も→いろはちゃんと隼人くんも

>>182
どこかな、葉山君と→どこかな、隼人くんと

>>455
スビード→スピード

>>634
これまでひ→これまでに

>>32
>>77
>>229
あどげない→あどけない

>>825
寝付けく→寝付く

他にもあるんだろうけどもう知らない

乙です!
ありがとう

おつです 次スレでも楽しみにしてます

これhtml申請はまだしてないんですけどどんぐらいしたら落ちるんですかね
定期的になんか書き込めばいいんでしょうか?

依頼出しても依頼溜まりに溜まってるから今のペースじゃ1,2ヶ月じゃ落ちないと思う
作者書き込みなし2ヶ月、一切書き込みなし1ヶ月、完結後放置1ヶ月もだいぶ溜まってるし3ヶ月近く処理されてないからこっちで適用されるにしても時期が読めない

ほーん……なるほど
とりあえず全ルート終えるまでたまになんか書きにくるようにしよう

>>1を修正しててワロタ

投下は明日ぐらいですかねー
終わってないのに別の書きたくなる症候群が……
ルミルミの書きたくなってきたけど我慢だ

書いたり消したり書いたり消したり……
もうちょっとなんですけどねー

イインダヨ

あれなんかいろはの反応薄い、イマイチだったかしら
いろはと葉山のルートは八幡のその後みたいな側面もあるので地味かなぁとは思ってはいたけど
残り一つも頑張ります

エンディングにはクライマックスを期待するのが人情だから、先二つと比べるとちと弱かったかもね

やっぱそうなりますかねぇ
書いてるうちにいろは可愛いなーってなってくるんですが
ていうか投下する順番変えればよかったかなと今更ながら思うけどあばばば
葉山も二人に比べたらだいぶ地味だけどノリノリで書いてます

サブヒロインエンドはこのくらいのほうがいい、面白かった

>>918
正直ちょっと自意識過剰なんじゃないかな、と思ったり

申し訳ない
やはり反応は欲しいものでして
自信なくて不安だからつい訊きたくなるんですよ

シリアスな話だと横レス入れずらいから。
居酒屋みたいな糞SSの方がレスあるのも皮肉な話だ。

いろはSSはいっぱいだからじゃね?

こっちは完成度高いから
居酒屋は本当謎

反応が欲しいだけならセンセーショナルな内容書けばそりゃ食いつきいいだろうな
ここだと匿名なぶん好き放題言いやすいし
まともな作品で熱の入った感想が欲しいならハーメルンで書くのが一番じゃないか?

うーん、こっちのほうが見てくれる人多そうなのでこっちでがんばってみます
これまとめられるのか疑問だけど
雑談しちゃってすみません

まあ完結したら渋にでも転載したら?
ここせ投稿したのを推敲して渋に持っていってるのも結構いるし。
向こうだとコメ少なくてもブクマの数で評判もわかるから。

>>924
流石にそれは難癖すぎる
こっちの方がデキがいいのは間違いないが、どっちが面白いか投票でもしたら間違いなく居酒屋が圧勝するぞ

なぜ対立を煽るのか

>>930
まあまとめられたらどっちがどう評価されるかわかると思うけど
あんなもんと一緒にすんな馬鹿
俺の中ではこれ全俺ガイルssでもトップクラスの面白さだよ
まず多くの人にそういう評価をされると思ってる

>>932
こわい

終わったんで依頼出してきますねー
あー疲れたー

これで結衣のいちゃいちゃに専念できるのであっち終わったらまた次の告知に来るかもしれません
落ちてなかったら

構想ではなんか4つぐらい書きたいのあるんですけどね


早速取り掛かってくれ

結衣のいちゃいちゃってどれだ
エロ有のやつか

結衣「おかえりヒッキー」みたいなタイトルの台本です
エロはほんのりしかないですね

あああっちか
それも楽しんでます

>>934
乙です
その構想を聞いでもいいですか?

あんまり詳しく書いてネタ潰しみたいみたいになってもあれなんでほんとアバウトで
とりあえずシリアスはしばらく書かないかも

いろんなキャラの性格が入れ替わる話、書きかけなんでたぶん次これ
鶴見留美(高校生)の八幡素行調査
監獄学園の舞台に俺ガイルキャラをはめたような話
いろはサキサキめぐりの大学修羅場(台本)
総武高校殺人事件
考えてるのはこんな感じです

るみるみの奴もみたい

るみるみのってなんか見たことあるけど気のせいだよね

とりあえず自分は書いたことないですね
過去に誰かやってるのかもしれませんが知らないので気にしません

作者って女性だったのか…

結衣って雑な感じに書かれる事が多いけどこの人のは繊細な魅力が溢れてて女性的だとは思った
それにもう一つのスレだけど男は知識があっても生理やピルをあんな掘り下げて書かないよな

気持ち悪いからね

大学修羅場に期待!

大学生でピルとかリッチだなおい

>>948
お前ら本当キモい…

由比ヶ浜はヒロインですとかいうゴミクズニート[ピーーー]

>>949
幾らするか知らないんだろお前

>>944
んん?
なんでそんなんわかったん?

渋のプロフィールだろう
所詮自己申告なんで絶対じゃ無いけどな
個人的にはこの作者は文が女臭いから女だろうと思ってるわ

非公開じゃない?
よくわからんな

嘘ついてないとしたら最初公開でその後非公開にしたんでしょ
まぁどっちでもいいわけだが

女だったら何なの?童貞なの?

女だったらオナニーするんだよ、言わせんな恥ずかしい

Pixivガチ勢の女が美人な訳がない

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