奉仕部の三人は居場所について考える 続きと終わり (346)

※注意点

・「奉仕部の三人は居場所について考える」の続きのエンドのみ書かれたスレです
・なのでできればそっちから見てもらえると嬉しいです

奉仕部の三人は居場所について考える - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1435581486/)

・他の注意点は前と同じ

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1445069383



これから比企谷君が忘れたスマホを取りに来るらしい。

皆が帰宅の途に就いたことで気が緩み、楽な部屋着に着替えたところだったので慌てて同じ服に着替え直すことになった。

今日の楽しかった素敵な出来事を一人思い返し余韻に浸っていると、どこからかくぐもった音が聞こえてきた。

耳を頼りに音の発生源を追うと、ソファの下で微かに見覚えのある電話が振動していた。

あまり触っているところを見ないが、確かこれは比企谷君のものだ。拾い上げ画面を見ると、そうしないわけにもいかなかったのに、そうしたことを悔いたくなった。

ディスプレイには『★☆ゆい☆★』と表示されていた。

彼の連絡先を知っていて、傍にいるはずの由比ヶ浜さんが電話をかけるのは自然な流れだ。このポップで親近感のある登録名も彼女自身がしたものであろうこともわかる。

私には、彼が未だにこの登録名を残し変更していないことに、特別な意味があるように思えた。

それに対し私は、彼の直接の連絡先すら未だに知らない。

当然だ。これまで私は何もしてこなかったのだから。

一方彼女は最初から、どうしようもない彼に自分から近づこうとしていたし、なかなか歩み寄れない私のことを辛抱強く待ってくれていた。

自業自得でしかないのに、何を悔いているというのか。何に痛みを感じているのか。

やっぱり、私には…………。

急にエントランスからの呼び出し音が鳴り響き、飛び上がりそうな勢いで背筋が伸びる。

来ることはわかっていたのに、何をそんなに驚いてるんだか……。

インターホンの通話ボタンを押すと、私が話すより先に彼のおどおどした声がスピーカーから聞こえてきた。

「あ、ん?いいのかこれ……雪ノ下?聞こえてる?」

液晶モニタを見れば、カメラに映されていることを知ってか知らずか、そわそわと忙しなく動く彼の姿があった。

おもわずくすりとした微笑が漏れてしまう。

「……聞こえてるわよ」

「あ、えー、あのー……比企谷ですけど……。開けてもらえませんかね……」

「どうぞ」

鍵マークの開錠ボタンを押すと、やがてカメラの範囲から外れて液晶モニタから姿を消した。何故彼はあんなに挙動不審なのかしら……。

しばらく待つと今度はドア前からの呼び出しベルが聞こえ、彼のスマホを手に玄関に向かう。

開錠して半分だけ扉を開くと、気まずそうな顔をした比企谷君が立っていた。

「あー、えー……忘れものをした」

「知ってるわよ。はい、これでしょ。大事なものなんだから……忘れないようにね」

そう。彼が由比ヶ浜さんと連絡を取るのに必要なものだ。彼は控えめにそっと受け取り、まじまじと手の中のスマホを眺める。

「そうだな。大事だな……」

そうよね。あなたは、それでいいの。

「それじゃあ、またね」

俯いて短い別れを告げ、閉まらないように押さえていた、彼と私を分かつぶ厚いドアから手を離す。

ドアクローザによりゆっくりと扉が閉まり始める。姿が見えなくなるその瞬間、彼の手が閉まろうとする扉の動きを遮った。

見上げると、唇を引き結んでいる彼と目が合った。

そのまま待っていると、固まっていた筋肉が解きほぐされるようにゆっくりと唇が動き、予想していなかった言葉が紡がれる。

「……あの、何もしねぇから、いやこの表現はおかしいな。ここじゃなんだから、玄関でいいから上げてくんねぇか。少しだけ、話がある」

「え、ええ。別に、構わないわよ」

深刻そうだが、いったいなんの話だろうか。

彼に何か、犯罪まがいのことをされるとは微塵も思わない。だが、くだらない被害妄想とも言い切れない、考えるだけで吐き気を催すような拒絶の言葉が、想像が頭をよぎる。

彼を玄関に招き入れて、またすぐに鍵を掛けた。そうする癖がついているからで、別に他意はない。

「あー、なんか悪いな」

「気にしないで。それよりここでいいの?上がっても別に……」

「いや、ここでいい。すぐ、なるべく早く終わらせるつもりだから」

「ああ……。みんな、由比ヶ浜さんが待っているのね」

忘れ物を取りに来るついでに伝えるだけ、ということが強調されたように感じた。

ならばそう重要なことではないかもしれないと、そう期待した。しかし彼はまだ言いにくそうに電話を握りしめている。

「……あいつらには先帰ってくれって言っといた」

他の人が近くにいないということを聞かされると、急に胸が早鐘のように躍り始めた。彼の行動の意図が、目的が読めない。

「そ、そう。いいの?」

「いいんだ。…………その、れ……」

「れ?」

れ……恋愛、相談?かしら。それはちょっと困るのだけれど……。

「れ、連絡先、教えてくれねぇか」

「……そうね。そういえばあなたのだけ知らないから丁度いいわ。生徒会で連絡が必要な時もあるものね」

比企谷君のほうから聞いてくれたのは意外だった。生徒会云々は照れ隠しに咄嗟に出てきた建前だが、生徒会長になったときにこうして聞いておけばよかったと思った。

さほど大事でもないのにそらで言える電話番号を伝えると、彼はスマホを操作して私にワンコールしてくれた。

彼はどういう名称で私の番号を登録をしたのか、少しだけ気になった。

「……そんな、生徒会の連絡とかで聞いたんじゃねぇんだけどな」

「?……では、何かしら」

「お前の電話番号知らないと、休みに誘ったりできないだろ」

「それ、は、どういう……?」

「あー、違う。そもそもこんなこと話しにきたんじゃねぇ。ちゃんと伝えるから。聞いてくれ」

「え、え?あ、うん……」

どうしよう、頭が全然働いていない。さっきから心臓が煩いせいだ。

比企谷君は頭を掻いたりして落ち着きがないのに、目だけは逸らさず、ずっと私を見据えている。彼はそのままの視線で私に語りかける。

「雪ノ下、あのな……。よかったら、俺と…………」

ああ、そうか。ここまで言われて、やっとわかった。

この言葉の続きを私は知っている。

生徒会室での彼の本音を聞き、理解し、今からそれが告げられようとしているということは、予想通りということだ。

つまり、私の恋はまた実らない。

どうしようもないな、私は。

二人を祝福しようと決めたのに、どうしようもなく、耐えようもなく、痛い。胸を棘でかきむしられているようだ。

でも、これでいいの。悪いことばかりじゃないから。

これなら私は彼女と友人で居られる。私の居場所は守られる。寄る辺を失わずに済む。

あとは断ち切って、痛みを飲み込んでしまえばいい。守るために、失わないために必要な代償なのだから、受け入れるしかない。

そう自分に言い聞かせ、逡巡する彼に言葉をかぶせ、遮る。

「待って。その先は、私から言わせて」

「い、いやそんなわけにいくか」

「ごめんなさい。これは私の我儘だけど、どうしてもそうしたいの。私から……お願い」

彼への想いを断ち切るために。彼に言われたから仕方なく受け入れたのだという、弱い自分への言い訳を残さないために。

私から伝えねばならない。

「……そうか。お前がどうしてもって言うなら……わかった。でも、俺もちゃんと自分の口で伝えたいから、一緒に言おう」

「……わかったわ」

思えば、一度目は純粋な拒絶だった。彼の人となりを知らなかったし、向上心のまったくないただのろくでなしとしか思えなかったから。

二度目は、彼とそんなもので関係に線を引きたくなかった。まだもう少し続けたかった。ようやく彼と知り合うことができ、特別な何かを感じ取っていたから。

そしてこれからの三度目は、言いたくもないのに、それで終わらせるために言わなければならない。

「雪ノ下、よかったら俺と……」

「比企谷君。よかったら、私と……」

彼に続いて、掠れるような声を重ねる。

自分の声が震えているのがわかった。嗚咽が漏れそうになるのを必死に飲み込む。このまま痛みも、言葉も一緒に飲み込めたらどれだけ楽だろう。

皮肉なものだ。今まで散々すれ違いを続けてきた彼と私の言葉が、こんなことで重なり合うなんて。

彼は紛うことなき本音を、私は欺瞞に覆い隠された建前を。これで重なり合うのなら、私と彼はそうなるべくしてそうなっていたのだろう。

まるで出来の悪い、笑えない喜劇だ。

そして二人同時に、最後の言葉を吐き出した。

「付き合ってくれねぇか」

「友達になってもらえ……」

溢れそうな涙を堪えながら必死に絞り出した言葉は、最初の一文字目からまったく重なり合わず、最後まで言い切ることができなかった。

「………………」

彼は、おそらく私もだが、魂が抜け出たかのように呆け、二人とも口が半開きになった間抜けな表情で見つめ合う。

え?比企谷君はなんて言ったの?

「いや、お前な……。会話の流れおかしいだろ。なんでそこで友達って言葉が出てくんだよ」

「わ、私はてっきり、以前あなたから言われたことをまた言われるのかと……」

「嫌だよ俺は、そんなの。お前とそれで終わらせたくない」

まずい、パニック寸前だ。わからないことが多すぎて何から話せばいいのかもよくわからない。

「ええと……まず、聞こえなかったから確認させてもらえるかしら。さっき比企谷君はなんて言ったの?」

「聞こえてねぇとか、最悪だよ……。さっきはだな、その……俺と付き合ってくれって言ったんだ」

「はい?」

「いやだから、俺と付き合ってくれって……わざとか?聞こえない振りしてんのか?難聴系か?」

付き合ってくれ。付き合う。

……念のため、確認しておこう。

「こ、今度は聞こえたわ。それは、その……買い物とか、そういうのじゃ……」

「ねぇよ。俺は真面目に言ってんだけどな」

「なら、付き合うというのは、ええと……」

「……わかりにくいなら言い直す。雪ノ下、よかったら俺の恋人になってくれ」

勘違いしようのない、まちがえようのない言葉が、彼の唇をすり抜けてきた。

どんな感情で受け止めればよいのか。何を言えばいいのか。

私と彼はいつまですれ違い続けるのか。

───まるで、喜劇だ。

「……ごめんなさい。少しだけ、落ち着かせてもらえないかしら……。もう何がなんだか……」

「……すまん。無理に今返事してくれなくてもいいんだ」

彼はそう言うと振り返り、施錠した鍵に手をかける。

「待ってよ、そんな、言いっぱなしにされても困るわ。こんな状態じゃ眠れなくなるじゃない。…………入って」

「い、いや。俺だけで上がるのはちょっと……」

「いいから。……もっと、落ち着いて、ちゃんと聞かせてほしいの」

「……わかった。お、お邪魔します」

彼は靴を脱ぎ、ぎこちない動きで私の後をついてくる。

部室や生徒会室で彼と二人きりになることはこれまで何度もあった。

そんなとき、一人でいることがさほど気にならない私と、同じく元来からそうであろう彼は互いに干渉しなかった。そう取り決めをしたわけではないが、それが暗黙のルールのようなものになっていた。

でも今はとても同じようにはできない。ここに他の人が来ることはないし、本に目を通すわけにもいかない。

嫌でも狭い空間に二人きりであることを意識させられる。ぎこちない彼もおそらくそうなのだろう。

「座ってて。お茶……用意するから」

「あ、いや、お、お構い無く」

「あの……そんなにそわそわしないでもらえるかしら……。私も落ち着かなくなるわ」

「う……すまん」

キッチンに向かい、ティーセットとカップを用意する。この家に湯呑みはなかった。お湯が沸くまでの僅かな時間にも考えを纏めようとしたが、そうしようとするだけ無駄だった。

でも紅茶を淹れて慣れた香りが立つと、少しだけ落ち着けたような気がした。

二つのティーカップを持ってリビングに戻ると、彼は窓の外へ目を向けていた。

「どうぞ……」

「どうも。……雪、止まねぇな」

「そうね……。積もるのかしら」

闇の中を舞う白い粒は風に吹かれるまま漂い、やがて落ちて消える。状態と居場所によって形と名前も変える雪は、私の頼りない想いのようだ。

彼は紅茶を一口だけ啜ると、静かに口を開いた。

「もう落ち着いたか?」

「ええ、さっきよりは」

彼も自分を落ち着かせるように、ふーっと長い息を吐いた。私も息を呑み、耳を傾ける。

「じゃあ、話す。……俺は、初めて会ったときからお前に憧れてた」

「……あなたが憧れてくれた私の姿は、私のものではないわ」

首を振り、彼にそう告げる。

私は憧れの対象になるほど出来た人間ではない。

勉学やある特定の事柄においては平均より優れていると自負しているが、そこに人の価値を見出だし評価するとは思えない彼が、そんな部分を見て憧れるはずがない。

ならば彼が言うのは、私の持つ別の部分ということだ。

しかし、私は自分が傷つくのが嫌で、周りを寄せ付けないようにしていただけだ。あんな後悔を二度としたくなくて、姉さんの強さを真似しようとしただけだ。

そう思っているからこその発言なのに、彼はそれを否定する。

「お前らしさは、お前のものは最初からちゃんとあるだろ」

「私らしさなんて……、もう私らしさがなんなのかもわからないけれど、そんなものどこにもない。ただの模倣に過ぎないもの」

「違う。俺は知ってる、お前のことを」

「……私にもわからないのに?」

「ああ、それでも知ってる。俺とお前が初めて会って、奉仕部で話したこと覚えてるか?」

「覚えてるわよ。忘れるわけないじゃない……」

犬の散歩に行くので休憩

決していい出会いではなかったと思うが、不思議と忘れたことは一度もなかった。

あのときの彼との問答の記憶は、いつでもすぐ取り出せる場所にある。

「お前の言葉は強く印象に残った。特に、変わらなければ誰も救われないってところだ」

記憶を辿る。確か、私が変わらなければ前に進めないと言うと、彼はそれこそが逃げだと反論したので、それに対して言った言葉だ。

「過去の自分を認めて、その上で変わろうとするなんて俺にはできなかった。変わることは逃げることだと詭弁で塗り固めて、意固地になってた。俺が…………まちがってた」

「比企谷君……」

「元のお前は強くなかったとしても、変わろうとしたお前自身は、変わろうとしたこと自体は誰かの真似でそうしようとしたわけじゃねぇだろ。俺が憧れてたのは、過去を否定するんじゃなくて、弱さを肯定した上で変わろうと足掻くお前の在り方なんだ」

言葉が出ない。彼がそんな風に私を見てくれていたなんて。

「世の中に、この世界に自然に真っ直ぐになるもんなんて存在しねぇんだよ。だからお前の、なりたいものに向かって真っ直ぐ進もうとする姿勢はきっと、お前自身の強さによるものだ。俺はずっとそこに憧れて、惹かれて……」

言葉にならない。私の知らない私を、彼が見つけてくれたなんて。

彼の話す速度と口調が落ち着いて、一言一言を噛み締めるようなものに変わった。

「……俺はずっと前から、雪ノ下のことが、人として、一人の女の子として好きだった」

飾り気のない、愚直なまでに真っ直ぐな言葉。それ故に、私の心に大きく響き、揺らす。それでも彼は飽き足らず、さらに私に畳み掛ける。

「今はもっと、前よりもずっと、強い部分も弱い部分も、真っ直ぐな部分も、素直じゃない部分も全部、雪ノ下の持ち物全部が好きだ。だから、俺と……」

もう駄目だ。

こんなにも幸せになる言葉を私は聞いたことがない。

こんなにも胸に迫る真摯な告白を私は受けたことがない。

堪えていた涙がついに零れた。一度決壊してしまうと、あとは崩れ落ちるように止めどなく溢れ、噛み締めた歯の間からは嗚咽が漏れ出す。

暫くの間、呻き声のような私の嗚咽だけがここに存在する音の全てだった。

彼は見守るようなまなざしで私を視界に捉え、待ってくれている。

私も目を逸らしてはいけない。どれだけみっともなかろうと、不格好だろうと、決して目を離してはならない。

「……ごめん、なさい。嬉しくて、幸せで……こんな気持ちは生まれて初めてなの。けど、それでも……」

彼の姿勢に応えなければと、涙を拭い話し始めたものの、途切れ途切れに話すのが精一杯だった。

鼻を啜り、伝えるべき想いを言葉に変換する。

ここまでは、彼の言葉による嬉し涙。

ここからは、私の言葉による悔し涙。

「今あなたの告白を、受け入れることはできないわ……」

「…………そうか」

話し始めたときから動かなかった、私を捉え続けていた目が下に落ちる。しかしそれはごく短い時間だった。

すぐに顔を上げ、寂寥の眼で私に問い掛ける。

「理由を、聞いてもいいか?」

「……二つ、あるわ。一つはあなたもわかると思う」

「……ああ。たぶん、合ってると思う」

由比ヶ浜さんのこと。

口の中でだけ言った彼女の名前に反応し、心が軋んで歪んだ音を立てた。

恨みっこなしと約束したとはいえ、彼女の想いが彼に向いていたことは最初の依頼でわかっていた。故に横恋慕と言われても仕方ないという後ろめたさがあるのも事実だ。

「それも、大きな理由の一つだけれど……」

私は彼女のことも失いたくない。かけがえのない友人だと思う心に偽りはない。

そんな彼女は誰よりも暖かくて優しいから、私が後ろめたさという理由で退こうとするなら、自分を抑えて私の背中を押そうとしてくれるのかもしれない。

そうすると、負い目から私は彼女と友達では居られなくなるかもしれない。

彼女の優しさに甘えるだけ甘えていいわけはないが、もしどちらかしか選べないのであれば、私がどうするかなんてもうわからない。わからなくなった。

私は彼の言葉にそれほど揺れている。家族を振り切って、友人を置き去りにして、全てを失ってでも彼のことを───そんな現実味のない妄想すら輪郭を帯びて見える。

でもそんな選択をしたところで、先に待つのは破滅だけだ。

それ以前に、彼と並び立つ資格が今の私にはない。私自身がそう思っている。

「…………それよりも、今あなたにすがってしまうと、私はきっと、一人で立てなくなってしまう」

見栄も虚勢も似非も欺瞞もない、本当の私。

寄る辺がないと、立つこともできない私。

「このまま受け入れると、あなたに際限なく依存してしまう。私はそういう人間なの。そうなるとあなたはいずれ、私のためにならないと離れて行ってしまう。だから、今は……」

苦しい。悔しい。悲しい。寂しい。情けない。不甲斐ない。あらゆる負の感情が胸を渦巻き、それ以上は言葉にできなかった。

彼は私の告白を痛ましそうに聞いていたが、やがて意思の込もった瞳で私の胸を射抜く。

「……なら、待つよ。いつまででも、お前が立てるようになるまで。それからならいいだろ」

「待つって……いつになるかわからないのよ?ううん、もしかしたらそんな時なんてずっと来ないかもしれない。私は比企谷君が思うより、ずっと弱い人間だもの」

「それでも待つ。俺は……お前を、雪ノ下を信じてるから、いつまでだって待てる」

ああ、これは生徒会室で見たあの顔だ。

なら彼の意思は私の言葉では動かせない。変えられない。

だが、本当にこれでよかったのだろうか。

私は因果応報なのでどうでもいいのだが、私が彼に対してすることは貴重な時間を奪う行為と言っても過言ではない。彼がいくらそれでいいと言ってくれても、やはり躊躇ってしまう。

「あなたの意思は尊重されるべきだし、嬉しくも思うのだけれど……、とても、心苦しいの。待つのが嫌になったら……いつでも止めていいから。あなたには由比ヶ浜さんも、いるのだし……」

「……そんな器用な真似、俺にできるわけねぇだろ。少なくともお前に完全に振られるまではやめねぇよ」

「…………そう。なら、ありがとう、でいいのかしら……」

「俺が勝手にそうするだけだ。けど迷惑なら言ってくれ」

「迷惑だなんて、そんなわけ……」

頬が火照り、心臓が跳ねた。

前々から密かに寄せていた、断ち切れなかった想い。

うまく言えるだろうか。ちゃんと伝わるだろうか。

「だって私も、あなたのことが…………好き、大好きだから。これからも、ずっと」

生まれて初めての告白は、想像していたよりもすんなりと言えた。

こんなことを言える日が来るなんて思わなかった。

「……初めて言ってくれたな」

「卑怯よ、あなたは。そんな風に言われたら、私も言わないわけにはいかないじゃない」

「あー、なんだろうな。月並みな言い方しかできねぇけど、すげぇ嬉しいよ」

彼は今までに見たこともないような面映ゆい顔を見せた。困ったように、照れながら。

本当に卑怯だ。そんな顔をされると、私はもう……けど……。

「由比ヶ浜さんにはなんて言うつもり?」

「……ちゃんと俺の気持ちを言うよ。けど俺はあいつにも離れてほしくないし、お前とも友達のままでいてほしい」

本当に、彼は変わった。このような論理的でも理知的でもない、強引で無茶なことは以前の彼なら絶対に言っていないと断言できる。

「あなた、滅茶苦茶なこと言ってるってわかってる?由比ヶ浜さんも私も、聖人でも君子でもないただの高校生なのよ」

「わかってる……というか、わかって言ってる。俺のエゴだってことも、お前らに負担かけるってことも。俺は由比ヶ浜と付き合ったりはできないけど、三人の関係も続けていきたいんだ」

「……呆れるしかないわね」

「……すまん。でも、これが俺の本音だ」

これが彼の言う、前に進む、ということなのだろうか。

確かにこれで停滞はしない。なんらかの変化はする。だが、その変化が私にとって、全員にとって望ましいものとは限らない。

ただ、彼が前に進むと言うなら、置いていかれたくないなら、私も前に進むべきだ。置いていかないでと彼に懇願するのは間違っている。

今はどこが前なのかも、何が本物で何が偽物なのかもわからないけれど、彼が見つけてくれた私を大事に守ることから始めよう。

顔を上げ、真っ直ぐに背筋を伸ばす。

「本当に勝手だわ。でも……私も同じ。私は彼女のこともあなたと同じぐらい好きで……大切にしたいと思ってる。だから私も、ちゃんと話すわ」



それから、彼の終電の時間までと決めて、たくさんのことを話し続けた。私のことや由比ヶ浜さんのこと、生徒会のこと、私たちのこと。

たまに体中がくすぐったくなるようなことも言ったり、言われたり。

今日私は彼と想いを伝え合ったけど、問題がすべて片付いたわけじゃない。由比ヶ浜さんとはどうなるかなんてまだわからないし、私や彼に新たな問題が出てこないとも限らない。

けど今は、本音を話してもまだ続けていけることが嬉しいと、彼はそう言った。

それでもまだ私は、比企谷君にも由比ヶ浜さんにも言っていないことがたくさんある。家の問題や私自身の問題、これからの私のことも。

私は素直じゃないから、急に全部を話すことなんてできない。だから、絡まった糸をほどくように、少しずつ、一歩ずつ。

私の大切な人に歩み寄っていこう。

「……その、すげぇ今更だけど、それ。似合ってる」

ふと思い出したように言う比企谷君は、私の目より少しだけ上、おでこ?髪?を見ている。

……そうだ、忘れてた。皆が帰ってからすぐ、髪をまとめて彼からもらったシュシュを着けたんだ。

うぅ、恥ずかしい。こいつこんなものでどれだけ喜んでるんだよとか思われてないかしら。

「あ、ありがとう。嬉しくてつい、その……お試しみたいな……」

「そ、そうか……」

二人して顔を赤らめ、何度目かもよくわからなくなった静寂が流れる。お互い干渉しない静寂と違って、意識し合った静寂は少し落ち着かないけど、心地好い。

「そろそろ帰んねぇとな……。あ、そうだ。最後に一つ、お前進路どっちするつもりなんだ?」

ごく自然に放たれた質問。こんななんでもないもので、彼との距離が縮まったことを実感した。

当たり前のように踏み込んできてくれる彼に、それを受け入れることができた私に。

「進路と言っても私は国際教養科だから、文理選択は関係ないのだけれど……。一応、文系にするつもりよ」

「そうなのか。陽乃さんが理系だから、てっきりお前も同じだと思ってた」

「……確かに、前までそうだったわ。母にもそうしろと言われているし」

変えたのはただの反抗からじゃない。

「お前って理系科目別に苦手じゃねぇよな」

「苦手どころか、むしろ得意なほうね。論理的で合理的な思考のほうが理解しやすいわ」

それでも、私は変えたくなった。

「だよな。……じゃあなんで文系にしたのか、聞いてもいいか」

「…………私にもやりたいことが、なりたいものがあるの」

「そうなのか……立派だな。俺にはそういうのねぇからな」

「全然立派じゃないわ、まだ母にも言ってないもの……」

怖かった。勇気も度胸も覚悟も、何もなかった。だから言えなかった。

「……そうか。でも、言わないわけにもいかねぇだろ」

今は私を見てくれる眼がそこにある。どんな私も見つけてくれる、安らぐ瞳。澄んではいないし、変だけど……とても愛らしい瞳。

見られているんだから、私はもう逃げない。彼を失望させたくない。自分に失望したくない。

「……うん。これは私が解決すべき問題だから、あなたに助けてもらおうとも思ってない。ちゃんと……伝えて、わかってもらうわ。どんなに時間がかかっても」

「おお。お前ならできるよ。絶対」

「ありがとう。今日はなんだかあなた、根拠のないことばかり言ってるわね」

「根拠か、根拠ならあるぞ。俺はお前を信じてるからな」

「ふふっ。全然根拠になってないわよ。……でも少し、そんな気持ちはわかるわ」

「なら、よかった。……あのな、さっきから聞いてばっかだけど、どうしても気になるんだ。もう一つだけ聞かせてくれ、これ聞いたら帰るから」

「いいわよ、何?」

「お前のやりたいことって、なんだ?」

言いにくそうな割に、目は興味津々だった。

やっぱり、あんな半端な言い方では気になるわよね。でもあまり素直に言う気にはなれない。

「…………あなたには言いたくないわ。だって、才能ないみたいに言われたことがあるもの」

「はぁ?俺が?そんなこと言った記憶ねぇんだけど……」

「言ったわよ。直接的に才能がないって言ったわけではなくて、そう取れる言葉なのだけれど……私、傷ついたんだから」

「えぇー……。すまん全然覚えてねぇ。つーかなんのことだかわからん。すげぇ気になってきた……」

「……そんなに、気になるの?」

「超なる」

「…………笑わない?馬鹿にしない?」

「んなことするわけねぇだろ」

「…………。私、実はね、昔から………………」



嘘つきと罵ってから彼を見送りに外に出ると、雪は積もることなく、既に止んでいた。


一一一


あれから幾度もの季節を重ね、いくつもの変化を目の当たりにしてきた。

それはいつも通っていた道にあったお店の閉店であったり、毎年美しい紅葉を見せてくれた街路樹の伐採であったり、大事にしていた本の状態が少しずつ劣化したり。

取るに足らない些細なものから、心に染みを作るような大きなものまで、すべてこの目に収めてきた。

季節の移り変わりは私自身の環境も大きく変えた。生徒会長を退いて、高校を卒業して、大学へ入学して……。

そのどれもが一抹の不安と寂しさを、それだけでなくこれからへの期待を抱かせる、私の人生の節目と呼んでもいい出来事だった。

目まぐるしく変わる環境に、慌ただしく終われるように過ぎ去る日々もあったが、今はもう大分安定した生活ができていると思う。

しかし、今度はすぐに就職活動が、就職が待っている。経済的に自立していない学生から責任をより問われる社会に放り込まれるわけで、これまでより大きな変化となることは想像に難くない。

昔の私なら先の見えない未来に怯え、自分以外が示してくれる標に頼ったり、用意された道にしがみついていたのかもしれないが、今はもうそんなことをしなくても大丈夫。

私の世界以上に、私も変わることができたから。

今の私は目標を自分で定め、それに向けて前に進むことができる。そう変わった。

こんな風に内的にも外的にも様々なことが変わってしまったわけだが、そんな中で変わらずにいるものも確かに存在する。

「ゆきのーん、久しぶりー!待ったー?」

彼女はあれからずっと変わらず、わたしのかけがえのない友達のままだ。ううん、友達じゃなくて親友になった。

「元気そうね、由比ヶ浜さん。私も今来たところよ」

朗らかに笑い、私に引っ付いてくる彼女は相変わらず童顔ではあるが、随分大人びて見えた。これは私の気持ちの変化からなのだろうか。



彼とのことは、最初に私から伝えた。二人同時にだと嫌味ったらしい気がしたので、一人ずつ別々に彼女と話した。

彼女はとてもという言葉で言い表すには失礼なほど寂しそうにしていたが、泣かなかった。

やがて彼女は笑って私の手を取り、あたしに出来ることならなんでもする、私が一人で立てるように助けると、そう話した。そして、ずっと友達だよ、と付け加えてくれた。

泣いたのは、泣かされたのは私のほうだった。結局彼女も私につられたのか、笑顔のままで泣いていた。世界で最も優しくて暖かい、けど何よりも切ない涙は、私にひとつの決意をさせた。

もし彼女が困ることがあれば、何においても助けに行こう。そのときは私にできるすべてを使い、彼女を支えよう。

私が勝手に思っているだけでもいい。由比ヶ浜さんは私の生涯の親友だ。こうして私の身には余るほどの宝物がまた増えた。

そのおかげで、それからも生徒会は私の大切な居場所で在り続けた。

その後も皆とさまざまなイベントをこなし、時に三人で奉仕部としての依頼解決もしながら、残された高校生活を謳歌することができた。

彼女は三人の中で一番成長して、誰よりも大人だったのだろうと思う。

だからだろうか、奉仕部で行っていた例の勝負、平塚先生の選んだ勝者は由比ヶ浜さんだった。

勝敗の基準は相変わらず不明だが、私はそんな気がしていたから別に驚かなかった。彼もおそらくそうだったのだろうと思う。

そして勝者の特権である命令は、これからも仲良くすることだった。奉仕部の三人で、生徒会の五人でずっと仲良く。これが彼女が私達に命じたことだった。

予想はしていた。彼女ならそう言いそうだと。でも、本当に言うとは思わなかった。もとより私が頭を下げてでもお願いしたかったことでもあるので、快く拝承した。

敗者への命令なのに快くとは可笑しいなと、平塚先生は嬉しそうに微笑んでいた。

そのあと由比ヶ浜さんから比企谷君個人へ何らかの命令があったようだが、私はそれを未だに聞けていない。

ゆきのんは知らなくていいことだよと言われたけれど、気にならないわけがない。

でも、いつか二人は話してくれるだろうと、話してくれるまで続けていこうと、今はそれで納得している。

こうして彼女とは変わらず仲良くしているが、変わらないものはまだ他にもある。それは、あの生徒会のメンバーの繋がりだ。

「やぁ、久しぶりだね、結衣」

「おー隼人くーん。おひさっはろー」

彼もその一人。

私は家の付き合いで彼と会っているから、由比ヶ浜さんほど久しぶりという感じでもない。

彼とはある約束を交わした。私と彼の過去にまつわる、共通の苦い記憶。後悔と呼んでもいい。それをいつか、二人で精算しようと約束をした。

まだ果たされてはいないが、彼はそれを済ませたら自分も前を向くと、そう話していた。

彼も変わろうと、前に進もうと足掻いていると知り、古くから残ったままだったしこりはまた少し小さくなった。

私も家のことから逃げなくなった。やりたいことがあるので親の言う道に進む気はないが、行事などからは逃げずに参加するようにしている。さほど必要とされているとは思えなくても、一応。

決意した次の日に母と会い、私の思いを、拙い私の言葉で少しずつ伝えた。

最初は頭ごなしに否定され会話にはならなかったが、諦めず何ヵ月もの間、会う度に同じ話を延々繰り返した。

すると母は、あまりに強固な態度で主張する私に根負けする形で、渋々ながらも半分ほどだけ認めてくれた。これには少し意外……でもないか、薄々はわかっていたけど、姉さんの後押しもあったから、そのおかげでもある。

長女と言う立場からか、姉としての威厳からか、姉さんは家のことは私に任せてあなたは好きなことをやりなさいと言ってくれた。一生頭が上がらなくなる瞬間だった。

そうして大きな貸しを作ることで私より精神的に優位に立ちたいという思いも若干透けて見えたので、ただの意地だけの反発や、姉さんの戯れ言をあしらう姿勢は未だに続けている。

でもきちんと感謝も忘れてはいないつもり。そうでなければただの子供だから。いや、まだ子供ね、私は。

姉さんは私の姉で、私は姉さんの妹で、家族だ。私には家族を捨てることなどできない。私の帰る場所なのだから。大事な居場所であることには変わりないから。

「こんにちはー、皆さんお久しぶりですー」

「わー、いろはちゃんおひさっはろー」

「久しぶりだね、いろは」

彼女、一色さんを残して一足先に高校を卒業した私たちは、四人とも別の大学に進学した。翌年卒業した一色さんだけが比企谷君と同じ大学だ。

進路がバラバラになったので、当然一緒にいる時間は減った。私以外の人同士がどうしているかを仔細に把握しているわけではないが、こうしてたまに集まって話を聞く限りは頻繁に会っているわけではないようだ。

つまり、全員がそれぞれの場所で、新たに独自の人間関係を築いている。

ただ一色さんと比企谷君だけはそうでもないようだけれど?いや別にこれは嫉妬とかそういうのじゃなくて、彼と同じ大学に行った一色さんがちょっと羨ましいとかそういうことでもなくて、ええと……。

私も彼とはたまに会うようにしているから、そんな風には思ってないはず……思ってるのかしら……。

「な、なんですか雪ノ下先輩……。なんで睨むんですか、わたしの顔、なんかついてます?」

「い、いえ。ごめんなさい、なんでもないわ。ちょっと眩しかっただけ」

「えー。今日曇ってるじゃないですか。ていうか超寒くないですか?早く行きましょうよー」

あのときの生徒会メンバーでこうして定期的に集まって、何か目的があるわけでもなく遊んだり出掛けたりするのが自然と恒例行事になった。今日は私の家で、あれから毎年やっているクリスマスパーティーだ。

「ヒッキーまだかなー。誰かなんか聞いてる?」

由比ヶ浜さんが三人の顔を見渡す。私に連絡が来ずに他の人が聞いていたらちょっと、いやかなりショックなのだけれど……。
 
「わたしは何も。来るとは言ってましたけど」

「あたしも。隼人くんは?」

「はは、あいつが俺に連絡するはずないだろ」

葉山君が笑いながらそう言えるあたり、彼らの関係も変わったのかもしれないと、なんとなくそう思った。

「あはは、そっかぁ。ゆきのんは?」

「いえ、私も特に…………あ、来たわ」

見ると、両手をポケットに突っ込んで卑屈そうに歩く彼の姿があった。私の最愛の…………まだなんでもない人。

彼とは想いを確認し合ってはいるが、ちゃんとした恋人関係にはまだなっていない……と思う。だってそういう、通過儀礼の告白はまだだし。

一人で立つことができるようになったら、という言葉のハードルが自分の中でどんどん高くなり、今では経済的な自立ができるようになったらという意味で捉えている。

そんなわけで、まだちゃんと言えていないのが実情だ。

でもこうして皆で会ったり、たまに一緒に出掛けたりしては、傍から見たら好意を確認し合っている間柄とは思えないような時間を過ごしている。

正直、彼には酷い我慢を強いている気がしてならない。

男性にはいろいろあることぐらい私だってわかっている。男性だけに限った話でもないけれど、それはまた、徐々に、いずれ、追い追い……。これは順番を守りたい、ような、そうでもないような。

「うす」

「先輩、おーそーいー。さーむーいー」

「ヒッキーおひさっはろー!」

「女性を待たせるなよ、寒いのに。あ、久しぶり」

「へいへい、待たせてすんませんね。つーか集合時間の五分前じゃねぇか。お前らが早すぎんだよ」

「よーし、じゃあ揃ったし買い物行こーかー」

「早く暖かいとこ行きましょうそうしましょう」

三人が前を行き、私と比企谷君が後ろ。歩き始めてから静かに言葉を交わし始める。

「こんにちは」

「おお、こんにちは。…………元気?」

「元気よ」

「寒いな」

「ええ、雪が降るかもしれないわね」

「そうか……」

「ええ……」

短い言葉のやり取りが続く。恋人らしさは皆無。まだ正式にそうなってないから仕方ないのだけれど、彼は今を、私との関係をどう思っているのだろうか。

「ねぇ、私とあなたって、どういう関係なのかしら?」

「…………さぁ。まだ恋人じゃねぇから……、友達?じゃねぇの?」

「それはありえないわ。私はあなたと友達になりたいなんて思ったことはないもの」

私から言おうとしたあれは、押し殺してのものだったし。

「あ、さいですか……。じゃあ何にならなりたいって思うんだよ」

「そんなの言わなくてもわかるでしょう。他人か……」

「まず他人かよ、傷つくわ……」

「恋人か、家族よ」

突拍子もない発言だとは思いつつも、彼となりたい関係はと聞かれたらこれが適切だとしか思えない。

だから素直に言ってみた。顔から火が出そうだ。赤くなっていないと良いのだけれど。

「えぇー。後者はまだ気が早いんじゃないですかね……。まず友達からとかで始めるのが一般的なんじゃねぇの」

「た、確かに家族は少し気が早いわね。でも、一般的なんて言葉が私とあなたに当てはまると思ってるの?」

「……そうだな。捻くれてる俺と真っ直ぐすぎるお前で普通のラブコメになるわけがねぇんだよな」

「そうね。でもこれが私達だから、別にいいんじゃないかしら」

「だな。まぁ、いいかこれで」

前の三人と少しだけ距離が空いた。私達の歩く速度が遅くなっているせいだ。

肌を刺すような冷たい風が吹き、視界にある木々を揺らした。マフラーに顔を埋め、前を向く彼の横顔を眺める。彼の吐く白い息に湿っぽい色気を感じた。

彼と並んで歩いてはいるが、私は本当の意味で彼と並び立つことができているだろうか。

そうであってほしいと願うものの、答えは誰も教えてくれないから自分で判断するしかない。

私の今の感覚に従うならできているはずだ。私は彼に甘えたいけど、もうすがりはしない。死ぬほど辛くても、彼に関係なく一人で自分の道を歩むこともできる気がする。

だから、彼のことをもっと知りたい。もっと欲しい。触れたい。触れて欲しい。いつまでもこんなプラトニックにもほどがある関係でいたくない。

「あの……目指しているものに向けて努力はするけれど、それだけだと経済的な自立はできないから就職はするつもりって言ったわよね」

「おお、知ってる。応援するよ。俺も真面目に働く。……辛いけど」

「内定したら、その、自立したと言えなくもないから、そうなったら、ちゃんと、言うから……」

「……いいのか?」

「うん。もうあなたを我慢させたくないの」

「…………俺、そんな物欲しそうな顔してる?」

「た、たまに……。凄くその、視線を……」

ああ、今私は口元をじっと見られている。気のせいではなく、そんな風に感じることが確かに増えてきた。そんな視線を感じると私も熱いものが込み上げてきて、気を静めるのにいつも苦労する羽目になる。

「すまん……。いやでもそんなん気にせんでくれよ」

「そんなわけにはいかないわ。…………いえ、ごめんなさい。正直に言うと、私も、もっとあなたと……」

「……そ、そか。なら待ってる。待つのがある意味気持ちよくなってきてるし、もう少し待つぐらい全然平気だ」

「それ、飼い慣らされてきてるだけじゃない……」

このままでは彼がドMになってしまう。それは私にとってもよろしくない。彼には……いや、何を考えているのよ私は。

「置いていかれるぞ」

足を止めているうちに、三人とずいぶん距離が開いてしまった。頷いてから少しだけ早足で追いかける。

「お前さ、昔世界を変えるとか言ってただろ」

不意に彼が封印したい記憶に触れてきた。古傷が疼くような感覚に陥るからやめてもらえるかしら。

「何よ突然、そんなのもう忘れてよ……。恥ずかしいじゃない」

「世界は変わったか?」

「……ううん。私が変わっても変わらなくても、私を取り巻く狭い世界は変わらない。私を映す鏡として、そこにあるだけだもの」

「…………そうか」

「でも私と、私の目線は変わった。だからもうそれはいいの」

「そか。じゃあ、次の目標を決めないとな。何かに向かってるほうが道がわかりやすくていいだろ?」

「そうね。でももう、あなたに言われなくてもちゃんと決まっているわ」

「ほーん、そりゃよかった」

「……聞かないの?」

「聞いてほしいの?」

「…………黙って聞いてよ」

「……じゃあ、雪ノ下。次の目標は?」

足を止め、また立ち止まる。

彼もそれに気づき、立ち止まって振り返る。

大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

白い息とともに、想いを、願いを込めて。

「…………幸せなお嫁さん、かしら」

「ばっ…………えー。な、なれるといいな」

彼は絶句して仰け反ったが、踏み留まって私の視線を受け止めた。

まだちゃんと付き合ってもないのに、気が早い馬鹿みたいな想像だってわかってる。

これからちゃんと付き合ったら、一緒に生活を始めたら、これまで見えなかった嫌な部分もたくさん見えてくるのだと思う。つまらないことで喧嘩もすると思う。意地を張って怒らせることもあると思う。

けど私は、あなたがそうしてくれるように、駄目な部分も嫌な部分も全部含めてちゃんと好きになるから。その自信ならあるから。

夢で終わらせる気はないの。

だからこれは、夢じゃなくて、目標。

「そうね、なれるといいわね」

ただ、相手次第でもあるのよね。

だから私は、彼に好かれるように、少しだけ素直になってみようと思った。

これが簡単そうで、私には一番難しかったりする。

「…………頑張ります」

「頑張ってね、期待してるわよ。…………比企谷君」

今度は心を込めて、彼に聞こえるように。

愛しい人の名前を唱えた。

その日、珍しく千葉に雪が降った。四年ぶりのホワイトクリスマスだった。


【雪ノ下雪乃 私の次の目標は】

雪乃ルート終わり

いろいろ言いたいことはありすぎるけど、なるべく手短に

とりあえず、疲れた、こんな長いのはもう二度と書かねぇ
と言ってもまだ残りのルートを書くつもりですが一応完結はさせることができたので、これで気楽になりました

雪乃ルートを最初にしたのは、ヒロインだからってのと、個人的に雪乃メインの話を書いたことがないし今後も書かない(たぶん書けない)からであんま他意はないです

どうなんですかね、ゆきのん可愛く書けてたでしょうか
感想下さい是非に
読んでくれた人、レスくれた人、超嬉しいです愛してる

次は自分の一番好きなあのキャラ予定です
またそのうち

悲しいに決まってる。辛いに決まってる。ゆきのんはもちろん、振ったヒッキーだって苦しいはずだよね。

胸を打たれた。二人の姿に。言葉に。姿勢に。覚悟に。

本音で向き合うということと、痛みは切り離せない。痛いのはあたしだけじゃない。二人はそれを飲み込んで、それでも続けたいって教えてくれてるんだ。

本物とかよくはわからないけど、それがきっと、ヒッキーの言う前に進むっていうことなんだ。

だったら、あたしも逃げてちゃダメだ。痛くても、ちゃんと前を向くんだ。

「嬉しい、けど……。なんで、なんで二人はそんなに、あたしに優しくしてくれるの?あたしはあんなこと考えてて、酷いことも言っちゃったのに……」

「今回は俺たちの番ってだけだ。……俺と雪ノ下は、これまでお前の優しさに何度も救われてきたから。追いかけないわけ、ないだろ」

>>122
本物とかよくはわからないけど
→本物とかはよくわからないけど

そして修正ついでに前書いたやつお答え

比企谷八幡は変化を受け入れる
由比ヶ浜結衣はまた恋をする
一色いろはは諦めきれない
川崎沙希に幸福を
いろは「おかえりなさい、せんぱい」八幡「いい加減先輩ってのは……」
いろは「おかえりなさい、あ、あなた」八幡「……やっぱ先輩にするか……」
結衣「おかえり、ヒッキー」八幡「……いつまでヒッキーって呼ぶんだ」(途中)
あとはこれ(途中)

これが長すぎて夏から一つも完結できてない
私はもうちょっとさらっと読める感じを目指してるんですが全然うまくいかない
あと最近ちょと忙しくてあんま書けてないのでもうしばしお待ちを……

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