神崎蘭子「白馬に乗ったお姫様」 (74)



 「ふわぁあ……」


すごい。すごい。
すっごいです!


 「おーい、蘭子ちゃーん。置いていかないでくれよー」

 「あ……ご、ごめんなさいっ」

 「蘭子。そのブーツで走ると危ない、です」

気付いたら、プロデューサーとアーニャちゃんを置いてっちゃってました。

 「はは、まぁ気持ちは分かるけどねぇ。こんな所来たらはしゃいじゃうよなぁ」

 「此れは逸り等ではない! 我が身が高揚に耐えかねただけよ!」
 (は、はしゃいでないです! ちょっとウキウキしてるだけで)

 「蘭子。それ、一緒です」

プロデューサーが手で顔を扇ぎながら笑います。
……はしゃいでないもん。

 「アーニャちゃんはどうだい? やっぱりワクワクしてるかな」

 「ダー。私もドキドキ、してます」

 「いやーやっぱりアーニャちゃんは落ち着いてるなぁ。お姉さんだなぁ。なー蘭子ちゃん?」

 「むー-!!」

 「はっはっは」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1430319387


プロデューサーはいっつも私の事を子供扱いします。
私だってもう高校生なのに。もうっ。

 「さて、挨拶に遅れちゃマズいからね。行こうか」

 「うむ」
 (はーい)

 「後でゆっくり、見られますから」

アーニャちゃんの言う通り、後でじっくり見させてもらおうっと。
でもやっぱり、ちらちらと目を向けちゃいます。

 「……すごいなー」

満開の桜の樹の下を。


お馬さんと騎手さん達が、かっぽかっぽとお散歩していました。


黒衣の騎士こと神崎蘭子ちゃんと、白雪の姫君ことアナスタシアちゃんのSSです


前作とか

高垣楓「一線を越えて」 ( 高垣楓「一線を越えて」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1428818898/) )
こっちはあんま関係無い

岡崎泰葉「あなたの為の雛祭り」 ( 岡崎泰葉「あなたの為の雛祭り」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425633517/) )
こっちのちょっと後


蘭子は猫を飼っています
アニャ蘭ください

グリフォンだっけ、蘭子ちゃんが拾ってきたの?

 ― = ― ≡ ― = ―


 「騎士の輩!?」
 (お馬さん!?)

 「ローシュドゥ……馬、ですか」


蘭子が勢い良く椅子から立ち上がると、膝の上でお昼寝をしていたグリフォンが転がり落ちました。
眠そうに顔を拭うと私の膝へ飛び乗って来て、すぐに目を閉じます。

 「乗れるの!?」

 「その話をしようって事だよ。さぁ、座ろうか」

 「うむ!」
 (うんっ!)

椅子に座り直した蘭子の膝に、グリフォンをそっと乗せました。
蘭子が背を撫でると、グリフォンが満足げに喉を鳴らします。

 「さて雛祭りも終わって、来月から新年度が始まる訳だけど」

 「新たなる舞台の幕開けよ」
 (私も高校生です!)

 「蘭子ちゃんももう女子高生かー…………そうかぁ……」

 「怯えが仮面を透けて視えるぞ」
 (プロデューサー、何でちょっと不安そうなの?)

 「これが資料なんだけど」

蘭子の言葉を流して、プロデューサーから資料を手渡されます。
十数ページの紙束の表紙。
その一番上には強調された一文が書かれていました。

>>4
Yes、よくご存じで

一応貼っておきますね
アナスタシア「可憐なる魔獣」 ( アナスタシア「可憐なる魔獣」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1416053247/) )


 「……『迎えに行こう、』」

 「『王子様を。』……ですか?」

 「ああ。テレビ番組とかも含めた結構な大型企画なんだけど、ずばりテーマは」

プロデューサーが、指を立ててニヤリと笑います。


 「『次世代のシンデレラ』だからね……ああ、今回はニュージェネは関係無いよ」


シンデレラ。
蘭子がなって、私がまだなれていない目標。


 「今回の企画では馬に焦点を当ててるんだ。浜川さんは知ってるかな」

 「乗馬が上手……でした、ね?」

 「彼女を中心に何人かがイギリスまでロケに行く予定でね」

 「騎士共の聖地か」
 (乗馬の本場ですよね)

 「で、こっちの撮影は歴代シンデレラガールの誰かがやろうって話だったんだ」

 「それで、蘭子を?」

 「渋谷さんは多忙なんで辞退。十時さんの担当と俺が手を挙げたんだけど」

ちらりと私を見て、すぐに視線を戻して。
プロデューサーがぺらぺらと資料を捲ります。

 「何とか勝ち取って来たよ」

 「下僕よ、褒めて使わすぞ」
 (すごいです!)

 「絶対逃したくない企画だったからね。いやぁ彼も手強かった」


 「次はあなたの出番ですよ、リーダーさん」

 「…………?」

蘭子が不思議そうな顔で私達を見つめます。
帽子からぴょこりと飛び出たポニーテールも、同意するように揺れていました。

 「何の?」

 「競技だよ。蘭子ちゃん」

 「誰が?」

 「蘭子です」

 「これから?」

 「ええ、そうですよ」

ぽっかりと口を開けて、蘭子がしばらく固まります。
そして辺りを見渡すと。
ついさっきまでのJさんの走りに、周りに集まった皆さんが盛り上がっていました。

 「む、ムリムリ無理ですっ! こんなたくさんの盛り上がってる人達の前でっ!」

 「何を言ってるんだい二代目シンデレラガールさんや」

 「ダー。蘭子ならこの十倍居たってへいき、です」

 「あ、あれはいっぱいいっぱい練習したからで……!」

 「あら。練習ならあんなに一生懸命していたじゃありませんか、蘭子ちゃん」

 「む、むむむむ……!」

蘭子が涙目になって、握った手をぶんぶんと振ります。


 「わ、我が」

 『チームシンデレラ、最後は神崎蘭子さんです』

 「ぴっ!」

蘭子が言おうとした言葉がアナウンスにかき消されます。
周りに集まったみんなが、蘭子に注目していました。

 「わたっ、わたしは……」

 「蘭子」

グリフォンを抱き上げて、蘭子の鼻先へ差し出しました。
蘭子の頬をたしたしと叩いて、丸い目で蘭子をじっと見つめます。

 「ミィ」

 「…………」

 「グリフォンの言う通りです、蘭子」

 「……良かろう。その言葉、信じよう」
 (うん……やって、みるよ)

まだまだぎこちない動きで、蘭子が何とか落ちずにブーケへ跨りました。
固い表情のまま、スタート位置へと歩いて行きます。

 「蘭子……緊張、してますね」

 「そうですねぇ。普通そういった緊張は馬へ伝わって宜しくないものですが」

 「?」

 「真剣な乗り手には、ウマが合わせる事もあるんですよ」

Jさんの笑顔に、私は何度も頷きました。


 「ところでアーニャちゃん、一つだけいいかな」

 「ダー。何ですか、プロデューサー?」

 「……グリフォン、さっき何て言ったんだい?」

 「『自分だって乗れるんだから、蘭子に出来ない筈がない。ここで応援している』、と」

 「…………」

 「ニャ?」

抱き上げたままのグリフォンを、プロデューサーが無言で撫でます。
真ん丸の瞳が、不思議そうにその手を見上げていました。

 ― = ― ≡ ― = ―


 『最後の走者は神崎蘭子さん。彼女はシンデレラガールズプロダクションに――』


アナウンスさんが私の事を紹介してくれています。
たぶん。

 「…………」

でも、内容が全然頭に入って来ません。
馬の耳に念仏っていう言葉があったけど、これからは使わないようにしましょう。

 『――ので、神崎さんのタイム次第では入賞――』

Jさんもブーケも、すっごくカッコよかった。
見てる人達もさっきの走りに夢中になって、まだ熱が冷めてないみたい。


……私も、あんな風に

 「始め」


聞こえてきた合図に身体が震えました。
一拍遅れてブーケを走らせます。
すぐに、最初の障害が近付いてきました。


タンッ。


 「や、やった……!」

何とか飛び越えられました!


そう思っていたら、次の障害はすぐ目の前まで迫っていて。


 「っ!」

体勢が整えられずに、手綱を引いて引き返しました。
私のせいで、不従順……もう一度やると、失権になっちゃいます。

 「ブルッ……」


――どうした。


ブーケがそう訊ねるように振り返って。


――ウマを合わせてみてはどうでしょう。


Jさんの言葉が頭に浮かびました。


 「行こうっ」


ブーケの呼吸に合わせて、二つ目の障害を飛び越えました。



がしゃり。


十個目の障害でバーを落としてしまいました。
これで減点二つ目。
残ったのは、一番高い130cmの障害一つだけ。

 「……っ」

あんな風に跳べる実力なんて無いのは、どうしたって分かってます。
でも、私を……ううん。
ブーケを見ている人達はきっと、また夢中になれるような何かが見たくて。
私も、期待しているみんなに、ブーケのカッコいい姿を少しでも見せてあげたくて。


私だって、アイドルだもん。


会場のみんなに、少しでも楽しんでほしいから。


だから。


 「ブーケ」


お願い!


 「――あなたに、合わせるからっ!」


まっすぐに障害へ向かっていたブーケの脚が。
ゆっくりと勢いを失って、バーのすぐ手前でぴたりと止まりました。



 「……ブーケ?」


不従順。


ブーケが障害の手前でくるりと振り返って、ゆっくりと真逆へ歩いて行きます。
……そっか。
私があんまりヘタだから、ブーケに愛想も尽かされちゃうよね。
でも、私はいいけど、ブーケのカッコいい所、もっとみんなに見せてあげたかったな。


ぴたり。


 「え?」

他の人達が見守る柵の手前で、ブーケがまた立ち止まって。
もう一度、バーに向かって振り返りました。

 「ブーケ?」

私の質問に、ブーケが力強い鼻息で答えます。

 「ひゃ、わっ!」

そして、勢い良く走り出しました。
練習でも出した事の無いスピードに振り落とされないよう、必死で手綱に掴まります。

 「ブー、ケ」


気付けば、障害はもう目の前で。




ずどんっ。



とんでもない音が、お尻の下から響いて来て。



 「翼を授かりし、天馬?」
 (……とんでる?)



視界いっぱいに、気持ちの良い青空が広がりました。



翼でも付いたみたいに、身体がふわりと軽くなって。
周りの景色が、とてもゆっくり動いているように見えて。



――まるで、魔法に掛かったみたいでした。



130cmより、ずっと。
160cmだって、らくらく跳べるくらい。
ううん。


空にだって、このまま飛べてしまいそうなくらい。


視線を横にずらすと、こちらを見上げる人達の顔が見えました。
その中に、みんなの姿も混ざっていて。


まぁるく口を開けて、驚いたようにこっちを見つめるアーニャちゃん。
隣で首を傾げながら見ている白雪。
アーニャちゃんと同じ青い目で、眩しそうに眺めるグリフォン。
何だか慌てたように駆け出しているプロデューサー。
そしてJさんは、ちょっと困ったような、どこか呆れたみたいな。


けれどいつもの優しい顔で、くすくすと笑っていました。


視界の端に、私の両手が映っているのに気付きました。
でもその手には、不思議と何も握られてなくて。


 「む?」


あれ、手綱はどこにいったんだろう?
辺りを探してみると、ブーケの背中が、そこに乗った鞍が、真下にあるのが見えました。


あ、なるほど。



 「痛いの、やだなぁ……」



地面へ落っこちる寸前に、プロデューサーの大声が聞こえた気がしました。

 ― = ― ≡ ― = ―

 「うぅ。みんな、ごめんなさいー……」

 「ごめん、ごめんなぁ蘭子ちゃん。俺がもっとしっかり準備すればこんな……!」

 「ニェート。プロデューサーが悪いわけじゃない、です」

幸い、と言うべきでしょうか。
高く舞い上げられてから落ちたのに、左肘のねんざだけで済みました。
包帯を巻かれる蘭子も、包帯を巻くプロデューサーも、未だにちょっと涙目です。

 「はい、湿布を持って来ましたよ。大丈夫ですか蘭子ちゃん」

 「うん、だいじょうぶ。Jさん、ごめんなさい……」

 「何を言ってるんですか。あなたもブーケも立派なものでしたよ? 特に最後のはね」

落馬は失権、失格になるルールです。
Jさんの記録は個人2位でしたが、チームは15チーム中13位でした。
みんな一生懸命に頑張った結果です。とっても嬉しい、です。

 「蘭子ちゃんの歳であれだけ跳んだのは、私も初めて見ました」

 「でも、落ちちゃったし……」

 「そうですね。初めに教えた通り、落ちる前は手綱を握っておかないと危ないですが」

気付いて、Jさんが振り向きます。
そばに寄って来たブーケが心配するように、蘭子へ顔を近付けました。
蘭子が嬉しそうに手を伸ばします。


 「おお、天馬よ!」
 (ブーケ!)

 「ブルッ……」

ブーケが顔を背けて、どこかへすたすたと歩き去って行きました。
手を伸ばして固まったまま、蘭子がまた涙目になっていきます。


 「ぶ、ぶーけぇ……」

 「……ごめんなさい、忘れていました。あのコ、湿布の匂いが苦手で」


Jさんが、申し訳無さそうに笑いました。

 ― = ― ≡ ― = ―

 「わ、我が痴態を衆目に晒すと宣うのかっ!」
 (落ちるとこはカットしてくださいっ!)

 「いや問い合わせたんだけどね、今後の安全意識向上の為にも流してほしいと……」

 「ぐ、ぐぬぬっ……!」

み、みっともないところをみんなに観られちゃうのはイヤだけど……。
みんなに乗馬も怖がらないで始めてほしいし……むむむ。

 「まぁ表彰式も終わったし、今日は帰ってゆっくり」

 「あ、あのっ!」

背中から声を掛けられて、プロデューサーが振り向きます。
乗馬服を着た、ちょっと年上の女の子二人組でした。

 「サインしてもらえませんかっ」

色紙を差し出されます。

 「む……我が紋章を欲するか」
 (えっと、私の?)

 「あ、はい! その、それと……」

 「アー、私も、ですか?」

 「いいですか?」

 「ほい。二人とも、ペン」

二人のお名前を聞いて、二枚の色紙にサインします。
ふふふ……サインの練習ならバッチリです!
アーニャちゃんのロシア語のサインもカッコいいなぁ。今度教えてもらおうかなー。


 「ズェベルシーニェ。書けました」

 「えっと……スパシーバ!」

 「それで、ですね……あのっ……」

色紙を受け取った二人が、また色紙を差し出してきます。
あれ、お名前の漢字、間違っちゃったかな?

そう思ったけど、よく見ると色紙が差し出されているのは私じゃありませんでした。
けれど、アーニャちゃんでもなくて。


 「……あら、私?」

 「は、はいっ!」


二人が、真剣な顔でJさんに色紙を差し出していました。


 「まぁまぁ。私はアイドルではありませんけれど」

 「よく知ってますっ」

 「アーニャちゃん達の隣に書いてしまっていいんですか?」

 「はい!」

私達のサインを受け取ると、二人はとっても素敵な笑顔で戻って行きました。
……えっと。

 「Jさん、やっぱりアイドルでしたか?」

 「お二人のように可愛ければやってみたかったですねぇ」


 「そうだそうだ、さっき言いそびれたんだったな」

プロデューサーがペンをしまいながら呟きます。

 「Jさん、乗馬の世界大会メダリストだから」

 「成程…………えっ」


……世界大会の、メダリスト?


 「よしてくださいな。半世紀も前にマグレで銀を貰っただけですよ」

 「いやいや。日本の女性で世界のメダルを獲ったのは後にも先にもJさん唯一人じゃありませんか」

 「あ、あのっ!」

 「どうしましたか、蘭子ちゃん?」

 「えっと……世界大会でメダルを貰うのって、すごくすごいんじゃ……」

 「うん、凄いよ。俺も後でサイン貰おうと思ってたぐらい」

思わず口が開いちゃいました。
あ……だから会場のみんな、慌ててたんだ。
突然発覚してしまった新事実に、アーニャちゃんと顔を見合わせます。

 「アー。どうしてそんな凄い人が、私達に?」

 「ああ、Jさんはメダル獲った頃ね……」

 「いやだわ、お恥ずかしい」

Jさんが、困ったように口へ手を当てます。


 「『白馬に乗ったシンデレラ』、と呼ばれていたんだ」

 「灰被り……」
 (シンデレラ……)

 「蘭子ちゃんには、謝らなければいけませんね」

Jさんが乗馬帽を脱ぎました。
夕陽に照らされて、銀の髪がきらきらと輝いています。

 「実は彼女もここに居たんですよ、半世紀も前ではありますが」

 「彼女?」

 「私にメダルを咥えて来てくれた馬。サンドリヨンです」

 「サンド……?」

 「フランス語で、シンデレラ、ですね」

 「博識だねアーニャちゃん」

半世紀前の、Jさんの愛馬。
銀の輝くメダルを提げた、白馬……。

 「さて、私はそろそろお暇しましょう。久々に動いたら腰に来てしまいまして」

帽子を被り直して、Jさんが白雪に跨がります。
白雪の顔は、何だか誇らしげに見えました。

 「先達よ、深き感謝を捧ぐ」
 (ありがとうございましたっ!)

 「バリショエスパシーバ!」

 「お世話になりました。お礼はまた改めて後日」

 「またいつでも来てくださいね。馬はいつでも歓迎しますよ」


Jさん達が夕暮れの桜並木の下を帰って行きます。
白雪のしっぽが誇るように揺れていて。

Jさんの短いポニーテールも、揃って揺れていました。

 「プラッフラードナ……格好良い、ですね」

 「うん……」

 「ああ。でも、俺は二人だって負けてないと思ってるよ」

 「私達も?」

 「最初に言っただろう?」

プロデューサーが、私の腕にグリフォンを預けます。
まだまだ子供のグリフォンは、疲れたのかぐっすりと眠っていました。



 「『次世代のシンデレラ』だ、ってね」

 ― = ― ≡ ― = ―

 「どうだい、アーニャちゃん」

 「ネイボルシィ……夢みたい、です」

 「それは何よりだ」



――カボチャの馬車。



御伽話の魔法が、目の前に停まっていました。


 「どうしても一度やってみたかったんだよ。ガラスの靴だけじゃちと物足りないと思ってね」

 「マギヤ……魔法で創ったんですか?」

 「残念ながら魔法は使えなくてなぁ。大事なのはここさ」

 「?」

 「伝わらなかったか……」

プロデューサーが自分の腕をぽんぽんと叩きました。
……手作り、でしょうか?

 「本当は東京駅とかでやりたかったけども、あの辺は流石に止められないからなぁ」

 「ここも、人でいっぱいです」

 「スポンサーのおか……まぁいいや。魔法にタネは無いもんだ」

事務所の最寄り駅。
その駅前通りを借りて、イベントが開かれていました。

 「チケットフォーユー、ですか」

 「洒落た名前だろう? 舞踏会へご招待ってね」

 「シンデレラは、いるでしょうか」

 「どうだろうなぁ。シンデレラは一人だけじゃないから」


カボチャの馬車に、乗ってみませんか。


そう銘打って、イベントへ参加する女の子を募集しました。
詳しい数は聞いてませんが、かなりの倍率だったらしいです。


 「絞りに絞って20人だからなー。本当なら全員来てもらいたい所だけど」

 「四人乗り、ですね」

 「相乗りってのもどうかと思ったけど、まぁ大人の事情で」

馬車の扉を開いて中を見回します。
カボチャ色の内装に、ところどころガラスの飾りが付けられていました。

 「アーニャちゃん」

プロデューサーが、真剣な声で言いました。



 「乗ってみる?」


 「――ニェート。私は、乗れません」

 「…………」

 「でも、いつか。乗れるように、なります」

 「…………そうか」

プロデューサーが笑って頭を掻きます。
私はまだ、カボチャの馬車には乗れません。
いつか、蘭子に追い着けたら。
その時は、二人で一緒に乗ってみたい、ですね。

 「アーニャちゃんに今回のイベントへ参加してもらったのはね」

 「はい」

 「俺のワガママなんだ」

 「……ワガママ、ですか?」

 「ああ。ワガママ」

プロデューサーの手が、そっとカボチャの馬車を撫でます。
その目は、どこか遠くを見つめているみたいでした。

 「アーニャちゃんに、シンデレラが見る景色を間近で見てほしかったんだ」

 「……それだけ、ですか?」

 「王子様役が必要だったってのもある。『迎えに行こう、王子様を。』ってね」

改めて、私の着ている服を見直しました。
白いズボン、黒いブーツとジャケット、金のサーベル。
今日の私は、シンデレラじゃなくて王子様でした。


 「ただまぁ、本当に理由はさっき言ったのが大きいよ。何せ――」

そう言って、プロデューサーが私と向かい合います。
浮かべているのは、今までで一番かもしれない笑顔でした。



 「――どうせシンデレラになってやるんだ。ちょっとぐらい予習した方がいいだろう?」


 「……フフ。プロデューサーは、ずるいですね?」

 「大人はなー、ずるいのさ」

カボチャの馬車のすぐ隣で。
王子と、悪知恵の働く側近みたいに。
二人でくすくすと笑い合いました。

 「シンデレラには内緒だぞ?」

 「ダー。蘭子はとってもすごい子ですから。そのまま頑張ってほしいです」

 「ああ。蘭子は、凄いよ」


――かぁん、ごぉん……。


鐘の音が響いて、イベントの開幕までもうそろそろだと知らせてくれました。

 ― = ― ≡ ― = ―


 「プリヴェート! みなさん!」

 『キャアアアアアアッ!!』


王子様姿のアーニャちゃんが微笑むと、興奮した何人かの女性ファンが倒れました。
いつものように待機していた看護係の人たちが、手慣れた様子で倒れた人を運んで行きます。
相変わらず凄い人気です。

 「本日は、私自らがみなさんを舞踏会へご招待致します。さぁ、どうぞ」

 『は、はいっ!』

緊張しているのか、顔を赤くした四人の女の子たちが馬車へと乗り込みます。
ブーケに乗ったアーニャちゃんがまた微笑むと、二人ほど追加で倒れました。
凄い人気です。

 「…………」

 「……流麗なる御者を望むか?」
 (あっちに乗りたかった?)

 「流麗……えっ!? いや、そんな事無い、ですっ!」

 「何時でも申すが良い」
 (そう? 気にせず言ってね)

 「わ、わたしは蘭子ちゃんとの方が……」

荷が重いでしょう、とJさんの言う通り、馬車はブーケに引っ張ってもらう事になりました。
競走馬なのに凄いです。
ブーケもアーニャちゃんに乗られて大人しくしています。

……私の時にもそれぐらい大人しくしてほしいなぁ。


 「あのっ」

 「む」

 「綺麗なお馬さんですね」

 「うん! えへへ……」

代わりに私は白雪に乗っています。とっても良い仔です。
わたしのすぐ前に黒い髪の綺麗な女の子も乗せて、二人乗りしちゃってます。
白雪も意外と力持ちです!


 『――さぁ、出発の時刻となりました! 仮初ではありますが、舞踏会までの道をお楽しみください!』


ごぉん、ごぉん。


 「――さぁ、行こっ! 王子様!」


十二時、ちょうど。


 「――ダー。行きましょう、シンデレラ!」


お昼休みの駅前通りに、鐘の音が響きました。



ぱか、ぱかっ。


通り沿いに集まった人達に、大きく手を振ります。
アーニャちゃんも手を振ると、また女の人が一人倒れました。

 「ほらっ。手、振ってみよ?」

 「え? えっ、と……」

 「こうやって!」

 「…………わぁっ」

腕の中の女の子が手を振ると、通り沿いのみんなも手を振り返してくれます。
ちらりと顔を覗き込むと、

 「……フフフ…………!」

女の子の瞳は、きらきらと綺麗に輝いていました。

 「蘭子ちゃんっ!」

 「どうした?」
 (ん?)

 「アイドルって、すごいね! お馬さんにも乗れちゃうんだ!」

 「今宵の我は単なる偶像には収まらぬ」
 (今日の私はただのアイドルじゃないよ!)

 「え?」

 「だって――」



プロデューサーから預かったお姫様ティアラを、女の子の頭にそっと載せました。



 「――私も、あなたも、シンデレラだもん!」


久しぶりに袖を通したドレスも。
しばらくぶりに履いたガラスの靴も。
やっぱり、見ているだけで嬉しくなっちゃいます!


 「蘭子ちゃん」


女の子が、真剣な顔になりました。
その表情はちょっと不安そうで、でも気持ちが込められていて。



 「アイドルって、楽しいですか? 私も、シンデレラになれますか?」


 「舞い踊る偶像とは、常に業と背中合わせよ」
 (苦しいことや、大変な事もあるよ)

 「……っ」

 「でも。でもねっ!」

俯いた女の子を、ぎゅっと抱き寄せました。
そうやって、目の前に広がるこの光景を見てもらいます。



ガラスの靴。
優しい白馬。
輝くティアラ。
カッコいい王子様。
カボチャの馬車――



 「それ以上に、楽しい事がいっぱいなの!」


アイドルって、楽しい!


 「ライブをしたり、合宿に行ったり。お馬さんにだって乗れちゃったり!」


女の子の目は、近くで見るととても澄んでいました。



 「それに、誰だってシンデレラになれるんだよ」



 「誰、でも?」


 「うん! だって、私達には」


大きく手を振りました。



 「時々頼りなくて、結構いじわるで、でも、ガラスの靴を履かせてくれる――」



あの人は。
いつだって。
いつものように。
笑って手を振り返してくれて――!




 「素敵な魔法使いさんがついてるんだから!」


おしまい。
蘭子ちゃんは良い子魔王可愛いし、アーニャちゃんは天然天使可愛い


映画シンデレラ観ました
魔法使いがガラスの靴を創った後、ちょっとだけオマケの魔法を掛ける辺りで泣きました


これにてCoシリーズ『ガラスの靴のシンデレラ』は完結です
誰もがシンデレラ。


という訳で以下に過去作を全部載っけときます
また見かけた時に読んでくれたら嬉しい


過去作


■『ガラスの靴のシンデレラ』

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■その他

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おっつおっつ
全て読んでいた俺に隙は無かった

>>68
書いといて言うのもアレだけどあなた凄いわ
ありがとう

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