速水奏「雨に躍れば」 (51)
そして私は傘も差さずに、拍手の様な雨の中へ躍り出した。
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虚像の偶像こと速水奏のSSです
前作とか
岡崎泰葉「あなたの為の雛祭り」 ( 岡崎泰葉「あなたの為の雛祭り」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425633517/) )
速水奏「凶暴な純愛」 ( 速水奏「凶暴な純愛」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1411827544/) )
こちらの続編です。およそ二年ほど後の話になります
直接的な性描写を含みます
― = ― ≡ ― = ―
「おっかえりー、奏」
「……呆れた」
寮へ帰って来たのは21時を回った頃。
明りの一つも点いていない部屋の中は闇の中だった。
暗さに目が慣れると、ようやく窓際に座る周子の姿が見える。
「奏も飲む?」
「何これ」
「天狗舞だって。楓さんのオススメらしかったんで買ってみました」
「……はぁ」
緑の四号瓶だか五号瓶だかを手に振って、周子が赤みの差した顔で笑った。
荷物を床へ投げ出して向かいに腰を下ろす。
「貴女ね、今日の日付は分かってる?」
「もっちろん。新ユニットの記念すべき初ライブまでちょうど一週間だよ」
「ライブ前はお酒禁止。……当の楓さんだって守ってるわよ」
「うん、ライブ前は悲壮感に溢れた表情だよね。色っぽいけど」
言いながら、周子がぐい呑みにお酒を注ぐ。
口に運ばれた江戸切子のぐい呑みから、吟醸酒が京娘の喉を流れていった。
「…………」
「…………」
夜の暗がりの中で、向かい合って黙り込む。
夏の雨がBGMを奏でて、沈黙の重さを何処かへ追いやっていた。
「奏もさ」
「え?」
「飲んだ方が良いと思うよ、少しぐらい」
雨に沈んだ窓の外を眺めながら、周子がぽつりと呟いた。
茶化すでもないその表情に、私の胸の底が少しだけ濁り出す。
「だからライブ前は」
「怖いのは奏だけじゃないんよ」
濁りごと、胸を鷲掴みにされた。
ひゅっ、と。
声にならない声が、気付いた時には口から漏れていた。
「あたしも、奏も、多分あの二人も。みんなみんな、楽しみにしてるのとおんなじくらい、怖がってる」
「…………それは」
「きっとプロデューサーも、ね」
いつの間にか注いでいた二杯目を呷って、周子が細く息を吐く。
しばらく眼を瞑ってから、私の眼をじっと覗き込んできた。
「どれ、おねーちゃんに話してみ?」
「……誰がお姉ちゃんよ」
「これでも年上なんだけどねー」
溜息だか、苦笑だか。
自分にも分からない声を零して、私は話し始めた。
― = ― ≡ ― = ―
「…………」
「…………」
一通り話し終えると、周子は目を閉じて腕を組む。
そのまま雨の音に耳を傾けていると、からんと氷の溶ける音が響いた。
「あれだ、プロデューサー襲っちゃえ」
彼女の担当さんと同じく、周子も起きたまま寝言を宣うのが得意らしい。
「真面目に話してるんだけど」
「真面目な話さ、これだけ奏が悩んでるのに気づけないなんてプロデューサー失格じゃない?」
「……そう、かしら」
「そうそう。鈍感怠慢男なんてチョチョイといてこましちゃえばいーのよ」
「何か適当に頷いてない?」
「気のせーだよ」
携帯電話を弄りながら、周子が何処までも暢気な口調で答える。
溜息を吐いて椅子から立ち上がった。
「少なくともさ」
背中からの暢気な声と、携帯電話を閉じる音。
「プロデューサーは今日も一人で残ってるって。ちひろさん曰く」
「…………」
お風呂場の扉に手を掛けたまま固まって、結局その手を離した。
まだ少し湿っている靴に脚を突っ込んで、紐を結ぶ。
「たまにはヒステリー起こしたっていいんだよ。一発お見舞いしてみー」
「それ、体験談?」
「ん……ま、ね」
「そ」
玄関の床を爪先で叩いて確かめる。
こつりと固い感触が、私の身体の芯を揺らした。
「奏。傘、忘れてるよ」
「要らないわ。頭冷やしてくるから」
「……そ」
扉を開けて、廊下の眩しさに眼を細める。
「行ってくる」
「頑張れ、後輩」
背後で扉が閉まって、聞こえるのは雨音だけになった。
― = ― ≡ ― = ―
「――奏。お前、何やってんだ」
「その台詞、そのままそっくりお返しするわ」
そろそろ時計の針もてっぺんを回ろうとする頃なのに。
事務所の鍵は未だに開いたままだった。
一角だけぽつりと点けられた蛍光灯の下で、Pさんが驚いたように私を見つめていて。
「何やってるの、Pさん?」
ぽた、ぽたり。
一歩一歩Pさんへ歩み寄る度に、ずぶ濡れの私の身体から水滴が落ちる。
事務所の床に、冷たい足跡が付いていく。
「着替えろ」
「ええ。それで、何をやってるの?」
「いいからすぐにだ。ライブ前に風邪なんて引かせて堪るか」
Pさんが椅子から勢い良く立ち上がる。
事務所の奥からタオルとジャージを持って来ると、私の顔めがけて投げ付けた。
「それからだ」
「……分かったわ」
真夏とは言っても、夜の雨を浴びた身体は意外に冷えていた。
ゆっくりとシャワーを浴びている内に、節々が解れていくのを感じる。
「…………」
あいにく、替えの下着の用意は無くて。
「気を利かせた、のかしらね?」
肌に触れるポリエステルの感触が、いつにも増してざらついて感じた。
― = ― ≡ ― = ―
「熱心ね」
Pさんの元へ戻ると、相も変わらずキーボードを叩いていた。
私の言葉に、忙しそうに動いていたその指が止まる。
「そう見えるか」
「私や周子やちひろさん以外にはそう見えるかも」
「…………」
「怖いの?」
「怖いさ」
Pさんが目を覆って、椅子に深く背を預ける。
草臥れた金属の軋む音は、彼の悲鳴のようにも聞こえた。
「多分、奏と同じくらいにはな」
「そうなの?」
「リーダーの責任ってのは、重いよ」
Pさんがパソコンをスリープさせて、マグカップを口に運ぶ。
彼が淹れるのはいつも熱いコーヒーで、私が入れるのはいつも温かいミルク。
「奏を新ユニットのリーダーに選んだのは、シューコの担当Pだ」
「知ってる」
「だから俺は、今回のライブの総責任者にさせてもらった」
マグカップの中身をぐっと飲み干して、テーブルに戻す。
思いの外大きな音が二人きりの事務所に響いた。
「やるべき事はやれてる、と思う」
「…………」
「でもな、少し目を閉じるとやり忘れた事があるんじゃないかって」
消え入るような声でPさんが呟いて、そっと目を瞑る。
私も目を閉じて、そうすると事務所は雨音が響くだけになった。
いつの間にか震えていた腕を抑え込んで、口を開く。
寒さの、せいだ。
「Pさん」
私の声に、Pさんがゆっくりと顔を向ける。
そして、ふと気が付いたように眉を上げた。
「奏……お前、眼鏡、してたか?」
「ええ。普段はコンタクトだけど」
半分の嘘と、半分の本当。
いつかの夜を思い出す。
「こうやって眼鏡を外すとね」
普段コンタクトなのは本当。
けれど、掛けていたこれは伊達眼鏡。
見慣れたPさんの顔に、少しづつ近付いて行く。
「これぐらい近くじゃないと、よく見えないのよ」
Pさんの首に手を回す。
微かにコーヒーの匂いがした。
「どうして普段コンタクトなのか、分かる? Pさん」
「多分な」
「じゃあ、当ててみて」
口付けを交わす。
私達の距離が、レンズ一枚分だけ縮まった。
半分はセカンドキスで、もう半分はファーストキス。
「――Pさん」
零した吐息は、自分でも驚くぐらいに熱かった。
「寒いの」
嘘吐きな女は、嫌いかしら?
「暖めて」
乙
シリーズとは繋がってなかったのか
逆にどれが繋がってるのか知りたいな(チラッチラッ
>>49
速水奏「どこ見てるの、Pさん?」
速水奏「どこ見てるの、Pさん?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1424603131/)
これとか、スレタイに沿ってイチャつく一連の話はシリーズ本編と大体繋がってないよ
その場合スレタイには読点入れるようにしてます
藤原肇「大事なのは、焦らない事です」
藤原肇「大事なのは、焦らない事です」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1422349310/)
これだけ『彦星に願いを』から直接繋がってます
夏と秋の話を書けたので冬と春の話も書きたい
肇ちゃん大好きです第4回総選挙応援よろしくお願いします
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