速水奏「凶暴な純愛」 (45)


そして、エンドロールが流れ始めた。


”――トランプを切るのは、真理を掴む為。
 運と言う名の神聖な幾何学、
 揺蕩う出目の裏にある隠れた波、
 そして人を翻弄する数字を。”


 「面白かったねぇ。もーちょいお気楽な話のが好きだけど」

凝り固まった背筋をほぐすように、周子が大きく伸びをする。

 「そうね、Pさんのオススメにしては、随分まともな映画だったわ」

あの人もよく映画を観ているけど、私とはちょっと趣味が違う。
安っぽい造りの、よく分からない怪物が襲いかかってくるような映画を、それは楽しんで観ている。
たぶん、あんな類の映画は男性向けに作られているんでしょうけど。

 「ヒロインの子、すっごい可愛かったしね。ナタ、……ナターリア?」

 「いつの間にか随分出世したのね、あの子も」

まぁナターリアもとっても可愛いけれど、それにしてもこのヒロインの子は別格だった。
薄汚れたダウンタウンの中にあっても、画面越しに漂ってくるみたいな色香。

 「……こんな風に、なれたら」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1411827544


コップを持ち上げてから、空になっている事に気付いた。

 「奏、もう一杯飲む? 及川印」

周子が紙パックを冷蔵庫から取り出して、片手に振る。

 「ええ、頂くわ」


”わかってるさ。
 スペードは兵士の剣、
 クラブは戦争の武器、
 ならダイヤは報酬だって事くらいは。
 俺のハートには響かないけれど――”


そして、エンドロールが流れ終わる。
DVDをデッキから取り出して、牛乳を一口。

 「凶暴な純愛、ね」


初恋のレモン味とも、こんな優しいミルク味とも違うだろう愛に、私は少しだけ憧れを抱いた。


夜色の花嫁こと速水奏ちゃんのSSです


前作
渋谷凛「例えばの話だけどさ」 モバP「おう」 ( 渋谷凛「例えばの話だけどさ」 モバP「おう」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1410679912/) )
これはあんまり関係無い

北条加蓮「正座」 ( 北条加蓮「正座」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1409924975/) )
こっちの直後くらい


Pは奏を担当、周子を仮担当してます
加蓮のよりちょっとだけ大人向けの話

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 「どうだ、恋愛映画もそんなに悪くないだろ」

ダンスレッスン場へ向かう車の中で、Pさんが話を振ってくる。

 「そうね、初めは首を傾げたけど、終わってみれば」

 「え、アレ恋愛映画だったの?」

 「こら、運転中は座ってなさい」

運転席の背後から、後ろに座っていた周子が顔を出す。

 「フランス映画にしちゃ珍しいくらいの直球だったろ」

 「あたしはマフィアアクションだと思って観てたけど」

 「半分はアメリカ映画だからな」

 「最後は街一つを敵に回すぐらい愛してたでしょう?」

結局、その愛が実を結ぶ事は無かったけど。
しょうがないわ。初恋は実る方が難しいって決まっているもの。

 「続編……かどうかは微妙だが、そんなのもあるから後で貸してやる」


 「で、プロデューサーにしちゃ今回は珍しいチョイスだったじゃん。どうしたのさ」

確かに。
Pさんはよく映画のDVDを貸してくれるけど、大抵は……何と言えばいいのかしらね?
火薬とか、爆薬とか……とにかくそんなのを使えばいい、っていうようなモノが多いから。

 「いつか奏に貸してやろうと思ってたんだよ。恋愛映画苦手だ、って言ってただろ?」

 「ちょっと、ね」

 「ベタベタくっつくだけが恋愛映画じゃない、って教えてやりたくてな。あとは、参考」

 「さんこー?」

 「主演の子、すげぇ色っぽかっただろ? 奏にちょっと近いかと思って」

 「奏もいつかは世界に、って? プロデューサーも言うねー」

 「まぁ、ものすごく単純に言えばそうなるか? いつかはな」

ケラケラとからかう周子に、Pさんも笑って返す。
いつかは世界、か。

 「……ふふ、私、色っぽいかしら」

 「事務所でも一、二を争ってるな、楓さん新田さん辺りと」

 「あー、わかるかも」

 「18歳とは思えないよ。どちらかと言うと、女の子よりは女性、だな」


 「18って言ったら、色々と許されちゃう歳だもの。いろいろ……ね?」

運転の邪魔にならないよう、ハンドルを握るPさんにそっと手を重ねる。
軽く撫でながら、Pさんの横顔をじっと見つめた。

 「ねぇ。こっち、見ないの?」

 「……運転中だ」

 「赤信号じゃーん」

くすくすと笑いながら、周子から援護射撃が入る。
信号が青に変わると、神妙な面持ちのままPさんが私の手を押し戻した。

 「……まぁ、こっそりやる分には俺からとやかくは言わない。事務所の為でもあるのは分かってくれよ」

 「ええ。節度とルールはしっかりと守るわ。Pさんみたいに」

 「ならいい」

 「交通事故でも起こしたらコトだものね」

 「……はっ? 何の話だ」

 「何って、運転免許の話。18になったし、そのうち取ろうかな、って」

そう返すと、ようやくPさんが顔をこちらに向けてくれた。ぽかんとした顔を。
赤信号じゃないけれど。


 「プロデューサー。前、前」

 「っ! すまん……」

周子に促されて、慌ててPさんが前を向く。
……交通事故でも起こしたら、コトだものね。

 「……ふふ、一体何の話だと思ったの? Pさん」

 「……あー、もう! エロい話だよ! 俺がガキだったよ! 勘弁してくれ……」

 「やーいセクハラプロデューサー。ちなみにシューコはそろそろハタチだよ?」

 「そうかそうか、しゅーこはオトナだなぁ。後で鈴カステラを買ってやろう」

 「プチシューがいいな」

 「レッスン後にいくらでも買ってやるからいっぱい動いてくれよ」

やっぱり、この人は凄くからかいがいがある。
そうして、そのまましばらく周子と一緒にPさんにちょっかいを出して……

……レッスン場では、マストレさんがにこにこと笑いながら待っていてくれた。
周子と一緒になって振り向くと、ドアの外でPさんがにっこりと笑っている。

……もう、いけない人ね。

ありがとう
楓さんのSSを書いていたんだが、奏ガチャが来てしまってな……我慢出来なんだ

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 「しぬ」

 「っはぁ……はぁ……っ……」

たっぷり3時間、マストレさんによるダンスレッスン。
ようやく終えた時には、二人とも立つ気力すら残っていなかった。

 「ふむ、全体としては悪くなかったが、ステップ後に止まる部分で呼吸が乱れているな」

 「なるほど。これから全体の流れとそこを練習させるので、また来月末にチェックしてもらえますか」

 「あぁ、この分だときっと」

そこで言葉を切って、マストレさんがこちらへ視線を向ける。
ニコ、と笑うマストレさんに、私達は乾いた笑いしか返せなかった。
そしてPさんに向き直りながら、たいそう元気に話し出す。

 「いや、絶対、完璧に仕上げてきてくれるだろうな。楽しみにしているよ。じゃ、ストレッチは入念にな」

レッスン場を出て行くマストレさんを、壁にもたれ掛かりながら見送る。
その背中が見えなくなると、二人してPさんをじろりと視線を向けた。

 「ぷろでゅーさー、しぬ」

 「人間はレッスンじゃ死なない。まぁやった事は無いけど」

 「……なら、次のレッスンはあなたも混ざらない?」

 「踊るのがアイドルで、床にも靴にも照明にもなるのがプロデューサーって相場が決まってるんだ」

虫の息の私達などどこ吹く風、といった体でスポーツドリンクを渡してくる。
マストレさんのレッスンを受ける度に、水を飲むにも体力が要るんだって思い知らされるわ。


 「マストレさんに評価されるって事は上出来だ。と言う訳で、二人に仕事を持ってきたぞ」

 「どんなワケさ」

 「年末ライブに向けて様子を見たかったんだが、この分なら心配無い。来週はもう9月だから……丸々3ヶ月ある」

 「その間に別のお仕事、ね。今度は何を?」

 「奏は来月の映画撮影、周子は再来月の演劇に出てもらう」

Pさんは毎回、バリエーションに富んだお仕事を取ってくる。
普通のライブに始まって、トークショー、ミニドラマ、チアリーディング、ダンスフェス……
映画には以前、端役で出た事があったわね。

 「おー、演劇は初めてだね。奏は前に映画出てたっけ?」

 「サスペンスの端役な。そん時の演技が助監さんの目に留まったらしくてお誘いがあった」

 「今回は何かしら、ホラーとか?」

そう尋ねると、Pさんがにやりと笑う。

 「いや、予習させただろう? 恋愛モノだ。二人いる準ヒロインの内の一人な」

 「主人公かっ攫おうとするヒール役でしょ」

 「何故バレた。……その通り、台詞も前の3倍はあるぞ」

まぁ、前にやった役が役だしね。
きっと今の私にはそういう演技が求められているんでしょう。


 「ちなみにバーター、って言うと言葉が悪いが、お互いもう片方にもチョイ役で出てもらうから」

 「お、シューコちゃんも出演できちゃうの?」

 「あぁ。これから二人にはどんどん露出を増やしてもらう。色んな仕事を受けておくとこういう時に役立つんだ」

 「……あら、Pさんはもっと肌を見せた方が好みだったの?」

 「もうその手には乗らん。……二人のCDも出そうかって話が上でも出てるんだ、この機に色んな経験を身に着けとけ」

ゆっくり休んでから来いよ、と言い残して、Pさんがトレーニングルームを出て行く。
ようやく動き出せるくらいに回復した身体を、ストレッチで入念にほぐした。

 「劇か-。あれだね、キツネのお面とか着けてみたいね」

 「それ、劇って言うか能楽じゃないの?」

それにしても恋愛映画、か。
観るのは余り得意じゃないんだけれど……

 「出る分には、いいかもしれないわね」

 「でしょ? さーて、Pさんの財布でプチシュー何十個買えるかな」

 「半分はカントリーマァムでお願いね」

まぁ、お仕事はお仕事として。
こっちはこっちで、報酬はきちんと払ってもらわないと、ね。

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 『機材と映像チェック入りまーす。20分後に撮影再開です』

撮影は順調に進んで、9月も半ばを過ぎた今は残り十数シーンだけになっていた。
このままの調子で行けば前倒しでクランク・アップになるかも。

 「お疲れ。やー、奏はカックイーねぇ」

 「格好良い、っていうのはどうなのかしら……?」

 「褒めてるし、良いんじゃないか?」

一足先に全ての出番を終えた周子がおしぼりを差し出してきた。
別に汗をかいてもいないんだけれど……まぁ周子の事だし、『業界っぽい』とかでやりたがったんでしょう。

 「危なげなく進んでるな。次のキスシーン撮ったら、あと……2シーンか」

 「まぁ、フリだけだけどね」

その辺り、CGプロは結構厳しい。

 「早く撮り終わったら、この辺を観光してみない? 私、長崎って初めて来たわ」

 「あぁ、良いな。事務所に土産でも買っていくか」

 「カステラは外せないよね」

 「この前たらふく食ってたろうが!」

そんな話をしている内に、休憩時間が終わる。
二人とのんびりする為にも、……カステラはともかくとして、真剣に取り組まなくちゃ。

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 『……待って』

彼の袖を掴んで、呼び止める。

 『貴方、いつだってフラフラしてるじゃない。アタシは今、結果が。答えが、欲しいの』

 『……答え?』

そのまま強引に引っ張って、ベンチの上に押し倒した。
仰向けになった彼の身体に跨がって、間近で見つめ合う。

 『くれないなら、アタシから答え、あげちゃうから』

そう言い捨てて、ゆっくり、ゆっくりと顔を近付ける。



なかなか整った顔立ちね。人気が出始めてるのも分かるわ。


この人ならきっと、もう何人もとキスしてるんでしょうね。


……あら? ここでヒロインの娘が駆けつけてくる筈なんだけれど。


スタッフの人、誰も何も言わないけど、私、何か間違った?


というか。


ひょっとしてこれって、




 「――良い演技だったぞ! 奏っ!!」



 「……っ!」

今までに聞いた事ないぐらいに大きな、Pさんの叫び声。
思わず身体がビクリと震えてしまって、ベンチから身を起こした。

 「……カ、カット! 何やってるんだ、P君!」

当然、監督も椅子から立ち上がって叫ぶ。
詰め寄ってくる監督を前に、Pさんは申し訳なさそうな顔で釈明を始めた。

 「あ……いや、すみません。演技へ余りに熱が入ってたものですから、つい褒めようと」

気恥ずかしそうな顔で、周りのスタッフの顔を眺め回す。

 「幸いアトも長めに取ってありましたし、ほら、皆さんもちょっと魅入ってたといいますか」

 「いやー、良かったよ奏。さっすが」

いつの間にか側に来ていた周子が私の背中をバンバンと叩く。
腕を引っ張って、ベンチから立ち上がらせてくれた。

 「……それは認めるがね。現場の責任者は私なんだから、以後勝手な真似は慎むように。……さ、次のシーン準備!」

その一言で我に返ったように、慌ただしくスタッフの人たちが動き出す。
何だかよく分からないままにぼうっとしていると、Pさんがスタッフの一人へ近付いて行った。

 「すみません進行さん、この後の撮影なんですが、どうも速水の体調が優れないようで。残りのシーンは明日以降に回してもらえませんか?」

 「え? いや、しかし」

 「撮影は巻きで進んでいますし、もちろんコチラの都合ですので明日は現場に一番乗りさせてもらいますよ」

 「……まぁ、そういう事でしたら」

 「ありがとうございます。奏、周子、ホテル戻るぞ」

 「……ええ」

 「あいよー」

=========================

 「ごめん」

車を出してからずっとだんまりだったPさんが、ようやく口を開いた。

 「別にプロデューサーのせいじゃないでしょ」

 「そうも言ってられる立場じゃないのさ。周子、明日は予定無かったよな」

 「うん、完全にその辺ブラつくつもりだったね」

 「明日の撮影も見に来てくれないか」

 「いいよー」

そんなに察しの良い方でもないけれど、これぐらいは分かる。

さっきのは全部わざとで。
そして、二人が私を守ろうとしてくれたのは。

 「ねぇ」

だから。
私も言わなくちゃいけない。

 「その…………ありがとう」

私の言葉に、二人は手をひらひらと振って答えた。


 「……まぁ、たまに聞く話ではあるよね。ムリヤリくっつけて話題性で売ろう、なんての」

 「あぁ。大嫌いな手だが、珍しい話でもない」

私も話には聞いた事があった。
劇場での公開に合わせてゴシップをバラ撒く、言ってしまえば宣伝方法の一つだ。

 「ウチのアイドルには絶対にさせないけどな。……で、奏。その、なんだ……」

 「分かってる。明日も真剣にやるわ」

 「…………悪い、ありがとう。奏は俺よりよっぽど大人だよ」

女優ではないけれど、役者として呼ばれたからには、真剣に仕事をこなさないといけない。
私の為でもあるし、事務所や他のアイドル達の為でもあるから。

 「イレギュラーくらい、軽く捌いてみせないとね」

 「仰る通り。情けない限りだ」

 「でもさー、プロデューサーならあれぐらいもっと穏便に収められたんじゃないの?」

 「あー、その。何と言うか」

Pさんが上手い言葉を探すように、口を閉じる。


 「か弱い女の子を守れるくらいには、格好良くいたいじゃないか」


 「…………」

しばらくの間、車内にはエンジン音だけが響いていた。

 「……あのさ、プロデューサー。そういう台詞はあたしが居ない時に囁いてあげてくんないかな」

 「……うるせぇ。カッコイイままで居させてくれよ」

後ろの私たちから見えないよう、Pさんがバックミラーをずらす。

 「あー熱いアツい。プロデューサー、窓開けてよ」

 「おう、全開だ」

本当に全開になった窓越しに、流れていく風景をじっと眺める。
とてもじゃないけど、二人の顔を見られる自信は無かった。

……本当に。

恋愛映画は苦手だ。観るものでも、ましてや出るものでもない。


まだまだか弱い子供の私には、そんなの必要無かったんだから。

=========================

 「肇。最初はキスシーンがあったって本当?」

 「ふもっ…………!?」

クランク・アップから数日後。
事務所でカステラをつつきながら、何気なく肇に質問をぶつけてみた。

 「あーほら、お水お水」

 「けほ、けほっ……な、どうしたんですか急に」

 「前に肇が主演を張った映画があったでしょう? 最初の脚本ではキスシーンがあったって話を聞いて、ね」

キスシーンこそ無かったけれど、肇が出演していたのもラブストーリーだった。
実際に観た限りでは、あの俳優さん肇に本当に惚れてそうだな、っていうのが正直な所。

 「……はい。本当です。ただ、それを聞いたPさんが脚本家さんの所へ行って相談したらしくて、結局は」

 「……あー、『相談』ね。とっても大事だよね、うん」

肇の話に、周子が納得いった風に深く深く頷いた。
……そうね、彼は『相談』がすごく上手そうだわ。

 「守りたくなる気持ちも分かるわ。だって肇、こんなに綺麗なんですもの」

 「……え、あの、奏さん?」

テーブルから身を乗り出して、肇の顎に手を添える。
指先に少し力を入れると、小さな顔がつんと上を向いた。


とっても美味しそう。……今ならカステラ味、かしら?

 「目、閉じて」

 「ひゃっ!? 奏さん、待っ……!」

肇が顔を赤くして、ぎゅっと目をつむる。
その可愛らしいおでこにキスを見舞って、添えた手をそっと離した。

 「……え」

事態がよく理解できていないのか、困惑したままの肇の耳元に口を寄せ、囁く。

 「唇は、あの人の為に取っておかないと、ね?」

 「…………っ!」

もともと赤かった顔が、ますます真っ赤になってしまった。
……さっきよりもずっと美味しそうな表情につい、もったいないな、なんて思ってしまう。

 「青春だね-。過ぎ去っちゃったシューコさんはちょっと寂しいよ」

 「周子、それ年長組の前では絶対言っちゃ駄目だからね」


 「ただいまー。うぅ、半袖は失敗だったかも」

 「あ、青春真っ最中っぽい人が帰ってきたよ」

 「……いきなり何なの、周子」

寒そうに腕をさすりながら、加蓮が事務所に帰ってきた。

 「いやまぁ、なんか常にイチャついてるイメージあるし?」

 「凛ほどじゃないと思うけどなぁ」

 「ねぇ加蓮。あなた、キスした事ある?」


どさっ。


加蓮の手から鞄が滑り落ちて、事務所の床に音を立てて落ちる。
数秒間だけ固まると、何事もなかったように鞄を拾い上げて、埃を払った。

 「…………いや、無いけど?」

 「へー、あるんだ」

 「あるのね、意外」

 「あるんですね」

ここまでバレバレの嘘は久しぶりに聞いた気がするわ。


 「いや、無いし」

 「加蓮。そんな嘘、奈緒でもつかないわよ」

 「う」

三人にじっと見つめられて、諦めたように加蓮がソファに座り込む。
溜息をつきながら、周子の前にあったカステラを口へ放り込んだ。

 「凛には黙っておくから。で、いつ?」

 「…………先月」

 「へぇ……え? 先月?」

 「先月」

=========================

 「……で、足腰立たなくしてから、こう」

 「足腰って……加蓮、あなた結構大胆なのね」

 「いやそういう意味じゃないから」

結局、三人とも一部始終を根掘り葉掘り聞いてしまった。
あの膝枕してた日にそんな事があったなんて、ちっとも気付かなかったわ。

 「何と言うか……色々考えてるのね」

 「普通にやったら、とっ捕まってこっぴどく絞られちゃうからね。勝ち逃げって言うの?」

結局捕まってるじゃないの、という野暮な言葉は置いておいて。
なるほど、作戦立てて気付かれないようにする、というのは良い考えかもしれないわね。
例えば、私なら。

 「加蓮」

 「ん?」

 「ありがと」

また、額にキスをした。

 「……あ! 思い出したよ。何とかのナントカ、っていうキスでしょ」

 「あの、周子さん。それ思い出したとは言わないのでは」

私だって、いつまでも弱いままでは居られないから。


せめて、目標を逃がさないくらいにはならないとね。

=========================

 「……あら。Pさん、まだ残ってたの?」

 「お陰様で仕事が繁盛しててな。来たる財布の氷河期にせっせと備えてるんだよ」

少し肌寒いくらいの夜。
レッスンを終えて事務所に戻ってくると、Pさんはまだ事務作業に追われていた。
嬉しい悲鳴、ってやつかしら。

 「出費の予定なんてあったの?」

 「この前、あ、いや」

Pさんが慌てた様子で言葉尻を切った。

 「周子がビタスイとか言うのに連れてけ、って言い出してな。プリムスやら藤原さんやらも引っ張っていくらしい。奏もな」

 「それは、また……難儀ね」

 「このままじゃ俺の懐が保たん。周子の担当P、早く帰って来て」

 「あの人、九州に出向してそろそろ半年になるかしらね」

しばらく出ている間、シューコを頼む。

そうPさんに言い残して、あの人はひょいっと飛び立っていった。
担当アイドルを他のプロデューサーに預ける方も、他のプロデューサーの所に転がり込む方も、どっちもどっちというか。
ただ、それは別に冷たい間柄、なんてわけでもなくて。
お互いをちゃんと信頼しあえている関係は、素直に羨ましいと思う。


 「……はー、休憩入れるか」

狙うには、いい機会かもしれない。

 「Pさん、ホットミルクでも作りましょうか?」

 「悪い、頼む」

給湯室に向かい、冷蔵庫から牛乳を取り出す。
マグカップに注いで、少しだけ細工をしてからレンジへ入れた。
そして手鏡を取り出して、しっかりと身だしなみを整える。

 「Pさん」

 「んー?」

 「私ね、最近武器を用意したの」

 「……武器?」

 「ふふ、そんな物騒なモノじゃないわ」

Pさんに向かって、ソレを放り投げる。
放物線を描いて、真鍮色に輝く弾はPさんの右手に収まった。

 「ただのライフル弾よ」

 「……確かに似てるけどさ、これ口紅じゃ、」

私を見たPさんが動きを止める。
どうやら、弾はちゃんと当たったみたいね。


 「どう? 似合ってるかしら」

周子と半日掛けて選び抜いた口紅。
良かった。Pさんの視線を釘付けにするくらいには合ってるみたいね。

 「……ああ。これ以上無いくらいな」

 「つまり、惚れそうなくらい?」


ピピッ。


電子レンジが加熱完了のブザーを鳴らした。
気が利くんだか、気が利かないんだか、全く困った子ね。

 「今、持ってくるわ」

Pさんに背を向けて、レンジの中から二つのマグカップを取り出す。
冷めない内に、忘れちゃいけない最後の一細工。
これで準備は完了。仕上げをご覧じろ、ってところかしらね。


 「はい、Pさん」

 「おう、ありがと、う……」

まぁ、一目で気が付くわよね。
Pさんのカップの飲み口に付けられた、わざとらしいくらいに鮮やかな紅色。
Pさんが、黙ってカップを回転させる。

 「あらPさん、左利きだったの?」

 「……ああ。たった今そうなったんだ」

避けようとしたら、当然持ち手を変えるに決まってる。

だから、私は懐から二丁目を取り出した。

 「ね、Pさん」

 「……何だ」


 「私ね、実は男の人とは一度もキスした事が無いの」


ごくり。


左手に持ち替えたマグカップを、ゆっくりと傾けて。
一口目を飲み込んだ後も、Pさんはしばらく黙ったままだった。

 「…………嘘だろう?」

 「ええ、半分くらいは」


たった今、しちゃったもの。


貴方の唇に、しっかりと。


マグカップ越しに、だけどね。


 「……なんか、甘いな」

 「そうでなくちゃ、困るもの」

口紅を塗る前に施した、細工とも呼べない『細工』。

子供騙しの間接キスは、どうにか無事にPさんへ届いてくれた。

囮に気を取られて引っ掛かっちゃうなんて、やっぱりこの人はからかいがいがあるわ。


ジョーカーほど器用じゃなくて。
スペードほど強いわけでもない。
そうね、例えて言うなら――


 「せいぜい、ハート一つ分ってところかしら」

 「何だ。洋画の話か、洋楽の話か?」

 「ふふ、私の話、よ」

Pさんの言葉に笑顔を返して、私もマグカップに口を付ける。
……ああ、そうそう。この勝負で勝ち取った情報が一つだけあったわ。


勝負の場にも出せないような、
ハート一つ分ほどの、
私の凶暴な純愛は。



どうやら、甘いミルクのような味がするらしい。

おしまい。
奏ちゃんは大人び過ぎ妖艶可愛い


元ネタはお察しの通り、名作『LEON』
及びその主題歌、Stingの『Shape of my Heart』です

あとモバマスPV第二弾が出ましたね
最後に黒い箱からガラスの靴が零れ落ちるシーンがありましたね
あれを観て日本で一番ニヤニヤしたのは俺だと思います


ちなみに微課金なのでヴァニタス奏は引けませんでした
誰か助けてくれ

忘れちゃいけないエンドロール(ネタバレ注意)
https://www.youtube.com/watch?v=nVYFOlVB-Uo

なるべく映画観てなくても読めるよう気を付けて書いたけど、分かりにくかったらごめんね

>>25は『ヘイお待ちっす』にした方が面白かったな……ミスったな

読んでくれてありがとね
うん、>>3のしぶりんのギャグは別口なんでその4つで合ってます
単体でも大筋は読めるよう書いてるからあんま気にしなくても大丈夫だよ

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