姫「王子の代わりに戦う使命を負った」 (171)

少女漫画っぽいかもしれないです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1421738533

私は姫であり、王子である――


氷河魔人「貴様が人間達の希望、王子か」

姫「そうだ」

男装に身を包んだ私は嘘をつく。
声を太くし、不安な気持ちを顔から消し去って――

姫「魔王軍、氷河魔人。我が国の平和の為、切らせてもらう!!」

氷河魔人「面白い!」

相手から繰り出される氷のつぶてを剣でなぎ払う。
女の身であっても、剣では男と対等に戦えると私は自信を持っている。
つぶてが顔をかすったが、私は痛みを無視し氷河魔人に接近していく。

氷河魔人「捉えた!!」

氷河魔人の手から大きなつららが生え、その先端がこちらに迫ってきた。

刺さる――

姫「てやあぁ――っ!!」

それを、私は正面から叩き落とした。
つららの氷が弾け、それは氷河魔人の視界から私を一瞬だけ消した。

その一瞬。

氷河魔人「がっ――」

急所は外さない。

姫「終わりだ――氷河魔人」




王「ご苦労だったな。ほとんどの国が魔王に屈服する中、お前の活躍は我が国の誇りだ」

姫「…はい」

氷河魔人を倒した報告をし、父である王は事務的に言った。
「王子」を讃える兵士達の声があたりから聞こえる。だけど兵士達は私が私であると知らない。
今この空間で私を知っているのは、たった3人――

王妃「これからも頼みますよ、王子」

姫よりも王子を愛する母。

獣人「…」

無愛想な私の側近。

王「では下がれ」

そして、私に王子であれと命じた父――


私を知る人達の温かみのない態度にはもう慣れた。
私は廊下に出て、部屋まで戻ろうとしたが…


王子「よぉ帰ったのか」

女装に身を包んだ王子――私の双子の兄に出くわした。
周囲に人がいない所では、彼は男口調で話す。

王子「氷河魔人倒したってマジ?いやぁ、流石だねぇ「王子」は」

姫「…いえ」

王子「うっわ!顔に傷ついてんじゃん!顔は国民へのアピールポイントなんだから大事にしてくれよ~?」

姫「すみません」

王子「あ、そだ。ついでに飴買ってきてくれた?」

姫「いえ、言われなかったので」

王子「うわぁ気がきかねー。女は気遣いが大事だぞ…って、常時男装してるガサツ女にそんなん期待しても駄目かぁ」ハァ

姫「すみません」

王子「ま、いいや。あ、明日は俺王子として街で皆から賞賛を頂いてくるから、お前は女の格好してろよ」

王子「それじゃーこれからも頼むよ、俺の代わりとして~」ハハハ

姫「…」

この兄に好き勝手言われるのは慣れている。反論すれば火がついて喧嘩になり、そうなったら周囲は兄の肩を持つ。
小さい時からそうだ。だから兄はワガママになったし、私は今更腹が立ったり傷ついたりしない。

思うのはただ、この兄の相手は面倒だということだけ。

私と王子はたまに入れ替わる。
私の役目は王子として魔物達と戦い、国の人々に希望を与えること。
本物の王子は剣の心得がないわけではない。しかし世継ぎとして大事にされ、私の振りをしながら安全に暮らしている。それでいて、私の戦歴だけを盗っていく。
それを知る者は国の重役でもごくわずか。知っていて、皆黙認している。
私は王子の為に存在していて、王子の代わりに危険を背負う。それしか価値しかない人間。

姫(あぁ疲れた…)

ここの所魔物達との戦いが激化している。
連日の戦いで私は疲弊しているが、貧しさにより兵力の弱い国からのバックアップはまるで期待できない。
英雄に仕立て上げられた私がたまたま剣の才能に恵まれていたのは、この国にとってそれなりに大きな利益だったに違いない。

獣人「王子!」

姫「どうした!?」

部屋のドアが乱暴に叩かれ、獣人が入ってくる。
まだ男装をといていない私は、王子として獣人に返事をする。

獣人「西の森に、魔族と思われる群れが現れたそうです」

姫「そうか…今行く」

私は剣を手に取り、部屋を出る。
幸い氷河魔人との戦いで大した怪我は負っていない。だからまだ戦える。
疲れは顔に出さない…だって私は、皆の希望である王子なのだから。

「王子様、流石頼りになる」
「頑張って下さい王子!」
「王子、ご無事を祈っています」

誰も私を見ていない。皆が期待をかけているのは王子。

例えそうでも――

姫「ありがとう、行ってくる」

私は、王子として人々を守る。それだけが、私の必要とされる理由だから。

>西の森

姫「魔族はどこに…?」

獣人「あちらから匂いがします」

気配を殺して獣人の後を着いて行く。
すると…

姫(あっ)

遠くてよくは見えないが、魔族と思われる者達が5人程集まって何やら話をしている。

姫「話の内容…聞こえる?」

獣人「…どうやら街への侵入方法を話し合っているようですね」

姫「そうか…」

今まで魔物達が国に攻め入ってきたことはないが、最近は争いが激化している。
彼らが国に襲撃を仕掛けようと企てていても、何ら不思議ではない。

姫「奴らの作戦を知っておけば、対策がとれるかもしれない」

獣人「そうですね」

私達はここでの戦いは避け、このまま聞き耳をたてようと企てた。
しかし…

翼人「コソコソ何をやっている?」

姫「!」

獣人「!」

上空に翼の生えた魔族――しまった、見つかった。
翼人の大声に、集まっていた魔族たちもこちらに気がついた。

翼人「王家の紋章…お前が王子だな」

翼人は私の胸にあった紋章を見て言った。
魔族たちはざわつき始める。

姫「そうだ。我が国に攻め入ろうというのなら、切らせてもらう」

私は剣を構える。相手は6人――少々つらいが、獣人と協力すれば戦えない人数ではない。

?「今日はやり合うつもりは無かったが…仕方ないな」

翼人「魔王子様」

リーダー格と思わしき魔族が前に出た。
さっきから気になってはいた。仮面のせいで表情は伺えないが、こいつだけさっきから闘気がだだ漏れだった。
魔王子と呼ばれた男は無言のまま、大きな剣を抜いた。そして…

魔王子「…」

そのまま躊躇なく私に飛びかかってくる。私は瞬時に反応して剣を受け止める。
力強い――だが、乱暴な振りだ。

姫「はぁ!」

今度はこちらの攻撃。魔王子はこれを回避し、すぐに攻撃に転換する。
だだ漏れの闘気からもわかる通り、彼の戦い方はかなり攻撃的だ。
次々放たれる連続攻撃に回避と防御を交え、私はダメージを避ける。

姫(守っているばかりでは勝てない)

そう思い、次の首を狙った攻撃を避け――

姫「てやーっ!!」

魔王子「…!」

魔王子の足を払い、彼の体勢を崩す。

姫(今だ…!!)

私は彼の胸に突きを放った。

魔王子「…っ」バッ

姫「!」

魔王子の姿が消えた。否。後方に大きく跳んだのだ。
魔族というのは人間と身体能力が変わらない種族だと聞いていたが、今の跳躍は大きく人間離れしている。

姫(今まで本気じゃなかったってこと…!?)

私は一層緊張する。
今までのが小手調べだとしたら、今度はどんな攻撃を仕掛けてくるというのか。

しかし。

翼人「魔王子様、そこまでです――まだ決着をつける時ではありません」

魔王子「…」

翼人の声で魔王子は剣をしまう。それでもまだ、闘気は消えていないが。

翼人「王子よ、今日は退散させて貰う――しかし次会った時は、その命を頂こう」

姫「…」

私は剣を収める。向こうが退散すると言うなら、無闇に戦うのはこちらも避けたい。
彼らが去っていく様子を、私はただ黙って見ていた。

獣人「魔王子…名前は聞いたことがあります。奴は魔王の息子です」

姫「そうか…」

魔王の息子…そう言われると納得の強さだった。
いずれ、彼と決着をつける時が来る。それまでに、もっと剣の腕を上げておかないと――

>翌日

姫「ふぅ~…」

久々の女の格好に落ち着く。
ここの所王子に代わる日が続いていたので、ようやく自分に戻れたような気がして緊張が解けた。

王子は今頃、氷河魔人を倒した功績を自慢し街の人達にちやほやされているのだろう。
なら私も、今日は休みを取らせてもらおう。

姫「少し出掛けてきます」

獣人「あまり遠くへ行かれぬよう」

姫「わかっています」

お忍びの格好で外へ出る。服装を質素にすれば、案外気づかれないものだ。
しかし、人の多い所へ行くつもりはない。気分転換に城の周囲を散歩するだけだ。
自然の多い場所で花を見たり、小鳥のさえずりを聞いたりするのが私の趣味だ。

姫(空気が気持ちいい)

日頃の疲れが癒されていくようだった。

姫「…ん?」

気になる人物を発見した。

姫(……不審者?)

若い男が何やら険しい顔で城の方をじーっと見ていた。
何やら大きな包みを抱えているが…泥棒?

姫「ねぇ」

「うわぁ!?」

その男は私の接近に気づいていなかったのか、声をかけたらとても驚いていた。

姫「何をしているんですか…侵入経路の確認?」

飴売り「違う違う、俺はただの飴売り」

飴売りはさわやかに返答する。第一印象は気さくな人だ。

飴売り「城に行商に行こうかと思ってたんだけど、いざ城を目の前にすると緊張してなぁ」

姫「…本当かしら」

飴売り「本当本当!…って、あれ?」

と、飴売りは訝しげに私の顔をじーっと見つめてきた。

飴売り「もしかして…お姫さん?」

姫「そ、そうですけど…」

まずい。この飴売りもしかして、王子の知り合いだろうか?
王子は飴が大好きだし、飴売り商人と知り合いでも何らおかしくはない。

飴売り「やっぱね、王子とそっくりだからそうだと思った。ご無礼すみませんね」ペコリ

姫「あ、いえ」

王子でいる時の私を見たことがあるのだろうか…?
とりあえず「姫」とは初対面らしいので、私はスカートの裾をつまんでぺこりと頭を下げた。

飴売り「へー…」

姫「?どうなさいました」

飴売り「いや、ここの国の姫様は傲慢で高圧的で男勝りって聞いていたんだが、そんな感じしないもんでね」

姫「…」

それはきっと、私の振りをしている王子のせいだ。

姫「貴方は物言いのはっきりした方みたいですね」

飴売り「悪いね、俺は育ちが悪いもんで」

飴売りは悪びれていない笑顔で頷く。まぁ、別に不快ではない。
それでも――私は兄が演じる「姫」とのギャップを無くしておかなければならない。

姫「今日は機嫌がいいから許したけれど、そうでなければ貴方を怒鳴り散らしていたかもしれませんよ」

少なくとも、王子演じる姫ならそうしていただろう。
今度「姫」に会った時は気をつけろ――そういう忠告を込めて言ったつもりだが、

飴売り「こんな品のあるお姫様が怒鳴る様子、想像つかなくて逆に見てみたいね」

飴売りは物怖じする様子なく笑って言った。

姫「…貴方と話すと疲れますね」

飴売り「顔に似合わずひねくれているんだなぁ、美人が台無し」

姫「放っておいて下さい」

愛想良くすると、王子演じる姫とのギャップが生まれてしまう。
王子のように威張るのは好きではないので、姫でいる時はいつも無愛想にしている。
それでも、この飴売りは人の感情に鈍いのか、様子が変わらなかった。

飴売り「まぁ、この国って男性優位だもんな。何かといや王子、王子じゃひねくれますわな」

姫「別に、そういうわけじゃ…」

飴売り「俺にも兄がいてねー…仲が上手くいかなくて、参ってる」

姫「…私も兄と仲が良いわけではありませんよ」

飴売り「やっぱ色々あるよねー、兄弟って難しいね本当」

飴売りは急に真面目な顔になる。

姫「…」

わざわざこんな話をしたということは、私もそうだと思ったからだろう。
彼の邪推は間違っていない。私と兄はずっと差をつけられてきたし、仲もはっきり言って悪い。
だけれど英雄である王子と、傲慢な姫。それなら非があるのは姫の方。そう思われるのが普通。

だというのに。

飴売り「姫さんも苦労してるよねー」

この飴売りの態度、私の気持ちもわかると言いたげだ。

姫「別に…」

ただ、わかってくれる人がいるからと言って喜ぶ気持ちにもなれなかった。
私が王子として人々の支持を集めている間、兄は姫として好き勝手に振舞う。それを父である王は認めていた。
私は兄の為に存在していて、引き立て役も私の役割――そう教え込まれていたからには、そう振舞わないといけない。

姫「貴方とわかりあうつもりはありません」

彼を突き放し、私はその場を離れようとした。
だけど。

飴売り「あー、待ってお姫さん」

姫「何ですか?」

飴売り「飴、好きだって聞いてるよ。はいプレゼント」

飴売りが差し出したのは、包み紙に入った飴3つ。

姫「…変な人」

無表情で受け取るが、内心少し可笑しく思う。評判の悪い私の顔色を伺うことなく、物怖じせず飴を渡してくる人なんて、少なくとも今まで出会ったことがない。

姫「ありがとうございます」

飴売り「あ、やっと笑った」

姫「え?」

しまった、表情が緩んでしまったか。

飴売り「いやー、どんな姫様かと思ってヒヤヒヤしてたけど、こう実際会ってみると…」

姫「何です?」

飴売り「人に媚びない雰囲気がいいね、孤高って感じで。俺、ファンになったよ」

飴売りは口を釣り上げて笑った。
つくづく、変な人。

姫「さようなら」

また会えるかはわからない。今度は王子演じる姫に会って、彼は姫を嫌いになるかもしれない。
それでも、それなりに面白い話し相手だった。今日会った変わり者のことは、きっとしばらく忘れられないだろう。

姫が去った後、飴売りは美麗な姫と会話した余韻に浸っていた。

飴売り「はぁー、いい息抜きになったわー」

「こんな所にいましたか」

飴売り「お。お帰りー」

「何ですかその格好は…敵襲にあったらどうするのです」

飴売り「この格好なら敵襲にあわねーって。お姫様も俺を警戒してなかったぜ」

「だからといって、武器も防具も置いていくのはどうかと思いますが」

飴売り「俺、あれ嫌い。確かに装備すると強くなれるけど、何かイライラしてくるし」

「貴方に必要なものなのですから。今すぐ装備して下さい」

飴売り「はいはい…」

飴売りは手渡された仮面をつける。
その姿は――

魔王子(飴売り)「全く、口うるさいな翼は」

翼人「貴方の為を思ってのことですよ――魔王子様」

今日はここまで。
更新ペース遅いかもしれないです。

>翌日


王子「や、姫」

廊下を通りがかると王子が声をかけてきた。
王子に群がっていた人達は一斉にこちらを向く。あぁ、このまま通り過ぎようと思っていたのに。

姫「ごきげんよう」

私が声をかけると皆は頭を下げる。
でもさっき見逃さなかった。私を見た瞬間、彼らが引きつった顔になったのを。
これも嫌われ者の宿命か。

姫「私は部屋に戻りますので」

普段王子扮する傲慢な姫と接している城の者と話すと、私とのギャップが生まれて入れ替わりがばれてしまいかねない。
だから私は王子がいる時は大抵部屋にこもっている。それを城の者は「王子の目があると姫は大人しい」と都合良く解釈してくれるようだけど。

王子「そうか。こもってばかりも良くないぞ」

王子でいる時の王子は、人前では優しい。つまりは外面がいい。
傲慢でワガママな本性が表れるのは私の振りをしている時。自分でいる時に自分を出せないとは、彼も窮屈な身だろう。

メイド「王子様、もっと王子様の武勇伝を聞かせて下さい」

王子「あぁいいだろう。それでな…」

一体どんな作り話で人々の気を引いているのやら。
耳に入れば吹き出してしまいそうで、そのまま無視して行こうとした。
その時。

獣人「王子」

王子「ん」

獣人が姿を現した。
その視線は王子に向いているが、私も立ち止まる。

王子「どうした…?」

獣人「北の山に魔物の群れが潜伏しているとのことです」

姫「…」

私は無関心な振りをする。判断を下すのは王子。まぁ、王子がどんな判断を下すかはわかっているけど――

王子「わかった、早い内に殲滅しよう」

やっぱり。

王子「準備を整えたら行こう」

獣人「かしこまりました」

姫「…」

私は黙って部屋に向かう。
王子が決めたのだから。

「王子、どうぞご無事で!」
「ご武運を祈っています!」

王子「…」

人々の応援の声に応えながら、王子は私に目で訴える。

姫(わかってる)

私に行けと言いたいことくらい、わかっている。
貴方は安全にお姫様をやっていればいい。

部屋に戻り、私と王子は入れ替わった。




結論から言うと、北の山の魔物達は大した相手ではなかった。
せっかく馬を走らせてはるばる来たというのに、全滅させるのに10分もかからなかった。

姫「わざわざ私が来た意味あったの?」

獣人「申し訳ありません。何せ、急な情報だったもので敵の戦力を測れておらず」

姫「ま…いいけど」

大した戦力にならない兵士達じゃあ、この程度の相手でも手こずったかもしれない。
それに、近隣の村が騒ぎになる前に殲滅できて良かったのではないか。

姫「でも、すっかり日も暮れてきたね…」

来たばかりで、またすぐ城に戻るのも面倒だ。何せここは、移動に時間がかかる。

獣人「今日は近隣の村に宿泊し、明日城に戻りましょう」

姫「そうだね」

よくあることなので、私は拒否しなかった。

姫「ふぅ~」

村の露天風呂で疲れを癒す。
ちなみに共同浴場を使う必要があるので、男装はといて宿をとっている。勿論、姫という素性は隠しているけど。

姫(あぁいい気持ち…)

~♪

姫「…ん?」

岩陰から何か…

「~♪」

姫(…鼻歌?)

他に人がいたのか。気がつかなかった。
それにしてもこの鼻歌…何か違和感が。

姫「…」

私は違和感の正体を確かめる為、鼻歌が聞こえる方に近づいていく。
違和感の正体、それは…

飴売り「フンフンフ~ン♪」

姫「…」

飴売り「フンフ~…あれ?」

姫「…」




違和感の正体。それは、声が女性のものにしては野太いというものだった。

飴売り「どぉいうこったああぁぁ!?」

宿屋「わりーわりー、露天風呂には男性時間と女性時間あるんだけど、説明すんの忘れてたよ!」

姫「…忘れますか普通」

宿屋「普段客のこねー宿屋だからさぁ、まぁ許してくれ」ハハハ



姫「冗談じゃありませんね」

飴売り「こっちの台詞…あーいでで、まだ口ん中血の味する」

姫「本当にすみません」

痴漢かと思って、つい殴ってしまったのだ。
これは本当に悪いことをした。

飴売り「でも姫様と混浴かぁ、こりゃいい思い出になったぜヒヒヒヒヒ」

前言撤回。

姫「記憶を消しましょうか?」

飴売り「わー、ストップストップ!!バスタオルと湯けむりのせいでほとんど何も見えなかったし!」

姫「本当ですか?」

飴売り「本当だって~」

何か胡散臭い笑いだけど…まぁ彼に非はないから、これ以上追求するのはやめよう。

飴売り「にしても驚いたねー、姫さんがこんなへんぴな村に来てるなんて」

姫「…お忍びで来ているので、絶対ばらさないで下さいね」

飴売り「別にばらして得もないし、ばらさないけどよ」

こんな所で彼に会ったのは本当にまずいことだったりする。
城に王子扮する姫がいる以上、私は姫として誰かに会うわけにはいかなかったのだ。

飴売り「あ、そだ。昨日あげた飴どうだった?」

姫「えぇ、美味しかったですよ」

飴売り「そっかー。じゃ、またあげるわ。はい!」

姫「いいんですか…?売り物をそんなに簡単に人にあげて」

飴売り「まぁ…利益を得る為に飴売りやってるわけじゃないしなぁ」

姫「じゃあ何の為に…?」

飴売り「んー…楽しいからかな」

姫「……?」

やっぱりおかしな人だ。

姫(ま…色んな事情があるしね)

飴売り「ところでー…」

姫「?」

飴売り「王子もこの辺に来たんだって?」

姫「!?」

人目につかないように来たつもりだし、村に入る時は男装をといていた。
なのに何故…?

姫「ど、どこでその情報を…!?」

飴売り「あ、いや…客に」

飴売り(まさか魔物達からの報告なんて言えねぇよな)

姫「多分、そのお客さんの見間違いですね」

飴売り「え、いやそんなはず…」

飴売り(いや、王子が魔物達を倒したって報告が…)

姫「いえ、見間違いです」

飴売り「でも」

姫「見間違いです」

飴売り「………わかりました」

何か釈然としていないようだけど、誤魔化すことはできたようだ。

飴売り(極秘情報かな…この姫さんは知らないか、口が固いかのどっちかだな)

姫「それじゃあ、私はこれで」

飴売り「あー、待ってよ姫さん」

姫「…何ですか」

飴売り「もちょっと話さない?田舎は娯楽がなくて暇で暇で」

姫「結構です」スタスタ

飴売り「あぁー」

飴売り(あーあ、つれねーの…ま、でも流石姫さんガードが固い)

こちらとてそこまで拒絶したいわけじゃないけれど、話せば話す程ボロが出る危険がある。

姫(今日は早く休もう…)

姫「…っ!」

飴売り「ふあぁ~、もう寝るか…」

姫「危ない!!」

飴売り「――へっ?」

私はとっさに飴売りをその場に押し倒す。
飴売りは呆気に取られた顔で私を見上げていた。

飴売り「え、なになに…姫さん、まさか…」

と、その時。

ドガシャアアアァァ

飴売り「!?」

姫「…っ」

宿屋の壁が、大きな音をたててぶち破られた。

飴売り「へっ…」

茫然としている飴売りは放っておいて、私は立ち上がり構える。
するとぶち破られた壁の向こうからは――

呪術師「おやおやぁ…外しましたか」

ローブに身を包んだ魔物が姿を現す。
体中に彫ったあの刺青は呪術師の証。

飴売り「な…」

姫「…」

姫(私を狙ってきたの?)

飴売り「…」

飴売り(狙いは姫さん…?いや…俺だよな)

~飴売りの回想~

俺には、母親違いの兄がいる。

魔王子「あ、兄上…」

兄王子「よう」

廊下で兄上とばったり出会った。彼の体に香水の匂いが染み付いている。
魔王の息子というだけで寄ってくる頭も尻も軽い女たちを、兄上は拒まない。

兄王子「最近姿を見ないな。また部屋にこもって勉強でもしていたのか?」

魔王子「はい…」

兄王子「熱心だな。お前も人間の基準なら美形らしいから、人間の女で遊んできたらどうだ?」

魔王子「いえ、俺は…将来、兄上を支える刃とならなければなりませんから」

本音ではない。しかしこの兄に、俺の建前を見抜く力などなく。

兄王子「そうかそうか!お前のような従順な弟を持って、俺は幸せだワッハッハ」

魔王子「…」

俺は、享楽的で怠惰な兄を嫌っていた。

翼人「魔王子様…私は納得がいきません」

魔王子「何がだ…?」

翼人「兄王子様はとても魔王の器とは思えない…次期魔王に相応しいのは、魔王子様の方です」

翼人「魔王子様が人間との混血というだけで候補から外れるのは、納得がいかない…!」

魔王子「…やめろ、翼人。俺は魔王になる気はない」

翼人「しかし…」

魔王子「そうやって一部の家臣が俺を推すことで、兄上派の家臣と対立するだろ」

俺は兄以上に、面倒事と、物騒な事を嫌った。

魔王子「父上も最近体の調子が悪い、こんなことで心労をかけさせるな」

翼人「魔王子様…お聞き下さい」

魔王子「何だ…?」

翼人「対立は、既に始まっています」

魔王子「!」

翼人「最近、兄王子様派の動きが不穏になっております」

翼人「いつ命を狙われても不思議ではありません…くれぐれも、油断せぬよう」

今日はここまで。
仮面を被っている時と魔王城にいる時は「魔王子」で、普段は「飴売り」って感じで使い分けていますが同一人物だということだけ覚えていて下さればおkです。

飴売り(あの呪術師…多分兄上派の刺客だな)

飴売り「逃げな姫さん」

姫「え、でも…」

飴売りは呪術師と対峙し、剣を抜いていた。
私を狙ってきたのなら、彼に任せて逃げるなんてできるわけがない。

飴売り「であぁ!!」

真っ直ぐ呪術師に突っ込む。勢いは悪くない。
だが呪術師はそれより素早く、宙に魔法陣を描いていた。

呪術師「覇ぁ!」

飴売り「…っ!」

魔法陣から光線が発せられるが、飴売りはそれを横に避ける。
そして不規則なステップを踏んで呪術師に接近し――

飴売り「おらぁ!」

呪術師「ふん!」

飴売りの太刀を呪術師は腕を硬化させたのか、受け止めた。
だが――

飴売り「そこだっ!!」

呪術師「――っ!!」

呪術師の脇腹を蹴り、呪術師を宿の外に放り出す。
これで、これ以上の建物への損害は免れるが――

姫(飴売りは弱くはない、けど…)

駆ける飴売りを呪術師が追う。
飴売りが向かうのは気兼ねなく力を発揮できる場所――村の外。

飴売り(村ん中でこれを使ったら、色んなものを巻き込んじまう…!!)

呪術師「逃しませんよ!」

飴売り「…っ!!」

呪術師の魔法に足元を撃たれ、飴売りは吹っ飛ぶ。
何とか着地したが、呪術師の二擊目三擊目は容赦なく襲ってくる。

飴売り「ぐ…」

呪術師「貴方の考えることはわかっているのですよ…貴方は甘い方ですからねぇ」

こいつは、自分が性格上、ここで「あれ」を使わないことを理解している。
だから村の外に出す前に仕留めよう…そういうことだ。

飴売りは懐にあったもの――仮面に手をあてる。

飴売り(狂戦士の仮面…使用者の潜在能力を引き出すが、その効果は手加減を知らない)

これをつけた時はひどく好戦的な気分になり、思考力がどんと落ちる。
きっとここで使えば自分は、村が破壊されるのもおかまいなしに暴れることだろう。

飴売り(それはできないな…)

仮面から手を放し、再び剣を構えて呪術師に対峙する。

飴売り「おい、俺は魔王になる気はない…無駄な争いだと思わないか」

呪術師「貴方の意思が問題なのではない…貴方が生きていることが問題なのですよ」

交渉の余地もない。
飴売りは苦笑する。自分の命がかかっているのに、こんな人間の村の被害を気にして力を発揮できないでいる自分は魔王に相応しくない。だというのに、対抗勢力の過激派はそんなことも考慮しないのか。

飴売り(仮面を使わなきゃ俺の実力は魔物達の中じゃ中級レベル…)

自分を殺す為に派遣された相手が、仮面を使わずに勝てるとは思わないが。

飴売り(それでも、やらなきゃな!!)

飴売りは呪術師に突っ込んでいく。
硬質化された腕による防御を取られるが、攻め続ける。
と、呪術師は大きく息を吸い始めた。

呪術師「覇!」

飴売り「…っ!?」

呪術師の口から火が吹かれる。後ろに跳んだが、少し火傷した。
この程度の怪我なら問題ない…だが、この多彩な技を持つ相手に、次はどう攻めればいい?

飴売り「く…っ」

呪術師「貴方程度では攻略不可能ですよ」

飴売り「…っ」

思考は再び逃げることに切り替える。
その隙はあるのか…だが、とにかく諦めてはいけない。

呪術師「そろそろ…ひと思いに死にますかっ!!」

飴売り「…!!」

呪術師から大きな閃光が発せられ、それは――熱をもって、飴売りへと襲いかかる。
逃げられない――

「でりゃあああぁぁ」

飴売り「!?」

その声と同時――

呪術師「!?」



姫「飴売り…大丈夫?」

飴売り(は、姫さん…?てか、今…この姫さん、閃光切ったよなぁ!?)

姫「好き勝手暴れてくれたみたいね」

私は飴売りの前に出て呪術師に剣先を向ける。
これ以上、この飴売りに怪我をさせるわけにはいかない。

呪術師「邪魔が入ったか…まぁいい、まとめて殺してやりましょう!!」

呪術師の手から次々、閃光が飛ばされる――私はこれを切る。
下手に避けて、村に被害を出してはいけない。

飴売り(す、すげぇ…魔法を斬るなんて、普通にできる芸当じゃねぇよ…)

呪術師「少しはやるようですね…ですが!!」

姫「!」

大きな炎が襲いかかってくる…しかも、私を挟むように両側から。
これは私の剣速じゃ斬れない――ならば回避。私は炎を避けるように、一気に前に駆ける。

呪術師「かかりましたね!」

おや、罠だったか――呪術師は目論見が通ったと満足そうに笑っている。と思ったと同時、私の額目掛けて高速で閃光が飛んできた。
これを切る余裕はなく、剣を盾にして防御する――が、思った以上に威力が強かった。
私は後ろに吹っ飛ばされる。このままいけば――炎に突っ込む。

姫「…っ」

飴売り「おっとぉ!」

姫「!」

と、飴売りが炎の前に立って私の背中を受け止めた。

飴売り「大丈夫か姫さん」

姫「えぇ…貴方こそ大丈夫?」

飴売り「俺は男だから!」

姫「…どういう理屈?」

口から出た疑問に、飴売りはへへっと笑いで返した。答えになっていない。

飴売り「奴の技は多彩で威力がでかい…しかも奴は村に被害を出しても構わない、厄介な相手だ」

姫「みたいですね」

飴売り「ここは協力しないか」

姫「…貴方と?」

この飴売りの実力はわからないし、昨日今日会った相手と息を合わせるなどできる気がしない。

姫「どうやって…?」

飴売り「こうやって!」バッ

姫「あ!?」

飴売りは呪術師に突っ込んでいく。
これは――飴売りが捨て身の攻撃を仕掛けるから、隙を伺って倒せということだろうか?

姫(リスクが高すぎる…!!)

それでも飴売りは呪術師に攻撃を仕掛けていた。

飴売り「おらおらぁ!!」

呪術師「雑な攻撃ですねぇ」

姫(早々に勝負をつけないと…飴売りが危ない!!)

呪術師の視界の外に回り込む。飴売りが猛攻撃を仕掛けてくれているから、一応やりやすくはなった。
だが、飴売りもいつまでももたないだろう。

姫(全く…!!死んだらどうする気!?)

姫(もう少し…!)

飴売りとの戦闘に集中している呪術師に、背後から距離を詰めていく。
飴売りは…案の定無理をしているのか、ダメージが蓄積している。

姫(今助けるから…!)

飴売りの人懐っこい笑顔を思い出す。私は、ああいう笑顔を守る為に戦っている。
それが私のせいで失われるなんて――

姫(冗談じゃない!!)

あと3歩――

呪術師「私が――貴方を気にしていないとお思いでしょうか?」

姫「!」

途端、激しい熱。呪術師の体が発火した。
飴売りは…良かった、1歩下がってダメージを回避している。

呪術師「人間にしてはやりますねぇ、しかし!!数々の勇者を名乗る者を葬ってきた私を殺すことなど、人間には――」

ぐさり

呪術師「…え?」

姫「うるさい、ごちゃごちゃと」

呪術師は恐る恐る、信じられないといった様子で視線を下に向ける。
呪術師の首には剣――私が狙って投げた刃が、彼を貫いていた。

姫「貴方が葬ってきた人達より私の方が強い…そう考えられなかったの」

答えを言う前に、呪術師はどさりと倒れる。
そもそも呪術師の耳に私の声は届いていなかったかもしれない。
私は倒れた呪術師から剣を引っこ抜き、絶命を確認してから警戒をといた。

姫「手間がかかったわ…」

飴売り「…」

飴売りはポカンと私を見ていた。

姫「迷惑をかけましたね…治療代はこちらで」

飴売り「…れた」

姫「え?」

飴売り「惚れた!!」

姫「!?」

飴売り「姫さん強かったのかよ、全然知らんかったわ!!美人で気位が高くておまけに強いって、最高じゃん!!」

姫「え、あの…」

飴売り「姫さん、俺と付き合わない!?」

姫「は…?」

目をキラキラ輝かせて、何を言っているのだろうこの男は。

飴売り「今まで出会ったどんな女より…いや、これから先も姫さん以上の人と出会える気がしないッ!俺は直感を信じる!」

姫「ば、ばか言わないで。身分の差をわきまえなさい」

飴売り「あー、俺飴売りなんてやってるけどこれはボンボンの道楽みたいなもんで、実際結構いい家の…」

と、その時。

ズシーンズシーン

飴売り「…へ?」

姫「あら」

「…」

飴売り「おわあああぁぁぁぁ!?」

飴売りが腰を抜かす。
そこに現れたのは両手を鮮血で染めた、3メートル程ある獣だったのだ。

飴売り「ま、まままだいたのかよぉ!?」

姫「いえ、違うわ」

私が言ったと同時…

獣人「姫様、助けが遅れました…ですがご無事のようで何より」

獣は体を縮め、獣人に変化した。

姫「今まで何をやっていたの獣人?」

獣人「村に魔物が潜んでいたので、狩っておりました」

姫「なるほど…刺客は呪術師だけじゃなかったの」

飴売り「」アワアワ

獣人「…姫様、彼は?」

姫「あぁ…戦いに巻き込んでしまったの。獣人、治療費を渡して差し上げて。それから宿屋にも、修繕費用を」

獣人「はい」

飴売り(本当は巻き込んじまったの俺なんだけど…何か上手く勘違いしてくれてるみたいだな)

姫「それじゃあ、これで…もう、危険に首は突っ込まないように」

飴売り「あ、は、はい」

飴売り「…」

飴売り「姫さーん」

姫「はい?」

少し距離が空いた頃、飴売りが私を呼び止めた。

飴売り「俺、結構本気だからー。俺のお嫁さんになりたかったら、いつでも言ってくれー」

姫「…」

本気で頭がおかしくなったのか。
そう思う反面…

姫「ふ、ふふ…」

彼を面白いと思う自分がいた。
初めて貰う男性からの求愛の言葉は、不思議と嫌な気持ちにはならない。

姫「一生待ってなさーい」

飴売り「おう、俺は辛抱強いぞ!」

決して受け入れたわけではない。それでも、冗談のやりとりという一歩踏み込んだコミュニケーションくらいは、いいかと思った。

獣人「姫様、彼は…」

姫「変な人なのよね」

獣人「前々からの知り合いですか?」

姫「たまたま昨日知り合った飴売りよ」

獣人「飴売り…ですか」

姫「どうかした?」

獣人「…いえ、何でも」





飴売り「くっそー、とんだ邪魔が入ったぜ」

翼人「災難でしたね王子…」バサッ

飴売り「いたのかよ翼。いたなら助けてくれてもいいじゃん」

翼人「いえ、いつ仮面をお使いになるのかと思いましてね」

飴売り「こんな所じゃ使わないって」

翼人「その格好なら襲撃されないとおっしゃって、油断していたのはどなたでしたかね?」

飴売り「うぎぎ…悪かったって。まさか、本当に俺を殺しに来るとは思わなかったんだよ」

翼人「魔王子様は危機感が足りていませんね…それに何ですか、姫君に告白なさるとは」

飴売り「惚れたもんは仕方ないだろ?初めてなんだよ、女に惚れたのは」

翼人「貴方の宿敵の妹君ですよ?」

飴売り「別に俺は王子を宿敵とは思ってねーよ、それにさぁ」

翼人「…何です?」

飴売り「俺と姫さんが結婚すれば争いは収まって和平ハッピーエンドじゃね?」ハハハ

翼人「馬鹿ですか」ボソッ

飴売り「はいはい俺は馬鹿ですよー、馬鹿は魔王になれませーん」

翼人「開き直らないで下さい」

飴売り「まぁまずは魔王城に帰るぞ。父上に報告しないと」

翼人「はい」

今日はここまで。
戦闘シーンは苦手意識があるので書くのが遅いです。

>翌日

王子「よぉ、相手大したことなかったんだって?」

城に戻ると、人のいない所で王子が声をかけてきた。
あぁ、また面倒臭い。

王子「大したことないなら俺が行っても良かったかもな~。あ、でも田舎の汚い宿屋に泊まるのか勘弁だな、体が汚れちまう」

姫「行かなくて正解でしたよお兄様」

王子の剣の腕も悪くはないけれど、実戦経験の少ない彼なら呪術師の襲撃に対処できなかっただろう。

姫「そうだお兄様…姫でいる時に、飴売りと知り合いになりました」

王子「飴売り?」

姫「20代前半くらいの若い男性で…かなり馴れ馴れしい方です。遭遇した時は適当にあしらっておいて下さい」

彼を悪く言うのは嫌だったが、あまり王子と話してほしくない。
そういう意図があるとは知らずに、王子はハイハイと適当に返事を返した。

姫「あ、彼から貰った飴です。良ければ…」

王子「お、さんきゅー♪」

王子は飴をあげれば機嫌が良くなる。本当、子供っぽい。

姫(将来結婚できるかはわからないけど、王子以下の男性はそうそういないわね…)ハァ


>城下町

飴売り「らっしゃーい」

飴売りは不機嫌さを押し隠すように行商に没頭していた。

飴売り(くっそ…)

魔王城であったことを思い前す。

父は最近体の調子が悪く、顔色が悪い。
それでも魔王としての責任からか、それとも人に弱みを見せるのを嫌う性格からか、自分が城に戻った時も威厳たっぷりに出迎えた。

魔王子「父上、謀反人が現れました」

魔王「ほう…?」

魔王子「俺が宿泊していた宿が襲撃され、呪術師と名乗る魔物に命を狙われました」

呪術師が兄王子派の者かもしれないというのは伏せておく。
証拠のない不確かな情報だし、父に心労をかけさせたくなかった。のだが…

魔王「ふん…我はまだまだ現役だ、早まった馬鹿が…」

魔王子「父上…」

魔王は次期魔王候補の派閥争いだと、気がついたようだ。

魔王子「父上、俺は争いを好みません。兄上が次期魔王であると父上の口から…」

魔王「甘えるな阿呆」

魔王子「!?」

魔王「お前は命を狙われたくないだけであろう?自分の身は自分で守れ、我が息子ならな」

魔王子「いやしかし…無益な内部争いなど…」

魔王「有益かも知れんぞ…争いでしか得られぬものもある」

魔王子「…」

父も争いの末に様々なものを手にれたと言われている。
魔王の座も、名声も、人間達に女神のようだと讃えられていた母も――
そんな豪傑な父は自分に、我が息子なら戦え、腑抜けるようなら死ねと言っている。実の親子でも、彼はそういう性格だ。

魔王子(それでも俺は――)

沢山の命を散らしてまで何かを手に入れたいとは思わなかった。

飴売り「まいどありー」

行商は好きだ。何ていうか自分も「社会の一部」になったような気がして、働いた充実感が得られる。人と直接触れ合う仕事は、自分に向いていると思う。

流石都会、今日は飴の売れ行きがいい。特に女性客が多く、遠巻きにこっちを見ている女性もいる。
まぁ姫さんも飴好きと有名だし、この国の女性は飴が好きなのかもしれない。

王子「飴下さる?」

飴売り「へい、まいど…ってあれ、姫さん?」

王子「え…?」

飴売りの顔がぱっと明るくなる。
今日首都に来たのは、姫に会えるかもしれないという下心が多少あったのは否めない。

飴売り(姫さんのこと考えた途端姫さんが来るとは…もしかしてこれって運命?)

そんなことを考えると自然ににやついてしまい、姫に扮する王子は頭を傾げた。

王子(何だ…このアホ面は)

飴売り「いつもと雰囲気違うね、一瞬気付かなかったよ。よし知り合いのよしみで1個おまけするよ!」

王子「…」

王子(こいつが姫の言ってた飴売りか?本当に馴れ馴れしい奴だな)

飴売り「ところで姫さん、昨日の件、ちょっとは考えてくれた?」

王子「は?昨日の件…?」

飴売り「冷てーな相変わらず!俺と付き合ってくれってことだよ」

王子「………は?」

人懐っこい笑顔を浮かべて言う飴売りに、王子は眉をひそめる。

王子(何だこいつ下賤な飴売りの分際で、一国の姫に告白したのか?何て身の程知らずな)

王子(何かムカつくし、蹴り上げてやろうか…待てよ)ニヤ

飴売り(…にしても姫さん、やっぱいつもと何か違うよなぁ?)

王子「飴売り様、あの…」

飴売り「ん?」

姫(何だろう…用事って)

王子は帰ってくるなり、入れ替わりを一旦元に戻すと言い出した。
それで飴売りと会う約束をしたから、城の裏の庭園に行けとのことだ。

王子『飴売りがお前と話したいことあるみたいなんだけど、俺じゃよくわからないから行ってきてくれ』

姫(また告白の件かな?)

王子が行けと言うから行くしかあるまい。
私は先ほどまで王子が着ていた服を着て、庭園に足を運んだ。

姫(飴売りは…いた)

飴売り「あ、姫さん…」

飴売りは何やらソワソワしている。
何だろう?愛の告白すら全く恥じらわずに行った彼らしくない。

姫「お待たせ致しました」

飴売り「来てくれたんだ…嬉しいよ」

姫「えぇまぁ、約束ですから」

王子はそう言っていた。

飴売り「まさか、本当に来てくれるとは思わなくて」

姫「え?」

飴売り「俺こんなおちゃらけた奴だけど、こういう事には真剣なつもりだから…」

姫「あの、何――」

―――

唐突のことに頭が真っ白になる。
飛びつくように、飴売りは私を抱きしめてきた。

そして――

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

王子『飴売り様…まだ少し返事を迷っていまして、それで…後ほど、城の裏庭に来て頂けませんか?』

飴売り『裏庭に?』

王子『その時までに絶対に答えを見つけてきますから…』

王子『もし私が来たらその時は――』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



姫「――!?」

飴売り「…っ」

声を塞がれるように、触れるように――唇を、奪われた。

姫「…っ、無礼者っ!」

混乱しつつも、私は飴売りを引き離し頬を引っぱたく。

飴売り「っ…!」

しばらく、飴売りは茫然とした顔で私を見ていた。だが――

飴売り「…ごめん」

姫「…え?」

飴売り「浮かれていた…間に受けるもんじゃないよな」

姫(な、何――?)

飴売りの言葉も態度もわけがわからない――と、その時。

クスクス…

姫「――っ!?」

私の正面、飴売りの後方にある木の陰――そこにいた人物とその顔を見て、何があったのかわかった。

姫(王子…っ!!)

王子は声を押し殺して笑っていた。その目にこもっているのは、私への嘲り。
これは悪戯だ。それも、相当に性質の悪い。下賤な身分の者に唇を奪われた私を嘲笑したい、ただそれだけの目的。

飴売り「無礼を償いたい…これを」

そんなことに気付かない飴売りが私に差し出したのは、剣。

飴売り「お姫様への猥褻行為をしたのだから切り殺されても文句は言えない。どうぞ――」

姫「ちがっ――」

私は慌てる。きっと彼は王子に騙されただけで、何も悪くない。だが何と説明すればいい?

王子は私を見て腹を抱えていた。私の慌てる様子を見て楽しんでいる。
ここ数年、どんなことを言われても私は動じなかった。それがつまらなくなっていたのだろう。

姫「…怒っていません」

そんな言葉しか出てこなかった。

姫「少し、驚いただけです」

飴売り「姫さん…」

できるだけ彼の罪悪感を取り除くように言葉を選ぶ。

姫「今日はお帰り下さい…暴力を振るって、申し訳ありませんでした」

飴売り「あぁ」

去っていく飴売りの背中は哀愁を醸し出す。
あのいつも朗らかな彼を傷つけてしまった――そんな罪悪感が私の胸を締め付ける。

そして怒りの矛先は勿論…

姫「王子…!!」

王子「くくく…お前初めてだよなぁ?良かったじゃん、下賤だけど顔はいい相手でさぁ。お前どうせ評判悪くて言い寄ってくる男いないんだし、あいつと結婚しちゃえば良いじゃないか」

姫「…ふざけないで下さい」

数年ぶりだ、彼に怒りを表すのは。
そんな様子を見て、王子はますます可笑しそうに笑う。

王子「何?「姫」があいつを誘い込んだんだろ?何で俺にキレてんの?」

姫「誘い込んだのは貴方です…!」

王子「おーコワ。じゃ何?俺を殴る?いいよ殴れ、ほらほら」

姫「…っ!」

そんなことしたら私が責められる。事の経緯を説明したとしても、結局悪いことになるのは私。
王子はそれをよくわかっている。わかっているから、ここまで私を馬鹿にできるのだ。
それでも――

姫「私は貴方の代わりではあるけど、貴方を楽しませる玩具じゃありません!!」

私は真剣な怒りをぶつける。
唇を、しかも初めてをこんな形で奪われるなんて、顔を思い切り殴られる程ショックな出来事だ。
それも王子の為に恋愛事を避けてきた私に、こんな仕打ちを――

王子「お前さぁ、誰に向かって口きいてるかわかってんの?」

姫「はぁ…!?」

王子「俺はこの国の世継ぎ。次期国王。お前は俺のオマケで生まれてきた卑しい片割れ。わかってる?この差…」

姫「…!」

王子の言葉は私達双子の今まで歩んできた人生。
私は女で、王子より卑しい存在であり、王子の為に存在していて――

王子「俺がお前をどうしようと、勝手だろ」

姫「そんっ――」

抗議しかけた、その時だった。

獣人「王子――」

王子「っ!?」

姫「…どうしたの獣人」

こんな時に…と八つ当たりに近い苛立ちを感じながら、獣人に返事する。

獣人「街に魔物が接近しているとの事ですが――」

王子「よーしわかった。お前、ちゃんと行けよ!」

姫「…」

私は返事をしない。けれど私に拒否する権利はない。
どんな目に遭わされても、私は王子に逆らうことを許されていない。

私は黙って、王子の振りをする為に城に足を向けた。

今日はここまで。
次回も戦闘シーンかぁ(若干憂鬱

魔物の接近を知らされ、街の人々は避難を始めていた。

飴売り(まさか街への襲撃命令が…!?いや、また俺…!?)

飴売りは混乱の中を縫い、街の外へと出る。
魔物の気配は――こっちからだ。

飴売り「止まれっ!!」

飴売りが大声を出すと、街に向かっていた魔物達が立ち止まった。
何匹かのウルフを率いていたのは、大型のウルフに乗った猛獣使いだ。

飴売り「お前には見覚えがあるな」

確か兄王子の側近の1人――

飴売り「これは兄上の命令か?それともお前の独断か?」

猛獣使い「――どうでしょうね」ピュー

飴売り「――っ」

猛獣使いが口笛を鳴らすと、ウルフ達が一斉に飛びかかってきた。

飴売り(やっぱ俺が標的か…だったら気兼ねはいらないな!)

ウルフの爪と牙を何とかかわし、剣を振り回して追い払う。
そうしてウルフの攻撃を避けながら、懐に手を入れようとするが――

ビュン

飴売り「ぐっ…」

猛獣使い「仮面は、使わせませんよ…」

やはり仮面を警戒していたか――
剣でウルフを牽制しながら、何とか仮面を取り出せる機会がないかと伺う。
しかし…

ビュンッビュン

飴売り(チッ、この連携プレー…厄介だな…!!)

飴売り「――っ!!」

と、ウルフが飴売りの喉目掛けて飛びかかってきた。

防御が間に合わない――!!

翼人「魔王子様!」

猛獣使い「――!」

大きな風を巻き起こしながら、翼人が地面に降り立った。
風に吹き飛ばされてウルフは、飴売りに攻撃をしかけることなく地面に着地。

翼人「まさか貴方が魔王子様に牙を剥くとは…」

猛獣使い「…ふん」

猛獣使いは動じず、ウルフを飴売りと翼人にけしかける。
両者、これを回避。

飴売り「翼!お前に任せた!」

翼人「はい」

飴売りは後退し、翼人がウルフの群れに突っ込んでいく。
翼人はウルフが飴売りを襲わないよう、全体を見渡しながら風を起こす。

飴売り「助かったよ翼…これで」

飴売りは懐から狂戦士の仮面を取り出し――

魔王子「思い切り、暴れられる――!!」

姫「…っ!?」

私が来た時には既に終わっていた。
と、いうより…何があった?

翼人「おや…王子」

魔王子「…」

魔王子の全身が血まみれだ。だが、それはきっと彼のものではない。
周囲に散らばっている肉片――魔王子の仕業だ。
だが、何故?肉片は魔物のものに見えるが、どうして魔王の息子である彼が魔物に?

だが、そんな疑問を浮かべている間もなく――

魔王子「…」

姫「…っ」

魔王子が剣先をこちらに向けてきた。これは…戦いの合図か。

姫「…相手する!」

私は魔王子と対峙した。

――全然、暴れ足りない――

魔王子「…」ビュン

姫「はッ!!」カキィン

――剣に十分な手応えを感じる。
こいつは、強い――

姫「でりゃ、たあぁっ!」カンカァン

――こいつとの戦いは、胸躍る――

魔王子「…」

――だが、何故だ――

姫「はぁーッ!!」カァン

――こいつには何か、違和感が――

魔王子「――っ」ビュン

――まぁ――

姫「くっ」カァン

――切り刻んでしまえば、どうでも良くなる――

姫「…っ」

一撃一撃が重い。この魔王子、やはり強い。
何とかダメージは避けてきたが、いつまで避けていられるかわからない。

魔王子「…」ビュンッ

姫「…うっ!?」

今の一撃を受け止めたと同時、腕全体に痺れが行き渡った。
何となくそんな感じはしていたが、確信をもつ――

姫(魔王子…戦闘中に少しずつ強くなっている!?)

魔王子「…」ビュンッ

姫「くっ」

今度は回避。ギリギリだった。

姫(このままじゃ…)

こちらが押し切られる――そんな危機感を持った。

魔王子「…っ」ガキィン

姫「…っう!!」

受け止めたと同時、足元がふらつく。
何て威力…!!

魔王子「…ッハァ!!」

姫「!!」

姫「…っつぅ…」

咄嗟に一撃を受け止めたが、私は思い切り吹っ飛ばされた。
体が地面をこすり、鈍い痛みが体を伝う。

魔王子「…」

姫「くっ…」

しかし魔王子はじりじり近づいてくる。痛みを気にしている場合じゃない。
急いで立ち上がり、魔王子に向き直ろうとした。

だが、その時。

魔王子「…ッアァ」

姫「…?」

魔王子の動きが止まった…震えている?
そして頭を抑え…

魔王子「…ガアアアァァァァーッ!!」

姫「!?」

翼人「いけない!」

獣人と戦っていた翼人が急に戦闘をやめ、魔王子に向かっていった。
そして魔王子の体を抱えて、宙に飛ぶ。

翼人「退散させてもらおう…王子よ、また会おう」

姫「あっ!」

翼人はそう言うと慌てた様子で、魔王子を連れ去っていった。
その姿は、あっという間に見えなくなる。

姫「…助かった」

獣人「そうですね…」




飴売り「ハァ、ハァ…」

全身から汗が吹き出す。体が妙に熱い。
それに――さっきまでの自分は、明らかに正気を失っていた。

翼人「仮面を長時間つけていたせいか…」

飴売り「くそ…!!」

危うく意識が飲み込まれる所だった。あれ以上戦っていたら、自分は…。

翼人「猛獣使いからの連戦でしたからね…そうでなければ王子を討てたかも」

飴売り「そんなこと気にしてねぇ…」

猛獣使いはいい。自分に殺意をもって向かってきた相手だ、こちらも全力で対処する。
だけど王子は違う。自分と遭遇した時はまだ戦う素振りも見せていなかった。なのに自分は王子を殺しにかかった…それはただ単純に、暴れたかっただけだ。

自分が段々仮面の狂気に染まっていき、自分が自分でなくなっていく感覚――思い返せばゾッとする。

飴売り「おっかねぇ…」

翼人「…仮面がですか?」

飴売り「違う…」

飴売りは体をギュッと締めてガタガタ震えだす。

飴売り「俺はもう、こんな…戦いなんて、うんざりだ…!!」

夜の更新は未定。
飴売り→魔王子になる際仮面を被っただけで服装は一緒ですが、全身血塗れなので姫は気づいていません。

王「ご苦労だったな王子よ」

報告をすると父はお決まりのように言った。
心のこもっていない事務的な言葉。その言葉では、私の達成感は満たされない。

王妃「しかし魔物達もいよいよ、我が国の城下町を狙うようになりましたか…」

王「あぁ…これは由々しき事態だな」

姫「…」

兵力の強化を怠っている張本人達が何を言っているのか――そう思ったが、言葉をぐっと堪える。

王子「いっそ他国みたく魔王に下っちゃえば~?」

王「それはできん。我が国の株が下がる。それに王子の今まで積み上げてきた名声も崩れるぞ」

王子「あぁ、それはいかんね」

名声だけを得ている王子は、現状をわかっていない。
けど、いっそ魔王に下ってしまえば――私もそう思うことはある。魔王に下った国の王達は権力を失い、自分の国のことも自分達で決められなくなる。
だけど、人々を守ることはできる。誇りを失っても、命は守れる。
我が国は弱小国の分際で、最後まで戦い抜くという誇りを捨てきれない。それは全て、私の重圧となるというのに。

王子「じゃ、もう魔王城攻めちゃえば?」

姫「…!!それはできない!」

私は即抗議する。
魔王城やその近辺には、主力となる魔物達がうじゃうじゃいるということだ。
今までは魔王のプライドが許さなかったのか、主力である魔物達が国に侵入してきたことはほとんどない。だから私が主力の魔物と戦う時はいつも、少数相手だった。
しかし魔王城近辺に行くということは主力である魔物との連戦――そんなことしたら、私がもたない。

それを王子でもわかるよう、わかりやすく述べたが、

王子「でも今の内に行っておかないと、国にもっと強い魔物達が攻めてくるんでねぇの」

王子はあっけらかんと答えた。

王子「魔王を討ったとなりゃ、王子は国だけじゃなくて全世界の英雄だぞ。国の為に動けよ」

そう言う王子の顔は強欲に満ち、下卑て見えた。

私の発言はどこまでも無力だ。

王「そうだな、魔王を叩くなら今かもしれん。まだ我が国にダメージがない内がいい」
王妃「それも国を守るということ…」
王子「城に潜入して魔王だけ討てばいいんだよ、後の魔物は逃げろ逃げろ」

戦わない人達は理想を掲げ、私に責務だけ押し付ける。反論しても、それがお前の義務だと聞き入れもしない。
そして、出来なかったら私を責めるのだろう――もっとも今回の場合は、責められる以前に死ぬかもしれないが。

姫(もし私が死んだら――)

あの人達は戦えない。だから魔王に下るしかなくなる。
この国の人々の為ならそれもいいじゃないか。だけど、私が無駄死にだ。

無駄死に――そうか。私は無駄死にさせてもいい程度の存在だった。

王「明日出発するように」

いいでしょう、どうせ私は王子の手先でしかない。
戦い抜いた末無駄死にしても、貴方達の失望の声は私に届かない。

姫「行きましょうか、獣人」

獣人「お待ち下さい。提案が」

姫「何?」

獣人「王子の格好で出征すれば噂は広まるでしょうし、敵に狙われやすくなります。魔王城付近までは、王子でない格好に変装して行かれた方がよろしいかと」

姫「…それもそうね。でも獣人はどうするの?貴方も顔を知られているから私と居れば目立つでしょ」

獣人「私は別行動します…何かあれば、この笛で」

姫「わかった」

私に笛を渡すと獣人は姿を消した。
さて、どんな格好で行こうか…と考えた末私は、

姫「ま、いいか、こんなんで」

普通に女の格好で行くことにした。

姫(今日は一気に国境越えちゃって、隣国の首都に行こうかな…田舎より街の方が、旅人は目立たないし)

翼人「…では魔王城には戻られないと?」

飴売り「魔王城は敵だらけだろ…戻りたくない」

翼人「では、どうなさるんですか?」

飴売り「人間の国に留まっていたい」

翼人「…そうやって、また逃げるつもりですか」

飴売り「わかってるだろ…俺は争いも面倒事も嫌いなんだ。逃げないとそれを避けることはできないんだ。逃げて何が悪い?」

翼人は呆れたのか諦めたのか、ふぅとため息をつく。

翼人「わかりました…ですが留まるにしても場所を選んだ方が良いですよ」

飴売り「あぁ、あまり魔物達が攻め入ってこれない場所だろ?」

翼人「はい。この国は兵力が弱いので魔物の侵入も容易いですが…」

飴売り「隣国は防衛力の強い国だし、そこなら問題はないな」

翼人「えぇ、ですが魔物の侵入も容易くはない。なので私は魔王子様の側にいられませんが…」

飴売り「そこまで翼に面倒かけられない。危なくなったら仮面で自分の命くらい守るよ」

翼人「そうですか…しかし残念です」

飴売り「何が?」

翼人「それは…いえ、私などが言うのはおこがましいですね」

そして、飴売りは1人になった。




国境を越え、首都に辿り着く頃には夜になっていた。
街の通りの真ん中を堂々と歩いても、流石に隣国の姫の顔は誰も覚えていないのか、気付かれる様子はない。
母国では英雄である王子(とその妹)も、国境を越えればただの人、というわけか。

姫(まぁ都合はいいけど)

思えば女の格好のまま、堂々と人通りの多い場所を歩くのは数年振りか。
まだ大通りの店は空いている。何か見てみようか…と思ったが、足が止まる。

姫(お店…見たい店がない…)

服、装飾品、小物…色んな店が並んでいるが、自分には必要ないものばかりだ。
国民から払われた税金で無駄遣いするのは良くない。

姫(店を見てもつまらないかな…宿屋取って早く休もう)

「飴いらんかねー」

姫「…え?」

飴売り「ん?」

飴売り「あれ…姫さん」

ばったり出会ったのは偶然だった。
飴売りは目が合った瞬間、ぽかんと口を開けた。そして、

飴売り「し、失礼しゃーしたー!」

と慌ててそこから逃げ去ろうとしたが、

姫「ま、待って!」

飴売り「うわっち!?」

私は飴売りの襟首を掴む。彼は慌てていて、声だけじゃ呼び止められないような気がして、咄嗟に。
飴売りは即振り返ると、物凄い勢いで頭を下げてきた。

飴売り「すんません、つい…逃げるなんて卑怯だった、本当俺最低だ!」

姫「ち、ち違うの!そうじゃなくて…」

飴売り「言い訳はしない!いくらでも俺を殴れ!」

姫「だ、だだからそうじゃなくて!」

彼の焦りが私に伝染し、互いに口が上手く回らない状態になった。

「ねぇ何あれ?」
「痴話喧嘩?」

姫「ハッ!!」

この妙なやりとりに周囲の視線が集まる。まずい――

姫「と、とりあえず場所を変えましょう!ね!」

飴売り「え、あ、うん!」

私は飴売りの手を引いて駆け出した。
何でこんなに焦っているんだか…恥ずかしくて顔が熱くなった。

飴売り「それで…」

裏街道にやってきた。大通りとは違って静かで薄暗い。
場所を変えて少し落ち着いたが、若干気まずい。

飴売り「…悪かった、本当」

姫「いえ…悪いことをしたのは私の方です」

あの時の飴売りの去っていく背中を思い出す。彼は王子に騙され、それでぬか喜びさせられ、傷ついた。
彼の私への気持ちは本物だと思うから――だから尚更、心が痛んだ。

姫「誤解させてしまって…」

飴売り「誤解…やっぱり、誤解だよなぁ」

飴売りは苦笑いを浮かべる。しまった、私の言葉選びが悪かった。

姫「いえ、あの…」

飴売り「いや、わかってたんだ。俺みたいな男、嫌だよな」

姫「そんなことありません!」

強めに言うと飴売りが驚いた顔をする。
そう…決して、迷惑ではない。

姫「…嬉しかったですよ」

それが素直な気持ち。
両親の愛情は兄に向いていた。姫としての評判は悪く、人々から敬遠されてきた。
だから彼が向けてくれた気持ちは何だか暖かくて、甘酸っぱくて――

姫「私…貴方に嫌な感情を抱いていませんから」

初めて、私自身を見てもらえた気がした。

飴売り「…本当に?」

飴売りはまだ不安そうな顔を浮かべている。

姫「えぇ」

飴売り「嫌いじゃない?…無関心でもない?」

姫「えぇ」

飴売り「…そっか」

飴売りは笑みを浮かべる。そして口は少しずつ吊り上がっていき…

飴売り「そっか、そっか!すっげー嬉しい!」

満面の笑み。いつもの朗らかな彼。
彼は騙された方なのに、その不満を微塵も顔に出さない。

姫「全く…単純ですね貴方は」

飴売り「泣いたんだよ~俺、姫さんに嫌われたかと思って一晩中」

姫「…ふふっ」

彼の冗談に私の口も歪む。そう簡単に誰かに心を許すわけにはいかないのに、彼には私の緊張をとかすものがある。

飴売り「嘘じゃないぞー」

姫「えぇ、ごめんなさい…ふふっ」

飴売り「あぁもう」

気付けば私も飴売りも、自然に笑みを浮かべていた。
私達の間にあった気まずい空気は、あっという間に消えていた。

飴売り「そいや姫さん、こっちの国で何してんの?」

姫「………え」

私は一瞬で固まった。
何をしている――本当のことは勿論言えない。

姫「ちょ、ちょっとした道楽よ」

飴売り「家臣もつけずに?」

姫「じ、自由に行動したかったので…」

飴売り「ふーん、でも何も買ってないようだね」

う。

姫「こ、これから見ようと思ってたんです!」

飴売り「…へぇ?」

姫「本当ですよ!それじゃあ、街に戻りますから…また!」

飴売り「あ、うん。じゃあねー」

飴売り「…」

飴売り「姫さん…嘘つくの、下手だなぁ」

今日はここまで。
男キャラの方に力が入りがちなので女キャラは難しい。

>翌日

姫「さて…」

朝早く宿を出て馬を走らせる。
休憩を挟みながらも真っ直ぐ行けば、今日も国境を越えることができるかもしれない。
魔王城までは、馬でなら明日か明後日には到着できると思う。

姫(魔王城に近づく程魔物達も強くなっているって話だし…なるべく戦いは避けていきたいわ)

そう思った矢先だった。

姫(…あっ)

さっと物陰に姿を隠す。丁度滝の音が鳴り響く所だったので、向こうに自分は気づかれなかったようだ。
物陰からそっと覗くと、魔物の群れがいた。ここは人通りの少ない場所だというし、魔王軍の者が張っていてもおかしくはない。

姫(ここを黙って通してくれるかしら…?)

望みは薄い。戦闘になれば負けない自信はあるが、必ず魔王に報告がいく。
そうなれば魔王城への侵攻は更に難しくなるだけで、つまり何のメリットもない。

姫(でもここを避けたら、大分回り道しなきゃいけないし…)

チョンチョン

姫「…え?」

飴売り「よ、何してんの?」

姫「うわぁ!?」ビクゥ

飴売り「わわ、大声出すなって」

姫「あ、飴売り!?何でここに!?」

飴売り「いやぁ~偶然だね~」

飴売りは露骨に視線をそらす。
…こいつめ。

姫「つけてきましたね?」ジー

飴売り「俺は放浪の飴売り商人だぜ~?」

姫「このストーカー」

飴売り「まーまー、場所変えよう。ここは危ないしな」

姫「…」

釈然としなかったが、確かにこんな場所で言い争いするのは危険だ。
飴売りに先導され、その場から離れた。

姫「で…何でつけてきたんですか?」

飴売り「好きな女の様子がおかしいから気にかける…それって恋に生きる男なら普通のことじゃない?」フッ

姫「切る」チャキ

飴売り「すんません」

飴売りは速攻土下座する。
でもまぁふざけた理由だが、本当にそれが彼の動機なのだろう。

飴売り「そしたら案の定、1人でどんどん国から遠ざかっていくしさ。何かあったかと思うじゃん」

姫「…国家秘密です、詮索しないで」

飴売り「いやぁでも姫さん危なっかしいから気になるよ」

姫「…」

この飴売り、この様子ならいくら迷惑だと伝えてもついてくるだろう。
全く、厄介な男に好かれてしまったものだ…。

姫「国王命令で、ある場所を目指しているんですよ」

飴売り「へぇ、どこ?」

姫「魔王城」

飴売り「!?」

姫「王子がいつか魔王城に攻め入るかもしれないので、様子を伺って来いというのが命令です」

飴売り「ちょっ待てよ、何でそれを姫さんが!?そりゃ王子の…いや兵士の仕事でもいいじゃん!」

姫「私なら目立たないでしょう。女1人なら、魔物もあまり警戒しないでしょうし」

飴売り「けどよ」

飴売りの眉が釣り上がる。

飴売り「フツー、護衛もつけず姫さん1人にそんなことさせるか!?お姫様は国の宝だぜ、何考えてんだよアホか国王!」

姫「…私の父なんですが」

飴売り「わり。でも、むかむかすんな」

飴売りはむかむかを顔にそのまま表す。
しかし何故か、彼が怒っても全然迫力がない。

姫「私は剣を兵士以上に扱えます。王子同様、私も国の為に働かなければなりません」

飴売り「変だよそれ。姫さんの国って男性優位じゃん。男性優位ってのは男が男らしく女を守ってこそ成立するもんだろ」

姫「そう…ですか?」

飴売り「そうそう。女に危険な真似をさせておいてふんぞり返ってる男なんて、みっともないって」

それは、私の父や兄のことか…。しかし、飴売りの意見は中々斬新だ。
男性優位だから私は兄と差をつけられてきて、兄の身の安全の為と、名誉の為に私が戦ってきた。

飴売り「姫さんは変に思わないのか」

姫「え…何が?」

飴売り「姫さんだってこうやって国の為に働いているのに、ちやほやされるのは王子ばかり。俺はおかしいと思うよ絶対」

姫「…」

そうか、変なのか…。

王子と私の格差は、生まれて性別が判った瞬間からもう開いていた。

王妃『王子や――貴方は将来、この国の未来を背負うのですよ』

実母である王妃の愛情を一身に受けて育てられた王子。
片や乳母に世話を丸投げされ、王子より一歩下がっていろと教えられて育った私。

王子『女は種として男より劣っているんだってよ。だから俺が国を継ぐのは当然なんだ』

女である私は、王子の為に危険を背負い、王子の為に名誉を得る。それが卑しい女である私が国にできる貢献だと父は言っていた。

王子『俺はこの国の世継ぎ。次期国王。お前は俺のオマケで生まれてきた卑しい片割れ』

王子のことは嫌っていた。
だけどそんな私の感情とは関係なく、

王子『俺がお前をどうしようと、勝手だろ』

王子の為に――それが私の奥底に植えつけられた教えだった。

姫「変だとは思いませんよ」

飴売りは驚いた顔をする。
私からすれば、十数年築いてきた私の生き方に疑問を投げかける飴売りの方が奇異なのだけれど――

姫「私は、それを不幸と思ったこともありません」

そう、私は不幸ではない。姫という地位に生まれて不幸を嘆いては、貧しさに苦しむ者達に失礼だ。

姫「私には私の役割があるので――行きます」

王子に対して不満は色々あるが、それは今は忘れよう。
迷いは心に隙を生む。だから今は迷っている場合じゃない。

今はただ、前に進むのみだ。

飴売り「…最短ルートは危ないぞ」

飴売りは私の背中に忠告する。

姫「…え?」

飴売り「ついてきな、こっちだ」

姫「え、あ…」

素直に飴売りについて行くつもりは無かったが、飴売りは私の荷物を手に取って行ってしまった。
私は慌てて、その背中を追いかけた。

それからしばらく飴売りの走らせる馬の後をついていったが、魔物と出くわすことはなかった。
しかし飴売りの行くルートは、当初通ろうと思っていたルートから大分それようとしていた。

姫「どこまで行くんですか?」

飴売り「1番安全なルート」

姫「安全なルート…?」

飴売り「姫さんは自分の国のことしか知らんと思うけど、魔王城までほとんど魔物のいない安全なルートが存在するんだ。そこを案内するよ」

姫「あの、本当に安全なんですか?」

飴売り「あぁ、飴売りの行商で全国飛び回ってる俺が言うんだ。信じろって」

飴売り(翼が調べたルートなんだよね…俺はいつも翼の背中に乗って移動してっけど)

姫「…」

多分、彼が私に嘘をつくことはない。それだけは確信できる。
彼を巻き込むのは釈然としないけど…。

姫「…案内、ありがとうございます」

ここは素直に礼を言うことにした。

飴売り「魔王城付近まで姫さんと一緒にいられるなんて、俺にも得はあるしさ」

姫「…もう」

嘘をつかない人だとわかっているから性質が悪い。
迷惑だと思う反面、彼の言葉は私に、素直な暖かさをくれた。

そして夕方頃、街に着いた。今日はここに宿泊するのだと飴売りは言った。

姫「それじゃ宿に行きましょうか」

飴売り「まだこんな時間だぞ、街を見ないのか?」

姫「えぇ…」

昨日も街を歩いたが、特に見たいものがない。
それは街の場所を変えた所で同じだろう。

姫「無駄遣いするわけにはいきません」

飴売り「へぇ、買い物好きって聞いてたけど」

姫(それは王子なんだけど)

姫「今回は仕事で来ているので…」

飴売り「息抜きくらい許されるって。俺に付き合ってくれよ、道案内のお礼に!」

姫「むぅ…」

そう言われると断れず、渋々付き合うことにした。
どうせ少し街歩きするくらいだろう。

そう思っていたが…。

飴売り「飴いらんかね~」

姫「…」

何故私は、飴を持って佇んでいるんだろう?

姫「……ねぇ飴売り」

飴売り「はい飴3個ね、まいど~。お客さんに渡してやって」

姫「あ、は、はい」

飴売り「お、そこのお姉さん!飴いりませんか飴、丹精込めて作った飴ですよ!」

「お兄さんイケメンだから買っちゃおうかな~♪握手してくれる?」

飴売り「はいっ!まいどありっ」ニッ

姫「…」

「ねぇお兄さんどこから来たの?」
「お兄さんが作ったのー!?じゃあ5個買っちゃう!」
「やばっ、マジかっこいいんだけどあの飴売りさん」

飴売り「ありがとねー、お客さん」ニコニコ

姫(八方美人…)ジー

「ねぇお兄さん、そこの綺麗な人、お兄さんの恋人?」

姫「!?」

飴売り「いや、俺の片思い!俺、恋人いない歴イコール年齢だから!」

「へぇ、お兄さんモテそうなのに一途なのね~」

飴売り「モテないから恋人いないの!痛いとこ突くなー、もう」

姫(…モテてるじゃない、さっきから)イラッ

飴売り「姫さん飴渡してあげてー」

姫「あ、はい」

「お姉さんありがとうー、お兄さんに優しくしてあげてねー」

姫「…」

飴売り「客商売は笑顔が大事だぜ!さぁ頑張っていこー!」

姫「えっ、あっ、はい」

姫(……何で私が?)

飴売り「さーてそろそろ客足も落ち着いてきたし、店閉めるか。お疲れさーん」

姫「あぁ…疲れた」

飴売り「そう~?まぁ付き合ってくれて助かったよ、ありがとう」

姫「飴売りの手伝いさせられるとわかっていたら初めから…」

飴売り「はい、これ姫さんの分」

姫「…え?」

飴売り「働いた分の給料だよ、ほれ」

姫「あ、ありがとう…」

働いて報酬を得る…そういう仕組みは知っていたが…

姫「…何か、変な気分ですね」

飴売り「そう?」

姫「そっか…働いてお金を貰うって、こういうものなんだ」

飴売り「はは、一国の姫さんにゃ初めてだろ。俺も働いた分が金になるってのが楽しくて飴売りやってるんだ」

姫「楽しそうに働いていたものね」

いつも明るい飴売りには向いている商売だろう。
特に女性客のウケが良く…と、さっきの光景を思いだし、何故かイラッとする。

飴売り「その金は気兼ねなく使えるだろ、好きなもん買いな!」

姫「あ…」

自分はさっき、無駄遣いするわけにはいかないと言った。

飴売り「まだ店は開いてるし、一緒に見て回ろうぜ!」

姫「あ…」

飴売りは強引に手を引っ張って、私を連れ出した。
彼は彼なりに、私を気遣ってくれているのだ…。

とはいえ。

飴売り「服は?」

姫「いりません」

飴売り「靴は?」

姫「いりません」

飴売り「装飾品は?」

姫「いりません」

お金が自由に使えるとはいえ、自分には必要ないものばかりだった。
一緒に歩いている飴売りも少し困ったような顔をする。

飴売り「んー…姫さん欲しいものないの?」

姫「…思いつきません」

飴売り「そっかー…」

何だかせっかく気を使ってくれたのに、申し訳ない。

飴売り「ま、でも姫さん一杯持ってるし、いつでも欲しいもの手に入るなら急いで欲しいものもないか」

姫「…そうでもないですよ」

飴売り「へ?」

姫「欲しくて手に入れたものなんて、私にはありません」

私は今まで、自分の持ち物を選ぶこともできなかった。

飴売り「えー、そうなの…?姫さん買い物好きだって聞いてたけど」

姫「買ったものは、欲しくて買ったものじゃありません」

買い物をしたのは王子だが、王子も女物の衣装など欲しくて買ったわけではないだろう。

姫「見栄です」

飴売り「見栄?」

姫「えぇ、いいものを身につけると見栄えが良くなるでしょう。だから欲しいものではなく、見栄で買うんです」

飴売り「見栄ねー…何かわかるかも」

飴売り(俺もこんな飴売りの格好で魔王城歩けねーしなぁ)ハハ…

姫「私、自分で欲しいものを選ぶのは苦手です」

飴売り「ふーん…」

と、飴売りは横目で何かを見た。その視線の先にあるのは、装飾品屋の屋台だ。

飴売り「姫さん、来て来て」

姫「?」

飴売りは私の手を引いて、屋台の側まで行った。
それから何やら、装飾品をじーっと見ている。そしておもむろに、クローバーのネックレスを手に取った。

飴売り「そうだなぁ…これいいんじゃない?」

姫「えっ」

飴売り「うん、やっぱこれがいいわ!姫さんには似合うよ!」

ネックレスを私にあてて、飴売りは自信満々に言った。

飴売り「すみませーん、これくださーい」

姫「えっ、あのっ!?」

飴売り「はい姫さん」

姫「えっ」

飴売りは片手間に会計を済ませると、手早く私の首に手を回しネックレスの留め金を留める。
そのあまりにもスムーズな流れに私はフリーズ。一方飴売りは、満足そうにしているけど。

飴売り「うんうん、装飾品をつけることで女性は更に輝くねぇ」

姫「あ、ちょっと…あ、あの、お金っ、私が…」

飴売り「いや俺が姫さんにつけて欲しくて買ったんだからいいって。それに恥ずかしいけど安物だし~」

飴売りは苦笑いした。

姫「あ、ありがとう…嬉しいです」

飴売り「そ?良かったぁ、こんな安物!って怒られたらどうしようかと」

姫「そんっ…」

そんなことするわけないと言おうとして止めた。
王子扮する姫ならそうしていたかもしれない。だから否定するわけにはいかなかった。
そう、ギャップを作らないようにするのはいつも心得ていること。だというのに…。

姫(つい…)

何故か自分は、それを忘れそうになっていた。

飴売り「俺と姫さんって、結構相性いいんじゃない?」

姫「はい!?」

唐突に何を。

飴売り「姫さんは傲慢で高圧的って聞いてたけど、俺そんな姫さん見たことないし。姫さん俺といる時は機嫌いいからだろ?」

姫「あのね…」

何て自信満々な…。
自分は元々こういう人間だと、説明してやりたい。

姫「…貴方は鈍感そうですから、怒った所で無駄だと思うだけです」

飴売り「そう?俺、こう見えて結構敏感だけどね~」

姫「そうは見えませんけど…」

飴売り「…姫さんは自分で思っている程、クールな人じゃないよ」

姫「…え!?」

どきっとした。

飴売り「うん。さっきのネックレスあげた時の顔なんて可愛かったよ。俺ドキッとしちゃったもん。あと~…」

姫「…何ですか?」

飴売り「飴売ってる時の姫さんの視線たら…ヒヒヒヒ」

姫「…」

確か女性客に愛想良くしている様子に冷ややかな視線を送ったと思うが…何故にやつく?

姫「何ですか」

飴売り「姫さん…妬いてたでしょ」ヒヒッ

姫「…」

姫「切る!」

飴売り「ちょ、ま、ストーップ!!」

飴売り「ゼェゼェ…まさかマジに追い回されるとは思わんかったわ…」

姫「変なこと言うからです」

飴売り「姫さ~ん、素直になった方がいいよ~?」

姫「私は素直です!」

寝そべる飴売りに背中を向けて腰を下ろす。
妬いてた?私が飴売りに?…冗談じゃない!

飴売り「ま、そんな姫さんも好きなんだけど」

姫「怖いものなしですか、貴方は」

飴売り「あのさ…俺飴売りなんてやってるけど、それは道楽でさ…」

姫「はい…?」

飴売り「俺、実は王子様なんだよね」

………

は?

飴売り「ロマンある話だろ~、だから身分的には姫さんと釣り合っていると思うし」

姫「………ふふっ」

飴売り「ん~?」

姫「王子様~?まさか…あはは、ふふふふ」

飴売り「いやマジだから!今はちょっと家出中だけど帰れば皆に王子様、王子様~って」

姫「はいはい、飴売り王子ね、ふふっ」

飴売り「信じてよー」プー

姫「で…何で飴売り王子は家出を?」

飴売り「まぁ…」

飴売り(俺が魔王の息子ってことは伏せておくか…)

飴売り「世継ぎ問題とかでゴタゴタしててね、嫌になって家出した」

姫「そういえばお兄さんがいるとか」

飴売り「そ。俺は兄貴が家を継いでくれりゃいいと思うんだけど、何せうちの兄貴は頭が悪くてね。俺を推す奴と兄貴を推す奴が喧嘩して、俺にまで飛び火してきてんだよね」

姫「お父様が決定されるのではないの?」

飴売り「親父は駄目。自分たちで解決しろって丸投げ」

姫「じゃあ兄弟喧嘩の真っ最中」

飴売り(兄弟喧嘩ってレベルじゃねーよ…こっちは命狙われてんだよ…)

姫「うちは何でも王子優先だから、そういう揉め事はないかも」

飴売り「…それも何かな」

姫「喧嘩はありませんよ」

飴売り「いやいや、何でも王子優先てやだよそりゃ」

姫「わがままですね」

飴売り「わがままで結構。俺はもう王子様やめて飴売りに転身したいよ、もう」

飴売りはハアーと長いため息をつく。
王子様というのは流石に冗談だと思うけど、確かに彼は世継ぎ問題があるような身分よりも、飴売りが天職に見える。

飴売り「なぁ姫さん…」

姫「何ですか?」

飴売り「俺と駆け落ちしちゃわない?」

姫「!」

駆け落ち…それはつまり、国を捨ててしまえということか。

飴売り「俺、こう見えて尽くすタイプだよ。頼りないかもしれねーけど」

姫「…できませんよ」

国の皆が「王子」に希望を抱いている。
私がいなければ「王子」は成立しない。今まで築き上げた王子の名声を、今更崩す勇気なんてない。

姫「皆、待っているんです」

飴売り「…姫さんを冷遇していても、母国は母国か」

姫「えぇ」

確かに国は王子を贔屓しているけれど、私は国にひどい仕打ちを受けているわけじゃない。
それに国を捨てて別の行き方をするなんて、私には考えられなかった。

飴売り「うん、姫さんが言うなら強要はしない」

飴売りはあっさり諦めた。

飴売り「でも俺、姫さんとの結婚は諦めないよ」

姫「また、もう…」

飴売り「俺は姫さんが今まで出会ってきたどんな男よりも、姫さんを大切にするから」

姫(どんな男よりも…か)

飴売りは知らない。彼はもう、私が今まで出会ってきたどんな男性よりも私に優しくて、私を思いやってくれている。
花婿候補となれる身分の方々は私の悪評を間に受けて、私そのものを見てくれようともしなかった。
私自身を見てくれて、私自身に好意を持ってくれた男性は、彼が初めてだ。

飴売り「俺は、真剣だから――」

姫「…えぇ」

わかっている。彼は本気でいてくれる。
だけれど私は――

姫「私は――自分で選べませんから」

そういう風に、生きてきた。

飴売り「――それは」

姫「…」

墓穴を掘った、そう思った。
だって私自身の気持ちは――

飴売り「姫さんは、俺のこと――」

姫「…」

私は押し黙る。
言えるわけがない。国を背負っている私が、答えられるわけがない。


私は彼に、好意を抱いている。


それが恋愛感情なのかどうかは、わからないけど。

一緒にいると自然に笑えて、温かい気持ちになれる――そんな人は、彼が初めてだった。

姫「…」

姫「わ、私、先に宿に戻っています」

飴売り「あっ」

私は飴売りが何か言う前に駆けた。
駄目だ、今は頭が沸いている。これ以上彼といると、気まずい。

飴売り「行っちゃったか」

飴売り「…でも脈アリかな!ヨッシャ!」ガッツポーズ

翼人「浮かれていますね」

飴売り「うわっ翼!?」

翼人「安全ルートのどこかにいらっしゃると思いました。まさかあの姫君といるとは思いませんでしたが…」

飴売り「いいだろ、恋愛は自由!ところでどうした翼」

翼人「魔王子様にお伝えせねばならないことが…」

飴売り「ん?どうした」

翼人「はい…魔王様が体を壊されました」

飴売り「…!!父上が…」

姫「あうー…」

宿屋の部屋で1人、抱いた枕に顔を埋める。
自分の言葉に後悔してもしきれなかった。

姫(言うんじゃなかった言うんじゃなかった言うんじゃなかったああぁぁ!!)

顔から発火しそう。もうイヤ。

カサッ

姫「…ん?」

何かがこすれるような音がして振り返る。するとドアの下の隙間に紙が挟まっていた。

姫(何だろう…ん、飴売りの名前?)

手紙の内容はというと――

姫さんへ、突然ごめん!
親父が倒れたと連絡が入った。俺は急いで帰らなきゃいけない。
魔王城までの安全ルートは地図に書いておくから、どうか気をつけて…。

姫(飴売りのお父様が…)

急いで書きなぐったような字に、彼の心境を察して胸が締め付けられた。

姫(飴売り…)

姫(……あれ?もう1枚ある。えーと…?)ピラ

追伸、俺以外の男に心移りしちゃ駄目だよ!

姫「…」

前言撤回。

姫(字は元々汚いわけね…)

今日はここまで。
イチャイチャできたので大分満足。。。

>魔王城

魔王子「父上ーっ!!」バァン

魔王「何だ騒々しい…翼人、お前余計なことを言ったな?」

自室ベッドに腰掛けていた魔王は、うるさそうに息子を出迎えた。

魔王子「父上、お体の調子は!?」

魔王「少し調子を崩しただけだ。こんな事で動じてどうする」

魔王子「いくら父上は最強の魔王といえど、体の不調には勝てません。どうか無理なさらず…」

魔王「ふん、不調に怯えながら永らえろと?我はそのような臆病者ではない」

魔王子「俺は父上が心配で…」

魔王「お前に心配される程落ちぶれておらぬ。下がれ、臆病者との会話の方が我に心労をかけるわ」

翼人「下がりましょう、魔王子様」

魔王子「…失礼致します」

翼人「魔王子様、世代交代の時が近づいております――」

魔王子「そんなこと考えたくない…」

翼人「逃げていても仕方ありませんよ。近い内に考えねばならない事です」

魔王子「俺は魔王の座は継がない、それでいいだろう!」

翼人「貴方の意思だけの問題ではないのですよ、魔王子様」

魔王子「…っ」

わかってはいる――しかし面と向かって言われては、言葉を返せなかった。
以前自分の命を狙ってきた呪術師も言っていた。「貴方の意思が問題なのではなく、貴方が生きていることが問題なのだ」と。

翼人「兄王子様は知性に欠け、よく揉め事を起こすお方。彼が魔王で問題ないのなら、貴方の意思を無視してまで貴方を推す者はいませんよ」

魔王子「仮面なしなら貧弱で、臆病な俺が魔王に相応しい?見る目がないな、俺を推している奴らは」

翼人「貴方が命を狙われる理由は、それでもあります」

魔王子「ん?」

翼人「舐められているのですよ」

魔王子「ぐっ」

戦いが嫌いとはいえ、ズバッと言われていは心に刺さる。

翼人「もしこのまま兄王子様が魔王になったら…」

魔王子「…何か問題があるのか?」

翼人「粗暴な兄王子様の事です、人間との争いが激化する…そうなれば――」

魔王子「…!」

魔王子は真っ先に、想い人の顔を浮かべた。

魔王子「姫さんの国を蹂躙する…!」

翼人「その通り」

ここで姫のことを連想させるとは卑怯だ、と思った。
だが翼人の言うことには、確かに説得力がある。

しかし、だから自分が魔王になるというのは短絡的な考えだ。

魔王子「兄上が即位されたら俺は補佐役になる。それなら国に攻め入ることを説得して止められる」

翼人「えぇ、そういう手段もあります…ですがこのままなら、貴方は補佐役としても認められないでしょうね」

魔王子「あ?」

翼人「先ほども申した通り、貴方は舐められています。兄王子様が即位されたら、貴方に発言力はほぼ無くなると考えていい」

魔王子「…」

魔王子「なぁ、俺が兄上派の奴らに実力を認められりゃ、補佐としては認められるか?」

翼人「えぇ…ですがどうする気で?」

魔王子「これしか無い…」

頭に浮かべるのは魔王軍にとって驚異の存在。
想い人を踏み台にし、自分だけ名声を得て輝いている憎い男。

魔王子「俺は王子を倒す」

翼人「…!!」

そうすれば魔物達は自分を認めるだろう。
そして…

魔王子「で、俺が姫さんを嫁さんにすれば、その国とは争わなくて良くなるだろ」

翼人「呆れる程の恋愛脳です魔王子様」

魔王子「恋愛が絡めば俺の力は100倍アップするんだよ!」

翼人「思考能力は格段に落ちるようですがね」

魔王子「そうと決まれば俺の部下に王子を張らせろ!俺は修行にいそしむぞ!」

現在魔王城は敵だらけ…そいつらを修行に利用してやろう。
頭に姫のことを思い浮かべている王子は、やる気に燃えていた。




姫(大丈夫かな、飴売り…)

飴売りと別れて2日経った。彼のお陰で魔物との戦闘は避けてこられているが、どうも彼のことが気にかかって仕方ない。

姫(気を病んでいなければいいけれど…)

姫(心配で心配で…)

姫(…)

姫(って駄目じゃない、魔王との戦いのこと考えないと!!飴売りのことは一旦忘れなさい!」

姫(そ、そうだ、獣人は…)

獣人に渡された笛を吹く。
人間の耳には音が聞こえないが…少し経ってから、

獣人「お待たせ致しました」

姫「あぁ獣人、どう?そっちは変わりない?」

獣人「えぇ。姫様は順調に魔物を避けていらっしゃいますね」

姫「まぁ、ね」

飴売りのことは…余計なことまで言ってしまいかねないから黙っていよう、うん。

獣人「明日には魔王城に着けそうでしょうか」

姫「…えぇ」

そうだ。飴売りと一緒にいて浮かれていたが、明日は私が死ぬかもしれない日。
私の勝敗によって国の運命は大きく左右される。そんな大事な日…。

獣人「姫様…覚悟はできておりますか?」

姫「…」

それは戦う覚悟?それとも――死ぬ覚悟?

姫「戦う覚悟なら、大丈夫」

そしてその日も変わった様子はなく、魔王城に最も近い街に宿をとった。
不思議と緊張はしていない。明日の為、男装用装備を壁にかけておく。

姫(魔王を討てば、王子は全世界の英雄…)

私は変わらず陰の人。それでいい。自分が英雄になりたいなんて欲はない。
欲――今の私には、少しだけ欲がある。

飴売り『俺は姫さんが今まで出会ってきたどんな男よりも、姫さんを大切にするから』

ほんの少しでいい。
生身の私を見てくれる人に、もっと私を知ってもらいたい。

飴売り『俺はもう王子様やめて飴売りに転身したいよ、もう』

彼も彼で悩みを抱えている。
私はまだ彼のことをほとんど知らない。だけど戦いが終わったら知りたい。
彼の家族のこと、家のこと、夢のこと――

姫(一杯語り合いたい、飴売りと)

それだけが今の私の願い。願いは、叶えないと意味がない。

姫(だから明日は、負けない…!!」

旅立つ前にはあった死ぬ覚悟は、今は頭から消えている。
私は、戦う決意を固めた。

翼人「魔王子様、最近王子の目撃情報が途絶えた様子です。恐らく城にこもっているのかと…」

魔王子「ふーん…体を壊したか?」

魔王子はあまり気に留めず、訓練場の木人に向かって剣を振っていた。
日中は魔王軍の実力者を相手に剣の稽古をした。中には自己を装って自分を殺そうとしたのか、本気の殺意を向けてくる者もいたが、返り討ちにした。
勿論訓練で死者を出すわけにはいかないので、殺しはしなかったが。

魔王子「けど姫さんが魔王城のことを探ると言っていた。だから近々動きがあると思っていいだろう」

翼人「姫君の動向を魔王様にお伝えしなくてよろしいのですか?」

魔王子「ばか。それで姫さんに危害加えられたらどうするんだよ!」

翼人(言った私が馬鹿だった)

魔王子「王子を討つのは俺だ。だからその情報を知るのは俺とお前だけでいい」

翼人(しかし、魔王子様が自ら戦う決意をするなど――)

魔王子をよく知っている翼人は、彼のいきなりの心境の変化に驚いていた。
恋愛感情は人をこうも変える…恐るべし恋愛脳、と皮肉も言えない程に。

魔王子「絶対に俺は、王子を――」

魔王子は仮面を握り、決意を固めていた。

>そして翌日――

姫「…行くか!」

獣人「はい」

男装に身を包んだ私は表情と声を男に近づけ、決意を胸に街を出た。
目指すは魔王城――いつ魔物が襲ってきてもいいように、心まで完全武装して道を行く。





翼人「魔王子様、王子が城に近づいてきているそうです」

魔王子「は!?王子は城に引きこもってるんじゃなかったのか!?」

翼人「我々の情報網をくぐり抜け、魔王城に近付いてきていたようです…」

魔王子「くっ、何て油断ならないんだ王子!」

魔王子が城に戻ると、案の定唐突な報せに魔物達がざわついている。
もう既に何名か王子を討つ為に城を出たそうだが、城を出てから時間が経ちすぎている。つまり苦戦しているか、返り討ちにあったと思われた。

魔王子「えぇい静かにしろ!!」

魔王子が叫ぶと、魔物達は一斉に彼を見た。

魔王子「俺が王子と戦う!お前達は魔王城の守備を固めていろ!」

翼人「お供します、魔王子様」

魔王子が魔物達の群れを突っ切るように歩くと、魔物達は彼に道を空けた。
その時にひそひそ話も耳に入った。

「無謀だ」「本当に大丈夫なのか?」「しかし魔王様が体調を崩されている今は…」

舐められている。
だがそれでいい。中には自分が死ぬことを望んでいる輩もいる。そういう奴らを見返すには今がいい機会だ。

魔王子(今はこれを頼りにしないとな――)

魔王子は決心して、仮面を装着した。

獣人「姫様、あれは――」

姫「!」

何名かの魔物を返り討ちにし、魔王城が見えてきた頃、自分を出迎えるように佇んでいる人物がいた。
あの異様な仮面をつけ、殺気を抑えることを知らない人物――ひと目見て、誰だかわかる。

姫「魔王子…!!」

魔王子「…」

私と対峙したと同時、魔王子は躊躇せずに剣を構えた。
来る――!私は遅れをとることなく、戦闘態勢に入った。

ここまで。
次回も戦闘か…(ズーン
姫が「駆け落ち?するする!」って返事してくれれば楽良かっtry

不仲な様子とはいえ、想い人の兄である王子を殺してはいけない――そう思っていた。
だから翼人にも事前に言った。
「もし俺の理性が吸い込まれて王子を殺しそうになったら、その時は俺から仮面を奪ってくれ」と。

そう、理性はあった――戦う前までは。

だが、王子の姿を視認したと同時――

魔王子「…」カンカンカァン

姫「ぐっ…」

殺意が抑えられなくなった。

――何かがおかしい――

一方で、わずかにだが理性も働いていた。
違和感。それは自分に対してではなく、目の前の王子相手に。
その違和感を何と言い表していいのかわからない。だが言葉にするとすれば――

――こいつは、本当に王子なのか?――

馬鹿げた疑問。わかりきった答え。
こいつとは何度か剣を合わせている。王子でないなら、何だというのか。
だが疑問は消えない。確か以前剣を合わせた時も、そんな違和感を抱いたような気がする。

魔王子「…ッハァ!!」

だがその疑問は、段々膨らんでいく殺意には微塵も影響を及ぼさなかった。

姫「でりゃあぁっ!!」

魔王子に切りかかるが、それを回避される。

前回の戦いでわかったことがある。それは魔王子は、戦いながら少しずつ強くなっていっているということ。

姫(前回強くなった分はリセットされたようだけど…)

それでも彼が厄介な相手だということには変わりがない。
戦い始めてから数分経った。こちらは初めから全力だというのに、魔王子にダメージらしいダメージを与えていない。

姫(できれば一撃で無力化させたい所だけど…)

恐らく魔王子の体の構造は人間と同じ。その体の急所となる所はさっきから、ガードが硬く突くのは難しそうだ。

魔王子「…」ビュンッ

姫「くっ…」カキィン

一撃は段々重くなる。焦りが思考を鈍らせた。

魔王子「…」

仮面の向こうでは余裕の笑みを浮かべているのか、それとも真剣に私の命を狙っているのか――
改めて、表情の見えない仮面が不気味に思えた。

一方魔王子は――

魔王子「…」ビュンッ

姫「っ!」カキィン

こちらが優勢だと理解はしている。だが、いくら容赦のない一撃を放っても食らいついてくる相手に、ますます殺意が大きくなっていた。

――やはり、こいつは強い――

仮面に思考能力を奪われた魔王子は、もう王子を倒すことしか頭にない。
殺さぬよう加減することなど、もうとっくに頭から消し飛んでいた。

姫「であぁっ!」

魔王子「!」カァン

相手には、仮面で戦闘力を高めた魔王子にも適わないものがあった。
それは経験。いくら攻められても、相手の方が戦い慣れている。その経験の差のせいで、こちらが攻めきれずにいる。

だがそれも、時間が解決する。

姫「…ぐっ!!」

経験の差で実力が拮抗しているなら、その経験の差を埋める程こちらが強くなればいい。
戦闘開始から10分、魔王子の戦闘能力はぐんと上がっていた。

――勝てる!――

姫「!」

魔王子は思い切り剣を振り上げた。相手は剣を受ける構えを取る――が、無駄だ。
ガキィンと大きな音が響く。魔王子の一撃で、相手は吹っ飛ばされた。

これで終わりじゃない、体勢を崩した所でトドメを――

だがそこで、

姫「っあぁっ!」

――!?――

相手の悲鳴を聞いたと同時、魔王子の動きが止まった。

姫「く…」

思い切り体を地面に打ち付けた。
その拍子に甲高い声をあげてしまった…全く、情けない。

それにしても…

魔王子「…」

姫「…?」

今は自分を討つ好機だったはずだ。にも関わらず何故か魔王子は動きを止めた。

魔王子「ウ…ウゥ…」

姫(苦しんでいる…?)

前回の戦いの時も苦しみ出した。だけどあの時とは何か違う。
何が、とは上手く言えないけれど…

姫(…何にせよ、今だ!)ダッ

翼人「魔王子様…っ!!」

獣人「おっと」バッ

私に向かってきた翼人を、獣人が食い止める。
私は魔王子に向かって一直線。

魔王子「グ…ウ…」

姫「でりゃああぁぁ!!」

魔王子「――!!」



魔王子「………さん?」

姫「―――えっ?」

魔王子の中に少しだけあった違和感は、相手の悲鳴を聞いたと同時に一気に膨らんだ。
そしてその違和感が自分の中で混乱を招いた。

これ以上戦ってはいけないという気持ち。
相手を殺さなければいけないという気持ち。

相反する気持ちがぶつかり合い、そして――


姫「でりゃああぁぁ!!」

魔王子「――!!」


結果、大きな隙を生んだ。
とっさの防御は甘く、相手の太刀の前に破られる。


それと同時、相手の剣が仮面を吹き飛ばした。


その瞬間――目が合った。




魔王子「……姫さん?」

姫「―――えっ?」

どうして―――!?

そんな訳がない。理解が追いつかない。
しかし、私が今切ったのは確かに…

姫「…飴売り!?」

魔王子の鎧を着て、血に塗れているとはいえ、見間違えるわけがなかった。

姫「飴売り!飴売り、どうして…!?」

飴売りは切られた頭と胸から大量の血を放出し、倒れた。
彼の下には、大きな血だまりができた。

それでも飴売りはゆっくりこちらを見て、ふっと笑った。

魔王子「姫さん…何で王子の格好してるの?」

いつもの憎めない笑顔。少しだけ困ったように眉が下がっている。
混乱している…私も、彼も。

姫「飴売り、貴方…」

彼を目の前にしても信じられないが――疑問を聞いて確かめるしかなかった。

姫「貴方が――魔王子だったの?」

魔王子「うん…ごめんな、騙して」

姫「―――じゃあ」

飴売り『俺、実は王子様なんだよね』

飴売り『今はちょっと家出中だけど帰れば皆に王子様、王子様~って』

あの言葉は嘘ではなかった…彼は魔王の息子、魔王子。

でも、だけど、だとすると…


飴売り『好きな女の様子がおかしいから気にかける…それって恋に生きる男なら普通のことじゃない?』

あの時の言葉も、

飴売り『なぁ姫さん…俺と駆け落ちしちゃわない?』

あの笑顔も、

飴売り『俺は姫さんが今まで出会ってきたどんな男よりも、姫さんを大切にするから』

私を思いやる彼も――


魔王子「…嘘じゃないよ」

姫「…え?」

彼はゆっくり手を上げ、その手を私の手に重ねた。

魔王子「俺の姫さんへの気持ち…嘘じゃないよ」

姫「…っ!!」

魔王子「仮面のせいで馬鹿になってた…じゃなけりゃ、姫さんだって気付いたし、剣なんて向けなかった」

飴売りは後悔に満ちた声で言った。

そうだ…彼はこんな嘘をつかない。彼と過ごした時間は本物だった――何故だかそれは、無条件に信じられた。
お互いに正体がわかっていれば、こんな事にはならなかった。

魔王子「なぁ…もしかしてだけどさ」

段々か細くなっていく声で、飴売りは呟いた。

魔王子「今まで国の為に戦ってきたのって…姫さん?」

姫「…えぇ」

その答えを聞いて飴売りは満面の笑みを見せた。

魔王子「そうなんだ…やっぱ姫さんスゲーや、ますます惚れた…」

姫「飴売り…」

魔王子「なぁ姫さん…忘れんなよ」

飴売りは私の手をギュッと握る。
その力はか弱く、だけど彼の精一杯の気持ちが温かい。

魔王子「姫さんが人知れず戦ってきたこと、俺絶対忘れないから――誰よりも、俺、姫さんを尊敬しているから――」

手が滑り落ちる。
彼のまぶたは閉じて、その顔にはもう、いつもの笑顔が浮かんでいない。

姫「………飴売り?」

恐る恐る心臓のあたりに耳を当てる。
心臓は――動いている。かなり弱々しく、だけど。

だけど傷が深く、このままじゃ…
死ぬ?彼が?…駄目だ、認めない!

姫「…そこの翼人!」

翼人「何だ」

姫「飴売りを魔王城に運んで!早く!」

獣人「姫様、それは…」

翼人「いいのか?魔王子様はお前の命を何度も狙った…」

姫「早くして、飴売りを死なせないで!!」

翼人「…」

翼人は黙って飴売りを抱えると、そのまま魔王城に向かい飛び立っていった。

獣人「姫様…本当に正しい判断だったのでしょうか?」

姫「知らないわ、そんなの!」

珍しく感情的になった私に、獣人は目を丸くする。
正しいか正しくないかなんて――そんな基準で私は判断を下していない。

姫「私は飴売りに死んでほしくない…それだけよ」

獣人「…」

獣人は何も言わなかった。
私を馬鹿な女と内心思っているのか――なら、それはそれでいい。どうせ私は女。感情で動く、男より劣った存在。

姫「行きましょう獣人」

獣人「…はい」

今日はここまで。
飴売りと魔王子の呼称がごっちゃになってますが大丈夫でしょうか…。

姫「…」

私は獣化した獣人の背中に乗っていた。
獣人曰く「魔王城に近づくにつれ魔物の匂いが濃くなっている」との事だ。
強敵だった魔王子との戦闘後にまた、いちいち魔物の相手なんてしていられない。
私を乗せた獣人は猛スピードで魔王城に向かい、待ち受けていた魔物達を置き去りにした。

獣人「姫様…もうじき城に着きます」

姫「えぇ」

落ち込んでいた気分を奮い立たせ、顔を上げる。
飴売りのことは心配でたまらなかったが、今は忘れないといけない。この戦いが終わったら、一杯思い出して、一緒に沢山過ごせばいい。

獣人「このまま突っ込んでいきますよ…振り落とされぬよう!」

姫「…えぇ!」

返事の後、獣人は勢いのまま魔王城の扉を破壊して中に突入した。
中にはやはり魔物達が待ち受けていたが、獣人は彼らを踏み潰し、蹴散らしていった。

姫「魔王はどこにいるかわかる獣人!?」

獣人「えぇ、魔王子と似た匂い…これがきっと魔王です」

と、その時。

姫「…っ!!」

ビュンと風を切り、弓矢が頭をかすめた。
それから次々と周囲に鳴り響く魔法音。獣人が置き去りにした者達が後方から追いかけてきて、遠距離攻撃を仕掛けてきた。

獣人「このまま真っ直ぐ行けば魔王がおります」

姫「無事たどり着けるかしら…」

獣人「姫様、魔王の元へ向かって下さい」

姫「…まさかこの魔物全部、貴方が相手する気?」

獣人「奴らをひきつけるだけです。まともに相手はしませんよ。ご心配なく」

姫「そう…気をつけてね」

私は獣人の背中を飛び降りると、魔王のいる所まで真っ直ぐ駆けた。
後方では――獣人の咆哮が鳴り響いている。

振り返らずに駆ける。長く感じる廊下。向こうに扉が見える。
あそこに行けば、ようやく魔王に――長い、長い道のりだった。
だけれど――

姫「魔王――っ!!」

私は低い声をあげながら、勢いよく扉を開けた。

そこにいたのは――

魔王「――来たか、王子よ」

姫「…魔王?」

疑問が口から漏れた。彼の容貌に、勢いを奪われたと言ってもいい。
そこにいた魔族は鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。佇まいは堂々としていて、魔王らしい威厳はある。

だが――どこか頼りない。

何と言えばいいのか。生命力…そう、生命力が弱々しく感じる。

姫(そういえば…飴売り、父親が倒れたって――)

魔王「何を呆けている」

姫「…お前が魔王か」

魔王「そうだ」

魔王は好戦的に答えた。仮面をつけていた時の飴売りと同じだ。こちらへの殺気を隠す気がない。
飴売りの話から考えると、魔王は病み上がりだ。にも関わらず戦おうという姿勢を崩さないのは、魔王としてのプライドか、性格によるものなのか――

魔王「弱小国の王子の分際で我に逆らおうとは、いい度胸をしている」

だが、魔王は魔王だ。こいつを何とかしないと、争いは終わらない。

姫「争いを、終わらせにきた」

魔王「面白い…」

魔王は牙を剥き出しにして笑う。それと同時、魔王周辺の空気が変化した。
来る――私も戦闘態勢を取り、最初の攻撃に構えた。

魔王の攻撃をひたすら回避する。
魔王自身から放たれる魔力は一撃でも当たれば致命傷になり得る程の威力で、回避したそれは城の壁を大きくえぐった。

魔王「フッ…逃げるばかりでは我は倒せんぞ」

姫(わかっているけど…)

容赦なく放たれ続ける攻撃に、攻め入る隙がない。

姫(けど、勝機はゼロじゃない!)

回避しながらも、徐々にだが魔王との距離を詰めていた。
見逃すな、攻め入る隙を――回避しながらも、魔王の様子を注視する。

そして、その時はやってきた。

姫(――今だ!)

魔王の連撃と連撃の隙間にわずかにできた隙。
その場から飛び出すように、魔王との距離を一気に詰めた。

姫「でりゃああぁ――っ!!」

魔王「――フッ」

魔王の爪が剣を受け止める。
だがここで再び魔王との距離を空けてはいけない。怯まずに攻撃を放ち続ける。
魔王は私の連続攻撃を的確に受け止める。それもわずかな時間に私の攻撃のペースに慣れ、合間に爪で攻撃を仕掛けてきた。
だが私もこれを受け止め、結果攻防は互角。
それでも相手は魔王、どんな秘策を持っているかわからない。

魔王「覇あぁ!」

やはり、来た――!

剣と爪の攻防から不意打ちのように放たれた魔力を、私は軽くかわす。これは想定内の攻撃。
だがその間に魔王は後ろへ跳び、私との距離を空けた。近距離でしか攻撃できない私と戦うのには、的確な位置取りだ。

と思ったが――

姫「…?」

魔王の額に脂汗が浮かんでいる。よく見れば魔王はわずかに息を乱していた。
確かに魔法攻撃に比べれば直接攻撃は体力を消耗しやすい…だが、こんなわずかな攻防で?

そしてやはり、違和感はまだあった。

魔王「覇っ!」

再び放たれた魔法攻撃だが、先ほどよりは回避が容易くなった。
私の動きがさっきより上がった…わけがない。

姫(魔王の動きが落ちている…?)

疑問を浮かべながら、再び魔王との距離を詰める。
魔王は私の攻撃に食らいついてくる。だが、さっきより手応えがない…?
それからまたさっきと同じく、魔法攻撃が放たれた。これも回避。

私は魔王の顔色を注視する。

魔王「ハァ、ハァ…」

姫(…そういうことか)

魔王は病み上がりで、やはりまだ本調子ではないのだろう。
それに飴売りの話では世継ぎ問題が起こっているとのこと…つまり、魔王もそれだけ高齢ということだ。

姫(つまり…)ダッ

さっきと同じ流れで魔王に接近する。
魔王はまだ私の攻撃に食らいついてくる。だが、それも時間の問題。

そして私は、その隙を見逃さなかった。

姫「はぁっ!」

魔王「…っ!!」

一瞬の隙。

魔王「グ…」

魔王の喉元ギリギリで止まる剣先。
私は一瞬の隙で、魔王との形勢逆転に成功した。

姫「戦闘を長引かせるって手段もあったけれど――」

この魔王は長時間戦えない。段々落ちていく動きを見て確信した。
戦闘を長引かせれば、魔王に勝ち目はほぼ無くなる。
だが、あえてその手段は取らなかった。

姫「決着方法がスタミナ切れだなんて、情けないだろう」

魔王「まさか貴様に配慮されるとはな…!」

喉元に剣を当てられながらも、魔王は堂々とした態度を崩さなかった。

姫「制圧していた国を解放し、もう人間達に危害を加えないと誓うんだ――そうすれば命は奪わない」

この魔王は人間達の国を制圧してきたとはいえ、無闇な殺戮も行わなかったし、一般の弱い人々に手は出さなかった。
戦争と考えれば、その手法はそれなりに真っ当だったと思う。

それに魔王は、飴売りの父親だ。

だが。

魔王「我に命乞いしろと?馬鹿を言うな」

魔王は私の提案を一蹴した。

魔王「命を惜しみ平和な世に身を委ねるのは、我にとって生き地獄でしかない」

姫「…後悔はないな?」

魔王「命のやり取りに質問を挟むな。興が冷める」

姫「そうか…」

敵ながら、私の中に彼への敬意が芽生える。
魔王はきっと全盛期の力を失っていた。戦闘の相手としては、仮面をつけた飴売りの放が手強かった位だ。

だがそれでも――魔王は、魔王だった。

姫「…っ」

ズバッという音が、戦いの終わりを告げた。

最後の最後まで、魔王は威厳を崩すことはなかった。

>城外

姫「さて…」

私は魔王を倒した証として、彼の角を手に魔王城から脱していた。
周囲に誰もいないことを確認し、笛を鳴らす。

獣人「お待たせ致しました」

少しして、獣人が現れた。
わずかに傷を負ってはいるが、大丈夫そうでほっとした。
私は獣人に魔王の角を見せる。

獣人「魔王を討ちましたか…」

姫「でもまだ魔王軍の残党は大分残っているでしょう」

獣人「そうですね。残党刈りといきたい所ですが、今日の所は引き返しましょう」

姫「そうね」

もう私にも獣人にも、戦う余力は残されていない。
まずは城に帰り、魔王討伐を報告せねば。

姫「…飴売りは大丈夫かしら」

重傷を負った飴売りが心残りだったが、まさか城に戻って彼の容態を確認するわけにもいかない。

獣人「魔王には魔王子と、その兄の兄王子、2人の息子がいます。世継ぎの問題もありますし、いずれ情報は入ってくるかと」

姫「そうね…」

遠く離れた自国で報せを待つしかないなんて…それが口惜しかったが、他に方法も見つからなかった。

獣人「さぁ、戻りましょう」

姫「えぇ」

こうして私達は、自国への帰路を歩むことにした。

そして、その帰路の途中だった。

翼人「失礼」

飴売りの側近だった翼人が、私達の元を訪れたのは。

>魔王城

魔王子「…」

姫にやられてからどれくらい時間が経っただろうか――ずっとベッドに伏せている魔王子には、時間の感覚がわからない。
幸いにも一命をとりとめた彼は目覚めて早々、父が討たれたことを知った。
体を壊して弱っていた父だったが、あれは命乞いするような性格じゃない――だから戦いで死んだと聞いても、父らしいと思えた。

魔王子にとっての心労は、その後だった。

兄王子「魔王子、無様にやられた上、敵に情けをかけられたようだな」

病室を訪れた兄王子は皮肉たっぷりに魔王子に言い放った。
言われても仕方ない。想い人第一優先に単独で突っ走った結果敗北し、父を討たれてしまった。魔王子にとって、これ以上ない失態だ。

だが兄王子は魔王子を責める代わりに、にやにやしながら彼の仮面を奪うように手に取った。

兄王子「父上がやられたことが早くも各地に広まり、今色々ゴタついている。次の魔王だが――」

魔王子「兄上が相応しいでしょう」

兄王子はその返答に、満足そうな笑みを浮かべた。
魔王子の仮面が彼の手元にある今、魔王子が彼に逆らうことなどできない――元々魔王になる気もなかったが。

兄王子「まぁ今は余計なことは考えず、お前はゆっくり療養しろ」

魔王子「はい…」

嫌な予感を抱きつつ、黙って兄を見送るしかできなかった。
そしてその日の内に、魔王子は療養部屋の移動を命じられた。

そこは魔王城の地下にある、囚人の軟禁場所だった。

暗く、肌寒く、不潔なその部屋の居心地は最悪だった。

魔王子(まぁ、殺されるよりはマシか…)

どうせ怪我でろくに動けない自分には関係ない。
部屋の外には見張りを建てられ、囚人に食わせるような粗末な飯を与えられても、憤りを感じる気力すらなかった。

自分はどこまでも無力だ。
得たいと思ったものは何一つ得られず、守りたいものは守れなかった。
そして現状がこれ。もはや兄の手先となって動くことすら期待されていない。
いや、むしろ自分は邪魔者なのだ。殺されないでいてくれるのは、兄に兄弟の情がわずかにあるからか。

魔王子(もう…何か疲れた)

無力感で脱力する。時間の感覚を忘れる程、長くベッドに臥床していた。
それでも色んな欲求は消えないようで、やりたいことは自然と頭に浮かぶ。

飴売りの行商に行きたい。商売を通じて出会う人々の笑顔に触れたかった。
他の商売をするのもいい。飲み屋なんて、笑顔が溢れていて楽しいかもしれない。自分は酒は飲めないけど。

魔王子(それに…)

魔王子がこの世で1番尊敬している、想い人のことは、頭を片時も離れなかった。

魔王子(会いたいなぁ…姫さんに)

自分は地位を失った王子で、相手は国にこき使われている姫。
もう、会うことはできないかもしれない。

魔王子(せめて幸せになって欲しいな、姫さんには…)

命懸けで戦ったのに王子に名声を奪われる哀れな姫に、心の底から幸せを願った。
例え将来を共にする相手が、自分でないとしても――

魔王子(…でも、すげー悲しいや)

ここまでです。
兄王子、せめてもっといい名前無かったもんかな(今更

最悪な環境に身を置いているせいか、魔王子は弱っていった。
ベッド上で寝て起きてを繰り返し、いつの間にか部屋の入り口に置かれている冷めた食事も、食欲がわかずろくに摂っていない。
体感では、もう軟禁されてから何ヶ月も経ったような気もする。

夢は見た。楽しい夢もあったが、ここで過ごしている夢も見た。
それで記憶の混合が起こる。さっきの記憶は夢だったのか、現実だったのか。

刺激もなく変化のない陰気臭い部屋にずっと孤独でいる…そりゃあ狂うな、と納得する。

自分が狂っていく感覚、それは仮面をつけた時にいつも感じていた。
もっとも狂っている最中は狂っているので、いつも後で恐怖心を覚えたのだが。
今もきっと自分は狂っているのだろうが、いまいち実感が沸かない。もしかしてここで狂ったまま、死ぬのかもしれない。

けど現状を覆す気力もわかない。そして衰弱していく。その悪循環は止まらない。

魔王子(殺された方が、楽だったかな…)


その時、コツ、コツと音がした。これは――部屋の外、誰かの足音だ。
刺激のないこの空間では、ちょっとした物音がよく通る。

誰かが食事を持ってきたかな…その程度に思った。
食事を持ってくる者はいつも自分を無視していくので、何の刺激にもならなかったが。

魔王子(…でも食べたくねーや)

給仕係と顔を合わせれば気まずい。そう思い、布団を被って寝たふりを決め込んだ。

「…」「…」

話し声がする。布団を被っているので内容までは聞こえないが…まぁ、自分には関係ないだろう。

声が止むと、扉がガチャと開いた。



「――」

魔王子「………え?」

遂に幻聴まで聞こえるようになったか――そう思った。

話は日を遡る――

私は帰路で宿泊を挟みながらも、魔王討伐2日後に自国の領地に足を踏み入れた。
目立たないように行動しているが、各地で魔王討伐の話は既に広まっていた。

耳に入るのは「王子」を讃える声ばかり。きっと城下町では人々が王子を出迎える為、集っているのだろう。

獣人には一足先に城へ戻らせた。
彼といると目立つのも理由だが、今は1人の方が都合がいい。

姫「…見えてきた」

城下町は遠目で見ても賑わっていた。
皆王子の勇姿を讃え、騒ぎ、平和を喜んでいるのだろう。

「あっ、王子様だ!」

誰かが叫ぶと、場の視線が私に集中した。
皆は私が行く先、城までの道をさっと空ける。それでも歓声を届けようと大声が響いた。

「おめでとうございます王子様!」
「貴方は全世界の英雄です!」
「王子様、ありがとうございました!」

人々の歓声を浴びる私を、城のベランダから王子が見ている。
この歓声はすぐに彼へのものに変わる――彼はそれを、待ちわびている。

私は国の皆に手を振りながら城に戻り、王に魔王討伐の報告をする。
そして王子と入れ替わり、王子は英雄として君臨することになる。
私は王子の陰の存在に戻り、再び王子の為尽くすこととなる。

それが私と王子の役割だった――




今までは。

私は人々の中心まで行くと、ぴたりと足を止めた。
城のベランダから私の帰還を見ていた王子は訝しげな顔をする。

姫「…皆さん!」

私が声をあげると、人々の声が静まった。
皆私の言葉を待っている。一気に上がった場の緊張感に、私の足は震えそうになる。

こんなことをしてはいけない…そういう思いがありながら、止めることはできない。そんな妙な罪悪感に興奮し、私の体は熱くなる。

視線の先にいる王子――彼も何をするのか、理解できていないだろう。
私は心の中で、彼に言葉をかけた。


ごめんなさい――


姫「私は――」


私は束ねていた髪をほどき、高らかに言った。


姫「私は――姫です!!」


場の空気は、一気にざわついた。

周囲は混乱している。
私と、ベランダにいる王子を交互に見ている人達もいる。

王子は――信じられないといった表情で、光景を見ていた。

姫「私と王子は、たまに入れ替わりをしていました」

声を姫のものに戻し、私は早口で説明をする。

姫「私は世継ぎである王子の代わりに危険を背負い、王子が英雄となる為に戦ってきました…魔王を討ち取ったのも、私です!」

私は魔王の角を高く掲げた。
ざわめきは大きくなるばかり。人々はまだ信じられないといった様子だ。それは仕方ない、今まで希望を寄せていた王子への信頼は、そう簡単には崩れないだろう。
そう、皆に信じさせるのは簡単なことではない――

現状のままなら。

王子「で、でたらめを!」

来た。

王子は慌てて着替えてきたのか、王子の格好でやってきた。
黙っていられなくなったのだろう――予想通り。

王子「皆!これは違うんだ!これには複雑な理由があって…」

姫「では王子」

私は王子の言葉を強引に遮った。

姫「魔王を討ったのは、貴方ですか?」

王子「そうだ!」

姫「貴方の戦歴は全て、貴方のものですか?」

王子「そうだ!」

姫「なら――貴方は私より、強いんですね?」

王子「――っ!?」

王子の顔が一気に歪んだ。

姫「なら、証明してみて下さい」

私は兵士の方に目をやった、事情を知らぬ兵士も、民衆達同様目を丸くしている。

姫「そこの貴方、王子に剣を貸して差し上げて」

兵「え…っ!?」

姫「私と王子が決闘してみます…王子が英雄だというなら、私に勝てるはずですね?」

王子「な、なななな…」

王子の顔がどんどん青ざめていった。そのわかりやすい様子に、人々もようやく王子に懐疑の目を向けた。

爽快だ――何だかそう思えた。今だ、やってしまったという興奮が私の心臓を高鳴らせている。
しかしもう、1度私についた火が止まらなかった。

姫「さぁ王子!戦いましょう!皆の前で!証明なさい!!」

王子「あ…ああぁ…」

王「そこまでだ」

お父様――国王がその場を諌めるように姿を現した。
人々は国王の登場に静まり返った。

王「…ご苦労だった。まずは城へ戻れ」

それだけ言うと、お父様は先に城へと戻っていった。その後を、王子が追いかける。

「何の説明もなしかよ…」
「でも、あの様子…まさか本当に…」

姫「…」

人々の間で色んな噂が飛び交っていた。私はそれで満足する。

そして私も、城へと戻っていった。

王子「お前っ!!どういうことだ!?」

国王の間に戻った途端、王子が感情剥き出しで怒鳴ってきた。
王子だけではない。お父様もお母様も、私を鋭い眼光で睨みつけている。

王妃「…貴方は名声が欲しくなったと言うの?」

姫「そんな所です」

王子「お前…!!」

しれっと答えると、王子は私に掴みかかってきた。

姫「離して」

だが私は王子を冷たく突き放した。

王「…この国の世継ぎである王子を英雄にすることで、国民は王子を支持する…。指導者が支持されてこそ、国は安泰になるのだ。お前はそれをわかっているだろう?」

姫「勿論」

王妃「では何故」

姫「簡単な話です」

王子、お父様、お母様――その場にいた全員を見渡してから、私は言った。

姫「私にも、欲しいものができました」

王子「欲しいものだと…!?」

姫「はい」

元々欲しいと思うどころか、知らなかったもの――
だが1度それを知ってから、私はどうしても、それが欲しくなってしまった。

姫「欲しいものを手に入れる為に、名声が必要なのです」

>魔王城

兄王子「ほぉ…父上を討ったのは王子ではなく姫だと?」

側近「人間達の間で、そのような話が広まっております」

兄王子「そうか…まぁいい、王子だろうが姫だろうが、人間どもの希望を討たないとな」

魔王が討たれたという報せは人間達を決起させ、制圧した国々で反乱が起こった。
その鎮圧に手間取り、王子のいる弱小国へ攻め入るのが遅れてしまった。

兄王子「だが奴を放置していては人間がますますつけあがるな…!!奴の国へ攻め入るぞ!!」

「その必要はないわ」

兄王子「――!?」

>そして…

「――」

魔王子「………え?」

遂に幻聴まで聞こえるようになったか――そう思った。
そう思った魔王子は幻聴を無視し、再び寝入ろうとしたが…。

「寝てるんじゃありません!」

魔王子「!?」

ガバッと布団を剥ぎ取られた。
そして目を疑った…幻覚か、それとも夢か。

魔王子「姫…さん?」

姫「他に、誰だというんですか」

懐かしい想い人がそこに立っていた。
これは幻か――確かめようとして起き上がると、頭がフラッとした。

魔王子「…っ」

姫「…大分、弱っているようですね」

魔王子「…姫さん」

倒れそうになった魔王子を姫が支える。
この感触は幻覚ではない、本物だ――そう思うと涙が出そうになった。

魔王子「姫さ~ん…」

姫「よしよし、もう大丈夫ですよ。さてと」

魔王子「…うわ!?」

姫は魔王子の体を抱え上げた。
これは…俗に言う、お姫様だっこ?

魔王子「ひ、ひ、姫さん…」

姫「もう安心して下さい…私が助けに来ましたから」

魔王子「は、はい…?」

姫「魔王城からの帰り道、翼人に聞いたんです」



翼人『魔王子様の兄である兄王子様が、弱っている魔王子様を軟禁されました。このままでは魔王子様が――』



姫「だから私、再び魔王城に攻め入りました」

姫「今度は数多くの魔物を相手しなければならないので、私と獣人だけではなく、各国の兵力も借りて攻め入ったんです」

姫「それには私自身に、各国に助力を要請できるだけの名声が必要…」

姫「飴売り、貴方を助ける為に私、大変なことをしたんですよ」

魔王子「えーと…?」

駄目だ。栄養の回っていない頭では理解が追いつかない。
だがさっきから思っていた。
俺を助けに来ただの、このお姫様だっこだの…

魔王子「ちょい、姫さん、逆、逆っ!」

姫「何がです?」

キョトンとする姫を前に、今までのことを一気に思い出した。

魔王子「お、俺が王子を倒して、皆に認められて!そ、それで、姫さんを嫁さんにしようとしてたのに!!」

姫「あら、そんな計画が」

魔王子「これじゃ、逆、逆!」

姫「…あぁ!」

迎えられるはずの姫が魔王を倒し、名声を得て、自分は助けてもらう…これじゃあまるで。

魔王子「俺がお姫様役じゃんよ!?」

姫「まぁ、いいんじゃないですか」

姫はあっけらかんと言った。

姫「私、王子でもありましたし」

魔王子「…」

魔王子「いやいやいや良くない良くない!」

一瞬納得しかけてしまった。危ない危ない。

魔王子「自分で歩くから!下ろして、な、な!?」

姫「大丈夫なんですか?」

魔王子「へーきへーき!だってさ!」

魔王子は地面に降りると、満面の笑みを浮かべた。

魔王子「姫さんといるんだから、元気に決まってんじゃん!」

姫「…ふふっ、そうですか」

兄王子は姫に殺されそうになった際あっさり命乞いをし、

姫「もう人間には手を出さないで」

兄王子「は、はい…」

制圧国は解放され、魔物達との戦いは終わりを告げた。


獣人「…本当に魔王城に戻るのか」

翼人「あぁ…私は魔王軍の者、お前のように人間達にとけ込めないさ」

獣人「…1つ聞かせてくれ。何であの時、魔王子の解放を姫様に頼んだ?」

翼人「姫君なら魔王子様を救い、守って下さる…そう思ったからだ」

獣人「なるほど…自分の主人を第一に考えてのことか」

翼人「こちらからも聞いていいか。姫の従者として、お前は現状をどう思う」

獣人「…俺は頭の悪い獣。国のことを考えろと言われてもわからん。だが…」

翼人「だが?」

獣人「姫様が笑顔でいらっしゃるなら…それでいい」

翼人「…そうだな」フッ

>城下町

飴売り「らっしゃーい」

「あ、噂のイケメン飴屋さんてお兄さんでしょ?女子の間じゃ評判よ~」

飴売り「おっ、マジでー?そいつぁー嬉しいねぇ」

「お兄さんってお姫様と仲良いのよね~」
「ねぇねぇ、もしかして恋人とかぁ?」

飴売り「そうそう、もうラブラブのアツアツのイチャイチャの…」

姫「だ・れ・が!」ギュウゥゥ

飴売り「あだだだだだだ。い、いたのー姫さん…」

姫「全く、デタラメばっかり言って…フン」

飴売り「全くもう…照れちゃって♪」

姫「…切る」ダッ

飴売り「うわー!タイムタイム!」ダッ

「まーたやってるよ、あの夫婦漫才は」
「白昼堂々イチャイチャして~全く」

飴売り「ゼェーゼェー…。あぁ、久々の全力疾走はバテる…」

姫「か弱いですからねぇ、飴売り姫様は」

飴売り「ぐぎぎ…その呼び名やめーや」

姫「ふふふ。あ、飴売ってもらえる?王子への差し入れに」

飴売り「ハイヨ。頑張ってるの王子は?」

姫「えぇ。私には負けたくないんですって」

英雄ではなくなった王子は、国民からの支持を回復させる為に勉強と剣に精を出している。
あれで王子は元々どちらの筋も悪くない。これで人間性さえ矯正できれば…。

飴売り「王子が将来の王になれる可能性は、まだゼロじゃないわけだ」

姫「魔王との争いがない時代なら、武力だけが王になる決め手になり得ないでしょうし。私は王になりたくないので、頑張って頂きたい所です」

飴売り「…何か悪いな王子に。俺を助ける為に突き落とされたようなもんじゃん」

姫「でも、あのまま王子が王に即位していれば、きっと王子は暴君になっていたと思います。だから良かったんですよ、あれで」

飴売り「そっか…ま、姫さんも王子として頑張ってたわけだし、王子も姫さんに追いつかないとな」

姫「父はまだまだ現役ですから、将来がどうなるかはわかりませんね」

飴売り「だよなぁ…。なぁ姫さん」

姫「何です?」

飴売り「俺は嬉しいよ、姫さんが皆に認められるようになってさ」

飴売りは屈託のない笑顔を浮かべる。
その笑顔に、私も自然と笑顔を返した。

姫「…ありがとう」

飴売り「姫さんて最初の頃より素直になったよなぁ」

姫「そ、そう?」

指摘されて私は顔を引き締める。
その様子を見て飴売りは笑った。

飴売り「あーあ笑えば可愛いのにー。でも引き締まれば美人なんだよねー」ウンウン

姫「適当ですね」

飴売り「俺はどっちの姫さんも好き」

姫「…もう」

飴売り「なぁなぁ、姫さんはどっちの俺が好き?」

姫「どっちって、何と何を比べてですか」

飴売り「飴売りと、魔王子」

姫「私は飴売り姫様が1番かしらねー」

飴売り「くそおぉ、姫さんの方が強くて男前で俺、男としていいとこないじゃん」ブツブツ

姫「あら…知らないんですか?自分のいい所」

飴売り「あるの?教えて教え…」クルッ



姫「んっ―――」




飴売り「………へ?」

飴売り「…今……ほっぺに……」

姫「そこ」

飴売り「…はい?」

姫「顔が面白い所」

飴売り「……」

飴売り「何じゃそりゃあああぁぁ!?」

姫「ふ、ふふ…」

飴売り「あーもう、姫さんに1本取られたあああぁぁ、悔しいぃーっ!!」

姫「ふふ、ふふふふ…ほんとだって…」


姫(だって私は、貴方の素直な所が――)


飴売り「もー、俺も剣の修行再開するわー!姫さんにゼッテー負けねー!!」

姫「じゃあ私に勝つまでお付き合いはお預けね」

飴売り「げ。か、勘弁願えませんかそれは~…」

姫「ふ、ふふふっ」

飴売り「うおっ、からかわれた!?」


貴方が本当の私をずっと見ていてくれたから、私は「姫」として素直に笑える――


姫「いいんですよ貴方は、そのままで」


私を変えてくれた彼。彼に望むことは、ただ1つ。


姫「ずっと笑っていて下さい――私の側で」

終わりって入れ忘れた!!Σ(゚д゚lll)

読んで下さりありがとうございました。
今作は姫と王子の入れ替わりや、飴売りと魔王子の入れ替わりがややこしくて苦労しました。
自分は強い男キャラと守られヒロインて関係が好きなんですが、今作は強さが姫>飴売りで、飴売りがヒロインみたくry

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