勇者「僕は魔王を殺せない」 (900)

――――少年期の終わり

幼「ほらユウ! 早く来ないと置いてっちゃうんだから!」

勇「待ってよオサナ! ……はあ、もう。一人でどんどん進まないでほしいな」

?『……者よ』

勇「?」

?『勇者よ』

勇「何だろ。女の人の声? 誰かいるの?」

?『あなたには、私の力を託します』

幼「ユウってば! いつまでそんなところにいるの!」

?『来たるべき災いに、あなたが前へ進めるように』

勇「オサナ、何か変な声がしない?」

?『そして人類が、大きな一歩を踏み出すために』

幼「何それ。あたしには聞こえないけど」

?『それでは、またいつか。私の勇者』

勇「あ、聞こえなくなった」

幼「空耳だったんじゃないの」

勇「そうかなあ」

幼「それより早く行くわよ。ユウのおじさんが戻るまでに、ぜったい風の花を見つけるんだから!」

勇「父さんは開拓に行ってるんだし、そんなすぐ戻らないよ。のんびり探せばいいじゃないか」

幼「い、や、よ! ああもう、ユウのおじさんの小馬鹿にした顔が今でも忘れられないわ!」

勇「僕としては、オサナを焚きつけていった父さんが恨めしくて仕方ないよ」


一六歳の誕生日まであと半年を迎えたこの日。
神託の意味がわからなかった勇者は、最後の平穏を過ごしていた。
翌日。
突如として現れた魔王により、開拓地は壊滅的被害を受ける。
勇者の住む村までその情報が伝わったのは、ずっと先のことだった。

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    ◇王城

南の王「なるほど。それが女神の加護か」

勇者(神託を受けた日から、少し意識するだけで作れるようになったこれが、女神の加護……)

勇者(……父さん。今はどこにいるんだよ。僕が勇者になったって時にさ)

南の王「伝承にはこうある。魔王現る時、勇者もまた選ばれる」

南の王「勇者は女神の似姿に守られ、必ずや魔王を滅ぼす、とな」

勇者「…………」

南の王「だが歴史上、勇者が無事に魔王を討伐して帰ったことはない」

南の王「それでもお前は、魔王の討伐に望む覚悟があるか」

勇者「はい」

勇者(開拓地にいた人は、ほとんど見つかっていない。死体さえないんだ)

勇者「僕は必ずや、魔王を討ち滅ぼす所存です」

勇者(なら、まだわからない。父さんはどこかで生きている。きっと)

南の王「…………よく言った、勇者よ。ならば私は、王として助力を惜しまない」

勇者「ありがとうございます」

南の王「お前はまだ若い。旅の仕方や戦いの作法も知らないだろう」

南の王「全ては部下に任せてある。これからのことを聞くといい」

南の王「期待しているぞ、勇者よ」

勇者「はい」



部下「勇者様には、これから半年ほど城に留まっていただきます」

勇者「そんなにですか?」

部下「勇者様は希望なのです。みすみす失うわけにはいきません」

部下「騎士団の方から教わることは多いでしょう。急いては事を仕損じますよ」

勇者「……ええ、わかっています」

勇者「僕はまだ弱い。着実に力をつけないと」

――――旅立ち

    ◇半年後

勇者「お世話になりました」

騎士1「はは、立派な男の顔になりやがったな」

騎士2「何を言うか、勇者様に失礼だろう」

勇者「いいですよ。騎士1さんや団長さんには勝てないままでしたからね」

騎士1「俺を超えるのはもうすぐだったと思うけどな」

騎士2「それに勇者様なら、魔法を使えば今でも騎士1くらい倒せますよ」

騎士1「あん? 何か言ったかこの地震膝やろう」

騎士2「大口叩きだと言っているんだ、靴下でも洗ってきたらどうだ?」

勇者「僕を見送る時くらい、喧嘩しないでくれませんか?」

団長「全くだな」ゴツン

騎士1・2「痛っ」

団長「勇者様の門出に泥を塗るな。騎士団の恥になる」

勇者「……団長。これまでありがとうございました」

団長「そうかしこまらないでもらいたいな。勇者でなければ、ぜひ騎士団に欲しい逸材でしたよ」

騎士1「おいおいすげえな、鬼の団長が褒めてるぜ」

騎士2「明日は地面から槍が生えるかもしれないな」

団長「お前らは今日から鎧を抱いて寝ろ」

勇者(昔馴染みなだけあって、三人は相変わらず仲いいな)

勇者(……幼馴染、か)

団長「さて勇者様。お見送りといきたいところですが、ここでお別れとしましょう」

勇者「かまいません。騎士団にも仕事があるでしょうから」

団長「そうではなく。北の門で勇者様を待つお人がいます。会っていかれてはどうでしょう」

勇者「待ち人ですか? 誰だろ……城下町にそこまで親しい人はいないけど」

団長「行けばわかりますよ」


騎士1「で、団長さんよ、あの小僧を待ってるのは誰だ」

騎士2「アホウかお前は。そんなの女に決まってるだろう」

騎士1「ははん、最後のお見送りか。健気なもんだねえ」

団長「待っているのは確かに女だが、見送りではない」

騎士2「は? どういうことです?」

団長「健気な女がお淑やかとは限らない。そういう話だ」

    ◇北の門

勇者(あの人かな。鎧つけた女の人……長い橙色のくせっ毛? まさか)

勇者「……オサナ?」

幼「久しぶり。元気そうね、勇者さま」

勇者「様なんてつけないでよ。僕はそんなに偉くない」

幼「優男なのは変わんなかったのね。騎士団で揉まれて雄々しくなるかと思った」

勇者「性格なんて簡単に変わらないよ。それよりどうしてここに?」

勇者「というか、その格好は何?」

幼「見てわからない?」

幼「あたしも一緒に行くわよ、魔王の討伐に」

勇者「言うと思った」

幼「ユウの目的はおじさんを探すことでしょ」

勇者「……否定はしないよ。でもそれだけじゃない」

幼「あたし、おじさんには言ってやりたいことが沢山あるもの。だから、行くわ」

勇者「連れていけないよ。ちょっと鎧つけただけで、戦えるわけもないのに」

幼「村で剣術を習ってた時は、あたしの方が強かったわよね?」

勇者「村を出てから半年間、騎士団でみっちりしごかれたんだよ。もうオサナにだって負けない」

幼「なら、強くなったユウに負けないくらい強ければいいわよね?」

幼「外に出ましょ。私の力を見せてあげるから」

    ◇壁外

勇者(イヤな予感がする。オサナの思い通りになってしまう予感が)

勇者「力を見せるってどうするつもり? 僕と腕試しでもするの?」

幼「それでもいいけど、近頃は魔物も増えてきてるし、魔物を相手にするわ」

勇者「この辺りに出るのってトゲネコとかだよ。武器さえあれば誰でも倒せる」

幼「ここ最近、一角獣の群れが近くにいるそうよ。騎士団で聞かなかった?」

勇者「……本当に?」

幼「まずは一角獣を見つけましょ。あたしが力不足だっていうなら、その時は諦める」

幼「でもね、勇者はあたしを置いていくことなんてできないわ」

魔剣士「この半年、努力したのは勇者だけじゃないんだから」

勇者「魔剣士、ってことなら魔法を使えるのかな」

魔剣士「ええ、回復魔法ならちょっとだけ。どう? 旅のお供に最適でしょ」

勇者「回復魔法なら僕にも使えるよ。攻撃魔法も少しなら」

魔剣士「あらそう、残念。でも魔法で売り込むつもりはないの、別にいいわ」

勇者(本当に力で証明するつもりなんだ……参ったな)

魔剣士「あ、トゲネコ」

トゲネコA・B「フシャーっ」

魔剣士「やっぱり可愛いけど、トゲがあるから触れないのよね」

勇者「もとは猫だけあって愛くるしいしね。魔王がいなきゃ、猫のままでいられたのに」

魔剣士「それじゃ、あたしは右のトゲネコを相手するわね」

勇者「わかった。じゃあ僕が先に行くよ。油断しないようにね、魔剣士」

勇者(まず負けはしないけど……慎重に一撃!)

トゲネコA「ニャフっ」

勇者(浅かった。追撃っ)

トゲネコA「にゃ~……」バタリ

勇者「魔剣士は、っと」


魔剣士「はあーっ」

トゲネコB「ウニャっ!」バタリ


勇者(……一撃?)

魔剣士「はい、こっちも終わり。腕ならしには物足りないところね」

勇者「あのさ。今の剣筋、すごく見覚えがあるんだけど」

魔剣士「それはそうでしょうね。騎士団長の奥さんに住み込みで教わったから」

勇者(詐欺だ)

魔剣士「あたし、才能あるみたいなのよね。団長さんから騎士団に入らないか誘われたもの」

勇者「僕だってそうだよ」

魔剣士「勇者も? 団長候補を二人も引き込もうとするなんて、したたかな人ね」

勇者「……僕はそこまで言われてない」

魔剣士「え?」

勇者「…………」
魔剣士「…………」

魔剣士「先に進みましょうか。次の町までは二日くらいかかるんだし、今日は野宿だもの」

勇者「このやり場のない気持ち、どうしてくれよう」

    ◇翌日

勇者「いたね」

魔剣士「ええ」

勇者(一角獣……角に毒があったはず)

勇者「魔剣士、解毒<キヨム>は使える?」

魔剣士「まだ回復<イエル>しか使えないの。勇者は?」

勇者「僕も同じ。町は近いけど、毒をもらわないよう気をつけて」

魔剣士「あら、心配してくれるの? あたしが負けるほうがいいんじゃなかった?」

勇者「魔剣士が怪我していいなんて思うわけないでしょ」

魔剣士「……そういうところが甘いのよ、勇者は」

勇者「自覚してる。だから魔剣士を追い払えないんだし」

魔剣士「いいじゃない、損はさせないわ」

魔剣士「それじゃ、行きましょうか」

一角獣A「リーッ!」

勇者「まずは角を折っ、て!」

一角獣A「リリっ!?」

勇者「それから首を落とす!」

魔剣士「やあっ!」

一角獣B「リぎゃっ」

勇者(魔剣士は一撃で倒してるけど)

勇者「毒をもらいたくはないし、無理せずやらないと」



魔剣士「勇者! そっち行った!」

勇者「わかった。氷魔<シャーリ>!」

一角獣M「リぐっ」

勇者「ふー……」

魔剣士「囲まれるとさすがに大変だったわね」

勇者「うん。一人だったら危なかったな」

魔剣士「へえ?」ニヤニヤ

勇者「…………別に、大したことないよこれくらい」

魔剣士「そりゃあ? 勇者一人でも倒せたでしょうけど?」

魔剣士「でも、あたしがいるだけでずいぶん楽だったと思うのよねー?」

勇者(否定できないのが、ね)

魔剣士「これでも勇者は、まだあたしを置いていこうとする?」

勇者「今すぐにでも村に帰ってほしい」

魔剣士「…………そう」

勇者「――――本音を言えば、一緒にいたい」

魔剣士「ほんと?」

勇者「しょげるのはやめてよ。その顔が苦手なの、知ってるでしょ」

魔剣士「だって置いてかれたくないんだもの。あたし、待ってるだけの女になれないわ」

勇者「がんこもの」
魔剣士「わからずや」

勇者「これからもよろしく」
魔剣士「ええ。一緒にがんばりましょ?」

――――青い覚悟の果実

    ◇町長宅

町長「ようこそおいでくださりました、勇者様」

勇者「僕はまだ何もなせていませんから、そこまで立てて頂かなくても……」

町長「いえいえそんな。人々のために立ち上がった勇者様を無下にはできませんよ」

町長「魔王が現れてから半年。野生の動物は魔物になり、被害は増える一方です」

勇者「…………」

町長「そんな中で魔王を討とうと志した勇者様を、歓迎せずにはいられません」

魔剣士(勇者ってこういう持ち上げてくる人が苦手よね。誰にでも腰が低いし)

町長「私たちにできるのは、勇者様に気持ちよく旅立って頂くことだけですからね」

勇者「ありがとうございます。でしたら……あー」

魔剣士(あ、適度におねだりして話を終わらせようとしてる)

勇者「この周辺の地図をいただけないでしょうか。小さいものでかまいません」

町長「よろしいのですか? 何なら四大陸の地図も用意しますが」

勇者「歩きながら、魔物の住処があったら地図に書き込みたいのです。ですから、小さいものを」

勇者「旅の先々で地図を手に入れた方が、細かい部分までわかりますからね」

町長「なるほど、そういうことでしたら。すぐに用意させます。少々お待ちを」

勇者「……はあ」

魔剣士「町長が席を立ったとたん、溜息をついてどうしたの?」

勇者「わかってるでしょ。意地悪を言わないでよ」

魔剣士「勇者って甘やかされるのが苦手よね。変なの」

勇者「小さい頃からずっと、誰かさんの面倒を見てたせいじゃないかな」

    ◇宿

魔剣士「勇者ー? 休んでるのもいいけど、旅の支度も済ませなさいよねー」

勇者「わかってる。荷物は広げてないし、すぐ終わるから大丈夫だよ」

町長『魔王を討とうと志した勇者様を……』

勇者(使命を忘れたわけじゃない。でも僕は、まず第一に父さんの無事を確かめたい)

勇者「…………」ボフッ

勇者(手放しに褒められる勇者ではないよな)

魔剣士「…………えい」

勇者「うわっ! ちょっと、乗っからないでよ魔剣士!」

魔剣士「難しい顔して何を悩んでるのよ」

勇者「別に。なんでもないよ」

魔剣士「嘘。あたしを騙せると思う?」

勇者「騙されてくれないか期待してる」

魔剣士「いいじゃない、魔王のことがついでだって」

魔剣士「おじさんを見つけたいって勇者の気持ちを誰が否定できるの?」

勇者「でも、皆が勇者に期待しているのは」

魔剣士「関係ないわよ。皆に望まれたからって勇者は喜んで死ねる?」

勇者「何さ、その極端な意見」

魔剣士「誰かを裏切ってるわけじゃないわ。ただ優先順位が違うだけ」

勇者「魔王を後回しにしたら怒られないかな」

魔剣士「怒られるかもしれないわね。だからこっそり探しましょうよ」

勇者「……魔剣士は、どうしてこんな子に育っちゃったのかな」

魔剣士「小さい頃からずっと、誰かさんに甘やかされたからじゃないかしら」

勇者「失敗だったね」

魔剣士「ええ」

勇者「ところで、いつまで僕に乗っかっているつもり?」

魔剣士「///」バッ

魔剣士「ち、違うんだから! これは、その……勇者が! 勇者がいじけてるからいけないの!」

勇者(優先順位、か。歴代の勇者もきっと、いろんな理由を抱えて旅立ったんだろうな)

勇者(八人目の僕も、これまでの勇者と変わらない、かな?)

――――閑話1

    ◇街道

勇者「魔剣士っ……くそ、氷魔<シャーリ>!」

ゲコッタB・C「ギギっ?」

魔剣士「動きが止まった! たあっ!」



勇者「うーん」

魔剣士「魔物に勝ったばかりなのに、どうして難しい顔してるのよ」

勇者「ずっと言おうと思ってたんだけど、前に出過ぎてないかな」

魔剣士「え、あたし?」

勇者「この辺りの魔物なら問題はないけどさ。魔物が強くなった後が心配だよ」

魔剣士「あたしだって敵の強さには気をつけてるわよ。大丈夫だと確信したから前に出てるの」

勇者「だとしてもだよ。前に出れば、それだけ魔物を引きつけるんだからさ」

魔剣士「あたしの方が勇者より強いんだもの、そうするのが自然でしょ?」

勇者「待って、聞き捨てならない。そりゃあ攻撃力は魔剣士の方が上だけどさ」

勇者「まるで僕の方が弱いみたいに言わなかった?」

魔剣士「みたいに、じゃないわ。だってあたしの方が強いでしょ?」

勇者「魔剣士の目は節穴みたいだ。僕の方が弱いだって?」

魔剣士「前に出過ぎるって勇者は言うけど。勇者の踏み込みが甘いからそんな誤解するのよ」

勇者「一度話し合う必要があるみたいだね」

魔剣士「必要なのは話し合いじゃないわ。果たし合い、でしょ?」

勇者「受けて立つよ」

魔剣士「泣かせてあげる」

    ◆見張り台

見張り1「ん? おい、あれ」

見張り2「なんだあいつら、あんなところで木の剣を向け合って」

見張り1「ばか、あいつらなんて呼ぶな。一人は勇者様だぞ」

見張り2「そんなわけ……勇者様だ。南王家の紋章ついたマントしてる」

見張り1「だろ。もう一人は、勇者様と一緒に旅してるっつう噂の剣士か?」

見張り2「模擬戦ってわけか。面白い見物になりそうだな」

見張り1「のんきなこと言ってる場合か!」

見張り1「さっさと人を集めろ。どちらが勝つかでいい賭け事になるぞ?」

    ◇壁外

魔剣士「木剣での一騎打ちよ」

勇者「魔法は使っても?」

魔剣士「ご自由にどうぞ。負ける気がしないしね」

勇者「言ったね。あとでズルだとか言い出さないでよ」

魔剣士「そんな必要ないわ。勝つのはあたしだもの」

勇者 ジリッ
魔剣士 ジリッ

魔剣士「やあっ!」

    ◆壁外 門前

見張り1「初手は剣士さんか」

  勇者「氷魔<シャーリ>!」

見張り2「あらら、勇者様の魔法は大外れだ」

  勇者「くそ、氷魔<シャーリ>!」

見張り2「また外れか? 勇者様もまだまだ力不足だな」

見張り1「違う、剣士さんの動きを見ればわかるだろ」

見張り2「んー? ああなるほど、左右に動かれないようにって氷の壁を作ったのか」

見張り1「だが膝の高さくらいしかないし、あれなら軽く超えられるだろ」

男8「俺は勇者様に賭けるぞ」

少女4「剣士さまが勝つと思うなー」

童女7「えー? ぜったい勇者さまだよー」

見張り1「動きを遮られてることに、気づきさえすれば、な」

    ◇壁外

魔剣士(手堅い戦法。崩すのはちょっと骨が折れるかしら)

勇者(団長候補ってお世辞じゃないみたいだ。足を止めて受けるのは厳しいかな)

魔剣士「こ、のぉ! やっ! ……って、うわ!?」

勇者(氷に足を取られた! 今ならっ)

魔剣士「……なんちゃって」ピタ

勇者「なっ?」

勇者(上体は崩れたままで……! こ、のっ)

魔剣士「はあっ!」バシッ

勇者「くっ」カラン

魔剣士(木剣を落とした? ……違う、手応えが浅い! 自分から離した!)

勇者(これだけ踏み込めば剣は振れない! 手首をつかんで、足を払えば……!)

魔剣士「きゃっ」

勇者「僕の勝ち、かな。この距離で魔法を使われたら、魔剣士でも逃げられないよね」

    ◆壁外 門前

主婦1「どうなったの? 勇者様の勝ち?」

爺さん5「なるほどの。剣の勝負だと思ってた剣士さんの負けじゃね」

少女2「あれ? もう終わったのに、あの二人動かないね」

童女3「おケガしたのかなあ?」

見張り2「見つめ合って……おいおい、これはもしかするんじゃないか!」

男3「だよなだよな! ここで行かなきゃ男じゃねえよ!」

見張り1「はいはい、勇者様の勝ちー。配当を払うぞー」

町長「いいや! 勝負はまだ終わってない!」

見張り1「何を言い出すんだ町長さん。勇者様の勝ちさ、見てただろ」

町長妻「あなたってば、自分が剣士様に賭けたからって」

町長「違わい! ここからは男女の勝負だ! ここで動けなければ、その時は勇者様の負けだろう!」

    ◇壁外

勇者「…………」
魔剣士「…………」

勇者(気まずい……何か減らず口を叩くかと待ってたのに、どうして黙ってるんだよ。起きあがる機会を見失った……)

魔剣士「――――ユウ」

勇者「な、なに?」

魔剣士「その、ね? いいよ」

勇者(いやいや何がいいの? というかどうして目をつぶるのさ?)

勇者「オサナ、その、僕は」

勇者(ああもう、なんなんだよこれ! 僕にどうしろっていうんだ! というかいいよって、つまりそういうこと?)

魔剣士(うわあ、うわあ! あたしってば何を言ったのあたしのバカ! 目をつぶるとかあからさますぎる!)

勇者(でもその場の雰囲気に流されてってのはどうなんだろ。僕の気持ちは……違う、僕の気持ちは別としてっ)

魔剣士(うぅ、怖い。雰囲気って怖いよっ。だって、勇者の顔をあんなに近くで見たの、すっごく久しぶりなんだよ?)

勇者(こういうのって、もっとこう、段階を踏みながら経験するものだよ。知らないけどきっとそう。だから)

魔剣士(ドキッとするじゃん。きゅんってなるじゃん。だからつい……でもだからってさあ!)

勇者(…………それにしても、さっきから町の方がうるさいな。なんなんだよもう!)

魔剣士(というか勇者、何もしてこない? こっそり目を開けて……何でそっぽ向いてるのよ、そっちに何かあるわけ?)

勇者・魔剣士「あ」

    ◆壁外 門前

見張り2「やばい、かな。こっちに気づかれた」

町長「だから言ってるだろ! これは男らしくなかった勇者様の負けだ!」

見張り1「しつこいな! あんたが賭けたのは端金だろ! 町長なんだからケチケチするな!」

見張り2「ま、こんだけ騒いでりゃ当たり前か」


しぶしぶ町に宿泊した勇者たちだが、翌日、日が昇る前にはこそこそ町を出たという。

――――閑話2

勇者「そういえばさ」ザシュ

トゲネコA「ニャフッ!?」

魔剣士「なあに?」ズバッ

トゲネコB「ニャグッ!?」

勇者「その黒い指輪、いったいどうしたの?」

魔剣士「これ? 騎士団長の奥さんからもらったのよ。悪夢の指輪っていうの」

勇者「へえ。なんだか呪われてそうな名前だね」

魔剣士「呪われてるわよ? 力が強くなる代わりに、体力が回復しなくなるらしいの」

勇者「へ? 魔剣士はなんでそんなものを装備してるの?」

魔剣士「あー、言ってなかったかしら。あたしって神性が高いから、ちょっとした呪いなら無効にできるのよ」

勇者「……そんなことができるものなの? 初めて聞いたんだけど」

魔剣士「ときどきいるみたいよ、あたしみたいな人」

勇者「魔剣士はさらっと言ってるけど、それって凄いことだよね」

魔剣士「あたしは実感わかないけどね。それこそ、世界に一人しかいない勇者が目の前にいるんだし」

勇者「僕は自分が凄いやつだとは思ってないよ」

魔剣士「あたしだって同じよ。だからありがたがられても困るの」

魔剣士「それに、ずっと昔にいた司教さんなんて、装備の呪いを消すことができたらしいわよ」

勇者「神性が高いおかげで?」

魔剣士「そう。それに比べたら、呪いを無効にするだけのあたしは大したことないじゃない?」

勇者「同意はしかねる。でも、神性が高いおかげで回復魔法を使えるんだし、助かってるよ」

魔剣士「勇者も回復<イエル>が使えるでしょ」

勇者「そうだけど、一人だと魔力がもたないかな」

魔剣士「回復<イエル>だと回数がかさむものね。高回復<ハイト・イエル>を覚えられるのはいつかしら」

勇者「僕は当分先そうだよ。魔剣士は?」

魔剣士「さっぱり。神性が高くても、やっぱり本職じゃないとすぐ使えるようにならないわよね」

勇者「本職、か。魔剣士は仲間を増やすことをどう思う?」

魔剣士「もう何人かいれば楽になるとは思うわよ? 生還率〇%の勇者様と一緒に冒険してくれる人がいるならね?」

勇者「…………そこだよね、やっぱり。僕は死ぬつもりないけど、歴史が色々と物語ってるし」

魔剣士「ま、悩んだって仕方ないわよ。仲間って巡り合わせだもの。その日が来るまでは、二人での旅を楽しみましょ?」

――――血塗りの魔剣

    ◇飲食店

魔剣士「ねえ勇者、噂は聞いた?」

勇者「たぶん聞いてないよ。どんな?」

魔剣士「なんでもね、この町に住んでる貴族の家って、魔剣が家宝らしいのよ」

勇者「ふーん」

魔剣士「ちょっと、なんで興味なさげなのよ」

勇者「家宝なんでしょ? 僕たちとはご縁がなさそうだし」

魔剣士「そんなのわからないじゃない! 『美しきお嬢さん、この魔剣を装備して下さいな』って言われるかもでしょっ」

勇者「それ、貴族は魔剣士のことを呪おうとしてるよね。何をやらかしたの?」

魔剣士「もうっ、どうしてそんなことばかり言うかなあっ。想像するくらいはいいでしょ!」

勇者「ごめん、魔剣士が楽しそうだったから、つい」

店主「料理お待ち。……けど旅人さん、あまり魔剣の話をしねえでくれないか。客が逃げちまうよ」

魔剣士「あら、ずいぶんと信心深いのね。魔剣なんて言っても、呪われているだけの剣じゃない」

店主「そうでもねえよ。魔剣は人の生き血を啜るらしくてな、歴代の当主は不審な死に方ばっかりだぜ」

勇者「偶然じゃないかなあ」

店主「どうだかな。ま、魔剣のしわざにしろ偶然にしろ、噂のせいでろくな奴を雇えないらしいぞ」

店主「チンピラみたいなのが屋敷に大勢いるんだ、貴族として示しがつかねえだろうさ」

魔剣士「…………ねえねえ勇者。だったらなおのこと、あたしに魔剣を譲ってくれてもいいと思わない?」

勇者「思わない。実害が出てるのに手放さないなら、よっぽど大切なものなんだろうし」

魔剣士「もう! 少しは話を合わせてくれてもいいでしょっ」

勇者「おじさん、この煮魚を一つ追加で」

店主「へい毎度」

魔剣士(今晩、寝てる時にベッドから落っことしてやるんだから)

    ◇夜

勇者「そろそろ機嫌を直していただけると嬉しいのですが」

魔剣士「つーん」

勇者「悪かったよ。魔剣の話、まじめに取り合わなくて」

魔剣士「……あたしだって、魔剣を本当にもらえるとは思ってないわ。でも、一日中からかわれるのは許せないの」

勇者「ごめん。どうしてかな、魔剣士に意地悪しくたくなってさ」

魔剣士「反省、してるの?」

勇者「してます」

魔剣士「なら、もういい。ちょっとだけ許してあげるわ」

勇者「ちょっとだけ?」

魔剣士「何よ、不満?」

勇者「そんなことはないよ」

魔剣士「ふんだ、知らない」

勇者(二、三日は引きずるかもな。どうして僕、魔剣士のことからかっちゃったんだろ)

コンコン

?「失礼、こちらは勇者様の部屋で間違いありませんかな?」

勇者「どなたでしょうか」

当主「この町に住む貴族の当主と言います。魔剣のことでお話がありまして」

魔剣士「あたしたちは勇者です! 今扉を開けますね!」

勇者「本人の前で身分詐称された」

ガチャリ

執事「…………」

当主「夜分遅くの来訪ですが、できれば気を悪くしないで頂きたい」

当主「勇者様の滞在を今しがた知り、取るものも取りあえず駆けつけた次第でしてな」

勇者「構いませんよ。それだけ急ぎの御用だったんでしょう?」

当主「いえいえ。勇者様は早朝に町を出発されることもあると耳に挟んだので、その前にお聞かせしたかっただけなのです」

勇者「…………」
魔剣士「…………」

当主「おや、どうかなさいましたかな」

魔剣士「大丈夫よ。それより、魔剣の話って何かしら?」

当主「率直に言いますが、場合によっては魔剣を勇者様たちに託したいのです」

執事「!? 当主様、それは!」

当主「下がれ執事」

執事「ですがっ」

勇者「そちらの方は?」

当主「私の屋敷で執事をさせています。が、此度の話には関係がありません」

執事「…………」

魔剣士「……えっと、話を戻すけど。あたしたちに魔剣を譲る、それは条件付き、ということよね?」

当主「条件だなどとんでもない!」

当主「勘違いをさせてしまいましたな。単純に、魔剣は強力な呪いがかけられているため、ということです」

勇者「呪いを無効にできるだけの神性があるなら、ということですね」

当主「ええ。勇者様の旅を悪路へと変えるようなことがあっては、祖先に顔を向けることもできません」

魔剣士「でも、家宝なのよね?」

当主「だからこそ、この執事も先ほど止めに入ったのでしょう。が、屋敷に死蔵しては魔剣の真価が損なわれましょう」

勇者「そういうお話でしたら、謹んでお受けしますよ」

当主「ありがとうございます、勇者様。でしたら、明日、旅に出る前に立ち寄って頂き――」

執事「当主様。魔剣を勇者様に渡すには、神性の高い者で運ばねばなりません。手配に時間がかかります」

当主「ふむ。魔剣を保管してある場所までご足労を願うわけにもいかないか」

執事「昼までに人員を用意します」

当主「それでよい。……勇者様、申し訳ありませんが、昼過ぎに屋敷に来て頂けますかな?」

勇者「構いませんよ。お手数をおかけします」

魔剣士「必ず行くわ」

当主「色よい返事をありがとうございます。では、また明日お会いしましょう」

執事「失礼いたしました」ガチャ、、、バタン

勇者「話が終わるやいなや帰っていったね。気遣われたかな」

魔剣士「ふふ。ふっふっふー」

勇者「……ご機嫌だね」

魔剣士「だって魔剣よ? あたし、魔剣士だけど武器は鉄の剣だったもの。これで名前負けしなくなるわ」

勇者「魔剣に恋い焦がれる少女ってどうなんだろうね」

魔剣士「素直ないい子だと思うけど?」

    ◇早朝

勇者「おかしくないかな」

魔剣士「何が?」

勇者「昼過ぎに来てほしい、って言われたよね?」

魔剣士「でも最初は、旅立つ前にってお話だったじゃない」

勇者「神性が高い人を探すからって話も出たでしょ?」

魔剣士「でもね、あたし思ったのよ。魔剣のせいで使用人を集めるのにも苦労するのよね?」

魔剣士「なら、神性の高い人が見つかっても屋敷に来てくれるかは怪しいじゃない?」

勇者「本音は?」

魔剣士「お昼までなんて待てない」

勇者「血塗りの魔剣もここまで思われたら本望だろうね」

魔剣士「そういう名前なの?」

勇者「みたいだよ。呪いの詳細までは出回ってなかったんだけどね」

魔剣士「……なんだ。勇者も魔剣に興味津々だったんじゃない」

勇者「僕は興味ないよ。神性は高くないから、きっと装備できないし」

魔剣士「じゃあどうして魔剣のことを調べたのよ?」

勇者「魔剣士が気にしてたからだよ」

魔剣士「そう、だったの?」

勇者「うん」

魔剣士「なんていうかその……ありがと」

勇者「照れないでよ。僕まで恥ずかしくなる」

パカラッパカラッ

勇者「……荷馬車か。こんなに早くから働いてるんだね」

魔剣士「みたいね。あたしたちの村じゃ、教会の朝の鐘が鳴るまで仕事はしないのに」

勇者「まだ大陸を越えてさえいないけどさ、世界は広いんだなって思うよ」

勇者「見えてきた。やっぱり貴族だけあって、屋敷は大きいね」

魔剣士「どうしてお金のある人って、大きな家を建てちゃうのかしらね」

勇者「欲しいものがたくさんあって、全部をしまえる家が欲しかったんじゃないかな」

勇者(近くまで来ると、庭が荒れてるのって目立つんだな)

魔剣士「どうしよ、ちょっと緊張してきちゃった」

コンコン

執事「どなたでしょう?」

勇者「勇者です。魔剣のことでお伺いしました」

執事「…………勇者様、ですか? 少々お待ち下さい」

ガチャリ

執事「失礼しました。なにぶん、約束は昼過ぎのため、こんなに早くお出でになるとは思わなかったもので」

魔剣士「ええ。そのことなんだけど、あたしは神性がとても高いのよ。だから魔剣を運ぶ人が必要なら、あたしが引き受けようかと思うの」

執事「ですが……そう、あなたは勇者様のお仲間であらせられる。そのような雑事を任せるわけにいきません」

魔剣士「気にしないで。あたしはただの村娘だもの。だからほら、敬語もきちんと使えないんだし」

勇者(僕も村にいた普通の少年なんだけどね)

執事「ですが……わかりづらいかと思いますが、当家にも様々なしがらみがあります。やはりお任せするわけには」

勇者「……魔剣士」

魔剣士「なに?」

勇者「やっぱり出直そう。魔剣士の気持ちはわかるけど、執事さんを困らせるわけにはいかないよ」

魔剣士「……そう、よね。わかったわ」

執事「申し訳ありません。では、今のところはお引き取り願えれば」

?「その必要はありませんよ」

執事「――――奥方様」

奥方「あなたは仕事熱心ね。けど、勇者様を門前払いしたとあっては、それこそ当家の名折れになりましょう」

奥方「初めまして、勇者様。当主の妻で奥方と言います。勇者様の御威名は、わたくしたちも聞き及んでおりますよ」

勇者「いえ、そんな。僕はまだ何もなせていません。名前だけが一人歩きしている状態ですから」

奥方「あら、謙虚ですのね。魔王を倒さんと志すのだから、どれほどの偉丈夫かと思っておりましたけれど」

奥方「その慎ましさが大衆に慕われる秘訣でしょうか」

勇者(魔剣士……助けて)

魔剣士(勇者なんだからがんばりなさいよ。とは思うけど、かわいそうだものね)

魔剣士「ごめんなさい、こんな早くに来てしまって。ご迷惑じゃないかしら?」

奥方「ふふふ、まさか。魔王が現れてから半年余り、主人は勇者様に魔剣を託したいと常々から申しておりましたもの」

奥方「今もきっと、勇者様がいらっしゃるのを心待ちにしているはずですよ」

執事「奥方様、勇者様と歓談されてはいかがでしょう。私は当主様を呼んで参ります」

奥方「いいえ、あなたは下がってかまいませんよ。わたくしが勇者様たちを案内します」

執事「…………いえ、私も共に向かいます。ご入り用なこともあるかと思いますので」

奥方「そう? ならお願いしますね」

    ◇屋敷内

魔剣士「やっぱり早すぎたかしら……召使いの人とか、誰も働いてないし」

勇者「教会の朝の鐘が鳴るまでは休んでるんじゃないかな」

奥方「いえ、本当でしたら掃除をしているはずですよ」

執事「申し訳ありません、奥方様」

奥方「あなたの責任ではありません。不誠実な者しか雇えない、当家に問題があるのですから」

魔剣士「あのー」

奥方「何でしょう、剣士様」

魔剣士「こんなことになってるのは、魔剣の風評が原因なのよね? それなのにどうして魔剣を手放さなかったの?」

奥方「ふふ。家宝だから、というお答えでは不満でしょうか?」

魔剣士「それだけ価値がある、ということかしら」

勇者「ちょっと魔剣士」

奥方「いいのですよ。その疑問はもっともです。ただ、そのお話は当主が語るのが適切でしょう。もう少し不思議がっていらして?」

魔剣士「ええ、そうするわ」

奥方「では主人に声をかけてきますから、少しだけお待ちになっていて」

ガチャリ

  奥方「あなた、勇者様たちがお見えに……あなた?」

  奥方「変ね、どこにいったのかしら」

  奥方「――――ひっ、いやあああ!」

勇者・魔剣士「!?」

執事「勇者様はここでお待ちを。私が見てきます」

バタン

  執事「奥方様、どうなさいましたか」

  奥方「ち、血が! どういうこと!? もしかして、あの人の身に何か……っ」

  執事「お気を確かにしてください。私が確認します、奥方様はこちらへ」

ガチャリ

執事「申し訳ありません勇者様。魔剣の話は後日にして頂けますか」

勇者「当主さんに何かありましたか?」

執事「詳しいことは何も。わかっているのは、怪我をされたこと、連れ去られたことの二つだけです」

魔剣士「そんな……」

奥方「うっ、うぅ」

執事「奥方様、今はお休みください。すぐに旦那様の行方を探します」

魔剣士(……むっ)

勇者「当主さんを最後に見たのはいつですか?」

執事「――――勇者様。今はお相手をしている時間がありません」

奥方「半時ほど前です……今日は朝から忙しいと言ってらしたから、わたくしはその後別室にいたのですが」

勇者「わかりました。ありがとうございます」

    ◇町中

勇者「魔剣士、ちょっと気になることがあるんだけど」

魔剣士「あら奇遇ね。あたしもなの」

勇者「荷馬車のことだね?」
魔剣士「執事さんのことよね?」

勇者「……執事さんがどうかした?」

魔剣士「奥方さんを支えている時の目がいやらしかったの! あれは絶対に何か隠してるわ!」

勇者「……怪しいかはともかく、屋敷の監視は必要だし、いいかな」

魔剣士「荷馬車はどういうことなの?」

勇者「貴族の家の方から来たでしょ。もし連れ去られたばかりなら、荷馬車が怪しいと思って」

魔剣士「ならすぐに荷馬車を追いましょうよ!」

勇者「それは僕がやるよ。魔剣士には屋敷を見張っていて欲しいんだ」

魔剣士「どういうこと?」

勇者「もしかしたら、当主さんはまだ屋敷の中にいるかもしれない。執事さんを監視しながら、怪しい動きがないか見ていて欲しいんだ」

魔剣士「わかった、任せて!」

勇者「無茶はしないで。僕も気をつけるから」

魔剣士「大丈夫よ。絶対に執事さんの化けの皮をはいでやるわっ」

勇者「……僕もすぐに合流するから、できるだけ監視につとめてよ?」

    ◇問屋場

勇者「すみません、お聞きしたいことが」

問屋「なんでしょう」

勇者「今朝早く、貴族の家から荷を受けた馬があると思いますが、積み荷をどこに運んだか教えてほしいんです」

問屋「……勇者様、そいつは困りますよ。客の依頼をおいそれと教えれば、わたしらの仕事はなくなってしまいます」

勇者(正攻法だとこうなるよね、やっぱり……嘘は気が進まないんだけど、しょうがないか)

勇者「ここだけの話にしてもらいたいのですが、積み荷の一つは魔剣です」

問屋「なんですって?」

勇者「その呪いが何であれ、名のある魔剣は金になります。使用人の一人が、欲にくらんで横流しを企んだのです」

問屋「なるほど、あそこの使用人なら……しかしなんてこった、魔剣を運んだ馬、なんて知れたら」

勇者「そうですね、悪質な噂が立ちかねません。また、貴族の側としても事が表立つのを望んでいません」

勇者「ですから、内密に教えていただきたいのです。部外者である僕は、仮に責任を押しつけられても、勇者の名を少し汚すだけですから」

問屋「しかしそれだと、勇者様にどんな得があるので?」

勇者(こういう時はどうするんだったかな。商売人相手なら……そう)

勇者「魔剣を受け取るのは、どこぞの富豪ではなく勇者だ、ということです」

勇者(利を見せる。無償の善意は不信にしか繋がらない。……でしたよね、団長)

問屋「なるほど……魔剣というからには、武器としては素晴らしいのでしょう。魔王を倒す一助になる」

勇者「話が早く助かります。それで、どうでしょう? 教えては頂けませんか?」

問屋「……条件が一つ。こちらは運んだ事実をもみ消します。それでも良いなら」

勇者「わかりました。問屋場はこの件に関与していない、勇者の名に誓って証明します」

    ◆屋敷

執事「奥方様、少しよろしいでしょうか」

奥方「あの人は見つかったの!?」

執事「いえ。……ですが、屋敷の外でおびただしい量の血の痕が見つかりました。もしかすると当主様は、もう」

奥方「そ、んな……」

執事「現在、手を尽くして当主様の行方を探しています。もうしばらくの辛抱です、必ず見つけだします」

奥方「――――そうね、必ず見つけだしなさい。恐らく単独の犯行ではないでしょう」

奥方「相手は殺しても構いません。ですが一人は残すのです。当家に仇をなした人物を見つけねばなりませんから」

執事「かしこまりました」

執事「……時に奥方様」


執事「事は血塗りの魔剣を勇者様に譲ろうとした矢先に起こりました。このような時ですが、魔剣の所在を確認したほうがよろしいかと」

    ◇屋敷外

魔剣士「うーん、ここには手がかりが何もないわね。血のにおいさえ残ってないし」

魔剣士(やっぱり執事さんの行動を見張っているしかないかしら)

魔剣士(……あ、誰か出てきた。執事さんと、召使いの人?)

  執事「いいか、お前は奥方を見張っていろ。魔剣の話を出しておいた、のこのこと魔剣を確認しに行くかもしれない」

  召使い1「わかりやした」

  執事「ちっ、面倒なことだ。当主のやつを拷問して吐かせれば、それが一番楽だったんだがな」

  召使い1「あのおっさんはどうしてるんで?」

  執事「運ぶだけ運んだが、他の指示はしていないから放置されているだろう。ゴロツキどもは自分だけじゃ動けん」

  召使い1「はは、使えないことですねー」

  執事「……お前は自分の仕事に取りかかれ。奥方から目を離すなよ」

  召使い1「へい」

魔剣士(あの人、やっぱり!)

  執事「…………来たか」

  召使い2「なんでしょう?」

  執事「召使い1が不穏な動きをしている。寝返るつもりかもしれん」

  召使い2「本当ですかい?」

  執事「ああ。もしもあいつが単独で何かを運び出そうとしたら、報告しろ」

  執事「魔剣ほどではないにしろ、この家にも金目のものはいくつかあるからな」

  召使い2「了解。じゃ、監視しときますよ」

魔剣士(あの人、誰のことも信じてないのね)

魔剣士(かわいそうな人)

    ◇倉庫

勇者(問屋場の情報ではここのはず。まだ移動してなきゃいいんだけど)

ギャハハ…

勇者(間に合った、かな)

  ゴロツキ1「ぼろい商売だな。このおっさんを運んだだけで銀貨5枚だぜ」

  ゴロツキ2「で、あの執事とかいう野郎が来たら、このおっさんの処遇が決まる。殺すにせよなぶるにせよ、楽なもんだ」

  ゴロツキ1「……だが、気を許すな。あいつは信用ならねえ」

  ゴロツキ2「はっ、違いねえや。なに、あいつが執心してるという宝の場所を聞いたら、さくっと殺してやればいいさ」

  ゴロツキ1「相手もそのつもりだろ。俺たちに話を持ちかけるくらいだ」

  ゴロツキ2「手のひらの上で踊ってんのはどちらかね。けけっ」

  当主「…………っ」

勇者(無事で良かった。相手は二人、ならいけるかな)

勇者「まずはこけおどし……風魔<ヒューイ>」コソッ

  ゴロツキ1「いてえ!」

  ゴロツキ2「急に風がっ! くそ、そこにいやがるのか!?」

勇者(背中を見せた、ならっ)

勇者「はあっ!」

ゴロツキ2「うぐっ」ドテ

ゴロツキ1「てめ、ぇ……」バタ

勇者「ふぅ……剣なしでも何とかなるものだね」

当主「んーっ、んーっ!」

勇者「ご無事で何よりです。今助けますね」

    ◆屋敷

奥方(あの人がいない……どうしてこんなことに)

奥方(いいえ、弱音を吐いてはダメ。今この家を取り仕切るのはわたくしなのだから)

奥方(賊を処罰し、災いの根っこを見つけて、それから……)

奥方「魔剣を勇者様に。あの人の心残りは、わたくしが引き継がなければいけませんよね」

奥方(血塗りの魔剣……あの人の書斎にある、本棚をずらせば……)

奥方(……無事だった。でも素直には喜べないわ。あの人が助かるなら、こんなものなくなれば良かったのに)

奥方「こんなもの……っ!?」バチッ

魔剣『真実を一つ教えよう』

奥方(何? 魔剣を握っただけなのに、おかしな声が……)

魔剣『当主の殺害を目論んだのは、執事だ』

奥方「――――え?」

魔剣『我を手に取れ。結末は我が用意する。――――さあ。背信者に血を流させるのだ』

奥方「…………そう。そうね。勇者様に魔剣を渡すわけにはいきません」

奥方「あの人の仇は、わたくしが…………」

    ◇屋敷外

執事「私は屋敷に戻る。あまり席を外しては怪しまれるかもしれないからな」

魔剣士「あら、もう少しゆっくりしていったらどうかしら?」

執事「!?」

魔剣士「今度はあたしと密談しない? どうやって当主さんと奥方さんに頭を下げるか、とかね?」

執事「……ちっ、ネズミのような女だ。人間様の事情も気にせず、どこにでも現れる」

魔剣士「残念、あたしは動物に例えると猫らしいわよ。懐いていない相手には、トゲネコみたいになるでしょうけどね」

執事「ならば躾の一つもしてやろう」ピィーッ

執事「ここで働いている奴の大半は俺の手の者だ。喧嘩を売る場所がわるかったな」

召使い3~15「…………」

執事「その小娘に計画を知られた。殺すぞ。この家の没落を企んだ、当主殺害の下手人としてな!」

魔剣士「結局は数に頼るのね。誰も信用していないくせに」チャキ

魔剣士「誰も殺しはしないわ。けどね、剣の腹で殴られるのよ。骨の一本は覚悟しなさいよね!!」

召使い11「死ねえっ」

魔剣士「足運びがなってない」ゴンッ

召使い6「この!」

魔剣士「腰が高い」ドカッ

魔剣士「相手にならないわ。戦い方がまるでダメ。ねえ執事さん、こんな時間稼ぎをして何になるの?」

執事「ちっ……」

魔剣士「勇者はもうすぐ戻ってくるわ。あたし一人も倒せないのに、勇者まで相手取るつもりかしら?」

執事(くそ、召使い1は何をしてる!? 魔剣の一つもあれば、あんな女……!)

  召使い1「う、うわぁああ!」

執事「っ! くくっ、余裕ぶってるからだ、この女狐め」

執事「召使い1! 魔剣をこちらに持ってこい!」

召使い1「ひぃぃ! いやだ、いやだっ、死にたくない!」

執事「おい貴様! 何を騒いでっ……」


奥方「ねえ、どうして逃げてしまうの?」

執事「っ……」ビク

奥方「わたくしはただ、執事がいる場所を教えて欲しいだけですのに」ザン

執事(石像が……真っ二つだと?)

奥方「あら? あらあら? ふふ、ふふふ、なあんだ、執事、あなたはそんなところにいたのですね」

執事「奥方様、報告します。当主様殺害を目論んだのは、そこにいる」

奥方「あなた、見ていて下さい。あなたを殺した不忠義者を、必ずや地獄に叩き落としてみせますから」

執事「くそっ、ふざけやがって。魔剣の呪いにやられているのか……!?」

魔剣士「奥方さん!」

執事「こんなところで殺されてたまるか……魔剣があろうと、戦ったこともないババアに負けるわけがない」

執事「殺してやる」

魔剣士「!? 奥方さん、逃げてっ!」

魔剣士(ダメ、あたしじゃ間に合わ……え?)

執事「か、はっ……」

奥方「ごめんなさいね魔剣さん。ちょっと切り方が浅かったみたい」

奥方「でも久しぶりの血はおいしいでしょう? ならもっと、わたくしに力を貸して?」

奥方「ここにいる全員、切り刻んであげますからね」クスリ

召使い4「う、うわああ」

召使い9「逃げろ! なんだあれ、殺されるっ」

執事「ぐっ、ざけるな、俺を置いて……逃げるなっ!」

奥方「大丈夫よ、一人として逃がしはしません。追いかけて、追いつめて、全ての血を魔剣さんに捧げますもの」

奥方「――――そして、栄えある一人目はあなたよ、執事」

執事「ひっ、ひぃぃ」

魔剣士「させ、ない!」

ガキン

奥方「どうしてわたくしの邪魔をするのでしょう」

魔剣士「その男はろくでもない奴、よっ。でも奥方さんが殺しちゃダメなの。彼は社会の裁きを受けなきゃダメ、そうでしょ!?」

奥方「そうでしょうか。わたくしはどうでもいいと思っています」ブン

魔剣士「くっ」ギシ…

魔剣士(一撃が重い、剣が折れちゃいそう)

奥方「わたくしにとって何より大切なあの人を殺したんです。それをどうして、裁きを他人任せにできましょう」

執事「ふ、ふざけるな! まだあの男は殺してない!」

魔剣士「当主さんは無事よ。勇者が助けに行ったものっ」

魔剣『戸惑いは弱さを生む。弱さは悪をのさばらせる。ならば、悪を絶つのは覚悟である』

魔剣士(この声は何……? 反響してるみたいにくぐもった声……)

奥方「ふふ……安心なさって魔剣さん。わたくしは迷いません。必ず、この男を……っ」

執事「ぅ、ぁ……」

魔剣士(ダメ、あたしたちの声が届いてない……このままじゃっ)

    ◇屋敷外

勇者(あれは……どうなってるんだ?)

当主「妻が持ってるのは、魔剣だ……あれには触るなと言ってあったのに!」

勇者「暴れないでくださいっ。馬から落ちますよ」

当主「下ろしてください勇者様! 私はあいつを止めねばなりません!」

勇者「僕も同じ気持ちですよ! だから待って!」

魔剣士「ユウ、者……っ?」

当主「やめろっ。魔剣を離すんだ!」

奥方「あなた……? あなたなの?」

執事(い、今なら)ダッ

奥方「あ……逃げ……逃が、しませんっ!」

執事「うああああ!」

当主「くっ……」バッ

勇者(どうして飛び降りるかな! 速度を緩めてなかったら死んでるよっ)

当主「駄目だ! 殺しちゃいけない!」

魔剣士「はああっ!」

パキン

魔剣士(あたしの剣は折れた……魔剣は?)

勇者(奥方さんの手から離れたっ)

当主「よかった……」ダキ

奥方「あ、あなた……? わたくし、は」

当主「悪い夢を見ていただけだ。もう終わっている」

勇者「魔剣士、大丈夫だった?」

魔剣士「ちょっと危なかった、かしらね。……この半年、ずっと使ってた剣が折れちゃったのが悔しいけど」

勇者「折れた剣でもできることはあるんじゃないかな。逃げようとする執事さんを捕まえる、とかね」

執事「っ……くそ」

魔剣士「そうね、最後の役目には相応しいわ。あたしは折れた剣でもあなたに勝つ自信がある。それでもあなたは向かってくる?」

執事「…………好きにしろ。俺はもう抵抗しない」

    ◇屋敷内

当主「危ないところでした。人を殺してしまえば、魔剣から手を離そうと、妻は魔剣の呪いに取り込まれていたでしょう」

勇者「どういう呪いだったんですか?」

当主「魔剣にとって都合のいい真実を与え、人を殺させることです」

当主「執事は私の殺害を目論んだが、まだ殺してはいなかった」

当主「ですが魔剣は、殺害の企みだけを妻に打ち明けた。その方が血を多く吸えると判断したのでしょう」

魔剣士「厄介な呪いね……」

当主「ええ。だからこそ、安易に手放すわけにもいかなかった。売り払われた先で、どんな被害が出るかもわかりません」

当主「本当にありがとうございました」

奥方「今回の御恩は一生忘れません。わたくしたちにできることがあれば、何なりと仰ってください」

勇者「僕たちは多くを望みませんよ。魔剣の使い手に相応しいかどうか、見届けてもらえればそれで十分です」

当主「それだけでよろしいのですか? 叶うなら、魔剣は最初から勇者様にお渡しするつもりでしたが」

勇者「恥を忍んで言うなら、魔剣に打ち勝つだけの神性がなかった時に、魔剣士の剣を都合してもらいたいですね」

奥方「それはもちろんですよ。わたくしを助けるために、剣を折られてしまったんですもの。きっと良い剣をお譲りします」

魔剣士「あたしは魔剣に負けるつもりないけどね」

当主「はは、剛毅なお方だ。……しかし、まず最初は勇者様に試してもらわなければなりません。この剣は、もともと勇者様のものなのです」

勇者「どういうことでしょう?」

当主「血塗りの魔剣は、二代目の勇者が魔王と相打ちを遂げた後、お仲間により届けられたそうです」

魔剣士(勇者の剣……それを知って、あの執事は手に入れようとしたのかしら)

当主「詳しくはわかりませんが、親交があったのでしょう。もしも必要な時が来たら、次代の勇者に渡してほしいと託されたのです」

当主「だが、それからの勇者様は神性が低く、魔剣をお渡しすることができなかった」

魔剣士「女神様に選ばれた勇者でも、神性が高いとは限らないものね……」

奥方「ええ。女神に選ばれる資質は、きっと他の何かがあるのでしょうね」

当主「さて、では勇者様、お試し願えますかな?」

勇者(もし僕が魔剣を使えるようなら、魔剣士は拗ねちゃうかもね……)

当主「指先で、柄にそっと触れてみてください。それだけなら、魔剣の声を聞いても離れられるはずです」

勇者「わかりました」ピト

魔剣『真実を一つ教えよう』ジジ

魔剣士(さっき外で聞いたのと同じ声だわ)

魔剣『お前には魔王を倒す義務がある。なぜなら』

勇者「っ」バッ

当主「駄目でしたか……」

勇者「ええ。すみません、ご期待に添えず」

奥方「では、次は剣士様がお試しになられますか?」

魔剣士「はい、やってみますっ」

魔剣士(うわぁ、どきどきする……神性には自信あるけど、本当に大丈夫かしら)ピトッ

魔剣士「…………」
勇者「…………」

勇者「何ともなさそうだね」

魔剣士「ふ、ふふ…………」

魔剣士「やったっ!」

勇者(ちょっと複雑な気分だけど、こんなに嬉しそうならいいか)

勇者「おめでとう、魔剣士」

    ◇町中

魔剣士「ふふっ、魔剣に選ばれるなんて気分がいいわね♪」

ガヤガヤ

町人1「今、勇者様のお連れ、魔剣って言ったか?」

町人2「なら腰に帯びているのは魔剣なのか……」

勇者「市場でこれだけ注目を浴びたなら、後は大丈夫かな」

魔剣士「そうね。でも一応、もっと騒ぎながら町を出ましょうか」

魔剣士「貴族さんの偏見、なくなってほしいものね」

勇者「立派な魔剣をもらったんだし、これくらいの恩返しはしないとね」

今日はここまで。

お疲れ様
期待してます、どうかエタらないで

――――閑話3

魔剣士「やああっ!」ブォン

人喰鳩「クルック!?」

勇者「また一段と攻撃力が上がったね」

魔剣士「そうね――――こうして振ってみると、魔剣の凄さが良くわかるわよ。これで力を失った状態なんだから、末恐ろしいわね」

勇者「血を吸わせることで威力が増してくっていうのも怖い能力だけど」

魔剣士「名剣だから呪われたのか、呪われたから名剣になれたのか、どっちらかしらね」

勇者「そんな魔剣の呪いを無効にできるくらいだから、魔剣士の神性って本当に高いんだね」

魔剣士「……実はね、最初は聖職者になるよう団長さんには言われたのよ」

魔剣士「神性の高さは回復魔法の効果に直結するし、より上を目指しやすいからって」

勇者「それなのにどうして剣士を選んだの?」

魔剣士「勇者はあたしが後ろから魔法を使う性格だと思う?」

勇者「……だよね。遊びに行く時だって、僕を置いてどんどん先に行っちゃうし」

魔剣士「あたしは待っているだけの女になれないの」

勇者「魔王を倒す旅についてきちゃうくらいだから、それはわかってるよ」

勇者(それにしても、魔剣士が聖職者だったらどうなってたんだろ)

~~~

魔剣士「ひどい怪我……高回復<ハイト・イエル>!」

魔剣士「もう大丈夫? そう、良かった……///」

…………
………
……

魔剣士「勇者、あたしをかばって……解毒<キヨム>!」

魔剣士「無茶、しないでよ……勇者が死んだら、あたし……っ」

~~~

魔剣士「ちょっと勇者?」

勇者「っ!」

魔剣士「何をぼけっとしてるのよ。戦闘が終わった後こそ気を引き締めるものでしょ」

勇者「……そうだね」

魔剣士「まったくもう……あれ? 勇者、腕を怪我したの?」

勇者「え? 本当だ、気がつかなかった」

魔剣士「傷は浅いみたいだけど……念のため回復しましょうか。回復<イエル>」

勇者「…………」

魔剣士「はい、治ったわ。――――ちょっと、なんでじっとあたしを見るの?」

勇者「…………いや、別に」

魔剣士「そ、そう? 変な勇者っ」

勇者(聖職者についた魔剣士も見たかったけど……これはこれで悪くない、かな)

――――閑話4

魔剣士「はあっ」ブン

タートルエッグ「…………」ゴンッ

魔剣士「っぅ……何よこいつ、すっごい堅い!」

勇者「魔剣士、下がって! 雷魔<ビリム>!」

タートルエッグ「!?」

魔剣士「頭を出したっ、今なら……!」ズバッ



勇者「魔剣士が斬れない敵って初めてだね」

魔剣士「敵がどんどん強くなっているものね。あたし、もう一撃じゃ敵を倒せなくなってるわ」

勇者「僕は旅の最初からずっとそうだけど」

魔剣士「前から言ってるけど、勇者は踏み込みが甘いのよ。安全を重視してるのはわかるけど」

勇者「意識はしてみるよ。あまり無茶はしたくないし、どこまでやれるかな」

魔剣士「んー、たぶんね、攻撃魔法を使えちゃうのも原因なのよ」

勇者「どういうこと?」

魔剣士「剣で攻撃はできるけど、一歩引いて魔法を戦いの主体に切り替えることもできる、っていうのが勇者の間合いでしょ?」

勇者「……そう、だね。言われるまで自覚はなかったよ」

魔剣士「悪いことではないのよ。実際、あの亀か卵かよくわからない魔物、魔法じゃなきゃ倒せなかったもの」

魔剣士「でも、だからこそどっちつかずになっているとは思うわ」

勇者「うーん。どうすればいいだろうね」

魔剣士「そうねー。今のままだと器用貧乏ではあるけど」

勇者「…………そう、だよね」

魔剣士「あ、違う、違うわよ? そりゃあ一つに特化した人には敵わないでしょうけど、勇者はどんな魔物相手でも戦えるじゃない?」

魔剣士「上手に戦って、足りないところは仲間と力を合わせることができるのよ」

勇者「うん……」

魔剣士「なんというか……料理でいう隠し味なのよ、勇者はっ!」

勇者「…………隠し味か。勇者って名前のわりに地味な役割だね」

魔剣士「え!? ああ違うの、例えが悪かったわ!」

魔剣士「ええっと……! 舞台とかの主役って、どうしても一つは欠点があったりするじゃない?」

魔剣士「でもだいたい、それを補佐する万能な相棒がいたりするわよね?」

魔剣士「勇者はつまり、そう、名脇役なのよっ!!」

勇者「そうだね……旅の主役は魔剣士に譲るよ……」

魔剣士「え!? あ、うぅ……こんなこと言いたいわけじゃないのにっ」

勇者「…………」ズーン

魔剣士「ゆ、ユウ? 落ち込まないで? あたしはあなたの良さをわかってるから」

勇者「オサナ。僕の良さって何?」

魔剣士(こ、これ以上の墓穴は掘れない……っ)

魔剣士「ユウ、あたしの手を握って」

勇者「うん」ギュ

魔剣士「ユウはこうやって、あたしの手を引いて世界に連れ出してくれた。あたしは今、毎日が楽しいのよ?」

魔剣士「まだ旅を始めたばかりだもの、うまくいかないことはたくさんあるわ。それでもあたしは、ユウと一緒に乗り越えたいと思う」

魔剣士「勇者は魔王を倒せるから勇者なの? ……そんなわけないわ」

魔剣士「その背中を追いかけたい、多くの人にそう思わせられるから勇者なのよ」

魔剣士「自信を持って。あたしは誰よりも、勇者の力を信じてるから」

勇者「…………ありがと、オサナ」

魔剣士「ううん、いいの」

勇者(落ち込んだのはちょっとしたお遊びなんだけど、こんな熱心に励まされたんじゃ、立ち止まってはいられないかな)

勇者「僕からも一つ。勇者が前に向かって歩けるのは、隣にいてくれる人がいるからだよ」

魔剣士「……それってあたしのこと?」

勇者「どうだろうね。そうだったらいいなと、僕は思ってる」

――――魔女からの手紙

魔剣士「ねえ勇者、あたし不思議に思ったことがあるの」

勇者「町の人の懐から見えてる紙のこと?」

魔剣士「そうそう。皆が同じものを持ってるみたいなのよ」

勇者「何だろうね。ちょっと聞いてみる?」

魔剣士「うん。気になってしょうがないもの」

町人「……」スタスタ

魔剣士「すみません、ちょっといい?」

町人「旅人さんか。なんだい?」

魔剣士「皆が持ってるみたいなんだけど、その紙ってなんなの?」

町人「これは……」

魔剣士「当たり障りなければ、見せてほしいのよ」

町人「だ、駄目だ駄目だ! 他人には見せられないっ」

魔剣士「いえ、無理にとは言わないわよ? 大事なものならいいの」

町人「こんなものが大事なわけあるか!」

勇者「大事なものじゃないけど、皆が後生大事に持ち歩いてるってこと?」

町人「仕方ないだろ……そうしないと、魔女にどんな呪いをかけられるか」

勇者「魔女?」

町人「あんたらは知らないだろうが、この町には魔女が住んでるんだよ」

町人「まじない師をやってた母親は死んだが、一人娘は魔女として暮らしてるんだ」

魔剣士「その魔女と手紙に何の関係があるの?」

町人「これは魔女からの不幸の手紙なんだよっ。……持ち歩かないと不幸になるって言うから、皆しぶしぶ持ち歩いてるんだ」

魔剣士「へーえ。皆して魔女の力を信じてるのね」

町人「当たり前だ。まじない師をやってた母親は、人を呪って生計を立ててたんだぞ。娘の魔女だって人を呪えるに決まってる」

勇者「町の人全員に不幸の手紙を配るあたり、しょぼいのかだいそれてるのかが微妙なとこかな」

魔剣士「ちょっと会ってみたくなるわよね。話を聞いてみて、大した理由がないなら止めるよう説得してみる?」

勇者「そうだね。皆が困ってるのを見過ごすわけにはいかないし」

町人「あー……いや、あんたらは何もしない方がいいぞ」

魔剣士「どうしてよ?」

町人「魔女は明日処刑されるんだよ。だから余計なことはしないでくれ」

町人「魔女さえいなくなれば、不幸の手紙も力をなくすだろ。そうすれば全部解決だ」

勇者「……穏やかじゃないね。やったことの罪と与えられる罰が釣り合ってない」

魔剣士「不幸の手紙を配ったくらいで命を奪うのは、ね」

町人「そうじゃねえよ。町の誰もそこまで非道じゃない」

町人「魔女が処刑されるのは、人を殺したからだ」

町人「自分と仲良くしてくれた唯一の女をだぞ。そんな魔女を、誰が許せるっていうんだ」

    ◇夜

魔剣士「はあ……」

勇者「元気出してよ。……気の滅入る話ではあったけどさ」

魔剣士「わかってるわよ。でもすぐには割り切れないの。明日には元通りになるから、今日だけは許して」

勇者「許すとか許さないとか、そういう話じゃないよ。魔剣士の落ち込んだ顔は見たくないだけ」

魔剣士「……今日の笑顔は品切れなの。また明日にでも見に来てくれる?」

勇者「それはいいね。朝早くから店に並ぶよ」

勇者「…………明日、朝すぐに町を出ようか」

魔剣士「そう、ね」

勇者(魔女の処刑は明日の一〇時、か。人を殺したんじゃ、死罪は免れない。処刑は妥当なんだけど……)

勇者(人が死ぬって話を受け入れられるほど、僕らはまだ大人じゃない)

勇者「窓、ちょっと開けようか。空気を入れ換えれば気も紛れるよ」

魔剣士「お願い」

勇者「わかった」ガラガラ

勇者「――――こんな時でも月は綺麗だね」

魔剣士「……あなたが見てるから、月は綺麗でいられるのよ」

勇者「はは、そうかもね」

勇者「…………あれ」

?「…………」タッタッタ

勇者「魔剣士ごめん、気の滅入ることを聞くよ」

魔剣士「何?」

勇者「魔女は東の大陸から来た移民の血筋で、南の大陸にはいない黒色の髪なんだよね」

魔剣士「そう聞いたわね。それがどうかしたの?」

勇者「今、窓の外を走っていった」

魔剣士「どういうこと?」

勇者「脱走、とか?」

勇者・魔剣士「…………」

勇者「追いかけてくる。魔剣士は休んでて」

魔剣士「あたしも行くわよ。変なこと言わないで」

勇者「今は何もしたくない気分じゃないの?」

魔剣士「できることをやらなきゃ、あたしはいつか後悔するわ」

魔剣士「だから行く。止めないで」

勇者「止めないよ。魔剣士と一緒なら心強いからね」

    ◇路地裏

魔女「この区画に住んでいる誰なのかしらね?」

魔女「……今日は星の多い日だこと。明日はわたしが死ぬ日なのに、こんなにも輝いてる」

魔女「さっさと落ちてきなさいね? あの子が浮かべる場所もないじゃない」

魔女(はあ。イヤになるなあ。誰かが追いかけてきてる。わたしは何一つ上手にできないみたい)

魔女「早く出ていらっしゃいな? わたしに用事があるならね?」

勇者「……一応、こっそり後を追っていたつもりのに」

魔女「これでも忌まわしき魔女よ? 他人の魔力には敏感なの」

魔剣士「待って。あたしたち、できれば何もしたくないの。逃げるのを見過ごすことはできないけど、牢屋に戻ってくれるなら攻撃はしないから」

魔女(相手は二人、どちらも剣を持っている。魔力も感じられるし、距離を取れば安全ってこともなさそう)

魔女「素直に戻らなかったら、わたしはどうなっちゃうかしら?」クスクス

勇者「できるだけ怪我はさせたくないけど、剣を抜くことになる」

魔女「勇ましいことね? 溜息が出ちゃうくらい」

魔女「……わたしはやらなきゃいけないことがあるの。大事なことよ? 明日は素直に殺されてあげるから、見なかったことにできなくて?」

魔剣士「そういうわけにはいかないわよ」

魔女「そうよねぇ? 困っちゃうな?」

魔女「――――だから仕方ないものね? 上手によけてみせて?」

勇者「!?」

魔女「氷魔<シャーリ>」

勇者(僕と魔剣士の足下をっ……というか、これが氷魔<シャーリ>だって!?)

魔剣士「ゆ、勇者ごめん! 足を固められた!」

魔剣士(勇者の時と同じ感覚で避けようとしたら……何よこれ、魔法の規模が違いすぎる!)

魔女「あとはそこの僕だけね? 逃げないと、今夜は野宿になっちゃうかしら?」

魔女「痺れなさい、雷魔<ビリム>」

勇者「っ! しゃ、氷魔<シャーリ>!」

魔女(氷で壁を作って……?)

勇者「くっ」

勇者(ちょっと感電したけど……直撃しなかったぶん、動ける!)

魔女「あ~あ、失敗しちゃったかな? 今夜は戻るから、もう剣を向けないでくれる?」

勇者「……そっちが優勢だったはずだけど。諦めるのが早くないかな」

魔女「もう魔法一回分の魔力しか残ってないの。我ながらうんざりしちゃう」

勇者「まだ魔法を二回しか使ってないのに?」

魔女「一つの魔法に魔力を込めすぎてしまうのよね? わたしは不器用なお姉さんなのよ?」

魔剣士「こ、のっ」バキバキ

魔女「……わたしの氷、そう簡単に砕けないはずなんだけどなあ? 雷は氷の壁で防がれちゃうし。今夜の相手は悪かったみたいね?」

勇者「本気で魔法を使われたら、危なかったのはこっちだよ」

勇者「直撃を避けようとしなければ、油断した僕たちを制圧できたんじゃないかな」

魔女「あら、慰めてくれるの? それとも口説いているのかしら?」

勇者「それは戦闘を続けたいってこと?」チャキ

魔女「ちょっとした軽口よ? ふふ、ウブなことね」

魔剣士「このっ、このっ」バキバキ

魔女「……わたしは逃げないから、恋人を助けてあげたら?」

勇者「魔剣士はそういうんじゃないよ」

魔女「若いのね? でもわたしの人を見る目は確かよ、心を偽っても見透かしてしまうの」

勇者「僕も人を見る目はあるつもりだよ」

勇者「少なくとも、あなたが悪人に見えないくらいには」

魔女「…………ふふ、それはとんだ節穴ね? 心の闇が見えていないのよ?」

魔剣士「やっと出られた……足が冷えちゃったわよ、もう」

魔女「ごめんなさいね? あとで恋人に暖めてもらって?」

魔剣士「ゆ、勇者はそういう相手じゃないわよっ」

魔女「ふふ、あなたたちって面白い。こんな単純な子に負けちゃうなんて、魔女も大したことないのねえ?」

魔剣士「……魔女はどうして親友を殺したの?」

魔剣士「そんな人には思えないわ」

魔女「恋人と同じことを言うのね? 聞いてると熱くなってきちゃう」

魔剣士「あたしは真面目な話をしているのよ?」

魔女「そうねー……でも話して何か得があるかな?」

魔剣士「勇者が手を貸してくれるかもしれない、それは魅力的でしょ?」

魔女「勇者……? へえ、話には聞いていたけど、こんなにかわいらしい男の子なのね?」

魔剣士(むむっ)

勇者「事情を話すつもりはあるの? 口をつぐむなら、僕らは宿に帰るよ」

魔女「話すのはいいのよ? でも聞いたなら、嫌がろうと協力してもらわなきゃ」

勇者「……それでいいよ。だから話してほしい」

魔女「話が早いのね? あなたの人の良さは、誰が食い荒らすのかしら?」

魔剣士「あなた、あたしたちを味方につけるつもりあるの?」

魔女「あら、ごめんなさいね? わたしってば人を傷つけながらしか話せないのよ?」

魔女「――――だからかしらね? 誤解を重ねて投獄されて、友達の仇さえ討てやしない」

魔剣士「どういうこと?」

魔女「あの子は人間に化けた魔物に殺されてしまったの。復讐しようにも、どこに魔物が潜んでいるかわからないのよね?」

魔女「だから小細工をして、魔物を見つけようとしていたの。でも途中で、家に隠していたあの子の死体を自警団に見つけられちゃって」

勇者「それで捕まり、あわや処刑か。どうして家に隠したの?」

魔女「……わたしの感傷かしら? 可愛い子だったのに、魔物は顔や体を容赦なく傷つけていたの。あんな姿、誰にも見せたくなくって」

勇者「そ、っか」

魔剣士「魔物を見つける小細工って、不幸の手紙のことよね?」

魔女「大正解。あれには仕掛けがあってね? 魔性に反応すると燃えるように魔力を込めてあるの」

勇者「なるほどね。持ち歩かないと不幸になる手紙なのに、燃えてしまっては持ち歩けない」

魔女「だから手紙を偽造するでしょうけど、わたしの魔力までは真似できない。わたしの作った手紙を持たなければ魔物ってことね?」

魔女「あとはこの区画を探せば終わりだったのよ? あなたたちに邪魔されちゃって、失敗したのだけど、ね?」

魔剣士「う……ごめんなさい」

魔女「あらやだ、謝らないで? 今晩のうちに見つけられるかは賭けだったの。偶然がなきゃ見つけられないし」

魔剣士「……言外に謝れって言われた気がしたのだけど」

魔女「あらそうだった? 言葉の意味を深くとらえる人って大変ね?」

勇者「魔剣士をからかわないでほしいな。後でご機嫌を取るのは僕なんだから」

魔女「ふふ、いいじゃない。いちゃつく理由は多い方が良くてよ?」

勇者「そんな風にからかうなら、魔物を見つける作戦はいらないってことだよね?」

魔女「――――へえ? 面白いことを言うのね? これまでの話で効果的な作戦が思いつくほど、勇者くんはずる賢いんだ?」

勇者「わりとありきたりな作戦だよ。あまり期待すると肩すかしかもね」

魔剣士「どんな作戦なの?」

勇者「不幸の手紙を捨てたら本当に不幸になるのか、試してみたいと思わない?」

    ◇朝

魔剣士「勇者は魔女の話を信じるのよね?」

勇者「魔剣士は疑ってる?」

魔剣士「いいえ。あたしの直感は魔女を信じろと言ってるもの」

勇者「なら僕は、魔剣士の直感を信じるよ」

魔剣士「ありがと」

勇者「ふっ、くぁぁ……徹夜ってするものじゃないな」

魔剣士「大丈夫? もう魔法は作り終わったのよね? 休むなら後で起こすわよ」

勇者「んー、大丈夫。僕は広場に魔法を敷くまでが役割だし」

魔剣士「ええ、その後は任せて。あたしがきっちり魔物を退治してあげるわ」

勇者「僕も補佐くらいするよ。魔剣士ばかり危険な目に会わせたくないしね」

魔剣士「もう、そこまで気遣ってくれなくてもいいのに」

勇者「そういうわけにもいかないよ。勇者は追いかけたいと思わせる人じゃなきゃいけないんでしょ?」

勇者「だから誰よりも前に立って歩かなきゃね」

    ◇処刑場

魔女(あの二人、うまくやってくれてるかしら)

魔女(……おかしいのね、この魔女ってば。会ったばかりの人間を信用してる)

魔女「くすっ」

  中年男「ひっ、魔女が笑ったぞ」

魔女(わたしは笑うことさえ許されないのね。仮面でもつけて生きるのがお似合いかな)

魔女(……なーんて。贅沢は言わない。仮面をつけたまま、ここで死んでもいいの。どうせつまらない命だものね)

魔女(あの子の仇さえ討てれば、それでいい)

魔女(――――でもそうね。ここを生きのびることができたら、わたしは何をすればいいのかな)

処刑人「魔女を処刑台の前へ」

魔女(ふふ。そろそろ仕事を始めないとね)

処刑人「これより! 殺人の罪科により異端の魔女を処刑する!」

処刑人「その咎は雪ぐことができず、奪われた命は帰らない。よって極刑は正当な処罰であるっ」

魔女「…………ふふ。あははっ!」

処刑人「黙れ! 喋る権利は与えていない!」

魔女「死体を見んと集まった無学無能な者共め! どこにも辿りつけないお前たちに、この魔女が特別な呪いを与えてやる!」

魔女「呪われた魔女からの手紙を胸で暖め続けるがいい! 不幸はすぐさま、愚者の元へと降りるだろう!」

勇者「それってつまり、持っていると不幸になるってことかー!」

魔剣士「きゃあ大変! 早く捨ててしまわないとー!」

勇者(魔剣士、演技がでたらめにヘタなんだね)

町人「ひ、ひぃ! こんなものっ」ポイ

町娘「汚らわしい! やっぱり持ち歩くんじゃなかったっ」ポイ

町人?「…………」ポイ

カキンッ

    ◇昨晩

勇者「本物の手紙には魔女さんの魔力がこめられてるんだよね? なら、魔女さんの魔力にだけ反応しない魔法を作ればいいんだよ」

勇者「魔物が持っていれば、多少なりとも魔力を帯びる。魔物の偽造した手紙にだけ魔法は反応するはずだよ」

魔女「……呆れた。理屈ではそうよね。でもそんな魔法を誰が用意するの? わたしは手紙に仕込んだ罠魔法でさえ一週間はかけてるのよ?」

勇者「不幸の手紙の魔法さえ教えてくれれば、あとは僕が作るよ」

魔剣士「勇者ってそういう頭を使う仕事が得意だものね」

勇者「自慢はしづらいけどね。……というわけなので、雛形さえあれば朝までには終わらせてみせる。どうだろう、賭けてみてはくれないかな」

魔女「そうねえ? 完成しなかった場合は?」

勇者「牢獄まで迎えに行くよ。脱獄を手伝う」

魔剣士「あまり勇者は出ない方がいいと思うわよ? あたしが行くわ」

勇者「それでも僕が行くよ。力の及ばなかった自分が悪いんだしね」

魔女「……手伝いまではしなくていいのよ? 間に合わなかったと教えてくれれば、あとは自分で抜け出せるもの」

魔女「ほら、今日だってあっさりと脱走してみせたのよ?」

勇者「あの、一応頑張るので、間に合った時の話をしていいかな?」

魔女「うふふ、どうぞ?」

勇者「魔女さんには処刑の直前で、不幸の手紙を持っていたら大変だって騒いで欲しいんだ。それを僕と魔剣士で焚きつければ……」

魔剣士「なるほどね。人間に化けてる魔物も、手紙を捨てなきゃいけなくなるわ」

勇者「捨てた途端、逃げられないように足は凍らせちゃうけどね」

    ◇処刑場

町人?「っ!?」カチコチ

勇者「魔剣士、左に七歩!」

魔剣士「はあぁ!」ブォン

町人?「くっ!」ガシッ

魔剣士「あたしの魔剣を易々と受け止めるのね。凄いじゃない、その熊のような右手?」

少年「う、うわあ! 魔物がいる!」

無職「ばか押すんじゃねえ! 俺に何かあったらどうする!?」

町人?「くそ……お前たち、魔女の手先か!」

勇者「言葉が悪いね。僕らは魔女さんの仲間だよ」

魔剣士「勇者と魔女の一行、なんてどうかしら?」ググッ

町人?「勇者……貴様のせいで……!」

魔物「ならば隠れるのはヤメだ! 今ここで人間を皆殺しにしてやる!」

魔剣士「させるわけ、ないでしょうが!」ブンッ

魔物「食らうかっ」バシッ

勇者「魔剣士は下がって! 氷魔<シャーリ>!」

魔物「魔法っ……この程度!」グッ

魔物「くくっ、弱いなあ勇者! 大きなつららを作ることしかできないか!」

勇者「――――魔女さん。仇を討つのは任せるよ」

魔女「ありがとう勇者くん。お礼は後でたっぷりと、ね?」

魔物「なっ! お前は最初から……っ」

勇者「早く足下の氷を壊したら? もう間に合わないだろうけど」

魔女「わたしの魔力全てを注いであげる。……高雷魔<エクス・ビリム>!」

魔物(つららを目印に雷が……!)

魔物「ぎ、ああぁぁ!」

魔剣士「魔女の魔法って凄い威力なのね……雷で焼け焦げて、ずっと煙が出てる」

勇者「……いや、おかしいよ。煙の量がどんどん増えてる。魔剣士、あまり近づかないで」

魔女「勇者くーん? どうかしたのー?」

モクモク……ブワッ

魔剣士「きゃっ」

勇者「うわ!」

魔剣士「何よ今の……すっごい風」

勇者「代わりに煙は収まったけど……。――――? ……魔剣士、ちょっとこっちを見ないで」

魔剣士「なんでよ?」

勇者(人間、だよね。これ)

勇者「……動物が魔物に変わるなら、人間が魔物になってもおかしくない、か」

魔剣士「どうしたのよ、ぶつぶつ言って。もうそっち見てもいい?」

勇者「見てもいいけど、覚悟はしておいて。今の魔物の正体は、できれば知らない方がいい」

    ◇半月前 魔女の家

魔女「トモ……? どうしたの、何があったの!?」

友「はは、魔女ちゃんが焦ってるー……いつもの冗談は、どうしたの?」

魔女「こんな時に何を言ってるのよ! ひどい怪我……すぐ教会に連れて行くからっ」

友「お願い、待って。聞いて。わたしね、魔物に襲われちゃったんだよ……?」

魔女「魔物? あなた、こんな夜中に一人で町の外に出たの?」

友「違うよー……男の人にね、道を聞かれて……教えてたら、毛むくじゃらの腕で、ぐさーって」

魔女「人間に化けた魔物、ね。安心して、わたしがこらしめてくる」

友「魔女ちゃんに任せたら安心だねー。……ゲホッ」

魔女「トモ! 駄目よ、しっかりして!」

友「はは……もう無理、かなあ。眠くなってきちゃった」

魔女「駄目よ、ダメっ。わたしを一人にしないでよぉ!」

魔女(せめて回復<イエル>だけでも使えたら……どうしてわたし、攻撃魔法しか使えないのっ!)

友「――――ねえ魔女ちゃん」

魔女「な、なあに、トモ?」

友「また今度、川に星の石、浮かべに行こうね?」

魔女「……ええ。必ず行きましょうよ。空にもっと星を浮かべたいものね?」

友「楽しみ、だなあ」

友「    」

魔女「トモ……」

    ◇壁外 門前

魔女「あら二人とも、わたしに挨拶もせず行ってしまうの?」

魔女「寂しくて、涙をこぼした手紙を送りつけたくなっちゃいそう」

勇者「友達の供養に忙しいでしょ。別れの挨拶に行ったら、僕らを優先させなきゃいけなくなるし」

魔剣士「大切な友達なんでしょ? お邪魔することはできないわよ」

魔女「あなたたちって本当に甘ちゃんなのね?」

魔女「魔女はこの町で忌まれる存在よ? あの子の家に行ったら、あの子が死んじゃったことの責任を取らされちゃうもの」

魔剣士「どうしてよ。だって魔女は悪くないわ、全て魔物が原因なのに」

魔女「正しさが人の心に届くとは限らないのよ? 歪んでしまった心はね、同じように歪んでいるものしか入らないの」

勇者「だとしても、いつかは届くことを信じて前を向くしかないんじゃないかな」

魔女「わたしはそんなに気が長くないの。気持ちが届く前に、この町のことを大っ嫌いになっちゃうでしょうね?」

魔女「…………でもいいの。あの子に伝えなきゃいけないことは、もう伝えてきたから」

勇者「そっか。なら良かったよ」

魔剣士「それじゃあお別れの挨拶だけしちゃいましょうか」

魔女「ふふ? あなたたちってとんだ自信家なのね?」

魔剣士「どういうことよ?」

魔女「ここにひとりぼっちの魔女がいるのよ? 仲間になろうと手を差し伸べて、ついてこいと引きずっていくのは簡単じゃなくて?」

勇者「僕がすごく悪逆非道な存在にされてる……」

魔剣士「冗談を真に受けてどうするのよ?」

勇者「……わかってるよ、それくらい」

勇者「それより魔女さんこそわかってる? 勇者は魔王を倒して無事に帰ったことがないんだよ?」

魔女「そうなのよね? わたしもまだ死にたくはないし、いざとなったら逃げちゃおうかしら?」

魔剣士「処刑されるとわかっていて牢屋に戻った人の言葉じゃないわね」

魔女「細かいことはおいおい話し合いましょ? それで勇者くん、どうかなあ?」

勇者「仲間になってくれたら心強いけど……いいの?」

魔女「そんなこと言っておいて、わたしが仲間だって言ったのは勇者くんなのよ? それとも撤回する?」

勇者「――――よろしく魔女さん。魔王討伐の旅へようこそ」

魔女(川に流したあの子への手紙は、きちんと星の海まで届いてくれるかしら)

魔女(ふふ、届くと思うのよね。どうしてだろ。わたしって理想主義者じゃないのになあ)

魔女(……トモ。やっぱりわたし、あの町には居場所がないみたい)

魔女(だから、居場所を見つけるために町を出てみようと思うの)

魔女「わたしだけの星の海を探しに、ね」

魔剣士「ねえ勇者、魔女が急に可愛らしいこと言い出したわよ?」

勇者「そういう年頃なんじゃないかな?」

魔女「もう、勇者くんも魔剣士ちゃんもひどいなあ? 二人の初恋が実らないよう、呪いをかけちゃうんだからね?」

いったんここまで。

>>60-64
ありがとうございます
楽しんでいただけたら幸いです
12月下旬頃には終わる予定のため、よろしければおつきあいください

すごく王道な感じでいいね
期待


――――言葉責め(物理)

魔剣士「魔女って普段の戦闘はどうするの?」

魔女「あら、戦うか戦わないかを選んでいいのね?」

魔剣士「違うわよ、ちゃんと戦って。……そうじゃなくて、魔法はあまり使えないのよね?」

魔女「そうねえ。気にせず魔法を使うと、三回くらいしか詠唱できないのよ? われながら不便なことね?」

勇者「魔力を込めすぎなければ大丈夫じゃないかな」

魔女「それができたら苦労しないのよ? わたしってば魔力の制御がとーっても苦手なのよねえ」

魔剣士「魔法を使うのがとーっても苦手なのはわかってるのよ。じゃなくて、普段はどうやって戦うのか教えてほしいの」

勇者「うーん、杖で殴るとか?」

魔女「任せて? わたしね、トゲネコと互角の勝負ができる女なのよ?」

勇者「……殴るのはダメそうだね。反撃で負けちゃいそう」

魔女「ふふ、でも殴るなんて野蛮なことは好きじゃないな? わたしは自分に見合った戦い方をするのよ?」

魔剣士「どんなよ」

魔女「あそこにカミカミカマキリがいるでしょ? 試しにあの子たちを攻撃してあげる」


魔剣士「構わないけど、けっこう強いわよカミカミカミャキリ」

魔剣士「っ///」

魔女「たぶん大丈夫、かわいらしいものカミカミカミャキリ」

勇者「あまり近づきたくはないけどね、カミカミカミャキリ」

魔剣士「ゆ、勇者まであたしのことバカにしてっ」

魔女「……その貧弱な手足など折れてしまえばいいのよ」ボッ

カミカミカマキリA「ィーッ」グサッ

魔女「……気持ち悪い顔。近寄りたくもない」ボッ

カミカミカマキリB「ャンッ」グサッ

魔女「……だいたい名前が言いにくいの、このカミカミカミャキリ」ボッ

カミカミカミャキリC「ェーン」グサッ

魔女「こんなものかしらねー。どうどう? 勇者くん、魔剣士ちゃん。わたしの言霊ってこういうことができるの」

勇者「傍目に見ていても、何がどう攻撃に繋がったのかがよくわからないよ」

魔剣士「そうね、どうして倒れたの? ……カミカミカマキリっ! は」


魔剣士(ほら、ちゃんと言えたでしょ? 誉めてもいいわよ勇者?)

勇者(また噛むまでそっとしておこう)

勇者「魔法の一種ってことでいいのかな」

魔女「魔法ではないの。わたしの母がまじない師だってことは聞いた?」

魔剣士「…………ええ」グスン

魔女「母の血を引くわたしはね、罵倒や侮蔑を言霊にして、それを魔法みたいに使うことに成功したのよ? ふふっ、わたしってば凄いなあ」

勇者「本当に凄いんだけど、魔女さんの言い方じゃ凄さが薄れるよ」

魔女「あら、誉めてくれていいのに。わたしって誉められると成長する子なのよ?」

勇者(成長、って言いながら背中を反らせて大きな胸を主張させるのはわざとなのかな)

魔剣士(むむっ)

魔剣士「ゆ、勇者。あたしも誉められると伸びる子よ?」

勇者「張り合うのはいいけど、どっちのことも誉めないからね」

魔女「あら残念ね?」


勇者「話を戻すけど、その言霊って威力は調整できるの?」

魔女「もちろん。例えば、そうね……」

人喰鳩「クルック?」

魔女「……あなたのような間抜けな顔した小動物が人間を餌にしようなど一〇〇年早いのよ、家畜の餌にもならないし、今すぐ地に落ちて灰になってしまえばいいのに」ボボッ

人喰鳩「!?」グサグサッ

魔女「どう? 言葉を長くして、思いを込めるだけで言霊の威力は増すの。だから余裕があったら強い言霊で攻撃しようかな」

魔剣士「言霊なら魔力はそんなに使わないの?」

魔女「ええ。具体的には試したことないけど、たぶん三桁ならいけるかなあ?」

勇者「そっか。なら頼りにしてるよ」

勇者「……あまり近くで聞きたくはないけど」

魔女「うーん、反応悪いのね。やっぱり魔剣士ちゃんのカミカミカミャキリに持ってかれちゃったかなあ?」

魔剣士「それはもう忘れなさいよっ」


――――閑話5

魔女「魔っ剣っ士ちゃーん?」

魔剣士「何よ猫なで声出して。あたしに何か用事?」

魔女「わたしってずっと気になってたんだけどね? 魔剣士ちゃんって勇者くんと恋人みたいな関係なの?」

魔剣士「そ、そんなわけないじゃないっ」

魔女「へえ? ならお互いに片思い中なのね?」

魔剣士「そういうんでもないの!」

魔女「ふーん、否定するのね? なら今度は勇者くんに聞こうかしら?」

魔剣士「や、やめてっ」

魔女「あらどうして?」

魔剣士「そんな気ないって言われたら立ち直れないし……そうだよなんて言われちゃったら、勇者の顔を見れなくなっちゃう……」

魔剣士「ううん、それならまだいいわっ。もしかしたら、恥ずかしくて勇者と一緒に旅することさえできなくなるかも……」

魔女「魔剣士ちゃんってかわいいのね? ふふ、からかいたくなっちゃうな?」

魔剣士「あたしからかわれるのは苦手なの……絶対にやめてくれる?」

魔女「なら代わりに、勇者くんとのことを色々と教えてくれる?」


    ◇町中

町人「ここいらの魔物は元々虫だったのが多いんだよ。よっぽど大きいやつでも出なきゃ、魔物で困ることはないんじゃねえかな」

勇者「そうですか。ありがとうございます」

町人「いいってことよ。勇者様に情報を渡すのも平民の義務さ。……にしても、あんたちっとも勇者らしくねえのな」

勇者「そうですか?」

町人「俺みてえな口の悪い町人にも腰が低いしな。もっと偉ぶって町中の女をかっさらったりしねえのかい?」

勇者「国外追放されかねないですね、それ」

町人「はははっ、んな謙虚なこと言っておいて、仲間はみんな美人な女を揃えてんだろ?」

勇者「…………はは、まさか」

町人「ん? どうしたい勇者様、顔色が優れねえぜ」

勇者(次は男の人を仲間に加えよう)


    ◇宿

勇者(この町は平和みたいだし、明日はすぐ出発できるかな)

勇者(それまではしっかり休んでおかないと)

勇者「…………ん?」

  魔女「まずねー、魔剣士ちゃんは宿でくらい剣を手放さないとね?」

  魔剣士「ふむふむ」

  魔女「あとはそうね、もうちょっとだらけた服装にしましょ?」

  魔剣士「えー? それは幻滅されそうじゃない?」

  魔女「そうじゃないの、自分の前でだけ油断した姿を見せてくれるのが胸にぐっとくるのよ?」

  魔女「だからほら、そんなにかっちりした服は脱ぎましょ? せめて肩を出したり、ひらひらしてて女性的な服で誘惑するの」

  魔剣士「でもあたし、そういうの家にしかないわ」

  魔女「ダメよ魔剣士ちゃん? 女の子なんだから、いつだって勝負できるようにしとかなきゃ」

  魔剣士「そう……そうよね! 明日市場に買いに行くわ!」


  魔女「なら今夜はわたしの服を貸しましょうか?」

  魔剣士「……わざと言ってるのよね? 魔女の服があたしの体に合うわけないじゃない」

  魔女「だぼっとするでしょうけど、普段との違いは男性を意識させると思うのよ?」

  魔剣士「…………借りるわ。ありがと」

  魔女「どういたしまして?」



勇者「聞かなかったことにしよう」

勇者(でも魔剣士が扇情的な格好をするのはイヤだな)

勇者(後でそこだけは口を出そう)

勇者「というか、魔女さんはわかってるなら露出の少ない服を着てほしいんだけど」


――――不死の落日

魔剣士「死体が盗まれる?」

勇者「そうみたい。王族の墓荒らしなら金品が目当てだろうけど、小さな村の墓を荒らすなら何が目的だろうね」

魔剣士「そうねー……」

魔女「まじない師の娘としては骨が思い浮かぶかなあ?」

魔剣士「どうして骨?」

魔女「雰囲気作りの小道具としても使えるでしょ? それに、死体の中で一番長く保存できるのは骨だもの」

魔女「骨は魔術的にそれなりの価値があるのよ? だいたいは動物の骨を使うけどね?」

勇者「でもそれなら、古い死体を優先して狙うんじゃないかな。最近埋められた死体ほど盗まれるそうだよ」


魔剣士「考えてるだけじゃわからないわね。勇者はどうしたいの?」

勇者「大切な人の死体を盗まれたんじゃ、遺族が浮かばれないよ。よっぽどの理由がなきゃ何とかしたいね」

魔女「ふふ、勇者くんってば正義漢だものね? ならわたしも協力しましょうか」

魔剣士「それじゃ決まりね。……でも死体を盗んだ人はどうやって探すの?」

魔女「墓荒らしは頻繁に行われるのかしら?」

勇者「月に一度あるかどうかだって。小さな村だし、最近は人が死んでないから、しばらくは鳴りを潜めてるってさ」

魔女「うーん、ずっとお墓で待っているわけにはいかないものね。一ヶ月も待っていたら魔王が拗ねちゃうし?」

勇者「そうだね。だから待たずにこっちから行こうと思う」

勇者「この村の西にある森は、手つかずで道さえ作っていないらしいよ」

勇者「魔物が群生しているみたいでね。誰かが潜んでいるならそこが怪しいみたい」

勇者「そこまで広い森じゃないようだから、二日あれば一通り探索できるそうだよ」

魔剣士「了解。それじゃ準備をしましょうか」


    ◇森

岩石グモ「シャーッ」

魔剣士「でか……何このクモ」

魔女「気持ち悪い……もう帰っちゃダメかしら」

勇者「この大きさの魔物がうじゃうじゃいるようだと、探索はちょっと危険かな……」

魔剣士「ああもう、鳥肌が立つ! 早く倒しちゃいましょうよっ」

勇者「そうだね。魔女さんは戦えそう?」

魔女「それくらいはね? あまり見たくはないから、早く倒してくれると助かっちゃうな?」

勇者「頑張ってみるよ。それじゃあ行こうか!」

………
……


?「あれは……」

?「ああっ! やっと帰ってきてくれたんですね!」


勇者「僕は今後、クモを見つけたらすぐに逃げようと思う」

魔剣士「そうね。もうこりごりだわ」

魔女「わたし帰ってもいい?」

勇者「すごく困る。あのクモ、むやみやたらに仲間を呼ぶみたいだし。魔剣士と二人じゃもっとてこずると思う」

魔剣士「そんなに強くないのが幸いよね……でも集団で襲ってこられると本気で気持ち悪いわ」

魔女「口から吐く糸も問題よ? 臭いしべたつくし服の色が落ちるし……死ねばいいのに」ボッ

勇者「ちょっと魔女さん、言霊できてる」

魔女「あらごめんなさいね?」

魔剣士「はあ……でも文句ばかり並べてられないわよね」

魔剣士「幸い、向こうから近づいてくれたみたいだし」

魔女「あらあら?」

魔剣士「出てきなさいよ。木陰に隠れてるのはわかってるんだから」

?「…………」

勇者(年の頃は僕らと同じくらいか。でも様子がおかしい……なんだ?)


?「ゆ――――」

魔女「ゆ?」

?「――――勇者さまっ!」ダキッ

勇者「うわっ」

?「ぐすっ、ひっく。勇者さま、ずっとお待ちしてました……っ」

勇者(あれ? この子……)

勇者「ちょっと待って。僕は君のこと知らないよ」

勇者「……魔剣士! 本当だから! その疑いの目は止めてよ!」

魔剣士「何よユウってば。あんな簡単に抱きつかれちゃって。魔物だったらどうするわけ。だいたいあれくらい避けられるじゃない」

魔女「魔剣士ちゃん、ちょっと落ち着いて? 村に戻ってからこってりとお説教すればいいじゃない?」

勇者「僕の死期が早まってる……ねえ君、僕をよく見てごらんよ。君の知っている人じゃないはずだから」

?「何を言うんです? 勇者さまは勇者さま……」

?「…………」

?「あなた誰ですっ?」バッ

勇者「やっと離れてくれた……だから人違いだって言ったじゃないか」


?「ご、ごめんなさい。勇者さまだと思って、つい」

魔剣士(……? 勇者で合ってるけど、何かおかしいわね)

勇者「いや、勘違いしちゃったのはいいんだ。……ところで君、その体はどうしたの?」

魔女「あら、何かあったの?」

勇者「体が腐ってる。手と首が黒や焦げ茶に変色してるし、重度の壊疽(えそ)だと思う」

勇者「服で隠れてる部分もひどいはずだよ。死んでいてもおかしくない」

?「はは……そうですね。でもボクは大丈夫なんです」

?「不死化の魔法を使っちゃったので」

魔女「不死化、ね? 伝承でしか聞かないような魔法、使えるとは驚いちゃうな?」


魔剣士「……そんな魔法を使ったの?」

魔剣士「あなたのその服、教会に仕える修道女のものでしょ?」

修道女「はい。あ、でもでも、ただの修道女じゃありませんよ? ボクは勇者さまと一緒に旅して、魔王を倒したんですからっ」

勇者「!」

魔剣士「? それってどういう……」

魔女「魔剣士ちゃん、ちょっと」コソッ

魔剣士「何よ」コソッ

魔女「勇者くんはきづいたようだけど……あの子の言ってることはたぶん本当よ?」

魔剣士「だからどういうことなのよ」

魔女「……勇者くんの先代、七代目の勇者さんは、修道女さんと二人きりで旅をしていたそうよ?」

魔女「だから」

勇者「……君が有名な、勇者と一緒に旅をした修道女なんだね?」

修道女「有名だなんてやですよー。有名なのは勇者さまで、ボクはそんなに凄い人じゃないんですから」

勇者「なるほどね、よくわかった。ところで、もうちょっとお話を聞きたいんだけど、いいかな?」

修道女「いいですよー。勇者さまが戻るのを待つ間は暇ですからね」


勇者「ありがとう。君の家って森の中にあるの?」

修道女「家、はないですよ。ちょっと開かれた場所があるので、ボクはそこで寝泊まりしているんです」

魔女「……死体がなくなった理由、これでわかっちゃったみたいね」

魔剣士「どういうことよ?」

魔女「不死化したら、人間の死体しか食べられなくなるのよ? 白骨化しちゃっていたら食べられないもの、手を出さないはずよね?」



修道女「ごめんなさい!」

修道女「死体を盗んでいる時や食べている時の記憶はいつもなくて、食事が終わってから気づくんですけど……」

修道女「近くの村からだろうとはわかってたんです。前まではこんなことなかったのに」

勇者「これまではどうしていたの?」

修道女「その……すぐお腹がすくわけじゃないので、森で迷って死んだ人がいたら食べていました」

修道女「半年に一人くらいしかいませんけどね」

魔剣士「あー、ちょっと待って。聞きたくない、想像しちゃう」

勇者「……ごめん、興味本位でひどいことを質問してた」

修道女「いえ、いいんですよ。人を殺してるんじゃないかって疑われてもおかしくありませんし」

修道女「死体を盗んじゃったこと、謝りたいとは思っていたんです。でもこんな体で村に行ったら、悪霊として殺されちゃいそうです……」

勇者「それなら君に悪気はなかったんだね?」

修道女「信じてもらえるなら、ですけど……」

魔剣士「骨はまだ残っているの? あたしたちが返してきてもいいけど」

修道女「ありますよ。残っていた順にまとめてあるんですけど、身元がわかるでしょうか……」

魔剣士「どうかしらね。そこは村に戻ってみないとわからないわ」


魔女「…………ねえ修道女ちゃん?」

修道女「なんですか?」

魔女「勇者さまを待ってる、のよね?」

修道女「はい。勇者さま、魔王を倒した後にいなくなって……ここ、二人の思い出の場所なんです。帰ってくるの、ずっと待ってるんですけどね」

魔剣士「いつ、から?」

修道女「えーと……? 不死化したのが、魔王を倒してから一年ちょっとなんです。そろそろ何年になりましたかね」

魔剣士(七代目勇者が亡くなったのは、もう一〇〇年近く前なのに……)

魔剣士「あの……」

魔女「魔剣士ちゃん。やめときましょ」

魔剣士「でも……」

魔女「正しさが人を救うとは限らないのよ。それに……いくら不死化したって、体はもう限界のはずだもの」

魔女「絶望より、落胆の中で終わる方がいいとわたしは思う。魔剣士ちゃんはどう?」

魔剣士「……あたしも、そう思うわ」


修道女「ごめんなさい。ボクのせいでご迷惑をかけて」

勇者「気にしないで。僕たちが勝手にやっていることだから」

勇者「それじゃ、また骨を取りに来るよ」

修道女「はい、お待ちして――」

魔女「風魔<ヒューイ>!」

修道女(岩石グモ! こんな近くに……っ)

魔剣士「はあっ!」

勇者「修道女さん、下がって!」

魔剣士「勇……ユウ、まずいかも。数が多すぎるわ」

勇者「弱音を言ってもしょうがないよ。とりあえず、修道女さんを背にかばうように戦おう」

魔女「…………あの、凄く言いにくいことがあるのよ?」

勇者「うん、予想はついてるけど聞くよ。何?」

魔女「わたし、あと一回くらいしか魔法使えない、かなあ?」

勇者「魔女さんは修道女さんの近くで言霊をよろしく。僕と魔剣士で何とかする」


魔剣士「ここに来る途中も魔法使ったんだし、三回目は温存してるといいわ」

魔剣士「まあ? あたしとユウで全部倒しちゃうかもしれないけど、ねっ!」

修道女(岩石グモくらい、前なら自力で追い払えたのに)

修道女(どうしよう、ボクはどんどん弱くなってる。こんなんじゃ勇者さまが戻ってこないのも当たり前ですよね)

修道女「勇者さま……ボクに力を貸してください」

魔女「……自分の足につまずいて転べばいいのに」ボッ

岩石グモD「…………」チクッ

魔女「言霊だけじゃ足りないなあ、やっぱり。困った虫だこと」

魔剣士「こ、のぉ!」ブンッ

魔剣士(体は岩石って言うほど堅くないのが幸いね。体重を乗せれば両断もできる)

魔剣士(でもやっぱり数が多い! クモが仲間を呼ばなくなったら、魔女の魔法で一網打尽って感じがいいわよね)

魔剣士「ふん、いいじゃないやってあげるわ! あたしとユウで片っ端から切り捨てるんだから!」

勇者「勇ましくて頼りになるね」

勇者「僕も負けてられない、な!」シュッ

勇者(一息で断ち切るのは無理、かな。すぐに追撃をして倒していくしかないか)


修道女(懐かしい……前に出る勇者さまを、後ろから援護して……ボクもこうやって勇者さまと戦ってたんですよね)

修道女(あれは何年前のことでしたっけ。わからないです。しばらく戦いから身を置いていましたし)

修道女(でも、ここ『数日』で魔物が急に増え始めて……)

修道女(? おかしいですよ。魔王は倒したのに、どうして魔物がいるんですか?)

修道女「魔物が出るのは魔王が現れたから? でも魔王は勇者さまが……ボクが見てる前で倒したのに」

修道女「あれ? その後ボクはどうしたっけ?」

魔女(記憶の混乱、かしら? 良くない状況よねえ)

魔女「そろそろ魔法を使おうと思うの! 前に出過ぎないでね?」

魔剣士「待って、まだ森の奥から現れてる! もっと引きつけないと!」

魔女「もう……っ。クモなんて嫌いっ」

勇者「風魔<ヒューイ>!」

勇者「僕の魔力もそろそろなくなる……魔剣士、これ以上クモの相手はできない!」

勇者「魔女さん、村の方向に魔法を使って! 強引に突破しよう!」

魔女「ええ、ならちょっと待っててくれる?」

魔剣士「最後尾にはあたしが立つわ」

勇者「いや、魔剣士は修道女さんと一緒にいて。魔法を使える僕の方が融通もきくだろうから」

魔女「氷魔<シャーリ>っ」


魔剣士「修道女さん、こっち!」

修道女「……待ってください! 上っ!」

勇者「上……!?」

勇者(こいつ、木の上から飛んできて……)

勇者「くそっ、風魔<ヒュー」

魔剣士「勇者っ!」

ブォン

修道女「――――え?」

岩石グモU「シャッ?」

勇者(女神の加護……僕を守るために出てきた?)

勇者「っ、らあ!」ブン

岩石グモU「ッッ」ズバッ

修道女「…………」

魔剣士「逃げるわよ! 早くっ」


    ◇森 出口

魔剣士「ここまで来れば大丈夫、よね」ハァ

魔女「数で襲われると厄介よねえ? 勇者たちに襲われる魔物の気分はこんな感じかしら?」

魔剣士「その冗談、面白くないわよ?」

修道女「…………」フルフル

勇者「大丈夫? 走ったのが体に障った?」

修道女「いえ、大丈夫です。――――勇者さん、助けてくれてありがとうございました」

魔剣士「勇者さん……っ?」

修道女「女神の加護はボクも見たことあります。今の勇者はあなたなんですね」

修道女「なら、あの人はもうこの世界のどこにもいないんですね」

勇者「ごめん。僕たちは騙すつもりじゃ……」

修道女「いいんですよ。ボクのために嘘をついたんですよね?」

魔女「……修道女ちゃんはこの後どうするの? もう勇者さまを待たないなら、一緒に村まで行く?」

修道女「村の人にはご迷惑をおかけしました。ボクはここに残ろうと思います」


魔剣士「でも、ここには魔物が多くいるわ。せめて安全なところに移動しましょうよ」

修道女「いいんです。……もう、いいんです」

修道女「はあ、勇者さまが迎えに来てくれないはずですよね。死んじゃってるんですもん」

修道女「告白の返事、ずっと待ってたのになあ」

修道女「……それじゃあ勇者さんたち、ありがとうございました」

修道女「さようなら」

魔剣士(まだ岩石グモは集まっているはず、よね。止めたいけど……)

魔剣士(なんて声をかければいいのよ……っ)


    ◇数時間後

勇者(岩石グモは人間のにおいに集まる習性があるらしい)

勇者(だから今回は、村人の遺骨を回収したらすぐに森を出るつもりだった。けど……)

魔剣士「勇者、これ……」

魔女「修道女ちゃんの着ていた服、ね」

勇者(服は無惨に破られてる。当たりに散らばった岩石グモの死体の山と無関係じゃないだろうし。……その優しさは痛ましいよ)

勇者「二人とも、ごめん。この後、もう一回ここに来ようと思う」

魔剣士「修道女ちゃんのお墓?」

勇者「うん。せめてそれくらいの弔いは許されるはずだよ」

魔剣士「ええ、そうね」

勇者「……僕はもともと、魔王を倒しても自分はちゃんと生き残るつもりだった」

勇者「歴代の勇者に、生きて帰った人がいないとしても」

魔剣士「うん」

勇者「でもきっと、そう思うだけじゃ足りないんだろうね。修道女さんの待ってた勇者さまだって、死ぬつもりはなかったはずだから」


魔剣士「勇者は死なせないわよ」

魔剣士「あたしがいる限り、絶対にそんなことさせない」

勇者「うん。ありがとう」

勇者「魔剣士を修道女さんみたいに待たせるわけにはいかないしね」

魔剣士「言っておくけど、あたしは待たないわよ」

魔剣士「勝手にいなくなったりしたら、追いかけてぶんなぐってやるんだから」

魔剣士「…………だから、あたしとずっと一緒にいて」

勇者「約束する。ずっと一緒にいるよ」


魔女(わたしがいるの忘れていちゃつかれると、凄く困るなあ)

魔女(……本当は知っていたのよね? 求める勇者さまが戻らないことを)

魔女(魔王を倒して一年、体に限界が来る前に不死化したのは、そういうことでしょ?)

魔女(修道女ちゃん。あなたの願いは実らなかったけど)

魔女(あなたの思いは次の世代に伝わったと思うの)

魔女(だから、あなたの勇者さまと二人で安心して見ていて?)

魔女(勇者くんと魔剣士ちゃんなら、勇者の最後をきっと変えられる。根拠はちっともないけど、そう思うもの)


魔女「…………あら?」

魔女(変ね。修道女ちゃんのしていた十字架の首飾り、服と一緒にあったはずだけど。いつの間にかなくなってる。見間違いだったかしら)


――――超攻撃的パーティー

魔女「次の町も近いし、本気で相手してあげるっ。炎魔<フォーカ>!」

逆立ちぶーた「ぶひーっ!?」

魔剣士「こんがりを通り越して消し炭になってるわ」

勇者「恐ろしいね」

魔女「心外だなあ。魔物をざくざくと切り分けちゃう二人に言われるなんてね?」

魔剣士「あ、あたしはしょうがないじゃない? 血塗りの魔剣は血を求めているんだもの!」

勇者「僕は勇者だから魔物を倒すのは使命だよ」

魔女「二人ともひどいのね? わたしは皆の役に立とうと頑張ってるのに、そんな言い訳をするんだもの」

魔女「まるでわたしだけ戦いを楽しんでいるみたいじゃない?」

勇者「冗談はさておき、継戦能力は気がかりかな」

魔剣士「そうね。魔物の潜む洞窟なんかに入ったら、すぐに魔力が尽きちゃいそう」


魔女「ここはやっぱり、聖職者についたかわいい女の子が必要かしらね?」

勇者「待ってよ。今どうして女の子に限定した?」

魔女「勇者くんはお年頃だし? そういうことに興味を持つだろうからってお姉さんの親心よ?」

魔剣士「ふーん……」

勇者「魔剣士って僕を信用してなさすぎるでしょ。悲しくなる」

魔女「ふふ、次はやっぱり従順な年下の子がいいなあ? 『勇者様、大丈夫ですか?』なんて駆け寄る子、勇者くんはお好き?」

勇者「魔女さんの裏声がどっから出してるんだって感じで驚いたよ」

魔女「批判がそういうとこだけなら、やっぱり仲間に加えるのは聖職者の子がいいのよね?」

勇者「欲を言えばそうだけど、自分たちの都合だけで仲間に引き入れようとは思わないよ」

魔剣士「一人で旅しようとしてた最初が嘘みたいね。勇者も成長したみたい」

勇者「まあ、現実は見たかな。僕一人にできることはとても少ないんだって」

魔女「それなら、勇者くんが頼りにできる仲間を探して、今日も次の町を目指しましょうね?」

勇者「……次は男の人がいいな。ダメかな?」

今日はここまで。

>>95,96,99

ありがとうございます
最後まで一通り書いてあるので、レスごとに分けたり修正が終わった順に書き込んでいます

俺もこういう王道な少年少女の冒険もの好き
キャラの掛け合いも微笑ましいし、完走まで楽しみにしてるよ


――――孤児院の卒業

魔女「まずいかしら? 天気が崩れてきちゃった」

勇者「雨の日の野宿は……ちょっと勘弁だな」

魔剣士「ちょっと勇者、イヤなこと思い出させないで」

魔女「あら? 何かあったの?」

勇者「夜は冷えるのに、焚き火ができないから見張っている時間が寒いんだよ」

魔剣士「木の下にいても雨に濡れちゃうから、やる気がそがれるのよねー」

勇者「それでこりたから熱と光を放つ魔石は買ったけど、雨の中じゃ気休めにしかならないし」

魔女「ふーん? わたしも化粧崩れちゃうし、雨はイヤかなあ?」

勇者「あれ、魔女さん化粧してたっけ?」

魔女「知らなかった? ほら、近くで見てみて? 目元がわかりやすいと思うの」

魔剣士(むむっ)

魔剣士「勇者! あたしだって化粧してるんだから!」

勇者「魔剣士が化粧してるのは知ってるよ」


魔女「……魔剣士ちゃんの方が薄化粧なのに、どうして魔剣士ちゃんだけわかるの?」

勇者「小さい頃から見ていたから、だろうね」

魔女「勇者くんがそう言い訳するなら、そういうことにしておこうかしら?」

魔剣士「も、もうっ。そんなことはいいでしょ! それより雨をしのげそうな場所を探しましょうよっ」



勇者「これって畑だよね」

魔女「この付近に住んでいる人がいるみたいね?」

魔剣士「あ、見えたわ。あれじゃない?」

魔女「修道院ね? お願いすれば泊めてくれるかしら」

勇者「まずは行ってみようか。女神様の導きに感謝しながらね」


    ◇修道院(孤児院)

勇者「ごめんください」

魔女「んー、いないのかしら?」

魔剣士「人の気配はあるわよ。いるはずだけど」

女?「…………高氷魔<エクス・シャーリ>」

勇者「!?」

男?「うおおぉ!」

魔剣士「魔女、下がって!」

女?「…………補力<ベーゴ>、補守<コローダ>、補早<オニーゴ>」

男?「八拳打!」

勇者「っと、ほっ、はっ」イナシ

魔剣士「ちょ、ちょっと待って! どうして急に攻撃するのよ!」

女?「…………盗賊は敵。絶対に負けない」

魔女「何か勘違いされてるみたいね?」


勇者「受け身とってよ? 投げ飛ばす、から!」ブンッ

男?「うお!?」

勇者「聞いてくれ! 僕たちはすぐここを出て行く。だから攻撃は止めてほしい」

男?「盗賊の言うことを誰が信じるか!」

魔女「勇者くんの言葉も届かないみたいね?」

勇者「仕方ないよ。二人ともごめん、やっぱり野宿みたいだ」

魔剣士「勇者が謝らないでよ。あなたは悪くないじゃない」

女?「…………まだ出て行かない。やっぱり、敵」

魔剣士「待って!? 出てく、出てくから!」

?「騒がしいな。何をしている、女術師、男闘士」

女術師「…………盗賊、追い払ってた」

男闘士「そうだぞ! そいつら、畑を見てからこの孤児院に狙いを定めたんだ!」

?「それでどうして盗賊だとわかる?」

女術師「…………だって、私の罠魔<トラトラ>にかかった」

男闘士「だからそいつらは盗賊だ! そうだろ司祭さん!」


司祭「よくわかった。お前たち、頭を出せ」ゴツンゴツン

女術師「…………っ(泣)」

男闘士「いってえ!」

司祭「――――申し訳ありませんでした、勇者様。私はこの二人の保護者で、この孤児院の代表を務める司祭と言います」

司祭「罰は私が受けますから、二人は見逃してもらえませんか?」

勇者「いや、罰とかそういうのを下すつもりはないよ」

男闘士「そうだよ、司祭さんが頭を下げる必要ない! だいたい、そんな冴えない奴が勇者のわけないだろ!」

勇者「  」

術師「…………両脇に女を侍らせてる。不潔。女の敵」

勇者「  」

司祭「勇者様のつけているマントを見ろ。南の王家の紋章がついている」

男闘士「あんなの作り物に決まってる!」

司祭「まったく。……勇者様。申し訳ありませんが、二人に女神の加護を見せていただけませんか?」

司祭「身勝手なことばかり口にして、恐縮ですが」


勇者「それくらいなら構わないよ。……だからその、あまり頭を下げないでくれないかな」

勇者「――――」ブォン

女術師「…………女神様の似姿」

男闘士「すっげえ! 本物の勇者様だ!」

女術師「…………勇者様、勇者様。いくつも町を救ったって聞いた」

男闘士「魔物をずばっと一撃なんだろ!? 俺もそんなカッコいい奴になりたいんだ!」

司祭「この大バカども」ゴツンゴツン

女術師「…………っ(涙)」

男闘士「いってえ! 何すんだよ司祭さん!」

司祭「お前たちは勇者様に何をした。それを考えて、まずすべき行動はなんだ?」

女術師・男闘士「…………ごめんなさい」

魔剣士「こうして見ると、二人ともまだまだ子供よね」

魔女「勇者くんや魔剣士ちゃんも、わたしからすればまだまだ子供よ?」

勇者「何はともあれ、わかってもらえて良かったよ」

勇者「……女の敵か。はあ」


男闘士「おい、お前が変なこと言うから、勇者様が落ち込んでるぞ」

女術師「…………あう、あう」

女術師「…………ごめんなさい、勇者様。でも、勇者様みたいな英雄なら、妻が何人いてもいいと思う」

女術師「…………元気、出して?」

魔剣士「あたしは別に妻ってわけじゃ……だいたいまだ何も……いえ妻になってと言われたら悪い気はしないけど……」

魔女「魔剣士ちゃんってダメな子でかわいいのね。それにしても、ふふ? わたしにまで手を出すなんて、勇者くんは悪い子ねえ?」

勇者「僕、真剣に話に取り合わないとダメかな?」

司祭「やれやれ……勇者様、昼食はお済みですか? お詫びといっては粗末ですが、よろしければご馳走しますよ」

勇者「お言葉に甘えていいなら。……あと、できれば男闘士や女術師にするのと同じ自然な口調で話してもらえたら嬉しいんですけど」

司祭「…………失礼ではないでしょうか?」

魔剣士「気にしなくていいわよ。勇者ってば敬われるのが苦手なの」

魔女「ふふ、勇者くんって威厳がないものね?」

司祭「そういうことなら対等に話そう。敬う気持ちまでは捨てられないが」

勇者「ありがとう、わがままを聞いてくれて」

司祭「迷惑をかけたのはこちらだ、これくらいの配慮は惜しまない」


    ◇食堂

魔女「ふーん? なら女術師ちゃんは、どんな魔法にも素質あるのね? 羨ましくなっちゃう」

魔剣士「将来を選べるっていいことよね。いっそ回復と攻撃、どっちの魔法も極めてみたら?」

女術師「…………でも、あの、私まだ簡単な魔法しか使えない」

魔女「高位の攻撃魔法を使っていたでしょう? ならもう一息ね?」

女術師「…………その一息が難しいって、魔術師のお姉ちゃんが言ってた」

魔剣士「あら、そのお姉ちゃんはどこにいるの?」

女術師「…………出稼ぎで北の大陸にいる。私の憧れ」


男闘士「勇者様って剣を使うんだよな!」

勇者「そうだよ」

男闘士「それなのに俺を素手であしらったんだ! すげえ! さすが勇者様だ!」

勇者「危なかったけどね。八拳打、だっけ? もうちょっと早かったらもらっていたよ」

男闘士「んー、でも女術師に補助魔法全部使ってもらってあれだからなあ。まだまだ勇者様には勝てないや」


子供1「ゆーしゃさまー、あそぼ?」

子供2「おままごとやろう? あたしね、ゆうしゃさまのおよめさんやるー!」

子供1「えー? ゆーしゃさまはぼくとゆーしゃごっこするんだぞ!」

子供3「だめだよ、ゆうしゃさまはつかれてるんだから。ゆっくりしてもらおうよ」

司祭「…………」クス

魔女(あら。仏頂面の強面かと思ったら、笑うと優しい顔になるのね)

司祭「すまないな勇者。騒ぐなと言っておいたんだが」

勇者「構わないよ。みんなが喜んでくれるなら嬉しいし」


勇者「……それと、一つ聞きたいことがあるんだけど」コソッ

司祭「なんだ?」

勇者「ここではちょっと。皆に聞かせていい内容かわからないから」

司祭「ふむ。なら倉庫として使っている懺悔室で頼む」

勇者「わかった。…………よーし皆、勇者はこれから司祭さんに旅の祝福を祈ってきてもらうよ」

勇者「魔剣士や魔女さんの遊び相手になってあげてね」

魔剣士「そうね、あたし寂しいなー、遊んでもらいたいなー」

魔女「あら、魔剣士ちゃんって寂しがり屋なのね?」

魔剣士「ちょっと、魔女?」

魔女「まあわかっていたけれどね?」

魔剣士「あなたとは後で、きちんと話し合う必要があるみたいね」

司祭「では勇者、こちらに」


    ◇懺悔室

勇者「男闘士と女術師のことなんだけど」

司祭「二人が迷惑をかけた。いくら謝っても謝りきれないな」

勇者「それはいいよ。でも、あの二人があんなにピリピリしていたのって、盗賊が出るからなの?」

司祭「……孤児院の些事に勇者の手を煩わせるわけにもいかない。忘れてくれていい」

勇者「そういうわけにはいかないよ。食事の施しまで受けたんだから」

司祭「ちょっとした悩み事だ。話すのは構わないが、勇者が気をもまなくてもいい」

勇者「内容次第だと思ってる」

司祭「……今、孤児院は盗賊に、畑の野菜は魔物に狙われている」

勇者「穏やかじゃないね」


司祭「幸い、魔物は人を狙っていないし、盗賊は私や男闘士、女術師であしらえるほど弱い。だが、二つ同時に対処できる人数がいない」

司祭「ここは孤児院で小さな子供が多いから、空けるわけにはいかない。そのせいで畑を荒らす魔物の対処が後手になっている。それだけだ」

勇者「なるほどね。畑か孤児院、どちらにも人数を割り振ろうとしたら、片方を守るのが一人になっちゃうか」

司祭「孤児院と畑は離れていないが、魔法で気づいてから向かっても、畑は少なからず荒らされてしまう。被害は最小限で済んでいるが」

勇者「盗賊の方は?」

司祭「そちらは単純に、孤児院をネグラとして欲しているようだ。街道からほどほどに距離が離れている、旅人を襲うのに都合がいいのだろう」

勇者「なるほどね」

司祭「すまないな、つまらない悩みを聞かせて」

勇者「そんなことはないよ。だから、魔剣士や魔女さんに話したら放っておかないと思うな」


    ◇食堂

魔剣士「こらしめてやるわ」

魔女「悪い子にはおしおきしないとね?」

勇者「話が早くて何よりだよ」

司祭「協力してくれるのは助かるが……いいのか?」

魔剣士「のんびりした旅ではないけど、だからって人を見捨てながら進むのは違うと思うわよ」

魔女「勇者とは世界を救うものじゃなく、人を救うものだものね?」

勇者「流し目でこっち見ないでよ魔女さん。言ってる内容がこそばゆいし」

司祭「…………感謝する」


子供2「? ゆうしゃさま、まだここにいるの?」

勇者「そうだね、もうちょっとだけ」

子供2「やたー。ならゆうしゃさま、おままごとしよ?」

子供4「わたしゆうしゃさまのおよめさんやるー!」

子供2「だめ! あたしがゆうしゃさまのおよめさんやるの!」

子供3「いっしょにおよめさんやったら? ゆうしゃさまだもん、それくらいのかいしょうはあるよ」

子供2「おー! あたまいい!」

子供4「やったね、ふたりでおよめさんだね!」

魔剣士「…………不潔」

魔女「…………女の敵」

勇者「魔剣士も魔女さんも、そういうのやめてよ……」

女術師「…………女癖悪い」

勇者「僕が何をしたんだよ」

司祭「勇者。失礼だが、その子たちはまだ小さい。婚姻はあと一〇年は待ってほしいんだが」

勇者「司祭さんまで言うのか! 本当に失礼だな!」


司祭「冗談だ。……この子たちが楽しそうで、ついな」

勇者「…………孤児ってことは、両親はもう?」

司祭「ああ。魔王が現れる前から孤児院をやっているが、理由は様々だ」

司祭「親を失う理由は、天災や魔物ばかりではないからな」

勇者「これだけ笑えているんだ。辛いことがあっても、幸せには違いないよ」

司祭「そう言ってもらえるのはありがたい。私は間違っていなかったのだと思えるからな」

子供1「なんだよ、けっきょくおままごとかー! ゆーしゃさまとゆーしゃごっこしたかったのに!」

勇者「……はは、そう怒らないで。明日は勇者ごっこしよう。たくさん魔物を見てきたからね、魔物の真似は得意だよ?」

子供4「もー、あなたっ!」ダキッ

勇者「おっと」

子供2「あたしもーっ」ダキッ

勇者「よしきた」

子供4「きょうはいっしょにいちゃいちゃするんでしょー?」

子供2「あたし、ゆうしゃさまといっぱいちゅーするんだー」

勇者(本当にするんじゃないよね? 怖くて聞きたくないんだけど)



女術師「…………」

勇者「っ」ビクッ

勇者「な、何かな?」

女術師「…………仲良くしてあげて?」

勇者(罵倒されるかと思った。根はいい子みたいだな)


魔剣士「勇者ってばもてもてね」

魔女「あら、嫉妬?」

魔剣士「そんなんじゃないわよ。嬉しいだけ」

魔女「ふーん、どうして?」

魔剣士「魔物を倒すために必要とされるんじゃなくて、笑顔になるために必要とされてるのよ。嬉しいに決まってるじゃない」

魔女「……いい女になりなさいね、魔剣士ちゃん?」

魔剣士「なるわよ、当たり前じゃない」


女術師「…………勇者様の嫁になるために?」

魔剣士「っ」ケホッケホッ

魔剣士「な、何を言い出すのよ!」

魔女「まったく、面白い子なんだから。……女術師ちゃん、何かお話?」

女術師「…………うん。二人に協力してほしいの」


男闘士「司祭さん。勇者様に助けてもらうんだって?」

司祭「勇者たっての希望でな。私たちは孤児院を、勇者たちは畑を見張ってくれるらしい」

男闘士「俺、勇者様たちと一緒に畑を見てていいか? 稽古をつけてもらいたいんだ!」

司祭「……畑の近くで稽古していると、魔物が現れなくなりそうだな。後で相談しておく」

男闘士「やりぃ!」


司祭「以前から思っていたが、男闘士はどうしてそんなに強さを求めている?」

男闘士「? そんなの決まってるだろ。司祭さんにも幸せになって欲しいからだよ」

司祭「私が?」

男闘士「司祭さんもいい年なんだしさ、そろそろ結婚とかしないとだろ」

司祭「一端の口をきくようになったな。だが人の心配をするのは三年早い」

男闘士「はいはい、一六になるまでは子供だーってね。でも、俺は早く大人になりたいんだよ」

司祭「……そうか」

司祭「いくつになっても思い知らされる。子供の成長とは早いものだな」


    ◇夜 畑

魔剣士「雨上がりだし、魔物がいつ来てもいいように見張らなきゃね」

魔女「こんなにいい畑なんだものね? 魔物に散らかされちゃうのはもったいないかなあ」

勇者「ごめん、ちょっといい?」

魔剣士「なに?」

勇者「実はさ、これから男闘士を指導することになっちゃって」

魔女「あらそうなの?」

勇者「僕は孤児院にいるけど、何かあったらすぐに駆けつけるから、二人で見張っていてもらえるかな?」

魔剣士「考えることは一緒みたいね」


勇者「何の話?」

魔剣士「女術師と男闘士のことよ。そういうことなら、あたしが男闘士を鍛えるわ」

魔剣士「あたしじゃ女術師の役に立てないし」

魔女「勇者くんは確かにこちら側よね。でもいいの? わたしと勇者くんを二人きりにして?」

魔剣士「そんなことで嫉妬しませんー! あたしは勇者のこと信じてるもの」

魔女「わたしを信じてないあたり、ひどい話よねえ?」

魔剣士「はいはい。それじゃ勇者、女術師のことは魔女から聞いてね」スタスタ

勇者「つまり、どういうこと?」

魔女「男闘士くんも女術師ちゃんも、強くなりたい思いは同じってことなのよ?」


    ◇食堂

魔剣士「視線の動きがあからさま。てんでダメダメ」バシッ

男闘士「いたっ!」

魔剣士「どこを狙っているのか丸わかりよ。そんなんじゃ素人にしか通用しないわ」

男闘士「くそっ、もう一回!」

魔剣士「ええ、それくらいの負けん気はなくちゃね。あたしに勝てないようじゃ、勇者の相手なんて一億万年は早いわ!」

男闘士「一億万年って……魔剣士さん、子供みたい」

魔剣士「うるさいわね! さっさとかかってきなさいよ!」


    ◇朝 食堂

魔女「そうすぐには出てきてくれないみたいね?」

勇者「焦っても仕方ないよ。地道に頑張ろう」

男闘士「あ、おはようございます勇者様」ボコボコ

勇者「うわあ!?」

魔女「あら、ぼろぼろにやられたことね? 魔剣士ちゃんって過激みたい」

魔剣士「失礼ね。ちょっと力を入れすぎただけよ」

勇者「だからって回復はしてあげなよ」

魔剣士「してたわよ。でも途中で魔力が尽きちゃったの」


男闘士「うすっ! 回復してはボコられ、回復してはボコられを一晩中繰り返しました!」

勇者「そ、そう。とりあえず回復しよっか。回復<イエル>、回復<イエル>、回復<イエル>」

男闘士「いてて……」

魔女「ふあ~ぁ。さて、お昼までは寝ましょ? 午後は女術師ちゃんに頼まれているものね?」

男闘士「俺も寝るっス! 体、バキバキなんで!」

魔剣士「しっかり休んでおきなさいね。今晩も徹底的に鍛えてあげるわ」

男闘士「う、うすっ! ががが頑張るっす!」

勇者(魔剣士、何やったんだろ。声震えちゃってるよ)


    ◇午後 女術師の部屋

女術師「…………魔女さん。女たらしさん。今日はよろしくお願いします」

魔女「ふふ、こちらこそね?」

女たらし「よろしく」

勇者「…………」ペリッ オンナタラシ

勇者「話はざっと聞いてる。魔法を完成させたいんだってね」

女術師「…………うん。私、司祭さんに頼らなくてもいいように、この魔法を使いこなしたい」

魔女「わたしは攻撃魔法しか使えないけど、理論はわかってるの。勇者くんもそうでしょ?」

勇者「魔法の構成だけは勉強してるよ。……結界魔法って簡単な代物じゃないよね」

女術師「…………わかってる」コクリ

女術師「…………でもやらなきゃいけない。男闘士も頑張ってるから」

女術師「…………魔女さん。勇者様。お願いします」


………
……


魔女「うーん? 孤児院を覆えるくらいの結界を一人で作るなら、もうちょっと改良しないとダメそうね?」

女術師「…………そう。戦闘に使うくらいのなら、今でもできる、けど」

女術師「…………結界<グレース>」シャラン

勇者「おお、凄いね」コンコン

魔女「将来は有望ね? 勇者くん、この子を仲間に勧誘したら?」

勇者「何を言ってるのさ」

女術師「…………何のお話?」

魔女「魔王を倒すための仲間になってほしいな、って思ったのよ?」

女術師「…………ごめんなさい。嬉しいけど、私は孤児院を守るの」

勇者「気にしないで。君の気持ちは立派なものなんだから」

勇者「孤児院を守るのも、世界を守るのも、きっと違いはほとんどないんだよ」


女術師「…………口説かれてる。やっぱり勇者様のこと警戒する」

魔女「本当にね? 隅に置けない勇者くん?」

勇者「そういうんじゃないのに……」

女術師「…………ん、ごめんなさい。勇者様、優しいから嬉しくて」

勇者「大丈夫だよ、それくらいわかってる」

魔女「でも立派よね? 司祭くんと、男闘士くんと、三人でここを守りたいなんて」

女術師「…………ちょっと違う。私と男闘士は、司祭さんに頼らなくても守れるようになる」

女術師「…………司祭さんには、幸せになってもらいたいから」

    ◇女術師の部屋 外

司祭「やれやれ」

司祭(男闘士と同じことを言っているな)

司祭(私の幸せ、か)

司祭(身よりのない子供たちを育てあげるのは幸せだったが)

司祭(寂しそうに見えていたなら、私もまだまだ未熟なようだ)


    ◇三日後夜 畑

勇者「魔女さん。ようやく現れたよ」

草食ウルフA~G「グルル……」

魔女「結構な数だこと。お相手は大変かもね?」

勇者「基本的には僕が相手をして、魔女さんは言霊で威嚇、逃げようとしたら氷魔法で追撃、ってとこかな」

魔女「そうね? 畑に影響あったらまずいし、他の魔法は控えておこうかしら?」

勇者「判断は任せる。行くよ!」

………
……


勇者「いい加減、終われっ!」ズバッ

草食ウルフI「キャイン」ドサッ

勇者「はあ、はあ……仲間を呼ぶとか、ほんと、勘弁してほしいよ」

魔女「増えなければあと五体、ね。勇者くん、まだいけそう?」

勇者「いける。けど、そろそろしんどい。何とかまとめるから、魔女さんの魔法で一掃できないかな」

魔女「あら、勇者くんは誰に言ってるの? この魔女は、魔法の威力なら女術師ちゃんにも負けないのよ?」


勇者「……だったね。なら見せてもらおうか、魔女さんの力をさ」

草食ウルフG、J~M「ウゥゥ……ッ」

勇者(円を描くように、狼たちの周囲を動き回る)

勇者「はっ!」

草食ウルフK「ガゥッ」

勇者(攻撃をさせないためにも、止まるわけにはいかない)

勇者「よーく狙いを定めなよ。出てきたら切り裂いてやるからな!」

草食ウルフG「ワンッ」

勇者「出てくる、なっ!」ブンッ

草食ウルフG「ワフンッ」

草食ウルフM「ウ、ウゥッ」ジリジリ

勇者「逃げるな! 氷魔<シャーリ>!」

魔女「勇者くん!」

勇者「!」バッ


魔女「凍えなさい、高氷魔<エクス・シャーリ>!」

草食ウルフL「キャ、キャウン」

魔女「一匹外しちゃった! 勇者くん!?」

勇者(孤児院の方に……行かせるか!)

チャキッ

魔剣士「行かせないわ。ここから先はあたしの持ち場なの」

草食ウルフL「ガウッ!」

魔剣士「…………一の剣、左目穿ち」

草食ウルフL「ガフ……」ドサッ

魔女(魔物とすれ違いざま、左側から一突き、ね。ちょっと先を越されたかしら)


勇者「ごめん魔剣士、助かった」

魔剣士「別にいいわよ。最初は三人で戦うつもりだったんだし」

魔剣士「それで? あたしに手を出さないようお願いしたくらいだもの、ちょっとは手応えをつかめたの?」

勇者「完璧ではないけど、魔法と剣の切り替え方はマシになってきたと思う」

勇者「魔剣士はどうなの? 騎士団の剣技、さっき使ってみせてたけど」

魔剣士「もう少し練習が必要ね。待ちかまえなきゃ使えないんじゃ実践向きじゃないし」

魔女「もう、二人とも? わたしを一人にしていつまで喋っているの?」

魔剣士「いいじゃない、ちょっとくらい。魔女は魔力を抑える練習してたのよね? 上手くいった?」

魔女「ぜんぜんダメってとこね? 魔法三回で魔力を使い切っちゃうのは変わらないの」

勇者「前途多難だね、三人ともさ」


    ◇司祭の部屋

司祭(強い。が、まだまだ穴がある)

司祭(攻撃役が回復まで兼任しているのだから、それも仕方ないが)

司祭「せめてもう一人は仲間が必要だろうな」

司祭「…………もう一人、か」

シャラン

司祭(? 急に目の前が……これは、結界魔法か)

司祭「何だ? 何が起きている?」


    ◇孤児院 外

魔剣士「始まったようね。ここからでも結界<グレース>が見えるわ」

魔女「孤児院をすっぽり覆っている。急ごしらえだったのに、女術師ちゃんは使いこなしてるみたいね?」

勇者「感心しているのもいいけど、様子は見に行こうよ」

勇者「この様子じゃ、二人はもう戦っているんでしょ?」

>>162修正


    ◇孤児院 外

魔剣士「始まったようね。ここからでも結界<グレース>が見えるわ」

魔女「孤児院をすっぽり覆っている。急ごしらえだったのに、女術師ちゃんは使いこなしてるみたいね?」

勇者「感心しているのもいいけど、様子は見に行こうよ」

勇者「間の悪い盗賊たちと、二人は戦ってるはずだしね」


    ◆反対側

盗賊首領「ちっ。魔物の相手で手薄になったかと思ったが、とんだ誤算だったな」

盗賊A「結界。乗り込めない」

盗賊B「油断して戻ってきたとこをグサァ作戦、失敗さね」

女術師「…………」

男闘士「逃がすと思うなよ。背中を向けたら、俺の拳をたたき込んでやる」

盗賊B「で、どうします頭?」

首領「厄介なガキ二人だが、五人がかりでなら負けはしねえだろ。畑にいる奴らが来る前に終わらせるぞ」

盗賊C「へへっ、女の方はさらっていいっすよね?」

盗賊D「またかよ。この好き者め」

男闘士「てめえら……っ」

女術師「…………相手に乗せられないで。負けちゃったら困る」

男闘士「ふん、わかってるよ」


男闘士「……わかってるけどなあ。許せねえことはあるんだよ!」バッ

女術師「…………直情バカ」

盗賊A「ふん。死ね」シュバッ

男闘士(投げナイフ! だが遅い!)

男闘士「一拳必殺!」

盗賊A「ぐふっ」

首領「んだと?」

女術師「…………鳩尾を殴って一撃。強くなった?」

男闘士「当たり前だろ。俺がどんだけ魔剣士さんに痛めつけられたと思ってんだよ」

女術師「…………ん。打たれ強くなった?」

男闘士「ちげえし! 魔剣士さんくらいの実力者じゃなきゃ、負けなくなったんだよ!」

首領「はっ、所詮ガキか。……だがてめえら、油断するな。全員で囲め」

盗賊C「へへへ! いいねえ君、その冷たい目。どんな風に歪んでくれるかなあ!」

女術師「…………」

盗賊D「おいおい、油断すんなよ。まだすばしっこいオスガキも残ってんだ」


女術師「…………私を前座扱いとか、見る目がない」

盗賊D「あン?」

女術師「…………高炎魔<エクス・フォーカ>」

首領「!? てめえら逃げろ!」

盗賊C「ぎゃああああ!」

男闘士「おい、殺すなよ?」

女術師「…………そんなことしない。炎の温度は下げてある」

首領「――――」ジリッ

男闘士「おっと。おいおい首領さん、逃げるなよ? あんたらのせいで、こっちはさんざん迷惑を受けたんだ」

女術師「…………みんなを怯えさせた。許さない」

首領「ほざけ。弱い奴らは食われるだけなんだよ」

女術師「…………なら、私たちに勝てないあなたは、社会に食べられる側」

首領「黙れ! ぶっ殺してやる!」ダッ


男闘士「女術師、下がってろ」

首領「死ねえ!」

男闘士「魔剣士さん直伝! 一の拳、左目抉り!」ドスッ

首領「がっ……」

女術師「…………へぇ」

男闘士「やりぃ!」


    ◇物陰

魔剣士「てんでなってないわ」

勇者「まあまあ」

魔剣士「思いっきり相手の左脇腹を見てるじゃない。あいつはあたしから何を教わったの? 鍛え直してやるわ!」

勇者「魔剣士、止まる」ガシッ

魔剣士「離しなさいよ勇者!」

魔女「落ち着いて魔剣士ちゃん? ここはせめて、司祭くんに任せましょ?」


司祭「騒がしいと思えば。私に内緒で何をしている?」

男闘士「お、司祭さん! 見てたか、俺たちの活躍」

女術師「…………司祭さんに頼らなくても、盗賊を倒せた」

司祭「そうだな。お前たちは強くなった」

女術師「…………ん」

男闘士「だろだろ!? これなら司祭さんがずっと孤児院にいなくても、皆を守れるよな!」

女術師「…………司祭さんが、自分の人生をなげうたなくて済む」

司祭「男闘士。いつか言っていたな。私に幸せになってもらいたいと」

男闘士「うん」

司祭「私の幸せとは、なんだろうな」

女術師「…………?」

司祭「神に仕え、祈りを捧げ、一六になってからは孤児院に時間を費やした」

司祭「もう一〇年になるか。だが苦しいと思うことはあっても、やめようと思ったことは一度もない」

司祭「そんな風に生きてきた私だから、他の幸せなんてわからないな」


女術師「…………私、司祭さんのことをお父さんみたいに思ってる」

男闘士「俺は父親っていうより兄貴って感じだけどな」

女術師「…………でも、悲しいけど、私たちは本当の家族になれない」

女術師「…………人の温かさを教えてくれた司祭さんが、ずっと一人でいるのはよくない」

司祭「男闘士にも言われたな。さっさと結婚しろと」

司祭「思えば私は、一人の女性を真摯に愛したことがない、未熟者だったか」

司祭「あまりにも出遅れてしまったが、間に合うだろうか」

男闘士「大丈夫だろ、司祭さんなら」

女術師「…………うん。老け顔だけど、まだ若い」

司祭「そうだな。お前たちが言うなら、きっとそうなんだろう」

司祭「――――全く。弟と娘に言われたなら、私も立ち止まるわけにいかないか」


    ◇朝

魔剣士「盗賊のことは任せておいて。次の町で自警団に引き渡すわ」

女術師「…………ん。お願いします」

男闘士「次に会うまでに、絶対に師匠を越えてやるからな!」

魔剣士「――――へえ? 威勢がいいことを言うようになったわね、男闘士? 何なら今すぐ受けて立つわよ?」

勇者「大人げないよ魔剣士。悲しいのをごまかしたいからって戦いをふっかけないの」

魔剣士「別にそんなんじゃないわよ……たぶん」

魔女「ふふ? 魔剣士ちゃんは相変わらずね?」

魔女「……ところで、司祭くんは見送りに来ないのかしらね?」

男闘士「司祭さんって涙もろいからなー。それでも挨拶には出てくると思うけど」

女術師「…………司祭さん、今朝からずっと荷造りしてる」

勇者「昨日の話は聞いてたけど、そのことで?」

女術師「…………たぶん。司祭さん、不器用だから」


魔剣士「そういうことなら準備が終わるのを待つ? もし行く方向がおなじなら、一緒に行った方がいいわよね?」

勇者「そうだね。ちょっとのんびりしてようか」

……


司祭「準備に手間取ったが、勇者たちはまだいるだろうか……む?」

子供4「ゆうしゃさま、わたしをおいていっちゃうの?」ウルウル

子供2「あたしがそばにいれば、ほかにはなにもいらないっていったのに」グスッ

子供1「あー! ゆーしゃさまがなかせたー!」

子供3「ゆうしゃさまもひとのこだったね」

勇者「はは……また遊びに来るよ。世界が平和になったらね。だから離してほしいなー」

子供2「いや! ゆうしゃさまのいないせいかつなんてたえられない!」

子供4「ゆうしゃさま、どうかわたしをおいてかないで?」

魔剣士「へえ。ゆうしゃってばモテモテねー?」

魔女「やさぐれちゃってる魔剣士ちゃんもかわいいのね? ……子供に嫉妬するのはどうかとも思うけど?」

女術師「…………やっぱり不潔」


司祭「最後まで変わらないな、お前たちは」

男闘士「お、司祭さん。引っ越しの準備はできたのか?」

司祭「引っ越しではなく旅立ちの間違いだ」

男闘士「ん? 孤児院を出て町で暮らすんだろ?」

司祭「それはしばらく先の話だ」

司祭「――――勇者。折り入って頼みがある」

勇者「お世話になったんだし、できることなら聞くよ。何?」

司祭「私を旅に同行させてくれないか?」

男闘士「は!? なんでそうなるんだよ!」

女術師「…………勇者様たちは魔王討伐の旅。危険すぎる」

魔剣士「確かに急な話よね。これまでそんな話は出てなかったもの」

魔女「ふーん? 司祭くん、何か理由があるのよね?」

司祭「幸せになって欲しいと男闘士や女術師から言われはしたが、ここが魔物に襲われる可能性は見過ごせない」

司祭「魔物がいなくなれば安全とまでは言えないが、危険なことは目減りするだろう」


勇者「だから一緒に魔王を倒そうって思ったの?」

司祭「今は勇者や魔剣士が回復も担っているのだろう? 私が仲間になれば負担も減ると思うが」

魔剣士「どうする? 勇者」

魔女「いいじゃない? 仲間になりたいと言ってくれてるんだもの」

魔女「司祭くんだってそれなりの覚悟があるんだと思うな?」

司祭「無論、覚悟はしている。安全な旅ではないだろう。だがそれでも、やると決めたんだ」

勇者「……そういうことなら、お願いするよ」

男闘士「なんか考えてたのとは違っちゃったな」

女術師「…………心配。でも、司祭さんが決めたなら、私は帰ってくるのを待つ」

司祭「すまないな。だが二人になら、孤児院を任せられる。頼まれてくれるか?」

男闘士「当たり前だろ。俺たちはもう子供じゃないんだ」

女術師「…………ん」コクリ

司祭「ああ。お前たちはもう子供じゃない」

今日はここまで。
明後日くらいからは話を盛り上げていけたら、と思います。スロースターターでした。

>>129
ありがとうございます
お暇な時に読んでください


――――閑話6

魔剣士「司祭の武器ってすっごく重そうよね」

司祭「それほどではないと思うが。持ってみるといい」

魔剣士「ええ。……いやいや重いわよ! なにこれ!」

勇者「鉄製の丸棒だしね。そりゃあ重いでしょ。僕の二の腕くらい太いし」

司祭「私には使いやすい大きさと重さだが」

魔女「司祭くんは体が大きいものね? わたしたちと頭二つ分は違うもの」

勇者「服がなければ聖職者だとは思えないくらいだね」

司祭「ひどい言われようだな。これでも二〇年以上神に仕えてきた古株なんだが」

魔剣士「まあいいじゃない。それだけ頑丈な体してれば、魔物との戦いもこなせそうだしね」

勇者「そういえば、司祭さんってどういう風に戦う? 回復に徹するのか、前にも出るのか」

司祭「前には出るつもりだが、あくまで勇者たちの回復と補助が役割だと思っている」

魔女「実際に戦ってみた方が早いんじゃないかしら? ちょうど魔物がいるようだし?」

甲殻鈍馬A・B「ング……」

勇者「固そうだね。剣の刃が痛まないといいけど」

魔剣士「鉄の剣だと不安よね。魔法を使っていけばいいんじゃない?」

司祭「さて、私の力は勇者たちのお眼鏡にかなうかどうか」

魔女「ふふ、頼りにしていいのよね、司祭くん?」


甲殻鈍馬A「ングッ!」ダッ

魔剣士「足は速くないみたいね。でも動き回られるのは迷惑よ!」ブンッ

甲殻鈍馬A「?」ガキン

魔剣士「固っ! 何よもう、最近こういう魔物ばかりじゃない!」

勇者「魔剣士、下がって! 炎魔<フォーカ>!」

甲殻鈍馬A「ッ!?」

司祭「固いのは外側だけだろう。殴打には弱そうだが、どうだ」ブオンッ

甲殻鈍馬A「ングンッ!?」ベコッ

魔女「あらあら、攻撃的だこと。……こそこそ動かないで、このノロマ」ボッ

甲殻鈍馬B「ンググッ」グサッ

魔剣士(正面からぶつかるのは得策じゃない。よっぽど体重を乗せないとあの甲皮に刃が通らない。背後からなら……)

魔剣士「後ろ足なら守りが薄いみたいね。今度こそ斬ってみせるんだから!」

甲殻鈍馬B「ングァ!」グンッ

魔剣士「痛っ!?」

魔剣士(まず……左手、折れてる? 後ろ足で蹴られるとは思わなかった……)

甲殻鈍馬B「フシューッ」

勇者「こ、っの! 魔剣士から離れろ! 氷魔<シャーリ>!」

司祭「大丈夫か? 高回復<ハイト・イエル>」

魔剣士「いったぁ……」

司祭「骨折は治したが、私の神性では痛みまで消せない。しばらく堪えてくれ」


魔女「……魔剣士ちゃんに手を出すなんて。二度と歩けないようにしてあげる」ボッ

甲殻鈍馬B「ングァ」グサッ

勇者「これで終わらせる……雷魔<ビリム>!」

甲殻鈍馬A・B「ングッ!?」


勇者「魔剣士、大丈夫?」

魔剣士「ええ、司祭に回復してもらったから。もうちょっとしたら剣も持てると思う」

魔女「今回は魔剣士ちゃんの勇み足だったかしらね? 苦手な魔物の時くらい、わたしを頼ってくれていいと思うな?」

魔剣士「そうね、焦っちゃってたと思う。気をつけるわ」

勇者「でも司祭さんのおかげで助かったよ。回復<イエル>じゃ骨折は治せないから」

司祭「私の力が認められたなら幸いだ。……せめてもう少し神性が高ければ、とは思うがな」

魔女「自分の未熟を嘆いてばかりじゃ先に進めないでしょ? 自分にできないことを知って、少しずつ前に進むべきじゃなくて?」

司祭「ふっ、そうだな」

司祭「…………ところで、気になったんだが。魔女はどうして敵を罵倒しながら戦うんだ?」

魔女「あれがわたしの戦い方なのよ? 魔物への悪口を、魔法に変えてぶつけるの。母がまじない師だったから、呪いはお手のものなのよ?」

魔女「だからわたしがぶつぶつ言っていても、気にしないでほしいなあ?」

司祭「それは構わないが……色々な戦い方があるものだ。世界とは広いんだな」


――――関係模索

    ◇夕方 宿

司祭「さて……三人は宿で休んでいてくれ。私は買い出しに出かけてくる」

勇者「それなら僕も行くよ。人数が増えた分、荷物も多くなるだろうし」

司祭「安心しろ、多少の荷物でまいるような体はしていない。ではな」

勇者「あ、ちょっと司祭さん」

バタン

勇者「ああもう、ちょっと行ってくるよ」

魔剣士「あたしも行きましょうか?」

勇者「魔剣士は休んでていいよ。左手のこともあるしね」

魔剣士「……そう? じゃあ、いってらっしゃい」

勇者「いってきます」

バタン

魔剣士「うーん、司祭って真面目すぎるのかしらね。雑用は全部一人でこなそうとするし」

魔女「そうねえ……」

魔剣士「それにほら、野宿の時とか。火の番はあたしや魔女がやらなくていいようにって立ち回ろうとしてるじゃない?」 

魔剣士「いつも気づかない振りして火の番しちゃうけど」

魔女「そうよねえ……」

魔剣士「……魔女。話を聞いてる?」

魔女「ええ。お母さんの料理が恋しいのよね?」

魔剣士「そんな話はしてないわよ!」


    ◇夜

勇者「~~♪」

魔剣士「お金の計算をしてる勇者って幸せそうよね……なんか、かわいそう」

勇者「ちょっと待って、なんで僕は憐れまれたの?」


司祭「いつ見ても面白い子たちだな」

魔女「あら、司祭くんってば保護者気分? 仲間相手にそういうのは感心しないなあ?」

司祭「実際、一回り年上なんだ。そう思っても仕方ないだろう」

魔女「そうかしら? 仲間は対等であるべきじゃなくて?」

司祭「別に私の方が偉いというわけじゃない。目線が違ってしまうのは年齢的なものだからな」

魔女「だとしても、わたしや勇者くんたちは守られるだけの相手じゃないのよ?」

司祭「わかっている。そこまで口うるさくしているつもりはないが?」

魔女「自覚がなかったのね? うるさくはないけど、気遣われすぎて面白くないと思っているのにな?」


勇者「なんで急に険悪になってるの?」コソッ

魔剣士「うーん、ちょっと心配よね」コソッ


司祭「そうか。すまない、そういうつもりではなかった。気をつけよう」

魔女「そうしてくれると助かるな?」

司祭「……だが一つ言わせてもらうが、魔女のその服装はどうなんだ?」

魔女「……何か文句があって?」

司祭「うら若き女性がそこまで肌を露出するのは好ましくないだろう。魔物に攻撃されることも考えれば、旅に適さない服だと思うが?」

魔女「どうして今になってそんなことを言ってくるのかしら?」

司祭「孤児院に来たばかりの頃は、余計な口出しだと思っていたからな。今は仲間で、対等だろう? だから口を出すことにした」


魔女「肌を出しているのには理由があるの! その方が魔物の魔力を感じやすいもの。索敵に有効なの。だから着替えるつもりはないのよ?」

司祭「そう言われてもな。いつ脱げるかと気が気じゃない服は、勇者の目にも毒だと思うが」

魔女「毒? 司祭くん、わたしの体は見るに耐えないものだって言いたいのよね?」


魔剣士「…………」ジーッ

勇者「よこしまな気持ちで魔女さんを見てないよ。だからその目は止めてくれないかな」


司祭「この場合の毒は、劣情をあおるものという意味だろう」

魔女「それは仕方ないでしょ? 勇者くんは若いんだもの?」

司祭「私もまだ若いつもりだが」

魔女「どうかしら? 司祭くんって老成しすぎだものね」


勇者「そろそろ二人を止めない? このままじゃ、いつどっちが怒りだすかわからないよ」

魔剣士「どうかしらね……放っておいても良さそうな気がするのよ。乙女の直感としては」

勇者「うーん。魔剣士の直感ってムラがあるから、あまり当てにするのもね」

魔剣士「……ちょっと。それどういう意味?」

勇者「そう怒らなくてもいいと思うけど。もともと直感なんだし、根拠があってのことじゃないでしょ?」

魔剣士「そうだけど! あたしの言葉を信じてくれてもいいじゃない!」


魔女「二人はどうして喧嘩してるのかしらね?」

司祭「さあな。いつものことだ、どうせ数分で仲直りするだろう」


――――悪魔との遭遇

    ◇資料館

『女神に刃向かったことで世界の果てに幽閉された悪魔は、たぶらかす人間を探しながら私たちを眺めているのです』

魔剣士「こういう伝承もあるのね」

魔女「狡知に長け、人を惑わし、世の道理から踏み外させる。悪魔の習性は一般的だけれど、女神様が直接関わるのは珍しいかしらね?」

魔剣士「へえ、そうなの?」

魔女「悪魔と女神様が同じ話に出るときはね、人間が間に挟まっているのよ? 悪魔に騙された人間を女神様が救済する、みたいにね?」

魔剣士「それならあたしも聞き覚えあるわ。恋人を失った男の話とか」

魔女「南の大陸だとその話が一番有名だものね?」

魔剣士「勇者ならもっといろんな話を知ってると思うけど」チラッ

  町長「いかがです勇者様。これだけ多くの逸話と資料を展示している場所は、城下町にもないでしょう!」

  勇者「はは、そうですね。僕も驚いているところです」

  町長「おお、勇者様からお褒めの言葉をいただけるとは! これは私の胸に留めず、広く紹介しなくてはなりませんな!」

  勇者「はは……は」

魔剣士「もう。勇者ってば弱腰なんだから」

魔女「町長さんも商魂たくましいのね? 勇者くんにこの資料館の話を広めてもらいたいんでしょう?」

魔剣士「みたいね。気持ちはわかるけど、あまりいい気はしないわ」

魔女「勇者くんを利用されてるみたいだから?」

魔剣士「……そういうんじゃないけど、それでもいいわ」


    ◇市場

少年「やーい! 悔しかったらここまでおいでーだ!」

少女「言ったなあ! ぜったい泣かせてやるんだから!」

司祭(仲のよいことだ)

司祭(孤児院はどうだろうな。男闘士と女術士がいれば危険はないだろうが、みんな元気にしてるだろうか)

司祭「……いかんな。こんなことばかり考えるから、魔女に保護者だなんだとからかわれる」

  商人「はあ、困った困った」

司祭「む……?」

  商人「どうしたものだろう。誰か心優しい人はいないものだろうか」

司祭(ずいぶんとわざとらしい御仁だな)

司祭「失礼。何かあったのか? 私でよければ力になるが」

商人「本当ですか! いやあ助かりますな! ほとほと困り果てていて、どうしたものかと思っていたのです!」

司祭「……して、何が?」

商人「実は、川沿いを南下している途中で馬車が脱輪しましてな。人手を探していたのですが」

商人「何しろこの町はケチで有名でして、お礼をふっかけられてしまうのです」

司祭「……つまりあなたは、無償で助けてくれる人を探していたと?」

商人「はは、いえいえそんな、無料でとは言いません。少しばかりのお礼は包みますとも!」

司祭(あまり期待はしないでおくか。町長に呼び出された勇者も、そろそろ解放されているだろうからな)

司祭「私が仲間と一緒に見てみよう」

商人「おお助かります! いやはや、これは今朝の女神様へのお祈りが効きましたな!」


    ◇川沿い

魔剣士「似てる」

魔女「そっくりよね?」

勇者「…………」ゲンナリ

司祭「どうしたんだ? 三人とも、渋い顔をして」

魔女「ふふ、どうしてかしらね?」

魔剣士「あのー、町長さんとはお知り合い?」

商人「ふん、あんなやつなど! あのバカ兄は商売を捨てたクズですな!」

勇者「やっぱり兄弟なんだ。ヒゲしか違いが見当たらないし」

魔女「商売の熱心さは家柄だったのね?」

商人「町長の話などいいではありませんか! ほら、見えてきましたよ! あれがわたしの馬車です!」

  御者「ひえ~!?」

司祭「悲鳴、か?」

魔剣士「ずいぶん力のない声だったわね」

商人「くっ、あの新入りめ! 馬車をろくに走らせることもできないばかりか、見張りさえダメなのか!」

勇者「まあまあ。……みんな、とりあえず行ってみようか」

魔女「なんだかイヤな予感がするなあ?」


商人「おい御者! 何をしている!」

御者「商人さぁん! こいつらが馬車に入ってくるんですよぉ」

イヌイヌA・B・C「ワンッ」

魔女「あらかわいい」

商人「魔物じゃないか! すぐ追い払え!」

魔剣士「イヌイヌって全く危険のない魔物だったわよね?」

勇者「そうだね。凶暴性のない唯一の魔物だったかな」

御者「そうは言っても魔物じゃないですかぁ~! 怖くて触れませんよぉ!」

司祭「やれやれ、女々しいことだな」

商人「御者、お前は次の町でクビだ!」

御者「えぇ~?」

勇者「まあまあ。とりあえず馬車を道に上げちゃおうか」

魔剣士「勇者、疲れたから投げやりになってるわね」

魔女「そうね? 魔剣士ちゃんが癒してあげたら?」

魔剣士「聞こえなーい、聞こえなーい」

勇者「司祭さん、そっちを持って」

司祭「そちらは川辺だから足場が悪いだろう。代わるか?」

勇者「大丈夫。任せてよ」

司祭「ならいいが。いくぞ?」

勇者「せー、のっ!」

グググッ


商人「おお! 馬車が浮きましたな!」

魔女「これくらい離れてやればちょうどいいかしら? 氷魔<シャーリ>」

商人「なんと! 溝が氷で埋まりましたな!」

魔剣士「……あたしだけやることなかったわね」

商人「いやあ、迅速な対応でしたな! 流石は勇者様!」

御者「こ、こらー、お前たちー! 暴れるなって!」

商人「……まったく、あの御者と来たら!」

イヌイヌB「わんっ」

イヌイヌC「やんっ」

御者「商人さんの荷物を持っていくな~!」タッタッ

御者「あぁ!?」コケッ

勇者「危ない!」

グイッ

ザブン

御者「ほえ……あれ?」

魔女「勇者くん!?」

魔剣士「ユウ!」ダッ


勇者(失敗した、川に落ちちゃったか……御者さんは大丈夫だったかな)

勇者(流れはそこそこ早いし、流される前に上がらなきゃ)

?「いいや、そのまま溺れとけ」

勇者「?」

?「ほーら、ドブン」

勇者(なっ!? 足を引っ張られて……息、が……っ)


    ◇世界の果て

勇者「ゴホッ、ケホッ」

?「よお、元気そうだな」

勇者「――――君、誰?」

悪魔「あん? オレの話は聞いただろ? 女神のせいでここに幽閉された悪魔だよ」

勇者「……それはあくまで伝承でしょ。実話じゃない」

悪魔「んだよ、頭のかてえ奴だな。じゃあ何か? 角や尻尾が生えてて肌の青いオレは悪魔以外のなんなんだよ?」

勇者「魔物化した人間とか」

悪魔「あー、いちいちうるせえな。オレぁ命の恩人だぞ? いちいち口答えすんじゃねえよ」

勇者「命の恩人、ね。僕の足をつかんで溺れさせたの、君だと思ったけど」

悪魔「ちっ、覚えてやがったか」

勇者「記憶力はいいからね。……でも君の行動はちぐはぐだよ。僕を溺れさせといて、どうして助けたの?」

悪魔「てめえに干渉するためだ。女神に監視されてるてめえと会うには、死ぬ寸前にかっさらうくらいしか方法がねえからな」

勇者「……監視って言い方はどうかと思うよ。女神様から勇者に選ばれた以上、見られていてもおかしくはないけどさ」

悪魔「はっ、あんなアバズレに見初められて喜ぶとは、とんだ甘ちゃんだな。乳離れできてねえのかてめえ?」

勇者「女神様の悪口を言うもんじゃないよ」

悪魔「てめえは何も知らねえからそんなことが言えんだよ。女神の奴はなあ、」

悪魔「――――――――――――――――――――――――――?」

勇者(なんだろう。声が出てない?)

悪魔「おい。聞こえなかったのか?」

勇者「君の声が出ていなかったんだよ」

悪魔「…………ちっ。女神の加護があるうちは無理か」

勇者「君、何がしたいのさ」


悪魔「おいてめえ、今すぐ女神の加護をぶっ壊せ」

勇者「そんなことするわけないでしょ」

悪魔「オレはてめえのためを思って言ってるんだよ!」

勇者「なら事情を説明しなよ」

悪魔「事情を説明するには女神の加護を壊さなきゃ無理なんだよ!」

勇者「はあ。君の境遇は聞いてるけどさ、だからって女神様を憎んでも状況は変わらないでしょ」

悪魔「ちっ。この女神信奉者が」

勇者「人類を救おうとしている女神様に、その言い方はどうなのさ」

悪魔「あの売女が救おうとするのは人類だけだろうが」

勇者「……魔物も救わなきゃダメってこと?」

悪魔「そうじゃなくてなあ――くそ、これ以上は気づかれるか」

勇者「気づかれるって、女神様に?」

悪魔「オレは無理矢理てめえを連れてきたからな。今の世界に勇者が不在だとまずいんだよ」

勇者「よくわからないけど、元の場所に戻してくれるならありがたいね」

悪魔「はっ、言ってろ恩知らずが」

悪魔「――――勇者」

勇者「何?」

悪魔「次はてめえを本当に助けてやる。だから、てめえはオレを助けろよ?」

勇者「話はよく飲み込めないけど。その時は助けるよ。きっとね」

悪魔「はん、約束だ」

悪魔「てめえが死ぬのを待ってるよ、バカな勇者め」


    ◇川辺

勇者「ん……」

商人「おお、生き返りましたな!」

司祭「勇者を勝手に殺すな」

魔剣士「よかった……よかったっ」ギュッ

勇者「オサ、ナ?」

魔女「もう、心配かけるんだから。あとでオシオキね?」

勇者「魔女さん……何が起きたんだっけ?」

魔女「まだぼーっとしてるみたいね? 覚えてないかしら? 御者くんを助けようとして、勇者くんは川に落ちちゃったのよ?」

司祭「勇者を助けるために魔剣士も川に飛び込んだ。お前は魔剣士に助けられたんだ」

御者「す、すみません、勇者さん……」

勇者「……いや、無事だったならそれでいいよ。本当なら溺れなかったはずだし」

司祭「妙な言い方だな。どういうことだ?」

勇者「ちょっと……いろいろあったんだ。目を覚ますまでの間に」

司祭「ふむ?」

勇者「オサナ、もう大丈夫だから。泣かないでよ」ナデナデ

魔剣士「もう……ユウのバカ」

勇者(白昼夢みたいなものかな。死ぬ間際に記憶がよみがえるのとは違うだろうけど。……なんて。夢じゃないことくらい、よくわかってる)

勇者「悪魔、か」


勇者(それにしては、不釣り合いな首飾りをしてたけど)


――――目指す場所

魔剣士「ただいまー」

魔女「勇者くん、頼まれていた地図はこれでいいのよね?」

勇者「二人ともありがとう。司祭さん、こっちに来てくれる? これからの旅路を確認したいんだ」

司祭「ああ、今行く」

勇者「それじゃ、地図を広げてっと」バサッ

魔剣士「あたしたちの暮らしてた村はどこかしらねー。あ、ここらへん?」

勇者「もっと下だよ。ここだね」

魔剣士「ずいぶん端っこにあるのね。じゃあ今の場所は?」

魔女「それはここでしょう?」トントン

魔剣士「へーえ、ずいぶん歩いてきたのね。こうして見るとなんだか感動しちゃう」

勇者「道のりとしてはまだ半分ってとこだよ」

司祭「待たせた」

魔女「大丈夫よ? まだこれまでの道を振り返っていたところだもの」

勇者「南の大陸を縦断してきたからね。色々と思い出もあるし」

魔女「わたしはここから仲間になったのよね」

司祭「私はこの街道から外れたところか。まだまだ新入りということだな」

魔女「一番の年長者なのにね?」

魔剣士「はいはい、魔女はそうやってからかわないの」


勇者「話を進めるよ。……明日一日かけて北上して、港町につく。そこからは船旅になるね」

魔剣士「北の大陸まで、ね」

勇者「そう。魔王が今どこにいるかはわからないけど、最初に現れたらしい開拓地には行っておきたいから」

魔女「魔王がいるのは開拓地の奥だと噂されているものね?」

魔剣士「それとは別に勇者は、お父さんを探さないといけないのよ」

司祭「初耳だな。どういうことだ?」

勇者「僕の父さんは開拓に参加していたんだ。……魔王が現れて以来、消息はわかってない」

魔女「そう。……無事だといいのだけど、ね?」

勇者「僕だって子供じゃないからわかってる。魔王が現れてからもう一〇ヶ月、たぶん父さんは生きてないと思う」

勇者「でも、せめて遺骨くらいは母さんに届けたいなって」

魔剣士「勇者……手、震えてる」ギュッ

勇者「ん、ありがと。はは、自分で言うほどは割り切れてないのかな」

司祭「――――では、当面の目的地は北の大陸の開拓地だな」

魔女「海の上かあ。わたしは東の大陸の血筋らしいけど、南の大陸からは出たことないのよね?」

司祭「私もだな。勇者と魔剣士もそうだろう?」

魔剣士「ええ。それどころか、こうして旅をしてなきゃ村から出なかったかもしれないわ」

勇者「僕は……どうだろうな。いつか村は出たんじゃないかと思う」

魔女「あらどうして? 村には魔剣士ちゃんがいるのに、満足できなかった?」

魔剣士「ちょっと魔女!」

司祭「やれやれ。だが、どうして村を出ていたと思うんだ?」


勇者「知りたいことがたくさんあったから、かな。西の大陸は技研を中心とした文明の機械化が進んでいる」

勇者「東の大陸なら結界魔法を筆頭に面白い魔法の始まりの地だし、北の大陸は上半分が謎に包まれてる」

勇者「自分が暮らしてる南の大陸でさえ、知らないことの方が多かった」

勇者「僕はたぶん、世界が広いことを実感したかった。だから勇者になる前から旅をしようとは思ってたんだ」

魔女「なるほどね? でもそれなら、勇者くんは未来の子供に夢を与える立場になるかしらね?」

司祭「……ああ、なるほどな。勇者は文明の発達と共にあった、か」

魔剣士「なによ二人だけ納得して。どういうこと?」

魔女「例えばね、世界で最初の船は、魔王討伐に向かう勇者さんが中心となって開発されたそうよ?」

司祭「魔物から人々を守るためにと作られた結界魔法に、魔力を帯びた水を参考に作った解毒魔法も同様だな」

勇者「ここ南の大陸で言うなら灌漑(かんがい)技術が顕著だね。……良くも悪くも、魔王の脅威にさらされた時に技術革新が起きているから」

魔剣士「ふーん。勇者と魔王の戦いってそういう側面もあったのね」

勇者「犠牲になった人のことを思えば、小さな利益だろうけど」

魔女「争いの後で生活が豊かになるというのも皮肉よね?」

司祭「…………さて。このままいけば数日中に海の上か。そうなる前に、孤児院へ手紙を送っておこうか」

魔女「あら、面白そうね? わたしも女術士ちゃんに送ろうかしら」

魔剣士「あたしは両親に送らないと。勇者は?」

勇者「僕は母さんと、魔剣士の家にも送るよ。心配かけてるだろうし」

魔剣士「んー、あたしの心配をしてくれるほど繊細な人たちだったかしらね」

勇者「答えづらいことを言うね……」

勇者(――――いよいよ開拓地が近づいてきた。覚悟はしてるけど、割り切れない気持ちもある)

勇者(父さん。僕は父さんの死を受け止められるくらいには、大人になれたかな?)

いったんここまで。
可能なら夜また書き込みます。

乙乙!

>魔女「争いの後で生活が豊かになるというのも皮肉よね?」
うんまあ、現実でもこんなもんだからね。
青銅器や鉄器は武器のためだし、街道の整備は進軍のためだし。
コンピュータしかり、ジェット機しかり、無限軌道しかり、コンビニしかり、サランラップしかり……。
悲しいけど、これが現実なのよね。


――――大陸の外へ

    ◇海上

魔剣士「んーっ、潮風って気持ちいいわね!」

勇者「海、気に入った?」

魔剣士「ええ。船旅も悪くないなって思うわ」

魔剣士「……ま、魔女はダメみたいだけど。今も司祭に看病されてるもの」

勇者「乗ってすぐ気持ち悪そうにしてたからね。まだ出発したばかりだから、魔女さんはしばらく辛いだろうけど」

魔剣士「どれくらいで北の大陸に着くの?」

勇者「三日三晩はかかるかな。三日後の午前中には向こうの港に着くと思うよ」

魔剣士「へえ、結構かかるのね」

勇者「船が進む早さは徒歩とそんなに変わらないからね」

魔剣士「船の大きさを考えたら、早いのか遅いのか微妙なところかしら」

勇者「早くすることは今でもできるらしいよ。揺れがひどくなるだけでさ」

魔剣士「魔女には優しくない乗り物になっちゃうわね」クス

勇者「もう船には乗らないと言い出しかねないかな」

魔剣士「それくらいなら、もう言い出していると思うわよ?」


魔女「わたし、もう船には乗らない……」

司祭「酷なことを言わせてもらうが、帰りはどうするつもりだ?」

魔女「南の大陸なんて、もういいのよ……わたし、帰る場所がないもの」

魔女「北の大陸で骨を埋める……」

司祭「やれやれ。いつものようにからかうこともできないか」

魔女「ふん、だ……大人しい女のほうが男は好きなんでしょ……」

司祭「魔女の意見を否定する気はないが、大人しいのと弱っているのは違うだろう」

司祭「今の魔女の方が好みだという馬鹿な男がいたら、殴りつけるところだ」

魔女「……ふんだ。かっこつけちゃって……」

司祭「魔女相手にかっこつけてどうする」

魔女「……わたしは、大丈夫だから。海を見てきたら?」

司祭「何だ急に。しおらしいことを言い出して」

魔女「うるさいのよ……看病させて、悪いなとは思ってるの」

司祭「勇者か魔剣士と交代した時にでもな。あの二人もしばらくしたら戻るだろう」

魔女「バカねー……久しぶりの二人きりなのよ、時間を忘れるに決まっているもの」

司祭「それならそれで構わないが。あの二人は一六になったばかりなんだ、大人になりきれる年齢じゃない」

司祭「勇者と魔剣士が楽しんでいる時くらい、私が魔女の相手をすればいいだろう」

魔女「……ふん、だ」

魔女「ほんと、バカなんだから……」


    ◇二日後

旅人「おい」

勇者「……」

旅人「おい!」

勇者「……もしかして、僕に声をかけてる?」

旅人「当たり前だろ、他に誰がいるんだよ」

勇者「ごめん、人の名前は忘れないほうだけど、君が誰だかわからないな」

旅人「おれは旅人ってんだよ。覚えたか?」

勇者「僕は勇者っていうんだ、よろしく」

旅人「誰がテメエの名前を聞いたよ? 自惚れんなバーカ」

勇者「……それで、何か用事?」

旅人「あん? 用事がなきゃ、おれはテメエに話しかけちゃいけねえのかよ?」

勇者(めんどくさい人に話しかけられちゃったな)

勇者「そうではないけどね。僕に話しかけてくるのって、何かしら聞きたいことなり頼みたいことなりある人が多いから」

旅人「はん! 女神みてえな頭の固い女に従えられてる奴に頼むことなんざねえよ」

勇者「……女神様の悪口は感心しないな」

旅人「けっ、テメエは誰とでもお友達になるような聖人君子じゃなきゃ認めねえのか? とんだ偽善者だな!」

勇者「悪口を公言するのと、好きになれない人がいるのは一緒くたにしちゃいけないよ。……ねえ、君は僕に喧嘩を売りにきたの?」

旅人「テメエなんざ喧嘩を売る価値もねえな! どんな腑抜けが勇者なのか見に来ただけだよ! じゃあな!」

勇者(行っちゃったか。なんだったんだろ)


船員1「旅人? そんな人はこの船に乗ってないはずですよ?」


    ◇入港

勇者「魔女さん、大丈夫?」

魔女「大丈夫じゃないのよ……でもちょっとはよくなったかしら」

司祭「停泊するまでは立ち上がることも覚束なかったがな」

魔女「司祭くんうるさい……」

魔剣士「はいはい。新天地に着いた早々、喧嘩しないの」

勇者「魔剣士が喧嘩を仲裁するのって違和感あるな」

魔剣士「あたしだって成長したもの。今なら勇者に一騎打ちで遅れを取らないわよ?」

勇者「うんそうだね、凄いね」

魔剣士「……見てなさいよ。いつか負かしてやるんだから」

司祭「成長はどこにいったんだかな」

魔女「はあ、気持ち悪い……」

  ウオビトA「…………」

  アンフィビ「なるほど、あれが勇者。いかほどのものでしょうか」

  アンフィビ「行きなさい。船は破壊して構いませんよ」

  ウオビトA「…………」コクリ


ドンッ

魔女「また揺れ……うっ」アオザメ

魔剣士「止まっていてもこんなに揺れるのね」

勇者「違う、さっきは完全に右に傾いた。停泊中にあんな揺れ方することはほとんどない」

魔剣士「……え、どういうこと?」

勇者「ちょっと周りを見てくる」

魔剣士「勇者、待ってよ! あたしも行くから!」

司祭「魔女。立てそうか?」

魔女「無茶を言わないでほしいのよ……」

司祭「なら仕方ない、船の周囲を氷魔<シャーリ>で固めてしまうといい。接岸しているから、揺れも多少はなくなるはずだ」

魔女「……何が起こっているのかしら?」

司祭「わからないが、何か起きてからでは遅いだろう」


    ◇船上

  ウオビトB・C・D「……っ!」ドゴン

魔剣士「勇者、あれ!」

勇者「任せて、風魔<ヒューイ>!」

  ウオビトB「!」ザブン

魔剣士「海に潜って逃げた、のよね?」

勇者「わからない。とにかく船から下りよう」

  船員「うわあ!」

勇者「魔剣士!」

魔剣士「わかってる!


魔女「高氷魔<エクス・シャーリ>!」

司祭「ふんっ!」ブオン

ウオビトF「ケフッ」ベチャッ

司祭「船の中に隠れているといい。私たちが魔物を倒す」

船員1「あ、ありがとうございます!」

魔女「司祭くん、大丈夫?」

司祭「まずいな。船にどんどん上がってきている。数も多い」

魔剣士「二人とも、無事!?」

魔女「こっちはなんとかね? でも、油断できない状況かしら?」

勇者(船を乗降できないよう、舷梯に魔物が集まってる。動きが合理的すぎる)

魔女「勇者くん、どうする? 船を下りるなら、集まっている魔物を一掃しましょうか?」

勇者「船の中にはまだ人が残ってる、離れられないよ。船の周り、魔女さんが魔法で固めたんでしょ?」

勇者「足場がしっかりしてるなら、ここで魔物を叩くしかない」

魔剣士「ああもう、考えるのは勇者に任せる! こっちに寄ってくる魔物、倒してくるから!」

司祭「援護してくる、後は頼む」

勇者「……魔女さん、魔力はできるだけ温存して」

魔女「理由があるみたいね? 気をつけようかしら?」

勇者(魔物に誰かが指示を出している。厄介かもしれない)

勇者「僕も前に出る。魔女さんは司祭さんの近くにいて」

ウオビトA「……」ベチャ、ベチャ

勇者「僕はあまり注目されたくないんだ。こんなお出迎え、ごめんだよ!」


アンフィビ「ふむふむ。ウオビトでは刃が立ちませんか」

アンフィビ「とはいえ攻撃は届く、でしたらウオビトを三〇体も差し向ければ息も上がるでしょう」

アンフィビ「どうせ結末は変わらないのです。なら勇者はここで死んでも問題ないでしょう?」

……


魔剣士「こ、のっ」ギシッ

勇者「はっ!」ズバッ

司祭「ふぅ……今ので、終わりか?」

魔剣士「はあ、はあ」

勇者「魔剣士、背中に怪我してる?」

魔剣士「大丈夫よ……ちょっと、体当たりされただけ」

司祭「すまない、回復が遅れてしまった。回復<イエル>」

勇者「魔女さん、魔力は残ってる?」

魔女「あと一回分、ってところかしら? ごめんなさいね、途中で使ってしまったの」

勇者「しょうがないよ、途中からみんな手が回らなくなってた。出し惜しみしたら、全滅してもおかしくない」

司祭「話は後だ、船に残っている人を陸に下ろさなければいけないだろう。また魔物に襲撃されたら厄介だ」

魔剣士「そう、ね……今すぐ……っ」バッ

ベチャッ

アンフィビ「おや、よけますか? 動きを止めていただけたら簡単だったのですが」

勇者「……やっぱり隠れてたんだね。出てこなければよかったのに」

アンフィビ「そうもいきません。勇者を殺すせっかくの機会ですから」

アンフィビ「私はアンフィビ、魔王様直属の部下をしています。勇者が死ぬまでの短い間ですが、よしなに」


司祭「勇者。まだいけるか?」

勇者「僕は何とか。司祭さんこそ、まだ回復できそう?」

司祭「長期戦は無理だ。魔女に魔法を温存させていたんだろう? すぐに終わらせるしかない」

勇者「それができるなら、ね」

勇者(ぬめぬめとした表皮……カエルみたいな両生類に近い生態かな。さっき魔剣士にぶつけようとした液体が気になるけど)

アンフィビ「では参りますよ。そー、れっ」

勇者「!?」ガキッ

アンフィビ「おや、よく反応しました。顔を引き裂けると思ったのですが」

魔剣士「勇者から離れなさいよ!」ブンッ

アンフィビ「おっと、なかなかの切れ味ですね。よく鍛えられた剣をお持ちのようだ」

魔剣士(嘘……ほとんど刃が通らなかった)

アンフィビ「しかし弱々しい……かーーっ、ぺっ!」

魔剣士「っ!」ベターッ

アンフィビ「これで動けませんね、さあ死になさい!」

魔剣士「こ、のっ!」ガキンッ

アンフィビ「おや、私の粘液を浴びながら、剣を盾にして攻撃を受けましたか。勇者のお供をするだけありますね」

アンフィビ「しかし、今度こそ動けません」ニヤー

魔剣士「くっ」ベターッ

魔剣士(か、体が床からはがれない……っ)


司祭「はあ!」ブオン

アンフィビ「ふむ」ピタ

司祭「くっ……」ブルブル

アンフィビ「聖職者にしては戦い慣れていますね。鉄の棍で背中を強打、それならばさしもの私も動きを止めるでしょう」

勇者「風魔<ヒューイ>!」

アンフィビ「おっと」シュパッ

アンフィビ「これは困りました。手で受け止めたら、自慢の水掻きが切れてしまいましたね」

勇者「ずいぶんとお喋りだね……やかましいったらないよ」

アンフィビ「おや、これは失礼。なにぶん退屈な戦闘でして。どう勇者を殺してみせるかと、余計なことを考えてしまうのですよ」

魔女「……そのぬめぬめとした体で歩き回らないでほしい、船が汚れちゃう、そんなこともわからない低脳なのかしら」ボボッ

アンフィビ「ほう?」チクッ

アンフィビ「今のはおもしろいですね。あなたの中には人間への悪意が詰まっているようだ。外に出し、魔力で固め、ぶつけることで攻撃する」

アンフィビ「魔物に近い戦い方と言えますね」

司祭「ふざけるな、魔女は人間だ」ブォン

アンフィビ「対してあなたは、おもしろくも何ともない」グンッ

司祭「がっ」

アンフィビ「腹部への膝蹴りで戦闘不能、ですか? 筋骨隆々とした体は見せかけのようですね」

司祭「…………まだ、だ」

アンフィビ「おやしぶとい」


アンフィビ「ふふ、さてさて」ペタペタペタ

勇者(……? どうして今、わざわざ僕たちから距離を取った?)

アンフィビ「ではそろそろ、勇者を殺させていただきましょうか」

アンフィビ「――――極氷魔<グラン・シャーリ>」

魔女「っ! 高炎魔<エクス・フォーカ>!」

アンフィビ「ふむ、あなたの魔法は通常のそれよりも、ずっとずっと威力が大きいようだ」

魔女「……あら、お褒めいただけるのね?」

アンフィビ「ええ、素晴らしいですからね。……が、私には届かない」

魔剣士(くっついた服は破いた、鎧と靴を脱いだ。あと床に張り付いているのは……)

アンフィビ「さて、魔法は相打ちに終わりましたか。ではもう一度、試しましょう」

魔女(ふふ、笑えない冗談ね……わたしは魔力が残ってないのに)

魔女「次は何の魔法かしら? 炎魔<フォーカ>? 雷魔<ビリム>?」

アンフィビ「そうですねえ……いっそ全部、ではいかがでしょう?」ニヤァ

魔女「!?」

アンフィビ「いきますよ? 極<グラン・」

魔剣士「やあぁ!」ブンッ!!

アンフィビ「!?」ザクッ

魔剣士「はぁ、はぁ」

アンフィビ「……あなたは戦線から離脱したものと思っていましたが。油断しましたね、これでは左手が動かない」

司祭(魔剣士、手の皮膚を力ずくではがしたか。無茶をする)


司祭「高回復<ハイト・イエル>!」

魔剣士「ごめん、ありがと……」

アンフィビ「しかしその回復は無駄ですよ。私に傷をつけたあなたに敬意を表し、勇者より先に殺してあげましょう」ペタペタペタ

勇者(また……どうして追撃しない? 何を嫌がって動いて……)

勇者「…………魔女さん。残りの魔力は?」

魔女「無茶、言わないでくれる? もう空っぽよ?」

勇者「僕の魔力全部を渡す。魔女さんには魔法を使ってほしい」

魔女「わたしの魔法であの魔物を倒せるかしら?」

勇者「アンフィビに魔法を使われたら難しいと思う。だから――――」



魔女「――――賭け、ね? 勇者くんの読みが間違っていれば、わたしたちが負けちゃうけど?」

勇者「その時は、僕が命がけでアンフィビを倒す。最悪、あいつは僕さえ殺せばいなくなるはずだから……」

魔女「捨て身の覚悟は嫌いよ? だから、自分の知恵を信じなさいね?」

勇者「わかった」ダッ

魔女「…………勇者くんからもらった魔力、ちょっと足りないのよね。がんばって練り上げて、魔法の威力を高めましょうか」


魔剣士「強がるのはいいけど、片腕となったあなたなら、あたしは互角に戦えるんじゃないかしら?」

アンフィビ「さて? どうでしょうね?」

勇者「一対一にこだわる必要はないよ。僕と魔剣士、二対一だ」

魔剣士「勇者……」

アンフィビ「おや、二人がかりなら私を倒せると?」


司祭「補早<オニーゴ>、補守<コローダ>」

勇者「司祭さん」

司祭「私の魔力はこれで尽きた、怪我はしばらく我慢してほしい」

勇者「――わかった」

魔剣士「はっ!」

アンフィビ「不意打ちでなければ、私を斬ることはできません」

アンフィビ「他の二人も同様です!」ダンッ

勇者「がっ」

司祭「かふっ」

アンフィビ「まずは死になさい、勇者!」ヒュッ!

勇者「くっ、そ」

ブォン

アンフィビ「おや? 勇者をかばった、それが女神の加護ですか」

アンフィビ「さすが、お気に入りなだけありますね?」

魔女「勇者くん!」

勇者「魔女さん、構わない! 吹き飛ばせ!」

アンフィビ「あなたが魔法を準備しているのはわかっていました。また相殺してあげましょう」

魔女「高風魔<エクス・ヒューイ>!」

アンフィビ「? どこに向かって魔法を」

勇者「決まってるでしょ。空に浮かぶ雲にだよ」


アンフィビ「…………忌々しい勇者ですね。いつ気づいたのやら」

勇者「あれだけ日の光を避けて歩き回ったんだ、僕だって気づく」

勇者「もう太陽を隠す雲はない。これで形勢は逆転できたかな?」

アンフィビ「私は逃げる、と言ったら?」

魔剣士「逃がすと思うの?」

アンフィビ「おお怖い。ですがいいのですか? 私を殺す間に、港に上がったウオビトが人々を殺しますよ?」

勇者「!?」

アンフィビ「そして私は、勇者たちに倒されるつもりがありません。まだ五分と五分、よい勝負ができると思いますよ?」

アンフィビ「どうしましょう? 続けますか? 次回に持ち越しますか?」

勇者「……魔剣士、船から降りて」

魔剣士「でも」

勇者「僕もすぐに行く」

魔剣士「…………ええ、わかった」

アンフィビ「賢明ですね。女神に気に入られるだけはある」

勇者「次は確実に倒すよ」

アンフィビ「今度は間違いなく殺しましょう」

アンフィビ(さて、太陽に体を相当焼かれましたか。こうまで日光に弱い私の体には、嫌気が差しますね)

アンフィビ「さようなら、勇者。束の間の命を楽しみなさい」ペタ、ペタ、ペタ


司祭「逃がしていいのか?」

勇者「次があるなら、今は悔しさを噛みしめる。あっちにこそ、死にものぐるいで倒しにこなかったことを後悔させるよ」

勇者「次は負けない。絶対に」

………
……


船長「怪我をした人は少なく、また怪我の程度も軽いようです」

勇者「そうですか。よかった」

船長「…………そうですな」

船長「しかし、船はもうダメでしょう。魔物の攻撃、魔法の余波、とてもではないが命を預けられません」

勇者「――――すみません。僕らの力が及ばず」

船長「あなた方は皆の命を守った。……命だけは守ることができた。それだけの話でしょう」

勇者「…………」


船員2「あんなんで、本当に魔王を倒せるのかよ……」


魔剣士「っ!」

乗客1「あの魔物が気まぐれを起こさなかったら……」

乗客2「もしかして、今度こそ世界は魔王に支配されちまうんじゃ……」

魔女(ま、人間なんてこんなものよね)

司祭「…………」

魔剣士「な、なんでよ……命をかけたのは勇者なのに、どうしてそんなこと言われなきゃ……!」

勇者「魔剣士、いいんだ」

魔剣士「でもっ」

勇者「僕が行く先々で厚遇されるのは、魔王を倒す力があると思われてるからだよ。その当てが外れたら、失望されてもしょうがない」

魔剣士「…………っ」グッ

魔剣士(あたしの力が足りなかったから……だから勇者が悪く言われちゃってるんだ)


――――新たな一歩

    ◇宿

魔女「僕らは強くならなきゃいけない、ね?」

勇者「うん。こんなこと、わざわざ僕が言わなくても皆は努力してたけどね……それでも、これからは本腰を入れなきゃいけないと思う」

魔剣士「ええ。あたし、もっと強くならなきゃ」

勇者「魔剣士の場合、単純な強さより戦闘での負担をなんとかしなきゃだね」

勇者「攻撃の要として一番前に出てるけど、その分だけ魔物に攻撃されちゃうから」

魔女「わたしはやっぱり、魔力の消費かしらね? 困ってはいたけど、ずっと解決はできないでいたもの?」

司祭「私は神性の低さが気になるが……こればかりは生まれ持ったものだ、変えられない。他の何かで補うしかないだろう」

魔剣士「具体的な問題がないのって、勇者くらいよね。魔法と剣の両立、最近はよくできてるでしょ?」

勇者「……いや、僕は致命的な問題があるよ」

魔剣士「そんなのあったっけ?」

勇者「魔物をしっかり倒すには、攻撃力が足りていない」

魔女「そう? もともと勇者くん、敵の弱点を見つけながら戦う方よね? あまり力不足って感じはなかったような?」

勇者「だからこそ、かもね。自分の未熟さをごまかせていたから」

司祭「……それぞれの問題を、あの魔物が再び現れるまでに解決しなければ、か。間に合うか怪しいところだな」

勇者「アンフィビと再戦する時期はこっちで調整できるよ。太陽をあれだけ嫌うようじゃ、川辺とかでないと活動できないと思う」

魔剣士「なら、いざ倒そうと思ったら相手の得意な場所に出向かなきゃなのね」

魔女「あとは雨の日に気をつけるくらいかしらね? またわたしの魔法で雨雲を吹きとばしちゃおうかしら?」

司祭「魔物も馬鹿ではない。同じ戦法を取られかねないなら、やはり陸地では襲ってこないだろう」

勇者「僕もそう思うよ。だからしばらくは、自分たちのことに集中して大丈夫じゃないかな」


魔剣士「……あの、勇者? ちょっと相談があるんだけど」

勇者「何?」

魔剣士「南の大陸を出る前に聞いたんだけどね、この近くに呪われた鎧が封じられた塔があるらしいの。そこに行きたいなあって」

魔女「あら、魔剣士ちゃんらしいお願いね?」

魔剣士「ダメ?」

勇者「いいよ。明日にでも塔の場所を聞いてみようか」

司祭「……呪われた鎧に思いを馳せるあたり、最近の若い女性にはついていけないな」

魔女「魔剣士ちゃんを女性の代表格とされちゃうのは困るなあ? わたしみたいに女性らしい人もいるのよ?」

勇者「魔女さんの女性らしさはもっと隠した方がいいと思うよ」

魔女「あら、勇者くんってばどこを見て言っているのかしら?」

魔剣士「というか勇者は、あたしの女性らしさが否定されたことに何か言ってほしいわ。傷つくじゃない」

勇者(……僕たちはまだ、強くなろうと一歩を踏み出したばかりだけど)

勇者(どうしてだろう。この四人でなら大丈夫だって、根拠もないのに信じられる)

勇者(仲間って、いいものだな)

いったんここまで。


――――理非の塔

魔女「ふふ、困りものよね?」

魔剣士「笑い事じゃないわよ!」

司祭「怒鳴っても仕方ないだろう。勇者も必死に考えているんだ、静かにした方がいい」

勇者(魔剣士が苛立つのもしょうがないかな。……まさか入り口が見つからないなんて)

勇者「見つかったのは怪しい謎かけだけ、か」

  上りたければ下るがいい

司祭「魔剣士も一緒に考えたらどうだ?」

魔剣士「あたし、頭を使うのは苦手なのよ……こういうのは全部勇者がやってくれたんだもの」

魔女「勇者くんは魔剣士ちゃんをいつも甘やかしているのね? お優しいこと?」

司祭「そうからかうな。魔女も頭脳労働者だろう? 何か思いつかないか?」

魔女「あら、この魔女を誰だとお思い? もちろん考えがあるのよ?」

魔剣士「なら先に言いなさいよ!」

魔女「ふふ、怖い怖い。この場合はね、上るための道は地面を掘って見つけろってことじゃないかしらね?」

司祭「なるほどな」


魔剣士「そういうことね! で、どこを掘ればいいの?」

魔女「さあ?」

司祭「勇者の考えがまとまるまで待つか」

魔剣士「そうね」

魔女「冷たいのね? 真面目に考えたのになあ?」

勇者(掘る、ではないと思うな。下ると明言する以上、どこかに道があるはずだけど)

勇者「三人とも、周囲に何かないか探してくれないかな? 塔から離れる必要はないから」

魔剣士「はいはーい」

司祭「わかった」

魔女「ねえ勇者くん? 地面を掘るってどう思う?」

勇者「この塔を作った人は知恵比べがしたいみたいだよ。体力に頼る方法ではないと思うな」

魔女「は~い。それじゃあわたしも、真剣に探すとしましょうね?」


……


魔剣士「何か、と言われてもそれらしいものはないわね」

魔剣士(枯れ井戸なんて珍しくもなんともないし)

……


魔女「うーん、めぼしいものはなかったかな?」

司祭「こちらも同様だ」

勇者「僕の方もダメだった。魔剣士は?」

魔剣士「あたしの方もなかったわ」

司祭「勇者はどんなものがあると期待したんだ?」

勇者「上りたければ下るがいい、を素直に受け取ってみようかなって。どこかで地下に行く道があるかと思ったんだけど」

司祭「思ったより単純に考えるんだな」


勇者「でも何もないんじゃね。僕の読み違いみたいだ」

魔女「うまくいかないものね? はあ、ダメだとわかったらのど乾いちゃったなあ」

魔剣士「へえそうなの? 水が飲みたいならそこの枯れ井戸に行ってきたら?」

勇者・魔女・司祭「…………」

魔剣士「な、なによ? ちょっとからかったくらいでそんなに怒らなくても……」

勇者「いや、いいんだ。とりあえずその枯れ井戸に行ってみようか」

……


勇者「深さは……大したことなさそうだね。井戸の形をした入り口なのかな」

魔剣士「へえ! 勇者、よく気づいたわね!」

勇者「はは。うん、たまたまだよ」

魔女「…………」ウズウズ

司祭「魔女、余計なことは言うな」

魔剣士「? まあいいわ、それじゃ早く降りましょうよ」


勇者「待って、一応確認しとかないと。炎魔<フォーカ>」シュボッ

魔剣士「木の枝に火をつけてどうするの?」

勇者「井戸に落とすよ。実は空気がありませんでした、ってなると井戸の底で全滅しちゃうし」

司祭「細かいことに気が回るものだな」

魔剣士「でしょ?」

魔女「どうして魔剣士ちゃんが自慢げなのかしらね?」

勇者「……大丈夫、みたいだね。それじゃ降りようか」


    ◇塔の中

魔剣士「また謎かけがあるのね……」

  軍隊アリは空を見ない

魔女「この塔、魔剣士ちゃんとの相性が最悪みたいね?」

………
……


………
……


司祭「さて、そろそろ五分になるが。扉は開くか?」

ギィ

勇者「よかった、これで進めるね」

魔女「それはいいのだけど、魔剣士ちゃんがへばってるのよね?」

魔剣士「もうイヤ……全部でいくつ謎かけがあるのよ……」

勇者「今ので最後みたいだから、元気を出しなよ」

魔女「あらそうなの?」

司祭「『その理性は本物なり』か。ならこの先に噂の鎧があるのだろう」

魔剣士「ホント!?」

魔女「これまで一問も解けなかった魔剣士ちゃんだけど、鎧を手に入れても大丈夫かしらね?」

魔剣士「う……」


勇者「どちらにしろ呪われた装備らしいから、魔剣士に装備してもらわなきゃ困るよ」

司祭「疑っていても話が進まないだろう。塔の試練をほとんど乗り越えた勇者か、神性の高い魔剣士かは、試してみた方が早い」

魔女「それもそうよね? ふふ、楽しみだなあ?」

魔剣士「だ、大丈夫よ! 鎧の呪いなんかに負けはしないわ!」

勇者「その意気その意気。頑張ってね」

司祭「……勇者は欲しいと思わないのか? 武器も防具も、目立った特長のない既製品だろう?」

勇者「羨ましくはあるけどね。旅の途中で、勇者にしか装備できないって触れ込みの剣でもあれば嬉しいかな」

司祭「ふ、そうか。見つかるといいな」

魔女「二人とも、話しているのはいいけど、もう鎧が見えてきてるのよ?」

魔剣士「あれ、よね」

司祭「ほう。呪われた装備のわりに、綺麗な鎧だな」

魔女「ホントよね? 魔剣士ちゃんの魔剣と比べちゃうと、拍子抜けかな?」

魔剣士「魔剣は鞘で隠れるからいいけど、鎧があまり毒々しい感じだと、着けるのイヤになるじゃない……」

勇者「理非の鎧、って名前らしいね。塔の名前をそのままつけたみたいだ」


魔女「でもこれ、本当に呪われているのかしらね? ふふ、ちょっと触ってみたりして?」ピト

魔女「――――最近の勇者くん、わたしを見ても反応が薄いなあ。もっと過激な服装とかどうかしらね」

魔剣士「魔女! 急に何を言い出すわけっ!」

魔女「はっ!?」バッ

司祭「どれだけ低俗なことを考えているんだ、魔女」

魔女「違う、違うのよ? 勇者くんがわたしの格好に慣れたなとは思うけど、誘惑しようとか思わないもの?」

勇者「……そっか。やっぱり呪われてるんだね。効果はなんだろ。錯乱とか、理性の低下とか、そういう感じかな」

魔剣士「つまり本性が出るってことね?」ジロリ

魔女「魔剣士ちゃん、わたしをにらまないで? 勇者くんを取ったりしないから、ね?」

魔剣士「べ、別にそんな理由で怒ってるんじゃないわよ!」

魔女「……司祭くん?」

司祭「なんだ?」


魔女「次は司祭くんの番ね?」

司祭「……さて、何の話だ?」

魔女「とぼけちゃイヤよ? 次、鎧に触るのは司祭くんね?」

司祭「冗談だろう?」

魔女「あらできないの? 聖職者でも、心の中ではいけないことを考えてるのかしら?」

魔女「ふふ、それが暴かれるのはイヤでしょうし、しょうがないかな?」

司祭「む……」

司祭「いいだろう、次は私が触る」

勇者「そんな張り合わなくても」

魔剣士「そうよ。油断して触った魔女が悪いんじゃない」

魔女「でもわたしだけ被害を受けるのって、不公平だと思うなあ?」

勇者「小さな子供みたいなこと言うね」

司祭「放っておけ。私の理性を証明してみせるだけだ」ピト

司祭「――――男女同室で宿に泊まるのは勘弁してほしいな。色々と、困る」


魔女「へえ?」

司祭「!?」バッ

魔女「ねえ司祭くん? わたしたちと一緒の部屋だと、何が困るのかなあ?」クスクス

司祭「……さあな、鎧の呪いで錯乱していたのだろう。わからない」

魔女「わたしは鎧に触れてるのよ? そんな嘘で言い逃れできると思って?」

勇者「だからやめるように言ったのに」

魔剣士「二人とも、年長者にしては変なとこで子供よね」

勇者「……司祭さん。旅の資金はそこまで厳しくないし、男女で部屋分けしようか?」

司祭「いらん気を使うな!」

魔女「あら珍しい。司祭くんが怒鳴るなんてね?」

司祭「っ……勇者、次はお前の番だろう」

勇者「僕まで巻き込まないでほしいな」

魔剣士「あ、でも試してみるのはいいんじゃない? 魔女や司祭と違って、勇者ならちょっと理性が下がっても問題ないと思うわよ」

魔女・司祭「…………」ズーン


勇者「……まあ、魔剣士が言うなら」

勇者(そんな風に言われたら断れないしね)

勇者(自分を信じるしかないか……)ピト

魔女・司祭「…………」ソワソワ

勇者「――――この鎧は魔剣士に渡さない」

魔剣士「へ?」

魔女「あら、勇者くんでもダメみたいね?」

司祭「はは、仕方ないだろう魔女。悪く言うものじゃない」

勇者「――――強い装備を手に入れたら、魔剣士はもっと前に出る。そしたら、怪我をする。死んじゃうかもしれないんだ!」

勇者「――――だから魔剣士には渡さない!」

魔女「……笑った自分が恥ずかしいな?」

司祭「言うな、私も悲しくなる」

魔剣士「勇者……」



勇者「――――こうして旅をするのだって、本当はイヤなんだ。危険な目に遭わせたくない」

勇者「――――僕のせいで怪我をしたらって、考えたらいつも怖くなる。だから……」

魔剣士「勇者」

勇者「――――っ」

魔剣士「鎧から手を離して」

勇者「――――い、嫌だ!」

魔剣士「その鎧はあたしが装備する。少しでも怪我をしなくて済むように」

勇者「――――だって、それじゃあ」

魔剣士「ならあたしに勇者を一人にしろって言うの? いつ傷ついて倒れるかもわからないのに、大人しく待てと言うの?」

魔剣士「……イヤよ、絶対にイヤ」

魔剣士「あたしだって勇者が傷つくのは怖い。ユウが勇者に選ばれなきゃよかったって思ってる」

魔剣士「でも、選ばれちゃったんだもの。だからあたしは、自分が後悔しない道を選ぶわ」

勇者「――――魔剣士……」

魔剣士「あたしは勇者の隣にいる。置いていったりなんて許さない。だから、鎧から手を離して」


勇者「っ」バッ

勇者「…………ずいぶん恥ずかしいことを言うね、魔剣士ってば」

魔剣士「ちょっと、思い出させないでくれる? 変なこと言い出す勇者が悪いんじゃない」

勇者「はは、そうだね。……ところで、司祭さんと魔女さんは座り込んで何してるの?」

司祭「気にするな、汚れている自分を自覚しただけだ」

魔女「どうしてこんな大人になっちゃったのかしらね?」

勇者「……ま、いいか。それじゃ魔剣士、最後に終わらせちゃって」

魔剣士「んー……これまでの惨事を見てると、ちょっと怖じ気づいちゃうわよね」

勇者「魔剣士なら大丈夫だよ。僕は信じてるから」

魔剣士「――そう? なら試してみるわ」ピト


魔剣士(うわ……頭がぐわんぐわんする)

魔剣士(なんだろ、ぼーっとして……ああ……難しいことを考えるの、面倒よね……このまま思考を投げ出しちゃえば……)

勇者『僕は信じてるから』

魔剣士(っ!? って何考えてるのよあたしは! 勇者の期待を裏切れるわけないじゃない!)

魔剣士(刃向かうんじゃないわよ鎧のくせに! だまってあたしに従いなさい!)

――――バチッ

魔剣士「ん……?」

勇者「魔剣士、どう? 大丈夫?」

魔剣士「ええ、いけそう。……ふふ、呪いに勝ったわ!」

魔女「最初の予定通り、ね?」

司祭「丸く収まったなら何よりだな。……なかったことにしたくはあるが」

魔剣士「そういえば司祭。あたしたちと一緒の部屋だと、何が困るのよ?」

司祭「気にするな。忘れろ。いいな?」

魔剣士「何よ凄んじゃって。ねえ勇者、あたしたちと一緒の部屋だと何か困るの?」

勇者「…………」

勇者「さあね。僕にはわからないかな」


――――理非を問う

    ◇夜 宿

魔女「むにゃ……」zzz

司祭「――――」zzz

勇者「……」ムクリ

カチャ、カチャ

魔剣士(zz……ん、ん~?)

カチャ、チャキ

勇者「……」

ガチャ、パタン

魔剣士「ユウ、者?」

魔剣士(なん、だろ……きちんと装備して、出てった?)

魔剣士「何かあるのかしら……追いかけないと」

魔剣士(っと。一応あたしも装備してこう)

カチャカチャ


    ◇町外れ

勇者「…………二の剣、空縫い」シャッ

勇者「…………三の剣、影払い」チャキ

勇者「…………四の剣、死点繋ぎ」チャッ、、、

勇者「やっぱり流れがぎこちないか。実戦で使えないどころか、相手がいない時でさえこれじゃ、先が思いやられるな」

勇者「……魔剣士は満足してないみたいだけど、左目穿ちはほぼ完璧だった。せめてあれくらいには使えなきゃ」

勇者「もう一度、」

魔剣士「右手に力を入れすぎ。そんなんじゃいつまで立っても修得できないわよ」

勇者「魔剣士……? どうしてここにいるのさ」

魔剣士「それはあたしの言葉よ。鎧までつけて出て行くから何かと思ったら、こんな時間に剣の特訓?」

勇者「ちょっと、眠れなくてね」

魔剣士「子供みたいなこと言うんじゃないわよ。明日があるんだから、疲れをとるために力ずくで寝なさいよね」

勇者「でもさ」


魔剣士「はあ、いいわ。ちょっと相手をしてあげる。あたしが勝ったら、大人しく休みなさいね」

勇者「……素手?」

魔剣士「木剣の用意がないの。勇者は剣を振ってもいいけど?」

勇者「いいよ、僕も素手で相手する」

ジリッ

勇者「……ふっ!」ガッ

魔剣士「悪いけど時間をかけるつもりはないの」フッ、、、

魔剣士「無手、影払い」バッ

勇者「っと、わ!?」

魔剣士「受け身は取れた?」

勇者「ってて……全力で足を払いに来たね」

魔剣士「足首を裏から払う。技を知っててやられるんなら、一人で特訓する意味はないわよ?」

勇者「『まず防げ。それから技を教えてやる』、か」

魔剣士「騎士団の教えね。そのせいで、あたしや勇者は技を自力で身につけなきゃいけないんだけど」

勇者「半年じゃ教われなかったみたいだしね、お互いに」


魔剣士「全くだわ。……ふう」ストン

勇者「どうしたの、隣に座って」

魔剣士「もう特訓は終わりでしょ? あたしも一休みするの」

勇者「こんな野原で?」

魔剣士「いいじゃない。今夜はこんなに星が綺麗なんだもの」

勇者「……そうだね。寝転がってると、一面の星が眩しいくらいかな」

魔剣士「あらいいわね。首が痛くなるし、あたしも寝転がろっと」ゴロン

勇者「…………」

魔剣士「…………」

魔剣士「懐かしいわね」

勇者「村にいた頃?」

魔剣士「夜に抜け出しては、一緒に近くの遊び場で過ごしたじゃない」

勇者「家に帰ると、だいたいバレてて母さんたちに怒られるんだけどね」

魔剣士「あの頃とは、時間も距離も離れちゃったわよね……」

勇者「……うん」


魔剣士「でも勇者は、昔とちっとも変わってない」

勇者「そうかな?」

魔剣士「覚えてる? あたしがカゼひいた時、勇者ってば一人で遠出して雪の花を摘んできたわよね」

勇者「そんなこともあったな。あの時はこっぴどく怒られたっけ」

魔剣士「思い詰めた勇者は、いつも無茶するの。あの時だって、村に帰ったのは朝方で、ご飯も食べずに歩き通しだったそうじゃない」

魔剣士「……今も勇者は無茶するの。一人で思い詰めて、魔物に勝てなかったのは自分のせいだって決めつけてる」

勇者「そんなつもり、ないんだけどね」

魔剣士「じゃあどうして一人でこそこそ特訓してるの? 心配されるってわかってるからじゃない」

勇者「……ごめん」

魔剣士「謝るくらいならしないで。もし魔物に襲われたらどうするのよ」

勇者「特訓にはちょうどいい、かな」

魔剣士「バカ」

………
……


勇者「そろそろ戻ろうか」

魔剣士「そうね。明日も早いんだし……あれ」

勇者「どうかした?」

魔剣士「左手。見せて」

勇者「ああ、ちょっと擦りむいたんだよ。大したことないから」

魔剣士「あたしが転ばせた時よね? 見せて、手当てしなきゃ」

勇者「大丈夫だよ、これくらい放っておいてもいいって」

魔剣士「あたしが治すの! いいから手を……っ」グッ

魔剣士(ひ、左手を取ろうとしたら、勇者に抱きつく、みたいになって……)

勇者「あの、魔剣士。素直に治してもらうから、その、さ」

魔剣士「…………」

――――バチッ


魔剣士「――――ユウぅ……」

勇者「え、急に甘い声出してなに……ちょっと待って! なんで抱きしめてくるのさ!」

魔剣士「――――あたし、もう我慢できないよぉ」

勇者「だからって僕の鎧を脱がさないでよ! ほんとやめて!」

魔剣士「――――だって邪魔なんだもん、これ……」カチャカチャ

魔剣士「――――あは、取れたぁ……///」ギュッ

魔剣士「――――んん~……ユウの心臓、すっごいばくばくいってるよ? そんなにどきどきしてるんだ?」

勇者「慌ててるからだよ! 抱きつくな! 耳当てるな! においもかぐなっ!」

勇者(なんなんだよ急に! こんな理性を失くしたみたいな行動して!)

勇者「…………理性? 理非の鎧?」

勇者(まさか、呪いに負けちゃった?)

魔剣士「――――ユウ、どきどきしてるんだよね? 興奮してるんだよね? ……じゃあ、あたし素直になってもいいよね?」ヌガシ

勇者「服に手をかけないでよ! シャレにならないって!」


魔剣士「――――あたし、本気よ?」

勇者「余計に悪い!」

魔剣士「――――ユウ、あたしね、ずっと前から……」ヌガシ、、、

勇者(ひぃ、下半身に手を伸ばしてきた! 本気で止めないと!)

勇者「オサナ、落ち着いてよっ」

魔剣士「――――あたし、落ち着いてるわ」

勇者「なら話を聞いて。僕は成り行きに身を委ねたくないんだ」

魔剣士「――――細かいことなんて、気にしなくていいじゃない」

勇者「そうかな。細かいことの積み重ねで僕とオサナの今があるのに、それを捨ててもいいと思う?」

魔剣士「――――でも……あたしは……」

勇者(手の力が緩んだ!)

勇者「オサナ」ダキッ


魔剣士「――――っ! ユ、ウ……///」

勇者「オサナは今、鎧の呪いに負けちゃってるよね? それでいいの? 僕との関係に、余計なものが入っても納得できる?」

魔剣士「――――それ、は……」

勇者「僕はオサナを信じてる。鎧の呪いに負けっぱなしじゃないってね。だから……」チュッ

魔剣士「――――っ!?」

勇者「……おでこ、だけど。今はこれだけじゃ、ダメかな?」

魔剣士(あたし、何してるんだろ……ユウを半裸にして、押し倒して……あたしはこんなことがしたかったの?)

魔剣士(違う、そうじゃないわ。望んでいないとまでは言わないけど、あたしの中にはもっと綺麗な想いがある)

魔剣士「こ、っの……!」

魔剣士(ユウがあたしを信じるなら! こんな鎧なんかに負けられるはずないじゃない!)

魔剣士(塔では勝てた! なら今だって勝てるに決まってるわ!)

魔剣士「~~~~っ!!」

――――バチッ


魔剣士「…………」

勇者「元に、戻った?」

魔剣士「……勇者。ごめ……ん」

魔剣士「…………くぅ」zzz

勇者「寝ちゃった? 急すぎて、狐につままれてる気分だけど……」

勇者「とりあえず、宿に戻ろっか。おやすみ、魔剣士」


    ◇朝 宿

魔剣士「ああぁぁ! ああ――――!!」

魔剣士「バカバカ、あたしのバカァ!!」

魔女「魔剣士ちゃん、朝から何を騒いでいるのかしらね?」

司祭「わからん。だがまあ、勇者に関わる何かだろうな」

勇者「はは……まあ、ちょっとね」

魔剣士「…………」ピタリ

魔剣士「死にたい……誰か殺して……」

魔女「静かになったと思ったらこれねえ? ずいぶん思い詰めてるようだけど?」

勇者「そっとしておいてあげてよ」

司祭「魔剣士は何をしたんだ?」

勇者「ちょっとした若気の至り、かな」

魔剣士(うぅ……しばらく、勇者の顔をまともに見れないじゃない、こんなの)

魔剣士(あんな、あんなことするなんて……)

魔剣士「…………」

魔剣士(でも、ちょっとだけ感謝はしてあげる)

魔剣士(呪いのせいでひどい目にあったけど、勇者、おでこにキスしてくれたもの)

魔剣士「…………えへへ」オデコナデナデ

今日はここまで。

読んでいただきありがとうございます
>>200-202
私はホチキスやGPSがそうだと世界史の時間に学びましたね

乙乙!

>>249
GPSは最近だね。
というか、今現在も軍事用と民生用では精度に差が出るようにしてあるし。

ちなみに、ホチキス(ステープラ)の方は俗説で、実際は関係ないらしい。
ホッチキス Mle1914重機関銃を発明したベンジャミン・バークリー・ホッチキス(B.B.Hotchkiss)の発明品と言われてるけど、ステープラ(ホチキス)の原型は16世紀の発明だし。
医療用ステープラと同じ使い方を戦場でしてたから、勘違いされたという説が有力だね。

>>250

魔剣士「~~も魔物と争う途中で生まれたそうよ。どう、あたしだって物知りでしょ?」

勇者「えっと……あのさ、魔剣士、すごく言いにくいんだけど」

魔剣士「なによ?」

勇者「それって俗説で、実際は関係ないらしいよ」

魔剣士「うそ!?」

勇者「僕も調べたことあるんだけど、時期が似通っているだけみたいなんだ」

魔剣士「そう、なの……」

魔剣士「ちぇっ、せっかく勇者に喜んでもらえると思ったのに」

勇者「僕に教えるために探してきてくれたんでしょ? それだけでも嬉しいよ」

魔剣士「――ふーん、だ。あたしはそれくらいじゃ満足しないんだから」

魔剣士「いつか勇者をぎゃふんと感心させてあげるわ」

勇者「ん、ありがと。期待して待ってる」


以下、再開します。


――――まじない言葉

魔女「高風魔<エクス・ヒューイ>」ブワッ!!

魔女「高雷魔<エクス・ビリム>」バチバチッ!!

魔女「高<エクス――魔力が足りないかしらね? 炎魔<フォーカ>」ゴォ!

魔女「これで空っぽ……やっぱりうまくいかないなあ?」

………
……


魔女「というわけなのよ? 何かいい案はなくて?」

司祭「ふむ……」

魔剣士「勇者なら助言できるんじゃないの? 木の枝にとっても小さくした炎魔<フォーカ>で火をつけたりしてたじゃない」

勇者「そうなんだけど、あれって意識だけの問題で、特別なコツがいるわけじゃないからね」

魔剣士「そう……」


勇者「それにむしろ、威力を下げるより上げる方が難しいんだよ」

司祭「そうなのか。初耳だな」

勇者「魔法の構成はほとんど決まっているからね。そこにどれだけ魔力を流し込むかで魔法の規模は変えられるんだけど」

勇者「魔力を増やしすぎれば、魔法の構成を破壊しちゃって暴発するかな。僕の魔力はそんなに多くないけど、やろうと思えばできるだろうし」

魔剣士「でも魔女の魔法って威力がすごいじゃない。よく魔法の構成が壊れないわよね」

魔女「ふふ、自分では意識してないかなあ? でもわたしって、魔法を弱めることはできなくても強めることはいくらでもできるのよね?」

司祭「不器用なのか天才なのか、意見の分かれるところだな」

魔女「あら、ひどい言い草? 司祭くんって優しくないのね?」

魔剣士「話がそれるようなこと言わないの。……それにしても、勇者が何も思いつかないようじゃ、いったん保留かしらね」

司祭「いや、私は一つ思いついたことがある」

勇者「へえ、どんな?」

司祭「魔女の母親はまじない師だったのだろう? 魔女は自分を呪うこともできるんじゃないかと思ってな」


魔女「ふうん? 呪いで強引に魔力の量を絞ってしまうのね?」

魔剣士「そんな都合のいい呪いあるわけ?」

勇者「魔法が使えなくなる呪い、なら聞いたことあったかな。それを応用すればってところか」

魔女「わたしは人を呪ったことがないけど、できるかしらね?」

司祭「呪うのは自分なのだし、成功するまで何度でも呪えばいいだろう」

魔剣士「ここだけ聞くとかなり悪辣なこと言ってるわよね」

魔女「ふふ、ほんとにね? とりあえず、やれるだけやってみましょうか?」


    ◇翌日

魔女「聞きかじりの知識でだけど、呪ってみたのよ?」

魔剣士「呪われてるから手首に模様が出てるの?」

魔女「その方がそれっぽいじゃない?」

司祭「ふむ。見たところ呪いは協力そうだが、大丈夫なのか?」

魔女「さあ? やってみないとわからないかしらね?」

勇者「魔女さんの調子が軽すぎて不安だけど……試してみるしかないね」


    ◇町外

魔剣士「あ、タートルエッグ!」

タートルエッグ「…………」ムスッ

魔剣士「あいつ、殻にこもっている間は剣を弾くから嫌いだわ」

司祭「魔法を試すにはうってつけだろう」

勇者「なら魔女さん、任せるよ」

魔女「ふふ、勇者くんに期待されちゃった? なら頑張らないとね?」

魔剣士(むむっ)

魔女「フォーカ!」スカッ

司祭「……ふむ」

魔女「あら? シャーリ! ヒューイ!」スカスカッ

魔剣士「魔法、出ないわね」

勇者「呪いが強すぎたのかな」

魔女「エクス・ビリム!」シーン

魔女「……ダメね、これ」

勇者「とりあえず魔物だけ倒しちゃおうか。雷魔<ビリム>!」バチッ


    ◇翌日

魔女「呪い直してみたのよ?」

魔剣士「今度は大丈夫なわけ?」

魔女「どうかしらね? 弱い呪いにはしてみたのだけど?」

司祭「ふむ。かなり軽微な呪いだな。どれだけ効果があるやら」

勇者「試してみるまではわからないか。じゃあまたやってみよう」


    ◇町外れ

甲殻鈍馬「…………」ムカッ

魔女「あら、いい的ね?」

勇者「大丈夫? あいつどう猛だから、油断してると危ないけど」

司祭「私たちで魔女を守ればいいだろう」

魔剣士「そうね。魔女は気にせず魔法を使ってみたら?」

魔女「ならお言葉に甘えようかしら? 氷魔<シャーリ>!」

甲殻鈍馬「ッ!?」カチーン

司祭「魔法は使えたな」

魔剣士「でもこれまでと魔法の威力変わってないわよ? 魔力の消費、よくなったの?」

魔女「うーん? 試すだけ試してみましょうか?」

魔女「風魔<ヒューイ>! 雷魔<ビリム>!」

甲殻鈍馬「…………」グテー

勇者「魔物への攻撃が過剰すぎる」


魔女「あと一回……使えなくはないみたいね? 炎魔<フォーカ>!」

灰「    」

魔女「ふふ、魔力がなくなっちゃったかしら?」

魔剣士「これまでだいたい三発だったし、効果はあったんじゃない?」

司祭「どうだろうな。旅に出た時と比べて、魔力の量が増えただけにも思えるが」

勇者「改善の余地あり、ってことでいいと思うけど?」

………
……


魔女「呪いって難しいなあ?」

魔女(まじない師をやってた母さんは、弱音なんて一つもこぼさなかったな)

魔女(周りの人に疎まれても、素知らぬ顔でやり過ごして……でもわたしには笑顔を見せてくれたのよね)

魔女(……遠いなあ、母さんの背中。わたしってば、追いかけようとはしてこなかったもの。離れても仕方ないのだけれど)

魔女「でも届かなくちゃね? みんな手伝ってくれるんだもの」


――――巣立ち雛の恩返し

魔術師「……誰かと思えば、ずいぶん珍しい人がいるじゃない」

魔術師「久しぶりね、司祭さん」

司祭「魔術師が孤児院を出てから、もう三年になるか。見違えて当然だな」

魔術師「そりゃね。美人になったでしょ?」

司祭「そうだな。綺麗になった」

魔術師「ぷ、そういう生真面目なとこ変わらないね。相変わらず独身でしょ、それじゃ」

司祭「私の相手をしてくれる変わり者がいないからな」

魔術師「相手してあげようか?」

司祭「バカを言うな、一〇年早い」

魔術師「あ、ひどーい。一五歳の時は五年早いだったのに、もっと伸ばしてきた」

魔術師「次は二九歳まで待たなきゃだよ。ちょっと長くない?」

司祭「……小さい頃から知っている相手に、そういう想いを抱けという方が無理なんだ」

魔術師「ふーんだ、司祭さんの頑固者」


魔術師「あ、マスター。ぶどう酒を二つお願いね」

司祭「本題に入っていいか?」

魔術師「やっぱり純粋に会いたかったんじゃないんだ。うん、いいよ。何の用事?」

司祭「私は今、勇者と一緒に旅をしている。だが力不足でな、強くなりたいんだ」

魔術師「……勇者と旅? 驚いた。司祭さんが孤児院から離れたことにも驚きだけど、その理由が予想外」

司祭「孤児院の畑を魔物に荒らされたことがあってな。魔物の被害をなくすには、魔王を倒すしかないだろう?」

魔術師「だからって、孤児院を離れたのはどういう心境の変化よ?」

司祭「男闘士と女術士から、孤児院に時間を捧げず、自分の幸せも考えろと言われたんだ」

魔術師「ああ。あの子たち、司祭さんには感謝してるもんね。私と違って健全な方向で」

司祭「……。女術士に結界<グレース>を教えたのは魔術師だろう?」

司祭「今は結界で孤児院を覆えるようになったから、男闘士と二人でも守れると言われてな」

魔術師「やっぱりあの子、才能あるのね。私は魔法の構成を手紙で送っただけよ?」

魔術師「建物ごと結界で守るのは、既存の魔法があるからそっちを参考にしてと丸投げしたしね」

司祭「だとしてもだ。感謝している」

魔術師「その感謝、言葉じゃなくて別の形で示して欲しいな?」


司祭「すまないな」

魔術師「……謝らないでよ、司祭さんのバカ。冗談なのに悲しくなる」

司祭「…………」

魔術師「ふう。それで、強くなりたいだっけ。方針はあるの?」

司祭「私は神性が低いから、そこをどうにかしたくはあるが……」

魔術師「それは無理ね。神性は女神様から与えられるものだから。下がったって話はいくつもあるけど、上がった話は聞いたことないもの」

司祭「ああ。そうなれば補助魔法だな。私は今、補早<オニーゴ>と補守<コローダ>しか使えない」

司祭「最低でも補力<ベーゴ>。余力があれば他の補助魔法も使いたいものだが」

魔術師「ん……一つ、当てはあるよ」

司祭「そうか、助かる」

魔術師「司祭さんが覚えられるかわからないの。これは結界<グレース>を作りあげた何代目かの勇者が使っていた魔法なんだけど」

魔術師「数秒先の未来を見て、最適な行動を取るための魔法ね」

魔術師「短期予知魔法、予知<コクーサ>。魔法の構成はだいたい知ってるけど、難しい魔法なの。私もまだ使えないくらい」


司祭「努力で何とかなればいいが。教えてくれるか?」

魔術師「いいよ。でもご褒美くらいは欲しいな」

司祭「……今度、何か装飾品でも贈ろう」

魔術師「ダーメ。私が決めるから、司祭さんは応えてくれるだけでいいの」

司祭「結婚しろとか、無理な願いでなければな」


    ◇宿

勇者「おかえり、司祭さん」

魔剣士「わ、お酒くさい! 司祭のイメージが崩れるわ!」

司祭「そんなに飲んでいないがな。酒を飲んだのは初めてだし、酔う危険は知っているから相手に合わせただけだ」

魔女「でもこれだけ臭うのよ? 一〇杯は飲んだでしょう?」

司祭「魔術師が一三杯飲んだからな。私も同じだけは飲んだ」

魔剣士「ずいぶん飲んでるじゃない。その割にはしっかりしてるけど」

魔女「きっと酒豪なのね? 聖職者なのにいけないんだあ?」

司祭「酒を嗜む程度であれば禁じられていない。酔いは悪だとされていたがな」

勇者「一三杯は嗜むって量じゃないけどね」


勇者「ところで、成果はあった?」

司祭「ああ。しばらくは魔法を教わることになるな。何日か町に滞在しても構わないか?」

魔剣士「大丈夫でしょ? どっちにしろ、魔女も呪いを完成させなきゃだし」

魔女「いざという時、魔剣士ちゃんたちに守ってもらわないとだものね? ふふ、手の掛かる魔女だなあ?」

勇者「自分で言うんだ?」

魔剣士「最近は、魔力を使い切るまで魔法を乱発するのを見守るだけじゃない。守った覚えがないわ」

司祭「私はしばらく見守れないが、進展を期待している」

魔女「あら、応援されちゃった? なら頑張らないとね?」

勇者「司祭さんも頑張って。手伝えることがあったら言ってよ」

司祭「ああ、頼りにしている」


    ◇数日後

魔術師「じゃんけん、ぽい」グー

司祭「まだダメだな」グー

魔術師「間違ってはいるけど、未来は見えてるんだよね?」

司祭「ああ。不鮮明ではあるが、ぼんやりとな」

魔術師「ならちょっと魔法の構成を直さないとね。もともと失われちゃった魔法だし、どこかが間違えてると思うもの」

司祭「やれやれ、先が思いやられるな」

魔術師「そう? 私は司祭さんと一緒にいられて、悪い気分じゃないよ?」

司祭「……そうか」

魔術師「……うん。そうだ、ちょっと休憩する? 朝からずっと考え詰めだったし」

司祭「すまなかった、無理をさせたか?」

魔術師「これくらいへっちゃら。あまり気を遣わないで?」

司祭「できるだけな。私は外の空気を吸ってくる」

バタン

魔術師「――――はあ。司祭さん、私のこと本当に見てくれてないんだな」

魔術師「ひどいよ。孤児だったから出会えたのに、孤児として育てられたから女として見てもらえないなんて」


司祭(まだ予知<コクーサ>は切れていないか。出来損ないではあるが、今と未来の世界が同時に見えることにも慣れなければな)

司祭「…………む。三、二、一」

司祭「魔女か」

魔女「あら? わたしが背後に立つって知ってたみたいに声をかけるのね?」

司祭「そういう魔法だからな。数秒先の未来を見通す魔法なんだ」

魔女「面白そうな魔法ね? 司祭くんも着々と前に進んでるみたい」

司祭「魔女の方はどうなんだ?」

魔女「ふふ、聞いてくれる? わたしね、ついに呪いの加減に成功したのよ?」

司祭「それは良かった。魔女の魔法は頼りになるからな」

魔女「誉めても何も出なくてよ? それに、魔力を抑えた分だけ威力も落ちちゃうもの」

司祭「解決策はあるのか?」

魔女「より高位の魔法に変えるくらいかしら? 以前ならね、一度使うだけで魔力を全部持ってかれちゃったのよ?」

司祭「ほう? なら最上位の魔法はもとから使えたのか?」

魔女「もちろん? わたしって才能に溢れてるものね?」


司祭「羨ましい限りだ。私は才能に恵まれなかったからな」

魔女「そうかしらね? 未来予知の魔法、使えているのに?」

司祭「予知できるのは行動までで、発言はわからないがな。しかもそれでさえ未完成だ」

魔女「何か試す方法はあるの?」

司祭「じゃんけんだ。手軽だろう?」

魔女「ふふ、おもしろそう? ならやってみましょ? じゃーん、けーん、」

……


司祭「…………」

魔女「五回やって五回とも負けちゃったな? これでもまだ未完成なのね?」

司祭「ああ、難しい魔法だからな」

魔女「頑張ってね? わたしも応援してるかしら?」

司祭「ふっ、そこは応援してると言い切って欲しかったがな」


    ◆

魔術師「誰だろ、あの人……」

魔術師「司祭さん、あんな風に笑うんだな……私、知らなかった」

魔術師「司祭さんのこと、私、何も知らない」


    ◇数日後

魔術師「じゃんけん、ぽん」チョキ

司祭「またか」チョキ

魔術師「もうちょっと手を加えなきゃ、ね。司祭さん、どこを直せばいいと思う?」

司祭「私には考えもつかないな。魔力の消費量を抑え、未来がはっきり見えるよう構成も簡略化した。効果時間もこれで限界だろう」

魔術師「……うん、やっぱりそうだよね」

魔術師「何か参考になる魔法書、あったかなあ」

司祭「…………」ヒョイ

魔術師「っ!?」バッ

司祭「背後から投げられたものを避ける、か。やはり魔術師も予知<コクーサ>を使っていたんだな」

魔術師「知って、たの?」

司祭「魔術師以外とのじゃんけんでは負けなかったからな。未来予知を行っている者同士だから、勝ち負けが安定しなかったのはすぐにわかった」

魔術師「……ごめんなさい」

司祭「怒ってはいない。この数日で魔法に慣れたのは事実だ。魔術師には補力<ベーゴ>も教わったからな」


魔術師「本当は、予知<コクーサ>がこの構成だってわかってたの。司祭さんと一緒にいたくて、わざと構成を崩して、不完全なものにしてたから」

司祭「そうか」

魔術師「ねえ司祭さん。私、司祭さんと一緒にいたいの。私も仲間に入れて。魔王を倒すために私も戦う。だからお願い、連れて行って?」

司祭「ダメだ」

魔術師「どうして!」

司祭「死ぬかもしれないからだ」

魔術師「私、そんなこと怖くない!」

司祭「――――外を歩こう。今日はいい天気だ」

魔術師「……うん」


魔術師「司祭さんたちはどこに向かってるの?」

司祭「北の開拓地だ。魔王が最初に現れ、以降姿を消した場所だからな」

魔術師「そう……」

司祭「その前に寄り道をしなくてはいけないが。倒せなかった魔物がいる」

魔術師「だから強くなりたかったの?」

司祭「そうだ。私はあの時、手も足も出なかった。勇者は弱点を見抜き、魔剣士は一撃で戦況を変えた。魔女は、相手の魔法を相殺してみせた」

魔術師(司祭さんと話していたあの人は、軽装だった……たぶんあの人が)

魔術師「魔女……」

司祭「あの戦いは、それぞれが自分のせいで勝てなかったと思っている。だからみんな、強くなることを決意した」

司祭「自分のふがいなさが悔しかったのもあるだろう。だがそれより、仲間から頼られる自分でいたいという思いが強かったと思うんだ」

魔術師「仲間、ね」


司祭「……私は魔術師を仲間だと思うことはできない。魔術師は家族で、守るべき存在だ。その意識は、ずっと変えられない」

魔術師「――――ねえ司祭さん」

司祭「なんだ」

魔術師「私は、魔術師は、あなたのことを愛しています。私を愛してくれませんか?」

司祭「すまない」

魔術師「……答えはわかってたけど、悲しくなる。初めて真面目に言ったのにな」

司祭「すまなかった。魔術師はその思いを、男闘士や女術士からも隠していた。そのことで苦しんでいるとも知っていた」

司祭「だが、私には何もできなかった」

魔術師「謝らないでよ、司祭さん。黙ってたのは私の勝手。黙っているのが辛くて孤児院を出たのも同じ」

魔術師「司祭さんを独り占めしたかったのも、私の身勝手だもの」

司祭「だが」

魔術師「ねえ司祭さん。私、司祭さんの役に立ったよね?」

司祭「……ああ」

魔術師「やった。なら、これくらいはもらってもいいよね?」


魔術師「えい」チュッ

司祭「!?」

魔術師「もらっちゃった。……それに、あげちゃった」

司祭「急に、何を……」

魔術師「司祭さん、女の子とキスしたことないよね? 私も初めてのキスだったんだよ?」

司祭「だが、私は魔術師の気持ちには応えられない」

魔術師「わかってる。……だからいいの。私、これできちんと諦めるから」

司祭「すまなかった」

魔術師「謝らないで。優しくしないで。そんなことされたら、司祭さんを諦められなくなる」

魔術師「だからね」クルッ

魔術師「だから、これでおしまい! 司祭さんは強くなったよ! 胸を張って仲間の元に戻って! ……家族とは、ここでお別れっ」ポロポロ

魔術師「またね。……またね、司祭さん」ダッ


司祭「…………」

司祭「……いるんだろう、魔女」

魔女「また予知しちゃったの? 知らない方がいいこともあるのよ?」

司祭「効果時間が終わらないんだ。どうしようもない」

魔女「……そうね」

魔女「じゃあ司祭くんに忠告してあげる。あの子、いい女になるのよ」

司祭「そうか」

魔女「告白を断ったの、後悔してあげてね」

司祭「しない」

司祭「絶対に、しない」

魔女「――――そう。ならきっと、後悔はしないんでしょうね」

今日は(たぶん)ここまで。


――――共鳴

勇者(魔剣士はあれ以来、鎧の呪いに負けることはなくなった)

勇者(魔女さんは魔法の使用に極端な制限がなくなったし、司祭さんは未来予知することで回復や補助を完璧にこなしている)

勇者(だからあとは僕だけ……なのに)

勇者(どうすれば強くなれるのか、手応えが全くつかめない)


    ◇街道

魔剣士「ここを進めば川辺に大きな町があるのよね?」

司祭「地図の通りに進めばな」

魔女「いよいよ雪辱を果たす時だものね? わたし、なんだかわくわくしてきちゃったな?」

魔剣士「自信を持つのはいいけど、油断はやめなさいよね」

魔女「ふふ、大丈夫よ? わたしが一番、わたしのことを信用してないもの」

司祭「それはそれでどうかと思うが」

魔剣士「本当にね」

勇者「…………」

魔剣士「勇者?」

勇者「ん、何?」

魔剣士「大丈夫? ぼうっとしてるみたいだけど」

魔女「旅の疲れでも出ているの? お姉さんが癒してあげましょうか?」

魔剣士(むむっ!)

魔剣士「それならあたしに任せなさいよ。今日明日は野宿でしょうけど、町についたら宿でマッサージしてあげるわ」

勇者「はは、そんなに疲れてないから大丈夫だよ」


司祭「緊張しているのか? 勇者は背負うものが多い、再戦への不安もあるだろうが」

勇者「……大丈夫。心配しないで」

魔剣士「そうよね。みんな強くなったもの」

魔女「特に勇者くん。あの魔物に負けてから、人一倍熱心に魔物と戦ったものね?」

魔剣士「んー、そう考えるとあたしって何もしてないのよね。新しい鎧を装備して喜んだくらいだわ」

司祭「それにしたって、神性が少し揺らぐだけでも呪いに負けてしまうのだろう?」

司祭「神性を高く保つ方法はわかっていない、それだけでも大変だと思うが」

魔女「そうよ? 自分は何もしてない、なんて考えはよくないと思うな?」

魔剣士「ええ、気をつけるわ」

勇者(……僕は本当に強くなったんだろうか。気を遣われているだけじゃなくて?)

勇者(目に見えた成果がないのは、僕だけなのに?)

魔剣士「……勇者、頼りにしてるわよ?」

魔剣士(どうしたのかしら、勇者ってば。思い詰めた顔してる。一人で悩みを抱え込むの、止めてほしいのにな)

……


魔女「ん……また魔物の気配かしらね?」

司祭「この辺りは特に多いな……予知<コクーサ>」

魔剣士「あたしにも見えたわ。五匹、ちょっと多いわね」

勇者「――――あれは首折り猿だね。腕の筋肉が異常に発達してるから、動きは遅いけど力は強い」

魔剣士「ならあまり近づかないようにしなきゃね」

司祭「この後で感づかれる。お喋りは止めだ」

勇者「なら、行こうか」


魔女「まずは威嚇しないとね? 高炎魔<エクス・フォーカ>」

勇者(これまでより威力は落ちてるけど、魔法を普段から使っていける恩恵の方が強いな)

首折り猿A「キキッ」

魔剣士「お尻の火にばかり注意してちゃダメダメね! はあっ!」ズバッ

司祭「この様子なら問題ないか。私も前に出る」

魔女「あら、気をつけなさいよね?」

司祭「無論だ」

勇者(筋肉の多い腕を攻撃するのは有効じゃない。剣筋は横じゃなく縦を意識して……)

勇者「はっ!」

首折り猿B「ウキャアッ」バタリ

首折りボス猿「……ウキキッ!」

首折り猿A,C,D「キキッ」ダッ

魔剣士「何? 急に動きが良くなって……」

勇者「!? ボス猿が混じってる! 一人だけ攻撃が集中するから、気をつけて!」

司祭「…………狙われるのは勇者だ!」

魔剣士「っ!」

首折りボス猿「キキ、キーッ!」

首折り猿D「ウキャァッ!」ババッ

勇者「このっ、離れろ!」

首折り猿C「ウキッ!」ドンッ

勇者「がっ!?」

魔剣士「勇者っ!」

魔女「……勇者くんに近づかないで、野蛮な猿の分際で」ボッ


勇者(さすがに囲まれると厳しい……ボス猿を先に叩かなきゃ)

勇者(魔女さんに頼む……いや、ボス猿がやられた後、こいつらの狙いが魔女さんにいったらまずい)

勇者(魔剣士や司祭さんは、僕を守ろうと動いてる。二人に頼りながらなら、ボス猿を倒しに行けるはずっ)ダッ

司祭「勇者から離れ……っ、勇者、出るな! 上だ!」

勇者「!?」

首折り猿E「ウキャーッ!」バキッ

勇者「っっ……」ガクッ

魔剣士「勇者!」

勇者(ぎりぎり、頭は守れた……でも鎖骨が折られた、かな)

勇者(くそ……早く、立たないと)

魔剣士「はあぁぁ!!」ブンッ!

首折りボス猿「……キキ、キーッ」

首折り猿D,E「ウキャッ」ババッ

魔剣士「っ、このっ!」

勇者(魔剣士に狙いが変わった? 僕の、せいだ)

勇者(あれだけ近くちゃ魔法だと助けられない……司祭さん一人だと厳しい、僕も行かなきゃ)

勇者「痛っ……く、はっ」

魔女「……早く魔剣士ちゃんから離れなさいよ、その尻の赤さは不快なの」ボッ

魔剣士「ちょこまかと、邪魔なのよ!」ブンッ

首折り猿E「ウキャッ!」ザクッ

首折り猿A「ウキキッ!」

司祭「魔剣士!」

勇者「っ!」

勇者(僕は、間に合わないっ。せめて、せめて何か……)


    ~

岩石グモU『シャッ?』

アンフィビ『おや? 勇者をかばった、それが女神の加護ですか』

    ~


勇者(これ、なら……)

勇者「僕じゃない、魔剣士を守って!」

ブォン

首折り猿A「ウキャ?」ガキン

魔剣士「これ……女神の加護。勇者の?」

司祭「勇者、こっちに! 高回復<ハイト・イエル>!」

勇者「ごめん、助かった!」

勇者(魔剣士は女神の加護が守ってくれる。今度こそ、僕はボス猿を倒さなきゃ!)

ブォン

魔剣士「あれ……急に、体が軽くなった?」

勇者(何だろ、力がわいてくる。今ならきっと、あのボス猿に剣が届く)

勇者「はっ!」ブンッ

魔剣士「見える。あと三匹!」

魔剣士「……四の剣、死点繋ぎ」ババッ

首折りボス猿「ウキャーッ」バタッ

首折り猿A,C,D「ウキ……キィ」バタッ

魔剣士「いきなりうまくできた……どうして?」

勇者「――――共鳴」

魔剣士「……女神の加護? なんでかしら、胸が暖かくなる」

勇者「そっか。これが、勇者の……」


……


魔女「ごめんなさいね? もっとうまく魔法を使えたらよかったのだけど」

司祭「仕方ない。魔物は私たちにまとわりついて離れなかった。魔法で狙うには難しいだろう」

勇者「僕の読み違いもまずかったよ、ごめん。魔剣士や司祭さんが助けてくれてるから、強引にでもボス猿を倒そうと躍起になってた」

魔剣士「勇者の気持ちはわかるけどね。あたしも同じことしたかもしれないし……それより、最後のあれは何なの?」

勇者「共鳴、って言うみたい」

魔女「共鳴?」

勇者「女神の加護を相手に与えることで、僕と相手の力を引き出すというか……」

司祭「ずいぶんと曖昧だな。それが勇者の力なのか?」

勇者「たぶん。できるってことだけは理解してるんだ。中身がわからなくて、説明できないのがもどかしいけど」

魔剣士「……原理はよくわからないけど、凄かったわよ。実力以上の力を出せたのがあからさまにわかったもの」

魔女「ふうん? その共鳴って誰とでもできるのかしら?」

勇者「できるはずだよ。今度、魔女さんや司祭さんにもお願いする」

勇者「僕自身、これがどういう力で、どんなことができるのか、よくわからないから」

司祭「どんな力か把握できていない、というのも難儀だな。いざという時、思わぬ失敗に繋がりかねないだろう」

魔剣士「まあいいじゃない、今はそのくらいで。おいおい試しましょ?」

勇者「でも、良かった。これでようやく」グッ

魔剣士「勇者? ……ねえ、もしかして――」


司祭「…………さて。そろそろ野宿の準備もしなければならないか。魔女、手伝ってくれ」

魔女「あら、わたしに力仕事をさせようなんて、司祭くんも人使いが荒いのね? 泣きたくなっちゃうな?」

司祭「たまには体を使うのもいいだろう。やるだけやってみろ」

魔女「もう、ひどいなあ? わたしって頼まれたらきちんと仕事をこなすのよ?」

スタスタ

魔剣士「気遣われちゃった。ねえ勇者」

勇者「何?」

魔剣士「最近、どうしてそんなに焦っていたの?」

勇者「……誤魔化しちゃ、ダメかな」

魔剣士「あたしがわかってないと思う? ずっと不安なのを隠してたじゃない」

勇者「魔女さんや司祭さんになら見抜かれてなかったと思うけど、魔剣士相手じゃ無理だったか」

魔剣士「あたしも理由まではわかってなかったわよ。……本当に強くなってるのか不安だなんて、思いもしなかった」

魔剣士「あれだけ頑張っていたのに、自分を信じられなかったの?」

勇者「……どうしても、ね。着実に力をつけていくだけじゃ、目に見えた成果としては表れなかったし」

勇者「けど、もう大丈夫だよ。共鳴っていう、勇者の力の使い方がわかったから。もう不安になんてならない」


魔剣士「…………もう、バカなんだから」ダキッ

勇者「――魔剣士?」

魔剣士「自分の努力を否定しないで。共鳴は確かに凄かったわよ。怖いくらいに劇的な刺激だった」

魔剣士「でも、それが活きるのは実力がついたからでしょ? 与えられた力なんて誇らないで」

魔剣士「あたしたちは勇者の努力を知っているから、勇者に命を託せるの」

勇者「…………そっか」

勇者「ねえ、抱きしめ返してもいい?」

魔剣士「――――どうしてよ?」

勇者「ダメかな」

魔剣士「――――好きにしたらいいじゃない」


魔女「ふふ。覗き見なんて、司祭くんってばいけないんだあ?」

司祭「うるさい。……それにしても、勇者はそんなことを悩んでいたのか」

魔女「自分が見えていないのね、きっと。首折り猿を最初に倒したのも、集中攻撃を受けたのも、勇者くんが一番強いからなのに、ね?」


――――女神の仰せ

    ◇夢

勇者「ここは……」

女神「ようやく会えましたね。私の勇者」

勇者「あなたは誰?」

女神「こうして会うのは初めてですが、あなたは何度も私の姿を見ているはずですよ」

勇者「……女神様?」

女神「あなたたちは私をそう呼びますね」

勇者「…………僕に何かご用でしょうか?」

女神「聡い子ですね。ですがかしこまらなくていいのですよ。私はあなたたち人間の味方です」


勇者「どうして今、僕の前に現れたんでしょうか」

女神「あなたが勇者の力に目覚めたからです。私は勇者を導くことはできますが、人間に多くの干渉をすることはできません」

勇者「どうしてですか?」

女神「私と関わることで人間に与える影響は大きすぎるのです。あなたに話しかけるだけで勇者の力を与えたように」

女神「ですが今のあなたなら、私の声を聞いても総体としての人間に影響を与えないでしょう。それが話しかけた理由で、目的はありません」

勇者(総体としての人間……?)

勇者「僕が勇者として未熟な内に話しかけたら、どんな問題があるんですか?」

女神「その時々により変わるでしょう。あるいは勇者、あなたが人間を滅ぼすこともありえます」

勇者「……まさか」

女神「ええ。そうですね。きっとそんなことは起きないでしょう」

勇者「…………」

女神「もうすぐ夜が明けます。またいつか話しましょう、私の勇者」


    ◇朝

勇者「――――」

勇者「夢、じゃないよね」

魔剣士「勇者、そろそろ起きて……なんだ、起きてるじゃない」

勇者「……おはよ、魔剣士」

魔剣士「今日は珍しく遅いお目覚めね。また夜に抜け出しでもしたのかしら?」

勇者「あれは反省してるってば。強くなろうと焦りもしないって。……ちょっと変な夢を見ただけ」

魔剣士「変な夢? 余計なことばかり考えながら寝るから、そんな夢を見るのよ」

勇者「そういう魔剣士は夢を見ないの?」

魔剣士「そうね、最近はあまり……」

魔剣士(あ。この前、勇者がとても甘えてくる夢を見たんだっけ)

魔剣士「……ぜんぜん見ないわね」

勇者「ふーん? まあいいけど」

魔剣士「それで? 勇者はどんな夢を見たの?」

勇者「女神様にからかわれる夢、かな」


――――川辺の再戦

    ◇市場

魔剣士「ここって大きな川のおかげで交易が盛んなのよね?」

勇者「そのはずだよ」

司祭「……それにしては、見る影もないな」

魔女「そうね? まだお昼前なのに、どのお店もほとんど売り物がないみたい?」

勇者「何があったか想像はつくけど、話は聞いてみようか」


    ◇町長の家

町長「お察しの通り、今は魔物のせいで船を出せない状況が続いています」

勇者「人の形をした魚の魔物ですね?」

町長「ええ……もともと、この大陸では水辺に生息する魔物です」

町長「手強い魔物ですが、あまり群れない習性なのでしょう、単独で現れるなら船乗りたちでも勝つことができました」

町長「だが最近は、群れで行動するようになりました。人を襲うより、船を壊そうと知恵を使ってきます」

町長「そうなれば、船乗りたちでは勝てません」

司祭(アンフィビ、あの魔物が指揮を取っているのだろうな)

町長「この大陸は魔物が強く、陸路を進む行商が激減したことも災いしました。魔物の脅威が長引くなら、この町は長くありません」

魔剣士(諦めが早すぎやしないかしら。あの喋る魔物ならともかく、普通の魔物なら戦おうとしても良さそうなものだけど)

勇者「僕たちが魔物と戦います。近づけばすぐに現れるんでしょうか?」

町長「……勇者様。お言葉ですが、無理はなさらないでください」

勇者「どういうことです?」

町長「勇者様たちがこの大陸に来てすぐ、魔物に襲われたことは聞いております。勝てなかった、とも」

魔女(話は知っていて当然よね。人の気を引く噂は足が速いもの)


町長「勇者様たちが現れた時期と、魔物が知恵を持った時期は同じようです。けして無関係ではないでしょう」

勇者「……そうですね」

町長「でしたら話は簡単です。勇者様には、すぐに次の町を目指していただきたい」

町長「魔物の狙いが勇者様なら、この町から離れてしまえば船を襲う理由がなくなりましょう」

町長「それだけで、町は救われるのです」

勇者「…………」

魔剣士「なによそれ」ボソッ

魔剣士「おかしいじゃないそんなの! 魔物を倒すことができなかった、でも追い払うことはできた!」

魔剣士「それでも勇者は、あなたたちに失望されなきゃいけないの!?」

勇者「魔剣士」

魔剣士「なによっ!」

勇者「座って。町長さんの考えは間違ってないよ」

魔剣士「――――っ」

魔剣士「外に出てくるわ。あたし、黙って聞いてられそうにないから」

バタン

勇者「……町を出ることに異存はありません」

魔女「勇者くん?」

勇者「ですが、それは船を襲う魔物と戦ってからです」

勇者「僕たちが魔物を倒すのも、倒せず僕が殺されてしまうのも、この町にとっては同じことでしょう?」

町長「……それは、そうですが」

勇者「船の近くでは戦いません。それで構いませんね?」


    ◇川辺

司祭「魔剣士、そろそろ機嫌を直したらどうだ」

魔剣士「だって!」

勇者「僕なら大丈夫だよ」

勇者「魔剣士が僕の気持ちを代弁してくれるから、僕は落ち着いていられる」

勇者「だからそろそろ、怒った顔は引っ込めてほしい、かな?」

魔剣士「……ふんだ。何よもう、強がっちゃって」

魔女「ふーん? 勇者くんって魔剣士ちゃんを口説くのが得意なのね?」

魔剣士「口説かれちゃいないわよ! 魔女のバカ!」

勇者「そっか、あれじゃまだ足りないんだね」ボソッ

魔剣士「え?」

勇者「なんでもないよ。そろそろ川辺だし、気を引き締めていこうか」

魔剣士「待ちなさいよ! 今なんて言ったの!?」

司祭「……時々思うのだが。勇者は魔剣士に対してだけ、腹黒くないか?」

魔女「そうなのよね? ふふ、おかしいんだあ?」


勇者(みんなから不信のの目を向けられるのは、僕が弱かったから)

勇者(でも、もう大丈夫。僕たちは強くなった。きっと勝てる)

勇者「魔剣士。頼りにしてる」

魔剣士「……何よ急に」

勇者「言っておきたかったんだよ。戦いが始まる前にね」

魔剣士「いいわ、ならいくらでも頼って。私はどんなものでも斬る剣になってみせるから」


    ◆川上

アンフィビ「ようやく現れましたね。町の人々を見捨てられない、それが勇者の敗因です」

アンフィビ「ウオビトよ、雨乞いをしなさい。この場はこれから嵐になる。多少の風では吹き飛ばない、厚く重たい雲を作るのです」

アンフィビ「ここを勇者の墓標とするためにも、ね」


    ◇川下

司祭「またこいつらか。あの魔物はどうしても小手調べをしたいらしいな」

魔女「ふふ? それならぱぱっと終わらせちゃいましょう?」

ウオビトA~Y「…………」

勇者「自分たちから切り込む必要はないよ。来た順に倒していけばいい」

魔剣士「一人で突出すると、魔女が魔法を打てないものね」

魔女「あら、学習してくれたようでありがたいのよ?」

勇者「――――空が真っ黒になった。嵐になるのかな。天候は魔物の味方みたいだね」

司祭「関係ないな。こちらには女神の加護があるんだろう?」


    ◆川上

アンフィビ「わずかな時間で、強くなったものですね」

  司祭「魔女! 手負いが近づいてくるぞ!」

  魔女「……生臭いのよ近寄らないで」ボッ

  ウオビトM「…………っ」グサッ

アンフィビ「これは少し、計算が狂いましたか」

  勇者「魔剣士、あとは任せる」

  魔剣士「了解、トドメくらいは差してあげるわ」

アンフィビ「ふふ、ふふふ……」

アンフィビ「浅はかなものです。この程度の力で私に勝てるとでも?」


    ◇川下

魔剣士「やっ!」ズバッ

ウオビトY「……!」バタッ

司祭「今ので最後、か」

魔女「思ったよりも呆気なかったみたいね?」

勇者(急に襲われたか、戦う覚悟をしてあったかの違いもあるだろうけど)

勇者「気を抜くのは早いんじゃないかな。もうそろそろ」

司祭「……! 魔女、こっちだ!」グイッ

魔女「っ」

ベチャァ

アンフィビ「おや、また避けられてしまいましたか。きちんと不意をついているのですがね」

勇者「アンフィビ……!」


アンフィビ「会いたかったですよ、勇者。あなたが息絶えるのを望まない日はありませんでした」

魔剣士「……っ」

勇者「そうなんだ。どうして叶わない願いを抱いちゃったんだろうね」

アンフィビ「強がりますね人間風情が。ウオビトの呼んだ雨雲は前回のように飛ばせません。雨に打たれながら、最後の時間を後悔に使いなさい」

勇者「――魔剣士、共鳴するよ」

魔剣士「ええ、力を貸して」

ブォン

アンフィビ(女神の加護を他人に……? 何の意味が)

魔剣士「――――。やっ!」ダッ

アンフィビ「っ、早い! が、まだまだです!」ガキン

魔女「魔剣士ちゃん離れて! 高氷魔<エクス・シャーリ>!」

アンフィビ「その程度、効きません!」

司祭「ぬんっ!」ブオン

アンフィビ「あなたの攻撃など!」ガッ

司祭「同感だ。お前の攻撃など受けない」ガッ

勇者「はあ!」ブンッ!

アンフィビ「かはっ?」ザクッ

魔剣士「次……!」

司祭「深追いはするな! 引け!」

魔剣士「っ、と……!」ピタ


アンフィビ「…………ぺっ」ベチャ

アンフィビ「予備動作を省きましたが。よく粘液をぶつけると見抜いたものです」

司祭「同じ戦法だからわかっただけだ」

アンフィビ(ふむ……力の差はだいぶ縮まっていましたか。真っ当に戦っていては、私が危ない)

アンフィビ「ではそろそろ攻撃を強めましょうか。極風魔<グラン・ヒューイ>」

魔女「させると思って? 極氷魔<グラン・シャーリ>!」

アンフィビ「おや、あなたにそんな大技が使えたとは。ではもう一度試しましょう、極雷魔<グラン・ビリム>」

魔女「あら、もう一度ね? 極氷魔<グラン・シャーリ>!」

アンフィビ(以前は荒れ狂っていた魔力が沈静化している? まさか、こんな短い期間に魔力の性質が変わると思えません。いったい何が……)

勇者「――――!」ブンッ

アンフィビ「っ!」ガキッ

勇者「反応、できると思わなかったな……っ」ジリッ

アンフィビ「不意打ちですか。正しい戦い方では私に勝てない、人間らしく狡猾な手法ですね」ギリッ

アンフィビ(幼生のままで相手をするのは得策じゃありません、か)

アンフィビ「ふんっ」ガキッ

勇者「とっ……!」バッ

アンフィビ「――――この嵐の中なら変態も可能でしょう。勇者、教えてあげます。人間が魔物には勝てないことを!」

グチャ、グチュ

魔剣士(気持ち、悪い……筋肉がぼこぼこと動き回ってる……)

勇者(手足が退化して、代わりにイソギンチャクみたいな体に変わった?)


司祭「っ! 勇者、魔剣士、戻れ!」

アンフィビ「遅い……ペッ!」ビシャッ

魔剣士「っっ!」

勇者「くっ」

司祭「勇者、こっちへ! 解毒<キヨム>!」

魔剣士「鎧が弾いた! あたしは大丈夫!」ダッ

アンフィビ「ちょこまかと、死になさい!」グニュ!

魔剣士「食らわない、わよっ! やあっ!」

アンフィビ「一五本の触手からは逃げられませんよ!」

魔剣士「痛っ!」ドン

魔女「魔剣士ちゃん! このっ、高雷魔<エクス・ビリム>!」

アンフィビ「ふはは! いいですねえ、もっと私に力を与えなさい!」ビリビリ

司祭「っ、くそ、読むのが遅れた! 魔女、あいつは水と雷を吸収する!」

魔女「何よそれ!? インチキよっ?」

勇者「なら別の魔法を試そうか」

アンフィビ「ゆ、勇者ぁ!」

勇者「はっ!」グサッ

勇者(剣で作った傷に手を入れて……)

勇者「高炎魔<エクス・フォーカ>!」

アンフィビ「ぎっ、いあぁああ!!」グニュリッ


勇者「うわっ!」バッ

魔剣士「勇者、大丈夫!?」

勇者「心配しないで、かすっただけ」

アンフィビ「ぐっ、ぎぎ……まだ、まだ私は負けません!」

勇者「――――魔剣士」

魔剣士「――――」コクッ

勇者「させない! この場で倒してみせる!」ダッ

司祭「魔剣士、構えろ! 補力<ベーゴ>、補守<コローダ>、補早<オニーゴ>!」

勇者「はっ、やっ、たっ!」バシュッ

アンフィビ「いくら斬ろうと無駄です! 手数はこちらが多い!」シュバババッ

魔女「なら切り落としてあげる。高風魔<エクス・ヒューイ>!」

ザクザクッ

アンフィビ「ぬぁ、くっ! この、魔女め!」

魔女「あら、名前を覚えてくれたのね? 気持ち悪くて目眩がしちゃうな?」

勇者「アンフィビっ!」ダッ

アンフィビ「こ、のぉ!」グニャッ!

勇者「……その体、背後に隙が多すぎたね?」

アンフィビ「っ」ゾクッ


魔剣士「…………二の剣、空縫い」ズバッ

魔剣士「…………逆手。空破り」ザンッ

アンフィビ「か、はっ」グシャ

勇者「だから言ったんだよ。戦わなければ後悔するってね」

勇者「――――人間を、甘く見るな」

アンフィビ「勇者、め……私が正しいとも、知らず……」

アンフィビ「    」

魔剣士「勝った、のよね?」

司祭「くっ……」

魔女「司祭くん? どうしたの?」

司祭「予知<コクーサ>は長い時間使うと頭痛がひどくなるだけだ。大したことはない」

魔女「……ちょっと司祭くん? それ初耳よ? どういうことかしら?」


勇者「魔剣士、お疲れさま」

魔剣士「勇者…………うん」クスリ

アンフィビ「  」モクモク

勇者(魔物から煙が出てる。前にも同じことはあった。なら)

勇者「魔剣士、下がってて」

魔剣士「どうかしたの?」

ブワッ

魔剣士「きゃっ」

勇者「やっぱり、か」

魔女「勇者くん? 今の風は何?」

魔剣士「勇者、その人……」

司祭「何があった?」

勇者「司祭さんは見るの初めてだったね。……知性のある魔物は、人間が変化したものみたいなんだ」

勇者(この人は、いったい誰なんだろうな)


    ◆過日

アンフィビ(目が覚めた時、私は愕然としてしまった)

アンフィビ(人間ではありえないほど発達した手の水かきは、自分が怪物になったのだとよく思い知らせてくれた)

アンフィビ(何が起きたのだろう、混乱する頭で冷静に思い出す)

アンフィビ(私は開拓地の視察に行き、そこで――――)

アンフィビ(そこで、そう、見たこともない怪物を見た……今ならわかる、あれは生まれ落ちた魔王だ)

アンフィビ(そして魔王は、私に手をかざし……)

アンフィビ(そこからの記憶はない。気を失ったのだろう。そして起きてみれば、この姿だった)

アンフィビ(状況を把握すると、足は自然と魔王がいるだろう方向に動いていく)

アンフィビ(だって私は魔王様直属の部下なのだ)

アンフィビ「ふふ……」

アンフィビ(頭の中を情報が駆け巡る。体に馴染んだ魔物の血が、私に必要なことを教えてくれる)

アンフィビ「勇者、あなたを殺してあげましょう」

アンフィビ(私を人間じゃなくしたお前を)

アンフィビ(全ての災いの始まりを)

いったんここまで。
夜また書き込みます。


――――知性ある魔物

    ◇夢の中

女神「悩みを抱えているようですね」

勇者「……女神様」

女神「あなたの迷いは、人間に大きな影響を及ぼします。それは好ましくありません」

勇者「…………」

女神「私の勇者。あなたは何に心を囚われているのでしょう」

勇者「先日、魔王直属の部下だという魔物を倒しました」

女神「知っています。勇者のことは見守っていますから」

勇者「その後、魔物は人間の姿に変わりました。どうしてですか?」

勇者「動物が変化した魔物は、死んだ後も魔物の姿です。人間が変化した魔物だけ、死ぬと人間に戻るのは何か理由があるんでしょうか」

女神「それは簡単なお話ですね。人間は全て、私の祝福を受けていますから」

女神「魔王によって魔性を付加され、知性を持つ魔物となった後でも、それは変わりません」

女神「死んで魔王の呪縛から放たれたことで、私の祝福により人間に戻ったのでしょう」

勇者「女神様の祝福を受けていても、魔物になることは避けられないんですか?」

女神「完璧に、とはいきません。私の祝福は多少の個人差があるようですから。それはあなたたちが神性と呼んでいるものですね」

勇者(なら……魔剣士が魔物になることは絶対にない)

勇者「女神様。魔物になった彼らを、殺すことなく人間に戻すことはできないのでしょうか」

女神「無理ですね」

女神「勇者は、元が人間であれ動物であれ、魔物を救うことはできません」

勇者「……どうしてでしょう?」


女神「勇者とは、魔物を殺す者ですよ」

勇者「…………」

女神「だから」

女神「あなたが人間を救うなら、それはあなたの正しさです」

勇者「そう、ですか」

女神「勇者。知性ある魔物は何が厄介だと思いますか?」

勇者「……単純な力比べでなく、騙し欺こうと知略を用いることでしょうか」

女神「人間の言葉を話すこと、ですよ」

女神「命乞いをされればためらいが生まれます。恨み言なら心に傷が作られます」

女神「そして言葉を話すなら、そこには理解の芽生える可能性があります」

女神「話し合えば理解が深まる。勇者は魔物を理解できるだけの知性があります」

勇者「魔物のことを深く知れば、剣を持つ手が鈍くなる……」

女神「しかし勇者は、魔物のことを理解する必要がありません。あなたはただ、魔物を殺すだけでいいのです」

勇者「…………」

女神「落ち込むことはありませんよ」

女神「勇者とは魔物を殺す者です。ですが、私があなたに託したものはそれだけではありません」

勇者「それはなんでしょうか?」

女神「あなたはきっと、最後までわからないままでしょう。歴代の勇者、全てがそうでしたから。いつか、時が来たら教えます」

女神「あなたが魔王を倒した時に」


――――旅人の影

旅人「売女のくせえニオイがしやがるな」

勇者「……久々に会ったと思ったら、いきなり失礼なこと言うね」

旅人「あん? なんだテメエ、勇者様のくせに夜の店の常連なのかよ!」ゲラゲラ

勇者「誤解を招くようなことは言わないでほしいな」

旅人「おれが言ってるのは商売女じゃねえ、女神のことだよ」

勇者「君はつくづく女神様が嫌いなんだね」

旅人「むしろおれは、テメエらみたいに女神を信仰するバカどもに聞きたいね」

旅人「救いの手を伸ばすわけでもねえのに、なんであんなクソアマを敬えるんだ?」

勇者「魔王が現れるたびに勇者を選んでいるんだから、何もしていないわけではないでしょ」

勇者「直接ではないけど、間接的に人間を救っていると僕は思うよ」

旅人「はーあ、無知ってやつは怖えーな。自分が納得できる理由を勝手に作り上げてやがる」

勇者「……質問するけど、君は女神様が嫌いなんだよね?」

旅人「ったりめーだ」

勇者「僕は、君と似た人に心当たりがあるんだけど、気のせいかな」

旅人「――――はん。どこの誰だか知らないが、他人の空似だろ」

勇者「そっか……」

勇者(僕の勘違いか、言えない事情があるのか、はたまた――――)

旅人「ちっ、気分が白けちまった。テメエのせいだぞ」

勇者「悪かったね、とでも言えばいい?」

旅人「はっ、ざけんな。本音を見せて、せいせいするよとでも言えばどうだ?」

勇者「仲良くなろうとは思わないけど、君と対立したいわけじゃないよ」

旅人「ほお、気が合わねえな。おれはテメエと敵対してえんだよ」

勇者「君はどうしてそう……」


魔剣士「あら、勇者?」

勇者「魔剣士?」

魔剣士「どうしたのよ、一人で立ち止まって」

勇者「いや、この旅人さんと話を……」

魔剣士「誰もいないじゃない」

勇者(まさか……僕に何も気取らせずにいなくなる、なんて)

勇者「魔剣士が話しかける時、僕の前に男の人がいたでしょ?」

魔剣士「見えなかったけど。ちょうど勇者で影になってたのかしら」

勇者「旅人さんは背が低いから、隠れなくはないけど」

魔剣士「ふーん? その人とは友達なの?」

勇者「いや。知り合いより犬猿の仲に近いかも」

魔剣士「何それ。珍しいわね、勇者が誰かを嫌うなんて」

勇者「僕はそんな善人じゃないよ」

魔剣士「ああ違うの。そうじゃなくて、誰かを嫌いだって明言するの、珍しいじゃない?」

勇者「……そういえばそうだね」

魔剣士「でも仕方ないんじゃない? 仲良くなれない人って、どうしてもいるもの」

勇者「確かにね。それでも、あまり多くならないよう気をつけたいかな」

勇者(旅人さん。嫌い、とは違うな。そういう単純な話ではないと思う)

勇者(今の僕と、旅人さんではわかりあえない。それだけな気がする)


旅人「しぶといな、勇者のやつ」

旅人「女神を裏切ってくれりゃ、面白くなるんだがねえ」


――――開拓跡地へ

司祭「準備はできたのか?」

魔剣士「ばっちりね。必要なものは全部買い揃えたもの」

魔女「うーん、保存食がちょっと重いなあ? 勇者くん、持ってくれる?」

勇者「魔女さんにはほとんど荷物任せてないよ。それくらいは我慢して」

魔剣士「というか、勇者や司祭の荷物を見てそれを言うあたり、魔女って神経が太いわよね」

魔女「そう? なら魔剣士ちゃんが持ってくれてもいいのよ?」

魔剣士「あたしだって、勇者よりは少ないけど魔女の倍近くは荷物あるの! それっぽっちは持ちなさいよね!」

魔女「あらあら? ぐすん、司祭くん? みんなから怒られちゃうのよ?」

司祭「嘘泣きをするな。……はあ、やれやれ。特に重いものは持たせてないがな。何が重いんだ?」

魔剣士「ちょっと司祭。魔女を甘やかさないでよね」

魔女「普段から勇者くんに甘やかされてる魔剣士ちゃんには言われたくないなあ?」

魔剣士「なんですって!」

勇者「はいやめやめ。しばらく町に寄れない旅だからって、ちょっとは落ち着く」

魔女「くす、はーい」

魔剣士「あたしは落ち着いてるわよ!」

司祭「ずいぶんと元気な落ち着き方だな」

魔剣士「何よ司祭まで!」

勇者「魔剣士、そろそろ冷静になってよ」

魔剣士(ふんだ! か弱いからって、魔女ばっかり甘やかすんだもの!)

魔剣士(……あたしだって、女の子なのになあ)


    ◇???

勇者「どうでしょうか?」

商人「お代さえもらえれば仕事はしますよ。半月もあれば仕入れてみせましょう」

勇者「それでお願いします」

商人「しかし、この大陸じゃ珍しくはありますが、あんなもの何に使うんで?」

勇者「思い出の品なんです。心残り、というか」

商人「おっとすみませんね、商売柄か余計なことばかり気にしてしまって。任せてください、必ずお届けします」


    ◇街道 終わり

魔剣士「ここから先が開拓地、なのよね?」

司祭「……もうその名前は適切ではないな。何を切り拓くというんだ?」

魔女「何もない、ものね……?」

勇者(見渡す限り、干上がった地面が続いてる。草の一本さえ生えてない)

勇者「去年まで、ここには広大な森があったそうだよ。開拓で伐採したのは森の三割程度で、それでも十分な土地の量を確保してたはずだから」

魔剣士「森なんて、どこにもないじゃない……これじゃあ」

勇者(せめて父さんの形見くらいと思ってたけど。期待しないほうがいいな)

勇者「…………」

勇者「行こうか。立ち止まっていたら何もわからないよ。魔王の居場所に繋がる何かがあるかもしれないからね」


    ◇一週間後

司祭「…………ふぅ」

勇者(司祭さんでさえ息があがってる。戻る時間の方が多く見積もるから、あと一、二日したら引き返さなきゃだけど)

勇者(これで何も見つからなきゃ、次は馬車を借りて移動になるかな。魔物がいないなら、馬の心配をしなくて済むし)

勇者(どちらにしても、今回は自分たちだけで乗り切らないと)

勇者「魔女さん。大丈夫?」

魔剣士「……勇者。魔女、返事する余力もないみたい。休めない?」

勇者「魔剣士も疲れてるでしょ。僕と司祭さんでテントを張るから、そしたら中で休もうか」

勇者「司祭さん、それでいい?」

司祭「そうだな……日差しが遮られないと、ここまで苦しくなるとは思わなかった」

魔剣士「司祭でさえばててるのに、勇者ってまだ元気そうよね」

勇者「そんなことないよ。僕も休みたいから魔剣士の提案に乗ったんだし」

魔女「…………」

勇者「魔女さん? 大丈夫?」

魔女「誰か、抱きしめてくれないかな……」ボソッ

勇者「……司祭さん、それじゃテント張ろうか」


    ◇テントの中

魔女「あー。生き返るみたいねー……?」

勇者「ごめん、ちょっと無理して進みすぎたね」

勇者「あと魔剣士、ちょっと魔女さんを抱きしめてあげて」

魔剣士「やーよ。ただでさえ暑いのに」

司祭「どうしたんだ勇者? やはり暑さに頭をやられたか?」

勇者「やられてないよ、失礼だな。さっき、魔女さんが抱きしめてほしいってうわごとを言ってたからね。それで元気が出るならと思って」

魔女「ふふ……魔剣士ちゃーん?」ダキッ

魔剣士「うわぁ!? 何よ魔女、離れなさいよ!」

魔女「やわらかーい。おちつくー」ギュッ

魔剣士「さーわーるーなー!」ジタバタ

司祭「私たちがいることを忘れないでほしいんだが」

勇者「テントの外には出たくないし、背中を向けてようか」

魔剣士「二人とも助けなさいよ!」

魔女「ふう……くんくん? 汗のニオイがするのね?」

魔剣士「かがないでよ! というかそういうこと言わないで!」


勇者「……司祭さん。今は地図でいうとこの辺りだと思うんだ」

司祭「ふむ」

勇者「あと少しで魔王が現れた場所のはずだから、そこを中心に二日くらいは探索をしようと思ってる」

司祭「食料はまだあるが、そこで切り上げるのか?」

勇者「この先で食べ物が手にはいるかわからないからね。この一週間、魔物さえ出ていない。期待しちゃダメだと思う」

魔女「ふふ、そろそろ満足かしらね?」

魔剣士「うぅ……」

魔女「魔剣士ちゃん、無理してるでしょ? わたしを払いのける力さえないんだもの?」

魔剣士「……だったら何よ?」

魔女「勇者くんに甘えてきたら? それだけでも元気が出ると思うのよ?」

魔剣士「……イヤよ。勇者の負担にはなりたくないもの」

魔女「強がる子。そういう魔剣士ちゃん、嫌いじゃないけれど、ね?」

勇者「魔剣士」

魔剣士「……何よ?」

勇者「あと半日くらい北上すれば、目的地に着くと思う。それまで頑張れる?」

魔剣士「…………」

魔剣士「勇者は誰に言ってるのかしらね。そんなの当たり前でしょ?」

勇者「ごめんね。僕は心配性みたいだから」


    ◇陥没地帯

司祭「ひどいな。何か爆発したのか? 何ヶ所も地面が抉れている」

魔女「魔法、ではないと思うな? わたしの知らない魔法だったらわからないけどね?」

魔剣士「勇者、ここなの? その、魔王が現れたのって」

勇者「たぶんね。ちょうどこの辺りまで開拓が進んでいたはずだから」

魔剣士(何もない……本当に、何も残らなかったんだ)

魔剣士「勇者……」

勇者「今日はここで休もうか。さっき司祭さんには話したけど、ここを中心に探索して、すぐに引き返そうと思う」

司祭「――――勇者。向こうに見えるものは何だかわかるか?」

勇者「崖、みたいだね。この距離で視認できるようじゃ、上ることはできないと思う」

司祭「回り道できればいいがな」

勇者「どうだろうね。この先の地図はないから、何とか地形だけでも確認したいけど」

魔女「魔剣士ちゃん? どうかしたの?」

魔剣士「何でもないわ……何でもないの」

魔剣士(おじさん……あたし、風の花を見つけてないのよ?)

魔剣士(からかいなさいよ。笑いなさいよ。『やっぱりオサナちゃんには無理だったかな?』って頭を撫でに来なさいよっ)

魔剣士「ごめん魔女、嘘ついたわ」

魔女「魔剣士、ちゃん? 泣いて……」

魔剣士「どうしていないのよ! からかうなって怒りたかったのよ、あたしは!」

勇者「…………」


――――あの崖の向こう側

勇者(町に戻ってから二日はゆっくりしたけど……魔剣士、まだ落ち込んでるな)

魔剣士「はあ――――」

司祭「ため息ばかりだな。魔剣士にしては気の抜けていることだ」

魔剣士「ほっといて。あたしにも憂鬱な時くらいあるの」

勇者「魔女さん。魔剣士のお相手よろしくね」

魔女「わたしに押しつけないでほしいな? 勇者くんはどうするの?」

勇者「そろそろ体調も良くなったし、崖のことを調べようと思ってる。このまま立ち止まってるわけにもいかないからね」

司祭「私も行くか?」

勇者「今日はいいよ。話を聞いて回るだけだし。明日には町を出ると思うから、軽く準備をしておいてほしい」

司祭「わかった」

魔剣士「…………勇者」

勇者「何?」

魔剣士「……ごめん、何でもない」

勇者「そう。ならいってくるね」ニコ

魔剣士「……うん。いってらっしゃい」

バタン

魔剣士(勇者の方が辛いはずなのに。どうしてあんな風に笑えるんだろ)

魔剣士「はあ。ダメだな、あたし」


    ◇町長の家

町長「そうでしたか」

勇者「崖の向こう側について、何か言い伝えは残ってませんか?」

町長「聞いたことがありません。もともと、この町より北は森が深く、人が立ち入れませんでした」

町長「森で暮らす人がいたという話も覚えがありませんな。たぶん、その崖について知っている者もいないでしょう」

勇者「……わかりました。ありがとうございます」

町長「これから勇者様はどうするので?」

勇者「考えているところです。あの崖までは人の足で行くには遠すぎますから、馬車が必要だと思います。でもその後、崖を上る手段がない」

町長「ふむ」

町長「でしたら、西の大陸に行かれてはどうでしょう?」


勇者「西の大陸、ですか?」

町長「南の大陸は農業、西の大陸は工業、東の大陸は魔法で栄えたと聞きます」

町長「北の大陸は大半が手つかずの森ですが、その三大陸の交易の中継地として成り立っています」

町長「北の住人としては、崖を越える方法を探すなら西の大陸が近道かと思いますよ」

勇者「わかりました。西の大陸を目指すことにします」

町長「……その、よろしいのですか? 言い出したのは私ですが、そんなに簡単に決められて?」

勇者「僕一人にできることは限られています。手詰まりの中で道を示してくれたなら、そこを進むことに迷いはありませんよ」

町長「そうですか。では、勇者様の旅路に女神様の導きがあることを祈っています」

勇者「……あと一つ、聞いていいでしょうか」

町長「どうぞ、なんなりと」

勇者「魔王によって亡くなった開拓者のために、慰霊碑があると聞きました。場所を教えてもらえますか?」


    ◇宿

勇者「ただいま」

魔女「ふふ、おかえりなさい? 早いのね?」

司祭「何かわかったのか?」

勇者「手がかりはなかったよ。でも目的地は決まった」

司祭「どこだ?」

勇者「西の大陸に渡って、崖を越える方法がないか探そうと思ってる」

魔女「魔石を作ったことで、色んな機械が生まれた大陸ね?」

司祭「私はあまり詳しくないが……この魔灯も西の大陸が発祥だったか?」ポワッ

勇者「西の大陸製だと知らないだけで、司祭さんの身近にもたくさんあると思うよ。調べてみて、僕も驚いたことがあるから」

魔女「また船旅になるのね? ちょっと気が引けるな?」

勇者「ごめん、我慢して。今回は酔い止めの薬草を買うから、少しは楽な船旅になると思う」

魔女「ふふ、冗談よ? 勇者くんってばまじめなのね?」


魔剣士「…………」

勇者「それと、魔剣士」

魔剣士「何?」

勇者「一緒に行きたいところがあるんだ、出かける準備をしてよ」

魔剣士「……あたしじゃなきゃダメ?」

勇者「魔剣士じゃなきゃダメなんだよ」

勇者「この町を離れる前に、父さんに花を手向けてほしいから」


    ◇慰霊碑

魔剣士「――――」

勇者「――――」

魔剣士「あった。おじさんの名前」

勇者(父さんの名前をなぞる魔剣士の指と横顔が、いつもよりずっと大人びて見える)

勇者(ただの感傷なんだろうな、これは)

勇者「魔剣士、これ」

魔剣士「そっか、花を手向けなきゃだものね……。……!?」

魔剣士「これ、風の花じゃないっ」

勇者「無理を言って商人に仕入れてもらったんだ。間に合ってよかった」

魔剣士「……なんだ。あたしやっぱり、見つけられなかったのね」

勇者「ここまで来たから、売ってくれる人が見つかったんだよ。ここまで来られたのは魔剣士のおかげでしょ? だから、二人で見つけたんだよ」

魔剣士「……バカ。かっこつけちゃって」

魔剣士「――――おじさん、見なさいよ。風の花、しっかり持ってきたんだから」

勇者「一人で見つけろとは言われなかったからね。父さんの詰めが甘いんだよ」

魔剣士「……ねえ」

魔剣士「勇者はどうして、我慢できるの?」

勇者「父さんのこと?」

魔剣士「勇者はね、きっと泣いちゃうと思ってた。家族思いだから」

魔剣士「あたし、勇者を慰めなきゃって思ってたのに、慰められるのはあたしの方だった」

魔剣士「悔しいな。ねえ、どうして?」


勇者「――――勇者だから、かな」

魔剣士「何よそれ」

勇者「泣いてる暇はないと思った。前を向いて、悲しみを乗り越えて、皆の希望になるよう魔物を倒さなきゃいけないから」

勇者「だから僕は泣かないよ」

魔剣士(そっか……同じ理由なんだ、全部)

魔剣士(魔物を倒せなくて冷たい目で見られても、おじさんの死に立ち止まらないのも、自分が勇者だから、弱さは見せられないと思ってる)

魔剣士(なら……)

魔剣士「あたしが代わりに泣いてあげる」

魔剣士「理不尽なことには怒るし、苦しい時には落ち込んであげる。勇者ができないなら、あたしがやる」

勇者「そっか。うん、ありがと」

魔剣士「…………でもね、ユウ」

魔剣士「今はあたしだけなの。誰も見てない。ここでなら、勇者じゃなくてもいいんじゃないの?」

勇者「でも、さ」

魔剣士「うん」

勇者「泣いたら、進めなくなる気がするんだ」

魔剣士「うん」

勇者「立ち止まるわけにはいかないんだよ。魔王を倒すまで、僕は何があっても歩かなきゃ、さ」

魔剣士「大丈夫よ。だってあたしがいるもの」

勇者「そう、かな」ポロ

魔剣士「涙は弱さなんかじゃないわ。だって、こんなに綺麗なんだもの」

勇者「オサナ……」


翌朝。
勇者一行は町を後にし、一路西の大陸を目指す。
慰霊碑に供えられた花は、ふと風にさらわれ、空のどこかに消えていった。

今日はここまで。
また明日。


――――悪意よ眠れ

魔女「西の大陸って冷えるのね……?」

司祭「弱音をこぼすまえに厚着をしたらどうだ?」

魔剣士「ほんとよね、尊敬しちゃう。あたし、船に乗ってる時点で厚手の上着を着てたわよ」

勇者「西の大陸が寒いってことは船に乗る前からさんざん聞いてたしね。魔女さんも上着は買ったんでしょ?」

魔女「上着、そういうものがあったら便利よね?」

勇者「いやいや、遠い目して誤魔化さないでよ。買えって言ったじゃないか」

司祭「買った方がいいよ、程度の言い回しだったと記憶しているが」

魔剣士「勇者って人に命令する姿が似合わないものね」

勇者「今はそういう話をしてないでしょ」

魔女「ふふ、ふ……いいんだもの、わたしはこれで? 大人のおねえさんは、厚着してもこもこするわけにはいかないのよ?」

司祭「やれやれ」バサッ

魔女「あら?」

司祭「私の上着を着てろ。大きめだが、地面にひきずるほどの丈ではなさそうだからな」

魔女「……ごめんなさいね?」

司祭「これに懲りたら厚着をしてくれ」

魔女「考えておこうかしら?」

勇者「魔女さんがカゼひかずに済みそうだし、それなら買い出しに行こうか」

勇者「夜になっても気温はほとんど変わらないようだけど、今の道具で野宿したら凍死するからね」

魔剣士「そろそろボロボロだったし、買い換えにはちょうどいいわよね」


  ?「さっさとこっちに来い!」

司祭「む……?」

  幼女「うぅ、ぐすん」

司祭「…………」スタスタ

魔女「司祭くん?」

司祭「何をしている」

?「ああ? 誰だよお前は」

司祭「その子に何をしていると聞いているんだ」

奴隷商「奴隷をどう扱おうが俺の勝手だろうが」

司祭「奴隷だと? どの大陸にも奴隷の制度は存在しない、売買は禁じられているはずだ」

奴隷商「うるせえな。どけ」

司祭「その子を放せ」ガシッ

奴隷商「てめえ、手をんがっ!?」

司祭「聞こえなかったか? その子を、放せ」ミシミシ


魔女「司祭くん、ダメよ!」

司祭「……なぜ止める?」

魔女「奴隷商なんて、見つかったらすぐに捕まることを公然としてるのよ? なら貴族やらのお偉方と繋がってるのよね?」コソコソ

魔女「助けるにしても、方法を考えないとダメ。この子を一時的に助けても、また捕まったらまずいじゃない?」コソコソ

司祭「だがっ!」

奴隷商「くそっ」ガッ

司祭「ちっ、待て!」

奴隷商「さっさと来い!」

幼女「いたい、よぉ……」チラ

司祭「……!」

魔女「司祭くん。辛いでしょうけど、今は我慢して? 勇者くんと相談して、助ける方法を探しましょ?」

司祭「…………」フルフル

司祭「なぜ、邪魔をした?」

魔女「え?」


司祭「魔女の言いたいことはわかる。私のような聖職者の端くれでは、救えない人も多いだろう」

司祭「だが、だからって傷つけられる子供を見捨てていい理由にはならないはずだ……!」

魔女「…………はあ」

魔女「司祭くんってどうしようもないお馬鹿さんね。ならあなたに何ができて?」

魔女「悲しいけど、あの子を手に入れるために彼らはお金や手間をかけている」

魔女「あそこで強引にさらってしまえば、全力でわたしたちを狙ってくるでしょうね?」

魔女「そうなったら、あなたはどうするのかしら。他の人を助けようにも、警戒されて思うように動けない。そうなってから後悔するのよね?」

魔女「遅い。そんなんじゃ遅すぎるの。世界は司祭くんが思っているよりずっと汚いのよ?」

魔女「泥の中から救いだすなら、自分も泥に汚れる覚悟が必要なの」

司祭「……魔女の生い立ちは私なりにわかっているつもりだ」

司祭「世界が綺麗じゃないと早くに知り、私の軽い言葉では救われないほど辛い経験をしただろう」

司祭「だとしても、それを他人にも我慢しろというのは無理な話だ。いつか助けるから我慢しろ、ならそのいつかとはいつなんだ?」

司祭「助けを求めているのは今なんだ、いつかじゃない。だったら私は、今あの子を助けたい。綺麗事だとしてもだ」


魔女「そう。あなたがこんなに分からず屋だと思わなかった」

司祭「お前がそこまで冷たい女だとは知らなかった」

魔女「見下げ果てたものね」

司祭「見損なったぞ」


魔女「こんな人が仲間なんて」
司祭「こんな奴が仲間なんて」


魔剣士「ゆ、勇者……」

勇者「わかってる。ちょっとだけ待って」

勇者(どっちの言い分も間違っているわけじゃない。二人とも、真剣にあの子を救うにはどうすればいいか考えているから、だからこそ厄介だ)

勇者「――――まずいな、すぐには思いつかない。とりあえず止めてくる」


    ◇夜

魔剣士「えーっと、魔女? 勇者のことでちょっと相談したいことがある、わ?」

魔女「後にして」

魔剣士「うっ……」

魔剣士「し、司祭? 勇者のことで話したいことがあるんだけど?」

司祭「勇者に聞けばいい」

魔剣士「うっ……」

勇者「魔剣士、無理して話しかけるのはやめなよ」

魔剣士「だ、だって」

勇者「二人は僕たちより大人なんだ、どうしなきゃいけないかくらいわかってる。そうでしょ?」

司祭「…………さあな」

魔女「呆れた。普段は保護者ぶってるのに、こんな時だけ自分の立場を投げ出すのね」

司祭「…………何が言いたい?」


魔女「あなたに言うことなんてないのよ? ただ、同じ空気を吸っていると気分が悪いの」

魔女「わたし、今日は他の場所で一夜を過ごさせてもらおうかしらね?」

司祭「勝手にしろ」

魔女「……ふん」

バタン

魔剣士「ちょ、ちょっと司祭! 魔女が出てっちゃったじゃない!」

司祭「そうだな、私が悪いんだろうな。なら反省して、私も外で頭を冷やしてくればいいのだろう?」

魔剣士「え!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

司祭「ふん」

バタン

勇者「やれやれだね。頭が痛くなるほどこじれちゃってるよ」


魔剣士「ゆ、勇者! 二人が仲直りできるように、もうちょっと手伝ってくれてもいいじゃない!」

勇者「表面上を取り繕うだけじゃ何も解決しないよ」

魔剣士「それはそうだけど……」

勇者「今日は手を出さない方がいいよ。それより、ちょっとこっちを手伝って」

魔剣士「もう、何なのよ……え、何これ?」

勇者「奴隷を扱う商館の見取り図。昼間、魔剣士が二人の仲を取り持とうとしている間に手に入れたんだ」

魔剣士「あたし任せにしないで。……それにしても、よくそんなもの手に入ったわね」

勇者「奴隷として売られていく人に同情する人が多いんだよ。僕が勇者だから、きっと何とかしてくれるって気持ちもあるだろうし」

魔剣士「そう。……たぶん、司祭が思うよりは人間って汚れているけど、魔女が思うよりも人間って綺麗だと思うわ」

勇者「本当は二人もわかってるはずだけどね。ただ、引っ込みがつかなくなっちゃっただけなんだよ」


    ◇酒場

  魔女「へー、やっぱりそうなのね? わたし、この町で初めて奴隷を見たもの?」

  酔っぱらい1「だろうな、普通は捕まっちまうし。……お、飲み干したな。ほら、もう一杯」トクトク

  魔女「ふふ、ありがとう?」

  酔っぱらい2「にしてもあいつら、ほんとあこぎな商売してるよな。貴族様が裏にいるからっていい気なもんだよ」

  魔女「……あら? なんだか怖い話になってきちゃったな?」

  酔っぱらい2「なんだよ、ビビってんのか?」

  魔女「いいえ? わたし、怖いものって好きなのよ?」

  酔っぱらい1「はは、気に入ったよ! ほら、じゃんじゃん飲め飲め!」


司祭「……まったく、何をしているんだかな」

司祭(考えることは同じ、か。この時間に商館のことを調べるなら、酒場が簡単ではあるが)

司祭「どんな顔をして店に入れと言うんだ。無理に決まっている」


  魔女「ふー? 少し目が回ってきちゃったな?」

  酔っぱらい1「おいおい情けねえな姉ちゃん。この程度で潰れるなよ?」

  酔っぱらい2「夜はまだまだこれからなんだぜ? ほら、かんぱーい!」

  酔っぱらい1、2「…………」ニヤリ

司祭「……魔女に上着を貸したままだったか。外は冷えるな」

……


  魔女「ふふ、今日は楽しかったぁ? お兄さんたち、またね?」フラフラ

  酔っぱらい1「おいおい、そんなんで帰れるのかよ?」

  酔っぱらい2「宿まで送ってやるって」

  魔女「大丈夫よぉ? ちゃんと歩いて帰れるんだからぁ?」フラフラ

  酔っぱらい1「……あんなだらしない格好してる割に、意外と堅かったな」


  酔っぱらい2「にしたって、あんだけ酔いが回ってるんだ。ちょっと押し倒せばすぐだろ?」

  酔っぱらい1,2「…………」ニヤニヤ

  酔っぱらい1「追いかけるか。捕まえたらお前の家に運ぶぞ」

  酔っぱらい2「わかってるよ。お前の汚い家でやるなんてごめんだからな」

司祭「…………」スッ、、、

ドンッ

酔っぱらい1「ってぇ~」クラッ

酔っぱらい2「おいオッサン! どこに目ぇつけて歩いてんだよ!」

司祭「そうか。すまなかったな」

酔っぱらい1「てめえ……!」

酔っぱらい2「ちっ……おいやめとけよ、見失うぞ」

酔っぱらい1「くそ、おぼえとけよてめえ」


司祭「すまないな、私は忘れっぽいんだ」ガシッ

酔っぱらい1「あぁ!?」

司祭「言いたいことがあるなら今すぐ言え。そこのお前もだ」

酔っぱらい2「ふざけんな、こらっ!」ブン

司祭「なんだそのふぬけた拳は」パシ

司祭「相手にするのも馬鹿らしいな」ガシッ

酔っぱらい2「てめ、頭放せ!」

司祭「頭に酒が回っているようだな。少しかきまぜておこうか」ゴンッ

酔っぱらい1「がっ……」

酔っぱらい2「うぐっ……」

司祭「喧嘩は教義で禁じられているが……これは喧嘩に入らない、だろうな」

魔女「自分からしかけておいて、喧嘩かどうかを気にするのね?」スタスタ


司祭「魔女か。やはり酔ってはいなかったな」

魔女「当たり前でしょ? 司祭くんが酒場にいるのは気づいてたもの。醜態を見せられないじゃない?」

司祭「だからって、こんなろくでなしどもを誘う必要はないだろう」

魔女「欲望に忠実な人間って扱いやすいのよ? ……けど、司祭くんが余計なことをしたから失敗ね?」

司祭「余計なこと、だと?」

魔女「彼らはまだ何か知っていたみたいだもの? これじゃ聞き出すことはできないものね?」

司祭「……魔女は何を考えているんだ」

魔女「あら、今言ったでしょ? 彼らの誘いにわざと乗って、それから話を聞き出すつもりだったのよ?」

司祭「ふざけるな! 何かあったらどうするつもりだっ!」

魔女「……大丈夫よ? わたしは非力だけど、酔った男にむざむざ襲われるほど弱くないもの。ちょっと魔法を使えば勝てるかしらね?」

司祭「そんなもの、何の保証にもならないだろう」

魔女「司祭くん? 何をそんなに怒っているの?」

司祭「それくらいわかれ! 魔女は自分の性別を考えろ!」


魔女「…………司祭くんを困らせるようなことはしないもの」

司祭「なら自分を餌にするようなやり方は控えるんだな」

魔女「あーやだやだ? こんな時にまでお説教なのね?」

司祭「原因を作ったのはどっちだ。昼間の言い分はわかるところもあるが、今回は一つも認められない」

魔女「そう。……悪かったかしらね」

司祭「わかってくれたならそれでいい」

魔女「…………ふんだ。なーんちゃって?」

司祭「なんだと?」

魔女「保護者ぶってる司祭くんなんて嫌いなんだから? わたしはわたしの好きなように行動するのよ?」タッタッ

司祭「この、魔女! 待たないか!」

魔女「べー、っだ!」



魔女「――――はあ」

魔女「やめてほしいなあ、真剣に心配するのは。わたし、人の優しさには慣れてないのよ」

魔女「ほんと、馬鹿な人」


    ◇翌朝

魔女「…………」ムクリ

魔剣士「あら、おはよ。今日はずいぶん遅いお目覚めじゃない?」

魔女「夜、帰るのが遅かったもの。大人っていろいろあるのよ?」

魔剣士「はいはい、大人って汚いなあ。それじゃあ早く顔洗って来なさいね。勇者と司祭が戻ったら、話があるらしいわよ」

魔女「……司祭くん、戻ってるの?」

魔剣士「ええ。勇者の話じゃ、魔女のすぐ後に司祭も帰ってきたらしいわよ」

魔女「くすっ。勇者くんってば、いつ寝てるのかしらね?」

魔剣士「全くだわ。ちゃんと寝ろって言っているのに、物音で目が覚めただけだーなんて言うんだもの」

魔女「勇者くん、眠りが浅いのかしらね? 魔剣士ちゃん、抱きしめて寝てあげたら?」

魔剣士「は、はあ!?」

魔女「あら、わたしでもいいのだけど? 人と触れあいながら寝ると、温もりのおかげでぐっすり眠れるらしいのよ?」

魔剣士「……、……魔女は余計なことしないで」

魔女「ふふ、はーい?」

魔女(司祭くんと顔を合わせづらいな。昨日、喧嘩別れみたいになっちゃったし)

魔女(…………)

魔女(何とかなる、かしらね)


勇者「それじゃこの後のことだけどさ。魔女さん、昨日いろいろと調べて回ったんでしょ? 話を教えてくれる?」

司祭「…………」

魔女(教えたのは司祭くんね。どうせなら、聞いた内容を全部話してくれたらよかったのに)

魔女「みんな知ってるとおり、どの大陸にも奴隷制度は存在しないのよね?」

魔女「でもこの町の場合、貴族が主導して商館に奴隷の売買をさせているみたいなのよ?」

勇者「表向きは普通の商館みたいだけどね」

魔女「販売所を別に作って、無関係を装っているそうよ?」

魔女「公然の秘密なのだけど、貴族に目をつけられたくないから誰も文句を言えないみたいね?」

勇者「なら、止めさせるなら貴族にも手を回さなきゃなんだね」

魔剣士「貴族相手の時ってどうするの? やめろって乗り込むとか?」

勇者「西の王に属する貴族にそれをやると角が立つよ。告発はするけど、表向きはこっちが何かするわけにいかないかな」

司祭「表向きでないなら、何をするつもりだ?」

勇者「奴隷の解放、商館と貴族が繋がってる証拠を見つける、この二つだね」

魔剣士「なるほどね、順番にやっていけばいいの?」

勇者「いや、同時にじゃないとダメだよ。奴隷とされている人たちを先に助けたら、貴族や商館が奴隷売買の証拠を隠しちゃうだろうから」

魔女「逆も同じようなものね? 商館と貴族、どちらかを先にすれば、お互いに相手を見捨てちゃうかしら?」


勇者「加えて、奴隷になっている人たちも隠されちゃうと思う。面倒だけど、商館と貴族、捕まっている人の解放を同時にやらなきゃだね」

司祭「三ヶ所を同時に叩くなら、人を分けなくてはいけないな。どうする?」

勇者「体力とかを考慮すると、僕、魔剣士、司祭さんをまず分けないとかな。あとは魔女さんに誰と組んでもらうかだけど……」

魔女「……勇者くんを一人にはできないのよね? 勇者くんが不意打ちをされた場合、女神の加護が出ちゃうもの?」

魔剣士「そっか。勇者だってバレちゃうから」

司祭「なら、勇者と魔女が一緒に行動すればいい」

魔女「わたしは反対だな? わたし、いざという時に勇者くんをかばえないものね?」

勇者「いや、でも……」

魔女「勇者くんは魔剣士ちゃんと一緒に行動した方がいいと思うのよ? 二人でなら、何があろうと問題なく切り抜けられるものね?」

魔剣士「でも、そしたら魔女は一人よ? 大丈夫なの?」

魔女「ふふ、お姉さんを甘く見ないで欲しいな? 悪い人は魔法でやっつけてあげるんだからね?」

勇者「――――なら、魔女さんの案で行こうか。配置は、一番大変だろう貴族の屋敷を僕と魔剣士で」

勇者「商館を司祭さん。奴隷商から皆を助けるのが魔女さんでいいよね?」

魔女「うーん? わたしは反対だな?」


魔剣士「どうしてよ?」

魔女「司祭くんは昨日、偉そうに言ったじゃない? 助けを求められているのは今なんだ、って」

魔女「そう言った司祭くんは、あの子たちを直接助けるべきじゃなくて?」

司祭「……貴族側よりマシだろうが、それでも秘密を抱えた商館だ。身を守る術のない魔女には厳しいはずだ」

魔女「それが何? 司祭くんが自分の信条を曲げるほどの理由があるかしら?」

司祭「そうか。魔女が言うなら、それでいい」

魔剣士「ちょっと司祭!」

司祭「がなるな。説得に耳を貸さない以上、時間の無駄だ」

勇者「なら、魔女さんに商館は任せるけど……大丈夫だね?」

魔女「もちろんよ? ふふ、心配性だこと?」

魔剣士「勇者、どうするのよっ?」

勇者「どうするも何も……司祭さん」

司祭「なんだ?」

勇者「任せるからね?」

司祭「…………好きにしろ」


    ◇貴族の館

魔剣士「勇者、魔女は大丈夫かしら」

勇者「司祭さんに頼んだから、何とかなるとは思う」

魔剣士「はあ、なんであんなに仲違いするかなー」

勇者「今朝の感じだとそこまで引きずってなかったし、大丈夫だよ」

魔剣士「そうだった?」

勇者「二人のことは気がかりだけど、今はこっちを何とかしなきゃ。魔剣士、やれそう?」

魔剣士「大丈夫よ。ナイフ一本で乗り込むのは頼りなく感じるけどね」

勇者「さすがに魔剣を持ってたらバレるしね。盗賊みたいな服装にも我慢して」

魔剣士「変装だもの、我慢するわよ。……あ、呼び名とかはどうする?」

勇者「そうだね……いつもみたいに呼んだら正体がばれちゃうし」

魔剣士「むー」ポクポクポク

魔剣士「思いついたわ!」チーン

勇者「うん、どう呼び合う?」

魔剣士「勇者はウーくん、あたしはナッちゃんね」

勇者「はい? 魔剣士、何それ?」

ナッちゃん「ウーくん? あたしの名前はナッちゃん、でしょ?」

ウーくん「……はい」


    ◇同刻 販売所

司祭(そろそろ勇者たちは貴族の屋敷に突入しているだろう。私も行くか)

ダンッ

奴隷商「な、なんだいきなり!?」

司祭「ぬんっ!」ゴスッ

奴隷商「か、はっ……」

司祭(あと二人!)

売人A「て、てめえナニモンだ!」

売人B「ここをどこだと思ってやがる! オレらに手を出せば、てめえの家族までまとめて地ご」

司祭「黙れ」ガスッ、ドスッ

売人A「うぐっ」

売人B「ぎゃふんっ」

司祭「後は誰もいない、か」


奴隷1「…………だ、だれ?」

奴隷2「や、やめてよ……もうひどいことしないでっ」

幼女「うぅ、ひっく」

司祭「…………私は君たちを助けに来た、聖職者の端くれだ」

司祭「信用できないかもしれないが、ここを逃げても今より悪くならないはずだ。どうかついてきてほしい」ガチャン

司祭「手足の鎖を外していく。時間がない、協力してくれ」

幼女「…………?」

司祭「大丈夫か?」

幼女「おじさん、きのうのひと?」

司祭「…………」ガチャン

司祭「さあな。人違いだろう。昨日の君を助けられなかった、不甲斐ない男とは別人だ」


    ◇同刻 商館

魔女「ふふ、まずっちゃったな?」

ならずものA「この付近にいるはずだ! なんとしても見つけ出せ!」

魔女「貴族と商館が繋がってる証拠、見つかってないものね……早く探して逃げないと」

ならずものB「相手は女一人だ! 捕まえた奴は好きにしていいぞ!」

タッタッタ、、、

魔女「行った、かしらね?」

魔女(うーん、めぼしい部屋は探し終わってるのよねえ。まさか食堂やらに隠してはいないだろうし)

魔女(金庫の中にあると思ったのにな。こういうところで定石を無視する悪人ってイヤになっちゃう)

魔女「あと、探すとしたら……」ピタッ

魔女(勇者くんからもらった見取り図だと……)ガサゴソ

魔女(ここ、変ね。部屋と部屋の間が開きすぎてるもの。だとすると定番としては……)

魔女「風魔<ヒューイ>」ドカンッ

魔女「やっぱり隠し部屋よね?」

魔女(ならここに証拠はあるはず……)

魔女「んー、帳簿と密書がいくつかあるくらいね。他には……」


ならずものA「おい! さっきのでけえ音はなんだ!?」

魔女「……見つかっちゃったな? 早く逃げないと」

バタン、ドタドタ

ならずものB「てめえ、よくもやりやがったな…?」

魔女「はあ。来るのが早いのよ、あなたたち」

魔女「加減はしないとね? 高氷魔<エクス・シャーリ>」

  「ひぃ、体が凍って!」

  「誰か助けっ」

魔女「さよなら?」

ガチャッ

  「いたぞ、こっちだ!」

魔女「うーん、人が多いかしらね? どうにか下に降りて、そこから屋敷を壊してでも逃げちゃわないと?」

魔女(わたし向きの仕事ではなかった、かな)タッタッタ

ザクッ

魔女「痛っ!」

魔女(投げナイフ……まずいなあ。足に深く刺さってる。歩くの、無理かも)


ならずものC「へへ、やっと追いつめたな」

魔女「全員殺すつもりになれば、いくらでも逃げられるのだけど?」

ならずものC「ならさっさとしろよ。おいてめえら、魔法を使えないように口を塞いじまえ」

魔女(はあ、やるしかないものね。まじない師の娘だけど、殺しちゃったらわたしが誰かに呪われちゃいそう)

魔女「ま、そのくらいじゃわたしは何も変わらないものね?」

  「ひひっ……」

魔女「さよなら優しい人間さん。よろしく汚れた世界さん。……どうかわたしを一人にしてて?」

魔女「極<グラン」

司祭「早まるな」ゴスッ

ならずものC「んがっ」

司祭「立てるか? 高回復<ハイト・イエル>」

魔女「助けてほしいなんて、言ったかしら?」

司祭「言われなくても助ける。私たちは仲間だろう」

魔女「…………ありがとう。お礼だけは言わせて?」

司祭「覚えておく。続きはここを抜けてからだ」


    ◇町外れ

勇者「戻ってきた。二人とも無事みたいだね」

魔剣士「……なんで魔女は肩に担がれてるのよ?」

司祭「もう治したが、足に怪我をしたからな。歩くのが大変そうだから、こうした方が早かった」

魔剣士「それにしたって、もっとマシな運び方はなかったわけ?」

魔女「楽ができたから、わたしは別に文句もないのよ?」

司祭「喋る元気が出てきたなら下ろすぞ」

勇者「捕まっていた人たちは教会にいるんだよね?」

司祭「ああ。二〇人ばかりいたが、何とかしてくれるだろう」

魔剣士「ならあとは貴族と商館が繋がってる証拠を……どうするの?」

勇者「密告だね。勇者からだってばれないよう、ちょっと細工はしなきゃいけないかな」

魔女「ふふ、悪巧みは勇者くんの得意とするところよね?」

勇者「僕の人物像、魔女さんの中でどうなってるの?」

司祭「…………これであの子たちは救われたのか」

魔剣士「そうね。もう奴隷として売りに出されることはないわ」

司祭「そうか」


司祭「……魔女、すまなかった」

魔女「あら、しおらしいこと言うのね?」

司祭「あの子たちを救うためには、魔女の言葉通り、きちんと手を回さなければいけなかった」

司祭「目の前のことばかり見ていた私だけでは無理だったはずだ」

魔女「ふふ、よくわかってくれたのかしらね? ならちょっと歯を食いしばってくれる?」バチンッ

司祭「……そこまで腹に据えかねていたのか?」ヒリヒリ

魔女「ふざけないで。司祭くんは自分が間違っていたと思うの? あの子を助けたいと思った気持ちまで否定するの?」

魔女「あの子を助けられたのはたまたまよ? もう誰かに買われていた可能性だってあるものね?」

魔女「司祭くんの間違いは、一人で全てを何とかしようとしたことなのよ? ……血の冷たいわたしのやり方が、正しかったわけじゃないの」

司祭「そうか」

司祭「だがそれでも、助けられたのは魔女のおかげだ」

司祭「ありがとう」

魔女「――――ふん、だ。最初からお礼を言っておけば、わたしにぶたれないですんだのよ?」

今日はここまで。


――――閑話?7

女神「鳥はいいですね」

勇者「えーと。なんでしょう、何かの暗喩でしょうか」

女神「いいえ、ただの所感ですよ。空を自由に飛び回れる、人間なら憧れることではありませんか?」

勇者「人間ならそうでしょうけど、女神様が憧れるのは意外です」

女神「そうおかしなことでもありません。私は女神として、どこにもいけずどこにも辿りつけません」

女神「始まることも終わることもなく、ここから人間の成長を見ていることだけが役目ですからね」

勇者「……女神様はこの世界のどこにいるんですか?」

女神「どこにでもいるしどこにもいません。はぐらかしているわけじゃなく、私の存在はそれが正しいのですよ」

勇者「僕には難しい話、ですね」

女神「人間には、ですよ」

女神「――――自由に空を飛び回れる鳥たちが、羨ましいものですね」

勇者(でも、そう言う女神様から羨望や憧憬はちっとも感じられなかった)

勇者(感情というものが存在しないのか、感情を表に出せないだけなのか、僕には判断しかねるけれど)

女神「もし私に別の生き方ができるなら、次は鳥になりましょう」

勇者「空を飛び回るためにですか?」

女神「いいえ。もっと間近で人間たちを見ていられるようにです」


――――地に這いずるは夢の残骸

西の王「崖を越える、か」

勇者「こちらの国で、何かその一助となる技術はありませんか?」

西の王「――――我が国は工業立国だ。魔石を動力にした様々な機械は、多方面から支持を得ている」

西の王「が、崖を越えるという勇者の目的に適う技術は、まだない」

勇者「……そうですか」

西の王「そう落胆するな。技研には話を通しておく、崖を越えるのに役立つこともあるだろう」

西の王「我々としても、新しい技術に繋がるなら歓迎する」

勇者「わかりました。一度足を運びます」

西の王「時に勇者よ」

勇者「なんでしょうか」

西の王「先日、我のもとにある密書が届いた」

勇者「それが何か?」

西の王「ある貴族が、影で奴隷を売買して不当な利益を得ている、というものだな。国に納めることはせず、私腹を肥やしていたらしい」

勇者「それは許されないことですね」


西の王「全くだ」

西の王「貴族の家名は断絶、財産は没収。奴隷禁止令の違反として、追って更なる罰が下されるだろう」

勇者「王の威名を示すには、適切な采配だと思います」

西の王「世辞はよせ。……問題は、その密書の送り主がわからないことだ」

西の王「添えられていた売買の証拠は、本来なら外に出ることがないものだ。貴族の屋敷と商館が襲撃されたのと、恐らく関係があるだろう」

勇者「なるほど。自らの正義を信じた、確信犯だったということですね」

西の王「そうだ。だが衛兵に守られている貴族の屋敷に侵入し、一人として殺すことなく、自身は無傷で証拠を奪取する」

西の王「並大抵のことではないな?」

勇者「そうですね。やれといわれても、できることではないでしょう」

西の王「ほう? 魔王に挑む勇者にしては弱気と見える。勇者であれば、同様のことができるだけの実力はあるだろう?」

勇者「心苦しくはありますが、王は勇者の力を買いかぶっておられます」

勇者「勇者とは、魔物を殺す者。穏やかに事を納めるような力ではありません」

西の王「なら、できないと申すのだな?」

勇者「期待に添えず、申し訳ありません」

西の王「――――ふん、まあ良い。これは仮定を重ねた戯れだ。無駄な話に付き合わせたな、下がって良い」


    ◇城外

魔剣士「はあ、息が詰まっちゃったわよ。危うくバレるかと思った」

勇者「いや、あれバレてると思うよ?」

魔剣士「なんでよ。だって王様、途中から何も言って来なかったじゃない」

魔女「それはそうよね? だって勇者くんが関わってない方が都合がいいもの?」

司祭「王としては、配下の不始末を余所者の勇者に解決された方が外面が悪いからな」

勇者「とはいっても、僕がやったのは略奪行為だからね。そのことに触れられたくない、ってのは西の王様もわかっていたと思うよ」

勇者「それでも不安だったから、あんだけ回りくどく無関係かを問いただして、黙ってるかどうかを確かめたんだろうね」

魔剣士「……大人って面倒ね。三人とも、そんな小難しいこと考えていたの?」

魔女「ふふ? だってわたしってば、この中で頭脳派担当だものね?」

勇者「でも魔女さんって、わりとなんでも力押しだよね?」

司祭「そうだな。魔法でドカンとやっている姿しか浮かばん」

魔剣士「んー。魔女、がんばって?」

魔女「魔剣士ちゃんに慰められるのだけは納得いかないなあ?」


    ◇技研

室長「崖を越える、ですか」

勇者「何か妙案があると嬉しいんですが」

室長「難しいですねえ。技研としても取り組んだら面白そうですが、既存の技術を応用して対処できるかどうか……」

魔剣士「そもそも、ここってどんなことをしてるの?」

室長「よくぞ聞いてくれました!」

魔剣士「~~っ、急に大声を出さないでよっ」

室長「まず、我々の技術は魔石が主軸であることは知っていますな?」

魔女「特殊な加工をした石に魔力を帯びさせる、のよね?」

室長「その通り。加工の仕方によって魔石の出力は様々です。温度の上下、発光、振動、回転など。その制御によって機械は成り立っています」

室長「そして我々が主にしていることは、数々の動力や熱量を魔石に置き換えることなのです」

司祭「具体的には?」

室長「旅をしてこられたなら、野宿をしたことはあるでしょう。その時、火の番をしたことがありますね?」

室長「そんな時に役立つのが、たき火の代わりをする魔石です。調理に必要なだけの熱を放ち、また明かりとしての役割も果たす」

室長「しかし魔石の優れているところは、熱は必要な時だけ放出することです。」

室長「仮に火の番をしなくても、何かが燃えることはありませんし、もちろん明かりは消えません」

魔剣士「魔物はどうするのよ?」

室長「女神様に祈ります」

司祭「最後は神頼みか」

室長「たき火でも近寄ってくる魔物はいます。たき火以上の性能を求められても困りますね」

勇者「それなら、これといって新しい技術が生まれているわけじゃないんだね」


室長「……痛いところを突かれました。勇者様の仰るとおり、全く新しい技術というのはありません」

室長「今でもできることを、魔石で手軽に行えるよう置き換えるばかりです」

勇者「能力が十分にあるなら、あとは目的と発想さえあれば発明されるのは時間の問題じゃないかな」

室長「そう仰って頂けるなら幸いですね」

勇者「ところで、技研では今までどんなものを作っているんですか? 崖越えに応用できるかもしれませんし、見せてもらえませんか?」

室長「ええ、もちろん! 事細かに説明しながら案内しましょう!」

………
……

……
………

魔剣士「頭痛いわ……」

司祭「無理についてこないで、休んでいれば良かったろう」

魔女「もう、司祭くんってば女心がちっともわかってないのね。勇者くんが見て回るなら、魔剣士ちゃんも一緒に来るに決まってるじゃない」

魔剣士「別に、そんな理由じゃないわよ……」

室長「とまあ、このようなところですか」

勇者「ありがとうございました」

勇者「…………うーん」

司祭「何とかなりそうか?」

勇者「今のところ、難しいかな。組み合わせて、とかでも考えたけどうまくまとまらないよ」

室長「ところで崖越えに関してですが、機械に頼らず魔法では難しいので?」


勇者「……僕もそれは考えました。例えば氷魔<シャーリ>で崖の頂上まで坂道を造る、とかですよね?」

室長「ええ。崖の大きさにもよりますが、そうして上った事例を聞いたことがあります」

勇者「あの崖は目測でも五〇メートルを越える高さですから、そこまで届く坂道を作るには大人数の魔法使いが必要ですね」

魔女「あら? 勇者くん、わたしってば結構な働き者なのよ?」

勇者「たぶん、魔女さんが魔力を全部使い切るつもりでやって、それでも少し届かないくらいだと思うよ」

司祭「崖を越えた先に何があるかわからない、その状況で戦力を落とすのは得策じゃないな」

勇者「他の魔法使いを大勢呼んで、とも考えたけどね。崖に行くまでの時間やらを考えると、とても雇えないよ」

魔剣士「無料で協力してくれないかしら?」

勇者「それでも無理かな。その場合でも馬車や食料はこっちが準備しなきゃだし、旅の資金を全て使っても全然足らないと思う」

勇者「王様に資金の援助を請願するにも、確証がなきゃ動いてくれないだろうし」

室長「……崖を迂回する道は、もちろんなかったのですね?」

勇者「ええ。どうも切り立った崖に囲まれているようなんです」

室長「時間をかけてもいいなら、崖の向こうに行く方法はいくつかありますが……隧道(トンネル)を掘る、岩肌を削って坂や階段を作る……」

勇者「その場合、おそらく人員が揃いません」

勇者「魔王によって開拓者はほぼ全滅しました。同じ悲劇が起こる可能性を思えば、腰が引けるはずです」

室長「でしたらやはり、勇者様一行のみの力で、大きな消耗をすることなく、崖を上らなくてはならないんですね?」

勇者「無理を言ってすみません」

室長「――――我々も知恵を絞ります。旅の疲れもあるでしょう、本日は休まれてはどうです?」

勇者「そうですね。また明日以降に伺います」

室長「お力になれず申し訳ありません」

魔女「うーん? 前途多難、かしらね?」


    ◇二日後 宿

魔女「じゃあお留守番は任せるのよ?」

司祭「夕方までには戻る」

魔剣士「のんびりしてきたら? あたし、今日は宿でごろごろしてると思うから」

魔女「あら、運動しないとお肉がついちゃうのに?」

魔剣士「つかないわよ! ……腕がなまっちゃうもの、夜にちょっと体は動かすわ」

司祭「そうからかうな。買う物が多いんだろう、早く行くぞ」

魔女「ふふ? せっかちさんね? それじゃ魔剣士ちゃん、またね?」

バタン

魔剣士「はあ。あの二人、あたしに気を使って勇者と二人きりにするの、やめてくれないかな」

魔剣士「…………今の勇者、どうせ相手をしてくれないだろうし」

勇者「――――」カリカリ

勇者「…………」カリカリカリ

勇者「うーん」カリ、、、

魔剣士(昨日からずっと、ああでもないこうでもないって考えてる。体に悪そうよね)

勇者「んー……魔剣士?」

魔剣士「な、何!?」

勇者「僕は宿にいるから、出かけてきてもいいよ。退屈でしょ?」


魔剣士「いいのよ、今日はそういう気分なの。それに退屈そうだと思うなら、話し相手になってくれてもいいと思うわ」

勇者「考え事の片手間に相手されるんじゃ、魔剣士もイヤでしょ?」

魔剣士「……崖を越える方法、ずっと考えてるのよね?」

勇者「うん。魔王が現れてから一年が過ぎてるのに、その所在はまだわかってないからね」

勇者「そうなると、誰も到達したことのない崖の向こうが一番怪しいと思うし」

魔剣士「何とかなりそうなの?」

勇者「今のままじゃ無理だね。必死に考えてみたけど、人数を用意しなきゃいけない方法しか浮かばないよ。お手上げかな」

魔剣士「煮詰まったなら、外に出てきたらどう? 気分転換したら、何か思いつくかもしれないわよ?」

勇者「うん……そうだね。今日はいい天気だし、ちょっとひなたぼっこでもしてこようか」

魔剣士「それがいいわよ。あ、夜はまた稽古に付き合いなさいよね」

勇者「僕からもお願いするよ。剣術は魔剣士の方が上手だから、教わることも多いし」

魔剣士「うん、任せて。ばっちり鍛えてあげる」

勇者「覚悟しとくよ。それじゃいってくるね」

魔剣士「いってらっしゃい」

バタン



魔剣士「あれ? あたし、バカじゃないの?」

魔剣士「何で送り出しちゃったのよ。あたし、ひとりぼっちじゃない……」


    ◇野原

勇者「……」ボーッ

勇者「……」ボーッ

勇者(寝転がってると、眠くなってくるな)

勇者(肌寒くなければ寝ちゃえるのにね)

勇者「平和だな。魔王がいるなんて嘘みたいだ」

  ?「バササッ」

勇者「ん」

  ?「バサバサッ」

勇者「鳥……あれはムコウドリかな。確か、木の枝に止まってもすぐ移動しちゃう、向こうがいい、向こうがいい、って習性だっけ」

  ムコウドリ「バサッ、バサッ」

勇者(ずいぶん頑張って羽ばたいてるな。やっぱり空を飛ぶのって大変なんだね)

  ムコウドリ「!」キラーン

  ムコウドリ「バサバサッ」ピタッ

勇者(風を捕まえたのかな。今度は羽を動かさないでどんどん上昇していく)

  ムコウドリ「バサバサー」ダラー

勇者「翼の角度だけ調節して、あとはそのまま……」

勇者「風を作り出すには……船の動力に使っているようなものさえあれば」

勇者「重量も考えると……計算式がわからないけど、室長ならたぶん……」

勇者「――――これなら、崖を越えられる」

少ないですが、今日はここまで。


――――航空力学

勇者「水の抵抗よりも空気の抵抗の方が小さいですよね? 船と同じ動力でも得られる速度は大きくなるはずです」

室長「重量自体も大きく違いますから、計算しないとですが……」

室長「しかしどうでしょうね、現段階では何とも……」

勇者「難しいことは理解しています。ですができないとは思っていません」

勇者「速度さえ上げられれば、前方から受ける風の速度も十分なものになるはずです」

勇者「鳥の羽のように風を受け止める機構も必要になりますし、考えなきゃいけない部分は多いですが」

室長「……なるほど、そうか。そちらには一つ当てがありますね」

勇者「本当ですか? だとしたら実現は夢物語じゃありませんよ」

勇者「暫定的に揚力と呼びますが、正面から風を受けることで地面から垂直に働く力に変えられると思うんです」

室長「理屈上はそうなる、でしょうか……試さないことには何とも」


魔女「魔剣士ちゃん?」

魔剣士「魔女……」

司祭「何かあったのか? 技研にいると言伝を聞いて、来てみたんだが」

魔剣士「あたしもまだよくわかってないのよ。勇者ったら、さっきからずっと室長さんと話してるし」


勇者「細かい計算や設計はお願いすることになると思います。僕も手伝えることがあれば手伝いますが」

室長「そうですね。勇者様には、おぼろげながら完成図が見えているのでしょう」

室長「もし時間があるなら、我々と一緒に研究してみてはどうですか?」


勇者「本当ですか? ありがとうございます。けど、もし足を引っ張るようなら遠慮なく言ってください」

勇者「もともと、専門家である技研の皆さんに任せた方がいいと思っていますから」

室長「わかりました。……あと、勇者様には見てもらいたい物があります。用意してきますね」

勇者「なんでしょうか、楽しみにしています」

魔剣士「ゆ、勇者? 話は終わった?」

勇者「なんとか一段落、かな。ごめんね、待たせちゃって」

司祭「あの様子だとずいぶん話し込んでいたんだろう。何があった?」

勇者「崖を越える方法を思いついた、かな?」

魔女「あら? さすが勇者くん、わたしに次ぐ頭脳派よね?」

魔剣士「はいはいそうね。で、どんな方法なの?」

勇者「――――空を飛ぼうと思うんだ」

魔剣士・魔女・司祭「…………」

勇者「あの、何か言ってくれないと不安になるんだけど」

魔剣士「その、ごめん、予想外すぎて頭が真っ白になってたわ」

司祭「あれだけ真面目に話していたから、こんなことを言うのも失礼だが……本気か?」

勇者「もちろん」

魔女「空を飛ぶ、のよね? 鳥みたいに? 空想上の魔女みたいによね?」

勇者「ホウキにまたがって空を飛ぶよりは現実的なやり方だよ。鳥の飛び方を参考にしてるから」


魔剣士「あー、頭痛くなってきたわ。あたしにはついていけない」

司祭「今回ばかりは魔剣士を笑えないな。私も理解が追いつかん」

魔女「想像がつかないものね、人間が空を飛ぶって……」

勇者「なら待っていてよ。実現してみせるから」

魔剣士「待つってどれくらいよ? 一週間とか?」

勇者「あー、いや……しまった、時間を考えてなかったな」

魔剣士「何それ、イヤな予感しかしないんだけど……どれくらいかかるのよ?」

勇者「はは……まるっきり最初からやるし、年単位になるかなあ」

魔剣士「……勇者、正気?」

勇者「ごめん、僕の頭がどうかしてた。魔王がいると決まったわけでもないのに、崖の向こうに行くだけでそんなに時間はかけられないね」

魔女「もう、困った子ね?」

司祭「しかしそれなら、空を飛ぶ方法は技研に任せ、私たちは旅を続けるしかないだろうな。まず西の大陸を見て回り、次は東の大陸か?」

魔剣士「目的なく、ひたすら旅するしかないわよね」

魔女「港で会ったあの魔物みたいに、魔王のことを知る魔物を見つけるのもいいかしら?」

勇者「そうだね。自分たちから具体的な行動は起こせないし、後手に回るのはしかたないかな」

室長「お待たせしました」

勇者「いえ、大丈夫です。それより、見せたいものって?」

室長「皆さん、倉庫にお越しください。きっと驚くと思われますよ」


    ◇倉庫

魔剣士「わあ! ……うん、これが何かわからないわ」

司祭「左右に伸びた何かに巻いてあるのは布か。どことなくトンボのような形だな」

魔女「それにしても古いのね? 木の部分は歪んでるし、布も変色しちゃってるもの?」

室長「勇者様、どうでしょう?」

勇者「……驚きました。技研では最初から案が出ていたんですか?」

魔剣士「勇者、これ何なの?」

勇者「空を飛ぶための機械だよ。ずいぶん年季が入ってはいるけどね」

魔剣士「へえ、これが?」マジマジ

司祭「こんなもので空を飛ぶのか? 頼りないな……」

魔女「うーん、実物を見ても想像できないな?」

室長「勇者様から話を聞いた後、似たような計画に覚えがあったため、設計書やらを探してみたのです」

勇者「今の進捗状況はどうなんですか?」

室長「何十年も前に計画が頓挫しています」


勇者「……それはどうして?」

室長「計画の柱であった七代目勇者様が亡くなられたからです」

勇者「!」

魔剣士(七代目勇者……前に会った修道女が待っていた人よね)

室長「この試作機は失敗に終わったようです」

室長「飛行距離は数メートル。高度も上がらず、後ろから人が押すか、強風が吹かなければ自力での離陸はできなかったと記録にあります」

勇者「それでも基礎はできあがっている。ですよね?」

室長「ええ。当時よりも技術の改良は進んでいます。当時の問題点を解決できるかもしれません。それに……」

室長「目的を持つ勇者様がいます。勇者様は言いましたね? 目的と発想が必要だと。今、技研にそれをもたらせるのは勇者様のはずです」

室長「飛行する機械、飛行機の作成。我らが技研に協力を願えませんか?」

勇者「……僕がどれだけ力になれるかはわかりませんが。こちらこそ、よろしくお願いします」


魔剣士「先代の勇者ができなかったことを、今の勇者が引き継ぐのね。どうなるかしら」

魔女「あら? 魔剣士ちゃん、勇者くんを信じてあげないの?」

魔剣士「そんなんじゃないわよ。勇者だもん、できるに決まってるわ」


    ◇一ヶ月後 仮住まい

勇者「それじゃ行ってくる。帰りは遅くなるから」

魔剣士「ご飯はここで食べるのよね? 準備しておくから」

勇者「うん、ありがと」

魔剣士「いってらっしゃい」

バタバタ

魔剣士「…………はあ」

魔剣士(飛行機を作る。勇者がそう言ってから、すごく時間が過ぎちゃったように感じる)

魔剣士(技研で働くなら、と王様から与えられた仮住まいにも愛着がわいてきちゃった)

魔剣士「旅をしていた頃が懐かしいわ……」

……


魔女「勇者くん、今日も帰りは遅くなるのかしら?」

魔剣士「そう言ってたわ。ここ最近、ずっとそうみたい」

司祭「不満そうだな。相手にされないのが寂しいのか?」

魔剣士「そういうんじゃないわよ、馬鹿にしないで。……勇者がすっごく楽しそうで、それが複雑なだけ」

魔女「あまり意味が変わらないんじゃなくて?」

魔剣士「全然違うわよ。乙女心は複雑なの」

司祭「気むずかしいものだな、あまり関わりたくないが」

魔剣士「関わんなくていいわよ、あたしの気持ちの問題だもの」


魔剣士「二人は今日、どうするの? また魔物退治?」

司祭「ああ。旅の感覚を忘れてしまいそうになるからな。困っている人もいるんだ、できることはしておきたい」

魔女「たまには魔剣士ちゃんもくる? 夜に勇者くんと稽古してばかりでしょ?」

魔剣士「……ううん、あたしはいいわ。必要なら手伝うけど」

司祭「魔女と二人でも何とかはなるだろう。ヒートバタフライの退治は、魔女の魔力さえ尽きなければ手こずることはない」

魔女「火傷しないかは不安だけど、司祭くんが守ってくれるし、これまで危険はなかったものね」

魔剣士「そう。ならあたしは留守番してるわ」

魔女「んー? 魔剣士ちゃん、たまには気分転換するといいのよ?」

魔剣士「そうね……」

司祭「ごちそうさま。ずいぶんと料理が上手になったな」

魔女「司祭くん? 魔剣士ちゃんの料理がおいしいのは、あなたのためじゃなくてよ?」

司祭「そんなこと、言われなくてもわかっているが」

魔剣士「うるさいわね、さっさと出かけなさいよ。片づけられないでしょっ」

魔女「くす、はいはい? それじゃ準備しましょうか?」

司祭「どうして私まで怒られなきゃいけないんだ。とんだとばっちりだな」

魔女「愚痴らないのよ? 男は黙っている時が必要だものね?」

パタパタ

魔剣士「……はあ。しょうがないじゃない。あたしにできることなんて、それくらいしかないんだから」


    ◇壁外

魔女「高氷魔<エクス・シャーリ>!」

司祭「この辺りの魔物はあらかた片づいたな。魔力はまだあるか?」

魔女「もちろん? わたしって魔力だけが取り柄だものね?」

司祭「返事に困る言い方をするな。……ならもうしばらく戦うか」

魔女「ところで司祭くん? 魔剣士ちゃんのこと、どう思う?」

司祭「質問が曖昧だな」

魔女「最近は特に無理してるなあって? 勇者くん、帰りが遅くなってきてるものね?」

司祭「……他の女がいないかという心配か? 無用だと思うが」

魔女「はあ。司祭くんは女心がちっともわかってないなあ?」

司祭「悪かったな。それなら少し教えてくれ」

魔女「ふふん、高くつくのよ?」

司祭「覚悟しておく」

魔女「あのね、最近の勇者くんって生き生きとしてるじゃない?」

司祭「そうだな。もともと、戦いよりもああいった机仕事に向いた性格なんだろう」

魔女「でもね、魔剣士ちゃんが隣にいられるのは戦いの場なのよ? 今の勇者くんの隣にはいられないのね?」

司祭「なるほど。それが寂しい……いや、辛いのか?」

魔女「自分の居場所を見失っているみたいね? もう少しすれば、どこかで折り合いをつけられるとは思うな?」

司祭「あまり悩んでいるようなら勇者も動くだろう。あまり心配しなくてよさそうだな」

魔女「そうね? 誰だって居場所や戻る場所があるもの。それがどこにもないのはわたしくらいかしら?」

司祭「…………」

司祭「魔女の居場所は、私や勇者たちの側にあるだろう。悲しいことを言うな」

魔女「――――ふふ。だったらいいなって、わたしは思ってるのよ?」


    ◇技研

魔剣士「……」ボーッ

  勇者「ペダルの踏み込みに対して方向舵の動作量が多すぎないかな。もっと少なくしていいと思うけど」

  研究員「なら歯車の組み合わせを調整しますか。でもあまり細かくすると、踏み込む足の負担が増えますよ?」

  勇者「僕が操縦する分にはそれでも大丈夫だけど……最終的には量産を見据えているんだし、改善項目に加えておこうか」

  研究員「了解。じゃ、調整したら呼びますね」

  勇者「うん、よろしく」

魔剣士「……」ボーッ

  室長「勇者さん」

  勇者「室長。どうしました?」

  室長「魔石に三種類の出力を持たせる実験ですけど、今回の飛行機には間に合わないかもですよ」

  勇者「そっか……どこで躓いてます?」

  室長「出力の制御ですね。三系統にするまでは良かったんですが、複数出力の切り替えがうまくいってないようです」

  勇者「でも二系統までの時はうまくいってましたよね?」

  室長「ええ、それは前から実証済みですから」

  勇者「まず二系統の出力切り替えを組んで、その先でもう一つの出力を切り替えられるような回路にする、とかできませんか?」

  室長「あー、どうでしょうね。私もまだ話にしか聞いてないんですよ。機体の強度を見直すのに時間がかかってまして」

  勇者「なら僕が見てきますか? みんなと比べれば力不足ですけど、思いつくことはあるかもしれませんし」

  室長「いやいや、勇者さんは働きすぎです。私が後で見ときますよ」

  勇者「わかりました。それじゃあお願いします」


魔剣士(勇者って、やっぱりこういう頭を使うことがしたかったのよね)

魔剣士(……わかってたわよ、それくらい。勇者は魔物との戦いに向いてないもの)

  研究員「勇者さーん。調整したので試してくれませんかー?」

  勇者「わかった、今行くよ」

魔剣士(昔からそうだったわよね。あたしと遊ぶ時は外だけど、一人の時は部屋の中でずっと本を読んでた)

魔剣士(ちっちゃい頃のあたし、凄いな。こんな楽しそうにしてる勇者を、どんな気持ちで遊ぼうって声かけてたんだろ)

魔剣士「あたし、もうそんなことできないわよ」

  勇者「これ、飛んでる時間によっては足が疲れちゃうかな」

  研究員「だと思いますよ。どうします?」

  勇者「今回はこれで行こうか。でも次の飛行機を作るまでには改善してほしい」

  研究員「わかりました。先輩たちに聞きながら直しときます」

  勇者「よろしく。……あれ?」

  研究員「どうしました?」

  勇者「ごめん、ちょっと離れるから。誰か来たら後で行くって伝えておいて」

魔剣士「はあ」

勇者「魔剣士、どうしたの?」

魔剣士「っ」ビク

魔剣士「ゆ、勇者? そっちこそどうしたのよ、忙しいでしょ?」

勇者「魔剣士の姿が見えたからね。せっかくだし話そうかなって」

魔剣士「……ごめんなさい、邪魔して」

勇者「変なことで謝らないでよ。調子が狂っちゃうから」

魔剣士「む、何よ。悪いことしたかなって反省してるのに」


勇者「悪いことなんてしてないでしょ? ただ技研を見に来ただけなのに」

魔剣士「だって、あたしがいても邪魔でしょ?」

勇者「なんでさ?」

魔剣士「あたし、何の役にも立たないもの」

勇者「魔剣士、頭使うことは苦手だしね。手伝ってもらうことは確かにないかな」

魔剣士(ほら、やっぱり……)

勇者「でも見に来てくれるのは構わないよ。退屈かもしれないけど」

魔剣士「――――え?」

勇者「僕もずっと魔剣士の相手はしてられないしね。それなら司祭さんや魔女さんと一緒にいる方がいいでしょ?」

魔剣士「あたし、ここにいてもいいの?」

勇者「変なこと言うね。いいに決まってるよ。危ないから、機械には近寄らないでくれるならだけど」

魔剣士「……そっか。あたし、バカだなあ」

勇者「魔剣士? あれ、泣いてる?」

魔剣士「泣いてない」ボフッ

勇者「っと。あのさ、抱きつかれたら顔が見えないんだけど」

魔剣士「いいのっ」ギュー

勇者「んー。はは、参ったな」

  室長「勇者さん、翼の制御はどうなりました?」

  研究員「勇者さんはあっちですよ。忙しいみたいで」

  室長「……ああ、なるほど。あれは忙しい」

  研究員「垂直尾翼の制御はとりあえず完了しましたよ。他、何か伝えときます?」

  室長「いや、後でまた来る。勇者さんは幸せそうだし、邪魔しちゃ悪いからね」


    ◇夕方 仮住まい

魔女「ただいまー?」

司祭「ただいま」

魔剣士「おかえり。お疲れさま」

魔女「ふふ、目につく魔物はみんな氷付けにしてきちゃったな?」

司祭「頑張った魔女には甘いものでも食べさせてやってくれ。それで明日も張り切ってくれるなら安いものだ」

魔女「あ、失礼な言い方だなあ? 司祭くんなんて知らないんだから」

魔剣士「はいはい、騒がないの。そろそろ夕食の準備するから、着替えてきなさいよね」

司祭「…………ふむ?」

魔剣士「何よ司祭。あたしのことじっと見て」

司祭「いいことでもあったのか?」

魔剣士「別に何もないわよ。変なこと言わないでくれる?」

魔女「司祭くんは変なことを言う人なのよ? 意外と常識がないものね?」

司祭「少なくとも魔女にだけは言われたくないな」

魔剣士「二人とも、あたしがさっき何を言ったか聞いてた? 早く着替えてきなさいよ。まったくもう」パタパタ

魔女「ふーん?」

司祭「あれで隠せているつもりなのか?」

魔女「いいじゃない? かわいらしくて?」

魔剣士「あ、そうだ。明日からお昼はあたしいないわよ? 適当に食べてきなさいねー?」

魔剣士「~~~♪」トントントン

司祭「なあ、ここまであからさまでも質問してはダメなのか?」

魔女「やめときなさいよね? その気になって語られたら、あまりの甘さに胃が重くなりそうだもの?」


    ◇某日 技研

魔剣士「お弁当を作ってみたの」

勇者「ああ、それで今日は来るのが遅かったんだ」

魔剣士「忙しいのによく見てるわね。寂しかった?」

勇者「心配はしたけど。それくらいで寂しくなるほど子供じゃないよ」

魔剣士「ふーん、つまらないの。寂しいって言ったら慰めてあげようと思ったのに」

勇者「次回に期待しておくよ。それより、お弁当食べていい?」

魔剣士「勇者、今それよりって言った?」

勇者「言ってないよ。そろそろお弁当食べたいなって言っただけ」

魔剣士「まあいいわ、許してあげる。はい」パカッ

勇者「へえ、おいしそうだね。お母さんというより、女の子が作ったお弁当って感じ」

魔剣士「そ、そう? なら食べてみたら?」

勇者「そうする。いただきます」モグモグ

魔剣士「どう?」

勇者「やっぱりおいしいな。魔剣士、この一ヶ月ちょっとでずいぶん腕が上達したよね」

魔剣士「……最初はとても失敗しちゃったけど。魔女が呆れちゃうくらいに」

勇者「はは、あの頃が嘘みたいだよ。今は魔女さんより上手なんじゃない?」

魔剣士「当然でしょ? 弟子は師匠を超えるものだし」

勇者「同意するのは魔女さんに悪いけど……うん、おかげで食事が楽しみだよ」

魔剣士「ならいいわ。しっかり食べておきなさいよ。午後も頑張って、夜はあたしと稽古するんだから」

勇者「そうするよ。いい加減、魔剣士から一勝くらいもぎとりたいし」

魔剣士「剣術だけの勝負なら負けるわけないわ。魔法を使う戦い方が体にしみついてるから、勇者の踏み込みは浅いもの」

勇者「言ったね? なら今夜の勝負、負けた方は勝った方のお願いを一つ聞くとかにしようか?」


  勇者・魔剣士 キャッキャ

独身研究員「いいなあ勇者さん。俺もあんな甲斐甲斐しい彼女が欲しい」

童貞研究員「くそ、なんだあの人。頭よくて勇者で恋人までいるとか。理不尽すぎる」

倦怠期研究員「嫉妬すんなよ。……嫉妬したかないけど、うちの嫁さんもああいう健気だった頃に戻ってくれねえかな」

別居中研究員「はあ。女房、たまにはこっちに来てくれたらな。いや、今度の休みに迎えに行って、そこで……」

新婚研究員「あれが許されるなら、俺も妻を呼んでいいっすよね?」

独身研究員「うるせえ黙れ」

童貞研究員「滅しろ」

倦怠期研究員「おまえだけは許さん」

別居中研究員「生きて帰れると思うな」

新婚研究員「俺の扱い、ひどくないっすか!?」

室長「うちの研究員、なんでこんなやさぐれてるんだろう?」

研究員「技研は女っ気が皆無ですからね。室長、若い連中に世話を焼いたらどうです?」

室長「うちの妻は友達がいないんだよ。高飛車すぎて」

研究員「ああ、室長は尻に敷かれてますもんねー」

室長「……君、出世はしばらくないと思っといていいよ」

研究員「ええ!? あんまりじゃないですかっ?」


    ◇仮住まい

魔女「司祭くん、わたしの作ったご飯はどう?」

司祭「……魔女、魔剣士から料理を習ったらどうだ?」


夜。とてもやる気を出した魔剣士に勇者は完敗する。
魔剣士がどんなお願いをしたかは、また別の話。


    ◇二ヶ月後

研究員「取り付け、終わりました!」

勇者「これが……」

室長「完成ですね勇者さん! 我々の作り上げた飛行機ですよ!」

別居中研究員「っしゃ! これで女房を迎えにいける!!」

童貞研究員「お、俺、この後魔女さんに告白するんだ!」

倦怠期研究員「いやっはー!! 空を飛べるようになったら、嫁を誘ってぶちかましたる!」

独身研究員「え、そういう目的ありなの? 俺も気になる子ができたら呼んでいい?」

新婚研究員「マジっすか! じゃあ俺も妻を呼ぶんで!」

研究員たち「「「「てめえだけは許さん!」」」」

魔剣士「勇者」

勇者「……魔剣士」

魔剣士「やったじゃない。頑張ったわね」

勇者「はは、やったよ魔剣士! 僕、凄いがんばった!」ダキッ

魔剣士「わわっ/// ちょっと、抱きつかないでよ!」

勇者「ごめんね魔剣士! 今まで苦労かけたけどさ!」カカエアゲ

魔剣士「は、恥ずかしいっ/// 下ろしてよ!」

勇者「ようやくここまで来たんだ!」


魔女「あらあら? 珍しいかしらね、勇者くんがここまではしゃいでるのって?」

司祭「たまにはいいだろう。勇者は普段、あんなに感情を見せることがないからな」


魔剣士「うぅ、ひどい目にあった……」

勇者「あーっと、ごめん。ちょっと興奮しちゃってさ」

魔剣士「別にやるなとは言わないわよ。でも人のいないところにして」

勇者「うん、そうするよ」

室長「勇者さん、もういいですか?」

勇者「っと、はい。なんです?」

室長「最後の点検が終わったら、試験飛行をしなくちゃいけません。予定通り、勇者さんが操縦士で構いませんか?」

勇者「いいですよ。崖を越える時には、僕が操縦することになるでしょうから」

室長「では準備をお願いしますね。こっちは点検を始めています」

魔剣士「……ねえ勇者?」

勇者「何?」

魔剣士「あたし、一緒に乗っちゃダメ?」

勇者「え? うーん、万が一のことを考えると、ちょっとな……」

魔剣士「何よそれ? もしかして、危険なの?」


勇者「あ、いや……うーん」

勇者(理論上は問題ないけど……でもここで変なこと言ったら、試験飛行に反対されそうだし……)

勇者「しょうがないな、いいよ。司祭さんと魔女さんにも話してくるから」

……


勇者「というわけだから、たぶん大丈夫だと思うけど、何かあったら助けてほしい」

魔女「ふふ、魔剣士ちゃんってば困った子ね?」

司祭「救命処置はできるが……大丈夫か?」

勇者「正直、多少の危険は目をつぶってる。崖を越えるくらいの高度なら、飛行機にもそこまで負担はかからないはずだからね」

魔女「……んー。わたし、乗らないとダメかな?」

勇者「魔女さんが乗る頃には徹底的に試験した後だから、安心していいよ」

魔女「ふふ、それなら良かったな? 勇者くん、わたしのためにも頑張ってね?」

司祭「どういう応援の仕方だ。人格を疑われるぞ」

勇者「冗談だってわかってるからいいよ。それじゃ、後はよろしく」

司祭「やれやれ。魔王を倒す旅のはずが、おかしなことになったものだ」

魔女「ふふ、そうね? でもわたし、旅に出て良かったって心から思うのよ?」


    ◇試験中

勇者「魔剣士、きちんと体を座席に固定した?」

魔剣士「大丈夫よ、もう身じろぎもできないくらい」

勇者「なら離陸するよ。前を見てて」

ジジジジジ

勇者(魔石は問題なく動作してる)

魔剣士「わ、動き出した」

勇者(あとは必要な速度さえ確保できれば……)

勇者「そろそろ浮くよ」

魔剣士「うそ、ほんとに……うわ、ふわってしたわ!」

勇者「よし、飛んだ! あとは翼と魔石の制御に気をつけて、えーと……」

魔剣士「ねえ勇者、すごいわ! 地面、あんなに下にある!」ガチャ

勇者「あまり暴れないでよ! 飛行機が落ちたら死ぬからね!」

勇者(風防があるのに、それでも風の音がうるさいな。大声じゃなきゃ会話できないくらいだ)

勇者(あとは……速度の影響かな、離陸する前よりずっと操縦桿が重い。原因を調べないと)

魔剣士「――――勇者ってすごいわね」

勇者「何か言った!?」

魔剣士「あたし、こんな景色が見られるなんて思わなかった」

勇者「聞こえないよ!」

魔剣士「いいのよ、聞こえなくて。あたしの独り言だもの」

勇者「あたしの、何だって!?」

魔剣士「ねえ。あたしは勇者に、どんなものを見せてあげられるのかな」

魔剣士「……何でもないわよ! 綺麗だって言っただけ!」

>>375 トリップ付け忘れ

今日はここまで。
せめて23時くらいには更新していきます。


――――枯渇進行

室長「想定よりは問題が少ないですが、やはり多いですね」

勇者「ええ。特に高度が足らないのが痛手でした」

室長「速度が計算より出なかったことが原因ですが、おそらく魔石でしょう」

室長「出力の系統を増やしたことで、単純に出力量が低下したんだと思います」

勇者「ですが基本的な構造はほぼ問題ありません。問題を一つずつ解決していけば、何とかなりそうですよね」

室長「ここまで短期間でこぎつけたんです。ぜひ形にしたいものですよ」

勇者(……そう、短期間すぎる。そりゃあ時間は惜しげなく注いだけど、それでも三ヶ月で試験飛行ができるのは早すぎるんだ)

勇者(技研の人たちが優秀だったというのもあるけど、何より計画が頓挫した時点での進行度合いが影響してるよね)

勇者(あんな完成間近で計画が頓挫するなんて、考えられない)

室長「勇者さん?」

勇者「……すみません、考え事してました。なんです?」

室長「いや、大したことじゃないですよ。それより、試験飛行ばかりでお疲れでしょう? 今日はもう休んだらどうですか」

勇者「僕はまだ平気ですよ」

室長「それでも、ですよ。飛行機が完成次第、勇者さんは崖を越えるのでしょう?」

室長「その先に魔王がいるかもしれないなら、英気を養ってください」

勇者「……最後の詰めをお任せするのは、申し訳ないですが」

室長「構いませんよ、それくらい。この三ヶ月、勇者さんが技研にもたらしたものはとても大きいんです」

室長「ほら、よく語られるでしょう? 『文明の発展は勇者と共にあった』。我ら技研は、正にその場に立ち会えたんですから」

勇者「なら甘えさせてもらいます。最近は勇者らしいことをしてませんでしたから、魔物と戦って勘を取り戻してきたりしますよ」

室長「勇者さんの休養ってずいぶんと行動的なんですね」ハハ


伝令「失礼します!」

室長「……何事です?」

伝令「先ほど報告がありました! 現在、東の大陸の王城が魔物に襲撃されています!」

室長「なんですって?」

勇者「――――いつからですか」

伝令「本日未明になります! 伝書鳥により状況を確認したばかりでして、被害の規模はわかっていません!」

勇者(東の大陸まで、普通の手段で移動していたら絶対に間に合わない……なら)

勇者「室長さん、飛行機の魔石、魔力の補充は終わっていましたね?」

室長「一通りの試験飛行を終えた後に行いましたが……あれで行くつもりですか?」

勇者「王の許可が得られれば、です。あれは西の王の持ち物だから、僕の勝手で持ち出すわけにはいきません」

室長「……技研の室長として、王への伝令をお願いします。勇者様に飛行機の譲渡、いや貸与の許可を、と」

室長「勇者さんは準備を。王とのやりとりは私が請け負います」

勇者「……ありがとうございます、室長さん」ダッ

伝令「では伝えてまいります!」

室長「お願いしますよ」

……


室長「話は以上です。王の許可は私がなんとしても取り付けます。東の大陸まで問題なく航行できるよう、万全の整備をしてください」

室長「時間はありません。各自、最高の仕事をするように!」

室長(技研にできることはここまでです……どうか、勇者さんの旅路に女神様の加護があらんことを)


    ◇仮住まい

魔剣士「水と食料は備蓄の分だけ持って行けばいいわよね!? あとは何!」

司祭「装備だけ整えておけばいいだろう! 向こうで買えるものなら後回しでいい!」

魔女「ええと、薬草に食糧に水に……?」

ガチャ

勇者「ごめん、準備を任せちゃって。用意できた?」

魔剣士「もう大丈夫! よね?」

司祭「置いていく荷物は多いがな。……しかし間に合うか?」

魔女「悩んでも仕方ないもの、行くしかないのよね?」

勇者「さっき連絡があって、飛行機は貸してもらえるみたい。準備ができたならすぐに行くよ」

勇者「今から順調に進んで、半日はかかると思う。着くのは深夜だから、覚悟しておいて」


    ◇技研

勇者「飛行機、お借りします」

室長「お気をつけて。勇者さんの帰りを待っています」

勇者「ええ。帰ってきますよ、必ず」

  研究員「飛行機が出ます! 進路確認! 進路よし!」

室長「それでは、また」グッ

勇者「…………」グッ



室長「行ってしまいましたか」

研究員「大丈夫、でしょうか」

室長「わかりません。ですが待っている間にやることは多い。技研として、我々にできる戦いをします」


    ◇飛行中

魔剣士「こんなに慌ただしく空を飛ぶことになるなんて、ちっとも思わなかったわ」

司祭「そうだな。急ぎすぎて、飛び立つ時に感動することさえ忘れていた」

勇者「起きていられるなら構わないけど、疲れたら休んじゃって。一応、寝られるくらいにはちゃんと防音してあるから」

魔剣士「……勇者はどうするの?」

勇者「僕は休めないよ。飛行機が落っこちるからね」

魔剣士「その、無理はしないで?」

勇者「わかった。ありがとう」

勇者(東の大陸は魔法が進んでいる。結界魔法に注力していたはずだし、何とか守り抜けたらいいんだけど)

勇者(――――そもそも、魔物が人の住む場所を意図的に襲撃しているなら。統率する、知性のある魔物がいる)

勇者「…………」グッ

勇者(わかってる。人間に戻す方法はない。魔物になって、人間を殺し続けるなんて悲しいことはやめさせなきゃダメだ)

勇者(やるしかない。覚悟は決めないと)

魔女「気持ち悪い……」

………
……


魔女「うぅ……」


……
………

魔女「…………」


    ◇東の大陸 上空

魔剣士「zz……ん、…………ぅぁ」ウトウト

魔剣士「んぅ……あれ……?」

魔剣士「……。……っ!」

勇者「起きた?」

魔剣士「ご、ごめん勇者。寝ちゃってた」

勇者「いいよ。何もしないでじっとしてたら、眠くなっちゃうんだし」

司祭「ただ、静かにしてやってくれ。魔女はまた眠ってしまったようだからな」

勇者「司祭さんも寝たら? あと二時間くらいだし、向こうに着いたら休む暇もないんだから」

司祭「私なら大丈夫だ。さっき、不覚にも十分に休んだ」

魔剣士「みんな起きてるって意地を張ってたのに、全員一回は眠っちゃったのね」

勇者「快適だったようで安心したよ。僕の操縦技術も中々のものみたいだから」

勇者(……飛行機作りにかまけていたし、休憩もろくに取れてないから、僕は戦力として半減してる。皆に負担をかける分、今は頑張らなきゃ)

魔剣士「もうすっかり暗いわよね。月も出てないし、前を照らす魔灯がなかったら何も見えなくなりそう」

勇者「ほんとだね。夜間飛行の可能性も考えて、光源も付けといてよかったよ」

司祭「先見性があって助かったな。……あれは?」

魔剣士「どうかしたわけ?」

司祭「目の錯覚か? 前方に、鳥のような何かが見える」

勇者「夜行性の鳥かな。急にはよけられないから、逃げてくれなきゃ困るんだけど」


魔剣士「――――違う、鳥じゃないわ! 司祭、すぐに予知<コクーサ>使って!」

司祭「くっ……魔女、起きろ! 寝ている場合じゃない!」

アヴェス「はじめまして、勇者。ぼくはアヴェス。あなたを殺しにやってきました。といっても、今のあなたに声は聞こえていませんか?」

勇者(鳥と人間を組み合わせたような……人型? 知性がある? ならまずい……!)

アヴェス「おやおや、面白い物に乗っていますね? 空を飛ぶのは翼を持つ者の専売特許だと思っていました」

魔剣士「何か喋ってる……どうする勇者、風防を外して戦う?」

勇者「ダメだよ、座席から投げ出される危険の方がまずい。何とか逃げ切る……!」

勇者(といっても、魔石の出力はこれ以上あげられない……何とか旋回しながら振り切るしか……)

アヴェス「ふふ、ではとびっきりの妨害をしてあげましょう。空の中で、ぼくに勝てるとは思わないことです!」

勇者(っ……来る、上から! 右に傾けて、方向舵を調整して……!)

アヴェス「ははは、ぎこちない回避の仕方ですね。やはりあなたたち人間では、空を自由に飛び回れない」

アヴェス「ほらほら、あとどれだけ避けていられますか!」

勇者「く、っそ!」

勇者「司祭さん、予知<コクーサ>で敵の動きを教えて! それに合わせて操縦する!」

司祭「右下から来るぞ!」

勇者(上昇はできないっ、高度を無理矢理落として!)ガクン

魔女「きゃっ!」

勇者「我慢して! 次!」

司祭「背後からだ!」

勇者(機体の振動がひどい、立て直しながら上昇するっ)ガタガタガタ

アヴェス「ふふ、なかなかしぶといですね。しかし飛び回るのに必要な場所はわかりましたよ?」

司祭「勇者、魔法を打たれる! すぐにここから離れろ!」


アヴェス「墜ちなさい! 極風魔<グラン・ヒューイ>!」

勇者「簡単に、言ってくれるね!」

勇者(離脱……間に合ってよ!)

アヴェス「おやおや、翼に穴が空きましたね?」

パラパラ

勇者「こ、のぉ!」ガタガタガタ

魔剣士「あああ!」

アヴェス「おやおや、ひどく間抜けな飛び方ですね。これでは墜落も免れない。さようなら勇者。あの世でお会いしましょう」バサッ

勇者(魔物は……消えた? でもこっちがまともに操縦できない!)

司祭「くっ、勇者、風防を壊すぞ!」ドンッ

司祭「翼の穴が空いた部分……いけるか? 結界<グレース>!」

勇者「っ! 司祭さん、そのまま! 今ならどうにか動かせる!」

司祭「ならいい! だが長くは持たないぞ!」

勇者(どっちにしろ、これ以上は飛んでられない! 高度が足りないけど、何とか速度を落として着陸しなきゃ!)

勇者「司祭さん、もう手を中に入れて! このまま降りる!」

勇者(ダメだ、左右の均衡が狂ってるっ。速度も落としきれてない! このままじゃ……っ)

魔剣士「――――勇者」

魔剣士「勇者なら大丈夫。自分を信じて」

勇者「っ……!」

勇者(左右は諦める、機首が地面と水平になるようにだけして……!)

ガラガラガラッ!

バキバキッ

ダンッ!!


………
……


魔剣士「――――生き、てる?」

魔剣士「勇者、大丈夫!?」

勇者「うぅ……っぁ」

魔剣士「頭、怪我してる……落ち着いて、あたし。きっとできる。だから、」

魔剣士「……高回復<ハイト・イエル>」ポォ

魔剣士「怪我、治ったわよね? 勇者、しっかりして?」

勇者「ん……魔剣、士?」

魔剣士「良かった」

司祭「くっ、頭がふらつくな」

魔女「…………ごめん待って、とても気持ち悪いの」

魔剣士「全員、無事よね? 怪我はしてない?」

勇者(何とか着陸できた、かな)

勇者「大丈夫なら、みんな降りようか。またさっきの魔物に襲われるかもしれないし」


魔女「司祭くん、酔い止めの薬草ちょうだい……」

司祭「良かったな。この一枚だけは残っていた」

魔女「他、は?」

司祭「着陸した時、外に投げ出されたのだろう。どこにあるかはわからない」

魔剣士「食料と水もほとんどこぼれちゃってたわ。一人ずつ、少し喉を潤すくらいしか残ってない」

司祭「勇者、状況はそんなところだが」

勇者「――――」

魔剣士(飛行機……左の翼が完全に折れちゃってる。きっと他にも壊れたところがあるし、もう乗れないわよね……)

勇者「ふう。飛行機が頑張ってくれて良かったよ。皆、死なずに済んだ」

魔剣士(バカ、笑わないでよ。あんなに頑張って作ったんだもの、もっと言いたいことあるはずでしょ?)

魔剣士「……これから、どうするの?」

勇者「ここから魔物に襲われている王城まで、たぶん六〇キロくらい距離があるはず」

司祭「六〇、か。ここは山間の場所だろう。直線距離で六〇でも、移動距離は更に増えるだろうな」

勇者「それでも今から歩き出せば、明日の夕方には着くと思う」

魔女「寝ずに歩いて、よね? 勇者くんにそんな体力が残っているの?」

勇者「できるできないでは考えてない。やる」


魔剣士「勇者……」

司祭「無理を言い出すものだな」

勇者「わかってる。だから僕一人で行くよ。体力の問題もあるだろうし、皆は無理しないで」

魔剣士「無理する張本人が言うんじゃ、何も説得力ないわよ」

魔剣士「……あたしは行くわ。勇者を一人になんてしない」

勇者「……ごめん。ありがとう」

魔剣士「司祭、魔女をよろしくね。いくらなんでも、魔女の体力はもたないわよ」

魔女「あら? 魔剣士ちゃんってばひどいなあ? わたしを置いていくつもり?」

魔剣士「……わかってるのよね? なら何も言わない。無理して倒れたら、司祭に任せて置いていくわ」

司祭「私の意見を聞いて欲しいものだがな。魔女の体力が尽きたら、私が背負ってでも連れて行く。魔女の魔法は必要なはずだ」

勇者(――――僕は)

勇者(一人で戦ってきたつもりなんてなかった)

勇者(でも今、僕はようやく、自分の仲間がどれだけ頼もしいかを思い知った)

勇者「水と食料は僕と司祭さんで持って行く。魔剣士と魔女さんは、体力の温存を意識しながら進んで」

勇者「ここまで来たんだ。間に合わないなんて、そんな結末は許さない」


    ◇翌日 昼

魔剣士(山岳地帯のど真ん中、か……降りた場所が本当に悪かったみたい。せめて町に寄れたら、水が飲めるのに)

司祭(魔物と交戦する頻度が多い。それだけ王城に近づいているのか? 距離はあとどれだけある?)

司祭「魔女。まだ歩けるか?」

魔女「…………」コクッ

魔女(わたしは、歩く、のよ。他は今、どうでもいい)

勇者(食料と水は朝の時点で尽きた。西の大陸と違って、こっちは汗ばむくらいの陽気だ)

勇者(湧き水でも見つかってくれたら……空から見た感じだと、山肌がしばらく続いてた。木が生えてないなら、水は期待できない……)

勇者(たぶん皆、気温差にやられてるはず。無理して進むのは間違いだった? でも他の町まで行くのも距離的には変わらない)

勇者(どちらにしろ、他の町に行こうと休んでる暇はない。それなら、王城に着いた時、まだ結界が破られてない可能性に賭けた方がいい)

勇者(それに王城が落ちれば、東の大陸は大きく国力を失う。徒党を組んだ魔物に襲われれば、小さな町や村では対抗できない)

勇者(……くそ、わかってるよ。進むしかないんだ)ザリッ

今日はここまで。
代わりに明日は長めです。


――――東方戦線

    ◆夕方

衛兵「女王様! 結界はこれ以上魔物を防げません!」

東の女王「騎士団、出撃の準備を。私の警護はよい、全兵でもって魔物を迎え撃て」

大臣「女王様にもしものことがあってはなりません! 撤回を!」

東の女王「黙れ。私の代わりなどいくらでもいる。何度でも首をすげかえればいい」

東の女王「大陸の要であるこの場所さえ守れれば、魔物の勝利にはならない」

東の女王「魔術隊は戦闘に出るな。破られた後、結界の復旧を急がせろ」

東の女王「……西と南の王に書状は送ったな?」

大臣「間違いなく」

東の女王「ならばよい。次は自分の番だと腹をくくり、魔物と戦う覚悟ができよう」

東の女王「大臣よ」

大臣「はっ」

東の女王「勇者は今、どこにいる?」

大臣「西の大陸にいると聞いております」

東の女王「なら間に合わないな。期待はやめておこう」

東の女王「――――結界が破れる前に、最後の仕事をしてくる」

大臣「それは……?」

東の女王「兵士たちへの激励だ」


東の女王『聞け! 国を、いや民を守らんと立ち上がった兵士たちよ!』

東の女王『魔王が現れて一年! 人間に怯えていた魔物たちは、ついに人間の世界を脅かそうと牙を剥いてきた!』

東の女王『残念ながら、最初に狙われたのはこの城だ! なぜか!』

東の女王『……言うまでもない。それは、この国の兵士諸君らが、魔物にとってもっとも脅威であるからだ!』

東の女王『間もなく結界は破られる! 戦闘は熾烈を極めるだろう!』

東の女王『だが忘れるな! 女神の加護は我らにあり! 皆の持つ剣は、放つ魔法は、背に守る人々が最も頼る誇りである!』

東の女王『何としてでも魔物を打ち倒せ! 最後の一人になろうとも、だ!』

東の女王『そして! 最後の兵も倒れたのなら、私が最初に殺されよう。それで民が守られるなら本望だ!』

東の女王『だが、相手は野蛮な魔物! こちらの言葉に耳を貸すとも思えぬ! ならばここで、倒れるわけにはいかないのだ!』

東の女王『皆が掲げる誇りを蹂躙されるな! 魔物と違い、私たちには守るべきものがある! それを胸に、戦い抜け!』

ワアアアアアア!!


    ◆

アヴェス「気の強い女王だ。三大国の中でなら、彼女の器が一番大きいというのも頷けますね」

アヴェス「でも、ぼくの好みじゃない」

アヴェス「いいでしょう、自慢の兵は皆殺しにしてあげます」

アヴェス「そしてその後、最初に殺されるのはあなただ」


    ◆

パキッ
サラサラサラ,,,

騎士団長「結界が破られた! 全員、構え! 第一隊、行けえ!」

騎士団長「第二隊、魔法準備! 第一隊が後退した後、雷魔<ビリム>系統の魔法で応戦せよ!」

過食コウモリ「ィィィィィッ!」

蠅の王「――――」ブブブ

ビーストレイブン「ガァァアア!」

騎士団長「怯むな、進めぇ!」

騎士4「がはっ」グサッ

騎士7「ぎゃああ!」

騎士団長「くっ……第一隊、引け! 第二隊、ってええ!」

「高雷魔<エクス・ビリム>!」「雷魔<ビリム>」「雷魔<ビリム>!」「雷魔<ビリム>っ」「高雷魔<エクス・ビリム>!!」

アヴェス「あまり刃向かわないでください、極風魔<グラン・ヒューイ>」

騎士9「ま、魔法! 相殺されました!」

騎士団長「バカな!」

アヴェス「まとめているのは……あの男ですね」バサッ

アヴェス「ふっ……!」ビュンッ

騎士団長「なっ、こ」ザンッ

アヴェス「ふん。人間の首など、もろいものです」

騎士5「うわあああ!?」


アヴェス「さて……マーリアに頼まれていたのは、結界魔法の組成でしたね」

騎士8「団長の仇だ! 何としてでも殺せーっ!」

アヴェス「あなたたちの相手をしている暇はありません」ビュオン

騎士8「うあっ!」

アヴェス「壊れた結界の破片ですが、魔力を強引に流し続ければ帰るまで保存できるでしょう」

騎士12「だ、ダメだ! 結界の魔法を研究させるな! ここで打ち落とせ!」

「高炎魔<エクス・フォーカ>!」「雷魔<ビリム>っ」「氷魔<シャーリ>!」「風魔<ヒューイ>!」

アヴェス「そのような遅い魔法、鳥であるぼくには当たりません」バサバサ

アヴェス「さて。今回は結界を壊すのに二日ほどかかりました。ですが次はどうでしょうね?」

アヴェス「ぼくが戻るまで、魔物の相手をしながら絶望するといい」

騎士8「くそ、くそっ! 団長を殺したやつを、みすみす逃がせるか!」

副団長「やめろ、深追いするな!」

騎士12「団長……団長ーっ」

副団長「うろたえるな馬鹿者が! 魔物に囲まれていることを忘れるな!」

副団長「団長の指示を思い出せ! 私はすぐ反対側の指揮に戻る! 団長の部下であったなら、その教えを死んでも貫き通せ!」

騎士12「くっ……」チャキ

騎士12「魔物一匹たりともここを通すか! 全て叩き斬ってやる!」


    ◇

勇者「始まってる。結界、破られたみたいだ」

魔剣士「――――行くわ。魔物の好きになんてさせない」

司祭「魔女、大丈夫か?」

魔女「当たり前よ……? わたし、何のためにここまで来たと思っているの?」

勇者「皆、一人では行動しないで。僕は魔剣士と、司祭さんは魔女さんと二人で動いて」

勇者「守り終わったら、皆でご飯を食べよう」

司祭「ふっ。それはいいな、やる気が出る」

魔女「ええ。魔力を使い切るのも怖くないものね?」

魔剣士「そのためにも……勝つわ。絶対に」チャキ


蠅の王A「…………」ブブブ

蠅の王B「…………」カシュカシュ

蠅の王C「…………」ギョロ

新米騎士「う、うああ! 来るな、来るなぁ!」ブンブン

蠅の王D「…………」ブンッ!

魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>」

新米騎士「うあ、はっ……? ハエが、全滅してる……?」

司祭「立て。お前は騎士だろう。何のためにここにいるんだ」

魔女「司祭くん。近寄ってくる魔物、全部やっつけていいのよね?」

司祭「魔力を使い切っても構わない。魔女は私が守る」

魔女「……ならいいのよ。わたしね、きっと、後を考える余裕はないもの」

ビーストレイブン「ガアア!」バサッ

魔女「落ちなさい。極氷魔<グラン・シャーリ>」


魔法使い7「だ、ダメです! 前線を保てません!」

副団長「弱音を吐くな! 我らに退路はない! この身を盾としてでも魔物を進ませるな!」

過食コウモリ「ィィィィッ!」ガブッ

副団長「がっ!?」

魔法使い7「副団長!?」

副団長「人間を、なめるなあっ!」ズバッ

過食コウモリ「イギッ!?」

副団長「はあ、はあ」

魔法使い7「大丈夫ですか!?」

副団長「くそ、薄汚いコウモリめ……だいぶ、血をもっていかれたっ」

魔剣士「イヤになるくらいコウモリが多いわね」

副団長「だ、誰だ……騎士団の人間ではないな? 下がれ! 殺されるぞ!」

魔剣士「ハエ、カラス、ヒツジ……こんなお出迎え、望んでないわ」

勇者「共鳴」ブォン

魔剣士「ありがと」ブォン

勇者「背中は任せる」

魔剣士「頼りにしていいわ。魔物は一匹も近づけないから」

魔剣士「すっ……やあぁ!」

ビーストレイブン「ガッ!?」

イビルモスキート「!?」ブブ、、、

蠅の王「……  」ズズ


魔法使い7「な……強……」

勇者「高風魔<エクス・ヒューイ>」

勇者「逃がさない。はっ!」

過食コウモリ「ィッ!?」

クロヒツジ「メゲッ!?」

副団長「まさか……南の王家の紋章……」

魔法使い7「それって……勇者様、ですか?」

副団長「勝てる……勝てるぞ!」

副団長「全隊、陣形を立て直せ! 我が国に勇者の守護あり! 繰り返す! 我が国に勇者の守護あり!」



魔剣士「期待されてるわね、勇者様」

勇者「皆の力になれるなら、それでいいよ。そのためなら、実体のない偶像にだってなる」

魔剣士「……バカ。そんなことさせないわ」ズバッ

過食コウモリ「ィっ?」

魔剣士「あたしは勇者だけの剣なの。だから、勇者に向かってくるなら……どんな相手も許さないわ!!」

勇者「はは、僕だけの剣か……」

勇者「ならいつか、僕は魔剣士だけの勇者になるよ」

勇者「――――だから、魔剣士を傷つける魔物は、何があろうと許さない」チャキッ


    ◇

魔女「っ、は…………極風<グラン・ヒ…………」ガクッ

司祭「よくやった、魔女」ダキッ

司祭「そこの騎士。魔女を命に代えても守れ。魔女は全てを賭して、倒れるまでお前を守り抜いた」

司祭「次は、お前が守る番だ」

新米騎士「で、でも! 魔物が!」

司祭「たかが八匹だ。魔女はどれだけの魔物を倒したと思ってる?」

司祭「これくらい、何ともない」

新米騎士「……っ!」

新米騎士「た、たとえ私が死んででも、この女性を守り抜きます!」

司祭「……いい顔だ」

司祭「だが惚れるなよ。彼女は私たちの仲間だ」

蠅の王「…………」ブブブ

ビーストレイブン「ガガッ、ガアァ」

クロヒツジ「フッ、フゥッ」

司祭「予知<コクーサ>。補力<ベーゴ>。補守<コローダ>。補早<オニーゴ>」

司祭「…………来い。一匹残らず打ち倒してやる」


    ◇

魔剣士「っのおお! やあぁああっ!」

過食コウモリ「イグッ!?」

魔剣士「はあ、はあ……」

勇者「魔力……もうない、か……」

勇者「この……! はっ!」

ビーストレイブン「ガふっ」

勇者「く、そ……」ガクッ

魔剣士「ゆ、勇者……」

勇者「ごめん……そろそろ、限界」

魔剣士「ふふ……いいわ、休んでなさいよ……」

魔剣士「勇者には、近づかせない……ぜったい……」

副団長「全員戻れ! 結界が復旧する!」

魔剣士「…………はは。何よもう。遅い、ってば……」

副団長「勇者様! こちらへ!」

魔剣士「勇者、動ける……?」

勇者「ふーっ、ふーっ」

魔剣士「そりゃ、そうよね……無理よね。勇者、一番がんばったんだもの……」

魔剣士「いい、わ。魔物さえ倒せば、あの人たち、来てくれるでしょ……」

魔剣士「くっ……」フラ、、、

魔剣士(ダメ……意識、飛びそう……)


副団長「第一隊、進め! 勇者様たちを守るんだ!」

騎士団「うおおおお!」

副団長「魔物の攻撃は防ぐだけでいい! 勇者様たちを結界の内側に運ぶのが最優先だ!」

蠅の王「…………!」シュバ

騎士12「くっ、あっちへ行け!」

騎士8「らあっ!」

イビルモスキート「っ」ブブ

騎士5「勇者様、こちらへ!」

勇者「…………」

魔剣士「ゆう、しゃ……」

副団長「勇者様たちの保護は終わった! 全員引け! 結界を張り直すぞ!」

魔剣士「司祭、魔女……無事よ、ね……?」

副団長「ご安心ください。勇者様含め、四名の方が救援に来られたんですよね?」

魔剣士「ええ……」

副団長「全員、結界の内側におられます」

魔術隊「いきます! 高度結界<カーサ・グレース>!!」

シャランッ!

勇者「…………」

勇者(良かった……間に合って……)


    ◇翌朝

勇者「…………」

勇者「…………ここ、は?」

勇者(体中、とても痛い……寝返り打つだけできつい……)

魔剣士「zzz……」

勇者「魔剣士……司祭さんと魔女さんも」

勇者「――――そっか。守れたんだよね、僕たちは」

コンコン

勇者「っと。どうぞ」

ガチャ

大臣「失礼します」

大臣「勇者様、お体はもうよろしいでしょうか?」

勇者「はい。おかげさまで、しっかり休めました」

大臣「でしたら、早々ではありますが女王様との謁見をお願いします。何分、魔物の襲撃は喫緊の問題です。ぜひ勇者様のお力をお借りしたく」

勇者「わかりました。僕で力になれるなら」


    ◇謁見の間

東の女王「あなたが勇者か。此度の助力には感謝している。今回、団長を含めて騎士三七名が亡くなる被害を受けたが、勇者がいなければより多くの死者が出ていただろう」

東の女王「兵を、民を守ってくれて、礼を言う」

勇者「顔をお上げください。僕は勇者としてできることをした。それだけです」

東の女王「ならば対等に話そう。聞けば勇者は、つい先日まで西の大陸にいたという」

東の女王「海路だけでも五日を越える日数がかかろう。どのような手品でここまで来た?」

勇者「魔王討伐のため、西の国の技研と協力し、空を飛ぶ機械を作成していました。東の国の危機を聞かされ、それに乗り駆けつけた次第です」

東の女王「空を飛ぶ機械……西め、また変なものを作り出したな。まあいい、そのけったいな機械はどうした?」

勇者「……道中、知性のある魔物に襲われ、破壊されました。僕たちは辛くも無事でしたから、そのままこちらに直行してきたのです」

東の女王「なるほど……西の王には私から伝えておく。必要なら搬送も行おう。その機械はどこにある?」

勇者「ここから六〇キロほど西に置いてきました。木製で、片方の羽がもがれたトンボのような姿をしています」

東の女王「そうか。…………待て、六〇キロだと? そこはちょうど山岳地帯の中心になるはずだ。人間がいないせいで魔物も繁殖している」

東の女王「お前たち、どうやってここまで来た?」

勇者「……自分たちの足で、です」

東の女王「バカな……伝書鳥がそちらに書状を届けたのは、一昨日の昼前なはずだ」

東の女王「それを知ってすぐ、空を飛んでここまで来たとして、山道を六〇キロも進む時間は……」


勇者「…………」

東の女王「いや、すまない。驚く場合ではなかった。それほど身を粉にしてまで、この国の危機に駆けつけてくれたのだな」

東の女王「感謝する。これは言葉ばかりの礼ではない。魔物の襲撃が止んだ後、できる限りの謝礼をしよう」

勇者「多くはいりません」

勇者「今回、僕の独断で、仲間に無理をさせてしまいました。次に魔物の襲撃があるまで療養させて頂ければ、それで十分です」

東の女王「しかし、それでは」

勇者「ではもう一つだけ甘えさせてください。西の大陸まで伝書鳥を飛ばして欲しいのです」

東の女王「内容は?」

勇者「飛行機を壊してしまったことへの謝罪です」

東の女王「……魔物に襲われたのだろう。不可抗力だ」

勇者「だとしても、借り受けたものを無事に返せなかったことには変わりません」

東の女王「わかった。今の言葉を確実に伝えよう」

勇者「感謝します」


東の女王「――――では、これから話すのはこの世界の今後だ」

東の女王「魔王が現れて一年余り。これまでも魔物による被害はいくつもあったが、今回のように規模の大きい襲撃はなかったはずだ」

東の女王「私は魔物の側に動きがあった、と見ている。勇者としての意見はあるか?」

勇者「魔物側に変化があったか、というのは情報が少ないため断定できません」

勇者「ですが、今回の襲撃で魔物を統率している魔物がいることは知っています」

東の女王「ほう?」

勇者「道中に僕たちを襲った魔物は、明確な意志を持って飛行機の破壊を行ってきました。人間のように知性のある魔物です」

東の女王「……人語を解し、他の魔物に指示して人間を襲わせる、か。北の大陸で似たような出来事があったのは聞いている」

東の女王「その魔物は、人間が変化した姿なのだろう?」

勇者「…………ええ」

東の女王「姿を変えたとはいえ、元は同じ人間。それを聞けば、兵の中には剣の鈍る者もいよう。そのことは口外無用にするつもりだ」

勇者「そうですね。知らないに越したことはないと思います」

東の女王「だが、知性ある魔物の存在は騎士団に知れ渡っている」

勇者「……僕たちが来た時、あの魔物の姿はありませんでした。それなのに、どうして?」

東の女王「騎士団の団長を殺し、この国の結界魔法について情報を奪っていったのは、その魔物だからだ」

勇者「…………」

東の女王「この国で最も腕の立つ騎士団長が、赤子の手をひねるように殺された。それを知った騎士団の動揺は大きい」

東の女王「加えて、結界魔法が暴かれようとしているのも、兵の不安を煽る情報だ」

東の女王「兵は魔法に深い信頼を寄せている。その基盤が崩れようとしているからだ」


勇者「ならばやることは一つです。知性ある魔物、あれを倒すしかありません」

東の女王「だとしても、矢継ぎ早に同様の魔物が差し向けられればこちらが追いつめられるだろう」

勇者「知性ある魔物はその数自体が少ない、と考えています」

東の女王「どういうことだ?」

勇者「これまで旅をしてきましたが、人間が魔物に変化した事例は二つだけです。今回のことを入れて三つですね」

勇者「動物が変化した魔物と比べて、圧倒的に個体数が少ないのです」

勇者「ましてや、魔物を率いるほどの能力も兼ね備えなくてはいけない以上、条件を満たす魔物は少ないはずです」

東の女王「なるほど……しかし、どうして動物と違い人間は魔物に変化しにくい?」

東の女王「それがわからなければ、現状は安心できる、以上の保証にならないだろう」

勇者「――――僕は人間が魔物に変わる条件を知っています。女神様からお聞きしました」

東の女王「なに?」

勇者「ですが、お話することはできません」

東の女王「理由は?」

勇者「その条件を満たしかねないと見なされれば、魔物になる前にと殺される事態が考えられるからです」

東の女王「ふむ」

勇者「安心してください。その条件はとても厳しいものです。ですからその不安は胸の内に留めて頂けたら、と思います」

東の女王「それは民のためなのだな?」

勇者「はい」


東の女王「よい。それならば私は口をつぐもう」

勇者「ありがとうございます」

東の女王「礼はいい。為政者として、合理的に判断したまでだ」

東の女王「民衆の不安は恐慌を生む。恐慌は社会を蝕み、崩壊させる。ならば、知らない方が健全でいられる」

東の女王「西や南のもそれは知らないだろう? なら、誰も何も知らない。私も勇者も知らない。それで話はおしまいだ」

東の女王「さて。勇者たちはまだ疲れが残っているだろう。次の襲撃があるまで、休んでいるといい」

勇者「ありがとうございます。……ところで、魔物の迎撃に際して、一つ進言してよろしいでしょうか?」

東の女王「なんだ?」

勇者「結界魔法を解析されたとして、その知識を元に破れるのは知性ある魔物だけでしょう」

勇者「他の魔物に破られないなら、次の襲撃では一度結界を解きましょう」

東の女王「……説明を続けよ」

勇者「僕たちと騎士団の方が外に出た状態で、再び結界を張ります。そうして他の魔物の攻撃は防ぎつつ、僕たちが鳥人の魔物を倒します」

勇者「騎士団の方たちには、他の魔物を引きつけてもらいたいのです。勝つ必要はありません。必要なのは防戦です」

勇者「知性ある魔物さえ倒せば、魔物の統率は乱れます。その時こそ、騎士団の方たちで魔物を掃討すればいい」

勇者「どうでしょうか」

東の女王「わかった。話は伝えておく。実際にどうなるかは、騎士団を筆頭に兵長の意見を聞いてからだ」

勇者「ありがとうございます」


    ◇客室

勇者「ただいま」

魔剣士「おかえりなさい。……女王様、なんだって?」

勇者「魔物の襲撃があるまでは休んでいてくれってさ」

魔女「あら、ずいぶん短いのね? 他には何を話したのかしら?」

司祭「そう疑ってやるな。勇者の心労が浮かばれない」

勇者「はは、ありがと。でも今は、お腹一杯ご飯を食べて、そのままひたすら眠りたいかな……」

魔剣士「それもそうね。ご飯の準備、もうできてるらしいの。行きましょっ」ギュッ

勇者「ちょ、急に腕を組まないでよ。びっくりするから」

魔剣士「いいじゃない、それくらい。早く早くっ!」

司祭「なんだ? 何があった?」

魔女「ふふ、何かしらね?」


    ◆???

アヴェス「ほら、持ってきましたよ。マーリア」

マーリア「ふん。遅かったじゃないか」

アヴェス「うるさいですね。ここから東の王城まで、どれだけ距離があると思ってるんです?」

マーリア「お前なら一日で往復できるだろ」

アヴェス「無茶を言わないでください。自慢の翼が痛んでしまいますよ」

マーリア「ふん……なるほど、組成はこんなものか」

アヴェス「で? それをもっと手軽に破るにはどうすれば?」

マーリア「結界は網目状になっている。面で押しても効果は薄いな」

マーリア「鋭く細い針のように風魔<ヒューイ>を調整しろ。それを突き刺し、爆発でもさせれば、結界は楽に崩壊するはずだ」

アヴェス「風魔法の形状と性質をいじれと? あなたもずいぶん無茶を言いますね」

マーリア「なんだ、できないのか?」

アヴェス「まさか。ぼくにできないことなんてありません」


マーリア「なら、お前が仕留め損ねた勇者を殺してくるんだな」

アヴェス「……ちっ。あの高さから落ちて、生き残るとはね」

マーリア「世界が何も変わっていないんだ、勇者はまだ生きている」

マーリア「きちんと自分でトドメを刺さないからそうなるんだ」

アヴェス「うるさいですね。死ぬ時期が前後しただけで、勇者がぼくに殺されるのは同じです」

マーリア「なんなら手伝ってやろうか。お前の手には余るようだしな」

アヴェス「ふん、余計なお世話だ。勇者は空を飛ぶぼくたちの矜持を汚したんだ、生かしちゃおきません」

アヴェス「ところで、魔王様はまだ動かないんですか?」

マーリア「いつもと変わらんよ。玉座に座り、何もせず、ただ時間を無駄にしている」

アヴェス「魔王様が戦えば、人間なんて三日で滅ぶでしょう? どうして動かないんだか」

マーリア「さあな。それこそ、人間なんてどうでもいいのだろ」

マーリア「魔王の食べ物はまだたくさん残っている。開拓者どもの肉がなくなるまで、動く理由はないんだろうさ」


    ◇翌日 早朝

騎士団員「失礼します!」

勇者「現れた?」

騎士団員「はい! 現在、魔物の大群が押し寄せている途中です!」

勇者「なら僕たちも行こうか。作戦は話した通りだから、僕たちは鳥の魔物だけを狙うよ」

魔剣士「わかってる。今度はきちんと戦えるんだもの、いいようにはされないわ」

魔女「ふふ。それに、勇者くんが頑張って作った飛行機を壊された恨みがあるものね?」

司祭「ああ、なるほど。健気なものだな」

魔剣士「そ、そうよ悪い!? 勇者の努力を一瞬で壊されたのよ! 怒るに決まってるじゃない!」

魔女「あら、魔剣士ちゃんってば素直な子になったのね?」

勇者「締まらないなあ。これから戦うんだから、もっと緊張感を持とうよ」

司祭「これくらいはいいだろう。肩に力が入るよりはマシだ」

騎士団員「あ、あの?」

勇者「僕らもすぐに行くよ。一緒に戦おう」

騎士団員「は、はい! 光栄であります! では失礼しました!」

バタン

勇者「期待されるなら、勇者としてしっかり応えなきゃね」


    ◆城外

アヴェス「あれだけの魔物を送り込んだにも関わらず、攻撃をしのがれてしまった。納得がいきませんね」

アヴェス「ぼくが殺した男は、この国で最も強かったようですが……あの程度の実力で対抗できたとは思えない」

アヴェス「何かあると見た方がいいですね。けれどまあ、ぼくのやることは変わりませんか」

アヴェス「人間め。今回はお使いを頼まれていない。全員、ぼくの手で殺してあげます」

過食コウモリ「ィィ、ィ」バサッ

アヴェス「ぼくに何の用だ。さっさと行け。人間を殺し、殺されてこい」

過食コウモリ「ィィ!」

アヴェス「なんだって? そうか、それで前回は城を落とせなかったのか」

アヴェス「くそ、どこまでも僕の邪魔をする」

アヴェス「……ですがいいでしょう。勇者がここにいるなら、人間を襲う手間が省けたというものだ」

過食コウモリ「ィィ……」ブルブル

アヴェス「勇者め。世界を救おうとするお遊びを、ここで終わらせてあげましょう」


    ◇城外

魔術隊「結界を復帰します! 高度結界<カーサ・グレース>!」

副団長「勇者様。件の魔物を見つけ次第、連絡します。ご武運を」

勇者「お願いします。そちらもお気をつけて」

司祭「いよいよだな」

魔女「ふふ。魔剣士ちゃんじゃないけど、勇者くんの宝物を壊されたんだもの、仕返しをしなきゃね?」

勇者(でも、どうしようか。あの魔物、具体的にどう倒すかはまだ方法が浮かばない)

勇者(アンフィビのように明確な弱点があるとは限らない)

勇者(最初の予定どおり、まずは翼を攻撃して機動力を削がないと。空を飛ばれているのは厄介だ)

魔剣士「勇者」

勇者「ん。何?」

魔剣士「考え事があるなら、皆に相談しなさいよ」

魔剣士「一人で抱え込んだりしないで。ね?」

魔剣士「あたしたちは、仲間なんだから」


勇者「…………」

勇者「うん、そうだね。これは僕の欠点だから、直さなきゃ」

司祭「それで、何を考えていたんだ?」

勇者「あの鳥の魔物の倒し方だね。まず翼を優先的に狙うけど、たぶん空を飛び回るだろうから、僕と魔女さんの魔法で頑張らないとかな」

勇者「その間、司祭さんは補助、魔剣士は近寄ってくる魔物を倒しつつ鳥の魔物を警戒」

勇者「空を飛べなくなったら、あとは総力戦になる。騎士団の負担を軽くするためにも、できるだけ早く倒したい。そんなところかな」

魔女「わたしの責任が重大ね? 頑張らないとな?」

勇者「そうだね。だから今回、共鳴は魔女さんにお願いするよ」

魔剣士「今回は適任だもんね」

魔女「あら、嫉妬しないでくれるのね?」

魔剣士「しないわよ。あたしはもう子供じゃないの」

魔剣士(この前は無我夢中で言っちゃったけど……あたしは勇者だけの剣なんだもの)

司祭「話は終わりだ。もうすぐ魔物が来る。鳥の魔物が見つかるまでの間は、無理せず魔物を倒していいればいいんだな?」

勇者「それでよろしく。前に出過ぎないようにね」


新米騎士「僕は、もう逃げない! あっちへ行け、魔物めっ」

ビーストレイブン「ガガッ?」

副団長「鳥人の魔物を早く探せ! 見つけたら戦わず、すぐに勇者様へ知らせるんだ!」

魔法使い7「副団長、いました! 奴です!」

副団長「あれは……勇者様たちのいる方向か?」

騎士12「このっ、らああ!」

副団長「全隊、聞け! 問題の魔物は発見した! 勇者様の方へ他の魔物が向かわないよう、死力を尽くして防ぎきれ!」


アヴェス「あの高さから落ちて生きているとはね。あなたたちのしぶとさには反吐が出る」

魔剣士「この前はよくもやってくれたわね。あんただけは、絶対に許さない」

アヴェス「ほざけ! ぼくはアヴェス、鳥類の覇者だ!」

アヴェス「アンフィビのような出来損ないと違って、欠点など抱えちゃいない。勇者はここで失われるんだよ!」

勇者「今度は僕たちも戦える。勝てると思わないことだね」

アヴェス「うるさいんだよ人間が!」ヒュンッ!!

司祭「速い……!」

アヴェス「地に降り注げ! 極風魔<グラン・ヒューイ>!」

魔女「極風魔<グラン・ヒューイ>」

ブワッ!

魔剣士「くっ」

勇者「高炎魔<エクス・フォーカ>!」

アヴェス「風魔<ヒューイ>!」

勇者(風を起こして炎を流した……)


アヴェス「ぼくの早さについてこれると思わないことです!」ビュンッ

司祭「ぬんッ!」ガキッ

アヴェス「ちっ」

魔剣士「司祭、そのまま押さえて! やあっ!」

アヴェス「離せ!」ゲシッ

司祭「くっ」バッ

魔剣士「この、ちょこまか動かないで!」

魔女「逃げ回るなら、逃げる場所なんてなくしてあげましょうね?」

魔女(範囲を広げないと。連発すれば、何とかなるかしら)

魔女「極雷魔<グラン・ビリム>」

アヴェス「この程度!」

魔女「極氷魔<グラン・シャーリ>」

アヴェス「ふん!」

魔女「……極炎魔<グラン・フォーカ>!」

アヴェス「しつこいんだよ! 極風魔<グラン・ヒューイ>!」

勇者「高氷魔<エクス・シャーリ>!」

アヴェス「この……ああああ!」バサバサバサッ

勇者(あれだけ魔法を打って全部避けるなんて……機動力が違いすぎるな)

勇者「魔女さん、ちょっと作戦を練る。魔法は牽制程度に控えて」

魔女「なんとか頑張ってみようかしらね?」


勇者「司祭さん。予知<コクーサ>で敵の動きを完全に予測できない?」

司祭「それはできるが、私が見るのはあくまで三秒後の未来だ。私たちが行動を変えれば、当然相手の行動も変わってくる」

魔剣士「あの速い魔物には効果が薄い、ってことね」

魔女「高氷魔<エクス・シャーリ>」

  アヴェス「もう息切れか! これだから人間は脆弱なんだ!」

魔剣士「魔女。魔法を止めて」

魔女「何か考えがあるの?」

魔剣士「あいつが魔法で攻撃したら対抗して。そうじゃないなら――降りて攻撃してくるなら、そこを斬り伏せるわ」

勇者「……アヴェスはかなりの早さで飛び回るよ。できる?」

魔剣士「勇者、自分の言葉を忘れた?」

魔剣士「できる、できないじゃない。やるのよ」

アヴェス「攻撃を止めた。ついにぼくが倒せないと思い知りましたか? ならそのまま死になさい! 極風魔<グラン・ヒューイ>」

魔女「あなたの魔法、弱々しいの。これで十分ね、高風魔<エクス・ヒューイ>」

アヴェス(ちっ……ぼくの魔法を軽々と打ち消すなんて。なら!)

アヴェス「ふーっ」バサバサバサッ

アヴェス「しっ!!」ギュンッ

勇者「くっ」ブンッ

アヴェス「遅い遅い遅いっ!」ズバッ

司祭(何とか防げたが……二度目はない、か?)ガキッ

アヴェス「ははは! はーっはっはっは!」ビュンッ


魔剣士「芸がないわ」フッ

アヴェス「な!?」

魔剣士「同じ速度で動くなら目が慣れる。もうあなたは切れない相手じゃない」

魔剣士「…………二の剣。空縫い」ズバッ

アヴェス「がァ!?」ザクッ

魔剣士(腕を深く切っただけ……でも次は翼を切り落とす!)

魔剣士「はああ!」

アヴェス「くっ! 突き刺され羽よ!」

司祭「ま、まずい! 避けろ魔剣士!」

魔剣士「っ!?」

ダダダダダッ

魔剣士「っ……」ガクッ

勇者「魔剣士!」

魔剣士「平気よ! こんなの、羽が刺さっただけ」グラッ

魔剣士「だ……け……」バタッ

司祭「くっ……解毒<キヨム>!」ポォ

魔剣士「うぁ……あぁ!?」ガタガタッ

司祭(バカな、なんだこの毒は!? 解毒ができない!)

アヴェス「くっ……あんな女のために、羽を飛ばしてしまうとは」


勇者「――」ジャッ

アヴェス「!?」

勇者「――」ズバッ

アヴェス「ぐっ」ザクッ

勇者「――!」ヒュッ、ブンッ

アヴェス「ち、ちィっ!」バサバサッ

勇者「――――」フッ、、、

勇者「司祭さん。魔剣士の具合は?」

司祭「まずい、解毒<キヨム>がちっとも効かない。このままでは……」

勇者「…………」

勇者「――――」

勇者「魔女さん、全力で炎魔<フォーカ>を放って」

魔女「普通に放つだけでいいの?」

勇者「一カ所だけ逃げ道を作って。あの魔物は今飛んでいるから、それ以外の部分はくまなく炎で覆って」

勇者「普通に魔法を打つだけじゃ逃げられる。追い込んで、そこを潰す」

魔女「……わかった。任せて?」

魔剣士「ぐっ……ひぅ、あぁ!?」ゴフッ

勇者(魔剣士――――!)

魔女「勇者くん、いいのね!?」

勇者「やって!」


魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>!」

  アヴェス「あの女、まだ魔力を残してましたか……!」

魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>。極炎魔<グラン・フォーカ>!」

  アヴェス(バカな。いくつ打つ気だ!)

魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>。極炎魔<グラン・フォーカ>っ」

  アヴェス「くっ……!」

  アヴェス「――――! あそこだけ炎が薄い! あそこにっ」

勇者「落ちろ。高風魔<エクス・ヒューイ>」

  アヴェス「!?」

  アヴェス「ぐが、あああっ!?」ゴォォ

魔女(炎を風で吹き飛ばして……)

アヴェス「ぐフっ」グシャッ

勇者「右の翼は燃えたね。これでもう空は飛べない」

アヴェス「この、勇者め! くたばれっ」

勇者「念のため左の翼も切り落とそうか」ズバッ

アヴェス「があああッ!?」

勇者「あの羽の毒。どうすれば解毒できる」

アヴェス「教えるか、この人間め!」

勇者「……」ザシュ

アヴェス「が……はっ」

勇者「質問じゃない。喋れ、と言っているんだよ、僕は」


アヴェス「くく……くっく」

アヴェス「ははは! 知るかよそんなこと! ぼくの羽は猛毒だ! 七日七晩苦しんで、その後は世界に絶望しながら死ぬだけだ!」

アヴェス「解毒!? そんなものはない! お前の仲間は死ぬ運命なんだよ!」

勇者「ならもう君に用はないよ」

勇者「死ね」

アヴェス「…………」ニヤリ

アヴェス(ぼくの体内で羽の毒を凝縮し……これをぶつければ、人間は一瞬で死ぬ!)

アヴェス「プッ!」ビチャッ

ブォン

勇者「…………」

アヴェス「ちっ……女神の加護……」

アヴェス「っ!」ゲシッ

勇者「……」バッ

アヴェス「くそ、くそ、人間め! ぼくの大切な翼をよくも!」ハァハァ

アヴェス「今は無様だろうが逃げてやる! 翼を治して、それから今度こそ殺してやる!」

勇者「誰が逃がすと言った?」ヒュッ

アヴェス「ひ、ひィ!?」

  魔女「勇者くん、離れて! 極氷魔<グラン・シャーリ>!!」

アヴェス「あガっ!?」ザスザスザスッ

アヴェス「あ……っぁ……」

勇者「――――」


副団長「!? 魔物の様子が変わった? 勇者様、やりましたね!」

騎士12「逃げていく……魔物が逃げていくぞ!」

副団長「逃げる魔物は深追いするな! ただしこの周辺に残る魔物は一匹も生かしておけない! 複数で囲んで確実に殺すんだ!」

新米騎士「やった……やった! 僕は勝ちました! 見ていてくれましたか、司祭さん、魔女さん!」

ワアアア!!


勇者「魔剣士、は?」

魔剣士「けふ……ぃ、ぁ……」ビクッビクッ

司祭「勇者、まずい! すぐにでも解毒しなければ」

勇者「共鳴」ブォン

司祭「そ、そうか、これなら!」ブォン

司祭「解毒<キヨム>っ!」ポォッ

魔剣士「ああ………あああァァ!?」ガタッ

司祭「これでも、ダメなのか?」

魔女「魔剣士ちゃん……!」

勇者「――――魔剣士を教会まで連れて行く。神性の高い人が使う解毒<キヨム>なら治せるかもしれない」

勇者「それでもダメならその人と共鳴をする。解毒できるまで、魔力がなくなるまで僕が解毒<キヨム>をする」

魔剣士「ぐっ……あぁ……っは……」

勇者(七日七晩苦しんで、それから死ぬ? そんなこと、絶対にさせない。魔剣士は、僕の……僕は魔剣士だけの……)

今日はここまで。


――――星が墜ちた後

大司教「解毒<キヨム>」パァッ

魔剣士「くっ、あぁ……あああ!?」ビクンッ

大司教「これでもダメなんですか!?」

勇者「解毒<キヨム>。解毒<キヨム>。解毒<キヨム>」

魔剣士「ひぐっ……うあぁ……」

勇者「解毒<キヨム>。解毒<キヨム>。解毒<キヨム>」

魔女「ゆ、勇者くん。もうそれ以上は」

勇者「解毒<キヨム>。解毒<キヨム>!」

司祭「くっ……何か他の魔法はないのか! ここは魔法の大国だろう!?」

大司教「――――無理は言わないでください」

大司教「魔法を懸命に使っていますが……極回復<フィニ・イエル>でも効果が現れません。これでは……」

司祭「ならどうすればいい!?」

勇者「司祭さん。怒鳴っても仕方ないよ」

司祭「仕方ないだと!? よくそんな冷ややかなことが言えたものだな!」ガッ

魔女「司祭くん!」

司祭「お前と魔剣士は特別な関係だろう! なのにっ」

勇者「…………離して。こんな無駄なことをしている暇があったら、一度でも多く解毒<キヨム>をしたい」

司祭「っ――――」バッ

司祭「すまない。一番辛いのは勇者だったな。頭に血が上っていた」


    ◇謁見の間

東の女王「大変な時に呼び出してすまないな」

勇者「いえ……」

東の女王「魔物の羽から採取できた毒を調べているが、複合性の猛毒ということしかわかっていない」

東の女王「解毒<キヨム>の効かない毒が多すぎるそうだ」

東の女王「今、国中の薬草をかき集めて、毒を消せる薬効のあるものを探している」

勇者「ご尽力、ありがとうございます」

東の女王「礼など言うな。国を救ってくれた恩人にできる、最大限のことをしているだけだ」

東の女王「だから勇者には、別の線から解毒の方法を探してもらいたい」

勇者「何かあるんですか?」

東の女王「勇者は解毒<キヨム>がどのような成り立ちで生まれたか知っているか?」

勇者「……魔力を帯びた水に解毒作用があった」

東の女王「そうだ。この近くにある涙の洞には泉があり、その水は魔力を帯びている」

東の女王「天然の魔石によって作られた洞窟だから、そんなことが起きたらしい」

勇者「その水さえあれば、ですね」

東の女王「もちろん、問題はある。洞窟には魔物が出る以前から凶暴な生き物が住んでいる」

東の女王「何百年も前の勇者を除いて、生きて帰った者はいない」

東の女王「洞窟は魔石に覆われているせいか、侵入者の魔力を大きく乱してしまう」

東の女王「この国の兵士は魔法を主体に戦うから、これではお手上げだ」

勇者「でも、勇者の僕なら……」

東の女王「確証の薄い方法になる。もともと、解毒<キヨム>はその水――女神の涙を元に編み出されたのだ」

東の女王「全く意味がない可能性も否定はできない」

勇者「いえ、行きます。可能性が少しでもあるなら、行かない理由がありません」


    ◇教会

司祭「解毒<キヨム>の原型となった水、か」

勇者「僕はすぐに行く。魔法が使えない洞窟だけど、二人はどうする?」

司祭「私は行く。魔剣士ほどではないが、勇者の盾くらいにはなれるだろう」

勇者「魔女さんは? 正直、かなり相性の悪い洞窟になるから、魔剣士を看てもらおうかとも考えてるけど」

魔女「…………行く。わたしもじっとしてられないもの」

勇者「ありがとう」

魔女「お礼なんて言わないで? 水くさいじゃない」

司祭「そうだな。仲間を助けるためなんだ、感謝されるようなことじゃない」

勇者「――――うん、わかった」

司祭「なら準備をしてくるか。魔女、行くぞ」

魔女「もう、わたしは子供じゃないのよ? 言われなくたってついていくのにな?」

バタン

勇者「…………魔剣士」

魔剣士「っ、ぁ……」

勇者「行ってくる。すぐに戻るから」

魔剣士「ュ……ゥ――」

勇者「必ず助ける。待ってて」


    ◆???

マーリア「アヴェスは死んだか。精神的に未熟な個体ではあったし、驚きはないが」

マーリア「ふん。勇者か。世界の人々から歓迎されるとは、どんな気持ちなのだろうな」

スタスタ

マーリア「魔王、入るぞ」

開拓者「    」

魔王「――――」

魔王「――――」グチャ、グチャ

マーリア「食事中だったか。悪いな、報告だけだからそのまま聞け」

マーリア「アンフィビに続きアヴェスも勇者に殺された。アンフィビの触手、アヴェスの翼は回収してある。多少の戦力にはしてみせよう」

マーリア「しかし、もはや野生の魔物に勇者は殺せない。ここに来るのも時間の問題だ」

マーリア「食事ばかり楽しむのもいいが、殺されたくないなら、魔王らしい仕事をしろ。俺は守ってなどやらん」

マーリア「…………くたばれ。俺はずっと、そう思っているんだからな」

マーリア「邪魔をした。悪食を続けるがいい」

ガチャッ

魔王「――――」

魔王「――――」チュグ、ムグムグ

クチャ、クチャ
パキッ


    ◇涙の洞

魔女「うっ……」

司祭「どうかしたか?」

魔女「この中、魔力の量がすごい……気持ち悪くて、倒れちゃいそう……」

勇者「無理はしないで。洞窟には入らないで、ここで待っててよ」

魔女「ん……大丈夫。わたしも行くのよ?」

勇者「なら進むよ。司祭さん、魔女さんをよろしく」

司祭「それはいいが……先に行くなよ?」

勇者「約束はできない」ブォン

司祭「共鳴、か」ブォン

勇者「ついてきて」

司祭「くっ、やはり焦っているな。行くぞ魔女」

魔女「ごめんなさい……足手まとい、かしら?」

司祭「余計なことを考えるな。言霊が使えそうなら、それで魔物を威嚇していろ」

おおづめトカゲ「シャーッ」

勇者「邪魔だよ」ズババッ

おおきばイモリ「シッ」

勇者「僕の前に立つな」ザクッ

勇者「あまり深くないといいな。早く進んで、泉を見つけたらすぐ戻らなきゃ」

魔女「司祭くん……勇者くん、大丈夫なのよね?」

司祭「鬼気迫る強さ、だな。止められる魔物は少ないだろうが、心に余裕が全くない。あれでは早死にするだろう」

司祭「やはり一人にはさせられない。離されないように進むぞ」

魔女「うん……魔剣士ちゃんが助かった時、勇者くんに何かあったらいイヤだものね?」


勇者「はっ!」ザンッ

おおのみヘビ「……」ビクビクッ

勇者「はあ、はあ」

司祭「急ぎすぎだ、勇者。体力を考えろ」

勇者「これくらい、大したことないよ」

司祭「魔剣士を早く助けたいのはわかっている。だが、無理はするな」

勇者「うん、わかってる」

魔女「今の勇者くんの言葉、どこを信じてあげればいいのかしらね?」

勇者「手厳しいね……大丈夫、本当にわかってるから」

司祭「だといいんだがな」

勇者(冷静さが欠けているのは自分でもわかる。自分で思うより早く体が動いてしまうのは、不安に駆られているからだ)

勇者(落ち着かないと……二人に心配をかけていたら、魔剣士に叱られる)

勇者「すぅーっ……はぁーっ……」

勇者「…………よし」

魔女「あら、いつもの勇者くんに近づいた?」

司祭「どうだろうな。子供っぽい表情に戻ったとは思うが」

勇者「司祭さんの言葉にはトゲがある」

司祭「心配をかけさせた駄賃だ、受け取っておけ」

魔女「わたしは魔剣士ちゃんに告げ口するだけなの、直接なんて言わないのよ?」

勇者「それは勘弁してよ」


司祭「くくっ」

魔女「ふふっ」

?「ガアアアアァァァッッ!!」

勇者「っ!?」

司祭「なんだ、今のは……」

魔女「だめね、魔物の魔力だけなんて探れない……洞窟の奥、よね?」

勇者「僕が先頭に立つ。二人とも、ゆっくりついてきて」

勇者(女王様の言っていた凶暴な生き物、かな)

勇者(この洞窟は爬虫類の魔物が多い。今の咆哮も爬虫類のものだとしたら、何か当てはまる動物は……)

……


勇者「魔物はいないけど、代わりに小さい泉が見えてきたよ」

司祭「なら、それが女神の涙か」

魔女「何があるかわからないもの、早く水をくんで帰りましょ?」

勇者(気配はない。どこか違う場所に移動した?)ポチャン

勇者「魔女さん、水を預けるね」

魔女「任せて?」

勇者「それじゃ、すぐに戻」

?「グオオォォッ!!」

勇者「っ!」バッ

勇者(上、から!?)


竜「フシューゥゥ」

勇者(何だこれ……真っ赤な体。頭に生えた大きな角。全身を覆うウロコ。指に生える鋭い爪。ワニのような口。長いヒゲのようなもの……)

勇者(何より、人間を遙かに越える大きさ。こんな爬虫類、聞いたことないよ)チャキッ

司祭「化け物、だな……」

魔女「ゆ、勇者くん」

勇者「二人とも、先に戻って」

司祭「バカなことを言うな!」

勇者「僕は真面目に言ってるんだよ。相手の出方がわからない。背中を向けた途端、僕らを殺そうと牙をむくかもしれないんだ」

勇者「だから、先に行って。逃げられるなら、僕もすぐに逃げる」

魔女「司祭、くん」

司祭「……逃げろ、あんな怪物と戦おうとするなよ、勇者」

勇者「わかってる。魔剣士に早く水を届けてあげて」

魔女「無理しちゃダメよ? 約束してっ?」

勇者「わかってるって。もう何度も念押しされてるんだから」

司祭「魔女、行くぞ」

魔女「……勇者くん、待ってて? すぐ戻るからね?」

タッタッタ、、、

勇者「僕から目を離そうとしない。逃がしてくれるつもりはないのかな」

竜「グルルル……」モゴ

勇者(口を開いて……?)

竜「ガアアアッ」ゴオォッ!


勇者「っ!?」ボッ

勇者(炎!? くそっ、かすっただけなのに……!)ザブンッ

勇者「ゲホッ、ガハッ。ひどい、な。この泉がなかったら、焼け死んでるよ」

竜「グルルル……」

勇者「はは……逃がしてくれる気、ないかな」

勇者(背中を向けた途端、炎を吐かれちゃたまらないか。幸い、炎の範囲は狭い。顔の正面にさえ立たなければ避けられる)

勇者「魔法が使えればまだ戦い方に目処がつくけど……ないものねだりしてもいられない、か」

勇者「恨みはないけど、黙って行かせてくれないなら、容赦はしない」

勇者「――――やっ!」ガギッ

勇者(ウロコが堅すぎる。刃が全く立たない)バッ

勇者「……なら腹部っ!」ブス

竜「ッガアアッ!」ブワンッ

勇者「っ!?」ダンッ

勇者「げほっ、くっ……」

勇者「割に、合わないな……腕の一振りでこうなるんだ」ポタポタ

勇者(胴体部分に攻撃しても効果は薄い。攻撃は頭部、顔付近か……)

竜「――――ッ!」ブンッ

勇者「……はあっ!」ザシュッ

勇者(指の末端。爪の下に剣を突き刺せば、いくらこいつでも……!)グリッ

竜「グガッ、ブァァアア!」パキンッ

勇者「なっ……?」

勇者(剣……折られた。指の先に剣が残ったままだから血が出てるけど、もちろん致命傷じゃない……)

竜「グルル……ウウウゥゥッ……!」ゴゴゴ、、、

勇者「怒らせちゃった、かな。……はは、どうしよ」


    ◇涙の洞 外

司祭「勇者は……ついてこない、か。あんな怪物を相手に自分から挑んだとは思えないが……」

魔女「たぶん、逃がしてくれないんでしょうね……助けに戻るのよね?」

司祭「私はそうするが、魔女はその薬を魔剣士に届けてくれ」

魔女「……司祭くんも、無理はしないのよ?」

司祭「当たり前だ。こんなところで死んでたまるか」

魔女「その言葉、忘れないで? わたしもすぐに戻ってくるの、それまで待ってて」

タッタッタ、、、

司祭「……とは言ったものな。魔法なしで自分が戦力になるとも思えない、か」

司祭「それこそ本当に、勇者を自分の体でかばうしかないな」


    ◇涙の洞 最奥

勇者「今度こそ……!」

勇者(この化け物にとって洞窟は狭い。自由に動かせるのは短い腕くらいだ)

勇者(背中に乗って、振り落とされさえしなければ、あとは無防備な頭に取り付ける!)

竜「グルル……グアッ!」グネッ

勇者「っと! そう何度も落とされちゃたまらないよ!」

勇者(――――よし、登り切った!)ガシッ

竜「グアッ、ガアア!」グンッ

ドカッ

勇者「がっ……はっ」

勇者(自分の頭を天井に叩きつけるとか……会話こそできないけど、知性はあるみたいだ……でもこれくらいで離れてやるもんか)ギュッ

勇者「耳……折れた剣を持っていけばいい」ザクッ

竜「ギアアアッ!」ガンッ、ガンッ

勇者「ぐっ……げ、ほっ……」ボタボタ

勇者(ダメだ、この調子で頭と天井に挟まれてたら殺される……早く動けないようにしないと……)


  司祭「勇者! 無事か!?」

勇者「司祭さん……!」

竜「グルルッ……」

竜「ヒューッ……」

勇者(熱……。……っ! まずい、また炎をっ)

勇者「司祭さん、泉に飛び込んで! 早くっ!」

司祭「……くっ!」ザブン

竜「ガアアアッ」ゴオォッ

勇者「な……?」

勇者(一瞬で泉が干上がった……)

勇者「っ! 司祭さん!」

司祭「ぐ……っ」ボロッ

勇者(意識がない……! 早く手当しないと、司祭さんが……!)

勇者「っの、くらえっ!」ズグッ

竜「ガッ、アアァァ!?」

勇者「ごめんね、もう片方の目も諦めて」


    ◇教会

魔女「はあ、はあ……気持ち、悪い……わたし、こういう体を使うの向いてないのよ……」

大司教「魔女様、どうかしましたか?」

魔女「これ、魔剣士ちゃんに……お願いね?」

大司教「見つかったのですね! すぐに飲ませてみましょう」

ガチャ、バタン

魔女「……ふう」ヘタリ

魔女「司祭くん、勇者くん……早く戻らないと。あの二人でも、あんな大きな相手じゃ、危険だものね……」

ガチャッ

大司教「効きましたよ魔女様! 魔剣士様の毒がなくなりました!」

魔女「そう……良かった。ねえ大司教さん、わたしに回復魔法を使っていただける?」

大司教「すぐに。極回復<フィニ・イエル>」パァッ

魔女「これで楽になった、かしらね……ふふ、早く戻らないと」

大司教「まだ息が上がっていますが、どちらへ?」

魔女「洞窟よ? まだ勇者くんと司祭くんが残っているもの。大きなヘビを相手にね?」

大司教「大きな……まさか涙の洞のヌシと戦っているのですか!? 無謀ですよ!」

魔女「逃がしてくれなかったのよ、仕方ないじゃない?」

大司教「だとしても危険すぎます! ずっと昔、洞窟の探索に騎士団が向かいましたが、何度も全滅しているんですよ!」

大司教「勇者様の身に何かあったら――!」

ガラガラッ

魔女「……今の音は?」

大司教「まさか……やはり!? 魔剣士様がいません!」


    ◇涙の洞 最奥

竜「ンガアァ!」グンッ、パキン

勇者「ぐっ……」グシャッ

勇者「あ……?」ザシュッ

勇者(折れた角が……肩に……)クラッ

勇者「うぐっ」グシャッ

勇者「まず……左手、動かない……血も止まらない、とか……散々だな」ドクドク,,,

竜「グァ、ガッ!」ブンッ

ブォン、パリン

勇者(女神の加護……竜の爪からかばってくれた? でも砕かれちゃったから、再生されるまでは守ってくれない、かな)

竜「…………グルル。ンガッ」ヌゥッ

勇者「――――はは、勘弁して。食べられちゃったら、さすがに死ぬよ」

勇者(左手だけじゃなく、足まで言うこと聞いてくれない。逃げられないか。何か、生き残る方法は……)

勇者「まいったな。思いつかない」

竜「ガガッ」ダラー

勇者「…………ごめん、オサナ」


魔剣士「させ、ない」ダッ

魔剣士「この……っ、やあぁ――!!」ザン

竜「ンギッ!? ガアァァッ!?」

勇者「魔剣、士?」

魔剣士「……バカ。命を捨ててまで、あたしを助けようとしないで」

魔剣士「もう」クラッ

魔剣士「ほんと、バカなんだから」パタリ

勇者「魔剣士!?」

勇者(息は……ある。無理してここまで来たから? とりあえず、早く逃げないと)

竜「ギギィ……グァッ……」

勇者(魔剣士が斬ったのは……まぶたの上だね。今は見えなくても、傷が治れば何とかなる)

勇者(――――洞窟の奥に、小さな子供ぐらいの大きさの卵がある。あれを守るために、この生き物は攻撃してきたのかな)

司祭「ぐっ……高回復<ハイト・イエル>――――がはっ、はあ、はあ……勇者……?」

勇者「司祭さん、無事?」

司祭「なんとかな……」

勇者「なら悪いんだけど、僕と魔剣士を運んでくれないかな……もう動けないよ」

司祭「魔剣士? なぜここにいるんだ」

勇者「後で本人に聞いて。予想はつくけどね」


    ◇教会

魔女「魔剣士ちゃん……よかった。いなくなった時、本当に心配したのよ?」

勇者「それ、魔剣士が起きてから言ってあげてよ」

魔女「イヤよ? こんな優しい言葉、かけてあげないんだから」

大司教「彼女を犯していた毒は消え去りました。ですが憔悴していますから、数日は安静にした方がいいですよ」

司祭「すまない、感謝する」

大司教「いえ……私は彼女を救うことはできませんでした。お礼を言われるようなことではありませんよ」

司祭「それだけではない。短気になって、あなたには失礼なことを言った。本当にすまなかった」

大司教「それでしたらお構いなく。あなたの仲間を思う気持ちは、きっと女神様も認めてくださるでしょう」

大司教「……あなたたちの旅路に、女神様の祝福がありますように。では、私はこれで失礼しますね」


魔女「司祭くん、わたしたちも休みましょ?」

司祭「そうだな。勇者はどうする? まだここにいるのか?」

勇者「魔剣士が目を覚ますまでは待ってるつもり」

司祭「あれだけ大怪我をしたんだ、無理はするなよ」

魔女「ふふ。それじゃ勇者くん、おやすみね?」

勇者「おやすみ、二人とも」

バタン

勇者(魔剣士。今はもう穏やかな顔で眠ってる)

勇者(よかった。失うんじゃないかって、ずっと怖かった。落ち着けって何度も言われたけど、落ち着けるわけないよ)

勇者「だって僕は、魔剣士のことが――――ー」


    ◇翌日

勇者「へえ、解毒<キヨム>の強化をするんだ」

司祭「せっかく女神の涙を手に入れたからな。洞窟の泉は干上がってしまったし、できるうちに挑戦した方がいいだろう」

魔女「勇者くんは魔剣士ちゃんの看病で忙しいだろうし、その間わたしたちは退屈だものね?」

勇者「そこまでつきっきりで看病しないよ。男の僕にはできないこともあるし」

魔女「魔剣士ちゃんなら気にしないと思うなあ?」

魔剣士(するに決まってるでしょ!)

司祭「それにしても、魔剣士はまだ起きないのか。ずいぶんと寝ぼすけだな」

勇者「疲れてるんだよ。寝かせてあげて」

司祭「騒がしくなるから起こすつもりはない。では、また昼にでもな」

魔女「寝ているからってイタズラしないのよ? ふふ」

バタン

勇者「……で、魔剣士はいつまで寝たふりしてるのさ」

魔剣士「気づいてたの?」

勇者「付き合い長いしね。あと、寝てるかどうかは喉の動きを見ればわかるんだよ」

魔剣士「それ、今までどうして教えてくれなかったのよ」

勇者「魔剣士が寝たふりする時って、恥ずかしがってたり慌てふためいていたりする時だから、指摘するのも野暮かなって」

魔剣士「……思い出したら死にたくなってきたわ」

勇者「死なないでよ。そのために頑張ったんだから」

魔剣士「ん、その……ありがと」

勇者「いいよ。魔剣士が無事だったらそれで」


    ◇数日後

魔剣士「んーっ! そろそろ体を動かさないとかしら」

勇者「大丈夫? 無理はしないでよ」

魔剣士「平気よ。まだ万全じゃないし、毒に苦しんでた時の夢を見てうなされたりはするけど、それくらいだもの」

勇者「それならもう何日か休んでもいいんじゃないかな」

魔剣士「のんびりするつもりはないの。これから西の大陸に戻らないといけないでしょ? じっとしているのは苦手だし、ちょうどいいじゃない」

勇者「ならいいんだ。何かあったら言って、魔剣士の体調に合わせるから」

魔剣士「そうね、その時はお願いするわ」

コンコン

魔女「勇者くーん? 扉を開けても問題はなーい?」

魔剣士「ないわよ! さっさと開けなさいよね!」

魔女「ふふ。魔剣士ちゃんが元気になって、お姉さんは嬉しいな?」

魔剣士「まだ本調子じゃないのよ……だから疲れさせないで」

勇者「僕たちらしい会話な気がするけどね。ところで、どうかしたの?」

魔女「極解毒<フィニ・キヨム>のことだけどね、やっぱりわたしと司祭くんだけじゃ上手くいかないみたいなのよ? また見てもらえる?」

勇者「あとはそんなに手を加えるところなかったと思うけど。どこが問題かな……」

魔剣士「確認してきたら?」

勇者「ん、そうだね。ちょっと行ってくるよ」

パタン

魔剣士「ふう。勇者が戻るまで、あたしは体を動かしてよっと」


魔剣士「ずっと寝ていたから、鎧を着るのも久々なのよね。起きてすぐの時は、魔剣だけ持って出て行っちゃったし」

魔剣士(まずは悪夢の指輪……)ズシ、、、

魔剣士「…………え?」

魔剣士「体、重くなった……ううん、気のせいよね」

魔剣士(気のせい、気のせい……次は鎧を)バチッ

魔剣士「!?」

魔剣士「嘘……まさか」

魔剣士「魔剣は……大丈夫よね?」ギュッ

魔剣『真実…一……え……』ジジジ

魔剣士「っ」バッ

魔剣士「そんな――――待ってよ、なんで……」

魔剣士「なんで、あたしの神性が落ちてるの?」

今日はここまで。


――――あなたの隣に立てるなら

勇者「それじゃ出発しようか。準備はいい?」

司祭「名残惜しくはあるな。滞在した日数は多くないが、密度の濃い時間を過ごしたし、もっと見て回りたかった気持ちは否定できない」

魔女「行く先々でもてはやされて、居心地悪そうにする勇者くんを見るのは楽しかったものね?」

司祭「私はそういう、ひねくれた気持ちで名残惜しいと言ったわけじゃないんだが」

勇者「またいつか来ればいいんだよ。平和な時にこそ、国のあるべき姿が見られるんだから」

勇者「……魔剣士、大丈夫?」

魔剣士「何がよ?」

勇者「元気なさそうだからね。まだ体が辛いなら、出発を遅らせるよ?」

魔剣士「いいの。ちょっと体調が悪いくらいで、立ち止まってられないわよ」

魔女「んー、でも無理は禁物よ? 魔剣士ちゃんがいないと、勇者くん、すぐ暴走するんだものね?」

勇者「変なこと言い触らさないでよ。誤解を招くから」

司祭「誤解、か。本当にそうだったらいいんだがな」

勇者「司祭さん。何か言った?」

魔剣士「はい、やめやめ。行くんなら早く行きましょうよ」

勇者「納得しかねる……ま、いいか。おいおい問いただせば」

魔女「ふふ、司祭くんってば余計なこと言っちゃうんだから?」

司祭「私に責任をなすりつけるな」


魔剣士「…………」グッ

魔剣士(魔剣の声は聞こえてこない。理性もしっかりしてる。体は重いけど、体調が悪いだけ……大丈夫、大丈夫……)

勇者「ここから西北西に半日くらい歩けば町があるから、今日はそこで休もうか。あまり進まないけど、旅は久々だからね」

魔女「それもそうね? ちゃんと旅をしたの、もう何ヶ月前かしら?」

司祭「魔王を倒す旅に出て、あんなにも落ち着いた生活を送れるとは思っていなかったからな。得難い経験をしたものだ」

勇者「旅は何があるかわからないっていうしね」

司祭「ふっ、全くだ」

魔剣士「くす……」

魔剣士(ダメ、雑談に意識を向けられない……)

勇者「でもそっか、これからしばらくは魔剣士の手料理を食べられないんだね」

魔剣士「ん……」

司祭「それは残念だな。旅をしている間に魔剣士の腕が落ちないことを祈ろうか」

魔女「司祭くんっておバカさんね? 魔剣士ちゃんの料理には愛情がこもってるのよ、味が落ちるわけないでしょう?」

魔剣士「そうよ、余計な心配だわ」

魔女「……んー。最近の魔剣士ちゃん、開き直っちゃったのね。からかってもつまらないなあ?」

魔剣士「っ」

司祭「どれだけ性悪なんだ。いつか本当に嫌われるぞ」

魔女「それはイヤだなあ? ならほどほどに控えましょうね?」

勇者「お喋りもいいけど、魔物がいるよ。準備して」

魔女「あら? わたしとしたことが気づかなかったな?」

司祭「だらけすぎだろう……」


魔剣士「――――行くわ」チャキッ

勇者「僕も行くよ。一匹だけだし、無理せず戦おうか」

人堀モグラ「!」キラーン

魔剣士「っ、やあ!」ブンッ

魔剣士(余計なことは考えない、敵を倒す、魔物を倒すっ)

人堀モグラ「!」チョイン

勇者「すばしっこいね。このっ」ヒュッ

人堀モグラ「!?」ザクッ

魔剣士「やっ、はっ、ああ!」

人堀モグラ「…………!」コテッ

魔剣士「倒し、た……?」

魔女「魔剣士ちゃん、ずいぶん力が入っているのね?」

司祭「息もあがっている。肩が強ばっているし、緊張のしすぎだろうな」

勇者「病み上がりなんだから、こんな時くらい僕を頼ってくれてもいいよ」

魔剣士(ダメ、ダメなの、優しくしないで。今優しくされたら、立っていられなくなる……)

魔剣『………………………』ジジ

魔剣士「っ!?」

勇者「あれ?」

魔女「どうかしたの?」

勇者「いや、何か変な感覚が……耳鳴りかな」

司祭「私もそんな気がした。この前いたコウモリのように、不快な音を出す魔物が近くにいるのかもな」

魔剣士「そうね……何がいるかわからないし、早く進んだ方がいいわ」

魔剣士「…………」


    ◇町中

旅人「よう、また会ったじゃねえか」

勇者「奇遇だね、とでも言っておけばいいの?」

旅人「はっ、本音を口にすればいいじゃねえか。もう会いたくなかったとでも言っておけよ」

勇者「そんなこと思ってないよ。君の口の悪さには慣れないけど」

旅人「テメエにどう思われようとおれには関係ねえな」

勇者「はいはい。それにしても、君ってどういう目的で旅して回っているの? 僕と会う頻度が多すぎるよ」

旅人「んだと? それはあれか、おれがテメエをつけ回しているとでも言いてえのか?」

勇者「前ならそう思ったかもね……今はそうでもないけど」

勇者(西の大陸から東の大陸まで来たのは最近だし、僕を追ってきたとしても会うのが早すぎる)

勇者「うーん……もしかして君も魔王を倒そうとしているとか?」

旅人「あん? なんでおれがそんなことすんだよ。それは女神にしっぽ振っているテメエの役目だろ」

勇者「なら君って何のために旅をしているの?」

旅人「決まってんだろ、世界を見て回るためだ」

勇者「へえ、旅人らしい理由だね」

旅人「バカにしてんのかテメエ」

勇者「感心しただけなのに」

旅人「けっ。ま、そろそろ旅は終わらせたいんだけどな。いい加減、飽きた」

勇者「飽きたなら休めばいいのに」

旅人「冗談じゃねえよ。北の大陸にある未開の地、ようやくあそこに行く算段もついたんだ、休んでられるか」

勇者「……ちょっと待って。それ、どういう」

旅人「あん? おい勇者、あれ何だ?」

勇者「あれってどれ? 何もないよ。……はは、冗談でしょ。消えた?」


    ◇宿

魔剣士「ふう……」

魔剣士(今日はどうにかやり過ごせた……でも明日は? 明後日は? こんな隠し事、いつまでしなきゃいけないの?)

魔剣士「明日からは、指輪くらい外しとこ……これくらいならばれないわよね」

ガチャッ

勇者「ただいま」

魔剣士「おかえり。何か面白い話は聞けたの?」

勇者「特にはなかったよ。司祭さんと魔女さんは?」

魔剣士「お城を出る時、魔術書をもらったじゃない? それの練習をするからって出かけたわよ」

勇者「ひどいな、抜け駆けされた。僕にも見せてって言ったのに」

魔剣士「戻ってから見せてもらえばいいじゃない。子供っぽいわよ?」

勇者「……んー」

魔剣士「何よ」

勇者「元気になったなって。ここまで来る途中は、口数は少ないし顔色もよくなかったから」

魔剣士「別に……久々だから疲れちゃっただけよ」

勇者「ならいいんだ。安心した」

勇者「――――あれ? 珍しいね」

魔剣士「何の話?」


勇者「団長の奥さんからもらった悪夢の指輪。外してるとこ、初めて見たよ」

魔剣士「っ……!」

勇者「懐かしいな、旅に出たばかりの頃。魔剣士がいたのは本当に驚いたけど」

勇者「いまさら言うけど、どうして教えてくれなかったのさ。一緒に稽古できたかもしれないのに」

魔剣士「…………」

勇者「魔剣士?」

魔剣士「え? あ、ごめん、何?」

勇者「大した話はしてなかったよ。大丈夫?」

魔剣士「ん……そうね。ちょっとだけ」

勇者「夕方まで寝ててもいいよ? 食事の時には起こすから」

魔剣士「うん、ありがと。……ねえ」

勇者「ん?」

魔剣士「手、握ってほしい、の」

勇者「どうしたの、急に」

魔剣士「ダメ?」

勇者「いいよ」ギュッ

魔剣士(指輪は外せない……勇者はきっと気づいちゃう)

魔剣士(――――本当はわかってるのよ。言わなきゃダメだって。神性が落ちて魔剣を装備できなくなっても、置いて行かれたりはしないもの)

魔剣士(けど、それでもあたしは……勇者の頼れる剣でいたい)


    ◇壁外

魔女「名前を知らない魔法もたくさんあるのね?」

司祭「確かにな。全てを古の勇者一人で考えたというのだから驚きだ」

魔女「あ、司祭くんの予知<コクーサ>も見つけちゃった?」

司祭「どうせなら役立ちそうな魔法を探してくれ」

魔女「要求が多いなあ? なら司祭くん、これなんかはどう?」

司祭「……蘇生魔法、復活<ソシエ>か。死者を蘇らせる? そんな大それたことが魔法で可能なのか?」

魔女「できるんでしょうね、きっと。でもやっぱり条件は厳しいみたいよ?」

司祭「回復<イエル>で回復可能な傷が死因の場合、か」

魔女「わたしにはわからないのだけど、回復<イエル>はどこまでの治療が可能なの?」

司祭「基本的には傷を塞ぐ魔法だと思っていい。高回復<ハイト・イエル>なら骨折や深い傷を治せる」

司祭「極回復<フィニ・イエル>になれば体に穴が空いても、よっぽど大きくなければ治せるらしい」

魔女「体に穴が空くとか、考えたくないなあ。でも、それなら治せない傷がないみたいね?」

司祭「私の話を聞いていたか? あくまでも傷を塞ぐ魔法なんだ」

司祭「失われた四肢が生えることはないし、首を両断されてしまえばくっつけることもできない」

魔女「うーん、治療できる傷の限度がよくわからないな?」

司祭「あまり大怪我はするなということだ。魔法は万能じゃない」

魔女「だとしても、助かる命なら助けたいでしょ? 覚えてみたらどう?」

司祭「覚えるのはやぶさかではないが、使えるようになるかどうか……」

魔女「ふふ、がんばってね? 応援してあげる」

司祭「そういう魔女は何か覚えないのか?」

魔女「この魔術書、攻撃魔法は載ってないんだもの? わたし向きじゃないのよね?」

司祭「ならちょうどいい、私の特訓に付き合ってくれ」

魔女「もう、しょうがないなあ?」


    ◇数日後

魔剣士「っ……やあっ!」

アイスバタフライ「ピギィ!」パタリ

魔剣士「はあ……はあ……」

魔女「魔剣士ちゃん、大丈夫?」

司祭「それほど動いたわけではないが……体力の消耗が激しいようだな。高回復<ハイト・イエル>」ポォ

魔剣士(回復魔法……悪夢の指輪で減った体力は、どうにもならないのよね)

勇者「――――ダメだね。町に戻ろうか」

魔剣士「っ……まだ町を出たばかりじゃない!」

勇者「魔物と戦うのはもちろん、歩くのもしんどそうだとは思っていたけど、今日は特にひどい。旅に出ていい体調ではないよ」

魔剣士「あたしはまだ行けるわ!」

勇者「僕はそう判断しない。急ぐ事情がないなら、仲間に無理をさせて進む理由がないからね」

魔剣士「でもっ」

司祭「そう騒ぐな、心配している勇者の気持ちもわかってやれ」

魔剣士「でも……」

魔女「わたしも慣れない旅の疲れが溜まってるのよね? 司祭くん、荷物持ってくれる?」

司祭「変わりに私の荷物を持ってくれるならな」

魔女「もう、ケチだなあ?」

魔剣士「…………ごめん、なさい」

勇者「進めないことを謝るなら聞かないよ。無理したことを謝るなら聞いてあげる」

魔剣士「…………」


    ◇宿

宿娘「あれ? 勇者様、忘れ物ですか?」

勇者「ちょっとやることがあって戻ってきました」

宿娘「くす、わかりました。同じ部屋でいいでしょうか?」

勇者「お願いします」

司祭「さて、荷物を置いてくるか」

魔女「魔剣士ちゃん、一緒に行くのよ?」

魔剣士「引っ張らないでよ……もう」

タッタッタ

勇者「……ところで、聞きたいことがあるんですが」

宿娘「なんですか?」

勇者「この町のお医者さんはどこにいますか。ちょっと看てもらいたいんですよ」

宿娘「お医者様ですか? でしたら、」



魔剣士「魔女、ちょっと離して。勇者と一緒に行くから」

魔女「……そう? なら二人で来なさいね?」

魔剣士「うん……」タッタッタ

司祭「疲労の特効薬は勇者、か」

魔女「いいじゃない、かわいらしくて」


魔剣士(さっき、無視するような感じになっちゃったもの……謝らないと)

宿娘「あとでこちらにお呼びしましょうか?」

勇者「そうしてもらえたら助かるけど、いいですか?」

宿娘「ええ、任せてください」

魔剣士(何の話をしてるのかしら……)

魔剣『……』ジジ

魔剣士「っ!」

魔剣『真実を一つ教えよう』

魔剣『勇者は今、あの娘を必要としている』

魔剣『汝ではない』

魔剣士「そんな……」

魔剣『我を手に取れ。結末は我が用意する』

魔剣士「いや、いやよ……勇者は、あたしの……」チャキッ

魔剣士「――――!?」

魔剣士「うあ、ああ……ああああっ!」ガシャン

魔剣士(あたし……何をしようとしたの? 違う、違う、こんなのあたしじゃない!)

勇者「魔剣士!」

魔剣士「勇者……っ」

魔剣『どうした。我を手に取るのだ』ジジ

勇者「この声……魔剣?」


    ◇部屋

司祭「いつからだ」

魔剣士「…………っ」

司祭「いつからだ、と聞いている」

魔女「司祭くん、脅すような言い方はやめて」

司祭「脅してはいない。だが本気で怒っている。神性が下がっていることを、どうして教えてくれなかったんだ。私たちは仲間だろう」

魔剣士「ごめんなさい……」ポロポロ

勇者「魔剣は置いたし、鎧と指輪も外した。今はもう大丈夫でしょ? 落ち着くまで待つから、ゆっくり話してよ」ポンポン

魔女(迂闊だったなあ。宿では体調がいいのに、町を出る時には顔色が悪くなってるの、こういう理由だったのね。気づけてもよかったのに)

魔剣士「魔物の毒を受けた後ね、体を動かそうと思って魔剣を手に取ったら、呪いを無効化できないことに気づいたの」

魔剣士「すぐ治るだろうって自分に言い聞かせてたんだけど、ちっとも良くならなかった……ごめんなさい」

司祭「なるほどな。だが言わなかったのはどうしてだ?」

魔女「そうね? 別に魔剣じゃなくたって、普通の剣でも魔剣士ちゃんは強いでしょ?」

魔剣士「駄目なのよそれじゃ!」

勇者「魔剣士?」

魔剣士「だってあたしは……勇者の……」

勇者(ちょっと魔剣士に頼りすぎだったかな)

勇者「よし。それじゃ買い物に行こうか」

魔女「買い物?」

司祭「どうしてそんな話になる」

勇者「おかしくはないでしょ? 魔剣士の新しい剣と鎧を買わないとね」


魔剣士「勇者、怒らないの?」

勇者「怒ってるよ。だから慰めてあげない」

司祭「その怒り方はどうなんだ?」

勇者「うるさいな、僕の勝手でしょ」

魔女「やっぱり勇者くんって魔剣士ちゃんに甘いのよね?」

勇者「魔剣士が自立したら対応が変わるかもね」

魔剣士「あ、あたし、別に勇者がいなくたって大丈夫よ!」

勇者「ん、ちょっとは調子が出てきた?」

魔剣士「っ……バカ」

司祭「やれやれ、気勢がそがれたな」

魔女「司祭くんってわりと短気よね? 聖職者のわりに」

勇者「あー、それは確かに」

司祭「勇者まで言うのか!?」

魔剣士「……それこそほら、西の大陸に入ったばかりの頃だって荒れたじゃない」

魔女「ふふ、懐かしいなあ。わたし、司祭くんにたっぷり叱られちゃったもの」

司祭「くっ……もういい、知るか! あとは勇者に任せる!」

魔女「あら、どこに行くの?」

司祭「外で風に当たってくるだけだっ」

魔女「ならわたしも行こうかしらね? 司祭くん一人じゃかわいそうだもの」

司祭「いらん、ついてくるな」

魔女「いいからいいから」

ガチャ、バタン


勇者「司祭さん、気を許した相手には子供っぽくなるんだな」

魔剣士「そうみたいね」

魔剣士「勇者」クイッ

勇者「服を引っ張る魔剣士も子供っぽいけど。何?」

魔剣士「ごめんね、ありがとう」

勇者「うん」

勇者「買い物はちょっと休んでから行こうか」ナデナデ

魔剣士「ん……でもあたし、勇者に甘えちゃっていいの?」

勇者「無理をするよりはずっといいよ」

魔剣士「何よそれ、あまりよくないってことじゃない……」

勇者「だって、魔女さんや司祭さんから甘やかすなって怒られるし」

魔剣士「ならやめればいいでしょっ」

勇者「いいんだよ。僕が甘やかしたいんだから」

魔剣士「…………もう。本当に、バカ」


    ◇数日後

魔剣士「やっ!」ズバッ

マジカルラット「チュチュッ!?」

司祭「すばしっこい奴だ。ふんっ!」ゴスッ

マジカルラット「チュ~」コテッ

魔剣士「…………」

魔剣士(さっきの感じなら、倒せていてもおかしくなかったのに。あたし、魔剣の力を自分の力と勘違いしてたみたい)

勇者「そろそろ休憩しようか。湖畔にちょうど着いたところだし」

司祭「これで予定の半分だったか?」

勇者「そうだね。あと三時間も歩けば町に着くと思う」

魔女「魔剣士ちゃん、一緒に水浴びしましょ?」

魔剣士「イヤよ。勇者も司祭もいるのに」

魔女「勇者くんも司祭くんも、覗き見するほど気骨ある男性だったかしら?」

司祭「ひどい言われようだな。魔女の常識が足りないだけだと思うが」

勇者「実際その通りではあるけどね。別に見たりはしないから、行ってきてもいいよ」


魔女「ほら、勇者くんのお許しが出たのよ? 行きましょ」

魔剣士「何よもう、強引なんだから。……ちょっと勇者! 本当に覗かないでよね!」

勇者「信用ないなあ。いいから行ってきなよ」

魔女「それじゃあまたね?」

司祭「やれやれ」

司祭「しかし、良かったな」

勇者「何が?」

司祭「魔剣士のことだ。元気になって良かったじゃないか」

勇者「空元気みたいだけどね。本調子ではないと思う」

司祭「神性が下がったままなんだ、それは仕方ないだろう?」

勇者「肉体的にじゃなくて、精神的にね。魔剣士、無理しちゃう性格だから」

司祭「……ふむ」

勇者「もっともらしく考え込んでどうしたの?」

司祭「いや、私に手の出せる問題じゃないと思ってな。勇者に任せる」

勇者「丸投げされちゃったな。でもいいよ、魔剣士のことは引き受ける」


    ◇

魔剣士「んー」チャプチャプ

魔女「憂鬱そうね? 勇者くんが見に来ないのがご不満?」

魔剣士「そんなわけないでしょ。魔女も一緒なのに。来たらビンタしてやるわ」

魔女「あら、魔剣士ちゃんだけだったら別にいいの?」

魔剣士「……時と場所と雰囲気を選んでくれたら」

魔女「ふふ、最近の魔剣士ちゃんって素直なんだあ? 何があったのかしらね?」

魔剣士「別に大したことじゃないわよ。うっかり口を滑らせただけ」

魔女「ふーん? なんて?」

魔剣士「……ちょっと待って、恥ずかしい」

魔女「いいじゃない、言っちゃいなさいね?」

魔剣士「――――あたし、勇者だけの剣になるって」

魔女「くすっ、かわいらしいのね。そしたら勇者くんはなんて?」


魔剣士「僕は魔剣士だけの勇者になるって言われたわ」

魔女「それ、もう告白じゃないのかしら?」

魔剣士「そんなんじゃないわよ! そんなんじゃ……」

魔女「勇者くんも魔剣士ちゃんも大人になったのね? なんだか嫉妬しちゃうなあ?」

魔剣士「あたしと勇者のことはほっといて。だいたいそういう魔女はどうなのよ」

魔女「わたし?」

魔剣士「最初はあたしと勇者を二人きりにしてくれてるんだと思ってたけど。最近、よく司祭と二人でいるじゃない」

魔女「んー?」

魔剣士「何よ、誤魔化すつもり?」

魔女「そういうんじゃないのよ? ただ、よくわからないなあって」

魔剣士「何がわからないのよ。自分のことでしょ?」

魔女「自分のことが一番わからないものなのよ? 心の形って複雑だもの」

魔剣士「やっぱり誤魔化すんじゃない」

魔女「違うのになあ? だって、わたしの気持ちも司祭くんの気持ちも、よくわからないんだもの」


    ◇宿

魔剣士「あたし、ちょっと買い物してくるわ」

勇者「一緒に行こうか?」

魔剣士「勇者には見られたくないものを買うんだけど?」

勇者「ああ……じゃ、いってらっしゃい」

魔剣士「また後でね」テクテク

司祭「やれやれ。町に着くたび、何を買いに行っているんだかな」

魔女「司祭くん、そういうこと言うと女の子を敵に回すのよ?」

勇者「余計なことは言うものじゃないね」

勇者(……普段なら、そういう買い物だってことさえ匂わせないのに。魔剣士、嘘が下手すぎるよ)


    ◇教会

魔剣士「…………」

魔剣士(母なる大地の女神様。どうかあたしに、もう一度祝福を)

魔剣士(これからも勇者の隣にいられるように。そのためなら、あたしは――)

神父「熱心ですね」

魔剣士「……ええ。どうしても祈らなきゃいけないことがあるの」

神父「女神様も、きっと聞き入れてくれることでしょう。ですが、今日はもう遅い。見たところ旅の方のようですが、宿は大丈夫ですか?」

魔剣士「ええ、仲間が一緒だもの。……待って、今は何時?」

神父「もう一九時になりますよ」

魔剣士「やっちゃった……早く帰らなきゃっ」バタバタッ

神父「お気をつけて」

バタン

神父「……彼女の旅路に、幸多からんことを」


    ◇宿

司祭「遅い」

魔剣士「だ、だからそれは悪かったってば」

司祭「謝って済む問題じゃない。魔剣士がいない間、どれだけ勇者が心配したと思っているんだ」

勇者「僕に話を振らないでほしいんだけど」

魔女「そうよ、わたしも魔剣士ちゃんの心配したものね?」

魔剣士「ごめんなさい、今後は気をつけるから」

司祭「全く。……ご飯は食べたのか?」

魔剣士「まだ。皆は?」

勇者「僕らもまだだよ。魔剣士が戻ったら食べに行くつもりだったから」

司祭「これだけ町をうろついていたんだ、おいしいお店を紹介してくれるんだろうな?」

魔剣士「え……ちょっと待って、宿の人に聞いてくるから」

バタン

司祭「…………ふう」

魔女「司祭くん、お疲れさま」

司祭「本当に疲れた。怒ったふりなんてするものじゃない」

勇者「ごめんね司祭さん。こうでもしないと、確かに魔剣士は気にするだろうけど……」

司祭「別にいい、自分から願い出たことだ。仲間が迷っている時くらい、力になるのは構わない」

魔女「ふふ。でも魔剣士ちゃん、こんな遅くまで教会にいるとは思わなかったな?」

勇者「神父さんもそう思っただろうね。明日、町を出る前に改めてお礼にいかなきゃ」

司祭「……だが、神に祈りを捧げることで神性が回復するのか?」

魔女「そうね……」

勇者「それじゃ神性は回復しないよ。調べたけど、どれだけ熱心に祈っても神性の回復には繋がってなかった」

勇者「――――ごめん、付き合わせて。方法は何としても見つけるから、もう少しだけ手伝って」


    ◇???

勇者「聞きたいことがあります」


    ◇???

勇者「聞きたいことがあるんだ」

今日はここまで。


    ◇数日後 市場

行商「さあさあここで買わなきゃ大損だよ!」

魔女「……」ワクワク

行商「取り出したるは魔翌力の水晶体! こいつはとんだ代物さ、ひとたび使えば魔翌力を大きく回復してくれる!」

行商「え、副作用はないかって? もちろんあるさ、使った後にゃあ体が熱っぽくなるんだとよ!」

行商「ま、あっしは魔翌力がないんで実際は知らないがね!」

魔女「……」クスッ

行商「一度使えば砕けちまうのが困りもの、だがその効果は折り紙付きだ!」

行商「そんな魔翌力の水晶体、今なら何と銀貨七枚! 在庫一〇個を全てお買い上げなら銀貨五〇枚だ!」

行商「さあさあ買った買った!」

魔女「いただこうかしら? 一〇個ちょうだいな」

行商「へい毎度! お姉さん、いい買い物したねえ!」

魔女(込められた魔翌力は本物みたいだし、効果は間違いなさそうだもの。ふふ、いい買い物しちゃったな)

……


司祭「何を考えているんだ! アホなのかお前は!?」

魔女「だ、だって」

勇者「まあまあ司祭さん、怒ってもしょうがないよ」

司祭「これが怒らずにいられるか! 路銀を預けておいたら、それを全部うさんくさい道具に変えられたんだぞ!」

魔女「こ、効果は確かなのよ? しっかり魔翌力を見極めたもの?」

司祭「だからって、今日の宿にも困るような買い物をする奴があるか!」


魔剣士「はあ。ちょっと勇者、どうするの?」

勇者「んー。その行商さん、ここにいたんでしょ? もういないみたいだし、返金してもらうわけにもいかないね」

勇者「しょうがないから、地道にお金を稼ごうか」

魔女「勇者くん、ごめんなさいね?」

勇者「いいよ。魔女さんの金銭感覚を信じた僕が馬鹿だったんだ」

魔女「う……ひどい、勇者くん。司祭くんより辛辣なのね?」

司祭「全く、どういう風に育てられればあんな大枚を一瞬で使えるんだ」

魔女「あら知らなかった? わたしって浪費家なのよ?」

司祭「今くらい反省をしていろ!」

勇者「司祭さん、もう怒ってもしょうがないよ。今後、魔女さんには銅貨一枚だろうとお金を持たせないし、わかっただけ良しとしなきゃ」

司祭「それにしたってな。こんなことになるとは思いもしなかった」

魔剣士「とりあえず魔物退治でも引き受けるしかないわよね。手当たり次第」

勇者「旅を初めて結構経つのに、こんなところでお金に困るとは思わなかったな」


    ◇壁外

魔剣士「あたしと勇者で洞窟の魔物調査、魔女と司祭が昆虫の魔物の駆除ね」

司祭「駆除の方が報酬が高いからな。働き者の魔女にはちょうどいいだろう」ジロリ

魔女「……ねえ勇者くん、司祭くんの変わりにわたしと組まない?」

勇者「じゃあ魔剣士、そろそろ行こうか。魔女さん、頑張ってね」

魔女「ひどいなあ。わたしに味方してくれる子はいないのかしら? 涙が出ちゃいそう」

司祭「ぐだぐだ言うな、さっさと行くぞ」

魔剣士「なんだか先が思いやられるわ」


    ◇洞窟

怪人ひまわり「ヒマーッ!」

魔剣士「うるさい! どんな叫び声よ!」ズバッ

勇者「はっ!」ザクッ

怪人ひまわり「シオシオーッ」ヘニャリ

勇者「いたた……こんなへんちくりんな見た目のくせに、結構強かったね」

魔剣士「お腹、攻撃されたの? 待ってて、回復<イエル>」ポォ

勇者「つっ……ありがと」

魔剣士「嘘、治りきらなかった……回復<イエル>」ポォ

勇者「ん、もう大丈夫だよ。助かった」

魔剣士(そんなに深い怪我じゃなかったのに……神性が落ちてるから、回復魔法の効果まで下がってるの?)

勇者「……魔剣士」ナデナデ

魔剣士「な、なによ?」

勇者「いつも僕に言っていたでしょ。一人で抱え込まないでよ」

魔剣士「でも」

勇者「僕ってそんなに頼りないかな」

魔剣士「そんなんじゃないわよっ」

勇者「ならいいんだ。それだけ覚えていてくれたら、今は何も言わない」

魔剣士「……バカ。ありがとう」

勇者「それじゃ進もうか。この洞窟、どうも植物が魔物になっているみたいだし、慎重にね」


魔剣士「ここに来るまで植物の魔物って見なかったけど、どうしてこの洞窟はこんなに多いのかしら」

勇者「植物の魔物化自体はどの大陸でも報告されているよ。ちょっと性質が変わるだけだし、人間を攻撃できるほど大きな変化はないだけでね」

勇者「王城の近くにあった洞窟もそうだけど、大陸のいろんなところに魔翌力が流れている分、魔物の変化にも違いがあるのかな」

魔剣士「ふうん、いろいろと面倒ね」

勇者「興味深くはあるけど、楽しむのは不謹慎なのが困りものかな」

四葉黒越「ジーッ」コッソリ

魔剣士「…………なんかこっちを見てる魔物がいるわ」

勇者「襲いかかってはこないのかな。それなら見逃していいと思うけどね」

勇者「えーっと、ここまでの道で出会った魔物は……」

魔剣士「近寄っても逃げないのね。変なの」ソーッ

四葉黒越「ビクビクッ」

魔剣士「えい、えい」ツンツン

四葉黒越「イヤァーッ!?」

勇者「うわっ、何この声!?」

魔剣士「さ、さっきの襲ってこない魔物いたじゃない? 触ったら、急に叫びだして……!」

勇者「え? なんでそんなことしたのっ!?」

魔剣士「イヌイヌみたいに無害な魔物だと思ったのよ!」

勇者「不用心すぎるよ!」

四葉黒越「モウイヤァー!」

ズシン、、、ズシン、、、


勇者「何か、来る……」

魔剣士「なんなのよもうっ」

ブルーローズ「…………」

四葉黒越「クク、クロロッ」

魔剣士「な、なんかあたしのこと指さしてるわ」

勇者「というかあれ何……? 巨大なバラの魔物?」

ブルーローズ「ロォ……ロォ……ズゥ!」ブワッ

魔剣士「な、何か飛ばしてきた!」

勇者「花粉か何かだと思う、離れて!」

ブルーローズ「…………ズズ、ズ」

四葉黒越「バーバーッ」ノシ

ズシン、、、ズシン、、、

魔剣士「逃げてった、の?」

勇者「好戦的な魔物ではないみたいだね」

魔剣士「ごめん、こんなことになると思わなかったわ」

勇者「こっちこそ、さっきは取り乱しちゃってごめん。でも大丈夫だよ」

勇者「もともと魔物の調査が目的なんだし、手を出しちゃいけないことがわかったんだから」

魔剣士「ならいいんだけど……」

勇者「この花粉は持ち帰って調べようかな。どんな毒性があるんだろ。……花粉が舞ってる中を進むのは気が引けるし、今日は戻ろうか」

魔剣士「でも、まだ洞窟の半分も進んでないわよ?」

勇者「急ぐ仕事ではないしね。それにほら、きっと魔女さんが今日の宿代くらいは稼いでるだろうから」


    ◇夜 宿

魔女「くすん、わたしもう疲れちゃったな?」

司祭「自業自得だ。泣き言をこぼすな」

魔剣士「そろそろ許してあげなさいよ。かわいそうじゃない」

魔女「うぅ、わたしの味方って魔剣士ちゃんだけなのね?」

勇者「僕、お金のことで魔女さんを責め立てたつもりはないけど」

司祭「なんだこの流れは。私が悪者だというのか」

魔女「だって司祭くん、わたしをいぢめて喜ぶような人なんだもの?」

司祭「誤解を招くようなことを言うな!」

勇者「ちょっと魔剣士、聞いた?」ヒソヒソ

魔剣士「堅物そうな顔して、そういう人だったのね」ヒソヒソ

司祭「ところ構わずイチャイチャしているお前たちにだけは言われたくない!」

魔剣士「へ、変なこと言わないでくれる!? あたしと勇者はそういうんじゃないわよ!」

魔女「まだ、ね?」

勇者「うん、そろそろやめとこうか。話がこじれるし」

司祭「勇者、この借りは必ず返す。覚えていろ」

魔女「ふふ、独身男の嫉妬ってみっともないのね?」

勇者「魔女さん、僕の話を聞いてた?」

魔剣士「…………」

魔剣士(今日は失敗しちゃった……ただでさえ弱くなってるのに、魔物の調査さえろくにできないなんて)

魔剣士(こんなんじゃ、勇者の隣になんていられない。勇者に頼られる剣になんてなれない)

魔剣士(頑張らなきゃ。もっと、もっと)


    ◇数日後 壁外

勇者「司祭さんたち、今日は何をするの?」

司祭「配達を引き受けたところだ。急ぎらしくてな、明日中に二つ隣の村に届けてほしいそうだ」

魔女「今から出て、帰ってくるのは三日後かしらね? あーあ、司祭くんと二人きりなんて息が詰まっちゃうな?」

司祭「魔女が余計なことさえしなければ、私は小言をぶつけずに済むんだぞ?」

魔剣士「止めてくれる人がいないんだから、あまり喧嘩するんじゃないわよ」

魔女「ふふ、大丈夫よ? 本当に怒っているわけじゃないんだもの?」

司祭「うるさい。それより、そっちは何を引き受けたんだ?」

勇者「この付近で大きな魔物が目撃されたみたいなんだ。そいつの探索、危険なら討伐だね」

魔剣士「ものすごく首が長いらしいのよね。どんな魔物なのかしら」

魔女「勇者くんと魔剣士ちゃんならまず勝てるだろうけど、無理はしないのよ? お姉さん、心配しちゃうな?」

司祭「怪我には気をつけろ。帰ってきたら治しはするが、その後で説教しなければならなくなる」

魔剣士「司祭の説教、くどくど長いからイヤなのよね。怪我しないようにするわ」

勇者「そっちこそ、急ぎだからって無茶はしないようにね」

司祭「わかっている。しっかり魔女を見張っておこう」

魔女「わたしが何かやらかすみたいに言うの、やめてもらえるかしら?」


勇者「こうして二人でいるとさ、旅に出たばかりの頃を思い出すよ」

魔剣士「そんなこと言い出すなんて、勇者も年を取ったものね」

勇者「ひどいこと言うね。ちょっと大人になっただけだよ」

魔剣士「ムキになって言い返すところがまだまだ子供なんじゃないかしら」

勇者「魔剣士にだけは言われたくないけど…………あれ?」

魔剣士「どうかしたの?」

勇者「あそこ、誰か魔物と戦ってる」

?「うらぁ!」ブオン

魔剣士「囲まれてるわね。ちょっと苦戦してるみたい。行く?」

勇者「そうだね、行こうか」

……


女傭兵「いやぁ、助かったよ! あたし一人じゃ倒せなかった!」

勇者「僕らがいなくても負けはしなかっただろうけど……相手が悪かったね」

魔剣士「ずいぶん大きい斧よね。それじゃ、小さくてすばしっこい相手と戦うのは大変じゃない?」

人掘りモグラ「  」

マジカルラット「  」

女傭兵「まあな。それよりあんた、めちゃくちゃ強いだろ。ここは女同士、腕比べでもしようぜ!」

魔剣士「しないわよ。そんなに暇じゃないの」

女傭兵「残念だな……ならそこのあんたでもいいや。ひょろひょろしいわりに、そこそこ戦えるみたいだしな」

勇者「僕も遠慮するよ。単純な腕力じゃ勝てそうにないし。それに、早く首の長い魔物を見つけなくちゃ」


女傭兵「ん……? それって魔物討伐の依頼か?」

魔剣士「そうよ。よくわかったじゃない」

勇者「ああ。君も同じ依頼を受けてるの?」

女傭兵「まあな。腕試しにも、魔物と戦える依頼は積極的に受けてんのさ」

魔剣士「ずいぶん強さにこだわるのね」

女傭兵「そういう血筋なんでね。あたしゃ放浪する狩猟民族に生まれたんだ。強くなければ、命を奪って生きる資格はない。そう教わってるよ」

魔剣士「物騒な思想してるわ……」

勇者「そうでもないと思うよ。その強さって、単純に戦う能力だけを言ってるわけじゃないだろうから」

女傭兵「族長みたいなこと言うんだな。なあ、それってどういう意味なんだ? あたしにちょっと教えてくれよ」

勇者「聞かない方がいいと思う。僕なりの考えを教えることはできるけど、表面的なことしか理解できないと思うから」

女傭兵「わっかんないなあ。どういう意味だ?」

勇者「例えばだけど、人を[ピーーー]ことについてどう思う?」

女傭兵「犯罪じゃねえか」

勇者「そう、いけないことだね。じゃあ、誰にも裁かれることがないなら人を殺してもいいのかな?」

女傭兵「そんなわけねえだろ?」

勇者「どうして?」

女傭兵「だってそりゃあ……」

勇者「そうだね。決まりがなくたって、みだりに人を殺しちゃいけない。それは理屈じゃないんだ」

勇者「それと同じことだと思うよ。強さに込められた意味はさ」


女傭兵「…………よし決めた!」

魔剣士「何を?」

女傭兵「あたしゃしばらくあんたらについていくよ!」

魔剣士「はあ!?」

勇者「そりゃまた……急な申し出だね」

女傭兵「いや、これはそっちの意思を確認してるわけじゃない。ただの宣言だよ。ついていくけど、気にしないでくれ」

魔剣士「無茶苦茶を言わないでくれる?」

女傭兵「別にあんたらの邪魔はしないよ。魔物と戦う時以外、いないものとして扱ってくれていい」

魔剣士「それもやっぱり無茶なこと言ってると思うわ……」

勇者「今はこうしてお金を稼いじゃいるけど、僕らにも旅の目的があるしね」

女傭兵「あんたって勇者だろ? 魔王討伐だよな?」

勇者「そうだけど」

女傭兵「なんならあたしを誘ってくれてもいいぜ? 強さには自信がある」

魔剣士「え……でも、危険な旅よ?」

女傭兵「あたしは女の一人旅をしてきたんだぜ? いつだって危険と隣り合わせさ」

魔剣士「けど……」

勇者「強情だね。ならとりあえず、どこか区切りのつくところまで来たらいいよ。首の長い魔物の依頼とか、港に行くまでとかね」

女傭兵「さすが勇者さま! 懐が深いねぇ!」

勇者「もう諦めたけど、傭兵さんはもうちょっと人の持ち上げ方を覚えるといいよ」


    ◇翌日

女傭兵「ははっ、ようやく見つかったな!」

魔剣士「声が大きいわよ。気づかれたらどうするの?」

勇者「耳はそこまでよくない、ってわかったから良しとしようか。あとは近づいてみて、すぐに襲いかかってくるかどうか、かな」

女傭兵「そんな面倒なことするのか? さっさと倒しちまえばいいじゃねえか」

勇者「魔物のほとんどは人を襲うけど、イヌイヌみたいな例外もある。何でもかんでも倒せばいいってものじゃないよ」

女傭兵「ふーん、そういうのも強さの一環なのかねえ。まあいいや、あんたに従うよ」

勇者「まず僕が近づいていく。攻撃してきたら、三人で応戦しようか」

魔剣士「勇者が行くの? あたしが行くわよ?」

勇者「不意の攻撃には女神の加護が自動で守ってくれるからね。どんな魔物かわからないし、攻撃翌力の高い二人は控えてもらいたいかな」

魔剣士「ん、わかった。気をつけてね?」

勇者「魔剣士が守ってくれるから大丈夫だよ」

女傭兵(ん……? これ、もしかしてあたしってお邪魔なのか?)

勇者「それじゃ、行ってみようか」



ものぐさキリン「……」ムシャムシャ

勇者(何か食べてる? というかこいつ、動けるのかな。四肢のほとんどが細く短くなってる)

勇者(退化なのか、環境に適応した証なのかわからないな)

ものぐさキリン「……」ジロッ

勇者(こっちを見た!)

ものぐさキリン「ペッ」ベチャ

勇者「……肉食に変わったみたいだね、ずいぶん行儀が悪いけど」


ものぐさキリン「ヴォォ!」

勇者「っ、早!」タッ

女傭兵「っしゃあ、狩りだな! 行くぜっ!」

魔剣士「傭兵、前に出過ぎないでよ!」

勇者「あの二人、連携とか取れるのかな。心配だけど」

ものぐさキリン「ヴォッ!」

勇者「っと。器用に首を動かしてくるね。それに、見た目よりも伸びるみたいだ。首しか動かさないせいで、足はそんなに衰えちゃったのかな」

女傭兵「まずは一撃……ぉぅわっ!」

魔剣士「あなた死ぬ気!? 飛び出しすぎ!」

女傭兵「へへ、いいんだよこれで! 生きるか死ぬか、これこそ狩りの醍醐味だろ!?」

勇者「ひとまず首の動きを封じるから、二人とも下がってて! 氷魔<シャーリ>!」

ものぐさキリン「ンヴォ!」パリン

勇者「足りないか。なら、高氷魔<エクス・シャーリ>!」

ものぐさキリン「ンッ、ヴォッ!」パリンッ

勇者「……まいったな。首の筋力、相当あるみたいだ」

女傭兵「まどろっこしいこたあ抜きだ! 力で打ち勝ちゃいいんだよ!」

女傭兵「だらぁ!」ブォンッ

ものぐさキリン「ヴォ!」

女傭兵「っが!」ドンッ

勇者「傭兵さん!」

女傭兵「くっそ、心配すんな! かすり傷だ!」


魔剣士(首の動きは早い。斜め後ろから攻撃した傭兵に対応できるくらい、視野も広い。なら――――)

魔剣士「勇者、もう一度氷魔<シャーリ>を使ってみて!」

勇者「わかった。任せるよ」

ものぐさキリン「ヴォ……!」

勇者「また氷を砕いてもらおうか。氷魔<シャーリ>!」

ものぐさキリン「ヴッ」パリン

魔剣士(首をよじった、今なら!)

魔剣士「やあっ!」ヒュン

ザクッ

魔剣士「っ……浅い!」

ものぐさキリン「ヴォア!」

女傭兵「あたしを忘れてもらっちゃ困るんだよ!」ブォンッ!

ザッ!

ものぐさキリン「  」

女傭兵「へっ、いっちょあがりだな!」

魔剣士「…………」

魔剣士(あたしは浅く切るだけだったのに、首を一撃で切り落とした?)

勇者「何とかなったけど、どうせ動かないなら遠くから魔法で戦いたいところだね」

女傭兵「いいじゃねえか、勝てたんだから」

勇者「次に同じ魔物と戦う時の参考に、だよ。この三人じゃ、一人が囮になって別の二人で攻撃するってことになる」

勇者「囮役が危険なのはちょっとね」


勇者「そういえば話してなかったけど、依頼の報酬は僕らと君の半々でいいよね?」

女傭兵「あん? 三人で分けりゃいいじゃねえか」

勇者「その方がこっちはありがたいけど、一人の時より傭兵さんの取り分が大きく減っちゃうけどいいの?」

女傭兵「いいんだよ細けぇこたあ。ケツの穴の小せえ勇者だな」

勇者「ケ……まあ、傭兵さんがいいならいいよ」

女傭兵「にしてもあんた、踏み込む早さがすげえな」

魔剣士「……あたし?」

女傭兵「そうだよ。ああ、やっぱ戦いてえなあ。考え直してくれよ」

魔剣士「イヤよ……そんな暇ないもの」

魔剣士(この人はあたしと同じ立場よね。戦闘の切り込み役。これで負けちゃったら、あたしは……)

勇者「僕は戦うの認めてないんだから、あまりしつこくしないでね。報酬も受け取りたいし、早く帰ろうよ」

女傭兵「はいはい、わぁったよ。ったく、こんなんでどうして強くなれるかねえ。不思議なもんだ」

魔剣士「…………」ギュッ

勇者「?」

勇者(手を握りしめたりして、どうしたんだろ。何かあったかな)


    ◇夜 宿

勇者「ああ、気持ち悪い……」

魔剣士「お酒を飲み過ぎなのよ。あまり飲んだことないのに」

勇者「傭兵さん、僕にお酒をくみすぎなんだよ……潰す気だったでしょ、あれ……」

魔剣士「ほら、お水。飲んで?」

勇者「ありがと……」

魔剣士「傭兵は浴びるように飲んだのに、帰る時はけろっとしてたわよね。勇者とは大違いだわ」

勇者「体の出来が違うんだよ……魔剣士は? 酔ってないの?」

魔剣士「あたしはそんなに飲まなかったわ。――――ううん、でも酔ってるみたい」

勇者「全然そうは見えないけど……え、ちょっと、何を」ストン

魔剣士「勇者……」

勇者「勘弁してよ魔剣士。頭が回ってるんだからさ、寄りかかられても支えられないよ」

魔剣士「…………バカ。寄りかかったんじゃない、押し倒したのよ」ギュッ

勇者「え……ちょっと、魔剣士?」

魔剣士(あの人はたぶん、ずっとついてくる。……あたしよりも強い、勇者の剣として)

勇者「魔剣士にお酒、飲ませなきゃ良かったな……ほら、立ち上がって。遊びはおしまい」

魔剣士「遊びじゃない」

魔剣士(それでもあたしは、勇者の一番でいたい。剣としてじゃなくてもいいから、だから……)

勇者「…………なら、なおさら止めなよ。僕らはまだ、そういうのじゃないでしょ」

魔剣士「それでもいい。勇者があたしを、必要としてくれるなら」

魔剣士「あたしは、どんな形でも……」


勇者「――――。魔剣士。もう一度だけ確認するよ。酔って、ないんだね?」

魔剣士「酔ってる。酔ってるわよ。だから、ねえ、いいでしょ?」

勇者「――――そう」

パシン

魔剣士「……痛い」

勇者「どいて」

魔剣士「でも」

勇者「どいて」

勇者「どかないなら、嫌いになる」

魔剣士「っ……」

魔剣士(ぶたれた頬が痛い……ぜんぜん強くなかったのに、どうして、こんなに痛いのよ……)

勇者「外に出てくる。魔剣士は一晩頭を冷やしなよ」

魔剣士「ま、待って。待って勇者」

勇者「おやすみ」

バタン

魔剣士「あ……嘘、よね?」

魔剣士「ねえ、お願い。戻ってきて? もうしない、こんなことしないから。ねえ!」



勇者「…………魔剣士のこと、こんな風にぶったのは初めてだったかな」

勇者「どうして、こんなに右手が痛いのさ」

>>507修正

勇者「例えばだけど、人を殺すことについてどう思う?」

>>498-509トリップ付け忘れ

今日はここまで。


    ◇翌日

魔剣士「…………」

魔剣士「…………」

ガチャッ

魔女「ふふ、ただいまー? ようやく司祭くんと二人っきりから解放されるのね?」

司祭「そうか、よっぽど苦痛だったようだな。今後の付き合い方を考えてやる」

魔女「もう、冗談の通じない男の人は嫌われるのよ? ねえ勇者くーん? ……あら、いないのかしら?」

司祭「魔剣士一人か? 珍しいこともあるものだ。魔剣士が窓の外ばかり眺めてるのも珍しいが……魔剣士、勇者は出かけてるのか?」

魔剣士「…………おかえり、二人とも」ボロボロ

魔女「魔剣士ちゃん、泣いて……?」

魔剣士「違うわ、泣いてなんかない……そんな弱い子、勇者と一緒にいられないでしょ? だから、泣いてないわ」

魔女「司祭くん、外に行ってて? 魔剣士ちゃんとはわたしが話すから」

司祭「任せる。私は勇者を見つけたらとっちめておこう。何を喧嘩したんだか知らないがな」

魔女「もう、話は聞いてあげるのよ? 司祭くんってばそそっかしいんだもの」

司祭「うるさい。こんな時までからかうな」



魔女「さーて? それじゃ魔剣士ちゃん、わたしとお話しましょうか?」

魔剣士「別に、話すことなんてないわ」

魔女「もう、ひねくれないの。そんなの勇者くんだけで十分だもの? だからお姉さんに話しなさいね?」


    ◇町中

旅人「――――つうわけだ。どうだ、参考になったか?」

勇者「正直、驚いてる。女神様でさえわからなかったのに、答えを見つけてくるなんて」

旅人「あんな醜女(しこめ)と一緒にすんな。寒気がする」

勇者「……本音を言えばね、君がこうして僕のために調べてくれるとは思わなかった」

旅人「あん? じゃあなんでおれに頼んだんだよテメエ」

勇者「可能性が僅かでもあるなら、それにすがりたかったんだよ」

旅人「はっ、いい根性してやがるな。だが役に立ったならおれを崇め奉りやがれ」

勇者「…………それなんだけどさ。もうちょっと、せめてあと一日、早く調べてくれてたらね」

旅人「んだとっ! 人を無償でこき使っといてそういうこと言うのかテメエ! おれを越える悪魔じゃねえか!」

勇者「――ごめん、悪気はないんだ。ちょっと、自己嫌悪してるだけ」

旅人「けっ……これだから勇者って輩は嫌いなんだよ。今も昔も、な」

勇者「――――」

勇者「答えてくれなくてもいい。聞くよ。君はもしかして……」

旅人「うお! あんなところに素っ裸のねえちゃんが!」

勇者「そんな手にひっかからないよ」

旅人「バーカ、それでもテメエは見るんだよ」パチン

勇者「うわっ、目の前にいきなり……! ……消えた。旅人さんも消えた」

勇者「ちょっと待ってよ、意味がわからない。手を叩いただけで、僕に幻を見せた?」


    ◇宿

魔女(事情はわかった。勇者くん、魔剣士ちゃんをとても大切にしていたもの、関係を軽く扱われたら怒るのも無理はないかな)

魔女(でも、魔剣士ちゃんの気持ちもわかるし……お姉さんには難しいなあ)

魔剣士「駄目よね、あたし。こんなんじゃ、勇者に嫌われて当然よ」

魔女「もう、弱気になっちゃってるのね? そう思うなら勇者くんに謝ってくるといいのよ? きっとすぐに許してもらえるもの」

魔剣士「無理よ。だってあたし、自分で自分が許せない」

魔女(重症ね。どうしたものかしら)

ゴンゴン ガチャッ

女傭兵「お邪魔するよっ。今日も依頼を受けてきたし、早速行こうぜ!」

女傭兵「……なんだこの空気」

魔女「ごめんなさいね、取り込み中なの? あなたは?」

女傭兵「一昨日から一緒に魔物を倒してる間柄だよ。あんたはあれか、勇者の仲間だっていう魔女か?」

魔女「知ってるなら話が早いかしらね? 少し後にしてもらえる?」

女傭兵「ちぇ、残念だな。まあいいや、報酬独り占めと思えば悪くない」

魔剣士「待って」

女傭兵「ん?」

魔剣士「行くわ。今、あたしたちはお金に困ってるもの。稼げる機会を減らせない」

魔女「でも、大丈夫なの? 魔剣士ちゃん、目が真っ赤よ? きちんと寝たのかしら?」

魔剣士「行けるわ。……心配なら魔女も一緒に来て」

女傭兵「ま、あたしゃ何人でいってもかまわないぜ。報酬がいくらになろうが、大半は酒代に回しちまうからね」

魔女「なら……ご一緒させてもらおうかしら?」


    ◇壁外

女傭兵「だらーっ!」ブンッ

いかさまゴート「グペッ」グシャ

魔女「武器の重量に任せて一撃で切り潰す、っていう戦い方なのね?」

女傭兵「まあな。あたしゃこの斧に命を懸けてる。親父から引き継いだ斧だから、これ以外の武器は考えられないね」

女傭兵「……にしても」

魔剣士「…………」

女傭兵「魔剣士さんよ、今日のあんたは何なんだ? その気の抜けた剣はあたしへの当てつけか? ええ?」

魔剣士「そんなんじゃ、ないわ」

女傭兵「ならしゃきっとしろよ。一緒に依頼をこなすと言ったのはあんただろ」

女洋平「今のあんたと一緒に魔物と戦っても、あたしゃちっとも興奮しないね」

魔女「あなたの言い分はもっともよね? でも今日だけは許してくれる?」

女傭兵「いいや、許さない。あたしの狩りに、こんな軟弱者が同行したなんてな!」

魔剣士「……ごめんなさい、あたしが悪かったわ。依頼の報酬はあなたが全てもらって。お金をもらえる働きはしなかったもの」

女傭兵「金の話じゃねえんだよ!」

魔剣士「…………」

女傭兵「魔女さん、ほらよ。依頼書だ。これにヤギの頭も持ってけば、あたしの代わりに金がもらえるだろうさ」

魔女「どういう考えで、わたしたちにお金を譲るのかしら?」

女傭兵「あんたらに貸しを押しつけるためだな」

女傭兵「魔剣士さんよ。あんたは言ったな、戦うつもりはないと。だが聞き入れてもらうぜ、そっちはあたしに金をもらったんだ」

魔剣士「……そこまでして、自分より弱いあたしと戦う理由は何?」

女傭兵「今のあんたじゃわからないよ。あんたらと一緒にいく気は失せた、どうせ港でおさらばだ」

女傭兵「だから、自分より強かったかもしれない女をぶっ倒したいだけさ」

魔剣士「――――わかった。お金はありがたくもらうわ。あなたが満足するまで、戦いに付き合ってあげる」


    ◇町中

司祭「ようやく見つけた」

勇者「司祭さん、か」

司祭「ずいぶんひどい顔をしているな。恋煩いでも人は死ぬのか?」

勇者「はは、さんざんな言われようだね」

勇者「……魔剣士、どうしてた?」

司祭「泣いていた。だが、弱虫は勇者と一緒にいられないから、泣いていないと言い張っていた」

勇者「……そっか」

司祭「何があったかは聞かない。喧嘩することくらいあるだろう」

勇者「ん、そうかな」

司祭「だが町中を逃げ回るのには反対だ。さっさと宿に戻って、君がいなきゃ駄目なんだとでも言ってきたらどうだ?」

勇者「司祭さん、よくそんな青臭い言葉が言えるね」

司祭「ほっとけ」

勇者「でも、ちょっとは気が紛れたよ。ありがとう」

司祭「ならいい。勇者と魔剣士がぎくしゃくしていると、雰囲気が悪くてかなわない」

勇者「司祭さんと魔女さんが口喧嘩してても、雰囲気は悪くならないのにね。不思議だな」

司祭「私たちを引き合いに出すな」

勇者「……司祭さん」

司祭「なんだ?」

勇者「魔剣士の助け方、わかったんだ。わかったのに、僕は自分でそのやり方を駄目にしちゃったよ……」


    ◇宿

魔剣士「血塗りの魔剣」ソーッ

女傭兵『戦いは港を出る前日だ』

魔剣士「っ」ピト

ジジジ

女傭兵『それまでに、ちっとはましになっておくんだな』

魔剣士「ダメみたい……魔剣の呪い、やっぱりまだ消せないのね」

魔剣士「あたし、何のためにここまで来たんだろ」

魔剣士「あたしが抜けて、傭兵さんが一緒に行った方が、勇者の力になれるわよね、きっと……」

魔剣士「だってあたしは、もう……」

コンコン

勇者「魔剣士、いる?」

魔剣士「……いるわ」

勇者「ごめん、怖じ気づいて帰るのが遅くなった」

魔剣士「いいわよ。悪いのはあたしだもの」

勇者「だからって、手を上げる理由にならないよ。ごめん」

魔剣士「……いいの。勇者の気持ち、痛いくらい伝わったから」

魔剣士「ねえ勇者、扉越しに聞いて」

勇者「うん」

魔剣士「あたしね、弱くなっちゃった」


魔剣士「さっきまでね、魔女と傭兵の三人で魔物を倒しに行ってたの」

魔剣士「……ひどかったわ。ちっとも魔物を倒せなかった。攻撃を何度も外したの」

魔剣士「そのせいで傭兵を怒らせちゃうくらい。せっかく仲間になってくれそうな人だったのに」

勇者「僕はあの人を仲間にするつもりないよ」

魔剣士「どうして? あたしより強いのに」

勇者「もし、傭兵さんが魔剣士より強くても、仲間にはしない」

勇者「何日か一緒にいてわかった。あの人の強さは自分のためだけにある。他人はもちろん、仲間のために振るわれる強さじゃないよ」

魔剣士「言ってること、よくわからないわ」

勇者「魔剣士は最初からわかってることじゃないかな。言葉にしてこなかっただけでさ」

魔剣士(かばわれてる、のかしら。幼馴染だから? 弱いあたしにも、情はわくものね……)

勇者「魔剣士?」

魔剣士「何でもないわ。……いいの。あたしは平気よ」

勇者「……それなら、いいんだけどさ」


    ◇夜

魔女「勇者くん、それは本気かしら?」

司祭「もしばれれば魔剣士の信頼を失うぞ」

勇者「それでもやる。魔剣士の心を助けるためなら、僕は嘘つきにだってなるよ」

勇者「僕が魔物に殺されそうなところを、魔剣士に助けさせる。僕には魔剣士が必要なことを思い出してもらう」

勇者「二人とも気は進まないと思う。だから協力はしなくていい。でも黙っていて」

勇者「自作自演だとしても、こんな形しか僕には思いつかない」


    ◇数日後

司祭「やれやれ、どうにか路銀は確保できたか」

勇者「といっても余裕はないけどね。船だって、貨物を運ぶついでに乗せてもらって、その代わりにと値引きしてもらったんだし」

女傭兵「あと二日、か。そこであんたらとはお別れだよ。世話になったな」

魔女「港までついてきたけど、あなたも別の大陸に行くのかしら?」

女傭兵「南の大陸に行くつもりだよ。魔王がいるっつう噂の開拓地から離れると魔物が弱くなるらしいから、前は興味なかったんだけどな」

司祭「それがいまさら、どうして行く気になったんだ?」

女傭兵「勇者と魔剣士はそこで戦い方を教わったんだろ? 騎士団の強さでも見てこようかと思ってな」

勇者「行ったところで戦えないと思うけど」

女傭兵「挑まれた勝負からは逃げられないだろ? 騎士の誇りっつうもんがあるんだからさ」

魔剣士「……団長さんたちが不憫ね」

勇者「僕と魔剣士は恩があるし、できればやめてほしいかな」

女傭兵「勇者があたしと戦ってくれるなら考え直すぜ?」

勇者「あー、まだ僕と戦いたいのか……勘弁してほしいな」

魔剣士「させないわ」

司祭「む?」

魔剣士「あなたと勇者は戦わせない」

女傭兵「――――へえ? ま、あんたがそう言うなら好きにすればいいさ」

勇者「魔剣士、相手しなくていいよ。どうせ僕は断るんだしさ」

魔女(魔剣士ちゃん……)


    ◇夕方

勇者「話って何?」

魔女「魔剣士ちゃんのことよ? わかってるでしょう?」

勇者「まあ、ね。そうじゃなければ良かったんだけど」

魔女「……魔剣士ちゃん、明日、傭兵ちゃんと戦うつもりよ?」

勇者「え? どういうこと?」

魔女「依頼の報酬を全てあげるから、代わりに戦えって言われていたのよ?」

勇者「魔剣士は、なんて?」

魔女「受けて立つみたいね?」

勇者「……二人とも、何を考えてるんだよ。魔剣士が本調子じゃないのに、戦ってどうするのさ」

魔女「ごめんなさいね、言うのが遅れちゃって。わたしもどうしたらいいか、ずっと考えていたのよ?」

勇者「謝らなくていいよ。僕だって、神性のことがなければ止めなかっただろうから」

勇者「――――魔女さん。今夜、魔剣士の相手をよろしくね」

魔女「勇者くんは?」

勇者「司祭さんと一緒に傭兵さんのところへ行ってくる」

魔女「……戦うのかしら?」

勇者「今の魔剣士と戦うことは認められない」


    ◇夜

勇者「だから、代わりに僕が相手をするよ」

女傭兵「はん、戦ってくれるならどっちでもいいさ。今の勇者の方が手応えはありそうだけどな」

勇者「君の期待には添えないと思うけどね」

女傭兵「ずいぶんと謙遜するじゃねえか」

勇者「謙遜? 真逆だよ」

勇者「傭兵さんは、自分が勝てる程度の強者を求めてるんでしょ。――負ける戦いはお望みじゃない、僕はそう思っていたけど?」

女傭兵「……言ってくれるじゃねえか。負けた後、吠え面かくなよ!」

司祭「二人とも落ち着け。確認するが、勇者の得物は木剣、魔法は使わない」

司祭「傭兵の得物は刃の潰れた練習用の大斧。勝敗は私が決める。それに異存はないな?」

女傭兵「あたしはないね。そんなひょろっちい武器を負けた理由にしないなら、なんでもいいさ」

勇者「ごたくは並べなくていい。司祭さん、はじめてよ」

司祭「頼むから怪我はしてくれるな。――――はじめ!」

女傭兵「うらあ!!」ブォンッ

勇者「……」スッ

女傭兵「んだよっ、向かってこねえのか!?」ブンッ!

勇者「やっぱり受けるんじゃなかったな」スッ

女傭兵「いまさら泣き言かよ!」

勇者「泣き言? 傭兵さん、さっきから誤解が多いね」

勇者「こんなつまらない戦い、受けなきゃよかったと嘆いてるだけなのに」ガッ

女傭兵「ちっ……てめえ……」

女傭兵(斧を振り上げきった時を狙って、肘を打ってきやがった!)


勇者「腕が痺れただろうに、武器を落とさなかっただけ凄いね」

勇者「……でもそれだけだよ。武器に振り回されるような人に、僕や魔剣士が負けるわけない」

女傭兵「うるせえ! 勝負はまだこれからだ!」ギュッ

勇者「僕の忠告を聞いてた? 片手持ちで、しかも柄の末端をつかむなんて、勝負を捨てるつもり?」

女傭兵「だっ、らあ!」ブンッ!

勇者「刃が潰れていても、これなら当たりどころによっては死ぬかな」スッ

勇者「当てられるつもりはないけどね」

女傭兵「ごちゃごちゃうるさいんだよ!」ブォンッ

勇者「…………二の剣、空縫い」

女傭兵「ぐっ」ガシャン

勇者「武器を落とした。僕の勝ちだね」

女傭兵「まだだ! 武器さえ拾えば……っ」ズキッ

勇者「腕、痺れたままでしょ。今回はそれなりに強く打ったからね」

女傭兵「くっ……そ!」

女傭兵「あたしはまだ弱いのかよ! 早く、早く強くならなきゃいけないってのに!」

勇者「傭兵さん。あなたは何のために強くなろうとしているの?」

女傭兵「……自分のために決まってるだろ。勇者だってそうじゃねえのかよ」

勇者「僕は違う」

女傭兵「なら世界のため、魔王を倒すためってか? おべんちゃらでも言ってやるよ、すばらしいこころざしですね!」

勇者「そういうのでもないよ。僕はただ、魔剣士を守れるくらいの力が欲しかったんだ」

女傭兵「強くなる理由を他人に求めんじゃねえよ。反吐が出る」


勇者「傭兵さんの言うことは正しいのかもしれない。でも、僕だって自分の理由は間違ってないと思ってる」

女傭兵「けっ」

勇者「――――強くなければ、命を奪う資格はない。こんな言葉が伝わる部族なら、考えは僕寄りなんじゃないのかな」

女傭兵「どういうことだよ?」

勇者「言わないつもりだったけど、餞別として教える」

勇者「命を奪われる相手にも、色んな事情や気持ちがあるはずなんだ。子供が餌を待っている。狩りのやり方を見せなきゃいけない」

女傭兵「…………」

勇者「動物たちの抱える色んなことを踏みにじって、僕たちは動物を殺す。その肉を食べ、皮をはぎ、骨を砕いて肥料にする」

女傭兵「それがどうしたんだよ。そんなの、負ける方が悪いんだろ」

勇者「だとしても、僕たちは共生できなければ、いつかどちらも絶滅してしまう」

勇者「僕たちは強くなきゃいけない。家族を守るために、動物を狩る強さが必要だった」

勇者「動物を殺しすぎないために、無駄に傷つけることなく殺す技術が必要だった」

女傭兵「そんなの、建前だろ」

勇者「かもしれない。それでも、そんな強さは間違いだと断じれば、部族は集団じゃいられない。君の部族にだって、弱い人はいたはずだよ」

女傭兵「それは……でも……」

勇者「傭兵さんの考えが間違いだとは思わないよ」

勇者「けど、その生き方は他人と切磋琢磨することはできても、手を取り合うことはできない。どこまでも、一人で生きることになる」

勇者「それは部族としての生き方じゃない」

女傭兵「…………あたしは、族長の娘だったんだよ」

女傭兵「だから誰よりも強くなった。親父から斧も受け継いだ」

女傭兵「でも次の族長に選ばれたのは、あたしより弱い、皆から慕われる男だった」

勇者「傭兵さんは皆を見返してやろうと強さを求めてたの?」

女傭兵「そうだよ。あたしの考え方がダメなんて、思ってもみなかった」

女傭兵「親父はひどいよな。戦い方だけじゃなく、そういう心構えも教えてくれたっていいじゃないか……」


    ◇翌日

魔剣士「ちょっと出かけてくるわ」

勇者「一緒に行こうか?」

魔剣士「ううん、いい。お昼過ぎには帰るもの、それまで待ってて」

勇者「わかった。いってらっしゃい」

ガチャ、バタン

司祭「……ふう。これでひとまずは安心か」

魔女「待ち合わせの場所には誰もいないものね? 待ちぼうけすることになる魔剣士ちゃんがかわいそうかな?」

勇者「そこはちょっと罪悪感あるよ。でも余計なこと言うと、僕が何かしたってばれるだろうし」

魔女「あの傭兵の子、もう魔剣士ちゃんと戦おうとしないのよね?」

司祭「そう約束してくれたからな。これから親元に戻って、族長にはなれずとも一からやり直すと言っていたが」

勇者「どちらにせよ、あとは魔剣士の神性を回復させるだけだね」

勇者「開拓地の向こうに何があるかはわからない。せめて万全の状態で挑まないと」


    ◇翌日

魔剣士「ちょっと出かけてくるわ」

勇者「一緒に行こうか?」

魔剣士「ううん、いい。お昼過ぎには帰るもの、それまで待ってて」

勇者「わかった。いってらっしゃい」

ガチャ、バタン

司祭「……ふう。これでひとまずは安心か」

魔女「待ち合わせの場所には誰もいないものね? 待ちぼうけすることになる魔剣士ちゃんがかわいそうかな?」

勇者「そこはちょっと罪悪感あるよ。でも余計なこと言うと、僕が何かしたってばれるだろうし」

魔女「あの傭兵の子、もう魔剣士ちゃんと戦おうとしないのよね?」

司祭「そう約束してくれたからな。これから親元に戻って、族長にはなれずとも一からやり直すと言っていたが」

勇者「どちらにせよ、あとは魔剣士の神性を回復させるだけだね」

勇者「開拓地の向こうに何があるかはわからない。せめて万全の状態で挑まないと」


    ◇町外れ

女傭兵「よう、遅かったじゃねえか」

魔剣士「時間ぴったりだもの、文句は言わないでくれる?」

魔剣士(これから戦うっていうのに、ぜんぜん意気込んでないみたい。今のあたし相手じゃ、しょうがないのかしらね……)

女傭兵「ふぁ~あ。さて、どうしたもんかな」

魔剣士「勇者に見つかる前に終わらせたいの。早く用意してくれる?」

女傭兵「悪いが、あんたと戦うって話はなしだ」

魔剣士「……どういうこと? あなたが持ちかけた話じゃない」

女傭兵「仕方ねえだろ。勇者のやつがやめろと言ってきたんだよ」

魔剣士「勇者が?」

女傭兵「昨夜の話だぜ、知らなかったか? ……ああ、きっちり魔剣士には隠してたってことか。だから会うなってわけね。そういう了見か」

魔剣士「一人で納得しないで。勇者に何を言われたのよ」

女傭兵「あんたの代わりに自分が相手になる、とさ。で、負けたあたしは、あんたに会わないよう言われてたわけさ」

魔剣士「……昨日の夜、司祭とお酒を飲むって話は嘘だったのね」

女傭兵「ずいぶん怒ってるじゃねえか。一応、勇者の奴はあんたのためにあたしと戦ったんだぜ?」

魔剣士「あたしはそんな優しさ欲しくない!」

女傭兵「…………」

魔剣士「……ごめんなさい。あなたに怒鳴ることじゃないわよね」

女傭兵「ま、あたしの行動が原因だからな。それくらいは我慢するさ」


魔剣士「――勇者から会うなって言われたのよね? なら、あなたはどうしてここにいるの?」

女傭兵「気に入った奴に、別れの挨拶くらいしてってもいいだろうさ」

魔剣士「傭兵とそこまで親しくした覚えはないわ」

女傭兵「あたしゃ強い奴が好きなんだよ。過ごした時間なんて関係ねえな」

魔剣士「……そうね。そうだったわ。あたし、ずっと自分を見失っていたみたい」

女傭兵「あん?」

魔剣士「あなたが最初に戦いを申し込んだのは、あたしだった。断ったし、弱い部分も見せたのに、それでも申し込んできた」

女傭兵「ったりめえだろ。それは、」

魔剣士「あたしが強いから」

女傭兵「……へっ、なんだよ。わかってるじゃねえか」

魔剣士「でも忘れていたのよ。今の今まで。あたしは勇者を守る剣になると決めたのに」

女傭兵「勇者の野郎と同じこと言うんだな。あいつもあんたを守りたいんだとよ」

魔剣士「好きにしたらいいわ。でもあたしは守られる女になりたくない。背中を見ているつもりはないの」

魔剣士「あたしはいつだって勇者の隣にいる。魔物がいれば前に出て、勇者より早く剣を振るう」

魔剣士「あたしは誰よりも強くなる。勇者の剣でいるために」

女傭兵「へえ……いい目をするじゃねえか。ぞくぞくする」

魔剣士「あなたのおかげだわ。目が覚めた。いくらお礼を言っても足りないくらい」

ジリッ

魔剣士「だからこれはそのお礼よ。あたしと戦いたいのなら、全力で打ち負かしてあげる」

女傭兵「へっ……ちょっと元気が出たくらいで、あたしに勝てると思われたくねえな!」


    ◇宿

魔女「あら? 魔剣士ちゃん、おかえりなさい?」

司祭「思ったより早かったな。用事とやらはもう……」

司祭(魔剣士、か? 昼前と雰囲気が違う)

魔剣士「勇者」

勇者「おかえり。……? どうしたのさ、怖い顔して」

魔剣士「傭兵に会ったわ。それだけ言えばいいかしら」

勇者「――――そっか。ごめん、余計なことをしたかな?」

魔剣士「それはもういいの。あたしの心が弱かったせいだから」

魔女「魔剣士、ちゃん?」

魔剣士「だとしても、勇者は忘れているようだから思い出させてあげる」


魔剣士「あたしは勇者よりも強いんだって」


勇者(強い眼差し。僕が何かをしなくても、自信を取り戻せたみたいだ)

勇者(……なら、僕だって黙ってるわけにはいかない)

勇者「へえ。元気になってくれたのは良いけど、そんなおかしなことを言われるとは思わなかった」

勇者「魔剣士が僕より強い? とんだ思い上がりだよ」

魔剣士「口では何とでも言えるじゃない」

勇者「お互いにね」

魔剣士「それでもあたしは言わせてもらうわ」
勇者「それでも僕は言わせてもらうよ」

魔剣士「あたしは勇者より強いんだって」
勇者「僕は魔剣士より強いんだって」


    ◇壁外

  魔女「司祭くん、二人を止めて?」

  司祭「無茶を言うな……ここに来るまで、私たちの言葉に一つも耳を貸さないんだぞ?」

  魔女「二人の間に立ちはだかるとかあるでしょう?」

  司祭「私に死ねというのか? 結界<グレース>さえ突き破りそうな雰囲気なんだぞ」

勇者「外野がうるさいな。別についてこなくてよかったのに」

魔剣士「もう負けた言い訳を探してるの? なら戦わないであげましょうか?」

勇者「まさか。戦いたくないのはそっちでしょ」

魔剣士「笑えない冗談だわ。勇者を倒したい気持ちなら、魔王にだって負けない自信があるもの」

勇者「……そこまで言うなら手加減はしない」

魔剣士「だから勇者は甘いのよ。手加減してあたしに勝とうだなんて、ね」

勇者「……」ジリッ
魔剣士「……」ジリッ

魔剣士「…………はっ!」ブンッ

勇者(早い)カンッ

勇者「炎魔<フォーカ>! 雷魔<ビリム>!」

魔剣士「食らわないわよ!」ジャリッ

勇者「避けるか。なら――――」

魔剣士「やっ!」

勇者「風魔<ヒューイ>」

魔剣士「!?」バッ

魔剣士(木剣が弾かれた?)


勇者「魔剣士相手に魔法を使っても避けられるからね」

勇者「なら、避けられないように使えばいい」

  魔女「自分の体に風魔<ヒューイ>を張り付けたみたいね? 金属の剣ならともかく、あれじゃ木剣は弾かれるかしら?」

  司祭「のんきに解説している場合か! 始まってしまったんだぞ!?」

  魔女「司祭くんはもっと落ち着きなさいね? ……二人の隙をついて氷魔<シャーリ>で足を固めるつもりよ? だから今は黙っていて?」

魔剣士「……あまり時間をかけると邪魔が入るみたいだわ」

勇者「好きにさせればいいよ。僕が勝つことに変わりはないんだから」

魔剣士「ちょっと攻撃を防いだくらいで、調子に乗らないで!」ダッ

魔剣士(いくら風をまとったところで、木剣での突きなら破れる……!)

勇者「氷魔<シャーリ>」

魔剣士「っ!」ガキッ

魔剣士(体を氷で覆った?)

勇者「魔剣士の考えくらいお見通しだよ!」ババッ

魔剣士「こ、の……!」カッ、カンッ

勇者「攻め込むのは得意でも、攻め込まれた経験はほとんどない。それが魔剣士の敗因だね」

魔剣士「勝手に決めつけないで!」

勇者「氷魔<シャーリ>。高炎魔<エクス・フォーカ>」

  司祭「霧が……?」

  魔女「氷魔法を炎で蒸発させたみたい……面白い使い方かしらね?」

魔剣士(背後!)ブンッ

勇者「…………三の剣、影払い」

魔剣士(右足を払われた……っ)グラッ


勇者「…………逆手。影踏み」ブンッ!

魔剣士「そこまで、食らわないわよ!」ドンッ

勇者「くっ……」バッ

魔剣士「いたた――体当たりなんて、久々にやったわ」

勇者「こっちはあれで終わらせるつもりだったけど、ね」

魔剣士「あんな技の使い方じゃ、勝てるわけないわ。忘れたの? 勇者は踏み込みが甘いのよ」

魔剣士(……強がっても、追い込まれているのはあたし。払われた右足は感覚がないもの)

勇者「忘れてないよ。魔剣士の言葉は覚えてる。足りない距離は魔法で補えばいい」

勇者「氷魔<シャーリ>、雷魔<ビリム>」

魔剣士(光が、乱反射してる? まぶしくて、目が……!)

魔剣士「っ! そこっ」ブンッ

勇者「どうして目が見えない状態で僕の剣を防ぐかな!」カッ

魔剣士「言った、でしょ。あたしは勇者より強いからよ!」

魔剣士(右足……まだ感覚が戻らない)

勇者「なら、防げなくなるまで何度でも繰り返す」

勇者「氷魔<シャーリ>、高雷魔<エクス・ビリム>」

魔剣士「同じ手を何度も……!」

勇者「油断したね?」

魔剣士(雷……氷を避けてこっちに!)バッ

勇者「右足が動かないのはわかってる。これで終わりにする!」ブンッ


魔剣士「――――右足が動かせない、なんて誰が言ったかしら?」ダンッ

魔剣士(地面を踏んだ感覚はない……けど!)

魔剣士「やあ!」カンッ

勇者「くっ……氷魔<シャーリ>!」

魔剣士「そこで守りに入るからダメなのよっ!」ブンッ!

勇者(読み違えた! 氷で守った肩じゃなく、僕の手首を……!)カラン

  司祭「勇者が剣を落とした!」

  魔女「よかった……これで終わりよね?」

魔剣士「――――まだよ!」

勇者「こっ、の!」グッ

魔剣士(……懐かしい。そう思っちゃダメかしら)

魔剣士(旅に出たばかりの頃、こんな風に戦った時に、勇者は自分から剣を捨てて私を倒しに来た)

魔剣士(あの時の焼き直しになったのは、偶然? それとも……)カラン

  魔女「魔剣士ちゃん、剣を捨てて……?」

魔剣士「…………無手。右目遮り」ゴッ

勇者「っ!?」ガクッ

勇者「げほっ、ごほっ! ……かはっ」ピチャ

  司祭「っ、馬鹿が! 吐血するまでやる奴があるか!」ダッ

  魔女「勇者くん!?」

勇者「来るな!」

勇者「……来ないで。まだ勝負は終わってない」

魔剣士「終わりよ。首に剣をあてがっているもの。あたしは、勇者の首を落とすだけの余裕があった」


勇者「くっ……」ヨロ、、、

勇者「どうして、だよ」ギュッ

勇者「魔剣士が苦しんでいる時くらい、僕が守らなきゃと思った」

勇者「魔物と戦う時、僕はいつも魔剣士の背中を追いかけてる。だから今くらい、そう思ったんだ」

勇者「なのに魔剣士は、どうしてそれさえ許してくれないんだよ……!」

魔剣士「バカ。守ってもらえて、嬉しくない女がいると思うの?」

魔剣士「勇者があたしのために動いてるって知って、あたし、とても嬉しかった」

勇者「なら!」

魔剣士「でもっ!」

魔剣士「……それならこそこそせず、堂々とあたしの前に立って欲しかった」

魔剣士「あたしのために勇者が傷ついても、あたしはお礼さえ言えないのよ? そんなのってある?」

勇者「僕がはっきり魔剣士を守れば、魔剣士は守られてる自分を責めると思った。違うかな?」

魔剣士「違わない。勇者の背中を見ながら、自分は役立たずだって悔しがるわ」

勇者「……なら、僕が間違ってるわけじゃない気がする」

魔剣士「それでもダメなのよ。きっと」

魔剣士「勇者はあたしの前に立つべきだったの」

魔剣士「弱音をこぼすなら唇を塞いで、逃げようとするなら抱きすくめて、無理矢理わからせればいいんだわ」

魔剣士「勇者は、どんなあたしでも離さないんだって」

勇者「…………そっか。次があるなら覚えとくよ」

魔剣士「もうないわ。あたしはもう、自分の弱さと強さを疑わない」

魔剣士「…………ねえ勇者。怪我、大丈夫?」

勇者「駄目かも。右手首は折れてるし、さっきから呼吸するだけで内蔵が痛い。司祭さんに治してもらわなきゃ」

魔剣士「ううん、いい。あたしが治す」


魔剣士(何でかしら。あたしの神性は落ちてるから、回復魔法の効果は弱くなっているのに……きっと治せる、そんな自信がある)

魔剣士「――――高回復<ハイト・イエル>」ポォ

勇者「…………」

魔剣士「どう?」

勇者「痛みがすっかり消えた。右手は普通に動かせるし、呼吸をしても苦しくない」

魔剣士「そう。良かった」

魔剣士「……本当に、良かった」グスッ

勇者「泣かないでよ。僕に勝ったんだから笑えばいいでしょ」

魔剣士「だって……だってっ」

勇者「――――魔剣士はもう、ほとんど神性を取り戻しているよ」

魔剣士「どういう、こと?」

勇者「色んな人に聞いてみたんだけど、神性ってどうも心の強さによって増減するみたいなんだ」

勇者「動揺したり不安になれば神性は下がる。でも心をしっかり強く持てば、神性は元通りになるよ」

魔剣士(あ……理非の鎧の時も、だから神性が上下して?)

勇者「だから焦らないで。魔剣士が元気じゃないと、僕まで落ち込んじゃうよ」

魔剣士「ユウ、者……ぐすっ、ぅぁぁ……!」ボロボロ

勇者「泣くなら胸を貸すよ。オサナの泣き顔、他の誰にも見せたくない」

今日はここまで。
これでおよそ2/3です、残りも引き続き読んでいただけたらと思います。


――――恋する魔剣

司祭「…………」ジーッ
魔女「…………」ソワソワ
勇者「…………」ゴクッ

魔剣士「……三人とも、あたしを凝視するの止めて。気が散る」

魔剣士(まったく、何が勇者は過保護だー、よ。魔女も司祭も変わらないじゃない)

魔剣『――――』

魔剣士「……大丈夫、よね」ピトッ

魔剣『――――』

魔女「喋らない、みたいね? ふふ、安心しちゃったな?」

司祭「しかし何だろうな、この気持ちは。初めて歩こうとする赤子を見ている時が近いか?」

勇者「すっごい失礼なこと言ってるね。魔剣士に剣でひっぱたかれて骨が折れちゃうよ?」

魔剣士「…………」

勇者「魔剣士、どうかした? ずっと黙ってるけど」

魔剣士「ふふ……ふっふっふ……やったわ! これでまた魔剣を使えるのね!」

魔剣士「待たせちゃってごめんね! これからはたくさん血を吸わせてあげるからね!!」ホオズリ


勇者・司祭・魔女「…………」

魔剣士「……何よ三人とも。冗談に決まってるでしょ」

司祭「嘘だな。目が本気だった」

魔女「魔剣士ちゃん、ずっと前からアレな子だとは思ってたけど、本当に駄目みたいね?」

魔剣士「アレって何よ! というか勇者も同じようなこと思ってるの!?」

勇者「あー、ごめん。僕は何も見なかった。聞かなかったから」

魔剣士「目をそらすのやめて! あたしの目を見てしっかり言って!」

勇者「あー、うん。そうする」

勇者「――――あのね、魔剣士。僕は魔剣士のことが」

魔剣士「なにか違うこと言おうとしてるわよね!?」

司祭「平和だな」

魔女「そうね?」

司祭「あの二人を見ていると、この前の決闘に私たちはどうしてついていったのかを考えさせられる」

魔女「司祭くん、言わないで? わたしたちが帰ったことさえ気づかないこと、思い出したら悲しくなっちゃうな?」

勇者「……あのさ。そうやって何度も僕らを責め立てるの、やめてくれないかな?」


――――閑話8

魔剣士「魔女と司祭の弱みを握るわ」

勇者「急に何を言い出すかな……」

魔剣士「勇者は気にならないの!? 来る日も来る日も同じことでからかわれて!」

勇者「そうは言っても、僕と魔剣士が戦った後、二人が帰ったのもわからなかったのは事実だし」

魔剣士「事実だからって何度も蒸し返されるのはイヤなの!」

勇者「それにしたって弱みを握らなくてもさ」

魔剣士「勇者が乗り気じゃないならあたしだけで探すわ。もう我慢の限界よ」

勇者(魔剣士を一人にしたら事態がこじれそうな気がする……)

勇者「そういうことならわかったよ、僕もついていくから」


    ◇市場

魔女「司祭くん?」

司祭「駄目だ」

魔女「わたし、まだ何も言ってないのにな?」

司祭「余計な物を買おうとしているんだろう? 駄目だ」

魔女「余計かしらね? ほら、きれいなヤギの頭蓋骨なのよ?」

司祭「手に取るな。私に見せるな。そんな物は買わない」

魔女「うーん、司祭くんってケチだなあ?」

司祭「忘れているようだから言っておくが、私たちはまだ金欠なんだ。船代だけでも出費がかさんだし、無駄遣いする余裕はない」

魔女「でもね司祭くん? 一見無駄なものに囲まれた生活で、人間は豊かになっていくのよ?」

司祭「そんな理論は私の人生に存在しない。節制に努め、堅実に生き、質素な毎日を送る」

魔女「ふふ、司祭くんらしいのね?」

司祭「褒め言葉のつもりか?」

魔女「そのつもりよ? 尊敬する、って言ってるのにな?」


勇者「やっぱりこそこそ付け回るのは気が進まないな」

魔剣士「何よ、あたしの神性が下がって困ってる時は、こそこそと動き回ってたじゃない」

勇者「あの時は必要だと思っていたからね」

魔剣士「二人の尾行はあたしにとって必要なの。わかって」

勇者「いや、だってさ。もし見つかったら、二人の楽しみに水を差すことになるし」

魔剣士「ばれなきゃ大丈夫でしょ?」

勇者「その自信はどこからくるのさ……」


司祭「やれやれ、騒がしいことだ」

魔女「何の話かしら?」

司祭「暇な二人組のことだ」

魔女「んー? その子たちはきっと、そういうお遊びも楽しめる年頃なのね? 見守ってあげましょ?」

司祭「だが、こちらが気遣って二人にしてやった意味がないだろう」

魔女「ふーん、ひどいのね? わたしと一緒にいても楽しくないなんて……」

司祭「何も書かれていない言葉の裏を読もうとするな。私もこれはこれで楽しんでいるんだ」


――――空までの距離

室長「勇者さん! お待ちしていました」

勇者「こちらは変わりないようですね。安心しました」

室長「ええ。ですが東は大変だったのでしょう? お話は伺っています」

勇者「……すみませんでした。もう聞いてはいるでしょうけど、みなさんと作った飛行機を守れませんでした」

室長「いいえ。むしろ我々としては誇り高いくらいです」

勇者「それはどうして?」

室長「飛行中に魔物から襲われたにも関わらず、勇者さんたちに怪我をさせることなく、地面に不時着できたのです」

室長「自分たちの技術に自信が持てました」

勇者「――――そう、ですか。なら良かった」

室長「それにあれは試作機。我々が目指す量産のための礎にはなりましたし、壊れた試作機には別の生き方が与えられるようですよ?」

勇者「どういうことですか?」

室長「こちらの王と東の女王が話し合った結果、壊れた試作機は東の城下町で展示するそうです」

室長「勇者さんが命を賭してでも国を守ろうとした証にするとか」

勇者「……こう言うとよく思われないでしょうが、止めてほしいですね。今後、二度と東の大陸に行けなくなります」

室長「はは、いいじゃありませんか。ちやほやされるのも英雄の仕事です」

勇者「僕の柄じゃないんですよ。もてはやされるのって」


室長「さて……勇者さんがここを離れてから、魔石の出力を上げるなどいくつかの改善は行っています。おそらく崖は越えられますよ」

勇者「本当ですか? 助かります」

室長「ただ試験飛行の回数が少ないんですよ。技研の人間はどうも操縦が下手ですし」

室長「かといって操縦できそうな人は、操作方法をいまいち覚えてくれませんで……」

勇者「あー……もうちょっと操縦系統を簡略化しないとですね。僕も操縦していて、不便なところはいくつかありましたし」

室長「そこはおいおい調整するとしましょう」

勇者「いつになるかわかりませんけどね」

室長「勇者さんが魔王を倒した後にでも、技研に来てもらえればいいんですよ」

室長「……救世の勇者を独占なんてしたら、王は方々から文句を言われるでしょうが」

勇者「魔王を倒した後のことは考えてませんでしたけど、やっぱり自由はなくなりそうですね」

室長「存在だけでも政治的な意味を持ってしまうでしょうしね」

室長「上手に立ち回る必要は出てきますか。不敬かもしれませんが、我らの王も勇者さんを狙っていますしね」

勇者「そうなんですか? いざとなったら、名前を偽ってのんびり暮らすことも考えたいですね……静かに暮らせれば、それでいいですし」

室長「では静かな暮らしのため、今できることを頑張りましょう。旅の疲れもあるでしょうから、試験飛行の準備だけ進めておきますよ」

勇者「お願いします。あ、改善箇所ってまとめてありますか? 飛ぶ前に目を通したいですね」

室長「勇者さんはなんというか……旅人にしておくのがもったいない人ですよ」


    ◇仮住まい

魔剣士「しばらく放っておいたのに、ホコリの一つも落ちてないわね」

司祭「勇者の仮住まいだからと気を使われたのかもな。ありがたいことだ」

魔女「ふふ、善意だけならいいけれどね?」

司祭「どういう意味だ?」

魔女「囲い込むなら足場から、ということかしら?」

魔剣士「何よそれ。意味がわからないわ」

魔女「勇者くんが教えてくれると思うのよ? ねー?」

勇者「……まあそうだね。今のうちに言っておこうか」

魔剣士「何よ、何の話?」

勇者「まずね、ここはもう仮住まいじゃない。僕名義の家になってる」

    ◇勇者の家

魔剣士「――――はい?」


勇者「本当に迂闊だった。正直、奴隷を売買してた貴族のこともあったし、西の王からは疎まれてると思ったから……」

司祭「私たちにわかるように説明してくれ。どういうことだ?」

勇者「勇者は手元に置いておくだけで色々と役に立つでしょ? 外交でも政治でも、ちょっとした手札に利用できる」

勇者「だから住まいとか居心地のいい働く場所を与えて、手元に置こうとしてるみたいなんだ」

魔女「ふふ、やっぱりね? 飛行機を作っている時から、待遇が良すぎると思ったもの」

勇者「教えてくれたら良かったのに……そしたらもっとうまく立ち回ってたよ」

魔女「つーん。だって勇者くんってば、飛行機を作るか魔剣士ちゃんといちゃいちゃしてばっかりなんだもの。魔女ちゃんは拗ねちゃったのよ?」

司祭「自分の名前をちゃん付けするな。鳥肌が立つ」

魔剣士「もう文句を言うのも疲れたわ」

勇者「まあ、そういうわけでさ。皆も気をつけた方がいいよ」

勇者「気がついたら騎士団長だの教会の大司教だの魔術顧問だのの役職を与えられかねない」

勇者「ちなみに僕は、新しく創設する技研の室長とかいう立場を与えられそうになって、今さっき断ってきた」

司祭「そこまで徹底しているなら、もはや笑えてくるな」

魔剣士「あたしはひたすら腹が立つわ。勇者のことをちっとも見てないじゃない」

魔女「魔剣士ちゃんって、本当に勇者くん思いよねえ?」


勇者「魔女さん、おちゃらけるのは後でね」

勇者「そういうわけで、新しい飛行機の試験が終わり次第、すぐに出発したいんだ」

司祭「いつ頃になりそうだ?」

勇者「二週間くらいだと思う。それまでに食料とか必要なものを用意しておかなきゃ。……お金、足りるかな」

魔女「ふふ、西の王におねだりする?」

魔剣士「絶対にしないわよっ。勇者をどうするかわかったものじゃないわ!」

勇者「いや、うん……西の王も悪人ってわけじゃないけどね。利益とか効率至上主義なだけでさ」

司祭「浪費家な魔女あたりには良さそうだしな。金払いもそこまで悪くないだろう」

魔女「でもわたしってお嫁さんになるのが夢だから、真面目に働く気はないのよ?」

勇者「何その夢。初めて聞いたんだけど」

魔剣士「浪費家の妻とか誰が望むのよ」

司祭「だいたい魔女は料理がいまいちだろう」

魔女「ぐすん――――みんなひどいのね? 結婚してすぐ倦怠期になる呪いをかけちゃうんだからっ」


    ◇出発

勇者「こうして飛び立つのは二度目ですね」

室長「今回も帰りを待ってますよ、『室長』?」

勇者「誰から聞いたんです、それ……」

室長「王が色んなところで言いふらしてますよ? 勇者さんは断ったことを伏せてるようですね」

勇者「僕が戻りたくない理由を増やさないで欲しいんですけどね。技研で聞きたいことはたくさんありますし」

室長「王にその苦情を伝えておきますよ。耳に入れてはくれないでしょうけど」

魔剣士「もう、いつまで話してるのよ。どうせ一度は戻ってくるんだもの、話はその時に取っておきなさいよね」

室長「おやおや、勇者さんは早くも尻に敷かれてますね」

勇者「今まさしく尻に敷かれてる室長には言われたくありませんね」

室長「…………」
勇者「…………」

室長「では、またいつか」グッ

勇者「ええ、いってきます」グッ


    ◇飛行中

魔剣士「ここから崖まで一直線に行くの?」

勇者「疲れちゃうからそれは無理かな。一度、開拓地の手前にある町で下りて、一晩休んでから出発するつもり」

司祭「こうして座っているだけでも体が痛くなるしな。急ぐ理由がないのだし、万全を期してもいいだろう」

魔女「…………」Zzz

魔剣士「魔女ってばずっと寝てるのね。気持ち悪くならないのかしら」

司祭「呪いで寝ているからな。解呪するまでは起きないぞ」

勇者「え、そうなの? 何でそんなことしたのさ」

司祭「寝ていれば酔わないだろう? よっぽど船や飛行機が嫌いなんだな。出発するまでの間、既存の呪いを必死に調べていたんだ」

魔剣士「魔女の努力の仕方ってなんかおかしいと思うわ」


    ◇開拓跡地

司祭「そろそろ崖が見えてくるか」

勇者「高度は……これなら大丈夫かな。いざとなればもうちょっと高く飛べるし」

魔剣士「いよいよね。崖の向こうってどうなってるのかしら」

勇者「そればっかりは見るまでわからないね。誰も見たことない景色だろうから、ちょっと期待しちゃうな」

魔女「んっ……」Zzz

司祭(隣でもぞもぞされると気が散るな)

司祭「あれは……ようやく見えてきたか」

勇者「高度は問題ないね。このまま飛び越えるよ」

魔剣士(この先に魔王がいるなら、あたしたちの旅はもうすぐ終わる)

魔剣士(旅の終わり、それがようやく見えてきたのよね)

魔剣士(これから何が起きるかはわからないのに、どうしてかしら、ちっとも怖くないわ)

魔剣士(あたしのやることは決まってる。勇者の剣として戦って、勇者と一緒に村に帰る)

魔剣士(生きて帰った勇者はいない、なんて言い伝えはひっくり返してやるわ)

勇者「あれは――――」

司祭「廃れた城のように見えるが……周囲を覆う黒いもやはなんだ?」

魔剣士「何でかしら、胸がざわつく」

勇者「城の周囲は森ばかりだね。これじゃ着陸できない」

魔剣士「あれ……ねえ勇者、城の手前。あそこ、何か建物っぽいのあるわよ?」

司祭「人が住んでいる、のか? この高さからではわからないな」

勇者「崖を越えてすぐの場所は開けているから、そこに着陸するよ。ちょっと距離があるけど、歩いて確認しに行こう」


――――小国の波乱

司祭「驚いたな。本当に人が住んでいるとは」

魔剣士「でも疑いの視線ばかり向けられてるわよ? 話しかけようとしたら逃げられるし」

魔女「司祭くんの見た目って怖いものね? 勇者くんみたいな可愛らしさがないもの?」

勇者「何で僕をけなしてきたのかわからないんだけど」

魔女「ふふ、そんなつもりないのになあ?」

司祭「無駄話は後にしろ。数人がこちらに向かってきている」

魔剣士「歓迎にしては遅かったわね。あまり派手じゃなきゃいいんだけど」

魔女「んー? 魔力から敵意は感じないし、魔剣士ちゃんの期待するような歓迎はないと思うな?」

勇者「とりあえず僕が話を聞いてみるよ。三人は見守ってて」


大臣「ここでは見ない顔ですね。あなたたちは何者でしょう」

勇者「南の大陸、と言ってわかるでしょうか。遠い場所から、崖を越えてこちらにやってきました」

大臣「南の大陸……存じませんね。崖を越えたというのも疑わしい。あれは人の力で越えられるものではありません」

勇者「崖を越えた方法は証明できますが、そこは重要じゃないでしょう?」

大臣「ふむ――失礼、私は大臣と言います。あなたは?」

勇者「勇者と呼ばれています。勇者に関してはご存知で?」

大臣「……噂でなら。では目的は、この村の北にできた城ですね?」

勇者「ええ。僕たちは魔王を倒しにここまで来たんです」

大臣「ならば、こちらへ。私たちの王をお呼びしましょう」

勇者「王、ですか?」

大臣「昔からの慣習です。ここは国で、取り仕切るのは王。どれだけ規模が小さくても、私たちはそう呼んでいます」

勇者「わかりました。謁見の許可を頂き、ありがとうございます」


    ◇議場

魔剣士「話は順調、なのかしら」

勇者「たぶんね。考えていた最悪よりはずっといいかな」

魔女「ふーん? どんなことを考えていたの?」

勇者「言葉は通じない。顔を見るなり敵と認定されて攻撃してくる、かな」

司祭「えらく物騒だな。そんなこと早々と起きないだろう」

魔女「そうでもないのよ? 以前ね、顔を見るなり盗賊扱いされたもの?」

魔剣士「あー、あったわね。言葉が通じないというか、話が通じない感じで」

勇者「僕はそこで女の敵だなんだと罵倒されたよ。ひどい言いがかりだった」

司祭「…………身内の恥だ、忘れてくれ」


?「かかっ、面白い奴らだな」


?「さて待たせたか。なにぶん、大臣の奴がうるさくてな」

勇者「あなたがこの国の王、ですか?」

小王「ああ。つっても村って呼ぶのが相応しいような、小国の王様だがな」

魔剣士「やけに親しみやすい感じの王様ね?」ヒソヒソ

魔女「雰囲気は王様よりも盗賊の親分かしら?」ヒソヒソ

司祭「バカ、聞こえたらどうする。失礼だろう」ヒソヒソ

小王「ははは、聞こえてるぞ。王様らしく処刑宣言とかしてやろうか?」

勇者「それ、冗談が通じない相手には言わない方がいいですよ」


小王「言う相手は弁えるさ。これから腹を割って話す相手なんだ、この程度の軽口を叩けなきゃ、話が進まんだろう?」

勇者「……そうですね。僕もいくつか質問があります」

小王「ならまず質問に答えよう。何が聞きたいんだ?」

勇者「僕たちと同じ言葉を話せるということは、はじめはどこかの大陸で生きていた人たちなんですよね?」

小王「その当たりは国の成り立ちが関係する。ざっくり説明するとだな」

小王「私たちの祖先は革命を起こそうとして失敗、洞窟を通って逃げてきたのがこの地だったんだ」

司祭「革命……? そんな出来事、聞いたことがないな」

小王「昔のことだし、前例があるとわかれば革命を画策する人間も現れる。記録には残さなかったのかもな」

小王「初めて勇者が生まれた頃の話だったか」

魔女「本当に大昔なのね?」

小王「そうだな。洞窟があった周囲は魔王が現れた時に沈み、洞窟は崩落」

小王「私たちは外に出ることさえできなくなり、歴史の闇に埋もれたってわけさ」

魔剣士「ここを国と呼んだり王を名乗るのは、革命に失敗したからってこと?」

小王「ほう、君は冴えてるね。良かったら私の妻にどうだ?」

魔剣士「近寄ったら斬るわ。触ろうものなら腕の一本は覚悟することね」

小王「ははは、気の強い女性だな。実にいい」

勇者「話を続けていいでしょうか?」

小王「ん? ああ、いいぞ。あとは何が知りたい?」


勇者「魔王が現れていると、動物の半分弱が魔物に変わります」

勇者「魔王の居場所に近づくほど魔物は強くなるはずですが、どうやって国を守っているんですか?」

小王「…………そこは私からの要求と重なる話だ。他に質問がなければ話すが、どうする?」

勇者「他に急ぐ質問はありません。話して頂けますか?」

小王「そうか」

小王「――――どうしてこの国が守られているか。それは簡単だ、この国は魔物に襲われないんだ」

小王「魔王は人間を食べるらしい。この国は、魔王が腹を減らした時のために保存されているんだよ」

魔剣士「なんですって?」

小王「今はまだ国民に被害が出ていない。だが時間の問題だろう。いつになるかはわからないがな」

司祭「……対策は、どうしている?」

小王「有効なものは一つもない。私たちは森に隠れ住む魔物を倒す力さえないんだからな」

勇者「逃げようにも周囲は崖に囲まれている。崩落した洞窟は今も閉ざされたまま。他に打つ手はないということですね?」

小王「洞窟の復旧は行わなかった。なにせ元が革命に失敗した罪人が集まって作られた国だからな」

小王「閉ざされたなら都合がいいと考えていたこともある。今では仇となったが」

勇者「現状はわかりました。勇者への要求とはなんでしょうか?」

小王「魔王を倒すという話を、私たちはすぐに承諾できない」


魔剣士「っ……どうしてよ!」

小王「君たちが倒せなかった場合、魔王が約束を反故にし、国を魔物に襲わせるかもしれないからだ」

魔剣士「だからって、何もしなかったら魔王はあなたたちを食べるのよ!?」

小王「わかっている。だから『すぐには』と言った」

勇者「危険が迫るまで、魔王を刺激しないでほしいということですね?」

小王「そうだ。私たちを保護すると言ったのは、魔王自身じゃなく部下のマーリアという魔物だが、その約束に嘘はないからな」

小王「事実、魔王が現れてから今日まで、この国は平和を保っている」

勇者「それは見せかけの平和です」

小王「わかっている。だが私たちは、国民が死ぬ可能性のある策を選ぶわけにはいかない。……そもそも選べる方針など一つしかないんだ」

司祭「私たちが要求を突っぱねたらどうするつもりだ?」

小王「どうもしないな」

司祭「……どういうことだ?」

小王「この国はとにかく人がいない。暮らしていくだけで精一杯だ。私は王を名乗っちゃいるが、普段は農作業に勤しんでいる庶民派なんだ」

小王「当然、兵士なんて大それた人間もいない。自警団はあるが、みんな生産職との掛け持ちさ」

小王「魔物と戦ってきた人間を止められはしないだろう」


勇者「…………事情はわかりました」

小王「そうか」

勇者「ですが、要求に応えられるかは別問題です」

勇者「この国は無事でも、魔物に襲われあわや滅亡かと思われた国もありますから、静観はできません」

小王「いや、いいさ。要求とは言ったが、要求を通すだけの権威がないことは自分でもわかっている」

魔剣士(単純に魔王を倒して終わり、とはいかないものね。どうするのが正しいのかしら)

勇者「王様。一つお願いがあるのですが、聞いて頂けますか?」

小王「申してみろ」

勇者「この国に滞在する許可をください。今後どうするか、話し合う時間が必要です」

小王「それくらいならお安いご用さ。食事の保証はできないがね」

勇者「構いません。ありがとうございます」

今日はここまで。

余談ですが、小国の彼らは西の大陸出身で、初代勇者のころは西と北の大陸がくっついていました。
北の大陸が王制じゃないのに革命ってどういうこと? に対する言い訳じゃありません。
本当です。書き込んでいて気付いたわけじゃないです。

呪いの装備もないのに勇者と良い勝負だった魔剣士強すぎだろ

>>570-573

魔女「――でしょう? 誰の目にも明らかな強さじゃないと思うのよね?」

司祭「それは勇者の前で絶対に言うな。神性が下がった魔剣士のようになられても困る」

司祭「……勇者としての力だって、自分と味方の能力を高める共鳴だしな。だからって弱いわけじゃないが」

魔女「なんでも一通りできちゃうのも悪いのかしらね? 剣で戦えて、攻撃と回復の魔法まで使えちゃうし」

司祭「たいていのことはこなせるが一番になれない、か」

魔女「際立った部分がないものね?」

司祭「だが、癖のある魔女や魔剣士を統率できるのは勇者だけだろう」

魔女「融通のきかない司祭くんや魔剣士ちゃんをまとめられるのは勇者くんだけよね?」

魔女・司祭「…………」



勇者「僕っていったい……」

魔剣士「あの二人、あとでひっぱたいてやるわ」



以下、再開します。


――――祈りは奇跡に届かない

司祭「さて、これからどうするか」

勇者「これまで使ってきた地図と引き替えに大臣さんからお金をもらえたし、この国を見て回るのもいいかもね」

魔剣士「でも王様の話じゃ、ここからでも見える城に魔王がいるんでしょ? あまりのんびりしているのも落ち着かないわよ」

魔女「そうはいっても、すぐ乗り込むって話にはならないものね? 勇者くんと王様の話し合いに期待しましょ?」

司祭「…………すまないが、私は別行動で構わないか?」

勇者「いいけど、どうかした?」

司祭「少し考え事がしたくてな。一人になりたいだけだ」

魔剣士「あら、魔女はつれていかないの?」

魔女「どうしてわたしの名前が出るのかしらね?」

司祭「余計な気を回すな。本当に一人になりたいんだ」


……


司祭「さて」

司祭(蘇生魔法、復活<ソシエ>か。未だに使うことができていない)

司祭(魔王や、王の話に出ていたマーリアという魔物も気になる。何が起きるかわからない以上、復活<ソシエ>は有効な魔法だが……)

司祭「ソシエ」

司祭「……駄目か」

司祭(そこまで難しい構成、というわけでもないんだが)

司祭「極回復<フィニ・イエル>」ポォ

司祭「こちらは使えるというのにな」

司祭(わからない。難しさは同等のはずだが、どうして復活<ソシエ>だけが使えないんだ?)


    ◆魔王城

マーリア「あともう少しで完成、といったところだが」

 ン ィビ「  」
  ェス「  」

マーリア「間に合わなかったか。七日もあればできあがるが、勇者たちが城に乗り込んでくる方が早い、か」

マーリア「しかたない、時間稼ぎくらいは押しつけるか」

……


マーリア「魔王、いるな?」

開拓者「    」

魔王「――――」グチュ、クチャ

マーリア「また食事中か。食欲旺盛なことだな」

マーリア「だがその食事は中断されるだろう。もうすぐ勇者が訪れる。戦わなければいけないからな」

マーリア「足止めは期待するな。俺は今、自分の仕事に忙しいんだ。自分の身は自分で守れ」

マーリア「それさえイヤなら、魔物を生み出して勇者の相手をさせるんだな」


魔王「――――」クッチャ、、、

魔王「――――」

魔王「――――」ズズズ、、、

マーリア「む?」

マーリア(魔力を垂れ流して……何をしている?)

ギギッ

マーリア「これは……?」

虫A「…………」ズブ、グチャ
虫B「…………」ズチュ
虫C「…………」ピキッ

マーリア「ほう?」

マーリア「でたらめな魔性を付加したものだな。この虫ども、死ぬ寸前だったぞ?」


 三匹の虫は命を燃やし、全く別の生命へと生まれ変わる。
 セクタ、そう名付けられた三匹の甲虫は、魔王の城を飛び去っていく。
 そして虫たちは、空の上から遙か地面を見下ろす。
 眼下に納めた人里と、生い茂った深い森の上空で、ヴヴヴと羽を振るわせた。


    ◇小国

勇者「復活<ソシエ>か。魔法の構成だけ見ると、既存の回復魔法とは系統が違うみたいだね」

魔女「わたしはそれよりも、構成のでたらめさが気になるかしら? 無駄だったり意味のない部分が多すぎるものね?」

司祭「やはり二人にも難しいか。せめてこの魔法は覚えたいところなんだがな」

勇者「うーん……ソシエ」

魔女「ふふ、わたしも試そうかしらね……ソシエ」

司祭「……ソシエ」

司祭「駄目だな、全く手応えがない」

魔女「勇者くん、神性の高い魔剣士ちゃんならどうだと思う?」

勇者「さっきも言ったけど、普通の回復魔法とは別物だから、神性には影響しないと思うんだよね」

勇者「でも試すだけ試そうか。ちょっと魔剣士を呼んでくるよ」

司祭「仮に魔剣士が使えたとして、私が使えなきゃ意味がないんだがな」

魔女「その時は他の魔法を覚えましょ? 司祭くんって攻撃に使える魔法はないんだし、回復にこだわらなくてもいいでしょう?」

司祭「仮にも聖職者だから、あまり攻撃に積極的なのはな……」

魔女「ならそうね、相手の自滅を誘う魔法なんてどうかしら?」


    ◆森

 三匹の内二匹は、自らの命の短さを悟り、子を為すために繁殖を繰り返していた。
 周囲には卵が散乱し、今にも孵化しようと半透明の殻の中で命がうごめいている。

セクタC「…………」ブブブブ

 そしてあぶれた一匹は、与えられた力を持て余していた。
 その力の矛先は、やはり与えられた本能によって小国に向けられる。
 飛び立つ時、まぐわう同種が放つ異臭が、知性のないセクタの本能に暗い炎を宿していった。


    ◇小国

カンカンカンカン!!

魔剣士「この音は……?」

勇者「外に出てくる。魔剣士、一緒に来て」

魔剣士「わかった」バッ

司祭「何だ? 何が起こっている?」

魔女「考えるのは後にしましょ? このままじゃ勇者くんたちに置いてかれちゃうものね?」


キャァ!
ウワァ!?

勇者「みんな、逃げ出してる?」

勇者(王様の話だと魔物はこの国を襲わないはず……ならこれは?)

魔剣士「っ? 勇者、あそこ!」

セクタC「…………」ブブ

勇者「でかい、ね」チャキ

魔剣士「堅そうな体。斬れればいいんだけど」チャッ


セクタC「…………」ギョロ

勇者「魔剣士、合わせて! 高氷魔<エクス・シャーリ>!」

魔剣士「しっ……やっ!」ブンッ

セクタC「…………!?」ガキッ

魔剣士「堅っ……なら、お腹の方ならどう!?」ズバッ

セクタC「…………ッ!」ブブブ!

勇者「魔剣士、よけて!」

魔剣士「っと、わっ!?」ズジャッ

勇者「大丈夫?」

魔剣士「かすっただけ。また空中で体当たりされたら、次は避けられないわよ?」


司祭「なら空から引きずりおろすまでだ」

魔女「極風魔<グラン・ヒューイ>!」

セクタC「…………!?」ブブ、、、


司祭「補力<ベーゴ>、補早<オニーゴ>!」

勇者「共鳴!」ブォン

魔剣士「すぅ……」ブォン

魔剣士「やあ!!」ブンッ!

セクタC「……  」グシャ

司祭「すまない、遅くなった」

魔女「ふふ、おいしいところは頂いちゃったかしら?」

魔剣士「勝手に持ってけばいいわ。それより、襲ってきた魔物はこの一匹だけ?」

勇者「空を見渡す限りじゃいないけど、探してみようか。この国に入ってきているなら、倒さないと」


男「頼む、目を開けてくれ!」

女「嘘、うそでしょ? ねえ!?」

少女「    」

司祭「……その子は?」

女「虫の魔物に襲われて、そのまま……っ、ああっ」

司祭「極回復<フィニ・イエル>」ポォ

司祭(息をしていない……回復<イエル>だけでは回復しないか? なら……)

司祭「ソシエ」

司祭「っ……ソシエ」

少女「    」

司祭「…………すまない」

女「いや、いやよぉ! お願い、目を覚まして!」

男「娘が、この子が何をしたって言うんだ!」

司祭「すまない」

魔女「司祭くん……」


    ◇議場

小王「魔物を倒してくれたことには礼を言おう。心から感謝する」

勇者「いえ……ですが」

小王「言うな。少なくとも、国民の前で口を滑らせることは許さない」

小王「自分たちのせいで魔物が襲ってきた、そんなことを打ち明けてもお前たちの良心が満たされるだけだ」

勇者「……僕たちがこの国に到着してから半日ほどの出来事です。あまりにも対応が早い」

勇者「約束を反故にするにはいささか短絡的だとは思いますが」

小王「それだけお前たちが魔王にとって脅威ということだ」

小王「それに、立場に差がありすぎる約束など信用はできなかった。事態が動けば覆されて当然だ」

小王「こうなった以上、私は国を守る術を考えなきゃいけない。勇者たちの知恵は役立つだろう、悔やむなら尽力をしてくれ」

勇者「わかりました。僕たちにできることなら」

小王「……女の子が一人、亡くなったそうだな」

小王「この国は小さい、全員が顔見知りだ。私もその子と遊んだことがある。明るくて、おしゃまなことばかり言うが、いい子だった」

勇者「…………」


小王「魔王が人間を食べるというなら、私が最初に食べられる予定だったんだ」

小王「その後は老いたものから順番に、子供は最後まで生かさなきゃいけないからな」

小王「なのに、最初の犠牲者が子供だ。私たちの踏みにじられた決意は、どこに矛先を向ければいい?」

小王「厳しい中を生活してきて、挙げ句にこんな仕打ちを受けるのか?」

勇者「……今がこの国にとって夜だとしても、いつか必ず日は上ります」

勇者「それは僕たちが魔王を倒すからではなく、この国の人たちが明日を生きようとするからです」

勇者「僕たちはこの国が夜明けを迎えられるよう、火の番をし、野犬を追い払うくらいしかできません」

勇者「その程度だとしても、この国に希望を灯す火種になれたなら、と思います」

小王「希望、か。久しく聞かなかった言葉だ」

小王「そうだな。いつか失う命だというなら、懸命に抗うのもいいだろう」

勇者「もう失わせません」

小王「ああ、それがいい。誰かの悲しむ顔を見るのはたくさんだ」

小王「私は一度、国民と改めて話し合おう。冷え切った夜の時間を過ごすのは終わりだ。朝日を見るために、戦う力を持つ人員を募ろう」

勇者「それなら、魔法に長けた者を集めて頂けますか?」

小王「ふむ、何かするのか?」

勇者「結界魔法、というものがあります。この国を覆うなら、一〇人ほどの人員が必要です」

小王「知らない魔法だな……わかった、魔法に覚えのあるものを見繕っておく」

勇者「ありがとうございます。その間に、僕たちはこの国の北側を探索してきます」

小王「何かあったか?」

勇者「虫の魔物は北から現れたそうです。あの一匹で終わりなのか、調べたいと思っています」


    ◇森

魔剣士「話し合い、ね。どうなるかしら」

勇者「わからない。僕たちが来たことと魔物が襲ってきたことを結びつける人はいるだろうし、難航するとは思うけど」

魔女「王様の手腕に期待ね? ふふ、国から追い出されなければいいのだけど?」

司祭「…………」

魔女「司祭くん?」

司祭「なんだ?」

魔女「元気がないのね? ……女の子を助けられなかったこと、気に病んでいて?」

司祭「そうだな。わだかまりを捨てろというのは無理だ」

勇者「……僕たちは、同じ事が二度と起きないよう、魔物を倒すしかないよ」

魔剣士「ええ。あの国に魔物が入るのは許さないわ」

魔女「司祭くんのせいじゃないんだもの。あまり気負わないで?」

司祭「あれくらいの子供が孤児院には多かった。どうしても姿が重なってしまうのは止められない」

司祭「助けられなかったのは私の未熟だ。だからせめて、あの子のために戦おうと思っている。それくらいは許してくれ」

魔剣士「あら、いい顔するわね。魔女が惚れ直すんじゃない?」

司祭「何を言い出すんだ魔剣士は?」

魔剣士「そんなに変なこと言った? だって、」


魔女「――――止まって」

魔女「この数は……駄目、いくつあるかわからない。魔力の雰囲気は、さっきの魔物と同じ……?」

司祭「どうした?」

魔女「……この先に、さっきの魔物がいるみたいね? でも数が尋常じゃないのよ? 一〇〇を越えてる、と思うの」

魔剣士「ちょっと――正気? そんな数が相手って……」

勇者「できれば信じたくないね。逃げることのできない戦いなのに」

司祭「普通に戦っていては勝ち目がないな。勇者や魔女の魔法で一気に数を減らすしかないだろう?」

魔女「ふふ、そうね。わたしの魔力が尽きちゃったら、あとはお願いするのよ?」

勇者「司祭さん、魔女さんから離れないようにして。魔女さんが倒れたら、間違いなく負ける」

司祭「わかった、なんとしても守ろう」

魔女「あら、ちょっと嬉しいかしらね?」

魔剣士「冗談を言う余裕があるならいいわ。でも本当に気をつけなさいよね?」


    ◇森 繁殖地

セクタA「…………」ブブブ

セクタB「…………」ギョロッ

魔剣士「ちょっと、魔女……一〇〇とかそんな数じゃきかないわよ、これ」

勇者「共鳴」ブォン

魔女「ふふ、ありがとね勇者くん」ブォン

司祭「三人とも構えろ! 来るぞ!」

子セクタBOF「……」ブン
子セクタFF「……」ブブッ
子セクタDQ「……」ビュッ

勇者「高炎魔<エクス・フォーカ>!」

魔剣士「やっ、はっ!」

魔剣士(小さい虫はそこまで堅くない! けど、こんなの剣で相手してたら日が暮れるわよっ)

子セクタWA「……」ガブッ

魔剣士「ぅぁ!」

勇者「魔剣士!?」

魔剣士「大丈夫、ちょっと噛まれただけ!」

司祭「毒はなさそうだが、油断するな! 完全に囲まれている!」

魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>。極風魔<グラン・ヒューイ>」

魔女「……ちっとも減らないのね。それどころか、卵からどんどん孵化していくなんて」


子セクタRO「……」ブブ

司祭「くっ!」ザクッ

魔女「司祭くんっ?」

司祭「私は気にするな! 大した怪我じゃない!」

魔女「この……司祭くんをよくも……極炎魔<グラン・フォーカ>!」

司祭「守りきれるか自信がない。結界<グレース>をかけておくが、過信はするな」ポォ

魔女「ふふ、ありがとね」シャラン

司祭「痛っ……」

魔女「司祭くん?」

司祭「まずいな、敵の数が多すぎる。予知<コクーサ>で頭が割れそうだ」

勇者「高炎魔<エクス・フォーカ>!」

魔剣士「司祭、無理しないでよ!?」ズバッ

司祭「わかっている、今回は予知を切るぞ! 警戒を忘れないでくれ!」

セクタA「…………」ブブブブ!

勇者「っ、この!」ブンッ

セクタA「…………」ヒュン、ザクッ

勇者「ち……っ!」

勇者「やっ!」ザンッ

セクタA「…………」ブブ、ブブブブ

魔剣士「勇者!」


勇者「魔剣士、伏せて! 高雷魔<エクス・ビリム>!」

セクタB「…………」ヒョイ

魔剣士「このっ……高回復<ハイト・イエル>!」

勇者「ありがと、助かる」

魔剣士「勇者に余計な魔力を使わせられないわよ」

勇者「……怪我は大丈夫? あちこち虫に食われてる」

魔剣士「勇者も同じでしょ。正直、治してもきりがないわ」

勇者「魔剣士は僕の背中を守って。小さい虫なら僕の魔法でも倒していけるから」

魔剣士「わかった。何とかやってみる」

勇者「数が多すぎる、全部は倒せないよ。自分を守るついでに僕を守ってくれればいいから」

勇者「……近づくな! 高風魔<エクス・ヒューイ>!」

魔剣士「…………四の剣、死点繋ぎ」バババッ

子セクタPK「……」ブブ
子セクタTOF「……」ブブブ
子セクタLO「……」ブブッ

勇者(魔力はもう半分を切った……なのに、魔物は半分も倒せてない)

勇者「まずい、な……」


司祭「勇者、魔剣士! 一度戻れ! 補助をかけ直す!」

魔剣士「魔力に余裕があるわけ!?」

司祭「回復する回数がかさむよりマシだ!」

勇者「わかった、そっちに……っ!?」

セクタB「…………」ビュンッ

魔剣士「こ、のぉ!」ブンッ

子セクタCM「……」ガブッ
子セクタTO「……」ガブッ
子セクタPP「……」ガブッ
子セクタRC「……」ガブッ
子セクタAS「……」ガブッ

魔剣士「っ、ああ!?」

勇者「魔剣士!?」

セクタA「…………!」ズブッ

勇者「あぐっ!?」

司祭「勇者、魔剣士!」

魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>ぁ!」

司祭「今なら……極回復<フィニ・イエル>!」

勇者「ぐっ……ごめん、助かった」

魔剣士「げほっ、ごほっ」


司祭「……魔女、魔力はまだあるか?」

魔女「さっき、魔力の水晶体を使ったの。余裕よ?」

司祭「ならいい。ようやく半分、と言ったところか。いけるか?」

魔女「ふふ、ええ。司祭くんが守ってくれるならね?」

司祭「重要な役目だな。気合いが入る」

魔女(もう……強がっちゃって)

魔女「極風魔<グラン・ヒューイ>!」

子セクタHG「……」ブブ

魔女「きゃっ」シャラン

司祭「無事か!?」

魔女「みたい、ね? 結界<グレース>のおかげ」

魔女「……勇者くん! 魔剣士ちゃん! こっちに!」

魔女「すぅ――――」

魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>。極氷魔<グラン・シャーリ>。極風魔<グラン・ヒューイ>。極雷魔<グラン・ビリム>!」

勇者「はは、相変わらず容赦ない威力だね」

魔剣士「頼もしくていいじゃない」クス

セクタA「…………」ギョロ
セクタB「…………」ギョロ

魔女「っ……?」

魔女(わたしを見た? それとも司祭くん?)


セクタA「ギギィ!」

子セクタ「「「「「 ! 」」」」」

勇者(動きが、変わった?)

司祭「ぬあ!?」

子セクタDT「……」ブブ
子セクタUI「……」ブブ
子セクタBJ「……」ブブ

司祭「くそっ、集まってくるな!」

魔剣士「司祭!」

魔女「司祭くんにまとわりつかないで! 極炎魔<グラン・フォーカ>!」

魔女「離れろって言ってるの! 極風魔<グラン・ヒューイ>!」

魔女(ダメ、司祭くんに群がる数が多すぎる、倒しきれない……っ)

セクタB「…………」カシュカシュ

セクタB「…………!」ブンッ!!

魔女「!? 来るなぁ! 極炎魔<グラン・フォーカ>!!」

セクタB「…………ッ!」ブワッ

魔女(炎を抜けてきた!? 間に合わな……っ)

魔女「司祭くん、ダメっ!」シャラン


パリン

ズブッ


魔女「…………ぅ、ぁ?」


魔女「…………」ガクッ

魔女「…………」ドクドク、、、

魔剣士「魔、女?」

勇者「魔女さん!?」

司祭「っ! どうし、た……?」

魔女「    」

司祭「……魔女?」

魔剣士「う、ああぁ! よくも魔女を!」ブンッ

セクタB「……!?」ブブブ

勇者「く、っそ! 高炎魔<エクス・フォーカ>!」

セクタB「!?、!?」

セクタB「    」

セクタA「っ!」ブブブッ

勇者「あぐっ!?」ドン

魔剣士「勇者っ!」

魔女「    」

司祭「なあ、おい。嘘だろう?」


司祭「何を倒れている。悪い冗談だ、今は戦闘中だぞ?」

子セクタIP「……」ガブッ
子セクタMN「……」ガブッ

司祭「勇者が言っていただろう? この戦いは魔女が重要なんだ。申し訳ないが休ませる暇はない」

子セクタAP「……」ガブッ
子セクタMN「……」グチャ、グチュ
子セクタOR「……」ガブッ

司祭「なあ、早く立ってくれ。私は今日、魔女を守るために戦っているんだ」

子セクタXO「……」ガブッ
子セクタJC「……」ガブッ
子セクタWW「……」ガブッ

ガブッ
ガブッ
ガジッ

司祭「魔女……」

勇者「司祭さん!」

司祭「っ!」

司祭「ちっ、私が取り乱してどうする!」

司祭「さっさと目を覚ませ! 極回復<フィニ・イエル>!」ポォ

魔女「    」

司祭「一度じゃ足りないか!? ならもう一度だ、極回復<フィニ・イエル>!」

魔女「    」


魔剣士「司祭! せめて虫を払って! このままじゃあなたまで殺さ」

司祭「魔女は死んでなどいない!」

勇者「くそっ……魔剣士、司祭さんのとこまで行くよ! あのままじゃ死ぬ、回復しなきゃ!」

セクタA「…………!」ブンッ

勇者「っの……邪魔するなぁ!」ズバッ

司祭「くっ……違う、違う! 死んでなどいない!」

司祭「死なせなどするものか! 私は、私は……!」

司祭「――――ソシエ!」

魔女「    」

司祭「ソシエ!」

魔女「    」

司祭「ソシエっ!」

魔女「    」

司祭「何故だ! 何故使えない!? ふざけるな、今使えなければ何の意味もないだろう!?」

司祭「ソシエ!!」


~~~

魔女『いいじゃない? 仲間になりたいと言ってくれてるんだもの。司祭くんだってそれなりの覚悟があるんだと思うな?』

魔女『毒? 司祭くん、わたしの体は見るに耐えないものだって言いたいのよね?』

魔女『……ふん、だ。ほんと、バカなんだから……』

魔女『ねえ司祭くん? わたしたちと一緒の部屋だと、何が困るのかなあ?』クスクス

魔女『告白を断ったの、後悔してあげてね』

魔女『もう、ひどいなあ? わたしって頼まれたらきちんと仕事をこなすのよ?』スタスタ

魔女『あらあら? ぐすん、司祭くん? みんなから怒られちゃうのよ?』

魔女『ふざけないで。司祭くんは自分が間違っていたと思うの? あの子を助けたいと思った気持ちまで否定するの?』

魔女『うーん? 前途多難、かしらね?』

魔女『――――ふふ。だったらいいなって、わたしは思ってるのよ?』

魔女『…………』コクッ

魔女『っ、は…………極風<グラン・ヒ…………』ガクッ

魔女『その言葉、忘れないで? わたしもすぐに戻ってくるの、それまで待ってて』

魔女『司祭くんってわりと短気よね? 聖職者のわりに』

魔女『あら知らなかった? わたしって浪費家なのよ?』

魔女『二人の間に立ちはだかるとかあるでしょう?』

魔女『ふーん、ひどいのね? わたしと一緒にいても楽しくないなんて……』


魔女『司祭くんにまとわりつかないで!』

魔女『離れろって言ってるの!』

魔女『来るなぁ!』

魔女『司祭くん、ダメっ!』

~~~

司祭「何故だ、どうしてだ? どうして魔女の言葉ばかり思い出す!?」

司祭「くそ――――ソシエ! ソシエ! ソシエっ!!」

司祭(いつからか、胸の中に見慣れない感情が居座っていた)

司祭(それはたやすく膨らみ、熱を持ち、堅くなっては小さくなる)

司祭(感情に名前を付けることはしなかった。どう扱えばいいかわからなかったからだ)

司祭「頼む、届いてくれ! ソシエ!」

司祭(だが今、こんなことになってようやく、私は感情の一部を理解した)

司祭(これは魔女のために生まれた感情で、魔女によって振り回されるものだ)

司祭「私は、魔女を……!」

司祭(もはや名付けるまでもない)

司祭「ソシエ!」

司祭(本当は最初からどんな感情かを理解していたし、)

司祭「ソシエ――――!」

司祭(もはや無意味なものであることを知ってしまった)

司祭「違う! 無意味になどしてたまるものか!」


祈りは奇跡に届かない。
女神は人に手を伸べないし、死と生は一対であることを知っている。
だから、女神による救済など存在しない。










それでも奇跡を願うなら。
奇跡を引き起こすのは、女神の気まぐれなどじゃなく。
いつだって人間の執念だった。


司祭「…………ああ、なぜだろうな。もう何度失敗したかわからないが、今ならできる気がするんだ」

司祭「魔女。私は言いたいことがある。このまま死なせなどするものか」

司祭「――――復活<ソシエ>」パァァ!

魔女「    」

魔女「   …」

魔女「……っ」

魔女「けほっ……」

司祭「は、はは……やったぞ?」

魔剣士「っ、勇者! 魔女が!」

勇者「よかった……くっ、魔物が多すぎるんだよ! 目をこする暇もないな!」

魔女「司祭、くん……?」

司祭「お目覚めか、魔女」

魔女「ふふ、よかった……わたしだって、司祭くんを守れるんだからね?」

司祭「っの、バカが……私は魔女さえ守れれば、それでいいんだ」

魔女「もう……ひどい、な? せっかくがんばったのに、わたし」

司祭「魔女は魔法を頑張ればいい。私が魔女を守るんだ。何があろうとな」


魔女「なら頑張ろうかしら? なんだかね、今はとても調子がいいのよ?」

司祭「頼むぞ。そろそろ私たちの体力も限界だ」

魔女「任せて? 大きい虫が一匹に、小さい虫が……数えるのはやめましょうか? どれだけいようと変わらないもの」

魔女(わたしの中に別の魔力があるみたい)

魔女(これは司祭くんの魔力? わたしの魔力に寄り添って、手を引いてくれる)

魔女(でもどうしてかしら。ちっともイヤじゃない)

魔女(ううん、それどころか……)

魔女「わたしの思いをあらわして? ――――極炎魔<グラン・フォーカ>」

子セクタ「「「「「 !? 」」」」」

セクタA「っ!?」

魔剣士「ちょ、あたしたちにまで来てる!?」

勇者「うわっ!? ……あれ、熱くない?」

魔女「ふふ? こんなに細かく制御できたの、初めてだな?」

司祭「全て、燃やしたのか?」

魔女「みたいね? 確認してみましょうか?」

司祭「いや、魔女は休んでいろ。生き返ったばかりなんだ」


魔女「……おかしいとは思ったの。わたし、やっぱり死んでいたのね?」

司祭「あまり思い出すなよ。いい記憶じゃないはずだ」

魔女「ううん、大丈夫。わたしの中にはね、司祭くんの魔力が宿ったみたいだもの。ちょっとくらいの辛さ、なんともないのよ?」

司祭「そうか」

魔女「ところで司祭くん? 司祭くんの魔力って、なんだかとても熱を持ってるの」

魔女「わたしを焦がしちゃいそうなくらい。どんな思いで魔力を込めてくれたのかしら?」

司祭「…………」

司祭「さあな。いつまで休んでいるつもりだ、そう怒っていた覚えはあるが」

魔女「あらそう? なら、今はそういうことにしておこうかしらね?」


    ◇小国

司祭「ソシエ、ソシエ、ソシエ、ソシエ、ソシエ……くっ、ようやくか。――――復活<ソシエ>」パァァ

少女「    …………んぅ、いたい、よぉ……?」

女「ああ、ああ……良かった、良かったっ!」

男「ありがとうございます! なんと、なんとお礼を言ったらいいか……っ!」


魔剣士「使えるようになったのはいいけど、変な魔法ね、復活<ソシエ>って」

勇者「こうして見てわかったけど、使う魔力が大きすぎるんだね」

勇者「何度も空打ちして魔力を流し込んでいかなきゃ、復活の奇跡には届かないみたいだ」

魔剣士「でも魔法に使うだけの魔力はあるんでしょ? 一度に溜められないのかしら」

勇者「そうだね……口の狭いビンとかを想像するといいかな。ビンを水で一杯にしようとしても、一度に入れられる水の量は増えないでしょ?」

魔剣士「でもそしたら、魔法を使う時だって同じよね?」

勇者「水が入ってるビンを割っちゃえば、水を一度に使えるっていう感じだよ」

魔剣士「口を大きくすることはできないわけ?」

勇者「うーん、たぶんね」

魔剣士「そう……ま、いいわ。そういうもの、ってことにしとく」

魔女「ふふ、もっと簡単に考えていいと思うのよ?」

勇者「どういうこと?」

魔女「諦めなかった人間だけが奇跡を掴める。祈ってばかりじゃ届かない。そういうことでしょう?」

今日はここまで。


――――寧日の夜は

小王「大臣と一緒に魔物の死骸は見てきた。凄まじい数だったな、あれが町を襲ったと考えたら血が凍る思いだ。本当に、よくやってくれた」

勇者「僕たちなりのけじめでもありましたからね。……協力は、してもらえるでしょうか?」

小王「ああ、約束を取り付けた。魔法が得意なものを一〇人選出したから、結界の魔法……グレースだったか? 徹底的に教え込むといい」

勇者「ありがとうございます。魔法が完成しだい、僕たちは魔王の城に攻め込みますが、構いませんね?」

小王「歓迎するよ。私たちだってもともと、魔王に命を握られた状況を良しとはしていないからな」

小王「とはいっても、今回の君たちの活躍がなければ、やはり賛成はできなかったろう」

小王「特に亡くなった女の子を生き返らせてくれたのが大きかった」

勇者「……そうですね。仲間に恵まれました」

小王「そうだな。だが仲間をここまで導いたのは勇者たる君だろう? もっと誇ったらどうだ?」

勇者「苦手なんですよ。人の前で堂々とするのって」

小王「勇者がそれではいかんなあ。よし、どうせならこの国の王になってはどうだ?」

勇者「勘弁してもらえませんか?」

小王「かかっ」


    ◇広場

司祭「これで全員か」

魔女「魔法の適性はみんな小粒、かしら? あとは司祭くんが悪鬼のように鍛え上げれば、きっと立派な魔法使いになるのよね?」

司祭「私の印象を変に与えるな。やりづらくなるだろう」

魔女「ふふ? 司祭くんが厳しく教え、わたしが心にトドメを刺すって配置でいきましょう?」

司祭「みんな、よくわかったな。魔女の発言には耳を貸さなくていい」

「「「「はいっ」」」」

魔女「ひどい。きずついちゃうな?」

司祭「まずは一人ずつグレースをどこまで再現できるか挑戦してもらう。気合いのある者から前に出てほしい」

青年「はいっ」

少女「はい」

司祭「……君は生き返ったばかりだろう。それでも参加するのか?」

少女「あたしにできることなら、がんばりたいっ」

司祭「そうか。ならやってみるといい」

少女「ねえねえ、成功できたらちゅってしてくれる?」

司祭「しないな」

少女「えー、パパとママはいつもちゅっちゅしてるのに」

クスクス

魔女「ふふ、いいじゃないキスしてあげたら」

司祭「するわけないだろう」

魔女「あ、もしかして魔術師ちゃんのこと思い出してるの? 唇を奪われちゃったものね?」

司祭「そういう理由じゃない! もういい、知るか!」

魔女「あら、怒られちゃったな……そんなに怒鳴らなくてもいいと思わない?」


魔剣士「何でかしら、二人に任せるのはとっても不安だわ」

勇者「うーん、まあ何とかしてくれるでしょ。ここは任せるよ」

魔剣士「魔女はいまいち不真面目だし、魔女と二人でいる時の司祭って信用ならないのよねー。勇者と司祭で教えた方が良かったんじゃない?」

勇者「僕も最初はそうしようと思ったんだけど、空を飛ぶのも一人でやったんだから休めって言われたよ。働きづめだと思われてるみたいだ」

魔剣士「確かに勇者は休んだ方がいいわよ? ほっとくと倒れちゃいそうだもの」

勇者「ひどい誤解だな」

魔剣士「もう、いいじゃないたまには。せっかく二人きりなんだもの、この小さな国を見て回りましょうよ」

勇者「……ん、そうだね。独自の文化が育ってるみたいだから、楽しめそうかな」

魔剣士「そうそう、息抜きは大事よ?」

……


魔剣士「勇者はやくー! すっごいおいしそうな香りするわよ!」

勇者「僕を置いていかないでよ! まったくもう……」

老婆「楽しそうじゃの、兄さん」

勇者「僕ですか?」

老婆「そうじゃよ」

勇者「……ええ、そうですね。彼女と一緒にいる時は、自分が世界で一番幸せなんじゃないかって思えるんです」

老婆「ほっほ、いいのう若いって」

勇者「ここは何のお店ですか?」

老婆「装飾品じゃな。いくつか揃えとるよ」


勇者「へえ……。……これ、綺麗な紫色ですね」

老婆「よいじゃろ? 太陽の光でちょっと色褪せるが、ここいらじゃ産出しやすいでの。こんな婆の店に置けるくらいじゃ」

勇者「――――買います」

老婆「ほっほ、毎度。お前さん、女心を捕まえるのがうまいのう」

勇者「はは……褒められた気がしません」

  魔剣士「勇者ー!!」

勇者「うわ、もうあんな遠くにいる。ちょっとは待ってくれてもいいのに。……それじゃおばあさん、またいつか」

老婆「くたばってなきゃ会えるかいの」

老婆「……素直な子じゃね。魔王を倒そうなんて、嘘のように思えるわい」

……


魔剣士「あー楽しんだわ!」

勇者「そっか、なら良かったよ」

魔剣士「……その、ごめんなさい。わがままばかり言ってたわ」

勇者「いいよ。僕も合間にお店を見てたから」

魔剣士「あたし、ダメだなあ。勇者といると、ついはしゃいじゃうの。もっとお淑やかにしたいって思うのに」

勇者「魔剣士らしいのが一番だよ」

魔剣士「そう? うーん、でもやっぱりもうちょっと落ち着きたいわ」

勇者「魔剣士がそうなりたいなら止めないけどね。……ところでさ、ちょっと目を閉じてよ」

魔剣士「目? 別にいいわ、よ……。……?」


魔剣士(うそ……目を閉じろって、つまりそういうことよね? うわ、うわあ! こんなの予想してなかった!)

魔剣士(ああでも今ってそれっぽい雰囲気よね! 夕暮れだし! 二人きりだし! もっと意識しておけばよかった!)

魔剣士(落ち着いて、落ち着くのよ魔剣士! 大丈夫、想像でなら百戦錬磨! 勇者はいつだってあたしの虜だったじゃない!)

魔剣士「…………んっ」

勇者(唇を突き出してる。目を閉じてとは言ったけど、なんか誤解してるっぽいな)

魔剣士(ふふ、ふふふっ! もうすぐ魔王と戦うんだもの、心残りはなくしておきたいわよね!)

魔剣士(ああでも、その前に抱きしめてくれたら嬉しいなっ)

勇者(えーっと、髪にひっかけないようにと)

魔剣士(? 首がもぞもぞする……うなじの辺りを手で支えながらがいいのかしら? 逃がさないぞ、みたいな?)

勇者(留め金が小さいから付けにくいな。よっと……)

魔剣士(りょ、両手!? どんだけ激しくしたいのよ? 勇者って思ったより大胆……。でも、あたし逃げたりしないのにな)

勇者「よし、できた」

魔剣士(なにがよ?)

勇者「魔剣士、目を開けていいよ」

魔剣士「え? だってまだ何も……」

魔剣士「――――この首飾り、は?」

勇者「思ったとおりだ。似合うよ。橙色の髪と紫色の宝石が、お互いを引き立ててるかな」

魔剣士「これ、どうしたの?」

勇者「魔剣士にあげようと思って買ったんだよ。気に入らない?」

魔剣士「そんなわけない! すごく嬉しい!」

勇者「なら良かった。それじゃ帰ろうか」

魔剣士「……うん」

魔剣士(嬉しいけど、でもな。あたし、今日は勇者を振り回してばかりなのに、勇者はちゃんとあたしのこと思ってくれてる)

魔剣士(あたし、どうしたら勇者を笑わせられるかな?)


    ◇夜 宿

勇者「うーん、なるほどね……」

司祭「どうだろうか」

勇者「結界<グレース>をいじるのが一番早いと思う。それでやってみる?」

司祭「具体的にはどうするんだ?」

勇者「弾く、っていうのを意識してみた方がいいかな。えーっと、構成をいじるなら……」



魔剣士「二人とも、膝を突き合わせて何を話してるのかしらね」

魔女「今はそれどころじゃないのよ? このままじゃ、わたしの作った料理は大失敗なんだものね?」

魔剣士「って、ちょっと! なんで煮えるのが早い野菜ばっかり鍋に入ってるのよ!」

魔女「溶けちゃった方がおいしくなるでしょう?」

魔剣士「どんだけぐつぐつ煮るのよ! ああもうしょうがないわねっ、一回鍋から上げちゃって!」



司祭「夕食は食べられるものが出るんだろうかな」

勇者「僕は何も聞いてないことにする」


    ◇数日後 広場

司祭「よし、では全員で試してみるか。失敗を恐れる必要はない、何度でも挑戦できるんだからな。肩肘を張らずやってみるといい」

魔女「意訳すると、できなかったらわかってるなお前等? になるのよ?」

司祭「よし、はじめ!」

魔女「ひどいなあ……最近は誰も反応してくれないのね?」

司祭(相手をしないでいたら、意味のわからない言動に拍車がかかったからだと思うがな)

「「「「高度結界<カーサ・グレース>!」」」」

シャラランッ!

司祭「…………」

司祭「よくやった! 成功だ!」

ワーワーッ!

魔女「ふふ、お疲れさま」

司祭「確かに大変だったが、充実した時間を過ごせたな。……魔女は本格的に何もしなかったがな」

魔女「あたしって理論派じゃなくて感覚派だもの? 教えるのは苦手なのよ?」

司祭「頭脳派だという自己紹介はどこに行ったんだ?」

青年「魔法の練習しているより、二人が喋ってる時間の方が長かったな」

少女「思春期なんだよきっと!」

壮年「いやいや、あの司祭って奴は三〇過ぎだろ? 思春期はとうの昔じゃないか」

好々爺「いくつになっても若いとは羨ましいの」

司祭「……言っておくが、私はまだ二七だ」

魔女「司祭くん、あまり大きく年齢詐称しちゃダメよ?」

司祭「誤解を招くことを言うなっ!」


魔剣士「何やってんのかしらね、あの二人。魔法を教えるのさぼって」

勇者「生徒が熱心なおかげで勝手に覚えてくれたんだし、まあ良かったんじゃないかな?」


    ◇夜 宿

魔女「司祭くーん?」ケラケラ

司祭「……酒臭いな。酔ってるのか?」

魔女「まだ酔ってないのよ? わたし、お酒には強いんだもの?」

司祭「ならいいがな。それにしたって、酒をビンごと持ち歩くな。まだ飲むつもりか?」

魔女「もう、察しが悪いのね? 一緒に飲みましょうってことよ?」

司祭「少しならな。あまり騒いでは勇者と魔剣士に迷惑をかける」

魔女「二人なら出かけたのよ?」

司祭「何? 魔王と戦うのは明日だろう。早めに寝て疲れを取るべきだと思うが」

魔女「心残りを抱えたまま戦うよりはいいでしょう? あの二人、旅をしている間にちっとも関係が進まないんだものね?」

司祭「まあな。それこそ若い証拠だろう?」

魔女「ふふ、司祭くんが年上っぽいこと言ってるな? 自分は恋愛経験ないのにね?」

司祭「…………」

魔女「どうかしたの? 黙っちゃって」

司祭「いや。そういう時分もあったかと思ってな」

魔女「ふーん? 変なの?」


    ◇夜 森

勇者「こんなところまで連れてきてどうしたのさ」

魔剣士「魔女と司祭から逃げるためよ。特に魔女。見つかったら何年も何年もからかわれるに決まってるわ」

勇者「魔女さんの言葉は程良く聞き流したほうがいいよ」

魔剣士「それができたら苦労しないわよ」

勇者「魔剣士、そういうとこ不器用だよね」

魔剣士「何よ、文句あるの?」

勇者「そうじゃないよ。どんな時でも一生懸命なのって、なんかいいなって思うよ」

魔剣士「……そう? ならいいんだけど」

勇者「それで、用事は何? 魔女さんから逃げるためってことしか聞いてないんだけど」

魔剣士「その、ね? ほら、この前あたしに首飾りくれたじゃない?」

勇者「うん。やっぱりよく似合ってるよ」

魔剣士「も、もう! そういうことは言わなくていいのっ! ……でもありがと」

勇者(魔剣士の女心って難しいな)


    ◇夜 宿

司祭「魔王を倒したら、か?」

魔女「そう。司祭くんは何かやりたいことはあるの?」

司祭「これと言ってないが……しかし、そうだな。女術士や男闘士から幸せを見つけてこいと追い出されたんだ。何か私なりの幸せを探すか」

魔女「ふふ、目的があるっていいことよ? わたしなんて、帰る場所さえないんだものね?」

司祭「少しは話を聞いているが、故郷と折り合いが悪いんだったか?」

魔女「そうね。魔女は呪いを司る女なんだもの?」

司祭「ふ、なら私も似たようなものだ。孤児院が故郷みたいなものだが、帰ったら追い出されてしまうだろう。寂しいことだがな」

魔女「――――そうね。わたしも寂しいな」

司祭「お互いに迷子のようだな」

魔女「…………はあ」

司祭「急に溜息をついてどうしたんだ?」

魔女「司祭くん、ちょっと立ってみてくれる」ガタッ

司祭「構わないが。なんだ?」ガタッ

魔女「……えい」

司祭「おっと」ボフン


魔女「司祭くん、一つだけ教えてあげようかしら」

司祭「何をだ?」

魔女「女が寂しいって言ってるのよ? なら男の言うことは決まってるじゃない」

魔女「オレのものになれって、女を組み敷くものでしょ?」

司祭「――――」

魔女「…………」

司祭「なるほど。そういうもの、かっ」グルン

魔女「きゃっ」ボフン

司祭「魔女に組み敷かれる趣味はない」

魔女「でも司祭くんはわたしを組み敷くのね?」

魔女「……ふふ。わたし、どうなっちゃうのかしら?」


    ◇夜 森

魔剣士「えっと、ここまで呼んだのは、つまりね?」

勇者「うん」

魔剣士「その……これ! あげる!」

勇者「小さい箱だね。ここで開けちゃっていい?」

魔剣士「むしろここじゃなきゃダメ! 宿で開けたりしたら張っ倒すんだから!」

勇者「興奮しない、どうどう」ガサガサ

勇者「…………これ、指輪?」

魔剣士「うん。あたしの悪夢の指輪と、同じような形のものを選んでもらったの」

勇者「僕のやつの方が色合いは優しいね。ありがと、大切にするよ」

魔剣士「ん……指輪、貸して。つけてあげる」

勇者「はい」

魔剣士「……そっちじゃない。左手」

勇者「利き手の方がいいんじゃないかな」

魔剣士「いいのっ!」

勇者「そう? なら、はい」


魔剣士「――――っ」キュ

勇者「薬指?」

魔剣士「あたしも悪夢の指輪、左手の薬指に付け替えるわ」

勇者「魔剣士さ、結婚を申し込むんじゃないんだから、左手の薬指は空けときなよ」

魔剣士「…………あたしはっ。そのつもりだけどっ?」

勇者「魔剣、士?」

魔剣士「――――ユウ。あたしじゃ、やだ?」

勇者「いやじゃない。いやなわけ、ない」

勇者「でも、ああ、しまったな。こんな時まで踏み込みが甘いなんて、自分を殴りたくなる」

魔剣士「何が不満なのよ?」ムスッ

勇者「僕の方から言い出したかったんだよ。魔王を倒したら、って思ってたのに。先を越されちゃったな」

魔剣士「そうなの? ……どうしよ、やり直す?」

勇者「さすがに締まらないし……返事だけは保留にさせて。魔王を倒したら、僕から改めて申し込むから」

魔剣士「ほん、と?」

勇者「本当。僕にはオサナしかいないから」ギュ、、、

魔剣士「……うん。ならあたし、待ってる」ギュッ


    ◇翌朝 広場

少女「司祭さん! あたし、がんばるよっ。上手にできたらチュウしてね?」

司祭「しないと言っているだろう?」

魔女「意気地なし」ボソ

司祭「…………」

    ◇議場

小王「やあやあ司祭くん! 準備は万全かい?」

司祭「大丈夫だ。この国の人間が結界を張るんだからな」

魔女「へたれ」ボソ

司祭「…………」

小王「ん? どうかしたかい?」

    ◇森

壮年「よっしゃ! いっちょかましてやるか!」

司祭「期待している。どうか頑張ってほしい」

魔女「あそこまでして何もしないなんて」ボソ

司祭「…………」

壮年「やあ、血がたぎるってもんだなあ! はっはっは」


司祭「なあ魔女。後で話があるんだが」

魔女「あたしはないもの」ムス

司祭「最後の戦いなんだ。万が一の時に後悔したくない。そう拗ねないでくれ」

魔女「戦いはこれで最後ね。でもわたしたちの人生はこれからだもの」

司祭「だから、せめて話は聞いてくれ。私だって色々と考えたんだ」

魔女「聞いてあげない」

司祭「魔女……」

魔女「甘やかしてくれなきゃ、聞いてあげないんだから」

司祭「わかった。頑張らせてもらおう」

魔女「ふん、だ。司祭くんのバカッ」


魔剣士「何なんのかしらね、あの二人」

勇者「さあ?」


    ◇

「「「「 高度結界<カーサ・グレース>! 」」」」シャラン

勇者「小国をすっぽりと覆えた、かな」

魔剣士「この堅さなら魔物も簡単には破れないでしょうね」コンコン

小王「勇者たちには色々とお世話になったな。ここで褒美の一つも出せれば王様としての威厳が保てるが……」

魔剣士「最初の方から王様の威厳はなかったわよ? 諦めたら?」

小王「はは、相変わらず手厳しい。やはり妻に欲しいな!」

勇者「魔剣士は渡しません」

小王「ふむ……?」

魔女「あらあら?」

小王「うむ、そう真剣にならないでほしい。ちょっとした冗談だ」

勇者「ならいいのですが」

司祭「ずいぶんと過剰に反応するんだな」

魔剣士(勇者のバカ……嬉しいけど)

小王「では、ここでしばしお別れだ。次に会うのは魔王を倒した後だろうな?」

勇者「そのつもりです。きちんと生きて帰ってきますよ」

小王「かかっ、当然だ。まだ君らとは酒も飲んでないからな!」

司祭「せいぜい上物を用意しておくことだ。こちらの女性陣は酒にうるさいからな」

魔剣士「それは魔女だけでしょ! あたしを巻き込まないでっ」

魔女「ふふ? 魔剣士ちゃん、一緒に酒豪を名乗りましょ?」

小王「――――愉快なことだな。これから魔王を倒すんだろう?」

勇者「ええ。こちらの女性陣は空気を読まない分、男性陣で緊張を保っています」

魔剣士「どういう意味よ!?」

勇者「では、そろそろ」

小王「帰りを待っているぞ、異国の友人たちよ」

今日はここまで。


――――最後の力

    ◇魔王城

ガチャ、ギイィ

司祭「すえた臭いがするな……魔物の体臭というわけではなさそうだが」

魔女「気が滅入っちゃうな? 早く魔王を倒して、辛気くさい城を出ちゃいましょうね?」

魔剣士「賛成。――――そのためにも、まずはあなたを倒せばいいのかしら?」

マーリア「そうだな。何なら俺を素通りして、魔王を倒しに行っても構わないが」

勇者(これまでの中で一番人間に近い、かな。目立った特徴はないけど……)

マーリア「…………」

勇者(強い。間違いなく)

勇者「あなたがマーリア、でいいのかな。小国で名前だけは聞いているよ」

マーリア「ふん。俺もお前たちの名前は知っている。自己紹介は不要だな」

マーリア「さて」ギギッ

魔女(何もないところから剣を作った?)

マーリア「お前たちはどうだか知らんが、俺は勇者に恨みがある。他の三人は素通りしてもいいが、勇者だけは通せない」

魔剣士「勇者を置いては行かないわ。あなたが邪魔するなら、ここで斬り伏せるだけよ」

勇者「僕はあなたと会った覚えがないしね。言いがかりに付き合ってあげるほど優しくはない」

勇者「――――どきなよ。どかないなら、倒す」

マーリア「そうか。残念だ」

マーリア「…………アンフィビ、アヴェス」


アンフィビ「――――」

アヴェス「――――」

司祭「……バカな。どちらも確実に死んだはずだ。人間に戻るところも確認している」

魔女「よくできた作り物みたいね?」

マーリア「その通り、作り物だ。だが本物と同程度の能力はあるし、知性がなくとも人間を殺すことはできる」

マーリア「行け。外の人間を殺してこい」

アンフィビ「――――」

アヴェス「――――」

カツン、カツン

魔剣士「っ! 待ちなさいよ!」

マーリア「さて、では始めようか。お前たちがのんびり俺と戦っている間に、あの二つは大勢の人間を殺すだろう。どうでもいいことにな」

勇者「……それを僕たちに教える理由は?」

マーリア「勇者以外の三人はあれらを追っても構わない。他の人間を見殺しにするか、勇者を見殺しにするか選ぶがいい」

魔剣士「ふざけるんじゃないわ――――時間の無駄よ、さっさとあなたを斬り捨てる!」チャキッ

勇者「魔剣士、待って」

勇者「全員で戦えば、あの魔物たちが外に行くのを防げない。追いかけるしかないよ」

司祭「……そうだな」

魔女「ええ、そうね」

司祭「魔女」

魔女「わかってるのよ?」


勇者「僕は残る。自分で回復もできる魔剣士がアンフィビを、司祭さんと魔女さんでアヴェスを追いかけて。そうすれば」

司祭「では行くか」

魔女「ふふ、張り切っちゃおうかしら」

魔剣士「ちょっと! 勇者を一人にする気!?」

司祭「そんなわけがない。追いかけるのは私と魔女だけで十分だ」

魔女「わたしがアンフィビと戦えばいいのよね?」

司祭「それがいいだろうな。私はアヴェスの相手をしよう」

勇者「ちょっと待ってよ!」

マーリア「仲間割れをしていいのか? そら、奴らが外にでてしまうぞ」

勇者「くっ……」

司祭「安心しろ、無事に倒して戻ってくる」

魔女「どうしても心配なら、早く追いかけてきなさいね?」

タッタッタ、、、

魔剣士「勇者、あの二人……」

勇者「司祭さんは相手を攻撃する手段が乏しいし、魔女さんは自分の身を守る力がない。一人で戦わせるわけにはいかないのに……!」

魔剣士「――――いいわ、ならさっさと倒して助けに行きましょうか」チャキッ

マーリア「ふん、来るがいい。集団を組まなきゃ魔物に対抗できないことを思い知らせてやる」

勇者(共鳴)ブォン

勇者「その思い上がりを叩き潰す」ダッ


司祭「魔女、持っていけ」

魔女「これは?」

司祭「高回復<ハイト・イエル>の効果がある魔石だ。数は多くないが足しにはなるだろう」

魔女「ふふ、ありがとうね?」

司祭「……死ぬなよ」

魔女「あら、魔女は死なないのよ? 司祭くんをもっとからかわなきゃいけないものね?」

司祭「せいぜいからかわれよう。……また後でな」


    ◇左の塔

魔女「さて、追いついたみたいね?」

アンフィビ「――――」

魔女「あなたは乾燥に弱かったのよね? なら炎と風の魔法を中心に責め立てましょうか」

アンフィビ「――極雷魔<グラン・ビリム>」

魔女「っ、極氷魔<グラン・シャーリ>!」

アンフィビ「――――!」ダンッ

魔女(早……っ。拳、よけきれな――)

魔女「っ、かは……極炎魔<グラン・フォーカ>、極風魔<グラン・ヒューイ>!」

アンフィビ「――――!?」ドンッ

魔女(壁に激突させたけど……このまま立ち上がらないでもらえたらいいのに)

魔女「ふ、ぅ……高回復<ハイト・イエル>」パァ

魔女「やっぱり、近寄らせちゃダメね……一度殴られるだけで、立ち上がれなくなりそうだもの」

アンフィビ「――――」

魔女「あなたは軽く立ち上がるのね? ならありとあらゆる魔法をぶつけてあげようかしら?」


    ◇右の塔

司祭「この狭い部屋でなら、自慢の機動力も役に立たないだろう」

司祭「予知<コクーサ>、補力<ベーゴ>、補守<コローダ>、補早<オニーゴ>」

司祭「行くぞ」

アヴェス「――――」ヒュッ

司祭(突進してくる)スッ

司祭(反転し、跳躍。天井から床に向かっての急降下)

司祭「っ、そこだ!」ブンッ

アヴェス「――――?」メキッ

司祭「ち、翼を折るほどではないか」

アヴェス「――――」バサッ

アヴェス「――――!」バババッ

司祭「くっ」

司祭(羽を飛ばしてきた、か)ガクッ

アヴェス「――――?」

司祭「極解毒<フィニ・キヨム>」パァ

司祭「……同じ毒に負けてたまるか。悔しい思いは一度で十分だからな」


    ◇広間

魔剣士「やぁ!」ブンッ

マーリア「ふん」キンッ

勇者(背後が空いた!)

勇者「……しっ!」ヒュッ

マーリア「遅い」カンッ

マーリア「四本目」ギギッ

魔剣士(こいつ、また剣を作り出した……!)

マーリア「そらっ!」ビュンッ

勇者「くっ、だあぁ!」ガキンッ

勇者(やりづらい……武器を自在に生み出す能力、なのかな。武器をちゅうちょせず投げつけてくるし、近寄った瞬間には別の剣を握っている)

勇者(おまけに、魔剣士が攻めあぐねるほど剣術が巧みだなんて)

マーリア「どうした? 俺などさっさと殺して仲間を助けに行くんだろう?」

魔剣士「わかってるなら寝てなさいよ!」ブンッ

マーリア「そうはいかない」キンッ

マーリア「俺は勇者を殺さなければいけないからな」

勇者「高氷魔<エクス・シャーリ>!」

マーリア「せやっ!」シャキンッ

勇者(氷じゃ切り裂かれる、か)

マーリア「二本。追加、三本」ギギッ

マーリア「串刺しになるがいい!」ビュンッ


勇者(数が多い! 回避しつつはじき落として……!)カンッ、カキンッ

マーリア「六本目」ギギッ

勇者(手元に出していない? どこに……)

魔剣士「勇者、後ろ!」

勇者「く、のっ!」バッ

マーリア「しぶといな。さっさと命を諦めたらどうだ」

勇者「うるさい……僕は魔王を倒して、生きて帰ると決めているんだ」

勇者「邪魔はさせない」

マーリア「無理だな」

マーリア「お前は魔王を殺せないし、お前が生きている内に平和な世界が来ることはない」

魔剣士「変なことを言わないで!」ブンッ!

マーリア「おっと。今のは危なかったか」バッ

勇者「はっ!」ブンッ

マーリア「すっ……破っ!」ドンッ

勇者「がっ!?」

勇者「げほっ、ごほっ……くっ」

マーリア「死ね。世界と仲間のために死ね。お前が生きている限り、――――――――――――」

魔剣士「……?」

勇者(世界の果てで会った悪魔と同じ……何かを言おうとして、声が出なくなっている?)


勇者「……あなたの言葉に嘘がないとしても、僕は立ち止まらない」

勇者「はじめは父さんを見つけたいだけだった。世界を救ってやろうなんて大それたことは、今だって思えない」チャキッ

勇者「それでも僕は、自分にできることをやる。望まれるなら勇者になるし、魔王を倒そうとだってする」

勇者「――――世界が僕を勇者としてしか見なくても、僕のことをきちんと見てくれる人がいる。だから僕は、こうしてここまで来れたんだ」

マーリア「くだらんな」

勇者「そうかもしれない。でも僕にとっては、いちばん大切な理由だから」

魔剣士「――――」

勇者「もう話は必要ない。僕はあなたを倒す。魔王を倒す。それだけだよ」

マーリア「いいだろう。ならば殺してやる」

マーリア「両生類のアンフィビ、鳥類のアヴェス、それぞれを倒した程度でうぬぼれるな」

マーリア「俺は哺乳類の覇者、マーリア。一介の人間になど殺されるものか!」

魔剣士「勇者」

勇者「うん」

魔剣士「必ず届くわ。信じて」

勇者「頼りにしてるよ」

魔剣士(あたしたちには帰る場所がある。旅の終わりが見えている)

魔剣士(勇者が首飾りをくれるような、そんな日常が未来にある。そのために、こんなところで負けられない)

魔剣士「ねえ、血塗りの魔剣。あなたはもう、満足するだけの血は吸ったかしら?」

魔剣士「もし足りないのなら、あたしの血まで飲んでしまえばいいわ。だから、あいつを倒せるだけの力を出して」

魔剣士「あたしたちは、ここを進まなければいけないの」


    ◇左の塔

魔女(そろそろ厳しい、な?)

アンフィビ「――――」ブンッ

魔女「極氷魔<グラン・シャーリ>!」

魔女(攻撃は氷で防いで、距離を取る。ふふ、勇者くんの戦い方みたい)

魔女「でも、あたしと勇者くんは違うものね。近寄って剣を振る力はないもの。遠くから、相手の攻撃を受けずに魔法を打ち込むの」

魔女「さっきのでは足りなかったのよね? だからもう一度よ?」

魔女「――――すぅ」

魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>、極風魔<グラン・ヒューイ>、極炎魔<グラン・フォーカ>」

魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>、極炎魔<グラン・フォーカ>!」

アンフィビ「――――!」

魔女(このまま、押し切れば……!)

魔女「極雷魔<グラン・ビリム>、極風魔<グラン・ヒューイ>、極炎魔<グラン・フォーカ>!」

アンフィビ「…………」

魔女「動かない、かしら。倒し、た?」

アンフィビ「…………」ギョロ

魔女「っ!?」

魔女(まだ生きて……!)

アンフィビ「――――っ!!??」ビュンッ

魔女(早……間に合わ)


魔女「氷魔<シャーリ>!」

パリン

アンフィビ「――――っ!」ブンッ

ドンッ

魔女「っ!」

ゴッ
ガッ

魔女「かはっ、うぐっ!?」

ドゴッ

魔女「極、風魔<グラン、ヒューイ>っ!」

アンフィビ「――――!?」

魔女「けほっ――――うぇ……」

魔女(まだ生き……てる……)

魔女(魔石……司祭くんの魔法……)

魔女(高回復<ハイト・イエル>……)パァ

魔女「はっ――はぁ――」

魔女(ダメ、ね……威力がたりない。殺しきれない)

アンフィビ「――――」ムクッ

魔女「魔石、使い切っちゃったな? ふふ、どうしようかしら」


魔女(もっと……もっと火力が必要ね)

魔女「ふふ、贅沢な魔女だなあ? 今まで火力が足りないと思ったことなんてなかったのに」

魔女「これ以上、魔法の威力を上げる方法なんて……」

魔女「……何も」

魔女(そういえば、あるみたい。一つだけ)

魔女「思えば、あなたと戦うために必要だったのよね、この呪い」

魔女「消費する魔力を制限するものなの。これがなかったら、今のあたしだとどうなっちゃうのかな?」

魔女「試してみようかしら。あなたの、体で」

魔女(解呪)パァ

魔女「――――出し惜しみはなしよ? 魔力の全てを注いであげる」

魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>、極風魔<グラン・ヒューイ>、極氷魔<グラン・シャーリ>、極雷魔<グラン・ビリム>!!」

魔女「…………ふふ、わたしってばすごいな?」

アンフィビ「!?」

魔女「体、残ったら褒めてあげるのよ?」

アンフィビ「――

シュボッ

魔女「…………」

魔女「勝った、のよね? 今度こそ」

魔女「…………ふふ。ちょっと疲れちゃった、な」


    ◇右の塔

司祭(右から体当たり……!)

司祭「しつこい!」ゴンッ

アヴェス「――――!」グッ!

司祭(接近した状態から、次は……、……!?)

司祭「くっ……離れろ!」

アヴェス「――――ぺっ!」

司祭(毒……! 腕で防いだ、が……っ)ガクッ

アヴェス「――――!」ゲシッ、ゲシッ

司祭「かはっ、ぐっ……極解毒<フィニ・キヨム>……!」

司祭「だあっ!」ブンッ

アヴェス「――――」

司祭「はあ、はあ……!」

司祭(あらかた防いだはずだが、それでも毒が回ったのか? 体力をごっそりもっていかれた)

司祭「……それにしても、お前が肉弾戦を好むとは知らなかったな。魔女相手にはさんざん魔法を打っただろう?」

アヴェス「――――」

司祭「なるほど、知性がないせいか? 魔法を使うだけの頭はないらしい」

アヴェス「――――」バサバサッ

司祭(挑発は意味がない、か?)


アヴェス「――――っ」ビュンッ

司祭(低空飛行……跳んで避ける!)バッ

司祭(壁を蹴り、反転……残っていた左の羽を飛ばしてくる)

司祭「そう何度も当たらない」スッ

司祭(次は……ちっ!)

司祭「結界<グレース>!」

アヴェス「極風魔<グラン・ヒューイ>」

司祭(風で毒の羽を巻き上げる……!)

司祭(……結界<グレース>を、壊す)パリン

司祭「ぐっ……!」サクサクッ

司祭「っ、ふっ……」ガクッ

司祭「極解毒<フィニ・キヨム>……」ポォ

司祭(そら、今のやり方はうまくいったぞ。繰り返せ)

アヴェス「――――」

司祭(来る、か?)


アヴェス「――――」バサバサッ

司祭(翼を羽ばたかせる。が、それは仕掛けるふり)

アヴェス「――――!」

司祭(ここだっ!)

アヴェス「極風<グラン・ヒュ」

司祭「反射結界<ウー・ラグレース>!」

アヴェス「魔<ーイ>」ブワッ

アヴェス「――――!?」ザクザクザクッ

司祭「自分の魔法を受けてみるのはどんな気分だ?」

アヴェス「――――っ!」グシャツ

司祭「翼さえも切り刻まれた。これで終わりだ」

司祭「ふんっ!」ドゴンッ

アヴェス「っ――  」

司祭「ふぅ……」

司祭「魔女と勇者に感謝しなければいけないな」

司祭(自滅を誘う魔法、か。聖職者が使うにはどうかと思うが)

司祭「……他の三人は、どうなっている?」


    ◇広間

魔剣士「……三の剣、影払い」ズバッ

勇者「……二の剣、空縫い」ザクッ

マーリア「くっ……五本、六本、七本、突き刺せっ!」

魔剣士「っ……やっ、たっ!」カン、カン

勇者「魔剣士、後ろ!」

魔剣士「こっ、の……! あぐっ」グサッ

勇者「高回復<ハイト・イエル>!」

マーリア「死ねえ!」ブンッ

勇者「ぐっ……」スパッ

勇者「高風魔<エクス・ヒューイ>っ!」

マーリア「ちっ……!」バッ

魔剣士「勇者!」

勇者「浅く斬られただけ、大丈夫」

魔剣士「……参ったわね。ここまで手こずるなんて」

勇者「魔女さんと司祭さんがいれば、なんて弱音をこぼしたくなるよ」

マーリア「ふん。今頃その二人は殺されているだろう。後を追って四人で仲良くしてればいい」

魔剣士「あなたは何もわかってないわね」

マーリア「なんだと?」

魔剣士「魔女と司祭がそう簡単に死ぬわけないじゃない。死んでたら叩き起こしてやるわ」

勇者(…………)


勇者「でも、そうだね。どうせなら二人の力も借りようか」

魔剣士「え?」

勇者「すぅ…………共鳴」ブォン

    ◇左の塔

魔女「ん……何、かしら?」ブォン

    ◇右の塔

司祭「これは?」ブォン

    ◇広間

勇者「…………繋がった。二人とも無事みたいだ」

マーリア「何だ? 貴様、何をしている?」

勇者「あなたが言ったんだよ。僕は仲間がいなければ戦えない」

勇者「その通りだった。僕はみんながいるから、こうして自分以上の力を持つことができる」

勇者「魔剣士! 補力<ベーゴ>、補守<コローダ>、補早<オニーゴ>!」

魔剣士「っ……!」

魔剣士(補助魔法、勇者は使えなかったはずなのに!)

魔剣士「しっ……やっ!」ズバッ

マーリア「ぐっ……早い、が、この程度で!」

勇者「落ちろ。極雷魔<グラン・ビリム>!」バチバチ

マーリア「がっ!?」

勇者「魔女さんはすごいね。ずっと前からこの威力の魔法を使えたなんて」

勇者「僕はいまだに、高雷魔<エクス・ビリム>しか撃てないのに」


マーリア「何を、した……何をした勇者っ!」

勇者「ここにはいない二人の力を借りているだけだよ」ブォン

勇者「僕は一人じゃない。司祭さんがいる。魔女さんがいる。隣には、誰よりも頼れる僕の剣がいる」

勇者「だから、あなたなんかに負けはしない」

魔剣士「……一の剣、左目穿ち」ザクッ

マーリア「っが……! こ、のっ、二本、三本!」

勇者「反射結界<ウー・ラグレース>!」

マーリア「があっ!?」グサグサッ

魔剣士「……逆手。右目遮り」ザンッ!

マーリア「げふっ……!?」

魔剣士「ようやく届いたわ。あたし、まだまだ弱かったみたいね」

マーリア「黙れ、黙れぇ!?」ブンッ

魔剣士「今なら見える。あなたの剣は避けられるわ」バッ

魔剣士「――――あたしは剣よ。司祭のために、魔女のために戦う剣。そして、あたしだけの勇者のために振るわれる剣なの」

魔剣士「アンフィビ。アヴェス。そしてあなた、マーリア。最初から三人で襲いかかっていれば、あたしたちはきっと勝てなかった」

魔剣士「でもそれをしなかったのは、あなたたちの弱さと傲慢よ」

勇者「手を取り合うのが人間の力だっていうなら、僕たちはどこまでも人間らしく戦う」

魔剣士「あたしたちは、仲間だから!」


魔剣士「やっ!」ビュンッ


共鳴の力は、女神に与えられた神性も高めていく。
そうして極まった神性は、呪いを次々と浄化していった。


魔剣士「勇者、合わせて!」ダッ

魔剣士・勇者「……二の剣。空縫い」ズバッ


悪夢の指輪は魔剣士の体を刻々と癒していき、
理非の鎧は知性と五感を研ぎ澄ませ、
血塗りの魔剣は血色の剣身を青く透き通らせる。


魔剣士・勇者「……逆手。空破り」ザクッ


浄化された魔剣は、もう言葉を喋らない。
その代わり、一つの未来を魔剣士に見せた。


魔剣士「………………え?」



勇者がいなくなった世界で。
魔剣を自らの胸に突き刺す姿を。


マーリア「ふざけるなよ……自分の終わり方は自分で決める! 貴様らになど殺されてやるものかっ!」

勇者「抵抗は好きにすればいいよ。でも、次で終わらせる」

勇者「魔剣士、行くよ」

魔剣士「…………」

勇者「魔剣士?」

魔剣士「なんでも、ない。ええ、行きましょう」

魔剣士(今のは何? あたしはどうしてあんなことを?)

魔剣士(わからないけど……あたしが自殺なんてするわけないわ)

魔剣士(忘れる……忘れた。もう気にならない。気にしない)

魔剣士「これで、終わり……!」チャキッ

マーリア「あああ!? 七本、八本、九本!!」ギギッ

マーリア「貫けえっ!!」ビュビュンッ

魔剣士「遅い」バッ

勇者「当たりはしない」スッ

マーリア「死、ねえぇ!?」ブンッ

魔剣士「てやっ!」カキンッ

魔剣士(剣は弾いた! 別の剣を出す前に……!)

勇者「……四の剣、死点繋ぎ」ババッ

魔剣士「……逆手。死点一決」グサッ

マーリア「か、はっ――――」


マーリア「    」

勇者「勝った、ね」

魔剣士「あとは魔王で終わりだわ」

勇者「大丈夫、勝てるよ。僕たちなら」

魔剣士「ええ、あたしも信じてる」

モクモク

勇者「……人間に戻る、か」

魔剣士「魔物だったからって、人間同士で殺し合っていたなんて考えたくないわね……」

ブワッ

勇者(煙が吹き飛んだ。せめて死を祈るくらいは……)

勇者「っ!?」

魔剣士「ゆ…ユウ、者。この人、」

勇者「魔王……倒す理由が増えたな」

勇者「絶対に許さない」

魔剣士「おじさんの……?」

勇者「そうだね。一緒に開拓に行ってた、父さんの親友だ」

勇者「……助け、られなかった。まだ生きていたのに」

魔剣士「ひどいわよ……どうしてこんな……」

勇者「――――行こう。供養するのは全てが終わってからだよ」

勇者「僕たちは生きている。前に進むしかないんだ」


    ◇回廊

司祭「遅かったな。こちらは魔物を倒してしまったぞ」

魔女「ふふ、魔女ってば頼りになるお姉さんだなあ?」

魔剣士「……悪かったわよ、間に合わなくて」

勇者「――――」

司祭「どうかしたのか? 怖い顔をしているが」

勇者「いや……後で話すよ。ところで、こんなところで休憩?」

魔女「枯れた庭園を見ながら休む趣味はないのよ?」

司祭「マーリアの魔力が消えたと魔女に言われてな。ここまで来るのを待っていたんだ」

魔剣士「ちぇ。勇者と二人がかりだったのに、倒したのはあたしたちが最後だったのね」

魔女「一度戦った相手だもの? 遅れを取ったりしないのよ?」

勇者「それにしては、魔女さんの服がぼろぼろだけど」

魔剣士「ちょっと勇者。どこ見てるわけ?」

司祭「まったく……私たちはどこにいてもこんなやりとりばかりか」

勇者「確かにね。もうすぐ魔王と戦うっていうのに」

魔剣士「いいじゃない。緊張して体が動かないよりマシよ」

魔女「わたしたちってば心がたくましいのよ?」

勇者「心強い限りだね。いい具合に肩の力が抜けるよ」

勇者「――――それじゃ、行こうか。これを最後の戦いにしよう」

今日はここまで。


――――決戦

    ◇魔王の間

魔女「うっ……」ゾクッ

司祭「どうした?」

魔女「魔王、かしら? とても、強い魔翌力……こんなことってあるのね? ふふ、魔翌力を感じただけで、殺されるって思っちゃったのよ?」

魔剣士「へえ、よっぽど強いみたいね。魔王の名前は飾りじゃないみたい」

勇者「どれだけ強くても関係ないよ。僕たちなら倒せる。ここでつまずくことなんてない」

勇者「共鳴」ブォン

魔剣士「ええ。あたしは勇者を信じてるもの」ブォン

魔女「……ふふ。二人がそう言うなら、わたしも信じてみようかな?」ブォン

司祭「魔物との戦いはここで終わらせよう。明日からは、平和な世界で幸せになる戦いをすればいい」ブォン

勇者「そうだね。魔王を倒すためじゃなく、幸せな世界のために戦う勇者になりたいと思う」

魔剣士「なれるわよ。勇者ならきっと」

勇者「……うん」

勇者「よし、行こう」


コツン、コツン

勇者(この一室だけ空気が冷え切っている。吐く息が白くなるくらいだ)

勇者(床がむき出しで何もない部屋だけど、奥に大きな椅子が見える)

勇者(あそこに座っているのが、きっと)

魔王「――――」

勇者(……松ぼっくりみたいな表皮が鎧に見える。人型みたいだ)

勇者(表情は仮面をつけているみたいに堅い。知性はある、のかな)

魔王「――――」ガタッ

司祭「……っ! 気をつけろ、来」

魔王「――――」ヒュッ

司祭「る!?」

司祭(どうして目のま)

魔王「――――」ブンッ

司祭「    」ドゴッ

魔剣士「…………え?」

勇者(動きがちっとも見えなかった……!?)

勇者「まずい……ソシエ、ソシエ、ソシエ、ソシエ……!」


魔女「よくも司祭くんを……! 極氷魔<グラン・シャーリ>!!」

魔王「――――」カキンッ

魔王「――――」パリン

魔女「なっ!?」

勇者(魔女さんの氷をあっさりと砕いた……?)

魔王「――――」ドンッ

魔女「あぐっ!?」グシャッ

魔女「    」バタッ

魔剣士「こ、っのお!」チャキッ

魔王「――――」ギョロ

魔剣士「やっ、はあ!!」ブンッ

魔王「――――」カンッ

魔剣士(くっ……刃がちっとも立ってない!)

勇者「復活<ソシエ>!」ポォ

司祭「ぐっ……くふっ……」

勇者「司祭さんは魔女さんの蘇生を! 早くっ!」

魔王「――――」ドガッ

魔剣士「ぎっ!? ……っ、らあ!」ブンッ

魔王「――――」ギチギチギチ

勇者(表皮の一部が変形して、剣に……!)


魔王「――――」ブンッ!

魔剣士「くっ……!」キンッ

勇者「はあっ!」ビュンッ

魔王「――――」シュッ

勇者「ぐっ!?」ドンッ

勇者(魔剣士と剣を合わせている途中に、どうして足が出てくるのさ……!)

司祭「ソシエ、ソシエ……復活<ソシエ>!」ポォ

魔女「……っ、けふ」

勇者「……一の剣。左目穿ち!」ブンッ

魔剣士「……逆手。右目遮り!」ブンッ

魔王「――――」ババッ

魔王「――――」ギチギチギチッ

勇者(剣を両手に持った……!)

魔王「――――!」ザクザクッ!

勇者「んぎっ!?」

魔剣士「ああっ!?」

司祭「くっ……極回復<フィニ・イエル>!」パァッ!

魔女「今度こそ……! 魔力をもっと込めて……極炎魔<グラン・フォーカ>ぁ!!」ゴオッ!!

魔王「――――」


魔王「――――」ブンッ

魔女「そ、んな……剣の一振りで、炎を消したの……?」

魔王「――――」ダッ

司祭「魔女! くっ、結界<グレース>!」

魔王「――――」ドンッ

パリンッ

魔王「――――」ズバッ

魔女「っ!?」グチュッ

魔女「    」

司祭「くっ……ソシエ、ソシエ……!」

勇者(まずい……強すぎる……!)

魔剣士「何なのよ、こいつは……!」

魔王「――――」ジロッ

勇者(っ……目が合った)

魔王「――――」スッ

魔王「――――」ヒュッ

勇者「は、やっ!?」キィンッ

魔王「――――」ブンッ

勇者「くっ」パキンッ

勇者「剣が、折れ……!」


魔王「――――」ビュンッ

勇者「え、高風魔<エクス・ヒューイ>!!」

魔王「――――」ダンッ!

勇者(身じろぎさえしないなんて……っ)

魔王「――――」ブンッ!!

ブォン
パリン

勇者(女神の加護が砕けた……みんなとの共鳴が……!)

魔剣士「このっ……はあっ!」ブンッ

勇者「魔剣士っ!」

魔王「――――」ドゴッ

魔剣士「あぐっ!?」

司祭「復活<ソシエ>!」ポォ!

魔女「えふっ……はっ……」

勇者(まずい、このままじゃ負ける)

勇者(どうすればいい? この場は逃げる? でも逃げられるかは……)

勇者(くそっ……どうしたらいいんだよ!)



旅人「よう。ずいぶんと楽しそうじゃねえか」


魔王「――――」ギロッ

旅人「おーおー、おっかねえ顔してるな。お互い女神を嫌ってる仲じゃねえか、そう邪険にすんなよ」

勇者「旅人、さん。どうしてここに?」

旅人「テメエのおかげでここまで来れたんだよ。ようやく世界の全てを歩いてやったぜ。だから感謝してやる」

旅人「さて」スタスタ

勇者「危な……離れて!」

旅人「お前はかわいそうな奴だよな。魔王」

旅人「声を出せないのは取り上げられているからか? 知性はあるはずだ、目を見ればわかる」

魔王「――――」ボガッ

旅人「ふん……右腕をちぎりやがって。旅の終わりじゃなきゃ、殺してやるところだ」ボタボタ

旅人「まあいい。さんざん運命を狂わされたんだ、それくらいのワガママは許してやるよ」

魔王「――――」ググッ

旅人「本当に、お前はかわいそうな奴だよ。勇者を殺そうとお前が勝つことはできない。お前は死ぬために生み出された魔王だからな」

旅人「だからこれはちょっとした同情だ」

魔王「――――」ググッ!!

旅人「受け取れ。単語の制限までは消せねえが、ちったあ喋れるようになるだろ」

旅人「……じゃあな勇者。テメエのこと、そこまで嫌いじゃなかったぜ?」

魔王「――――!」ブンッ

旅人「    」グシャッ

グシャッ、グチャ
ダンッ
グチュ


魔剣士「あれじゃ、もう……」

勇者(体が残ってなきゃ、蘇生はできない……)

魔王「――――ノ、せイ、ダ」

魔王「おまエのせい、ダ。ユウ者」

勇者「…………」

魔王「ユウ者がメ神を信奉しなケレば。旅に出ルことなく、さッさと自殺していれバ。こんなことにはナらなかった」

魔王「お前が! ユウ者、お前が多くの人間を殺したんだ!」

魔王「死ね、死ね、死ね。殺された人間の悲しみ苦しみ痛みを味わいながら死ね」

魔王「殺す、殺す、殺す。この運命をオレに与えたお前を、ユウ者を、オレは、俺……は?」

魔王「ぐっ、がっ、ああああ!?」


魔剣士「言いたいことはそれだけかしら」

魔剣士「どんな言い訳をしようが、あなたが魔物に人間を殺させたことは変わらない」

魔剣士「勇者が人間を守るため、魔物と戦ってきたことは変わらないわ」

魔剣士「だからあたしは勇者のために戦う。魔王を倒す。勇者を悪くは言わせない」チャキッ

魔女「魔剣士ちゃんの言うとおりね?」

魔女「魔王の罪を誰かにすり替えることはできないもの。それに、勇者くんを殺していい理由にもならないのよ?」

魔女「……わたしは魔物に友達を殺されたの。あなたに勇者くんを殺されて、同じ思いを二度も味わいたくないものね?」

司祭「仮に。もし仮に、勇者が全ての原因だったとして、だ」

司祭「それでも勇者は、旅の途中で多くの人を救ってきた。その気持ちは、行動は否定できない。誰にもさせはしない」

司祭「魔王。お前が勇者を殺すと言うなら、私が立ちはだかる。お前が勇者の罪をうたうなら、私は勇者の善行を誇る」

勇者「…………」

勇者「僕は……本当に、仲間に恵まれたみたいだ」

魔王「ぐ、ぎ……どうしテ、お前だけが……!」

勇者「――――魔王。僕はまだ、あなたの言い分を全ては聞いていない。もしかしたら、あなたの言うように僕は罪人なのかもしれない」

勇者「だとしても、あなたは僕の仲間を傷つけた。旅人さんを殺した。その時点で、あなたの主張は全ての正当性を失っている」

勇者「その一点だけでも、僕はあなたを許せない」

勇者「だから、ここで全てを終わらせる」ブォン


魔王「があああ!」ヒュンッ!!

司祭「がッ!?」ボゴッ

司祭「……バカ、め。近づいたな?」ガシッ

司祭「魔女! 私が魔王を押さえている間に!」

魔女「……ごめんなさいね、司祭くん。あなたの命、わたしにちょうだい?」

司祭「くれてやる。だから、最後に見せてみろ」グッ

司祭「最高最大の魔法を、な」ニッ

魔王「ぐっ、がっ」ドッ、ガッ

魔女「炎は消え、氷は溶け、風は止み、雷は地に吸われる」

魔女「魔法の全てが無に帰るなら、無は終わりにして最後の魔法」

魔女「――――滅びなさい。終魔<グラン・マジナ>」

司祭(懐かしい、な。魔女の言霊を思い出させる色だ)

司祭(魔女の全力の魔法を、無駄になどするものか)

司祭「道連れだ、魔王。私と共に死ね」

司祭「反射結界<ウー・ラグレース>!」

勇者(自分と魔王の周囲に結界を張った!?)

勇者「司祭さん!」

ジジ、ジジジ
シュー、、、
ドンッ!!

司祭「    」

魔王「ガフッ……はあ、はあ」ボタボタ、、、


魔女「……ごめんなさいね、司祭くん。足りなかったみたい」

魔王「死、ねええ!?」ブンッ

魔女「あぐっ!」ドンッ

魔女「    」

勇者「魔女さん!? くっ、そ……ソシエ、ソシエ、ソシエ」

魔剣士「もう、二人とも無茶ばかりするんだから」

魔剣士「そういうことはあたしの役目なのよ」

魔王「ぐっ、かはっ……」

魔剣士「魔女の魔法、ずいぶんと効いたみたいね。魔法を閉じこめるために司祭が結界まで張ったから、体の殻までぼろぼろよ?」

魔剣士「これなら、あたしの剣も届く」

魔剣士(死を恐れずに踏み込めるなら)


魔王「あああ!?」ブンッ

魔剣士「……一の剣。左目穿ち」グサッ

魔王「くっ……殺す!」ズバッ

魔剣士「……二の剣」ドクドク

魔剣士「空縫い」ザンッ

魔王「がっ、ああ!?」ドゴッ、ボガッ

魔剣士「……三の、剣っ」ポキッ

魔剣士「影払い!」

魔王「ああ、ああ、あああ!?」ザクッ

魔剣士「ふっ、ぐっ……四の、つるぎ……」ダラッ

魔剣士「逆手。死点一決」ザシュッ

魔剣士(左手……上がらない。動かない)

魔王「が、ああ!? 凍炎<シャリアフォーカ>!!」

魔剣士「っ……やあっ!」スパッ

魔剣士(魔法を斬った……魔剣には驚かされてばかりだわ)

魔剣士(でも、これで最後。防ぎきれなかった魔法のせいで、足が動かない)

魔剣士「五の剣、奥義」

魔剣士「――――太陽砕き」グサッ!!

魔王「がッ……あ」グッ

魔剣士(胸を貫いた……それでもまだ死なないなんて)

魔剣士「……勇者、ごめんね」


魔王「死、ね」ドゴッ

グキッ

魔剣士「   」

勇者「っ……! 復活<ソシエ>」ポォ

司祭「くっ……がふっ……」

勇者「魔力がもうない! 司祭さん、魔女さんと魔剣士を早く!」

魔王「殺す……殺す殺す殺す!」グッ、、、ブシャ

魔王「オレは、ユウ者、を……!」カラン

勇者「魔剣士の、剣」

勇者「返してもらう……!」ダッ

魔王「がああ!?」ブンッ

勇者「ふっ……!」スッ

勇者「やっ!」チャキッ

勇者(呪いがなくなったおかげで、僕でも魔剣を扱える)

勇者「まだ魔剣士との共鳴は切れてない。魔剣士の気持ちは僕に届いてる」

勇者「行くよ。僕の剣は、ここにある」


魔王「くたばれぇ!」ブンッ

勇者「やっ!」キンッ

魔剣士『あたしは勇者だけの剣なの』

勇者「ら、ぁあああ!!」ズバッ

魔王「ぐっ……ぐふっ」


勇者(魔剣士の言葉。嬉しかったけど、後悔している部分もある)


勇者「届、けっ!」グサッ

魔王「がっ、ああっ!」ブンッ

勇者「くっ」バッ


勇者(僕の剣であろうとする魔剣士は、女の子であるオサナを胸の奥にしまってしまうから)


魔王「くた、ばれ……風雷<ヒュービリィ>!」

勇者「あぐっ!?」ダンッ

勇者「く……そっ」ビリビリ


勇者(僕は、魔王が現れなかった世界でのオサナを取り戻す)

勇者(勝ち気で、料理をしたことなくて、僕が手を握ると頬を赤くするような、そんな日々を手に入れる)


勇者「だから、負けるわけにはいかないんだ」グッ


勇者「……魔剣士。いつも僕に言っていたね。勇者は踏み込みが甘い、って」

魔王「ああ! やあっ!」ブブンッ

勇者「なら、踏み込んでみせる!」カキンッ

勇者「はっ!」ザクッ


勇者(もっと)


勇者「やっ……!」ズバッ

勇者「こ、のっ……」ブンッ

魔王「がっ!」ドゴッ

勇者「がふっ……っ!」ダンッ

勇者「倒れて、たまるか……ぁ!」バッ


勇者(もっと深く!)


勇者「ふ……しっ!」グサッ

勇者「らあぁ!」ザシュッ

魔王「ぐ……氷炎風雷<マーゼナル>!」

ドンドンドンッ!!

勇者「がッ!?」

勇者(なんだよ、今の魔法……爆発? 床や壁ごと体を吹き飛ばされた)

勇者「く、っそ……まだ、まだだ!」

魔王「死ね、死ね、死ねええぇぇ!」ブンッ!

勇者「うるさい!」カキンッ

勇者「はぁぁ――!」

魔王「氷炎風雷<マーゼナル>!!」

勇者「魔剣士ならできた。僕だって魔法を切れる……っ!」スパッ

魔王「!?」

勇者(懐に入った……これでっ)

魔剣士『五の剣、奥義』

勇者「五の剣、対技(ついぎ)」

魔剣士『――――太陽砕き』

勇者「――――月別ち」ザンッ!!


魔王「が……ふっ……」ガクッ

勇者「これでもまだ死なないなんて……けど、もう動けないでしょ」

勇者「今度こそ、殺す」チャキッ

魔王(ああ……ユウ、者)

勇者「はっ!」ヒュンッ

魔王(大きく、なった……な)ザクッ

ゴロン


――――再会は突然に、

司祭「復活<ソシエ>!」パァ

魔女「くはっ……」

司祭「はあ、はあ……次は魔剣士、だな。どうにか魔力は持つか」

魔女「魔王、は……?」

司祭「勇者が首を切り落とした。私たちの勝ちだ」

勇者「ふ、う……」ガクッ

勇者(魔力も、体力も……全部使い切った。傷はいくつか負ったけど、何とか死ぬほどじゃない、かな)

モクモク

勇者「…………え?」

モクモクモク

勇者「この煙は……だって、これは……」

勇者「魔物が、人間に戻る時のものじゃ……!」

ブワッ!!

司祭「な、んだ?」

魔女「司祭くん……?」

勇者「そ、んな……」

勇者「なんで……どうして?」

勇者父「    」

勇者「どうして魔王が父さんなんだよ!!」


――――そして別れは必然に。

勇者「僕は……僕は! ああ、ああ、あああ!?」

勇者「父さんの、首を……僕が! 違う、僕は父さんに殺されそうになって」

勇者「でも父さんが僕を殺そうとしたのは魔王だからで、父さんが悪い訳じゃ」

勇者「なにが……何がどうなってるんだよ……」カラン、、、

魔女「どういう、こと? 探してたお父さんが……?」

司祭「わからん……ひとまず、今は魔剣士を蘇生させる」ソシエ、ソシエ

勇者「う……くっ……!」

?『――――』

勇者「…………?」

?『魔王の死亡、勇者の存命を確認』

勇者「なんだよ、この声……」

魔女「勇者くん?」

?『文明発展度、小。更なる発展を希望』

勇者「聞こえないの!? 何か、変な声が……!」

魔女「ごめん、なさい。わたしには、さっぱり……」

勇者「……待って。同じことが、ずっと、前にも……」

?『女神に申請……許可。これより魔王を選定する』

勇者「な、にを……?」

勇者「待って……待てよ! どういうことだよそれは!?」

司祭「ソシエ、ソシエ、ソシエ……よし、これで……」

ドクンッ


魔剣士「    」ムクッ

司祭「な……? まだ復活<ソシエ>を使う前だぞ……?」

魔剣士「    」グチャッ

魔女「え?」

グチャグチャ
ギチギチギチッ!!
ピキッ
ピキピキッ

勇者「や、めろ……やめろよ……」

魔女「魔剣士、ちゃん?」

司祭「バカな……あれじゃあ、まるで」



司祭「魔王、じゃないか」



魔剣士「    」

魔王「  ――」

魔王「――――」

勇者「魔剣士……オサナ!!」

勇者「ダメだ、正気に戻って! オサナは魔王なんかじゃない!」

勇者「オサナ!」ダッ


司祭「ま、待て勇者!」ガシッ

勇者「離、して……っ。離せ!」

司祭「事情はわからん! だが今、魔剣士は魔王の姿になっている! 不用意に近づくな!」

勇者「オサナが魔王なわけあるか! オサナは僕が、僕の……!」

魔女「勇者くん、冷静になって! 魔剣士ちゃんを助けるんでしょ!」

勇者「……! くっ……いったん、城を出る! 休んだら、またすぐに……っ」

女神『魔王の討伐、お疲れさまでした』

勇者「っ!」

司祭「勇者? 急に上を見て、何を……」

勇者「さっきの声はどういうことだっ!」

女神『今は新しい魔王と戦う余力がないでしょう。あなたが旅を始めた地まで送り届けます』

勇者「な……ふざけるな! 僕は魔剣士を助けなきゃいけないんだ!」

女神『それでは、また後ほど。あなたの活躍を見守っていますよ、私の勇者』

勇者「待 」

    ◇南の大陸 城門

勇者「 て!」

司祭「な……?」

魔女「ここ、南の大陸の城、よね?」


    ◇謁見

勇者(詳しく話をする機会も与えられないまま、僕は王の前まで通された)

勇者(こんなことに時間を使っている暇は、ないっていうのに)

南の王「よくぞ戻った、勇者よ」

南の王「旅の噂はこの大陸まで轟いている。聞けば、空を飛ぶ機械を作り上げ、誰も知らない北の大陸の果てまで向かったという」

南の王「先程から、各地の魔物が動物に戻ったという話を聞いている。勇者、お前は見事、魔王を討ち果たしたのだな」

勇者「――――まだ終わっていません」

南の王「何?」

勇者「このままでは、遠からず動物は魔物に変わっていくでしょう」

勇者「倒すべき敵を、倒していない」

南の王「なんと……もしや、別の魔王が現れたのか?」

勇者「オサナは魔王じゃない!!」

南の王「勇者……?」

勇者「っ……」

魔女「勇者くん、落ち着いて?」コソコソ

司祭「話すなよ、ややこしくなる」ボソッ

南の王「ふむ……何か気に病むことがあるか?」

勇者「――――すみません、取り乱しました」

勇者「なにぶん、魔王を決死の思いで倒した直後、女神の言葉により別の敵がいることを知りました。心の余裕を失っていました」

南の王「よい。勇者とは重責だ。魔王が現れてから二年が近づこうとしている。その間、勇者として存分に勤め上げていたゆえだろうからな」

南の王「……では、勇者よ。世界を救うため、また剣を手に取ってくれるな?」

勇者「はい」

勇者「平和な世界を取り戻すため、僕は必ず敵を倒します」

今日はここまで。

>>655
修正

魔女「魔王、かしら? とても、強い魔翌力……こんなことってあるのね? ふふ、魔翌力を感じただけで、殺されるって思っちゃったのよ?」
→魔女「魔王、かしら? とても、強い魔力……こんなことってあるのね? ふふ、魔力を感じただけで、殺されるって思っちゃったのよ?」

すみませんでした

>>65
修正
魔剣士「名剣だから呪われたのか、呪われたから名剣になれたのか、どっちらかしらね」
→魔剣士「名剣だから呪われたのか、呪われたから名剣になれたのか、どちらかしらね」


――――女神様、どうか命を落とし給え

    ◇夢

女神「こうして会うのは久しぶりですね、私の勇者」

勇者「…………」ジロッ

女神「何か言いたいことがあるのでしょうか。ご自由にどうぞ」

勇者「どういうことだ」

女神「どう、とは?」

勇者「どうしてオサナが魔王になるんだ!」

女神「勇者の手により魔王が殺されました。そのため、次の魔王を必要としていたのです。あなたには世界の声が聞こえていたはずですが?」

勇者「世界……世界が、魔王を望むだって……?」

女神「厳密には違います」

女神「魔王が望まれているわけじゃなく、目的を遂げる手段として魔王という役割が選ばれたのです」

勇者「…………」

女神「私は以前、言いましたね? 私が話しかけるだけでも、人間に与える影響は大きすぎる」

女神「力に目覚める前のあなたに話しかければ、あなたが人間を滅ぼしかねないのだ、と」

女神「人間が作られてしばらくしてから、私は一人の人間に話しかけました。その結果が勇者であり、魔王なのです」

勇者「……意味が、わからない」


女神「ふふ。そうでしょうね。では順を追って話しましょう」

女神「この世界を作り、人間が生まれ、私はしばらく世界を観察していました」

女神「ですが、世界は何一つ進歩しなかった」

勇者「…………」

女神「人間とは、自らの力で成長することのない、愚鈍な我が子だったのですよ」

勇者「そんなわけ、あるか。僕の周囲だけでも成長はいくつもある。魔剣士、司祭さん、魔女さんは自分の意志で強くなったんだ」

女神「個々での成長には重きを置いていません。重要なのは種として、総体としての人類の成長です」

女神「私は文明の発生、発展を願って一人の人間に話しかけた。それにより選ばれたのが最初の勇者なのです」

女神「そして、勇者に近しいものから一人が選ばれ、魔王となります。魔王、それは勇者が立ち上がるための理由づけですね」

勇者「どうしてそんなことをしたんだよ?」

女神「私が決めたわけではありません。世界は私が作りましたが、私が自由に干渉できないよう自律していますからね」

女神「私の目的に沿うよう、世界が勇者と魔王の役割を望んだのです」

女神「そして目的は適いました。あなたも耳にしたでしょう? 『勇者は文明の発展と共にあった』です」

女神「確認されている勇者はあなたで八人目ですが、勇者という呼称がつく以前から、同様の役割を持った人物はいたのです」

勇者「……文明の発展。そんなもののために、魔剣士を魔王にしたのか」

女神「そんなもの、でしょうか? 人類という視点で見れば、一つの転換点となるほど大きな流れです」

女神「――――あなたたち人間は、植物を育てる時、密集していたら一部の植物を間引きますね? それと一緒のことですよ」

女神「勇者や魔王という人間を間引いて、人類を正しく生育するのです」

勇者「……もういい。理由は聞き飽きた」


勇者「だとしても、どうして魔剣士なんだよ。魔剣士の神性はとても高い。魔物になることはないはずでしょ」

女神「魔王の力によって魔物になることはないでしょう。ですが魔王を選ぶのは私の力の一端です」

女神「無意識に与えるような神性では防げないでしょうね」

勇者「なら、助ける方法は? 文明の発展ならいくらでも力を尽くす。生涯を全て捧げてもいい」

勇者「魔剣士が無事で、魔王として人を殺さずに済むなら、だ」

女神「ありません」

勇者「……ふざけるな」

女神「ふざける理由がありません。私は至って真面目です」

女神「勇者は、元が親族であれ想い人であれ、魔王を救うことはできません」

女神「勇者とは、魔王を殺す者ですよ」

勇者「――――」

勇者「そう、か。はは、そうだったんだ」

女神「…………」

勇者「僕はずっと間違っていた。旅人さんの言うとおりだ」

勇者「女神は、人類のためなら人間なんてどうでもいい、最低最悪のアバズレだった」

女神「不遜な物言いを罪に付することはしません。私の勇者、あなたはまだまだ有益です」

女神「いつか、人類が自らの足で歩き出す日まで。人類のために、あなたは全てを失いなさい」

勇者「……僕の反応を見て、言うことがそれか」

勇者「もういい」チャキッ

勇者「くたばれ」


    ◇城内

魔女「勇者くん? 勇者くん……しっかりして?」

勇者「う……? 魔女、さん」

魔女「ふふ、よかった。うなされてたのよ? 何か悪い夢でも見たの?」

勇者「ああ。大したことないよ」

勇者「女神に何度も殺されただけだから」

魔女「…………そう」

勇者「司祭さんはいる?」

勇者「これからのことを話したいんだ」


司祭「時間が欲しい、か」

魔女「どういうこと? 魔剣士ちゃんをそのままにはしておけないのよね?」

勇者「そうだけど、正直どうすれば魔剣士を助けられるかわからない。考える時間が欲しいんだ」

司祭「しかしそうは言っても、ずっと休んでいるわけにはいかないだろう?」

勇者「うん。僕だってじっとはしてられない」

勇者「だから明日、朝早くには出発しようと思ってる」

魔女「……ふふ。魔剣士ちゃんのこと、迎えに行かなきゃいけないかしら?」

勇者「そのためにも、一日だけしっかり休まなきゃと思って」

勇者「昨日は色んなことが起こりすぎたよ。正直、今も頭がこんがらがってる」

司祭「……そうか、わかった。なら旅の支度だけは私が進めておく」

勇者「それくらいなら部下さんが引き受けてくれると思うよ」

勇者「旅に出る前、色々とお世話になったんだけどね。目端の利く人だから、任せても大丈夫」

司祭「しかしな……」

勇者「頼るのは気が進まないかもしれないけど、今は静養に努めて。明日からは、時間を惜しんで北の大陸まで向かうから」

司祭「そう、だな。勇者の言うとおりにしよう」


魔女「わたしもちょっと疲れちゃったな? 二人に遅れないよう、体力を回復しなくちゃね?」

司祭「そこまで無理をさせるつもりはないがな」

勇者「はは」

勇者「…………」

勇者「二人に言っておきたいことがあるんだけどさ」

魔女「何かしら?」

勇者「実はさ、(僕と一緒にいたら魔王になる可能性があるんだ。それでもついてきてくれる)?」

司祭「すまない、聞こえなかった。今なにか言ったのか?」

勇者(悪魔さんやマーリアと同じ状況、かな。僕の言葉は二人に届かないんだ)

勇者「――いや、何でもないんだ。忘れて」

魔女「そう?」

勇者「疲れてるみたい。夢見も悪かったし、少し休んでるよ」

司祭「…………勇者。私たちもいるんだ、一人で気負うなよ?」

勇者「わかってる。頼りにしてるよ」


    ◇城外

勇者「さて」

勇者「僕がいなくなったことに、二人が気づくのはいつだろ。今夜か、明日の朝か……」

勇者「できるだけ遅いとありがたいんだけど」

勇者(僕に近しい人が魔王になるっていうなら、二人を側には置いておけない)

勇者(効果は薄いかもしれないけど、危険を伝えられないんじゃ置いていくしかないし)

勇者「――――っと。出発する前に、さっさとやっておかなきゃね」

ブォン

勇者「女神の加護。さんざん世話になったけど、さ!」

ズバッ
ガシャン

勇者「もうその顔を見たくないんだよ。僕の周囲からいなくなれ」


勇者(これで、聞けなかった言葉を思い出せるかな)


~~~

悪魔『――――――――――――――――――――――――――?』

マーリア『死ね。世界と仲間のために死ね。お前が生きている限り、――――――――――――』

~~~


勇者「…………」


~~~

悪魔『勇者と魔王を犠牲にして人類を成長させようとしてんだぞ?』

マーリア『死ね。世界と仲間のために死ね。お前が生きている限り、魔王も魔物も死ねないんだ』

~~~


勇者「……はは。遅いんだよ、僕はいつだって」

勇者「さっさと女神の加護を切り捨てておけば、二人の言葉も聞こえたのに」

勇者「……何もかも間に合わなかったけど、でもこれだけは譲れない」

勇者「僕は、オサナを……」


――――さよなら

    ◇瘴気の森

勇者「ようやく見つけた」

勇者「すっかり魔王の風格だね、オサナ」

魔王「――――」

勇者「そっか、言葉は失われてるのかな。旅人さんが生きてれば、言葉を取り戻せたかもしれないけど」

勇者「…………ここに来るまでに、色々あったんだ」

勇者「オサナは魔王の城で待っていると思ってた。だから崖の向こうに行こうと頑張ったんだよ」

勇者「崩落した隧道(トンネル)を見つけて、氷魔<シャーリ>で新しく壁を作りながら掘り進めたりね」

勇者「でもさ、そこまでして城に行ったのに、オサナがいないから焦ったよ」

魔王「――――」ブンッ

勇者「おっと」サッ

勇者「オサナに殺されたりはしないよ。そんなこと、オサナにさせない」

勇者「……それからは飛行機で各地を飛び回った。途中、女神の思惑どおり、文明の発展に携わったりもしたよ」

勇者「海に現れた魔物のせいで水害が酷い地域では、治水に精を出した」

勇者「見上げるくらい大きな魔物が歩き回るところではさ、頻繁な地響きでも家が倒れないような建築方法を探したりさ」

勇者「……別にね、世界なんてどうでもよかったのに。だから中途半端にしか関わってないんだけど、風の噂じゃどれもうまくいったらしいよ」

勇者「――――寄り道ばかりして、でも、ようやくオサナを見つけられた」


魔王「――――」ダッ

勇者「氷炎<シャリアフォーカ>」

魔王「――――っ」ピタッ

勇者「司祭さんも魔女さんも置いて、一人でいることに決めた。そしたらさ、鍛えてもいないのにどんどん勇者の力が強くなるんだ」

勇者「女神の加護を砕いたのに、僕はそれでも勇者らしい」

勇者「笑っちゃうよね。僕は魔剣士だけの勇者なのにさ」

魔王「――――」チャキッ

勇者「……魔王になっても、やっぱりオサナはオサナだね。剣の構え方が変わってない」

魔王「――――!」ブンッ

勇者「ごめんね。勇者は魔王を救えないらしいんだ」スッ

勇者「だからできることは一つだけなんだよ」

勇者「オサナ」チャキッ

勇者「それでも僕は、もう覚悟を決めているんだ」


    ◇数日後

魔女「司祭くん!」

司祭「どうしたんだ、慌てたりして。勇者の居場所が見つかったか?」

魔女「違うの……そうじゃないの! これ、勇者くんからの手紙……」

司祭「読ませてくれ」


『司祭さんと魔女さんへ

 急にいなくなったことを、二人は怒っているかもしれない。

 すまないと思ってる。でも、僕にも言えないことや、伝えたくても伝えられないことがあったんだ。

 言い訳になるけれど、それでも許してほしい。


 この手紙は、各国の王にわがままを言って、二人に届けてもらったんだ。

 自分一人で何とかする、そんなことはできないとわかっていたからね。

 今、僕はオサナと会いに行く前にこの手紙を書いている。この手紙が届いたら、どうか僕を拾いに来てほしい。

 その時もう、僕はこの世にいないから。』


    ◇数日前 瘴気の森

勇者「良かった。氷を砕かれるようならどうしようかと思ってたんだ」

魔王「――――」

勇者「僕の魔力を全て注いだ氷魔<シャーリ>だよ、これならもう動けない」

勇者「冷たくはないよね? 首から下は氷漬けだけど、常温で凍るように魔法をいじってあるんだ」

勇者「……これなら、もし僕が失敗しても、魔王は誰かを傷つけない」

勇者「さて」

勇者「本当にごめん。僕はこれから、オサナにひどいことをする」


『僕はこれから自殺する。どうしてか、目的はここに記さない。僕の書いた文字にも制限がかかっているだろうからね。

 司祭さんと魔女さんには、手紙に同封した地図の森まで来てほしい。

 そこで、勇者がまだ必要とされる状況なら、僕を生き返らせてもらいたいんだ。

 ただし、僕の思惑どおりに事が進んで、勇者を必要としない状況なら、僕をそのまま葬ってほしい。

 僕の数少ないわがままを、どうか聞いてくれないだろうか。



 追伸。

 もしも勇者が必要ない状況だとしたら、僕が謝っていたと、オサナにそう伝えてほしい。

 オサナが幸せになることを、心から願ってる。』


    ◇瘴気の森

勇者「僕は魔王を殺せない。勇者が魔王を殺したところで、また別の魔王が生まれるだけだからね」

勇者「だから」

勇者「僕は勇者を殺す。魔王が死んで魔物が動物に戻ったように、勇者という始まりがなくなれば魔王は人間に戻れる、かもしれないんだ」

勇者「僕が死んで、それでもオサナが魔王のままなら、生き返らせてくれるよう司祭さんに頼んである」

勇者「その時は、オサナ。僕と一緒に死んでほしい」

勇者「世界から勇者と魔王がいなくなるには、そのどちらかの方法しかないんだ」

勇者「オサナを殺すなんて僕にできるとは思えない。でも、それがオサナを救うただ一つの方法なら、僕はそうする」

勇者「そのためになら、僕の心なんて砕けてしまえばいい」

勇者「……けどね、そうならないんじゃないかって、何となく思うんだ。これでオサナは救われる」

勇者「僕がいない世界は、少し寂しいかもしれないけどさ」


勇者(僕が死んだらどうなるかを確かめるだけなら、こんなところまで来なくてよかった)

勇者(せめてオサナの近くで死にたい。これは僕の弱さだろうな)

勇者(でも、オサナに見えない場所で死ぬことは、優しさなのかな?)


勇者「――――さよなら」

勇者「……そうそう、言い忘れてたけど」

勇者「似合わないよ、その首飾り」


    ◆

悪魔「死にやがったか。予定通りにごくろうさん、っと!」

ガシッ
グイッ!


    ◇世界の果て

勇者「…………」

勇者「……、っ……?」

勇者「ここ、は」

悪魔「よう。目覚めはどうだよ、勇者様」

勇者「……君、生きてたのか」

悪魔「あん? オレが死ぬかよ」

勇者「でも君、魔王に潰されて挽き肉になったじゃないか」

悪魔「ありゃあオレじゃねえよ」

勇者「そう、なの? 女神の悪口とか、色々共通点があったけど」

悪魔「そりゃあたまたまだな。オレの性格とあいつの性格が似ていただけだ」

悪魔「何しろ、オレとあいつは種族からして違う」

悪魔「旅人を名乗っていたあいつは悪魔で、」

悪魔「オレは人間、七代目の勇者だからな」

今日はここまで。
ですが時間があったらもう少し投下します。

すみません、都合により次回更新は明日か明後日の夜になります
ご了承ください


――――救われぬ勇者たち

勇者「七代目……先代の勇者?」

悪魔「ああ。色々あってな、一〇〇年ばかり悪魔をやってんだよ」

勇者「……ああもう、なんなんだよ。魔王を倒してからこっち、意味のわからないことばかりだ」

悪魔「はっ、そう嘆くなよ。てめえにもわかるように説明してやるさ」

……


悪魔「始まりは、世界の果てに幽閉された悪魔の気まぐれだとよ」

悪魔「退屈してたアイツは、魔王を滅ぼすために自殺を選んだ勇者をここに連れ込んだんだ」

悪魔「そして言ったんだよ。『テメエを救ってやるから、お前はおれを救え』ってな」

勇者「いつかの君と同じ言葉だね」

悪魔「そりゃそうだ、やりとりは踏襲してるからな」

悪魔「……で、その取引の内容が肝だった」

悪魔「悪魔が与えるのは、勇者という役割の撤廃。悪魔が求めるのは、勇者が自分の代わりにここで幽閉されることだった」

勇者「それ、取引として成立しないよね? いくら勇者じゃなくなったところで、元の世界に戻れなきゃ意味がない」

悪魔「ああ。その質問はオレも持ったさ。そんなオレに、先代……六代目の勇者は言ったよ」

悪魔「同じ取引を、自分の次の勇者に持ちかければいい、ってな」

勇者「……いや。やっぱりおかしい。君が戻りたいのは一〇〇年も前の世界でしょ? 僕のいた世界に戻っても意味がないよ」

悪魔「それは大丈夫なんだとよ。ここに入った時点の世界に戻されるそうだからな」


勇者「――――なら、生きて戻った勇者がいない理由は? ここを出た後、勇者が元の世界に戻れたなら、そんな言い伝えは残らない」

悪魔「出来事が確定しているから、だな。オレがいないままお前という勇者が生まれ、魔王を倒しただろ?」

悪魔「そういう大まかな出来事は改変できねえんだよ」

悪魔「だが、細かい部分……女神にとってどうでもいいことは違う」

悪魔「オレが生きて帰れば、あいつは自分を不死化しない。一〇〇年も待たせずに済むんだ」

勇者「修道女さん、だね」

勇者「そっか、それで。不思議だったんだ、悪魔には似つかわしくない首飾りだなって。悪魔は十字架に弱かったりしないの?」

悪魔「ただの迷信じゃねえか。……仮にこれがオレの肌を焼くとしても、あいつの思い出を手放したりしねえがな」

勇者「お熱いことだね」

悪魔「てめえに言われたかねえよ。オレは勇者の動向を見てるんだぞ? 唇を奪うことさえできない根性なしのくせにいちゃいちゃしやがって」

勇者「……不毛な言い争いになりそうだし、やめようよ」

悪魔「はっ、だな」

勇者「――――取引は行うよ。僕にとっても悪い話じゃない」

悪魔「毎度あり」

勇者「ところで、君は悪魔から人間にどうやって戻るの? そのまま世界に戻ったら、悪魔祓いされちゃうんじゃない?」

悪魔「余計なお世話だタコ。……人間に戻る方法なんてねえよ。角も尻尾も青い肌も、悪魔の力で隠すだけだ」

勇者「大変だろうけど頑張って」

悪魔「そりゃあてめえの方だろ。次の勇者が現れるまで、だいたい一〇〇年。それまで、てめえは何もないこの世界で生きるんだからな」

勇者「……覚悟してる」

勇者「でも、たったそれっぽっちの我慢で自分の死を取り消せるんでしょ? 安い買い物だと思うな」

悪魔「はっ、その強がりをいつまで言えるか楽しみにしてやるよ」


悪魔「それじゃま、いくぞ。てめえから女神の神託を消滅させる」

勇者「構わない。やって」

悪魔「っ!? …………」

勇者「?」

悪魔「…………」

勇者「どうしたのさ。やりなよ」

悪魔「…………」

勇者「悪魔さん?」

悪魔「オレは……てめえを……」

勇者「僕を救ってくれるんでしょ? 僕も悪魔さんを救うからさ」

悪魔「くそ……くそっ!」

悪魔「いいか勇者! 拒むな逃げるな受け入れろ! ――――背者<セーレント>!」モワモワ

勇者「んぐっ……」ビクッ

勇者「げほっ……なんだこれ、まず……口の中が苦い……」

悪魔「吐き出すなよ。ちょっとでも煙を吐き出せばやり直しだ」

勇者「もっとマシなやり方を用意しといてよ……」

悪魔「うるせえ。オレだって味わったんだ、てめえも我慢しやがれ」

勇者「ん、ごくっ……ぉぇ」

悪魔「よし、飲んだな。これでてめえはただの人間に戻ったわけだ」


悪魔「それじゃ……行くか。獄門<パラドーア>」

ジジ

悪魔「おい勇者。悪いがオレの背中を押してくれ」

勇「どうして?」

悪魔「悪魔はここに幽閉されてんだぞ? 自分の意志で出ていけたらまずいじゃねえか」

悪魔「オレがここから出るには、他人の意志が必要なんだよ」

勇「なるほどね、そういう規則があるんだ」

悪魔「……おめでたい奴だな、てめえは」

悪魔「オレの背中を押さず、さっさとこの門をくぐれば、勇者じゃなくなったてめえは助かることができるんだぞ?」

勇「だろうね」

勇「だからってそんなことはしないけど。君のおかげで、僕は助かる可能性が出てきたんだしさ」

悪魔「……はっ。てめえはどこまでもお人好しだな」

勇「僕を迷わせようとする君に言われたくないな。さっさと修道女さんを迎えに行きな、よっ!」ドンッ

悪魔「てめ

ジジ、、、

バシュンッ

勇「さよなら。お幸せに」

勇「…………一〇〇年か。長いな、ほんと」


――――希望の最果て

勇(何もない世界で生きるのは苦痛だった)

勇(夜空よりもずっと真っ黒な空)

勇(どろどろとした重たい水の流れる小川)

勇(雑草の一つも生えない痩せた大地)

勇(ほんの数分でぐるっと一周してしまうほど、小さく狭く完結した世界)

勇(何もすることがないし、寝ていようと思った)

……


悪魔(起きた時には、肌が青くなり尻尾が生えていた。きっと頭には角もあるだろう)

悪魔(この世界は、留まっているだけで人間を変質させてしまうらしい)

悪魔(世界の果て。よくできた世界だなと思う)

悪魔(性悪な女神が作ったのだろうから、それも当然だろう)

悪魔(……空腹や眠気などが無くなり、僕は正真正銘、何もすることがなくなった)

悪魔(一〇〇年もの時間を無為に過ごしながら、時々、オサナのことを思い出す)

悪魔(僕のいない世界で、オサナはどんな風に幸せになったのだろう)

悪魔(オサナの笑顔を独り占めする誰かに、僕は嫉妬してしまう)

……


………
……


悪魔「…………ん」

悪魔「ようやく、か」

悪魔(勇者の存在を感じる。幽閉されている世界の果てまで届くほど、勇者という存在は世界の不純物みたいだ)

悪魔「……?」

悪魔「なんだ、これ……視界が、勇者に繋がった?」

悪魔「――――ま、いいか。人間だったらとっくに死んじゃうくらい、退屈していたところだし」


    ◆

勇者「で、どうしてユミがついてくるんだよ?」

弓使「だって小王さまが勇くんと一緒に行けって……」

勇者「オレは一人でいいって言ったのになあ」

弓使「ひ、ひどいよ……あたし、一緒にいちゃダメ?」


    ◇

悪魔「小国、一〇〇年の間に栄えたんだ」

悪魔「これならもう、王を名乗ることに気後れしないかな」


    ◆

弓使「…………!」バシュッ

勇者「おお、一撃で射抜いたな」

弓使「あ、あたしだってやればできるんだもん」

勇者「そうこなくっちゃな。期待してるぞ」ナデナデ

弓使「ん……っ/// ……あ、頭なでないでよぉ!」ジタバタ

………
……


勇者「魔剣!?」

勇者「ふふふ、勇者として女神に惚れられたオレの力の見せ所だな!」

弓使「や、やめようよ? 魔剣なんて持ったら呪われちゃうよ?」

勇者「いいや、オレなら大丈夫だ。話を聞きに行くぞ」スタスタ

弓使「ま、待ってよ勇くんっ」パタパタ


    ◇

悪魔「魔剣、か。……オサナ」


    ◆

老父「なるほど、お話はわかりました」

勇者「じゃあ!」

老父「亡き祖父母も、勇者に渡すとなれば反対しないでしょうしね」

老父「何しろ、勇者と一緒に旅をした司祭と魔女なんですから」


    ◇

悪魔「!? このおじいさんが、司祭さんと魔女さんの孫……?」

悪魔「うわ、なんだろ、なんか懐かしくて嬉しくなってきた!」


    ◆

老父「ですがその前に、お二人には聞いてもらいたい話があります」

弓使「な、なんですか?」オドオド

老父「――――先代勇者と、この魔剣を振るっていた人の最期です」

勇者「街で話は聞いたよ。魔剣士って人なんだろ?」

老父「ええ。……勇者と魔剣士、二人に関して祖父母の口は重かった」

老父「魔剣の管理を引き継ぐに当たっても、最低限しか教えられていません。わたしの話は、多くの人の言葉を継ぎ接ぎにしたものです」

老父「まずは勇者。こちらはお二人もご存知ですね?」

勇者「ああ。魔王を倒して戻ってはきたが、すぐに現れた次の魔王を倒しに行って、それっきりなんだろ」

弓使「……魔王を倒して、生きて帰った勇者はいない、だもんね」

老父「ええ。ただ、最初に魔王を倒した後の彼の行動には疑問が多く残ります」

老父「祖父と祖母を、そして魔剣士の女性を置いて、どうして一人で行動したのか」

老父「伝聞による性格の違いも気になります。当初、彼は人々のために力を尽くす勇者でした」

老父「が。最初の魔王を倒してからの彼は、他の何かに気を取られているようでした。上辺だけの尽力、そんな印象を受けます」

老父「見捨てたというほどではないのですが」

勇者「なんだかな。勇者ならきっちり救えってんだ」

弓使「勇くん、そういうこと言うのはやめようよ……」

老父「そうですね。勇者くん、あなたも同じようになるかもしれませんよ」

老父「他の全てを捨ててでも、守りたい何かが見つかったりすれば」

勇者「頭の片隅で覚えとくよ。……で? 魔剣士の最期はどうだったんだ?」


老父「魔剣士。彼女は、勇者が死んだことを知ると、自らの魔剣で自殺しました」


勇者「……おい。冗談だよな?」

老父「祖父は蘇生魔法を使えましたが、発見が遅く、生き返らせることはできなかったと聞いています」

老父「血塗りの魔剣。それが彼女の振るった剣の名です。彼女は最期、自らの血を剣に飲ませ、その生涯を終えたのです」

勇者「…………」

老父「魔剣は今も赤く輝いています。呪いのせいで触れられず、手入れはしていないのですが、今にも切り裂きそうな雰囲気をまとっています」

老父「先代勇者の剣を自負した彼女、魔剣士の血が今も染み込んでいるからかもしれませんね」

勇者「ユミ。帰るぞ」

老父「魔剣はよろしいので?」

勇者「オレが見ていいような、ましてや振るっていいような剣じゃない」

老父「……ふふ。あなたもやはり、勇者くんでしたね」

勇者「ふん」スタスタ

弓使「ゆ、勇くん! 待ってよぉ!」パタパタ

ガチャ、ギィィ

老父「血塗りの魔剣。そんな名前にしては、多くの人に思われる代物となりましたね」

老父「さて、魔剣の結界を張り直しにいきましょうか」



老父「――――バカな。結界が破られている? 魔剣もない」


    ◇

悪魔「オサナ……どうして死んだのさ」

ギュッ

悪魔「また呪われてる。オサナが自殺したから、なのかな」

悪魔「……僕のことなんて忘れて、幸せになれば良かったんだよ」


    ◆

勇者「バカが! オレをかばってお前がケガしてどうすんだよ!」

……


弓使「動かないで。それ以上勇くんに近づけば、あたしはあなたを射る」

……


弓使「ゆ、勇くん……来ちゃ、ダメ……っ!」

勇者「うるさい。おとなしく待ってろ。いいな?」

……


勇者「オレは、勇者に憧れてただけの子供じゃねえか……!」

弓使「そんなことない。あたしはずっと、勇くんの背中を見てきたんだよ?」

……


勇者「沼地と陸地が入り乱れすぎだろ。ここを普通の装備で渡るのは無理だな」

弓使「なんとかならないかな……?」

勇者「氷魔<シャーリ>を使えりゃいいんだが、この辺りは魔力の流れがきつすぎて無理だ。過去に何があったんだか」

勇者「……普通の泥水じゃない。この粘度じゃ泳ごうとしても沈むのがオチだ」

勇者「沼と陸、どちらも進めるような乗り物でもあれば、森の奥まで行けるんだろうが」

弓使「水の上と土の上を……そんなことできないよ」

勇者「諦めが早い奴だなあ。そこを何とかするのが勇者ってもんだろ」

……


女神「おや、やったことはありませんか? 石を回転させながら投げると、」

チャプッ、チャプッ

女神「このように、水の上を跳ねていくでしょう?」

……


勇者「沼地を越える方法を思いついた」

弓使「おぉ、勇くんってすごいね。どうやるの?」

勇者「乗り物を作ってもらう。水や土の上を跳ねるような感じで移動するやつをな」


勇者「南の大陸に渡るぞ」

弓使「え? 森の奥には行かないの?」

勇者「オレの考えた乗り物、作るのに時間がかかるんだとよ。それまで、魔物の被害が大きい南の大陸を何とかしたいからな」

弓使「あの森の奥に魔王がいるかもしれないのにね……」

勇者「仕方ねえさ。魔物にしたって、空でも飛べなきゃあの沼地は越えられない。今は見過ごすしかないだろ」

……


旅人「よう勇者」

勇者「馴れ馴れしい奴だな。誰だよあんた」

旅人「ずいぶん威嚇してくるじゃねえか。女神に尻尾降ってる子犬のくせしやがって」

修正
旅人「ずいぶん威嚇してくるじゃねえか。女神に尻尾降ってる子犬のくせしやがって」
→旅人「ずいぶん噛みついてくるじゃねえか。女神に尻尾振ってる子犬のくせしやがって」


    ◇

悪魔「……生きてたんだ。というか、百年後でも生きてるんだ、旅人さん」

悪魔「本物の悪魔は寿命とか違うのかな」


   ◆

勇者「くそっ! なんなんだよこの国は! オレをいつまでも城に閉じこめやがって!」

弓使「し、仕方ないよ。勇くんがいなきゃ襲ってくる魔物を追い払えないんだし」

勇者「だからってじっとしててどうすんだよっ。いつまでも襲われ続けるだけじゃねえか!」

弓使「結界魔法とか、使える人いないのかなあ?」

……


勇者「今日は城の外で勇者の顔見せだとよ……」

弓使「ゆ、勇くん? 我慢しなきゃダメだよ?」

勇者「わあってるよ。勇者がいると知って安心する奴もいるんだ。魔物をどうにかするまでは人形になってやるさ」

弓使「もう、そんなことばかり言うんだから。……でも、無理はしないでね? イヤなら、一緒に城を抜け出しちゃお?」

勇者「ユミも肝がすわってきたなあ」

弓使「うん……勇くんのせいだけどね。絶対」

……


姫「ゆーうしゃーさまっ!」ダキッ

勇者「こ、っの! 離しやがれ!」

姫「もう、どうしてわたしを邪険に扱いますの?」

弓使(いつ見ても、きれいな人……)

弓使(こんな美人に好かれてるのに、どうして勇くんは嫌がるんだろ)

弓使「はあ」

姫「…………」クスッ


弓使「あの、あたしにお話って……?」

姫「勇者さまには、旅のお供として腕の立つ兵士を何人か提供しようと考えています」

姫「世界の希望である勇者さまが、命を落とされては大変でしょう?」

弓使「えっと。そう、ですね」

姫「ならわかっておいでよね? あなたが勇者さまの仲間に相応しくないってことも」

弓使「――――はい」

姫「弓の腕はそれなりのようですが、後ろから矢を射ることしかできないあなたじゃ、勇者さまをお守りすることはできないでしょう?」

姫「わたしの未来の夫を、守ることはできない」

弓使「……どうしてかはわかりませんけど、勇くんは、あなたとだけは結婚しないと思います」

姫「なんですって?」

……


弓使(この模擬戦で勝って、あたしは勇くんの仲間として認めてもらう)

弓使(相手は剣士。距離はほとんどない。あたしが不利だけど、それでも勝たなきゃ……!)

……


勇者「おい! どういうことだよこれは!」

弓使「来ない、で」

勇者「待ってろ! 今助け」

弓使「来ないで!」

弓使「だいじょうぶ、だから。あたし、勝って、証明するよ」

弓使「勇くんと一緒に、戦えるんだって」


……


弓使「勝、った?」

勇者「当たり前だろ。ユミは、オレの頼れる仲間じゃねえか」

勇者「……お前、どんな体勢からでも矢を放てるだろ。窮地に陥った時ほど、ユミの存在が頼もしいんだよ」

勇者「――――だからなあ! ユミを傷つける奴は、全員オレの敵だ。南の王の娘である姫、お前だろうとな」

姫「……わかりませんわ。どうしてわたしより、そんな女のことを大切にしますの?」

勇者「そんなこともわからねえか? 決まってるだろ」

勇者「オレはユミのことが好きなんだよ」

勇者「惚れた女のためなら、国が相手だろうと戦ってやる」


    ◇

悪魔「……見てるのが面映ゆくなってきた」

悪魔「僕を見ていた七代目の勇者も、こんな気持ちだったのかな」

悪魔「見てるのも見られてたのも恥ずかしくてしょうがないよ」


    ◆

弓使「お城、追い出されちゃったね」

勇者「くそ、オレの頑張りはなんだったんだよ。結局、姫のわがままで城に逗留させられてただけじゃねえか……」

弓使「……ねえ勇くん。さっきの、本当?」

勇者「どのさっきだよ」

弓使「あたしを、その、好きだっていうの」

勇者「信じられないか?」

弓使「だってあたし、いつも勇くんの足を引っ張ってる」

勇者「――――来いよ。証明してやるから」

……


弓使「ここ、教会?」

勇者「ユミさえよければ、すぐにでも夫婦の誓いを交わしたい」

勇者「オレのこと、好きか?」

弓使「……あたしで、いいの?」

勇者「ユミがいいんだよ」

勇者「で? オレのことはどう思ってるんだよ」

弓使「い、言わなくても、わかってるよね?」

勇者「ちゃんと言葉で聞きたい」

弓使「も、もう……勇くんって本当に、バカなんだから……」


………
……


勇者「南の大陸に凶暴な魔物が多い元凶がこんな子供、ねえ」

悪魔娘「…………」

弓使「どうする、の? まさか」

勇者「どうもしねえよ。物騒なこと考えんな」

勇者「これまでの話から考えりゃ、周りのバカな奴らがこいつを迫害したのが原因だろ」

勇者「こいつの恐怖が伝播して魔物に伝わった、っつうことか」

弓使「この子、角や尻尾が生えてるし……魔物、なのかな?」

悪魔娘「……やだ」

悪魔娘「来ないで……痛い、やだ……」

弓使「――――」

弓使「大丈夫」ギュッ

悪魔娘「っ!?」ビクッ

弓使「もう痛くない。温かいよね? 安心して」

弓使「あたしがあなたを守るから。ね?」


……


悪魔娘「ママ」

弓使「えっと、あたし、かな? はいはい?」

悪魔娘「パパ」

勇者「オレかよ。まだそんな年食ってねえのに」

悪魔娘「だめ?」

弓使「勇くん……」

勇者「わかった、わかったよ。好きに呼べって」

悪魔娘「ありがと、パパ」

勇者「結婚式より前に娘ができるとはなあ」

……


悪魔娘「パパ……ママ――――助けるっ」

バチバチバチッ

霊獣『フウゥゥゥ……!』

弓使「わぁ!? 勇くん何あれ! 怖いこわい!」ギュッ

勇者「アホ、戦闘中に抱きつくな! ……ってか何だあれ、かっけえ」


………
……


弓使「この変な乗り物で沼を越えられるの?」

勇者「オレの考えた通りに作られてればな」

悪魔娘「すぅ……すぅ……」

弓使「ふふ。寝ちゃってる。かわいい」

勇者「にしても、娘を魔王との戦いに連れてくのは気が引けるな」

弓使「それはそうだけど……でも、そんなこと言ってると勇くんはまた霊獣と戦うことになるよ?」

勇者「わあってるよ。どっちにしろ、オレが守ればいいんだしな」

弓使「よかったね、娘ちゃん」

……


勇者「さて娘。オレたちはユミに内緒で事を進めなきゃいけない」

悪魔娘「ん」

勇者「オレは方々と話を詰めてくる。その間、ママの相手は頼んだぞ?」

悪魔娘「まかせて。がんばる」

……


弓使「最近、勇くんがあたしの相手をしてくれないよね」

悪魔娘「そんなこと、ない」

弓使「そうかなあ? 気がついたら出かけちゃってるし……浮気、とか? うぅ、やだよぉ……」

悪魔娘「ママ、心弱い」

弓使「だ、だって……」

悪魔娘「ん。その心配、明日、終わる」

弓使「どういうこと?」

悪魔娘「くす。内緒」

……


黒服「弓使い様、悪魔娘様、お迎えに上がりました」

弓使「はえ!? だ、誰です何です!?」

悪魔娘「ん」スタスタ

弓使「む、娘ちゃん! 知らない人に付いてっちゃダメだよ!」

黒服「ご安心を。勇者様がお待ちです」

弓使「へ?」キョトン


勇者「よう、オレのお嫁さん。とんでもない美人に仕立ててもらったな」

弓使「っ/// ……はっ。そ、そうじゃないよ勇くん! これどういうこと!?」

勇者「いやあ、結婚式挙げたいなあと思ってさ」

弓使「聞いてないよっ」

勇者「だってユミが嫌がるし、なら強行してやろうと思ったんだよ」

弓使「だ、だって……」

弓使「勇くんには、もっと素敵な人がいると思うもん……」

弓使「あたしより可愛くて、優しくて、強くて、家事ができて、手にタコがなくて、胸が大きくて、そういう……女の子らしい子が」

弓使「あたしは遊びでもいいの。気の迷いで十分だもん……だから」

勇者「オレを何だと思ってんだよお前……自分では一途な男だと思ってんだがなあ」

勇者「――――いいか、よく聞け」

勇者「ユミより可愛かったり胸が大きかったりする女はいくらでもいる。ああいや、ユミより可愛い女なんているのか? いないよな」

弓使「む、胸も否定してよっ」

勇者「それは無理だ」

勇者「……自信を持て、なんて言わない。不安は不安のままでもいい」

勇者「だとしても、オレなしじゃ生きてられないくらい、たっぷり愛情を注いでやる」

勇者「世界で一番いい女じゃなくても、世界で一番幸せな女だと思えるくらいにな」

弓使「ば、ばかっ……」ボロボロ

弓使「あたし……あたしっ」

勇者「あーあー泣いちゃって。化粧が崩れるぞ。せっかくいつもの五割増しで美人なのに」


………
……


勇者「よし、沼地を軽々と進んでいけるな」

弓使「すごいねこれ……どうやってるの?」

勇者「ざっくり言うと、下に空気を噴射して浮き上がってる」

悪魔娘「この先、魔王、いる?」

勇者「ああ」

勇者「――――勝つぞ。平和な世界で、ユミと娘と仲良く暮らすんだからな」

……



……

勇者「ふざけるな! 何が起きてんだよ!」

悪魔娘「ママ……ママっ!」

勇者「ユミ! くそっ……必ず助けるからな!」


    ◇

悪魔「…………」

悪魔「いよいよ、か」


    ◆

勇者「娘」

悪魔娘「ん。ママ、助け、行く?」

勇者「ああ」

勇者「…………娘」ギュッ

悪魔娘「ん。なに、パパ」

勇者「ママと、仲良くな?」


    ◇

悪魔「せー、のっ!」

ガシッ
グイッ

勇者「うお!?」

悪魔「久しぶり。また会ったね」

勇者「お前は……て、てめえ何しやがる! オレが死ななきゃユミを助けられねえじゃねえか! 早く戻せよ!」

悪魔「そう慌てないで。今の君は魂だけの存在で、残してきた肉体はちゃんと死んでるよ。安心して」

……


元勇者「うぇぇ……何だよこの味……」

悪魔「まっずいよねそれ。よく頑張ったよ。何にせよ、これで君は人間に戻った」

悪魔「あとは、」


弓使『勇くん、やだ、やだよぉ、目を開けてよっ!』

悪魔娘『パパ……パパ……!』


悪魔「!?」

悪魔(勇者が死んだのに、どうしてまだ視界が繋がるんだよ!)

悪魔(……いや、違うか。繋がってるのは、元魔王の弓使に?)

元勇者「あとは、何だよ? 何をすればいいんだ?」


弓使『…………』

悪魔娘『ママ……ママ、元気、出して?』

弓使『勇くんを殺した魔王、どこにいるのかな』

弓使『――――殺してやる。殺してやる殺してやる殺してやる』

悪魔娘『マ、マ……』

悪魔(時間の進み方が早すぎる……これは、今じゃない……勇者が死んだ場合の、未来?)

悪魔娘『不死、化?』

弓使『そう。どうしてだろうね。魔法なんてこれっぽっちも使えなかったのに、伝承にしか残ってないような魔法を使えるなんて』

弓使『……勇くんと魔王は相打ちだったんだよね? でも、魔王は何度でも現れる。歴史が証明してる』

弓使『勇くんが命をかけて手に入れた平和を、他の誰にも邪魔させない。人間にも、魔物にも』

弓使『だからあたしは不死になるよ。体が朽ちるその日まで、ね』


悪魔娘『ママ……』

弓使『大丈夫、悲しまないで? 娘ちゃん、もう自分の力で角や尻尾を隠せるでしょ?』

弓使『娘ちゃんはかわいいもの。きっと、愛してくれる人が見つかるから』

悪魔娘『ママは、もうあたしを愛してくれないの?』

弓使『ううん。そんなわけない。娘ちゃんが大好きだよ。勇くんの次だから、二番目ね』


元勇者「おい悪魔さんよ。早く言ってくれよな。黙られると不安になってくるだろ」


弓使『不死化……本当にひどい魔法だよね。死んだ人の肉しか食べられないなんて』

弓使『そういえば、魔王も人間を食べていたんだっけ』

弓使『あたしも魔王と同じなんだ』

悪魔(まさか……不死化の魔法が使える条件は……)

弓使『あらいらっしゃい、娘ちゃん』

悪魔娘『お母さん……もうやめよ? こんなことしても、パパが悲しむだけだよ』

弓使『やめないよ』

弓使『娘ちゃんのお願いでも、これだけは譲れない。……ごめんね。ダメなママでごめん』

弓使(夢を見た。勇くんを殺す夢)

弓使(夢の中のあたしは魔王で、勇くんの胸に剣を突き立てている)

弓使(勇くんは……避けようともせず、それどころかあたしを抱きしめて、笑った)

弓使(ああ、ああ――――どうして気づかなかったんだろう)

弓使(勇くんを殺したのは、あたしだ)

弓使『あたしが殺してやりたかったのは、自分だ』


弓使『あたしのせいで、勇くんが死んだんだ』




魔剣士『あたしのせいで、ユウが死んだんだ』



弓使『…………あは』

弓使『あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!』


悪魔「…………」

元勇者「ったく、いつまでもだんまりしやがって。不気味すぎるだろ」

悪魔「獄門<パラドーア>」

元勇者「うおっ。びっくりすんだろ、急に魔法を使うなよ!」

悪魔「この門をくぐれば、元いた世界に戻れるよ」


悪魔(何を……僕は何を言っている?)


元勇者「いや、このまま戻ってもオレは死んだままじゃねえか」

悪魔「ああ、そっか。君は普通の人間で、悪魔じゃないしね」


悪魔(待て……待ってよ! そんなことしたら、僕は……!)


悪魔「即席で不死化の魔法をかけて……っと。これで君は一日だけ不死身だよ。戻ってすぐ体を回復させれば、まあ死なないんじゃないかな」

元勇者「おいおい、本当に大丈夫なのかよ」

悪魔「さあ? ま、ダメだったらまた助けてあげるよ」


悪魔(違う! 助かるのは僕だ! 僕はオサナを助けないといけないんだよっ)


元勇者「くそ、不安を煽るなよな」

元勇者「……で、オレはどうやってお前を助ければいいんだ?」


悪魔(言え……言うんだ! ここで一〇〇年絶望してろって!)


悪魔「そんなことも言ったっけ。でも君に助けてもらうほど落ちぶれちゃいないかな」

元勇者「おいおい……あんたにゃ感謝してもしきれないけど、それにしたってひどくねえか?」

悪魔「うるさいな、さっさと行きなよ。それで戻ってくるな」


悪魔(違う、行くな! 僕の代わりにここで……!)


元勇者「なんかすっきりしねえけど……まあいいか。世話になったな、悪魔さんよ」

元勇者「世界に戻ったら、悪魔の美談を広めといてやる」

悪魔「期待しないでおく。さよなら」


悪魔(待って! お願いだ、僕を助けてくれよ! もうこんな世界はイヤなんだ! オサナと一緒にいたいんだよ!)


元勇者「じゃあな」

バシュンッ

悪魔「あ……」

悪魔「ああああ!!」

悪魔「バカか……バカなのか僕は! 何のために一〇〇年も待ったんだよ!」

悪魔「くそ――――まだだ、まだ機会はある」

悪魔「一〇〇年後、次の勇者こそ、僕の身代わりにすればいい」

悪魔「今度こそ、きっと……!」

今日はここまで。


    ◆

小王「なるほど。この話は他の誰にもしていないな」

元勇者「してねえよ」

小王「よし、ならそのまま口をつぐんでいろ。何でかはわかるな?」

元勇者「勇者のせいで魔王が現れる、なんてわかれば勇者は人柱にされちまうからだろ?」

小王「ああ。お前を助けたっていう悪魔が毎回助けてくれるとは限らないからな」

小王「次の勇者が現れたら、真っ先にこの国まで来てもらう。そしてその時代の小王に話を託せばいい」

小王「……王の判断としては間違っているだろうが」

元勇者「悪いな、余計な悩みを増やしちまったか?」

小王「はは、気にするな。お前がはなたれ小僧だった時から困らされっぱなしなんだ、一つ増えたところでへっちゃらだ」

元勇者「うっせえな、早く忘れとけよ!」

元勇者「……世話になる。アニキ」

小王「いいさ。……お姉さんのこと、残念だったな」

元勇者「亡骸が戻ってきただけ良かっただろ。……魔王になっていたことや、オレが[ピーーー]ば助けられたって、もっと早くわかってればな」

小王「言うな。お前のおかげで、救われた命がいくつもあるんだからな」


弓使「勇くん、遅かったね」

元勇者「小王の話が長えんだよ。いつもいつもな」

弓使「もう、そういうこと言わないんだよ?」

悪魔娘「パパ、ママ、ご飯……」

元勇者「おっと、腹減ったか? よおし、今日くらい奮発してやっかな!」



旅人「へえ? 世界で初めて生還した勇者、か」

旅人「となると、頑張ったのは先代の勇者……あの優男か」

旅人「ちょっくら挨拶してやるかな」


    ◇世界の果て

旅人「よう」

悪魔「…………」

旅人「けっ、眠れないからって意識を落としてやがるな。この世界で一〇〇年過ごすための知恵ってか?」

旅人「おい起きろ勇者。八代目勇者。現悪魔。おーいっ」ゲシゲシ

悪魔「…………だれ、だ」

旅人「久しぶりだな。すっかり悪魔が板についたじゃねえか」

悪魔「旅人、さん?」

旅人「んだよ、悪魔らしいのは見た目だけか? 言葉遣いは変わってねえじゃねえか」

悪魔「性格までそう易々と変えたくないよ」

悪魔「それより、どうしてここに?」

旅人「いやな、不思議だったんだよ。おれが考えた取引を続けてくなら、テメエら勇者はいつまでも救われないはずだからな」

旅人「だがお前は当代の勇者を救っちまった。別に文句はないが、どうしてそんなことしたのかと思ってな」

悪魔「うるさいな。僕にだってわからないよ」

悪魔「――――好きな人を殺してしまったことに、心が壊れたみたいに笑う弓使の姿を見た」

悪魔「そんな光景のせいかもしれないけど、でも僕は、オサナとあの女の子なら、オサナを選ぶ」

悪魔「選ぶ、はずなのにさ」

旅人「ふうん? テメエ、どうしてわざわざ魔王になった女の最期なんて見たんだよ」

悪魔「見たくて見たんじゃないよ。勇者をこの世界に引っ張り込んだ後、勝手に未来が見えちゃったんだから」

旅人「そんなことあるわけ……あ、やべ、それおれのせいかもな」


悪魔「は? どういうことさ」

旅人「初代勇者が死んだ後にな、魔王から人間に戻った女の一生も眺めてたんだよ」

旅人「テメエら勇者は出来損ないの悪魔だしな、おれがこの世界で取った行動に強く影響でもうけるんじゃねえか?」

悪魔「……なんだよそれ。君の軽はずみな行動のせいで、僕は苦しんだっていうのか?」

旅人「そうは言うがなあ。テメエ以外の勇者は、自分の大切な人のために他の人間は見捨ててるだろ?」

旅人「テメエだけできなかった理屈にはならねえよ」

悪魔「――――わかった、そのことはもういい」

悪魔「それより、僕の代わりにこの世界にいてくれないか?」

悪魔「ずっととは言わない。オサナか僕が寿命を終える頃に、また君の代わりに悪魔になる」

悪魔「だから、僕をこの世界から出してほしいんだ」

旅人「おお、なかなか自分本位な奴になってきたな」

旅人「だが悪いな、おれはテメエを助ける理由がない」

悪魔「どうして!」

旅人「いいか? 悪魔が勇者と交わしてきた取引は、どれも『自分が相手を助けるから、相手も自分を助けろ』ってやつだ」

旅人「だがテメエは一方的に助かろうとしている。それが気に入らない」

悪魔「君が始めたことだろ!?」

旅人「わかってねえなあテメエは」

旅人「あのなあ、おれは救済と絶望を同時に与えられるって悪趣味から勇者を助けたんだ」

旅人「おれがいなきゃ、歴代の勇者はただ死ぬだけだ。何も得られずにな」

旅人「おれの意図が何であれ、それが過去の勇者を救ったことに代わりはねえよ」

旅人「それを非難するテメエはなんだ? 女神のような独善者か? 他人のために自分を切り捨てる偽善者か?」


悪魔「……僕、は」

旅人「本当に助かりてえなら、次の勇者を生け贄にするんだな」

旅人「ま、テメエはもう助かることはできねえよ」

旅人「頭に刻んどけ、おれが呪いを与えてやる」

旅人「今回の勇者は助けたのに、次の勇者は見捨てるのか?」

悪魔「うるさい……うるさい! 誰が苦しもうと関係ないっ、僕はオサナを助けるんだ!」

旅人「期待してやるよ。終わらない絶望と、声にもならない悲鳴をな」

……


悪魔「僕はオサナを助けるんだ」ブツブツ

悪魔「オサナを助けて、そして……」

悪魔「違う、僕が助かりたいわけじゃない」

悪魔「助けて、僕を助けてよ、誰か」

悪魔「僕は――――」


    ◆一〇七年後

悪魔「最後の時、僕は君を助けるよ。だから君には、僕を助けてほしいんだ」

悪魔「今度こそ」

……


勇者「やはり、な」ペラッ

勇者(あの悪魔が抱えていたのは、失われた血塗りの魔剣で間違いない)

勇者(だがどうして、悪魔が魔剣を大事そうに抱えている?)

………
……


勇者「少し気は引けますが……必要なことならやりましょう」

ブォン

ズバッ

勇者「女神の加護を切りました。これで今度は話を聞けるんですね?」

……


小王「これが、九代目の勇者から聞いた世界の真実だ」

勇者「バカな……なら今の魔王は、行方不明になった私の友人、ですか?」

小王「君には辛い決断を迫ることになる。悪魔による救済など本当にあるかわからないからな」

勇者「いえ――悪魔は確かにいるようです。以前、悪魔が住むという世界の果てに呼ばれたことがあります」

小王「ほう? 悪魔というのはどんな性格なんだ? 暴力的で人を食ったような性格をしているという偏見はあるが」

勇者「そういった印象はありませんね。優男、といった感じです」

小王「ずいぶんと軟弱な感じだな。……そんな奴が女神に喧嘩を売るものか?」

勇者「確かに……」


勇者妹「お兄ちゃん、急に帰ってきたと思ったら、勇者様なのに家にこもってばかりだね……」

勇者「調べたいことがあるんだ。それが終わったら勇者らしく行動するさ」

勇者妹「でも、あまり危険なことはしないでよ?」

勇者「わかってる。心配してくれてありがとな」ナデナデ

勇者妹「んー、えへへ」

勇者(趣味で勇者のことを調べていたら、こんなところで役立つとはな)

勇者(……言い伝えとは異なり、魔王を倒して生還した九代目勇者)

勇者(そして、八代目)

勇者「魔王討伐に成功するが、新たに現れた魔王との戦いで命を落とす」

勇者「優男で、人につけこまれそうな雰囲気がある」

勇者「血塗りの魔剣を振るった魔剣士とは懇意で、仲睦まじい様子が多くの街で目撃されている、か」

勇者(なぜか助かった九代目。優男。そして魔剣)

勇者(憶測にすぎないが、それにしては符合する事柄が多い)

勇者「あの悪魔は、八代目勇者なのか?」


    ◇

勇者「げほっ、げほ……」

悪魔「無茶するね。魔王相手に単身で説得しようなんて」

勇者「元が私の親友なら届くかもしれない、そう思ったから、な」

悪魔「だからって、あそこまで切り刻まれても立ち上がったのには尊敬するよ」

……


悪魔「これで君は半分だけ救われた」

元勇者「んっ……そう、か。我慢したかいがあったな」

悪魔「あとは」

悪魔「君が、僕を」

悪魔「…………」

元勇者「……八代目勇者」

悪魔「何かな」

元勇者「やはり、か」

元勇者「あなたはどうしてこんな場所にいる?」

元勇者「どうして九代目、私の前の勇者は生きて帰ってこられたんだ?」

悪魔「僕が助けた。それだけだよ」

元勇者「その返答には不足が多すぎる」


悪魔「……獄門<パラドーア>」

悪魔「僕から話すことは何もない。さっさと行きなよ」

元勇者「まだ話は終わってない」

元勇者「あなたは私を助けると言った。私にあなたを助けろと言った。その言葉はどこにいったんだ?」

悪魔「うるさいな……君が僕を助けるだって? 思い上がるな」

元勇者「私に取引を持ちかけたのはあなただ。なのにあなたは、自分の言葉を反故にしようとしている」

元勇者「あなたは語らないことが多すぎる。どうして自分で全てを抱え込むんだ」

魔剣士『一人で抱え込んだりしないで。ね?』

悪魔「っ」

元勇者「教えてくれ。私は何をすればいい?」

司祭『どうして教えてくれなかったんだ。私たちは仲間だろう』

元勇者「どんなことでも力を貸そう。私を頼ってくれていい」

魔女『わたしを頼ってくれていいと思うな?』

元勇者「だから、」

悪魔「うるさいっ。うるさいんだよ!」

元勇者「話を」

悪魔「出てけ……出てけぇ!」ドンッ

バシュン

悪魔「はあ……はあ……」

悪魔「――――はは」

悪魔「僕は心が弱いんだ、きっと。他人の不幸も踏みにじれないくらい」


    ◆

元勇者「…………」

勇者妹「お兄ちゃん、元気ないね?」

元勇者「ちょっとな。すまない、心配をかけた」

勇者妹「そんなことないよ。お兄ちゃん、魔王を倒したりで大変だったもんね」

勇者妹「友達も見つかったんだし、これからはのんびりしてね?」

元勇者「ふっ、そうだな」

元勇者「……そのためにも、早く悩み事を片づけたいか」

勇者妹「お兄ちゃんならできるよっ」

勇者妹「…………あ!?」

元勇者「どうした?」

勇者妹「お兄ちゃんにお客さんが来てたの忘れてた!」

元勇者「おいおい……早く通してやってくれ」

勇者妹「わかったー」

元勇者「ところで誰が来たんだ?」

勇者妹「えっとねー、旅人さんって言ってたよ」


……


旅人「ってえわけだ。どうだ、参考になったか?」

元勇者「…………」

旅人「んだよ黙り込みやがって」

元勇者「あなたの話を疑うわけじゃない。だが、だとしたら彼は何をしているんだ」

元勇者「どうして自分だけが苦しもうとしている?」

旅人「そんなのわかりやすいじゃねえか」

旅人「偽善者なんだよ、アイツは」

元勇者「……恩人を悪く言われて、私が気を害さないと思うか?」

旅人「テメエの気持ちなんざどうでもいいな。おれはおれの心に従うまでだ」

旅人「惚れた女を助けず、ちょっと人生を眺めた程度の奴を相手に自分を犠牲にするバカを、他になんて呼べばいいんだ?」

元勇者「なるほどな、あなたは確かに悪魔らしい」

元勇者「しかし、どうして私にこんな話をしにきた? それこそ、あなたは偽善者でもないだろうに」

旅人「なあに、難しく考えんなよ」

旅人「おれの話を聞けば、テメエは何かを変えようと動くだろ?」

旅人「人間がもがく姿を見る、これほど楽しいことがあるか?」


    ◆五二年後 会談

西の王「更なる援助、か」

東の王「そうは言うが、北の大陸は人と物資の中継地として十分に栄えてきたと思うが?」

小王「北はもともと領主が存在せず、それぞれの地域が独立した治世を行ってきました」

小王「それを王に属し、一つの国とするには多くの苦労と根回しが必要だったのですよ」

西の王(ちっ、狸め。王位を継いだばかりの若造のくせにふてぶてしい)

南の女王「だとしても、それをこの場で議題にする理由はない。それぞれの国と個別に話し合って援助を請うのが筋だと思うが?」

小王「もちろん、ここでこうして話さなければいけなかった理由があります」

小王「何しろこれは重大な機密のため、皆さんへお話するのに順序をつけるわけにはいかなかったのですよ」

東の王「そこまでしてもったいぶるとはな。どんな内容なんだ?」

小王「勇者と魔王が選ばれる理由、ですよ」

西の王「……なんだそれは。ばかばかしい。魔王が現れたから、それを倒すために勇者が選ばれる。それだけのことだろう」

小王「それは大きな誤解ですね」

小王「まず勇者が女神様から神託を受け、その数日後、魔王が発生する。きちんと因果関係を探れば、その流れだと確認が取れますよ」

南の女王「もしそれが本当なら、これまでの世界の認識がひっくり返るな」

西の王(小王の目的は援助だが、問題は話の内容だな)

東の王(国民に開示しなければいけない情報だとしたら、援助を断ったとしても他国から話が流れてくる)

南の女王(ここまでもったいぶるのだし、先に提示してきた高額な援助を思えば重要性は相当に高いはず)

小王(ここからが肝要、だな。まずはなんとしても援助の確約を取り付ける)


小王(四国会談の場で表明したことを撤回すれば、他国から大きな反感を買う)

小王(ただし三国が団結して支援を固辞するなら、小国が不当な支援を申し出たのだと疑う向きも出てくる)

小王(まずは痛くない程度の腹を一国に切らせる。そうすれば、自分だけ支出したという立場から撤回の反対派に回る)

小王「時に東の王。以前から話が進んでいた、結界魔法の技術協力は今回の援助の一部に盛り込んでも構いませんか?」

東の王(前回の勇者のおかげで、魔物に襲われることは防げない結界魔法に代わり、敵意に反応して自動で攻撃する防衛魔法が作られている)

東の王(一時代前の結界魔法を教えて援助の額を削れるなら悪くない)

東の王「いいだろう。勇者と魔王の理由とやらはまだわからないが、そちらの国を守る一助になるなら拒む理由がない」

西の王(バカが、自国のことだけを考えて承諾したな。相手の思惑を読む力もないか)

西の王(これだから外交音痴は困る……こちらから穏便に話を白紙に戻せるか?)

西の王「結界魔法のことはこちらも小耳に挟んでいるが、ここで決めてしまえば王の手柄になってしまうだろう?」

西の王「これまで調整を続けてきた大使が報われない。決定するのは尚早じゃないかと、大使たちの人柄を思えばこそ懸念に思うが?」

南の女王(まったく、くだらないな)

南の女王(各国の思惑が透けて見えすぎている。それだけ勇者という手札が大きいことの証左ではあるが)

南の女王(……勇者と魔王が選ばれる理由、か。いったいどんなものなんだ?)


会談後、三国は小国――後の北の国への経済支援を確約する。
また、存命している勇者の親族を保護、それぞれの王城でかくまうと、時を置かずに国民へ勇者の秘密が開示された。
その情報は人々を混乱させたが、徐々に受け入れられていく。

勇者が選ばれるまで、あと半世紀。
次代の勇者は、英雄ではなく罪人となる未来が確定された。


    ◆六七年後 市場

主婦1「このまま勇者が現れなければいいけどねえ」

主婦2「ホントよ。勇者が生きている限り、魔王はいくらでも現れるんでしょ?」

少女「…………」スタスタ


    ◆自宅

少女「はあ。気が滅入っちゃうな」ボスン

少女「……やな感じ。みんな、直接は言わないけど、勇者が死んでくれることを期待してる」

少女「勇者に選ばれるのは自分かもしれない、自分の大切な人かもしれないのに。どうしてみんなは平気なんだろ」

女神『……者よ』

少女「?」

女神『勇者よ』

少女「っ」ビク

女神『あなたには、私の力を託します』

少女「う、そ」

勇者「あたしが、勇者なの?」


    ◆数日後

少女兄「最近顔色が悪いな。具合でも悪いのか?」

勇者「ううん、そういうんじゃないの……大丈夫だから」

勇者(勇者に選ばれたら、すぐに名乗り出るよう決められてるけど……そんなの無理だよ。殺されちゃう)

勇者(助かる方法があるって言われても、それを信じて王城に出頭するなんてできない)

勇者(やだ、やだよ。怖い)

少女兄「……そうだ。少女、俺はこれから出かけてくるよ」

勇者「何か用事?」

少女兄「ちょっとな」

少女兄(少女は夜の花が好きだしな。取ってくれば、ちょっとは元気になってくれるかもしれない)

……


少女友「あ、お兄さん」

少女兄「久しぶり。最近は会ってなかったかな」

少女友「お兄さんって忙しいですもんねー。まだ若いのに剣術の師範代ですし」

少女兄「若手に経験させようって、実力が伴わなくても名前を押しつけられてるだけだよ。俺はまだまだ青二才だから」

少女友「またそんなこと言っちゃって。少女に怒られちゃいますよ?」クス

少女兄「妹は俺を過大評価しすぎなんだよ」クス

少女友「今日はどこにお出かけですか?」

少女兄「町の西にある山にちょっとね。夜の花を摘んでこようと思うんだ」


少女友「少女ー? いるー?」

勇者「待って、今出るから」

ガチャガチャ

少女友「最近、人付き合いが悪くなったって聞いたから遊びにきちゃった」

勇者「そう、なの? ごめん、ちょっと元気が出なくて……それだけだよ」

少女友「確かに顔色が良くないよねー。……はっはあ。それでお兄さん、出かけたのか」

勇者「兄さんに会ったの?」

少女友「これから夜の花を取りに行くんだって。誰かさんの好きな花を、ねー?」

勇者「あたし……のこと?」

少女友「元気づけたいってことでしょ? いいお兄さんだねー」

勇者「兄さん……」

ゴゴゴ、、、

少女友「んー?」

勇者「家が揺れてる……?」

勇者「――――それだけじゃない! 空が、急に暗く……っ!」

少女友「な、なにこれ? 少女、何が起こってるの?」

勇者「わからない、よ」

勇者「一度広場に行こう? みんなに話を聞かないと」


主婦1「や、山が……山が黒い何かに覆われて……!」

勇者「!?」

少女友「しょ、少女……あそこ、今、お兄さんが」

主婦2「あ、ああ……なに、なんなの、あれは」

少女友「山……頂上が消えて、お城になった」

勇者「…………」

勇者「あたしの、せいだ」ボソ

勇者「っ」ダッ

少女友「少女!?」


勇者(怖かった。ずっと怖かった)

勇者(勇者だってばれたら殺されちゃう。みんなに死ねって言われることを想像したら、自分じゃ何もできなくなっていた)

勇者(そんな自分のことしか考えられないあたしだから、今の今まで思い出せなかった)

勇者(魔王は、勇者に近しい人から選ばれるんだって)

勇者「……っ」

勇者「ごめん、ごめんね兄さん。すぐ助けるから……!


    ◇世界の果て

悪魔「目は覚めた?」

勇者「ここは……」

悪魔「びっくりしたよ。君が急に自殺するから。お兄さんを助けるのと、自殺するのって普通なら繋がらないからね」

勇者「あなた、は?」

悪魔「初めまして、勇者さん。僕は訳あって悪魔をやっているんだ」

勇者「……っ。兄さん、兄さんはどうなったの!?」

悪魔「安心して、生きてるよ。君が自殺したことで魔王じゃなくなった」

勇者「……良かった。兄さん、無事なんだ」

悪魔「落ち着いたところで、聞かせてくれないかな」

悪魔「勇者が死ねば魔王は救われる。どうして君はそれを知っていたんだい?」

……


悪魔「なるほどね。そうなることは予想していたけど、思ったよりは早かったかな」

勇者「予想してた、って。あなた、何者なの?」

悪魔「どこにでもいる悪魔だよ。ちょっとだけ物知りな、ね」

……


少女「うぇぇ……」グスグス

悪魔「戻さないでよ。やり直すことになったら大変なのは君なんだから」

少女「どうしてこんな、殺意を感じるまずさなの……」

悪魔「そういえば僕、暇だったのにその魔法を改善しようとはちっとも思わなかったな」

少女「どうして?」

悪魔「これから救われていく勇者への嫌がらせ、じゃないかな」

少女「……変なの。助けたり、嫌がらせしたり、忙しいのね」

悪魔「そういうのが人間らしさだしね」

少女「あなた、悪魔でしょ」

悪魔「おっとそうだった」

少女「ふふ、面白い人」

悪魔「そんなことを言われたのは久しぶりかな」


女神「楽しく話しているところを、お邪魔させてもらいましょうか」


悪魔「……ま、いつかこうなるとは思ってたよ」

女神「文明の発展が全く行われないまま勇者が落命する。異常な事態ですからね」

女神「そして勇者の痕跡をたどった結果、あなたが見つかった」

女神「久しぶりですね、八代目勇者。そして初めまして、元勇者のあなた」

少女「この声……あなた、あたしに呼びかけた……」

女神「本当なら、あなたに会うのはもっと先のことでした」

女神「八代目勇者。あなたさえ余計なことをしなければ」

悪魔「おお怖い。やめてよ、女神に殺された記憶がよみがえっちゃいそうだ」


女神「あなたは自分が何をしたのかわかっているのですか?」

悪魔「もちろん。そうすることで困るのは誰か。本当に困るのは誰か。全部よくわかってる」

女神「でしたら話は早いですね。あなたには神罰を受けてもらいましょう」

悪魔「へえ。どんな?」

女神「この世界を完全に孤立させます。ここから人間に干渉する方法はなくし、何もないここで、あなたには永遠を生きてもらいましょう」

女神「死ねばいい、などと甘い考えは許しません。強固な自己修復力、再現力を世界に持たせ、いつまでも代わり映えしない世界を維持します」

女神「あなたは、永遠と孤独の虜囚です」

少女「待ってください!」

少女「この悪魔さんはあたしを助けてくれました! 悪い人じゃありません!」

女神「あなたの目にはそう映るでしょう。ですが彼は、人類に刃向かった。確かな未来を阻みました」

女神「それは許されない大罪です」

悪魔「多くの人間を殺してきたあなたに、そんなことを言われるとはね」

悪魔「ちゃんちゃらおかしい。長生きしてみるもんだな」

少女「悪魔さん、挑発しないでください!」

悪魔「……いいんだよ。どうせ結末が変わらないなら、これくらい言っておかなきゃやりきれない」

少女「どうして諦めちゃうんですか!」

悪魔「勇者や魔王という役割が世界に知られた以上、もう次の勇者は生まないだろうから」

悪魔「僕みたいに、大切な人を失う誰かはもういない。それくらいが落としどころかなって」

女神「そうですね。勇者と魔王を利用した文明の発展は行えません」

女神「本当に、残念でなりません」


女神「では罰を与えましょう」

悪魔「どうぞ?」

女神「いつかの時のように私を殺そうとしても構いませんが?」

悪魔「無駄なことはしない主義なんだ」

女神「そうですか」

女神「ですが」

女神「あなたの人生は、無駄でしかありませんでしたね」

少女「どうして、どうしてそんなひどいことを言うんですか!」

少女「あなたはいったい、」

女神「さようなら。八代目勇者」

バシュン

悪魔「…………」

悪魔「あの子、ちゃんと世界に帰ることができたかな」

悪魔「…………」

悪魔「……やだよ」

悪魔「いやだ……いやなんだ。本当に悪かったと思ってる」

悪魔「だから、だからさ」

悪魔「僕はもういい。せめてオサナだけでも、あなたの力で助けてよ!」

ここまで。
最後の更新は二三時頃を予定しています。


もやもやする

>>755
修正
元勇者「亡骸が戻ってきただけ良かっただろ。……魔王になっていたことや、オレが[ピーーー]ば助けられたって、もっと早くわかってればな」
→元勇者「亡骸が戻ってきただけ良かっただろ。……魔王になっていたことや、オレが死ねば助けられたって、もっと早くわかってればな」


――――あたしは勇者じゃないけれど

    ◆自宅

少女兄「まだ顔色が良くないな。具合が悪いわけじゃないんだろ?」

少女「うん……」

少女兄「お前が勇者になって、俺が魔王になって、そしてすぐに元通り、か。得難い経験をした、と思うことにしているけど」

少女兄「悩んでいるのは、それに関係することなのか?」

少女「あたしを助けてくれた悪魔さんのこと、話したでしょ?」

少女兄「ああ。名前負けした優しい人だったんだろ」

少女「助けてもらったのに、あたしはあの人を助けてあげられないのかなって」

少女兄「……国からのお触れで、勇者は助かる方法があるって言ってたよな。その方法が悪魔さんのことだとしたら」

少女兄「悪魔さんに救われたのは、少女だけじゃない。そしたら、同じように悪魔さんを助けたいって人もいるんじゃないか?」

少女「兄さん……」

少女「そっか。そうだね。そうだよね! 兄さん、今すごくいいこと言った!」

少女兄「そうか? まあ助けられた人は生きちゃいないだろうから、その子孫の人に話を聞いてもらうだけでも、気持ちが楽に」

少女「あたしお城に行って王様に会ってくる!」

少女兄「え?」

少女「そうだよ、何もしないうちから諦めちゃダメだよね! あたし、悪魔さんを助けるんだ!」

少女「兄さんありがと! いってきます!」

少女兄「……いってらっしゃい」

タッタッタ

少女兄「んー。恩に感じてるだけならいいけど。悪魔に一目惚れとかは、兄として応援できないから勘弁してほしいな」


    ◆結社

学士「王から紹介は聞いている。君が今回の勇者だったらしいな」

少女「ええ。……悪魔さんに、助けられました」

学士「悪魔か。人からその名前を聞くのは久しぶりだな」

学士「まずは自己紹介をしておこう。私は学士。君の先代、一〇代目勇者の子孫だ」

少女「え? 勇者の血筋の方って、みんなお城にいるんじゃないんですか?」

学士「勇者と魔王の関係が明かされた当時はそうらしいな」

学士「だが、前回の勇者が没してから一〇〇年以上が過ぎている。魔王や勇者に恨みを持つ人は少数だろう」

学士「勇者の血筋であることさえ隠せば、城の中という窮屈な世界にいる理由がない」

少女「はあ。でも、お城の中なら不自由しませんよね?」

学士「不自由しかないだろう? 私は養われる豚として一生を終える気はない」

学士「君の場合、被害を受けた人はいないようだが……似たような思いだから、城に保護されるのは拒んだんじゃないのか?」

少女「あたしは……やることがありますから」

学士「悪魔か」

少女「はい。あたし、絶対に悪魔さんを助けたいんです」

学士「わかった。私の持っている情報を全て教えよう」

学士「悪魔の救済は先祖の悲願でもある。彼を……八代目勇者を、一緒に救う方法を考えよう」


学士「…………」

少女「…………」

学士「なるほどな」

少女「どうすればいいでしょうか?」

学士「まず必要なのは悪魔を世界の外に出す方法か。この時、悪魔が助けを拒まないよう、誰かが犠牲になる方法は選べない」

学士「そしてもう一つ。こちらは杞憂だと思いたいが、女神が私たちの行動を見逃すか、だな」

少女「許してもらえない、でしょうか?」

学士「何とも言えない。女神はそこまで一個人にこだわらないはずだが」

少女(女神さま……世界を閉ざした、あの人が)

少女「――――あれ?」

少女「あの、大事なことを忘れてます」

少女「あたしたち、悪魔さんのいる場所に行く方法がありません」

学士「……それか」

学士「幸か不幸か、協力者がいる。彼の気が向けば何とかなるだろう」

少女「どうしてそんなに嫌そうな顔なんですか?」

学士「私は彼が苦手なんだ。できることなら会いたくもないんだが」


旅人「おいおい、ひでえ言い草じゃねえか」


学士「来るのが遅い。時間を聞いていなかったのか?」

旅人「聞いちゃいたがな。どうせまだ本題に入ってねえんだろ?」

学士「ちっ。その見透かしたような言葉でさえ腹が立つ」

少女「あの……?」

旅人「ふーん? なんだよ、ずいぶんと小さいやつだな。こんなんを勇者にするとか、あの若作りババアもついにボケたのかね」

学士「こいつの言葉の八割は聞き流していい。愚にもつかない悪口だからな」

学士「嫌々ながら紹介する。彼は旅人、この結社に一〇〇年もいる古株だ」

少女「? あの、ごめんなさい。言ってる意味がよくわからないです」

旅人「だとよ。おれが説明してやっから、テメエは外で時間でも潰してこい」

学士「……取って食ったりはしないだろうな?」

旅人「こんな乳臭えガキにそんなことするかよ」

学士「何かあったら叫んでくれ。そう遠くには行かない、すぐに駆けつける」

少女「えっと。その、二人って仲良しなんですね」

学士「やめてくれ。吐き気がする」


……


旅人「アイツにはない羽まで見せてやったんだ。おれが悪魔だってことは信じるな?」

少女「うん……」

旅人「で、だ。女神のヤツがどんな細工をしたか知らねえが、あの優男のとこに送ってやってもいい」

少女「本当!?」

旅人「おれがしてやるのはそこまでだ。女神の細工は自分らで何とかしやがれ」

旅人「そこまで面倒を見てやる筋合いはねえし、おれの力じゃ女神には勝てねえからな」

少女「あの……質問、してもいいですか?」

旅人「なんだよ」

少女「どうしてそこまでしてくれるんですか? 女神さまに逆らったら、またひどいことされちゃうのに」

旅人「――――別に深い理由なんてねえよ」

旅人「おれの古いねぐらで泣きべそかいてるヤツがいるから、さっさと追い出したいだけだ」


……


少女「一つ質問してもいいですか?」

旅人「いやだね」

少女「旅人さんって、どうして女神さまに歯向かったんですか?」

旅人「ちっ……どんどんふてぶてしくなりやがるな、このガキ」

少女「どうして?」

旅人「あーあーうっせえな! 答えてやるから静かにしやがれっ」

旅人「……女神に声をかけられたヤツが勇者って名前になる前の話だがな」

旅人「魔物を捕まえようと四苦八苦しているヤツがいて、その姿が笑えたから、ちょっとからかってやろうと思ったんだよ」

少女「性格が悪いですね」

旅人「うるせえ、黙って聞け」

旅人「……だから言ってやったんだ。おれを楽しませることができたら、魔物を捕まえる方法を教えてやるってな」

旅人「そしたらそいつはな、しばらく考えてからアホなことを言い出しやがった」

旅人「『僕と友達になろう』だとよ」

少女「悪魔と友達になりたいなんて、面白い人ですね」

旅人「言っとくが、そいつなりに理由があってのことだぞ」

旅人「友達付き合いしていく中でなら、おれを笑わせられることがあるだろうからってな」

旅人「ま、理由はどうあれそのアホっぷりが楽しめたし、約束は守ってやるかと罠魔<トラトラ>を教えてやったんだ」


旅人「そしたらよ、女神のババアが激怒しやがってな」

少女「どうしてですか?」

旅人「邪魔するな、だとよ。おれが人間にいろいろ教えちまうと、文明の発展の仕方が歪んじまうらしい」

少女「はあ。いろいろ難しいんですね」

旅人「そうみたいだが、おれには関係ない話だったからな。無視して魔法をいくつか教えてたら、世界の果てに投げ込まれちまったんだ」

少女「そうだったんですか。旅人さんも大変だったんですね」

旅人「まあな」

少女「ところで旅人さん、お願いしたいことがあるんです」

旅人「いやだね」

少女「悪魔さんを世界の果てから逃がすには、どうしたらいいでしょう?」

旅人「お願いは聞かねえっつってんだろうが」

旅人「……だいたい、あのブスの小細工をなんとかできるなら、おれは一人で勝手に抜け出してんだよ」

旅人「おれの力だけじゃどうにもならなかったから、勇者どもを利用したんだ」

少女「そうですか……んー、困りましたね」

旅人「わかったらあっち行ってろ。しっしっ」

少女「…………旅人さんの力だけじゃダメだったんだし。うん、そうしよう!」

旅人「あん? なんだ急に」

少女「あたし、みんなに手紙を出してきますっ」

旅人「はあ?」


『  勇者に救われた方たちへ


 はじめまして。あたしは今回の勇者だった少女といいます。

 突然のお手紙をお許しください。どうしても、皆さんにあたしの声を届けたかったのです。

 今、あたしたちは八代目の勇者を助けるための活動をしています。

 自分を犠牲にして九代目、一〇代目の勇者を救った彼は悪魔となり、女神様に刃向かった罰として孤独な世界に幽閉されています。

 すでに世界では広く知られている、勇者と魔王の関係を壊した罪によってです。

 女神様にも事情はおありでしょう。思うところがあるでしょう。

 けどそれでも、あたしは悪魔さんを助けたいと思いました。

 皆さんはどうでしょう。悪魔さんが一人苦しむのを、良しとできるでしょうか。

 良しとできなかったあたしは今、悪魔さんを救う方法を探しています。

 ですが、あたし一人では何もできません。

 勇者の力にさえ目覚めなかったあたしは、これまでの勇者のように、文明の発展を促す力がないからです。

 だけどあたしは信じています。

 いつかきっと、悪魔さんを助けられるのだと。

 もしも皆さんがあたしと同じ気持ちなら、どうか力を貸してください。

 あたしたち結社『祈りの魔剣』は、多くの力を必要としています。

 皆さんの思いが、悪魔さんを助ける救いの手になることを願って。


   悪魔さんを助けたい一人の少女より』


    ◇一三年後

悪魔「――――」

悪魔「――――」

悪魔「――――」

悪魔「――――」

バリバリッ!

悪魔「――――?」

悪魔「――――」

悪魔「――――」

?「ようやくここまで来られました」

悪魔「…………?」

?「お久しぶりです、悪魔さん」

悪魔「……少、女?」

女「少女なんて、もうそんな年齢じゃありませんよ?」

女「昔はあんなに大きく見えた悪魔さんが、今では可愛らしく見えちゃいます。あたしって大人になったんですね」

悪魔「そんな……どうして、ここへ?」

女「決まってるじゃありませんか」


女「あなたを助けに来たんです」


悪魔「だって、ここは……女神が、世界を閉ざして」

女「ええ、そうみたいですね。世界の果てを目指してるはずなのに、氷だらけだったり雲の上だったりに繋がって、とっても大変でした」


女「でも、ようやくここまで来られたんです」

悪魔「ダメ、だ……早く、出ないと。この世界は、変わることを許さない。昨日までいなかった君がここにいたら、どんなことになるか……」

悪魔「僕なら大丈夫だから、早く逃げて……っ」

女「そう、ですか。まさか強がるとは思いませんでした」

女「一人になった直後は、助けてくれって泣き言をこぼしていると聞きましたけど」

悪魔「…………」

悪魔「……何の話かな。そんなことより、早く逃げなって」

女「すっとぼけますか。旅人さんが聞いたらなんて言うでしょうね」

女「泣き虫がいっぱしの口を叩きやがる、でしょうか」

悪魔「な……」

女「ふふ、顔を赤くしましたね? 肌が青いから、とても目立ちますよ」

悪魔「ち、違うっ。僕は助けなんて求めてない!」

女「……そうですか。じゃあ助けなくていい、と」

女「でもあたし、悪魔さんのわがままは聞いてあげないんです」

女「孤独、永遠、背反せよ。――――調律<リライト>」


悪魔「な……?」

悪魔(目を疑った。いや、しばらくは目を開けることさえできなかった)

悪魔(黒一色に慣れきった目では、目の前の変化についていけなかった)

悪魔(夜空よりもずっと真っ黒な空は、胸がすくほどの青さで僕らを包んでいる)

悪魔(どろどろとした重たい水の流れる小川は、川の底が透きとおって見えるほど清く澄んでいる)

悪魔(雑草の一つも生えない痩せた大地は、柔らかな草が生い茂り豊かな季節を予感させる)

悪魔(ほんの数分でぐるっと一周してしまうほど、小さく狭く完結した世界だったはずなのに)

悪魔(どこまでも自由なんじゃないかというほど、世界には奥行きが感じられた)

女「良かった。どれくらい保てるかわかりませんけど、これもうまくいきましたね」

悪魔「そんな……どうやって?」

女「なんちゃって創世魔法、調律<リライト>です。覚えるの大変だったんですよ?」

悪魔「はは。どうやら君って、すっごく優秀な勇者みたいだね。僕、そんな魔法は覚えられなかったよ」

女「……悪魔さんって、やっぱり勇者に意識を囚われてるんですね」

悪魔「どういうこと?」


女「悪魔さんは勇者だからあたしたちを助けられたんじゃありません」

女「あたしは勇者だから悪魔さんを助けられたんじゃないんですよ」

女「悪魔さんが助けた多くの人が、悪魔さんのことを助けたいと思った」

女「悪魔さんのことを知らない人でも、多くの人が悪魔さんを助けるために力を貸してくれました」

女「あたしは勇者じゃないけれど、それでも悪魔さんを助ける力があると信じてた」

女「あたしたちは人間だから、苦しんでいる誰かの力になりたかったんです」

悪魔「…………」

女「悪魔さんは多くの人を救ってきました。今度は悪魔さんが、救われてもいいんじゃありませんか?」

悪魔「……違う。違うんだよ」

悪魔「僕はそんな立派な人間じゃない。ずっとずっと、次の勇者を犠牲にして自分は助かろうと考えてた」

悪魔「ただ弱かっただけなんだ。自分にしか救えない人がいるとわかってるのに、どうしても他の勇者や魔王を見捨てることができなかった」

悪魔「僕は、ただの偽善者だ」

女「…………」

女「悪魔さんの行動は、見かけだけでしたか?」

女「あたしたちを助ける時に、助けたいという気持ちはちっともありませんでしたか?」

女「悪魔さんが何を言っても、あたしたちが悪魔さんに救われたことは変わりません」

女「悪魔さん、あなたはあたしたちの恩人です」

悪魔「でも、でも!」

女「あたしだって同じですよ?」

女「悪魔さんを助けたいと思った。でもそれは善意より、好きになった人を助けたいという気持ちが強かったんです」

女「あたしも偽善者だって、悪魔さんは思いますか?」

悪魔「……そんなわけない。だって、君は僕と違って」

女「違いません! 駄々ばっかりこねてると魔法でぶっ飛ばしますよ!」


悪魔「…………」

悪魔「……くく」

悪魔「はは、ははは!」

女「何がおかしいんですかっ!」

悪魔「そりゃおかしいよ。……おっかしいなあ。甘えたり駄々をこねるのはオサナで、僕の役目じゃないのにな」

女「魔剣士さんのことですね?」

悪魔「うん。僕の大切な人なんだ」

女「きっと素敵な人なんでしょうね」

悪魔「もちろん。……だからさ、君の気持ちにはちょっと応えられないかな」

女「…………ぷっ」

女「やだもう、悪魔さんったら! あたし、二四歳ですよ? 小さい頃の初恋を引きずったりしませんよっ」

悪魔「それもそう、だよね。しまったな、恥ずかしいことを言った」

女「ホントですよ。……それにあたし、略奪愛に燃えられるほど悪女じゃありませんし」

悪魔「なら良かった。君が優しい人で」

女「あたしも嬉しかったです。初恋のあなたがやっぱり優しい人で」

悪魔「君の初恋を汚さずに済んだなら誇らしい、かな」


女「名残惜しいですけど、そろそろお別れしましょうか」

悪魔「そうだね。君にはいくらお礼を言っても足りないよ。ありがとう」

女「それはあたしたちの言葉です。あなたへの感謝は、あたし一人じゃ伝えきれません」

女「――――だから、持って来ちゃいました」

悪魔「え?」

女「これは西の大陸の方々の、努力と技術の結晶です」

カチッ


『…………女術士と』『拳闘士の子孫だ』『『助けてくれてありがとう、勇者さん』』

『御者の子孫です。ふがいない先祖が迷惑をかけました』

『九代目勇者の養子、悪魔娘を知っていますか? あなたのおかげで幸せに暮らしたそうです。ありがとうございました』

『あなたたちに会った新米騎士は、三番隊の隊長を任されるほどたくましくなったんですよ!』

『勇者さんと一緒に飛行機を開発したのだと、三〇〇年過ぎた今でも語り草になってるんです』

『勇者様に魔剣をお渡しできたことが、家名の誇りとして伝えられています』

『勝ち逃げは許さねえ、そういう族長はとても嬉しそうだったと聞いています』

『あなたに救われた一〇代目勇者の悲願は、あなたを助けたいというものでした』

『テメエのおかげで世界の全てを歩けたんだ。感謝してやるよ、泣き虫』

『小国の繁栄は、勇者様が見つけてくださった日から始まったのでしょう』

『この町が水害対策の見本になったのは勇者様のお力添えのおかげです』

『親から子に、ずっと伝えられてきました。勇者さんのおかげで生き返ることができたから、今のあなたがここにいるんだと』

『勇者さん』

『ありがとうございました』


悪魔「僕、は……」

悪魔「僕は……!」ポロポロ

『……』ジジ

女「?」

『人類がようやく歩き出したのはあなたのおかげです。ありがとう、私の勇者』

女(誰だろ、今の。あたしは録音した覚えないのに)

女「…………」

女「悪魔さん。あなたはなんでも一人で抱え込んでしまうらしいですね」

女「でもね、それじゃダメなんですよ」

女「助けてほしいと言ってくれなきゃ、あなたが苦しんでいることに誰も気づけません」

悪魔「……そう、だね」

悪魔「弱いところは見せられない。僕は勇者だから。ずっとそう思ってたんだ」

悪魔「旅の途中でも、あれだけ皆から言われたのにね」

女「なら、そろそろ考えは変わりませんか?」

悪魔「わからない。でも、変わらなきゃいけないなって思う」

悪魔「意地を張った結果が、この三〇〇年だった。ほんと、バカなことをしたなって」

悪魔「この世界に残るにしても、きちんと次の勇者たちに話しておけばよかったんだ」

女「そう思ってくれるなら、お姉さんらしく説教した甲斐がありましたね」

悪魔「はは、うん……だからさ、いまさらだけど言わせてよ」


悪魔「僕を、助けてくれないか?」


女「もちろん。あたしたちは、そのためにここまで来たんです」


ビビビ

女「……そろそろ調律<リライト>も限界みたいですね。そろそろ行きましょうか」

悪魔「わかった」

悪魔「その、さ。旅人さんに伝えてくれないかな。情けないところを見せて悪かったって」

女「伝えます。鼻で笑われるんじゃないかと思いますけど」

悪魔「あの人、どうにも素直じゃないからね」



女「それじゃあ悪魔さん、さようなら。またいつか」

悪魔「さようなら。またいつか」

悪魔「――――ありがとう。君たちのおかげで、僕はようやく前に進める」

女「こちらこそ。幸せに生きてくださいね、悪魔さん」

女「……」

女「ばいばい、あたしの初恋さん」


――――さよならは言わせない

    ◇瘴気の森

魔剣士「勇者。勇者はどこ?」

魔女「魔剣士ちゃん、そのね。落ち着いて聞いてほしいのよ?」

司祭「長い話になるんだ」

魔剣士「そんなこと聞いてない。ねえ、勇者はどこ。どこにいるの?」

魔女「勇者くんは、もう……」

魔剣士「――――信じない。信じないわそんなの」

魔剣士「だってユウは言ってくれたもの。魔王を倒したら、あたしの気持ちに応えてくれるって」

魔剣士「ユウは約束を破ったりしない。だから、司祭たちが何を言ったってあたしは聞かない」

司祭「……私たちだって本当は助けたいんだ。復活<ソシエ>もある。時間の経過が気になるが、まだ間に合うはずだ」

司祭「だがそれでは、勇者の気持ちが報われないだろう……!」

魔剣士「何よ、それ……そんなの知らないわよ!」

魔女「魔剣士、ちゃん」

魔剣士「お願いよ、ユウ! 見てるんでしょ? 聞こえてるんでしょ? ならあたしの前に現れなさいよ!」

魔剣士「あたし、ダメなのよ。ユウがいなきゃ、立ってられない。どこにいればいいかもわからない」

魔剣士「だってあたしは、ユウだけの――」

魔剣士「ユウはあたしだけの勇者、なんでしょ」

魔剣士「なら、お願い……あたしを、一人にしないで……!」

魔剣士「あたしと、ずっと一緒にいてよぉ!」



勇「わかった。一緒にいる」


司祭「な……?」

魔女「勇者、くん?」

勇「まいったな、泣かせるつもりなかったのに。生き返るのがこんなに大変だと思わなかったよ」

魔剣士「…………」

魔剣士(気がつけば、あたしは走り出していた)

魔剣士(魔剣はもう手の中にない。あたしが手にしたいのは魔剣じゃないからだ)

幼(だってあたしはずっと、ユウだけの女の子になりたかった)

幼「バカ……バカっ!」ギュッ

勇「うん、知ってる。僕はバカなんだ。オサナを迎えにくるのが二〇〇年も遅れるくらい」

幼(ユウの言うことはよくわからなかった)

幼(でも、ユウの言いたいことはよくわかった)

勇「ただいま」

幼「――――おかえりなさいっ」

幼(どうしてだろう。魔王と戦って、気がついたら見知らぬ森にいたはずなのに、変なことを思ってしまう)

幼(長い時間をかけて、あたしはようやくユウに会えたんだ)


――――旅の終わりは

幼「こんなところにいた」

勇「よく見つけたね」

幼「ユウが夜に出歩くことは知ってるもの」

幼「それで? これまでは特訓のためだったけど、今回は何のために宿を抜け出したの?」

勇「オサナに見つけてもらうため、かな」

幼「変なの。なにそれ」

勇「いいでしょ別に。こうして見つけてもらえたんだし」

勇「それにさ、二人きりになりたかったから」

幼「……それは、なんのために?」

勇「いつかの返事をするために」

勇「いや、違うかな。僕の気持ちを伝えるために」

幼「あたし、ずっと待ってたわ」

勇「ごめんね、待たせてた。でもだから、もう逃げたり隠したりしない」


勇「オサナ。僕と結婚してくれないか」


幼「――――うん」

勇「ずっと、ずっとオサナが好きだった」

勇「魔王を倒せば旅の終わりじゃない。オサナの隣に帰ることが、僕にとっての旅の終わりだったんだ」

幼「バカ。終わりじゃないわよ」

幼「あたしとユウの旅はこれからなの。苦しいことや辛いこと、嬉しいことや幸せなことがいつくも待ってる」

幼「これは旅の始まりなの。そうでしょ?」

勇「はは、そうだね。――――うん、長い長い旅になりそうだな」

幼「どこまでも一緒に生きましょ。きっと二人なら楽しいし、どんなことでも乗り越えられる」

勇「どこまでも一緒に行こう。これから見つける色んな景色も、これから出会う人たちも、オサナと二人で分かち合いたい」

幼「だってあたしは、ユウだけの――」
勇「だって僕は、オサナだけの――」

以上で終わります。
長らくおつきあいいただき、ありがとうございました。
楽しんでいただけたなら幸いです。

>>779-787
もしも不満が不満のままで終わってしまったなら、それは私の実力不足です。
募った不満に見合うだけの満足は提供できたでしょうか。

>>805
修正
女「……そろそろ調律<リライト>も限界みたいですね。そろそろ行きましょうか」
→女「……調律<リライト>も限界みたいですね。そろそろ行きましょうか」

8代目が悪魔になって300年?200年?
わからんくなってきた

名称統一しろよ
いちいち変えて訳分かんねえだろうが

勇者(8代目)「
勇者(9代目)「

こうすればいいのに悪魔とか分からんからな
勇者のうじうじしたキモさと取って付けたような不幸と表記がブレブレで最高に不快になりました◯

勇者が無償で救ってきたからこそ最後に自分も救われたってのはいいと思うけど女神の手のひらクルーにはちょっとイラっとした

>>814
100年で助けられたはずなのに300年かかったので、200年でした
わかりやすく「300年もかけちゃうくらい」にすればよかったですね、すみません

名前の表記揺れに関しては、確かにわかりづらい点も含んでいました
名前をつけられるSSなので遊んだ部分もありますが、勇者(勇)と魔剣士(幼)に関しては勇者・魔剣士で固定しようと思います

>>816
次のレスに>>796>>797の間に入る小話を書きます。少しは印象も変わるかと思いますが、
勇者たちが登場しない部分のため話の展開を急ぎすぎた弊害でした。後付けですが読んでいただけたらと思います

司祭と魔女のその後があまりに少なすぎるのは、話の構成上わかっていました
なので20から30レス程度の短編をクリスマス頃までに投稿すると思います
「私は魔女に敵わない」という章題の予定です
勇者と魔剣士に関しては予定がありませんが、思いついたら書きます

>>796>>797の間

    ◆

女神「これは――」


どうやって文明の発展を促そうか。その方策を考えていた女神は、人類の転換点にようやく気がついた。
勇者として目覚めなかった少女を中心に、人々の知恵が集まっていく。
悪魔、八代目勇者を助けようと立ち上がった彼らの想いは、一つの形を作っていく。
女神は時間の流れを速め、結末を観測しようと躍起になった。


女神「……まさか」


何千年と手をこまねいてきた女神からすれば、ほんの一かけらに過ぎない時間。
たったそれだけの間に、人間たちは一つの魔法と技術を手に入れた。
女神の差し伸べた手を振り払うように、人間はもう女神の前に進んでいる。


旅人「はっ、とんだ間抜け面だな。テメエにはお似合いだよ」

女神「あなたは……久しいですね」

旅人「おれとしちゃ、このまま会わないでいたかったんだがな」

女神「でしたら、どうしてここに?」

旅人「そらよ」ポイッ

女神「……これは?」

旅人「わかってんだろ。人間が自分たちの力で作り上げた代物だよ。テメエが失敗した証だ」

女神「――――」

旅人「子供が巣立った気分はどうだよ。泣き言でもこぼして、おれを楽しませてくれ」

女神「私が間違っていたとでも?」

旅人「そこまでは言わねえが、干渉が過ぎるんだよ。うぜえったらありゃしねえ」

旅人「もっと放っときゃいいんだよ。テメエがいちいち言わなくたって、自分に何が必要かくらい人間もわかってんだろ」

女神「では、人間の悪友であったあなたが正しいと?」

旅人「人間の口うるさい母親だったテメエが正しいってのか?」

女神「…………」

旅人「…………ふん。こんなことを話に来たんじゃねえ。さっさと人間に敗北宣言しろよ」

女神「ところで、一つ質問があるのですが」

旅人「なんだよ」

女神「これは、どうやって使うものでしょう」

面白かった 乙
ただ正直>>698で終わっても良かったとは思うけどね

最後、目からなんか汁が出てたわちくしょう
>>836が言うようにあそこで終わっておくのも一つの形だと思うけど
ご都合主義のハッピーエンドも綺麗に決まれば気持ちのいいもんだね
こんなに素直に本を閉じれるお話は久しぶり
生きてる間に読める本は限られてると言うけれど
限られた読み物の中にいれてよかったと思えます

素敵な物語をどうもありがとう

>>837

魔女(っ娘)「あなたの瞳に涙腺結界<ウール・グレース>!」

司祭「痛々しい」

魔剣士「年齢を考えなさいよ」

勇者「ごめん、どう弁護していいかわからない」

魔女(っ娘)「みんなが辛辣だと思うの……」

>>836
もともと>>698のバッドエンドを考えてから構成を考えたので、やはりあそこが一番きれいだったと思います
作風によってはそれでもよかったんでしょうね

以下、蛇足ですが短い後日談をお贈りします
司祭「私は魔女に敵わない」
魔剣士「あたしは勇者を離さない」
の二編です
もしお時間があるならどうぞ

>>803
修正
『…………女術士と』『拳闘士の子孫だ』『『助けてくれてありがとう、勇者さん』』
→『…………女術士と』『男闘士の子孫だ』『『助けてくれてありがとう、勇者さん』』

>>827
修正
何千年と手をこまねいてきた女神からすれば、ほんの一かけらに過ぎない時間。
→何千年と手をかけてきた女神からすれば、ほんの一かけらに過ぎない時間。


後日談1
――――司祭「私は魔女に敵わない」

    ◇孤児院

コンコン

男闘士「はいはい、今出るよー」ガチャ

司祭「久しぶり、だな。ずいぶん背が伸びたじゃないか」

男闘士「司祭さん! 帰ってきたんだ!」

魔女「はいはーい、魔女お母さんも一緒よ?」スッ

男闘士「……?」

魔女(固まっちゃってるのね。司祭くんと腕を組んでみましょうか)ギュッ

男闘士「…………う」

司祭「う?」

男闘士「うわあああ! 司祭さんが若い女にたぶらかされて帰ってきたああ!?」

バタバタ
ドンッ
ガラガラ、、、

司祭「    」

魔女「司祭くん? あなた、子供たちにどういう教育をしてきたの?」


女術士「…………司祭さん。おかえりなさい」

司祭「ただいま。特に問題はなかったか?」

女術士「…………うん。みんな、いい子」

女術士「…………司祭さんも、幸せそうで良かった」

司祭「そう、だな。孤児院にいた時とは、また違う幸せを見つけられたように思う」

子供2「ねえねえ、あたらしいお母さんになるってホント?」

魔女「ふふ、どうかしら。司祭くん次第なのよねー?」チラッ

子供4「司祭さん、またお父さんにもどるの?」

魔女「ここで暮らすようになるのはもうちょっと先よ? それまでは、司祭くんとわたしの二人っきりにさせてくれる?」

子供1「まずおれが魔女さんに話しかけるだろ?」ヒソヒソ

子供3「それで後ろからしのびよったぼくが、ばさっとだね」ヒソヒソ

子供1,3「……」グッ


子供1「魔女さん魔女さん!」

魔女「あら、大きくなったのね? 何かご用事?」

子供3(よしっ!)ダッ

司祭「結界<グレース>」シャラン

子供3「いてっ!?」ゴンッ

子供1「えっ!」

司祭「お前もだ」ゴツン

子供1「いってえぇ!」

司祭「さあ、何をしようとした。言ってみろ」

子供1「べ、べつに……」

子供3「ぼくたちは何も……」

司祭「一発では足りなかったか。なら拳骨をもう一度だ」

子供1「ご、ごめんなさいっ」

子供3「魔女さんのスカートをめくろうとしました!」

魔女「あら?」

司祭「全く。だいたい、魔女もそんな隙の多い服装をしているからそうなるんだ」

魔女「あらあら? とんだとばっちりみたいね?」


女術士「…………今の司祭さんの言葉ね、そういう服は自分の前で着ろってなる」

男闘士「おお、なるほど。大人の会話だ」

司祭「男闘士、女術士! お前たちがいながら子供1と子供3の悪童ぶりはどういうことだっ」

女術士「…………だ、だって」オロオロ

男闘士「し、しつけとかは苦手なんだよ……」

司祭「私はお前たちに孤児院を任せたんだ。ただ守ればいいというものじゃない」

司祭「きちんと皆を育てられないなら、二人がまだまだ子供だったということだ」

司祭「その場合、仕方ない。私は今すぐにでも孤児院に戻るが?」

男闘士「わかったよっ。今度は大丈夫だから!」

女術士「…………ん。厳しく育てる」

司祭「ならいい。頑張ってくれ、期待している」


魔女「ふふ? 司祭くんが保護者の顔をするの、久々に見ちゃったな?」

女術士「…………? 普段はこうじゃないの?」

魔女「年長者としての顔も見せるけど、怒りっぽかったり、意気地なしだったりするのよ?」

男闘士「ふうん? 司祭さん、意気地なしって感じはないけど」

司祭「おい、魔女」

魔女「何かしら?」

司祭「根に持つのはいい。だが誤解を招くようなことを言うな」

魔女「だって司祭くん、あれからわたしに何も言ってくれないんだもの?」

司祭「状況が状況だ、仕方ないだろう。勇者と魔剣士のことがあったんだからな」

魔女「だからってあんまりだと思うのよ? 魔女ちゃんだってすねちゃうんだからっ?」

男闘士「なあ、二人は何を言ってんだ?」ヒソヒソ

女術士「…………大人の話。聞いちゃダメ」ヒソヒソ

男闘士「よしわかった、聞かなかったことにする」ヒソヒソ

男闘士「ところで、今日は勇者様と魔剣士さんってどうしたんだ?」

司祭「あいつらか……」

司祭「あいつらは死んだ」


女術士「…………え?」

司祭「私たちのよく知る勇者と魔剣士はもういない」

男闘士「待ってくれよ! それ、どういう」

魔女「司祭くんのおバカ」ペシッ

司祭「……人のデコを叩くな」

魔女「誤解を招くことを言うんじゃないのよ? ほら、説明してあげて?」

司祭「あの二人はもうダメだ」

司祭「朝から晩まで人目もはばからずイチャイチャ、イチャイチャと。付き合ってられん」

魔女「というわけなのよ? 孤児院にも顔を出したかったから、ちょうど良かったかしらね?」

男闘士「ほえー、あの鬼のような特訓をしてくる魔剣士さんが……人って変わるもんだなあ」

女術士「…………ん。魔剣士さん、前からそんな感じだったと思う」

司祭「いや、女術士の想像を軽く越えてくるはずだ。我慢してやった自分を褒めたいくらいだ」

魔女「二人には悪いけど、確かにその通りよね? しばらくは二人に近寄りたくないもの」

男闘士「何があったのか想像できねえ……」

司祭「するな。胸焼けしたいなら話は別だがな」


女術士「…………なら、司祭さんと魔女さん、どこで暮らすの?」

魔女「そうねえ。せっかくだし、この近くで住むところを探そうかしら?」

司祭「男闘士と女術士が苦労するためにも、私はここにいない方がいいだろうからな」

男闘士「なんだよ、司祭さんも俺らには期待してるってことだな!」

司祭「調子に乗りたいならそれだけの成果を見せてみろ」

男闘士「任せとけって!」

女術士「…………ん、頑張る」

魔女「ふふ、二人は頼もしくなったのね。お姉さんも嬉しいな?」


    ◇借家

魔女「へえ? いいお家ね?」

司祭「二人で使うには手狭な気もするがな」

魔女「そう? こういうところにいろんな物を置いてごちゃごちゃにするの、わたしは好きよ?」

司祭「よくわかった、掃除や片づけは私がするとしよう」

魔女「わたしは何をしようかしらねー」

司祭「そうだな……料理と、洗濯くらいか? 買い物は魔女に任せられないからな」

魔女「そんなところよねえ。あとは、」ススッ

魔女「司祭くんに甘えたり、かしら――?」

司祭「……」

魔女「司祭くんの胸の中を、わたしの帰る場所にしていいのよね?」ギュッ

司祭「そうすればいい。魔女一人くらい、受け入れられるつもりだ」

魔女「わたしね、とっても寂しがり屋なのよ? 知ってるかしら?」

司祭「知らなかった。私はまだ、魔女の多くを知らないでいるようだ」

魔女「それならね、わたしの心を暴いてくれる?」

司祭「魔女……」ギュッ

魔女「もっと、名前を呼んでほしいな?」


男闘士「  」

女術士「……」

司祭「っ!?」バッ

魔女「あっ、急に離れるなんてひど――」

魔女「――いな?」

女術士「…………ごめんなさい、おじゃましました」

男闘士「あー、その、あー。引っ越し祝い、また明日にするから。二人は続けててくれよ、うん」

司祭「できるかっ!」

魔女「あーあ、ようやく司祭くんが踏み込んでくれたのになあ」

女術士「…………もしかして、まだ?」

司祭「何の話だっ。それに魔女も変なことを言い出すな!」

男闘士「司祭さんが独身だった理由、なんかわかったよ。本当に意気地なしだったんだな……」

司祭「っ! どうしてくれるんだ魔女! 私の人物像が歪んでいるだろうがっ」

魔女「わたしに言われても困っちゃうのよ?」


    ◇兄と弟(義理)

男闘士「そういえば、司祭さんって魔女さんのどこに惚れたんだ?」

司祭「何を急に言い出すんだ」

男闘士「だってさ、魔女さんや女術士がいない時でもなきゃ聞けないし」

男闘士「で、どうなんだよ。やっぱりあのでっかいおっぱいなのか」

司祭「殴るぞ」ゴツン

男闘士「いってええ!」

司祭「今わかったんだがな、魔女をそういう目でしか見ない奴が、私は心底から嫌いらしい。男闘士でなければ顔面に拳を叩き込むところだ」

男闘士「こ、これまでの何倍も力を込めといて、よく言うよな……」ズキズキ

司祭「魔女の外面だけ見て評価されたら、本気で怒っても仕方ないだろう」

司祭「――――魔女はな、とても弱いんだ」

司祭「からかうような口調に隠れているが、魔女の心はとても柔らかい」

司祭「私が無遠慮に触れば、あっという間に壊れるくらいにな」

司祭「……魔女は私を意気地なしだと言うが、本当に怖がってるのは魔女の方だぞ」

男闘士「そうなんだ」


司祭「心が通じ合っているとわかっていて、怖じ気づく理由がないだろう」

司祭「だが、それでも魔女は怖がっている。私が頬に手を伸ばせば体を震わすし、私の言葉を冗談にしてはぐらかしてしまう」

司祭「聖職者は禁欲に努めるべきだろうが、それにしたって限度がある」

司祭「――――そう思うのは否定しないがな、このままでもいいと思うんだ」

司祭「魔女が私に笑いかけてくれる。それ以上の何かが必要だとは思えない」

男闘士「ああ、うん」

司祭「私だって、偉そうに言えるほど強い人間じゃないが」

司祭「それでも、魔女の前では強い人間でありたいと思うんだ」

司祭「私にこういう気持ちを知ってもらうために、孤児院から出るよう促したのだろう? 男闘士と女術士には感謝している」

男闘士「そっかあ、うん」

司祭「魔女と出会っていなければ、私はどうなっていたんだろうな。もう想像もつかない」

司祭「だがきっと、魔王が現れなかったとしても、私と魔女はどこかで出会っていただろう。そういう運命なんだと私は信じている」

男闘士(司祭さん、めちゃくちゃ惚れ込んでるなあ。こうなるって誰が想像できるんだよ)

男闘士(……うん、だから俺は悪くないな)


    ◇母と娘(仮)

魔女「司祭くんのどこを好きになったか?」

女術士「…………ん。好きな人ができた時のためにも、知りたい」

魔女「そうねー……」

魔女「最初に心を持っていかれたのは、きちんと叱ってくれた時かしら」

女術士「…………叱られたのに、好きになったの?」

魔女「その時ね、色々と調べることがあって、酔っぱらった男たちを体で誘おうとしたのよ?」

魔女「もちろん体を許すつもりはなかったのだけど、やっぱり危ないじゃない?」

魔女「そのことで叱られたのよ? きっとあの時からね、わたしは司祭くんから目が離せなくなったの」

女術士「…………大切に思われてるから、叱られた」

魔女「ええ。そういう形の優しさもあるのよね。――わたし、知らなかったなあ」

女術士「…………他には?」

魔女「それからは小さいことの積み重ねよ? だから余計に、わたしは司祭くんを好きになっちゃったのよねー」

女術士「…………日常って、大事」

魔女「ふふ、そうね?」

魔女「日常が大切だと思えるなら、わたしはもっと司祭くんを好きになれる」

魔女「これって幸せなことだと思うもの」


女術士「…………司祭さん、優しい?」

魔女「ええ、とってもね? わたしにはもったいないくらい」

女術士「…………それ、司祭さんが聞いたら怒ると思う」

魔女「口を滑らせちゃったな? 黙っててくれる?」

女術士「…………ん。いつか、私の恋愛相談に乗ってくれるなら」

魔女「それくらいなら引き受けられるのよ?」

魔女「何しろわたし、一戦錬磨だものね?」


    ◇夜

司祭「男闘士と女術士が来ただけで、ずいぶん騒がしかったな」

魔女「あら、騒がしいのは苦手?」

司祭「そういうわけじゃないがな。落ち着いた時間は必要だろう?」

魔女「そうね?」

魔女「……司祭くん? わたし、してもらいたいことがあるのよ?」

司祭「なんだ?」

魔女「わたしがベッドに座るから、後ろから抱きしめてほしいな?」

司祭「魔女がしたいなら構わないが」

魔女「ん……」

司祭「こうか?」ギュッ

魔女「ええ。そのままでお願いね……」

司祭「今日は怯えないんだな」

魔女「もう……そんなふうにいじめたくなっていいじゃない?」

司祭「普段はからかわれっぱなしだからな。仕返しだ」

魔女「ダメよ。人をからかうのは魔女の専売特許だもの?」


魔女「こうしているとね、とても落ち着くの」

魔女「司祭くんは違って?」

司祭「私は不安になってくる」

司祭「この腕を緩めてしまえば、魔女がそのままいなくなるんじゃないか、とな」

魔女「もう、わたしがどこに行けるのよ?」

司祭「わかっている。魔女はいなくなったりしないだろう」

司祭「ただ、そうだな……こうして感じている温もりが、今だけしか手に入らないものだから、それが寂しいのかもしれない」

魔女「……そう。ならね、もっとわたしを抱きしめて? いろんな所に触れてみて?」

魔女「手を伸ばせばすぐ手に入るものだったら、寂しくならないでしょう?」

司祭「そうか。なら触るとしよう」ツツ、、、

魔女「んっ……ふとももを最初に触るのね? ふふ、変なの」

司祭「産毛の感触があるな」

魔女「もうっ」ペシン

司祭「人の手を叩くな」

魔女「そういうこと言うから、司祭くんは女心がわかってないって言われるのよっ?」

司祭「魔女にしか言われないがな」


魔女「ふんだ、もう触らせてあげないんだから」

司祭「なあ、魔女」

魔女「なによっ?」

司祭「…………」クイッ

魔女「……!?」チュ

司祭「……今日は唇だけで我慢しておくとしよう」

魔女「……――」ワナワナ

司祭「どうかしたのか?」

魔女「勝手に始めて勝手に終わろうとしないでっ! 司祭くんのおバカっ」


魔女「…………ん……」

魔女(もう朝。まだちょっと眠いかしら)

司祭「zzz」

魔女(司祭くんはまだ寝てるのね。……なら、今のうちに朝ご飯を用意しましょうか)

魔女「服……」

魔女(あら?)

魔女(変ね……わたしの服だし、変わったところもないのよね?)

魔女(なのにどうしてかしら。着るの恥ずかしい)

魔女(こんな、誘ってるみたいな服……)

魔女(――別の服、確かこの辺りに)ガサゴソ


司祭「おはよう」

魔女「あら司祭くん、おはよう。ちょうど起こそうと思っていたのよ?」

司祭「なら良か……魔女、どうかしたのか?」

魔女「どうもしないけれど?」

司祭「いや、今日はずいぶんと大人しい服装だからな……正直、見違えた」

魔女「そう? どっちの方が司祭くんの好みかしらね?」

司祭「どちらも似合ってはいたが……そうだな、今の方が安心はしていられる」

司祭「これまでの服は、やはり露出が過剰だったからな」

魔女「そう……なら、これからはこういう服装でいいのよね?」

司祭「魔女の好きにすればいいが……何かあったか?」

魔女「なんでもないのよ?」

司祭(どういう心境の変化があったやら)

魔女「ふふ、こういう服装の方が美人だなんて褒められたら、魔女ちゃんは困っちゃうな?」

司祭「まだそこまでは言ってなかったろう」

魔女「……何よ、言ってくれないの?」

司祭「朝から言わせようとするのは勘弁してくれ。気が動転しかねない」

魔女「司祭くんってば、そういうところがダメなのよ?」


司祭「いただきます」

魔女「召し上がれ?」

司祭「朝からずいぶんと手が込んでいるな」

魔女「愛情たっぷりなのよ?」

司祭「ありがたい限りだ」

魔女「魔剣士ちゃんに味では負けてるかもだけどね?」

司祭「そこはまあ、仕方ないだろう」

魔女「む……」

魔女「何よもうっ。そこはわたしの方がおいしいって言うべきところよ?」

司祭「嘘をついてどうする」

司祭「だいたい、魔剣士の料理は確かにおいしいが、食べて幸せになれるのは魔女の料理だ。比べるものが違うだろう」

魔女「…………っ」

魔女「ふん、だ。司祭くんなんて知らないんだからっ」

司祭「頬が緩んだまま言われてもな」


魔女「ふふふふ~ふ~ふ~ふ~ふっふふ~ん♪」

司祭「……なあ」

魔女「動かないで?」

魔女「たららたったったった~♪」

司祭「…………なあ」

魔女「もう、さっきから何? あまり邪魔しないでほしいのよ?」

司祭「私はいつまでじっとしてればいいんだ?」

魔女「あと半刻もあれば書き終わるかしらねー?」

司祭「勘弁してくれ……」

魔女「何よ、協力してくれるって言ったのは司祭くんじゃない?」

司祭「だからって、こんなに時間がかかるとは聞いてない」

司祭「呪われようとしている私の立場にもなってくれ」

魔女「まじない師の練習台になってくれるんでしょう? ならね、もうちょっと辛抱して?」

魔女「えーっと、ここは……」カキカキ

司祭「―――っくふ」ムズムズ

魔女「あ、もう。動かないでくれる? やり直しなのよ?」

司祭「背骨に書くのはやめてくれ。くすぐったくてしょうがない」

魔女「そう。司祭くんってそこが弱いのね」

魔女「ん……」ペロッ

司祭「っ!?」


司祭「な、何をするんだいきなり!」

魔女「試してみただけなのよ?」

魔女「でも、ふふ? 司祭くんの弱いところは覚えちゃったんだから?」

司祭「くっ……やるなら早く終わらせろ! そろそろ我慢の限界だ!」

魔女「そう急かさないのよ? 気持ちがどうあろうと、時間は同じ間隔で流れているんだもの?」

……


魔女「これで完成、ね」

司祭「やっとか」

司祭「で? これはどういう呪いなんだ?」

魔女「んー、どうかしらね? しばらく経ってみないと効果はわからないのよ?」

司祭「そんなものでいいのか? こんなに時間をかけるうえ、効果は未知数なおまじないをやりたい人間がどこにいる?」

魔女「あら、その辺りは考えているのよ? まじない師として売り出す呪いなら、ほら、わたしの手の甲に描いた小さい絵なの」

魔女「幸運のおまじない。これなら三〇分もあれば描けるし、ちょっとしたいいことが起こるはずよ?」

司祭「……待て。なら私の背中に練習と称して書いたのは何なんだ?」


魔女「ふふ、知りたい?」

司祭「当たり前だ。自分がどんな呪いを受けたのかわからなければ、おちおち休むことさえできない」

魔女「ずっとね、考えていたの。司祭くんを幸せにしたいなって」

魔女「でもね、わたしって浪費家だし、料理も上手じゃないし、女としての魅力って体がほとんどなのよね?」

司祭「そんなわかりやすい部分だけを見て、私が魔女を好きになったと思うのか?」

魔女「ううん、そうじゃないとはわかってるのよ? でもね、わたしってやっぱり、愛される自信はなかったの」

魔女「わたしが自信を持てるのは、誰よりも司祭くんを愛するってことだけね?」

魔女「だから、そんなわたしにできる精一杯のおまじないをしたの」

司祭「ずいぶんな力作だったからな」

魔女「くす、そうね? 司祭くんの背中全部を使ったのよ?」

魔女「――――注がれた愛情が、あなたの幸せになりますように」

魔女「これならきっと、わたしは司祭くんを幸せにできるものね」

司祭「…………」

司祭(全く。魔女には敵わないな)

司祭(だが、やられっぱなしでいる気もない)

司祭「なるほど。なら、効果のほどは永遠にわからないままだな」

魔女「むっ、どうしてよ?」

司祭「魔女に愛されていれば、幸せに決まっているだろう?」


魔女「――――」

魔女「もう……司祭くんってば、そうやっていつもわたしを喜ばせるのね?」

司祭「素直な気持ちだ、何が悪い」

魔女「おバカさん。好きだって気持ちが止まらなくなっちゃうじゃない? 司祭くん、責任を取ってくれるの?」

司祭「当たり前だ。その覚悟はある」

魔女「ふふ、そう……」

魔女「ねえ司祭くん。来週にでも、勇者くんと魔剣士ちゃんの様子を見に行きましょうか?」

司祭「急にどうしたんだ」

魔女「今ならね、あの二人を見てもやきもきしないで済みそうだもの。司祭くんもそうじゃないかしら?」

司祭「……そうだな。二人を好意的に見られる気がする」

魔女「良かった。じゃあ、いっそ今から出かけたりする?」

司祭「いや、明日だ」

魔女「きゃっ?」ボフン

司祭「今日は魔女を一秒も離さない」

魔女「…………もう、司祭くんってば。わたし、どうなっちゃうのかしら?」

司祭「どうにでもなってしまえばいい。私もきっと、正気じゃいられないからな」


後日談2
――――魔剣士「あたしは勇者を離さない」

    ◇一か月前 南の大陸・港

魔剣士「今日のお昼はどうしようかしらね?」

勇者「作るのが面倒なら外で食べてもいいんじゃないかな」

魔剣士「ううん、作るのはいいのよ。ただこう、何を作ろうか具体的に思いつかないのよねー」

魔剣士「魔女、何か食べたいものはある?」

魔女「…………別にないのよ?」

魔剣士「そう。じゃあ司祭は?」

司祭「…………私も特にない」

魔剣士「んー、何もないっていうのが一番困るのよねー。勇者は?」

勇者「そうだな……お魚を煮たものが食べたいけど、できそう?」

魔剣士「せっかく港町なんだもの、味の染みやすい魚を選べばすぐ作れるわよ?」

魔剣士「司祭と魔女もそれでいい?」

司祭「…………ああ」

魔女「…………それでいいと思うのよ?」

魔剣士「ならいいけど。というか二人とも、さっきから何でそんなに返事が遅いのよ。しかも目をそらすし」

魔剣士「あたし、二人に何かした?」


司祭「…………なら言わせてもらうが」

司祭「勇者の膝の上に座って、抱きしめながら話しかけるのをやめてくれ。直視できない」

魔女「ホントよね? 甘すぎて胸焼けしちゃいそう……」

魔剣士「なっ!? だ、だってしかたないじゃないっ」

魔剣士「今の勇者、こうしていないとすぐに眠っちゃうんだものっ!」

勇者「はは……二人ともごめんね、僕のせいで。何もしてないと、意識を落とす癖がついちゃって」

司祭「いや、三〇〇年も何もないところで過ごしたんだろう? むしろ、その程度の問題で済んで良かったと思うが」

魔女「今の勇者くん、人間じゃなくて悪魔なんだものね……こうしているとわからないけれど」

勇者「角や尻尾を隠すことができるからね。見た目にはわからないはずだよ」

司祭「……だからと言ってだな。今の勇者と魔剣士は目に余る」

魔女「そんな風にずっとべったりしていたら、勇者くんだって困るのよね?」

勇者「僕は別に。魔剣士の心臓の音を聞いている間は、何もしてなくても意識を失わないでいられるし」

司祭(それは魔剣士に抱きしめられて興奮しているからだろう!? バカか? バカなのか!)

魔剣士「ほら、あたしの行動は間違ってないじゃない。文句ある?」

魔女(あるに決まってるのよ!? いっそ宿のお部屋を別にしてくれた方が清々しいくらいっ!)

勇者「ごめんね。魔剣士にはしばらく迷惑をかけると思う」

魔剣士「ううん、気にしないで。」

勇者「……ありがと」

魔剣士「いいの」

勇者「――――」クスッ

魔剣士「――――」フフッ


司祭「魔女」

魔女「言わないで? たぶん、気持ちは同じだもの?」


魔剣士「勇者、大変っ!」

魔剣士「……って、また意識を失ってるのね。もう」

魔剣士「よいしょ……んっ」ギュッ

魔剣士「勇者、起きて……?」コソッ

魔剣士「起きてくれなきゃ、恥ずかしいことしちゃうんだから……ね?」

勇者「――――…………ん」

勇者「魔剣士、か。どうしたの?」

魔剣士「えっと、大変なの。ほら、これ」

勇者「なにそれ、手紙? ごめん、魔剣士の胸が顔の前にあるから、ちょっと読めない」

魔剣士「そういえばそうよね。待って、読んであげる」

魔剣士「えーっと、『もう耐えられません。実家に帰らせてもらいます。追いかけてこないでください』ですって」

勇者「何それ? 耐えられないって、何がだろ」

魔剣士「さあ……変な二人よね」

勇者「早く帰りたい理由でもあったのかな。僕たちの村に帰る途中で、孤児院とかには寄れるのに」

魔剣士「ま、いいじゃない。きっとほら、二人きりになりたいとか、そういう理由があったのよ」

勇者「ああ、そういうことか……もうちょっと気を回してあげればよかったな」

魔剣士「……もう。今は魔女と司祭のことより、あたしのことを見てほしいな」

勇者「大丈夫だよ。僕はもともと、魔剣士のことしか見えてないから」


    ◇帰路

魔剣士「魔物がいないだけで、こんなに進むのが楽になるのね」

勇者「この調子なら、村に帰れる日も近いかな。……ところでさ」

魔剣士「なに?」

勇者「僕の腕を抱きしめながら歩くの、大変じゃない? そんなにくっつかなくても、今なら意識を失ったりしないよ」

魔剣士「んー……でもいいのよ。こうしている方が楽しいわ」

勇者「そう?」

魔剣士「それにほら……あたしってば勇者の奥さんなわけじゃない? 新妻として夫に甘えたいなって」

勇者「受け止めるのが夫としての器量、かな」

魔剣士「そうそう。でも勇者だって、あたしにしたいことがあればしていいわよ?」

勇者「したいこと、か……」


勇者「そうだな。僕は魔剣士との子供が欲しい」


魔剣士「  」ボフッ

勇者「僕の次の勇者ってさ、弓使と悪魔娘の三人で親子みたいに暮らしてたんだよ。それにちょっと憧れてるんだ」

勇者「別にそれだけが理由ってわけじゃないけど。……魔剣士?」

魔剣士「  」

勇者「顔、真っ赤だよ? 大丈夫?」

魔剣士「だ、だいじょう、ぶ」


魔剣士(勇者はこんな明るい時間から何を言い出すのっ!?)

魔剣士(だって子供って……子供って!)

魔剣士(いえ、でも、そうよね。夫婦なんだし、そういうこと、するわよね)

魔剣士(あー、あー、でもどうしたらいいのよっ。いくら新妻だからって、そういうこと妻から誘ったりはしないわよねっ? たぶんっ)

魔剣士(でもなら、あたしは勇者の言葉を待って、覚悟を決めろってことかしら)

魔剣士(覚悟……うん、できる。あたしは心も体も全部、勇者のものになりたい)

魔剣士(けど腕の筋肉とか、わりとしっかりついちゃってるのよね……これでも勇者は興奮してくれる?)

魔剣士(あたしは魔女と比べちゃうと、どうしても女らしさに欠けちゃうし……)

魔剣士(……ううん、しっかりしてあたしっ。勇者はあたしを選んだんだもの!)


勇者(何を考えてるんだろ。こういう時の魔剣士って、だいたい空回りするんだけど)

勇者「そろそろ正気に戻ってほしいな。魔剣士ー?」

魔剣士「――――う、うん。大丈夫。だいじょうぶ」

魔剣士「日が暮れちゃう前に、早く、進まなきゃよね」

勇者「わざわざ野宿する必要もないからね。ちゃんと体を休めたいし」

魔剣士「そう、よね。休む――  」ボフッ

勇者「しばらくダメっぽいかな」


    ◇宿

勇者「全部の大陸を歩き回ったけどさ、やっぱりパンが一番おいしいのは南の大陸だよね。農業立国なだけあるよ」

魔剣士「他のとこだと、割高だし味がイマイチだしで残念だったわよね」

勇者「うん。僕はもう食欲がないけど、それでも食べていて楽しくなるからね」

魔剣士「ああ……悪魔になっちゃったせいで、眠ることもできないのよね」

勇者「意識をなくすのも眠ってるようなものなんじゃないかな? ほら、食欲はないけど食事はするし」

魔剣士「そうなの? ならいいんだけど」

魔剣士(……あれ? 三大欲求って、食欲、睡眠欲、……、よね?)

魔剣士(三つともなくなってるなら、別にそういうことはしたくないってこと……よね?)

勇者「それにほら、必要ないことをするのは贅沢だって見方もあるし。食事をするだけで贅沢してるようなものだから、楽しめてるよ」

魔剣士「…………」

勇者「あれ? おーい、魔剣士?」

魔剣士「えっ。な、なに?」

勇者「いや、大した用事はないんだけど。どうかした?」

魔剣士「…………何でもないわ。うん、気にしないで」

魔剣士(……聞けない。聞けないわよっ)

魔剣士(恥ずかしすぎるでしょっ。どんな顔で質問すればいいのよ!)


    ◇朝

魔剣士「……はあ」

魔剣士(結局、何もないままぐっすり寝ちゃった)

魔剣士(二人きりなのにこれなんだから、やっぱり今の勇者って……なのよね)

魔剣士(イヤってほどでもないし、あたしは勇者と一緒にいられればそれでいいけど……やっぱり、寂しいわよ)

魔剣士「んっ。勇者、ほら、起きて」ギュッ

魔剣士「…………えへへ」

魔剣士(あたし、単純だな。いろいろ悩んでるのに、勇者を抱きしめてるだけで、他のことがどうでもよくなってくる)

魔剣士(……もっと強く抱きしめても、いいわよね?)ギュゥッ

勇者「魔剣、士……っ」ギュッ

魔剣士「起きた? それじゃ、朝ご飯を食べに行きましょうよ」


    ◇孤児院 外

魔剣士「みんな、元気そうで良かったわね」

勇者「うん。男闘士と女術士の二人はすごいね。きちんと小さい子供をしつけながら、孤児院を守ってるんだから」

魔剣士「けど男闘士はまだまだね。修行が足りてないわ。素手のあたし相手にちっとも手が出ないんだもの」

勇者「魔剣士が相手じゃ、男闘士の分が悪すぎるよ。もうちょっと手加減してあげればいいのに」

魔剣士「それは男闘士に失礼だもの。それにあたし、子供に厳しい方よ?」

勇者「じゃあ子供が産まれた時は、魔剣士に教育を任せることになるかな。僕はたぶん甘やかしちゃうし、子供と一緒に怒られると思う」

魔剣士「え、っと……うん、そうよね」

勇者(歯切れが悪くなった。……子供? …………ああ、そういうことか)

勇者(村に帰るまで、話題に出すのはやめておこう)

勇者「そういえばさ、司祭さんたちってこの近くに住むらしいね。聞いた?」

魔剣士「ああ、その話……女術士から聞いたわよ。挨拶しようか考えてるって言ったら、やめた方がいいって止められたわ」

勇者「僕も男闘士に止められちゃったよ。水入らずを邪魔するなってことかな」

魔剣士「まあいいんじゃない? あたしたちがいる場所だけ伝えてもらえれば」

魔剣士「ところで勇者、二人の態度ってよそよそしくなかった?」

勇者「あ、やっぱり? 勘違いかとも思ったんだけど」

魔剣士「何なのかしらね?」

勇者「うーん、なんだろ」


    ◇夜

魔剣士「…………うわ、何よこれ、すっごい恥ずかしい」

魔剣士(魔女と同じ服装……あたし用にあつらえるまではよかったけど)

魔剣士(無理、こんなので飛んだり跳ねたりできない。服がすとんって脱げかねないもの……)

魔剣士(魔女はこれでどうやって動き回ってたのよ。謎だわ)

魔剣士「うぅ、どうしよ。普段の服を着る? でも、どうせなら勇者を喜ばせたいし……」

魔剣士「……喜んで、くれるわよね。たぶん」

魔剣士「ああもう、知らないっ。なるようになるわよきっと!」

ガチャ

勇者「着替え、ずいぶん騒がしかったね。まあおかげで寝ちゃわずにすんだ……」

勇者「……どうしたの、その格好」

魔剣士「ちょ、ちょっと、気分転換?」

勇者「…………そう」

魔剣士(も、もっと何か言ってっ。沈黙に耐えられないっ)

勇者「宿の中ならいいけど、その服装で外に出ないでよ? 他の男の視線が集まるの、正直イヤだし」

魔剣士「ん、わかった。今だけ、今だけね?」

勇者「そうしてくれるとありがたいよ」

勇者「…………」


魔剣士(思ったより反応、薄いわね。はあ、失敗だわ)

魔剣士「勇者、こっち来て。膝の上に座るから」

勇者「え? 待ってよ、その格好で座るの?」

魔剣士「せっかく着替えたんだもの。あたし用に縫い直すの、わりと大変だったし。着ないともったいないでしょ?」

勇者「まあ……そうだけどさ」

魔剣士「よいしょっと」

魔剣士「んっ」ギュ

勇者「…………」

勇者「…………」

勇者「今日は大丈夫みたいだから、やめよう」

魔剣士「え?」

勇者「意識がなくなるの、直ってきたみたいだから。魔剣士に抱きしめられてなくても大丈夫か、試したい」

魔剣士「でも……」

勇者「平気。僕は平気だから」

勇者(平気じゃなくなる前に降りてほしい)

魔剣士「うーん……勇者がそう言うなら、いいけど」

勇者(魔女さんの服装、あんな破壊力あると思わなかった……司祭さん、よく平気でいられたな)


    ◇数日後

魔剣士「――――懐かしい。村を出た頃のままね、何も変わってない」

勇者「うん。正直、ちょっと安心した」

魔剣士「どうしてよ?」

勇者「あまり見違えてると、帰ってきたんだって気持ちが薄れちゃいそうだから」

魔剣士「……そっか」

魔剣士「ねえ、せっかくだし村を見て回らない? 引っ越してきた人とかいるかもしれないし」

勇者「今日は忙しくなりそうだし、どうだろ」

魔剣士「ああ――おじさんのこと、教えなきゃだもんね……」

勇者「それもあるけど、魔剣士のご両親に挨拶しないとでしょ?」

勇者「娘さんを僕にくださいって」

魔剣士「…………それ、今日じゃなきゃダメ?」

勇者「早く認めてもらいたいからね。魔剣士だって、僕の母さんに挨拶するんだよ?」

魔剣士「どうしよ、緊張してきた……」

勇者「僕が先に挨拶するから、それまでは気を楽にしていいと思うけど」


    ◇魔剣士 実家

魔剣士(ああもうだめ。もう無理。どうやって呼吸していいかもわからない)

魔剣士父「それにしても、まさか本当に君がウチのじゃじゃ馬をもらってくれるなんてなあ」

魔剣士母「ホントよねえ。この子ったら、外で遊んでばっかりで家のことをちっとも覚えないんだもの」

魔剣士母「勇者くんがいなかったら、結婚の心配で夜も眠れないところよ」

勇者「でも魔剣士さんは、旅の間に家事をこなせるようになりましたよ」

魔剣士父「ああ勇者くん、いいよ、普段どおりで。知った仲なんだ、かしこまれるともぞもぞしてしまう」

魔剣士(というか勇者、覚悟を決めるのが早すぎなのよ……)

魔剣士母「でも勇者くんの言うとおりかもねえ。この子ったら、さっきから子猫みたいに縮こまってるわ」

魔剣士(どうして……って考えると、やっぱり子供が欲しいから? 確かに結婚してからじゃないと、うん、世間体が悪いわよね)

勇者「実家に帰ってきたら直るかとも思ったんですけどね。魔剣士、最近はずっとこんな感じなんです」

魔剣士(色々と不安はあるけど、きちんと勇者に打ち明けて、あたしも本当に覚悟を決めないと! うんっ)

魔剣士父「魔剣士。一応は質問するぞ。お前は勇者くんの妻になる覚悟があるんだな?」

魔剣士(覚悟……言わなきゃ!)


魔剣士「あ、あたし、ちゃんと勇者の子供を産むわ!」


魔剣士父母「  」

勇者「…………」

魔剣士「―――え? あれ……ぅぁ……違、待って! 今のなしっ」


魔剣士父「……ま、まあ、娘の気持ちは確認できたし、良しとするか」

魔剣士「待って!? 違うの、話を聞いてっ」

魔剣士母「全くこの子は……勇者くん。こんなんだけど、お願いね?」

勇者「はは……いえ、こちらこそ」

魔剣士母「勇者くんとこのお母さんにはもう挨拶したの?」

勇者「これからですよ。まずは僕の方からかなと」

魔剣士母「そう。じゃ、話が終わったころそっちに行くわ。二人のこと、祝わなくっちゃね」

勇者「ありがとうございます。母も喜びますよ、きっと」

魔剣士父「――なあ。勇者父のやつは、やっぱり……か?」

魔剣士母「ちょっとあなたっ」

勇者「大丈夫ですよ。いつ切り出そうか、僕も悩んでいましたから」

勇者「……よろしければ、悼んでもらえますか?」

魔剣士父「ああ。明日にでも、な」


    ◇勇者実家

勇者母「あらあらやっぱり? わたしね、魔剣士ちゃんみたいな娘がずっと欲しかったわ~」

魔剣士「あ、ありがとうございます。これからは、その、お義母様と呼べばいい、かしら?」

勇者母「やーよぉ、水くさい。わたしと魔剣士ちゃんの仲じゃない」

勇者「……ま、わかってたことだけど。全面的に賛成だったね」

勇者母「勇者、魔剣士ちゃんを幸せにしなさいね? 泣かせたらあの世からお父さんを呼んで叱ってもらうわ~」

勇者「――――母さん。父さんのことだけど、さ」

勇者母「わかってるわよ。大丈夫」

勇者母「ホント、あの人は抜けてるんだから。ちょっと稼いでくるさ、なんて軽い調子で出て行っちゃって」

勇者母「そのまま、戻らないんだもの」

魔剣士(……強いのね、母親って)

魔剣士(辛いに決まってるのに、涙一つ見せないなんて)

魔剣士(勇者がいない、そう聞かされたあたしは泣き叫ぶしかなかったのに……)

魔剣士(――――うん)

魔剣士(おばさんみたいに、あたしも強くなる)

魔剣士「おばさん」

勇者母「もう、めっ。お義母さん、でしょ?」

勇者「はは……」


魔剣士「……お義母さん」

魔剣士「もしこの村を出ることがあっても、あたしたちは必ずここに帰ってくるわ」

魔剣士「勇者と、あたしと、きっとすぐ生まれる子供と、三人で」

魔剣士「だからお願いします。あたしと家族になってください」

勇者「魔剣士……」

勇者母「ふふ……っ。ふふ」

勇者母「やだもう、年かしら。目が痛くなってきちゃった。ちょっと待っていてくれる?」


勇者「魔剣士」

魔剣士「なに?」

勇者「ありがとう」

魔剣士「ううん、いいの」

魔剣士「だってあたしたち、家族でしょ」


    ◇深夜

勇者「あー……頭、ぐらぐらする」

魔剣士「大丈夫? すっごい飲まされてたわよね、うちの親に」

勇者「そういう魔剣士もけろっとしてるしね……酒豪の一族だ……」

魔剣士「勇者のところが弱いだけじゃない? お義母さんも、ちょっとお酒を舐めただけで寝ちゃったし」

魔剣士「ほら、大丈夫? ちゃんと自分で寝られる?」

勇者「それくらい……っと」クラッ

魔剣士「ダメじゃないの。ほら、手を取って。寝かせてあげる」

魔剣士「よいしょ……」

勇者「……」グイ

魔剣士「わっ」

魔剣士(……どうしてあたしを引き倒すのよ、もう)

勇者「これからのこと、話していい?」

魔剣士「どうかしたの? 急にそんなこと言い出すなんて」

勇者「うん――みんなに祝ってもらったら、自然と頭に浮かんできてさ」

魔剣士「そう……聞かせて。勇者とあたしの、これから」


勇者「母さんに寂しい思いをさせちゃったしね。しばらくは村にいようと思うんだ」

魔剣士「どれくらい?」

勇者「まだわからない。子供が産まれて、大きくなるまで……かな」

勇者「その後はどうだろう。旅に出るのか、どこか他の大陸に移住してみるのか……」

魔剣士「何かやりたいことはあるの?」

勇者「やりたいことはあったよ。いろんなことを知りたい。誰も見たことのない何かを見つけたい」

勇者「――――でもさ、そんな漠然としたものより、僕は魔剣士を幸せにしたい」

魔剣士「……うん。幸せにして?」

勇者「頑張るよ。そのためにも、まずは意識を失わないようにしなくちゃね」

魔剣士「協力するわ。頑張って」

魔剣士「……ところで、ね」

魔剣士「勇者って、食欲や睡眠欲を失ってるのよね?」

勇者「そうだよ」

魔剣士「その……もう一個の方も、なくなってるのよ、ね?」

勇者「もう一個?」

勇者「…………」

勇者「……あ」

魔剣士「その、言わせないで」


勇者「いや、うん、察した」

勇者「……まさかそんな心配されてると思わなかったけどさ」

魔剣士「だ、だって!」

勇者「心配しないでよ。大丈夫、男として枯れてないから」

魔剣士「し、心配とかそういうんじゃない、もの」

勇者「いいんじゃないかな、そういう心配もさ。夫婦になるんだし」

勇者「子供を作るためって理由だけじゃ悲しすぎるよ」

魔剣士「……ばか」

勇者「魔剣士」

魔剣士「……うん」

勇者「きれいだよ。月もかすんじゃうくらい」


    ◇数日後

司祭「そろそろ二人の育った村か」

魔女「ふふ、ちょっとは落ち着いたかしらね?」

司祭「それはそうだろう。あれから一ヶ月も経っているんだ」

魔女「そうよね。司祭くんだって、一頃と比べたらとっても落ち着いたもの?」

司祭「余計なことを言うな。……頼むから、勇者たちの前で言うなよ?」

魔女「どうでしょうね? 司祭くんの心がけ次第よ?」

司祭「まったく……あまり無駄な買い物はさせられないぞ。あとで話だけ聞く」

魔女「ふふ? 司祭くんのそういうところ、わたし、好きよ?」

司祭「ちっとも褒められている気がしないな……」


    ◆

魔術師「ここなら二人に気づかれない、よね?」

魔術師「……司祭さん、お幸せに」


    ◇

司祭「……見えてきた。洗濯物を干しているのは魔剣士、か?」

魔女「あら、服を飛ばされちゃってるのね? なんだか気が抜けてるみたい」

司祭「やれやれ。またぞろ勇者と喧嘩したんじゃないだろうな?」

魔女「どうかしら。とりあえず、服を拾っていってあげましょ?」

魔剣士「――――」

魔女「魔剣士ちゃーん?」

魔剣士「――――魔女。司祭も」

司祭「元気がなさそうだな。どうしたんだ?」

魔剣士「あたし……あたし」


魔剣士「どうしよう!? あたしと勇者の子供、なんて名前にしたらいいと思う!?」


魔女・司祭「  」

魔剣士「ダメっ、いくら考えてもまとまらないの!」

司祭「さて行くか、魔女」クル

魔女「そうね、ここに来るのは早かったみたい」クル

司祭「いっそ二人で東の大陸まで行ってみるか?」

魔女「いい提案ね? そうしようかしら?」


魔剣士「ちょっと!? なんで帰ろうとするわけ!?」

勇者「騒がしいと思えば……何してるのさ、三人とも」

魔剣士「ゆ、勇者……」

勇者「ほら、行くよ。二人を追いかけないと」

魔剣士「だってっ」

勇者「司祭さんたちも積もる話があるだろうしね。四人で色々と話そうよ」

魔剣士「……うん」

魔剣士「そうよね。行きましょ、勇者!」


魔剣士(勇者の手を取って走り出す)

魔剣士(握られた指先に、あたしはそっと力を込めた)

これにて本当におしまいです。
ありがとうございました。

魔王を倒すと勇者に近い人間が魔王になるとして、
なんで勇者だった、勇者父が魔王になったの?

>>898
勇者父は「勇者の父親」ってだけで、勇者じゃねーぞ?
この世界で「勇者」は「女神に選ばれた者」だけ。
だから、メインとなる時代の「勇者」は勇者だけだ。

勇者母でも幼馴染でもなく勇者父が最初の魔王になったのは、たぶん「距離的に勇者から遠くて、勇者に親しい者が最初の魔王に選ばれる」とかそんなシステムになってるから。
でないと「勇者のすぐ隣に魔王が発生する」なんて事態になりかねないからな。

>>898

>>899さんの言っている通りの理由になります
じゃあなんで魔剣士が勇者の前で魔王になったかといえば、どれだけ鈍くても二人三人と親しい人が消えたタイミングで魔王が現れればバレるからです
だから魔王を倒したあとに女神は目的を明かしてしまいます

舞台裏の設定で言えば、魔王を守るためだけに文明の発展を頑張って、周囲からは使えない勇者と思われながら、一生を費やした人もいるようですね

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